ブルーアーカイブを、もう一度。   作:トクサン

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誤字脱字報告、ありがとうございますわ~!
今回約一万六千字ですの!


愛と勇気と平和の為に(勇者以外の平穏の為に)

 

「アリスちゃん? ねぇ、アリスちゃん……」

「うぅ……駄目、全然反応してくれない」

 

 事件から凡そ三十六時間後――ゲーム開発部、部室棟廊下にて。

 ゲーム開発部の扉の前で意気消沈する二人、ユズとミドリの二人は不安そうな表情を隠さずにゲーム開発部の扉へと声を掛け続けていた。しかし中に居る筈のアリスから返事はなく、先程から同じような事が繰り返されるばかり。

 

 ヴェリタスの部室が崩壊し、先生が重傷を負ってから数分も経たぬ内に、アリスは目を覚ました。最初はC&Cを始めとした多くの生徒が彼女に警戒を向けたものの、起き上がった彼女の瞳はいつも通りの青色で、敵意も無く、一体何が起きたのか分からないという様子だった。

 それはそうだろう、目を覚ましたと思ったらC&Cの全員、更に武装したドローン群に周囲を囲まれていたのだから。傍にゲーム開発部のユズとミドリが居なければ、彼女は混乱のあまり逃げ出していたかもしれない。

 その後、軽い聞き取りと記憶の有無を問われたアリスは、戸惑いながら全ての問い掛けに対し正直に答えた。

 そこで彼女は知る事になる、一体何が起こったのか、どうして自分はC&Cに、武装したドローンに囲まれているのか――自分が、何を為してしまったのか。

 

 具体的な負傷度合いは分からないが、先生は今もミレニアムの治療施設に収容されているらしい。先生の現在地は機密情報として扱われ、ゲーム開発部ですら知らされていない。恐らく把握しているのはセミナー(生徒会役員)の一部と、独自の情報網を持つヴェリタス位なものだろう。

 

 そしてモモイ、彼女は救助後酷く錯乱していた為、一時的な措置として外傷の治療を兼ね保健室で休養を云い渡されている。昨日からゲーム開発部はユズ、ミドリ、アリスの三人となった。

 そして結局あの事件は『事故』と判断され、普段通りのアリスは一般生徒として自由の身になった訳だが――彼女はあの日からずっと、ゲーム開発部の部室に閉じ籠ってしまっている。

 それは一日経過した今も、変わらない。

 ミドリの許可を得て保健室で療養しているモモイの部屋にて一晩を明かしたユズは、相も変わらず返事をしないアリスに対し肩を落とす。

 かれこれこうして声を掛け続け、何時間になるだろうか? それ程に彼女の心の傷は、深く、大きいのだろう。

 

「ユズちゃん、今日は、もう……」

「……そう、だね」

 

 ミドリの力ない声、ユズは悲し気な彼女の表情を一瞥し、小さく頷く。二人は絆創膏の貼り付けられた指先を絡め、ゲーム開発部の扉に向けて呟いた。

 

「アリスちゃん、えっと……また、明日来るから」

 

 声は廊下に虚しく響き――やはり、答えはない。

 立ち直るのに、どれだけの時間が必要だろう。それは、二人には分からない。ただ何となく、ゲーム開発部がバラバラになっていくような恐怖があった。一つ、一つと、歯車がずれて行くような――そんな予感。

 俯き、無言で廊下を歩いて寮へと戻っていく二人。

 

 そんな二人の前に、一つの影が落ちる。

 

「ミドリ、ユズ」

「……?」

 

 自身の名前を呼ぶ誰か。二人の足が止まり、俯いていた顔がゆっくりと上がる。そうして視界に飛び込んで来たのは、見慣れた制服に片方が折れた猫耳ヘッドフォンを身に着けた少女。それを見た二人の表情が、徐々に驚愕へと染まっていく。

 

「お、お姉ちゃん……!?」

「モモイ……!」

「やっほ! 保健室ってゲーム禁止だし、何もないから抜け出してきちゃった!」

 

 そう云って破顔するモモイ、ガーゼの貼り付けられた頬に、絆創膏だらけの掌。まだ完治した訳ではないのだろう、けれど彼女はケロリとした様子でこの場に立っていた。二人は慌ててモモイの傍に駆け寄ると、彼女の手を取りながら問いかける。

 

「お、お姉ちゃん、もう出歩いて大丈夫なの!?」

「その、怪我とか、えっと、こ、心のアレコレとか……!」

「うんうん! もう大丈夫、元気一杯だよ!」

 

 頬や腕にガーゼを貼り付けたままモモイは精一杯力強い笑みを浮かべる。確かに負傷は治り切っていない、それでも先生と比較すれば殆ど軽傷と云って良い。何よりキヴォトスの生徒は傷の直りが早い、多少の怪我ならば放っておいても勝手に治るというもの。モモイが保健室で療養を云い渡されていたのは、心の面が大きかった。

 

「先生の事は保健室で聞いたよ、面会……しゃ、しゃ、シャッセだっけ? それでお見舞いも出来ないし、念の為も場所も教えられないって、ほんとセミナーってケチだよね!」

「お姉ちゃん、面会謝絶だよ……」

「――と、兎に角ッ! それでまた無理矢理セミナーに喧嘩を売っても先生に迷惑が掛かっちゃうし、だから部室に戻って来たんだけれど!」

 

 間違いを指摘されたモモイは顔を赤くし、捲し立てる様に告げる。そうして未だ閉ざされたゲーム開発部の扉に目を向けると、彼女の名前を呟いた。

 

「それで、アリスは――」

「えっと、その、部室にずっと、籠り切りになっちゃって……」

「ご飯も食べてないし、私達も心配で毎日声を掛けているんだけれど――」

「………」

 

 二人は弱々しく答え、指先を合わせながら俯く。鍵自体は掛かっていない、ただ彼女達には踏み込む勇気が無かった――アリス自身の纏う色が、皆を拒絶している様に思えて仕方なかったのだ。

 モモイは二人の顔を一瞥し、それから大きく息を吸うと扉の前へと足を進める。

 

「……お姉ちゃん」

「私が何とかする」

 

 背後からミドリが声を掛ければ、毅然とした態度でモモイは答えた。

 

「アリスが悪いなんて、私はそんな事全然思っていないよ……ミドリも、ユズだってそうでしょ?」

「う、うん」

「それは、勿論……」

「なら、躊躇う必要なんてないよ」

 

 振り返り、問いかけるモモイに対しユズも、ミドリもはっきりと頷きを返す。今回の件は痛ましい事故だった、痛くて、怖くて、辛くて――先生はまだ目を覚まさない。

 けれどその原因がアリスなのかと問われれば、彼女達は首を横に振る。確かに彼女は先生を、自分達を、色々な人を傷付けてしまったのかもしれない。

 けれどアリスが自らその様な行動を起こさないと、ゲーム開発部の皆は知っている。それはエンジニア部も、ヴェリタスだって同じ筈だ。

 誰もアリスを悪者扱い何てしていない――彼女は、誰かを意図して傷付けたりしない。

 

「――先生だって、きっとそう云うもん!」

 

 モモイは胸を張ってそう断言する事が出来た。この場に立っていたのが自分ではなく、先生だったとしてもきっと、同じように云った筈だ。

 扉の前に立った彼女はゆっくりと拳を握り、ゲーム開発部の扉をノックする。音は、中にきちんと聞こえている筈だった。

 

「アリス?」

『―――……』

「アリス、入るよ」

 

 返答はない――分かっていた事だ。

 だからこそモモイは一言告げ、ゆっくりとドアノブを捻った。僅かに軋んだ音を立てて開く扉、老朽化した扉は簡単に中を晒す。カーテンが閉め切られ、明かり一つない室内。あの日、ヴェリタスに行く前、遊んだまま床に転がるゲーム機とコントローラー、パッケージ、次のゲーム開発の為に描き進めていた企画書――それらを跨ぎ部屋の中へと足を進めれば、アリスは膝を抱えた格好で部屋の隅に蹲っていた。

 

「――ねぇ、アリス」

「っ……!」

 

 膝に埋まったアリスの表情は分からない。けれどモモイが話しかけた途端、分かりやすくその肩が跳ねた。

 

「……も、モモイ」

 

 微かに聞こえる衣擦れの音、埋まっていた顔をアリスは起こし、薄暗い部屋の中でモモイとアリスの視線が重なる。向けられる青い瞳からは様々な感情が読み取れた――恐怖、焦燥、不安、後悔、後ろめたさや心配、綯交ぜになったそれがアリスの表情を歪ませ、仄暗い気配を加速させる。

 それを分かっていたからこそ、モモイはアリスの傍に屈み込むと笑顔を浮かべ、努めて優しい声色で語りかけた。

 アリスの表情は草臥れて見えた、事件後のまま着替えもしていないのだろう、砂埃と微かな血の滲んだ制服。垂れた黒髪が、力なく揺れる。

 

「アリス、ご飯ずっと食べてないんでしょ? そんなんじゃ体調悪くしちゃうよ……ね、一緒に学食に行こう? それが嫌なら、何か買って来るから」

「………」

「……アリス」

「ご、ごめんなさい、モモイ」

 

 絞り出したアリスの声は、酷く擦れていた。ぐっと唇を噛んでいるのは涙を零さない為か、或いは自身に涙を流す資格など無いと思っているのかもしれない。自身の衣服を強く握り締め、震える唇で言葉を紡ぐ彼女は俯き、自身を掻き抱く。

 

「アリス……アリスのせいで、先生が酷い怪我をしました」

 

 アリスは自身の為した事を理解している。

 自分が目を覚ました時――多くの人が傷付き、血を流していた。

 彼女の揺れる視線がモモイを捉え、彼女の頬に貼り付けられたガーゼを見ていた。

 

「モモイも、一杯傷付きました、怖い思いも、沢山……ユズも、ミドリも、他の皆だって……一杯、一杯傷付きました」

 

 ――全部、アリスがやった事です。

 

 呟き、アリスは再び自身の膝に顔を埋める。小刻みに震えた肩は自責の念に押しつぶされそうな彼女の心を表している。モモイは何も云わず、静かに彼女の隣に腰掛けた。廊下から差し込む明かりが一瞬遮られる、ユズとミドリが静かに部室へと踏み込み、アリスの傍へと足を進める。

 

「何で、あんな事になってしまったのか、アリスにも分かりません、まるで……まるでアリスの知らない『セーブデータ』が、アリスの中にあるような感覚で、気付いた時にはもう、全てが終わっていて――」

 

 アリスが彼女達に光の剣を向けた、その時の記憶はない。今こうして真実を知った上でも、信じられない思いで一杯だった。そんな筈はない、そんな事を自分がする筈がない。そんな理由も、感情も、自分は抱いていない筈なのだ。

 けれど、どれだけ否定したとしても過去は変わらない。

 どれだけ記憶になくとも、記録として刻まれた真実。

 自分は――決して傷付けてはならない人達を傷付けた。

 

「アリスは……もう、自分自身を信じる事が、出来ません、また、同じ事をしてしまうのではないかって、そんな風に、思って……! アリスは、怖いんです……ッ!」

「アリス……」

「アリスちゃん……」

「……アリス、ちゃん」

 

 アリスの視線がモモイに、ミドリに、ユズに、仲間達に向ける。

 握り締められた両手が、衣服越しに彼女の皮膚に爪を立てる。アリスがこうして誰とも接触せず、一人で閉じ籠っていた理由――それは恐ろしかったからだ。

 またいつ、自分が気付かぬ内に誰かを傷付けてしまうのではないか。勝手に動き出した身体が、今度こそ取り返しのつかない過ちを犯してしまうのではないか。

 アリスはただそれが――それだけが、恐ろしくて仕方なかった。

 

「だから、だからっ、アリスは――……ッ!」

「そう、貴女が為してしまった事――それは覆す事の出来ない事実」

 

 懺悔する様に声を荒げたアリスの前に――影が伸びていた。

 ゲーム開発部へと集っていた面々、その背後から投げかけられた言葉。それに肩を弾ませ、振り返るゲーム開発部の四人。

 

「ッ……!?」

「だ、誰――っ!?」

 

 廊下から差し込む光、その影に覆われた彼女の表情は良く見えない。タブレットを片手に自分達を見下ろす人物は、酷く冷たい気配を身に纏っている。アリスの傍に寄り添っていたモモイはユズとミドリ、そしてアリスを庇う様に前へと駆け出すと、立ち塞がる人物と対峙し叫ぶ。

 

「此処はゲーム開発部の部室だよっ!? 関係者以外立ち入り――」

「基本原則として、セミナー(生徒会役員)は事前告知なしでの各部活動立ち入りが許されているわ、勧告を行うのならば――尚更ね」

「ッ!?」

 

 セミナー(生徒会)――その言葉を耳にした全員の身体が硬直する。彼女の身に纏った制服は黒で統一され、中に着込んだ白いタートルネックが唯一闇に浮かび上がっていた。微かに慣れた視界の中、胸元にぶら下がるプレートが目に入る。

 記された校章はミレニアムのモノ、その下に綴られる所属は――。

 

「あ、あなたは……」

「セミナーの……?」

「生徒、会長……!?」

「あぁ、やはり――危惧していた通りになってしまった様ね」

 

 彼女達の目の前に立つ人物、それはミレニアムサイエンススクールに於いてトップに立つ、セミナーの長――調月リオ。

 彼女は暗闇の中でも視認出来る、赤い瞳で以てゲーム開発部の面々を観察していた。

 唐突な学園トップの訪問、それに目に見えて浮足立つ三人。ユズとミドリはリオの表情を凝視しながら、戸惑った声を漏らす。

 

「せ、生徒会長が、ど、どど、どうして、こんな所に……」

「ふ、普段は全く姿を見せないって聞いていたのに……!?」

「――今日は、貴女達に」

 

 そんな彼女達の慌てふためく様を見つめながら、しかしリオは努めて淡々とした口調で以て口を開いた。

 

「……そう、貴女達に真実を教えに来たのよ」

「し、真実……?」

 

 真実とは、一体。

 ユズが困惑の声で問い返せば、リオは背筋を正したまま何の感慨も見せる事無く言葉を続ける。

 

「えぇ、貴女達は前日の事件で一つの考えに到達したのではなくて?」

「え、っと……?」

「な、何、突然……」

「今まで友人だと思っていた彼女が見せた異なる姿、そして同時に生じた破壊と混乱――そこから一つ、疑問が生じた筈でしょう」

 

 疑念と不安に塗れる彼女達の前で、リオは指先を一本立てる。そしてその先端を、緩慢な動作でアリスへと向けた。先の騒動で生じた破壊と混乱、そこから生まれる疑念――それは即ち。

 

「今まで友人だと思っていたものは、そうではないの(私達とは異なる存在)かもしれない――と」

「ッ……!」

 

 その言葉には多分な悪意が含まれている様に思えた。少なくとも、ゲーム開発部の皆からすればそう聞こえたのだ。瞬間、モモイがカッと毛を逆立て、目の前のリオを睥睨し叫ぶ。

 

「な、何それ……ッ! どういう意味!?」

「どういう意味も何も、そのままの意味だけれど」

「アリスが、私達とは違う存在とでも云いたいの!?」

「あ、アリスちゃんは、私達と同じ、ゲーム開発部の仲間で……!」

「分かったわ……そうね、貴女達にも分かり易い様、単刀直入に云えば――」

 

 激昂するモモイとミドリに対し、どうやら説明不足だったと思考を巡らせるリオ。彼女は二人に掌を見せながら、冷静な面持ちで語りかける。

 

「貴女達の後ろにいる生徒――少女の外見を備えた【ソレ】は、普通の生徒ではない」

 

 機械的に、淡々と、何の色も感じさせず――彼女の言葉は無機質であり、聞いている者にまるで説明書を朗読している様な煩雑さを覚えさせた。

 

「貴女達がアリスと名付けたソレは、未知から侵略して来る『不可解な軍隊』(Divi:Sion)の指揮官であり、名も無き神を信仰する無名の司祭が崇拝した『オーパーツ』であり、古の民が残した遺産……」

 

 その名も――【名もなき神々の王女AL-1S】。

 

 リオの告げたそれが全員の耳に届く。AL-1S――それは確か、アリスを見つけた場所で発見した、何らかの記号、或いはアリスを表していた筈の型版。それをもじり、モモイは彼女に『アリス』という名を与えた。

 その事を、憶えている。

 ユズは数歩後退り、愕然とした表情で呟く。

 

「お、おう、じょ……?」

「えぇ、そうよ――ソレは、貴女達の考えている様な、生易しい存在ではないの」

「な、なに云っているん、ですか……!?」

 

 アリスが、声を上げた。

 ハッとした表情でモモイが振り向けば、アリスが今にも泣き出しそうな表情で胸元を握り締め、身体全体で精一杯否定を叫んでいた。

 

「あ、アリスには……アリスには、理解、出来ません……!」

「ッ、そ、そうだよ! 何突然意味わかんない事云い出すの!? 脳内設定ならひとりでやってよ! アリスに変な属性付け足さないで!」

「も、モモイ……」

「王女だか遺産だか、神様だか知らないけれどっ! そんな突然意味不明な話をされたって、訳が分からないよッ!」

 

 アリスの傍に駆け出し、彼女の手を握り締めながら全力で叫ぶモモイ。其処には目の前のリオに対する敵意が見え隠れしていた。息を呑むユズとミドリ、しかし彼女達も即座に唇を硬く結び、アリスを庇う様に駆け寄る。対峙するリオとゲーム開発部、そんな光景を視界に収めたリオは暫し言葉を噤み、徐に謝罪を口にした。

 

「――ごめんなさい、私の配慮が足りなかったわね」

「うぇっ!?」

「突然こんな事を云われても混乱するのは当然、ましてや外見は私達に酷似しているもの、その様な感情に襲われるのも仕方ないわ……或いは、元より『群衆に溶け込む』様に創られている可能性もある訳だし――」

 

 何やら唇に指を添え、何事かを呟くリオ。暫し無言を貫き思考を巡らせた彼女は、強張った表情で自分と対峙する四人を眺めながら小さく頷きを零す。

 

「そうね、もっと分かり易く噛み砕いて――えぇ、貴女達の好きなゲームに例えましょう、比喩表現は時折本質より逸れる場合があるけれど、理解を第一に考えるのであれば悪い選択ではないもの」

「げ、ゲーム……?」

「そう、確か貴女達が以前受賞したミレニアム・プライスの作品――RPG(ロールプレイングゲーム)だったかしら? その手のものは余り触れないのだけれど、シンポジウムで最新のテーマは耳にした事があるし、此処の活動実績は把握しているわ」

「て、テイルズ・サガ・クロニクル2の事……?」

「あぁ、確かそんなタイトルだったわね」

 

 恐る恐る呟いたユズの言葉に頷きを返し、リオは端末を片手にアリスへと視線を向ける。余り多くを理解させる事は難しい、そう判断した彼女は簡潔に、かつ彼女達の身近なものに例えて云い聞かせる事にした。

 

「そうね、短く簡潔に纏めましょう、つまりアリス、RPGに於いて貴女は――この世界を滅ぼす為に生まれた【魔王】なのよ」

「なッ……!?」

「アリスが、魔王……?」

 

 愕然とした表情で固まるアリス――ゲーム開発部。

 それは分かりやすいからこそ、これ以上ない程に強い衝撃を彼女達へと齎し、その心臓の鼓動を大きく弾ませた。ひやりと何か、嫌な感覚が背筋を撫でつける。

 それは予感だった。

 何か、何かが変化する予感。

 

「ま、魔王って……!? そんな訳ないじゃんッ!」

「そうです、お姉ちゃんの云う通りです! どうしてそんな酷い事を云うんですか!?」

「っ……!」

「今の表現で、納得できないかしら?」

「っ、出来る訳ないよ! アリスが魔王とか、それもどうせ勝手に妄想した設定なんでしょ……!?」

「そう、あくまで否定を口にするのね――では逆に聞きたいのだけれど、貴女達は直接見たのではなくて? 不可解な軍隊、あの機械群とアリスが接触した事で何が起きたのか」

「不可解な軍隊って……あ、あの、奇妙なロボットの事……?」

 

 聞き覚えの無い名称、それにユズが言及すればリオはハッキリとした動作で頷きを返す。

 

「えぇ、本来はあんな事態にならずに済む予定だったのだけれど……完全に此方のミスよ、C&CとAMASを通じて全て追跡したと思っていたのに――まさか監視網を掻い潜った個体が居たなんて」

 

 溜息交じりに吐き出される言葉、リオは廃墟に存在する不可解な軍隊――機械群について早期に把握していた。だからこそC&C、AMASと云った自身のみで動かせる戦力を用いて秘密裏に処理・防衛を行っていたのだが、遂に自治区内で被害が発生してしまった。その事について、リオは深く自省している。

 

「その事に関しては、深く謝罪するわ、ミレニアムの防衛に関してはセミナー――延いては私に課せられた責任だもの」

「しゃ、謝罪って……」

「……けれど、この一件によって私の仮説は証明された」

 

 全員に小さく頭を下げ、謝罪を口にするリオ。

 しかし同時に、今回の襲撃によって自身の仮説は証明されたと自負する。

 その赤い瞳が、真っ直ぐアリスを捉えていた。

 

「貴女達が接触し、連れ帰ったソレは廃墟から溢れ出した災禍、ミレニアムに……延いてはキヴォトス全土に終焉を齎す悪夢そのものよ、アリスの存在が廃墟から奴らを呼び寄せているという私の仮説は正しかった」

 

 ――或いは、呼び寄せているのは彼女の内に秘めた【本質】か。

 

 どちらにせよ、危険である事に変わりはない。リオは毅然とした態度で彼女達の前に立ち、何処までも理知的に言葉を並べ続ける。

 

「今回は運良く少数の個体と接触するに留まったけれど、次はきっとこの程度の被害では済まない」

「そ、それって、一体、どういう……?」

「アレは尖兵に過ぎないわ、王女を守り敵対者を排除する矛であり盾、アレ一つ一つの戦闘能力は脅威ではない、問題なのはアレが群体として動き出す事――彼らの本船(真髄)が現れ、王女が玉座に収まった時、ミレニアムに、いいえ、キヴォトス全土に本格的な破滅が訪れてしまう」

 

 少なくとも彼女が導いた解ではその様な結末が予想されていた。そして、そんな未来を彼女は許容する事が出来ない――その為に排除すべきリスクは、明白である。

 赤い眼光がアリスを貫き、真摯に問いかけ続ける。

 

「そうなれば次は誰かが死ぬかも(ヘイローが破壊されるかも)しれないのよ――アリス、貴女の傍に居る誰か、或いは全く関係のない第三者が」

「ッ……!」

「それは、貴女が一番良く理解しているでしょう?」

「―――……」

 

 問い掛けられたアリスの脳裏に過る、目覚めた時の光景。

 自身を見下ろすネルの、確かな警戒を滲ませたソレ。先生を呼ぶ声、傷付いたゲーム開発部の仲間達、涙を流して彼女達が見下ろすのは――赤黒い血に塗れた先生。

 ヴェリタスの皆が、ゲーム開発部の仲間達が、C&Cが先生の名を呼ぶ。アリスが身を起こした時、そこには確かに悲劇が、惨劇が、強い悲しみと望まぬ未来が広がっていて。

 そうだ、自分はもう――あんな悲劇を、悲しみを起こしたくなくて。

 

「これを解決する方法は、たった一つ」

「……解決する、方法」

「えぇ」

 

 呆然と放たれたアリスの呟きに、リオは応える。

 解決する、悲劇を、悲しみを生まない方法。

 先生、仲間を――傷付けない方法。

 その視線が、アリスの瞳、その奥深くに訴えかける。

 

「そう――アリス、貴女が消えれば良い」

「なッ……!?」

 

 その言葉に、全員が絶句する。

 冗談か? 否、リオの瞳は僅かな揺らぎすらない。本気で彼女は口にしていた、アリスが消えれば全ては解決するのだと。少なくともリオは、腹の底からそう信じていた。一歩踏み込んだリオは、畳みかける様にアリスへと言葉を投げかける。

 

「アリス、貴女はこの世界に存在してはいけない存在なのよ」

「存在、しては……いけない?」

「えぇ、貴女が存在するだけで周囲は不幸になり、傷付いてしまう――そんな存在(モノ)は早急に排除するべきでしょう? 貴女が消えれば全ては解決する、もう誰も傷付かずに済む」

「そ、んな――……」

 

 アリスの視線が自身の両手に落ち、震える指先が見える。ぽたぽたと、何かが落ちて来た。それはアリスの両目から零れる涙――泣くまいと、泣いてはいけないと、皆を傷付けた自分にそんな資格など無いと、そう云い聞かせて来た彼女が見せる涙だった。

 ぎゅっと、胸が締まる様な気持ち。初めてゲームを、テイルズ・サガ・クロニクルをプレイして味わった感動、新しい世界を冒険する楽しさ、それを終える切なさ、寂寥感――それとは少し違う。

 自分の深い、最も深い部分から湧き上がる感情。

 

 自分が消えれば――誰も傷付かずに済む。

 それは、素晴らしい事だ。

 アリス自身が望んでいた事だ。

 けれど、その代償は――。

 

「あ、アリスは、ただ……勇者、に……」

 

 震える唇で言葉を紡ぐ。

 舌が上手く、回らない。

 偽物の心臓が早鐘を打つ、全身を巡る血が凍る様だ。

 視界が滲み、涙が止めどなく溢れた。

 喉が引き攣る。

 皆の顔が、見えない。

 自分は、誰かを傷付けたい訳じゃない。

 自分は――アリスは。

 

「た、ただ、皆と一緒に、ゲームを……クエストを、したくて――……」

 

 あぁ、そうだ。

 何て事のない日常を。

 何処にでもあるような、ありふれた幸福を。

 一緒にゲームをして、様々な世界を冒険して、楽しさを共有して。

 色々な生徒と交流して、時折ぶつかったり、喧嘩したりもして、けれど最後には笑顔で仲間になって。

 少しずつ色を増していく世界、広がって行く世界を、仲間達と、ゲーム開発部と、先生と一緒に回って、経験を積んで、色々な事を知って。

 この素晴らしい世界の中で、皆と。

 皆と――一緒に、冒険(クエスト)を、ずっと、ずっと続けて行きたくて。

 そしていつか。

 いつか、ずっと未来で――。

 

 ――立派な勇者に、なりたくて。

 

「いっ、一緒に……遊び、たくて――ッ!」

「――いいえ、それは叶わないわ」

 

 しゃくり上げ、大粒の涙を零しながら叫ばれる、希望の声。淡く、今にも消えてしまいそうなそれ、アリスの願う幸福、日常。

 リオは、彼女の語る未来を切り捨てた。

 

 ――天童アリスは排斥されなければならない。

 

 ミレニアムの為に。

 否――キヴォトス全土に生きる生徒(いのち)の為に。

 

「そうね、私はゲームの内容に詳しくはないけれど……辞書的な知識ならばあるの、だから一つ貴女に質問がある」

「しつ、もん……」

「えぇ、貴女は勇者を自称している様だけれど――勇者というのは、友人(大切な人)に剣を向け、傷付け、悲しませる存在なのかしら?」

「ぅ……ぁ――」

「寧ろ、貴女の今回為した事、周囲を傷付け破壊を齎すのは――……」

 

 力なく蹲り、涙を零すアリス。そんな彼女に向けてリオは瞳を細め、責める様な色を伴って問い掛けた。

 

「世界を滅ぼす――魔王(悪役)ではなくて?」

「アリスちゃんッ!」

 

 瞬間、ミドリはアリスに飛びつき、その頭を抱きかかえる。まるで彼女の語る毒から守る様に、その言葉を聞かなくて良い様に、アリスの耳を覆い涙を流しながらリオを睨み付けた。

 

「こんな言葉、聞かなくて良い……!」

「み、ミドリ……」

「生徒会長が変わり者だとは聞いていたけれど、こんな人だとは思わなかったッ!」

 

 そこには敵意があった、憎悪があった。何も知らない第三者が、自分達の仲間を悪者の様に語って聞かせる。その事に、ミドリはどうしようもなく腹を立てていた。力強く抱き締める腕、睨み付ける瞳から伝わる激情。リオはそれを向けられて尚、平然と佇む。

 

「ミドリの云う通りだよ!」

「お姉ちゃん……!」

「こんな酷い人の言葉なんて聞く必要ない! そんなにアリスを虐めて楽しい訳!? この鬼! 悪魔っ! ユウカ――じゃなかった、えっとッ! 人でなし!」

「……虐めているつもりはないのだけれど」

 

 モモイの言葉に肩を竦めるリオ――彼女はあくまで事実を述べているに過ぎない、少なくとも自身ではそう信じている。予想や憶測を孕んでいたとしても、そこにはきちんとした背景が存在している。収集し分析したデータ、文献や実際に足を運び確認した事実、そう云った断片を繋ぎ合わせて演算した彼女の結論。

 そこに感情や私怨と云った変数は存在しない、それだけは断言できる。

 

「それに、真実から目を背けるのは思い遣りではないわ、それは単なる現実逃避に過ぎない――負うべき責任の放棄は極めて非合理的な行動よ」

「合理的だとか、非合理的だとか、そんなの関係ないよ! アリスは魔王なんかじゃない、私達の仲間なんだからッ!」

「はぁ……アリスの本質を目にして、傷つけられて尚、貴女達はそう口にするのね」

「そうだよッ、傷付けられたよっ! 痛かったし、怖かったし、な、涙だって沢山出た……ッ!」

 

 モモイは両手を握り締め、精一杯叫ぶ。

 今思い返しても、込み上げるものがあった。分かるまい、痛みと気怠さに目を開いた時、自身を抱き締める大切な人が直ぐ傍に居て、血に塗れていた時の衝撃など――誰にも。

 痛かったとも、恐ろしかったとも、恥も外聞もなく泣き喚き、妹にだって縋った。今だって完全に恐怖が抜け切った訳ではない、下手をすれば膝が震えて涙が零れ落ちそうになる。彼女の笑顔は虚飾だ、仲間の手前、妹の手前、アリスの手前、何でもない様に必死に取り繕って、いつものように振る舞っているだけに過ぎない。

 その心はボロボロで、今も尚穴だらけだ。本当なら蹲って泣き言を云いたい、先生に会いたい、謝りたい、沢山沢山謝りたい、弱音を吐いて、自分の至らなさを吐き出したい。

 でも――。

 

「でもッ!」

 

 涙を零し、モモイは足を踏み鳴らし叫んだ。その心は穴だらけでも――けれど、その背中に、大切な仲間達が居た。友人が居た。それは、モモイにとって何物にも代えがたい宝物だった。

 だから彼女は両手を広げ、その背中にゲーム開発部の皆を庇いながら叫ぶ。

 その中には――いつだってアリス(友達)が居た。

 

「アリスがそんな事、望んでする筈ないって、私達は信じているもんッ!」

「お姉ちゃん……!」

「も、モモイ……ッ!」

 

 ユズが、ミドリが彼女の啖呵に笑顔を浮かべる。

 そうだ、想いは同じだった。ゲーム開発部はいつだってアリスの味方だ。彼女がそんな事を望むはずがないと信じている、彼女がキヴォトスに悪意を齎す筈がないと信じている。

 アリスは――いつだって彼女達にとって勇者だった。

 

「……みんな」

 

 自身を抱き締め、守り、立ちはだかる仲間――ゲーム開発部。

 その背中を見つめながら、アリスは胸を締め付けられる思いだった。それは尊いものだ、嬉しくて嬉しくて、泣き喚きたくなる程に。

 だからこそ、アリスは思う。

 そんな優しく、大切で、掛け替えのない存在だからこそ。

 もう、傷付けたくない。

 彼女達が大事だから、仲間だから――アリスは再び自我を失う事を恐れる。

 

「アリスは……」

「――?」

「アリスは……アリスは、一体どうすれば良いんですか……?」

 

 故に彼女は問う、目の前の存在に。解法を持つという彼女に。

 力なく呟かれるアリスの声、それに反応したリオは肩を竦める。

 

「……アリスはもう、皆を傷付けたくありません……大切な皆に、もう、あんな想いは――」

「……さっきも口にしたけれど、全てはアリス、あなたが此処に存在しているから起きているの」

 

 原因は明白である、ならばその対処法もまた単純にして明解であるとリオは云う。ぐっと唇を硬く結んだゲーム開発部が、リオを責める様な視線で射貫く。アリスを隔離するつもりか、或いはミレニアムから追放し何処かに閉じ込めるつもりか。そんな想像が幾つも脳裏を過る。

 だが現実は――。

 

「それなら話は簡単よ、存在するから傷付ける――なら爆弾は安全な場所で解体すれば良いだけ」

「ばく、だん……?」

「……少し、分かり辛かったかしら」

 

 敢えて迂遠な物云いをしたのはリオ自身、直接的な形で伝える事を躊躇った為か。一拍間を置いた彼女は、ゆっくりと息を吸い込み、告げた。その指先が、アリスのヘイローを指し示す。

 

「つまりアリス――貴女のヘイローを破壊(を殺害)すれば全て解決するのよ」

「―――」

 

 部屋に居る全員が言葉を失った。

 それは自分達が想像していたよりも遥かに悪辣で、どうしようもなく、取り返しのつかない方法だったからだ。

 ヘイローを、破壊する。

 それは――つまり。

 

「あぁ、ごめんなさい、ヘイローを破壊するというのは正確ではないのかしら? 貴女のソレが本当にヘイローなのかどうかも分からないし……生徒でもない貴女がどうしてヘイローを持っているのか、ただの機械である貴女が――その点は、そう、あの狂気に包まれたAIと同じ」

「ヘイ、ローを……破壊――?」

「えぇ、もしそうならば尚更貴女を放ってはおけない――貴女はきっと、このキヴォトス全てを呑み込む悪夢そのもの」

「――ざけないでよ」

 

 震えたモモイの両手が、強く握り締められる。同時に俯いていたモモイはその顔を上げ、リオへと一息に飛び掛かった。

 

「ふざけないでよッ!?」

「………」

 

 モモイはリオの襟元を掴むと、全力で引き寄せながら言葉を叩きつける。身長差から微かに背を曲げたリオは、しかし相変わらず能面の様な表情でモモイを捉えていた。その表情は僅かも揺らがない。

 

「ヘイローを壊すって、それ本気で云っているの!? そんなの、受け入れられる訳ないじゃんッ!? それってッ! それってつまり、アリスを【殺す】って事でしょッ!?」

 

 鬼気迫る表情だった。怒りを通り越した憎悪、それがモモイの瞳の奥に見え隠れする。リオはそんな彼女を真っ直ぐ見据えながら、僅かに両目を細めた。そこに見えるのは、微かな躊躇いと失望。しかしそれはモモイに向けられたものではない、リオ自身に向けられたものだった。

 

「……私の言動が不愉快ならば謝罪するわ、昔から私の事が嫌いな生徒は多かったもの」

「好きとか、嫌いとか、不愉快とか、そんな話じゃ……ッ!?」

「でも、理解されなくとも構わない――私は皆を守りたいだけ」

 

 返される、強固な意思を感じさせる声。自身と対峙する赤い瞳は僅かな揺らぎも見せず、それが正しい事であると信じている。そんなリオの態度に、モモイの表情がくしゃりと歪む。

 リオの衣服を掴む両手に、更に力が籠った。モモイの発する声は最早怒りではなく、悲壮が滲んでいた。

 

「――その守る対象(守るべき生徒)にッ! どうして、アリスが入っていないのさッ!?」

「――どんな聖人(善人)であろうと、敵対者を守る事は出来ないわ」

 

 モモイの悲鳴染みた声に、リオは真摯に返答する。

 どれ程高潔な人物であろうと、どれ程心優しき人物であろうと、敵を守る事は出来ない。

 何かを守るには、何かを切り捨てなければならない。

 それがこの世界の――真実である。

 

 大多数の為に少数を、世界の為に個人を。淡々と、粛々と、合理的に取捨選択し全体を活かす。

 それこそがリオの信じる正義(ただしさ)

 その正しさを、リオは信じている。

 

「……説明は果たした、大人しくアリスを引き渡して頂戴」

「絶っ対に嫌だッ!」

「っ……!」

「アリスちゃんは、渡さない……ッ!」

 

 リオの言葉に反発するゲーム開発部、ユズはアリスに寄り添い、ミドリは力一杯彼女を抱き締める。自身の胸元を握り締めながら啖呵を切るモモイを見据えながらリオは小さく息を吐き出す。説得は失敗した、彼女はそう判断を下した。

 

「――そう、そうね、こうなる事も想定していた、だからこそ準備は万全に整えているわ」

 

 ゲーム開発部が、或いは第三者が彼女の確保を阻止する可能性は十分に考えていた。故に彼女は用意を済ませている。軽く手を払ったリオはモモイの腕を弾き、モモイは小さく呻きながら数歩後退する。

 微かに乱れた衣服を澄まし顔で整えながら、リオは自身の背後に向けて合図を送った。

 

「さぁ、貴女の出番よ――」

 

 コツリと、靴音がした。

 誰かがゲーム開発部へと足を踏み入れる。

 明かりに照らされ伸びた影、それがゲーム開発部を覆い隠す。全員の視線が、現れた人影に集中した。

 

「――美甘ネル」

「ッ……!」

「なっ……!」

「ネル、先輩……!?」

 

 現れたのは見慣れた矮躯、胸元の大きく開いたメイド服に特徴的なスカジャン、鎖で繋いだSMGを両手に垂らしたC&Cリーダー――美甘ネル、その人。

 彼女は相変わらずしかめっ面を浮かべながらリオと、そしてゲーム開発部を一瞥し舌打ちを零す。其処には彼女らしくない、苦々しい感情が滲んでいる様にも見えた。

 

「余り悪く思わないで頂戴、元々C&Cはセミナー――正確には私直属のエージェントなの、そこに私的な感情は存在しないわ、私の命令に粛々と従うだけ」

「っ……!」

「C&Cのリーダー、ネル相手ではゲーム開発部だけで抵抗は出来ないでしょう? あぁ、外部に連絡を取ろうとしても無駄よ、この周囲は既にAMASで掌握済み、この棟全体と周辺一帯から救援が間に合う事はない」

 

 他者への連絡を絶ち、ゲーム開発部を完全に孤立させた上での包囲網。部活棟周辺はリオの製造したAMASの無人戦闘機によって包囲、防衛されている。リオは手元のタブレットに表示されるマップ情報を見つめながら、計画の万全さを再確認する。

 用意周到――調月リオという存在がこの部室に足を踏み入れた時点で、彼女の策は既に為っている。説得は云わば、平和的手段で解決できるならばそれに越したことがないという試みの一つに過ぎない。それが失敗すれば、力によって解決するのは自然な事。

 すべてはアリス――『AL-1S』を確実に確保、排斥する為に。

 その為であれば、どの様な手段であろうとも彼女は辞さない。

 

「さぁ、仕事の時間よ、ネル――アリスを回収しなさい」

「ぅ――ッ!」

 

 リオがそう指示を口にすれば、ネルの赤い瞳がゲーム開発部を射貫く。その威圧感、あのネルが敵に回ったという事実に気圧されるモモイ、ミドリ、ユズの三名。それでも逃げたり、弱音を吐かなかったのは背後にアリスが居るからだ。自分達が此処で退けば彼女は連れ去られてしまう――ヘイローを破壊されてしまう。

 

「ッ――……!」

 

 それは、それだけは阻止しなければならない。その一心でモモイも、ミドリも、小心者のユズでさえ歯を食い縛り、震えそうになる膝を叱咤し、彼女と対峙していた。

 そんな、なけなしの勇気を振り絞るゲーム開発部を前に、ネルは不意に口を開く。

 

「――なぁ、リオ」

「……何かしら、ネル?」

 

 任務中の問い掛け――良くも悪くもC&Cとして任務に忠実なネルを、リオはある程度信用していた。彼女は与えられた任務に不満を口にしたり、悪態を吐く事はあっても最終的には達成させる実力と信念を持っている。そんな彼女が愛銃を両手に垂らしながら、目標を前にお喋りに興じる。

 これはリオからすれば少し、珍しい事でもあった。

 

「目の前のソイツが――チビ(アリス)が、テメェの云う『回収対象』なのか?」

「えぇ、そうよ」

 

 何て事のないように、いっそ機械的に肯定を返すリオに対しネルは瞳を絞る。滲み出る倦怠感、不満、失望――そう云ったものが彼女の視線より伝わる。

 だが、これは任務だ。

 ミレニアムサイエンススクールのトップ(セミナー)――調月リオより下された正式な命令。

 C&Cとは本来、その為に存在する組織なのだから。

 

「……あたしには、今にも泣き出しそうなチビがひとり、ぽつんと蹲っている様にしか見えねぇんだがよ」

「それは『そう在る様に創られている』からに過ぎない、ソレの本質は全く異なるわ」

「……本質、ねぇ」

「えぇ、『潜在的危機の排除』とブリーフィングで説明した筈、貴女は唯、粛々と任務果たせば良い」

「――それは、詳細を知らされていなくても、か?」

 

 鋭く、刃の様に冷たい声がリオの耳に届いた。眼光がリオの横顔を睨み付ける様に捉える。故に彼女もまた、何の感慨も抱かず言葉を返す。二人の赤色が交わり、互いを見つめていた。

 

「――引き金を絞るのに、それ(詳細)は必要かしら?」

「……そうかよ」

 

 知るべき事を知り、為すべき事を為す。

 C&Cとは、それで良いのだ。

 顔を逸らしたネルはグリップを強く握り締める、そして鎖の音を鳴らしながら持ち上がった銃口は――立ち塞がるゲーム開発部へと向けられた。

 モモイが、ミドリが、ユズが、アリスが、息を呑んで身を強張らせる。ネルの表情には何も浮かんでこない、ただ苦渋を舐める様な歪んだ色が瞳の奥にある。

 

「C&Cはこの時の為に(ミレニアムの危機に備え)編成された組織――その役目を果たしなさい、ネル」

 

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