半日遅れまして申し訳ねぇですわ!
今回約一万七千字ですの!
「周辺一帯に反応なし、オールクリアだよ」
「ふぃ~、中々数が多かったね……!」
「うん、最初は三体だけだと思ったけれど、後から沢山来ちゃったし――」
「ま、まだバレてない、よね……?」
「此処は地下だし、戦闘音も地上に聞こえる程派手には出ていなかったと思うけれど」
「爆発物は控えめにしましたから!」
地下通路に転がる幾つものAMAS、破損したそれらを前に言葉を交わすゲーム開発部とエンジニア部。最初は三機だけだったAMASも、偶然か、或いはその手のルーチンが組まれていたのか、後から後からと僅かずつ増援が重なっていき、最終的には十二機のAMASを撃破するに至った。幸運なのはこれらが纏めて出現したのではなく、三機ずつ四度の戦闘を繰り返した事。
ヴェリタスの言葉通りならば今此処で撃破したAMASも、リオ会長たちからすれば依然変わりなく稼働状態のままに見えている筈だった。ずっと構えていた愛銃を下ろし、ゆっくりと息を吐き出すモモイの耳に通信が届く。
『皆さん、C&Cから合図を受信しました、コールサイン・ゼロフォーとの交戦を開始したとの事です』
『地上のドローンも大体C&Cの方に向かったみたい!』
『地下通路を出るなら、今のタイミングだね』
通信はC&Cが行った陽動に本命であるトキが釣られたと云う報告。それを聞いたゲーム開発部は作戦通りの展開に表情を明るく変化させ、ウタハは耳元のインカムに指先を添えながら小さく頷く。
「よし、なら急ごう」
「良いタイミング、だね」
「や、やっと地上……!」
薄暗い地下通路を只管進み地上を目指す一行。手にした端末からホログラムが表示され、マップを表示し皆の行くべき方向を指し示す。『作戦通りC&Cが囮として活動している第三区画、中央通りからは離れた位置に出ます、通路番号は十六番です、間違えないように』、ホログラムと同時に表示されるコタマが立体的な赤い矢印を動かし告げる。全員が彼女のガイドに従い通路の出入り口、その一つへと辿り着く。地上への階段はセキュリティによって封鎖されていたが、ヴェリタスの協力を得た今殆ど素通りに近い。階段を駆け上る一行、徐々に明るさを取り戻す視界に胸を高鳴らせ、外界へと飛び出す。
瞬間、刺す様な痛みが瞳に走った。眩い夕焼けが彼女達を照らし、暗闇から一気に世界は彩を取り戻す。
「わっ、眩し……っ!」
「も、もう陽が沈み始めているの?」
「ビルに夕焼けが反射して、綺麗――」
エリドゥを囲う高壁、その周辺を囲う様に隆起した山脈に隠れ行く光。その陽光を反射したビルの光は儚くも幻想的であった。望外の景色に一瞬我を忘れ、思わず見入るゲーム開発部に反し、エンジニア部は周囲のビル群や街道、設備などをじっくりと観察する。
「映像で見た時とは少し印象が違うね、まるで大都会そのものだ――まぁ技術的にも、そう引けはとらないのだろうけれど」
「ミレニアム中央区画の一ブロックと云われても信じてしまいそうです……!」
「自分の目で見てみると、本当に凄い」
上空写真で見た時はもう少し武骨な印象を受けたが、こうして実物大の都市を見上げるとミレニアムの中央区画に負けず劣らず機能的な美しさを感じる。やや奇天烈な都市構造の様にも見えるが、ウタハ自身都市社会学、地理学の類には詳しくない。同心円モデルだとか、扇形モデルだとか、多核心モデルだとか、精々が凡その表層をなぞる程度の知識である。確か現代の都市構造モデルとなると、幾つかのモデルを複合させたものがあったか。その辺りに関しても恐らくコトリの方が詳しいだろう。今この場で彼女に問い掛ければ、「説明しましょう!」と嬉々として語って聞かせてくれるのだろうが、残念ながらその時間が自分達には存在しない。
掘り下げれば分かる
「……情報通り、ドローンは何処にも居ないみたいだね」
『流石C&C、誘因効果は抜群だ』
「ほ、本当に一機も居ない何て、ちょっと怖い、かも」
「それだけ私達の作戦が上手くいっているって事でしょ! それで、此処からはどう動けば良いの?」
モモイが元気よく端末にそう問いかければ、表示されたホログラムマップが回転し現在地を赤く点滅させ強調。そこから赤い線が街道を伸びて行き、次に進むべき道を示す。
『現在地からルートを算出しました、左手にある大通りを真っ直ぐ北に向かって下さい』
『アリスが居ると予想される中央のタワーには、そこから遠くない筈』
「此処から全力で走れば三十分――いや、二十分程度かな?」
表示される中央タワーの位置と現在位置を見比べ呟くヒビキ。距離としてはまずまずだが、キヴォトスの生徒である彼女達からすれば遠いとまでは云えない。全力疾走を続けられるならば二十分を切る事さえ可能だろう。随分と良い位置の出入り口から地上に出られたものだと、内心で想う。
『今の内にガンガン進んじゃおう! GO、GO~ッ!』
「よぉし! 作戦は『ガンガンいこうぜ!』だねっ!」
端末から響くマキの声に応えるモモイ。拳を突き上げ駆け出す彼女に、ゲーム開発部とエンジニア部が続く。エリドゥを照らす暁の中、六人の影が真っ直ぐ伸びていた。
■
「オラオラッ! どうした後輩、そんなモンかよ!?」
「ッ――!」
縦横無尽に跳ねる弾丸、その一発一発に込められた尋常ではない神秘濃度。先程から視界の
トキは目まぐるしい速度で視線を動かし、迫り来る跳弾を認識、演算、安全圏を算出し即座に行動する。狭い室内と広い屋外では、密度は下がるが死角が増える。幸運なのは彼女の持つ武装、その演算能力が不足していない一点、精神的な負荷が高いか、肉体的な負荷が高いか、結局の所そのどちらかに帰結する。
常に此方の懐に飛び込もうと突撃し、肉薄する小柄な影――ネルに集中し守勢に回るトキは、ふと横合いから響くアラートに気付き、咄嗟に視線を向ける。
「これなら、どうかなっ!?」
「アスナ先輩……!」
ガードレールを潜る様にスライディングを行いながら現れる影、ネルを懐に入れたくない彼女からすれば一番嫌なタイミング入った援護。滑りながら引き金を絞り、乾いた銃声と閃光が瞬く。サプライズパーティーから放たれた弾丸は、真っ直ぐトキ目掛けて飛来。咄嗟に飛び上がり、回避行動――着弾、炸裂。
後一拍遅れていれば、直撃していたであろう弾丸。直ぐ背後の電子掲示板に弾痕が刻まれ、破片が飛び散る。それを被りながら二度、三度、大きくバックステップを刻んだトキは、その足元からカチリと音が鳴った事に気付いた。
視界を足元に向ければ、周囲に設置されたプラスチック爆弾。
「あぁ、その場所ですが――足元に御注意を」
「くッ……!」
足元を一瞥した瞬間、炸裂する爆弾。いつの間にこんな場所に――そう思考するも、吹き飛ばされた肉体は宙を舞う。しかし直撃ではない、衣服に焦げ跡こそ刻まれたものの、爆風と爆炎が到来する前にレッグギアが地面を蹴っていた。彼女の機動性は随一、本来であれば直撃を許す場面でも離脱を可能とする。視界一杯に広がる炎、煙――その中に紛れる、鈍い光を放つ銃口。
「その体勢では、躱せないだろうッ!」
「――!」
撒き散らされた粉塵、白煙を裂き飛来する影。空中へと逃れたトキに対し、絶対不可避の狙撃を敢行するカリン。ズドン、と重低音と共に空間を震わせ、発射された弾丸。それは上下逆さまの状態で空中を舞うトキの胸元へと着弾し、トキは咄嗟に回避し切れないと判断、愛銃を抱えたまま腕を重ね防御に徹した。
「ぅッ……!?」
瞬間、彼女の肉体を穿つ凄まじい衝撃。空中に在った彼女の身体は後方へと弾き飛ばされ、そのまま地面へと叩きつけられる。二度、三度、地面をバウンドしガードレールへと衝突、けたたましい音と共に拉げたガードレール、そこに凭れ掛かる様にして背を預けたトキは、しかし――ゆっくりと顔を上げ、着弾した腕部を一瞥する。
「……腕部装甲に被撃、損傷軽微」
「チッ、上手く逸らしたか」
コッキングを行いながら舌打ちを零すカリン、視界の先には未だ健在のトキが変わらぬ表情で此方を見つめている。
確かに着弾した、しかし直前で体勢を変え直角ではなく、逸らす様に被弾角度を調整し威力と衝撃を殺された。到底空中で行える芸当ではない、しかし実際に彼女は成し遂げている。本当ならば、あのガードレールを突き破って後方のビルに叩きつける予定だったのだ――業腹だが、彼女の危機対処能力は凄まじい。カリンは内心で呟く。
「相変わらず速ぇな後輩、だが……避けてばっかりじゃ、あたしは倒せねぇぞ?」
拉げたガードレールに手を突きながら立ち上がり、付着した砂塵を軽く払うトキ。再び
――強い、限定使用とはいえ武装を稼働させてコレか。
何て方々だと、トキは心底そう思った。ミレニアム最強の称号は全く以て伊達でも何でもない。単独での戦闘力もさることながら、連携を組んだC&Cはまた別格の強さであった。
キヴォトスに於いて強者と称される者程、スタンドプレー、単独行動や単身での戦闘に固執しがちだ。或いはそうでなくとも、結果的にそうなる傾向がある。強い個人にとって自身より大きく劣る仲間の存在は、一種の枷であり守るべき対象になり得る。無論、そうではない生徒も存在するが、それでも個人として戦った場合と比較して大幅な強化となるかは疑問が残った。
その点、各個人が一定以上の強さを誇りながらも、集団戦闘を主眼に置いたC&Cは異質とも云える。各々に決められた役割があり、得意な戦術やスタイルが異なる、その手の戦い方はそれこそ
個人の力量もあり、集う事でより大きな力を生む、それ故に強力無比、万能、あらゆる状況に対応出来る――その戦略に穴はない。
「ですが――」
呟き、トキはその両目を細く絞る。確かに彼女達は強い、限定使用状態の武装で押し切れるかどうかは難しい所だ。そうでなくとも、全員を戦闘不能にするにはかなりの時間を掛ける必要があるだろう。
だが忘れてはいけない、トキが今立つこの場所は――。
「此処は要塞都市エリドゥ、
告げ、彼女は大きく凪ぐ様に腕を払う。それは何かの合図、或いは彼女にのみ見える電子コンソールの操作。それを見たネルが、その表情を怪訝そうに歪める。
「あん? てめぇ何を――」
「……ッ!」
同時に起こる振動、全員の身体が揺れ動き、思わず二歩、三歩と蹈鞴を踏む。
「おわっ、何だ!?」
「振動……!?」
「これは、まさか地震か?」
「――ううん、違うッ!」
困惑、驚愕、それらを滲ませる三名。しかし、アスナだけは何かに勘付いた様に息を呑んだ。周囲を見渡したアスナは迫る影に気付き、思わず声を荒げる。
「部長、避けて!」
「アスナ――? ッ!」
その声に顔を上げたネル、そして横合いから突っ込んで来る巨大な影――否、ビルそのものに声を失う。
思わず驚愕し身を硬直させたネルは、しかし間一髪のところで背後へと身を投げ難を逃れる。まるで地殻変動が起こったかのように、周囲のビルが水平方向へと移動していた。地面が展開、収納、スライド、あらゆる機構が作動し都市そのものが様変わりしていく。轟音が鳴り響き、足元が常に揺れ動く。その中で辛うじて立ち上がるC&Cは混乱の極みにあった。
「まさか、建物が動くなんて!?」
「一体どういう構造をしているんだッ!?」
「クソが、んだコレッ!?」
「皆、こっち側に……ッ!?」
驚愕し、浮足立つC&C。今まであらゆる環境で任務を行ってきたが、まさか都市そのものが変容、変形するなど聞いた事も無い。凄まじい速度で飛来する影、左右から迫るそれに全員が兎に角回避に専念する。しかし、それこそがトキの狙いであった。
ネルが迫るビル群に圧し潰されぬよう後方へと退けば、不意に稼働音を立てて下からせり上がる強大な障壁。堅牢なそれがネルの行く手を阻み、巨大な影を地面に落とした。到底乗り越える事が出来ない隔壁を見上げ、ネルは思わず悪態を吐く。
そこに来て漸く――相手の狙いを悟ったからだ。
「……クソ、これが狙いかよ」
「――一帯の都市構造を変更し、他の先輩方と分断させて頂きました」
冷静に、後方より投げ掛けられる声。緩慢な動作で振り向けば、相変わらず能面の如き表情を固めたトキが佇んでいた。ネルはゆっくりと両手に提げた愛銃を構え、鼻を鳴らす。
態々あんな大袈裟な仕掛けを動かしておいて、浮足立ったところを攻撃する訳でもなく 何をするかと思えば。
あの三人の事だ、無事ではあるだろう――しかし、合流するだけの余地があるとは思えない。
「はっ、何だそのビックリ機能は、都市に備え付ける様な機能じゃねぇな」
「お忘れですか、エリドゥは本来侵入者を迎撃する為の要塞都市、その役割上この様な芸当も可能です」
「……だからって建造物丸々迎撃施設に組み込むかよ、普通?」
「此処は普通では対処出来ない危険を抑える場所ですので」
応え、トキはアームギアを振り抜く。同時に、その指先から小さな紫電が走ったのが分かった。どうやら、此処からが正念場らしい――ネルの姿勢が前傾となり、放つ気配が刺々しいものへと変化していく。地面に垂れた鎖が、微かな音を立てた。
「現在の私には、各区画の変動権限も付与されております、このエリドゥに於いて地の利は常に私達の味方です」
「……へぇ」
「C&Cはチームで動く事によって戦闘力を何倍にも跳ね上げている、しかしそれはあくまでチームとして機能すればの話――単独であればネル先輩、貴女の勝率は限りなく低下します」
冷徹に、淡々と断言するトキ。
確かにC&C全員と正面戦闘を行えば苦戦は必須、しかしネル単独との戦闘であれば十二分に勝機はある――それがトキの導き出した演算結果であった。
ネルはそんな彼女の言葉に、ピクリと眉を跳ねさせる。それから両肩を脱力させ、深く、深く息を吐き出した。伏せられた顔は影に隠れ伺えない。吐息に込められた感情は落胆、失望――或いは、怒りか。
「はぁ……ったくよぉ、勝率だ何だ、作戦が何だ、ゴチャゴチャと――」
「……?」
「まぁ何だ、つまりてめぇは、こう云いてぇ訳だ」
「何を――」
トキが呟くと同時、ジャラリとネルの足元を囲っていた鎖が鳴った。瞬間、撓ったそれが地面を叩き、罅を入れる。それは彼女の激発、その前触れ。
無造作に踏み出したネルの一歩が地面を踏み砕き、その髪がぶわりと逆立った。
「あたし単独なら、自分一人でケリを付けられる――てなァッ!」
「ッ……!」
向けられた瞳、その燃え盛る怒りの込められた視線に、トキは一瞬気圧された。
地面を粉砕し、加速する矮躯。鎖の音さえ置き去りにし飛来したそれに対し、トキは愛銃であるシークレットタイムを盾に防御姿勢を取る。一拍後にズン、と突き刺さる蹴撃、ネルは勢いそのままに飛び蹴りを放ち、トキは真正面からそれを受けた。盾にした愛銃のフレームが軋み、身体が後方へと押し込まれる。脚を突き出したまま顔を歪ませるネルは、怒りに満ちた表情で咆哮した。
「ざけんじゃねェぞッ! 一回あたしを組み伏せた程度でつけ上がりやがって! アァッ!?」
「っ、重い……ッ!?」
防いだ愛銃、腕諸共沈めてやると云わんばかりの蹴りだった。これまで喰らった事のない類の、威力が集約された一撃。咄嗟にレッグギアの出力を上げ、振り払う様に腰を捻る、張り付くネル目掛け横合いから足を凪ぎ払った。
しかしネルは放たれた横合いからの蹴りを、一瞥する事もなく察知。まるで沈み込む様に身を反らしたネルは、鼻先を掠めるトキの蹴りに笑みすら浮かべて見せる。
「なッ!?」
「甘ぇんだよッ!」
蹴撃からの完全な脱力、地面に自ら仰向けに転がり攻撃を回避したネルは、そのまま地面を両手で捉え、飛び起きると同時にトキの顔面へと下から抉る様な蹴撃を放つ。攻撃後の不安定な姿勢、防御も回避も間に合わない――下から突き上げる様な、槍の如き一撃をトキは真面に受ける。
ズン、と。
まるで巨大な金槌か何かで下から殴りつけられたかのような衝撃だった。顎先を直撃した蹴撃はトキの身体を一瞬浮かし、そのまま蹈鞴を踏んで後退する。確かな手応えを得たネルは破顔し、そのまま身を翻し地面へと着地した。
「はっ、漸く
「ぅ、ぐッ……!?」
「だがこんなモンじゃねぇぞ、今回は徹底的に教えてやらなくちゃなぁ!」
跳ね上げられた顎先を抑え、苦悶の声を漏らし堪らず膝を突くトキ。凄まじい衝撃に脳を揺すられ、視界が歪んでいた。口元にジワリと広がる鉄の味、手の甲で口元を拭えば付着する赤色。衝撃で定まらない視界の中、トキは睨み付ける様に相手を見上げる。
「立てよ後輩、今からそのいけ好かねぇ性根叩き直してやるからよ――!」
「……出力制限、解除要請」
腕を突き出し、挑発する様に指先を揺らすネル。その好戦的な笑みを視界に捉えたまま、トキは出力上限の開放を要請する。現在のアームギア、レッグギアの出力は最大出力の六割程度――この状態では勝てないと、彼女は判断した。
装着したレッグギアの周囲に、紫電が走る。
「――対応、再開ッ!」
愛銃を構えたトキは口元に滲む赤をそのままに、銃口を突き出すネルへと引き金を絞った。
■
「はっ、ひっ、はふっ……!」
「ゆ、ユズちゃん、大丈夫?」
「う、うん、なん、とか……!」
走る、走る――兎に角走る。
全力疾走を繰り返す彼女達は時間と共に体力を削られ、ゲーム開発部では部室に籠りがちで最も体力の少ないユズが悲鳴を上げ始めた。モモイやミドリは存外平気そうで、それには理由がある。彼女達はダンスゲームやリズムゲーム、所謂音ゲーをアーケード筐体でプレイする為、人並み程度には体力がついていたりするのだ。
足を緩める事はしなかった、兎に角今は時間との勝負。C&Cが敵の主力を誘引している間に中央タワーへと辿り着き、アリスを救助する必要がある。理想はこのまま気付かれずタワー内部に侵入し、アリスを救助した後、全員でC&Cに加勢――或いはC&C単独で離脱可能であれば、別途エリドゥより離脱する事。
このまま敵の主力をC&Cが撃破してくれるのならば万々歳、しかし口には出さないがそれは難しいだろうという確信に近い予感があった。それはゲーム開発部だけではなく、ヴェリタスも、エンジニア部も薄々感じている。
C&Cは確かに強力な切り札ではあるが、あのビッグシスターが最大の脅威であるC&C対策を講じていないとは思えなかったのである。故に彼女達が限界を迎える前に、一分一秒でも早く辿り着かなければならない。
だからこそ、かれこれ十分近く全力疾走を行っているのだが――。
「インドア派、にはっ、中々、堪える運動量、だ……!」
「ひーっ、は、はふっ……! は、走るのは、まだマシって、思って、いたけれど……!」
「う、運動の、重要性はっ、高くっ、け、健康の為にも、推奨……げほっ!」
エンジニア部の面々が死にかけている、振り返って後続を見たモモイは思わず表情を引き攣らせた。ユズも額に汗を流し、真っ赤な表情で走り続けているが、エンジニア部の三人に関しては若干表情が蒼褪めている。
酸欠――ではないと思いたいが、正直な所分からない。殆ど死体の様な動きで駆ける三人、それでも足は緩めないと云うのだから心意気だけならば正にマイスター、彼女達の精神、その頑強さが分かるというもの。
蒼褪めた表情で冷汗か脂汗かも分からないそれを拭い、ウタハは挑む様な笑みを浮かべる。
「ふ、ふふっ、だがこの程度で倒れる、私達ではないよ……! 自身の苦手な分野だからこそ、時には乗り越える、その熱情が私達を、成長させるんだ――!」
『色々限界が近いみたいだけれど、出来ればもうちょっと頑張って、中央のタワーまで後もう少――……』
端末越しにナビゲートを行っていたハレ、その投影されていたモデルが不意にざらつく、まるで砂嵐の様に掻き乱される映像。それは明確なノイズだった、先頭を行くモモイが違和感を覚え徐々に足を緩める。直ぐ後ろを走っていたミドリも、何やら異変に気付き目を瞬かせた。
その内、彼女の告げる音声すら不明瞭となってしまう。
「あ、あれ、何だろう……?」
「お姉ちゃん、通信にノイズが入っていない?」
「うん、急に通信状態が――」
『モモイ? 何か、通信――……悪化し―……』
『これは、まさ――……カウンタークラッ――……!』
『マズいよ! 皆、気を付け――……! 会長――勘付か……ッ!』
まるで出来の悪い粘土細工の様に引き延ばされ、攪拌される投影映像。それを呆然と見つめる事しか出来ないゲーム開発部の三名。その背後からエンジニア部が追いつき、荒い息を繰り返しながらホログラムに目を向ける。
「はぁっ、ハッ……一体どうした、ハレ? コタマ? マキ……?」
「な、何? も、もしかして、通信が……?」
「ひっ、ふっ、ま、まさか、此処に来て非常時事態、ですか?」
大量の汗を流しながらも異変に気付いたエンジニア部は、それぞれが自身の端末を確認する。だがやはりヴェリタスとの通信は繋がらない、耳元のインカムも同じく――何かが起こっている、そう確信すると同時に端末とインカム、両方から凍える様な声が響いた。
『――あぁ、やはり貴女達だったのね』
『ッ……!?』
その声を耳にした瞬間、全員の身体が跳ねる。声は聞こえずとも、端末越しにヴェリタスの面々が息を呑むのが分かった。乱れたホログラム映像は軈て再び形を取り戻し、そこには先程とは異なる人物が佇んでいる。
『此処までの道のりを切り開いたのはヴェリタスかしら? 流石は、あのヒマリの後輩達と、そう云っておきましょう』
タブレットを片手に、何処までも冷徹な瞳で以て一行を見つめる生徒――リオ。
彼女の出現にモモイ達は浮足立ち、端末を持つ手を揺らしながら思わず叫ぶ。
「こ、これって、通信が乗っ取られたの……!?」
「……これは、そういう事になるのかな」
顎先を伝う汗を拭い、険しい視線でリオ会長のホログラムを見つめるウタハ。このタイミングで気付かれる事は、正直に云えば予想外も良いところだ。まだアリスを見つける所か、中央タワーにすら到達出来ていない。作戦段階で云えば序盤も序盤、最低でもタワー内部に侵入を果たしてから発見されたかったが――どうやら向こうの方が上手であったらしいと、ウタハは内心で臍を噛む。
『予想はしていたけれど、本当に此処まで来てしまったのね……やはりあの時の言葉だけで、貴女達を説得する事は出来なかった』
或いは彼女は予期していたのだろう、ゲーム開発部がこうしてアリスを取り戻しに来る事を。どれだけ言葉を尽くしても、論理的に語って聞かせたとしても、彼女達が頷き受け入れる事はない。薄々だが、彼女はそれを感じ始めていた。だがそれを理由に自身の
『――貴女達は、トロッコ問題をご存知かしら?』
「と、トロッコ問題……?」
『えぇ、至って簡単な話よ――故障し、止まる事が出来なくなってしまった
唐突に語られたその内容に、全員が面食らい目を白黒させる。
トロッコ問題――レールを走るトロッコが制御不能になった時、そのまま直進すれば前方に居る五人が轢き殺されてしまう。しかし、レールの分岐器の傍に立っていた人物が進路を切り替えれば、直線上で作業を行っていた五人は助かる。
代わりに、分岐先で作業を行っていた一人が死ぬ。
障害物の設置や脱線、緊急停止、あらゆる手段は封じられ、分岐器を切り替えるかでのみこれらの人物を助けられるか決定される時。
この時、レールの分岐器を操作する事が正しいのか? それとも操作しない事が正しいのか?
この行為は許されるのか、それとも許されないのか。
――
『これの答えは明白よ、そして誰かがレバーを引く役割を担わなければならない……私はただ、その役を引き受けようとしているだけ』
リオは淡々と、それこそ自身の内側で決まり切っていた答えを口にした。悪意も敵意も、彼女は端から持ち合わせてなどいない。
分岐器を切り替えるか否か、彼女の答えは勿論――『切り替える』、だ。
ましてやその対象が五人ではなく世界そのもの、そして犠牲となる対象が一人のままであるのならば、迷うべくもない。たった一人を犠牲にする事で世界を、キヴォトスを救えるのならば彼女は喜んで泥を被ろう。
それは、
『私はただ、皆を――』
「難しい話は分かんないよッ! そういうのは良いから、さっさとアリスを返してッ!」
『………』
ホログラム、リオへと向けられる余りにも明瞭な叫び。
私の友人であり、仲間であるアリスを犠牲になどさせない――彼女の返答は、一貫して変わらない。
リオへと指を突きつけたモモイは、胸を張って言葉を続けた。
「そもそもずっと思っていたけれど、あの時は云えなかった事があるの! キヴォトスの脅威だとか何だとか理由を付けて会長はアリスを誘拐したけれど、そんなのスケールが小さすぎるんだよ! 普段私が書いているシナリオの規模の方がず~っと! ずぅ~っと大きいしッ!」
「お、お姉ちゃん……」
そこ張り合う所なの、とミドリは思わず疑問を口に出し掛けた。しかし、どうやらモモイとしては譲れない一線らしく、鼻息荒く言葉を続ける彼女は天を指差し叫ぶ。
「それこそ世界を救う何て云うのなら、宇宙におっきな宇宙戦艦でも飛ばして、巨大な空中要塞に突っ込んで最終決戦位派手な演出してみせてよッ!
『………』
「アリスの居ない
それは合理的判断ではない。リオは何かを口にしようとして、やめた。それは彼女の主義主張に対し一定の正しさを認めたからだとか、そういう事ではなかった。自身を見つめる瞳が余りにも強く、輝きを放っていたからだ。それはいつか、部室棟の廊下で出会った時よりも強く、より強固に。
――だが、感情一つで世界は救われない。
微かに視線を険しくさせ、ホログラムに映らない手を握り締めるリオは想う。それは、現実という困難を前に余りにも無力な代物の筈だ。
「……ちょっと横から失礼するよ」
『――貴女は』
不意にモモイの肩を掴む手があった。はっとした表情で振り返れば、額に汗を滲ませたウタハがモモイの肩越しにホログラムを覗き込む。リオは画面に映る見覚えのある顔に、その表情を微かに変化させた。
「私達エンジニア部がこうして協力する事も、想定していたのかな、リオ会長」
『……そうね、選択肢の一つとしては考えていたわ』
「そうか、流石は――と云っておくべきなのかな」
肩を竦め、苦笑を零すウタハ。だがその口元から零れる言葉には、妙な硬さが残っていた。それはリオに対する彼女の立ち位置、スタンスから来るものなのだろう。改めて姿勢を正したリオは、画面に映るエンジニア部を一瞥する。ウタハの横合いからヒビキ、コトリの両名もまた顔を覗かせた。
「私も工房でモノばかり作っていたから、会話は苦手なのだけれどね、ただ今回の一件についてはどうにも黙って居られなくて付いて来てしまった」
「……アリスの事も、先生の事も」
「しかし、言葉を交わさなければ分からない事もあります! 説明はいつだって疑問を氷解させる第一歩です!」
『………』
聞こえて来る言葉に、リオは唇を引き締める。それがどういった感情の表れなのかエンジニア部には分からなかった――或いは『全知』と呼ばれる彼女であれば、その内面を悟る事も出来たのかもしれないが。ウタハそう考え、冷静を装いながらリオ会長へと問う。
「リオ会長、今回の一件、何故こうも性急に事を運んだ? 強引に事を進めれば、こうして反発が起きるのは目に見えていただろうに」
『……そうするべきだと思ったからよ、それ以上でも以下でもないわ』
「ミレニアムだけの話じゃない、もし会長の話が真実であるのならば尚更、他の学園――それこそ連邦生徒会に掛け合う選択もあった、そうすればミレニアムだけでは取れない選択肢も、新しく浮かんできた可能性がある」
『連邦生徒会に事を相談した所で事態は好転しない確率の方が高いわ、現在の連邦生徒会の体たらくは、エンジニア部である貴女達も知っているでしょう』
「それは――」
リオの吐き捨てる様な冷たさを孕んだ反駁に、ウタハは思わず口を噤んだ。現在の連邦生徒会、その実情を断片的ながらもウタハは把握していた。
『もしこの話が通ったとしても、連邦生徒会が非常対策委員会を設置して、実際に防衛都市やそれに準ずる設備、計画の為に動き出すのはいつになるのかすら不明瞭……行政委員会も一枚岩ではないわ、ましてや連邦生徒会長が失踪中の今、総括室もその統制力を失いつつある、仮に協力を呼び掛けたとしても各学園が従うかどうかも未知数』
「………」
『シャーレの先生が赴任する直前まで連邦生徒会直轄地区であるD.U.シラトリ区がどんな状態にあったのか、忘れたとは云わせない』
「……だから、単独で事を起こしたと?」
『えぇ、そして私は唯一協力体制を取れる相手――連邦生徒会ではなく、連邦捜査部シャーレに協力を要請した』
尤も、それも断られてしまったけれど。
呟き、リオは顔を伏せる。元より彼女は何度もシミュレーションを重ねた上でこのやり方を選んだ、当然行われた演算の中には連邦生徒会や他学園、トリニティ、オデュッセイア、ゲヘナ、百鬼夜行、レッドウィンター、あらゆる学園と協力関係を結んだ場合のシチュエーションも存在する。
だがそもそも協力関係が築けない、敵対関係に至る、最終目標の不一致から足並みが揃わない、此方の提案を聞き入れられない――そう云ったネガティブな結果が殆どであった。
唯一、それらを解決出来るキーマンが『先生』であったのだ。彼の協力が得られれば、各学園との協力関係でさえ現実的なものになるという演算結果を得ていた。
故にこそ、彼女は先生にだけはどうにか理解を得られるようにと、言葉を重ねたつもりであったが――。
しかし、既に賽は投げられた。その結果を後悔するには遅すぎる。故に彼女の結論は変わらない。ホログラムの中に佇むリオは顔を上げ、ウタハを真っ直ぐ見つめながら断言する。
『単独で事を起こす、これが最も合理的な判断であった、私はそう考えているわ』
「……それは、独善だよ会長」
『――そうね、今直ぐ貴女達に納得して貰うのは難しいでしょう、その事は私自身十分理解しているもの』
悲し気に告げられた言葉に、リオは吐息を零した。だからこそ彼女達は仲間を引き連れ、この場所に立っている。自分の持てる力を全て結集し、仲間を救わんと奮闘している。理論や理屈で納得できるのであれば、彼女達はこの場にこうして立ってはいまい。
『えぇ、だから――今は、力で以て退かせて貰うわ』
リオはそう決めた。
それが望んでいたものでなくとも、必要があれば躊躇わず決断しよう。リオはタブレットを指先で叩き、幾つかの項目を操作する。そして腕を前に突き出すと共に、力強く宣言した。
『――アバンギャルド君、発進』
瞬間、鳴り響く轟音――その場に居た全員が思わず身を跳ねさせ、周囲を見渡す。響く轟音は徐々に大きくなり、何かが迫っているのだと分かった。
「お、お姉ちゃん!」
「なにこの音!? て、敵襲!?」
「も、モモイ、ミドリ、固まって……!」
「皆、警戒を……!」
「コトリ!」
「わ、分かっています!」
ゲーム開発部の三人が固まって迎撃態勢を整え、エンジニア部もまた音の鳴る方向へと注視する。瞬間、ビルの隙間を縫って出現する巨躯――甲高い走行音、地面を擦りながらドリフトを敢行する彼の者は巨大な盾を地面に叩きつけ、強引に機体を旋回させた。振動で周囲の建物が揺れ、幾つかの窓硝子が罅割れ砕ける。飛び散るそれらを身に浴びながら、巨大な影――アバンギャルド君は一行の前に現れた。
「こ、これは――ッ!」
その全貌を見た皆は思わず息を呑む。
脚部は戦車と同じ履帯、其処に人間と同じような上半身と頭部が取り付けられ、球体関節から四本の主腕が伸びる。下部二本は巨大な
何より特徴的なのは、センサー類が集中しているのだろう頭部。或いは飾りなのかもしれないが、そのオールドチックなロボットらしい風貌とも、或いは前衛的過ぎるとも云える絶妙な表情――表情? を象った頭部。
これこそがリオの用意したもう一つの
どこか自信を滲ませる表情で口元を緩ませるリオ。そんな彼女を一瞥する事もなく、出現したアバンギャルド君を凝視する一行。そして一番先頭に立っていたモモイは震える口元をそのままに、思わずと云った風に叫んだ。
「な、何あれ、すっごくダッ……――!」
「も、モモイ!」
ダサい、その一言を何の臆面もなく口にしようとしたモモイを、ユズは慌てて止める。ホログラムに表示されるリオ会長の余りにも堂々とした様に、これが彼女の自信作である事は明らかであったからだ。ゲームを酷評された経験を持つユズは、自身の作品を貶められる辛さを良く理解している。だからこそ咄嗟に彼女はモモイの直接的な表現を遮った。彼女は優しい子だった。
「ま、まぁ、確かにあんまり可愛いデザインじゃないけれど」
「お腹痛い……」
「何だか、気分が悪くなってきたよ……」
「と、突発的な激しい運動を行おうと、吐き気や、腹痛を伴う事も……うぅっ」
ミドリが控えめに呟き、ヒビキは腹部を抑えながら苦悶の表情を浮かべる。ウタハは揺れる視線を逸らし、コトリは此処まで全力疾走してきたからこそこうなったのだと暗に要因を他に擦り付けた。だが原因は明らかである、その余りにも前衛芸術的なアバンギャルド君の風貌に、彼女達の美的センスが悲鳴を上げたのだ。
ホログラムに映ったリオは皆の評価を真摯に受け止め、ゆっくりと俯いていた顔を上げる。
『……見た目は、関係ないわ』
リオの声は震えていた。
明らかな強がりであった。
『……理解されないのなら、もう良いわ、そのままでも構わない、重要なのは機能と実力だもの――さぁ、彼女達を撃退しなさい、アバンギャルド君』
指先で目元を拭い指示を口にするリオ、その表情は影になって伺えない。途端アバンギャルド君の目が光り手にした銃口を一行へと突きつける。凡そ戦車の主砲にも匹敵し得る口径を持つそれを突きつけられ、彼女達は悲鳴染みた声を上げた。
「く、来るよ!?」
「あわわっ……!」
「くっ、見た目は何とも云えないが――油断はしない方が良い!」
見た目は兎も角、彼のビッグシスターが設計・開発したという戦闘ロボット、尋常な代物ではないという予感がある。ウタハの声に頷きながら、慌てて陣形を組むゲーム開発部とエンジニア部。ヴェリタスとの通信が途絶した今、戦闘支援は期待出来ない。独力でこのアバンギャルド君を――延いてはリオを退ける必要があった。
「さぁ、戦闘開始だ……!」
■
「侵入成功――特に防衛システムが稼働している様子もない、先生、出てきて良いよ」
「……うん」
直ぐ傍から聞こえた声――エイミのそれに、先生は小さく頷きながらコンテナより顔を覗かせた。彼女が大丈夫と断言するのならば危険はないのだろうが、一応周囲を隙間から伺いながらコンテナより身を乗り出す。列車の停車したステーションには無数の音が鳴り響き、作業アームや輸送ドローンが忙しなく稼働しているのが見えた。
積載コンテナより飛び降り、ステーションへと降り立った先生。着地し、左腕と足の調子を軽く確かめながら息を吐き出す。それは安堵から漏れたものだった。どうやら痛みも、違和感もそれ程酷くはない、この調子なら全力で駆け続ける事になってもある程度問題ないだろう――薬は、きちんと効果を発揮していた。
「此処がエリドゥか」
「正確に云うと地下搬入口だけれどね、此処を出ると外郭地区が見えて来る筈、少なくともマップデータ上ではそう」
端末に表示されるマップを眺めながら淡々と告げるエイミ。彼女はいつも通りぼうっとしている様にも見えるが、その実視線は常に辺りを伺っている。手元の端末を操作しながら、エイミは先生へと水を向けた。
「それにしても凄いね、殆ど戦闘なしで此処まで来れちゃった、多分リオ会長も侵入に気付いていないんじゃないかな……ちょっと時間は掛かっちゃったけれど、ヴェリタスの協力もなしで此処まで来れたのは僥倖だよ」
「そうだね……ただ、もう日が暮れてしまった」
呟き、タブレットの時刻を見る先生。既に夕刻は過ぎ、要塞都市エリドゥは夜の暗がりに包まれている。侵入自体には成功したが、それなりに時間は食ってしまっていた。
「エイミ、ヒマリが拘束されている場所に心当たりは?」
「うーん、多分だけれど、アリスが捕まっている場所と同じか、比較的近い場所、同ブロックだと思う」
先生の問い掛けに答えたエイミは、手元の端末に表示されていたマップデータを拡大する。エリドゥ全体のマップ情報は存在しないが、中央タワー周辺の断片的なデータは入手していた。これも全てセミナーのユウカ達がサルベージ、復元したものである。
「収容施設となるとある程度防備を硬くしないといけないし、幾つも分けて建設するのは非効率的、少なくともリオ会長ならそうする……中央タワーか、其処に繋がっている外周施設のどれかになるかな?」
「そうなると、周辺を虱潰しに探すしかないか」
「部長の反応が探知出来れば直ぐだから、近くに行けば分かるよ、信号が完全に遮断されていたらちょっと大変だけれど、部長なら多分何らかの手段は持ち込んでいると思う」
エイミは小さく頷きながら告げる。それは確信に近い、あの部長が自身の捕まった場合を考えていない筈がないという――そうでなければ、帰って来なかったらプリンを食べて良い等と発言もしないだろう。
不意に、二人の耳元へ爆発音らしき残響が届いた。地下通路を通って響いたそれに、先生とエイミの視線が暗闇の向こう側へと向けられる。その表情は険しく、真剣であった。
「……C&Cとゲーム開発部、どっちも交戦状態にあるみたい、随分派手にやっているね」
「それなら、直ぐ加勢に行かないと」
「向こうが目を惹いている間は安全に動けると思う、予定通り私はヒマリ部長を救出しに行きたいけれど――」
そこまで口にして、ふとエイミは言葉を止めた。先生を見る視線には、若干の不安が滲んでいる。
「先生が加勢に向かうなら、私も一緒に……」
「いや」
同行を申し出るエイミに対し、先生は緩く首を振ってみせた。
「大丈夫、此処まで守ってくれただけで十分助かった、私は戦う事が出来ないけれどいざとなったらドローンを停止させる手段はあるから、エイミはこのままヒマリを助けに行ってあげて」
「……本当に、大丈夫?」
「勿論、エイミと私の存在はまだリオに知られていないだろうから、そのアドバンテージは活かすべきだ、今なら警戒されずに動ける筈だから」
そう云って先生は気丈に振る舞って見せる。今リオ達の目はC&C、そしてゲーム開発部とエンジニア部に向けられている。第三者の介入にまで割く手はない筈だ――今ならば確実にヒマリを救出する事が出来る。彼女の助けがあれば、今後の行動に更なる幅が持たせられるだろう。
先生の言葉に暫し沈黙を守ったエイミは、ややあって小さく頷きを返した。
「……分かった、何かあったら通信して、直ぐ駆けつける」
「うん、ありがとう」
返答を聞き届け、端末の画面を消すエイミ。そしてそのまま踵を返そうとして、しかし背後から声が掛かった。
「っと、エイミ、少しだけ待って貰えるかな?」
「ん……?」
「――多分、もうそろそろの筈だから」
何やら含みのある言葉だった。足を止め、疑問符を浮かべるエイミ。そんな彼女の視線に対し、変わらず穏やかな表情を浮かべる先生。
そんな二人の背後から、コツリと足音が響いた。
「――先生」
「ッ……!」
誰かの呼ぶ声が響いた、覚えの無い声だった。
咄嗟にエイミは先生の肩を掴み、自身の背後へと押し込む。そして持っていたマルチタクティカルを暗闇の中、浮かび上がる輪郭へと突きつけた。誰だ、リオ会長の協力者? まさか待ち伏せされていたのか。あらゆる可能性、思考が巡り、そのまま引き金に指を掛け――しかし引き絞るよりも早く、先生の腕がエイミの手に伸びた。
はっと、エイミは先生を一瞥する。
「エイミ、大丈夫――彼女達は味方だよ」
「味方……?」
先生の言葉に思わず呆然とした声を返し、再度人影へと視線を向ける。人影はエイミに銃口を突きつけられて尚、何の反応も見せてはいなかった。感覚を尖らせれば、気配は一つだけではない――暗闇の中で息を殺していた四人がゆっくりと姿を現す。見事な隠形だった、声を掛けられるまで全く気付けなかったのだから。
エイミが警戒を滲む視線を投げかければ、先頭に立つ一人、彼女が被っていた帽子のつばを微かに上げ、瞳を晒しながら告げる。
「こうして直接顔を合わせるのは、久しぶりだな――先生」
そう云って彼女――錠前サオリは覆われたマスクの内側で、少しだけ笑みを零した。