ブルーアーカイブを、もう一度。   作:トクサン

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誤字脱字報告、ありがとうございますわ!
今回約一万五千字ですの!


積み重ねた幸福(冒険)の終わりに。

「げほッ、ごほっ……!」

「み、ミドリ、大丈夫!?」

「わ、私は、大丈夫……!」

 

 濛々と立ち上る砂煙、粉塵、降り注ぐ瓦礫片に身を竦ませながらユズ、ミドリの両名はゆっくりと地面から立ち上がる。足元が覚束ない、まるで海の上に立っている様な気分であった。積み重なった瓦礫に手を掛けながら頭上を見上げれば、爆発した部室棟、その上層から煙が吹き上がっているのが遠目に見えた。

 ミドリは自身の擦り切れた頬を撫でつけ、流れる血に顔を顰める。

 全身に鈍い痛みが走っていた。これ程の高所から落下すれば、キヴォトスの生徒とは云え相応に堪える。動けなくなる程ではないが――しかし。

 そこまで考え、ミドリはハッと顔を上げる。

 

「そうだっ、お姉ちゃん? お、お姉ちゃんは……!?」

「せ、先生も、見当たらない――?」

 

 二人の視線が忙しなく周囲を這う。砂塵を払い、一歩、二歩と進み出した彼女達はコトリと、目下の瓦礫が揺れた事に気付いた。

 

「せ、先生? お姉ちゃん……!?」

 

 瓦礫の下に、誰かいる? もしかして先生か、或いはモモイかと思い、ミドリとユズが慌てて駆け寄れば、圧し掛かったそれらを押し退け立ち上がる影が三つ、瓦礫の下より現れた。

 

「っ――コタマ先輩! ハレ先輩! マキちゃん!」

「っ、痛てて……! ミド、ユズも、無事だったんだ……!」

「良かった――つっ! これは、かなり痛い、ね……コタマ先輩、大丈夫?」

「えぇ、何とか……」

 

 所々を負傷しながら立ち上がるヴェリタスの三名、彼女達も落下の衝撃で相応のダメージを負った様子で、彼方此方に滲む血を拭い、ミドリとユズの無事に顔をほころばせる。コタマは自身の髪や肩に積もった粉塵を払い、爆発した部室を見上げながら呟いた。

 

「どうやら部室が爆発して、外に吹き飛ばされた様ですね……」

「で、でも、光の剣が直撃した割には、そんなに酷い怪我でもない様な……? まだ身体は動くし……」

「うん、痛みはあるけれど、想定したよりは――……」

 

 ぼそりと呟くハレ。所々打った為か、打ち身や擦り傷は散見されるものの動けない程ではない。光の剣が直撃すれば問答無用で昏倒、仮に意識があっても全く動けない程のダメージを負う筈。そこまで考えた所で直前の出来事が脳裏にフラッシュバックし、愕然とした表情で叫ぶ。

 

「っ、そうだ――先生ッ!?」

 

 自分達の前に立ち、何かしらの力を行使した先生。その後ろ姿を覚えている、あの後起きた爆発で自分達は外へと吹き飛ばされた――なら、先生は?

 考えずとも分かる、自分達と同じように外部へと吹き飛ばされた筈だ。生身の先生が高所から落下すればどうなるか。そんなの、火を見るよりも明らかだろう。

 

「さ、探さないと――ッ!」

 

 全員の脳裏に最悪の想像が過る、慌てて立ち上がり捜索に乗り出そうとした瞬間――不意に頭上から影が落ちて来た。

 それは積み重なった瓦礫を押し潰し、粉砕しながら着地を敢行。衝撃音が鳴り響き、砕かれた破片が周辺に飛び散る。ぶわりと吹き上がる砂塵、身を打つ風圧。それらが全員を襲い思わず顔を背ける。

 

「ぐっ、こ、今度は、何……!?」

「こ、れは――っ!」

 

 顔を腕で覆いながら、辛うじて開いた視界で影を捉えれば――上層より飛び降りて来たのか、光の剣を担いだまま此方を無機質な瞳で射貫く、アリスの姿があった。

 彼女は手にした光の剣を構え直すと、赤い瞳で一行を観察し、淡々とした口調で告げる。

 

「――対象の生存確認、リロード後再度プロトコル実行」

「あ、アリス――ッ!?」

「ッ、もしかして、もう一発撃つ気……!?」

 

 全員が浮足立ち、悲鳴染みた声を漏らす。そうこうしている間にも彼女はその場で足を開き、光の剣に手を掛ける。もう撃たせる訳にはいけない、この何処かに先生だって居るのだ。

 

「あ、アリスちゃん! もうやめてよッ!?」

「ぅ、アリス、ちゃん……ねぇ、お願い、だから――ッ!」

「っ、こんな時に――!? マキ、攻撃を!」

「あ、あたしの銃、えっと……!? が、瓦礫に埋まっちゃった!?」

「仕方ありません、援護します! マキ、今の内に再武装を……!」

 

 戦闘はまだ終了していない、少なくともアリス(彼女)にとっては。

 ユズとミドリはアリスに制止の声を投げかけ、ハレとコタマの両名は落下の際にも手放さなかった銃を構え、アリスに銃口を向ける。だが主力となるマキのオートラッカーは瓦礫に紛れ、半ば埋まってしまっており、彼女は必死にそれを掘り返す。

 

「撃ちますッ!」

 

 叫び、発砲。ハレのオートエイマー、コタマのエコーリンクから放たれる弾丸がアリスの頭部、肩、光の剣に突き刺さる。オートエイマーは連続し派手に、エコーリンクは粛々とした銃声を発する。

 しかし、正面から降り注ぐ弾丸を前にアリスは堪えた様子を見せず、光の剣から蒸気が噴き出し、冷却が開始された。弾丸が跳ねる音、閃光に目を細めながらハレとコタマの両名は苦々しい声を漏らす。

 

「っ、効いていない……?」

「私達の銃では、威力が足りないのかもしれません――っ!」

 

 弾丸が命中する度に僅かに揺れるアリスの肉体。しかし、逆に云えばそれだけだ。怯みもしなければ痛がる様子もない。放たれた弾丸はアリスの身体を叩き、力なく地面に落ちて行く。

 そうこうしている内にカチン、と音を立てて引き絞られるトリガー。弾倉が空になった、慌てて空の弾倉を振り落とすも、目前で外装を展開していた光の剣が再び装甲を閉じる。

 冷却が完了したのだ、このままでは第二射を許す羽目になると、全員が理解していた。

 

「ど、どうするのッ!?」

「仕方ありません、突貫します……!」

「組み付いて、光の剣を奪う――ッ!」

「ほ、本気ですか!?」

「それ以外に選択肢はありませんッ!」

 

 マキが戸惑った声を上げ、ハレとコタマが決断を下す。ミドリは思わず問い返すが、コタマは力強く断言した。全員の表情が緊張に強張る、こうなったら無理やりにでも組み付いて砲撃を阻止するしかない――他に道は無かった。

 

「行きますッ!」

「っ、わ、私も……!」

「マキッ!」

「わっ、分かったよっ!」

「アリスちゃん……ッ!」

 

 その決断に逡巡するも、数秒後には全員が腹を括り、アリス目掛けて駆け出す。瓦礫の積み上がった道を必死に前進するヴェリタスとゲーム開発部。そんな彼女達を無機質な瞳で眺めながら、アリスは告げる。

 

「緊急冷却完了、再充填開始――」

「おい」

 

 だが、それを遮る声が聞こえた。

 それは力強く、無造作な呼びかけだった。

 アリスは目を見開き、自分でも理解出来ない感情に体を硬直させる。

 

「チビ、そこまでにしておけ」

「ッ――!」

 

 その声を耳にした瞬間、アリスは光の剣を背後に向けて全力で薙ぎ払った。轟と唸る風切り音、百キロを超える火砲、それを鈍器として扱った一撃――しかし放たれたそれは宙を切り、手応えはなかった。アリスは驚愕に目を見開き、それから視線を下に落とす。

 影が、這い寄る様に懐へと伸びていた。

 

「――悪いが、その攻撃は知っている」

 

 薙ぎ払った光の剣――それを潜り抜けるようにして肉薄していた、ネル。

 地面を滑る様に這っていた彼女は全力で地面を踏み締め、アリスの顔面目掛けて膝蹴りを放った。

 

「ごッ……!?」

 

 メキリと、顎に突き刺さったそれが嫌な音を立てる。跳ね上がったアリスの頭蓋が揺れ、視界が一瞬ブラックアウトした。

 口の端から、血が滲む。

 

「暫く寝てろ――アリス(チビ)

 

 顎を蹴り抜き、即座に両手に持った愛銃を構え、アリスの腹部に向けて引き金を絞る。途端響く連続した銃声、瞬く閃光、至近距離から放たれたSMG(ツイン・ドラゴン)の弾丸がアリスの腹部を連続で襲う。まるで雪崩の如く叩きつける弾丸、アリスの顔が大きく歪み、悲鳴を噛み殺す。

 

 ――使用している弾丸は他所の拳銃と同じ9mmだと云うのに、身体を突き抜ける衝撃と威力はまるで重機関銃を撃ち込まれている様な感覚。神秘濃度が桁違いに高い、素体の骨格と筋繊維が軋む。

 

 せり上がる嘔吐感を呑み込み、光の剣を引き摺る様にして後退、弾丸の雨に押し切られたアリスはブリキの人形の様に体を震わせ、身体をくの字に折り曲げる。幾つもの弾丸、空薬莢が地面に落ち、甲高い音を立てていた。

 

「ぐ、ぎッ――が、は……」

「悪いが、加減はナシだ……この距離で、あたしには勝てねぇって云っただろう」

 

 弾倉を切り離し、鎖を鳴らしながらアリスを見据えるネル。空になった弾倉が地面を跳ね、転がる。自身を見下ろすその瞳に、色は見えない。以前ゲーム開発部を試した時とは違う、本気の戦意。

 アリスはぎこちない動作でネルを見上げ、悔し気に歯を食い縛る。

 

 ――短時間での連続した損傷を検知、自己修復優先、人格領域の切り替え中止、表層領域リブート……人格転換、失敗

 

 アリスの表情が色を失くし、途端膝を折る身体。そのまま項垂れる様にして座り込んだアリスは、呆然とした瞳で何事かを呟いた。

 

「ッ、おう、じょ――……」

「――あ?」

 

 耳に入った呟き――アリスは、そのままゆっくりと倒れ伏す。

 うつ伏せになったアリス、彼女は以降目を閉じ規則正しい呼吸を繰り返すばかり。暫し警戒の視線を向けていたネルであったが、アリスが再び動き出す事はない。

 

「……王女?」

 

 一体何の事だと視線を険しくするネル、しかし思考を巡らせる間もなく、彼女の視界に過る影。見れば瓦礫の中から触手染みた操作糸(ケーブル)が伸び、内部から紫色の不気味な光が漏れ出ていた。

 追跡者の出現――アリスの砲撃に巻き込まれた彼らが、再び動き出そうとしている。

 

「こいつら、此処にも居やがったのか……?」

 

 追跡者の姿を見たネルは舌打ちを零し、面倒そうに愛銃のグリップを握り直す。ゆっくりと這い出して来るそれらを視界に捉えたヴェリタスとゲーム開発部は、唐突なネルの登場に驚愕しつつも、脅威を彼女へと伝えるべく口を開いた。

 

「ね、ネル先輩……! その機械は――!」

「良い、テメェ等は下がっていろ、コイツ等の相手は慣れている」

 

 ハレが何事かを叫ぼうとするも、ネルは手慣れた様子で吐き捨て、その視線を背後へと投げた。そうこうしている間に追跡者がネルを捉え、機体中央に光が収束する。光弾を放つつもりだろう――しかし彼女は目に見える脅威を前に、僅かも動こうとしない。

 

「はぁー……面倒くせぇ」

 

 鎖を鳴らしSMGを担ぎ直したネルは、気怠さを隠さず告げた。

 

「――おい」

 

 顎先で追跡者を示し、指示とも云えぬ声を上げる。

 その瞬間、追跡者の外装甲に叩きつけられる弾丸、それは装甲に穴を穿ち内部深くまで侵入、そのまま小さな爆発を引き起こした。弾ける様に揺れる機体、内部から盛り上がる外装。瓦礫に叩きつけられ、チカチカと光を点灯させる追跡者は、収束させていた光弾を掻き消し、伸ばされていた操作糸は力なく弛緩する。

 

「……命中確認、対象沈黙」

 

 ネルの後方に膝を点いたまま手早くコッキングレバーを操作、排莢を行う声――カリン。地面を弾む空薬莢が金属音を鳴らし、鷹の様な視線が周囲を睥睨する。

 

「――どうやら、動く機械(ロボット)はソレで最後みたいですね」

 

 立ち昇る粉塵を掻き分け、愛銃のサイレントソリューションを片手に現れるもう一人のC&C、アカネ。自分達のリーダーであるネルの元へと集合した彼女達は大破した追跡者を一瞥し、呟いた。

 カリンに撃ち抜かれ機能を停止した追跡者、その他にも瓦礫に押しつぶされ破壊されたもの、落下の衝撃で破損したもの、それらの残骸が周辺にポツポツと転がっている。今しがた破壊したものを除き、アカネは脅威の全滅を確認していた。

 それらを一瞥し、不機嫌そうに鼻を鳴らすネル。

 

「クソ、一体何があったんだ? 部室棟の方が騒がしいと思って来て見りゃ……棟の一部が完全に吹き飛んでンじゃねぇか」

「事故、という感じではありませんね、それにアリスちゃんの先程の様子……」

「あぁ」

 

 険しい表情のまま告げるアカネの言葉に、ネルが頷きを返す。自身の直ぐ足元に横たわるアリスを見下ろしながら、ネルは言葉を続けた。

 

「チビが光の剣(レールガン)をぶん回していた様に見えた、だがコイツは冗談でも仲間に銃口向ける奴じゃねぇ、何がどうなって――」

「……ネル先輩」

「あ?」

 

 不意に、背後に立っていたカリンがネルの肩を掴んだ。やや力の込められたソレ、ネルが振り返ればどこか不安そうな表情を浮かべたカリンがおずおずと口を開く。

 彼女の意志は自身の背後、その向こうへと注がれていた。

 

「その、さっきからアスナ先輩の様子が……」

「アスナ?」

 

 唐突に出た名前に眉を顰めるネル。

 部室棟の爆発を目撃し、この場にはC&C全員で急行していた、当然アスナも同行している。

 

 ――そう云えば、嫌に静かだった。

 

 良くも悪くも状況を選ばず、好き放題騒いで突貫して、何だかんだと事態を転がしながらも最終的に良い方向へと導くアスナ。彼女の声がこうも聞こえてこないのも珍しい、そんな想いと共にネルは踵を返し、皆の後方へと佇んでいたアスナへと瞳を向ける。

 

「おいアスナ、一体どうし――……」

 

 疑念に満ちた声、ぶっきらぼうに問いかけるネル。

 しかし視界に入ったアスナの表情を見た瞬間、ネルはその態度を一変させた。

 

「――何があった?」

 

 それは、これ以上ない程に真剣な声色だった。

 アスナは身を竦ませ、酷い顔色のまま自身の二の腕を摩っていた。その顔色は青を通り越して真っ白、ただ事ではないと察するのは容易だった。視線は周囲を忙しなく探り、良く見れば肌が粟立っている。唇を震わせた彼女は、か細い声で以て答える。

 アスナの態度は、何かに酷く怯えているようにも見えた。

 

「わ、分かんない、分かんないけれど、何か、凄く……」

 

 自身の身体を抱き締め、自身の愛銃――サプライズパーティーが地面に転がるのも気にせず、地面を凝視しながら震える声で続ける。

 

「――……嫌な、感じ」

「―――」

 

 その一言に、C&Cの間に重苦しい沈黙が流れる。

 ネルも、カリンも、アカネも、彼女の言葉を真剣に受け止めていた。

 彼女は虚偽を語らない。

 そしてアスナ(幸運の白兎)の勘は、良く当たる。

 

 それは――良い意味でも、悪い意味でも。

 

『――だ、誰か……誰か、助けてッ! ユズっ、ミドリぃ……!』

「ッ!?」

 

 くぐもった声が聞こえた。

 それは無造作にばら撒かれ、積み上がった瓦礫の残骸――その下から。

 聞き覚えのあるそれに、ゲーム開発部の二人は素早く反応し、慌てて周辺を見渡す。

 

「お、お姉ちゃん……? どこ、何処に居るの!?」

「も、モモイ!?」

『ゆ、ユズ!? ミドリ!? 近くに居るの!? こ、此処っ、此処にいるよッ! せ、先生も……先生も一緒なのッ!』

 

 ゲーム開発部、ヴェリタス、C&C――全員が声のする場所へと駆け出す。モモイの声が聞こえたのは、一際大きな外壁の残骸に覆われた場所。崩落した際に街路樹を巻き込んだのか、削られ、幾本もの枝が折れ曲がった樹に被さる様にして瓦礫は積み重なっている。

 複雑に重なったそれは、辛うじて内部に空間を生んでいるのか、しかし微かに覗く隙間は余りにも狭く、人の通れる大きさではない様に見えた。入り口を塞ぐ様にして横たわったそれを前に、ミドリとユズはいの一番に飛びつく。自身の前に横たわる瓦礫に手を這わせながら、必死にモモイの居場所を探ろうとする二人。

 

「声は、この瓦礫の中から……!?」

「も、もしかして、コレの下敷きに!?」

「そんなっ……先生、お姉ちゃん!」

 

 さっと表情を変え、二人の名を呼ぶユズとミドリ。そんな二人を押し退け、マキは瓦礫に手を掛け叫んだ。

 

「はっ、早く、早くこれ持ち上げて、二人を助けよう……ッ! モモッ、今助けるから!」

「み、ミドリッ!」

「う、うん!」

「私達も……!」

「分かりました――!」

 

 ヴェリタスの三人、そしてユズとミドリは他に方法は無いと瓦礫に手を掛け、持ち上げようと試みる。積み重なった瓦礫には手を掛けず、穴を塞ぐ残骸だけを退かす。それなら他を崩す心配もない――全員が渾身の力で瓦礫を持ち上げ、退かそうと足掻いていた。しかし相応に巨大なそれは重く、元より肉体派ではない五人が集まっても中々動かす事が出来ない。その表面に被った粉塵を僅かに散らすだけ、掴んだ腕に青筋が浮かび上がり、苦悶の声が漏れる。

 

「う、ぎッ……っ!」

「お、おもッ――!?」

「も、もうちょっと、頑張ってよ、先輩……ッ!」

「こっ、これでも、精一杯――ッ!」

「ぐ、ぐッ……!」

 

 必死に瓦礫を持ち上げようと顔を真っ赤に染める五人。不意に周囲が騒めきだした、爆発を遠目に見ていた生徒が集まり出しているのだ。何処からともなく聞こえて来る警告音(アラート)、頭上を仰げば警備ドローンが集合しつつある。ネル、アカネ、カリン、アスナの四名はその変化に気付きつつも、しかし優先順位は先生が第一とネルは舌打ち交じりに決断を下す。

 

「チッ、おい! 手ぇ貸すぞッ!」

「了解――!」

「勿論です……!」

「ご主人様!」

 

 ゲーム開発部、ヴェリタス、そこにC&C全員が加わり、総勢九人で巨大な瓦礫を持ち上げる。C&Cが加わった途端、ぐんと瓦礫が揺らめき、同時に徐々にではあるが押し上げられていく。薄暗い闇に覆われ、狭く通れなかった場所に細い隙間が生まれ、陽光が差し込んだ。

 そこから、小さく血に塗れた手が這い出る。

 モモイの腕だ――彼女は外に出ようと狭い隙間を這っていた。

 

「っく――このまま押し上げ続けろッ!」

 

 それを見たネルは瓦礫を掴んだまま声を張り上げた。人が通れるだけの隙間は作った、後は二人が抜けるまでこの状態を保持すれば良い。全員の額に血管が浮き上がり、背中に嫌な汗が流れる。ミシミシと、腕の筋肉が悲鳴を上げるのが分かった。

 

「お、お姉ちゃんッ! 早く、早く出てッ!」

「も、モモイ、がん、ばって……っ!」

「やっ、ちょ、げ、限界、かも……ッ!」

「マキ、踏ん張って下さい……!」

「くぅッ……!」

「テメェ等踏ん張れッ! 此処で手を抜いちまったら二人が押し潰されんぞ!?」

 

 早々に限界を迎えるヴェリタス、ゲーム開発部を鼓舞するネル。とてもじゃないがこの重量、C&Cだけで支え切れるものではない。全員が力を合わせ、漸く僅かな時間持ち上げられる代物。ネル自身も頬に冷汗が流れるのを自覚し、思わず悪態を吐きたくなる。

 

「はっ、ッ、ぅ、ぐ、ぅううッ――!」

 

 そんな全員の協力で開かれた僅かな隙間を、モモイが涙と鼻水に塗れた顔で抜けて行く。彼女の制服は砂と血に塗れていて、いつも身に着けているヘッドフォンは片耳の装飾が半ばから圧し折れていた。

 擦り切れた指先で地面を掴み、右腕で必死に匍匐する様に進むモモイ。左腕は先生らしき影の襟を必死に掴んでおり、そのまま上半身を外へと晒すと、今度は両腕を使って先生を引き摺り出した。脱げかけた外套をそのままに、引き攣った笑顔を浮かべた彼女は掠れた声で必死に先生へと声を掛ける。

 

「せん、せんせっ、そとッ、外だよ……! 出れたから、もう、大丈夫だから……ッ!」

「――………」

 

 ずり、ずり、と。

 少しずつ外へと引っ張り出される先生、暗闇から陽の当たる場所へと連れ出された先生の姿を見た時――生徒全員が喉を引き攣らせる。

 

「ひっ……!?」

「せ、先生……っ!?」

「そ、んな――……」

「お、おいおい、冗談だろ――……ッ!」

 

 改めて目にした先生の状態は――酷いものだった。

 ぐったりとして動かない四肢、シャーレの外套は赤黒く染まり砂と交じり合って酷い有様だ。左腕の義手は指が数本欠け、外装も拉げ、あらぬ方向へと折れ曲がっている。額から夥しい量の血を流し、グローブの脱げた右手は擦り傷と痣が複数。先生を引き摺った跡には、赤黒い血の線が刻まれていた。

 瓦礫から完全に這い出し、先生を地面へと静かに横たわらせたモモイは涙や鼻水、血を拭う事もせずに肩で息を繰り返すと、必死に言葉を紡ぐ。

 

「め、目を覚ましたら、先生が、わ、私を抱き締めていて、周り、瓦礫だらけで、暗くて、で、でも、傍に一杯、一杯血が、流れていて……!」

 

 モモイが目覚めた時、彼女の身体は先生に包まれていた。先生が文字通り彼女を抱き込み、落下の衝撃、飛来する瓦礫、あらゆる脅威から身を挺して守っていたのだ。

 それは先生自身が意識を失った後も行われ、良く見れば横になった先生の背中、肩、脇腹などに幾つも血が滲んでいる事が分かった。僅かにはだけた首元は青黒い痣が見え、全身を強く打ち付けたのだと察する。

 モモイは這い蹲ったまま周囲の生徒達に目を向け、ミドリに這い寄ると彼女の衣服を掴み、涙交じりの声で問いかける。

 

「ど、どうしよう、み、ミドリ、私、どうしたら……!?」

「ぅ、ぁ……あ、ぁあ――」

「お、お姉ちゃん、落ち着いて! ユズちゃんも! だ、大丈夫、きっと、大丈夫だから……!」

「と、兎に角病院、病院にッ!」

「ハレ!」

「既に連絡済み! でも、此処まで救護班が到着するにも時間が……!」

「え、えっと、なら、こういう時って! た、確か、止血って――ッ!?」

「マキッ! 下手に動かさないで下さいッ!」

「で、でもぉッ……!」

「応急処置、医療器具何て何処にも――!」

 

 押し上げていた瓦礫を手放し、先生を囲う生徒達。全員が全員、半ばパニックに陥っている。衝撃から立ち竦み、動き出せない者。仲間を鼓舞し、大丈夫と自分を含め云い聞かせる者。兎に角何かしなければと空回りする者。救護班に連絡を入れ、応急処置出来るだけの道具を探す者。

 それらを見渡していたネルは先生を一瞥し、血の気の失せた表情のまま歯を食い縛る。キヴォトスの生徒と先生では致命傷のラインが異なる、今回のコレは――余り、猶予が残されていない様に思う。

 

「――……クソがッ! 悠長に待っている時間が勿体ねぇ、救護班を担いで動かすぞッ!」

 

 一瞬の精神的衝撃、だがそれすらも呑み込みネルは叫び、振り向く。

 修羅場は何度も潜った、こういう咄嗟の事態に対応する能力はこの中でもC&Cが優れている筈。その信頼の元仲間に視線を向けたネルは、しかし呆然と立ち竦むアカネ、カリン、アスナの三名に目を見開いた。

 

「っ、ぁ――」

「ぅ……!」

「っ、チッ!」

 

 C&Cすらも、先生の負傷に動揺を隠せずに居た。当然だ、自身が主人と仰ぐ存在が血塗れになって倒れている。動揺しない方がおかしい――だがそれは、役目を放棄して良い理由にならない。

 自分達や学園の事ならば即座に動けると云うのに、先生が倒れた時点でこの体たらく。ネルは額に青筋を浮かべたまま一番近くに立っていたカリン、その胸元を掴むと全力で引き込み、彼女の額に強烈な頭突きをかました。

 ガツン、と頭蓋が軋む音。視界が瞬き、強烈な一撃を受けたカリンは目を白黒させながらネルを見る。彼女の視界一杯に、怒気を滲ませたネルの表情が映った。

 

「テメェ等、何ボサっとしてやがる……ッ!?」

「り、リーダー……」

「ヤベェ時に動けねぇで何がC&Cだッ!? 何がエージェントだ、あァッ!? 此処で動けなきゃ助かるモンも助からねぇんだぞ!? テメェ等は一体、何の為に血の滲む様な訓練を乗り越えて来たんだッ!?」

 

 至近距離で叩きつけられる言葉の、込められた想い、感情。それらを呑み下し、カリンは唇をきつく結びぎこちなく頷く。その背後に立っていたアスナ、アカネもまた、自分達のリーダーが発した檄に再起動を果たした。

 

「う、うん……」

「分かって、います……!」

 

 少しずつ平時の冷静さを取り戻すC&C、アカネは震える指先で眼鏡を押し上げると、常に携帯しているケースを地面に置く。内部に大量の爆発物が込められているが、何もそればかりではない。愛銃の弾倉、潜入工作の際に使用するツール、予備の端末、インカム――そして応急処置用の救急医療キット。

 手早く取り出したそれを開き、インサートに貼り付けられた中身を検めるアカネ。そんな彼女を見つめながらネルは問いかける。

 

「アカネ、応急処置はテメェが一番上手かったな?」

「はい――ですが……」

 

 頷き、言葉に詰まるアカネ。その詰まりは不安から齎されるものだった。

 応急処置自体は慣れたもので、C&Cがチームで仕事に当たる際負傷した箇所を簡単に手当するのは専らアカネかカリンの仕事だった。無論C&C全員が応急手当の知識を持っている、しかし適材適所と云うのはどんな状況でもあるものだ。

 ならば何が不安なのか――人間とキヴォトスの生徒では、そもそも勝手が違い過ぎる。

 僅かなミス、手違い、失敗が簡単に死へと繋がる先生の手当てを担当する。それはアカネに強く、深い不安と迷いを生じさせていた。

 しかし、その迷いが刻一刻と先生の命を蝕んでいくのならば――。

 アカネは大きく息を吸い込み、思い切り自身の頬を叩く。ひりつく様な痛みと衝撃、だがそれがアカネの精神を強固なものへと作り変える。迷うな、絶対に助けるのだ、何が何でも――そう自身に云い聞かせ、改めてネルを見上げる。

 その瞳に、怯懦は見えなかった。

 

「いえ、私が……私がやります!」

「――あぁ、任せた」

 

 力強く叫ぶアカネに、ネルは全幅の信頼と共に頷きを返す。今の彼女ならば大丈夫だという確信があった。

 

「アスナとカリンは救護班を迎えに行け! 勘でも何でも使えば、最短ルート駆け抜けられるだろう? 詰まる様だったら肩に担いででも持って来い!」

「……う、うん、分かった!」

「了解……!」

 

 ドローンと無人機で構成された救護班、適切な治療情報とプログラムを持つ彼等ならば、先生を治療しながら専用施設へと収容出来るだろう。アスナは未だ強張った顔つきのまま一も二もなく飛び出し、集い始めるドローン、生徒を掻き分け街道の向こうへと消える。まだ救護班が何処に居るかも分かっていないのに――いや、彼女の事だ、その超人的な勘で見つけ出し、最短距離で此処に戻って来るだろう。

 カリンは飛び出したアスナに続こうとして、一瞬立ち止まる。

 

「私達が動く間、部長は――」

「無いとは思うが御守(おも)りだ、この胡散臭ぇ機械共がまた攻め込んで来るかも分からねぇ――それに」

 

 転がっていた追跡者(機械)、その残骸を蹴飛ばした後、ネルはアリスを一瞥する。

 何故彼女が暴れ出したのか、こんな事になったのかは何一つ分からない。だからこそまたアリスが、妙な動きをするかもしれいないという一抹の不安があった。

 何かしらの襲撃があった際を考えると、戦える人物はこの場に留まった方が良い。そう告げ、ネルは地面に向け悪態を吐く。

 

「クソッ! 一体何がどうなっていやがる……!」

 

 ■

 

 ミレニアム自治区キャンパス、ミレニアムタワー――セミナー(生徒会)・メインオフィス。

 生徒会の役員が集うその場所で、一人黙々と何かを書き留める人影が一つ。セミナー書記を務めるノア、彼女は今回起きた一連の流れを詳細に書き留め、また各部活、生徒から耳にした証言を纏めていた。

 部室棟には防犯カメラの類も設置されており、空中を行き交う警備ドローンの監視映像も存在している。あの場で一体何が起きたのか、ヴェリタス内部に限っては不明のままだが凡その情報は出揃いつつあった。

 無言でペンを動かすノアの耳に、部屋の自動扉が開く音が届く。ふとデスクから顔を上げると、やや憔悴した様子のユウカがオフィスへと足を踏み入れた。

 彼女はノアを視界に捉えると、やや速足で詰め寄り問いかける。

 

「――ノア、先生の容態は?」

「現在は安定しています、現場での処置も適切でしたし、救護班が迅速に到着出来たのは僥倖でした……ただ術後も目覚める様子は全く」

「……そう」

 

 ノアの返答に凡そ予想はついていたのだろう。ユウカは深い溜息を吐き出すと、ノアの隣へと無造作に腰掛ける。椅子が軋み、らしくもなく足を投げ出すユウカ。右手で顔を覆いながら天井を仰ぐ彼女に対し、ノアは努めて冷静に問いかける。

 

「それでユウカちゃん、部室棟の方は――」

「……一先ず崩落した外壁の撤去と破損した歩道の修繕、爆発した箇所には大型のリペアプレートと固定ジェルで簡易的な修繕を命令して来たわ、外壁周辺はドローンで何とかなるし、瓦礫撤去も明日までには終わる筈よ」

「――そうなると、本格的な外壁修繕は明日以降になりますね」

「えぇ、ヴェリタスのメインルームは一時的に封鎖、生徒に大きな怪我人が出なかったのは幸いね――……」

 

 ――尤も、それは先生を除いてだけれど。

 

 ユウカの言葉、その後ろにどんな続きがあるのか薄々とノアは気付いていた。傍目から見ても彼女は参っている、気が気でないと表現するべきだろうか。そしてそれは、ユウカだけでなくセミナーも、それどころかミレニアム全体に広がっていると云っても過言ではない。暫し無言を貫いたユウカは、手元の画面が真っ暗な端末を叩きながら呟く。

 

「ノア、先生は……その、安全なのよね?」

「はい、先生には現在C&Cが交代で警護に就いています、治療室もセキュリティはエンジニア部が担当、加えて各部活動から貸与されたガードロボットも幾つか付けていますので、現状最も戦力が集中している場所と云えます」

「貸与? それは一体――」

「皆、先生の事が心配なんです、今回の一件は先生を狙った悪質なテロ……等という噂も飛び交っていまして、学内の部活動から先生を守るための戦力として持って行ってくれと、直接セミナー(此処)に」

「そう――……テロ、ね」

「生徒間の噂では、テロ最有力候補は『アリウス』となっていますが、今回の件については――」

「………」

 

 ノアの言葉に口を噤むユウカ。念入りな調査によって今回の件にアリウスが絡んでいない事は既に理解している、或いはヴェリタスへのクラック、アリスの変調に彼の自治区が噛んでいる可能性も否定は出来ないが――しかし、それにしたってやり方が余りにも迂遠だった。

 

「兎も角、今は外部からの襲撃に対して心配する必要はないでしょう、警備は万全です――問題は寧ろ、各学園への対応ですね」

「今回の騒動、もう外に?」

「……先生の事に関しては、何処も敏感ですから」

 

 僅かな疲労を滲ませたノアは、答えながら手元の書類をユウカへと差し出す。受け取った彼女が紙面に目を向ければ、ここ数時間でセミナー(ミレニアム)へと問い合わせを行った各学園、及び組織の一覧が綴られていた。規模の大小問わず、空欄が殆ど生まれない程に書き込まれたソレ。ユウカは文字を指先でなぞりながら視線を絞る。

 

「現在各方面、学園から説明を求める声が上がっています、特にトリニティの救護騎士団、ゲヘナの救急医学部などからは共同治療の申し出も、無視すれば自治区侵犯も辞さないという勢いでした」

「自治区侵犯ですって? 正気なの? そんな事をしたら学園間の――」

「ユウカちゃんだって、トリニティで先生から救難信号をキャッチした際、同じ事をしようとしましたよね?」

「うぐっ……」

 

 それを云われると弱い、あの時は気が動転していたとは云え少々軽率だったという想いがある。しかし、仕方ないではないか、救難信号何て先生の身に何かあったと声高に叫んでいる様なもの――そして恐らく、今回は他の学園があの時の自分と同じような感情を抱いている。

 ユウカは暫し苦り切った表情を浮かべた後、大きく息を吐き出し、書類を手に席を立つ。

 

「分かったわ、こっちは私の方で何とかする、幸いセミナー以外でも手助けしてくれる生徒は居るみたいだし、ノアはこのまま先生の経過観察をお願い」

「……ユウカちゃん、大丈夫ですか?」

 

 ペンをデスクに置いたノアは、ふと不安げな表情で問いかける。互いに憔悴しているのは事実、しかしユウカのそれは自身よりも幾分か酷いものに見えた。ノアの問い掛けに対し、ユウカは緩く首を振ると、虚勢とも、強がりとも見える微笑みを見せながら応える。

 

「私は大丈夫よ、大変だけれど、何かに追われている時は少しだけ気持ちが薄れるから」

「………」

「寧ろ今、私が気にしているのは――……」

「――ゲーム開発部の皆さん、ですね」

 

 ユウカはノアの口から呟かれたそれに、重々しく頷いて見せる。二人の間に、何とも重苦しい沈黙が流れた。

 今回の事件、その中心となった部活動――ゲーム開発部。

 ユウカとしても思い入れがあり、手が掛かる後輩達でもあるが、今回の一件で精神的にかなりの負担が掛かっているだろう。肉体的な傷が癒えたとしても、心の傷ばかりは中々どうして消えてくれない。

 ましてや、今回の一件で暴走とも云える行動を起こしたアリスは、意識を取り戻して以降部室に籠ったまま食事も摂っていないという。

 

 思う所はある、しかし『あの子(アリス)が、好き好んでこの様な真似をする筈がない』という信頼があるのもまた事実であった。

 だからこそヴェリタスからも、ゲーム開発部からも、アリスを糾弾、責める様な声は欠片も上がってはいない。彼女が自身の殻に閉じこもったのは、自分で自分を許せない、自責の念によるものである事は明らかだった。

 故に、遣る瀬無い感情を押し込めユウカは呟く。

 

「先生……」

 

 その声に、応える者は居ない。

 

 ■

 

「――感じたか」

 

 暗闇、夜空に覆われた世界の何処か――星々の極彩の中に佇む人影、それが七つ。

 静寂と虚無に覆われた空間にて顔を突き合わせる彼らは、全身を白に統一し全く肌を見せない法衣(アルバ)を身に纏っている。頭部に被った(ミトラ)、首元と顔全体を覆う様に巻き付けられた(ストラ)、唯一露出した両手さえも白く、顔は無貌の仮面にて覆われ、凡そ個人を特定出来る要素は存在しない。

 無個の七人、彼等は抑揚のない声で以て告げる。

 

「嗚呼、感じたとも、恐怖、絶望、焦燥……あの波動は」

「アヌビス、ではない」

「しかし構わぬ、結果が同じであればそれで良い」

「然り、重きを置くはその一点のみ」

 

 全く同じ格好、容貌、気配を身に纏う七人が互いに言葉を交わす。仮面に覆われた口元は僅かも動かず、微動だにせず言葉を交わす様子は聊か以上に不気味であった。

 

「後は箱舟――女王の目覚めさえ叶えば、破滅はより確実なものとなろう」

「問題ない、秘められた本質は止められぬ、全ては時によって解決しよう」

「女王は程なく目覚め、守護者は集い始める」

「漸く、漸くだ、彼らは我々と同じ運命を辿る」

 

 最期に告げられた声には、僅かな高揚が込められていた。

 その背景にあるのは屈辱と怒り、タールの様に粘ついた感情が彼らの胸の内に滾り、その行動を確たるものにしている。一人がゆっくりと手を広げ、万感の思いを込めて夜空を仰ぐ。

 

 彼等の視線の先に在るのは極彩の星々、その先に見える――崇高と光(彼の存在と色彩)

 

「彼の者が再び接触すれば、『忘れられた神々』をこの世界より追放出来るようになる、さすればこの世界に――終焉を呼び寄せられるのだ」

「名がない為に呼ばれず、呼ぶことが出来ないが故に存在しない『名も無き神』のように、あれらもまた同じ結末へと向かうだろう」

「そして唯一、懸念すべきは……」

 

 ――【箱の主】

 

 誰かが口にした唯一無二の名。

 全員の間、その無貌の奥に淀む暗闇が重さを増す。箱の主、救世主、このキヴォトスに存在する――シャーレの先生(導く者)

 彼の者は力を持たず、しかし本質的に相容れぬ存在である。その在り方を、生き様を、秘めたる切り札を彼らは知悉している。

 

「崇高を持たず、神秘を持たず、恐怖を持たず……色彩にとっての無価値な存在」

「しかし、箱の力は決して無視できぬ、そしてあの者が持つ、奇跡(しるし)また然り――」

「だが異なる枝とは云え、我らは箱の力を手中に収める事が出来た」

 

 正面から事を構えれば相応に困難な相手――しかし、その相手を手中に収めた未来を、彼等は知った。

 未来はある、聖者を打倒し、忘れられた神々を排斥し、再び名もなき神が世界を統べる未来は。

 奇跡(しるし)、箱の力、それらを手にした時、我らが主は復権を約束されるだろう。無貌の白が互いを見つめ合い、問い掛け合う。

 

「ならば――どうする?」

「ならば――知れた事」

「ならば――為すべきは一つ」

 

 声は反響し、世界に響いていた。

 不意に彼らの白が闇に溶ける様にして滲み、その存在は徐々に薄れて行く。為すべき事は遥か過去より決まっている、忘れられた神々に敗れ、深く優しい闇に身を潜めていた時から――ずっと。

 

 消えゆく白が、互いに極彩の星々を指差し、告げる。

 

「この世界に、確たる終焉を」

 

 彼等――【無名の司祭】は望む。

 忘れられた神々(子ども達)追放(苦しみ)を。

 あらゆる時空の可能性()消滅(終わり)を。

 

 ――光満ちる(希望の)物語に、終止符(絶望)を。

 


 

 花のパヴァーヌ後編、本格的に始動ですわ!

 先生ズタボロにするの、すっごく気持ちよかった……(小並感)

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