ブルーアーカイブを、もう一度。   作:トクサン

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誤字脱字報告に感謝致しますわ!


澄み切った青色()の下で

 

「一帯の制圧は完了、周辺の捜索はどうですか?」

「ど、どうやら此処には居ないみたいです、報告も上がっていません……!」

「そうですか……」

 

 アリウス自治区、トレウ大聖堂周辺。

 捲り上がった石畳の床、その瓦礫に足を乗せながら周囲を満遍なく見渡すハスミは齎された報告に落胆の息を吐き出す。彼女の周りには正義実現委員会の生徒が忙しなく駆け回り、裏路地から瓦礫の下、廃墟の内部に至るまで隈なく捜索を行っていた。暫く周辺を捜索していた彼女達であったが、一向に上がって来ない発見報告にポケットから端末を取り出すと手早く通信を繋ぐ。三コールで繋がった端末を耳に当て、ハスミは声を発した。

 

「もしもし」

『はいはい、此方イチカっす、何かあったっすかハスミ先輩?』

「イチカ、此方の地区では先生を発見出来ませんでした、そちらの状況はどうですか?」

『あー、えっと、協力者からの情報提供で大まかな位置がつい先程割り出されまして……』

「っ、それは本当ですか!?」

『本当っす、それで、そのぅ、それを知ったツルギ先輩が大変な事に――』

「えっ、ツルギが……?」

 

 ■

 

「先生ぇえエエエエエッ!」

「ぐぼォッ!?」

 

 目の前で繰り広げられる暴力の嵐、振り上げたブラッド&ガンパウダーの銃身でアリウス生徒のガスマスクを殴りつけ、目を限界まで見開きながら先生の名を叫ぶツルギ(我らが委員長)。真面に殴打された生徒は地面に叩きつけられ、石畳にガスマスク型の凹みを量産している。イチカはハスミと繋がったままの端末を手に、恐る恐ると云った風にツルギへと声を掛けた。

 

「お、落ち着いて欲しいっす、ツルギ先輩、この周辺の建物は崩れ易いって報告が上がって……あっ、そっちは特に脆い廃屋――」

「キェエエエエエッ!」

「あっ、おわった」

 

 呟きと同時に、轟音が鳴り響く。イチカは思わず肩を竦め、端末を手で覆いながら顔を背けた。立ち塞がるアリウス生徒を掴み、暴走列車の如くツルギが廃屋へと突っ込んで行ったのだ。止める暇も無かった、叩きつけられたアリウス生徒が外壁を貫通し支柱にぶち当たる。折れ曲がったそれは廃屋を支えきる事が出来ず、そのまま建物全体が儚く崩れ落ちた。その光景を遠目に眺めながら、イチカは端末を再び耳に添え呟く。

 

「はぁ、まぁ一応敵の目は惹き付けられているんで役割は果たせているんでしょうけれど、ちょっと止められる気がしなくてですね……」

『ツルギの事は心配いりません、彼女とて分別はありますから、それで先生の元へは誰が――?』

「あぁ、それは――」

 

 ■

 

「ミカさん、先生、御無事でしたか……!」

「ナギちゃん……!?」

 

 驚愕するミカの前に現れたのはトリニティ総合学園、ティーパーティーのナギサその人。こんな場所に親衛隊が出張って来る事自体に驚いたが、彼女が居るならば納得である。各分派の首長を警備する彼女達は、常にティーパーティーの傍に侍っている傍付きなのだから。

 しかし、それはそれとして何故彼女がこんな場所に居るのか。現ホスト代理が敵地の奥深くに入り込む等、とても正気の沙汰ではない。自身を棚に上げ、ミカはそんな事を考えた。よたよたと覚束ない足取りで彼女へと近寄り、困惑の滲んだ声で問いかけるミカ。

 

「ど、どうしてナギちゃんが此処に居るの!? だって此処、アリウスの結構奥の方で――」

「えぇ、本当ならばアリウス自治区攻略作戦の指揮本部で陣頭指揮を執る予定でしたが、居ても立ってもいられず、私自ら突入部隊を率いる事にしました」

「え、えぇ……?」

 

 愛銃のロイヤルブレンドを手の中で遊ばせ、ふっと口元を緩ませるナギサ。その表情はどこか得意げであるが、ミカからすれば何でそうなるの? と云わんばかりの行動力である。何より表面では平静を装ってはいるが額に滲む汗と云い僅かに弾んだ息と云い、余程急いだのか楽な道中ではなかったらしい。何とも云えない、幼馴染の意外な一面に固まるミカを他所に、ナギサは先生へと視線を向ける。

 

「先生も御無事――には見えませんね、えっと、生きていらっしゃいますよね……?」

「ははは、うん、大丈夫……何とか生きているよ」

 

 澄まし顔で言葉を続けようとしたナギサだが、地面に座り込んで自分達を見上げる先生の格好と状態に、声は尻すぼみに消えていく。何となく血の気の引いた表情にも見える彼女に、先生は努めて何でもないかの様にひらひらと手を振って見せた。自身の外観を確かめる事は叶わないが、彼女がその様な反応を見せると云う事は余程酷い状態なのだろうと、先生は他人事のように思った。せめて顔位はちゃんとしようと、擦り切れた袖で口元や鼻先を拭うも、全く以て今更な話である。

 

「というか、ナギちゃんが此処に居るって事は、もしかして……」

「――何だ、随分と察しが良いじゃないか、ミカ」

 

 ミカの声に、並んだ親衛隊を掻き分け現れる小柄な影。地下回廊にその足音は妙に響いて聞こえ、特徴的な二つの耳がピクリと跳ねるのが見えた。

 

「所謂、野生の勘という奴かな?」

「せっ……!」

 

 現れたのはいつも通り、何処か人を食ったかのような表情を浮かべるセイア。ミカの肩がびくりと震え、その表情が強張るのが分かった。奇妙な恰好のまま固まった彼女はぎこちなく口元を動かし、セイアの名を呼ぶ。

 

「せ、セイア……ちゃん」

「全く、そんなボロボロになって、本当に愚かだね、常の様に衝動的に動き事を(あやま)つ――君の悪癖だよ」

 

 身体全体を強張らせるミカとは反対に、セイアはいつも通り何て事の無い様子で苦言を呈する。彼女の周りには救護騎士団と思わしき団員と、傍付き(親衛隊)の生徒がガッチリと固めている。軽い足取りで歩み寄る彼女に、先生は地面に座り込んだまま声を掛けた。

 

「こほッ、セイア、身体の方は……?」

「問題ないよ、少なくともこうして戦場に身を投じる程度にはね……それより」

 

 セイアの視線が先生に向けられる。その表情には強い不安と、しかしそれに勝る安堵が滲み出ていた。それは先生が確かに生きて、この場に存在する事への安堵であった。様々な未来を見て来たからこそ、彼の生存した未来にセイアは強い喜びと安心を覚える。セイアは先生の前に屈みこむと、その血と砂利と傷に塗れた頬に手を当て呟いた。

 

「先生、君の方が酷い顔色じゃないか、数時間前の私より今の先生の方がずっと重病人に見えるよ」

「……これは、一本取られたかな」

 

 苦笑を零し、肩を竦める先生。返す言葉が見当たらないとは正にこの事か。二人の放つ雰囲気に咳払いを挟んだナギサは、これ見よがしに手を叩くと周囲に声を響かせる。別に、横合いでじっと先生とセイアを見つめているミカに配慮した訳ではない。

 

「誰か、先生とミカさんに手を!」

「は、はいッ!」

 

 ナギサの声に、その背後から慌てて飛び出す生徒達の影。幾人かの生徒が別れ、外套を手にしたパテル分派の生徒がミカに手にしたそれを羽織らせる。傷と破けた衣服が痛々しい彼女をこのまま連れて行く訳にはいかないという配慮だった。

 

「ミカ様、此方を――」

「あ、うん、ありがとう……」

「先生、どうぞ肩を、歩けますか?」

「助かるよ……っ」

 

 先生の傍には複数の生徒が集まり、先生の容態を確かめながら問いかける。肩を借りて何とか立ち上がろうとする先生だが、小刻みに震える膝には力が入らない。両脇から支えられ辛うじて直立する先生だったがとても歩けるような状態ではなかった。苦悶の表情で足を震わせる先生に、支えていた生徒は険しい表情を浮かべる。

 

「ごめん、足が動かなくてね……」

「歩くのは難しそうですね……確か、簡易担架があった筈だけれど」

「えっと、救護騎士団の子が持ち込んで――」

「今、組み上げます!」

 

 そう口にした途端、駆け寄って来た救護騎士団の団員が背負っていた背嚢を地面に降ろし、その中から四角いボックスの様なものを取り出す。中を開くと伸縮性のアルミ合金スティックが収納されており、伸ばしたそれに折り畳まれた塩化ビニールを通すと簡単な担架が出来上がった。地面に降ろしたそれに先生を乗せ、胸元と膝をテープで手早く固定していく救護騎士団の生徒。先生は彼女の手際の良さに感嘆の息を漏らしながら、感謝の言葉を呟く。

 

「ありがとう、手間を掛けるね……」

「い、いえっ! それと先生、忘れない内にこちらを――」

 

 彼女は先生の言葉に恐縮しながら、続けて背嚢から小さな何かを取り出す。それを担架の上に寝そべる先生の手にそっと握らせると、先生の懐に仕舞われたタブレットを見つめながら云った。

 

「これは――」

「シスターフッドのマリーさんから、先生は以前も充電用バッテリーを所望していたとの事で、今回も必要になるのではないかと……予備を含め大量に持って参りました」

 

 そう云って手にした背嚢を揺する生徒。中の小ポケットには今しがた手渡したバッテリーと同じものが幾つも詰まっている。そんな彼女の姿を見た先生は驚いた様に目を見開き、それからふっと口元を緩めた。

 

「ありがとう、とても――あぁ、とても助かったよ」

「い、いえ……! お礼でしたら、マリーさんに」

 

 手渡されたバッテリーとコードを繋ぎ、先生は胸元のタブレットへと片手で器用に繋げる。赤く点灯していたランプが緑へと変わり、残量が僅かずつ回復していくのが見えた。残りの電力は六%――これで少なくとも充電が底を突いて倒れる事はなくなった。その事に先生は深く、安堵の息を吐く。

 

「セイアちゃん……」

「……言葉を紡ぐには、聊か時間が足りないかもしれないね、だから起きた出来事を手短に話そう」

 

 担架に乗せられた先生を見て、ミカは僅かに緩んだ表情と共にセイアへと視線を向ける。何故自分達が此処に居るのか、今何が起きているのか、セイアはそれらを頭の中で整理しながらぽつぽつと言葉を零した。

 

「私は白昼夢の中で偶然、在る人と邂逅出来たんだ、多くの部分は割愛するが――私はその人物と、小さな取引を交わしたのだよ」

 

 ■

 

【アリウス自治区突入前】

 

 トリニティ総合学園、救護騎士団本棟、専用病室にて。

 並んだ白いベッド、その内の一つに眠るセイアの姿。彼女の傍には護衛兼付き添いとして常にサンクトゥス分派の行政官が侍っている。眠る彼女(セイア)の代わりに執務を代行する行政官は、セイアの寝顔を時折確認しながら小さな折り畳み式のデスクを持ち込みペンを動かしている。室内には微かな吐息の音と、彼女の状態を表すモニタの電子音、そしてペンが走る音だけが聞こえる。

 

「ぅ……」

「――?」

 

 ふと、行政官の耳に声が聞こえた。それは自身のものではない、そうなると声を発した者はただ一人。思わず椅子を蹴り飛ばし立ち上がってベッドに駆け寄れば、ずっと閉じられていたセイアの瞼がゆっくりと開くのが見えた。彼女(セイア)の乾いた唇が震え、小さく息を吸い込む。

 

「せ、セイア様!?」

「げほっ、コホ……ッ!」

「だ、誰か! 誰かっ! 救護騎士団を呼んで来て下さいっ! セイア様が……!」

 

 自身の首長が目覚めた事に取り乱し、彼女は傍に在ったコールボタンを押し込みながら、壁に備え付けられていた通話機に叫ぶ。しかし、そんな行政官の腕を掴む手があった。小さく、震えるそれはしかし、確かな力強さを伴って彼女の肌に食い込む。

 

「た、のむ……!」

「っ!?」

「今直ぐ、ナギサを……シスターフッドと、正義実現委員会を、此処に……!」

「えっ、ぁ……?」

「時間が、無いんだ――今直ぐ先生と、ミカの元に向かわなければ……!」

 

 乾いた喉、張り付いた声で懸命にそう訴えるセイア。それに気圧された行政官は、騒がしくなった扉の向こう側に視線を向け、それからセイアに再び向き直り、息を呑む。

 

「え、えっと、今シスターフッドと正義実現委員会は、ナギサ様と会合を――」

「っ……!」

 

 ■

 

「――これが現在の状況、ティーパーティーとしての要請の全てです」

「………」

「………」

「………」

 

 トリニティ自治区本校舎、ティーパーティーのテラスにて。

 深夜にも関わらず淡い光に照らされたその場所で、普段であれば滅多に顔を合わせない様な面々が顔を突き合わせていた。ティーパーティー、救護騎士団、シスターフッド、正義実現委員会――各々の組織を代表する首長、或いはそれに準ずる生徒。

 

 救護騎士団団長、蒼森ミネ。

 シスターフッド代表、歌住サクラコ。

 正義実現委員会副委員長、羽川ハスミ。

 ティーパーティーホスト代理、桐藤ナギサ。

 

 彼女達は神妙な顔で、或いはいつも通り毅然とした態度で佇み、一つのテーブルを囲んでいる。しかし周囲に流れる空気はお茶会と呼ぶには余りにも重々しく、そして時刻も適していない。本来であれば既に全員床に入っている時間帯だ。

 ナギサは手元のティーカップに口をつけ、小さく息を吐き出した後に三人を見渡す。全員の前に置かれた紅茶、しかし誰も手を付けていないそれ。最初は湯気を立ち昇らせていた水面も今ではすっかり冷え切っている。

 最初に口を開いたのは正義実現委員会より出向いたハスミであった。彼女は垂れていた髪を指先で掬い上げ、耳元に掛けながら淡々と告げる。

 

「正義実現委員会としては、ティーパーティーとして下された命である以上、拒否する事はありません――迅速に招集を行い、ミカ様と先生の救出作戦を決行します」

「えぇ、お願いします」

 

 ハスミの言葉に小さく頷くナギサ。元より正義実現委員会がこの指示を跳ね退けるとは考えていない。問題なのは残りの二派閥、ナギサの視線がミネとサクラコに向けられ、ミネは真正面からナギサを見返し、サクラコは指先を組んだまま目を伏せていた。

 

「救護騎士団とシスターフッドとしては、如何でしょうか」

「……そうですね」

 

 ナギサに水を向けられ、ゆっくりと口を開くサクラコ。その表情は変化がなく、感情や思考を読み取る事は難しい。自身の指先を見下ろしながら僅かな沈黙を守った後、彼女はナギサに向けて云った。

 

「思う所はありますが、先生の危機とあっては見過ごす事も出来ません、何よりも優先すべきは先生……シスターフッドとしても今回の作戦に協力し、最善を尽くしましょう――既に、その様に動いている生徒もいらっしゃる様ですから」

 

 告げ、サクラコは穏やかな笑みを浮かべる。彼女としてはあくまで優し気に微笑んだつもりであるが、対峙するナギサの視線は鋭く細められた。つまるところシスターフッドとしては、ティーパーティーの問題(ゴタゴタ)は兎も角、先生の安否は無視できない。その救出に当たるという事であれば手を貸す――そういう認識で問題ないだろう。

 協力を取り付けられたのならば、その理由は何でも良い。そんな思惑と共にナギサが最後に残ったミネへと目を動かすと、彼女はいつも通り泰然とした態度で頷く。

 

「救護騎士団としてミカ様の問題は承知しました、しかし一体何があったのですか? こうも性急に動かれるとは――失礼ですが、聊か先走っている様にも思えます」

「………」

 

 ミネの言葉にナギサは声を詰まらせる。彼女(ミネ)からすれば確かにそうだろう、騎士団に復帰したと思えば突然の招集、ヨハネ分派の首長としても奔走していた彼女にとって寝耳に水であった事は想像に難くない。一応ナギサから一通りの説明を聞いた後ではあるが、それは現状に至る理由の説明ではなく、現トリニティの状況とアリウスの現状、そして其処に突入していったというミカと、何故か現地に居るという先生についてだ。

 簡潔に云えば、ティーパーティー――ナギサからの要請というのは先生を含めたミカの救出、及びアリウス自治区の制圧協力要請である。トリニティの各分派、各組織の総力を終結させカタコンベを攻略し、アリウス自治区へと侵攻する。表向きはエデン条約調印式襲撃、及びパテル分派首長を教唆しクーデターを発生させようとした事に対する報復。聖園ミカは勇敢にもその先陣を切り、単独でアリウス自治区に乗り込んだ――という事になっている。

 そう、全ては表向きだ。これは全く事実とは異なる、しかし目に見えた分かり易い加害者に対し、報復と義憤により先走った戦乙女というのは中々にヒロイックである事は確かであった。事情を知らない大多数の生徒を納得させる方便としては実に便利な文言だ。何より学内に於ける『あのパテル分派の首長ならば、或いは』という色があるのも大きい。聖園ミカの持つ規格外の武力は多くの生徒が知る所であり、彼女単独であってもアリウス相手に大きなダメージを与える事が出来るだろうと云う歪な信頼がある。

 

 だが、当然の事ながら彼女単独でアリウス自治区制圧は難しい。だからこその救助、制圧協力要請。ナギサは自身の権限の及ぶ範囲で生徒を動員し、ティーパーティー麾下に存在しない各派閥には、こうして直接顔を合わせて協力を要請している。

 しかし、この所求心力の低下が著しいティーパーティーが一夜で強引な動員を為すとなると、只ですら弱まっている権勢に影響が出かねないという懸念もあった。この場合は聖園ミカの暴走に合わせ学園そのものを動かす事になるナギサ、彼女にこそ矛先は向く筈。サクラコはその後に変化するであろう政治的バランスを考慮し、穏やかな口調で以てナギサに問い掛ける。

 

「ミネ団長に同調する訳ではありませんが、今回の動員についてはシスターフッドから見てもかなり強引な動きであるように感じました、学園に襲撃があった時分ならば兎も角、事前通達もなく一夜でサンクトゥス、フィリウス、パテルの三派をナギサ様の一存で動員する以上、議会からの大きな反発と顰蹙が予想されるでしょう――最悪、何かしらのペナルティが課されても可笑しくありません」

「……構いません、トリニティの戦力を総動員出来るのであれば、どの様な沙汰であれ受け入れます、それこそティーパーティーを追放される様な事になったとしても、後悔はありません」

「――それは」

 

 返答は素早く、ナギサの声には断固たる意志が秘められている様に思う。思わずサクラコが言葉を呑み、たじろぐ程の気配だった。サクラコの瞳を真っ直ぐ見返すナギサ、其処に嘘偽りの言葉はない。暫しテラスに重苦しい沈黙が降り、全員が口を噤む。

 

「――そんな事には、させないよ」

 

 そんな状況で、全く予想していなかった人物の声が響いた。四名が声の上がった方向へと顔を向ければ、そこにはテラスの扉を押し開き顔を覗かせる小柄な人影――セイアの姿。よれた制服に所々跳ねた髪、それを整える事無くこの場に現れた彼女に、四人は驚愕を露にした。

 

「っ、セイアさん……ッ!?」

「セイア様……?」

「お目覚めになられたのですか?」

「あぁ、つい先ほどね……私の体調は後回しで良い、それより、ミカの件についてだ」

 

 各々が反応を見せる中、ミネだけは僅かな疑念を浮かべながらも冷静に対応する。セイアは彼女の言葉に頷きながら、覚束ない足取りでティーテーブルへと歩み寄った。見れば開かれた扉の向こう側に、不安げな表情で佇む生徒の姿がある。確かセイアの傍付きを担当していた生徒だ、恐らく彼女の助けを借りてこの場まで歩いて来たのだろう。

 原則としてこの場所には、その資格か許可を持つ生徒以外立ち入る事は出来ない。セイアが此処から先はひとりで良いと云い含めたか。何とも、彼女らしい行いであると内心で零す。

 セイアはティーテーブルに手を突くと、その額に冷汗を滲ませながら強い口調で断じた。

 

「そもそもこの一件には、私に責任がある」

「それは、どういう――」

「私が、伝え方を間違えた……いや、もっと根本的な話だ、私は、彼女を傷付けたんだ」

 

 彼女と云うのが誰を指すのかは明白であった。セイアは大きく息を吸って呼吸を整えると、ナギサに視線を向けながら苦々しくも言葉を続ける。

 

「サンクトゥス分派の面々に関しては私が責任を持って協力を取り付ける、現在起こっているパテル分派との衝突も、私が実際に誤解を解いて回ろう、予言の内容についても公言して貰って構わない、ナギサの事だ、ミカの――パテル分派を云い包める文言は用意してあるのだろう?」

「それは……はい、既に手配してあります」

「ならば、それに私の名前も追加しておいてくれ、そうすれば僅かだが議会の印象は良くなる、首長二名の連名であれば、悪い様には取られない筈だ、少なくともナギサ個人の暴走とは取られない、これはティーパーティーの総意だと伝えるんだ」

「セイアさん……」

 

 アリウスに乗り込んでいる以上、ミカの意志を推察するのは容易い。パテル分派を焚きつける事は然程難しくない。そしてフィリウス分派、サンクトゥス分派の首長が合意した以上、各分派を動員する決定はナギサの一存ではなくなる。ティーパーティーの求心力低下は避けられない事かもしれないが、少なくともナギサ個人が顰蹙を買うという事は避けられる筈だった。

 パテルとサンクトゥスの衝突も、病床にあったセイアが実際に顔を見せればある程度沈静化するだろう。そうすれば現在其方に割いている正義実現委員会の戦力もアリウスに回す事が出来る。

 

「ナギサから既に要請されているだろうけれど、私からも頼む――先生を、ミカを、救って欲しい」

「………」

「――お願いします」

 

 セイアが焦燥を滲ませた表情で頭を下げ、ナギサもまたそれに続き深々と頭を下げる。それを見ていた三名はそれぞれ異なる反応を見せる。ハスミは自身よりも立場の高いものに頭を下げられる事に対して何処か居心地が悪そうに身を捩り、サクラコはいつも通り何事かを考え込んでいる。やはりと云うか、最初に動いたのはミネ団長であった。彼女は手元にあったティーカップをじっと眺めると、徐にそれを手に取って一息で飲み干したのだ。

 

「……ミネ団長?」

「ふぅ――頭を上げてください、ナギサ様、セイア様、あなた方が私達に頭を下げる様な事はなさらずに」

 

 そっとカップをソーサーに戻した彼女は、小さく息を吐き出し力強い視線をセイアとナギサへと向ける。

 

「セイア様、仔細を伺う事は?」

「……語れば、長くなる」

「――分かりました、であれば直ぐに行動致しましょう」

 

 彼女がどの様な予知を得たのか、或いは何を知ったのか、どうしてこのような事態に陥ったのか。それらを伺いたい感情はある、しかし今は何よりも時間が惜しい。そんな思いと共に立ち上がった彼女は横合いに立て掛けていた盾を手に取り、告げる。

 

「ハスミさん」

「……えぇ」

 

 そんなミネの行動を見ていたサクラコとハスミは、各々含みのある表情を浮かべた後、手元にあったティーカップを呷る。そして同じように席を立ちあがると、脇に退かしていた愛銃を手に取って言葉を紡いだ。

 

「トリニティには先生を慕う生徒が多く在籍しています、声を掛ければ彼女達もきっと協力してくれる筈です、正義実現委員会の連絡網を用いて協力を仰いでみます」

「……その場合、学外の生徒に対して協力の要請は?」

「可能であれば事をこれ以上大きくしたくはありませんが――万が一を考えれば、使える手は全て使うべきかもしれません」

「分かりました、であればあくまで『個人的に動ける生徒』のみに限定致しましょう、学園を巻き込まなければ事後処理も簡単に済みます」

 

 ティーパーティー、正義実現委員会、救護騎士団、シスターフッド、それぞれが持つ力を結集させ動き出す。ナギサもまた彼女達に倣って立ち上がり、セイアの手を取った。未だ顔色の優れない彼女であるが、ナギサの意図を汲み取った彼女は小さく頷いて見せる。

 

「急ぎましょう――時間は待ってくれません」

 

 ■

 

『――此処一帯の書籍には、探している情報はありませんでしたね』

 

 古書館本棟――壁一面に並ぶ古書と強い紙とインクの香り、それらを感じながら目と手を動かす三名の生徒。その中には駆動音を響かせ移動するドローンが一つ。球体に二本のアームの付いたそれはレンズを忙しなく動かし、ふよふよと本棚から本棚を移動する。そんな浮遊するドローンを恨めしそうに見つめながら隈の浮かんだ表情で彼女、ウイは執務机に張り付き歯噛みした。

 

「う、うぅ……全く、一体いま何時だと思って――」

「うふふっ、皆さん眠りについている時間ですね、ウイさん」

 

 彼女の悪態に邪気のない笑みを浮かべながらそう返すハナコ。

 彼女は現在重ねた古書を丁寧にデスクに並べ、一つ一つを素早く捲っては内容を確認している。その速度は最早読むと云うよりは適当に頁を捲っている様にしか見えず、しかし目を通した古書に関して質問すれば、内容を完璧に(そら)んずる事が出来るという、ドローンを介して情報を収集しているヒマリからしても驚異的と思える才を彼女は遺憾なく発揮していた。

 既にハナコが目を通した古書は百冊を超える。古書館の主であるウイに事情を説明し、協力を取り付けたハナコはそれらしい題名、関連性のありそうな古書をヒマリに探し出して貰い、内容を精査するという事を何度も繰り返していた。

 ヒマリはドローンのアームを使って新しい古書をデスクに届けながら、スピーカー越しに問い掛ける。

 

『ハナコさん、そちらの書籍はどうでしたか?』

「残念ながら有力な記載はありませんでした、聖徒会に関しての細々とした文章は幾つか散見されたのですが、曖昧な点も多く――あぁ、ウイさん、あちらの棚の閲覧許可も頂けますか?」

「え? あぁ、はい、もう汚したり傷付けなければ好きにして下さい……というか、あの、今更ですけれど」

「はい?」

「――何で、水着なんですか」

 

 ウイは執務机の上から、何とも云えない表情で問いかける。そう、何を隠そうハナコの恰好はトリニティ指定の水着姿。当たり前だが体にフィットしたそれは彼女の豊満な肉体をこれ以上ない程に強調し、夏の終わり、それも深夜という点も相まって非常にミスマッチ感が強い。ハナコはそんな彼女の疑問に対し、「あらあら♡」と云わんばかりに頬に手を当て、何でもない事のように答える。

 

「私も急に散歩……いえ、水泳の最中に異変に気付きまして、着替える暇も惜しんで此方に足を運んだ結果、こういう格好になってしまったんです」

「水泳……こんな、夜中に?」

「はい♡」

「……そうですか」

 

 ウイはそれ以上追及する事を止めた。何となく突っ込んだ所で何も得られるものはないと悟ったのだ。因みにヒマリに関しては身近に露出――いや、彼女の場合は少々特殊だが、似た格好の後輩が居る為最初から特に気にしていない。黙々と新しく閲覧許可の出た本棚に移動し、上から順に本をスキャンしていく。

 

『全く、データベースとして情報検索できない事がこんなに手間だとは思いませんでした、ミレニアムでは大抵こういったものは電子媒体として記録・保管されているものですから』

「元よりトリニティに関する古い情報ですからね、伝承や歴史、古文書の類となると電子化も難しいですし、何よりセキュリティ面で見ればこういったアナログな方法が最善である場合もあります」

『正しく今の状況がそうですね、しかし分類としてはかなり絞られた筈です……そろそろ何かしら発見があっても可笑しくはないと思いますが』

「えぇ、そうですね、丁度この書籍にも近しい表現が――ッ、あった、ありました! これです! 古代聖徒会が残したカタコンベの地図!」

『っ、本当ですか!』

 

 ハナコが椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がり、手にした古書を掲げる。ヒマリのドローンが素早く彼女の元へと飛翔し、その手元を覗き込んだ。ウイはハナコの立ち上がった際に鳴り響いた音に肩を震わせ、ついつい体を起こして彼女の方向へと視線を向ける。ハナコはズンズンとウイの座る執務机に歩み寄ると、頁の内容を指先で確認しながら告げる。

 

『――確かに、これは私の持っているカタコンベ、その地形データとも一致します』

「えっと、こ、このページですか……? 大分痛んでしまって変色が酷いけれど――」

「えぇ、ですからずっと起きて頂いていたんです――古書館の魔術師と呼ばれる古関ウイさん、あなたに」

「うぇっ?」

 

 唐突に水を向けられ、目を見開くウイ。ハナコは手にした古書を彼女へと差し出すと、その変色した頁を広げながら満面の笑みを浮かべ云った。

 

「あなたなら、この地図を復元できますよね? 時間が、無いんです」

『超天才清楚系病弱美少女ハッカーである私にも、流石に古書の復元は難しく――頑張れば出来ない事もないかもしれませんが、今は何よりも時間が大事ですから、餅は餅屋、というものでしょう? この地図が復元できれば、私の収集したデータを元にかなり正確なルートが割り出せる筈です』

「ぇ、ぁ、ぅ……」

「という事で、今からこれの復元を、なるべく迅速にお願い出来ますか古関先輩? 私も、力一杯お手伝いしますから♡」

 

 妙な迫力と共に詰め寄り、そう告げるハナコ。その圧に逆らう事が出来ず、ウイは涙目になりながら突き出されたそれを受け取った。

 

「う、うぅ……どうして私がこんな目に――」

 

 ■

 

「――これが、私の知っているカタコンベの変化パターン、その全てだ」

「大変助かりました、ありがとうございます、アズサ」

 

 シスターフッド――大聖堂、客室。

 テーブルを挟んで互いに長椅子に腰掛ける二人、サクラコとアズサ。彼女達の間には何枚もの用紙が並べられており、その殆どに複雑な通路の地図が手書きで記されていた。それら全てはカタコンベの通路を表したものであり、全体から見れば僅かな数ではあるがアズサの知る地形変化、その全てが記されていた。

 つい最近になって漸く握り慣れたペンをテーブルに置き、アズサはサクラコを上目遣いに伺いながらおずおずと問いかける。

 

「えっと、本当に私が行かなくて大丈夫なのか? 現地についても、私の方が土地勘はあるし、それに――」

「いいえ、あなたは此処で先生の帰還を待っていて下さい」

「………」

「この任務で補習授業部――特にあなたの手を借りてしまえば、私達の矜持や体裁が崩れてしまいますから」

「む、ぅ……」

 

 矜持、体裁。

 トリニティが自身の母校となってまだ日が浅いアズサ、そんな彼女であってもこの学園のパワーバランスや政治的な配慮、或いは各派閥の特色等は理解している。最初は単なる知識としてであったが、実際に身を置く様になってからは肌そのもので感じる機会も多くなった。特にシスターフッドとアリウスの関係は表と裏併せて、中々に一言では云い表せない複雑さを孕んでいる。

 

「ハナコさんのお手も余り煩わせたくはなかったのですが、あの人は少々、聡すぎるきらいがあります、私が何も云わずとも既に手を回していらっしゃいましたから――だからこそ、此処から先は私達で解決させて下さい」

「……そう」

 

 真っ直ぐ此方を見つめ、そう告げるサクラコにアズサはそれ以上何かを口にする事が出来なかった。デスクに並べられた用紙を回収し、丁寧に纏める彼女を視線で追いながら、アズサは唇をまごつかせる。

 

「えっと、その――サクラコ」

「あら、まだ何か?」

 

 何処か落ち着かない様子のアズサを見て、サクラコは穏やかに問いかける。アズサは暫く逡巡する様に口を開いては閉じ、そんな事を繰り返した後、漸くぽつぽつと言葉を漏らした。

 

「その、出来れば……出来ればで、良いのだけれど」

「はい」

「アツコを――スクワッド()を助けてあげて、欲しい」

 

 それは、彼女をして非常に難しい事だと理解している。事実それを口にした途端、サクラコの視線に僅かな刺々しさが生まれたのが分かった。しかし、それは決して自身に向けられたものではない。アリウスに、延いてはスクワッドに向けられた感情だった。

 

「アズサ、勘違いしてはいけません、私達はあくまで先生を助けに行くのです」

「うん、それは分かっている、でもどうせなら他の皆も無事に助けられる道があったら良いなって、私は……そんな風に思うんだ」

「……彼女達は、あなたに銃を向けたと云うのに」

 

 サクラコの呟きに、アズサは苦笑を零す。

 

「うん、サクラコの言葉は正しい、数え切れない程、取り返しのつかない事をした、それは分かっている……分かっているんだ」

 

 頷き、アズサは自身の手を包みながら俯く。それは幼少期から続く自分達の罪悪、犯した罪は消えないし、許される事は無いのかもしれない。アリウス・スクワッドはトリニティにとって許し難い存在だろう、それをアズサは否定するつもりなどない。

 けれど、大多数の生徒にとって彼女達が憎悪の対象であったとしても。

 彼女――白洲アズサにとっては。

 

「でも――間違いなくあの場所(アリウス)私達(スクワッド)は、大切な家族だったんだ」

 


 

 もう少しで今章も終わりですわね。

 あと二話、三話位でしょうか……長かった、唯々長かった。

 エデン条約前編から続いた全部が漸く終わると思うと奇妙な気持ちになりますの。

 スクワッドの結末、ミカの決断、受け継がれた遺志、再び紡がれた友情と親愛、同時に出現した新たな大敵と運命、最終編へと続くエデン条約後編もそろそろエピローグに入りますわ。

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