「――さて、全員揃っていますね?」
赤に染まる空間、中央にて照らされる円卓、その中で聞き慣れた声が響いた。周囲をぐるりと囲う様に佇む昏い気配を放つ存在が四名。彼ら、彼女は互いが互いを目視し超然とした態度を崩さない。空間には何とも云えぬ淀んだ空気が流れていた、それは影に潜み生きる者特有の息苦しさとでも云い換えれば良いか。
木製特有の軋みを上げながら震える木人形――マエストロは集まった面々を一瞥し、思案する様に俯き、呟いた。
「ベアトリーチェの消滅により席が一つ空いてしまったが……ふむ」
本来この場に立っている筈だったゲマトリアの一員――ベアトリーチェの消滅により空いた一席、以前彼女が立っていた場に佇む銀狼へと顔を向け彼は問いかける。
「そなたが此処に居るという事は、本格的にゲマトリアへと加入したのかね?」
「――お前達と一緒にするな、塵屑」
問いを投げかけられた彼女、銀狼は露骨に表情を歪め吐き捨てる。今この瞬間、同じ空気を吸っていると思うだけで反吐が出ると云わんばかりの対応。彼女の辛辣なそれにマエストロは何の反応を返す事も無く、小さく軋む音を響かせた。
「ククッ、彼女の立場は以前と変わりません、ただ少し……そう、今回の件については協力出来るかもしれないと考えまして」
「今回の件……?」
「えぇ」
唐突な招集、それ自体は何も珍しい事ではなかったがゴルコンダは今回の集まりに何か関係が在るのかと疑問を呈する。黒服は自身の頬を指先で撫でつけながら、神妙な気配と共に告げた。
「――我々でひとつ、用意したいものがあります」
「用意したいもの、ですか」
態々こうしてゲマトリアを招集したという事は、個人で云々出来るものではないのだろう。それ自体は以前のエデン条約でも為されている――尤も性質は少々異なっていたが。
しかし、このタイミングでその様な提案をするという事は。
思考し、マエストロは黒服に顔を向けた。
「ふむ、それは件の――色彩対策となる何かだろうか?」
「そういうこった!」
「……いいえ、それとは別の、個人的な要望からなるものです、これが必要になるとすれば色彩の脅威が過ぎた後の事でしょう」
「……色彩の脅威が過ぎた後、だと?」
黒服の言葉に疑問符を浮かべる二人を他所に、銀狼は一切口を開かない。或いは先に内容を知らされている様にも見えた。カツンと、デカルコマニーがステッキで軽く床を小突いた。
「それはつまり黒服、あなたの実験、或いは契約に連なるものと?」
「大きく外れてはいませんが、それだけではありません」
「しかし、今注力すべきはあの不吉な光を退ける術を模索する事でしょう、時間は無限ではありません、目を向けるべき大事を差し置いて一体何を――」
「恐らく聞けば皆さんも賛成して頂ける筈ですよ……ククッ」
黒服の言葉は嫌に迂遠で、しかし嘘を交えている様な気配は微塵も無かった。彼はくつくつと肩を揺らしながら、ふとマエストロへと視線を向ける。
「マエストロ、確か【聖者の左腕】はあなたの領域に保管されていた筈ですね?」
「……あぁ、件の聖遺物ならば丁寧に私の領域に保管してあるとも、ベアトリーチェに貸し出した作品を創り上げる為に僅かばかり削ってしまったが……あれ程の者であると事前に知っていれば、ほんの僅かでも削る様な失態は犯さなかったと云うのに――あぁ、実に惜しい事をした」
「結構、であれば問題はありません、以降は大切に保管しておいて下さい、私の計画の重要なピースとなる筈です」
「………」
「おっと銀狼さん、そう睨まないで頂きたい」
「ちッ――」
彼の者の部位、それに言及した途端銀狼が分かり易く剣呑な気配を放ち始め、刺々しい敵意と殺意が黒服に集中する。そんな彼女から向けられる感情をいなしながら黒服は仰々しく身を竦ませた。ゴルコンダとデカルコマニーはその身を揺らし、黒服へと水を向ける。
「それで黒服、一体何をするおつもりで?」
「――ククッ」
ゴルコンダの問い掛けに、彼は愉快そうに哂う。そこには何か云い表す事の出来ぬ不気味さが滲み出ていた。
「何、以前私達だったモノが目指した
「以前私達だったモノ……?」
それは彼らがまだキヴォトスに足を踏み入れていなかった、或いは認識していなかった時代。マエストロは要領を得ないと小首を傾げ、訝し気に腕を組む。黒服の言葉を最初に理解したのはゴルコンダであった。
「――まさか、
「そういうこった!?」
ゴルコンダの漏らした呟きに、デカルコマニーが驚きと共に肩を震わせた。それは以前、少なくとも組織上の先人が為そうとし――結果として破局を迎えた計画の一つである。マエストロは驚愕と納得を、黒服は淡々とした頷きを返した。
「えぇ、尤も少々アプローチ、というよりも目的が異なりますが……」
「嘗てゲマトリアと名乗っていた先人が為した、再現による神の証明か」
「しかし、あれは失敗だった筈でしょう? 元より私達とは余りに方向性が異なります、解釈は各々と云えど、あれの持つテクストは――」
尚も何かを云い募ろうとするゴルコンダに対し、黒服は静かに手を翳した。そこには拒絶の意志ではなく、いっそ穏やかな色が見え隠れしている。
「いいえ、ゴルコンダ、勘違いしないで頂きたい、私は何も以前彼らの為した
「……それは、一体どういう」
「私達が用意するソレ、その創造にAIを用いる事はしません、ましてや人工の主を再現し、彼の者の証明をする事が目的でもない、元より先人たる彼らが重視したのは内側、つまり中身です――しかし私が求めるものは異なります、重要なのは器の方なのですよ」
「器だと?」
その言葉に益々疑念は深まる。自身に集中するそれらを一身に浴びながら、黒服は白い罅割れをより大きく、そして歪に曲げた。
「――この話を聞けば、きっとご納得頂けますよ」
■
「――と云う訳で、明日試験を行います」
「えッ!?」
トリニティ総合学園――合宿所、補習授業部教室。
寂れ、誰も使用しなくなった合宿所は現在殆ど補習授業部専用の施設となりつつあり、ナギサの許可――先の事件による負い目もあるのだろうが――もあり、補習授業や試験を行う際は基本的にこの場所で行う事が通例になっていた。
本校舎からのアクセスは悪いが、周辺は静かで体育館にプール、資料室に食堂まである。基本的な生活や一通りの運動含めた学業を修める環境としてはこれ以上なく、ハナコの個人的な要望と尽力もあり、週に一度は皆で集まって勉強合宿をしているとか何とか。無論、その分合宿所の管理、清掃などは全て補習授業部が請け負っている。
そんな場所で今日も今日とて補習を行っていた彼女達の前に現れた先生は、授業が終わった瞬間その様な爆弾発言を投下した。
「し、試験って、何で急に……!?」
「いや、色々ゴタゴタがあったから少し遅れてしまったけれど、一応此処って補習授業部だからね? 定期的に試験はやらないといけなくてさ」
「あ、あはは……」
コハルが焦燥を滲ませながら立ち上がれば、先生は至極真っ当な解答を寄越す。補習授業部が結成され、それなりに時間が経過した現在ではあるが本来であれば試験を通過して脱補習授業部を目指さなければならないのだ。
因みに以前ナギサが行った様な試験内容、合格条件等はなく、全員合格や九十点以上等という高すぎるハードルも無い。少なくとも用意されている試験は一般的なものと変わらない内容だった。
尤も彼女達の場合、自分だけが一抜け――という状況は決して受け入れないだろう。試験に関しては期間を置いて三度実施され、全ての試験に於いて一定以上の成績を取得した場合にのみ補習授業部卒業が認められるというものである。
先生はタブレットを教卓の上に立てながら彼女達を落ち着かせる様に穏やかな口調で以て続けた。
「試験と云っても難しいものじゃないよ、事前に配布していた教材をきちんと学習していれば普通に解ける難易度だから、気持ちを楽にして受けて欲しい」
「うん、大丈夫、勉強は欠かしていないから準備は万全」
「た、多分、大丈夫だとは思うのですけれど……」
「ふふっ♡」
アズサはいつも通りの仏頂面を浮かべつつ、フンスと自信ありげに鼻を鳴らす。対してヒフミの表情はやや不安げで、ハナコはいつも通りの含みのある笑顔を浮かべていた。
「あ、あぅ……」
ただ一人、彼女達の中で全く声を上げられずに居たコハル――彼女は項垂れる様に身を竦めると、小さく呻く事しか出来なかった。
■
「ど、どうしよう、試験って、そんなの聞いてないし……べ、勉強、あんまり出来てない」
その日の夜、自室へと戻った彼女は少しダボついた寝間着に身を包みながら机の前に座っていた。薄暗い室内、勉強用のライトに照らされた教材が並べられ、コハルはそれを見下ろしながら蒼褪めた表情で呟く。コハルがきちんと教科書と向き合う時など、精々補習授業の時間か、週に一度の勉強合宿の時位なもので、更にその勉強合宿でさえ主にハナコとかハナコとかハナコが様々な非行、誘惑――もとい遊びを提案する為一日勉強漬けという事は稀である。
因みに通常授業に関しては既に置いて行かれて久しい為、殆ど睡眠学習と落書き、個人的な保健体育の学習に費やされているのでカウントされない。
「うぅ、一体どうすれば――」
机の上で頭を抱え、思わず悲鳴染みた声を漏らすコハル。今から一夜漬け? いや、そんな事をしても無駄な足掻きでは、しかし自分だけ落第なんて事になったら悲しすぎるし、どんな状況でも諦めるのは嫌――でもでも。
そんなコハルが苦悩する最中、ふと彼女の耳に端末の電子音が届いた。
見れば机の脇に置いた個人端末のモニタが点灯し、メッセージの着信を伝えている。
「着信? こんな夜に、誰から……」
時刻は既に出歩くには少々遅い時間になっている。コハルの連絡相手と云えば精々が補習授業部の皆か先生、後は正義実現委員会の面々くらいなものである。一応もうひとり、半ば強引に連絡先を交換させられた相手もいるのだが、その御方に関しては余りにも立場が違い過ぎる為基本的にコハルから連絡する様な事はしていない――というか出来ない。
まさかと思いつつ恐る恐る端末を手に取り、通知を覗く。
「――ハナコ?」
果たして、メッセージを送って来たのはハナコであった。一体なんだろうと首を傾げつつメッセージをタップすれば、モモトークのトーク画面が表示される。
『先生、お疲れ様です♡ こちらいつも頑張っている先生に私からのプレゼントになります、存分に活用して下さいね♡』
「……?」
表示されたメッセージはコハルに向けてのものではなく、先生に向けたものである様に思えた。もしかして宛先を間違えた? プレゼント、と云うと教材関連だろうか。彼女らしくないと思いつつ、間違いを指摘しようと指を入力欄に伸ばせば。
【添付ファイル 先生専用自撮り写真集♡】
「なッ――!?」
メッセージに添付されたファイル名に、思わず椅子を蹴飛ばして立ち上がった。ガタリと跳ねた椅子が音を響かせる。その名前、ワード、意味深なハート、これはもう間違いない、コハルの
「ここ、これ、先生に送信しようとして間違ったの……? は、ハナコ、気付いてない……?」
食いつく様に端末を見つめるコハル。既に送信から一分程経過しているが、彼女がメッセージを取り消す気配も、ましてや謝罪して来る気配もない。という事はハナコは現在このメッセージに気付いていないという事になる。
わなわなと震える指先で端末を保持しつつ、コハルは跳ねる心臓をそのままに呟く。
「こんなの、絶対エッチな奴じゃん……! こんなの送るなんて絶対駄目! 主文後回し! エッチなのは死刑っ!」
そしてその指で、メッセージに添付されたファイルを即座にダウンロードした。
「………」
猫目のまま静かに机と座り直したコハルは、無言で端末を握り締めそわそわと落ち着かない様子。表示されるダウンロード時間はそれなり、「あっ、これ結構容量あるんだ……」と内心で思いつつ解凍ソフトを立ち上げる。圧縮されたファイルを解凍し、解凍される幾つかのフォルダ。いざ中身を御開帳とタップすれば――。
【パスワードを入力してください】
「えっ!?」
まさかのパスワード要求。
出鼻を挫かれたコハルは冷汗を流しながら、逸る気を抑え呟いた。
「ぱ、パスワードなんてあるんだ……そ、そうよね、間違って他の人に見られちゃったら大変だし……」
一瞬ウィルスの類を疑ったが、そもそもハナコがそんなものを先生に送りつける筈が無いかと胸を撫でおろす。しかしパスワードとなると全く見当もつかない、もしかして二人だけが知っている合言葉みたいなものだろうか――何それエッチじゃない? やっぱり死刑。
コハルはふんふんと鼻を鳴らしながら何か手掛かりが無いかと画面をスクロールする。すると解凍された幾つかのフォルダとは別に、テキストが同封されている事に気付いた。どうやらそれ自体にパスワードは掛かっていない様で、コハルは恐る恐るテキストを表示する。
【パスワード① 補習授業部配布教材、二十五頁の例題三解答】
「補習授業部の教材……? あっ、授業で使ってる教科書――!」
コハルは思い立ち、机の横に置いていた愛用の肩掛けバッグから補習授業部で使用する教科書を取り出す。それなりの厚さを誇る教科書は一冊で複数の教科に対応しており、基礎から応用まで幅広くカバーしている優れものだった。
「えっと、二十五頁の例題三……これかな?」
ペラペラと頁を捲り、テキストの指示している例題を発見するコハル。
「す、数学……あ、あんまり得意じゃないんだけれど」
その頁は数学を扱っており、問題式を見た瞬間彼女の表情が分かり易く引き攣った。あまり難しくない筈の序盤問題でさえ難問に感じる、頭を悩ませ唸るコハルは何とか答えを導き出そうとペンを走らせるが上手く行かない。
「うーん……あれ?」
【ヒント 二十四頁の公式を当て嵌めましょう、例題一から順に解いてみるとスムーズかもしれません】
コハルがふと端末に目を向けると、パスワード①には続きがあった。良く見れば各パスワードの下にはそれぞれヒントが綴られており、パスワードの答えに躓いた際は助言をくれると云う親切設計になっていた。
「二十四頁の公式……あっ、これ? これを使って、えっと、例題一から――」
頁を一枚捲り、一つ前の段階から始める。内容は例題三から入るよりも幾分か分かり易く、少々難しく感じた場合も教科書が丁寧に解き方を提示してくれている。それを真似て公式を当て嵌めれば、例題一、二とスムーズに解く事が出来た。
「と、解けた! やったっ!」
例題三――先程躓き、頭を悩ませたものもスラスラと解答。導き出された答えを早速とばかりに端末へと入力する。パスワード①だから、恐らくフォルダ①の解答だろうとあたりを付ける。
「えっと解答を入力して――ひ、開いたッ!」
コハルの考えは正解であった様で、パスワードを入力するとフォルダはその中身を彼女の前に晒した。
「い、一杯ある……これ、全部えっちな奴なの――?」
途端、彼女の前にずらりと並ぶデータ。フォルダ①の中にあった画像ファイルは十枚、これが後四つフォルダがある訳だから、全部で五十枚の自撮り画像をハナコは送った事になる。「は、ハナコ、こんなに一杯送ったんだ……!」と思いつつ、コハルは恐る恐る画像ファイルをタップした。
此処に、ハナコのエッチな自撮りが――!
【パスワードを入力して下さい】
「って、まだあるの!?」
しかし、どうやらセキュリティチェックはかなり厳しい様で、各画像を開くにのにもパスワードが必要だった。スクロールすれば、やはり最後にテキストファイルが同封されている。若干気落ちしながらもテキストを開けば、表示される見慣れた文言。
【パスワード 補習授業部配布教材、二十六頁の例題二解答】
「……よしっ!」
これを解けば、次こそちゃんと画像が見れる。
コハルは自身の頬を叩いて気合を入れ直し、改めてペンを手に取った。
――これがコハルの長い夜の始まりだった。
■
翌日。
「す、凄いですコハルちゃん! 試験満点だったんですか!?」
「流石正義実現委員会のエリートだな、対策はバッチリだったという訳だ」
「………」
補習授業部、合宿所教室。
朝一で行われた試験が終了し、各々が自己採点を終えた昼時。合宿所の食堂は利用せず、教室でお弁当を広げながら談笑する補習授業部の面々はコハルの前にある自己採点結果を見ながら驚愕の声を上げていた。ヒフミとアズサは純粋な瞳と称賛を彼女に浴びせ、その結果を素晴らしいものだと心の底から思っている様子だった。
しかしコハルはそんな彼女達の称賛を他所に、モソモソとお弁当を僅かずつ頬張る。その目元には隈があり、何処となく覇気がない様に見えた。
「……えっと? どうしたんですか、コハルちゃん」
「コハル、もしかして具合でも悪いのか?」
「あ、い、いや、何でも……ない」
戸惑う様に問いかけるヒフミ、心配を口にするアズサ。二人を一瞥したコハルは慌てて首を振り、曖昧に返答して見せる。それは虚勢であったが、真実を知られるよりは遥かにマシである様に思えた。
「ふふっ♡ 凄いですね、コハルちゃん♡」
「ふぐっ!?」
不意に、声が聞こえた。それは直ぐ傍から。
見れば同じ様に机を合わせ、コハルに妖しい笑みを浮かべるハナコの姿がある。彼女の前には可愛らしいお弁当と、合わせて自己採点の結果があった。因みにハナコの点数は、『六十九点』である――最早何も云うまい。
「あら、お顔が真っ赤ですよ? 何かあったんですか?」
「なっ、何も無いから! 何でも、ホントに何でもない!」
ハナコは素知らぬふりをしつつ、何でもないかのように笑顔で問いかけて来る。そんな彼女の態度を目にした瞬間、コハルの顔が真っ赤に染まり、怒りとも羞恥とも云える感情が一気に駆け巡った。良く考えなくとも、あれ程用意周到に準備されたものがタイトル通りの筈がなく――正に自分は彼女の掌の上で転がされたのだと気付いたのは、夜が明け陽が登り、いつも起床している時間を過ぎてからだった。残されたのは結局一夜漬けというには余りにも効率的な試験勉強を終えた自分だけであり、多少の違いはあれどハナコの考えた問題は殆どそのまま試験に出される程の正確さだった。
「くぅ~……」
ニマニマと何とも憎たらしい笑みを浮かべるハナコ――いや、彼女はきっといつも通り微笑んでいるだけなのだろうが、今のコハルからすれば正に意地の悪い微笑みにしか見えなかった。
試験結果には感謝しよう、しかしやり方が余りにも姑息ではないか。彼女は全てを知っているのだ、自分が本来であれば満点など取れない事を知っている。だというのに高得点を取ったという事は――彼女から見れば、つまりそういう事だ。
コハルは涙目でハナコを睨みつけながら、しかし彼女を糾弾する事も出来ず、悔しさに呻く事しか出来なかった。此処で彼女を糾弾すれば自らあのフォルダ全てを開封し、中身を検めたという事を告白するに等しい。そうでなくとも点数で真実は知られている、ならばこの生暖かい目を受け入れる事がただ唯一他の面々に今回の真実を知られずに済む方法だった。
「今回は全員難なく合格ラインを越えられたね、流石だよ皆」
「っ!」
そんな彼女達の元に、採点を終えた先生が戻って来る。いつも通りで、穏やかで、何も知らぬ彼を見た瞬間、コハルは思わず椅子を蹴飛ばして立ち上がり、先生を指差し叫んだ。
「こ、これも全部、先生のせいだからッ!」
「えっ、私? 何、なんの話――?」
「先生のばーかっ! えっちなのは焼却ッ! 死刑っ! ……やっぱり無期懲役!」
云うだけ云って、コハルは鞄もお弁当もそのままに教室を飛び出してしまう。先生は唐突なそれに唖然とし、一体何があったのだと先生は残った面々に顔を向けた。しかし事情を知らぬヒフミとアズサは同じように困惑を滲ませ、首を緩く振る。
「……ど、どうしたんでしょうか、コハルちゃん」
「ふむ、テストで満点を取る事は誇るべき事だと思ったのだけれど」
「……えっと、私がコハルに何かしちゃったのかな?」
「ふふっ、大丈夫ですよ先生、コハルちゃんのアレは単なる照れ隠しですから、きっとあられもない想像をしてしまってお顔を直視出来ないんです」
ただ一人、ハナコだけは訳知り顔で頬に手を添えると楽しそうに言葉を零す。困惑する二人とは別で、ハナコの背景には花が咲いている様にも見えた。先生はハナコの様子に一瞬疑問符を浮かべ、それからコハルの試験結果と彼女の態度を照らし合わせ、一つの仮説に辿り着いた。
「――もしかしてハナコ」
「はい?」
「前にハナコが云っていた【作戦】、今回実際にやってみたり……した?」
「………」
にっこり。
それは正に綺麗過ぎる、余りにもわざとらしい笑顔だった。そして彼女がそんな笑顔を浮かべる時は何十、何百と云う言葉よりも雄弁である。先生は全てを悟った、悟ったが故に顔を手で覆い天を仰いだ。
「最近の技術は凄いですね先生、特にミレニアム製のアプリには実際の人物がまるで本当に■■■している様に見せる合成技術があって、
「ハナコ? えっハナコ、嘘だよね? アレ本当にやったの? それにやるとしても中身は適当に見繕うって……えっ」
「――ふふっ♡」
焦燥を滲ませる先生を前に、ハナコはあくまで自然体。彼女は机に頬杖を突きながら、楽し気で、揶揄う様な、それでいて彼女らしい生き生きとした笑みを浮かべ、告げた。
「大丈夫ですよ先生、用意した御褒美は――ちゃんと健全、ですから♡」
平和過ぎて爆発しそう。