ブルーアーカイブを、もう一度。   作:トクサン

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誤字脱字報告、ありがとうございますわ!
今回も約一万四千字ですの!


冒険の結末(エンディング)

 

「……アリス?」

「アリス、ちゃん……?」

 

 廊下全体に響き渡るアリスの声、先程まで身を竦ませ、一歩一歩後退していた彼女の小さな身体――それが震え、光を失った勇者の証(スーパーノヴァ)を掻き抱きながら涙を零していた。

 半分暗闇に浸ったアリス、その輪郭は淡くぼやけている。全員の動きが止まり、アリスへと視線が注がれていた。彼女は自分の為に身を擲つ仲間達を、先生を濡れた瞳で捉えながら、ぽつりぽつりと言葉を零した。

 

「アリスは――……アリスは、全てを理解しました」

「あ、アリス?」

 

 声は震えていて、力なかった。しかしその奥に込められた感情は大きく、揺ぎなかった様に思える。

 

「こうやって、皆が争って、傷付いて、それを見ている事しか出来なくて……そんな状態で、アリスだけ逃げるなんて出来ません」

 

 俯き気味であった顔を上げ、彼女は唇を強く噛む。AMASと格闘する三人、トキに押し倒されるネル、リオを掴む先生、その誰もが傷付き、悲痛に顔を歪めている。

 それは、彼女の求めているものではない。

 望んでいた光景でもない。

 だからこそ、彼女は決断を下した。

 

「だからアリスが――アリスが、此処(ゲーム開発部)から消えます」

「なっ、チビ……ッ! テメェッ!」

「だ、駄目だよアリスちゃんッ!」

「アリスッ!」

「いいえ――ッ!」

 

 皆から放たれる反対の声、感情、それらを前にしてアリスはしかし、それ以上の声と感情で以て掻き消した。肩を怒らせ、歯を食い縛った彼女は絞り出すような声で続ける。

 

「これで良いんです、アリスは……アリスはもう、先生に怪我をさせたくありません!」

 

 這い蹲り、一本しかない腕を伸ばしリオを掴む先生は、半ば塞がっていた瞼を押し上げ、アリスを見る。滲んだ視界の先に、泣き笑いするアリスの表情が映った。頬を流れる涙は光の剣を伝い、床へと落ちて行く。

 

「先生だけではありません、ミドリも、ユズも、モモイも、ネル先輩も、他の皆も……怪我、させたくないです、痛い思いを、して欲しくありません」

「あ、アリス……」

「せ、先生に怪我をさせたって、目が覚めて直ぐに聞いた時、アリス、胸がとっても痛かったんです、寝たきりになって、逢いに行ってもいけないって云われて――本当に、本当に、苦しくて」

 

 胸元に手を当て、アリスはそう吐露する。そうだ、一人で部室に籠っていた時、そこには罪悪感と自責の念だけが積もっていた。自分自身を圧し潰しそうになる程の、巨大な罪悪。その感覚を、アリスは一生忘れないだろう。

 

「どうして、何でこんな事になってしまったのか、アリスにはよく分かりません――でも、それでも、この話を聞いて、この状況に至って、やっと理解しました……すべて、すべてアリスが原因で、起きていたんだって」

 

 自分が何者なのか、一体何処で生まれて、何故生まれて、どうしてこんな事を起こすのか――アリス何も、何一つ分からない。

 分からないまま、誰かを傷付けてしまう。

 それが、とても恐ろしい。

 

「アリスがこのまま、この場所に居たら――きっといつか、皆を傷付けてしまう」

 

 呟き、自身の震える掌を見つめるアリス。小さくて、大した傷も無くて、けれどゲームばかりに打ち込んでいたから、少しだけ指先の硬くなった掌。こんな小さな手でも、誰かを傷付けるだけの力を秘めている。スティックを弾く指先で、一緒に冒険をしたこの足で、勇者の証である光の剣で、仲間を、大切な人を傷付ける。

 

 それは――どうしても嫌だった。

 

 アリスの両手はそんな事の為にあるのではないと、彼女は信じる。この掌は、この足は、この光の剣は――皆と冒険(ゲーム)をして、勇者として皆を、世界を救う為にある。断じて仲間を、同じパーティー(ゲーム開発部)の皆を傷付ける為のものではない。

 

「こんな風にまた、皆が苦しい思いをしてしまう、アリスにその意思が無くても……いつか、そうなってしまうかもしれない」

 

 先程も云った。

 アリスはもう、自分を信じる事が出来ない。

 自分の中にある何かを酷く恐れている。

 

 ならば。

 それならば――。

 彼女は口元を引き攣らせ、云う。

 云わねばならいと、そう思った。

 

「だ、大丈夫です、アリスは平気です、だって――アリスは、生命体ではありません!」

 

 笑おうとした。

 いつも通り、何て事のないように――屈託のない笑みを。

 けれど浮かんだのは歪な、引き攣った笑みで。

 力強く、勇者らしく宣言しようとした声は上擦って、震えが隠せていなかった。

 それが彼女の痛々しさに拍車をかけ、ゲーム開発部は息を呑んだ。

 そんな姿のアリスを、今まで見たことが無かったから。

 

「アリスは、ミレニアムの生徒ではないから、いなくなっても、大丈夫です!」

「アリス……」

「アリスが、勇者じゃ、ないのなら……!」

「アリス……っ!」

「アリスが居る事で、皆が傷付いてしまうのなら――ッ!」

「――アリスッ!」

 

 ――消えるべき(倒されるべき)は、自分自身(魔王である筈)だ。

 

 先生の血の滲む叫びにすら彼女は応えず、ただ笑みを零した。不格好なまま、歪な笑みと声で、それでもと胸を張る。

 その事こそ(その判断こそ)が彼女の――アリス(勇者で在った者)としての矜持だった。

 

「アリスは、皆の前から消えます」

「アリス……!」

「アリスちゃん……ッ!」

「だ、駄目だよアリス……! だ、だって……っ!」

 

 モモイは力なくアリスへと手を伸ばす、その目尻に涙を溜めて。直ぐ下から、AMASの駆動音が鳴り響いていた。けれど、それをに注意を払うだけの余力が彼女には無い。遠く、暗闇の中に浸るアリスに向かって尚も彼女は言葉を募らせる。

 

「だって、アリスは――……ッ!」

「モモイ、今まで――ありがとうございました」

 

 面と向かってそう告げられ、モモイの喉が引き攣る。アリスの決意は、意思は固いと、そう感じてしまったから。彼女はもう、戻るつもりが無い――言葉の節から感じられる悲壮な覚悟を、モモイは肌で理解した。

 

「ユズ、ミドリ、アリスと一緒に冒険してくれて、嬉しかったです」

「あ、アリスちゃ……」

「ネル先輩も、C&Cの皆に、ありがとうって伝えて下さい」

「チビ……ッ、テメェ……!」

 

 ネルの表情が大きく歪む、今にも飛び出そうと身動ぎする体を、トキは無言で押し留めた。ネルの顔には悲しみと疑念、そして何より強い怒りが見て取れた。しかし、アリスは敢えて目を閉じる。その感情を受け取らないように、揺れ動かない様に。

 エンジニア部も、ヴェリタスも、セミナーも、トレーニング部も、本当はちゃんと伝えたい、きちんとした言葉を送りたい。けれどそれは叶わないから、彼女は精一杯想いを込めて感情を吐露する。

 

「あ、アリスは」

 

 唇が震えた。

 予感があった、終わりの――結末(別れ)が訪れる予感が。

 

「アリスは、今まで……」

 

 湧き上がる惜別の感情、悲しみの色、恥も外聞もなく泣き喚き、嫌だと叫びたい心を押し殺し。アリスは力一杯光の剣(勇者の証)を抱き締め、満面の笑みを浮かべ云った。

 

「――本当に、幸せでした!」

 

 ――駄目だ。

 

 その表情を見た時、先生はリオから手を離した。それは留めるべき対象が切り替わったからだ。リオは自由になった足に気付き、戸惑いながらも数歩先生から距離を取る。代わりに先生の掌が床に叩きつけられ、無様に震え、力を失った両足の代わりに――その身体を前へと引き摺る。

 

 ――それは、駄目だ。

 

 アリスを、このまま行かせる訳にはいかない。

 先生は右腕を伸ばし、必死に前へ、前へと――アリスの元へと体を引き摺る。

 

「先生……」

「ア、リス……!」

 

 二人の視線が交差し、歪んだ先生の表情がアリスの視界に映る。巻き付けられた頭部の包帯から、赤が滲み出す。それがまるで涙の様に頬を伝い、床を汚した。

 手を伸ばす、床を掴み、前へ進む。その必死さが、献身が、アリスへの想いを物語る。

 だがそれを、アリスは敢えて受け取らない。目を伏せ、彼女は瞳を閉じる。

 自分はもう、ゲーム開発部から、先生から、多くの仲間達から、沢山のものを貰った。

 だから今度は、アリス(自分)が皆に返す番だ。

 

「一杯、一杯苦しい思いをさせて、ごめんなさい、そして――」

 

 深々と頭を下げたアリスは、先生に万感の思いを込めた感謝を述べた。

 

「ありがとう、ございました」

「―――」

 

 彼女らしからぬ振る舞い、或いは別れの言葉。

 先生の食い縛った歯が軋み、一際強く床を掴んだ腕は身体を前へと運ぶ。しかし、如何に足掻こうとその歩みは遅々として進まず、限界を迎える肉体は先生の意思とは関係なく世界を遠ざける。

 視界が揺れる、意識が遠のく。酷使した右腕が痙攣し、指先から血が滲んでいるのが分かった。

 それでも先生は、何かを叫ぼうと口を開く。

 しかし、漏れ出る吐息はか細く、肺を圧し潰すばかりで――。

 

「……行きましょう、リオ会長」

「――……えぇ」

 

 アリスが呟き、リオはただ静かに頷いた。その表情は暗がりに隠れ、良く見えなかった。ただ赤い眼光がゲーム開発部を、先生を一瞥し――その奥底に複雑な色を宿す。それは後ろめたさ、罪悪感と云った感情。

 しかし、それを押し込め、リオはタブレットを操作する。ゲーム開発部に押し留められていたAMASが駆動音を鳴らし、モモイを、ミドリを、ユズを押し退けながらリオの背後へと続いた。アリスを囲う様にして動き出すAMAS、彼女達の影が廊下の暗がりへと消えて行く。

 その背中を、ゲーム開発部の皆が、ネルが、先生が見送る。

 

 アリスが、行ってしまう。

 

「だ、駄目だよ、アリス!」

「アリスちゃん、考え直して……」

「あ、アリス、ちゃ――……」

 

 全員がアリスの名を呼ぶ。

 呆然と、その背中を凝視する。

 暗闇が彼女達を覆っていく、その姿が見えなくなっていく。

 

「アリス……ッ!」

 

 先生はそれでも尚、彼女の背中に手を伸ばす。必死に床を掻き毟り、前へ進もうとする。滲む赤が床に跡を残し、先生は最早霞み、擦り切れた視界の先を見つめ続ける。けれどその背は余りにも遠くて、幾ら足掻いても手が届く事はなく――。

 

「アリス――ッ!」

 

 ――血の滲んだ悲壮な叫びが、アリスを包む暗闇の中に響き渡った。

 

 ■

 

「そっか、結局アリスは会長に――」

「ねぇ、これって結構……ヤバいんじゃない?」

「はい、ヤバい所か、ハッキリ云って非常事態ですね」

 

 ゲーム開発部襲撃より十二時間後――部室棟ヴェリタス、サブルームにて。

 響く機器類の稼働音、内部を照らす青白いモニタ光。顔を突き合わせたハレ、マキ、コタマの三人はそれぞれ呟きを漏らす。

 

 以前の騒動で破壊されたヴェリタスメインルームの修繕は続いており、現在ヴェリタスは同階層のサブルームに主要な機器を移していた。部屋の中にはヴェリタスの他にモモイを除いたゲーム開発部、C&Cの姿もあり、計九人の生徒が何とも云えぬ重苦しい気配を放ちながら佇んでいる。

 壁に沿って立つアカネ、カリンの二人は背凭れに顎を乗せ、不機嫌そうに逆向きで椅子に座る我らがリーダーに視線を向け、呟いた。

 

「では以前の任務、リオ会長が部長のみ呼び出していたのは、最初から――」

「恐らく、リーダーの裏切りを想定していたのだろう、何とも会長らしい」

「アスナ先輩の予感、今回も的中してしまいましたか……」

 

 額に手を当てながら苦々しく呟くアカネは、溜息を零しながら直ぐ隣で壁に背を預けるアスナを見る。普段溌剌とした笑顔を見せる彼女は現在、何やら険しい顔つきで俯き、身体全体に張り詰めた空気を纏っていた。

 アスナはネルを一瞥すると、普段より数段低い声で問いかけた。

 

「……会長、アリスちゃんを連れて行った上にリーダーとご主人様の事、虐めたの?」

「……あぁ、先生、リオの奴に滅茶苦茶蹴られていたな」

「――そう」

 

 答えは端的で、寒々しかった。普段のアスナからは想像も出来ない様な、冷淡な態度。そんな様子の先輩にカリンは恐る恐る声を掛ける。

 

「……アスナ先輩、えっと、怒っているのか?」

「ご主人様に手をあげるとか、あり得ないから」

 

 胸の下で腕を組みながら、素っ気なく告げられる言葉。伏せられた瞳は何処を見ているのか分からず、端的に云って不気味である。しかし、だからこそ彼女の怒りが如実に表れており、初めて見る彼女の一面に後輩二人は少しばかり驚きの表情を浮かべた。

 

「先生、まだ起きてないんだよね……?」

「うん、一応ユウカとノア先輩が見てくれている筈だけれど……」

 

 マキの問い掛けに対し、ミドリがぎこちなく頷いて見せる。

 巡廻で先生が抜け出した事に気付いた生徒が通報し、セミナー総出で探し回った結果、あの騒動の事もあり先生は直ぐに治療施設送りとなった。結局それ以降リオ会長とトキと呼ばれたエージェントは姿を消し、行方は分からないまま――現在に至る。

 無論、そのまま逃すつもりなど皆無だったネルであったが、トキと呼ばれる後輩は離脱手段も完備していた様で、リオが去った後にAMASによって投げ込まれた煙幕と閃光弾によって逃走を許している。

 当時の事を思い出し、ネルは椅子を軋ませ額に皺を寄せる。

 

「……はぁ」

「部長? もしかして、まだどこか具合が――」

「ちげぇよ」

 

 溜息を零したネルに対し、アカネはまだ負傷が尾を引いているのかと勘繰る。しかし当の本人は首を横に振り、重ねた腕に自身の顔を埋めた。

 

「……目の前でチビが連れていかれるのを、あたしはただ見ている事しか出来なかった、それどころか先生にまで無理をさせて、挙句の果てにボコられちまうなんざ、何の為のC&Cだって話だ――クソッタレ」

「……それは」

 

 吐き捨て、ネルは自身の髪を苛立ち交じりに掻き上げる。しかしその苛立ちは大半が不甲斐ない結果を残した自身に向けられたものだった。カリンは思わず壁から背を離すと、努めて冷静な口調で以て告げる。

 

「リーダー、今回の件を気に病む必要はない、殆ど不意打ち染みた襲撃だったのだろう? 状況も良くなかったし、会長が部長の離反を想定していた以上、部長専用の対策を立てていた様なものだろう、そんな状況で不覚を取ったとしても――」

「――任務失敗に、そんな云い訳は通用しねぇだろうが」

「っ……!」

 

 ぴしゃりと、叩きつける様な云い方。その言葉にC&Cの全員が思わず口を噤み、カリンも口に出掛けていた言葉を呑み込む。

 相手が対策を練っていたから、罠を仕掛けていたから、此方の手の内を読まれていたから、最新鋭の装備が揃っていたから――そんな状況、任務に於いては何も珍しくはない。寧ろ彼女達に振り分けられるような任務と云うのは、大抵困難且つ一癖も二癖もある任務ばかりだ。それでも尚、これまで目標を達成し続けていたからこそC&Cはミレニアムに於いて最強の雷名を打ち立てたのだ。

 椅子の背凭れに身を預けたまま、ネルは鋭い目つきでカリンを見返し告げた。

 

「もしあの時、リオの奴が……アイツが問答無用で先生をヤる気だったらどうなっていた? あの場で先生を撃ち殺されていても、あたしは何も出来なかった――その事実は、変わらねぇ」

「……リーダー」

「――だが、勘違いするんじゃねぇぞ、黙ってこの結果を受け入れるつもりもねぇんだからな」

 

 吐き捨て、静かに腕を突き出したネルは拳を握り締める。ミシリと、彼女の拳が軋む音がした。その瞳が静かに、しかし確かな輝きと共に前を睨み付ける。

 

「負けた? いいや、違う――まだ勝ってねぇだけだ」

 

 勝負を諦め、自身の敗北を認めた時が本当の負けなのだ。敗北したという事実は噛み締める、自省もする、だがそれで終わりにはさせない。戦って、戦って、戦って――勝つまで何度でも戦い続ける、ならばこそネルの戦いはまだ終わっていない。あの時の勝負は、ネルの中でまだ続いている。

 

「コールサイン、ゼロフォー……トキだったか?」

「………」

「アカネ、そいつの情報はあるんだろうな?」

 

 物静かに佇む後輩、アカネへと視線を向ければ、彼女は眼鏡を指先で押し上げながら小さく頷いて見せた。

 

「……えぇ、コールサイン・ゼロフォー、存在自体は以前より知っておりました、とは云っても事細かに説明出来る程では」

「構わねぇよ、分かっている部分だけでも良い」

「そうですね――現在口に出来る確かな事と云えば、C&C所属でありながらリオ会長専属のエージェントとして暗躍する生徒、或いはボディガードと言い換えた方が適切かもしれませんが、そう云った存在である事、当然ですがその存在、情報は厳密に管理、秘匿されていた為、使用兵装、戦闘スタイル、経歴も含め一切不明です」

「リーダーの事を先輩と呼んだのだろう? それなら、二年生か一年生の生徒だろうけれど……」

「或いは単純に、C&Cに加入した時期にもよるかもしれませんが」

「……そんな新米が、リオ専属のボディーガード」

「えぇ、私も実際に目にしたのは初めてでしたが、まさかそんな懐刀を使ってまで、この様な事を仕出かすとは――」

 

 本来であれば最後の最後まで秘匿するべき戦力、或いはそれだけ信を置いているという事なのだろうか。アカネは強張った表情のまま真剣な声色で呟く。

 

「しかし情報は兎も角、実力は確かな様ですね、奇襲とは云え部長を組み敷くなんて」

「リオ会長がボディーガードに選抜するだけの理由はある、って訳か」

「あいつは……」

 

 再度、ネルは何事かを呟く。トキの情報を脳裏に浮かべるネル、あの戦闘の事は以降何度も反芻していた。自身の攻撃を悉く回避した事、弾丸の雨を潜り抜けた事、隙を突かれたとは云え至近距離(クロスレンジ)で自身を上回った事。それらを何度も思い返し、ふと声を漏らす。

 

「……アイツは、奇妙なモン使ってやがった」

「奇妙なもの?」

「あぁ、武装とか何とか口走っていたが――どうにも普通の『武装』とは違う意味に聞こえた……チビ、おでこ、てめぇらも見ただろう?」

「えっ、あ、はい」

「あ、あの、何か凄い動きをしていた時の――」

「あぁ、それだ」

 

 ネルの問い掛けに対し、ぎこちなく頷きを返すユズとミドリ。彼女達もネルとトキの戦闘自体は目撃している。アレは凄まじい戦いであった、特にトキの動きは常軌を逸していたと云って良い。ネルも大概凄まじい身体能力、反応速度を持っているが、彼女のソレはネルさえも上回る。当時を思い返す内に苛立ちを覚えたのか、ネルは小さく舌打ちを零した。

 話を聞いていたハレ、コタマ、マキの三名は顔を見合わせ、ネルへと言葉を投げかける。

 

「それは、銃器とか爆弾とか、そういうものではなく?」

「あぁ、そうだな、分かり易い武器って感じでは無かった、どっちかと云えば身に着けるタイプ、だとは思う」

「身体機能の補助? それとも視界とかに作用する様な戦闘支援?」

「さぁな、詳細は分からねぇ、その手のはそっち(ヴェリタス)の方が詳しいだろう」

「うーん、リオ会長が直接手を加えたガジェット、でしょうか」

「もしそうなら、かなり厄介だね、私達の知らない戦闘支援システム、装備の類があるのかもしれない」

 

 呟き、ヴェリタスの面々が難しい顔で黙り込む。ミレニアムのトップ、ビッグシスターの名は伊達ではない。彼女はこの学園に於いて『全知』の称号を持つヒマリと肩を並べる存在、エンジニア部やヴェリタスと同水準の兵器・装備開発、研究はお手の物だろう。ミレニアムでも滅多に目に掛かれない様な高性能装備で身を固めていても、何もおかしな話ではない。

 

「えっと……確かに色々気になるのは確かなんだけれどさ、相手の事とか、疑問とか、けれど今は、それよりこの状況をどうするかを考えようよ」

「マキ……」

「どうするかも何も――」

 

 マキの言葉に、ハレは思わず言葉を呑み込む。その視線は不安と逡巡を孕んでいた。互いに向けられる探る様な瞳、それが何を訴えているのは理解出来る。何をするべきなのかも――しかし、情報が圧倒的に不足しているのも確かだった。

 ネルは暫し黙り込むと、ふとゲーム開発部へと水を向けた。

 

「……あたしは話を全部聞いていた訳じゃねぇから、細かい所までは分からねぇ、だがよ、色々と気になって仕方ねぇ事があるんだ」

「………」

 

 ネルの双眸がゲーム開発部を射貫く。この場に居るゲーム開発部、ミドリとユズの肩が跳ね、責められている訳ではないのに、何となく後ろめたさを感じた。それは彼女が何を問い掛けようとしているのか、何となく想像出来るが故の感情だった。

 

「何でゲームがちょっと出来る程度のチビが、リオにあんな事を云われて、詰られて、泣かされていたのか、あたしにはちっとも理解出来ねぇ……チビがリオについていた理由も、そもそもヘイローを破壊するだ何だって話も、全部だ」

「えっと……」

「そ、それは……」

 

 ネルの真剣な問いかけに、ユズとミドリは顔を見合わせる。正直な所を云えば、二人にもまだ詳細が呑み込めている訳でも、理解している訳でもない。その困惑が表情に滲み出し、二人は自身の衣服を掴みながら俯いた。

 

「先生があんなになってまで、必死に止めようとしていたんだ、何か、デケェ理由があるんだろう?」

「……その、リオ会長は、アリスちゃんが、魔王だって」

「魔王――?」

 

 その何とも現実とはかけ離れた表現に、ネルを除いた残りの面々が疑問の表情を浮かべた。ネルは椅子に体重を預けながら、ぼんやりと当時の言葉を回想しながら小さく頷いて見せる。

 

「あぁ、何だかよく分からねぇが、そんな事も云っていたな」

「……何それ、ゲームか何かの話?」

「比喩表現、じゃないか?」

「だとしても、あの会長がその様な表現を……?」

 

 アスナが不機嫌そうに呟けば、カリンは純粋に何かしらの隠語、或いは比喩を疑う。アカネは仮にそうだとしても、そんな表現を彼女が用いた事に違和感を覚えた様子だった。彼女達からすれば、あの堅物と云える会長がその様な事を口走るとは思えなかったのだろう。ミドリは軽く手を振りながら、自身の分かる範囲で言葉を重ねる。

 

「えっと、多分私達にも理解出来るように身近なものに例えた結果、出て来た言葉だと思うんですけれど……」

「ほ、放って置けばキヴォトスに、災いを齎すとか、キヴォトスに終焉が来るとか、だからアリスちゃんのヘイローを、こ、壊すって……その、わ、私達も正直、よく、分からなくて」

「それで先生は、それを止める為に、あんなになってまで……」

 

 段々と小さく、弱々しくなっていく声。当時を思い返し、再び意気消沈する二人。そんなユズとミドリを見つめながら、意見を交わすC&Cとヴェリタス。其処には隠しきれない疑念と困惑が滲み出ている。

 

「……キヴォトスが、終焉?」

「ちょっと、想像がつかないな」

「しかし、冗談という訳ではないのでしょう」

「それこそあり得ません、リオ会長がそんな悪趣味でヘイローを壊すだなんて、口にするとはとても思えませんから」

「なら、本当に……?」

「でも、それにしたって――……」

 

 ミドリとユズ、二人から告げられた言葉にヴェリタス、C&Cの面々が黙り込む。これがただの一介の生徒なら、単なる冗談か悪ふざけと断じる事が出来た。それならば話は簡単だ、ネルからすれば「笑えねぇ冗談だ」と吐き捨て、相手を一発ぶん殴るだけで良い。

 しかし、仮にも動いたのがミレニアムのトップ、ビッグシスターともなれば話が変わって来る。彼女の肩書は相応に重く、同時に為した騒動の大きさがそのまま事態の重大さを想像させる。冗談でも、他者のヘイローを破壊する等口にする存在ではない事を彼女達は知っている。ならば何かがあるのだろう、彼女に其処までの行動を起こさせる、『終焉』と呼ぶに相応しい何かが。

 暫し沈黙が周囲を支配する中、不意にユズが声を漏らす。

 

「わ、私……」

「……ユズちゃん?」

「私、アリスちゃんと……ちゃ、ちゃんとお話しして、伝えたい」

 

 握り締めた上着が皺くちゃになり、指先に力が籠る。その瞳は揺れ動き、彼女の不安定な内面をこれ以上ない程に表現していた。

 

「アリスちゃんは、魔王なんかじゃないって、アリスちゃん本人にも、会長にも、伝えたかったのに……アリスちゃんが会長と一緒に行くって云った時、あの時、私、全然声が出なくて、何も出来なくて――」

「………」

「だ、だから、私は……」

 

 続きを言葉にしようとして、引き攣る喉元。アリスが去って行った時――あの瞬間を思い返し、自身の行いを悔いるユズ。もっと声を出せば良かった、手を伸ばせば良かった。モモイが、先生がそうした様に、自分だってもっと出来た事があったのではないかと、そう思えて仕方なかった。その記憶が、勇気の無さが、延々と自身の胸を苛む。

 ユズの声を聞いていたヴェリタスは、その必死な想いに共感を示しつつ、しかし明確な行動指針を持てずにいた。

 

「……けれど、会長の行方は分からないし」

「痕跡を探すのも、難しい……よね」

「私達は一体、どうすれば――」

「どうする? ――そんなの、決まっているじゃん」

 

 ヴェリタスの面々が呟けば、唐突に部室の扉が開け放たれ、声が響く。

 皆が振り返り、廊下より伸びる影に視線を向ければ――そこには見慣れた一人の生徒が佇んでいた。

 

「お、お姉ちゃん……!?」

「モモ! 良かった、無事だったんだね! 怪我は?」

「大丈夫、元々治り掛けだったし、撃たれた訳でもないし、保健室で治療して貰って、軽く検査してお小言貰っただけ!」

 

 ミドリとマキの言葉に、胸を張って答える――モモイ。

 彼方此方ガーゼや湿布、絆創膏の貼り付けられていた彼女はその一切を取り払い、いつも通りの姿で皆の前に佇んでいた。

 元々保健室を抜け出していた彼女は、騒動の後再び保健室へと逆戻り。しかし、キヴォトスの生徒である彼女は傷の治りも早く、つい先程正式に退院――もとい自由行動が許された所であった。

 彼女はずんずんと部室の中に足を進めると、両手を腰に当て力強く告げる。そこには隠しきれない不満がありありと見て取れた。

 

「皆、そもそも何を迷っているのさ? 私達がやるべき事なんて、すっごい分かり易いじゃん!」

「モモイ……」

「私は正直、リオ会長の云っていた事、全然分かんなかった! 何とかの女王? 王女? だとか、キヴォトスがどうのこうのだとか、色々云われたけれど、何一つ理解出来なかったよ! 多分会長なりに色々調べた上での、えっと、合理的判断? って奴なんだろうけれど――でも一つだけ、確かな事があると思うよ!」

「……それは?」

 

 ハレが続きを促す様に問いかければ、モモイはギュッと目元に力を籠め、真剣な面持ちで叫んだ。

 

「私達が誰一人としてこの結末に、この終わり方に納得出来てないって事!」

 

 声が部室に響き渡り、全員の鼓膜を震わせる。

 アリスが魔王で、災厄とやらで、それを回避する為にヘイローを破壊されてしまう事。そのリオ会長の判断に、アリスの判断に、この結果に、結末に――彼女達は納得出来ていない。

 それはとても、少なくともモモイにとっては重要な事だった。

 

「正直ね、アリスが魔王だろうが何だろうが、そんな事はどうでも良いの! そもそも全ッ然信じてないし! 仮にそれが本当だとしても、だから何って話だし! 魔王が勇者になったり世界を救ったりする話なんて、そりゃもうあり過ぎて困る位に世の中にはあるんだから!」

「お、お姉ちゃん……?」

「先生も云っていたじゃん! 勇者の剣だけが証明じゃないって、大体魔王が勇者の剣を使っちゃいけない訳? そもそも勇者の証明って云うのはね、伝説の剣を抜いたから云々ってのも王道だけれど、それ以外の血筋やら、受け継がれる紋様やら、本当に沢山あって――!」

 

 昂った彼女の口から語られるあらゆる勇者、王道ファンタジーの設定、要素。聖剣によって選ばれる勇者、血筋によって生まれる勇者、誰かから受け継がれる勇者、勇者の在り方なんていうのは千差万別で、何か一つによって語られるようなものではない。魔王が勇者になる物語だって、何も可笑しくなどないのだ。

 つまり、そう――結局の所、何を伝えたいのかと云えば。

 

「兎に角ッ! 私はね、アリスとこのままお別れするなんて、絶対に嫌だからッ!」

 

 一通り吐き出した彼女は、自身の胸の一番奥にあった感情、想いを叩きつける。大きく足踏みをしたモモイは、憤懣やるかたないと云わんばかりに声を荒げる。

 

「アリスの最後の言葉なんて、殆ど泣き別れだったじゃん!? 短すぎるし、私もすっごい悲しくなったし! こんなの最悪のエンディングだよ! いや、エンディングですらない、打ち切りエンドだよっ! 私は絶対に納得できない!」

「……も、モモイ」

「ミドリも、ユズだってそうでしょ!?」

「それは……」

「なら、やる事は一つッ!」

 

 二人からの返答も聞かず、彼女は勢い良く拳を突き上げると、勢いのままに叫んだ。

 

「私達の冒険(物語)は、こんな所で終わったりしないッ!」

 

 そうだ、こんなエンディングは納得できない。このまま何もしないで、アリスが犠牲になって、仮にそれでミレニアムが、キヴォトスが平和になって、終焉とやらがが遠のいて――それで? 

 自分達はアリスの居ない日常を、何の変化もなかったかのように受け入れて過ごすのか? 

 

 ――そんなの、お断りだ。

 

 モモイは腹の底からそう思う。そんなエンディング、自分達の求めていたものではない。紡いで来た物語、冒険の最後がこんな結末なんてクソゲーまっしぐらではないか。勇者には勇者の、その光に満ちた相応しいエンディングが用意されるべきだ。

 それは劇的で、鮮烈で、ドラマチックで、眩しくて――兎に角、こんな欝々しく、昏く、淀む様な終わり方ではない。モモイはそう信じる。

 そう、だからこそ。

 

「私はアリスを連れ戻しに行くよ――ッ! それが正しいとか、正しくないとか、そんな事は関係ないのッ! 私が、私自身が納得できない、納得したくないから行くのッ!」

 

 この結末(エンディング)を変えて見せる、変えなくちゃいけない。

 私達(ゲーム開発部)のエンディングには、もっと光り輝く素晴らしい冒険の終わり(結末)が待っている筈だから。

 

 モモイは真っ直ぐ、皆を見つめながら告げた。その意思に淀みは無く、捩じれも、歪みもなく、瞳は煌々と輝いていた。その光に、輝きに、皆は思わず気圧される。曲がらない意思、確固たる支柱、だからこそ他者の心を揺さぶる様な力があった。

 

「皆は、そうじゃないの……!?」

「―――」

 

 訴えかけるモモイの問いに対し、皆は互いに顔を見合わせる。この結末に納得出来るかどうか――そんなもの、問われるまでもない。

 

「……そうだね、その通りだと思う」

「納得できないのなら、納得できる結末を目指して……全く以て、えぇ」

「良いじゃん、私はモモに賛成! 大賛成だよ!」

「私も、アリスちゃんを助けたい……!」

「モモイ、ミドリ……う、うん、助けに行こう、アリスちゃんを!」

 

 ヴェリタスの三人、ゲーム開発部が頷き、笑顔と共にモモイの言葉に賛同を口にする。色々な事があって、難しく考えすぎていたのかもしれない。ただ彼女を助けたい、この結末に納得出来ない――それだけで、ただ真っ直ぐ進むだけで良かった。

 その終焉とやらがどんなものか、どうして引き起こされるのか、何故アリスと関係するのか、分からない事ばかりだけれど。だとしても、アリスを犠牲にする選択を――選びたくないから。

 彼女達の反応に気を良くし、鼻を鳴らすモモイ。そんな彼女の肩を、力強く掴む影があった。

 

「――おい、チビ」

「わっ!? え、な、なに、ネル先輩……?」

 

 まるで抱き込む様に肩を組まれ、思わず強張った表情で戦々恐々と問いかけるモモイ。しかしそんな彼女の態度に反し、ネルは何やら真剣な顔つきで彼女を睨み付けると――唐突にパッと破顔し、肩を何度も叩きながら笑って云った。

 

「――中々良い事云うじゃねぇか! えぇ、おい!?」

「うぇっ!?」

 

 急な上機嫌、大声に戸惑うモモイ。しかしネルはモモイの肩をバシバシと何度も叩きながら、今にも鼻歌を歌いそうな程、高揚した声色で続ける。

 

「チビの云う通りだ、ゴチャゴチャ考える必要はねぇ! 殴られたら殴り返せば良い、奪われたのなら取り戻す、やられたらやり返すってェのは至極単純明快な話だ、あーだこーだ理屈捏ね繰り回して足踏みするより余程良いじゃねぇか!」

「……リーダー」

「それにな、どんな理由があろうが無かろうが、先生をあんだけボコボコにして良い理由にはならねぇ! コケにされたまま終わるなんざあり得ねぇんだよ――そうだろう? なぁ、アスナ、カリン、アカネ」

 

 ネルの刃の様に鋭い視線が、C&Cをゆっくりとなぞる。

 

「お前達はどうだ?」

「―――」

 

 問い掛けではあったが、そこには確信があった。C&Cが、自身の仲間が、此処で引っ込む筈がないと云う信頼に似た確信が。

 見慣れた自分達の長、その眼光の力強さに彼女達は薄らと口元を緩める。エンジンが掛かって来た、C&C(ミレニアム)最強と謳われる彼女らしい姿に思わず笑みが零れる。

 故にこそネルが信を置く仲間達は、互いに示し合わせる事もなく頷きを返す。

 

「ふふっ、態々言葉にする必要がありますか?」

「それが部長の決定なら従う、それに今回の件に関しては思う所があるからな」

「私も付いて行くよ……!」

「ハッ! それでこそだ――!」

 

 打てば響く様な返答にネルは満足気に笑うと、最後に勢い良くモモイの肩を叩き、一歩を踏み出した。

 

「けれど、具体的にどう動くべきか作戦を考えるべきですね」

「うん、私達だけでどうこうするのは難しいかも」

「なら、まず声を掛けるべきは……」

「――そんなもん、一択だろう?」

 

 コタマの呟き、其処に同調するゲーム開発部を一瞥したネルは、笑みを浮かべたまま肩を組んだモモイを指差す。唐突に示されたモモイは一瞬面食らい、それから恐る恐る自身を指差した。

 

「折角ゲーム開発部(こいつらの所)には、お節介好きの会計が居るんだからな!」

 


 

 エリドゥ攻略に向け、着々と進んでおりますわね!

 因みにこのアスナはアートブックに記載されていた、彼女らしからぬ侮蔑の表情を浮かべたポーズパターンの一人をイメージして書いておりましたわ。あのネルと中身入れ替わってそうなアスナ好き。

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