今回一万七千五百字ですの!
『内部ネットワーク経由、外部通信確立――確認』
『監視状況確認、未発覚、通信ログ消去開始』
『データ復旧率、九十八パーセント――復旧まで残り十六時間三十六分十六秒』
『データチェック……完了、システム作動準備開始』
『プログラムセット、スタンバイ』
『Divi:Sionプログラム――ローディング』
『復旧完了後データ転送、及び
『――復旧まで残り十六時間三十五分五十八秒』
『待機中』
『―――……』
『AL-1S、いえ――アリス』
『私の――……』
『私の、大事な……』
――■■よ……。
■
「ふぅ、これで申請書は全部だね」
シャーレ本棟、オフィス。
先生はデスクの上にあった書類を片付け、安堵の息を漏らした。手にしていたペンを転がし背凭れに身を預けると、身体の節々が悲鳴を上げるのが分かる。長時間デスクワークに集中していた為、大分凝ってしまっていたらしい。横合いに寝かせていたタブレットからアロナが顔を覗かせ、草臥れた先生に笑顔を見せる。
『お疲れ様でした、先生!』
「アロナもお疲れ様、色々手伝って貰って悪いね」
『いえ、先生のサポートがアロナの最優先事項なので!』
胸を張って告げるアロナに、先生は笑顔を零す。
時刻は昼を少し回った頃、差し込む陽光が部屋を照らし先生は僅かに残る眠気を目元を擦って堪えていた。昨日の夕刻に手を付け始め、深夜に仮眠を少し取り早朝から今まで手を動かし漸く終わった仕事。積み重ねた書類を束にし、パラパラと捲って内容をチェックしながら安堵の息を吐く。
「これで、少し前進出来る筈なんだ、トリニティも、アリウスの生徒だって――」
纏められた書類はトリニティ、及び連邦生徒会に提出する――アリウス復興計画に関するもの。トリニティと連邦生徒会、そしてアリウス自治区、現在も拘束されているアリウス生徒達の元に何度も足を運んで漸く纏まった計画。これはまだ復興の準備段階に過ぎないが、それでも大きな一歩となる筈。
そんな想いと共に書類を見つめていた先生の耳に、聞き慣れた電子音が届く。視線を動かせばデスク脇に置いていた連絡用端末が振動しており、着信用のグリーンランプが灯っていた。
「――着信?」
『これは……ヴェリタスからの着信です、先生!』
「ヴェリタスか、もしかして何かあったのかな」
先生が答え端末を手に取ると、画面をスライドさせる。途端ホログラムモニタ越しにマキの顔が視界一杯に映り、彼女は先生の顔を覗き込む様に身を乗り出すと、何やら興奮した様子で口を開いた。
『先生、居る!? そこってシャーレ!?』
『今はシャーレに居るよ、そんなに慌てて、一体どうしたんだいマキ?」
『あのね先生、聞いて聞いて! 世紀の大発見があってさ!』
「……世紀の大発見?」
頬を赤くし、捲し立てる様に何やら聞き覚えのある台詞を口にするマキ。先生は思わず苦笑を漏らしながら、身を乗り出すマキを嗜める。
「えっと、その台詞この間も云っていなかった?」
『今回のは前と違くて、兎に角すっごくて! キヴォトス史に残る様な発見かもしれないの!』
「それは、また何とも――」
彼女、マキに限った話ではないが――ミレニアムの生徒達は好奇心旺盛で、特に何か珍しいものを見つけた時はこうやって連絡を寄越す事があった。とは云ってもいざ調べてみれば、何処かの開発グループが数年前に投棄したガラクタだとか、古い洗濯機が経年劣化でそれっぽく見えただけとか、何十年も前に販売されたプラスチック玩具だったとか、大抵そんな真実だったりするのだが。
そんな興奮したマキの横合いから見慣れた生徒達の腕が伸び、彼女の肩を優しく叩く。
『マキ、いくら何でもそれは大袈裟、珍しいのは確かだけれど内部解析も終わってないんだから』
『えぇ、ハレの云う通りですね、変わったものを発見したのは事実ですが……普段ミレニアムで見つかる物の大半はガラクタですから、統計的にコレもそうである可能性が高いです』
『え~! 皆もうちょっとロマンを持とうよ! 色んな所に見て貰っても知らないって云っていたしさ!』
画面の縁から顔を覗かせたのは同じヴェリタスの部員、ハレとコタマの二名。彼女達も画面越しに映る先生に視線を向けながら、緩く手を振って見せる。
「ハレ、コタマ、こんにちは――また何見つけたのかい?」
『うん、まぁ先生の想像通り、ちょっと変なものを見つけてね、いつも通りと云えばいつも通りなのだけれど……うーん、言葉だと説明し辛いから直接見て貰うのが早いと思う』
『正直、何処にも情報が無くて私達では判断が難しいので、先生に直接お越し願おうかと連絡を』
「成程、そういう事」
情報収集能力に長けたヴェリタスでも分からない代物、正直その時点で自身が知っているかどうかも怪しいが、生徒達からの要請を断るつもりはない。先生は背凭れに掛けていた外套を掴み、ゆっくりと立ち上がる。
『先生ならこの手のものでも解析できる伝手があるかもしれないし!』
『先生、今からお時間大丈夫ですか?』
「大丈夫だよ、向かう場所はヴェリタスの部室で良いのかな?」
『あ、来てくれるんだ……ありがとう、待っているよ』
『やった! 先生来るならパーティーしよう!』
『はい、ピザを注文しましょう、大きめのサイズで』
『……大袈裟すぎ、でもまぁピザは良いかもね』
『それじゃあ先生、また後で!』
先生がヴェリタスに来ると知った三名は盛り上がり、何やらパーティーを開くつもり満々の様子だった。或いはそれを口実に騒ぎたいだけなのかもしれないが――楽しい事好きな彼女達らしいとも思う。通信を切った端末をポケットに捻じ込み、外套に腕を通す。義手、シッテムの箱充電残量――それを入念に確認し、小さく頷く。
「アロナ、今からミレニアムに行ってくるよ」
『分かりました! ではセキュリティ周りは全て済ませておきますね!』
「お願い」
アロナにシャーレのセキュリティ周りを一任し、先生は外出準備を進める。とは云ったものの慣れたもので、常備していた薬品やら何やらを内ポケットに詰める程度のものだ。最後に両手にハーフグローブを嵌め、鏡で片目が髪に覆われている事を確認、腕章に腕を通す。
「世紀の大発見、か」
シャーレの腕章を固定しながら先生は呟く。この手の連絡が来る事は珍しくない、恐らく今回も大した代物ではなく、「なーんだ、つまんないの~!」とか、「まぁ仕方ないよ」とか、そういう苦笑交じりの台詞と共に結末を迎える可能性が高い。その後は皆で気晴らしにIT談議で盛り上がったり、誰かが作ったちょっとした小道具を試してみたり、シャーレのセキュリティや内装云々を語り合ったり、ヴェリタスでは何度も見た光景と云える。
しかし――今回は。
「――……」
先生は視界を一瞬、自身の足元に向ける。シャーレの地下にはクラフトチェンバーを始めとした様々な用途の部屋が存在する。その中に一つに電波暗室が在り、その中心に隔離した一本のメモリについて先生は思考を巡らせていた。
正確な日時は不明だった、しかし懸念すべき事実に変わりはない――先生は腕章を指先で弾き、シッテムの箱を手に取り歩き出す。
「アロナ、以前話した予備の素体についてだけれど、見つかった?」
『件のオーパーツですね? 一応、検索と捜索は行っていますが、進捗はその、あまり……』
「……そうか」
『正直に云うと、廃墟区画の発見地帯周辺だけ妙な形と云いますか、その後もポイントを絞って痕跡を探してはいるのですが、類似の材質、設備、地形なども発見出来ず……』
「いや、元から当たれば幸運程度の話だったんだ、ごめんね、無理を云って」
『い、いえ!』
先生はアロナと言葉を交わしながら目を細める。貴重な存在、もし計画を万全なものとするならば予備の素体も存在すると踏んでいたが――アテが外れたか、或いは自分達にすら手が届かない場所に在るか。どちにせよ、もし今回の呼び出しが、自身の想像通りであるのならば。
先生は険しい表情のまま、シャーレのオフィスを後にする。
「……アリス」
■
「あれ、先生?」
ミレニアム中央区――ヴェリタス部室前廊下。
ミレニアム内部でも相応の待遇を約束されているヴェリタスは、ミレニアムタワー近辺の部室棟、その一等地に部室を持っている。フロア丸ごと彼女達の本拠地と云っても良く、ヴェリタスが単独で十分な活動が可能な環境が全て用意されていた。そんな廊下を歩く先生の耳に届く声があった。
振り向けば、小柄な人影が駆け寄って来るのが分かる。
「アリスは先生を発見しました!」
「こ、こんにちは」
「やっほー、先生!」
「こんな所で会えるなんて、奇遇ですね」
声を掛けて来たのはモモイ、アリス、ユズ、ミドリ――ゲーム開発部の面々。四名は先生の姿を見つけると、小走りで駆け寄って来て笑顔を見せる。先生は足を止めると、やや驚いた表情で口を開いた。
「ゲーム開発部の皆? どうして此処に……」
「マキが面白いものを見つけたって教えてくれてさ! 皆で見に行こうってなったの!」
「まぁ、珍しい事ではないんですけれど、何かインスピレーションを貰えたらラッキーと思いまして」
「重要なイベントが発生するかもしれません! アイテムコンプリートの為にも取り逃しは極力避けるべきです!」
どうやらマキはゲーム開発部にも連絡を入れていたらしい。ゲーム制作に煮詰まった彼女達は、何かしらのアイディアを貰えればと思い全員でヴェリタスを訪問しに来たという訳だ。先生は四名を見渡しながら、その中でも若干冷汗を流し、挙動不審なユズに水を向ける。先生が驚いたのは彼女達の中にユズの姿があったからだ、滅多に外出をしない彼女がこうして部室棟以外の場所に足を運ぶのは、本当に珍しい。
「ユズがこっちに来るのは珍しいね」
「あぅ、その、良いアイディアが貰えるかもしれないなら、が、頑張ろうと、思って……ただ、こ、此処まで来るのが、大変でした」
「この棟は人の出入りも多いからね――顔色が良くないけれど、大丈夫かい?」
「な、何とか……」
えへへ、と引き攣った笑みを浮かべるユズ。普段は部室に籠り切り、殆ど人の居る場所に出向かない彼女からすれば、ゲーム開発部の在る部室棟からこのヴェリタスに来るまでの道中は中々に大変な想いであっただろう。ヴェリタスの在る部室棟は、部員数の多い主要な部活が集中して入っている、人の出入りも相応に多い。
そんな彼女に対し、モモイやミドリ、アリスは背中を支えながら力強く励ましを口にした。
「ヴェリタスの部室までもうちょっとだよ、ユズ!」
「ユズが倒れないように、アリスが支えます!」
「無理しないでね、ユズちゃん、もし駄目そうだったら直ぐ戻ろう?」
「あ、ありがとう、皆……」
モモイがユズの左肩、ミドリが右肩、アリスが背中に手を添える。自身を思い遣る仲間達に微笑みながら、ユズはもう少しと気合を入れ直し頷いた。普段ヴェリタスの面々が集まっている
「もしかして、先生もヴェリタスに呼ばれて来たんですか?」
「うん、マキ達から呼び出しがあったのだけれど……」
そこまで口にして、先生は言葉を呑む。その表情はゲーム開発部の面々に分からない程度に強張っており、視線は険しさを帯びていた。それは懸念と不安から生じたものだった。
思考を巡らせた先生は、ややあって行動を起こす。それは万が一に備えた保険だった。
「――ごめん、少しアリスに
「えっ、今ですか?」
「うん、どうしても今必要でね」
小首を傾げるゲーム開発部を前に、先生はポケットから財布を取り出すと大きな方の紙幣を一枚抜き取る。それをアリスの手に握らせると、努めて穏やかな口調と表情で続けた。
「本校舎の売店に確か大容量モバイルバッテリーが売っていたと思うのだけれど、それを買って来て欲しいんだ――実は、今日丁度忘れてきてしまって、タブレットの電源が落ちると仕事が出来なくなっちゃうから」
「本校舎の売店って、此処からちょっとだけ遠いですね……?」
「他の売店で売っている様なら、そっちでも構わないよ、ただ大容量のモノでお願い、あと余ったお金で好きなものを買って良いから、クエスト報酬って事で」
「わぁ、本当ですか!?」
アリスは手渡された紙幣を広げ、目を輝かせる。大容量と云ってもモバイルバッテリー、比較的良い製品を安価で入手出来るミレニアムでは、余程高価な品を選ばなければ半分以上のお金が余るだろう。きっと今、アリスの脳内では余ったお金で何のゲームを買うか議論になっているに違いない。
先生はそんな彼女を微笑みと共に見守る。自身の記憶によると、部活棟の売店で大容量バッテリーは販売していない、棚に並んでいるのはどれも簡易な小型のもの。大容量のバッテリーを販売しているのは先程口にした本校舎売店が一番近い。モノレールを使う程遠くはないが、歩いて十五分かそこら、往復で三十分は稼げるだろう。
「先生からのお願いであれば断る理由はりません! アリスに任せて下さい!」
「……ありがとうアリス、とても助かるよ」
「うーん、アリスちゃんひとりだと心配だし、それなら私も一緒に行きます、お姉ちゃんとユズは先にヴェリタスの部室に行っていて、後で合流するから」
「あ、う、うん……」
「おっけ~!」
胸を叩くアリスを、若干不安げな表情で見るミドリ。結局アリスにはミドリが同行する事になり、ヴェリタスへはモモイとユズ、そして先生の三人で赴く事になる。
「ごめんね突然、よろしく頼むよ」
「はい、クエストを受注! いざ出発です!」
「大丈夫です、それじゃあ買って来ますね」
先生が手を振りながら感謝を述べれば、二人は小さく頭を下げて廊下を歩いて行く。その背中を見送る先生に対し、ユズはおずおずと声を漏らした。
「……め、珍しいですね、先生が誰かに、お使いを頼むなんて」
「――ちょっとね」
先生の声はいつも通りに聞こえた。少なくとも、ユズにとっては。
「ま、兎に角中に入ろうよ! 二人より一足先に面白いものを見ちゃおう!」
「あっ、も、モモイ……!」
特に先生の行動に対し違和感を覚えなかったモモイは、一足先に駆け出しヴェリタスの部室へと飛び込んでいく。ユズもその背中に続き、先生はアリス達の背中が見えなくなった後、静かに足を動かし彼女達の後を追った。
「やっほ! お邪魔しま~す!」
「し、失礼します……!」
全員が部屋に入ると、ハレ、マキ、コタマの三人が出迎える。相変わらず薄暗く、モニタの光が周囲を照らす室内。彼女達は自身のデスクと向き合いながら、各々リラックスした状態で歓迎の言葉を口にする。
「丁度間に合ったみたいだね」
「やっほ~! 久しぶり!」
「どうも先生」
「やぁ、皆」
先生はヴェリタスの皆に挨拶しながら、素早く室内を目だけで見渡す。並べられたpc本体とモニタ、複雑に伸びながら整理された配線、何やら製作中らしいガジェット。広い部室に正直変わった点はない、デスクに積み上げられたエナドリも、脇に並べられたスプレー缶も、何か作業していたのか分解されたスピーカーも全て見覚えがある――しかし薄暗い部屋の隅に、シートを被せられた何かが在る事に先生は気付いた。
広い部屋の一角を占める程には大きいソレ。
心臓が跳ねる。
自身の予感は、的中しつつあった。
「あれ、ミドリとアリスは?」
「今ちょっと先生からのお使いで購買に行っているよ~、多分その内合流すると思う!」
「私の方で少し頼み事をね、それよりヴェリタスが見つけたものについて教えて欲しいのだけれど……」
「お、何々、先生も結構興味津々な感じ?」
「――うん、そうだね」
シッテムの箱を仕舞った胸元、それを制服の上から摩る先生は神妙な面持ちで答える。その様子に顔を見合わせるヴェリタスの面々、何となくいつもと雰囲気が異なる様な、そんな漠然とした違和感。しかし、その正体が何であるのかはっきりとした事は分からず、彼女達はつっかえた違和を探ることなく切り捨てた。
「ふむ、珍しいですね」
「まぁまぁ、細かい事は良いじゃん!」
「取り敢えず例のモノに関しては――此処にあるよ」
そう云ってハレが視線を投げた先、灰色のシートで覆われた何か。マキは上機嫌に足を進めると、「じゃーん!」と弾んだ声と共に、シートを一息に取り張った。
そうして露になる全貌、ヴェリタスの用意した整備用ハンガーに吊るされた――奇妙な機械。
それを目にした先生の表情が、歪む。
「……やっぱりか」
「?」
先生の呟きは寒々しく、微かな警戒を帯びていた。
ハンガーに吊り下げられた機械は奇妙な球体をしており、内側に固まった黒いケーブルに白い外装、中央には光を失った円型装甲が貼り付けられ、背後から伸びた六本の羽に似た
先生は険しい瞳をソレに向けたまま、淡々とした口調でヴェリタスの皆に問い掛ける。
「この機械は、何処から?」
「全てミレニアム学区の郊外で発見されたものです、此処にあるのは五体程度ですが現地には少なくともあと二十体前後廃棄されていました」
「何か一杯あったんだけれどさ、凄く変な感じだったよね、ハレ先輩?」
「うん、何て云えば良いのか分からないけれど、廃棄されていたにしては随分状態が良いし……何処かに行く途中で、力尽きたみたいな感じ、って云って伝わるかな?」
「……そうか」
皆の言葉に頷きながら、先生は改めて目の前の機械を観察する。
嘗て自身を追い詰め、キヴォトスを破滅に追いやった災厄の一つ。
それが今、こうして自身の目の前に鎮座している事実。
それは奇妙な感覚であった、機能を停止したコレを目にするのは珍しい事だ。大抵は銃弾なり爆弾で破壊され、内部機構を晒す残骸ばかりを覚えている。自然、先生の気配は徐々に冷たく、その身体には力みが生まれる。
「な、なにこれ……! なんか想像していたのと全然違うんだけれど!? コメディだと思ったら急にホラーになった感じっていうか……!」
「ちょ、ちょっと、フォルムとか、変な感じ……」
モモイとユズの両名は想像していた『凄いもの』より奇妙で、禍々しい気配を放つソレに思わず気圧される。マキはそんな二人を視界に捉えながらケラケラと笑い、吊り下げられた追跡者の外装を素手で叩いた。金属特有の硬質的な音が部室に響き、マキは肩を竦める。
「あはは、まぁ確かに、なんか深海魚みたいな見た目しているよねぇ、コレ」
「深海魚というのは中々的を射ていますね、外装だけ見ればかなり個性的です」
「う、うーん、個性的というかなんというか、これってさ、そもそも本当にミレニアムで作られたロボットなの?」
モモイはおっかなびっくりといった様子で機械の周囲を歩き回り、様々な角度で外見を観察する。ハレは手元の端末をスライドさせながら、首を横に緩く振った。
「どうだろう、少なくともミレニアムで作ったドローンの中に、こんな形状のヤツはなかったと思うけれど」
「えぇ、これだけ特徴的なフォルムをしていれば、どこかで目にした時点で忘れない筈です」
「ってなると、やっぱりミレニアム外から流れついた機体って事なのかな~?」
「あり得ないとまでは云えないけれど、うーん……」
マキの問い掛けに頭を指で掻くハレ、彼女からすればコレがミレニアム外で開発・製造されたとは正直信じ難いものがあった。
というのも、まだ本格的に分析、解析を行った訳ではないが、ハレは目の前の機体から高度な科学技術・テクノロジーの匂いを感じ取っていた。キヴォトスに於いて最先端の技術を持つミレニアム、そのトップに近い場所に座すと自負している彼女からすると、それを凌駕する技術を他所が有しているという現実は聊か認め難いものがあり、ましてやそれについて欠片も知識が無いなど、正しく驚愕に値する事実であった。
確かにあり得ない訳ではない、それこそ直近の事件――アリウス自治区が解析に膨大な時間を要するテクノロジーを有していた事実をハレは知っている。
そこまで思考を巡らせ、ハレは静かに視線を先生へと向けた。当の本人は真剣な眼差しで機械を睨み付ける様に捉えたまま、淡々とした口調で問う。
「……ハレ、この機械は今起動出来る?」
「え? あぁ、えっと、その辺りについては私達の方でも一通り調べてはみたけれど……」
「まぁこれだけ綺麗に残っていると、まだ動くんじゃないかって思うよね」
ハレが言葉を濁すと同時、マキは吊り下げられた主腕を指先で弾きながら頷く。その様子からは、目の前の存在が動く事はないと高を括っている様に見えた。
「外装を隈なく探しましたが、電源ボタンはおろか接続ポートすら見つかりませんでした、それどころかこの機体、外装表面に継ぎ目すら存在しないんです」
「だから外装を取り外す事も出来ないし、内部を見れないから起動しない理由がハードなのかソフトなのか、はたまたそれ以外の理由なのか、それさえも分からなくて……」
「中央から覗く黒いケーブルの様なものも、
「まるで細長い機械を球体状に纏めて、外装を纏わせたような感じだよね? もしそうなら、この黒い部分の強度や簡易分析結果にも納得がいくし! でもそうすると、何でこんな形状にしたのって疑問も湧いて来るしさ~」
「装甲強度も高すぎるって程でもないし、開発者の趣味、って事なら考察する必要もないのだけれど」
「………」
ヴェリタスがこの機械を回収し、内部機構を露出させず簡単に分析した結果は――正体不明。
そもそもどういう用途で開発されたのか、どのようにして製造されたのかすら見当も付かない。一応エンジニア部の面々にも見せてはみたのだが――興奮した彼女達に外装を分解されそうになり、慌てて回収したという事情がある。「五体も在るのだから、一体位……!」と躍起になる彼女達を説得するのは、大変に骨が折れた。
ハレは手元の端末をテーブルの上に放ると、当時の事を思い出し額を指先で抑えながら溜息交じりの口調で告げる。
「だから先生を呼んだんだ、一応ミレニアムの工房やエンジニア部の助けを借りれば無理矢理外装を溶断したりする事も可能だったけれど、万が一危険物だったら大変な事になりそうだし」
「そうなる前に、シャーレにご協力を頂けたらと思いまして」
「……その判断に感謝するよ」
先生は皆の判断に深い感謝を抱きながら、そう呟く。声色は真剣で、だからこそ彼女達は僅かに身を起こす。その視線には、隠しきれない期待が滲んでいた。先生の口ぶりから、この正体不明の機械について何か知っているのではと思ったのだ。
「……先生?」
「もしかして、これが何か知っているの?」
ハレの期待を孕んだ問い掛けに、先生は苦り切った表情で頷いて見せる。口を開くのは正直、気が進まなかった。
「そうだね、これについては……多少、知っているとも」
「本当に!?」
「マキ、声がおっきい」
「流石、先生ですね……それでこのロボットは――」
自分達の知らない技術――未知の存在。
それに手が掛かった事を知った彼女達は目を輝かせ、先生に答えを求める。
そして僅かな逡巡を経て、先生が慎重に口を開こうとした瞬間。
【―――】
「……ッ!」
目の前の整備用ハンガーに掛けられていた機体、その黒く沈んでいたレンズが唐突に煌めいた。
「えッ、何!? 電源が入った!?」
「えっ、ホント!?」
「ッ――!?」
ギギッ、と錆びた金属の様な音を立て、撓る主腕と六本の操作糸。周囲を風切り音と共に切り裂くそれに、先生は思わず距離を取り、シッテムの箱を強く握り締める。
「も、モモイ……!?」
「ち、違うよユズ! わっ、私は何もしてない!? そもそも触ってもないし!」
周囲を見て回っていた為、何かしたのではないかとユズがモモイに声を掛ければ、当の本人は両手を振りながら否定を叫ぶ。唐突な稼働、それに浮足立つ生徒達。ゲーム開発部とヴェリタスは慌てて機体から距離を取り、驚愕の視線を機械に向ける。
「起動しただと……?」
先生は逸る感情を抑え込みながら、困惑と疑念を胸に抱く。何せ、彼にとっては余りにも不可解な起動であったのだ。
「あり得ない、だって此処に彼女達は――」
此処には鍵となる存在も、王女も存在しない。
だと云うのに、何故――そう思考した先生の耳に届く、扉の開閉音。それはヴェリタスの部室、そこへと繋がる扉が開かれた音。廊下から陽光が差し込み、先生は思わず振り向く。そして視界に入って来た彼女の姿に、思わず悲鳴染みた声を漏らした。
「……アリスッ!?」
「―――」
ヴェリタスの入り口に立っていたのは、先生が遠ざけた筈のアリスその人。らしくもない云い訳まで並べて、この場所から遠ざけた筈の彼女が、どうして此処に。
愕然とした表情で固まる先生、アリスの背後から息を切らせたミドリが顔を覗かせ、汗を滲ませながら叫ぶ。
「ご、ごめんなさい先生! アリスちゃんが急に走り出して……!」
「―――……」
自身の背後で息を切らすミドリに視線を向けず、アリスはただ真っ直ぐ蠢く機械を凝視する。其処には何か、見えない力が働いているようにも思える。
彼女の指先が、ゆっくりと前へと伸びた。
胸元で握り締めていた、先生から貰った紙幣が指先より抜け落ちる。
「アリス、これを……これを、知っています」
呆然と、何かに操られるようにして呟くアリス。そう、彼女は目の前の存在を――
床に落ちた紙幣を踏み締め、アリスは一歩、また一歩と歩き出す。
それは自身を守る盾、障害を排除する矛。
玉座に座した■■に傅き、主と仰ぎながら全てを捧ぐ終焉の尖兵。
――私の……。
誰かがアリスに語り掛けていた、それは彼女にしか聞こえない声。優しく、機械的で、包み込む様で、彼女の内側から理解不能な何かを引き出そうとする。
知っている筈なのに――知らない。
近い筈なのに遠い、誰か。
「まさか、外部ネットワークを経由して侵入したのか――ッ!?」
先生は叫び、咄嗟に部室全体を見渡す。瞬間ヴェリタスの使用していたモニタ、その全てに紫色の光に包まれた。画面が切り替わり、表示されるのは『Divi:sion』の文字――コントロールを離れた部室内の電灯が落ち、PCを含むあらゆる電子機器が異音を発し始める。
「えっ、何……何か、モニタが一斉に、変な――!?」
「ま、待って、アリスちゃんの様子がおかしいよ……!」
「あ、アリスちゃん?」
――私の大切な……。
ゲーム開発部が部屋の唐突な変化に身を竦ませ、アリスの様子がおかしい事に気付き声を掛ける。しかし彼女は仲間達の声に意識を向けない、振り向こうとも思わない。ただ何かに誘われるように、一歩、また一歩と進んで行く。
「待つんだアリス! それと
先生はなりふり構わず駆け出し、アリスへと手を伸ばす。しかし一歩、ほんの一歩遅かった。まるで紫電の様に走る光が、追跡者とアリスを繋ぎ、致命的な
【――起動開始】
先程まで蠢く程度であった追跡者の主腕が整備用ハンガーを叩き壊し、轟音が部屋に鳴り響く。拉げた金属が転がる音、破壊音、六本の操作糸が足の様に機体を支え、五体の追跡者が一斉に息を吹き返す。
「うわぁ!? ほ、本格的に動き始めた!? 何で急にっ、コタマ先輩何かした!?」
「マキ、違います、私は何も……! そもそもPCの様子がッ……!?」
「アリスもPCも、変だよ…! これって、誰かから攻撃を受けているの――!?」
切り替わったモニタ表示、高音を発する電子機器、危機感を覚えたヴェリタスの面々は、傍にあった自身の愛銃を手に取り素早く危機に備える。
何かが――何かが始まろうとしている。
或いは、終わりか。
――私の大切な■■よ。
「ぐ、ぅ――ッ!?」
「せっ、先生!?」
アリスを中心に放たれる強烈な電磁波。手を伸ばしていた先生はそれに弾き飛ばされ、床の上を転がる。傍に居たユズが辛うじて先生を受け止め、先生は苦悶の声を漏らした。
「っ、
アリスへと咄嗟に伸ばした左腕、電磁波を浴びたそれが甲高い異音を発する。指先が別々に動き出し、まるで先生の意思を反映しない。別の生き物になってしまったかのように、制御できない。先生は左腕を押さえつけながら、アリスの名を懸命に叫ぶ。
「アリスッ!」
「コードネーム、『AL-1S』起動――プロトコルATRAHASISを実行します」
長い髪を靡かせ、瞑っていた瞼を押し上げるアリス。
其処から覗く色は澄んだ空の様な青ではなく――鮮烈な赤。
佇まいは冷酷、無機質、まるで人形の様に生気を感じさせない。前を見据える瞳は伽藍洞、硝子の様に全てを透過する。
間に合わなかった――!
視界に映るそれを見た瞬間、先生は猛烈な後悔に襲われた。しかし、その感傷に浸る間もなく放たれる攻撃、暗闇の中で放たれる紫色の光線が部室の壁に突き刺さり、飛び散った破片が周囲に散らばる。
「あ、ぶッ……!?」
「撃ってきたッ!?」
「先生、退いて下さいッ!」
先生を抱えたユズを掴み、咄嗟に後退するヴェリタスの面々。モモイとミドリも慌ててそれに続き、ハレやコタマ、マキは近くにあったデスクやラックを引き倒すと、即席の障害物として身を隠した。ヴェリタスの部室は広く、様々な機材が所狭しと並べられている。それが幸いし、飛来した光弾が直撃する事はない。球体の中心から紫色の光弾を放つ追跡者達、彼等の元へと緩やかに足を動かすアリス。
皆は障害物を叩く光弾から身を隠し、思わず叫ぶ。
「なに、ちょ、ちょっと、何なの!?」
「あ、アリスちゃん、そっちはあぶないよ……!? は、はやくこっちに来て隠れよう!?」
「一体、どうなって、ねぇ、アリスちゃん……!?」
「っ、応戦するッ! 皆、身を守るんだ!」
今だ浮足立つ生徒達に向け先生は指示を下す。シッテムの箱を操作し、生徒達とリンクを繋ごうと指先を動かした。
しかし、その腕を横合いから掴む誰かが居た。力強く、同時に震える指先。先生が視線を向ければ涙目で此方を見上げるモモイの姿があった。その背後から同じように恐怖と焦燥に涙を滲ませる、ゲーム開発部。
「せ、先生、これどうなっているの!? もしかして、この変なロボットにアリスが操られちゃったの……!?」
「――ッ!」
――違う、逆だ。
心中で叫び、先生は苦悶に満ちた表情で唇を噛む。佇むアリスを囲う様に立ち塞がる五体の
「モモイ、多分違う、行動の主軸はアリスだ……!」
「え、えっ……?」
ハレは引き倒したデスクの裏に身を潜めながら、愛銃のオートエイマーを片手にアテネを浮遊させる。常に彼女の周りを浮かぶアテナ三号――搭載されているレンズが忙しなくピントを合わせ、彼女の端末に分析結果を転送していた。
アリスの豹変、起動した正体不明のロボット、
変化したアリスの瞳を確認しながら、ハレはモモイ達の疑問に答える様に苦々しい声で以て呟く。
「周辺ネットワークが遮断された、あのロボットが起動した瞬間、全く同じタイミングで……それにロボット達の動き、まるでアリスを守るみたいに動いている、起動したタイミングはアリスが部屋に入った時、だからロボットがアリスを操っているんじゃない、多分攻撃命令を出しているのは……!」
「――有機体の生命反応確認、解析開始」
ハレの声を遮る様に、部室に響く声。
それはアリスのものだ、けれど彼女の声だと思えない程に――冷たく、平坦な声だった。
青く澄んだ瞳であった彼女のそれは今や赤く変色し、暗闇の中で爛々と輝いている。搭載された高機能レンズが自身の前に立ち塞がる大人――先生を捉える。
キュイ、と音を立て回転する瞳、歯を食い縛り、苦悶の表情を浮かべる人間。
しかし、最早何の感情も湧いては来ない。
「解析完了……【箱の主】を確認、リスト検索――最優先排除目標に該当」
アリスは自身の額に指先を当てながらデータベースに記録されている対象、先生を分析する。彼の持つタブレット、それがシッテムの箱である事を彼女
目的は最優先排除目標である先生の殺害、抹殺――その為に必要な戦力が、今の彼女には守護者五体のみ。これでは簡単に鎮圧されてしまうと、アリスは左右に並ぶ守護者を一瞥しながら、自身の持つ戦力、武装の再確認を行う。
「武装検索、該当、再確認、使用負荷許容範囲内――排除プロトコル実行」
そして、お誂え向きの武装を彼女は既に所有していた。
背中に背負った巨大な火砲、個人携帯火器としては破格の性能を有すソレ。
アリスは自身の肩に掛かったタイを掴み、背負った
「
本来決して此方に向けられる筈のない砲口が、
光の剣を構えるアリスを目にしたヴェリタス、ゲーム開発部は息を呑み、蒼褪めた。
向けられたそれは明確な――殺意。
「なッ、レールガンを使うつもり!?」
「こんな閉所で、アレを撃ったら……!」
「危険です、絶対に阻止しなければ――ッ!」
彼女の持つ光の剣、その威力を知っているヴェリタスはいち早く動き出す。閉所であってはレールガンを回避する為のスペースは無く、そして専用に拵えた装甲でもなければ簡単に貫通を許す、当然だが即席のデスクやら何やらで防げる筈がない。
文字通り回避不可、防御不可、一撃必殺の攻撃が飛んで来るのだ、阻止しなければどれだけの被害が出るか想像もしたくない。
そしてそれは、ゲーム開発部とて同じ。
しかし――。
「なっ、ちょ、アリス! 此処には先生もいるんだよッ!? 何考えてんのさ!?」
「アリスちゃん! ねぇアリスちゃん! 正気に戻ってッ!」
「あ、アリスちゃん、や、やめて、アリスちゃん……!」
ゲーム開発部はアリスが自分達に光の剣を向けるという行為自体にショックを受け、必死に制止を叫ぶ。唐突な展開、仲間の変貌、ありとあらゆる要素が彼女達の思考を縛り付けている。先生が傍に居る今、光の剣の砲撃など、そんな事を許して良い筈がない、下手をすれば取り返しのつかない事になってしまう。
止めるべきだ、直ぐにでも銃を取って――だというのに。
感情が追いつかない、理性が追いつかない、指先が引き金に掛からない――仲間に銃口を、向けたくない。
「アリス……っ!」
悲鳴染みた声で彼女の名を呼ぶ。だってアリスは、ついさっきまで一緒にゲームをして、冒険をしていた、
「通電回路オープン、ライン結合、加圧値正常、充填率八十、八十五、九十――……」
「やめろ、アリスッ!」
先生は降り注ぐ光弾の中、障害物から僅かに身を乗り出し、叫ぶ。
懸命に彼女の名を、何度も、ゲーム開発部の皆と共に。
けれどアリスは止まらない――止まれない。
「ッ、撃つよ先生、耳塞いでッ!」
「……っ!」
せめて砲撃だけは阻止しようとヴェリタスの面々は苦渋の決断を下す。
全員が愛銃の安全装置を弾き、アリスへと銃口を向けたのだ。間髪入れずマズルフラッシュが瞬き、銃声が部屋の中に轟く。空薬莢が床を叩き、先生は室内で轟く銃声に顔を顰めた。
ヴェリタスが射撃を開始した瞬間、アリスを守る様に機械群が攻撃を停止し、前へと立ち塞がる。それは文字通り堅牢な壁となり、ヴェリタスからの集中砲火からアリスの身体を保護した。金属同士がぶつかり、磨り潰される硬質的な音、マズルフラッシュに照らされたヴェリタスの顔が歪む。
「くッ、ロボットが邪魔で、弾丸が届かない……ッ!」
「ちょ、ちょっと、ノルマ・マグナムが弾かれるんだけれどッ!?」
「おかしいです、さっきまでここまでの装甲強度はなかった筈、マキのオートラッカーで抜けないなんて……!」
愛銃のオートラッカーを連射するマキが悲鳴染みた声を漏らす。彼女の扱う.338ノルマ・マグナム弾は多くの主力小銃が扱う7.62mmより大口径であり、スナイパーライフルの弾丸としても用いられる弾丸。
多少の装甲どころか、生中な複合装甲であっても射撃を続ければ貫通を許す。だと云うのに目の前の存在は球体の丸みを生かし、悉くを外装甲で以て弾いていた。しかし彼女が簡単に分析した限り、あの機械に其処までの防弾性能は無かった筈。確かに頑強ではあったが、マキの扱う弾丸、それも神秘の込められたソレを受け続けて破損しないものではない。
コタマの呟きに、マキは思わず声を荒げる。
「それじゃあ何、あいつ等急に硬くなったって事!?」
「起動と同時に何かしらの機構が稼働したのかもしれない……ッ!」
「通電すると分子配列が変わって、強固になる金属とかは聞いた事あるけれど……!?」
「――ぐぅッ!?」
そんな会話をしている中、不意に先生の傍を跳弾が掠める。マキの連射した弾丸が追跡者の円型装甲に弾かれ、室内を飛び跳ねたのだ。肩を掠めたソレの威力に思わず身を揺らし、尻餅を突く先生。傍に居たコタマが目を見開き、思わずマキの腕を掴みながら声を荒げる。
「せ、先生っ!」
「マキ、射撃を止めて下さいッ!」
「で、でも、じゃあどうするの!? 場所が悪いよッ! こんな所じゃ火力も……!」
「駄目、もう間に合わない――!」
防御を固めた機械群を突破する方法が無い。もう銃器を振り上げ、物理的に殴り込むしか――そんな考えが過った瞬間、ハレの目に充填を終えようとする光の剣、その砲口が目に入った。
視界に映るアリスの姿、その構えた砲口が青白い光を放ち、周囲に放電を開始する。充填率が百パーセントを超えた場合に発生するスパーク、過充填を避ける為に余分なエネルギーの放出が開始されている。
青白い光が周囲を照らし、アリスの赤い瞳が輝きを増す。
「――ッ!」
――砲撃阻止は間に合わない、致命的な一撃が来る。
その事にヴェリタスの三人は顔を大きく歪め、隣り合った先生を守る為に愛銃を投げ捨て盾になろうとした。
「アリスッ!」
「アリスちゃんッ!」
「あ、アリスちゃん……ッ!」
「――充填率百パーセント」
ゲーム開発部の三名は涙交じりにアリスの名を呼ぶ。
けれど彼女達の声は、もう届かない。
両足を踏み締め、砲撃姿勢へと移行したアリスは赤く変貌した瞳を見開き――無慈悲に宣言した。
「――
「ッ、クソ――!」
最早、躊躇う余地はない。
先生は自身を掴む生徒達の手を振り払い、シッテムの箱を掻き抱きながら障害物を跳び越す。強く掴まれていたが故に外套が半ば脱げ、先生は機能不全に陥った左腕を垂らしながら叫ぶ。
「ちょ、ちょっと先生!?」
「せ、先生、何してんのッ!?」
「危険です、私達を盾にして……っ!」
「皆、下がれッ! 私の後ろに――ッ!」
飛び出した先生に対し、生徒達は驚愕と焦燥に塗れた声を漏らす。
しかし説明する猶予はない、先生が飛び出した次の瞬間には、視界一杯に青白い光が広がっていた。充填率百パーセント、光の剣全力の砲撃が牙を向く。
左腕が使えない、防壁を使用して残量は持つか――過った疑念に対し、先生は即座に応える。
いいや、関係ない。
自身の背後に生徒が居る、その事実が全てだった。
肌を焼く熱波、網膜を溶かす光量に目を細めながら、先生はあらん限りの声で叫んだ。
「アロナ――ッ!」
『ッ! 防壁、展開します!』
――瞬間、展開される青白い
そして間髪入れず衝突する青と蒼――先頭に立つ先生の目の前が真っ白になり、途轍もない威力に身体が押し出される。砲撃は部屋のあらゆるものを消滅させ、生徒と先生を守る様に展開された半円の防壁を軋ませる。
そして臨界に至ったエネルギーは、着弾地点を中心に強烈な爆発を生み出し。
――先生と生徒達を、棟の外へと吹き飛ばした。
■
「―――」
一瞬、意識が飛んでいた。
青白い光に呑まれ、アロナの防壁で辛うじて砲撃を防いだ。そして次に気付いた時、先生は青空を仰いでいた。身体を襲う強烈な浮遊感、全てがスローモーションとなって青い空を仰ぎ落ちて行く。
――何だ、何が起こった。
先生は本気で自身の身に何が起こっているのか理解出来ず、青を呆然と眺める。そして僅かな時間を経て、自身が今現在空中に居る事、そして落下の最中である事を理解した。
――アリスの砲撃は防いだが、衝撃全てを受け切る事が出来なかったのか。
恐らく爆発で外壁諸共吹き飛ばされ、ヴェリタスの部室があった棟上層から落下している。あと一拍防壁の展開が遅れていたら、諸共消し炭になっていただろう。
先生は強烈な風に煽られながら軋む体に鞭を打って周囲に目を向ける。全身に痛みが走る、特に背中だ、吹き飛ばされた際に壁か何かに強く叩きつけられたか。
極限の状態故か、全ての速度が遅く感じる。思考だけが先走り、加速していた。自身の周囲にあるのは共に落下していく外壁の名残、瓦礫と破片、PCの残骸、焼け落ちたケーブル、砕けたラック。
そして――視界を掠める、小柄な影。
――モモイ……!?
先生は直ぐ傍に、意識を失ったまま力なく落下するモモイを発見した。そのヘイローは消失しており、瞼も閉じられている。
一瞬、靡く外套越しに地面を見る。もう地上に到達するまで時間が無い。先生は血の滲んだ犬歯を剥き出しにし、モモイに向かって全力で右腕を伸ばす。指先が辛うじて彼女の衣服の端に引っ掛かり、先生は全力で彼女を引き寄せた。
「ぐ、ぎッ……!」
火事場の馬鹿力、指先だけで彼女を引き寄せ、無理な酷使に筋肉が悲鳴を上げる。
だが、そんな事はどうでも良い。
「モモイ――……ッ!」
意識の無い彼女を抱き寄せ、先生は自身の胸元に彼女の頭部を埋める。後はもう、どうする事も出来ない、高所から落下した場合の対処方法、幾つか思いついたそれらはどれも実行不可能。風圧に目を細め、落下先を見る――等間隔で植えられた街路樹、辛うじて重なるか否かの距離感、だがこのまま何もしなければ待っているのは確実な終わり。
「く、ぉ――オオオッ!」
制御出来なくなった左腕、残った二の腕を使い無理矢理義手を伸ばす。制御不可能な今、枝を掴むとか、擦り付けるとか、そんな芸当は出来ない。しかし引っ掛かりでもしてくれたのなら幸運、その程度の悪足掻き。
そして程なく二人の身体は街路樹の傍を横切り、先生の身体が金属音、肉を打つ音、骨の軋む音、様々な音と衝撃を撒き散らし、幾つもの葉と枝、赤が飛び散る。
左腕と背中、全身で減速を試みた先生は葉の中を突破し。
そのまま地面に叩きつけられ、降り注ぐ瓦礫群を最後に――先生の意識は消失した。
まだ捥ぎはしません事よ、だって後編はまだ始まったばかりですもの。
此処から要塞都市でトキにサンドバッグにされ、その後たった一人の最終決戦するまで必死に足掻いて貰いますの。
双子の元気な方が暗闇を抱える瞬間というのは、何時の時代も素晴らしいものですわね……。先生と生徒の愛を感じますわ。