ブルーアーカイブを、もう一度。   作:トクサン

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誤字脱字報告に感謝~!
今回からパヴァーヌ後編ですわよ!


花のパヴァーヌ編 後編
愛と勇気の、その裏側


 

「あら、超天才清楚系病弱美少女の来訪を電気もつけずに迎えるなんて……来客をもてなす気がこれっぽっちも無いという点、とても貴女らしいですね」

 

 ミレニアム自治区――郊外区画。

 とある武装組織が根城としていたその場所に響く、清廉な声。静音性の高い車椅子を動かしながら室内へと踏み込んだヒマリは、真っ暗な暗闇を見渡しながらそんな言葉を吐き捨てた。

 彼女はいつも通りのすまし顔で目を細める、その先には闇の中で浮かび上がるディスプレイ光がひとつ。それに照らされていた黒髪の生徒は、室内へと踏み込んだヒマリを一瞥しディスプレイの光を閉じた。

 途端、周囲の光源は壁際に並ぶ何らかの機材、そのランプと非常灯のみとなり唯でさえ暗がりに覆われていた視界は悪化する。響く靴音、辛うじて互いの輪郭が認識出来る範囲まで足を進めた女性は、ヒマリを見下ろしながら相変わらずの仏頂面を晒す。

 

「暗い部屋でモニターをつけていると目が悪くなりますよ――リオ?」

「万全を期しているだけよ、この会談を外部に知られる訳にはいかない……その為であれば、この程度問題ではないわ」

 

 影と同化する様に、全身を黒で統一した生徒――調月リオ。

 唯一色違いの白いタートルネックが主張を強め、彼女の凛とした印象を強める。

 この場所はセミナーの会長である彼女がC&Cのネルに依頼し、確保した根城の一つであった。ミレニアム中央区画より離れた郊外ビルの一角、そこに私財と技術をつぎ込み簡易要塞と化した場所。

 リオとヒマリは、そんなセーフハウスの一つで久方振りに直接顔を合わせていた。

 ヒマリは薄暗い部屋の中で佇むリオを見上げながら、辟易とした声を漏らす。

 

「全く、明かり一つ点ける事すら徹底するなんて、相変わらずですね」

「何処に目があるか分からない以上必要な措置よ、そして今回の訪問がデータベースに残る事は無い、つまり第三者にこの現場を目撃されない限り、記録上私達は会っていない事になる、全てはこれから話す内容の機密を守る為」

「リオったら、本当に真面目なんですから……『貴女は私の姉なの?』くらいの軽口を返せないと、ユーモアからは程遠いですよ? 今のだって、超天才清楚系病弱美少女の軽い冗談なんですから」

「……貴女は私の姉ではないわ、急にそんな非合理的な話をするなんて、どうしたのヒマリ?」

「……えぇ、えぇ、そうでした、あなたはそういう人でしたね」

 

 堅物、真面目、頑固。

 さてはて、何と表現するのが一番正しいものか。目の前の本気で理解出来ないと云わんばかりに疑問符を浮かべる存在に、ヒマリはらしくもなく表情を崩す。

 

「ユーモアを解さずに『合理』だなんて……あなたの好きな表現でしたね、それ」

「好悪の話ではないのだけれど、事実でしょう? この会合が秘匿されるべきものである事位、あなたも理解しているものだと思っていたのだけれど……違うのかしら?」

「それは挑発のつもりですか、リオ?」

「……そんなつもりはないのだけれど」

「はぁ――そもそも、人目を気にするのであれば、他の場所にすれば良かったのではありませんか? えぇ、例えばですが……」

 

 車椅子のコンソールに指を掛けながら、ヒマリは意味深な流し目をリオへと送る。

 

「誰かさんがこっそり作っている、『要塞都市』(悪趣味)とか?」

「………」

 

 それは本来、誰にも知られていない筈の情報。セミナー内部であってもアクセス不可能な程に隠蔽されていた秘匿情報であったが、どうやら彼女は掴んでいたらしい。リオは一瞬その眉を顰めたが、しかしそれ以上反応を見せる事無く努めて淡々と声を上げた。

 

「――本題に入りましょう、ヒマリ」

「あらあら、話を逸らすつもりですか? ふふっ、えぇ、構いませんが」

 

 ささやかな仕返し、或いはマウントとでも云うべきか。リオに一発入れてやったという事実に優越感を覚えたヒマリは上機嫌に続きを促す。リオはそんなヒマリに対し何の感情も伺わせない瞳のまま、ごく平坦な声色で云った。

 

「まずは認識の擦り合わせを」

「その口ぶりからすると、前回の鏡を巡った一連の騒動について、ですね?」

「えぇ、そうよ」

「私が鏡と云う手段を用意し、リオがC&Cという危機を提供する、珍しく一つの目的の為に貴女と私が協力した出来事でしたねぇ」

「そうね、他ならぬ――AL-1S(アリス)の正体を明かす為に」

「………」

 

 二人の視線が交わり、互いに互いの思考をなぞる。その表情は真剣であり、常は疎み合う両者が一つの物事に対し真摯に向き合っている証左でもあった。

 

 AL-1S――廃墟よりミレニアム中央区へと持ち込まれた正体不明の人工身体。

 否、そもそもアレを人工身体と呼んで良いのかどうかも不明であり、その製造方法、製造目的、性能、その他あらゆる情報が不明であり、探る術も存在しなかった。

 人と同じ様に考え、物を食べ、感情を持ち、眠り、怒り、悲しみ、喜び、共に生きる――その様な存在など、聞いた事も無い。何の為に生まれたのかすら想像も出来ない。

 故に生徒会長(セミナーの長)たるリオは対象のリスク、その脅威度を測り学園を守る為に。

 ヴェリタスの部長たるヒマリは単純な探求心と、アリスの本質を知る為に。

 二人は『AL-1S(アリス)』の正体を明かすという一つの目的の為に手を組み、大掛かりな芝居を打った。

 

 適切な脅威と、それに対する反応と行動。彼女が追い詰められた時、どの様な反応を見せるか、どのように対処するか。仲間がピンチに陥った時はどうする? そもそも計画の為に許容出来るラインはどこだ? 他者に協力を求める事は出来るのか? 何かに共感を示す事は出来るのか? 目的の為に仲間を犠牲に出来るか? そもそも仲間という意識が存在するのか? 知能は、身体機能は、稼働限界は、戦闘技能は――あの一件で得られた情報は多岐に渡り、そしミレニアムに於いて『全知』と称されるヒマリ、『ビッグシスター』と称されるリオの両名にとって、そこから凡その結論を導き出す事は難しくなかった。

 手にしたタブレットを指先で叩き、思考を巡らせるリオはヒマリへと問いかける。

 

「あれから随分と経つけれど、解釈の結論は出たかしら?」

「えぇ、勿論です」

「そう、良かった……なら結論を」

 

 二人の視線が交わり、リオが一度息を吸い込んだ後、続ける。

 

「アリスの正体――それは」

 

 無名の司祭が崇拝するオーパーツであり。

 遥か古代の記憶に存在する。

 

『――名も無き神々の王女』

 

 二人の口にした台詞が重なり、静寂が周囲を支配する。

 ふっと、リオは肩から力を抜いた。それは安堵であり、納得である。自身に比肩する才能を持つヒマリが同じ解釈を持った事により、彼女は結論をより強固なものとしたのだ。

 

「……そう、やはり同じ解釈になったようね」

「業腹ですが、その様で」

「ならばヒマリ、あの存在(アリス)の本質は理解しているでしょう?」

「勿論ですよリオ、既に結論は出ています」

「その言葉に、少し安心したわ」

 

 此処まで来れば、結論に齟齬は生まれない。

 解釈は同じ、自分達は同じ景色を見ている。ならばそこから生まれる結論はたった一つに収束するのが自然な流れ。

 リオは淡々と、ヒマリは微笑みを浮かべて自身の結論を口にする。

 

「彼女、アリスは――」

「えぇ、あの子は――」

 

 ■

 

世界を終焉に導く兵器(キヴォトスに於いて排除すべきリスク)よ】

私達の可愛い後輩ですよね♪(数多の生徒と同じ可能性を秘めた光)

 

 ■

 

「………?」

「……あら」

 

 互いの結論を口にした瞬間、二人の瞳は驚きと共に見開かれた。

 互いが互いを、「一体何を云っているんだ」とばかりに見つめ、顔を顰める。其処には困惑と、同時に不審の色があった。

 

「ヒマリ、あなたは一体何を云っているのかしら?」

「リオこそ、一体何を云っているのですか?」

「………」

「………」

 

 不穏な気配、不気味な沈黙。二つの視線が、その解釈に至りながら何故そんな結論を生み出すのだと理解出来ない目で対手を射貫く。リオは暫しの間沈黙を守り、それから疑る様な口調と共に云った。

 

「もしかして今口にした結論は、貴女の好きなユーモア(冗談)という奴なのかしら?」

「あら、貴女にはそう聞こえたのですか、リオ?」

「えぇそうね、理解し難いけれど、もしそうならば――」

「そんな筈ないでしょう? 全く、相変わらず(ドブ)の様な感性ですね」

「………」

 

 ほんの僅かに抱いた希望、或いはすれ違いの可能性。それすらも打ち砕かれ、リオは大きく溜息を零す。

 薄々ではあるが――こうなる予感はあったのだ。

 互いにその才覚や能力を認めていても、その性格や信じる所は全く異なる。リオは手元のタブレット、そのモニタを点けると機械的な口調で以て告げる。

 

「そう、それなら私達の同盟は此処で終わりという事ね」

「えぇ、そうですね、尤も同盟ではなく休戦に過ぎませんでしたが」

「――そういう事ならば、容赦はしないわ」

 

 常にそうあったが、より一層冷たさを増した声で以て彼女は宣言する。リオは手元のタブレットを素早く操作し、周囲の暗闇から赤いランプが次々と出現する。

 

「AMAS」

 

 鳴り響く駆動音、走行音、ヒマリが僅かに驚いた表情で周囲を見渡せば彼女を包囲する様に複数のロボットが出現していた。同時に室内の照明が一斉に点灯し、唐突な光にヒマリは目を細める。

 急激な明かりによって滲み、辛うじて視界に映るロボット群、一輪駆動に左右の開いた装甲からSMGが顔を覗かせている。専用の銃火器ではなく既製品を用いたのはコスト削減の為か、背後には給弾用ベルトとバックパックが確認出来、外見は兎も角機構は出来る範囲で弄ってあるのだと分かった。装甲脇に描かれた『AMAS』の文字――それを見つめながらヒマリは納得の色を見せる。

 

「あぁ、これが噂の――最近あなたが作っている玩具ですね? 貴女がデザインしたにしては随分と無難な機体に見えますが……」

「玩具呼ばわりは心外ね、これでも実戦データは十分に収集してあるわ――そして同盟を解除した以上、貴女をこのまま帰す訳にはいかない」

「結論が一致しなければ即座に武力対応ですか、こんなか弱い病弱天才美少女相手に、よくもまぁ恥ずかしげもなく」

「貴女の能力は私が一番良く理解している、だからこそ計画の障害となり得る存在は事前に取り込んでおきたかった――けれど、それを拒まれたのなら」

「……まぁ、そうでしょうね、貴女ならばそうすると思っていました」

 

 無数の銃口に取り囲まれながら、ヒマリはあくまで自然体を通す。普段から肝の据わっている彼女であるが、リオは油断なく彼女を見据える。お互いにその能力を理解している、好悪の念は兎も角、抱いているそれは決して口にしないながらも信頼に近い。

 ヒマリは取り囲むAMASを一瞥しながら、ふっと口元に笑みを浮かべた。

 

「――だからこそ、準備は十全に済ませてありますとも」

「ッ……!」

 

 ピッ、と鳴り響く電子音。それは彼女の座す車椅子から。

 瞬間、周囲は再び暗闇に満たされる。視界が一瞬で閉ざされ、リオは自身のテリトリーが彼女にクラックされたのだと理解した。

 

「照明が……まさか、既に私のオフィスを掌握して?」

「ふふっ、ビッグシスターの部屋は無敵だとでも? 随分と傲慢な思考ですねリオ、この超天才病弱美少女たる私に不可能は存在しないのです」

 

 余裕を滲ませる声、同時にヒマリの車椅子から駆動音が響く。本来は然程速度が出ない彼女の車椅子ではあるが、緊急時に於いてはその限りではない。

 普段使いの利便性から緊急時の走破性、速度、防弾、対爆――それに加えて運動性を確保する為に、彼女の車椅子はミレニアムの持つありとあらゆるテクノロジーが用いられている。

 運動機能に影響する車体重量は決して軽くないものの、それを補って余りある加速・回頭・減速を可能とする動力と厳選されたフレーム。万が一の流れ弾にも対応出来る、対象者に弾丸が着弾する演算結果を得た場合、自動発動する緊急用電磁防壁――尤もこれはバッテリーの消耗が激しいので、本当に緊急時の対策となるが。

 彼女にとってこの車椅子は文字通り自身の手となり足となり、そして一番安全な個人シェルターでもあった。

 

「――AMAS! ヒマリを捕縛しなさいッ!」

『指示を確認、対応開始』

「あらあら」

 

 素早く後退するヒマリを追い、走行を開始するAMAS――暗闇の中であっても機械である彼等にとって目標の捕捉は容易であり、露出したカメラレンズはヒマリを捉えて離さない。ヒマリは突き出されるSMGの銃口を睨み付けながら、素早く車椅子に搭載された操作盤を叩いた。

 

「高嶺の花に、そう易々と触れられると思って?」

『――……!』

 

 走行するAMAS、その最前列から波及する奇妙な違和感。見れば徐々に速度を落とすAMAS、リオが気付いた時全ての機体は制御権を失い、項垂れる様にして機能を停止した。

 

「ッ、ヒマリ、この一瞬で全個体の制御権を――」

「あら、流石にあの子達(エンジニア部)と同じ自爆機能はありませんか――それならコレで良いでしょう、お返しです、確りと目に焼き付けて下さい」

 

 ヒマリがそう云って再び操作盤を叩けば、彼女を追っていたAMASが一斉にリオへと振り向く。ギュルリと回頭し、点灯するレッドランプ。

 

「ッ――!」

 

 彼女に向けられた無数の銃口が火を噴き、室内に凄まじい銃声とマズルフラッシュが瞬く。リオは瞬時にタブレットを操作すると、彼女の足元からタイルを突き破って出現する防弾障壁。万が一に備えて用意したそれは射出された9mmパラベラムを全て弾く。雨の様に降り注ぐ弾丸が装甲を強かに叩くも、対物ライフルさえ想定していた彼女の障壁を突破するには至らない。

 軈て制御範囲外に出たのか、或いは全弾撃ち尽くしたのか。再び部屋に静寂が訪れた時、リオは障壁越しに顔を覗かせた。

 

「……ヒマリは、もう居ない様ね」

 

 呟き、部屋の中を見渡すも肝心のヒマリの姿は何処にも無い。残ったのは項垂れ、機能を停止したAMAS達と床に散らばる大量の空薬莢のみ。リオは凹み、黒ずんだ障壁に手で触れながら呟く。

 

「流石はヴェリタスの部長、いえ、感心している場合ではないわね、AMASを復旧させないと……」

 

 沈黙したAMAS、ヒマリ追撃に関してもそうだが、このセーフハウス防衛の為にも制御権を失ったまま放置する訳にもいかない。タブレットを操作し、制御権の復旧を行うリオ。僅かずつ再起動を果たすAMASを見守りながら、彼女はヒマリの出て行った部屋の出入り口に目を向ける。

 

「出来る事なら味方にしておきたかったけれど――本当に残念よ」

 

 声には落胆と、確かな惜別の色が籠っていた。彼女と結論を同じものとし、協力出来れば最善――そうでなくともこの場で捕縛し、無力化出来るのが次善であった。

 元々リオにはヒマリに対し発砲、乃至傷付ける意図などなかった。しかし、包囲網を突破されセーフハウスを離脱されそうになっている現在、手を抜くだけの余裕がリオには存在しない。

 故にこそ彼女はタブレットを眺めながら、決断を下す。

 

「――非合理的なこの方法だけは、選びたくなかったのに」

 

 ■

 

「自分の導き出した結論と異なると気付くや否や、躊躇いなく行動するその姿、久々に見ましたが……相変わらずですね、リオ? まぁ、超天才病弱美少女の私には無意味でしたが♪」

 

 リオの根城とするセーフハウス、その廊下を車椅子で走行するヒマリは上機嫌に呟き、ホログラム投影装置を用いて電子コンソールを呼び出す。暗闇に浮かび上がる青白い操作盤、車椅子の走行を自動化し周辺の地形データを読み込んだ彼女は目を細める。

 

「流石に防備は固いですね、来た道を戻れば十中八九待ち伏せに遭うでしょうし、ブリーチプロトコルで防犯設備を……いえ、そう何度も侵入を許すリオではないですね、此処は迂回して外部から防壁を崩しますか」

 

 リオが交渉決裂時に向けAMASを用意していた様に、ヒマリもまた脱出する為のプランと戦力は整えている。一番安易な方法はこの場に限りリオと同調し、セーフハウスを離れた後に離反するという行為だったが――一瞬でも自身を偽る事を嫌ったヒマリは、正面からリオと袂を分かつ選択を突き進んだ。

 表示されるホログラムモニタには、現在進行で動くドローン群が見える。リオの様にお手製の(オリジナル)機体という訳ではないが、ミレニアム製のドローンは他所と比べても十二分に優秀である。ある程度要塞化されたセーフハウスでも、数さえあれば外部から道を作る事は可能だ。

 必要なのは防備の薄い部分を見つける観察眼と、少しばかりの爆薬、そして逃走手段。

 その全てを当然の様に彼女は持ち合わせ、準備している。

 

「さて、こうなると時間との勝負ですね、迅速に脱出してリオより先に接触を果たし、準備をしなければ――まず相談すべきは、先生……」

 

 リオと意見が一致すれば、それはそれで業腹だが良し――しかし、そうでなければ元より外部へと協力を要請し事に当たるつもりだった。

 こうなってしまった以上、なりふり構わってはいられない。最優先すべきは、この事実を先生に伝える事。恐らくこの場から外部に何らかの形でメッセージを飛ばす事は出来ないだろう。リオが救難信号の発信や外部通信による位置情報特定を許すとは思えない。必ず何らかの形で妨害を行っている筈だという確信がヒマリにはある。

 事実彼女がコンソールを叩き外部ネットワークへと接続を試みれば、ディスコネクトの表記がホログラムモニタに躍る。赤い文字で表示されたそれに、ヒマリは気怠そうに吐息を零した。

 

「まぁ、でしょうね……通信妨害の範囲はビル全体か、或いは周辺一帯か、流石に区画丸ごととは考えたくありませんが、通信を回復するには装置を直接叩くか、範囲外に出る必要がありますね」

 

 自身が為すべき事は第一にリオの通信妨害範囲に脱出する事。次に現状をシャーレの先生にメッセージなり何なりで伝える事。一応妨害元を叩いて通信を回復するという手段もあるが、現在のヒマリにそれだけの戦力は無い為選択肢から除外する。

 ならば此処は当初の予定通り、防備の薄い階下の防壁を崩し、そこから脱出を――。

 

「……?」

 

 そんな思考を巡らせるヒマリの耳に、ふと車椅子の走行音とは異なる――何者かが駆ける音が届いた。

 自動操縦の車椅子をそのままに振り向けば、長い廊下の暗闇から迫る硬質的な音。

 

「ッ――誰ですか!?」

 

 咄嗟に叫び、ヒマリはコンソールをクラック用のものへと切り替える。暗闇から飛び出した影は、側面の壁を蹴ってヒマリの頭上を通過する。そのまま進路上へと躍り出た追跡者に対し、ヒマリは素早くホログラムキーボードを叩いた。

 

「無駄です、幾ら仕掛けて来ようと何度でも無効化して――ッ!?」

 

 恐らく追跡用の小型AMAS、単独運用を目指して小型軽量化したのか随分と軽い身のこなしだ。しかし、電子機器である以上自身の手から逃れる事は出来ない。そんな想いと共に対象を割り出そうとして。

 

「――対象、なし?」

 

 ハッキング対象が存在しない。

 その事実に、ヒマリは目の前の存在がAMASではない事に気付いた。そして、その一瞬の隙を逃す相手ではなく、走行を続ける車椅子へと銃口を向ける。

 

「ッ……!」

 

 撃たれる――そう思い、咄嗟に腕で顔を防御するヒマリ、しかし彼女の狙いは車椅子のコンソール投影装置と車輪のみ。銃声とマズルフラッシュ、放たれた弾丸は狙い通りの位置に着弾し、ヒマリの操作していたコンソールは消失、同時に車輪に放たれた弾丸が車椅子の姿勢を大きく崩す。

 

「きゃっ!?」

 

 ガクン、と。

 大きく弾む様に振動する車椅子、自動制御が働き転倒を避けるため減速が行われる。その瞬間人影はヒマリに向かって駆け出し、その左手を伸ばした。まさか、防壁の存在を知っている? ヒマリは車椅子だけを狙った射撃を目にし、内心で悪態を吐く。

 

「っく――ッ!」

 

 ――このままでは捕縛される。

 

 そう感じ取ったヒマリは滅多に抜き放つ事のない愛銃――リボルバー(高嶺の花)の使用を決断。鳩尾から膝下まで覆い隠していたブランケットを引き剥がし、車椅の下部に収納されていた愛銃を抜き放つ。普段使用しないとは云え手入れを欠かした事は無く、瞬時に人影へと向け照準を合わせた。引き金に触れた指先へと力が籠る。

 

「あぐッ!?」

 

 しかし発砲するより早く、影の腕はヒマリを捉えた。首元を押さえつけられ、銃を持つ手は軽々しく払われる。元より筋力で劣るヒマリには為す術がなく、弾みで発射された弾丸は強かに天井を叩いた。

 そのまま車椅子ごと後方へと倒れ、床に押し倒されるヒマリ。衝撃で肺の空気が抜け、苦悶に顔を歪めながら彼女は自身を押さえつける人物へと視線を向ける。

 

「あ、あなたは……!」

「………」

 

 暗がりの中、辛うじて目視出来る白の輪郭――青く澄んだ瞳が自身を見下ろす。

 彼女の持つ特徴的な銃器、その側面に刻印されたミレニアムのマーク。身に纏う制服は一般的な生徒のそれではなく――武装化されたメイド服。

 その様な恰好をしてリオに従う人物を、ヒマリはひとりしか知らない。

 

「ま、さか――五番目のC&C……!」

「対象確保、このまま意識を奪います」

「っ!?」

 

 何か空気の抜ける様な音、同時に肌を舐める冷気。ヒマリが気付いた時、自身の首元にはシリンダーの様な細い筒が押し付けられており、何か投与されたのだと分かった。咄嗟に押し退けようとするも、姿勢も身体能力も、何もかも不利。そうこうしている間にヒマリは意識が混濁し、視界と思考が揺らぎだす。抵抗する力も失われ、徐々に突き出した腕が落ちていく。

 

「っ、エイ、ミ、先生――アリ、ス……ッ」

 

 此処で自分が捕まってしまえば――そう思考し、奮起しようとするも現実はどうにもならず。抵抗虚しく瞼を落としたヒマリは歪んだ表情のまま意識を失い、そのまま力なく床の上に横たわった。寝息を立てながら無力化された全知、彼女を見下ろしながら人影は耳元のインカムへと指を添える。

 

「リオ様、対象の無力化、確保を完了しました」

『……良くやったわ、そのまま例の場所へと移送して、私も後から合流する』

「――イエス・マム」

 

 指示を聞き届け、通信を閉じる。横転した車椅子を一瞥し、ヒマリを難なく担ぎ上げた彼女は――そのまま暗闇の中へとひとり、姿を消した。

 


 

 アビドス新章で先生爆破された後に、すっごく透き通る様なイベント来て情緒こわるる~……。何か思いっきりぶん殴られた後に、「愛してるよ」って力一杯抱きしめられた感じありますわ~! これが整う……ってコト!?

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