ブルーアーカイブを、もう一度。   作:トクサン

181 / 340
誤字脱字報告、助かりますわ~!


青空を見上げる少女達

 

 ――ゲヘナ自治区郊外、スラム街。

 

 真夜中であっても喧騒と銃声が鳴り止まないその場所で、一人のロボットが壁に背を預け屯していた。彼の佇む裏路地は埃っぽく棄てられた空き缶やら何やらが散乱し、正にアンダーグラウンドと云った景観であったが、その中でも彼は小綺麗なスーツに身を包み手元の端末を忙しなく操作している。

 そんな彼の聴覚が誰かの足音を察知する。顔を上げると裏路地の入口に立ち影を伸ばす一団の姿。スラム街特有のネオンが彼女達の輪郭を淡く浮かび上がらせ、ロボットの彼はディスプレイに表示される目を細めた。

 

「――誰だ?」

「……依頼の品を届けに来た」

 

 声は低く、良く響いた。

 逆光の中歩き、彼の前へと姿を現したのは四人組の集団――仮面(マスク)で顔半分を覆い隠した彼女達は、その内の一人が片手に大きめのジュラルミンケースを手にしていた。持っていた端末の画面を消し、壁から背を離した彼は四人の立ち姿とケースの存在、そして先の言葉に納得を示す。彼が上からの指示で待っていた傭兵、それこそが彼女達だった。

 

「あぁ、テメェらが例の雇われか、出身校(身元)は無記名って話だったが――まぁ何だって良い、この界隈は腕が立つなら関係ねぇ、それでブツは?」

「無論、この中にある……ヒヨリ」

「あっ、は、はい!」

 

 先頭に立つリーダーらしき生徒に促され、巨大な背嚢を背負った一人が手にしていたケースを地面に置く。そして開け口を彼――仲介人の方へと向けると、ゆっくりとした手付きで錠を弾き、中を晒した。

 

「指示されたギャングより奪取して来た一品――期間限定、完全少数生産品、【勇壮に羽ばたくペロロ人形】だ」

「ほぅ、悪くねぇ」

 

 ケースの中を検めた仲介人は感心の呟きを漏らし、一つ二つと頷きを見せる。ケースの中に入っていたのはふっくらとしたペロロ人形、その舌は靡く様に体に纏わりつき、両の翼は今にも飛び出さんとばかりに広がっている。少数のみ生産され、しかも期間限定という事でかなりの値が付いた希少品。

 注目すべきはその状態――傷一つなく、汚れも付着していない。相手方のギャングはそう柔い存在でもなかった筈だが、どうやら完璧に依頼を遂行して来たらしい。その事に仲介人の彼は満足そうに笑みをディスプレイで表現した。

 

「依頼品は、これで確かか?」

「……あぁ、確認した、これで間違いねぇ――これが今回の成功報酬だ」

 

 リーダーらしき生徒の問い掛けに仲介人は肯定を示し、懐から膨らんだ封筒を取り出す。ケースはそのまま彼に引き渡され、封筒はリーダー格の隣に居た別の生徒が受け取った。彼女は受け取った瞬間に中を検め、素早い手つきで枚数を数える。こういう取引に於いて中抜きは常套手段、仲介人はその行為を咎める訳でも、気を悪くする訳でもなく当然の様に受け入れていた。

 

「仲介手数料は既に引いてある、額は間違ってねぇ筈だぜ、存分に確かめな」

「――うん、リーダー、確かに額は間違っていない」

 

 最後まで数え終えた瞬間、封筒をリーダーに差し出し頷く生徒。それを確認した彼女は封筒を外套の内ポケットに仕舞い込み、被っていた帽子を深く被り直した。

 

「そうか、良い仕事が出来た、感謝する」

「あぁ、今後とも御贔屓に」

「――……なぁ、少し良いか」

 

 取引はこれで終了――後は互いに他人の様に振る舞い、この場を離れるだけ。仲介人はケースを持ち上げその場を後にしようとし、ふと背後から掛かった声に足を止めた。

 

「……これは、単なる好奇心からの質問なのだが」

「あん?」

「その人形に、これ程の高値が付くのか?」

 

 帽子とマスクの隙間から視線を飛ばす彼女の問い掛け、その指先は自身の懐を指している。先程支払われた報酬、それは相応に高額である。普通のバイト程度で稼ごうとすると少々時間が掛かる上に、かなり過密なスケジュールとなるだろう。それを考えれば問い掛けもある意味当然のものと云える。彼はケースを小脇に抱えながら淡々と頷いて見せた。

 

「あぁ、良く知らねぇがマニア受けする一品らしい、偉い上品な恰好の、たい焼きの匂いがする紙袋を被った嬢ちゃんが大枚叩いて購入したんだとよ、まぁ流通経路に関しては知らなかったのかもしれねぇが……売るモンがねぇなら他所から奪う、何も可笑しな話じゃねぇだろう?」

「……そうか、そういうものか」

 

 仲介人の言葉を素直に受け取った彼女は興味深そうに何度も頷いて見せる。

 

「邪魔をした、また依頼を受けた時は頼む」

「あぁ、腕の立つ連中はいつでも歓迎するぜ、しかし、お前さんら――」

「……?」

 

 回答を聞き届けるや否や踵を返し帰路へと就く四人組。そんな彼女達の顔を注視しながら、仲介人の彼はその表情に困惑を滲ませながら告げた。

 

「その、何だ――えらく、奇妙なマスクを被っているな?」

 

 彼の目には四人の顔半分を覆う、にっこり笑ったマスクが映っていた。

 

 ■

 

 ゲヘナ自治区郊外――雑多なビルが立ち並び、傍には閑静な住宅街が広がる区画のひとつ。

 その中に一見何の変哲もない雑居ビルがあり、先程取引を終えた四人組――アリウス・スクワッドは周囲の目を気にしながらその雑居ビルに足を踏み入れた。ビル内部は相応に老朽化し、一見空き部屋の多い何て事の無い建築物だが、その実態は単なるフェイクである。ビル自体は殆ど囮の様なものであり、彼女達の目的は地下に存在した。一階奥、備品室と書かれた一室に踏み込んだスクワッドは、乱雑に放置されたラックや段ボールの合間を縫って部屋の片隅に屈みこむ。凝視しても分からない程に隠蔽された床には隠し階段が存在しており、サオリが脇の壁を這う様に手で探れば微かな違和感。特定の壁を軽く押し込むと、電子音と共に壁の一部がせり上がりスキャナーが顔を出す、後は甘んじてスキャンを受け入れれば足元の床がスライドし、白く真新しい階段が顔を覗かせた。

 サオリは無言で指先を動かし、最初にアツコ、次にミサキが階下へと降りていく。備品室扉の前で外を警戒していたヒヨリが三番目で、最後にサオリが地下へと降りる。全員が内部に足を踏み入れた事を確認すると、床は独りでに動き再び入り口は封鎖される。

 階段を暫く降りると開けた地下空間へと辿り着き、自動センサーによって室内の明かりが点灯した。瞬間、眩しそうに全員が眼を細める。

 

「今日も、か、帰って来れましたね……!」

 

 ヒヨリが部屋を見渡し、喜色を滲ませながら呟いた。

 地下室は計三部屋で構成されており、寝室、リビング、キッチンなどを兼用する中央部屋が一つ。保存食や飲料、弾薬から日用品までが保管されている倉庫が一つ。小さなシャワー室とトイレ、洗面所などがある部屋が一つ。四人で生活するには十分な広さと設備、安全性を備えた場所。

 このビル――正確に云えば地下のセーフハウスこそが、彼女達が現在活動の中心としている拠点であった。

 

「……あぁ、何とか今日も凌いだな」

「お疲れ様、リーダー」

「ミサキもな、皆、よくやった」

 

 帽子を脱ぎ、マスクを外したリーダー――サオリは背後の三人に目を向けながら声を掛ける。背負っていた背嚢を出入り口付近に降ろし、担いでいた銃器はガンラックにへと立て掛ける。常に身に纏う装備品は階段付近に集中させ、咄嗟の出撃にも対応出来るよう配置を変えていた。無論、護身用の拳銃は寝床に常備してある。尤もこのセーフハウスは侵入者に対する防備も用意しており、ビルに侵入された場合、備品室に侵入された場合、そしてこの地下空間に侵入された場合の三種類に分け警告が発せられるようになっている。

 尤も、彼女達がこのセーフハウスを拠点にしてから一度としてその様な事態が起こった事は無いが。

 

「セーフハウスに入る瞬間は見られていないな?」

「た、多分大丈夫です、ビルに入る瞬間もドローンや人の目を警戒していましたし、少なくとも人の影はありませんでした」

「こっちの防犯センサーにも反応はなかったし、問題ない筈」

「そうか」

 

 二人の言葉に頷き、サオリは安堵の息を零す。

 この拠点に腰を落ち着けてどれ程の時間が経過しただろうか? 恐らく一ヶ月は経過していないだろうが、それでもそれなりの時間を過ごしている。

 そんな日々の中でも彼女の警戒心は衰えず、セーフハウスに帰還する瞬間こそ一番気を張っていると云っても良かった。自分達の安全もそうだが、何よりこの場所が露呈してしまえば先生にも迷惑が掛かる。サオリにとって、それが一番の懸念点だった。

 

「へへ……きょ、今日も、頑張りました」

 

 拠点へと戻った彼女達は装備を解除し、各々リラックスした姿を見せ始める。常在戦場を地で行くスクワッドであるが、それは今までの環境が強く影響している。誰の目もなく、襲われる心配もなく、多少気を緩める事が許される環境と云うのは彼女達の人生の中で稀だった。

 背負っていたガンケース、背嚢を降ろし帽子から外套、ホルスター、弾帯の類までデスクに放ったヒヨリは四つ並べられた簡易ベッドに身を投げ、深い溜息を零す。

 

「それにしても、は、働くって、大変ですね、ただ云われた事をやるだけじゃなくて、方法とか、仕事以外の事も考えなくちゃいけなくて……」

「そうだな、アリウスに居た頃の私達はただ命じられるがままに戦うだけだったから――此処に来てから良くも悪くも、自由という言葉の重さを思い知った気分だ」

「契約書の読み方とか、交わし方とか、最初全然分からなかったもんね」

「あぁ、その辺りはミサキに感謝しないとな」

「……別に、適当に端末で調べただけで、そもそも通信環境が無い場所じゃ無理だった」

 

 セイントプレデターを保管用コンテナに立て掛けたミサキは、掛けられた言葉にそっけなく言葉を返す。

 アリウス・スクワッドが自治区を脱出し生活を初め、最初に直面した問題は『社会の常識』である。当然だがアリウス自治区という閉鎖的かつマダム(大人)が絶対の場所に於いて、スクワッドが社会の何たるかを学ぶ機会など皆無に等しい。

 当然最初は失敗もした、心無い大人に利用されそうになったり、ただ働きする事もあった。殆ど着の身着のまま自治区を出奔する事になった彼女達にとって、この雨風凌げるセーフハウスと食糧、日用品の備蓄は涙が出る程助かった。弾薬や武器のパーツ、装備品も少ない金銭で遣り繰りし、失敗すれば改善する、知らなければ調べ、学び、何とか自らの力で金銭を得られるようになったのが――ほんの一、二週間ほど前。

 

 その間の試行錯誤は辛くもあったが、貴重な経験でもあった。何よりどれだけ失敗しても悲観的にならなかったのは、『自分達を助けてくれる大人』の存在があったからだ。既に大きな罪悪を抱えた自分達にとって、多少の失敗など悲観するに足りず、その精神で家族と共に突き進んだサオリは本人達の預かり知らぬ所で、『奇妙なスマイル仮面を被った凄腕の傭兵チーム』と称される様になっている。

 尤もその名声が良いモノかどうかは別で――既にある程度名が売れ始めている事は薄々ミサキが勘付いていた。名前が売れれば高額依頼も舞い込む様になるだろうし、仕事がないという事も少なくなるだろうが、学園や特定の生徒に目を付けられる危険性を孕んでいる。

 

 外套を脱ぎ、ガンラックに掛けた愛銃の整備用品をデスクに広げながら思い思いに体を休める仲間を眺めるサオリは、ふと笑みを零す。恐らく自分一人であったのなら、もっと手古摺る羽目になっていただろう。単なる予想に過ぎないが、もしかしたらその日食べるものにさえ困っていたのではないだろうか。

 

「うん、確かに色々大変な事もあるけれど、でもちゃんと生きているって感じがする、こんな毎日も悪くないよ」

「あぁ、そうだな、アリウスに居た頃はなかった充実感、とでも云えば良いか……少なくとも今までとは別種の学びがある事は確かだ」

「そ、それに今は帰れる場所がありますからね、前と比べれば気持ちも全然楽ですし、あ、後からもっと辛くなるかもしれませんけれど、えへへ……っ」

「……まぁ、このセーフハウスは私達のものじゃないけれど、楽になったのは確か」

 

 帰れる場所がある、安心して眠れる拠点がある、それは彼女達の肉体的にも精神的にも大きな意味を持つ。殆ど毎日仕事を探して歩き回れるのも、拠点で十分に体を休める事が出来るからだろう。

 

「それにしても、別れ際仲介の人が云っていた事ですけれど……このマスク、他の人から見ると不評なのでしょうか?」

「む――」

「そう? 可愛いのに、にっこりマスク」

「可愛いかどうかは兎も角、奇妙なのは確かだね」

 

 ふと、ヒヨリが手にしていたマスクを見下ろしながら呟く。それは現在スクワッド全員が着用している、身バレ防止用の装備品である。以前は各々好きな様に調達していたが、今後活動するにあたってある程度対策が必要であるという事で新調する流れとなった。

 サオリはデスクの上に置いた同じマスクを一瞥し、告げる。

 

「だが追われる身である私達が顔を出したまま活動する訳にはいかない、ある程度身を隠す工夫は必要だろう」

「それは否定しないけれど、何で態々こんなデザインになった訳?」

「ひ、姫ちゃんが、出来れば笑顔になれるマスクが良いと云って――」

 

 ヒヨリがそう呟くと、皆の視線がアツコに向けられる。アツコは外套を脱ぎ、レオタードの様な姿を晒したまま両手でスマイル・マスクを持ち、小首を傾げた。

 

「――ダメ?」

「……別に、駄目とは云っていないけれど」

 

 何の悪気も、悪意もないアツコの様子にミサキは思わず口を閉ざす。着用出来るのならば何だって良いと云えば何だって良い、そもそもミサキが元々用いていたのは何の変哲もない黒いマスクである。当然、防弾性能も期待出来ない分、多少なりとも頑丈な素材を使っているこちらの方が優れていると云っても良い。

 

「一時期は顔全体を覆うフルフェイス――ヘルメットの様なものを検討していたのだが、余り評判が良く無くてな」

「フルフェイスのヘルメットって、あのカタカタヘルメット団だっけ? あぁ云うタイプの?」

「あぁそうだ、顔全部を覆ってしまえば特定される心配もないと思ったんだ、しかし――」

「アレって、夏場は蒸れそうですし、狙撃手としても視界が制限されて、ちょっと使い辛いんですよね……」

「うーん、口元ににっこりマーク描いて良い?」

「……という訳だ」

 

 それぞれヒヨリ、アツコの意見である。肩を竦めるサオリを見て、ミサキは静かに溜息を零した。フルフェイスのヘルメットに、満面のにっこりマークか。想像するだけで実に奇妙な絵面となるだろう。恐らく今被っているコレより威圧感と面妖さは上がるに違いない。

 

「……そう、まぁリーダーの決めた事なら従うよ、今でも身元は隠せている訳だし」

「あぁ――だが念の為後数日したら拠点を移すつもりだ」

「えっ、此処から出ていくんですか!?」

 

 無造作に漏れたサオリの発言に思わず悲鳴染みた声を漏らすヒヨリ。ベッドの上に寝転がり、ラフな格好でネット小説を読もうとしていた彼女だが、流石に看過できないと飛び上がる。

 

「あぁそうだ、今の所私達が指名手配犯である事は露呈していないが、いつまでも同じ場所に留まっているのは危険だろう」

「そうだね、依頼相手から素性を探られる危険性もあるし、最近は私達の名前――というより特徴が売れて来た、定期的に移動して身元特定を防ぐのは当然」

「そ、そんな、こんな快適な環境を……!」

 

 リーダーのサオリ、参謀のミサキが拠点離脱の方針を固めている。その事実を知り最早この世の終わりと云わんばかりに蒼褪め、崩れ落ちるヒヨリ。その身体は小刻みに震え、全身が絶望感に包まれていた。そんな仲間を見下ろし、呆れた様に苦笑を零すサオリ。

 

「――とは云っても、別自治区のセーフハウスに移るだけだ、移動に車は使えないから数日、長くとも一週間程度は野営になるが」

「……幸い今ならある程度お金に余裕はあるし、食糧と必要な雑多品を買い揃える蓄えはあるよ、前の逃亡生活と比べれば全然マシな方」

「そっか、それなら安心だね」

 

 ミサキはここ最近の仕事で稼いだ金銭を脳裏に浮かべ、次の自治区に行くまでの費用を大雑把に見積もる。仮に快適に野営出来る装備を買い揃えたとしても、直ぐに貯蓄が消える訳じゃない。アツコは最初から何の心配もしていないのか、いつも通り穏やかな笑みを浮かべながら粛々と頷きを見せる。

 それを聞いたヒヨリは項垂れていた顔を恐る恐る上げ、露骨に安堵の表情を浮かべた。

 

「な、何だ、他所のセーフハウスに移るんですね、そういう事なら、はい、安心しました……えへへっ」

「……最近のヒヨリは随分と、その、何だ」

「適応した、というより贅沢になったね」

 

 サオリは何処か云い辛そうに、ミサキは若干の呆れを滲ませながらヒヨリに向かって吐き捨てる。そんな二人に対しヒヨリは縋る様にベッドを這いながら訴えかけた。

 

「だ、だって、此処には電気も水道もあるんですよ!? 更に毎日シャワーを浴びても水の残量を気にする必要はないですし、汚れたら洗濯だって出来ます! 夜に固い地面に寝る必要も、夜襲に怯えて夜番をしなくても安心……! 何より、態々節電の為に端末の光量を最低にして小説を読む事さえしなくて済むんです……! こ、こんな環境を失う何て、これより辛くて苦しい事、中々ありませんよ!?」

「いや、気持ちは分かるが――」

「……はぁ」

 

 その語気の強さに思わず気圧されるサオリ、頭が痛いとばかりに額を抑えるミサキ。今まで酷い環境に身を置いた反動か、或いはヒヨリの環境適応能力の高さ故か、恐らく今この状況を一番満喫しているのは彼女だろう。

 ヒヨリは端末を胸に抱いたままベッドに転がり、シーツに身を擦り寄せながら呟く。

 

「え、えへへ、でもきっと、いつかは全部取り上げられるんです、反動でもっと辛くて苦しい未来が待っている筈……だ、だから、今の内に一杯贅沢しておかないと」

「……そう悲観的になるな、ヒヨリ」

「ポジティブになったり、ネガティブになったり、忙しないね」

「でもヒヨリらしいと云えばらしい、かも?」

 

 家族の新しい一面とでも云い換えれば良いか、いやある意味最初から分かっていた事ではあるが。サオリは銃を整備する手を一度止め、吐息を零す。

 

「とは云え、これも全て先生の厚意によって成り立っているのも事実だ――ミサキ、封筒の用意は?」

「用意出来ているよ――でも、良いの?」

「あぁ、これは必要な事だ」

 

 サオリが不意にミサキへと問いかければ、彼女は深々と頷いて見せる。ミサキは数秒考える素振りを見せ、それからベッド脇に置いた背嚢の中から一枚の封筒を抜き出す。基本的にスクワッドの財政に関しては彼女が管理している為、報酬を含む大きな金額はミサキが纏めて保管していた。

 ミサキが取り出したそれにヒヨリは首を傾げ、サオリへと問いかける。

 

「リーダー、それは……?」

「私達が此処に来てから稼いだ報酬、日々の出費分を差し引いて、余ったの内の九割の金だ」

「残った一割は野営の準備とか、万が一の貯蓄に回す、そんなに多くはないけれど数日位なら何とかなる筈」

「きゅ、九割……? そ、そんな大金、どうするんですか?」

「無論――此処に置いて行く、書置きと一緒にな」

 

 毅然とした態度で告げ、サオリはデスクの中心に封筒を置いた。

 彼女達が稼いだ報酬、それは決して多くはないが少なくもない。特に四人全員が揃っているという事で日雇い労働の様な仕事は行わず、殆ど銃撃戦を行う様な危険な仕事ばかり率先して受けていた。

 その背景には彼女達の育った環境、マダムによる教育がある。スクワッド全員の中に、自分達に出来るのは戦う事だけだという意識が深く根付いているのだ。もし自分に価値があるとすれば、自身の最も優れた点は何かという問い掛けに対し、彼女達個々ならばまだしも、全員揃った今ならば『戦闘能力』と答えるだろう。

 スクワッドがそれ以外の道を知るのは――もう少し先の事だ。

 

「裏社会に於いては、『スジ』というものが大事らしい、これ程の設備を無償で使わせて貰ってはスジが通らない、私達がこうして全員揃って生きていられるのも、曲がりなりにもこうして働いていられるのも、全て先生のお陰だ……だからこうして、感謝の気持ちと対価を支払う、それが裏社会の流儀――らしい」

「まぁ、このセーフハウスを作った金額と比べれば微々たるものだろうけれど、何かの足しにはなるでしょう」

「な、成程、スジ……ですか」

「うん、そうだね、感謝の気持ちは大事だと思う」

 

 腕を組みながら最近知った裏社会の流儀を語るサオリ。基本的に根が素直な彼女は、「なるほど、そういうものか」と納得した事には倣う習性があった。特に社会の常識に疎い彼女は基本的に自身の知識を信頼しない為、多少大袈裟であっても疑わない。流石に過ぎたものはミサキによって矯正、或いは指摘されるが今回の件に限っては彼女も特に反対の意志も見せなかった。

 そしてそれは、ヒヨリも、アツコも同じである。

 

「ぅ、そ、そうですね、そもそも先生が居なければ、私達は……」

「そういう事だ、今後セーフハウスを利用した際は滞在中稼いだ九割をこうして先生に支払う――反対意見があるのなら、聞こう」

 

 サオリはそう云って皆を見渡すが、特に反論らしい反論は何もない。スクワッド全員が納得した様子で頷き、サオリは微笑みを浮かべた。

 

「……良し、なら明日の早朝に準備が整い次第此処を発つ、次に目標とする自治区は」

 

 そう口にして、サオリは懐から一枚の紙面を取り出す。それは皺が目立ち、多少汚れながらも大切に保管されている先生のメモ用紙。セーフハウスの位置情報が書かれたそれ、控えを取りながらもサオリはずっと肌身離さず持ち続け、紙面に書き込まれた行の一つを指差し、彼女は告げた。

 

「ミレニアム自治区だ」

 


 

 ヒナちゃんの悪夢が間に合わなかった……申し訳ねぇですわ。

 二日間隔更新だとやっぱりギリギリになりますわね。

 まぁ入れられなかった分は次話にズレ込んで文字数増えるだけなので問題でねぇですわ!

 多分次か、その次位でパヴァーヌ行きます事よ!

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。