ブルーアーカイブを、もう一度。   作:トクサン

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誤字脱字報告感謝ですの!
今回約一万七千字ですわ!


いつか誰かの夢見た光

 

「こっちだよ、ヒマリ部長」

「ふふっ、まさかエイミ……あなたが私を助けに来て下さるとは」

 

 吹き飛ばされた隔離部屋内部、周囲に漂う粉塵を手で払いながらヒマリを車椅子ごと引き上げたエイミは、爆破を敢行した部屋より素早く撤退を開始する。隔離室上部の天井に空いた穴、かなり強引な方法ではあったが上手くいったらしい。手持ちの爆薬でもひとり通れるかどうかの穴を空けるのがやっとであったが、こうして救助出来たのならば結果オーライだろう。

 ヒマリの車椅子を背後から押しながら駆ける姿は実に手慣れたもので、暗がりの廊下を二人は素早く駆け抜ける。周囲にはエイミの足音と、車椅子の車輪が回る音、そして遠くから異常を知らせる警告音が微かに響いていた。

 

「一応これはリオへの裏切り行為になると思いますが、大丈夫なんですか?」

「うーん……さぁ?」

 

 穏やかな口調で以て投げかけられた問い掛けに、エイミは何とも云えない曖昧さで答えた。

 

「でも先生が悲しそうだったし、個人的に冷蔵庫のプリン、皆で一緒に食べたかったし――これで良かったんだと思う」

「ふふっ……後輩がどうやって助けに来てくれるのか、想像しながら待つと云うのも中々、存外楽しいものですね」

 

 良いのか? そう問うておきながら、此処に来た時点で返答は決まっているようなもの。ヒマリのそれは最早問う必要もなく、あくまで形式上のものに過ぎなかった。ヒマリは自身の唇に指先を当てながら、クスクスと忍び笑いを零す。

 

「お陰様でリオの面白い表情が見れました、大変満足です」

「部長、悪趣味」

「あら、悪趣味だなんて失礼な、超天才病弱美少女ハッカーの高尚な趣味と訂正して頂けませんか?」

「はいはい」

 

 エイミの言葉に白々しい態度で我を通すヒマリ、それに普段はこの様な感想を零す事など無い。謂わばこれはリオにのみ一貫している彼女自身のスタンスに過ぎないのだ。

 きっとリオは、自身が盗み見られていた事にすら気付かなかったに違いない。自身だけが一方的に監視出来ていたと思っていたかもしれないが、とんでもない。如何に手段を奪われたとしても、この『全知』に掛かればカメラを一機確保する事など、造作もないのだ。高嶺の花は常に手の内を読ませぬもの、底が見えぬからこそ高嶺に在れる――ヒマリ自身の自尊心はより一層強靭に磨かれた。

 

「それにしてもエイミ、良くリオに勘付かれず此処まで来れましたね? もう少し手古摺るか、少々騒がしい方法での救出を予想していましたが……」

 

 ヒマリは自身の膝の上に手を重ねながら、ふと言葉を投げかける。如何に優秀なエイミとは云え、防備の厚さや人手から救出作戦はもう少し強引なものになると考えていたのだが――しかしヒマリの予想以上に手際よく、直前まで気付かれなかった彼女の手腕を称賛する意図を込めてそう口にすれば、エイミは何て事のない口調で以て答えた。

 

「先生の手助けもあったし、割と簡単だったよ? 此処の警戒網とか感知システムの類って大体ドローンかカメラ、レーザーだったし、アナログな方法が無い分内側に入っちゃえば楽だった」

「あら、先生がお手伝いを――」

「うん、それと……見つけ辛かったり、どうしても排除しなくちゃいけないAMASは彼女達が手早く撃破してくれたから」

「彼女達……?」

「――エイミ」

 

 『彼女達』、そうエイミが呼ぶと同時、廊下の向こう側から人影が手を振るのが見えた。

 非常灯のみに照らされた廊下、窓から差し込む僅かな月明かりに輪郭を浮かび上がらせた人影はエイミの名を呼び、愛銃を片手に周囲を警戒しているのだと分かる。

 ヒマリはエイミ以外の生徒の影に驚きを見せ、前方の影に視線を向けたまま問いかけた。

 

「えっと、エイミ……あちらの方は?」

「味方」

「味方って……エイミ、それは聊か大雑把過ぎませんか?」

「んー、部長を助け出すのを手伝ってくれたから、そうとしか表現出来ないって云うか」

 

 何処か云い辛そうに――或いは言葉を選んでいるかのように思案する素振りを見せたエイミ。彼女らしくない所作だと思った、俄然ヒマリの疑念は強まり暗がりの中目を凝らす。すると徐々に人影の纏う恰好が明らかになり、同時にヒマリの目が見開かれた。

 

「あら――あの恰好は」

 

 その恰好に、垣間見える瞳に――彼女は憶えがある。

 当然だ、忘れる筈もない。ドローン越しに何度も目視したし、情報にだって目を通してある。直接の面識がなくとも、ヒマリは彼女達の事を一方的に知悉していた。

 彼女――サオリの直ぐ目の前まで駆けて来たエイミは、ヒマリの車椅子に手を掛けたままマルチタクティカルを握り締める。サオリはエイミの背後に目を向けると、追撃が無い事を確かめつつ告げた。

 

「先程の爆発で現在地を知られた、直ぐに警備ドローンが飛んで来るぞ、なるべく早く此処を離れるべきだ」

「うん、分かってる、逃走ルートは?」

「アツコとミサキが既に確保している筈だ――ヒヨリ」

「だ、大丈夫です、此方側に敵の姿は見えません……!」

 

 廊下の角で息を潜め、背嚢を担いだまま向こう側を警戒するヒヨリに声を掛ければ、彼女は右手を軽く挙げ、緩く振って見せる。現在地は探知されたが、正確な位置までは割り出せていないのだろう。しかし爆破地点からそう遠くない此処は安全とは云い難い、直ぐにでも移動する必要がある。

 その旨をエイミに伝えれば、彼女も賛成の意を示した。

 

「なら今直ぐ移動しよう――彼女が、『救出対象』か?」

「そう」

「……分かった、走りながら話そう、ヒヨリ、殿を頼む」

「りょ、了解しました……!」

 

 車椅子に乗ったヒマリを一瞥し、サオリは幾つかの言葉を呑み込み駆け出す。サオリが先頭に立ち、その背後にヒマリの車椅子を押すエイミ、最後尾にヒヨリという形。ヒマリは前を駆けるサオリの背中を見つめながら、ゆっくりと含む様に言葉を発した。

 

「貴女方は……」

「詮索は無用だ――いや、出来れば見て見ぬふりをして欲しい、都合の良い事だと分かってはいるが」

 

 駆けるサオリは小さく、しかし懇願する様な色と共に告げた。暗闇の中で瞬く空色の瞳が、靡く彼女の長髪の向こう側に垣間見える。ヒマリとエイミの背後を駆けるヒヨリも、何処か緊張した色を滲ませていた、それが空気を通して肌に伝わって来るようだった。ヒマリは沈黙を守り、代わりにサオリが言葉を続けた。

 

「此方から身分を明言するつもりはない、私達は先生の指示でこの場所に立っている、それ以上でも以下でもないんだ」

「――成程、そういう事でしたか、確かに表立って動かせる方々ではありませんからね」

 

 彼女達の正体を知るヒマリからすれば、『そういう事』にしておくべきだと判断するだけの材料が既に揃っていた。良くも悪くも、彼女達の存在は様々な生徒に反応を呼び込むだろう。それがポジティブなものであれ、ネガティブなものであれ、少なくとも彼の事件から然程時間が経過していない今は――表向き、彼女達は『顔のない協力者』という立ち位置に置くべきだと断言出来た。何せヒマリの目算では、後者の反応が圧倒的多数を占めると確信していたが故に、彼女はそれを実体験として知っている。

 ヒマリはサオリの言葉に怒りを見せる訳でも、落胆を滲ませる訳でもなく、ただ粛々と受け止めるだけに留めていた。

 

「……すまない」

 

 溜息交じりに呟かれるヒマリのそれに、サオリは思わず帽子のつばを下げ呟く。言葉には複雑な感情が伴っていた。それは彼女にとって様々な意味を持つ謝罪だった。或いは彼女の内面に蓄積していた堪え切れない罪悪感が出口を求めたが故に、ぽろりと出てしまった言葉だったのだろう。

 唐突に呟かれた声に、ヒマリは目を瞬かせながら、敢えて軽い口調で問いかけた。

 

「あら、何故謝るのですか? 何か私に、謝罪をしなければならない様な事でも?」

「いや……」

 

 不意に口をついた謝罪、その所在を問われたサオリは歯切れ悪く言葉を濁らせる。一言で云い表せるものでもない、彼女の抱える罪悪はあらゆる方面に伸び、深く根付いている。発端を辿ればエデン条約前の工作に始まり、調印式に於ける蛮行、そこから先生の負傷に加え、それに纏わる様々な不利益をキヴォトスに振り撒いて来た。感情的な面でも、物理的な面でも、スクワッドにはあらゆる生徒に対する負い目がある。それはトリニティ、ゲヘナなどに限った話ではない――学園の垣根を超えた怒りと憎しみ、それを彼女は身に染みて理解している。

 銃を握り締める彼女の指先が、微かに震えている事にヒマリは気付いていた。

 

「その、様々な事を含めて、私達はお前達に――」

「今、私とエイミの前にいるのは、先生の指示を受けて動く、シャーレ指揮下の生徒、それ以上でも以下でもない」

 

 恐る恐る口を開いたサオリに、ヒマリは被せるようにして声を上げた。彼女らしからぬ、少しだけ語気を強めた口調。ピンと立てた一本の指が、月明かりに照らされた廊下の中で揺れる。

 車椅子に身を預けたまま薄らと笑みを浮かべた彼女は、努めて穏やかな様子で言葉を続けた。

 

「先程、自分自身でそう仰ったではありませんか」

「――……そう、だったな」

 

 ありがとう。

 前を向き、呟かれた言葉。それは本当に小さな声でのみ呟かれた。ヒマリはそれに反応を見せる事無く、ただ静かに目を瞑る事で答えとする。

 

「リーダー」

「サッちゃん、こっち」

 

 駆けていた彼女達は、暗がりの中で待機するアツコとミサキを目視する。其処はエレベーターホールから離れた位置にある非常階段の出入り口であり、二人は周辺の安全を確保し四人の合流を待っていた。

 屋外へと退避する経路はビルであれば限られている、エレベーターの類は閉じ込められた場合簡単に無力化されてしまうので論外、ならば階段か窓を使用したラペリング降下か。しかし後者は救出対象の身体的状態を理由に危険が大きいと判断、非常階段を使用した脱出経路を一行は選択していた。足を緩めたサオリはミサキと顔を合わせ、手早く言葉を交わす。

 

「待たせた、敵影は?」

「今の所大丈夫、でもエレベーターホール方面に幾つか反応があった、経路は限られているしモタモタしていると見つかる」

「分かった、このまま下に降りて屋外に脱出する――誰か彼女に手を」

「問題ありませんよ、『この子』は優秀なので」

 

 サオリがヒマリに手を貸そうとして、しかし彼女はそれを断った。

 彼女が車椅子に備え付けられているコンソールを操作すれば、沈黙していた両輪が息を吹き返し、彼方此方のランプが点灯する。そのまま彼女は何て事のない様子で踊り場までスムーズに移動し、スルスルと階段を降りて行った。どうやら車椅子の機能に階段を上り下りするものがあるらしい、一体どういう原理かまるで分からないが、駆動する車輪が階段に吸い付くようにして動いていた。

 その様子を見ていたスクワッドの面々は驚き半分、困惑半分と云った様子で、エイミは慣れた様に肩を竦め手早く階段を下っていく。スクワッドもその後に続き、エイミはヒマリの前に出て先陣を切りながら背後の彼女へと問いかけた。

 

「……部長、電力が残っているなら先に云ってよ」

「万が一に備えて節電は大切ですよ、エイミ? まぁそうでなくとも、数日程度は連続稼働出来る容量がありますけれど、ふふっ、どんな状況でも見越して対策出来るのは超天才清楚系美少女にして全知の称号を持つこの私くらいなものでしょう……!」

「はぁ、まぁ何でも良いけれど……それで、これからどうするの?」

「どうする、とは?」

 

 ふと振り返り、問いかけられたそれにヒマリは小首を傾げる。マルチタクティカルを脇に挟んだままヒマリに視線を寄越したエイミは、非常灯に照らされた顔を晒し淡々とした様子で言葉を続けた。

 

「このままじゃ多分負け戦になるよ? 今から私達が加勢しても互角に持ち込めるか――いや、ちょっと厳しいかも」

 

 ヒマリの救出には成功したが、状況を考えれば決して良好とは云えない。リオ会長の持つ手札はどれも強力で、それに真正面から挑むとなると聊か戦力が不足している様に思う。

 これは先生やヒマリ部長、そして自身とスクワッドが加わっても同様であるとエイミは考えており――特に彼女が懸念しているのは、現在トキが身に着けている武装、その奥にある『切り札』についてだった。

 詳しい情報までは入手していないが、あの会長が『この程度』で破綻する計画を立てていたとは少し考えられない。何かある筈だと云う、歪な信頼にも似た想いが彼女の中にある。

 しかしエイミの懸念に対しヒマリは、「何だ、そんな事か」と云わんばかりに肩を竦め云った。

 

「それなら心配無用ですよ、エイミ」

「ん? もしかして何か作戦でもあるの?」

「えぇ、こうして彼女達が此処に居るという事は先生が動いて下さったという事でもあり、既に事は済んでいるでしょう」

「……?」

 

 何処か要領を得ない解答、作戦があると云う事だが――それは既に動いているという。そんな様子は今まで見受けられなかったが、そんな想いを吐露するようにエイミが疑問符を浮かべながら首を傾げれば、それが可笑しかったのかヒマリは笑みを零し、それから自信に満ち溢れた様子で己の胸元を叩きながら告げた。

 

「ふふっ、分かりませんか? エイミと皆さんがこうやって私を助けに来て下さったように――」

 

 そうとも、ヒマリは思う。

 エイミがこうやって自分を助けに来てくれた様に、形は違えど異なる学園の生徒が、先生の手助けによってこの場に現れた様に。

 有形無形の想いが、繋がりが、自分達には存在している。

 何処かの誰かさん(ミレニアムの生徒会長)とは違って――何て、言葉にはしないけれど。それでもこれはヒマリ(自身)の持つ長所であり、大切にすべき宝物であると信じているから。

 

 だからこそヒマリは満面の笑みを浮かべ、いつも通り自信と自尊心に満ちた口調で以て断言するのだ。

 

「――()()には頼れる後輩(仲間)が、たーくさんいるんですから!」

 

 ■

 

「このPCは駄目、あっちも……マキ、そっちは!?」

「こ、こっちも駄目、エラーコードが返って来ちゃう……! こ、これどうすれば良いの、ハレ先輩!? 回線が完全に駄目になっちゃっているよ!?」

「……ネットワークは完全に沈黙してしまいました、これでは手の打ちようがありません」

「っく……!」

 

 ヴェリタス部室内、デスクにずらりと並んだモニタすべてに表示されるエラーコード、アクセス権限無しの表記。操作していた全ての端末、PCがネットワークから弾かれ、マキとコタマが悲鳴染みた声を漏らし、ハレが強く唇を噛む。何とか現状を打開しようと手を尽くすが、この場所からは通信が出来ず、アクセスは全て弾かれる。

 険しい表情のままモニタを睨み付けたハレは、椅子を蹴り飛ばす勢いで立ち上がると振り返り、マキに向かって叫んだ。

 

「マキ、予備のノートPCは!?」

「えっ!? えっと、確かこっちに――あ、あった!」

「サーバー室に走るよ!」

「っ、了解……!」

 

 サーバー室。

 その単語を耳にした瞬間、マキとコタマの二人は頷きを返しヴェリタスのサブルームを飛び出す。ハレはアテネを連れ、コタマは辛うじて無事だった携帯端末、マキは云われた通り予備のノートPCを小脇に部室棟の廊下を走る。

 ヴェリタスの管理するサーバールームはメインルームよりも更に奥、最も人の出入りが少ない奥まった場所に設置されている。自動点灯する廊下の明かりを横目に、サーバー室の扉に飛びついたマキは、そのまま傍に備え付けられている指紋認証装置へと自身の指先を押し付ける。

 ゆっくりと奔る光、読み取っている時間すら彼女には長く感じられた。

 

「はやくっ、はやくッ……!」

『――認証完了、窒素ガス噴射装置を自動から手動に切り替えます』

「開いたっ!」

 

 ゆっくりと開いて行くサーバー室の扉、途端に吹き込む冷風、空調やファンの稼働音が響き渡り、騒音が部屋中に響いていた。床はフリーアクセスフロアとなっており、幾つかの配線が見え隠れしている。ずらりと並んだサーバーラック、背後には繋がれた無数のケーブル、中へと踏み込んだ三人は出入り口付近に飾られた神棚――ヒマリ部長が設置したもの、サーバーの調子を占ったりするらしい――を横目に軽く身を震わせる。仕方ないとは云え、この季節にサーバー室の冷房は酷く堪えた。

 しかし、今はそれにどうこう云っている場合ではない。ノートPCを抱えたまま周囲を見渡したマキは、焦りの滲んだ声で問いかける。

 

「ネットワーク管理サーバーって、どれだっけ!?」

「こっちです、マキ! ケーブルを――っ!」

「コタマ先輩、これを使って!」

 

 滅多にサーバー室へと出入りせず、保守点検も担当していないマキにとって、どれが何なのか全く把握出来ていない。代わりにコタマがネットワーク管理サーバーへと駆け出し、その裏面へと屈み込めば、ハレが傍のラックに収納されていたケーブルをコタマへと投げ渡した。

 

「ありがとうございます……! マキ、PCをッ!」

「う、うん!」

 

 感謝を告げながら受け取ったソレをネットワーク管理サーバーへと差し込む、そしてもう一方の接続口をマキへと投げ渡し、マキはノートPCへとケーブルを接続、その場で胡坐を掻き膝の上にPCを乗せた。そのままキーボードを叩き、レスポンスを待つ。

 

「お願いっ……!」

 

 一縷の望みを賭けた祈り、両手を合わせモニタに向かって拝み込む。ややあって表示された予測復旧時間に、マキはその表情を一気に蒼褪めさせた。

 

「っ、駄目だ、解析に必要なスペックが全然――これじゃアクセス権限を取り返すのに、何時間も掛かっちゃうよ!」

「っ……!」

 

 マキの膝上にあるノートPCを覗き込んだコタマとハレ、二人もマキと同じように表示された数字を見て思わず顔を顰める。彼女の持ち込んだ予備のPC、それは決して性能的に悪い品ではない。腐ってもヴェリタス、その予備として常備している端末である。キヴォトス全体から見れば一級品と称して問題ないスペックを誇っており――しかし、彼女達が普段使いするソレと比較すれば聊かランクが落ちるのも事実であった。ましてやあの、ビッグシスターが用いる代物と比較すればどうか? 考えるまでもなかった。

 マキはPCの縁を掴んだまま焦燥に塗れた表情で俯き、コタマも険しい表情のまま思案する素振りを見せる。

 

「か、考えなきゃ、まだ皆戦っているのに、どうすれば――……!」

「このまま此方の支援が完全に途切れてしまえば、最悪実働部隊全滅の可能性も――」

「チッ……!」

 

 不意に、舌打ちが零れた。

 それはハレのものだ、彼女らしくない怒りに満ちた表情。しかしそれは他者に向けられたものではない、自身の見通しの甘さに対して沸き上がったものだった。コタマが顔を上げ、ハレへと視線を向ける。

 

「……ハレ」

「相手の対応を舐めていた……!」

 

 顔を歪め、組んだ両腕を指先で叩くハレは重く、響く声で以て呟く。挑む相手はあのビッグシスターだと云うのに、自分達ならば問題ないと能力を過信していた。今はメインルームだって使用できず、機材だって完全に取り戻せた訳じゃないのに。

 

「最初からどんなルートで行くにせよ、ジャミング対策は完璧にするべきだったんだ、そうじゃなくても大掛かりな中継器じゃなくて良いから、私のアテナか外周にドローンを飛ばしていれば、リレーして別の方法だって……!」

「――ハレ、落ち着いて下さい」

 

 自身の爪を噛み、徐々に荒くなっていく語気――それに対しコタマは彼女の肩を叩くと、強引に自身の方へと顔を向けさせる。ハッと目を見開いたハレの視界に映る先輩、その表情は真剣で、何処までも冷静に見えた。

 

「今は悔やんでも仕方ありません、私達が取り乱しても事態は好転しない――具体的な対策を練りましょう」

「っ、ごめん、コタマ先輩……」

 

 真摯に投げかけられた言葉、怒りに呑まれかけていたハレは自身の額を軽く叩き、大きく息を吐き出す。感情に呑まれてはいけない、後方で支援に徹する自分達が状況を見れなくなれば終わりだ。そう自身に云い聞かせ、思考を一度冷却する。

 

「で、でも、どうするの? ネットワークを潰された以上、電子上で私達に出来る事は限られちゃっているし……」

「えぇ、こうなると再度ネットワークに接続する為に、暗号化されたシステムを無理矢理突破するしかない訳ですが……」

「この予備PCだと突破にどれだけ時間が掛かるか分からない、一日、いや数日で済めば良い方だね」

 

 全員の視線がマキの膝上に注がれ、そのモニタを注視する。表示される数字は常に変動し、安定しない、そもそものスペックが不足しているのだ。今からでもミレニアム中を走り回り高スペックPCを探し回るのも手ではあるが――。

 

「えっと、なら今から私達がエリドゥに直接乗り込むっていうのは……!」

 

 僅かに腰を浮かせたマキが、ふとその様な事を口走る。それは咄嗟に出た提案なのだろうが、コタマもハレも彼女の提案に緩く首を振った。

 

「それで物理的にアクセスするって話? それとも戦力として手助けするって話? 前者ならその間の護衛の問題がある、全員が端末と睨めっこしながらタイプしている間、会長が放置してくれるとは思えない、後者ならそもそも私達は戦力として力不足だよ、悔しいけれどね」

「それにエリドゥへと繋がる路線は見つけたとは云え、次の運搬列車がいつ来るか、そもそも今から出立したとしても到着は何時間後になるか――恐らく到着した頃には、既に戦闘は終了しています」

「あ、そ、そっか、そうだよね……」

 

 咄嗟に出た言葉であったが、良く考えずとも現実的ではないソレにマキは思わず意気消沈する。マキは一年生、ハレは二年生、そしてコタマは三年生――最上級生である自身が何とかしなければならない、そんな想いに背を押されコタマは思考を巡らせるが、どうにも打開出来るビジョンが見えない。

 幾つもの案が脳裏に過っては消えて行く、時間的な制約、技術的な制約、予算的な制約、立地的な制約――浮かんでは消えて行くそれに、コタマは静かに目を伏せる。

 

「悔しいですが、打開できる策がありません……現状ですと打つ手なし、私達だけでは此処までなのでしょうか?」

「そ、そんなの嫌だよ! アリスちゃんの事、諦めるなんて絶対に――ッ!」

 

 思わず漏れた弱音、コタマのそれに食って掛かったマキの声がサーバー室に響く。ハレは何度も指先を開閉させ、現状を打破し得る何か――切っ掛けを必死に考え続けた。

 

「何か、何でも良い、方法は――……?」

 

 懸命に思案するハレの視界、そこにふと過るウィンドウ。それはマキの持ち込んだ予備PCのモニタから。操作していない筈の彼女のPCが独りでに動き始めていた。

 

「……ちょっと待って、マキ、コタマ先輩」

 

 焦燥に駆られる二人に声を掛け、ゆっくりとモニタを覗き込む。二人も何やら異変に気付き、ハレへと瞳を向けた。ハレは指先をPCのモニタへと向け、現在進行形で起こっている変化を伝える。

 

「マキのPC、モニターにコマンドが……」

「えっ」

「まさか、これもクラックされたの!?」

「いや、これは――」

 

 まさか此方にもリオ会長の手が伸びたのかとマキは身を竦めるが、どうにもそういう様子では無い。モニタに走る文字列、コマンドプロンプトに表示される――白い羅列。

 その中に彼女達は、見覚えのある単語を見つけ出す。

 

『Optimus Mirror System』

「……!」

 

 外部からの遠隔操作、そして表示されるそのコマンドに――彼女達は息を呑む。

 何故なら、このコマンドが意味するところは。

 

『――(OMS)、起動』

 

 ■

 

「うわぁっ! また来たぁ!」

「こ、コトリ……!」

「えっと、ガジェット、ガジェット――ッ!?」

 

 アヴァンギャルド君と交戦を続けるゲーム開発部、エンジニア部一行――裏路地の危機を脱し、広い街道で再び追撃を躱し続ける彼女達は、全身に冷汗とも脂汗とも取れるそれを滲ませながら必死に駆け続けていた。

 この様な逃走劇を続けて一体どれ程になるだろう? 一時間近く続けた様な気もするし、五分程度しか経過していない気もする――極限状態の中で、時間の間隔は疾うの昔に狂いに狂っていた。

 此方側の攻撃は一切通らず、向こうの火力は圧倒的。僅かな望みを賭けて残弾払底を狙っているものの、一向に攻撃が止む様子はなく――背後から迫る走行音に混じり、再び聞こえて来る空転音。またガトリング砲が火を噴くとヒビキが隣を駆けるコトリに叫べば、彼女は攻撃を防ぐ為に懐に手を入れガジェットを取り出そうとする。

 

「えっ、あ、あれ……?」

 

 しかし、幾ら探れど出てくるのはエンプティ状態のガジェットばかりで、未使用のものは一つたりとも残ってはいなかった。その事実に気付き、コトリは思わず涙交じりに叫ぶ。

 

「さ、さっきので防壁(ガジェット)は最後でしたぁッ!?」

「嘘ぉッ!?」

 

 コトリの声に、前を駆けていたモモイが愕然とした表情で振り返る。全員の顔色が一変し、背後から迫る音はどんどん大きくなっていた。最後尾を駆けていたウタハが突き出されるガトリング砲に苦笑を浮かべる。

 次の攻撃を防ぐ手立ては――無い。

 

「っ、正に窮地だね――ッ!」

 

 だが、ウタハの瞳に諦観の色はなかった。それを理由に諦める事はしない。仮に倒れるとしても、その時は前のめりに倒れよう――そんな想いが彼女の中にはある。

 いざとなれば諸共、そう考え足を止めたウタハの視界に、しかし弾丸の雨が降り注ぐ事はなかった。

 

「ん……!?」

 

 空転していたガトリング砲が徐々に停止し、走行していたアバンギャルド君の動きが不自然に硬直、まるで出来の悪いマリオネットの如く色褪せて行く。高い唸り声に似た稼働音は徐々に形を潜め、低音へと偏差していた。

 

「……あ、あれ?」

 

 頭を抱え、攻撃に備えていたゲーム開発部も異変に気付き、全員が駆ける足を徐々に緩めて行く。そうしてウタハと同じように足を止めて振り返れば、アバンギャルド君も同じように速度を落とし、軈て突き出していた火器や盾を下げ、頭部だけが痙攣する様に振動し、その挙動の一切を停止した。

 

「アバンギャルド君の動きが……」

「な、何か急に、ぎこちなくなった、様な?」

「ぎこちなくって云うか、完全に停止しちゃいましたね……?」

「これは一体――」

 

 全員が疑念と共に声を発せば、不意に装着していたインカム、ポケットに突っ込んでいた携帯端末から声が響く。

 

『ふぅ……まぁ、何とか間に合ったかな』

 

 それはリオ会長のモノではない、しかし全員聞き覚えのある声だった。慌てて端末を取り出せば、いつの間にか通信が繋がっており、画面の向こう側に佇むチヒロの姿が見えた。

 彼女は端末に備え付けられたインカメラに向かって微笑むと、緩く手を振る。

 

『んっ、皆、無事?』

「ち、チヒロ先輩!?」

 

 端末を握り締め驚愕の声を上げるゲーム開発部。エンジニア部の三人もまた、通信の向こう側より聞こえて来た彼女の声に驚きの感情を見せる。同時にヴェリタスとの通信も回復し、先程まで全く聞こえてこなかった彼女達三人の声が耳を打った。

 

『つ、通信回復、アクセスが通った! うわぁ~ん! チヒロ先輩ぃ~!』

『流石です、待っていました副部長……!』

『凄い、あの状況から此処まで持ち直す何て……でもチヒロ先輩、あんな状況から一体どうやって?』

 

 サーバー室に固まったまま、マキの予備PCを覗き込む三人はこの状況を打開した副部長、チヒロに賞賛と驚愕の声を漏らす。チヒロは現在進行形でエリドゥの防衛システムと格闘しているのか、その両手は忙しなくコンソールを叩いている様だった。

 

「そうですよね! だって、エリドゥの通信網は……!」

「確か、リオ会長が掌握しているんじゃなかった?」

『うん、そうだよ、でもこういう時の為にヒマリが秘密兵器を用意していてくれたみたいでね』

「ひ、秘密兵器――?」

「何やら、魅かれる響きだね」

 

 その浪漫溢れる響きにウタハは薄らとした笑みを浮かべる。ワードチョイスが実にエンジニア部好みで、大変心躍る様子だった。しかし、当の秘密兵器とやらに彼女達は思い当たるモノがなく、ゲーム開発部も然り。しかしややって、ミドリが不意に思い出したかのように手を叩き、モモイの肩を揺さぶった。

 

「それって……あ、お姉ちゃん! ユズちゃん! アレだよ、アレ!」

「えっ、アレって何……?」

「あ、アレ……?」

「前にG.Bibleを解析しようとした時に見つけた奴!」

 

 モモイとユズは一瞬何の事か分からず疑問符を浮かべるが、少し思案した後、思い当たる代物があったのか手を叩き納得の色を見せた。ユズとモモイが顔を見合わせ、互いを指差しながら叫ぶ。

 

「――鏡!?」

『御明察、鏡を使ってエリドゥのネットワークをクラックしたの、序に通信も繋ぎ直した』

「えっ、あれ、でも鏡って確か、まだセミナーの差押品保管所にあるんじゃ……?」

『そう、だから――』

 

 そこまで口にして、不意に通信の向こう側から銃声が響き渡った。序にチヒロの背後からマズルフラッシュが瞬き、空薬莢の落ちる音が木霊する。それを横目に微動だにせずキーを叩くチヒロは苦笑を浮かべ、呟く。

 

『……絶賛戦闘中、前線に立っているのは私じゃないけれどね』

『皆さん、御無事で何よりです』

「スミレ先輩!?」

 

 インカメラを覗き込む様にして現れる影、愛銃であるミレニアム製最新型ダンベル――と云う名前のショットガンを掲げたスミレが、画面の向こう側に見える面々に手を振って見せる。どうやら彼女達は部屋の一室に籠城し、こうして通信を繋げている様だった。ウタハはスミレの姿を見て、納得した様子で頷きを返す。

 

「そうか、トレーニング部が協力を……」

『そういう事、警備ドローン――多分リオ会長の息が掛かった部隊だろうけれど、兎に角交戦しながらサポートするよ、どれだけ耐えられるかは正直未知数……やるだけやってみる、って奴だね』

『持久戦なら望む所です、任せて下さい、私の銃は一際頑丈ですから、最悪近接武器としても使えます、弾が尽きても安心です!』

「た、頼もしい……」

「流石、常日頃鍛えている方は違いますね……!」

 

 ふんすと鼻を鳴らして親指を立てるスミレに、ユズとコトリが思わず声を漏らす。「では、私は防衛に専念しますので!」と告げ颯爽と去っていくスミレを見送り、チヒロは軽く息を吐き出した。

 スミレの事は信頼も信用もしているが、それはそれとしてチヒロは明確な撤退ラインを引いていた。可愛い後輩の為に尽力はするが、かと云って延々と戦い続けられる訳ではない。恐らく一時間も耐えられたのならば良い方だと、彼女はそう判断する。チヒロは万が一スミレの持ち込んだ弾薬が尽きた場合、自身が殿を務め撤退する事を決めていた。横合いに転がしたバックドア(愛銃)を一瞥し、チヒロは再度モニタに注視する。

 

「あっ、あれ、アバンギャルド君が、また……!」

「ちょ、ちょっと動いたかも……!?」

 

 微かに、その腕に握られた銃器が持ち上がった気がした。その事に目敏く気付いたユズが声を上げれば、モモイもまた同調する。チヒロは表情を僅かに顰め、キーを打つ手を早める。

 

『鏡を使った状態でファイアウォールが反応している……パスが切れる前に先手を打つ必要があるね』

 

 流石はリオ会長と云うべきか、彼女の切り札というのは嘘でも何でもなく、内部のセキュリティもかなり強固な造りとなっている。ヒマリの用意した鏡を用いてコレならば、通常の端末では手も足も出なかっただろう。チヒロは視線でモニタのウィンドウを操作すると、小分けにしたウィンドウの向こう側に佇むヴェリタス(仲間達)に語り掛けた。

 

『こういう時こそ、ヴェリスタス――私達の出番でしょ? サブルームの復旧は終わった?』

 

 口元を緩めながら問いかければ即座に映る仲間達の姿。サーバー室からヴェリタス・サブルームへと移った彼女達は復旧した自分達の端末を操作し、再び通信を開いた。その向こう側に、不敵な笑みを浮かべた三人が大きく表示される。

 

『バッチリ準備完了、任せてよ副部長』

『私達のリソースを全部使い切ったとしても! ネットワークは維持してみせるよ!』

『副部長が集中出来る様、可能な限りこの状態を保ちます』

 

 ハレ、マキ、コタマの順で帰って来る声。息を吹き返したヴェリタスが一斉にコンソールを操作し、現在のネットワーク維持の為に動き始める。チヒロは目に見えて楽になった処理に安堵の息を吐き、額に滲んでいた汗を指先で拭った。

 

『うん、そっちは任せた――代わりに此処からは私が皆を支援する、手始めの目の前の……妙な機体を撃退しないとだけれど』

 

 モニタに映る機体――アバンギャルド君を見て明らかに言葉を濁らせるチヒロ。かなり奇抜な見た目だが、内部を覗き見た彼女からすれば実力が抜きん出ている事は理解している。故に油断も慢心もなく、しかし彼女は全幅の信頼を以て告げた。

 

『そんなに難しい事じゃないでしょう――ねぇ』

 

 チヒロの視線が横合いのウィンドウへと飛ぶ。それはゲーム開発部でもエンジニア部でもない、第三者に向けられた問い掛け。その中でゆっくりと歩みを進める人影は、手にしていたタブレットを胸元に押し付け、力強い一歩を踏み出した。

 暗がりの街道、等間隔で設置された街灯に照らされた影が伸びる。

 

『――先生?』

「――あぁ、私に任せて」

 

 チヒロの声に応え、姿を現す大人。

 背後から聞こえた、余りにも覚えのある声に全員が一斉に振り向く。そして視界に飛び込んで来た彼の姿に、一瞬息を呑み、絶句した。

 

「せっ……!?」

「先生っ!?」

 

 まさか、という想いがあった。

 彼が此処に居る筈がないという感情、戸惑い、しかし実際問題として先生はシャーレの外套を着込み、普段通りの様子でこの場に立っていた。いつも通り穏やかな、薄らとした笑みを貼りつけたまま足を進める先生。全員が言葉を失い硬直する中、軽い足取りで進む先生はアバンギャルド君を見上げ感嘆の息を吐く。

 改めて目にした彼女の作品は、何とも云えない愛嬌がある様な、無い様な――実に評価が難しいラインに立っていた。名前の通り、前衛芸術の性質があると云えるだろう。

 

「なっ、なんで、先生、ど、どうやって此処に――!?」

「っていうか怪我は!? ま、まだ動いちゃ駄目なんじゃ……!」

「大丈夫、動けるくらいには回復したよ」

 

 先生の元へと駆け出し、あわあわと触れるか触れまいか、絶妙な距離で腕を伸ばしたり、引っ込めたりを繰り返すモモイとミドリ。周囲をぐるぐると回りながら忙しない、そんな二人に苦笑を浮かべながら言葉を返す先生は、そのまま背を曲げ二人に視線を合わせながら告げる。

 

「此処に来るまでにも色んな生徒が手を貸してくれたんだ、正直に云えば少し無理もした――けれど今は、何よりも大切なものがある筈だ」

 

 そう云って二人の頭に手を伸ばし、そっと撫でつける。グローブに覆われた先生の指先は少し硬くて、冷たい。けれど優しさの伝わる触れ方だった、先生の腕だ――それが分かる。

 暗闇の中でも先生の瞳は輝いていて、二人の視線を真っ直ぐ見返していた。それこそ、自身の負傷、その痛みを感じさせない程に。

 

「アリスを助けないといけない……そうだよね?」

「ッ――!」

 

 屈んだまま破顔する先生は、そう云って視線を中央タワーへと向けた。中央タワーで未だ囚われているであろう彼女、それを想い表情を切り替える。ミドリとモモイ、ユズ、ウタハ、ヒビキ、コトリ、全員に視線を向けながら一歩、二歩と前へと進む先生。その垣間見える首筋や頬には隠しきれない傷が残っていた、けれどそれ以上に活力(前に進む意思)があった。

 物事には優先順位がある――先生にとってアリスが、此処に集う皆がどれ程重要か、それは語るまでも無い。

 

「アリスはミレニアムの生徒で、ゲーム開発部の一員で、皆の良き友人(隣人)で――私の生徒でもある」

 

 声は力強く、薄暗い街道にも良く響く。手にしたタブレットの青白い光が先生を照らし、瞳の煌めきは途切れる事が無い。

 このまま物語を終わらせはしない、彼女達の結末はこんな所で訪れない、そんな確信を持って先生は背後を振り向き、ゲーム開発部に、エンジニア部に問い掛けた。

 

「皆――まだ行けるかい?」

 

 真剣な瞳と共に投げかけられた問い、その言葉に対する返答は決まっていた。先生自身も、それが分かった上で投げかけている様に思えた。

 此方に向けられた瞳が、煌々と輝く光が語り掛けて来るような気さえした――そんなものではないだろう、まだいけるだろう、そんな風に見えない力が、声が、彼女達の背中を強く押すのだ。

 まるで自分だけれど自分ではない、見えない誰かに後押しされるように。

 

「とッ――……」

 

 愛銃を咄嗟に握り締め、息を吸い込んだ。踏み締めた地面が確固たる感触を持ち、背中に一本の芯が突き入れられたかのような感覚があった。血が通うとはこういう事か、疲労に草臥れていた身体が一気に熱を帯び、全員が顔を上げ、先生に向けて声を張り上げた。

 

当然ッ(当然ですッ)!」

 

 声は力強く、エリドゥに響いた。

 そう、だって――その為に自分達は、此処に居るのだ。

 

『先生、機体が制御権を取り戻した……! こっちで多少妨害は出来るけれど、気を付けて!』

「――ありがとうチヒロ、十分だよ」

 

 端末からチヒロの声が響き、完全に機能を停止していたアバンギャルド君が再起動を果たす。重低音を搔き鳴らし、徐々に息を吹き返す巨躯を見上げながら、しかし先生は何処までも冷静な様子で声を張る。

 

「さて、それじゃあ反撃開始と行こう――戦術指揮を執る、アロナ」

『はい、先生……! 個別パターン承認、回路形成、先生から生徒へ、相互パス構築――完了! 情報転送開始しますッ!』

 

 先生がタブレットを操作した瞬間、青白い光が周囲に満ち、円形に弾ける。同時にゲーム開発部、エンジニア部全員のヘイローが瞬き、微かな頭痛と痺れが走った。しかしそれも一瞬の事、痛みが過ぎれば視界に映るあらゆる情報、全員と繋がっている様な一体感が全身を駆け巡る。

 ウタハ達は自身の手を見下ろし、開閉させながら笑みを浮かべた。

 

「ふふっ、この感覚、久々だね」

「……うん、悪くない」

「ガジェットは無くなってしまいましたが、弾薬は十分にあります!」

 

 エンジニア部として発明品を提供する事はあっても、彼女達自身が鉄火場に立つ事など滅多にない。故に先生の戦闘支援を受ける事は非常に稀で、その奇妙でもあり、暖かくもある感覚は新鮮に感じた。

 

「せ、先生と一緒なら、きっと……!」

「今度こそ、皆で戦えば勝てるよ――!」

「うん、先生……!」

 

 ユズ、ミドリ、モモイ――各々の色を込め見上げる先、先生は彼女達の想いを受け取ると深く頷き、挑む様にアバンギャルド君を見上げる。

 

「アリスを助ける為に――始めよう、皆」

 

 先生の傍へと駆け寄った生徒達、彼女達の前に聳え立つアバンギャルド君。その奇妙な顔面が先生達を見下ろし、カメラが妖しく煌めいた。

 だが最早そこに逃げ惑う彼女達の姿はなく、仲間に助けられ、大人の助力を経て、勝機を見出した生徒達(子ども達)の姿だけがある。

 

 勝負はまだ、これからだ。

 先生はシッテムの箱を握り締め、大きく手を突き出し、宣言した。

 

「行こう――交戦開始だ!」

「了解ッ!」

 


 

 皆さん追加された新章ご覧になりました? アビドス新章良かった……とても良かった。

 フルアーマー・ホシノめっちゃすこ、ボディアーマーでガッチガチに固めたあの武骨さが、過去の彼女の執念や犠牲にした様々な要素を物語っている様で素晴らしかですわよ。

 写真撮るシーンも好き、ユメ先輩からホシノへ受け継がれる意思、アビドス編の終わりにも皆で写真撮っていたのかな。撮っていた事にしよう!

 そしてまさか一年生がアビドス生徒会長になるとは、よもやよもや、続きが気になって仕方ねぇんですわよ。

 梔子ユメ先輩の花言葉は「私は幸せ者」「喜びを運ぶ」、ある意味彼女にぴったりですわね。

 

 気になる要素も盛沢山。

 鉄拳政治のシェマタだとか、全盛期のアビドス生徒会長七十人だとか、ゲヘナの雷帝だとか、その技術云々だとか、アビドスの垣根を超えて繋がっている感ビンビンですわね。やっぱりアビドスは昔から脳筋一派だった……? ミネ団長とかミカと意気投合しそう(偏見)

 あと最初の爆撃で先生吹き飛ぶ代わりに、プラナが意識を失ったみたいですがもしかしてアロナバリアって攻撃された場合の負荷が彼女達にも何らかの影響及ぼしたりします? 最終編でアロナが先生助けようとして苦しむ描写もありましたし、先生の生命維持に関してアロナが苦心するとか……夢が広がりますわねぇ~!

 

 後、新ワードの奇跡を起こす聖櫃(ARK)、ジェリコの城壁さえ崩した兵器というもの凄い一句。シッテムの箱って兵器だったんだ……って普段先生の使い方が余りにも平和的というか、温厚だったから「もしかしたら、やろうと思えば攻撃にも転用できるのか?」という疑念が湧いてきましたわ。まぁちょっと、先生がその様な用途で扱うかどうかと云えば限りなく否に近いのですけれど。ただ、出来ると出来ないでは大きな違いがありましてよ。考察のし甲斐がありますわね!

 

 新章良いですわね~、書きてぇですわね~……。

 カルバノグ二章もそうですし、百花繚乱編もそう、今回の対策委員会過去編も特に、意欲が奥底からドンドン湧いてきますわ。

 最初はエデン条約後編で完結させるつもりでしたのに、そこからパヴァーヌ二章が実装され、カルバノグ編が実装され、最終編が実装され、とんとん拍子に完結が遠のくジレンマ。

 新章は未来の私に任せましょう。きっとなる様になる、ですわ~!

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