箆露露様得点贈呈、特典手袋(右)三点也。
「……それでは、アビドス対策委員会の定例会議を始めます」
翌日、アビドス対策委員会部室にて。
一日休養を挟み、体力気力を回復させた対策委員会の面々は、いつも通り部室へと集まり定例会議を開いていた。以前からも時折開いてはいたものの、ヘルメット団への対処や補給物資の問題云々など、基本的にその場をどう凌ぐかの会議だった様で、今回からは進展が期待されているらしい。
司会を務めているアヤネは、こほんと一つ咳ばらいをして、扉の近くに座る先生を見た。
「本日は先生にもお越し頂いたので、いつもより真面目な議論が出来ると思います!」
「は~い☆」
「期待する」
「何よ、いつもは不真面目みたいじゃない……」
「うへ、よろしくねー、先生」
「うん、宜しく」
各々が定位置に座り、リラックスした状態で会議が始まる。先生も三日ぶりに十分な睡眠がとれたので、目元の隈は取れ心なしか血色も良く見えた。
「えっと、まずはアヤネちゃんから話があるんだっけ~?」
「はい、前回の戦闘でも思ったのですが、カタカタヘルメット団は不良集団にしては戦力を持ちすぎています、何台もの車両や弾薬、補給品もそうですが、特に戦車なんて代物、普通そう所有出来るものではありません」
「まぁ、そうだね」
「それで、前回の戦闘で破損した戦車の外装、部品の写真を撮影して、後から調べてみたんです、そうしたら彼女達の使用している戦車は、本来キヴォトスでは使用が禁止されている違法機種である事が判明しました」
そう云ってアヤネが端末をテーブルの上に置き、幾つかの写真を見せる。その写真はドローンで撮影したものらしく、斜め上や真上から撮影されたものが多かった。
「それは、つまり正規品じゃないって事?」
「はい、少なくとも各学園が正式採用している戦車では見られないものです、そうなると個人向けや、趣味での販売目的となる戦車となりますが、一般向けで販売されているあらゆる店舗を探しても、内部パーツに該当はありませんでした――つまり、あのFlak41は違法改造戦車です」
強い口調でそう断じるアヤネに対し、シロコは腕を組みながら疑問符を浮かべた。
「違法改造程度なら如何にも不良がやりそうな事だけれど……問題は、その内部パーツ?」
「はい」
アヤネは頷き、端末の画面をスライドさせ写真を切り替える。表示された写真には、複雑な機構を覗かせるエンジンらしき物体が映し出されていた。皆がそれを覗き込み、アヤネの言葉を待つ。
「私も余り戦車の構造に詳しい訳ではないのですが、ガスタービンエンジンと呼ばれるそうです、本来のFlak41には搭載されていないもので、燃費が非常に悪く、技術的なハードルが高いとか――ただ、その代わり加速性に優れ、比較的軽量で出力に優れるのだと聞きました」
「へぇ、因みにそのガスタービンエンジンっていうのは戦車専用のエンジンな訳?」
「いえ、主にヘリコプターなどを含む航空機の動力源として利用されています、所謂『ジェットエンジン』という奴です、ただ定期的なメンテナンスが必要不可欠で、時間とコストが掛かりますし、戦車用の代物となると数が少なく、比例して値段も高価になります――不良が保持するパーツとしては不適格です」
その言葉に、アビドスの生徒の顔に理解の光が灯った。高価で、メリットもあるがデメリットもあるエンジン。それも本来正規品ではない代物。改造なんてものは特段珍しくもないが、真っ当な手段で手に入らない様なものなら別だ。
「確かに、燃費が悪いなら燃料費だって馬鹿にならない、管理の手間もあるならメンテナンスをする人材だって必要、私が戦車を保有するなら燃料が安価でそこそこ動く動力源にする……最初からおかしい話」
「はい、まるで燃費周りの事は気にもしていないような選択ですよね」
「んー、確かに怪しいです」
「って事はなに、ヘルメット団にはパトロンが居るって事?」
「そうです、結論を云うと、不良達を背後から支援している【誰か】が居ます――この部品の流通ルートを割り出して、その存在を引き摺り出したいんです」
全員が、カタカタヘルメット団の背後に居る【誰か】を確信していた。アヤネはパーツの写真を指差しながら、力強く頷いて見せる。流通ルートを辿ればどこからそのパーツが流れて来たのか、そして金の流れも掴めれば財源も明らかになるだろう。百人規模のカタカタヘルメット団全員を養い、補給を請け負う様なパトロンだ。少なくとも個人ではない、恐らく企業かそれに準じる組織、アヤネはそう予想している。
「うん、わかった……それならじっくり調べてみよっか」
「危険ですが、何故カタカタヘルメット団はこうも執拗にアビドスを狙うのか、その理由も分かるかもしれません」
「賛成、手が必要な時は云って欲しい」
「はい、その時はお願いします」
賛成多数、アビドスの皆は背後関係を探る方針を固める。取り敢えず、これは時間が必要な事柄だ。メインに動くのはアヤネで、他のメンバーは必要に応じて協力する流れとなった。
「……さて、ならカタカタヘルメット団の背後関係に関してはこれで決定としよう、次の議題は?」
「あっ、えっと、では次の議題は――」
先生がそう促すと、アヤネは端末の画面を切り替え、指を立てたまま云った。
「学校の負債をどう返済するか――か、です」
途端、全員の目が輝く。今の今まで補給をどうする、ヘルメット団をどうする、という話ばかりだったので、漸くアビドスの根幹に関わる問題に取り掛かれると意気込んでいたのだ。「ご意見のある方は挙手を」、とアヤネが挙手を促せば、途端に椅子を蹴り倒す勢いで立ち上がった生徒がひとり。
「はい! はい!」
「はい、一年の黒見セリカさん、お願いします」
「……なんで、フルネーム? なんか変な感じするのだけれど」
「あはは、まぁ何というか折角の会議だし、そっちの方が気が引き締まるかなぁって……」
「いいじゃーん、おかたーい感じで、今日は珍しく先生も居るんだし?」
「ん、珍しくというより、初めて」
「ですよね! なんだか委員会っぽくてイイと思いま~す☆」
「はぁ……ま、先輩たちがそういうなら」
セリカが頬を掻きながら、しかし気を取り直してびしっと一本指を掲げる。その姿勢は真っ直ぐで、自身の意見に絶対の自信を持っている事が伺えた。
「対策委員会の会計担当としては、現在我が校の財政状況は破産寸前としか言いようがないわッ! このままだと廃校だよ、皆それは分かっているよね?」
「うん、それは当然」
「毎月の返済額は利息だけで七百八十八万円! 私達も頑張って稼いではいるけれど、正直利息の返済も追いついていないわ! これまで通り、指名手配犯を捕まえたり、苦情を解決したり、ボランティアをするだけじゃ限界! ――このままじゃ埒が明かないって事! だから埒をあけるために、何かこう、でっかく一発狙わないと!」
「でっかく……って、例えば?」
シロコが頭上に疑問符を浮かべれば、セリカは待っていましたと云わんばかりの笑顔で鞄を漁り、色鮮やかな一枚の紙――チラシを取り出した。
「これよ! 町で配っていたチラシ!」
「チラシ……?」
「どれどれー」
セリカがテーブルの上にそれを叩きつける様にして置けば、皆がそのチラシを覗き込む。セリカの表情は満面の笑みで、皆はチラシの文字をそっと目でなぞった。
「ゲルマニウム麦飯石ブレスレットで、あなたも一攫千金……」
ホシノの呟きが、音の消えた部室にそっと響いた。
「そうッ、これでガッポガッポ稼ごうよ!」
「………これは」
相変わらず何も疑っていないセリカの笑みに、チラシの内容を理解したアヤネの口元が引き攣る。他の面々も凡そ似たり寄ったりな顔をしていた。それに気付かず、セリカは自身のチラシを手に入れるまでの経緯を捲し立てる。
「この間、街で声を掛けられて説明会に連れて行って貰ったの、運気を上げるゲルマニウムブレスレットってのを売っているんだって!」
「運気……」
「そう、身に着けるだけで運気が上がるの! で、これを周りの三人に売れば――」
胸に手を当て、具体的な内容を口にしていたセリカは――教室内に蔓延する何とも言えない空気に気付き、ふと言葉を止める。見れば皆、何とも微妙そうな顔で自身を見ていた。その表面に現れる感情は、少なくとも良いものではない。
「……みんな、どうしたの?」
「却下~」
「えーっ!? 何で、どうしてっ!?」
ホシノがチラシを取り上げ、そう口にすれば慌ててセリカが食って掛かる。そんなセリカを宥めながら、アヤネはそっと告げた。
「セリカちゃん、これ、マルチ商法だから……」
「儲かる訳ない」
「へっ!?」
「そもそもゲルマニウムと運気って関係あるのかな……こんな怪しいところで、まともなビジネスを提案してくれる筈がないよ」
「そ、そうなの? 私、二個買っちゃったんだけれど……!?」
「セリカちゃん、騙されちゃいましたね、可愛いです☆」
セリカが鞄から、何とも言えない【それらしい】ブレスレットを取り出せば、ノノミがとどめの一言を告げる。段々と表情に不安の色が灯り始めたセリカは、ややあって漸く自身が騙されたのだと理解した。
「……!?」
「全く、セリカちゃんは世間知らずだねぇ、気を付けないと悪い大人に騙されて、人生取り返しの付かない事になっちゃうかもよー?」
「そ、そんなぁ、そんな風には見えなかったのに……せっかくお昼抜いて貯めたお金で買ったのにぃ」
「大丈夫ですよセリカちゃん、御昼、一緒に食べましょう? 私が御馳走しますから」
「ぐずッ……ノノミぜんぱぁい……!」
ブレスレットを鞄に放り、ノノミにぐずりながら縋り付くセリカ。そんな彼女の頭を撫でつけながら慰めるノノミは何とも言えない包容力に満ちている。アヤネはそんな二人を見つめ、それから気を取り直して声を上げる。
「えっと、それでは他にご意見のある方……」
「はーい!」
「……はい、三年の小鳥遊ホシノ委員長――ちょっと嫌な予感がしますが」
「うむうむ、えっへん!」
この委員会のリーダー、ホシノが元気に挙手をする。アヤネが俗に云うジト目というものでホシノを見やれば、分かっているのかいないのか、ない胸を張った彼女が口を開いた。
「我が校の一番の問題は、全校生徒が此処にいる数人だけって事なんだよねー、ぶっちゃけ生徒の数イコール学校の力、トリニティやゲヘナみたいに、生徒の数を桁違いに増やせば毎月のお金だけでもかなりの金額になるよ」
「えっ、そ、そうなんですか?」
「そうだよ~、だからまず生徒の数を増やす事からはじめてみない? そうすれば議員も輩出できるし、連邦生徒会での発言権も与えられると思う、だよね先生?」
「うん、まぁそうだね、連邦生徒会内部に元学園出身の生徒が居ると居ないでは大分話の通り易さが違うと思う、こういうのは余り大きな声で云えないけれど、誰だって自分の母校は贔屓したくなるものだから、学閥なんてものはその最もたるものさ」
「それは……鋭いご指摘ですが、でもどうやって……」
生徒の数を増やす――単純な数の力としてもそうだが、考えれば考える程メリットしかない。しかし、そもそも生徒を増やすという選択肢が思考に上らなかったのはそれ相応の理由がある。生徒を増やすというハードルが、アビドスにとって余りにも高いのだ。
この砂漠化したアビドスから生徒や住民が去って久しく、それを呼び戻すどころか、新規の生徒を迎えるのは至難の業。正直言って、アヤネにはその具体的な方法に見当もつかない。そう云って頭を悩ませれば、にかっと笑ったホシノが任せろと云わんばかりに胸を叩いた。
「簡単だよー、他校のスクールバスをジャックすればオッケー!」
「――えっ!?」
「登校中のスクールバスをジャックして、うちの学校への転入学書類にハンコを押さないと、バスから降車出来ない様にする! うへ~、これで生徒数がぐんと増える事間違いなーし!」
「――それ、興味深いね」
ホシノが冗談なのか本気なのか分からない表情でそんな事を宣えば、隣で聞いていたシロコが不意に一歩踏み出した。その顔には――やるなら是非自分も噛ませろという意思が見え隠れしている。
「おっ?」
「ターゲットはトリニティ? ゲヘナ? ミレニアム? 狙いを何処に定めるかによって、戦略を変える必要があるかも」
「えーっと、うーん、そうだなぁ……トリニティ? いや、ゲヘナにしよーっと!」
シロコの問いかけに、余りにも適当な決定を返すホシノ。慌ててアヤネが立ち上がり異議を唱える。
「ちょ、ちょっと待って下さい! そんな方法で転校とかアリなんですか!? というかそんなやり方をしたら、他校の風紀委員が黙っていませんよ!?」
「うへー、やっぱそうだよねぇ」
「やっぱそうだよねぇ、じゃありませんよホシノ先輩、もっと真面目にやって頂かないと――」
「――なら、私に良い考えがある」
先程、ホシノに賛成意思を見せたシロコが、不意に威風堂々とした恰好で宣言した。
「………」
思わず、アヤネの顔面が苦渋に染まる。それはもう、「絶対何か変な意見を出すに決まっている」という無形の信頼がそこにはあった。渋々といった様子でシロコを指差すアヤネ。当のシロコは眩いばかりの輝きを瞳に持っていた。
「……はい、二年の砂狼シロコさん」
「銀行を襲うの」
「はい!?」
予想を一段どころか二段、三段超える形で出された突拍子もない提案に、アヤネの顔色が真っ白になった。シロコは得意げに頷きながら、自身の温めていた計画を明かす。
「確実かつ簡単、ターゲットも選定済み、市街地にある第一中央銀行が狙い目、金庫の位置、内扉開錠用のサーマル、金庫扉開錠用IDキーを持っている責任者の情報、警備員の動線、通報システムの遮断方法、監視カメラ映像のジャック手段、現金輸送車の走行ルートに逃走手段は事前に用意・把握しておいたから」
「えっ、は!?」
「五分で一億は稼げる、はい、これ覆面」
アヤネの反応も何のその、用意した紙袋の中から覆面を取り出したシロコは、テーブルの上に番号の割り振られた色とりどりの覆面、目出し帽を並べる。枚数は五枚、ピンク、青、緑、赤、黄色の順で重なっていた。それを見たアヤネが、この人本気だと顔を引きつらせる。
「い、いつの間にこんなものまで……」
「うわー、これシロコちゃんの手作り?」
「わぁ、見て下さい! レスラーみたいです!」
「………」
ノリ気なのか、それとも単純に遊び半分なのか。ノノミは「3」と書かれた緑の覆面を被り、きゃっきゃと燥いでいる。シロコも「2」と書かれた青の覆面を被ると、ふんと誇らしげに鼻を鳴らした。
ホシノは「1」と書かれた覆面を手に取り、面白そうに笑っている。
「いやー、いいねぇ、人生一発でキメないと、ねぇ、セリカちゃん」
「そんな訳あるか! 却下、却下―ッ!」
「そ、そうです! 犯罪はいけませんっ!」
「………」
「そんな膨れっ面しても駄目なものは駄目です、シロコ先輩!」
流石に、銀行強盗を許容する訳にはいかない。シロコの案もあえなく却下となり、会議は踊れど進まなかった。全員が着席し、アヤネが頭を抱えながら呟く。
「皆さん、もう少し、こう、まともな意見を――」
「あのー! はい! 次は私が!」
「はい……二年の十六夜ノノミさん、犯罪と詐欺は抜きでご意見をお願いします……」
残った最後の生徒、ノノミが相変わらず温厚な笑みを浮かべながら手を挙げれば、アヤネは一抹の希望を抱いて彼女を指名した。
「はい! 犯罪でもマルチ商法でもない、とってもクリーンかつ確実な方法があります!」
「へぇ、それはどんな~?」
「アイドルです! スクールアイドル!」
「あ、アイドル……?」
思っても居なかった方向の提案に、アヤネを含むアビドスの皆が戸惑いを見せる。そんな彼女達を見据えながら、ノノミは自身の描くプランを語って聞かせた。
「そうです! アニメで観ました、学校を復興するのに定番の方法はアイドルです! 私達が全員アイドルとしてデビューすれば……」
「むむッ!」
「却下」
先生が反応するも、空かさずホシノが却下の声を上げる。ノノミは意外そうにホシノを見ると、首を傾げた。犯罪性もない、詐欺でもない、皆の出した意見の中では比較的クリーンでまともな意見ではある。尤も、比較対象が酷過ぎるという点はあるが。
「あら、これも駄目なんですか?」
「なんで? ホシノ先輩なら特定のマニアに大ウケしそうなのに」
「うへー、こんな貧相な体が好きって云っちゃう輩なんて、人間として駄目っしょー、ないわー、ないない」
「決めポーズも考えておいたのに……」
そう云うと、ノノミは自身の端末を内カメラにしながらピースをしてポーズを決める。
「水着美少女団のクリスティーナで~す♧」
「どういう事なの」
「ちょっと! 水着少女団って名前なの!? 嫌よ、だっさい!」
「えー、徹夜で考えたのに……」
セリカの辛辣な言葉に、ノノミは肩を落とす。本人としてはそれなりに本気だったらしい。
此処に、生徒全員の意見は出尽くし、そして結局何一つ決まっていないという事実だけが残った。
「あのぅ……議論が中々進まないのですけれど」
「もう先生に任せちゃおうよ~、先生、これまでの意見の中でやるならどれが良い?」
「えっ、今までの中から選ぶんですか!? も、もう少し真面な意見を出してからの方が――」
「大丈夫だよー、先生が選んだものなら間違いないって」
「ちょ、ちょっと待って下さい、何でそう言い切れるのですか!?」
アヤネが引き留めようとするのも構わず、全員が先生を見る。彼女達はずいっと先生に身を乗り出すと、口々に自身の望む案を押し出した。
「まさかアイドルやれなんて言わないわよね?」
「アイドルでお願いします☆」
「………(無言で覆面を被る)」
「私は――」
先生は数秒、考え込む素振りを見せる。計画の妥当性、万が一の挽回方法、得られるメリットに対するリスク。それらを総合的に計り、最後に自身の性癖を付けたした結果――先生の目がカッと見開かれた。
「私が――プロデューサーだッ!」
椅子を蹴とばし、立ち上がる。
その天に轟かんばかりの熱烈な宣言に、アヤネは思わず声を荒げた。
「えぇっ!? ほ、本気ですか先生!?」
「いや、だってバスジャックと銀行強盗に比べれば、まだアイドルの方が全然マシかなぁって、先生としても犯罪行為は見逃せないし……」
「あ、いや、それはそうですが、い、いや、でもですね……!」
「あと、単純に私が皆の水着姿が見たい」
「先生ぇッ!?」
このプランを選んだ理由は、計画の妥当性、失敗した場合の挽回方法、メリットとリスク、それらが凡そ一割、残り九割は先生の性癖で構成されている。先生は実に良い笑顔で親指を立てていた。
「えー、何、先生、皆の水着姿が見たいの? それって教職者としてどうなのかなぁ」
「先生は生徒に嘘を吐かないと決めたんです、特に性癖周りに関しては」
「それは駄目じゃない? 色んな意味で」
そんな事はない、先生は首を横に振った。だって水着を見たいという言葉に嘘は無いのだ。教師だろうと何だろうと、そこは譲れない。ただ真摯なまでに先生は生徒達の水着が見たかった、とても見たかった、大の大人が地団太を踏んでも見たいという痛烈な意思がそこにはあった。
しかし、ふと先生はある事に気付く。
「いや、でもなー……皆の水着を不特定多数に見せるのは何かなぁ、嫌だなぁ、私の前だけで見せるとかは駄目かなぁ? どう思うホシノ? 先生の前だけで水着ショーとかやってくれる?」
「趣旨が変わっちゃっているよぉ~」
「私は別に構いませんけれど☆」
「少し恥ずかしい」
「えっ、え? 何、噓でしょ!? やらないよね? ね?」
「………」
先生が皆にお伺いを立てると、ホシノは「うへー」と云ったまま机に伸びている。シロコ、ノノミは先生が見たいならと賛成気味。セリカは、「嘘でしょう? 何云ってんのこの人達」と顔を赤く染めていた。
そんな皆を見ていたアヤネは、遂に小さく肩を震わせ、手元にあったセリカのチラシを力一杯握り締めた。くしゃりと、チラシは折れ曲がる。
「い――」
「い?」
「いい加減にして下さいッ!」
この後、先生は地獄と天国の境目を垣間見た。
次回、便利屋とラーメンを啜ります。
アル社長が離席した瞬間に七味一本スープに溶かして、戻って来たアル社長が「あら、こんなにスープ赤かったかしら……?」と首を傾げた所に、「底に溜まっていた分が溶けたのでは?」とか適当な事云って、「ん~、それもそうね」とペカーとした笑顔で麺を啜った後に「ぶぼッ! かかかか、かっらあぁァ!?」って白目剥いた社長を写真に収めて便利屋事務所に飾ってあげたい。
ヒナにデートいこ~! って誘ってアルが留守の間に便利屋の事務所に一緒に行って、帰って来たアルが「あら、先生来てい――ふふふ、風紀委員長ぉぉおお!?」ってなるリアクションをビデオカメラで収めてMetubeにあげたい。その後ヒナにパフェ奢ってお昼寝に子守歌までしてあげるんだ。可愛いね。
「――この世界には、美しいものが沢山あります!」
純真無垢で、何と穢れが無い事か。アリスはきっとどこまでも素直で、ひたむきで、健気で、だからこそ残酷なんだ。ある意味、最も予測が付かないキャラの一人でもある。アリスにとっては世界のあらゆる事が未知の体験だと思う。それは慣れたゲームでさえ、ジャンルという枠を超えれば体験は無数に広がる。
ちょっとした食事の味に驚いて欲しい。甘いものを食べて、「アリス、これ好きです!」と笑って欲しい。苦いものを食べて、「あ、アリス、これはいらないです……」とにがーっ、という顔をして欲しい。辛いものを食べて、「アリス、み、水が、水が欲しいですッ!」って慌てて欲しい。色んなものを食べて、色んな味を知って欲しい。
一緒にスポーツを体験して、その肉体強度を見せつけて欲しい。実は泳ぐのが苦手で、水に苦手意識を持っていたりして欲しい。陸上競技や球技では圧倒的な性能を誇るアリスが、水泳になった途端、「あぶぶぶぶ」と云いながら垂直に沈んでいきそう。それを見て先生やゲーム部が慌てて引き揚げるんだ。
ゲーム部や先生と一緒にショッピングに行って欲しい。可愛い服を買おうと意気込む先生に、「防御力が低そうです! こっちにします!」と云って防弾チョッキを差し出したりするんだ。皆でファッションというものを力説し、けれどよく考えれば自分達も服を買うよりゲームを買っていたじゃんと気付き落ち込んで欲しい。
偶にはゲームだけじゃなく、アニメや映画を見たり、漫画を読んだり、それが転じて読書好きになったりして欲しい。世界を感じる方法は一つだけじゃないんだと、アリスはきっと目を輝かせながら、様々な体験をしていくんだ。
ほんの小さな子どもが、一歩ずつ大きくなっていくように、先生に手を引かれながら、毎日少しずつ経験値を積んでいくアリス。他人にとっては何でもない、ごく平凡な一日が、彼女にとってはとても大切な、黄金にも勝る体験なんだ。
お出掛けの後、夕日が見えるくらいまで遊び倒して、ゲームセンターで白熱したり、コンシューマー周りの機器を買い込んだり、漫画やアニメを買い漁ったり、そんな一日を振り返って、「楽しかったぁ」と零しながら皆に、「また行きましょう!」と笑いかけて欲しい。
彼女は色んなことを学び、理解していくんだ。
でもきっと、彼女は本当の意味で『死』を理解する事が出来ないと思う。
楽しい体験を、嬉しい体験を、歓喜の感情を皆と過ごす内で理解して、悲しいという感情を強く体験してこなかった彼女は、きっと先生がキヴォトスを裏切り、ゲーム部が決死の覚悟でシャーレ側に付いた時でも、理解出来ないでいる。
かつて共に様々な事を学んだミレニアムの友人たちが、今にも泣きそうな顔で自分達と先生を攻撃してくる。その理由も、動機も分からないアリスは戸惑いながら攻撃を躊躇う気がする。何で自分達が戦わなくちゃいけないのか、どうしてそんなにも辛そうな顔をするのか――訓練や遊びではない、本気の殺し合いにアリスは胸をざわめかせるんだ。
楽しいでもない、嬉しいでもない、妙に胸がざわついて、ちくちくして、嫌な感じ。
日に日に激しくなっていく戦火、その中でずっと嫌な感情に浸ったままのアリス。
世界は美しいもので満ち溢れている筈だと、そんな中でも繰り返し、繰り返し、言い聞かせる。いつかきっと戻れるはずだと、あの黄金の日々に、優しい日々に、きっと。
そして先生が目の前で射殺された時、アリスは漸くその感情の一端を捕まえるんだ。
度重なる攻勢に押され、シャーレ目前まで押し込まれた戦況。出せる戦力を全て出し切り、先生はゲーム部を引き連れて戦線に出るんだ。相手方の生徒からしても、先生は可能な限り生きたまま捕縛、拘束するのが理想。しかし、流れ弾や跳弾なんていうのは予測できないし、仮に予測出来たとしても、先生にそれを避けるだけの身体能力はない。
運悪く、本当に運悪く――後方に下がっていた先生の胸に、跳弾したライフル弾が直撃する。心臓は骨と弾丸に挟まれて圧壊し、先生は驚愕の顔を張り付けたまま後方へと体を流す。後方支援担当のアリスは、きょとんとした顔で、崩れ往く先生を見る。まるで、何が起こったのか分からないと云った風に。
先生の声が不意に途切れ、ゲーム部の皆が振り返り、その光景を見る。先生が鮮血を垂れ流し、倒れ伏す瞬間だ。思わず絶叫し、涙を流しながら先生に駆け寄る中で、アリスだけは倒れ伏した先生を、変わらず無機質な目で見るんだ。知識で知っていても、理解するとは別だから。
ミドリやモモイが倒れ伏した先生を泣き叫びながら引き摺って後退し、ユズが彼女らしからぬ叫びを上げながら憤怒の形相で銃を構える。
アリスはただ、そんなみんなを見て、胸の中で巻き起こる妙な感情に翻弄され続けるんだ。
先生射殺の報を聞き、反動で足が乱れた相手方。一時的に敵の猛攻を凌いだゲーム部は、きっと先生の亡骸に縋りながら嗚咽を零すと思う。誰も何も言えずに、ただ先生の服にしがみ付きながらぼろぼろと涙を零すんだ。
そんな仲間達を見ながら、アリスは云う。
「――蘇生アイテムを探しましょう!」
その言葉を聞いた皆が、呆然とした顔でアリスを見る。アリスはいつも通り、ぺかーっとした笑顔を浮かべながら、そういうんだ。
きっと最初、彼女達は何を云われたのか分からないとばかりに、「そせい、アイテム?」と繰り返す。それにアリスは強く、「はい!」と返しながら、何の悪気も、悪意もなく、それがさも正しい事の様に続けるんだ。
「アイテムがなくても、魔法があれば大丈夫です! 蘇生魔法を使える僧侶さんか、教会を探しましょう!」
「あ、アリスちゃん、何を……何を云っているの?」
「――先生を復活させる方法です!」
その言葉にきっと、ゲーム部の皆の表情は一変すると思う。抱くのは怒りか、憐れみか、それともそれを上回る悲哀か。きっとゲーム部の誰かが、涙を流しながらアリスに掴み掛かり、「アリスちゃん、死んだ人間は生き返ったりしない……もう、先生は、復活何てしないんだよ!」って云うんだ。
けれどアリスは不思議そうに、「嘘です!」って云うんだ。ボロボロと涙を流しながら、皆がアリスに先生の死を伝えようとする。けれどアリスは笑顔でそれらを否定し、微動だにしない。段々と先生を殺された憎悪と後悔と悲しみ、それを理解しないアリスに腹が立って、彼女達は声を荒げるんだ。
「ゲームと現実は違うの! 理解してよッ!」
そう叫ばれたアリスは一瞬面食らったように目を見開き、それから数秒考え込むと思う。けれど結局、彼女の意思は変わらなくて、皆の反対を振り切って死体となった先生を担いでシャーレを飛び出すんだ。
「先生がもう動かない何て嘘です、アリスは知っています、この世界には魔法があるんです、きっと秘密のアイテムや、蘇生の魔法が隠されています! そういうアイテムや魔法は貴重ですからね! どこかアリスも知らないような場所に、ひっそりと保管されているんです!」
強力な門番やレアモンスターが守っている場所が怪しいんですよ! そう云っていつも通り、何て事のない笑顔を、無垢な表情を、もう動かない先生の骸に向けるんだ。何処にも存在しない、先生を蘇らせる術を探して、彼女はキヴォトスを走り続けるんだ。
アリスは本当の意味で現実とゲームをごっちゃに考えたりしない。ゲームはゲーム、現実は現実と理解している。けれど、自分の胸の中に在る、嫌な感情が、先生の死を認めた途端、何か、強大なうねりとなって自分を覆いそうで、いつまでもその事実を認められないでいるんだ。
先生を救う術はある、先生は自分に魔法を掛けてくれた、だからきっと、この世界には奇跡も魔法も存在する。それがあれば先生はもう一度自分達に微笑み掛けてくれる。そう言い聞かせる事で、自分が自分でなくなってしまう事を防いでいるんだ。
彼女が本当の意味で先生の死を理解するのは、恐らく機能停止間際か、或いは先生の体が腐敗しきった後か、キヴォトス全てを探し終わった後か。もしかしたら彼女は、それでも先生の死を認めないかもしれない。
エデン条約で先生が云ったように、死体と思えば死体になる。けれど
彼女にとっての
先生と一生一緒(物理)なアリスちゃん可愛いね。「先生、お腹空いていませんか?」と云いながら動かない先生の口元にパンを押し付けるアリスちゃんとか想像するだけで可愛さ百倍ワンパンマン。うぅ、アリスちゃん、先生腐るとこみてて……。
取り敢えず先生を長持ちさせるように
あ~、アリスちゃんと一緒にうたた寝している最中に、「じゃ~ん、実はドッキリでした~」って先生に云わせてぇ~。
さっきまで冷たかった先生が人肌の温もりに戻って、唐突に先生が復活したのを目撃したアリスはきっと、面食らって暫く何も言えないんだろうなぁ。信じられないような目で先生を見て、それから恐る恐る先生の頬に触れて、何度も何度もその表面を摩って、それから段々と満面の笑みを浮かべるんだ。
「あ、アリス、信じていました! 先生が死んでしまう筈がないんです! 勇者は何度でも蘇るんです! アリス、知っていましたから!」
そう云って先生の胸に顔を埋めて、強く抱きしめて、何度も何度も顔を擦りつけるんだ。流れた涙を見せない様に、やっぱり世界は美しいもので一杯なんだって、安堵と希望と歓喜で胸は一杯になるんだ。
その後、ふっと目を覚まして、路地裏で先生を抱えたまま寝転がっている自分を自覚させてぇ~。
自分に凭れ掛かる様にして眠る先生は相変わらず冷たくて、アリスは先程までの光景を思い出しながら、「せんせ?」と呟くんだ。
もう一度彼の頬を摩るも、其処には先程まであった筈の熱は無くて、アリスはきっとあの光景が夢だったと気付く。
そして彼女は顔を歪ませるでもなく、泣き喚くでもなく、暫くそうやって先生の頬を撫でて、不意にぽろりと涙を一粒だけ流すんだ。
多分、先生を背負って始めた旅で――一番心が折れそうになった瞬間だと思う。
けれど、ぐっと唇を噛んで、袖で目元を拭って、アリスは先生を背負い歩き出すんだ。
奇跡も魔法もあるんだって、先生は絶対に死んだりしないって。先程の光景を本当の光景にする為に、何度も何度も、信じる心を擦り減らしながら。
起きないから鬼籍って云うのにね。