ブルーアーカイブを、もう一度。   作:トクサン

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誤字脱字報告に感謝致しますわ!


ほろ苦い甘味

 

「はぁ、全く、何で態々こんな遠いところまで……」

 

 トリニティ自治区、本校舎広場横――並木道。

 本校舎の影になる様な場所にひっそりと並ぶ自販機の前で、カズサはひとり溜息を吐き出した。放課後スイーツ部の集まりで行きつけの店がセールを開催した為、これ幸いと全員で突撃し有りっ丈のスイーツを買い込んだのだ。そうなると当然飲料も欲しくなる訳で、公正なじゃんけんの結果カズサが皆の飲み物を買い出しに行く係と相成った。

 

 トリニティ自治区も他の自治区と同じように、本校舎区画に自販機や売店が設置されているが、前者の自販機は景観の問題上余り目立つ様な場所には設置されていない。スイーツ部が良く使用しているオープンテラス付近にも幾つか自販機は存在するのだが、ナツの愛飲している紙パック牛乳は少々離れた場所の自販機にしか売っていなかった。

 

 別にこんな時くらい、紅茶だろうがココアだろうが変わらないだろう、そう思うが彼女には彼女の拘りがあるらしく、態々此処まで足を運んだ次第である。カズサは皆から預かった小銭を掌で弾ませ、投入口に一つ一つ入れていく。

 そして順にボタンを押していると不意に声が聞こえた。

 

「うーん、確かこの辺に――」

「……?」

 

 声は直ぐ傍から響いていた。何となくだが、聞き覚えのある声。カズサが全員分の飲み物を確保し、ゆっくりと声のした方向――自販機脇の並木道、その左右を彩る茂みの向こう側に顔を覗かせれば、地面に這い蹲って何かをしている大人の姿を発見する。

 その人影は何かを熱心に探しているらしく、芝に張り付くようにして顔を動かす彼に向けて、カズサは声を掛けた。

 

「――先生?」

「……ん?」

 

 その後ろ姿が誰であるかなど一目瞭然、ましてやカズサからすれば遠目でも分かる程。白い制服に葉っぱを貼り付けながら地面を這う彼は、カズサの声に反応し顔を上げる。二人の視線が交わり、何とも云えない空気が流れた。

 

「……えっと」

「………」

 

 沈黙が降りる。

 カズサは声を掛けたが良いが何と言葉を発すれば良いのか分からず、先生は何とも情けない姿を生徒に見せてしまったと云う衝撃から。暫くして先生は徐に立ち上がると、ズボンに付着した土や芝を払い、咳払いを一つ挟んで微笑み云った。

 

「こんにちはカズサ、久しぶりだね」

「うん、まぁ、そうなんだけれど……先生さ、そんな所で這い蹲って一体何をしている訳?」

「……別に生徒のスカートを覗こうとしていたとか、そういう訳じゃないからね?」

「いや、そんな事疑っていないし」

 

 至極真面目な顔でそう告げる先生に対し、カズサは呆れを含ませながら呟く。と云うか出て来る云い訳が開口一番ソレってどうなの? と内心で思わず突っ込んだ。

 

「えっとね、実はこの辺でお金落としちゃって」

「お金?」

「うん、このままだとお昼食べられなくなっちゃうから……」

 

 どうやら地面に這い蹲って探していたのは落とした金銭だったらしい。見れば相当必死に探していたらしく、髪にも葉が付着していた。この様子だと落としたのは百円、二百円の話ではないだろう。カズサはそう判断し、先生を手伝う為に手にしていた飲料を傍の長椅子に置き、腕まくりをした。

 

「もしかして財布ごと失くしちゃった訳? それなら一緒に探して――」

「ううん、百円一枚……」

「百円一枚!?」

 

 予想を裏切られたカズサは思わず声を荒げ、目を見開いた。何故百円一枚の為にそこまで必死になるのだ。いや、一円に泣くと云う言葉もある訳で、決して硬貨一枚を軽んじる訳ではないが――それにしてもだろう。

 それにこのままだとお昼を食べられなくなると云っていたが、まさか。

 

「ちょっと、もしかして先生のお昼のご飯代って、百円だけ……?」

「最近金欠でね、あはは……」

 

 カズサの信じられないといった風な問いかけに、先生は苦笑と共に頷いた。

 エデン条約調印式の為の備え、加えてミレニアムに依頼した義手の制作費、購入出来ていなかった限定版フィギュアに復刻グッズ、アリウスに対する救援物資購入、各自治区要人との交際費と云う名の根回し。

 そしてトドメとなったのは万が一の避難先と、アリウス・スクワッドが使用できるように用意した各自治区に点在するセーフハウスの存在。これに関しては連邦生徒会にも勿論話を通している筈もなく、完全個人として用意した代物となる。当然だが経費として落ちる筈もなく、アロナと協力して搔き集めた先生の給料とは別途の資金(ユウカにも知られていないヘソクリ)が殆どが吹き飛んだ。

 現在先生の預金残高はとても人に見せられるような状態ではないのだ。

 そうこうしている内に先生の腹が鳴り、恥ずかしそうに頬を掻く大の大人がひとり。カズサは暫くそんな先生を胡乱な目で見つめ、仕方なさそうに溜息を吐いた。

 

「はぁ、全く……ほら先生、こっち来て」

「え、でもまだ、お昼ご飯代が――」

「百円くらい私があげるから、そんな事で良い大人が必死にならないの――あーあ、葉っぱだらけじゃん、ほら、こっちに背中向けて」

 

 先生の手を強く引っ張り、カズサは先生の制服に付着した葉やら何やらを叩き落としていく。そしてぱっと見問題ない事を確認した彼女は、指先で並木道の向こう側を指しながら云った。

 

「今からウチ(スイーツ部)においでよ、丁度皆でスイーツを食べる予定だったんだ、沢山買い込んであるし先生ひとり増えても問題ないでしょ?」

「いや、流石に生徒のお世話になる訳には――」

「良いから! 最近皆先生と一緒に居られる時間が短いって云っていたし、良い機会じゃん!」

「うーん、でも……」

 

 ぐいぐい腕を引っ張るカズサに対し、先生はあくまで困った表情を浮かべ難色を示す。大人として生徒に集るのは何とも恰好が付かない上に、申し訳ないという感情が強かった。そんな先生の態度に目を細めたカズサは、何処か威圧感を込めた声色で告げた。

 

「それとも何、ミネ団長を此処で呼んで病院食をもう暫く堪能する?」

「すみません、一食だけご厚意に甘えさせて頂きます」

 

 即座に先生は折れた。此処でカズサが救護騎士団に一報を入れ、「この人、ちゃんとご飯食べてません」なんて告げ口などされてしまえば、ほぼ百パーセントの確率で『救護』されてしまうと確信していた。そしてそれはミネ団長を初め、セリナやハナエも同じだ。ミネの場合は云わずもがな、セリナはきちんと食事を摂るか食事毎に確認するだろうし、何なら気付いた時には背後に現れかねない。ハナエの場合は寝台に縛り付けた上での強制あーんだろうか。どちらにせよキヴォトスの生徒が本気になった場合、先生に抗う術はない。

 項垂れた先生の腕を引いて並木道を歩き出すカズサは、片腕でペットボトルや紙パックの飲料を抱えながら呆れた様な色を隠さず、隣を歩く先生に顔を向ける。

 

「全く、まさか先生がそんな食事生活を送っていたなんて……シャーレって私達が思っているより薄給なの?」

「いや、そんな事はない筈なんだけれど、何と云うか支出がどうしても多くなっちゃって」

「どーせ、生徒の為に私生活分を削っているんでしょ」

「……あはは」

 

 否定も、肯定もしない。

 それが先生にとって精一杯の抵抗である事は分かっていた。故にカズサは肩を竦め、やっぱりと云わんばかりに唇を尖らせるのだ。

 

「で、その様子だと仕事も大変なんじゃないの? 何なら私が手伝ってあげるけれど……」

「あぁ、それに関しては大丈夫、会計処理とか、事務処理になれた子が手伝ってくれてね」

 

 退院したての頃、シャーレに復帰して直ぐに仕事を補佐してくれた生徒が多くいた。それは連邦生徒会のリンやアオイを初め、ユウカやノアは勿論、忙しい間を縫ってゲヘナ風紀委員会、便利屋68、正義実現委員会、補習授業部、C&C、対策委員会など、時には所属している部活全員で、或いは個人で、沢山の生徒が助力してくれたのだ。

 お陰で仕事塗れであった初期と比べれば、今は多少外回りをするだけの余裕が出来ていた。そうでなければ今も自分はシャーレのオフィスで悲鳴を上げていた事だろう。

 

「――へぇ」

 

 だが、どうやら先生の回答はカズサにとって良いものではなかったらしい。彼女は露骨に雰囲気を昏く、粘つく様なものに変えると、握っていた先生の手を僅かに強く引っ張った。

 

「ふぅ~ん、そっか、他の生徒に手伝って貰ったんだ……まぁ、私は小難しい文章読むのは苦手って云っていたし、そっちの方が早いし確実だよね、そーだよね」

「……えっと、カズサ?」

「へ~、そっか、そっか、他の生徒とね」

 

 コツ、コツ、と。

 カズサの履くローファーが石畳の床を叩く。その音は何故だろう、先程よりも少しだけ力強く感じた。先生は彼女の変化を肌で感じ取り、恐る恐ると云った風に問いかける。

 

「――もしかして、怒っている?」

「べっつにぃ?」

 

 云いながら、カズサは顔を先生から大きく逸らした。ぐっと、先生の手を握る指先に力が籠る。口では曖昧に答えながらも、その態度は如実に彼女の不機嫌を語っていた。

 

「ただ最近全然先生に呼ばれないし、連絡も無かったのに、他の子はそういう面で先生の力になれたんだなぁって思っただけだし」

「……ごめんって」

「あのね先生、私だって別に事務処理出来ない訳じゃないんだよ? ただ、面倒くさいってだけでさ、先生の為だったら別にそういう面でも力になれるし――いや、確かに私そんな成績良い訳じゃないけれど、最近は結構頑張って……」

 

 何やらそっぽを向きつつブツブツと呟くカズサ、そんな彼女の背中を視界に入れながら先生はふっと微笑を零す。彼女のその優しさ、思い遣りが嬉しかったのだ。

 先生は咄嗟に彼女の頭部に手を伸ばそうとした。それは反射的なものだ、引かれた右手とは反対の左手――それを彼女の柔らかな黒髪に伸ばし。

 しかし硬く、冷たいそれを自覚した時、思わず途中で手を止めてしまった。寸で止まった左手、グローブに包まれた肌色は人の腕と何ら変わらない、けれどコレは本来の指先とは余りにも異なる。何となくこの腕で彼女を撫でつける事に、抵抗感があった。

 カズサはそんな先生の動作に横目で気付き、無言で腕を引っ込めようとする先生を咎めるように、握っていた右手を離し、虚空を彷徨う左手を掴む。

 そして驚く先生を他所に、義手の掌を自身の頭に擦り付ける様に乗せた。

 

「……何?」

「………」

 

 不機嫌そうに眼を細めるカズサ、彼女は「何やってんの、早く撫でてよ」と云わんばかりに自分で先生の左腕を揺らす。先生は暫しそんな彼女に瞠目していたが、思わず吹き出し、静かに彼女の頭を優しく撫でた。

 ぴくりと、カズサの耳が跳ねる。

 

「――次困った時は、カズサにお願いするよ」

「……ふん」

 

 その言葉に満足そうに、或いは「当然でしょ」と云わんばかりに鼻を鳴らしたカズサは、そのまま先生の左腕を掴むと、ズンズン前へと歩き出した。どうやら彼女にとっては右だろうが左だろうが、撫でられる腕に貴賎はないらしい。或いは、先生ならばどっちでも良いという言外意思表示だろうか――もしそうならば、何とも気恥ずかしい心地だった。

 

「あ、やっと帰って来た……って、先生じゃん!?」

「お~、これはこれは、珍しいトクベツが顕れたね」

「えっ……わわっ!」

 

 暫し歩くと、生徒達の休憩所として設置されているオープンテラスが見えて来た。本校舎離れ、多目的ホール脇に設置されたその場所には等間隔で円テーブルが設置されており、談笑する生徒、紅茶を楽しむ生徒、自習する生徒、読書に勤しむ生徒と様々な生徒が思い思いの方法で過ごしている。

 その一角のテーブルでカズサの帰りを待っていたアイリ、ナツ、ヨシミの放課後スイーツ部三名は、彼女と一緒に現れた先生の姿に腰を浮かす。

 チョコミントアイスを一人先に食べていたアイリは、思わぬ人物の登場に口元を慌てて拭った。「あ、アイスついてないよね、ナツちゃん……?」と小声で問いかけるアイリに、椅子に凭れ掛かってケーキを突いていたナツは無言で親指を立てる。

 カズサは彼女達の座っていたテーブルに飲み物を置くと、先生を一瞥しながら問いかけた。

 

「先生と一緒にスイーツ食べたいんだけれど、良い?」

「勿論! 先生こっち、こっち座ってよ!」

 

 カズサの問い掛けにヨシミは何度も頷き、隣のテーブルにあった椅子を一つ引っ張って来る。バンバンと椅子を叩いて輝く瞳を見せる彼女に、先生は温厚な笑みを浮かべながら頷いた。

 

「ごめんね、突然お邪魔しちゃって」

「お邪魔なんかじゃないわよ! というかカズサ、一体どこで先生を捕まえて来たの!? 学内でも滅多に逢えないのに……!」

「いや、何と云うか、うーん……」

 

 それとなく先生の隣を確保したカズサはヨシミの問い掛けに、さて何と答えたものかと思案する。暫し考える素振りを見せた彼女は、指先でテーブルを叩きながら淡々とした様子で応えた。

 

「お腹を空かせていて、その上に御昼はまだって聞いたから食事に誘った……って感じ?」

「つまり、偶然捕まえられたって事ね!」

「まぁ」

 

 満面の笑みで告げられたそれに、カズサは曖昧な声色で答えた。流石に昼食百円の下りは口に出さない、というか出せない。先生(大人)の尊厳的に、そう思ったのだ。

 

「おや、先生は空腹なのかい? それは良くないね~、此処にあるのはスイーツばかりだけれど量はある、ゆっくりお腹を満たしていくと良いよ」

「あ、あのっ、先生、チョコミント・ドーナツは如何ですか……!?」

「――ありがとう、それじゃあ頂こうかな」

 

 ナツはいつも通り何とも緩く穏やかな声で、アイリは自身の購入したドーナツをバスケットから取り出し、先生へと差し出す。先生は差し出されたそれを受け取りながら、静かに礼を口にした。

 

「にひ、先生とこうして席を共にするのは久し振りだね、おやつの時間に会えるなんてとってもラッキー」

「う、うん、そうだね、最近は特に忙しかったみたいだし……」

「忙しいのは分かるけれど、偶には顔を見に来てよね、あっ、でも勘違いしないでよ! 気兼ねなく逢いに来て欲しいだけで、無理に来て欲しいって訳じゃないから!」

「……ヨシミ、それ色々間違っていると思うよ」

「えっ?」

「あっ、先生、どうでしょう? このドーナツは最近発売されたものなんですけれど、砂糖が多めに含まれていて甘さが凄いんです! けれど、ミントとの噛み合いというか、そのバランスが絶妙で――」

 

 各々がスイーツを手に取りながら笑顔を浮かべ輪を作る。先生はそんな彼女達を眺めながら何とも云い表せぬ幸福感に暫し浸った。

 そしてアイリに勧められるまま、手渡されたドーナツを一口齧る。

 

「―――」

 

 一瞬、先生はその動きを止めた。

 それは本当に瞬きの間であったが、彼をつぶさに観察していればその表情が硬く強張った事に気付いただろう。

 しかし幸いにして放課後スイーツ部の面々がそれに気付いた様子はなく、先生は即座に表情を切り替え、無言で咀嚼を再開する。

 

「ん、先生? もしかして、それ微妙だった?」

「まぁ、ミント味は結構好き嫌いが分かれるし――」

「あぅ……」

「あ、いや」

 

 先生が何のリアクションも見せない事に疑問を抱いた彼女達は、口に合わなかったのではと危惧したらしい。先生は緩く首を振って、努めて何でもない様にもう一口、ドーナツを口に放る。そのまま残り半分程咀嚼し、穏やかな笑みを浮かべ先生は告げる。

 

「……うん、良いね、甘さとミントのスッとした風味が合っているよ」

「よ、良かった!」

 

 最近ミントにド嵌りしているアイリは、先生に自身の趣向が認められたことにホッと安堵して見せる。歓喜の念を滲ませる彼女を暖かな目で見つめながら、先生は残りのドーナツを全て口の中に放り込んだ。

 

「ん――けれど、本当に沢山買い込んだんだね、こんなに一杯……」

「今日はいつも利用しているお店が月に一度のセールを開催してさ、皆で開店と同時にダッシュして買い込んだってワケ」

「あの時のヨシミは鬼気迫る表情をしていたね~、割り込もうとした生徒を蹴飛ばしてまで甘味を求めていたし」

「はぁ!? 何よ、そういうナツだって両手一杯に買い込んでホクホク顔だったじゃない! と云うか割り込みに関しては、あっちが悪いんだから!」

「よ、ヨシミちゃん、落ち着いて……」

 

 その場面を思い出してか、激昂するヨシミをアイリは宥める。しかし彼女達にとってスイーツ争奪戦は、文字通り戦争なのだ。新発売、数量限定、期間限定――それらの言葉は甘い誘惑で以てキヴォトスの生徒達を誘い込み、場合によっては銃撃戦を敢行してでも手に入れなければならないと云う強い意志を抱かせる。

 

「ま~、何はともあれ沢山食べてよ先生、こっちは私のおすすめ、これを手に入れるのにも中々苦労してね、是非とも浪漫を分かち合おうじゃないか」

「あっ、じゃあこっちも食べてよ先生! コレ一ヶ月前位に出たばっかりの新作で――」

「ん~、じゃあ私はこっちかな、意外とサッパリして美味しいんだよ」

 

 アイリから貰ったドーナツを食べ終わった先生に、各々がお気に入りの甘味を提供する。先生はそれらを一つ一つ受け取り、丁寧に咀嚼し感想を零した。

 エナジードリンクとゼリー飲料、簡素な栄養ブロックと乾パンばかりの食生活の中で、久々の甘味は何とも美味く感じた。甘味なんて口にしたのはいつ振りだろうか? 思い、先生は自身の記憶を振り返る。

 病院食はそもそも味が薄く作られているし、院内で口にする事も無かった、それ以前も――余り記憶にない。こうして生徒達に囲まれた時、一緒に口にした程度かもしれない。先生はそんな事を考えながら一口、一口と手を進めた。

 

「そう云えば皆、最近困った事とかはないかい?」

「え、困った事?」

「えーっと、もしかして前に起きた騒動関連?」

 

 唐突な先生からの問い掛けに、スイーツ部の面々は疑問符を浮かべる。困った事と云えば、精々が勉強が云々だとか、スイーツを確保する為の群資金調達バイトがとか、そんな所だが――恐らく先生が聞いているのは、そう云った彼女達にとっての些事ではないと判断した。

 ナツは紙パックの牛乳に刺したストローを口に加えながら、間延びした声で答える。

 

「う~ん、まぁ確かに騒がしくはあったね、ただ私達はいつも通り過ごしていただけだよ」

「普段あんまり派閥云々だとか、そういうのには関わらないようにしているし、面倒は御免っていうか……一応、本当にヤバい時は手伝ったりするけれどね」

「流石に条約の時は学園全体がピリピリして、私達も大変でしたけれど……あはは」

「というか私達より先生でしょ、色々大変だったって聞いたよ? 条約の時は――本当に心臓が飛び出るかと思ったし」

 

 思い返し、カズサや皆の表情に影が落ちる。特に調印式後の記憶は、思い返したくもない。学園全体が殺意と憎悪に包まれ、普段の光景など何処にも存在しなかった。

 各委員会は統制を喪い、罵詈雑言が飛び交いながら血塗れの生徒が次々と校舎に運ばれてくる。更には先生重傷の噂が唐突に蔓延り、ましてや死亡説まで出回っていた程。

 普段政治に絡まず、我関せずを貫いていたグループさえも、あの時ばかりは殆ど――全生徒が動き出したと云っても過言ではない。

 そしてそれは、放課後スイーツ部も例外ではなかった。

 

「あの時のヨシミは凄かったね、トリニティの弾薬庫にあった砲兵隊管理下の砲弾を抱えて、般若の形相で戦場に向かおうとしていたのを憶えているよ、制止する生徒を蹴飛ばして行く様は正に鬼……」

「そういうナツだって、滅多に使わないビヨンド(ザ・ルミネーション)を引っ張りだしていたじゃない!」

「でも、実際皆動揺して、私達だけでも動こうって話も出たくらいで――」

「……そっか」

 

 彼女達の言葉に、先生は沈痛な面持ちを伏せる。

 既に終わった事ではあるが、当時の彼女達、その心情を想えば一言二言で云い表す事など出来ない。本当にあと一歩、僅かでも道を外れていれば――血で血を洗う凄惨な結末が待っていたのかもしれなかったのだから。

 

「というか、一、二週間位前だっけ? その時のアリウス自治区攻略作戦でも先生が指揮を執ったんでしょう? そんな素振り無かったのに、夜眠って、朝起きたらトリニティが憎きアリウスを打倒したとか何とか叫んでいる生徒が居て、ホントにビックリした」

「あぁ、アレ? 確かに驚いたわね、何か深夜の内に乗り込んだとか何とか聞いたけれど……」

「私も同じクラスの正義実現委員会の子から聞いた位で、あんまり詳しくないですけれど……」

「そんな事もあった訳だし、先生こそ結構無理をしているんじゃないの?」

「あれは――」

 

 先生は一瞬、何と口にすべきか逡巡した。アリウス自治区に対するトリニティの侵攻――アリウス・スクワッドからの要請、セイアの予知、ミカの暴走から始まった一連の騒動は一応表向き、『秘密裏に計画されていたアリウスへの報復・自治区攻略作戦』という事になっている。

 一般生徒からすれば一夜の内にアリウス自治区が瓦解し、トリニティが勝利したという風に映るだろう。作戦時間は深夜から朝方に掛けて、陽が登って少し経った頃には終わっていたのだ、正に夢の様なと表現するべき代物。

 

 そして、件の事件に於いて真実を知る者はごく限られている――それを態々口にして、彼女達の平穏を壊す事を先生は選べなかった。騒動の裏に多くの生徒、その尽力があり、涙があり、汗があり、血も流れた。正にサクラコがいつか口にした裏側の事情、しかしそれを知らなくても良い生徒は、平穏は、確かにあるべきなのだ。テーブルの下で緩く手を握り締めた先生は、努めて冷静に応えた。

 

「いや――心配掛けてごめんね、私は大丈夫」

「大丈夫って……暫く救護騎士団に入院していたんでしょう? それで大丈夫って云われても、心配になるじゃん」

 

 カズサの言葉に、僅かな棘が混じっていた。それは先生の身を案じる裏返し、それを彼は良く理解していた。その上で薄らと綺麗な笑みを浮かべ、先生は首を振る。

 

「検査入院みたいなものだよ、前の騒動で色々あって、それから大きな運動をしたのは久々だったから、念の為――ね」

「ふぅ~ん」

「か、カズサちゃん」

「まぁ、先生が云うなら、信じるけれど」

「………」

 

 反応は何とも鈍い、ヨシミは表面上頷いているが胸中がどうあるかは分かり易い。ナツは考え込む様に無言を貫き、カズサに至っては露骨に信用していない反応であった。その事に先生は苦笑を零す他ない。

 

 そんな会話を交わしていると、ふと先生の個人端末が振動した。シッテムの箱とは別に、連絡兼バッテリー温存用に携帯しているソレを懐から取り出すと、画面には見知った生徒の名前。時刻を見れば、そろそろ昼の時間が終わりを告げようとしている。

 

「――ごめん、次の会談があるからそろそろ行くよ」

「えっ、もう行っちゃうんですか? まだ十分も一緒に――」

「ごめんねアイリ、皆も、また今度埋め合わせするから」

「埋め合わせって、それっていつ頃? あ、いや、先生が忙しいのは分かっているんだけれどさ……」

「ヨシミの時間が空いてる時に、シャーレに来てくれたらいつでも歓迎するよ」

 

 そう笑顔で告げ先生は席を立つ、各々に感謝の言葉を述べ立ち去ろうとする先生に向けて、ふとカズサが声を上げた。彼女は席を立つと、傍にあったドーナツボックスを手に取る。

 

「先生」

「うん?」

 

 振り返る先生、そんな彼に向けてカズサは小走りで歩み寄ると手にしたそれをぶっきらぼうに差し出す。

 

「これ持って行って、おやつにでもして食べてよ」

「……良いのかい?」

「良いの、どうせ碌なもの食べてないんだろうし」

 

 受け取ったそれには、一人分にしてはやや量の多いドーナツが詰まっている。伺う様にカズサ、その背後に居る三人に目を向ければ、彼女達は笑顔を浮かべて頷いた。

 

「それ位全然! まだまだ一杯あるし!」

「幸福の御裾分けという奴だね、偶にはこういうあま~い一日も良いものさ」

「ご、御迷惑でなければ……!」

「――ありがとう」

 

 深く感謝し、先生はドーナツボックスを片手にテラスを離れる。先生の背中が見えなくなるまで、放課後スイーツ部の皆は手を振ってくれた。

 先生は本校舎の影になる場所まで歩き、次の会合場所を端末マップに表示する。トリニティ自治区は本校舎区画だけでもかなり広いが、場所は幸いそこまで遠くない。先生は自身の口元を指先で拭い、ふと呟く。

 その指先は、自身の舌に伸びていた。

 

「アロナ、私は――」

 

 声は途切れ、中途半端に響いた。手にしたシッテムの箱からアロナが顔を出し、先生の表情を見上げ伺う。

 

『――先生?』

「……いや、何でもないよ」

 

 頭を振って、先生は静かに歩き出す。そこには何とも表現できぬ、痛ましさが滲み出ている様に思えた。

 アロナは青の教室越しに先生を見上げながら、何事かを口にしようとする。けれど結局、その言葉が紡がれる事は無く――代わりに両手を握り締め、彼女は沈黙を貫いた。

 


 

 その内美食研究会の皆と一緒に美食を堪能しましょうね、先生。

 フウカのごはんも、ちゃんと味わって食べなきゃ駄目ですわよ。

 今ならきっと、ジュリを笑顔にする事だって叶う筈ですわ。

 

 ブルアカのアニメ放送が近付いておりますが、皆さんアニメ先生のビジュアル見ました事? かなり若くて髪の毛ふさふさでめっちゃ優しそうなお顔でしたわね。あんなお可愛らしい先生が腹に穴開けて血反吐ぶちまけながらヒナちゃんシナシナにさせるなんて……ヨースターさんは業が深いですわね。

 大変宜しいと思います。

 

 便利屋先生、ゲーム開発部先生、アニメ先生……作品の数だけ先生が居る、そう考えるとドンドン夢が広がって行きますわ。

 わたくしも頑張って出来得る限り、力一杯先生の手足を捥いで行きたいと、そう強く志を新たにしましたの! 艱難は忍耐を生み出し、忍耐は練達を生み出し、練達は希望を生み出すのですわ! だからこそ、先生には是非! もっともっと頑張って苦難を乗り越えて頂きたいですのッ!!!

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