ブルーアーカイブを、もう一度。   作:トクサン

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誤字脱字報告、感謝ですわ~!


受け継がれる遺志

 

「――という事で、現在のアリウス自治区の管理、保全に関してはこの様な形となっております」

「そっか……うん、ありがとうサクラコ、大体把握出来たよ」

 

 トリニティ総合学園――大聖堂、執務室。

 サクラコが普段仕事場としているその場所で向き合う二つの影は、デスクに広げた幾つもの書類を見比べながら言葉を交わす。片やシャーレの先生、片やシスターフッドの長であるサクラコ。見る者が見ればまた何かシスターフッドが云々と勘繰られそうなものだが、大聖堂内部に他の目はない。サクラコは手元の書類を揃えながら緩く首を振ると、微笑みながら告げた。

 

「いいえ、御礼を口にされる様な事では――元よりこの件に関しては、シスターフッドこそが動くべき一件ですから」

「……シスターフッドの前身、聖徒会のやり残した事か」

「えぇ、彼女達がどの様な思惑、或いは理念、信念で動いていたのか今となっては明らかにする事も叶いませんが……それでも受け継いで来たあらゆるものを、無為にする事は出来ません、先生風に云うのであれば、シスターフッドを率いる者としての責任――とでも申しましょうか」

 

 口調は穏やかで、しかし同時に確固たる意志を感じさせるものだった。責任感の強い彼女らしいと云えばらしい、何十、何百年前の先人達が残して来たもの。それが善いものであれ悪いものであれ、自身にはそれを知り受け継ぐ責任があると考えているのだろう。

 

「それにアリウス自治区に関してはティーパーティー、正義実現委員会、救護騎士団共に協力して事に当たっております、一部内々に処理しなければならない部分もありますが――以前の政治的(しがらみ)を考えれば、随分と楽になったものです」

「そっか」 

 

 微笑み、綴られるサクラコの言葉に嘘はない。以前と比較すれば風通しも良くなり、他派閥への話も通し易くなった。以前であれば痛くも無い腹を探られ、何時間と交渉の席を持たなければならなかっただろう。秘密主義のシスターフッドが動くとは、そういう事だった。

 

「互いに疑り、疑心暗鬼を生じていた頃と比べれば今は雲泥の差でしょう」

「……それなら復興計画もきっと」

「えぇ、時間は掛かるでしょうが、恐らくは」

 

 先生の呟きに、サクラコは力強く頷く。

 

「ただ管轄の問題や心情的な部分もあります、トリニティ、連邦生徒会、ゲヘナ、アリウス、まだ何も確たるものはありません、予想できない点も多く――どの様な形になるかまでは、私としても」

「それで良い、ほんの僅かでも可能性があるのなら十分だ」

 

 組んだ両手で口元を隠した先生は、神妙な顔つきで応えた。先生の口にする復興計画――即ちアリウス自治区の復興と再生。

 現在アリウス自治区はトリニティ総合学園が占領、管理を担当しており、定期的に治安維持の為の巡廻と瓦礫撤去、簡易的ながら街道の整備などが行われている。マダム・ベアトリーチェの指揮下にあった生徒は幹部クラスの者も含め、その殆どが拘束され一般生徒も大多数が虜囚となった。一部捕らわれる前に自治区を脱出した生徒もいるが、それに関しては現在ヴァルキューレ警察学校が指名手配、及び追跡を行っている。

 尤も行方を追っているのはヴァルキューレのみならず、個人的、或いは学園規模で捜索を行っている場所も多い。そして例に漏れず、このトリニティも脱出したアリウス生徒の行方を追っていた。

 だが、何より現在先生が気に掛けているのは――。

 

「サクラコ、投降したアリウスの生徒達については――」

「そうですね……その件については議会でも未だ意見は揃っておりません、トリニティの内々で処理をするか、ヴァルキューレに突き出すか、シスターフッドが引き受けるか、正義実現委員会や分派の生徒と共に条件付きでアリウス自治区に一度帰すか……小規模とは云え自治区全ての生徒を捕らえるとなると、相応の施設や備蓄が必要になりますから」

「それは、そうだね……以前のクーデター未遂の際に拘束されたままの生徒も残っているから、その分も考えると」

「はい、其方は先生の口添えでシスターフッドが担当しておりますが――どちらにせよ、厳しい意見が大半である事は確かです、対応を間違えれば取り返しのつかない事になってしまう可能性すらありますから、議会の方々も各々慎重な対応を心掛けている印象です」

「………」

 

 強張ったサクラコの声に、先生は思わず黙り込む。

 アリウス自治区制圧より然程時間は経過していない、一夜の内に崩れ落ちた自治区には多くの生徒が住んでいた。その大半はベアトリーチェによって駒同然の扱いを受けていた者が殆どで、主を失った彼女達は碌な抵抗もせずに現在も収容されている。

 そして残念ながら彼女達に対するトリニティ側の心情は――ハッキリ云って、ミカに対する糾弾とは比べ物にならない程に悪辣で、痛みすら伴う程であった。

 

 現在彼女達はトリニティ自治区、外郭区画隔離塔に収容されているが、もしこれが中央区画に近い場所であったのなら――恐らく毎日のように罵詈雑言が飛び交い、心無い仕打ちを受ける事になっただろう。それこそ、聴聞会を控えていたミカの時と同じように。

 責めるべき対象が手の内に転がり込んで来たからこそ、彼女への怒りや憎しみと云ったものが薄れ、矛先が変わった。ある意味これこそがナギサの狙いであり、実際その策謀は実を結んだと云って良い。その事に関して、先生は彼女を責めるつもりはない。しかし、だからと云って静観するという選択肢もなかった。

 その現状を何とか変えねばとならぬと方々を走り回ったが、残念ながらどうにかなっているとは云い難い。如何に先生と云えど学園全ての生徒を一人一人説得して回るのは不可能であり、各分派の長や有力者に渡りを付け、多少手心を加えて貰ったとしても一般生徒に不満が蓄積され爆発してしまえば、その手回しさえ無為に帰す。そしてその事を議会の面々も理解していた。

 

 現ティーパーティーホストであるセイアに対する暗殺未遂、ミカを傀儡としたクーデター未遂、代理ホストであるナギサへの襲撃、調印式会場襲撃による条約阻止、ゲヘナ・トリニティ両校に対する攻撃行為、トリニティ自治区への破壊工作――そして自身の重傷と欠損、それら全てがアリウスに対する迫害、その感情的な正当性を保持していた。

 大海の如く押し寄せるそれを、全て捌き切る事など到底出来ない。そしてそれはトリニティのみならず、キヴォトスに於いてどの学園も似たようなスタンスを保っているのだ。

 今先生が出来る事と云えば、時間を見つけて彼女達の元へと通い、精々が差し入れと称して日用品やら雑貨、多少の娯楽品を贈る程度の事だ。面会に関しては残念ながら、トリニティ側の意向としてやんわりと断られている。

 だからこそ一日でも早く、アリウス復興案を通し着手しなければならなかった。アリウスの為にも、トリニティの為にも――その憎悪の螺旋は止めなければならない。

 その為の準備はずっとしてきた筈なのだから。

 先生は強く両手を握り締め、精悍な表情をサクラコに向ける。

 

「……何かあればいつでも頼って欲しい、私も全力でサポートするから」

「えぇ、そう云って頂けるだけで十分です――それに、それは此方の台詞でもあります」

 

 力強い先生の言葉に、サクラコの視線が彼の瞳を真っ直ぐ見返した。退院したばかりの頃にはなかった筈の隈が、再び先生の目元に刻まれている。病み上がりにも関わらず、また昼夜問わず生徒の為に尽力しているのだろう。その様子が目に浮かぶ様だった。

 

「先生はいつも、ご自身で抱え込んでしまいますから、私もそうですがシスターフッドのシスター達、ヒナタやマリーも心配しておりました――事の重要さは理解しておりますが、無理は良くありません」

「……私としては、出来る事をやっているだけなんだけれどね」

「程度の問題です、また先生が倒れてしまったら今度こそシスターフッド総員で押しかける事になっても知りませんよ?」

「――参ったな」

 

 サクラコの言葉に面食らった先生は、軽く頬を掻きながら苦笑を零した。彼女の言葉が冗談でも何でもないと、そう感じたからだ。

 

「先生、私達は先生の為にいつも祈っております、だからこそ苦難も、喜びも先生と皆で分かち合い、苦しみはより軽く、喜びはより大きく――そうやって日々を過ごして行きたいと思っているのです」

「……ありがとう、サクラコ」

 

 彼女な真摯な想いに、先生は深い感謝を示す。シスターフッドの皆が自身を想い、祈りを捧げてくれる事を知っていた。その想いに応えたいと、そう強く思う。

 だからこそ少々無理をしてしまう面もあるが――後頭部を掻き、先生は優しく言葉を漏らす。

 

「マリーやヒナタにも、後で御礼を云わないと」

「そうですね、きっと先生をお声を掛けて頂ければ喜ぶと思います、二人には様々な面で助けられていますから」

 

 膝の上で掌を重ね、小さく頷きながら口を開いたサクラコは一瞬、何かを考える素振りを見せた。それからややあって、彼女はゆっくりと言葉を紡ぐ。

 

「先生、恐らくシスターヒナタから口に出す事はないと思いますが、最近ヒナタさんは力加減を間違えて備品や運搬物を壊す事が殆ど無くなったのです」

「それは――」

 

 真剣な表情でそう口にするサクラコを見て、先生は言葉を呑み込んだ。それは喜ぶべき事の筈だった、自身の力に悩まされ改善する方法を求めていたのは他ならぬ彼女である。備品を壊してしまって皆さんに迷惑を掛けてしまったと落ち込む彼女を見たのは、二度や三度ではない。しかし、そこに至る過程を察したからこそ――先生は素直に喜ぶ事が出来なかった。自身の冷たくなった左腕を握り、先生は目を伏せる。

 

「理由はどうあれ……等と軽々しく口にする気はありません」

「……うん」

「だから、どうか先生」

「――大丈夫、分かっているよサクラコ」

 

 何かを云い募ろうとするサクラコに向けて、先生は手を差し出す。サクラコの視界に映った先生は悲し気で、けれど同時に儚くも美しい顔をしていた。

 

「今日中にも会いに行く、約束するよ」

「……ありがとうございます、先生」

「いいや、寧ろ私がもっと早く気付くべきだった――私は、皆に助けられてばかりだ、本当に」

 

 こうして言葉にする度、実感する。自分ひとりで出来る事など高が知れているのだ、彼女達の助けが無ければ自分など疾うに朽ち果てているに違いない、先生にはその確信があった。

 

「んんッ――先生、話は変わりますが」

「……?」

「実は私も、先生に少し相談したい事がありまして」

 

 感傷に浸る先生を見て、空気を変えようとしたのか。或いは彼女なりの優しか。佇まいを正したサクラコは咳払いを一つ挟み、妙に落ち着きなく告げた。

 

「相談事かい?」

「はい、内部の生徒に相談にするには、少々躊躇われるものでして」

「……何だろう、私に協力出来る事なら良いのだけれど」

 

 元より生徒からの相談と聞いて突っ撥ねる気等更々ない。先生が頷くと、彼女は頻りに扉の方――廊下側を気に掛けながら、心なしか声を落として呟いた。

 

「私事で大変恐縮なのですが――その、最近シスターの方々に誤解されている様な気がして」

「……誤解?」

「えぇ、率直に云ってしまうと、皆さんに怖がられているというか、恐れられていると云うか、その様な気配をひしひしと感じるのです」

「それは――」

 

 先生は思わず言葉に詰まった。他の生徒であれば気のせいで済ませられるような事であっても、サクラコであるのならば少々事情が変わって来る。それを自覚しているのだろう、彼女は何とも云えぬ表情を浮かべながら額を揉み解し、言葉を続けた。

 

「いえ、最初は気難しい人物であると思われている程度のものだったのです、何分シスターフッドはやや閉鎖的な風潮もあり、その長という立場上威厳を保つ必要もありますから、意図的にそう云った噂を是正する事もしなかったのですが……」

「目に余る様になってきた、と?」

「……はい」

 

 外部の生徒にどの様に思われようとも、サクラコは特に気に掛けもしない。シスターフッドという組織を率いる以上、多少の風評などで揺らぐ心を彼女は持ち合わせていないのだ。しかし、それが内部からの評価となって来ると少々話が変わって来る。

 サクラコは膝の上で組んだ両の指を忙しなく動かしながら回想する。

 

「実は、以前にこんな事がありまして――」

 

 ■

 

「あら皆様、ごきげんよう」

「さ、サクラコ様!」

 

 そう、確か数日前の事である。

 ある程度執務を終え、休憩がてら少々散歩に行こうと思い立ったサクラコは大聖堂を後にし、その門前を清掃するシスター達を目にしたのだ。箒を片手に清掃に励む彼女達は凛々しく、今日も真面目に勤めを果たすシスター達に対しサクラコは優し気に微笑んで見せた。

 サクラコに気付いた彼女達は即座に足並みを揃え、背筋を正す。

 

「ふふっ、聖堂周辺のお掃除ですか? 精が出ますね、大変結構です――私はいつでも皆さんを見守っておりますよ」

「は、はいッ! け、決して手は抜きませんッ!」

「枯葉一つ残しません!」

 

 サクラコの言葉に喉が張り裂けんとばかりに応え、何度も頷いて見せるシスター達。彼女達はサクラコが正門を抜けた後も、必死に枯葉を集め、枯葉どころか砂埃一つ残すまいと文字通り血眼になって清掃を行った。そんな彼女達の様子を横目にしたサクラコは顎先に指を添えながら考える。

 

「……かなり汗を掻いていた様子ですが、陽射しが強いのでしょうか?」

 

 呟き頭上を仰げば、今日は快晴である。燦々と降り注ぐ陽光は暖かく、決して暑いと呼べる程ではない。寧ろサクラコにとっては少し肌寒い位に感じた。

 

「確かに快晴ではありますが、そろそろ冬も近いですし――いえ、外で動いていると体も暖まりますから、そのせいかもしれません」

 

 シスターフッドの正装は主に黒で統一されている。頭に被るウィンプルもあり熱が籠り易い事はサクラコも理解していた。故に彼女は近場の売店を脳裏に浮かべ、差し入れでも持って行こうと決める。

 

「此処は飲み物の差し入れでも――あら?」

 

 そんな彼女の視界に映る、ふとした光景。それは広場の並木道を歩く生徒の姿、四人組の彼女達は手に色とりどりのアイスクリームを持ち、楽し気に話しながら歩いていた。一番手前の生徒が手にしているのは、チョコミントアイスだろうか? サクラコはそれをじっと見つめながら思考を巡らせる。

 

「そうですね、アイスも悪くない……でしょうか」

 

 呟き、彼女は一つ頷いて見せた。

 季節はもうそろそろ冬に差し掛かろうとしている頃、季節としては時期外れな甘味であるが、その位の方が少し茶目っ気を感じるだろう。つまり、そう、少しお茶目な所をアピールして親近感を抱いて貰えるチャンスという訳だ。少なくともサクラコはそう考えた。

 

「ふふっ♪」

 

 そうと決まれば早速実践である。サクラコは弾んだ心をそのままに売店まで赴き、普段は購入しないような僅かばかりお高いカップアイスクリームを複数購入した。尚、上機嫌に微笑みながら歩くサクラコを目撃した一般生徒が戦慄と共に散って行った事を本人だけが知らない。

 そうしてビニール袋を揺らしながら大聖堂へと戻って来たサクラコの視界に、先程と同じように清掃を行うシスター達の姿が映った。

 彼女達は心なしか先程より多くの汗を流し、懸命に箒を動かしている。

 

「は、速く済ませましょう! いえ、ですが丁寧に、確実に……! 汚れ一つあっては、サクラコ様に消されてしまう――!」

「ど、どうしましょう、ここは応援を呼ぶべきでしょうか? 私達だけで、この一帯を全て掃除するなんて、とても……」

「――皆様」

 

 そんな勤勉で真面目な彼女達に対し、サクラコは穏やかに、それでいて優し気な笑みを浮かべながら声を掛けた。

 

「ひッ!? さ、サクラコ様……!」

「そ、外回りに、行かれたのでは――!?」

 

 その声が聞こえた瞬間、彼女達は分かり易く肩を弾ませ素早くサクラコへ向き直った。箒を強く掴みながら抱き寄せ震える様子からは、とても暑がっている様には見えないが――しかし頬や顎先に流れる汗は益々嵩を増していた。それだけ懸命に仕事を行っている証拠だろう、サクラコはそんな彼女達の様子に感心し、笑みを更に深くした。

 反対に、彼女達の顔色は悪化する。だがウィンプルと前髪の影になった彼女達の顔色は、残念ながらサクラコに目視されていない。

 

「えぇ、仕事は残っておりますが、頑張っていらっしゃる皆様に差し入れをと思いまして」

「さ、差し入れ……?」

「サクラコ様が、ですか……?」

「えぇ、先程、少しばかり良いものを仕入れて来たのです」

「良いものを、仕入れ――?」

「ですから、少し手を休めて――」

 

 そう云ってサクラコは手にしたビニール袋を胸の前まで掲げ、出来得る限り優しく、茶目っ気を見せる様な弾んだ声と満面の笑みで以て告げた。

 

「――アイス(甘味)など、如何ですか?」

「――……あ」

 

 瞬間、カコンと。

 立っていたシスターの一人が、手にしていた箒をその場に取り落とした。二人の身体は微動だにせず、青を通り越し、真っ白になった顔のまま二人は呟く。

 

アイス(お薬)……?』

 

 そこには、恐怖と絶望を混ぜ込んだようなどす黒い色でサクラコを見る瞳があった。

 

 ■

 

「何故かその後、号泣しながら縋りつかれてしまい、アイス漬けは嫌だの、どうかお許し下さいだの、本気で懇願されてしまい……私としても訳も分からぬまま右往左往する事しか出来ず、その一件で更に妙な噂が――一応その後誤解は解けて、皆さんとアイスを頂く事は出来たのですが、以降も妙に強張った表情で接されてしまって」

「……そっかぁ」

 

 先生は過酷な表情を浮かべ苦悩するサクラコを前に、何とも云えない顔と共に天井を見上げた。皆結構想像力が逞しいなぁとか、もうそのレベルまでサクラコは誤解されているのかとか、色々思う所はあったがどれも口に出す様な事はしなかった。

 サクラコは背を曲げたまま眉間に皺を寄せ、真剣に悩みを吐露する。

 

「やはりこんな季節にアイスを持って来たのが悪かったのでしょうか? 私としては、少し茶目っ気を出して気さくに接して貰えるチャンスだと思ったのですが……」

「まぁ、何と云うか、多分タイミングが悪かっただけだよ」

「そうなのでしょうか……?」

「きっとそうだよ」

 

 それ以上に云う言葉が見つからない、何と云うか秘密主義のシスターフッドに於いて、その長というだけで畏怖と疑念を抱かれると云うのに、そこに加えて彼女の気真面目さや神秘的な雰囲気、対峙する派閥への毅然とした対応が善くも悪くも現在の彼女――その風評を創り上げてしまっていた。ましてやティーパーティーとすら真正面からやり合い、結果論ではあるが失墜した権威の片翼を担う状況まで持ち込んだ手腕は傍から見れば恐怖以外の何物でもないだろう。

 尤も、それは表面上の話であり、実際はティーパーティーを助け学園の統治を維持するための行動なのだが――それを知る者は極一部である。

 サクラコは何とも重い溜息を零すと、目線を落としたままポツポツと呟きを漏らす。

 

「外部からならばまだしも、同じシスターフッドの皆様からその様に思われるのは心外で、何よりこの場は皆様にとって心安らぐ、安寧と共にある場所であって欲しいという想いがありまして……どうにかしなければと、気が逸ってしまい」

「うーん」

 

 生徒が悩んでいる以上、どうにかしてあげたいという気持ちが先生にはある。それこそ自身に出来る事なら何でもやり遂げてみせるという気概も持ち合わせているが――こう云った風評云々に関しては、一日そこらでどうこうなる問題ではなかった。

 アリウスと同じように、人の感情や想いというものは複雑だ。

 

「こういうものは一日二日でどうにかなるものではないからね、地道に改善していくしかないかな」

「やはり、そうですよね……」

「――大丈夫、サクラコがどういう生徒かは、私も、マリーやヒナタも、良く知っているから」

 

 気落ちするサクラコに、先生はそう云って微笑みかける。気休めかもしれないが、良き理解者が傍に居ると居ないとでは心の負担が大きく異なる。先生はサクラコがどういう生徒なのかを良く知っている、そしてそれは自分だけではなく、彼女と共に歩んで来たマリーやヒナタだって同じ筈だった。何なら自身の方からそれとなく触れ回っても良い、彼女に強要される様なシチュエーションならばまだしも、個人で動く範囲ならばそう深く疑われる様な事もないだろう――恐らくは。

 その言葉に元気付けられたサクラコは落としていた視線を戻し、ふっと口元を緩める。そして何事かを口にしようとして。

 

「――サクラコ様、会談中失礼致します」

「……!」

 

 執務室の扉がノックされた。

 サクラコはその音に素早く反応し、佇まいを正すと表情を取り繕う。その反応たるや先生が疑問の余地を挟む暇さえなく、扉が独りでに開きシスターが部屋の中へと足を進める頃には、いつも通りのシスターフッドの長、サクラコが顔を覗かせていた。

 彼女はいつも通りの凛々しい表情をシスターに向けると、淡々とした口調で告げる。

 

「この時間は先生とトリニティの今後について話し合う予定だと、事前に伝えていた筈ですが?」

「はい、ですが早急にお耳に入れたい情報が先程――アリウス自治区より」

 

 一瞬先生に視線を向けたシスターは速足でサクラコの傍に足を進めると、彼女の耳元に口を近付け何事かを囁く。疑念の色を浮かべながら報告を聞いていたサクラコであったが、全てを聞き終えた頃には僅かな驚愕と緊張を表情に滲ませ、重ねて問うた。

 

「……それは、本当ですか?」

「はい、先遣隊が発見したとの報告が、確かに」

「――分かりました」

 

 頷き、サクラコは徐に席を立つ。そして対面に座る先生に向けて深々と頭を下げた。

 

「先生、此方の都合で大変申し訳ありませんが――」

「大丈夫、何かあったんだね?」

「はい――直ぐにでも現場に赴かねばなりません」

「分かった、私の事は良いから行ってあげて……何かあったら連絡して欲しい、直ぐ駆けつけるから」

「えぇ、ありがとうございます」

 

 先生の言葉に微笑みを零したサクラコは、そのままシスターを引き連れ執務室を後にする。扉に手を掛けた彼女は振り向きながら、自身を見つめる先生に向けて告げた。

 

「それでは先生――また近い内に」

「うん、どうか気を付けてね」

 


 

 幕間はあと三~四話やって、その後ダイジェスト前編・後編挟み、本編って感じですわ~!

 

 というか制約解除決戦やりました事? 何ですのアレ、コンテンツとしても一度に投入する生徒数十人で吃驚しましたけれど、それ以前に地下生活者の発した文言が発狂ものですわよ。

 神々の星座とか、属していた世界とか、超越的存在とか、キヴォトスの概念とは異質的な存在とか、神格の顕現そのものとか、神秘と恐怖で表現する事は不可能とか……。強いて云うなら崇高以前、その向こうの観念って何? つまり色彩とか黄昏とか、そういう感じの? それとも名も無き神とかそういうアレですか? 分からねぇですわ、何もわからねぇですの……というかやっぱりキヴォトスの他にも世界があって、それぞれに神というか主みたいなのがいらっしゃるんですかね? マジ宇宙猫になりますわ。

 

 でも制約解除って文言と最大生徒枠増加はとっても素晴らしいと思うので、これを使って最終編では先生にもっと苦しんでもらおうと思いました、まる。


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