今回15,000字でクソ長です。
「いやぁー、悪かったってば、アヤネちゃーん、ラーメン奢ってあげるからさ、怒らないで、ねっ?」
「別に、怒っていません」
アビドス、ラーメン屋柴関にて。
広い六人テーブルで思い思いに食事に耽る生徒達の中で、アヤネは相変わらずむくれていた。先の定例会議で少々はっちゃけ過ぎたのが原因である、先生もシロコやホシノに混じって小一時間余り説教をされ、正座していた足が痺れた。全員で引き攣った足を抱え転がったのは良い思い出である。膨れっ面でラーメンを啜るアヤネは、左右をホシノとノノミに挟まれながら世話を焼かれる。
「はい、アヤネちゃんこっち向いて、お口拭いてー……はい、良く出来ました☆」
「赤ちゃんじゃありませんからっ!」
「……なんでも良いんだけれどさ、なんでまたウチに来たの」
そんな様子を呆れた目で見るのはセリカ。因みに彼女はアルバイト中である。定例会議の後、バイトに向かったセリカを追って皆で入店し、今に至る。ホシノは自分のラーメンを箸で摘みながら、後頭部を掻き笑う。
「いやぁ、部室以外で集まれる場所って此処くらいでしょ、それに丁度お腹も減っていたし~」
「アヤネ、チャーシューもっと食べるかい? 先生のあげるよ、ほら、あーん」
「ふぁい、あー……」
「ちょっと先生!? こんな所でイチャイチャしないでっ!」
先生がアヤネに餌付け、もといチャーシューを分け与えていると、不意に入店のベルが鳴った。見れば見慣れぬ服装をした紫髪の少女――ハルカが扉を引き、中を覗き込んでいる。慌ててセリカがテーブルを離れ、少女の元に駆け寄った。
「あ、あのぅ……」
「いらっしゃいませ! 何名様ですか?」
「こ、ここで一番安いメニューって、お、御幾らですか?」
「一番安いメニューですか? えっと、そうですね、一番安いのは――五百八十円の柴関ラーメンです! 看板メニューなので、おすすめですよ」
「あ、ありがとうございます!」
セリカがそう云うと、ハルカの後ろから続々と人影が現れた。その数はハルカを入れて四名。何を隠そう――便利屋68の面々である。
アル、カヨコ、ムツキの三名は店内を見渡しながらゆっくりとした足取りで入店する。その表情はどこか歓喜の念が漏れ出ていた。
「えへへっ、やっと見つかった、六百円以下のメニュー!」
「ふふふ、ほら、何事にも解決策はあるのよ、全て想定内だわ」
「そ、そうでしたか、流石社長、何でもご存知ですね」
「はぁ……」
若干一名、カヨコのみが頭が痛そうにしているものの、他三名は歯牙にもかけない。セリカは騒がしそうな便利屋達にも臆さず、笑顔で対応を行う。
「四名様ですか? お席にご案内しますね」
「んーん、どうせ一杯しか頼まないし大丈夫」
「一杯だけですか? でも、どうせならゆっくりお席へどうぞ、今は暇な時間なので、空いている席も多いですし」
「おー、親切な店員さんだね、ありがとう、それじゃお言葉に甘えて」
そう云って歩き出したムツキは、ふと思い出したように指を立てた。
「あ、わがままついでに、箸は四膳でよろしく! 優しいバイトちゃん」
「えっ? 四膳ですか? ……ま、まさか一杯を四人で分け合うつもり?」
セリカが思わずそう口にすると、途端傍に居たハルカが頭を抱え屈み謝罪を口にし出した。
「ご、ご、ごめんなさいっ、貧乏ですみません! お金がなくてすみません!」
「あ、い、いや……! その、別にそう謝らなくても!」
「いいえ、お金がないのは首が無いのも同じ、生きる資格何てないんです、虫ケラにも劣る存在なのです!」
「……ちょっと声でかいよハルカ、周りに迷惑」
いつもの事なのか、カヨコは屈んで謝罪を撒き散らすハルカを見下ろし肩を竦める。しかしそんな様子を見ていたセリカは不意に肩を震わせ、かっと目を見開くと力強くハルカの肩を掴んで叫んだ。
「違う! お金が無いのは罪じゃないよ! 寧ろ胸を張ってッ!」
「へ? ……えっ、はい?」
「お金は天下の廻りものって云うし、そもそもまだ学生だし、それでも小銭を搔き集めて食べに来てくれたんでしょ!? そういうのが大事なんだよっ!」
「え、えっと――」
「もう少し待っていてね、直ぐ持ってくるから!」
云うや否や、セリカは注文を伝えに厨房へ走る。それを見ていた便利屋の面々は呆気にとられ、暫くして近場のテーブル席に腰を下ろした。
「……何か妙な勘違いをされているみたいだけれど?」
「まぁ、私達はいつもそんなに貧乏って訳じゃないんだけれどね、強いて言えば、金遣いの荒いアルちゃんのせいだし」
「アルちゃんじゃなくて社長でしょ? ムツキ室長、肩書はちゃんと付けてよ」
「ん? だってもう仕事終わった後じゃん? ところで、社長の癖に社員にラーメン一杯奢れない何て実際どうなの?」
「ぐっ……」
「今日の襲撃任務に投入する人員雇う為に、ほぼ全財産使っちゃったしー」
椅子に背を預けながら、ムツキはけらけらと笑う。痛いところを突かれた如何にもやり手のキャリアウーマンと云った風貌の少女、アルは引き攣った笑みを浮かべながらも余裕の態度を崩さない。しかし、それが吹けば飛ぶ程度の虚勢である事は、便利屋のメンバーであれば直ぐに分かった。
「ふ、ふふふ、でもこうしてラーメンは口に出来ているでしょう? なんの問題もなし、全て想定内よ」
「たった一杯分じゃん、せめて四杯分はお金確保しておいてよ……」
「ぶっちゃけ、忘れていたんでしょ? ねぇアルちゃん、夕食代取っておくの忘れていたんでしょ? 正直に云いなよ、怒らないから」
「……ふふふ」
ムツキとカヨコの問いかけに対し、アルは答えずただ微笑むだけ。ぶっちゃけ図星だった、しかしアルは自分の失敗を直視出来ないタイプの生徒であったのである。正しくは、直視したくないタイプというべきか。取り敢えず意味深に微笑んでいる自分達のリーダーを見て、カヨコは溜息を零す。
「はぁ……ま、リスクは減らせた方が良いし、今回のターゲットは、ヘルメット団みたいな雑魚の手には負えないって点は同意する、でも全財産を叩いて人を雇わなきゃいけない程、アビドスの連中は危険なの?」
「それは……」
今回、ラーメンを一杯頼むのにも困窮したのには理由があった。それが、アビドス高等学校対策委員会の襲撃依頼。アルはこの依頼を行うに先駆け、会社の資金をあるだけ傭兵雇用につぎ込んだのである。何故、という理由に対して口を噤んだアル。それを見たムツキはテーブルに頬杖をつきながら、呆れた様子で云った。
「多分、アルちゃんも良く分かってないと思うよ、情報も余り無かったし、だからビビッて一杯雇っているんだよ、傭兵」
「誰がビビっているって!? 全部私の想定内! 失敗は許されない、今回は特に大口取引なんだから! あらゆるリソースを総動員して臨む、それが我が便利屋68のモットー!」
「初耳だね、そんなモットー」
「今思いついたに決まっているよ~」
「うるさい! なら今回の依頼を成功させて報酬が手に入ったら、すき焼きを食べに行きましょう! だから気合を入れなさい、皆!」
テーブルを軽く叩きながらそう叫ぶアルに、カヨコとムツキは顔を見合わせる。一方、ハルカはアルの云う「すき焼き」が分からず、ふと問いかけた。
「すっ……すき焼きとは、それは一体なんでしょう?」
「大人の食べ物だね、すごく高価な……」
カヨコがそう云うと、ハルカは目に見えて目を輝かせる。
「う、うわぁ……私なんかが食べて良い物なのでしょうか? やっぱり、食べた後は腹切りですか?」
「しないで良いわよ! ……ふふふ、ウチみたいな凄い会社の社員なら、それ位贅沢はしないとね」
「へぇ~やる気満々じゃん、アルちゃん」
「アルちゃんじゃなくて、社長!」
「はい、お待たせしました! 熱いのでお気をつけて!」
皆で云い合っていると、セリカが注文のラーメンを手にテーブルへと戻って来る。そしてテーブル中央に置かれたラーメンは――余りにも大きく、山盛りのラーメンであった。思わず、全員が目を見開き驚愕の声を上げる。
「ひぇ、なにこれ!? ラーメン超大盛じゃん!」
「ざっと、十人前はあるね……」
「こ、これはオーダーミスなのでは? こんなの食べるお金、ありませんよぅ……」
「いやいや、これで合っていますって、五百八十円の柴関ラーメン並み、ですよね大将!」
皆が訝し気にセリカを見れば、彼女は満面の笑みで首を横に振る。そして厨房に居る人型の犬としか表現できない大将に言葉を投げかければ、彼はカウンター越しに親指を立て頷いた。
「ああ、ちょっと手元が狂って量が増えちまったんだ、気にしないでくれ、こっちのミスだからよ、料金は柴関ラーメン並み、一杯分だ」
「大将もあぁ云っているんだから、遠慮しないで、それじゃごゆっくりどうぞー!」
そう云ってセリカはテーブルを離れ、残ったのは山盛りの麺、チャーシューマシマシの柴関ラーメン特盛バージョン。それを見る便利屋の面々の瞳は輝いていた。
「う、うわぁ……」
「これは、凄いね」
「良く分からないけれど、ラッキー! いただきまーす!」
「……ふふふ、さすがにこれは想定外だったけれど、厚意に応えて、有難く頂かないとね」
「食べよっ!」
大将の厚意に感謝を抱きながら、全員で箸を伸ばし、小皿に取り分けて湯気を立てる麺を持ち上げる。中々食事処が見つからず歩き通した為か、今はその何てことのない麺が物理的に輝いてすら見えた。アルは軽く唾を呑み込み、熱々のそれを一気に啜る。
瞬間、強烈な旨味を舌の上に感じ、アルは咄嗟に口を手で覆った。
「っ!」
「お、おいしいっ!」
「なかなかイケるじゃん? こんな辺鄙な場所なのに、こんなクオリティなんて!」
「――でしょう、でしょう? 美味しいでしょう?」
不意に、テーブルの横合いから声が掛かった。全員が声の方に顔を向ければ、ニコニコと屈託のない笑顔を浮かべた非常にグラマラスな少女が立っていた。彼女は非常に親し気な様子で便利屋の皆に頷いて見せる。
「あれ……? えっと、隣の席の――」
「うんうん、此処のラーメンは本当に最高なんです、遠くから態々来るお客さんもいるんですよ」
「――えぇ、分かるわ、色々な場所で色々なものを食べたけれど、このレベルのラーメンは中々お目に掛かれないもの」
アルが少女――ノノミの言葉に同意すると、その後ろから赤い眼鏡を掛けた少女が嬉しそうな笑みと共に現れる。見れば、ノノミの背後にはアビドスの面々が揃っており、いつの間にか便利屋のテーブルはアビドスとゲヘナの交流会の様相を呈していた。
「えへへ……私達、此処の常連なんです、他の学校の生徒さんに食べて頂けるなんて、何だか嬉しいですね」
「きょ、きょ、恐縮です……」
「その制服、ゲヘナ? 遠くから来たんだね」
「私、こういう光景を見た事があります、一杯のラーメン、でしたっけ……」
「うへ~、それは一杯のかけそばじゃなかったっけ?」
「………」
アルとハルカ、アビドスの生徒達が楽しそうに言葉を交わす中、ふと――カヨコの目が彼女達の制服に留まった。胸元に見える生徒証、三角形に太陽のマーク。それは勘違いでなければ、彼女達が受けた依頼の襲撃対象校である、アビドス高等学校の証明であった。
カヨコがムツキにそっと顔を寄せ、「連中の制服」と呟くと、一瞬訝し気な表情をしたムツキがはっとした顔で彼女達を見る。
あれ、ホントだ、アレもしかしてアビドス?
多分そう、つまり私達が戦う相手な訳だけれど――。
そこまで口にして、ふと横目に自分達のリーダー、アルを見る。
「うふふふっ、良いわ、こんな所で気の合う人達に会えるなんて、これは想定外だけれど、こういう予測できない出来事こそ、人生の醍醐味じゃないかしら!」
満面の笑みでアビドスと語らう彼女を見て、カヨコは苦り切った表情を、ムツキは面白そうな笑みを浮かべた。どう見ても気付いた様子もなければ、疑る様子もない。完全に気の良いお隣さん対応でアルは笑っていた。
「肝心のアルちゃんは気付いていないみたいだけれど?」
「……云うべき?」
「面白いから放っておこ!」
明らかに愉快犯的な思考で放った言葉だが、カヨコはそれ以上何も云わず、ただ手元のラーメンを啜る事に専念した。
「………」
そんな便利屋とアビドスを、先生はじっと見つめ続ける。
ただ、これから起こる事を頭の中で描いて。
■
「それじゃあ、気を付けてね!」
「お仕事、上手く行きますように!」
「あははっ、了解! あなた達も学校の復興、頑張ってね! 私も応援しているから! それじゃあ!」
ラーメン屋柴関を出て、手を振るアル。便利屋とアビドスはその後も和気藹々とした会話を続け、食事を終えた後も和やかな雰囲気で別れる事となった。ノノミやアヤネが手を振り、アルもそれに手を振って返す。彼女の笑顔はこれ以上ない程に満足気で、アビドスの背が見えなくなった後、ふと彼女は寂しそうに言葉を零した。
「ふう……良い人達だったわね」
「………」
「………」
そんなアルを見る表情は、実に真反対だった。
カヨコは苦々しいとしか言いようがない、コイツ本当に気付いていないのかという表情。ムツキは会心の笑み、それはもうこれからの事を考えると面白いとしか云い様がないとばかりの。
カヨコはアビドスの影が完全に無くなった事を確認し、咳払いを一つ。そして未だ能天気な顔をするアルに問い掛けた。
「社長、あの子たちの制服……気付いた?」
「えっ、制服? 何の事?」
「アビドスだよ、あいつら」
「………アビドス?」
カヨコの真剣な表情に、何とも言えない間抜け面を晒しながら言葉を繰り返す。アビドス、アビドス……何かどこかで、そんな名前を聞いたような? そんな風に思考を回し、それから彼女は漸く今回のクライアントから伝えられた『襲撃校』の名前がアビドスであった事を思い出し――白目を剥いて絶叫した。
「ななな、なっ、何ですってッーーー!?」
「あははは、その反応ウケる~」
「はぁ……本当に全然気づいていなかったのか」
「……えっ、そ、それって私達のターゲットって事ですよね? わ、私が始末してきましょうか!?」
「あははは、遅い、遅い、どうせもうちょっとしたら攻撃を仕掛けるんだし、その時暴れよ、ハルカちゃん」
アルの絶叫を皮切りに、彼女達も動き出す。ハルカも気付いていなかったようで、今更ながら談笑していた相手が敵だったと知り、今からでも襲撃してこようかと愛銃を握る。彼女はそう云った点で非常にドライであった。例え直前まで談笑していた相手であっても、大切な人の為なら躊躇いなく引き金を絞れる精神構造を持っている。
アルは先程まで朗らかに、本当に楽しく話せた感性の近しい友人と云うべき存在が、自分達の打倒すべき敵校だと知りその場に崩れ落ちる。その体からは悲哀の念が迸り、心なしか肩が震えている。
「う、嘘でしょ……あの子たちがアビドス? う、うぅ、何という運命の悪戯……!?」
「何してんのアルちゃん、仕事するよ? ほら、準備しないと」
「バイトの皆が定位置についたって、後は私達が準備を終え次第命令するだけ」
「本当に……? 私、今からあの子達を……?」
「あははは、心優しいアルちゃんに、この状況はちょっとキツいね~」
「情け無用、御金さえ貰えれば何でもやりますがウチのモットーでしょう? 今更何を悩んでいるの」
「そ、それは、そう、そうだけれど……」
崩れ落ちた格好のまま、アルは涙声で自問自答する。あんなに気の良い人達を、アルは久々に見たのだ。彼女の出身はゲヘナ、それはもう『酷い』としか言えない様な校風であり、基本的に他者を慮る様な生徒は極少数である。それこそ自分本意、我儘、自儘を地で往く連中が殆どで、そんな中で自分達に優しく接し、隣人の友人と語らう様な時間を過ごせたのは便利屋の面子を除いて殆ど初めてだった。
そんな相手に今から襲撃を仕掛ける? 資金のない自分達に、山盛りのラーメンさえ恵んでくれたのに? 性根の優しい、善人としか云えないあの子達に? その事実を考えるだけで、アルは自分が足元から崩れていくような心地になった。
地面に這い蹲るアルを見下ろし、カヨコは肩を竦める。大体、こうなる事は予想出来ていた。
「これ、完全に参っているね……」
「まぁ、あれだけ意気投合したらそうなるでしょ、復興の応援してるー、なんて云っていたし」
「その復興の邪魔をする訳だけれど、やっている事は真逆だね」
「っ、ぐ……うぐぐッ――こ、このままじゃ駄目よ、アル! 一企業として、このままじゃ!」
アルは地面をばんばんと叩き、顔を上げる。そこには先程までの苦悩を色濃く残しながらも、涙を呑んで襲撃の決意を固めたアルが居た。彼女は立ち上がると、軽く付着した砂を払い勢い良く宣言する。
「行くわよ! 皆、準備を!」
「――いや、ちょっと待って貰えるかな?」
しかし、それを直前で遮る人物が居た。便利屋の背後、先程まで誰も居なかった筈の空間から声が響く。それは低く、男性的であった。振り返ると、其処には白い制服を着込んだ大人の男性が立っている。優しそうな笑みを浮かべる彼に対し、ムツキは首を傾げる。
「ん~、あれ、大人の人?」
「アンタは……」
カヨコは注意深くラーメン屋の客を見ていた為、直ぐに気付けた。全員を庇う様に一歩前に出た彼女は、前ポケットの中に仕込んだ愛銃を握り締めながら問いかける。
「さっき、ラーメン屋に居たよね、アビドスと一緒に」
「そうだよ、一応アビドス対策委員会の担当顧問って事になっているかな」
「……担当顧問? そんな話、上からは――」
「カイザーコーポレーションからは聞いていないのかい?」
「ッ!」
その言葉が出た瞬間、カヨコはポケットの中の拳銃を素早く先生に突きつけた。依頼主を知っている――どう考えても、自分達の立場を知っている人間だった。それはムツキも同じだった様で、バッグの中から容量上入り切らなさそうな愛用機関銃――トリックオアトリックを取り出し、構える。
「良く分かんないけれど、敵って事でおーけー?」
「っ、アル様、ここは私が――死ねぇッ!」
「待って待って待って! どう見てもキヴォトスの外の人でしょ!? 弾丸一発で死んじゃうわよ!? ダメでしょ!? 流石に人殺しは駄目でしょう!?」
ハルカが男性――先生を敵と見るや否や、何の躊躇いもなく引き金を絞り射殺しようと動き、慌ててアルはハルカに飛びつく。彼女の中で悪は悪でも、殺人は流石にまずいという意識がある。超えてはいけない一線と云うのは、絶対にあるのだ。
先生はアル以外の全員から銃口を突きつけられながらも、薄ら笑いを浮かべて両手を上に挙げる。少なくとも、こちらから暴力に訴えるつもりはないというアピールだった。
「あはは、撃つのは勘弁して貰いたいかな、彼女の言う通り私にとっては弾丸一発が致命傷だ」
「……そんな弾丸一発で死にかねない担当顧問が、アビドスの生徒も連れずに何の用?」
銃を下げることなく問いかけるカヨコに、先生は淡々とした様子で告げる。
「話し合いに来たって云ったら聞いてくれる? 出来れば、こじれる前に」
「話し合いって云うのは?」
「アビドス襲撃を取りやめて欲しい」
「――それは無理」
「……掛った費用を全て負担すると云っても?」
先生の放った言葉に、ぴくりとカヨコの眉間が動いた。
「確かに私達のモットーは、御金さえ貰えれば何でもやる……けれど信頼はお金じゃ買えない、失敗ならまだ良い、けれど『裏切り』は私達の業界だとそれ以下の扱い、雇い主を裏切れば皆思う、また裏切るかもしれないって――そんな所、雇いたいと思う?」
「成程、理屈は理解出来るね」
「一応、こっちも仕事でやっているから、中途半端は出来ない……でしょう、社長?」
「うっ――」
カヨコの鋭い言葉に、アルは思わず胸を抑えた。契約を結び、やると云った以上、それをやり遂げる義務が便利屋にはある。それを改めて意識したアルは、虚勢を張りながらも小さく頷いて見せた。
「そ、そうよ、確かに心は痛むけれど……便利屋68のモットーは決して裏切れない、例えどんな内容であろうとも、依頼は遂行しなくちゃいけないわ!」
「おー、流石アルちゃん!」
ムツキは明らかに半分馬鹿にした様な口調で笑い、愛銃を放って手を叩く。少なくとも、先生が実力でどうこうしてくる手合いではないと見抜いたのだ。それに最悪、素手での格闘戦闘であっても遅れは取らない。キヴォトスの住人とそれ以外では、それ程までに地力の差があった。
「それにぃー、そっちの方がおもし……お金も貰えそうだしねぇ、確かに費用を負担して貰えるのならまぁ、マイナスじゃないかもだけれど、アビドスって今お金ないって話でしょ? 本当に払えるの~?」
「ん、そうだね、確かにアビドスとしてお金を出す事は出来ない、けれど支払うのはシャーレとしてだ、実質私のポケットマネーだからそこは心配しなくて良い」
「――シャーレ? 大人の男性でシャーレって……まさか」
カヨコとムツキの二名が、その言葉にぴくりと反応を返す。脳裏に過るのは連邦生徒会による告知と、クロノススクール報道部によるSNS投稿――何かと話題の新設組織、二人の目が先生の制服、その腕章に吸い寄せられた。蒼く輝くそれに書き綴られた文字は――。
「連邦捜査部シャーレの、『先生』か!」
「へぇ――」
カヨコが叫び、ムツキの目付きが変わる。いつでも、どうとでも出来る玩具から――得体の知れない大人に。二人の豹変にアルとハルカは目を瞬かせ、ハルカは恐る恐る隣のアルへと問いかけた。
「……? えっと、シャーレと云うのは何でしょうか、アル様?」
「えっ、私に聞くの!? えっと、そうね、シャーレというのは、そのぅ、あーっと」
しどろもどろになって舌を遊ばせるアルに、カヨコは油断なく先生を見据えながら言葉を紡ぐ。
「……連邦捜査部シャーレ、連邦生徒会長が組織した超法規的機関、あらゆる自治区に独自介入可能な権利を有し、また独自の権限で戦闘行為すら容認される、学園、部活、派閥問わずあらゆる生徒を制限なしに加入させる事が出来る――フットワークの軽くなった、戦闘特化版連邦生徒会みたいなもの」
「まぁ、有体に云っちゃうとそんな感じだよねぇ」
カヨコの重々しい言葉とムツキの軽い調子に、ハルカは、「そんな組織が……」と驚き、アルはまたしても愕然とした表情を晒し、絶叫した。
「――ななな、なっ、何ですってぇーッ!?」
「あ、アルちゃんがまた白目剥いてる、おもしろ~い」
ムツキがけらけらと笑い、アルは小刻みに震える。その脳裏にはキヴォトス内に於けるパワーバランスピラミッドが構築され、その頂点に立つ『連邦生徒会』の隣に、『シャーレ(戦闘特化)』の文字が綴られた瞬間だった。
アルは意識を取り戻すと、おろおろと手を彷徨わせながら便利屋の皆を見る。
「な、何でそんなとんでもない組織がアビドスのバックに居るのよ!? 聞いていないわ!」
「バックに居るって云うか、目の前の先生がシャーレの実質トップだから、どっちかというとアビドスがシャーレ傘下になった、みたいな?」
「私としては、そんなつもりは毛頭ないけれどね」
「……他所からどう見えるかは別の問題、先生がどんな風に考えていてもね」
「あわ、あわわわ、どどど、どうしましょう」
アルは相変わらず、半分白目を剥きながら震えている。そんな彼女の様子を見て、ハルカが愛銃を抱えながら恐る恐る提案した。
「あ、アル様、やっぱり此処で始末しておいた方が……」
「余計にこじれるからやめてぇッ!」
「……でも、そうなると確かに、これは酷い依頼だね」
「んー、そうかも、ちょっと分が悪いかなぁ~」
「え、え?」
「いやハルカちゃん、考えても見なよ、シャーレの先生がアビドス側に居るって事は、アビドスに加えてシャーレの戦力も動かせるって事だからね? 先生があっちに付いた時点でこれはアビドスとシャーレ、そして私達の戦いになったって事、最悪トリニティとかミレニアムとか、全然関係ない所とも戦争になるかもね~」
ムツキが何でもない事の様にそう云うと、目に見えてアルの狼狽度が増した。半ばムツキに縋りつく様な形で、彼女は問う。その眼球は右に左に、それはもう泳ぎまくっていた。
「えっ、は? トリニティ? ミレニアム? ちょ、えぇッ!?」
「あははッ! アルちゃんめっちゃ震えているじゃーん! ウケる~!」
「ちょちょ、ちょっと待って、私達ゲヘナ風紀委員会からも睨まれているのよ? それに加えて他の学園からも睨まれたら、駄目じゃない? 何かもう、駄目じゃない?」
「でも依頼は遂行するんでしょ~? さっきそう云ったよね、アルちゃん」
「だッ、ぁ、ご、ぅ……」
「それに、信頼を喪ったら仕事がなくなるって云うのも本当――特にカイザーコーポレーションみたいな大口契約は貴重だから、裏切り何てしたら系列企業全部に白い目で見られる」
「―――」
何かを云おうとしても口に出ない、言葉の代わりに魂が漏れ出ていた。完全に白目を剥いて機能停止したアル。そんな彼女を楽しそうに見つめているのはムツキのみで、ハルカは心配そうに、カヨコは頭が痛そうに見ていた。
「というかこれ、万が一この依頼を達成出来てもシャーレと敵対した時点で詰んでるんじゃなーい?」
「……そうかもね」
「あわわ、あ、アル様、しっかり、確りして下さい!」
「―――」
アルが白目を剥いて機能停止してから幾許かの時間が過ぎ、漸くまともに呼吸を開始した彼女は胸に手を当てながら、それはもう青を通り越した真っ白な顔で、先生に問い掛けた。
「せ、先生……ちょっと、相談があるのだけれど、良いかしら?」
「――勿論」
マシロの正義ガチ勢ぶり好き。何より少女×デカ武器はロマンですよロマン。対物ライフルは特にそれの塊と云っても良い。出来ればアタッカーとして使いたかった……。
マシロは可愛いね、本当なのか嘘なのか絶妙に分かりにくいギャグセンスと、正義実現委員会の名に違わぬ体育会系。それでいながらどこか純真無垢で、けれど「この手を血で汚さずに正義を実現させる何て、出来る訳ないじゃないですか」とも宣う。何ともアンバランスで見た目に反しエキゾチック、いや、ある意味キヴォトスの中ではスタンダードなのかもしれない。
マシロには多分「正義」って理由付けすれば、大抵何でも許してくれるし、やってくれる。水着を購入する時に、「可愛いは正義」という言葉で悩む位だから、それっぽい理由で押せば行ける。
今日は先生とパトロールしようって云って、マシロを連れ回しながらデートしたい。「あのカフェが怪しい」とか云って一緒に紅茶を飲んだり、「あのクレープを食べて恋人を偽装しよう」とか云って一緒に食べ歩きしたい。何なら映画を見に行って、「最近は映画泥棒という悪い奴もいるんだ」と言いくるめて一日遊び倒したい。
途中から、「あの先生、これは本当にパトロールなのでしょうか……?」と疑問視するマシロに、正義実現委員会が歩き回るだけで抑止力になるとか、敢えて油断している風を装って潜在的な脅威を引き出すとか何とか云って言いくるめるんだ。「最終的に正義執行に繋がる」と云えばきっとマシロは大丈夫。(無上の信頼)
その内多分、自分がパトロールをしている事も忘れて、先生と一緒に楽しそうな笑顔を見せてくれるに違いない。あの店のお菓子が美味しかっただの、服が可愛いかっただの、見た映画がどんなだっただの、此処が良かった、あそこが正義っぽくて感動した、そういう他愛もない話を先生として欲しい。
彼女自身、正義実現委員会としての側面が強いけれど、実際一皮むけば普通の少女然とした価値観を持つ子どもなのだ。ただ、人が遊ぶ間に正義を学び、実行する事に喜びを感じる。いずれ自分が正義実現委員会を率いて立つ事を考え、寸刻を惜しむその精神性を持っているから、それが表に出ないだけで。
けれど彼女はきっと、心のどこかで自分と普通の生徒の違いを感じていると思う。普通にお菓子を食べて、紅茶を啜り、何てことのない文庫本の話をする。鍛錬の代わりに肌の手入れを、勉学の代わりに娯楽を、そういうお嬢様然としたトリニティの『普通の学校生活』を横目にした時、ふと彼女に妙な疎外感を感じて欲しい。
先輩たちを真っ直ぐ見据え、ずっと突き進んでいた彼女にとっての日常は、他者からすると異質に映るだろう。彼女自身、それを恥じる気もなければ改めるつもりもない。彼女曰く、先輩たちと共に過ごす時間は『正義』を忘れかける程に楽しかったから。
けれど、そういう『感性の違い』というべき部分に、思春期の少女らしい思考で悩んで欲しい。
そしてそれを先生にそれとなく打ち明け、「正義に迷いなどあってはいけないのに」と口にした時、きっと先生は真摯に彼女の悩みを受け止めてくれるのだ。
マシロを抱きしめ、頭をこれでもかという位に撫でつけ、他人と違う事の何が悪いのかと力説したい。そのままのマシロが素敵だよとか、頑張るマシロを応援しているよと耳元で呟き続けるんだ。その内マシロは、確かに相談したのは自分だけれど予想以上に先生が全力で慰めにくるものだから、タジタジになって、「あの、もう大丈夫ですから」とか、「な、悩みは解決したので……!」と云いながらも先生の腕の中から脱出する事が出来ず、そのまま一時間位先生の腕の中でじっとする事になり、恥ずかしいやら嬉しいやらで真っ赤になるんだ。けれど、そんな風に全力で自分と向き合って、心配してくれる先生に恩義と強い信頼を感じ、それからの彼女はより一層、正義に邁進してくれると思う。
そんな彼女を、それはもうデロデロに甘やかしてみたい。自分の誕生日すら忘れているマシロの傍に居て何から何まで手伝ってあげたい。正しい正義を選べるように、迷わず正義を執行できるように、マシロの中にある『正しき正義』を彼女の望む方向に伸ばしてあげたい。
ストーリーからして、狙撃手はちゃんとした食事が摂れないみたいな事を云っていたし、それとなく料理で餌付けしてあげたい。その内、任務中に食べるカロリースティックが味気なく思えて、空腹になっても先生の食事を食べたいから我慢するようになるんだ。けれど先生に世話をしてもらっている事を先輩方に打ち明けるのは恥ずかしくて、お腹が鳴ると、顔を赤くしながら「今、ダイエット中なんです」とか何とか言って誤魔化すんだ。その後シャーレに行って、こっそりと先生の手料理を堪能して欲しい。
狙撃の訓練とか云って、仕事をする先生と机の間に挟まりに来てほしい。「狙撃任務中はじっとしなくてはいけませんから、これも訓練です」とか言って、先生の膝の上に座りに来てほしい。その内先生も慣れて、マシロの頭の上に手を置くのが習慣になるんだ。それを忘れるとマシロが徐に先生の手を掴んで、撫でろと云わんばかりに自分の頭の上に置くようになるんだクソかわ。
マシロ自身は正義を信奉しているけれど、正義実現委員会の一日他部活体験では話題に偏りはあれど問題なく他生徒と会話出来ていたし、本質は真面目で少しだけ頭の固い少女だと思う。どうして正義実現委員会に入ったのか、恐らく『正しさ』に固執する理由があるんだ。正しさとは絶対であるべき、そう考えながらも例外をも認めるその矛盾。
それは、彼女の絆ストーリーからも分かる。
「あなたは機関車を運転する機関士です、ある日、あなたが進入しようとする線路上に五人の人が縛られているのを見ました」
「線路を変えればその五人の命は助かりますが、その時は変えた先の線路に居た人、別の一人が機関車に轢かれてしまう事になります、この場合、どんな選択をするのが正しいのでしょうか?」
「うーん……難しい問題ですね、たくさんの人を助けるのには線路を変えるのが正しいはずですが、そうした場合、本当なら死ななくても良い人が一人、機関車に轢かれてしまいます」
「本来起きるはずのなかった死を防ぐ事と、たくさんの人の命を助ける事――二つのうち、どちらがより正しい選択なのでしょうか?」
「……答えが存在しない正義なんて、あり得ません」
「正義とはいつも、明確な一つの答えが存在しなくてはいけないものなのに」
「うーん……みんなを助けられる方法はないのでしょうか」
「たとえ出題者の意図に反するものだとしても、諦められません」
「私はどんな状況だとしても、一生懸命悩んで、努力して、皆を助けられるように頑張ります」
「――それが、正義の道ですから!」
そう云ったマシロに先生を撃ち殺させてぇ~。
皆を助けられる方法を探したいと云いながら、キヴォトスの為に先生を撃ち殺すマシロの顔みてぇ~。
間違った世界、失敗した世界、燃え盛るシャーレの中でキヴォトスを裏切った先生がマシロの前に現れた時、彼女はどういう選択を取るのだろうか? 最初は恐らく説得しようとするだろう、千も万も言葉を交わして、何とか先生を取り戻そうと足掻くだろう。けれど言葉を重ねれば重ねる程、交わせば交わすほど、先生の決意は固く、信念は鋼である事を知るのだ。
きっと先生は彼女に全てを語らない、何故裏切ったかも、どうしてこんな事をしたかも、何も語らない。だって、彼女は愚直なまでに『正義』を信じているから。正義である事に固執しているから。だからこそ、分かり易い【悪】を演出する事によって、彼女の引き金を少しでも軽くするのだ。
それを理解しているからこそ、マシロは悩む、苦悩する。
先生が何の理由もなく生徒を傷つける筈がない、キヴォトスに反旗を翻す筈がない、清廉で優しく、朗らかで暖かで陽だまりの様な人だ。必ず何か理由がある、無い筈がないのだと。そしてこの時の為に彼女の正義を確固たるものにしていた先生は、問いかけるのだ。
私の命ひとつと、キヴォトス全域の生徒の命――マシロだったらどうする?
完全無欠のハッピーエンド、その結末が用意されていればキヴォトスを裏切る必要などなかった。この世界は既に分岐してしまったのだ、
マシロはその言葉を聞いて咄嗟に、先生の事を殴りつけるんだ。倒れ込む先生と自身の拳に走った衝撃にマシロは一瞬はっとした表情を見せ、自身の行動を後悔する。けれど血を流さなければ正義は実現できないと宣ったように、彼女はきっと必要なら先生に暴力を振るう事さえ厭わないと思う。その果てに先生の生存という正義が存在するなら、喜んで彼女は泥を被る。
あらゆる感情の濁流を噛み殺し、先生を睨みつけ、マシロは「いい加減にして下さいッ!」と叫ぶんだ。
そして先生に馬乗りになって、脅しとして拳を振り上げながら、「降参して下さい、先生ッ! もう勝負はついたんです! 私と一緒に連邦生徒会に――」と口にし。
先生は何も云わず、ただ薄らと微笑むんだ。
それを見たマシロは歯を食いしばり、今にも泣きそうな表情を浮かべる。生徒に暴力を振るわれても、先生はそれすらも許容するのかと。その優しさとも強かさとも云える心に、マシロはもう一度拳を振り下ろす。殴る瞬間に目を瞑り拳を震わせ、殴っている側だというのに酷く辛そうに、痛そうにしながら。
先生の顔が跳ねる度にマシロは血を吐く想いで、「降参して下さいッ!」と繰り返す。けれどやはり、先生は何も云わない。途中から彼女の声に涙が混じり、最早懇願に等しい声で叫ぶんだ。
そして彼女の両手が血で真っ赤に染まり、先生の顔が青あざと打撲痕で酷く晴れ上がった時、彼女はついに涙を流し、息を荒くしながら先生の姿を見下ろすんだ。
そしてそれでも尚微笑む先生を見た時――彼女は強い絶望を感じるに違いない。
どうあっても先生の意思は崩れない、どうあっても先生はマシロの声に頷かない。先生の瞳に宿る、自身やキヴォトスを案じる柔らかな光と、強い決意に、マシロは自身の考えが正しかった事を悟るんだ。
先生を喪えば、
マシロは覚束ない足取りで立ち上がり、サイドアームの拳銃を取り出すんだ。そしてそれをそっと、先生に向ける。
瞼も腫れあがり、立ち上がる事も出来ない先生は横たわったままマシロを見上げる。ぼろぼろと涙を流し、歯を打ち鳴らす愛すべき生徒の姿を。
きっと最後まで彼女は問い掛けるに違いない。「これしかないんですか」と、「この方法しかないんですか」と。銃口を震わせ、全身で撃ちたくないと叫びながら、何度も何度も。
先生は相変わらず微笑み、云うんだ。
「これが
それから長い時間を掛けて、マシロには先生を撃ち殺して欲しい。
本当に射殺するしかないのかという葛藤、憎からず想っていた人を射殺するという躊躇い、『善人』を切り捨てなければならないという現状に対する後悔。運命や不条理に対する憎悪、誰に何をぶつければ良いのか、それすらも分からなくなるほどの激情を抱えて。彼女は最後まで先生の目を真っ直ぐ見て、涙を流し、歯を食いしばり、ぐしゃぐしゃの顔で、先生を撃ち殺すんだ。
燃え盛るシャーレの中で、不自然な程静けさを感じ、ハスミやツルギが駆けつけた時、そこには先生を撃ち殺した後のマシロと、額を撃ち抜かれ、ボロボロになった先生の骸だけがある。そこで彼女は先生を撃ち殺した拳銃を握り締め、俯き、肩を震わせながら、二人に問うんだ。
正義って、何ですか、と。
正義と云えば
あー、この後、連邦生徒会長のせいで先生が死ぬ羽目になったと聞いた生徒の皆はどんな顔するんだろう。多分、憎悪と憤怒と悪意と殺意に塗れた、凄まじい形相を浮かべるんだろうなぁ。先生が頑張って犠牲になってくれたのに、生徒達の抗争によってキヴォトスは結局沈むんだよね……これが本当の無駄死にってか、ガハハ!