ブルーアーカイブを、もう一度。   作:トクサン

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前回までのあらすじ:色々あって先生が苦しんだけれど生徒は皆無事なのではっぴ~!


幕間
穏やかで、平和で、暖かな。


 

「う~ん、やっと戻ってこれたね! やっぱり独房より自分の家が一番だよ!」

「ミカさん、まだ聴聞会全体が終わった訳ではないのですから――」

「やれやれ、相変わらずだね」

 

 大きく伸びをし、周囲を見渡すミカ。彼女の溌剌とした笑みに背後から続くセイアは呆れを、ナギサは苦笑を零す。

 場所はトリニティ総合学園、パテル分派首長である彼女が所有する個人邸宅。各分派の首長ともなると学内に於いて寮ではなく邸宅が用意され、割り振られる資金もまた莫大なものとなる。内装はミカの趣味が反映され絢爛華麗というよりは、やや少女趣味のきらいがある。とは云ってもあくまでアクセント程度のもので、本質的にはナギサの使用している邸宅と然程変わりはない。

 住み慣れた自宅へと戻った彼女は久方振りの我が家に表情を綻ばせ、リビングに備え付けられた長椅子に腰掛けた。ふわりとした感触に感じる反動、これだ、これぞ我が家。パテル分派の傍付きが定期的に清掃も行っていたのか埃っぽさも感じない。他分派の過激派、その侵入を許した時点で廃屋同然となっている覚悟もしていたが――どうやら杞憂であったらしい。

 

「聴聞会の結果次第ではこの邸宅も没収だろうに、そうなったら他の生徒と同じ寮住まいになるだろう」

「ティーパーティーとしての権限剥奪は回避するつもりですが、幾分か範囲が縮小する可能性は、確かにありますね……」

「まぁ、その時はその時だよ――屋根裏部屋のお姫様っていうのも、中々ロマンチックじゃない?」

 

 長椅子に背を預け両足を揃えて投げ出したミカは余裕そうな表情で応える。そこには未来に対する不安や焦燥といったものが微塵も見えなかった。一瞬顔を見合わせたセイアとナギサ、何となく彼女の言動に違和感があった。しかしその正体を探る様な真似はせず、二人は静かにテーブルを囲う様に配置された長椅子、それに腰を落とす。

 

「屋根裏部屋とは、やけに具体的な部屋割りですが……しかし、今回の様子であれば邸宅に関しても没収は回避出来るでしょう、セイアさんの復帰に合わせ、パテル分派とサンクトゥス分派の対立も目に見えて沈静化しましたし、結果論ではありますがトリニティの結束をより強固にする要因にもなりました」

「アリウス自治区を自分達の手で攻略出来たという点も大きいだろうね、本来であれば弱みであったミカの独断行動もナギサの根回しで良い様に受け止められている」

「善悪は兎も角、政治に於いて根回しは重要ですからね、その分各所に随分と借りを作ってしまいましたが――」

「そうだねー……っと、そうだ、頼んでいたお菓子届いているかな?」

 

 暫し椅子に凭れ掛かって脱力していたミカだが、ふと何かを思い立ったのか長椅子より立ち上がり、傍にあった棚へと駆け寄っていく。長椅子の傍に並ぶ棚にはティーカップやソーサー、ポッドが並び温められた湯が常備されていた。綺麗に整頓されていたソレを片っ端から開け、中を覗き込むミカ。そんな彼女の背中を呆れ顔で見つめながらナギサは咳払いを一つ挟む。

 

「んんっ、それでミカさん、今回はどのようなお話でしょうか?」

「えーと、こっちは紅茶で、御菓子は~……え? 何、ナギちゃん、何か云った?」

 

 片手に茶葉の入ったパックを持ち、目を瞬かせながら振り返るミカ。何とも云えないその間抜けな姿にセイアは溜息を零し、胡乱な目を彼女に向けながら再度問いかけた。

 

「態々君の個人的な邸宅に招いた上で設けた会談だ、ティーパーティー内部では口に出来ない様な内容なのだろう?」

「行政官か、監視官か、ミカさんが遠ざけたかった対象が何であるかは分かりませんが、今は私も、そしてセイアさんの傍付きも席を外しております、この場での会話を耳にするのは私達三人だけです」

「え? あ、いや――」

 

 二人の言葉に困惑と焦燥を滲ませるミカ。視線を彷徨わせる彼女にセイアとナギサの両名は疑問符を浮かべる。

 ミカの軟禁状態が解除され、個人邸宅への帰宅が認められた初日――そんな日に彼女自らがセイアとナギサ両名を招待し、茶会を開こうと口にした。先の事件に関する事もあり、何かしら独房内では口に出来ない様な相談事、或いはそれに準じる密談があると勘ぐっていたが。

 予想に反しミカの様子は余りにもいつも通りで、張り詰めた空気や真剣な面持ちなど欠片も無い。そんな空気を感じ取ったのか彼女は手に持った茶葉の入った紙袋を握り締め、恐る恐ると云った風に口を開いた。

 

「その、普通に皆とお喋りしたいなぁって……そう思って招待しただけ、なんだけれど」

「………」

「………」

 

 一瞬、部屋に沈黙が降りた。

 セイアとナギサはミカを真っ直ぐ見つめ、暫くの間言葉を紡ぐ事が無かった。ただ見開かれた瞳が彼女達の衝撃を物語っており、それを悪い方向へと捉えたミカは肩を竦め、気まずそうに続ける。

 

「えっと、もしかして駄目だった?」

「い、いえ、そんな事は全くありませんが……」

「……ふぅ」

 

 しどろもどろに答え、視線が泳ぐナギサ。彼女の動揺が手に取る様に分かる。セイアは自身の額に指を当てゆっくりと首を振り、「やれやれ」と云わんばかりに肩を竦めた。

 

「ミカ、確かに独房の中に居ては食事も限られていただろうが、拾い食いなど全く、流石の君でもそこまで品位を売る様な真似はしないと思っていたというのに……」

「セイアちゃん、それどういう意味? もしかして悪いモノでも食べたって云いたいの?」

「はッ! まさか、毎食ロールケーキだった事が原因で栄養が偏って――」

「ナギちゃん?」

 

 ナギサの言葉に対しぴくりと眉を動かすミカ。幼馴染を呼ぶ声には隠しきれない怒気が秘められていた。一体何だと云うのだ、お茶会に招待したくらいで何故こうも悪い様に云われるのか。ミカが笑みを浮かべながら内心で不満を蓄積させる中、ナギサは戦々恐々とした様子で告げる。

 

「で、ですがその、正直な所ミカさんらしくないと云うか、もっとこうちゃらんぽらんで、楽観的で、憎まれ口を悪気なく発するのがミカさんであって――」

「えー、ナギちゃんの私に対する印象酷くない? 私そんなに頭空っぽじゃないよ?」

「自覚がない点が正にだろう……しかし」

 

 ナギサの意見に同意しながらミカを見るセイア。確かに以前の彼女であれば自らこの様な場を設ける事はしなかっただろう。仮に何らかの形で場を持ったとしても「セイアちゃんのお話ってつまんなーい」、「ナギちゃん紅茶の話ばっかじゃんね?」と茶化すか喧嘩を売る様な真似を積み重ねて来たのが彼女だ。今回の件も何か、そう云った事情を押した上で伝えるべき、『重要な何か』があるのだろうと推測して受けた話だったというのに。

 まさか本当に何て事の無い、紅茶を啜りながら菓子を摘まみ、雑談する事が目的など夢にも思わないだろう。セイアは心なしか背筋を正すと、真剣な面持ちで問いかけた。

 

「本当に、一体どうしたと云うんだミカ? 聊か以上に驚きが勝る、以前よりも随分と君は……何だ、素直な物云いになった」

「……明け透けな物云いと口にしなかった分、セイアさんにも配慮が見られますね」

「ナギサ、一言多いよ」

 

 澄まし顔で頷くナギサに、セイアはちくりと言葉を刺す。そんな二人を見つめながら一瞬考える素振りを見せたミカは、再び棚の中を漁りながらぽつぽつと言葉を漏らした。

 

「んー、別に変なものを食べた訳でもないし、何か特別な意図とか下心とか、そういうのは全くないんだよ? ただ、何て云うのかなぁ――」

 

 棚の中を物色しながらミカは思う。

 言葉を捏ね繰り回す事を、自分は得意としていない。

 そもそも何か深く物事を考えたり、駆け引きだとか、そういったものを駆使する才もない。だからミカは率直に、ありのまま自分の想っている事をそのまま言葉にした。それが一番大事で、大切で、時に幾万の言葉に勝る事を彼女は知っていたのだ。

 

「純粋にこうして一緒に紅茶でも飲んで、御菓子を摘まんで、どんなくだらない事でも、中身のない会話でも良いの、そういう事を二人としたかっただけ――気の置けない友達同士で、ね?」

「………」

「………」

 

 漸く見つけた菓子袋を手に取り、微笑みを見せるミカ。彼女のそれを見た二人は面食らった様子で黙り込み、ミカが三人分のティーカップと紅茶、そして菓子を用意するまで言葉一つ紡ぐ事が出来なかった。コトリと、自分達の前に差し出された一杯の紅茶――湯気を立ち昇らせるそれを見下ろし、ふわりと対面に腰掛ける。彼女は二人の視線に気付くと、悪戯っぽく口の端を歪めウィンクをして見せた。

 

「偶には良いでしょう? こういうさ、何て事の無い集まりも!」

「……ふむ」

「……えぇ」

 

 頷き、ぎこちなく紅茶を手に取った。思えばミカが紅茶を自ら淹れた事などあっただろうか? そう思うと、目の前の一杯が様々な意味で貴重な一杯である様な気がした。砂糖の量、ミルクの有無、それはもう互いが互いを知り尽くしている。セイアは風味を損ねない程度の甘味とまろやかさを、ナギサは紅茶本来の香りと味を。

 思えば何らかの問題を解決する為、派閥間の云々を語る目的もなく席を共にした事は何度あっただろう? こうして何の憂いも、早急に対応すべき問題もなく、下心も打算もなく、ただ語り合うだけを目的とした茶会など、自身が憶えている限り遠い昔の事の様に思えた。

 

 一口、紅茶で唇を湿らせた二人は吐息を零し、静かにカップをソーサーへと戻す。セイアは水面に写る自身を見下ろしながら、僅かに緩んだ頬をそのままに呟いた。いつも仏頂面でいた自分が、今は少しだけマシな表情をしている様に感じられたのだ。

 

「そう云えば、こうしてティーパーティーという肩書すら背負わずに席を共にしたのはいつ振りだったか、随分と……遠い日の事に思える」

「あははっ、セイアちゃんその云い方、ちょっと年寄りっぽいよ?」

「ふふっ、ですが分かります、以前のように無邪気に、何の打算もなく茶会を開ける時間は限られていましたから」

 

 ナギサの口調は随分と穏やかだった。張りつめた空気が緩み、彼女本来の嫋やかさが顔を覗かせている。ずっと気を張っていた、張らざるを得なかった。トリニティに巻き起こった数々の事件や事態を想えば当然の事だ。だからこそミカはそんな二人の表情を横目に実感の籠った声を吐き出す。

 

「私はね、そういう時間を大切にしたいの――今度こそ」

 

 何て事の無い日常。

 危機に晒される事も無く、命が脅かされる事は無く。

 当たり前の様に明日があると信じられる、そんな日々の中で語られる山も谷も無い、ただ互いの輪郭をなぞる様な会話。

 毒にも薬にもならないそれが、どれ程貴重で輝かしいものであったかを彼女は知っている。だからこそミカはそんな日常を求める、大切にしたいと思っている。

 カップを手に俯く彼女のそんな言葉を二人は真摯に受け止める。セイアとナギサはミカの言葉を今回の騒動を顧みての変化だと受け取った。あの日から、ふと彼女がどこか大人びて見える時がある。それはあの事件を通して彼女が成長し、過去を顧みたが故の発言なのだろうと。

 そしてそれは、自分達にも当て嵌まる。

 今回の事件を通して変化したのは、ミカだけではない。

 

「そうですね、その想いには賛成します……ですがミカさん、この紅茶は頂けません」

「――うぇっ?」

「淹れ方から温度に至るまでなっていない点が多すぎます、これでは正義実現委員会で頂いた紅茶、救護騎士団で頂いた紅茶、そのどちらにも劣る仕上がりですよ?」

「え、いや、それどっちも紅茶に五月蠅い副委員長と団長が居る場所……」

 

 ナギサの発言にミカはあからさまに表情を歪め、ハスミ副委員長、ミネ団長の顔を思い出す。そのどちらも紅茶に関しては一家言あり、ナギサの長々しく矢鱈と小難しい紅茶談義に軽々と追従できる猛者である。自身であればきっと、五分で飽きて上の空になる事間違いなし。

 

「良いですかミカさん、以前も口にしたかもしれませんが紅茶と云うのはただ淹れれば良いという訳ではないのです、『次の茶会』では事前に連絡を下さい、手取り足取り教えて差し上げます」

「ナギちゃん紅茶の話になると凄く長いじゃん! 嫌だよ、お小言云われながら紅茶淹れるのなんて……!? ねぇ、セイアちゃんからも何か云ってよ!」

「諦めたまえミカ、こうなったナギサは手に負えない、それにお茶会と呼ぶからには紅茶か、それに準ずるものがメインに据えられるものだろう? この細やかなティーパーティー(お茶会)のホストとして責任を持つ事だね」

「えぇ~!?」

 

 どこかミカの苦悩を楽しむ様に、僅かに口元を緩めたセイアは素っ気なく告げる。茶会のホストとして準備する事が余りなかったミカである、その辺りに関しては改善の余地が十分にある。少なくともティーパーティーという名を冠した場所に座している以上、ある程度の腕前は備えていなければ嘘だろう。

 まだまだ雑味の残る紅茶――しかし、これはこれで味がある。セイアは手元のカップを覗き込みながら思う。

 アリウス自治区の今後、加えてアリウスに関するシスターフッドとの協議、トリニティの派閥間(パワーバランス)調整、ミカの聴聞会、ゲヘナとの外交、戦費の補填とティーパーティーの復権、及び救護騎士団、シスターフッド、正義実現委員会との関係構築……やるべき事は多岐に渡る。これからのトリニティは良くも悪くも変化を強いられるだろう、そして変化というものは時に強い痛みを伴うものだ。

 しかし、偶には思考を止めて休む事も大事。そしてその痛みを乗り越え、全ての試練を乗り越えた時――そこにはきっと、痛みを得る前には手に出来なかった大切なものが在る筈だ。

 願わくばその場所に、この三人で立っていられる事を。

 

 ――尤も、そんな恥ずかしい事を口にするつもりはないけれど。

 

「ところでミカさん」

「……ん、なぁにナギちゃん? 紅茶に関する抗議ならもうお腹一杯だよ?」

「いえ、それに関してはまた今度お願いします」

「まだあるんだ……」

 

 ナギサのすまし顔と共に告げられたそれに肩を落とすミカ。口元を指先で覆い忍び笑いを零すナギサは、暫し喉を震わせた後改めてミカの指先へと視線を落とした。

 

「アリウス自治区より帰還してから、時折目にしてよりずっと気になっていたのですが……」

「うん」

「その、左手に嵌めている銀の指輪は一体どういった経緯で?」

 

 ナギサの言葉に、セイアもまた視線をミカの指先に落とす。そこには先程からずっと鈍く輝く銀の指輪が嵌っていた。指輪自体は何度か目にした覚えがある、特にナギサは独房でもミカが指輪を大切に扱っていた事を知っていた。

 

「あっ、これ? やっぱり気になる? 気になっちゃう?」

「え、えぇ、まぁ……」

「………」

 

 指輪を指摘されたミカは、先程までの意気消沈した気配から一転。まるでこの世の春が来たと云わんばかりに表情を緩め、二人に対し緩み切った口元を晒した。頬に散らした桜色はミカの心情を如実に表し、二人はこの時点で『あっ』と何かを察した。これは実に面倒な話題であったと。

 

「これはね~、実はね? じ・つ・は~~~!」

「………」

「………」

 

 指輪を嵌めた左手を掴みながら、いやんいやんと体をくねらせるミカ。そんな彼女を見つめながら辟易とした表情を隠さない両名。面倒くさい、そんな言葉を吐き出しそうになり紅茶で無理矢理言葉を喉奥に流し込むナギサ。手元のシマエナガを指先で撫でつけ、溜息を堪えるセイア。そんな二人を流し目で見つめ、ミカは満面の笑みで爆弾を投下した。

 

「先生からプレゼントして貰ったの、『私のお姫様』って呼ばれながら!」

「ぶぼッ!」

「―――……」

 

 果たして、反応は劇的であった。

 ナギサは本来ではあり得ない様な醜態を見せ、セイアは一瞬身体が硬直する。ナギサは咄嗟に横を向いて噴き出した紅茶が虚空を舞う様を呆然と見送り、口の端から垂れた紅茶を指先で隠しながら慌てて問うた。

 

「せ、先生からの贈り物、ですか!?」

「うん、そうなの! 贈られたのは結構前なんだけれど、身に着けるだけの『覚悟』が無かったというか、あの頃は私の気持ちも固まっていなくて……」

「な、な、なん、な――」

「ナギサ、落ち着きたまえ」

 

 身に着ける覚悟、気持ちが固まっていない。

 そんなワードにナギサの表情が刻一刻と変化し、赤くなったり青くなったり忙しない。彼女の脳内ではミカがウェディングドレスで子沢山でピースで暖炉で大きな犬で子どもと一緒に編み物だった。それはもう一瞬で脳内を駆け巡る存在しない記憶、或いは訪れるかもしれない未来。

 えっ、ミカさんが、ミカさんが――先生と、ゴールイン? えっ、自分より早く? というかよりによって先生と? 

 今にも死にそうな表情で空想に浸るナギサを、セイアはいち早く再起動した意識で以て引き起こす。泰然とした様子で佇むセイアに、ナギサは震える指先をミカに向けながら云った。

 

「だっ、だっ、ミカさ、せんせッ、ゆ、ゆびわっ、く、薬指……!」

「……恐らく先生にそういった意図はない、何故指輪を贈ったのかは不明だがどうせミカの事だ、先生に強請ったかしたのだろう」

「えー、私そんなはしたない事しないよ?」

 

 ティーカップをカタカタと鳴らすナギサを前に、ミカは満面の笑みを浮かべる。セイアは額を指先で幾度か叩くと、努めて冷静な声色で続けた。

 

「だとしてもだ、君と先生が結婚、或いは婚約したという訳ではあるまい? ましてや指輪を身に着ける位置に関しては、君の意図が透けて見える……ナギサを揶揄うのはよしたまえ、ミカ」

「ぶー、ぶー」

「そ、そうなのですか、ミカさん……?」

 

 唇を突き出して不満げなミカに対し、ナギサはどうにか平静を持ち直す。問いかけられたミカはどこか詰まらなさそう肩を竦めると、渋々その事実を認めた。

 

「んー、まぁ、それはそうだけれど」

「そ、そうですか――良かった」

「でも先生は『私はいつでもミカの味方だから』って云ってくれたよ?」

「彼は生徒を皆大事に想っている、その言葉に嘘はないだろうが、君だけ特別扱いという訳ではない筈だ」

「ぶーッ! セイアちゃんってばホント意地悪! ちょっとくらい夢を見せてくれたって良いじゃん!」

「夢を見るのは勝手だが、事実を歪曲するのはまた別の問題だろう」

「……はぁ」

 

 云い合う二人を他所に、ナギサは深い溜息を零し紅茶を一口。味は決して褒められたものではないが、それでも紅茶で唇を湿らせているという事実が彼女の心を大いに慰めた。紅茶さえあれば、例え戦場のど真ん中で在ろうと平静を装えるだけの自信がナギサにはある――無論、装えるだけに過ぎないが。

 しかし、その外面を繕う技能がトップには必要であったりする。最近では特に、その必要性を感じる場面が多かった。

 

「まさかとは思いますが、私達以外の生徒にもその様な対応を取っているのでは――」

「ん? そんな事しないよ、先生の迷惑になっちゃうかもしれないし! 指輪を付けるのは一人だけの時とか、こういう身近なお茶会の時だけ」

「む……」

 

 彼女の身に着けている指輪がどれだけ厄ネタなのかを理解している二人は、もしや既にこの事実が周知されているのではと不安を覗かせた。以前の彼女であれば嬉々として周囲に見せびらかし、自慢し倒すと判断していたのだ。しかしミカは緩く首を振って、その事実を否定する。

 そんな彼女の返答に声を詰まらせるセイア。

 

「なぁにセイアちゃん、その如何にも意外ですって顔」

「おや、まさかミカに察せられるとはね、少々驚きだ」

「え、なにセイアちゃん、私と腕相撲でもする?」

「やめたまえミカ、何でもかんでも力で解決しようとするのは」

 

 満面の笑みで恐ろしい提案を口走るミカ。セイアとミカが腕相撲などすれば、その結果は分かり切っている。全治一ヶ月、いやそれで済めば良い方かと内心でセイアは呟いた。

 

「でも、確かに意外ですね……ミカさんの事ですから、これ見よがしに指輪を掲げて自慢するものかと」

「確かにそういう事をしたい気持ちはあるけれどさぁ、その後絶対面倒な事になるじゃん? 先生の所に確認の連絡がいったり、そうじゃなくてもある事ない事云われて、ただですら大変な状況がもっと大変になっちゃうかもしれないし」

 

 指輪を嵌めた左手を天井のシャンデリアに翳しながら、ミカはポツポツと語って見せる。これを自慢したり見せびらかしたい気持ちは勿論ある、この指輪は先生がどれだけ自分を気にかけてくれているのか、心を砕いてくれているかの証明に他ならない。これを嵌めているだけで、ミカは自分自身を肯定する事が出来る。けれど、それをすれば先生や自身の立場が悪くなる、廻り巡ってそれがどんな結果を生むのか分からない――ならばそれを自制する程度の理性は、自分にだってあるのだ。

 

「そんな事は私も、勿論先生だって望んでない、だったらこれ位の配慮はするし、私だって考えなしじゃないんだから」

「………」

「………」

 

 ぼうっと指輪を眺めながら呟く彼女を前に、セイアとナギサは一瞬顔を見合わせる。其処には何とも呑み下す事の出来ない、複雑な色が宿っていた。

 

「……何と云うか、ミカ」

「うん……?」

「君は少し、その、何だ」

「……ミカさんが、以前よりずっと大人びて見えますね」

「あはは、なにそれ!」

 

 ナギサも、セイアも、まるでミカではない誰かを見る様な視線で此方を見ている。其処には驚愕と、少しばかり急激な変化に戸惑う不安が覗いていた。そんな彼女達の心境を笑い飛ばす様に、ミカは溌剌と破顔する。その笑顔は二人の良く知るミカのものだった。彼女は自身の肩に掛かった髪を指先に巻き付け、目を閉じながら告げた。

 

「あれだけ色々な事があったんだから、大人にもなるよ」

 

 クーデター未遂然り、エデン条約然り、アリウス自治区然り。

 そして――その先(未来)の事も。

 想い、ミカは二人に視線を向ける。

 其処には何か、二人が感じ取れる以上の重みが伴っていた。

 

「――本当に、色々な事があったんだから」

 


 

 ジャスト二ヶ月で戻って参りましたわよ!

 エデン条約編が終わって直ぐにアビドス新章が来て、「あ、コレ終わりましたわ~!」ってなりましたがプロローグだけで、まだ何も分からないんですわ! 多分書いている最中にまたぶち込まれるのでしょう、そん時はそん時なんですわよ。

 Twitter(新:X)は数日したら更新しますわ! 漫画まだ描けてねぇんですわ! ごめんあそばせ!

 取り敢えず幕間でリハビリしてからダイジェスト版パヴァーヌ前編、その後に後編に入りますわ!

 また三ヶ月か四ヶ月、よろしくお願いいたしますわ~!

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