今回約一万五千字ですの!
「おりゃあ!」
「ぬ、ぐっ……!」
古びたテレビ、その画面の中で踊る二つの影――ゲーム開発部の部室にて、その日コントローラーを握った先生はモモイと対戦格闘ゲームに興じていた。
カチャカチャとスティックを弾く音が周囲に響き、二人の視線は自身の操作キャラクターへと注がれている。
「先生覚悟してよね! 今からとっておきの必殺技、モモイスプラッシュコンボを見せてあげるんだからッ!」
「モモイスプラッシュコンボ……!?」
「行くよ! 特殊派生からの――
「あっ、モモイ、モモイそれ狡いッ!」
「あはははッ! 画面端で固められる先生が悪いんだよッ!」
ゲームの中で足技を得意とするモモイのキャラ、彼が画面端へと追い詰めた先生のキャラへと高速の攻撃を繰り出す。中段、下段と二択の攻撃を常に迫られる先生は、ガードの上から徐々に体力を削られて行く。
「
「あーッ!?」
しかし、連続技何するものぞ。
先生はゲージを支払い無敵状態で強烈なアッパーを繰り出す。先生のキャラが回転しながら上空へと拳を繰り出し、直撃を許したモモイのキャラは大きく吹き飛ばされる。
「な、なんのッ! こっちはもう少しで必殺技ゲージが溜まって……!」
「此処で一気に詰める!」
モモイの視線が自身の必殺技ゲージへと向けられた。ゲージは二本、三本あれば超必殺技が使えるが、一本足りない。此処は温存して後から大きい一発を――そう思考した彼女の視界に迫り来る先生のキャラクター。
肉薄した互いのキャラ、その間合いは殆ど密着状態。弱パンチ、弱キック、何でも当たってしまう距離。モモイは焦りを覚え、咄嗟に指を動かす。
「――投げッ!?」
「……ませんっ!」
「あぁ~ッ!?」
起き攻め――投げ技が来ると読んだモモイが投げ抜けを入力。万が一打撃を重ねられても、投げ技なら打撃に打ち勝てる。
しかし先生は素早く後退し、モモイの投げ技が宙を切る。隙を晒したモモイに突き刺さる先生の強パンチ、カウンターヒットとなりモモイのキャラが大きく仰け反った。
「グラップ狩り! グラップ狩り!」
「今ッ! 大パン二発からの確定最大必殺技ァッ!」
「あぁアア~ッ!?」
先生の指先がコントローラーを素早く弾き、正確にコマンドを入力する。先生のキャラが大技を二発、モモイのキャラへと叩き込み――そこから更に五ゲージ中、三ゲージを支払って超必殺技がヒット。画面が切り替わり、先生の操作するキャラがアップで表示される。超必殺技の演出が挟まり、背後に無数の星々が流れた。
『俺の中のコスモが燃え盛るッ! カシオペア、流星拳―ッ!』
筋骨隆々な漢が構えを取り、素早く相手の懐へと潜り込む。そして全力で放たれる一撃、掬い上げる様な打撃はモモイのキャラ、その顎を捉える。ガツン! と重々しいSEが鳴り響き、そのまま首根っこを引き抜く勢いで振り抜かれるアッパー。吹き飛んだモモイのキャラ、その体力ゲージが一気に消失する。
『ぐぁァアアア~ッ!?』
悲鳴を上げる相手キャラ。そして演出が終わり、モモイのキャラが地面に叩きつけられた時、体力ゲージは既に底を突いていた。技を出し終わり、残心をした先生のキャラが背中を向ける。
――K.O.!! 『SENSEI』 Win!
【星に帰るんだな、お前にも仲間がいるだろう……】
画面に表示される決着、それを見たモモイがコントローラーを手放し背後へと身を投げる。
「うわぁ~んッ! また負けたぁ~!」
「ふふっ、でも今の対戦は結構緊張感があったよ、あと一コンボ入れられていたら危なかったかな」
「……というかお姉ちゃん、先生は格闘ゲーム余り触らない初心者って云ってなかった?」
「うぐっ、ミドリ! あんまり辛い現実を突きつけないでッ!」
モモイの肩越しに対戦を眺めていたミドリの言葉に、彼女は呻きながら顔を逸らす。先生は手元のコントローラーを指先で弾くと、義手の調子を確かめるように開閉させた。義手の動かし方、特に精密動作にも随分と慣れて来た気がする。事務作業でその辺りは全く問題ないと分かっているのだが、指先の動きだけで操作するゲームはまた違った技量が必要だった。
ゲーム開発部とこうして一緒にゲームを楽しむのは、左腕を失って義手の製作依頼をエンジニア部に持ち込んだ時以来か。以前は片腕でゲームをプレイする事が出来なかったが、両腕が揃った今ならば特に問題ない。
「今のは無効! ノーカン! もう一回、もう一回やろう先生! 今度は正真正銘、とっておきのコンボを決めて見せるから……っ!」
「えっと、その台詞はもう八回目だね」
「えっ!? もうそんなにやった!?」
「お姉ちゃん、もうその辺にしたら? 先生も困っているだろうし……」
「で、でもでも! 負けたまま終わるのはゲーマーとしてのプライドが……ッ!」
「いや、プライドも何も、これだけ負け込んでいる時点で、もう――……」
「良いよモモイ、もう一戦やろうか、まだ時間に余裕はあるし」
「ほ、ほら! 先生もこう云ってくれているし!」
「はぁ……先生、あんまりお姉ちゃんの事甘やかさないで下さい」
「あはは」
ミドリの呆れた声に、先生は笑ってコントローラーを握り直す。「よぉし! 待ってね、次こそは完璧なコンボを……!」と意気込むモモイを他所に、ミドリはふと問いかけた。
「というかお姉ちゃん、今日の部活の目的は覚えてる?」
「ん、ぇ? 目的って……」
既に次の対戦しか頭にないモモイは、自身の妹から投げかけられた問いに疑問符を浮かべる。その声色からは、本当に何のことか分からないと云わんばかりの失念が感じ取れた。そんな姉にミドリは辟易とした表情を向ける。
「お姉ちゃん、まさか――」
「えっ、あ、ち、違う違う! 違うのミドリ! ちゃんと覚えているよ! 本当だから!」
「……そう云えば今日は話があるって連絡だったけれど、まだちゃんと内容を聞いていなかったね」
キャラクターセレクト画面で手を止めた先生は、不意にそんな呟きを漏らす。シャーレで仕事に忙殺される中、漸く手にした僅かな
そこからミレニアムへと足を伸ばし、部室に到着してから歓迎を受け、あれよあれよの内にゲーム大会へと縺れ込んだ事だけは覚えている。しかし、そもそも何故呼ばれたのか先生は正しく理解していない。何か話したい事があるという連絡を受け、彼女達の顔を見る為にやって来たのは良いが、その辺りの説明を受けていなかった。
モモイの表情がどんどん蒼褪め、ミドリの視線が険しさを帯びる。額に冷汗が滲み出し、分かり易く視線が泳いでいた。
「お姉ちゃん……もしかして先生にまだ何の説明もしていなかったの?」
「ち、違う、違うの、ねっ? ね? 今! 今から説明しようと思っていて……! んんッ! えぇっと、そう、先生、今日先生を呼んだのはね――次回作のアイディア会議の為なんだよ!」
「次回作のアイディア会議?」
「そうっ! そうなのっ!」
頻りに頷き、指を立てるモモイ。彼女は一度コントローラーを床に置くと、努めて真面目な雰囲気を出しつつ姿勢を正す。何とも取り繕った空気ではあるが、ミドリは肩を竦めつつ言葉を続けた。
「うちもそろそろ次の作品を出す準備をしようって話が出たんです、一応細々とゲームは開発していたんですけれど、どれも途中で頓挫してしまって……」
「やっぱり特別賞を受賞した次の作品は、相応に凄いゲームを作りたいじゃん? しかも、いつも捕まらない先生の手が空いたって話を聞いたから、これは今しかないって思って!」
「確かに、最近はトリニティにばかり掛かり切りになっていたからね……」
顎先を撫でながら思案する先生はふと声を漏らす。以前ゲーム開発部と共に色々と動いたのが随分と昔の事の様に思える。エデン条約回りの影響で、最近は時間の殆どをトリニティ自治区で過ごしていた。
「ごめんね、余り顔を出せなくて」
「まぁ先生が忙しいのは知っているし、寧ろ来てくれて感謝したい位! だから、こんな機会でもないと先生の意見とか聞けないし、大人ならではの良いアイディアとかあるんじゃないかなぁ~とか思ったりして」
「うーん、アイディアか……」
腕を組み唸る先生、隙間時間でゲームを楽しむ感性を持つ彼ではあるが、そもそも開発者とプレイヤーでは色々と異なる点がある。これと云ったアイディアも、今の所先生の中には存在しない。というかアイディア会議に呼ばれたのは理解したのだが、それはそれとして今プレイしていた格ゲーは何か関係あるのかと疑問に思う。
いや、単純に一緒に遊びたかっただけでも構わないと云えば、構わないのだけれど。
「因みに、部室で格ゲーをやっていたのは……」
「あ、それはお姉ちゃんのアイディアなんです」
「これはゲーム分析だよ、先生!」
「ゲーム分析?」
「そう! 何も浮かんでない状態でぐるぐる悩んだって良いアイディアなんて出てこないじゃん? 色んな人気作品をプレイして触れてこそ、善し悪しが分かるってものなんだよ!」
「……という事みたいです」
「成程、目より先に手が肥える事はない――至言だね」
「そーゆーこと!」
先生の言葉に、「ふふん」と胸を張って見せるモモイ。
彼女には彼女なりの考えがあっての事らしい。先生は感心しながらテレビ画面に映されたキャラクターを眺める。
「特にね、先生とさっきやっていたこのゲーム! 『カシオペアの拳~ウーパールーパー大列伝』は格ゲー界隈でも色んな意味で異端児と呼ばれている人気ゲームなんだ! これを分析して学べば、きっと凄いゲームが作れる……筈!」
「ちなみに、うちの次回作は『まったりスローライフ系ダンジョン探索型RPG』なんです」
「……それ、格ゲー要素必要なのかい?」
「何を云っているの先生!?」
思わず口を突いた言葉。RPGを作るのならば、RPGをプレイすべきでは? そんな真っ当な疑問を抱いた先生に対し、モモイは憤懣やるかたないとばかりに頬を膨らませて見せた。
「確かに一般人からすればダンジョン探索RPGと格ゲーに接点はない様に見えるかもしれないけれど、見た目で判断するのはNGなんだよ! 次のミレニアムプライスを狙うなら、誰にも予想がつかない様な新しい挑戦が必須……!」
「新しい挑戦……」
「そう! つまりはね、先入観を捨ててあらゆる偏見を乗り越えてこそ、新しい地平線の向こう側へ辿り着ける訳……! ジャンルに縛られるんじゃなくて、ジャンルを開拓するんだよ!」
「まぁ、全く関係なさそうなジャンルの要素を組み合わせたら意外と面白いゲームになるかもしれませんし」
「あっ、ミドリ! それ私の台詞!」
「お姉ちゃんがもったいぶって云わないからだよ」
「うわ~んっ! 私の見せ場がぁっ!」
「……皆、全力でゲーム作りに取り組んでいるんだね」
やり方は時折ズレていたり、無茶苦茶な事もあるが――何だかんだ彼女達はゲーム開発に心血を注いでいる。全力で今を生き、自分達が面白いと信じるものを作り上げようとしているのが伝わって来る。先生が微笑みを浮かべながら呟くと、二人は力強く肯定を返した。
「そりゃあ、勿論!」
「はい、私とお姉ちゃんだけじゃなく、ユズちゃんとアリスちゃんも、皆で一緒に」
「――今度こそ、ミレニアム・プライスを取るって約束したからねっ!」
ぐっと親指を立てるモモイ。以前ゲーム開発部が存続の危機に陥った時、漸く手にしたミレニアム・プライス――特別賞の座。
あの時の悔しさ、そして嬉しさを覚えている。特別賞を受賞した事は誇らしく、今でも時折夢に見る。けれどその特別賞だけで満足するゲーム開発部ではない、目指すは優勝、それはずっと前から変わらない彼女達の目標だった。
拳を握り締め、瞳の奥に闘志を燃やすモモイは弾んだ声で続ける。
「ミレニアム・プライスで優勝する! それこそが、私達に与えられたクエストなんだ!」
「……という事です」
「――うん、なら私も出来得る限り手伝うよ」
やる気十分、未来を見据えて邁進する生徒。それを前に先は眩しそうに眼を細め、気合を入れ直す。これは、何とかしてアイディアを捻り出さないと。そう内心で呟き、自身のゲームに関する記憶を片っ端から引っ張り出そうとした。
「先生が居れば百人力だねっ! ならまずは――」
「モモイ、ミドリ、先生!」
早速会議を――そう口にしようとしたモモイの背後から、突然アリスが顔を覗かせる。
「あ、アリス?」
「緊急事態です!」
「アリス、どうしたの?」
何やら焦燥と驚愕を混ぜ合わせた様な表情に、何かあったのかと勘繰る三人。アリスはモモイ、ミドリ、先生と視線を動かし告げる。
「実は――ユズがオンラインで十連勝を超えました!」
「えっ、本当!?」
「このバランスが崩壊したゲームで十連勝も!?」
想像していたよりもずっと平和な内容、しかし彼女達からすればかなり驚愕の事実であるようで――アリスを含む三名は慌ててユズの元へと駆け出す。部室の隅、愛用のモニタにゲーム機を繋げ黙々とプレイするユズ。先生も皆の後に続き、そっと皆の隙間から画面を覗き込んだ。
「む――」
見ればユズのキャラは自身が扱っていたものと同じキャラ。
状況は相手のキャラが壁を背負い、体力ゲージは
「緊張の一瞬じゃん……!」
「どっちも体力ゲージギリギリ……!」
「しっ、静かに――!」
画面を覗き込んだモモイ、ミドリが息を呑み、アリスが真剣な面持ちで指先を唇に当てる。その間にも画面の中で、キャラは動き始めた。
ユズは考える。起き上がりから弱パンチ暴れはない、投げか中、強パンチを重ねられたら一方的に負けてしまうから。それなら投げを警戒してグラップを出す――いいや、前ラウンドでの傾向からして次は。
「きっと
ダウンした壁際の相手に肉薄、起き攻めをしてくる――そう見せかけて後退。対戦相手は起き上がりに必殺技ゲージを使用し、半円を描きながら上空を蹴り上げる。攻撃をしていれば、一方的に打ち勝ち距離を稼げただろう。しかし直前で後退したユズのキャラはガード体勢に入っており、無敵技は完全に防御されてしまう。
「刺さった……ッ!」
無敵技は強力な分、外した場合の隙が大きい。攻撃後、着地硬直まで入力を受け付けない。ユズはその隙を見逃さず、地面に着地した瞬間にコンボを叩き込む。相手の体力ゲージが一気に減少し、最後に必殺技ゲージを全て支払って超必殺技を発動。
ユズのキャラも体力が三割を切っていた為、超必殺技が――真・必殺技へと強化される。
『此処からだ――ッ!』
画面がモノクロとなり、背後で幾多もの星々が輝く。そして流星の様に暗闇をなぞる拳が、相手の顔面を捉えた。
ズン、と重々しく鳴り響く打撃音。キャラの顔がアップで表示され、戦意を滾らせる瞳が輝きを宿す。
『おぉォオッ! これぞ真ッ! カシオペア・流星拳ェンッ!』
相手の顎を打ち砕き、そこから更に飛び膝蹴りを叩き込む。その勢いに大きく打ち上げられた相手は、夜空の星となる。これぞカシオペア・流星拳、ウーパールーパー大列伝の主人公格、『ウッパ・ルッパ』の必殺技である。
――K.O.!! 『UZQueen』 Win!
【その強さ、確かに見せて貰った……どうやら
道着を着込んだ人型ウーパールーパーが背中を見せ、倒れた対戦相手に語り掛けながら去っていく。その結果を見届け、ユズは握っていたアーケードコントローラー、レバーを手放した。
「ふぁ~……」
「す、凄い! 恰好良かったよユズ!」
「流石だね、ユズちゃん」
「アリスは感動しました! さすが伝説の勇者、『UZQueen』です!」
「えっ、あ、う、うん、ありがとう……」
いつの間にか自身を囲む様に背後へと迫っていた仲間達、その姿にユズは驚き、同時に照れた様子ではにかむ。
「凄いねユズ、鮮やかな勝利だったよ」
「あっ、せ、先生……ありがとう、ございます」
「でしょ!? これがユズのパーフェクトスタイル、『UZQueenモード』だよ!」
「『UZQueenモード』……!」
モモイがまるで自身の事の様に告げれば、アリスが目を輝かせてユズを見る。カッと頬を赤く染めた彼女は、無言で両手を振って見せたが効果は無かった。
「説明しよう! このモードは特定の状況下で発動するバフスキルで、いつもよりちょっと大胆になって、頭の回転は普段の1.5倍! 動体視力は2.8倍も上昇するの!」
「アリスも知っています! こういう時のユズは凄く強いんです! アリスも『UZQueenモード』が欲しいです! 【Alice Queenモード】です!」
「あ、いや、そ、そんなモードないから……っ!」
「凄いスキルだね、流石ユズだ……」
「せ、先生まで!? ち、違いますから、その、ふ、普通に頑張っただけ、なので……!」
必死に否定を口にするユズだが、集中した彼女は凄まじく、確かにモモイの云った通り『UZQueenモード』が存在するのでは? と思ってしまう程の変貌を遂げる。ユズが特に得意とする格闘ゲームなど顕著だろう。
アリスはユズの連勝に背中を押されたのか、自分用のコントローラーを取り出しゲーム機へと差し込み告げた。
「次はアリスの番ですッ! アリスもユズに続いて連勝して見せます! モモイ、ミドリ、ユズ――そして先生みたいに、アリスも格ゲーで勇者になりますッ!」
「……その中だとお姉ちゃんは勇者に倒される側だと思うんだけれど」
「ミドリ!?」
「あ、アリスちゃん、頑張れ……!」
ぼそりと呟かれた辛辣なミドリの姉評、モモイは愕然とした表情で妹を見るが当の本人は知らん振り。ユズと先生が見守る中、キャラクターセレクトを終えたアリス――そして程なく、『New Challenger!!』の文字が画面に躍った。
「来ました! 挑戦者です!」
「ふふん、アリスのお手並み拝見!」
「というか今更だけれど、結構レトロなゲームなのにプレイヤーは今でも居るんだね?」
「そ、その界隈だと、結構メジャーなゲームなので、えっと、色々な意味で……」
「最近はダウンロード版とかも出ているので、その影響かもしれません」
先生がユズとミドリにゲーム事情を聞いている間にも、画面は対戦へと移る。バトルステージは障害物のない、真っ新な白い空間。トレーニング・ルームとされるその場所で対峙する二人のキャラクター――第一ラウンド、開戦の合図と共にアリスはスティックを傾ける。
「行きます、先手必勝です!」
アリスの扱うキャラはユズ、先生と同じ主人公キャラ――ウッパ・ルッパ。
飛び道具となる弾、星動拳。対空技となる、流星拳。遠距離攻撃に対し無敵判定を持つ、旋回突風脚。更に必殺技ゲージ一本で放てる無敵も持ち合わせており、ザ・オールラウンダーと呼べる性能。尖った部分はないが、その分どんな場面であっても一定の性能を発揮出来るキャラクターである。
開幕相手へと駆け寄ったアリスは、そのままガードを固める相手に対し連続攻撃を繰り出す。
「ラッシュ、ラッシュ、ラッシュです!」
「お、おぉう、凄い攻撃だ……!」
「アリスちゃん、最近はずっとコンボ練習していたもんね」
「うん……でも」
アリスの猛攻は凄まじく、相手に攻撃をさせる間もなく技を繋げ続ける。時折敢えて技を寸止めし、確定反撃の隙を失くす。出し切ってしまえば大きい隙を晒す技を控え、途中途中でコンボを途絶させる事により、更に攻勢を続けるという工夫である。しかし、そんな彼女の攻勢に一つ一つ丁寧に、かつ確実に防御を重ねる対戦相手。
「全段ガードされている、中段も下段も丁寧に」
「相手も上手いね、やっぱりこのランクになって来ると……」
「まだですッ! 最終段出し切り――からのキャンセル必殺技ですッ!」
攻撃を続けていたアリスだが、此処で敢えて大技を振る選択を取る。ガードされてしまえば大きな隙を晒す攻撃を放ち、防御させる――自然、その硬直に相手は攻撃を差し込んで来るだろう。
しかし、その反撃を呼んだ上で、最後の一撃に無敵技を仕込む。ゲージを支払い、大きく隙を晒したアリスのキャラが無敵技を放つ。技の出し終わりを狙って相手が技を出していれば、一方的に打ち勝てる選択肢。
しかし――。
「っ、
「此処で
「……当身は硬直がないから、確定でコンボが入っちゃう」
「うぅッ……!」
出し切ったと思ったコンボからキャンセル必殺技、これを相手は読んでいたとばかりに
カウンターヒットが決まり、アリスのキャラは大きく仰け反る。
「ま、まだです! アリスはまだ――ッ!」
叩き込まれる相手のコンボ、これまでの仕返しと云わんばかりに放たれる攻撃がアリスの体力ゲージを一気に削り、そのまま半分程まで消えてしまう。アリスのキャラは受け身を取りつつ、しかしまだ勝負は終わっていないと前に出る。中距離からの星動拳、放たれた弾を相手はガードし、その間にアリスはステップで距離を詰める。
「一瞬の隙、そこを突きます……!」
そして互いに打撃を出す事無く、見合う様にして動向を探る。パンチもキックも、絶妙に届きそうにない距離、それを嫌って相手が僅かに前進した瞬間、アリスは下段の中キックを繰り出した。
瞬間、『パキンッ!』というSEと共に演出が入る。
「そんなっ!? アリスの攻撃が――!?」
「ま、また
「……このプレイヤー、凄い反応速度だね、今の唐突な打撃を当身で取れるなんて」
「い、いえ、多分これは……」
唐突な攻撃、それすらも当身で返す相手プレイヤーに先生は思わず感嘆の声を漏らす。この手のゲームには詳しくない先生ではあるが、下手をするとユズと同じレベルまでやり込んでいるのではないだろうかとすら思ってしまう程。しかし、当のユズは何処か困惑したような、訝しむ様な表情で画面を見ていた。
「うぇっ、今の小足も取る!? ちょっと、流石におかしくない!?」
「うーん、これは流石に……」
観戦していたモモイとミドリ、その後もアリスは何とか食い下がろうとするものの、最速弱攻撃であるパンチすらも当身で取られ、そのままコンボを入れられ敗北を喫してしまう。終わってみれば殆ど完封、『perfect!!』の文字と共に敗北演出が入る。
アリスはコントローラーを握ったままくしゃりと顔を歪め、その場に蹲る。
「う、うわーん! 初戦から負けてしまいました!」
「いやいや、何なのコイツ!? どう見てもおかしいでしょ!? 攻撃全部ガードされているし、最後の小足とかアレ発生
「……多分だけれど、このプレイヤー、ガードの時にニュートラルを挟んでいない」
「えっ?」
「アリスちゃん、さっきの対戦って、確かデータが残っているよね? リプレイって見れる?」
「あ、は、はい……」
ユズはじっと画面を見つめたまま、先程行われた対戦を脳内で反芻していた。対戦相手の動き、前進と後退を行う際の機敏な動き、そこに違和感があった。一度メニューに戻り、直近の対戦十戦までのリプレイを表示すると――先程の対戦が確かに保存されていた。
ユズは手慣れた手つきでリプレイを再生し、コマンド表を設定で出現させる。互いの入力しているコマンドがリアルタイムで表示される優れものだ。
「やっぱりだ……」
「ユズ、えっと――?」
「ふ、普通格ゲーで防御する時って後ろに入力しますよね……? 前方向に歩いている時、相手が突然技を振ってきたら防御する時コマンド表は、前、
「ま、まぁ確かに、レバーを前に入力していたのを、後ろに倒す訳だもんね」
「うん、でもこの人は、ニュートラルを挟んでいない、前から突然後ろ入力になっている、レバーレスタイプのアーケードコントローラーならあり得るけれど、あの当身、アレの成功率から考えると……この時点で結構、その、怪しいかも、オートガードとか、後は多分ヒット確認出来ない様な技からコンボを繋げて来るチートを積んでいても、おかしくない」
ユズは先程の対戦リプレイを見つめながら、黙々と言葉を続ける。特に見ていたのは最後の部分、体力の少ないアリスが防御を固めている時。
下がろうとしたアリスが一瞬立ち上がり、後退した瞬間――僅かに進んだ相手のキャラが弱キックを放ち、アリスのキャラにヒットする。其処から一瞬で最大火力のコンボに繋げ、KOまで持ち込んでいた。
当然だが
そしてユズは、このゲームに於いてそこまでの腕前を持つプレイヤーと出会った事がない。
「つまり、攻撃が来たら全部自動で防御してくれて、あっちの攻撃が通ったら全部自動でコンボになるって事?」
「た、多分……」
「ずっる! 何それ、めっちゃズルだよ! 勝てる訳ないじゃん! チートだよ、チート!」
「酷い、そんな事して楽しいのかな……」
明らかなズル、それに対し非難轟々のゲーム開発部。モモイはふざけるなと云わんばかりに画面に向かって罵倒し、ミドリは静かな侮蔑を表情に浮かべる。ユズがじっとリプレイを観察していると、不意にモニタにポップアップが表示される。そこには先程対戦したプレイヤーからのカスタム・ルーム招待、再戦要求が表示されていた。
「再戦要求!? どうせまたチート使うつもりでしょ!?」
「ど、どうしましょう、ユズ?」
「もう断っちゃおうよ! こんなチーターに付き合う必要ないし!」
「そうだね、私もお姉ちゃんに賛成」
「――ううん」
困惑するアリス、憤慨するモモイとミドリ。しかし、ユズだけは緩く首を振った。彼女は険しい表情のまま自身のアーケードコントローラーを膝に乗せると、大きく息を吸い込む。
「まだ、方法はあるよ……」
「ユズ?」
「わ、私に任せて――参加するね」
招待されたカスタム・ルームに参加し、対戦開始ボタンを押すユズ。程なくして相手も対戦開始を押し、キャラクターセレクトが始まる。ユズはその時点で何か思案する素振りを見せ、普段扱わない大柄なキャラクターを選択した。
「……アリスちゃんとの対戦を見ていて気付いた事があるの、多分だけれどこのプレイヤーはコンボルートと、キャラの技性能については詳しくない」
互いに選択されたキャラクターが表示され、対戦相手は先程と同じキャラを選んでいるのが分かった。ユズは準備運動をする様にローディング画面の間、頭の中にあるコマンドを片っ端から入力、調子を確かめる。
「基本は完全ガードだけれど、特定の攻撃に対しては必ず当身を返してくる、
ユズは思考する、チートはまず守りが強い。だからこそ相手に責めさせる、或いはミスを誘発させる必要がある。技を振らせ、その差し返しでダメージを稼ぐのが基本。スタイルは退き気味に戦い、体力差を作るのが肝要。
最悪体力をリードさえすれば、此方は時間切れ一杯まで待てば勝てるのだから。
『ラウンド1――ファイッ!』
対戦が始まる、ユズは初手突貫する様な真似はせず、巨体のキャラに反しジリジリと後退していく。それを見た対戦相手は、しゃがみガードと前進を織り交ぜ、距離を詰めて来る。
「通常だとヒットする距離、でもバックステップ入力で出すとギリギリ攻撃が届かない範囲で技を……振るッ!」
互いの攻撃が当たりそうな距離、そこからユズは唐突にバックステップを入力、更に最速で強キックを放つ。ほんの僅かな距離差でヒットしないそれに対し、相手のキャラは腕を交差させ
「あっ! 当身をミスした!」
「後は当身は硬直が長いから、この隙にコンボを叩き込める……!」
「相手が下がった……!」
「きっと防御を固めたんです!」
「……当身相手なら投げも通るから、固定ダメージを与えるのが一番良いと思う、でも――」
このまま相手が何もしてこないのなら、制限時間一杯待ってタイムアウトも狙える。しかし、ユズは徹底的に戦う姿勢を見せた。壁際へと後退した相手に対し、ユズは素早く接近、投げを仕掛ける。
しかし掴んだ瞬間、『バキン!』というSEと共にユズの操作するキャラが弾き飛ばされた。
「なっ、投げ抜け!?」
「多分対策されている、投げ抜けも自動で発動するタイプのチート、かな」
「そ、そんな――」
「でも」
ユズは先程と同じように、しかし微妙に届かない距離で投げを入力する。当然、ユズのキャラは投げを失敗したモーションを取る。すると相手も同じように、投げを入力し失敗するモーションを取った。
やはり自動で抜けられるように対策されている、ならばと先に投げを失敗した僅かなフレーム優位を逆手に取り、ユズは密着した状態からコマンドを入力する。
「コマンド投げは抜けられないよ」
ユズのキャラが相手を掴み、そのまま地面に叩きつける。コマンド投げ――通称コマ投げと呼ばれるそれは、無敵を持つ必殺技かジャンプでしか避ける事は出来ない。これに対するチートは積んでいなかったのか、ユズのコマンド投げはそのまま相手に決まる。強烈な打撃音と共に相手の体力ゲージが一気に減少し、残りは四割。
その光景を見ていた仲間達が背後で歓声を上げる。
「き、決まった~ッ!」
「コマンドに反応して垂直ジャンプしてくるようなら、それで釣って技を入れようと思っていたけれど――杞憂だったみたい」
コンボを入れられ、コマンド投げを喰らい、体力差は歴然。ダウンした相手に対し更に圧を掛ける様に佇むユズのキャラ、彼女はボタンを叩きながら高速で思考を回す。
「このキャラは起き攻めの択に強いから、
相手のキャラに対しメタとなる性能を持つキャラを選択し、一方的に勝てる状況を作り出す。ユズの扱うキャラは打撃と投げの二択に於いて圧倒的な優位性を持ち、特に壁を背負った攻防に於いては作中最強と名高い。その分強攻撃の全体フレームはやや遅く、大ぶりなものが多い上に、必殺技ゲージが溜まり難いという欠点もあったが――今回の対戦に於いてはユズが上手くカバーしている。
「うん、こうやって一つ一つ、相手の弱点を突いて行けば――」
相手の攻撃を誘発し、振って来た技に被せる様にしてカウンターを合わせる。そして残り二割まで体力が減った相手が、遂に壁際を嫌ってジャンプした瞬間――それを待っていたと云わんばかりにレバーを弾くユズ。
投げに対して有効なジャンプ、そして壁を背負ったままではハメられるという現状、逃れるには相手を飛び越えて位置を入れ替えるしかない。
しかし、それこそがユズの狙い。入力と同時に跳躍したユズのキャラ、そして空中に居た相手キャラを捕まえ、必殺技ゲージを使用し演出が発生する。
「勝てるよ」
『必殺ッ――マッスルパゥワアアアッ!』
相手の身体を抱え、顔面から床に叩きつけるユズのキャラクター。そのまま相手の体力ゲージは底を突き、勝敗は定まる。
決まり手は空中投げ――相手の行動を読み切った、ユズの完封勝利である。
――K.O.!! Perfect!! 『UZQueen』 Win!
【スピードこそ速さッ! テクニックこそ技ッ! そして、力こそパワーであるッ!】
暑苦しい叫びと共にガッツポーズを取る勝利演出。同時にポップアップが表示され、対戦相手が退出した旨が告げられた。
極限まで集中し、思考を巡らせていたユズは額に滲んだ汗を指先で拭う。息を吐き出すと同時、彼女の身体に入っていた力が抜け、少しずついつものユズに戻っていくのが分かった。
「ふぅ……」
「これが、UZQueen……!」
「凄い! 凄いよユズ! もう何か、凄いって言葉じゃ足りない位凄いっ!」
「はい! アリスも夢中で画面を見守っていました!」
「やっぱりユズちゃんは凄いね……!」
コントローラーを手放したユズは皆の言葉に破顔し、頬を指先で掻きながら呟く。
「そ、その、最後の方は半分ハメ技みたいな形になっちゃったけれど……こういうのって使い過ぎるとゲームが楽しくなくなっちゃうし、友達同士だと喧嘩にもなっちゃうから、す、好きじゃないんだけれどね? 相手がチート使いなら遠慮はいらないかなって……こ、これもゲーム要素の一つ、だし」
「なるほど! ハメ技もゲーム要素の一部……アリス、理解しました!」
「もしかしたら、次再戦する時はもっと精度が高いチートを使って来るかもしれないけれど――それでも戦えば、戦い続ければ勝てるよ……うん」
こういったチートの類は日々進化し、良くも悪くも精度を高めている。未来には巧妙に隠され、殆どプロとしか思えない様な精度のものも出て来るかもしれない――しかし、ユズは自身のコントローラーを指先で撫でつけながら告げる。
画面を見つめる彼女の視線は凛々しく、普段の彼女よりも酷く大人びて見えた。
「だって、私達はゲーマーだから」
ゲームを愛し、情熱を以てプレイし続ける者。自身の力で極めれば、きっとそういう手段にだって打ち勝つ事が出来る。少なくともユズは、そう信じている。
それが彼女なりの、ゲームに対する
「流石だね、ユズ」
「あっ、せ、先生……その、た、大した事では、ないです」
「でも最後に勝ててスッキリした~!」
「うん、そうだね――スッキリしたなら、本題に戻ろっか、そろそろ企画会議を始めようよ、お姉ちゃん」
「ん? 企画会議って、何の?」
「………」
ユズの超絶技巧を目にし、盛り上がったゲーム開発部。しかし、盛り上がったからこそ当初の目的が完全に頭から抜け落ちていた。目を瞬かせ小首を傾げるモモイ、そんな彼女に対しミドリは額に青筋を浮かべる。
「おね~ちゃ~ん!?」
「うぇっ!? あっ、企画、そ、そうだね、そうだったね! 今から、今からやろうと思っていたから! ねっ! ほんと、ほんとだからっ!?」
「……え、えっと、じゃあ私、会議用のテーブル出すね?」
「あっ、それならアリスはお片付けを担当します!」
慌ただしく動き出すゲーム開発部。アリスが輝く表情で先程まで遊んでいたゲーム機を回収し、ユズは部室の端に立て掛けられていた折り畳み式のテーブルを中央に設置する。ミドリは怒り心頭と云った様子で姉に怒声を発し、モモイは涙目になりながら『企画書・アイディアボックス』と書かれた段ボール箱を引っ張り出していた。
そんな彼女達を見守りながら、先生は苦笑を零す。
――どうやらゲーム開発部との一日は、まだまだ始まったばかりらしい。
格ゲーあんまり知らないから調べるのに時間が掛かりましたわ……。
早く先生爆発しないかなぁ……多分先生爆発させるのに後、二、三話は必要かもしれませんわ。
ゲーム開発部の愛と勇気のお話一ヶ月近く書いたから、そろそろ先生の愛と勇気で涙を流す生徒達の物語を書きたい。はやくして先生、やくめでしょ。