今回は約一万二千字ですの。
【第二十五話】
「おらおらッ! こんなモンじゃねぇだろう!?」
「ぐ、ぅッ――!」
C&Cリーダー、ネルと突発的な戦闘に突入したゲーム開発部。四対一という状況でありながら、彼女達は現在進行形で苦戦を強いられていた。
アリスの構えるスーパーノヴァ、その表面装甲をネルの放った弾丸が強かに叩く。銃声と着弾音、暗闇に瞬くマズルフラッシュがアリス達の網膜を焼く。その闇の中でネルの眼光が赤く煌めいていた。尾を引く軌跡がアリスを取り囲み、光の剣を抱えるアリスの腕が震える。
「てめぇの武器は確かに強い、火力も範囲も大したモンだ……だがな、だからこそ弱点も分かり易い!」
「じゃ、弱点……?」
「一つ目は取り回しだ、デケェ分懐に飛び込まれたら銃口を相手に合わせるのに苦労するだろう!?」
アリスの扱う
「二つ目は爆圧! 火力も範囲も馬鹿にならねぇ分、自爆しねぇように一定以上の距離がねぇと撃てねぇ!」
「あぐッ!?」
回り込んだネルの至近距離で放った弾丸、アリスは辛うじて反応し光の剣を盾とする。しかし数発の弾丸が彼女の防御を抜け、脇腹を叩く。思わず蹈鞴を踏んだ彼女に対し、ここぞとばかりに攻勢を強めるネルは構えた光の剣を蹴り飛ばし、空中で弾倉を取り外した。
「そして三つ目! チャージに時間が掛かる! ある程度溜めねぇと碌に射撃も出来ねぇ、一度詰められちまえば殆ど完封されちまう! 今みてぇになッ!」
「っ、ぅ……――!」
「――そして、この間合いであたしに勝てる奴なんざ、キヴォトスに於いて一人も存在しねぇッ!」
「あ、アリスッ!」
正に一方的な攻撃。
光の剣を盾にして必死に耐えるしか出来ないアリスに対し、ネルの猛攻は続いて行く。モモイは居ても立っても居られず、覚悟を決めると銃口をネルへと向けた。アリスに張り付く様な立ち回り、
「こ、このッ!」
「はッ、見えてんだよッ!」
しかし、その攻撃さえネルにとっては予期出来たものらしい。
モモイが引き金に指を掛けた瞬間、視界に走るアラート。だがネルの銃口は自身に向いていなかった。故に彼女の反応は遅れ、攻撃はモモイに直撃する。
「いッ!?」
思考に気を取られた一秒足らずの時間、その合間にモモイは強烈な打撃を頭部に受けた。ガツンと、頸から上が吹き飛んだと思う程の衝撃、鈍痛、堪え切れず転倒し床の上を滑り、抱えていた銃が脇へと転がる。痛みを発する頭部を抱え、苦悶の声を漏らすモモイ。
「いっ、たぁ……! な、何? 弾丸は、飛んで来なかったのに……!?」
「鎖だ、モモイ!」
「く、鎖――?」
先生の声にモモイが視線を上げれば、愛銃同士を繋ぐ鎖を靡かせ、手足の様に操るネルの姿があった。それなりの長さを持つ鎖は唸る様に宙を舞い、時には相手を拘束する道具、時には殴打の武器、時には弾丸を防ぐ盾にもなる。ネルはそれを十全に扱い、手札の一つとしていたのだ。
「あ、あれってアクセサリーじゃないの……!?」
「カッケェのは大事だぜ? だが、使いこなせりゃもっとイカすだろう!」
「ユズ!」
「は、はいっ!」
自身を囲う様に靡く鎖を鳴らしながら破顔するネル、先生は彼女にマーカーを設定しユズの名を呼んだ。意図を察したユズは即座に構え、発砲する。常の銃声とは異なる異質な発砲音、ネルは飛来する影に気付き――しかし避ける事も、迎撃する事もしない。
寧ろ自ら駆け出し、飛来する弾頭へと気にせず突っ込んだ。
「っ……!?」
着弾――炸裂。
爆音が周囲に鳴り響き、風圧と爆炎に目を細めるアリス、モモイ、ミドリの三名。そんな中炎を切り裂き、獰猛な笑みを浮かべながら駆けるネルはユズへと肉薄する。
――これでも止まらないか。
先生は思わず顔を顰め、ユズは自身の攻撃を受けて尚、欠片も堪えていない様子の相手に思わず悲鳴染みた声を上げる。
「ちょ、直撃したのにっ!?」
「ははッ、この程度であたしを止められると思ってんじゃねェぞ!?」
「ッ、ユズ、回避を――!」
爆炎を裂き迫る影、至近距離での撃ち合いでユズが彼女に勝る点は一つとして存在しない。互いの銃、その相性もあるが白兵戦に縺れ込めば単純な技量と身体能力が物を云う。故にこそ先生は後退を指示したが――ユズは怯えと恐怖を滲ませた表情で、しかし敢えて一歩を踏み出した。
「っ、うわぁあッ!」
「あ――?」
愛銃を足元に投げ、両手を突き出しながらネルの方へと飛び込むユズ。同時によもや突っ込んで来ると思っていたネルは面食らい、ユズの突進を正面から受ける。しかし彼女の体重、力ではネルを押し倒すどころか一歩後退させる事も出来ず、僅かな振動に体を揺らすのみ。
一体何を――ネルが疑問と呆れを含ませた表情でユズを見下ろせば、彼女は涙の滲んだ目元をそのままに震える腕でネルを精一杯拘束し、比較的近場に居たミドリへと叫んだ。
「ッ、ミドリッ!」
「っ、ごめん、ユズちゃんッ!」
ミドリは即座に彼女の意図を理解した。ユズが拘束し稼いだ時間、恐らく二秒にも満たない。しかし狙い撃つには十分な時間。ミドリは素早く屈んで愛銃を構えると、ネルの頭部にレティクルを合わせ――発砲。
銃声が轟き、閃光と共に放たれた弾丸はネルの頭部を確かに弾き上げた。鎖が鳴り、ネルの足が一歩退く。
「あ、頭に直撃したっ!」
「これなら……!」
「――まだだッ!」
ミドリの扱うライフル弾、7.62mmが無防備な頭部に直撃した。通常の生徒なら一発で昏倒してもおかしくはない、そうでなくとも何らかのダメージはある筈――そう期待したゲーム開発部に対し、先生は即座に否定を口にする。
「へぇ――悪くねぇ一発だ」
「ッ!?」
そして事実、ネルは僅かも堪えた様子を見せない。額に滲んだ微かな赤み、それが唯一の着弾痕である。ネルを拘束したユズは頭部を弾かれても尚、全く揺らぎのないネルを見上げ血の気の失せた顔を晒す。
ネルは怯え、竦んだユズを見下ろしながら息を吸い込むと、足を後ろに引きながら強烈な膝蹴りを彼女の腹部に叩き込んだ。衝撃でユズの身体が一瞬、浮き上がる。
「ぅぐッ!?」
ミシリと肉を打つ打撃音、骨の軋む音をユズは自身の身体から聞いた。意思に反してネルを拘束していた腕から力が抜け、身体が硬直する。
「ハッ、良いガッツだったぜ、おでこ――中々根性あるじゃねぇか、あんた!」
土壇場の状況で根性を見せたユズに称賛の言葉を掛けながら、腹部を抑え体を折り曲げた彼女を後方へと投げ飛ばす。地面を転がり、苦悶の表情を浮かべながら床を転がるユズ。
「ごほっ、げほッ……!」
「ユズ……!」
先生は倒れ伏したユズ、彼女の脇の下へと腕を差し込み、そのまま引き摺って後退する。ユズは自身の腹部を抑えながら涙を浮かべ、痛みにぐっと耐えていた。
「っ、はぁ――ッ!」
「おっと」
回収されていくユズを感心した様子で見送ったネル、その背後からアリスが光の剣で以て殴りかかる。大振りのそれをステップを踏んで回避するネル。床に激突した光の剣は表面を粉砕し、タイルを拉げさせた。
「はっ、その馬鹿デケェ銃を振り回せんのか、とんでもねぇ馬鹿力だな……!」
「っ、これ以上アリスの仲間を傷付けさせません!」
「お姉ちゃんっ!」
「ッ、分かってる……!」
果敢に挑むアリスがネルのヘイトを買い、ミドリ、モモイが隙あらば銃撃を加え体力を削る。背後に突き刺さる幾つもの弾丸、チャージを諦めたのか光の剣を鈍器として振るうアリス。その戦い方は粗削りで、隙も多く近接戦闘としては下も下。唯一評価できる点は膂力、真面に受ければ諸共吹き飛ばされるだけの威力はあるが――。
彼女達の立ち回りを観察し、ネルは一度大きく距離を取る。空振りしたアリスの一撃が重々しい風切り音を鳴らし、振り抜いた光の剣が床の一部を削り取った。
「中々どうして悪くねぇ連携だ、戦い方に関しては色々云いてぇ事もあるが、全体的な戦闘力に関しては
愛銃で肩を叩きながら呟くネル。総評としてゲーム開発部の戦闘能力は決して低くない、ミレニアム内部でも上位に食い込む実力はある原石達だ。
しかし、先生による戦闘支援込みでコレならば、予想以上という程ではない。何より足を引っ張っているのがゲーム開発部の身体能力、射撃精度、戦闘に於ける練度全体。基本的に戦闘より技術的な面に重きを置くミレニアムに於いて、それは決して珍しい事ではないのだが……アリスを除いた三名の身体能力は、平均的な域を出ない。
――この程度でC&Cの守りを抜けたとは到底思えねぇ、単なる
アスナを一発で戦闘不能にしたというアリス。セミナーのユウカ、アカネとカリンのタッグを崩したという一戦。その光るものがこの戦いで目に出来れば良いと思っていたが、どうにも不完全燃焼に傾きつつある。
動きを止め、此方をじっと見つめるネルに対し、アリスは光の剣を構えながら傍に居るモモイ、ミドリ両名に告げた。
「……モモイ、ミドリ、先生の所まで下がっていて下さい」
「あ、アリスちゃん?」
「アリス、何か作戦でもあるの……?」
「はい――とっておきのものが一つ」
二人の問い掛けに対し、アリスは自信満々に告げた。彼女の表情は凛々しく、少なくとも嘘には思えなかった。二人は顔を見合わせると、小さく頷いてアリスの後方へと回る。それはアリスへの信頼から来る行動だった。
「先生、皆をお願いします」
「……分かった」
ユズ、ミドリ、モモイを先生に任せたアリスは、盾にするようにして構えていた光の剣を抱え上げ、その銃口を僅かに下げる。まるで巨大なランスを扱う様な恰好で、アリスは叫んだ。
「――行きますッ!」
宣言すると同時に急速チャージを開始、唸りを上げる光の剣。重低音が鳴り響き、限界までチャージ速度を高めた影響か青白いスパークが光の剣より漏れ出る。光はアリスの姿を暗闇の中で浮き彫りにし、青い瞳がネルを捉えた。
そしてアリスは光の剣を突き出しながら、ネル目掛けて床を力強く蹴る。
「魔力充填――三十、四十ッ!」
「へぇ、自分から距離を詰めて来るのかよ? だが、それは悪手だろうッ!」
「ぐッ、いいえ、そんな事は、ありません……!」
恰好の的だと云わんばかりに愛銃を突き出し、発砲するネル。何の工夫もなしに、直線的に駆けるアリスは雨の様に降り注ぐ弾丸を真正面から受ける。咄嗟に腕で顔面をガードし、光の剣はチャージを続行。急速チャージを途切れらせないよう、限界まで盾にする事は避ける。
「ハッ! これだけ浴びて怯まねぇか! 良い根性だ、チビ!」
「アリスは、勇者ですっ!」
そして無数の弾丸を潜り抜け、遂にクロスレンジへと到達するアリス。チャージを完了した光の剣を全力で突き出し突進する彼女に対し、笑みを浮かべながら前蹴りを放つネル。金属特有の反響が耳に届き、ネルは突き出された光の剣を全力で踏みつけた。銃口は床に突き立てられ、無防備なアリスに向けてネルは二つの銃口を突きつける。
無謀な突進を敢行した彼女に対し、ネルは感心とも呆れとも取れる言葉を漏らした。
「度胸は認めてやる、だがチャージした所で、どうやってあたしに砲撃を当てるつもりだったんだ? 防ぐので手一杯のてめぇが、この距離であたしを捉えられると本気で思ったのか?」
「いいえ、照準は既に合わせてあります――!」
「んだと?」
銃口を突きつけられ、光の剣はネルの足に押さえつけられている。
だがそれで良い――既に照準は合っている。
その言葉に眉を顰めるネル。最初は虚仮脅しか、単なる虚勢かとも思った。しかし自身を見上げるアリスの瞳に諦観や絶望はなく、暗闇の中でも爛々と輝く光がある。踏みつける光の剣、その銃口が向かっている場所、それらを一瞥したネルの脳裏にある一手が浮かんだ。
「……まさか」
「充填率――百パーセント、発射準備完了っ!」
アリスの手の中で光の剣が唸りを上げる。攻撃を捌きながら溜め切ったチャージ、そして銃口が向く先は――ネルの足元。
今ここで発射すれば、どうなるかなど火を見るよりも明らか。その決断にネルは思わず声を荒げる。
「ばッ、正気か!? このまま撃ったらてめぇも……!」
「これがッ、アリス生まれて初めての――自爆ですッ!」
最初から狙いはこれ一つ。
攻撃を当てられないのなら、確実に当てられる状況を作る。
無論、この場所でフルチャージの光の剣を発射すれば攻撃範囲に自分も含まれるだろう、しかし問題ない――自身の
驚きで目を見開くネルに対し、最後にアリスは挑む様な笑みを零し――叫んだ。
「光よーッ!」
直後、二人を包み込む巨大な爆発。
アリス渾身の自爆攻撃。
青白い光が視界一杯に広がり、炸裂、フロア全体を揺るがす様な振動と爆音が鳴り響く。背後に居たゲーム開発部は先生に抱き着き、先生もまた生徒達を掴みながら地面に伏せる。粉砕され、風圧に吹き飛ばされた石片が幾つか背中を叩き、やがて振動と爆発は徐々に収まった。
「っ、先生……!」
「私は、大丈夫っ! アリスとネルは――!?」
地面に伏せた先生は掴んだ三人の無事を確認し、爆炎と蒸気、そして粉塵の舞う爆心地に目を向ける。慌てて駆け寄ったゲーム開発部が見たものは、爆発によって粉砕され崩れ落ちたフロアだった。
「ゆ、床が完全に壊れて……」
「下まで完全に貫通しちゃっているじゃん……!」
アリスのスーパーノヴァ、その砲撃は周辺の床を完全に破壊し、階下まで貫通してしまっていた。漂う塵を手で払い除けながら、皆は薄暗い階下を覗き込みアリスを探す。
「――ぅ、ぐ」
「居た! 居たよっ!」
「あ、アリス!」
「アリスちゃん……!」
空いた巨大な穴、そこから階下を覗き込んだゲーム開発部の視界に、瓦礫に乗り上げたアリスの姿が映った。幸い、崩れた瓦礫に圧し潰される事はなかった様で、現在ゲーム開発部のいる階層と、階下を繋ぐ様にして崩れた瓦礫の上に彼女は横たわっていた。
傍には光の剣も転がっている。アリスは彼方此方煤け、傷付いた腕を伸ばし皆に助けを求めた。
「に、肉体損傷七十三パーセント……こ、後退を、望みます」
「私がアリスを背負う、ネルが攻勢を仕掛けて来る前に撤退しよう……!」
「分かりました――お姉ちゃん、
「えっ、私達で運ぶのッ!?」
「当たり前でしょう!?」
「わ、私も手伝う……!」
先生は素早く瓦礫を伝ってアリスの傍まで駆け寄ると、そのままシッテムの箱を懐に仕舞って彼女を背負い上げる。残った面々は光の剣を運搬する為に三人がかりで飛び出し、瓦礫と一緒に転がっていた光の剣をどうにかこうにか元の階層へと引き上げた。通常状態でも百キロを超える光の剣は、インドア派である彼女達の筋肉を大いに苦しめる。
「ごめん皆、重いとは思うけれど頑張ってくれ――!」
「だ、大丈夫、です……!」
「んぎっ、お、重っ……!?」
「き、筋肉痛確定だけれど、い、急いで……!」
アリスを背負って先頭を駆ける先生、その背後に光の剣を担いだ三人が続く。ネルが再び立ち上がる前に撤退を開始したゲーム開発部は、そのまま暗がりの中に姿を消した。
ゲーム開発部が爆心地を離れて数十秒後、階下に埋まった瓦礫の一つが揺れ動き、その下から指先が顔を覗かせる。
「っ、邪魔くせぇ、なッ!」
自身の身の丈を超える瓦礫を渾身の力で跳ねのけ、確りとした足取りで立ち上がるネル。制服に付着した汚れを手で払うと、鋭い目つきで以て周囲を見渡す。床を貫通し、数階分落下した彼女は頭上にぽっかりと空いた穴を見上げながら、放たれた火力の高さに感心の吐息を零した。
「あ~、久々だな、こんな規模の攻撃を喰らったのは……」
今まで数多くの戦闘を経験した彼女ではあるが、個人携帯火器として見ればこれ以上の攻撃を喰らった経験など数える程しかない。見下ろせばC&C専用の制服も所々煤け、スカート部分は端が焼き切れている。
幸いなのはお気に入りのスカジャンが無事だった事か。袖口に付着した煤を乱雑に拭い、穴の向こう側にいるであろうゲーム開発部の気配を探る。しかし、周辺には誰の気配もない。
「連中は――逃げたか、まぁ先生が指揮してんなら追っても無駄だろうな」
こっちに強烈な一撃を叩き込み、その隙に逃走する。その判断の速さは流石というべきか、恐らく今から追跡したとしても手遅れだろう。何かを考え込む様に近場の瓦礫へと腰を落としたネルは、足元の石片を蹴飛ばしながら呟く。
「……ゲーム開発部、か」
中々、面白い連中だった。
戦闘に関しては手慣れていないようだが、こんな計画を実行する程の胆力、あの度胸は見所がある。それに土壇場で見せる根性、あれも中々悪くない。何より全員チビで偉ぶって見えないのが良かった。
端的に云って――気に入った。
「お、電力が戻ったか」
そんな事を考えていると、非常灯が通常の室内灯に切り替わり、薄暗かった周辺が一気に明るくなる。恐らくゲーム開発部が脱出を終えたのだろう、ネルは瓦礫から立ち上がると耳元のインカムに指先を添え、気怠そうな声で通信を開いた。
「あー、アカネか? あたしだ、さっき任務が終わって戻って来たんだがよ……あ? 依頼? セミナーの奴だろう? あの依頼は撤回だとよ、さっきリオから連絡が……理由? 知るかよ、あたしに聞くんじゃねぇ」
ジャラジャラと、愛銃を束ねた鎖を鳴らしながら彼女は歩き出す。その歩みは淀みなく、廊下の向こう側から誰かの呼ぶ声が聞こえていた。
■
【第二十六話】
セミナー襲撃より一夜明けた――ゲーム開発部、部室にて。
「うぅ、うう……」
「……お姉ちゃん、緊張し過ぎじゃない?」
「だ、だって、そろそろでしょう!? そろそろだよね!?」
「う、うん、確か今日の昼頃って云っていたし……」
落ち着かない様子で時計を見るモモイ、時刻は丁度十二時半を回ろうとしている。
ヴェリタス、エンジニア部と手を組んでセミナーを襲撃したのがつい昨日の事。襲撃した足で鏡をヴェリタスに届け、次いでデータ解析を頼み、ゲーム開発部は解析終了まで部室で待機する流れとなった。
無論、その間にセミナーからの抗議や、C&Cからの連絡など色々あった訳だが――細々としたものは先生が裏で処理し、またリオとヒマリの目論見もあり大事にはならずに済んでいる。
様々な困難を乗り越え、漸く念願のG.Bibleに手が掛かった訳だが――アリスは落ち着かない様子の三人を見て、疑問符を浮かべた。
「? 皆、今日は何か特別なレイドでもあるのでしょうか」
「今日の昼頃、ヴェリタスから解析したデータが届くらしいんだ」
「あっ、例の重要アイテムですね!」
昨日から同席している先生が、強い疲労を滲ませた表情で答える。よれたシャーレの制服を身に纏う先生は、比喩でも何でもなく死ぬほど疲れていた。覇気がなく、血の気の失せた顔を見れば凡そ察せられるだろう。
ゲーム開発部の作戦に参加し走り回り、彼女達と一緒にヴェリタスへ鏡を届けた後は事後処理の時間である。ミレニアムタワーの被害確認、負傷者の有無から今回の戦闘で迷惑を被った生徒達への謝罪行脚。セミナーの生徒会役員は勿論、C&Cの皆にも事情を説明しなければならない。無論ヴェリタスやエンジニア部にも、協力して貰った感謝を示す必要がある。
今回の一件はヒマリとリオが噛んでいる為、セミナー側としても先生、延いてはシャーレに対して何らかのアクションを起こす事は無かった。しかし、それでユウカとノアの両名が納得するかと云えばそうではなく、彼女達には個人的なお願いを幾つか頼まれてしまった訳である。勿論、先生にそれを断る権利は存在しない。
そんな草臥れた大人の先生がソファに身を預け魂を飛ばし、ゲーム開発部の面々は解析データの到着を今か今かと待っていた頃。
――ゲーム開発部、部室の扉がノックされた。
「はーい! ゲーム開発部のちびっ子たち! マキちゃんからプレゼントのお届けだよ!」
「きっ、来た!」
扉越しに聞こえて来たマキの声に、モモイは思わず飛び上がる。慌てて扉に駆け寄ると、そのまま彼女を中へと招き入れた。中に踏み込んだマキは揃って緊張した様子のゲーム開発部を見て、それからソファに座った先生に気付く。
「あっ、先生! こっちに居たんだ、やっほ~!」
「……やぁマキ、昨日はお世話になったね」
「全然! っていうか、それはこっちの台詞だから! 後でヴェリタスにも寄ってくれるの?」
「うん、迷惑でなければ」
「迷惑な訳ないじゃん!」
昨日の作戦に参加したとは思えない程、元気溌剌と云った様子のマキ。データ解析も徹夜で行ったのだろう、しかしその疲労が彼女には欠片も見えない。これが若さか、先生は内心で彼女の体力を羨んだ。
「それでマキ、部室に来たって事は……!」
「うん、鏡で例のデータ、解析が完了したよ! いやぁ遅れてごめんね~、あの後鏡に関してセミナーとゴタゴタがあってさ」
「一晩で解析出来たなら全然おっけー! という事で、例のブツはどこに……」
モモイがそう云って視線に期待を滲ませると、マキは笑みを浮かべながら自身のポケットに手を入れ、一本のUSBメモリらしき記憶媒体を取り出した。
「ジャジャーン! 解析したデータはこの中に入っているからね!」
「おぉ~……!」
「これに、G.Bibleが……!」
「ゆ、ユズ、パソコン!」
「あ、う、うん」
マキから手渡されたそれを恭しく受け取り、モモイはユズの持って来たPCへと早速記憶媒体を差し込む。一拍置いて表示されるフォルダ、中身には勿論――G.Bibleの名前がある。
「……ん、あれ? マキ、こっちのフォルダは?」
「あ、それ?」
しかし、表示されたフォルダは一つだけではなかった。もう一つ、見覚えのないものがある。モモイが疑問の声を上げながら画面を指差せば、同じようにモニタを覗き込んでいたマキが頬を掻いた。
「そのフォルダ、解析を終えて内部データを確認していた時に出て来てさ」
「なにこれ、
「嘘でしょ、お姉ちゃん」
「……これは『キー』って読むんだ、鍵って意味だね」
まさかのkeyすら読めない姉に、驚きよりも不安が勝るミドリ。先生は苦笑を零しながら正しい読みを彼女に教える。「いや、ちょっと間違っただけだし!」と虚勢を張るモモイに、ミドリは胡乱な目を向け続けた。
「えっと実はね、これについてはヴェリタスでも何一つ分からなくて、ファイル自体は破損していないっぽいんだけれど、私達の知っている機械語のどれにも当て嵌まらない形式で解読出来なくてさ」
「ヴェリタスでも分からないって、それ結構凄い事なんじゃ……?」
「うん、多分ミレニアムの誰にも分からないんじゃないかな? もし解読の可能性があるとすれば、ヒマリ部長位だけれど……って事で、皆はこの『key』ってデータの事、何か知っていたりする?」
マキが若干の期待を込めて全員に問い掛けるも、ゲーム開発部の面々は緩く首を振る。
「いや、全然」
「わ、私も……ミドリは?」
「うーん」
ユズの問い掛けに対しミドリは一瞬悩む素振りを見せたものの、ややあって否定を口にした。
「憶えはない、かなぁ」
「アリスも分かりません!」
「そっか~、データを持って来た皆なら何か知っているかもって思ったけれど……まぁこっちについては後々頑張って解析してみるよ、多分時間は掛かるだろうけれど」
それだけ告げて、マキは立ち上がる。
「という訳で、確かに依頼の品は届けたから! 先生も、またあとでね!」
「うん、また後で」
「ありがとう、マキ! あ、今度会う時は秘書を通して連絡してね! 何せ私達は『テイルズ・サガ・クロニクル2』で大ヒットする予定だから!」
「あははっ、楽しみにしているよ!」
モモイの力強い宣言に破顔し、マキは手を振りながらゲーム開発部を後にする。モモイは彼女の背中を見送ると改めてゲーム開発部の仲間達へと視線を向け、大きく息を吸い込んだ。
「良し、皆居るよね!?」
アリス、ユズ、ミドリ、先生――昨日作戦に参加した全員が此処に居る事を指差し確かめ、彼女は佇まいを正すと言葉を続ける。
「皆も知っている通り、この中に何が入っているかについては、殆ど誰も知らない――ただ最後にG.Bibleを見たと噂される、あるカリスマ開発者によると、ゲーム開発に於ける秘技、皆が知っている様で、誰も知らなかった奇跡が入っているんだって」
「――奇跡、ですか?」
「うん、奇跡……私はそれがずっと知りたかった」
アリスの疑問に、モモイは自身の両手を見下ろしながら呟く。あらゆるゲーム開発者、クリエイターが求めた奇跡。それがこの中にはある筈なのだ。
「……最高のゲームを作る為に、だよね?」
「うん、そういう事」
ミドリの言葉に、力強く頷きを返すモモイ。
「最高のゲームを作って、ミレニアム・プライスで優勝……ううん、入賞するだけで良い、そうすれば部活の実績としては十分な筈」
「そうすれば、これからも皆で、この場所に居られる……」
ミドリ、ユズの順に呟き、全員の視線がPCのモニタへと注がれる。表示されるG.Bibleの文字、この中に自分達の未来全てが掛かっていると云っても過言ではない。
もし万が一失敗してゲーム開発部が廃部となれば、考えたくはないがユズは寮に戻される羽目になるだろう。会いたくもない同居人と顔を突き合わせ、息苦しい毎日を送る事になるに違いない。
そして、そもそも本来ミレニアムの生徒ですらないアリスは――。
「もし、もし万が一失敗したら、アリスちゃんはどうなっちゃうんだろう……?」
それはふと漏れた、不安の声だった。ミドリの呟いたそれに対し、モモイは慌てて言葉を返す。
「ッ、きっ、きっと何とかなるよ、先生だって居るんだし!」
「……? えっと、先生と一緒なのは、アリスとっても嬉しいのですが」
アリスはモモイの発言に対し、目を瞬かせながら先生、そしてゲーム開発部の皆と視線を動かす。そこには不安や焦燥ではなく、純粋な疑念の色だけがあった。
「――失敗したら、アリスはもう
「ッ……!」
唐突に投げかけられた言葉。失敗してしまった場合の末路――その未来を案じる声に、モモイは一瞬怯み、言葉を詰まらせ、そしてその未来に対抗しようと大声で以て否定した。
「そ、そんな事ないっ! 私達は絶対に、何が何でもっ、最高のゲームを作るんだからッ!」
両手を握り締め、挑む様にパソコンのモニタを睨み付けるモモイ。その為に本来侵入が禁止されている廃墟なんて危険な場所に潜り込んで、苦労してデータを手に入れたのだ。
更に中身のデータを解析する為にセミナーに喧嘩を売って、C&Cに酷い目に遭わされて、本当に色々な人に助けて貰って――漸く此処まで辿り着いた。
だからきっと、コレには素晴らしい奇跡が眠っている。
「これさえ、伝説のG.bibleさえあれば、絶対に……!」
神ゲーが作れる。
皆が認めるゲームを完成させられる。
それは自分に云い聞かせている様でもあり、同時に安心させる様な声色だった。モモイはアリス、ミドリ、ユズに視線を向け断言する。
「私達の作品は神ゲーになって、これからも皆と一緒に居られるんだから――!」
G.Bibleさえあれば、神ゲーを作れる。
神ゲーを作ってミレニアム・プライスで実績を残せれば、ゲーム開発部は存続出来る。
ゲーム開発部が存続出来れば――
その為に彼女達はコレを探し求めた。
この場所を守る為に。
皆の居場所を――守る為に。
「………」
そんなモモイの姿を、先生は真剣な眼差しで見守っていた。
「アリス、G.bibleを……起動しよう!」
「――分かりました」
振り向き、PCへと向き直ったモモイはアリスにG.Bibleの起動を指示する。全員の視線がモニタに集中し、固唾を呑んでアリスを見守る。
アリスはゆっくりとマウスカーソルを動かしフォルダに重ねた。視線を脇に逸らせば、モモイが様々な感情の滲んだ瞳で以て頷いて見せる。ユズも、ミドリも同じだ、一人一人視線を合わせれば緊張、不安、恐怖、期待、それらが肌越しに感じ取れる。
最後にアリスは先生を見た。先生はただ、真っ直ぐ此方を見ていた。そこからはただ強い信頼を感じる。それ以上でも以下でもない、先生はただどんな結果が提示されるにしろ、自分達ならば乗り越えられると信じているのだ。
アリスは小さく息を吸い込み、吐き出す。
そして改めてモニタに向き直ると、指先に力を籠め――告げた。
「G.Bible、起動します……!」
次回でダイジェスト版、パヴァーヌ前編は終わりですわ!
ダイジェストなのに結局十万字近く掛かっちゃった……まぁ本来二ヶ月掛かるものを二週間に縮めたのだから「ヨシ!」としましょう。
ダイジェスト前編が終わり次第、間を置かずパヴァーヌ後編に入りますの。
そしてやっと先生をボコボコに出来ますわ! 待ってましたわよぉ! この
パヴァーヌ前編は平和でしたわね。愛と勇気とロマンのお話、素敵ですわね、感動的ですわ、でも先生は血を流しておりませんの。
エデン条約で目を奪われ、腕を奪われ、余命幾許かの先生から五感を奪い、そこからカードで更に体を削る時、きっと生徒達は美しい愛を先生に魅せてくれる筈です。
得られる希望の過程、そこに至るまでに失われたものが多ければ多い程、その手にした希望は一等輝き、素晴らしい価値を持つのですわ。