「うへー……おじさん生きてるぅ?」
「生きている、だからちゃんと歩いて」
「あはは……まぁ、気持ちは分かります……はぁ」
「ぜぇ、ぜぇ、あ、あいつら、もう居なくなった?」
「大丈夫みたいです、もう追撃はありませんよ☆」
アビドスの面々が背後を警戒しながら、砂埃に塗れた格好で歩く。大きな怪我はないものの、皆小さな傷をあちこちに負っていた。
砂漠での包囲網突破――それは何の難しい事もなく終わった。しかし、車両に乗ってアビドス高等学校まで帰還する途中、そこでアビドスの皆は都合四度の追撃を受けた。砂漠で行われるデッドヒート、凡そ六時間に渡って行われた追撃回避戦は正に『カタカタヘルメット団総力戦』の様相を呈し、前哨基地ではない、中央拠点が近かった為だろう、アビドスが最終的に大破炎上させた車両は六台、打倒したヘルメット団の兵士は百名近くに上っていた。
漸くアビドス校近辺まで帰って来た面々は疲れ果て、今にも地面に寝そべりそうな雰囲気を漂わせている。
「いやー、乗っていた車両が壊された時はどうなるかと……結局、丸一日掛ったねぇ」
「タイヤを撃ち抜かれて横転した時が一番怖かったですよ、私」
「ん、でもこうして学校に戻って来られた」
「前哨基地で鹵獲した車両、なくなっちゃいましたけれどね」
「必要経費、寧ろそれ位で済んで良かった」
シロコが頷き、小さく肩を揺する。その横転し、大破炎上した車両を運転していた先生は、相変わらずシロコに背負われたまま微動だにしなかった。
追撃戦の最中、タイヤを撃ち抜かれ横転した車両からアビドスの生徒達が慌てて先生を救出し、そのまま徒歩で逃走を図る事になったのだが――当然キヴォトス外の人間である先生が、そんな何時間もの全力疾走が行える筈もなく、シロコはアヤネに愛銃を預け、先生を背負う係になっていた。
先程までシロコの背中から指示を飛ばしていた先生は、ヘルメット団の追撃を振り切った辺りでぐったりとして動かない。思わずセリカが先生の腕を突き、問いかける。
「……もしかして、死んでいたりしない、
「でも呼吸音は聞こえますよ?」
「すー……はー……」
「あの、先生、今はずっと走りっぱなしだったから、ちょっと、その――」
先生はシロコの背中に張り付いたまま深呼吸をしていた。
その事に頬を赤くするシロコ。
瞬間、セリカの額から何かが千切れる音が響いた。
「――このッ、変態!」
「えっ、なに、ちょ、まッ! あだっ!」
凄まじい力でシロコから引き離され、地面に転がる先生。綺麗な白制服は既に砂に塗れ、先生は這い蹲りながら必死に弁解を口にする。
「何シロコ先輩の匂い嗅いでいるのよッ! 変態、スケベ! 信じらんない!」
「えっ!? 匂いッ!? ち、違う、待ってくれ、誤解だ、今ちょっと、本気で疲労がヤバくて意識飛んでいただけ……」
「途中半分くらいシロコ先輩に背負われていたじゃない!」
「い、いや、考えてみてくれ! 昨日の夜中にセリカの拉致を察知して、その後緊急招集を掛けて、朝方までアビドス砂漠に向け運転し、戦闘を行って、また半日かけて戻って来て……ぶっちゃけ昨日、いや一昨日か? もう三日位寝てないんだ先生!」
「――はぁ!?」
先生の唐突な告白にセリカは困惑の表情を浮かべた。
三日――三日徹夜? 一体、何でそんな事になったのか。思わず追撃の為に振り上げていた拳が下がる。
「な、なんでそんな……」
「いや、えっと、アリウ――じゃなかった、あーっと、まぁヘルメット団の事で思う事があって、最悪に備えるためにシャーレの方で動いたり、連邦生徒会と交渉したり、他の学園との兼ね合いもあって……兎に角色々やる事が一杯あって、根回しをしていたら寝る時間が――」
あはは、と頬を掻く先生。
良く見れば、先生の目の下には深い隈が刻まれていた。色々な事で必死になっていて気付いていなかったが、先生も本当に限界まで走り回っていたのだろう。
そして、そんな事をしなくてはならなくなったのは――どう考えても自分を助け出す為だ。
何かを云おうとした口がもごもごとまごついた、感謝を口にすべきだという理性と、恥ずかしくて代わりに出そうになった罵倒、何だか良く分からない複雑な感情にセリカは顔色を次々と変え、最終的に一つ、深い溜息を吐き出し、腕を下ろした。
「ッ―――はーッ!」
乱れた髪を乱雑に掻き、胸内の感情を吐き出す。すべては無理だが、幾分かマシになった気がした。
座り込む先生を見下ろし、セリカは背中を見せてその場に屈む。
「ん」
「……セリカ?」
「んっ!」
背中を見せながら肩に愛銃を掛け、手を後ろに差し出す。いつまで立っても寄って来ない先生に、セリカはやけっぱちになって叫んだ。
「……背負ってあげるって言ってんの! 良いから黙って乗れっ!」
「え、あ、はい」
怒鳴られた先生、恐る恐るセリカの背中に身を預ける。先生の重みを背中に感じながら、赤面した顔を見られない様前を見て云った。
「に、匂いとか嗅いだら殺すからっ! 変な事も云うな! ていうか、呼吸を止めろ!」
「私に死ねと?」
「う、うるさい! 黙って! 背負うのは学校までだからねッ!」
「理不尽だ……」
先生はその口調に思わず項垂れしょげた。そんな様子に反し、隣を歩くノノミがニコニコと先生に笑いかける。
「ふふっ、良かったですね、先生☆」
「先生、滅茶苦茶罵倒されているのですけれど?」
「――分かっている癖に」
ノノミが目を細め、ふっと笑みを深くする。先生はそれ以上、目線を合わせられなくなって、そっと視線を反らした。くすくすと、ノノミの漏れ出た笑い声が先生の鼓膜を叩く。
「……取り敢えず、帰ったらみんなでシャワーを浴びて、治療したら御昼寝ですね」
「その前にご飯食べたーい」
「ん、この際レーションでも良い」
「私は、白いご飯が食べたいです……」
「補給物資の中に、確か即席白米セットとカレー粉があったから、なんちゃってカレーでも作ろうか」
「先生の手作り?」
「インスタントだけれどね」
「……大丈夫なの、そんな安請け合いして」
前を向くセリカが、ぼそっと呟く。
なんだかんだ心配をしてくれる優しい彼女に、先生は笑みを浮かべて告げた。
「――可愛い生徒の為なら、何てことないさ」
■
「……ん」
ふと、目が覚めた。
最初に目に映ったのは白い天井。場所はアビドス校の保健室、並んだベッドの上で、皆が思い思いの恰好で寝入っている。
死んだように仰向けで眠るシロコ、横になって眠るノノミとアヤネ、俯せで枕を抱えているホシノ。六つ並んだベッドの上で寝息を立てる生徒を見ながら、先生は飛び跳ねた髪を撫でつけた。
――シャワーを浴びて、食事を摂って、軽く怪我の治療をした後に、皆泥の様に眠った。時刻は既に夕刻。何だかんだ限界が近かった先生も、厚意に甘えてアビドスの保健室で仮眠をとったのだ。それに倣い、どうやら生徒達も宿舎に戻る事無く保健室で仮眠をとった様だった。
どれだけ寝入ってしまったのか、未だに靄の掛かった目を擦って眠気を払う。
ふと、セリカの姿が無い事に気付いた。アビドスの皆が寝入っている中、彼女のベッドだけもぬけの殻だった。先に起きているのか。先生はそっと保健室を後にすると、肌身離さず持っていたタブレットを使用し、セリカの現在位置を特定。
――彼女の居る対策委員会の部室へと足を進めた。
「――セリカ?」
「あ……」
そっと部室の扉を開けると、長机に愛銃を乗せ整備を行っているセリカの姿が見えた。布の上で分解され、パーツを清掃していた彼女は先生の姿を見るや否や、一瞬目を泳がせる。
「先に起きていたんだね」
「……皆疲れているみたいだから、起こす訳にもいかないし」
呟き、先生から目線を逸らすと慣れた手付きで清掃を続ける。壁に立てかけられたパイプ椅子を広げ、セリカの傍に座ると、彼女はガンオイルを手にしながら云った。
「砂塵がある場所で銃を使った日は、なるべくその日の内に整備しているの、ジャムで暴発とか怖いから」
「大事な事だ」
「ん、そう……」
不意に言葉が途切れる。部屋の中に訪れる沈黙――先生としては、そんな空気感も嫌いではなかったが、セリカはどこか気まずそうにしていた。何かを云いたげな、そんな表情をしている。
「……あ、あの」
「ん?」
ふと、銃を整備していた手が止まった。セリカの視線が先生と手元の銃を行き来している。何度か指先をまごつかせ、それから小さな声で続けた。
「え、えっと、ね……」
「うん」
「ちゃんと先生に、御礼云ってなかったと、思って……」
そう云って先生へと向き直り、セリカは深く頭を下げた。その行動に先生は一瞬、面食らう。彼女は顔を真っ赤にしながら、真摯に言葉を紡いだ。
「その、あ、ありがとう……色々と」
「――あぁ、どういたしまして」
生徒を助けるのは当然だ、そうでなければ先生としての存在意義が無い。けれどそんな言葉を口にするより早く、ばっと頭を上げたセリカはそっぽを向いた。
「……でもっ、この程度で私に認められたとか思わないでよね! この借りはいつか必ず返すんだからッ!」
「はは、分かった、待っているよ」
「な、何よ! 何へらへら笑ってんの!?」
先生の態度に怒りを見せ、セリカは軽く机を叩く。それが照れ隠しである事は誰の目から見ても明らかだった。彼女は手早く銃を組み立てると、それをガンラックに立て掛け部室を後にする。扉を力任せに開け、赤く染まった耳をそのままに彼女は云う。
「それじゃあ、私は戻るから! じゃあね! せ……っ、先生!」
去って行くその背中に、先生は緩く手を振る。
先生の表情は――これ以上ない程に、優しく、穏やかな笑みだった。
『……先生、大丈夫ですか?』
「ん、アロナ――?」
不意に、タブレットからアロナのホログラムが投影される。彼女はセリカと入れ替わる形で先生の前に立つと、その表情を不安げに歪めた。
『この所、少々無理をし過ぎではありませんか? 百鬼夜行連合学院の時もそうでしたが、幾ら戦力拡充……エデン条約への備えが重要だとしても、このままだと先生の体が――』
「今だけさ、アビドスの件が終われば少し休む、今だけ踏ん張りどころ……ごめんね、心配かけて」
『いえ……私は、その』
「それに、余りに無理して倒れると、トリニティの救護騎士団に怒られる」
その事を考え、先生は苦笑を漏らす。救護騎士団に所属する面々は、何というか濃い。いや、薄い生徒など先生からすればひとりも存在しないのだが、
彼女のお陰で無理が利くという点もあるが、やり過ぎると後が怖い。自重は重要だった。あらゆる意味で。
先生は去っていたセリカの背中を扉の向こうに幻視しながら、そっと呟く。
「それに、やっとアビドスの皆から仲間だと認められたような気がするんだ――この感情は、何度味わっても嬉しいものだよ、勇気と元気が湧いて来る、何だってやってやれそうな気分なんだ」
『先生――』
「――そんな顔をしないでくれ、アロナ」
先生は静かにアロナのホログラムに手を伸ばす。青い世界ではない此処では、実際に感触を得る事は出来ない。しかし、疑似的な干渉を可能とする彼女は、そっと先生の手に頬を寄せた。
『――
「……
『先生?』
「何だい」
先生の手に頬を擦りつけたまま、アロナは一粒だけ涙を流した。涙は、先生の手を伝って床に落ち――電子体となって消えた。
『アロナは、あなたのものです、あなただけの――だから、最期までお傍に』
「あぁ、勿論」
例え、七つの嘆きの果てに――運命が決まっているとしても。
死がふたりを分かつまで。
■
高層ビルの一室――光の消えた部屋の中で、モニタの光だけが周囲を照らしている。その光に照らされるのは、スーツを着た巨躯、黒いスーツ姿のロボットと云うべき存在。朱色に光る四つのラインアイが輝き、光るモニタを見据える。
ややあって椅子に体を預けると、その重みに重厚な皮椅子が軋んだ。
「……格下のチンピラ如きでは、あの程度が限界か――主力戦車まで貸し出してやったというのに、このザマとは」
キーボードを叩き、ウィンドウを閉じる。彼の体に纏う雰囲気は――倦怠感。
計画の推移は順調とは言い難い、特にここ最近は失敗続きと云っても良い。その事実が彼を苛立たせ、多少強引な手段に事を運ばせている。
「しかし少しばかり派手に動き過ぎたか? 連邦生徒会に動かれても困る、掃いて捨てる程いる不良共と云えど、減り過ぎては事やもしれん――事は小さく、静かに、少数で行えれば尚宜しい、であれば……」
呟き、デスクの上に放置された端末を手に取る。開いた画面には、呼び出し画面が映った。
「――専門家に依頼するとしよう」
手早くナンバーを入力する。番号は最近入手した代物。
三度のコール音後、女性の声が響く。
『はい、どんな事でも解決します――便利屋68です』
「仕事を頼みたい、便利屋」
返答は、静かで迅速であった。
■
「はぁ、はっ……!」
「うわぁぁッ!」
「ぐゥ!」
――カタカタヘルメット団、アジト。
その日、カタカタヘルメット団は突如正体不明の勢力に強襲され、全滅の危機に陥っていた。アビドスとの抗争続きで、多くの戦力、補給物資を喪ったカタカタヘルメット団は、再編の為に各地に散っていた同志に呼びかけ、反転攻勢の為に本拠に集っていたのだが――肝心のクライアントから、『契約打ち切り』の旨を伝えられ、どうにかこうにか本社に赴き交渉を行おうと考えていた所に、アジト内部から幾つもの爆発が発生。
混乱に陥っている所に、少数兵力による奇襲攻撃を受け、アビドスとの戦闘後で兵力も装備も整っていなかったヘルメット団は、逃げ延びた幾人かを除き文字通り全滅の危機に陥った。
「あーぁ、こっちは終わったよ、何人か逃げちゃったケド、まぁ誤差だよねぇ~」
「こっちも制圧完了したよ、ボス」
「宿舎と東側、お、終わりました……!」
抵抗していた最後の一人を打倒し、足蹴にしたボスと呼ばれた少女の元に、次々と集まって来る人影。足蹴にされたヘルメット団の不良は、呻きながら少女を見上げる。月明かりに照らされた顔は、影になって伺えない。ただ、コートを着込んだ妖しい雰囲気を持つ赤髪の少女である事は分かった。
倒れ伏したまま、何とか情報を得ようと不良は口を開く。
「う、うぅ……何者だ、貴様ら……」
「――ふふっ」
問われた少女は口元を歪め、冷酷な表情で不良の手に踵を落とす。ヒールに踏み躙られた不良は、突き刺さったピンの痛みに思わず呻いた。
「いぎッ……! ぐ、ぅ、貴様、まさか、アビドスの――!」
「アビドス? まさか、違うわよ、こんな不潔で嫌な匂いのする場所をアジトにする連中は、やはり頭も冴えていないのね」
掌を踏み躙ったまま、少女は長銃を担ぎ、酷くつまらなそうな顔で不良を見下ろす。
「――いいわ、あなた達を労働から解放してあげる」
「な、に……!?」
「要するにクビって事、現時刻をもってアビドスは私達が引き受けるわ、クライアントからの通達、来ているのでしょう?」
「ふ、ふざけ――!」
何かを口にする前に、少女の爪先が不良の顔面を弾いた。跳ね上がった頭部、脳が強烈に揺すられ、不良の意識を刈り取る。月影になっていた表情が、微かに照らされ――その金色の瞳が不良を射貫いた。
「あなた達のその姿勢、悪を語るには美学が足りない、圧倒的にね」
「く……そ……」
「最後に憶えておくと良いわ、私達は
徐々に闇へと落ちる不良の視界に、背を向け立ち去る少女の笑みが映った。
「――何でも屋よ」
この便利屋68って人達カッコよすぎん? きっとバチクソ優秀な、クールでクレバーな人たちなんだろうなぁ……すごいなぁ、憧れちゃうなぁ……。死んでも白目なんて剝かなさそうだし、想定外の事があっても、「この程度、想定内よ」とか云って片手間に処理しちゃうんだろうなぁ。ビジュアルからしてもう、有能そうなバリバリのキャリアウーマンって感じだもんね!
流石社長! 一生ついていきますッ!
それは兎も角、サオリを幸せにしたい。なんかもう絆ストーリーとか見ているだけで心が痛くなるから幸せにしたい。何で世界はこんなに悪意に満ちているんだ、どうしてサオリに優しくしてくれないんだ、もう一杯傷付いたのだから少しくらい安寧があったって良いじゃないか……。
アリウススクワッドから離れて、一人ブラックマーケットの中で生きるサオリをシャーレに連れて帰りたい。契約書も知らず、最低賃金も知らないサオリをシャーレの宿舎に押し込んで、おはようからおやすみまで養ってあげたい。多分、最初の内は、私にそんな価値なんてとか、これ以上先生の世話になる訳には、とか云って逃げ出そうとするんだ。けれどサオリがシャーレを後にしようとする度、先生が全力で息を切らしながら捕まえに来るんだ。そんな先生の必死な様子を見て、何となく申し訳ない気持ちになって、サオリはシャーレに居候してくれるんだ。
私は、役に立てているか? ……なら良い、それだけで、私はここにいられる。
サオリの自己評価は、この一言に詰まっている。役に立った分しか対価は貰えない、無償の愛なんて存在しない、役立たずな存在は切り捨てられ、ただ消えていくだけ。
アリウススクワッドの標語ともいえるこの言葉が、彼女の根本にある。それでもスクワッドを救う為に、まだ子供であった頃から努力し、大人には従順に、少しでも殴られない様に、明日を生きて行けるように足掻いていたサオリはきっと、その殴って来る筈の
サオリは初日から先生に、「先生、私は何をすれば良い?」って聞いて欲しい。きっと、自分に何かしらの役割を期待したからシャーレに連れて来たのだと、そう考えて。
けれど先生は、「サオリが好きな事をすれば良いよ」とだけ言って、後は何も指示も命令もせず、サオリと一緒にただ過ごすんだ。
趣味何てものはないし、訓練と戦闘とその日を生き残るだけで精一杯なサオリは、「好きな事」というのが良く分からなくて、ただ先生の警護の為にオフィスの隅で銃を抱えたままじっと先生を見つめ続けたり、時折射撃訓練場や体育館でひとり訓練をしたりするんだ。たまに先生が手隙の時はサオリに授業をしてくれる。契約書については勿論、一般常識から中学、高校の内容を、少しずつ教えて行って欲しい。
休日は、先生と一緒にお出掛けしたり、ショッピングしたり、一緒に遊んだりすると思う。サオリにとっては娯楽なんてものは未知の領域だから、あらゆる事が新鮮で、きっと先生に、「あれは何だ」、「これは何だ」と聞くに違いない。それを先生はきっと、嬉しそうな笑みで見つめ、ひとつひとつ丁寧に教えてくれるんだ。
サオリは実は、化粧品に目が無い。ブルアカの原作では、コスメを贈ると好感度が大幅に上がる。メイク用品、BBクリーム、グロス、高級香水ザ・ビヨンド……戦闘ばかり学んできたサオリにとって、そういう女性らしさだとか、美容を磨く様な時間はきっとなかった筈だ。そんな彼女が化粧品に目を惹かれた理由が、先生とかだったら実にベネ。
きっとサオリは先生の隣を歩きながら、広告やポスターで笑う女性に対し、強い劣等感を抱くんだ。こんな風に普通の少女の様に笑えたら、生きられたら。こんな自分が先生の傍に立つのは、不釣り合いなんじゃないかとか、そんな事を考えながら傷だらけの自分の両手を見下ろしているんだ。
だからシャーレから支給される給与を使って、休日にこっそり化粧品を買いに行って欲しい。「化粧水、ふぁ、ファンデーション? アイブロウとはなんだ、眼球に対する打撃か……?」とか言いながら色々買い込むんだ。
分からない事は先生に聞けば良いと思いながらも、何となく自分の中にあるその、少女然とした象徴を知られるのが恥ずかしくて、きっと先生に隠れるようにして一人で化粧を勉強するんだ。
そしてほんの少しずつ、分からない位の化粧を施すようになって、けれど目敏く気付いた先生に、「サオリ、今日は一段と可愛いね」って云って欲しい。きっと、その言葉でサオリは自分の中にある何か、普通の少女らしさともいえる欲求が満たされた気がして、その事を自覚し恥ずかしそうに、けれど嬉しそうに、「……そうか」と素っ気なく呟いて欲しい。
そして時間が経つにつれて、そういう普通の少女らしさというものを取り戻していって欲しい。銃の代わりに教科書や雑誌を、マスクの代わりに化粧を、機能性と防弾性だけを追求した服から何て事のない私服を。
先生が寝坊した日なんかは、スマホで料理検索をしながら必死にサオリが朝ご飯を代わりに作ってくれたりするんだ。「上手く出来たかは分からない、その、不味かったら残しても……」と不安そうに差し出されたそれを、きっと先生は号泣しながら完食するに違いない。
凄い勢いでご飯を食べる先生に面食らいながら、けれどサオリはふっと笑ってくれるんだ。そして、笑った自分に対して驚いて欲しい。まるで、普通の少女みたいに笑うじゃないかと、自分の頬を撫でながら思うんだ。
先生と一緒に過ごす中で、最初は戸惑い、どこか一歩引いた場所で眺めていたのに、気付けば一緒に笑って、何て事のない日常を謳歌している自分に、あぁ、これが幸福なのかと、実感して欲しい。
何も知らず、大罪を犯した自分を引き取り、こうして幸福を与えてくれる先生。そんな暖かな彼の元に自分は居て良いのかと思いながらも、けれど今更離れるなんて選択肢が取れる筈もなく。最後まで、先生に寄り添い続けようと決意して欲しい。
いつかアリウススクワッドの皆も連れて、新しい一歩を踏み出せるように。すべては虚しい、意味なんてない、そんな事を思いながら生きていたサオリが、初めて前向きな未来を想い描けるようになる。
そうして漸くサオリは、先生の無償の愛を、心から感じられるようになるんだ。
はー、そんなサオリの前で先生撃ち殺してぇ~。
キヴォトスを救う為に身を粉にしていた先生が、その救った筈の生徒に撃ち殺される瞬間をサオリに見せつけてぇ~。
サオリは警護という理由で先生にべったりだから、その先生がどれだけの苦労を詰め重ねてキヴォトスを救おうとしたのか全部知っているんだ。知っているからこそ、サオリの持つ価値観からすれば、『尽くされたのなら、尽くさなければならない』と思ってしまう。自分が生涯を先生に捧げると決めたように、先生もまた、報われる『べき』なんだと考えるんだ。
自分達には起きなかったそんな応報を、先生ならきっとって思うに違いない。
けれど現実はそうはならなくて、先生がキヴォトスを裏切ると決めた時、それでもキヴォトスの生徒達ならきっと、って思って、自分と違う光の存在なら、表の存在なら――きっと、理解してくれる筈だと。
そんな思いに反してズタボロの血みどろになった先生を、拘束されたサオリの前に放り投げてぇ~!
信じていたあらゆる事に裏切られて、愕然とするサオリの顔みたーい。自分を救ってくれた恩人であり想い人である先生が、今にも死にそうな瀕死の重体で、床に転がる様子をまざまざと見せつけたい。
きっと少しでも説得しようと、拘束されながらも悲哀と絶望と諦観の底に沈んだ周囲の生徒達に叫ぶに違いない。先生に助けられた筈だと、恩を感じている筈だと、キヴォトスを想う先生が突然、こんな訳の分からない事をする筈がないと理解しているだろうと。あらゆる理屈をこね、情に訴え、懇願するサオリの前で先生は静かに云うんだ。「これで良い」って、「今までありがとう」って。
何をと顔を蒼褪めるサオリの前で、先生の額に銃口を押し付けたい。説得され、先生を救う道が無いと示され、せめて苦しみがこれ以上続かない様にと、震える銃口を向けて欲しい。
せめて最後にサオリの顔が見たいと、そんな先生の最後の願いで此処に連れて来られたのなら最の高。先生の僅かな我儘が、サオリにとって取り返しのつかない程の闇になる筈。
よせッ、やめろっ、やめてくれ! そう叫ぶサオリの前で、ゆっくりと引き金を引くんだ。きっと先生は最後まで薄ら笑みを浮かべながら、微笑んでいたに違いない。
そして銃声と一緒に先生の顔が跳ねた時、サオリは理解するんだ。
先生はキヴォトスの味方だった、けれどキヴォトスは先生の味方じゃなかった。その事を実感しながらきっと、サオリは絶叫する。拘束された状態で、必死に身を捩りながら先生の名を叫ぶんだ。もう動かない、肉の塊になった先生に対し、胸に残った愛情をよすがに、必死に手を伸ばすんだ。絶望と恐怖と後悔とが綯い交ぜになった、涙に塗れた顔で。可愛いね。
罪に手を染めた時は手を汚す、染める、って云うのに、抜ける時は足を洗うと云う。足を洗っても手の汚れは落ちない、逆に云えば手は一生汚れたままという事になる。そんな汚れた手のままで、未来を夢見たのがいけなかったのかもしれないね。自分で云っていたのに、自分達は表側じゃないって。
アリウスに居た頃がどん底じゃないんだ、先生を喪った今がどん底なんだ。つまりここからは伸び代しかない、これからはどんどん幸せになれる筈だ。世界は悪い奴ばっかりだよね、皆サオリを苦しめる酷い大人ばかりだ。でも大丈夫、これからはサオリが自分の力で幸せを掴み取るサクセスストーリーが始まる筈だ。頑張って! 私は応援しているよ!
先生をアリウスのメンバーが射殺する展開も考えてみたけれど、あそこのメンバーって何だかんだ云ってサオリに対して従順だし、戦力差とか、道理で物事を考えてないっぽいから、どんな理由があったとしても先生とサオリを裏切りそうにないんだよね。それこそアリウスメンバーを人質にでもされない限りは。というか人質にされたらされたで、また先生の前で崩れ落ちて助けてくれしそうだし。おっ、助けに向かった先生が人質の代わりに死ぬパターンもおいしッ! たまごごはん!
死んだ先生に縋りつくサオリを、遅れてやって来たアリウスのメンバーに見せつけてぇ~。いつも気丈で冷徹で、それでも温かみを持っていたサオリが、真っ黒な瞳で死んだ先生の傍で膝を突いてる姿見せつけてぇ~。
漸く幸せになれたのに、忘れかけていた<ruby><rb>虚無の虚無、全ては虚無なり</rb><rp>(</rp><rt>Vanitas vanitatum et omnia vanitas.</rt><rp>)</rp></ruby>をもう一度、口ずさませてぇ~。
きっと無表情で涙だけを流しながら、「先生、やはり、この世界は
立ち上がって、今にも泣きそうな表情で、「リーダー……」と口にする皆と合流して、静かにもう使う事もないと思っていた黒マスクを装着して欲しいぃ~。
それで崩壊した筈の【シャーレ】を名乗って、キヴォトスの中で報復を始めるんだ。
サオリは街中で不意に見かけた、少女らしいポスターに殺意すら籠った視線を向けるんだろうなぁ。だって幸せの象徴だもんね、憎たらしいし悲しいし見たくないよね。
思ったんだけど幸せな奴全員ぶち殺したら、最終的に残ったサオリ達が一番幸せって事にならん? これはキヴォトスの中で最も幸せになるサオリの物語、ってキャッチフレーズ入れても詐欺にならんやん。これ失敗した世界の話の筈なのに……。
つまりハッピーエンド……ってコト!?
うおっ、美味しいご飯まで炊けてハッピーエンドまで繋げられちゃうなんて、アタイったら天才ね!