半日遅れて申し訳ありませんの!
「はぁッ、ふッ……!」
「先生、大丈夫?」
「大分息が上がっていますけれど……」
暗夜に包まれた街道を駆ける一行、その中で中央を走る先生の状態は目に見えて悪化していた。駆け続けて十分かそこら、まだその程度だと云うのに息が続かない、まるで肺が絞られる様な不快感、足枷を括りつけられたのかと錯覚する程重い両足が前進を阻む。額に汗が流れ、先生を守る様に周囲を固めた生徒達が思わず不安を口にした。先生は自身の脇腹を抑えたまま破顔し、緩く首を振る。
「問題ない、よ……この程度、平気さ」
「……いいや、傍で見れば分かる、発汗も酷い、無理はしないでくれ先生」
「そうですよ、少し位足を緩めても……!」
「必要なら私が背負って走っても構いません!」
「えっと、何なら、交代で――」
「いや」
次々に投げかけられる言葉、彼女達とて余裕がある訳ではない。それを理解しているからこそ、先生は手で彼女達の声を遮ると笑みを浮かべながら声を絞り出す。
「大丈夫、足を緩める必要も、背負う必要もない」
「で、でも」
「……本当に不味くなったら、頼らせて貰うから」
そう云って先生は、あくまで気丈に振る舞う。流れる汗が顎先を伝い、首筋を濡らしていた。彼女達からすれば余りにも見え透いた強がりであったが、同時に奥底に秘められた強い意志も感じ取れる声色だった。
「――……うん、分かったよ」
先生の言葉に声を詰まらせ、不承不承といった様子で頷きを返すモモイ。先生はその事に安堵の息を漏らし、感謝を述べる。同時に足を緩める事無く動かし、歯を食い縛って悲鳴を上げる両足を動かした。
――まだ、マラソンをするには早かったか。
胸元を抑え、先生は胸中で呟く。
身体に痛みはなかった、しかし込み上げる不快感ばかりは如何ともし難い。まるで全身にずっしりとした泥を被った状態で走っている気分だった。徐々に、しかし確実に、自身の肉体の身体能力は低下しつつある。それは怪我の云々だけの話ではない、死に往く肉体の本質が負傷によって暴かれ始めていた。
肉体の劣化というものは、緩やかに行われるものではない――ある日を境に、急速に、唐突に、以前出来た事が出来なくなる。或いは機能が衰える、それを自身はつい最近実感したばかりだというのに、それでもまだ時間はあると高を括っていた。
或いは、碌に走れなくなる未来さえ、直ぐ其処に迫っているのか。そんな不安が胸中に去来する。
『先生、もう少しだけ頑張って、あと少しでエリドゥの中心――中央タワーの広場が見えて来る筈だから』
「あぁ、勿論……!」
端末越しにチヒロから投げかけられる声、それに先生は強く頷きながら一歩、また一歩と歯を食い縛りながら足を踏み出す。幸い此処に来る前に投与した薬品は効いている、シャーレに戻る時間は無かった為、クラフトチェンバー経由で手元に転送したものが数本――アリウス自治区に乗り込んだ際、利用したものと同じ代物だった。
心臓が凄まじい勢いで鼓動を刻み、その度に異様な熱が体を巡るのを感じる。だがコレが動いている間は自身が生きている証拠でもある、痛みや苦しみは悪いものではない。少なくとも先生にとってはそうだ、自身の生存を証明する一つの方法なのだから。
痛みや苦しみがある間は、まだ足掻く余地がある。
「あっ、見えた! アレじゃない!?」
「あぁ、その様だね……!」
そうして騙し騙し走り続けた先に、開けた広場が見えた。遠目にもはっきりと分かるロータリー、その向こう側に聳え立つ中央タワー。荒い息を繰り返しながら階段に足を掛ける先生、「先生、もうっちょっとだよ!」とモモイに手を引かれ、中央タワーの直ぐ前にある広場まで足を進める。広場はかなりの面積を誇っており、ちょっとしたグラウンド並みの広さがあった。その中心に立ち、大きく息を吐き出しながら足を緩める。
「到着したね、此処が――」
「エリドゥの心臓部、か」
「このタワーの中に、アリスが居るんだ……」
聳え立つ中央タワー、巨大なソレは正に摩天楼の如く。夜の暗がりの中で煌々とした光を発するその場所は一行を照らし、長い影を地面に伸ばしていた。
このタワーの何処かにアリスが居る、その事実に彼女達は否が応でも身を強張らせ、緊張した表情を浮かべる。
「ふぅー……ッ、よし皆、警戒は怠らずに」
「う、うん……!」
「そうだね」
「はいッ!」
先生は大きく息を吸い込み、額の汗を拭う。コンディションとしては決して良好とは云えないが、此処で足踏みしているだけの時間もない。先生が気合を入れ直し、そう告げれば生徒達も頷きを返す。
そしていざ、中央タワーに踏み込もうとして――。
「あっ! やっぱり、ほら! ご主人様だ!」
「ほ、本当に居た……!」
「まさかとは思いましたが……」
後方から聞き慣れた声、足音が響く。思わず足を止め、振り向くと――暗がりから此方に駆けて来る人影が複数。良く目を凝らせば、別動隊として陽動を担当していたC&Cの皆だという事が分かった。
特徴的なメイド服の輪郭が暗闇の中で踊り、尾を引いている。
「先輩!」
「あ、あれ……どうして、此処に?」
エンジニア部とゲーム開発部の面々は驚きと共に彼女達を迎えた。階段を駆け上ったC&Cは一行の直ぐ傍まで足を進め、先頭を駆けていたアスナは愛銃を足元に放り投げると、そのまま先生に向かって飛び込んで来る。
「ご主人様~!」
「おっと」
先生は飛び込んで来た彼女の身体を辛うじて受け止める。その瞬間、微かな鈍痛を身体は発したが表情には出さない。幸いにして彼女の身体は軽く、後方に押し倒される事は無かったが、何とも云えない視線を周囲から感じた。しかし、アスナはそんな事は知らないとばかりに先生の首元に顔を埋めると、小さく鼻を鳴らし始める。
先生は思わず彼女の腕から逃れようとするが、残念な事に力で先生が生徒に敵う筈もない。結局されるがまま、先生は暫しアスナに拘束される事となる。
「ん~……っ!」
「えっと、アスナ……? 出来れば、その、今汗がね、沢山流しちゃったから、控えてくれると嬉しいなぁって思ったり」
「そう? 何だか甘い匂いがして、良い匂いだよ!」
先生に抱き着いたまま顔を離したアスナは、そう云って屈託のない笑顔を見せる。邪気も悪気も無い、天真爛漫な笑みを前にして、先生は毒気を抜かれた。何をされても仕方ないと思ってしまう彼女のこの朗らかさというか、一種の心地良さは天性のものだろう。先生も思わず釣られて笑ってしまう。ある意味これも、彼女の長所だった。
「ちょ、ちょっと、アスナ先輩、今はそんな事している場合じゃ……」
「んんッ! ご主人様? 流石に、時と場所は選んで頂かないと――」
「えっ、これ私のせい?」
「ん~ッ!」
ぐりぐりと先生に額を擦りつけるアスナ、その様子を見ているアカネは心なしか怒気を秘め、カリンは何とも云えない表情の中に微かな羨望を滲ませる。ネルは何方かと云うと呆れ顔で、「こんな時に何やっているんだ、アイツ」という感情がありありと感じられた。
アスナに翻弄される先生の代わりにウタハは一つ咳払いを挟むと、笑顔なのに隠し切れない怒りを漂わせるアカネへと問いかけた。
「えぇと、C&Cが此処に来たという事は、陽動は中止に?」
「……えぇ、そうです、交戦していたトキちゃんがリオ会長の指示で後退しまして、目標が撤退した以上陽動作戦は中止、皆さんと合流を目指したという形です」
「成程、順当だね」
ウタハは彼女の言葉に頷きを返し、先生もまたアスナを何とかあやしながら口を開く。
「そうか、トキが後退したのは私達がアバンギャルド君を撃破したからだろうね」
「アバン……何だって?」
「――アバンギャルド君、リオ会長の用意した高性能なAMASという所だろうか」
「見た目はちょっと、その、えっと……大分、特徴的だったけれど」
「す、凄く強かった……」
「――?」
何処となく歯切れの悪いゲーム開発部とエンジニア部、その様子に首を傾げるC&Cの面々。一頻り先生を堪能し満足したのか、アスナは満面の笑みを浮かべ先生から身を離し、足元に放っていた愛銃を拾い上げた。先生はすっかり乱れた襟元を正し、アカネ達に向き直って口を開く。
「えぇと……ともあれ、C&Cの皆が無事で良かったよ」
「はい、ご主人様も、
こうして駆け付けてくれたと云う事は、見た目に反して大した怪我では無かったのだろうか? そんな希望的観測を多分に含んだ言葉を口にしようとしたアカネは、しかし――途中で言葉を切り眉を下げた。
「――している様には、見えませんが」
「……あはは」
良好とは云い難い血色、滲む汗、薄らと目元に浮かぶ隈、所々に散見されるガーゼと包帯。どう見ても無事ではない、苦笑を浮かべ否定も肯定もしない先生の態度、それが答えであった。
今思えばアスナの行動も、それとなく抱き着いて体調を確かめるものだったのかもしれないと、アカネは内心で想う。
尤も、単に抱き着きたかっただけの可能性も否めないが。
「――というより、ネル先輩は余り驚いていませんでしたね」
「……あん?」
「あぁ、そう云えばリーダーはアスナ先輩が先生の事を勘付いた時も平常運転だったし」
そう云って二人は後方で何を云う訳でもなく、アスナの暴走を眺めていたネルに水を向ける。思い返すのはアスナが先生の到来に気付いた時、アカネとカリンはその事に驚愕の声を漏らしたが、ネルがその事に驚く事も、動揺する事もなかった。その事に言及すれば、ゲーム開発部の面々は信じられない様な視線をアスナに向ける。
「あ、アスナ先輩、先生が来た事に気付いたんだ」
「うん、何かこう、ビビッ! って来たって云うか、わーッ! って感じで?」
「ビビッ……わー……?」
「ぜ、全然分からない……」
「えっと、多分分からないのが普通だと思うよ、ユズちゃん」
困惑を滲ませるユズに、ミドリは困り顔で同調を示す。元々彼女の本能的な部分に関しては謎が多い、到底頭で理解出来るものでは無いという考えがあった。元より初めてC&Cと対峙した時より、彼女の直感はゲーム開発部の予想を凌駕していたのだから。
「別に、先生の事だから一人寝転がっている事はねぇって思っていただけだ」
ネルは問い掛けに対し、ぶっきらぼうに答える。何故先生が来たとアスナが感じ取った時、驚きを見せなかったのか。その理由は単純であり、先生がこのまま黙って寝入っている筈がないという想いがネルの中に在ったからだった。
どんな状況、状態でも生徒の為にガッツを見せる――ネルは確信を抱いていた。
故に彼女はニッと八重歯を見せながら破顔し、告げる。
「――先生の根性を一番高く買っているのは、他ならぬあたしだぜ?」
「……なら、その期待に応えないとね」
ネルの言葉に対し、先生は笑みを零す。良くも悪くも、彼女の言葉には力があった。信頼されているのであれば応えなければならない、そうでなくとも生徒に尽くす先生の精神は、より一層奮起した。
「えっと、それじゃあこれからは皆で行動するって事で良いの?」
「そういう事になるのかな」
「まぁ、事前の計画とは少々異なる形になってしまいましたが、幸いにして中央タワーの膝元まで進む事は出来ました」
云って、アカネが目前の中央タワーを見上げる。計画自体は変更する事になってしまったが、最低限このタワーの元へと進むという目的は達成出来た。道中のAMASは目に付く限り撃破した、リオ会長の戦力もそう多くは残っていないだろう。
残るは――。
「……後は、このタワーの中に居るアリスを見つけて救出する」
「――はい」
先生の声に頷きを返すアカネ。一行の最終目標は変わらない、この何処かに捕らわれているアリスを救出する事。
先生は連絡用端末の画面に表示されるチヒロに向け問うた。
「チヒロ、アリスの正確な居場所は此処から分かる?」
『難しいね、エリドゥの電力がこのタワーに集中している事は確かだけれど、流石に内部構造まで情報を探るのは……一応セキュリティ周りが硬いのは上層と下層、屋上付近か地下のどっちか、だね』
「こういう時の御約束って、大抵上の方にあるものだと思うけれど――」
ミドリは口元に指差を添えながら、そう呟く。ゲームの中で悪役や敵対するキャラクターがこの手の高層ビルで待ち構えている時、大抵その居場所は屋上とか、上層に近い位置と決まっている。
「さて、その御約束をリオ会長が守ってくれるかどうかは未知数だけれど、地下にあるのはタワー全体を管理する為のものだろう、一般的にはボイラーや配電盤、冷凍機、冷温水器等だけれど、或いは会長の事だ、発電所そのものを地下に設けていても私は驚かないよ」
「そうなると、アリスが居るのは……上層、かな?」
「確実ではない場合、一階に近い下層を先に探索し、そこから上層まで登るという選択もあります!」
「……なら実際に侵入して、虱潰しに探すしかないか」
「そっちの方が分かり易くて良い、立ち塞がるモンぶっ壊して進めばいつか見つかるだろうよ、幸い目安はあるんだ」
先生の呟きに対し、ネルは余裕の表情で告げる。ちまちま隠れて探るのは性に合わない、待つよりも突っ込む、真正面から全てを叩き潰しながら進めば良いというのがネルの考えだ。彼女らしい大胆で勇敢、恐れ知らずな思考と云えた。
『そうだね、先生の云う通り実際に中に入って探索するしかない――ただ』
「……あのリオが何の備えも講じていない筈がない」
『そういう事』
チヒロの憂いを帯びた声色に先生が続ける。二人の思考は一致していた、自分達が中央タワーに来る事は既に知られていたのだ。ならば彼女が対策を練っていない筈がない、何かしらの防衛システム、或いは戦力を配置しているだろうという確信があった。
「――えぇ、その通りです」
「……ッ、誰だ!」
「敵――!?」
最初に銃口を向けたのはネル、そしてアスナも殆ど同時に気付く。
二人の言葉を証明するかのように現れる人影、その足音と声が響くと同時に全員が身構え、銃口を中央タワー入り口――その階段を緩慢な動作で降りる人物へと向けた。
人影はしかし、銃口を向けられて尚焦燥を見せる事無く、悠々とした足取りで階段を下る。暗闇から進み出る人物、その顔が明かりに照らされた。
「――お待ちしておりました、皆さん」
「……トキ」
果たして現れたのは、C&Cと交戦中に撤退したトキその人。彼女は戦闘時の恰好そのまま、一行の前へと立ち塞がる。ネルは彼女の顔を一瞥すると、挑発する様に鼻を鳴らし目を細めた。
「……なんだ後輩、さっきは尻尾巻いて逃げ出した癖に、どの面下げて出て来やがった?」
「あれは戦略的撤退に過ぎません、皆さんが作戦を変更したのならば、此方も相応の対応を行うまで……それだけの話です」
『――えぇ、その通りよ』
トキの返答に被せ、響き渡る音声。見ればトキの持つ端末からホログラムが投影され、リオの姿が浮かび上がっていた。暗がりの中に躍る映像、虚像が皆を見つめる。
『まさか、作戦を変更せざるを得ない状況に持ち込まれるなんて、此処に至る確率は相当低く見積もっていたのだけれど』
「てめぇ、リオ……」
ホログラム越しとは云え姿を現したリオに対し、ネルは分かり易く顔を歪める。直接でなくとも、こうして顔を合わせたのはアリスを奪われた時以来か。そう考えると腹の奥で煮え滾る様な激情をネルは自覚する。そんな想いを抱いている事を知ってか知らずか、リオは相変わらず色の無い瞳で以てネルを見つめていた。
『前も口にしたけれど……流石ねネル、武装したトキを相手に此処まで食い下がれる戦力、シミュレーション上であればトキに軍配が上がっていたのだけれど、貴女達C&Cはその悉くを覆して見せた、重ね重ね惜しいわ』
「当たり前だろうが、あの時尻尾を撒いて逃げなきゃ、生意気な後輩にキッチリ上下関係を叩き込めただろうよ」
「………」
ネルのはっきりとした言葉に一瞬、トキはその瞼を震わせる。しかし、彼女が口を開く事はない、今この場に於いて自身が口を挟むべきではないと云う自制心が働いていた。
『私は貴女達が来る事を見越して幾つもの計画を準備して来た、けれど既存の防衛システムだけでは、貴女達を止めるには十分ではなかった様ね』
彼女の声には呆れと称賛の色が混じっていた。リオの用意した迎撃計画、それは今正に破綻しようとしている。
こうして彼女達の中央タワー到達を許した時点で、彼女の想定とは大きく異なっているのだ。本来であれば既に戦闘は終了し、C&Cと救出部隊、両部隊を捕縛しアリスの処置に移っていただろう。腕を組み、目の前に立つ一行を眺めながら彼女は視線を鋭く尖らせる。
『此処まで私の計画を掻き乱し、変数として計算を狂わせたもの――それは』
リオは思考する。こうまで計画を掻き乱され、この場所までの肉薄を許した要因を。徐々に一点へ絞られる視線、その先に居る人物。生徒達の中心に立ち、只真っ直ぐ此方を見つめ続ける大人の姿。
リオの指先が、先生を指差した。
『――先生、貴方の存在よ』
「……リオ」
自身を何処か、苦悶の表情で見上げる先生。
そうだ、この大人が介入してから一気に形勢が傾いた。
救出部隊を一蹴する程の戦力を有していたアバンギャルド君、それを彼は部隊を率いる事で撃破しトキを撤退まで追い込んだのだ。
『陽動部隊と救出部隊の各個撃破、C&Cの戦力を甘く見積もったつもりはない、しかし救助部隊に向かわせたアバンギャルド君を撃破されるなんて……本来ならばアバンギャルド君とトキ、この二つの戦力でC&Cを正面から打ち破るつもりだったのよ』
「なッ! それって最初から、私達をあの変なロボットで倒せると思っていたって事!?」
「お、お姉ちゃん、云い方……」
「でも、実際先生が来てくれなかったら、危なかったし……」
「うん、確かに強敵だったよ」
『……けれど、この作戦は破綻した、貴方が生徒達に力を貸し、アバンギャルド君を打ち破ってしまったから』
リオは呟き、先生の瞳を覗き込むようにして注視する。
先生の強さは、その指揮能力だけではない――生徒との繋がり、その人脈の広さも含まれる。
彼が動いた時、それは同時に周囲の生徒も動く事を意味するのだ。エンジニア部然り、ヴェリタス然り、C&C然り、トレーニング部然り。例え相手が何者であったとしても、どれだけ劣勢であったとしても、彼が介入した途端逆転の芽が生まれる。それはリオにとって最も恐ろしい変数だ、敵の数は把握出来ず、何処に潜んでいるかも分からない。想定外の戦力が一つ、また一つと増えて行く現状は根源的な恐怖すら感じる程。
そう、これを理解しているからこそ先生を敵には回したくなかった。先生を味方に引き込めば協力する可能性が見出せる組織が、丸々敵に回ってしまうのだから。敵に回せば恐ろしく、味方にすれば何と頼もしい事か。
「そうだよっ! 先生も来てくれたし、此処まで辿り着いたなら実質私達の勝ちでしょ!」
「此処に居る全員で掛かれば、如何に優秀なエージェントと云えどひとたまりもないだろう」
「うん、AMASが増援として投入されても問題ない、それだけの戦力が此方には揃っている」
「……まぁ、ちっと思う所はあるがな」
対峙するトキを前にしてモモイ、ウタハ、カリン、ネルが告げる。この場に集う生徒は先生を除き十一名、戦力としては申し分なく、内四名はミレニアム最強の名を冠するC&Cである。如何にトキがリオに選出される程の才覚を持っており、武装と呼ばれる摩訶不思議なデバイスを行使しようとも限界はある。
この場に居る十一名――全員を相手取る事など不可能だ。
全員がそう確信していた。
ただ一人、先生を除いて。
「それで、降参する為に態々姿を見せたのか――リオ?」
『まさか』
ネルの降伏勧告に対し、リオは憮然とした態度で否定を口にする。彼女とて現状は理解している筈だった。頼みの綱であったアバンギャルド君は撃破され、彼女の持つ手札はトキとAMASのみ。しかし通常のAMASで先生の指揮下にある彼女達を撃破する事は困難である。
分かっている、理解している筈だ――だと云うのに彼女の表情には不気味な気配があった、それをホログラム越しに感じ取ったネルは思わず険しい表情を浮かべる。
まだ何かがある、リオには現状を打破する手札が。
ネルの戦闘に関する嗅覚が警鐘を鳴らしていた。そしてそれは、先生も同じであった。何処か楽観的な気配を滲ませるゲーム開発部やエンジニア部とは異なり、二人は徐々に気配を張り詰めさせていく。
『先生が私達の演算結果を覆し、計画の変更を強いる……それはそれで構わない』
「んだと?」
演算結果を覆す、計画が変更される。
それをリオは良しとした。
それは彼女の性格上、殆どあり得ない事であると云って良い。少なくともネルからすればそうであった。思わず疑問の声を上げれば、リオは微動だにしないまま言葉を続ける。
『先生、貴方が規格外の力を、私の演算を凌駕する力を見せると云うのなら』
「………」
『――こちらも、それ相応の切り札を出すまでの事よ』
切り札――その言葉が皆の鼓膜を震わせる。
その一言には重い響きが伴っていた。全員の背筋が伸び、気配が困惑と緊張を帯びる。虚言ではない、彼女の発言が嘘でも何でもない事は理解していた。全員の脳裏に過る影がある。
「切り札?」
「そ、それって、もしかして……」
全員が困惑を滲ませた呟きを漏らす、彼女の云う切り札――それはトキの扱う武装か、アバンギャルド君だったのではないか、そんな疑念があったのだ。
しかし、事実は異なる。
トキの武装も、アバンギャルド君も、彼女にとって手札の一つではあっても【切り札】ではない。
「……それはコイツの使う、【武装】って奴じゃねぇのか?」
『いいえ、ソレはあくまで副産物に過ぎない』
ネルの問い掛けを、リオは淡々と否定した。トキの身に着けている武装は謂わば、『前提条件』なのだ。その切り札を運用する為に必要な機能であり、武装であり、それ単体でも機能はするものの本来の運用方法とは全く異なる。
彼女達の切り札は――まだ、その姿さえ見せていない。
■
本当の戦いは、これからですよ――リオ。
■
ふと、リオの脳裏にヒマリの言葉が過った。彼女の何処か挑む様な瞳、此方を見透かすような視線を思い返しながら、深く息を吐き出す。コンソールを掴む掌に汗が滲んでいた、彼女も自覚せぬ内に降り積もっていた重圧。
それを握り締め、彼女は呟く。
青白いモニタが、彼女の表情を淡く照らしていた。
「……えぇ、そうねヒマリ」
彼女の云う通りだ、あの場面でチェックメイトを確信していた自分――しかし現実は先生とヴェリタス、別動隊の参入により崩れた。状況は圧倒的に此方が不利、賛同者は無く、計画は崩れ、直ぐ膝元まで彼女達の肉薄を許した。
敗色は濃厚、この状態のまま戦闘に突入すれば勝利する確率は如何程か。演算を用いずとも予測は簡単である。
そう、だからこそ。
「本当の戦いは、これからよ」
誰も居ない部屋、その中心で彼女は呟く。
■
――まだ、
■
『――トキ、現時刻を以て
「――!」
リオの瞳が赤く煌めき、力強い意志と共に宣言する。
声は、確かな驚愕と共に迎えられた。トキが息を呑み、投影されたホログラムに対し戸惑いの視線を向ける。それは彼女が初めて見せる、強い感情の揺れであった。
「リオ様、しかしあの兵装は……ッ!」
『えぇ、貴女の云いたい事は十分に理解している』
咄嗟にトキの口から出た抗議の声、しかしそれを遮りながらリオは尚も言葉を重ねた。其処には無感動でありながら強い、強い覚悟を感じさせる響きがあった。
『この力は本来、名も無き神々の王女、その尖兵と本体を叩く為に用意したもの、けれど出し惜しむ余裕はない、これは先生を、彼女達を止める為に必要な事よ、裏で暗躍するヒマリを阻止する為にも、これ以上時間は掛けられない』
「それは、そう、ですが――……」
『今此処で、この子達を阻止出来なければ全てが無に帰してしまう――私達だけの話ではない、ミレニアムも、キヴォトスも、何も知らない多くの人々が』
「………」
『ならば、今がその時よ』
言葉を失うトキに対し、リオは淡々と、しかし力強い口調で彼女の背を押す。この場所で負ければ全てを失う、自分達だけではない、キヴォトスの全てが掻き消える――そう信じているからこそ、リオの言葉は重くトキの両肩に圧し掛かった。
「っ……」
頬を伝う冷汗、それは肉体的疲労からではない、精神的な重圧によって流れたものだ。アレは本来、キヴォトスの生徒に向ける様な兵器ではない。そして勿論、先生の様な人間にも。そんな罪悪感とも、躊躇とも取れる彼女の葛藤が胸中を駆け巡る。
『トキ』
その葛藤を理解しているからこそ、リオは自身の従者の名を呼ぶ。俯いていたトキの顔が上がり、ホログラム越しに此方を見下ろす自身の主、その視線が重なった。赤く煌めく瞳が、トキに語り掛ける。
重く、しかし確固たる意志と共に。
『――私達の役割を果たしましょう』
「……イエス、マム」
その重圧を、苦しみを知っているからこそ――彼女はゆっくりと、しかし確かに頷きを返した。
この力を同じ生徒に、先生に振るうつもりなど無かった、コレはあくまで来る終焉に備え、抗う為のもの。しかし、此処で敗北すれば全てが無に帰す。ならばあらゆる力を、手段を以て対抗すべき――自身の主が下したその判断は正しい。少なくともトキはそう信じる。
その罪も、苦痛も、困難も、共に背負うと誓った。
ならば躊躇う事は――罪悪である。
「――パワードスーツシステム、アビ・エシュフへ移行します」
彼女は自身の肩に手を伸ばすと、アームギアの端末を操作しながら告げた。再び前を見据えた彼女の表情に、躊躇いの色は無い。
「アビ……エシュフ?」
「聞いたことがないシステムだけれど――」
告げられた名称、聞き覚えの無いそれに疑問の色を浮かべるエンジニア部。そんな彼女達を尻目にトキは次々と衣服、そして兵装を全て脱ぎ捨てて行った。衣擦れの音、床に落ちる物品。身に着けていたメイド服、装飾品、ベルトポーチ、サイドアーム、ホルスター――足元に次々と転がるソレを目にした一行は、強い戸惑いの視線を彼女に向ける。
「な、なに、突然……?」
「武装解除のつもりか――?」
「ちょ、先生、見ちゃ駄目!」
「あわわっ、こ、こんな所で……!?」
「――いいや、違う」
戸惑うエンジニア部、警戒を強めるC&C、必死に先生の目を隠そうとブロックするモモイ&ミドリ。しかし先生はそんな彼女達を横目に険しい表情を崩さない。其処には戸惑いよりも強い、何かに備えるかのような色があった。
そしてC&Cの警戒を裏付ける様な報告が、先生の端末より響く。
『先生! 探知に何かの信号が引っ掛かった! そっちに向けて熱源反応が高速で接近中――!』
「っ、来るか――ッ!」
凶兆は、宙から到来した。
夜空に瞬く星々、その中で流れ星の様に飛来する一筋の光。先生が叫び天を仰げば、生徒達もまた釣られて夜空を見上げる。轟音を鳴らし飛来する青白い光、それを注視しながらトキは指先で足元を指し示す。
瞬間、彼女の足元に広がるロックオンマーカー、青白いそれが着弾地点を定め、トキのアームギアに備え付けられたパネルが点灯する。
『上空! 上から来るよッ!』
「
「――全員離れろッ!」
「っ……!」
何かが堕ちて来る、そう察するのに時間は必要なかった。先生が叫んだ瞬間、咄嗟にC&Cが先生を抱えて後退、エンジニア部もまた全力で駆け出す。ゲーム開発部も皆に続いて地面を蹴り――一拍遅れて広場へと何かが着弾した。
光沢を放つ地面が粉砕され、轟音と衝撃、風圧が彼女達を襲う。思わず地面に伏せるゲーム開発部とエンジニア部。C&Cはアカネが手にしていたケースを盾代わりとして地面に打ち付け、アスナとカリンが先生を両脇からガード。ネルはアカネとケースの影に背を預けながら、トキの影を凝視していた。
地面に這いつくばるエンジニア部とゲーム開発部は、背中を叩く破片を感じながら皆の無事を確かめ合う。
「ッ……な、何、何なの!?」
「エンジニア部……!」
「へ、平気……」
「凄い衝撃でした――!」
「お姉ちゃん、ユズちゃん、無事!?」
「だ、大丈夫……! 先生は……!?」
「私達が護衛している! しかし、アレは一体――!?」
「
舞い上がる粉塵、それらを裂き現れたのは白く巨大なボックス。大きさは三メートルか、四メートルはあるだろう。見上げる程のそれに戸惑い、目を白黒させるゲーム開発部。トキはメイド服の下に着込んでいたレオタードの様な恰好のまま、コンテナの表面にそっと手を這わせた。
「ぼ、ボックス……?」
「あっ、あの、大きな箱みたいなものは、一体……!?」
「あれが、リオ会長の切り札なのか?」
「――違う」
戸惑いの声を上げるモモイ、ユズ、アカネ――彼女達の声に否を突きつけたのはウタハ達、エンジニア部だった。彼女達は地面に這い蹲ったまま、トキの目前に着弾した白い箱の様な代物を注視する。外装はシンプルな一言、見る限り正面に展開溝が見えるが、側面や上部には一切見当たらない。もしアレ自体が切り札、戦闘を行うモノだとすれば余りにもシンプル過ぎる造りだと断言出来た。
「恐らくあれはただの
「運搬用コンテナ? って事は、もしかして……」
「あぁ、中身こそが彼女達の云う、切り札だ……!」
「装着シークエンス開始、着用者認証、確認――スーツの開放」
ウタハがそう告げると同時、トキはコンテナに向かって何事かを呟く。瞬間、白煙を撒き散らしながら展開されるコンテナ、中央が二つに分かれ展開機構が稼働する。そうして内部を晒した時――全員が思わず言葉を失った。
「う、ぁ――」
「これは……」
内部に収納されていたのは一見何かも分からない代物だった。しかし、彼女が白い外装にアームレッグごと足を突き入れた時、それがどういった意図の元設計されたのかを理解する。足を突き入れ、次いで操縦桿に腕を通す。アームギア、レッグギアはアビ・エシュフのシステムにアクセスし、背後より専用のデバイスが耳元に装着された。
用意されていたガイドアイコンに従って指先を動かせば、最後に頭上より戦術支援バイザーが視界を覆う。それで一連の装着シークエンスは完了し、その巨躯はゆっくりとコンテナより一歩を踏み出した。駆動音が鳴り響き、特徴的な両足が展開する。
暗闇の中に青白いラインが浮かび上がり、散らばった破片を踏み砕きながら彼女は告げた。
「パワードスーツシステム、アビ・エシュフ――起動完了」
「な、何か格好良いスーツ!?」
「きょ、強化外骨格だ……!」
「ハッ、面白くなってきたじゃねぇか」
トキの身に着けた兵装――
ぎゅっと唇を結んだアスナが、険しい視線でアビ・エシュフを見つめる。
「何か……嫌な感じ」
「あぁ、私も感じた、アレは並大抵の兵装じゃない」
「部長、此処は――」
アスナの様な直感が無くとも分かる、目の前の兵装――その異質さ。
リオ会長が切り札と断言し、あのトキが装着する事を躊躇する程の代物。ならば作戦は決まっている、この場で居る全員で一斉に掛かる。
そうアカネがネルに提案しようとした所で、しかし彼女の肩に手を置く小柄な影があった。
「――下がっていろ」
「部長……?」
「ね、ネル先輩?」
「C&Cだけじゃねぇ、てめぇら全員だ、此処はあたしがやる」
対峙するC&C、ゲーム開発部、エンジニア部全員に声を掛けるネル。彼女は愛銃を両手に握り締めたまま力強い足取りで前へ、前へと進んで行く。
その間トキは沈黙を守り、ただじっとネルを凝視していた。其処には二人にのみ通じる何かがある様に感じた。状況は違っても、二人には共通した拘りがある。
「ネル」
「あ?」
しかし、その行く手を阻む声があった。彼女が振り向けば、シッテムの箱を胸元に抱きながら視線を寄越す先生の姿。彼の表情を一瞥し、ネルは思わず吹き出す。
「……おいおい、んだよ、そんな顔すんな先生」
彼の表情には様々な感情が籠っていた、恐らくネルが単独で挑む事に反対なのだろう。表に出さずとも透けて見える感情がある、その手の機微に関してネルは意外な事に鈍感ではなかった。それを汲み取るのはまた別の話ではあるのだが――兎角、ネルは愛銃を肩に担ぐと、鎖を鳴らしながら軽い様子で言葉を続ける。
「あいつとはまだ決着が付いてねぇんだ、向こうも本気なら、丁度良いと思ってよ……この
タイマンで
薄らと浮かんだ笑みをそのままに、彼女は先生に言葉を投げかける。
「――先生は、あたしを信じてくれるか?」
微笑み、投げつけられた言葉。先生は一瞬唇を一文字に結び、眉を顰める。沈黙が二人の間に流れた、だがネルは何一つ心配していなかった。何せ、彼女は先生の性質を良くも悪くも知悉している。
「……その云い方は、狡いな」
声は絞り出す様で、思わず苦笑が漏れた。そんな風に問われてしまえば、先生の返す言葉は決まっているのだから。故に彼は力なく肩を竦め、シッテムの箱を指先で叩いた。青白い光が手元を照らし、二人の姿を浮かび上がらせる。
「相手も兵装を使っている、それなら戦闘支援位は許されるよね?」
「おう、頼む」
相手も戦闘支援持ち、ならば此方もそれ位は使って漸くイーブンだろう。先生の言にネルも同意し、戦闘支援を受け入れる。先生がシッテムの箱を操作しネルとリンクすれば、そのヘイローにノイズが走り指先が震えた。微かな頭痛と引き換えに、全身を駆け抜ける何とも云えない心地良さ。ピクリと彼女の肩が揺れ、同時に口元が弧を描く。
「ハッ、この感じ――悪くねぇ」
痺れの走った指先を握り締め、視界に映る情報量に彼女は満足げな表情を浮かべた。再度足を進めたネルはトキの前に立ち、両手の愛銃を無造作に垂らす。床に落ちた鎖が音を鳴らし、足元に広がった。
背後から、仲間達の緊張を孕んだ視線を感じた。空気が徐々に張り詰めて行くのが分かる。
「さっきの続きだ、後輩――構わねぇだろう?」
「………」
ネルの問い掛けに対し、トキは無言を貫く。しかし、放つ気配が何よりも雄弁であった様に思う。
問われるまでもないと、彼女はそう語っていた。
「や、やっぱり、一気に全員で戦った方が良いんじゃ……」
「いや、見に徹するのもまた重要だ、あの機体――どうも普通じゃない気がする」
ユズの不安に駆られた呟きに、ウタハは手元の愛銃を握り締め、真剣な瞳で以て返答する。その両目は前方に佇むトキ、彼女が身に纏った強化外骨格を見つめ離さない。
「見た事のないフォルム、両腕はトライ・ポッド、でも手腕は別にある……肩のあれは、砲身? 形状からすると実弾じゃなくて、エネルギー砲の類かな? 若しくはレールガン、ううん、でもそうすると砲身が細い様な――」
「ミレニアム内での
エンジニア部である彼女達はミレニアムのマイスターとしてあらゆる分野に手を出している、勿論強化外骨格も然り、ベースタイプとなる型や骨格は凡そ把握したつもりでいたが、どうにも既存のそれらとは余りにも乖離が見られた。アバンギャルド君と同じく、アレもリオ会長が自ら研究・開発したものだろう。ならばその性能もまた、察して余りあるというもの。
「――あん?」
ゲーム開発部やエンジニア部、彼女達を押し退け前に出たネル。そんな彼女とトキの距離は凡そ三十メートル前後にあった。撃ち合う距離としては比較的近距離であり、現状で在れば可もなく不可もない交戦距離と云える。
「………」
しかし、トキは何を思ったのかその身を動かし、重々しい足音と共に尚も距離を詰め始めた。
一歩、二歩、巨大なアビ・エシュフが影を伸ばしネルと肉薄する。しかしそれは、余りにも緩慢な足取りであり、飛び掛かる為の助走でもなければ、攻撃のフェイントですらない。
「―――」
軈て二人の影が重なり、互いが一歩踏み込めば手が届いてしまう程の距離――一メートル圏内へと辿り着く。小柄なネルからすれば、アビ・エシュフを身に纏ったトキは見上げる程に巨大である。しかし、双方とも愛銃を構える事もなく、ごく自然体で腕を垂らしていた。
ネルは愛銃のSMGを、トキは両腕に装着した
直ぐ目の前、自身の懐まで無防備に近付いて来たトキに対し、ネルは低く唸る様な声で問いかける。
「……何のつもりだ、てめぇ」
「先程の続きと仰いました」
トキは淡々と、バイザー越しの視線を寄越したまま告げた。青白い光が点滅し、ネルの表情を淡く照らす。
「なら――
「……上等ォ」
最後に自分達が戦った時、その状況を再現するならならば――
何の感慨もなく、寧ろ余裕さえ滲ませ断言するトキに対し、ネルは額に青筋を浮かべる。
舐められていると感じたのか、或いは挑発と受け取ったのか、その両方か。ミシリと、ネルの持つ愛銃、ツイン・ドラゴンのグリップが軋む音がトキの耳に聞こえた。
「ね、ネル先輩、本当に大丈夫なの!? いや、先輩が強いのは知っているけれどさぁ!」
「……何、心配すんじゃねぇ」
後方から響くモモイの声に、彼女は視線を向ける事無く、ただその背中で以て応える。彼女の愛用品であるスカジャン、その背中に描かれた金色のドラゴンが靡いていた。
「先生と組んだあたしは文字通り――勝利が約束されてンだよ」
アビ・エシュフ――ミレニアムの生徒会長、リオが終焉に備え用意した切り札。
大層な肩書だが対峙するネルに気負いはない。先程までのトキと戦う状況と同じ、相手が誰であろうと、どれ程強大だろうと、彼女にとっては関係ない。
真正面から戦い、何度でも食らい付いて、最後には必ず立っている。
――美甘ネルは、そうしてミレニアムに最強の雷名を轟かせたのだ。
ゆっくりと広げられる両腕、握り締められた愛銃の銃口が鈍く光り、その矮躯が前傾姿勢を取る。応じる様にアビ・エシュフもまた身構え、稼働音がより一層甲高いものとなった。
二人の間に火花が散る、目に見えない重圧が二人の肩を圧し潰さんと押さえつける、だがその表情に苦悶はない。
ネルは挑発的な笑みを。
トキは冷徹な無貌を。
「――行くぞ、後輩」
「――どうぞ、先輩」
短く交わされた言葉。
それが合図であった。
殆ど同時に動き出した両者、ネルが飛び上がって全力の回し蹴りを放ち、トキは読んでいたとばかりに腕を振り被る。両者の攻撃は丁度中間地点で衝突し、金属同士がぶつかり合う様な甲高い音と衝撃、火花が散った。
暗闇に咲く火花が二人の顔を照らし、ネルは獰猛な笑みで以て吼える。
「その新品のスーツごと、纏めてぶっ壊してやるよ!」
「アビ・エシュフ、戦闘行動を開始します――ッ!」
サンドバッグ先生までもうちょっと……! 後少し……!