ブルーアーカイブを、もう一度。   作:トクサン

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誤字脱字報告に感謝ですわ!
今回約一万三千字ですの!


忍び寄る破滅の音

 

「さて、コレを使った戦闘なんて本当に久方振りだが……っ!」

「ウタハ先輩、着弾三秒前!」

「了解だよッ!」

 

 降り注ぐ弾幕の中、白い上着を靡かせ駆けるウタハは手元の愛銃、マイスター・ゼロの銃口をアバンギャルド君へと向けながら駆ける。小型で比較的軽量、しかし頑丈で工具の代わりにもなるソレを本当の意味で使用する機会は中々ない。

 しかしマイスターたるもの自身の銃をメンテナンスしていない筈もなく、手入れは十全。引き金を絞れば乾いた銃声と共に閃光が網膜を焼き、アバンギャルド君の装甲を弾丸が強かに叩く。その殆どは構えた盾に防がれてしまうが、それで良い。

 

「二、一、着弾――今!」

 

 後方で迫撃砲――ファンシーライトを構えたヒビキが叫び、直後に上空から三発の砲弾が順次降り注ぐ。ウタハ直前に後退し、爆発範囲から素早く逃れた。視界には爆発範囲と余波の危険域がくっきりと表示されている。万が一にも巻き込まれる心配はない。

 街道に着弾した砲弾は炸裂し、爆音と爆炎を撒き散らしながらアバンギャルド君の機体を揺らす。爆風で上半身を揺すられた機体は自動制御機能により横転を回避、しかしヴェリタスのクラックにより演算機能が低下している今、僅かな隙が生まれる。

 保護ゴーグルを上に押し上げたヒビキは、爆炎の中動きを止めたアバンギャルド君を視認し叫んだ。

 

「至近弾! 動きが止まった!」

「ミドリッ!」

「はい……ッ!」

 

 物陰に身を隠し、爆風より身を守っていた先生はミドリの視界に指示を飛ばす。フレッシュ・インスピレーションを構え、スコープを覗き込んだミドリ。その視界に表示されるターゲットマーク、狙いは上半身右側、二本の腕を繋ぐ球体関節。

 大きく息を吸い込み、止める。

 引き金を絞る力は優しく、勢いをつける事はない。

 

「撃ちますッ!」

 

 告げ、屈んだ姿勢から放たれる狙撃。弾丸は一条の光となって爆炎を穿ち、狙い通りアバンギャルド君の肩、球体関節部位に着弾、甲高い金属音を打ち鳴らした。

 拉げる外装、円形の見た目が抉れ、拉げるのが分かった。内部を露出しこそしないが、これで腕部をスムーズに動かす事は難しくなるだろう。

 その結果を見届けた先生は冷静に状況を見極め、呟く。

 

「関節――やはり、他と比べて装甲が薄いか」

 

 腕部を動かす構造上、外部を全て装甲で覆う事は出来ない。ましてや球体関節ともなれば尚更、本来であれば盾で完全に保護する設計なのだろうが――前方を駆けるウタハが拉げた間接部位を注視し笑みを零す。

 

「先程と比較して明らかに盾を構える速度、繊細さが欠けている、どうやら効果的な攻撃の様だね」

「ヴェリタスの妨害、これに先生の支援が加われば……!」

「絶対に突破出来ます、私達なら!」

 

 エンジニア部の三人が歓喜の声を漏らし、勇ましくアバンギャルド君へと立ち向かっていく。しかし如何に妨害を受け、損傷したとしてもビッグシスターの作品。アバンギャルド君は目元のカメラを点灯させ、盾を構えながらアサルトライフルを突き出す。

 全員の視界、一斉に表示される攻撃前兆アラート。赤く伸びる線が周囲を埋め尽くし、生徒達が身構えた。

 

「攻撃、来るぞ!」

「させませんッ! オーバークロック……ファイアッ!」

 

 攻撃の予兆、しかし攻撃を行う瞬間というのは最も無防備なもの。ウタハと共に前線へと赴いていたコトリはその場で足を止め、愛銃であるミニガン、プロフェッサーKを構えると勢い良く発射ボタンを押し込んだ。

 途端、凄まじいレートで発射される弾丸、街道が昼間の明るさを取り戻し重低音を打ち鳴らしながら幾つもの弾丸がアバンギャルド君の盾へと着弾する。反動は凄まじく、コトリの身体が振動で押し込まれそうになるが、彼女は前傾姿勢になりながら無理矢理反動を抑え込み、攻撃を続行。マズルフラッシュで彼女の姿が暗闇の中、ありありと浮かび上がっていた。

 

「うぉ~ッ! 燃え上がります! ――あだっ、あ痛ッ! は、破片がッ!」

「こ、コトリ、ガジェットが無いんだから無理をしないで……!」

「コトリにばっかり良い恰好はさせないよッ! 私の怒りの弾丸を喰らえ~ッ!」

 

 アバンギャルド君のアサルトライフルと、コトリのプロフェッサーK――互いの弾丸が降り注ぎ、危機感を煽る。アバンギャルド君の攻撃は目に見えてコトリへと集中し、対物ライフル染みた口径の弾丸が彼女目掛けて放たれる。コトリは時折射撃を中断し、視界に予め表示される直撃コースのものだけを必死に避けた。その甲斐あって辛うじて被弾こそ免れるものの地面を穿ち周囲に飛び散る破片がバシバシ彼女の身体に当たり、その痛みから悲鳴を漏らす。ヒビキが思わず心配を口に出せば、モモイが後方から狙いもつけず銃を乱射した。少しでもヘイトを逸らそうとした攻撃であったが、図らずも一発の弾丸がシールドの合間を抜け、アバンギャルド君の頭部に着弾、顔面が微かに跳ねるのが見えた。

 

「――ユズ、今だッ!」

「……!」

 

 ほんの一瞬、構えられていた盾が浮き、脚部を覆い隠していた障害が取り除かれる。ユズは先生の声に素早く応え、照準器を覗き込んだ。その動きは余りにも滑らかで、極限まで研ぎ澄まされた集中がユズの思考を高速化させる。

 

 ――この角度、速度なら、絶対に当たるッ!

 

 直感、加えて先生のサポートにより表示される愛銃の弾道、放物線。常よりも有利な状況で、ユズは確信と共に引き金を絞る。

 ポン、と空気が抜ける様な音。同時に放たれた擲弾は微かに浮いたアバンギャルド君の盾、その下を潜り抜ける様に飛翔し――その履帯部分へと吸い込まれるように着弾、炸裂した。

 爆発、衝撃、爆炎の中で下部転輪と上部転輪が弾け、ガクンと巨躯が揺れる。微かな火花と捲り上がったサイドスカート。それでも尚、アバンギャルド君は無理矢理走行を敢行しようとするが、駆動音が明らかにおかしい。まるで合わない歯車を無理矢理嚙合わせる様な金切り音が鳴り響いていた。

 銃口を下げ、その結果を見届けたユズは震えた声で叫ぶ。

 

「や、やったっ、直撃……ッ!」

「流石、ユズ!」

「ナイス、ユズちゃん!」

 

 驚愕と安堵、そのどちらも滲ませた笑みを浮かべるユズ。モモイとミドリが彼女に称賛の声を送り、エンジニア部もまた完全に足を止めたアバンギャルド君を前に喜色を浮かべた。

 

「内部機構に直撃だ、これなら足回りは使えないだろう」

「アレは、暫く動けない破損だね――つまり」

「大技のチャンス、ですねッ!?」

 

 ギラリと、彼女達の瞳が物理的に輝くのが分かった。先生は一瞬、何やら嫌な予感を覚えたが口には出さない。そういうしている内にエンジニア部は前方へと集合し、互いに顔をみあわせる。

 

「この時を待っていた、行くよ、エンジニア部!」

「ラジャー!」

「アレを使うんだね、ウタハ先輩……!」

 

 ウタハが音頭を取れば、コトリは満面の笑みで叫び、ヒビキが後方よりケースを引っ張って来る。それはヒビキ愛用のケースであり、表面にはミレニアムの校章が描かれていた。随分古いものの様で表面は薄汚れてしまっているが、彼女が大事に使い続けて来たのだと分かる一品だった。

 粛々と何かの準備を進めるエンジニア部に、モモイは思わず不安の滲んだ声を上げる。

 

「えっ、あ、あの、あれって何の事!?」

「ふふッ、実は先生に依頼された義手製作の折、セミナーに直談判して秘密裏に予算を増額して貰ったんだ、特別予算という形でね、その増額予算を全て費やして試作した超高性能機……!」

「自律追跡機能に加え防水防塵性能完備! 更に絶対零度や三千度を超える環境下でも、安定稼働可能な超安全保障……!」

「私達エンジニア部、約三ヶ月分の予算をつぎ込んで作った最強の飛翔型義手――」

 

 全員が高揚した様子で声を裏返し、ヒビキがケースのロックを解除し内部を晒す。中には予備の砲弾や着替え、工具など様々なものが詰まっていたが――その中に一際目立つ、青色の『腕』が存在した。

 

『その名も――ロケット・パンチ!』

「………」

 

 取り出したそれを掲げ、意気揚々と叫ぶエンジニア部。街灯に照らされたその義手は、大層輝いて見えた――果たしてそれはエンジニア部の面々にだけか、それとも万人にとってか。他の面々は思わずと云った風に口を噤み、沈黙した。ユズは目を瞬かせ、恐る恐る問いかける。

 

「えっと、その、何で、義手にそんな機能を……?」

「ふふっ、愚問だね」

「そもそも機能というのはですね! 付けられそうな時は――」

「……沢山搭載させておくのが鉄則」

 

 まるで当たり前の事の様に断言する三名、機能はあればあるほど良い。Bluetooth機能や決済機能、通話機能にGPS機能、そして外せないのは自爆機能。積めば積む程幸せになる、機能とはつまり、それで()いのだ。

 彼女達は腹の底からそう信じていた。

 恐ろしい、マイスター(開拓者)の目だった。

 

「流石に先生が常用する義手に爆発機能何て搭載出来ないからね、作るだけ作って部室に保管されていたのだけれど……」

「こんな事もあろうかと、ですねッ!」

「……うん、やっぱりロケット・パンチには浪漫があるよ」

「そ、そうなの……かな?」

「……ちょっと分かるかも」

「ミドリ!?」

 

 自身の妹、その感性に思わず悲鳴染みた声を漏らすモモイ。流石にこれは理解してはいけない類のものだとモモイは想った。いや、決して悪しきように云っているのではない、だが何となく此処で同調してはいけない気がしてならなかったのだ。

 そうこうしている間にもエンジニア部は着々と準備を進め、発射体勢を整える。

 

「さぁ、それでは発射しようじゃないか――!」

「遂にこの瞬間がっ!」

「ずっと、使うシチュエーションを待っていたよ……!」

 

 アバンギャルド君は足回りを破壊され、現在は移動不可。ヴェリタスのクラックが効いているのか、或いは内部で破損による何らかの不具合が発生しているのか、今の所盾を構え電子音を鳴らし続けている。内部で復旧作業が進んでいる可能性もある、早急に撃破する手立てが必要だった。

 即ち、あの盾諸共貫ける――最高の一撃である。

 

「本当なら先生に発射して貰いたかったけれど、これは発射の衝撃だけでちょっとした車両衝突事故並みの衝撃と負担が発生するからね、申し訳ないけれど私が発射させて貰うよ……!」

「あ、うん、どうぞ」

 

 どこか申し訳なさそうに呟かれたウタハの言葉に、先生は何度も頷きながら発射の権利を快く譲渡した。というよりも、ちょっとそれを聞いた上で発射したいとは思えなかった。最悪、発射した左腕が肩から捥げる可能性がある、捥げるどころか絶命するのでは? 先生は訝しんだ。

 

「行くよ皆、準備はッ!?」

「いつでも!」

「……うん!」

 

 ウタハが義手を掴み、大きく振り被る。そして構えた彼女の両脇をヒビキとコトリが支え、衝撃に備える様に抑え込んだ。地面を踏み締め、大きくスタンスを取ったウタハは前傾姿勢を形作る。そうでなければ発射の衝撃に耐えられないと知っているのだ。

 義手を握る指先に力が籠り、彼女の口元が緩む。大きく腰を捻ったウタハの手の中で、義手の装甲が展開するのが見えた――内部より稼働音が鳴り響き、ロケットが点火する。

 差し込む月光、照らされた街灯の中で僅かな光が瞬いた。

 

「ロケットォ――……ッ!」

 

 息を吸い、ウタハが輝く笑みで叫んだ。同時に左右で彼女を支えるコトリ、ヒビキが口を大きく開け、三人の声が一つに重なる。

 義手後部より唸る噴射音、震えるウタハの腕に血管が浮き上がり、彼女達の身に纏う衣服が靡いていた。

 

『――パァーンチッ!』

 

 叫び――射出。

 

 まるで投げつける様な動作だったが、生まれた効果は劇的であった。

 初速、ウタハの手から離れた義手はロケットブースターを点火し重力無視の大加速を成し遂げる。一秒経過の時点で空気の壁を破り、更に回転しながら最高速度に到達。宛ら流星の如く光の尾を引き、吸い込まれるようにアバンギャルド君の元へと飛翔した。

 

「うわっ!?」

「ひぇッ!?」

「せ、先生!」

 

 一拍遅れて響く轟音、風圧、思わず全員が顔を背け、エンジニア部の三人は衝撃を殺しきれず三人纏めて後方へと吹き飛ぶ。

 そして放たれたロケット・パンチはアバンギャルド君が構えた盾と衝突――貫通。

 あのあらゆる弾丸を弾き、防いだ鉄壁の盾を容易く穿ち抜き、アバンギャルド君胴体に拳が触れた瞬間、大爆発を巻き起こした。

 それは凄まじい光と音、衝撃を生み、火の粉が盛大に撒き散らされ、周辺のビル、窓硝子が一瞬にして全て粉砕される。ゲーム開発部の三人は先生を地面に引き倒し覆い被さった後、自身の臓物を揺さぶる様な爆発に内心で戦々恐々とする。

 

 降り注ぐ硝子片、肌を撫でる熱風が収まった後、恐る恐る顔を上げれば――そこには盾を持つ腕ごと吹き飛ばされ、胴体部の捲れ上がったアバンギャルド君が佇んでいた。その機能は完全に停止している様で、銃器を持っていた腕は垂れ下がり、頭部もまた光を失っている。唖然とした表情でそんな光景を見つめるゲーム開発部と先生、地面に尻餅を突いたまま口を開く面々は震えた声で呟く。

 

「も、もの凄い速度で飛んで行ったし、おっきな爆発だったんだけれど……」

「あ、あんなの先生の腕に付けちゃ駄目でしょう……!?」

「………」

 

 モモイとミドリが未だ地面を舐める炎を指差しながら告げ、先生は無言で自身の左腕を見下ろす。その瞳には隠しきれない動揺と不安が燻っている様に思えた。

 

「せ、先生、流石にその義手にあんな機能はつ、付いていないと、思いますよ……?」

「……うん、そうだよね、分かっているよ、勿論」

 

 ユズが先生の袖を引きながらそう告げれば、先生はゆっくりと頷いて見せる。本人たちがそう明言しているし、それ自体を疑っている訳ではない。

 私はエンジニア部の皆を信じているとも――しかし、その言葉は少しだけ震えていた。想像していたよりもずっと爆発が大きく、派手で、反動がトンデモなかったからである。あれの半分、十分の一、いや百分の一でも自身が消し飛ぶには十分な威力に思えて仕方なかった。

 

「――完璧だ」

「す、素晴らしい威力です……!」

「最高の、一瞬――……」

 

 発射の反動で吹き飛ばされ、地面に転がっていた彼女達はバックブラストにより所々裂けた制服をそのままに親指を立てる。その表情は実に生き生きとしていて、満足気でさえあった。

 

「やっぱり創って良かった、ロケット・パンチ!」

「はいッ!」

「うん……!」

 

 付着した砂埃を払い、ゆっくりと立ち上がった彼女達は互いの顔を見つめ合いながら深々と頷く。拳を突き上げ満面の笑みでそう宣うエンジニア部。ゲーム開発部の面々はそんな彼女達を遠巻きに眺めるばかりであった。

 

「な、何だか良く分からないけれど――勝ったからヨシ!」

「い、一応、皆で勝ち取った勝利、だよね……?」

「う、うん……多分」

「そうだね、皆で勝ち取った勝利だよ」

 

 モモイとしては過程はどうあれアバンギャルド君を撃破出来たのだから良し、ミドリの疑問府交じりの声にはユズが頷きを返した。最後にトドメを刺したのはエンジニア部であるが、その過程は皆の助力があってこそだろう。先生がそう告げれば、漸く実感が湧き上がったのか胸を撫でおろすユズとミドリ。

 

「……さて、これで当面の脅威は居なくなった、C&Cがトキを引き付けている間、私達は当初の予定通りアリス救出に向かう事が出来る筈だ」

 

 先生は沈黙したアバンギャルド君を見つめながら皆に向かって声を掛ける。現状リオの持つ手札の中で一等強力なアバンギャルド君を撃破出来た事実は非常に大きい、このアドバンテージを活かし少しでも早く足を進めるのが肝要であると、先生は街道の先を指差しながら続ける。

 

「中央タワーへは此処から一直線、十分も走れば到着すると思う」

「も、もう少しでアリスちゃんの所に……!」

「なら、増援がやって来る前に急いで進むべき――という事だね、先生?」

「そうだ」

 

 ウタハの問い掛けに頷きながら、先生は街道の奥へと視線を飛ばす。開かれたビル群の向こうに聳え立つ中央タワー、其処にアリスとリオは待っている筈だった。シッテムの箱を胸元に抱き寄せ、先生は告げる。

 

「急ごう……時間は待ってくれないからね」

 

 ■

 

「遅ぇ、遅ぇ、遅ぇ――!」

「っ、く……!」

 

 視界に影がちらついた。

 変動した街並み、自身が優位になる配置であるその場所で、トキは縦横無尽に駆け巡る人影に翻弄される。

 視界に表示される予測行動線、その指示に沿って身体を動かしていると云うのに、対応がワンテンポ遅れる。それは限りなく影が――ネルの動きが予測行動線に迫っているが故のものだ。演算予測が彼女の速さについていけていない、その事実にトキの思考は掻き乱される。

 

「――遅ぇぞ後輩ッ!?」

「いッ……!?」

 

 駆けながら薙ぎ払う様に放たれた弾丸、暗闇の中でマズルフラッシュが瞬き小柄なネルの姿が浮かび上がる。しかし、視認出来たのはその一瞬のみ、飛来する弾丸は暗中で戸惑うトキを正確に捉え、左足に直撃する。瞬間、弾かれた様に足が後方へと流れた。衝撃と鈍痛に思わず声が漏れ、その場に膝を突く。

 

『脚部装甲被撃、損害軽微――戦闘行動に支障なし』

「………ッ」

 

 直撃を許した、しかし致命的なものではない。彼女が身に纏うレッグギアは装甲も十全に備わっている、如何にネルの放つ弾丸とは云え一発二発で貫通を許す程軟ではない。痛みを噛み殺し、地面を蹴って後退するトキ。

 戦闘に於ける速度、スピードは明らかに武装を扱う自身が上であった。演算の齎す予測線、自身の四肢をサポートするギア、エリドゥという自身が優位に立てる立地、此処には全てが揃っている。

 ――だというのに。

 

「っ、そこッ!」

 

 トキは愛銃を構え、駆ける影に向かって引き金を絞る。マズルフラッシュが薄暗い街道を照らし、乾いた銃声が轟いた。弾丸は視界に表示される予測線に沿う様にして飛来し、影を穿つ――だが、着弾したと思った時、既にその場所にネルは存在しない。捉えるのは彼女の背後に付き従う影ばかり。

 

「ははッ、外れだ! どうしたよ、オイ! 御自慢の銃口が迷子だぜッ!? どこに銃口を向けたら良いかも分からねぇか!?」

 

 弾丸すらも置き去りにして、暗闇の中を駆け巡るネルは鎖を尾の様に靡かせながら挑発を口にする。トキは歯を食い縛りながら腕を動かし、過る影に銃口を向ける。だが、引き金を絞る事はしない――出来ない。命中しないという確信にも似た予感があったのだ。

 視界に表示されるデータは間違っていない筈だ、彼女(会長)の命令通り戦場の地形を変更し地の利を得た、C&Cとも分断し強制的に一対一の構図を創り上げた。状況は圧倒的に有利であり、以前の戦闘データからして自身が敗北する可能性は限りなく低い。

 何度もシミュレーションを行った、対策は万全。

 万全、だった。

 

「どうして――予測先を、捉えれきれない……っ!?」

「オラァッ!」

 

 視界の中、急接近する影。外壁を蹴り飛ばし、加速したネルが真っ直ぐ此方へ銃口を突きつけるのが見えた。回避を――そう思い、しかし左足が鈍痛を発し膝から力が抜ける。

 

「ッ――!」

 

 間に合わない。

 反射的に愛銃のシークレットタイムを構え、防御態勢を取る。瞬間、閃光が網膜を焼き、集中砲火が彼女の愛銃越しに肉体を叩く。アームギアと腕回りに弾丸が突き刺さり、トキは衝撃に唇を噛み締めた。

 

「っ、これ以上の、被弾は……!」

 

 一発一発が重い、彼女の扱うSMGは本来其処まで火力に優れた火器ではない筈だ。しかし彼女の神秘濃度、そしてエンジニア部にカスタムされたソレは最早別物の領域。口径の小ささに反し、トキの身体は徐々に後方へと押し込まれて行く。

 まさか、データが間違っていたのか? そんな思考がふとトキの脳裏を過った。

 収集し、シミュレーションに用いた彼女のデータが誤りであった可能性――いいや、仮にそうだとしても元の戦闘データと目の前の彼女には、余りにも乖離がある様に思えた。

 目の前に立ちはだかる、美甘ネルの強さ――それは最早、データの正誤云々の次元ではない。

 一陣の風がトキの横合いをすり抜けた。

 

「おいおい、まさか知らなかった訳じゃねぇだろう、後輩?」

「ッ!?」

 

 声は、背後から響く。

 一拍遅れて鳴り響くアラート、視界に表示される接近報告。前方から銃撃を加え急接近、そこから更に加速を敢行し相手の背後に回り込む。一体どういう身体能力だと叫びたくなる。

 振り返る――その動作が余りにも遅く感じる、ほんのコンマ一秒、それだけの刹那が永遠にすら感じてしまう程に。

 

此処(クロスレンジ)は、あたしの距離(領域)だ」

 

 自身の直ぐ真後ろ、赤い瞳と共に突きつけられた銃口――ネルの浮かべた不敵な笑みが、淡い月光に照らされていた。

 

「―――」

 

 銃声、視界がマズルフラッシュで覆われる。

 直撃コースだ――顔面、受ければ致命的な一発となる。

 これは絶対に避けなければならない。

 殆ど反射的な動きだった、顔を逸らし膝を抜き、そのまま崩れ落ちるようにして上体を反らす。ほんの僅かな差で頬を弾丸が掠め、仰け反る様な体勢のまま数発の弾丸が鼻先を通過した。

 

「ぅ、ぐッ……!?」

 

 しかし彼女に許されたのはそこまでだ。崩れた体勢から二撃目を防ぐ手立てはない、隙だらけな恰好を相手の前に晒してしまう。

 

「オラァッ!」

「がッ!?」

 

 故に無造作に放たれた前蹴りを彼女は何の防御も出来ず受けた。脇腹に突き刺さる蹴撃、ズンと芯に響く様な衝撃と痛みだった。顔を顰め、そのまま後方へと吹き飛ばされるトキ、地面を転がり、バウンド、砂埃に塗れながら素早く跳ね起きる。無意識の内に脇腹を抑え顔を上げた時、ネルは直ぐ目前に迫っていた。

 

「まだ、こんなモンじゃねぇぞ」

「っ……!」

 

 また、一拍遅れてアラートが鳴り響く。

 彼女が距離を詰める度に、リアルタイムでデータが更新されているのだと分かった。その事実にトキは思わず動揺の声を漏らす。何だそれはと、叫びたい気分だった。

 

「あり、得ない……っ! 一秒毎に、データが更新されるなんて――」

「てめぇの限界で、あたしの底を知った気になってんじゃねぇッ!」

「くッ!」

 

 突撃の勢いそのままに再度繰り出される回し蹴り、回避しようと足に力を籠め、しかし脇腹の痛みで身体が思う様に動かない。仕方なく腕を畳み、辛うじてアームギアで蹴撃を受ける。ネルの靴先とアームギアの装甲がぶつかり、火花を散らした。重い打撃だ、身体が撓り足に来る。揺らぐ身体、だが防いだ、そう思った。

 

 同時に耳へと届く――鎖の音。

 

「―――」

 

 まさかと、勘付いた時には遅かった。咄嗟に横合いに視線を飛ばせば、暗闇の中撓る銀色。風切り音と共に視界外から飛来した鎖が、トキの顔面を側面から強かに殴り飛ばした。

 

「ごふッ!?」

 

 遠心力を活かした鎖の打撃、それは彼女の芯にまで響く。自身の攻撃を囮に愛銃へと繋がれた鎖を振り回し、横から鞭の様に飛ばす。まるでハンマーで顔面を殴り飛ばされた様な衝撃と痛み。肌が熱を持ち、視界が揺れる。

 

『バイタル変調、頭部に被撃――被弾率増加傾向、回避を推奨』

 

 頸を引っこ抜かれた様な心地だった。勢いそのままに地面へと叩きつけられ、歪む視界をそのままに何度も転がる。苦悶に呻き、這い蹲りながら血と唾液の混じった口元を拭うと、微かに肺が痛んだ。冷静に、淡々と告げられるアナウンス――出来るのならば、やっている。らしくもなくトキは胸中で悪態を吐いた。

 這い蹲るトキの目前に立つネルは、自身の後輩を見下ろしながら鼻を鳴らす。

 

「この前は面食らって一本取られちまったが、あたしとこの距離で撃ち合える奴なんざそういねぇ――どんな大層な絡繰りがあるかは知らねぇが、こんなモンかよ? 後輩?」

「……いいえ、まだです」

 

 ネルの問い掛けに、トキは緩慢な動作で立ち上がる事で以て答えた。伸びた腕はしかし、その愛銃を確りと握り締めている。向けられる瞳には闘志が宿っていた――彼女の意志は、まだ死んでいない。

 それでこそだと、ネルは歯を剥き出しにして笑う。

 戦う意思を持つ相手を叩きのめしてこそ、意味がある。

 

「――私は、まだ」

『――トキ、一度撤退なさい』

「っ、リオ様!?」

 

 しかし、耳元から聞こえて来る制止の声。インカムから響くリオの声に、トキは思わず息を詰まらせた。

 

「しかし、私はまだ……!」

『貴女を責めている訳ではないわ、先程ヴェリタスの干渉でアバンギャルド君の制御権を引き合う結果になったの、恐らくスペックは十全に発揮出来ず、既に撃破されてしまっている可能性が高い……この状況を放置して戦闘を継続するのは危険よ』

「!」

 

 アバンギャルド君が撃破された――その事実にトキは隠し切れない動揺を見せた。彼女とて理解している、見た目は兎も角あの機体の強さは本物だ。兵装を身に着けた自身とも互角の勝負を繰り広げたアバンギャルド君は、戦力として信用に足る存在であった。その彼が撃破されるとは。

 

『それに――どうやら彼女の【直感】を甘く見積もっていたみたい』

「どーんッ!」

「っ!?」

 

 リオの言葉と共に、不意に巻き起こる爆発。

 同時に飛来する影は炸裂した爆炎を裂き、宙を舞っていた。それを見上げ、トキは目を見開く。炎に照らされ影となった三人の生徒、その恰好には見覚えがある。

 

「おっ! やった、部長見つけたよ!」

「漸く、ですか」

「っと」

 

 アスナ、アカネ、カリン――分断した筈の彼女達が障壁を爆破し、この場へと現れたのだ。閉ざされた障壁に穴を空け、着地を敢行する三名。制服は所々煤け、傷も負っているが大したものではない。トキは愕然とした表情のまま思わず叫ぶ。

 

「ッ!? C&C……何故、この場所に!?」

「あははっ! 迷子になっちゃったかなぁ~って思っていたけれど、そんな事なかったね! 何となく進んで来たら部長と合流出来ちゃった!」

「ふぅ、道中それなりにドローンと出くわしましたが、辿り着けたのなら正解だったという訳ですね」

「……先輩の幸運に感謝しないとな」

 

 アスナは溌剌と、アカネは僅かな疲労感を滲ませ、カリンは淡々とした様子で告げる。C&C――ネルと分断した筈の彼女達が変動した区画を突破し自分達の居場所を探し当てた、それは一体どれ程の確率だろうか? このエリドゥはミレニアム区画一つ分程度の大きさを持っている。その経路を操作し、迷路の如く配置したトキには分かる。到底突破できる確率ではない、そう理解しているからこそ冷汗が滲んだ。

 

「要塞都市の迷路区画を、こうも容易く……一体どんな確率で――」

『こんな事は口にしたくないけれど、彼女の直感もまたネルに迫る変数、場合によっては計画を大きく崩しかねない生徒のひとりよ』

「ん~?」

 

 リオの淡々とした声、トキの視線に薄らとした笑みを浮かべながら小首を傾げるアスナ。当の本人は何と無し、殆ど無意識の内に行っているのだろうが、彼女の持つ直感は余りにも危険であった。ほんの僅か、例え一パーセントの未満の確率であろうとも――彼女は幸運か、直感によってその未来を引き当てる。

 それの、何と恐ろしい事か。

 リオは声色に若干の感情を滲ませながら告げる。

 

『私の予測が足りなかった、一度再計算を行うわ――まずは撤退して状況を立て直しましょう』

「……イエス・マム」

 

 彼女の言葉は正しい、元より自身が意見する事などあってはならない。トキはそう自身を定義する。愛銃を抱えたままバックステップを踏み、ネルとC&Cより距離を取る。

 

「速やかに撤退行動に移ります」

「あぁッ!? ンだとコラ!」

 

 撤退行動、その一言を耳にしたネルは明らかな苛立ちと怒りを見せた。響き渡る怒声、しかしトキの表情に揺らぎはなく、冷静に端末を操作し逃走経路を作り出す。

 

「――区画の変動開始、隔壁閉鎖」

 

 彼女の言葉と同時、再び地響きが鳴りC&Cとトキを隔てる様にビル群が移動、地面より隔壁がせり上がる。

 

「なッ、テメェ!」

 

 それを見たネルは咄嗟に銃口を向け、引き金を絞る。銃声が轟き、暗闇の中弾丸が直進するも――トキに命中するよりも早く、せり上がった隔壁に着弾し、表面を僅かに凹ませるに留まった。

 そうこうしている間にも二重、三重に展開される障壁。左右はビル群が聳え立ち、トキの姿を完全に見失ってしまう。振動が収まり、駆け出したネルは自身の前に聳え立つ隔壁を見上げ、青筋を浮かべながら思い切り隔壁を蹴飛ばした。金属を打ち鳴らす様な反響が周囲に木霊する。

 

「だァッ! クソ、邪魔くせぇ!」

「離脱したか……」

「漸く巻き返しの機会かと思ったのですが、判断の速さは流石ですね」

 

 C&Cの全員が展開された隔壁を見上げ、その表情を顰める。変動した区画はC&Cの行く手を完全に遮っており、隔壁も一枚限りではない。恐らく目の前のコレを爆破し強引に進んだとしても、奥には更に二枚、三枚と隔壁が存在する事だろう。素直に迂回すべきだ、全てを爆破するだけの火薬は存在しない。アカネは眼鏡を指先で押し上げながらそう思考する。

 

「んだよ、この場でケリをつけてやりたかったってのにッ!」

「仕方ありません、此処は彼女達のホーム、追撃を行うのも撒くのも、向こうが常に優位です……相手方が撤退した以上、陽動作戦は一旦中止しましょう、救出部隊の皆さんと合流するべきです」

「確かに、深追いは危険かもしれない、此処にはまだどんな仕掛けがあるかも未知数だ」

「……ちっ、わ~った、わ~ったよ」

 

 未だ火種が燻ると云った様子のネルであったが、アカネとカリンの言葉に舌打ちを零しながらも納得の色を見せる。元々彼女達の役割はトキの足止め、盛大に暴れて注意を引くというもの。その役割が果たせなくなった以上、態々部隊を二つに分ける必要もない。アリス救出に動いているゲーム開発部、エンジニア部と合流するべきだと理性で判断出来た。

 不満顔で踵を返すネル、彼女の様子に肩を落としながら後に続こうとしたカリンは――しかし、ふと夜空を見上げたまま動きを止めたアスナに気付く。

 

「ん……アスナ先輩、どうしたんだ?」

「……アスナ先輩?」

 

 カリンに釣られるようにして足を止めたアカネもまた、アスナの異変に気付く。ぼうっと頭上を仰ぐ彼女に対し、ネルは顔を顰めながら問いかけた。思い返すのは以前同じように彼女が何かを感じ取った時――その時は確か先生が事故に巻き込まれ、大怪我を負った。

 自然、その纏う気配は険しいものとなる。

 

「何だ、まさか何かあったのか?」

「……うん、今何となく感じたんだけれど」

 

 アスナは星々の瞬く夜空を見上げながら、不意に目を閉じた。まるで全身で何かを感じているかのように、或いは月明かりを浴びるかのように。両腕を広げたアスナは暫し沈黙を守り――それから目を見開くと、満面の笑みを浮かべ叫んだ。

 

「ご主人様、此処(エリドゥ)に来ているのかも――!」

「えっ」

「ご主人様って、まさか……」

 

 唐突に放たれた言葉、それに対しカリン、アカネの両名は面食らう。ご主人様、彼女達がそう呼ぶ相手などこの世に一人しか存在しない。彼女達は顔を見合わせ、戸惑いを露にした。何故なら、彼の負傷は到底一日二日でどうにかなるものでは無い筈で――。

 

「ンだよ、そういう事なら話は早ぇ――急いで向こうと合流するぞ」

「はーい!」

「りょ、了解!」

「分かりました……!」

 

 しかしネルはアスナの言葉を疑る事無く鵜呑みにし、早速とばかりに愛銃を担ぎ駆け出す。その背後に喜色を滲ませたアスナが続き、二人の姿は暗闇の街道に消えて行く。余りにも早い行動、カリンとアカネも慌てて二人の背中を追いかけ駆け出すと、互いに小声で言葉を交わした。

 

「ほ、本当に先生がこっちに来ているのか? 確か、真面に動ける状態じゃなかっただろう……?」

「正直な所、分かりません、しかしご主人様の性格を鑑みると――」

 

 カリンの焦燥を滲ませた声に、アカネは苦々しい表情で以て応える。彼女の云う通りアカネ達が見た時、先生は全く以て動けるような状態になかった。しかし、もし彼が目を覚ましたとすれば――この現状に黙って療養に努める様な人でもないと断言出来た。

 

「兎に角、今は急ぎましょう! もし本当なら、私達がお傍で御守りしなければ……!」

「あぁ、そうだな――!」

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