ブルーアーカイブを、もう一度。   作:トクサン

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誤字脱字報告に感謝致しますわ~!
今回約一万七千五百字ですの!


力なき者(剣を取らぬ者)

 

「オラオラオラァッ!」

「―――」

 

 閃光が瞬く、影が飛び交う、爆ぜる火花と衝撃が風となって頬を撫で、先生達の髪を靡かせた。弾丸が四方八方を跳ね回り、この広場だけ昼間の明かりを取り戻している様な錯覚さえ覚える。C&Cに周囲を囲まれ、戦場より一歩退いた位置で見守る先生は固唾を呑んで二人の戦いを見守っていた。

 最早その視界に映るのは彼女達の残影に過ぎない、キヴォトスに於いてもトップレベルの戦闘――それは最早人間の肉眼で捉えられるものではなかった。ましてや、視界が一つしか存在しないのならば尚更。

 

一斉掃射(フルバースト)、ファイアッ!」

「当たるかよ、ンなもんッ!」

 

 ネルに向けられて一斉に放たれた射撃、トライポッドが火を噴き重低音を搔き鳴らしながら放たれる鉛の雨。しかしネルはそれを目視し、愛銃を素早く振り回しながらトリガーを絞る。鎖の甲高い音が銃声の中に混じり、ネルの周囲に展開される弾丸の盾。跳弾角度、位置、先生の支援によってリアルタイムで飛来するそれを知覚するネルは弾丸同士を衝突させる事により、疑似的な安全圏を作り出す。凡そ常人の真似出来る芸当ではない、驚異的なセンスと戦闘支援が合わさり可能な絶技であった。

 

「弾丸を、弾丸でッ……!?」

「全く、どういう戦いだ、これは――」

 

 ゲーム開発部が驚愕に息を呑み、エンジニア部が呆れを含んだ吐息を漏らす。同じキヴォトスに生きる彼女達からしても驚愕に値する動きだ。真似しようと思っても、出来はしないだろう。

 

「お、お互い殆ど攻撃が当たらない……!?」

「ネル先輩の方は先生のサポートがあるから、まだ分かるけれど……!」

 

 地面を這う様に駆け、小柄な体格を生かして弾丸を避けつつ、どうしようもない場合は撃ち落とし、鎖で弾き、死中に活を見出すネル。反しトキはアビ・エシュフという巨大な強化外骨格を身に纏いながらも、動きそのものは以前と変わりなし。

 それどころか寧ろ、スピードに関しては更に磨きが掛かっている様に思えた。一瞬、ほんの一瞬目を離せば掻き消える巨躯、その事にモモイは思わず地団駄を踏む。

 

「なんであんな巨体で速く動けるのさ!? おかしいでしょ!?」

「というかあの機体、ネル先輩が銃を撃つ前に動いてない……?」

「あの機動、若干アスナ先輩に似ているというか――」

 

 トキの機動は、やはりと云うべきか以前の彼女と同じようにまるで最初から攻撃が見えているように動く。洗練された動きは、最小限の動作で以て飛来する弾丸を躱す事を可能にし、ネルと比較して余りにも大柄なアビ・エシュフであっても凄まじい回避性能を発揮していた。ネルがその超絶技巧と圧倒的な戦闘勘、先生の支援によって攻撃を凌ぐとすれば、彼女のそれは正に合理の極致。自身の攻撃をほんの半歩、或いは身体の傾きで回避するトキを前にして、ネルは獰猛に笑う。

 

「やるじゃねぇか後輩……! 切り札は伊達じゃねぇってか!」

「………」

「なら、コイツはどうだ――!」

 

 告げ、ネルは唐突に投擲モーションへと入る。ピクリと、トキの肩が震えるのが分かった。乾坤一擲、全力で地面を踏み締め鎖の付いた愛銃をブーメランの如く投擲するネル、本来であれば到底銃で行う様な動きではない、しかし彼女の場合は異なる――両側を繋がれた愛銃同士が鎖を打ち鳴らし、弧を描くように投擲されたツイン・ドラゴン、その鎖がトキを捉えようと靡いていた。

 

「銃ぶっ放すだけが戦いじゃねェぞ!」

「ッ!」

 

 長い鎖を用いた絡め手――グン、と残った愛銃を引き絞るネル。同時に鎖が伸び切り、トキの左腕へと巻き付いた。強烈な力で引き込まれるトキ、しかし単純なパワー比べであればアビ・エシュフとて強力無比。自身の元へと全力で引っ張り込むネルに対し、トキもまたアビ・エシュフの両足で地面を踏み締め、抗った。

 張り詰めた鎖が震え、ある一定の距離で二人の身体がぴたりと静止する。

 引き込む力は――互角。

 

「ハッ、パワーでもあたしとタメ張るってか!」

「……出力にはまだ、余裕があります」

「吼えたなてめぇッ!」

「ッ――!」

 

 力の緩急、一気に引っ張る力を弱め自らトキの懐へと飛び込むネル。それを読んでいたかのように迎撃の為、主腕を振り上げるトキ。接触する直前、ネルは思い切り地面を蹴飛ばし体を横合いへと逸らす。同時にトキの振り下ろされた主腕が地面を叩きつけ、爆音と衝撃を撒き散らしながら表面を粉砕した。

 

「貰ったッ!」

「いいえ――!」

 

 横合いへと飛んだネルが、手元へと引き戻したツイン・ドラゴンを構える。目前には腕を振り抜いた姿勢のアビ・エシュフ――その隙だらけの脇腹。しかしネルが引き金を絞るより早く、トキは驚異的な反応速度で後退。閃光が瞬き、弾丸はアビ・エシュフの外装を掠めるのみ。

 ネルはその結果に舌打ちを零し、再び二人は高速戦闘へと身を投じる。

 

「……あの強化外骨格、どういう材質を使っているんだ? あれ程の機動力を確保しながら、あの猛攻をものともしない装甲とは、一体」

 

 ウタハはアビ・エシュフの機動を注視しながら内心で疑問を覚えた。アビ・エシュフの機動力は驚異的だ、一般的な強化外骨格とは比較にならない程の運動性能を備えている。恐らく関節部分に掛かる負担も相当だろう。驚くべき事は、それをあの巨体で為しているという事だった。

 通常、この手の兵装は巨大化する程に自重が嵩み、加えて被弾面積の大きさから装甲等で覆う必要が出て来る。巨大さは鈍重さに直結する、そうでないのならばそもそも装甲が極端に薄い筈で、通常のライフル弾を数発受けられる程の耐久性すら持たない。

 しかし、トキの駆るアビ・エシュフに被弾によるダメージは見られなかった。つまりあれ程の機動性を確保しながら、きちんとした装甲も保有している事になる。その事実にウタハは腹の底から驚愕していた。一体どれ程頑強で、軽量の装甲を用いているのか。

 

複合装甲(コンポジット・アーマー)か? それとも重量的な面からすればアルミ合金の可能性も? いや、そもそも重量負荷にアルミニウム合金装甲自体が耐えられない筈だ、それにRHAと比較して嵩張る、あの薄さなら防弾性能は大して期待出来ない、となると――」

「待ってウタハ先輩、あれは多分、単純に装甲で耐久している訳じゃない……」

「そ、そもそも、ネル先輩の攻撃が届いていません!」

「何――?」

 

 ウタハの呟きに対し、ヒビキとコトリが焦燥を孕んだ声で叫んだ。再度ウタハが身を乗り出し二人の戦闘を凝視すれば、確かに――トキの身に纏う装甲に本来ある筈の被弾痕が全く見られない。辛うじて視認出来たその事実に、彼女は声を失う。

 あの猛攻全てを躱しているのか? いいや不可能だ、ウタハは即座に断じた。相手はミレニアム最強と名高いネル、加えてあの巨躯である、必ず要所要所で躱しきれない攻撃は発生する筈だ。

 しかし、直後その答えをウタハは目にした。

 直撃弾、回避先を読んだ置き射撃――ネルのソレがトキの移動先に放たれ、マズルフラッシュと共に銃弾が降り注ぐ。そのままトキは装甲で受ける素振りを見せ。

 

 ――しかし被弾直前、弾丸はあらぬ方向へと逸れた。

 

「い、今弾丸が、逸れた――?」

「いや、そう見えただけな気も……」

「電磁防壁の類か? しかし、アレは――」

 

 実際に装甲で弾いたのか、或いはウタハの云う様に直前で逸れたのか。それは何も分からない、余りにも高速化する戦闘を正しく認識する事は困難であった。エンジニア部がアビ・エシュフの性能に驚愕する中、不意に彼女達の耳へと声が届く。

 

『待って、おかしい、このデータ量は――あり得ない』

チヒロ(チーちゃん)……?」

 

 最初に気付いたのは、後方で戦闘支援を行っていたチヒロだった。エンジニア部、先生の持つ端末から響く息遣い。全員が画面の中に映る彼女へと視線を向ければ、額に流れる冷汗をそのままにチヒロは叫んだ。

 

『ほんの少し前に気付いたの――要塞都市エリドゥ全域を賄う電力と演算機能が、全てあの一機に集中している!』

「なっ……!」

「と、都市全域ですか!?」

 

 ゲーム開発部、エンジニア部、C&C全員の生徒が身を震わせ、声を失う。これだけの規模を持つ都市、その全域を賄う電力と演算機能と云えば最早想像を絶する程。それがあの、たった一機に集中している――それはつまり、何を意味するのか。

 髪を握り締めたチヒロが表情を歪め、モニタに映る数字を視線で追いながら苦々しい口調で云った。

 

『これだけの電力と演算機能なんて、正直私でも想像できないレベルの……! 此処まで来るともう、多分未来予知とか、そういうレベルの事象さえ可能な――!』

「未来予知!? なっ、ちょ、そんなのラスボスの能力とかじゃッ!?」

「チート! チートだよそんなのッ!」

「な、あ、ぅ……」

 

 此処に来てトキの持つ武装――アビ・エシュフの持つ本来の力が露呈する。

 リオが設計・開発し、トキが身に纏う終焉に抗う為の武装、アビ・エシュフの持つ機能。それは膨大なリソースを確保した上で行われる未来予測、対象者の絶対的な優位を約束する戦闘支援システムである。

 

 リオがアビ・エシュフを設計する上で最低限求めたものは三つ。

 一つ、絶対的な耐久性。これはつまり、撃墜されない事を目的としている。終焉に立ち向かう上で最も重要なのは斃れない事だ、如何に優れた兵装であっても破壊されてしまえばどうしようもない。故に身に纏う装甲はより強固に、しかし未来予測を活かす回避性能も最大限発揮する為軽量に、そんな設計思想の元大枚を叩いてエンジニア部の宇宙戦艦、その外装に用いられるレベルの装甲を採用していた。

 

 二つ、対複数戦、対個人戦両方に対応可能な火力の搭載。終焉の内容がどの様なものか具体的に把握出来ない以上、どんな状況であっても対応出来なければ意味がない。故にアビ・エシュフには独自の換装システムが存在しており、両腕のガトリング砲を始め様々な兵装が用意されている。近距離、中距離、遠距離、全ての戦闘距離に於いて有用性を保ちつつ、どのような環境、天候であっても戦闘が行える万能兵器。それこそがリオの求めたアビ・エシュフの対応能力である。

 

 三つ、防衛戦闘での絶対的優位性の確保。このアビ・エシュフは元より防衛戦闘を主眼に開発されたものである。本来の運用方針であればこのエリドゥ外周で敵を迎え撃ち、内部に攻め込まれた場合は区画変動を利用した地の利を生かし、敵を分断、同時に各箇所の防衛設備と連携し撃破を狙う計画であった。その為、機体の機動性は極めて高く、エリドゥとの連動を前提とした戦闘支援はエリドゥ内部に於ける戦闘に於いて絶対的な優位を約束する。云ってしまえば単純に真正面から戦っても強いが、防衛戦闘に於いては更にもう一段階上の強さを発揮するという点である。アビ・エシュフはエリドゥ内部で性能を百二十パーセント発揮出来る様、リオによって設計されていた。

 

「えぇ、単独でこのアビ・エシュフを突破する事は不可能です……そして」

「――ッ!」

 

 つい今しがた目前を駆けていたトキの姿が掻き消える。それは本当に、唐突にと表現する他ない程に速く、ネルは一瞬彼女の姿を完全に見失った。残ったのは蹴り穿たれ、破片を撒き散らし陥没した地面のみ。

 

「人体で不可能な加速、減速、挙動もまた同じく」

「てめぇッ……!?」

 

 声は、背後から響いた。同時に発生するアラート、余りにも急速な加減速、ネルの背後へと回り込んだトキは言葉を挟む余裕すら見せる。

 手を抜いていやがったのか――そんな言葉を口にしようとして、しかし意識外から放たれた打撃がネルの脇腹を捉える。巨大な手腕、トライポッドの銃身で殴りつけられたネルは自身の肉体から骨の軋む音を聞いた。

 

「ぐ、がァッ!?」

 

 堪え切れない衝撃と威力、彼女の身体が浮かび上がり、地面に何度かバウンドしながら傍の建物、そのエントランスホールに突っ込んだ。甲高い破砕音、突き破った硝子が飛び散り、音を搔き鳴らす。そのまま床を滑ってホール受付へと叩きつけられたネルは、幾つかのデスクとラックに埋もれ動きを止めた。

 

「部長!」

「ネル先輩!?」

 

 思わず漏れ出る悲鳴。正面戦闘での被撃、それは何ら珍しい事ではない、しかし彼女がトキと戦闘を行い真面に防御も回避も出来なかったのはコレが初めてであった。

 全員の端末よりチヒロの声が響く。

 

『駄目、皆! もうこれはタイマン云々の話とか、そういう段階じゃない……! アレには全員で掛かっても勝てないッ! エリドゥのリソースがその機体に集中している限り、手持ちの火器で対抗するのは不可能――……!』

『えぇ、その通りよ』

『ッ!?』

 

 チヒロの声、通信にノイズが走る。驚きと共に端末を見下ろせば、僅かではあるが通信障害が再び発生し掛けている様子だった。恐らく、通信回線を再び乗っ取ろうとしている――チヒロの端末からヴェリタスの声が漏れていた。焦燥と怒声、今も尚彼女達は必死に戦っているのだろう。その必死の抵抗が微かに耳を叩く。

 ノイズ混じりの画面、その向こう側に佇むリオが先生を見据え告げる。

 

『そして私に感傷は必要ない、効率的に、合理的に、この場に於いて最も大きな変数――先生、貴方の能力を奪い、終止符を打たせて貰うわ』

「――!」

『貴方さえ居なくなれば部隊は瓦解する……そういう演算結果が既に出ているの』

 

 生徒達の核となる存在、先生。

 生徒の団結を促し、指揮し、導く者。だが逆に云えば、彼さえ居なくなれば変数は形を潜め、演算の結果はより簡潔に、単純となる。アビ・エシュフの力は絶対的だ、特にこのエリドゥ内部に於いて――彼女に匹敵する戦力は存在しない。

 

『トキ、早急に先生を確保、拘束しなさい』

「……イエス・マム」

 

 告げられたリオの指示に対し、彼女は粛々と従う素振りを見せた。ゆっくりと旋回する彼女の視界に、強張った表情の先生が映る。

 

「ッ、おい、てめぇ、後輩……ッ!」

「………」

 

 背後より、掠れた声が聞こえた。突っ込んだエントランスホール、自身の身体に圧し掛かったデスクやラックを押し退け、ネルは血の滲んだ額を拭いながら怒りに塗れた声を放つ。しかしトキはネルを一瞥する事もなく、淡々とした口調で呟いた。

 

「個人的なプライドファイトと命令の遂行、何方が優先されるべきかは明白です――それはネル先輩、あなたとて同じ筈」

 

 二人の戦い、そう合意した上で開始した戦闘。しかし彼女はそれを反故にしようとしている、それはリオから指示を受けたからだ。彼女にとってリオの命令は絶対、個人的な感情を優先しそれを破る事は決してない。

 故に一切の私情を排して一歩、また一歩と進み出すトキ。それを見たネルは怒りと共に駆け出そうとして、しかし体勢を崩した。

 

「ぐッ……!?」

 

 膝を突き、自身の足元を睨み付ける。震える膝元、揺れる視界――先程の一撃が想像以上に響いていた。後十秒と少し、回復に時間が必要だった。

 

「先生、申し訳ありませんが一緒に来て頂きます」

「っ……!」

 

 巨大な強化外骨格が街道を踏み締め、先生へと手を伸ばす。彼女に一度でも捕まれば、人間である先生に抗う術はない。それは誰の目から見ても明らかだった。

 

「ッ、阻止します――アスナ先輩、カリンっ!」

「ご主人様は連れて行かせないッ!」

「分かっている!」

「ユズ、ミドリ!」

「う、うんッ!」

「先生ッ!」

 

 周囲に立っていた生徒達が一斉に動き出し、トキの元へと駆け出す。その銃口が彼女へと向けられ、引き金に指を掛けた瞬間――。

 

「無駄です」

 

 しかし、それが火を噴くよりも早く、アビ・エシュフの姿は彼女達の視界から掻き消えた。標的を失った生徒達は一瞬面食らい、しかし同時にアスナが直感により背後を振り向き叫ぶ。

 

「後ろッ!」

「なっ――あぐッ!?」

「あッ……!?」

「お、お姉ちゃんッ!」

「モモイッ!」

 

 狙われたのは勇んで先頭に立っていたモモイ。彼女はアビ・エシュフの主腕によって払う様に殴打され、そのまま地面に叩きつけられる。バウンドし、打ち捨てられた彼女は街道の上を転がりながら力なく横たわった。ミドリとユズが血相を変えて彼女の元へと駆け出し、先生もまたモモイの名を叫ぶ――しかし先生が駆け出すよりも早く、その道を閉ざす影があった。

 

「っ、トキ――……!」

「先生、これは戦略、戦術、そう云ったもので覆せる差ではないのです、この機体は文字通り世界の破滅を退ける為に生まれたもの……如何に強力な個人が募ったとしても、これ以上の力は存在し得ない――アビ・エシュフとは、そういうものです」

 

 その為に、存在するのです。

 立ち塞がるトキの声が絶対的な響きを伴って皆の鼓膜を叩く。アビ・エシュフとはエリドゥのリソース、機能、全てを注ぎ込んだ一機、即ち要塞都市そのもの。

 今の彼女に挑む事は、エリドゥそのものに挑むに等しい。

 

 故にただの生徒が勝てる道理はなく。

 全ての抵抗は無意味である。

 彼女は暗に、そう告げていた。

 

「そん、なの……!」

「も、モモイ……!」

 

 ミドリとユズに挟まれ、地面に這いつくばるモモイが声を絞り出す。震える腕で地面を叩き、愛銃を掻き抱きながら起き上がった彼女は流れ出る鼻血をそのままに、トキを睥睨しながら全力で叫んだ。

 

「やってみなきゃ、分かんないよッ!」

「いいえ、既に演算は完了しています」

 

 しかし、モモイの啖呵にトキは冷徹に、抑揚なく言葉を返す。トキはアビ・エシュフの主腕をゆっくりと広げながら、攻撃を誘う様に身構える。

 

「どの方向、タイミング、速度で発砲したとしても、この機体に着弾する事は無い――貴女方に私は捉えられない」

 

 彼女は断言する、それは膨大なデータと演算に基づく未来予測だ。先生達がこのアビ・エシュフに勝利する確率など、万に一つか、億に一つか――それ程までに絶望的な差が存在する。

 故にもし勝機を見出すならば――それは最早、奇跡に等しい。

 

「先生」

「……!」

 

 先生の直ぐ傍に、いつの間にかウタハが立っていた。彼女はトキを注視しながら先生の耳元に口を寄せると、小声で一つの提案をする。

 

「――此処に居る全員で、飽和攻撃を仕掛けよう」

「……飽和攻撃」

「そうだ、如何にアビ・エシュフ(あの機体)が優れた演算機能を持っていようと、これだけの銃口から放たれる攻撃を全て避け切るのは困難な筈だよ、どれだけ優れた兵器であっても、負荷限界は必ず存在する」

 

 リアルタイムで放たれる幾つもの弾丸、その軌道を全て瞬時に演算し、行動補正を掛ける。銃弾一発でさえ困難なそれを幾つも同時にこなす事は可能なのか? 仮に演算可能であったとしても、アビ・エシュフ本体はどうか。トキの肉体はその加減速に耐えられるのか。物理的に存在している以上、ハードウェア面でも、ソフトウェア面でも、必ず限界は存在する。そして此処に居る全員が一斉に攻撃を行えば、その限界値を引き出せるとウタハは読んだ。

 

「――エンジニア部!」

「りょ、了解!」

「分かりました!」

 

 既に方針は聞き及んでいたのだろう、ヒビキとコトリは頷きを返し、愛銃を担ぎながら攻撃態勢に入る。先生の袖を掴みながら顔を見上げるウタハは、力強い口調で断じた。

 

「他に手立てはない筈だ……!」

「……分かった」

 

 アビ・エシュフの負荷限界、それはまだ未知の領域。先生は頷き、シッテムの箱を強く握り締める。全員とリンクし、トキに対して一斉に攻撃を開始する――果たして上手くいくかどうか、だが試す価値はある。

 先生はそう決断する。

 

「――皆!」

「はいッ!」

「了解……!」

 

 ゲーム開発部、ネルを除くC&C全員に声を張る。先生を見返し頷いた彼女達に対し、先生は即座にリンクを開始した。シッテムの箱が光り輝き、周囲に展開した生徒達のヘイローが光り輝く。総勢十名のリンク、以前であれば何て事の無い負荷だった――しかし、今の先生にとっては違う。

 

「ぅ――ッ!」

 

 一瞬、脳にぐらりと響く様な鈍痛が走った。視界が充血し、鼻から血が垂れるのが分かる。十名の生徒への干渉は、先生へと相応の負荷を掛け苦痛を齎した。しかし先生は苦悶の声を噛み殺し、口元を乱雑に拭う事で流れる赤を掻き消す。

 

「ッ……!」

 

 生徒はトキに注視し、此方の異変には気付いていない。故に拭った赤を摩りながら、先生は勢い良く号令を放った。

 

「――攻撃開始ッ!」

 

 先生が叫ぶと同時、生徒達が一斉に発砲する。暗闇の中で一瞬、昼間の光を取り戻す広場、鳴り響く銃声、網膜を焼く閃光、砲撃音――その中でトキは平然と佇み、自身に降り注ぐ弾丸を真っ直ぐ見据えていた。

 

「演算、加速」

 

 ギュン、とアビ・エシュフの駆動音が変化する。皆の視界に捉えていた巨躯が急激に加速し、弾丸の雨を潜り抜けるようにして駆け出した。ほんの数センチの傾き、僅かな隙間、そこを縫う様にして地面を踏み抜くトキ。その圧倒的な加速力を前に、広場の地面は陥没し、アビ・エシュフの足形が量産される。

 

「この、弾丸の雨を……!」

「嘘ッ……!?」

「そんな……っ!」

 

 四方八方から放たれる弾丸、その悉くを躱すアビ・エシュフ。死角からの攻撃でさえ、彼女は何の躊躇いも動揺もなく回避して見せる。その動きは最早理外、あらゆる攻撃がアビ・エシュフに対しては無意味など嫌でも実感させられる光景であった。頭上から飛来するヒビキの迫撃砲、カリンの正確無比な狙撃、それすらも彼女は冷静に見極め、被弾を許さない。

 それは正に舞う如く、ウタハは歯を食い縛り額に冷汗を滲ませる。

 

「驚きだよ、どうやら先程の言葉、法螺でも何でもなかった様だね……!」

「やっぱり、電磁防壁を!?」

「うん、見えない位、薄らだけれど――!」

 

 しかし収穫が無かった訳ではない、ウタハは愛銃の振動を腕の中で感じながら確かに見た。アビ・エシュフの周辺には薄らと、目視出来ない程の電磁膜が展開されている。恐らくセミナーのユウカや、コトリの扱う様な電磁防壁程強力なものでは無い、触れた瞬間僅かに弾道を逸らす程度の出力。だがそれで十全なのだ、元より高い機動力と予測演算を持つアビ・エシュフには。

 しかし、これが分かった所でどうなる事もない。弾薬が尽きるまで攻撃し続ける? それは悪手だ、悪手だと分かっていながら他に打開策を見つけられずに居た。故にC&Cのアカネは愛銃、サイレントソリューションと大型のケースを抱えながら先生の傍へと駆け寄り、囁く。

 

「……ご主人様、此処は早急に離脱を」

「っ、アカネ?」

「この場は私達が時間を稼ぎます、アレを打開する策は必ずある、ご主人様ならば――きっと思いつく筈です」

 

 このアビ・エシュフを相手に、単純な数で力押しする事は不可能。それは先生を始め、殆どの生徒が薄々勘付き始めていた。故に作戦が、策略が要る、もしそれをこの場に居る誰かが生み出せるとすれば、それは先生しかいない。

 

「だが……!」

「――ネル先輩ッ!」

 

 真剣な面持ちで撤退を進言するアカネに、先生は何事かを云い募ろうとする。生徒だけを残し自分だけ逃れるなど――そんな言葉を口にしようとした。

 

「ぅぐッ!?」

 

 しかし、言葉は唐突に感じた腹部への圧迫感で腹に戻された。見れば自身の腹部に腕を掛ける小柄な影、先程まで膝を突いていたネルが戦場へ復帰し、先生を担ぎ上げていた。

 

「――任せるぞ」

「――えぇ、部長は先生を」

 

 アカネが去り行く先生とネルを見送り、険しい気配のまま踵を返す。先生は焦燥を滲ませながら、自身を担ぎ上げるネルを見下ろした。

 

「ね、ネル……ッ!」

「腹が立つが、あいつらが正しい……ッ! 決着は持ち越しだ!」

 

 ネルは痛い程に歯を食い縛り、顔を歪め叫んだ。不満なのだろう、あらゆる選択、現状が。しかしそれに対し喚いた所で何が好転する訳でもない、彼女は仲間の声に応え唯一の打開策である先生を担ぎ戦線を離脱する決断を下した。

 

「舌噛むんじゃねぇぞッ!」

「ぐッ……!」

 

 叫び、ネルは地面を蹴って更に加速する。生徒達が離れて行く、先生は轟く銃声とマズルフラッシュに目を細めながら、拳を握り締め俯く。青白い光に覆われる画面、その端に表示されるデジタル時計。

 

 ――現状を打開するには、まだ時間が必要だった。

 

「ネル先輩と先生をこの場から撤退させます、援護をッ!」

「! 逃走するつもりですか、しかし――」

「っ、させない!」

 

 ネルに担がれ暗闇の中へと消えて行く先生、その姿を視認したトキは飛び交う銃弾の中、追撃の為に移ろうと姿勢を変える。だがそれを拒む様に、眼前を一発の弾丸が過った。バイザー越しに視線を向ければ、アカネの声に応えネルの逃走方向に広がる様に陣形を組むC&C、ゲーム開発部、エンジニア部の面々――彼女達はヘイローを輝かせ、トキの前に立ち塞がる。

 

「此処を通るのは、私達を倒してからにしてッ!」

「じ、時間を、稼ぐ位なら……っ!」

「うん……!」

「まぁ、そう易々と倒されるつもりはありませんが」

「そうだな、精々削らせて貰うとしよう」

「大丈夫、だって私達のリーダーと先生だもん!」

「ふふっ、悪くない、まさかエンジニア部の私達がこんな役回りを貰えるとはね」

「先生なら、きっと、何とかしてくれるから……!」

「そうですね――ッ!」

「………」

 

 強大なアビ・エシュフを前に、しかし彼女達の瞳に陰りはない。彼女達は信じている、どれだけ無謀に思える挑戦であっても、どれだけ高い壁であっても、膝を突いてしまいそうな困難でも――それでも先生とネル(リーダー)ならば、きっと道を切り開いてくれる筈だと。

 

 何度無駄だと口にしても、何度力の差を見せつけても、彼女達が折れる事はない。その精神性に、諦めの悪さに、トキは小さく息を吐き出す。

 それは驚嘆か、尊敬か、呆れか――複雑に絡み合った感情はトキにすら紐解けない。

 

「……全く」

 

 大きく足を開き、両腕のトライポッドを突き出したトキ。彼女は立ち塞がる生徒達を見据えながら、冷徹な口調で以て断じた。

 

「――それは、無駄な抵抗です」

 

 ■

 

 走る、走る、走る。

 ネルは先生を肩に担いだ状態のまま街道を駆け続ける。風が頬を撫で、夜空の星々が行く先を照らしていた。先生は苦渋に塗れた表情のまま、ネルの背中を軽く叩き彼女の名を呼んだ。

 

「ネル……!」

「――何だ先生、あいつをぶっ倒す算段でも付いたか!?」

 

 ネルは後方に注意を払いながら、しかし足を止める事無く声を返した。今更戻れというつもりはない、彼女達の献身を無駄には出来ない。同時に今この場で、トキを何とかする方法がある訳でもなかった。先生は数瞬言葉に詰まり、シッテムの箱に表示された時刻を見つめながら言葉を続ける。

 

「五分、いや十分、何とか時間を稼いで欲しい……!」

 

 先生の口から放たれたそれに、ネルは思わず息を詰まらせる。

 

 ――あの武装(強化外骨格)を相手に、十分か。

 

 声に出さずとも、表情で分かる。それは通常の生徒であれば到底不可能な話であり、ネルであっても困難な要求だった。精々が稼げて数分、単独であれば三分も粘れたら良い方だろう。それを先生も理解しているのか、声色は強張っており、表情は苦渋に満ちていた。

 

「厳しいのは分かっている、それでも――」

「いいや」

 

 尚も云い募ろうとする先生に対し、ネルは軽く指先を立て唇を塞ぐと、緩慢な動作で首を横に振る。その赤い双眸が、暗闇の中で先生を射貫いた。

 

「十分間凌げば、勝算はあるんだな?」

「――ある」

 

 問い掛けに対する返答は明瞭で、力強かった。

 

「はッ、なら問題ねぇ……!」

 

 破顔し、ネルは断言する。先生があると云ったのなら、それを信じるだけだ。十分――何としてでも稼いで見せる、そんな意志と共に彼女は歯を見せ笑う。方針は決まった、ならば後は行動するだけだ。

 

「――見つけました」

「チッ、もう嗅ぎつけたか……ッ!?」

 

 後方から走行音が響いた。見れば凄まじい速度で駆け、肉薄するトキの姿が視界に映る。彼女が此処に来たという事は他の面々は戦闘不能に追いやられたか、或いは追撃を振り切って此処に来たのか――どちらにせよ、捕捉された事に違いはない。

 

「ネル、ビルの中へ――!」

「……!」

 

 先生は咄嗟にネルの背中を何度も叩き、傍に在った一際大きなビルを指定した。視界に表示される先生の指示にネルは素早く反応し、地面を滑る様に駆けながら硝子扉を蹴破る。甲高い破砕音と共に内部へと入り込んだネルは、そのままガイド表示に導かれるまま階段を駆け上り始めた。

 

「此処はリオの箱庭だ、一度捕捉されてしまえば、振り切るのは困難だろう……!」

「逃げ回っているだけじゃジリ貧って事だな! それで、態々室内に逃げ込んだ理由は!?」

「閉所であればアビ・エシュフの機動は死ぬ、少なくともあの巨体で室内三次元マニューバは無理だ、幾分か戦い易くはなる! それに私を抱えていれば、トキも下手に銃撃は加えない筈だ、室内なら尚更、跳弾が在るからね……!」

「――成程な、あたしの戦場を整えたって訳だ!」

 

 先生の言葉に一定の理解を示しながら、ネルは脳内で戦術を組み立てて行く。逃げ回るだけではジリ貧、しかし時間を稼ぐならば悪い選択ではない。寧ろ今ネルが取れる最善手とも云える。

 恐らく先生の狙いはビル内部、閉所で自身を抱えながらネルが逃げ回る事だろう。見通しが悪く、三次元機動の制限される室内であればネルの方が小回りが利き、また銃撃の通りも悪い。相手の位置に関しては先生のサポートにより事前察知が可能、立体的なマッピングにより道に迷う事も無い筈だ。

 成程、悪くない選択だった。

 しかし――。

 

「元々守って勝てる様な相手じゃねぇ、それに――ッ!」

 

 階段を駆け上がる中、視界に表示されるアラート。階下から迫る影は直ぐ其処まで手を伸ばしている。ネルは階段の踊り場を駆け抜けると、そのまま上層の廊下へと飛び出した。その奥へと先生を投げ飛ばし、素早く反転、愛銃を両手に握り締める。

 

「先生、ちょっと離れていろ!」

「ぐッ――!」

 

 投げ飛ばされ、地面に転がった先生は辛うじて受け身を取る。タブレットを胸に抱いたままリノリウムの床に這い蹲った先生は、驚愕を滲ませた表情でネルを見ていた。

 

「ネル、何を……!?」

「時間を稼ぐのは構わねぇが、ソイツはあたしの性に合わねぇよ」

 

 それに、恐らく単純な速力で負ける――ネルの戦闘勘が叫んでいた。

 普段の自分であれば問題なかったかもしれない、しかし度重なる連戦の疲労と負傷により肉体は万全の状態ではない。加えてアビ・エシュフの驚異的な機動力、確かに室内であれば小回りの利く自分が多少有利かもしれないが、先生を抱えたまま十分間逃げ切るのは困難である。何せ奴はその気になれば壁をぶち破って、此方を直線で捉える事も出来るのだから。

 そうなれば終わりだ、故に――此処は敢えて賭けに出る。

 

「あれだけ啖呵切っておいて、逃げ回って時間稼ぎなんざ――恰好つかねぇだろう?」

「ネル……」

 

 先生に視線を向け、血の滲む表情で笑う彼女に対し、先生は言葉を呑む。そうこうしている間にもトキは外装で壁を削りながら廊下へと飛び出し、けたたましい音と共に先生とネルの両名を捕捉した。

 彼女は自身を迎え撃つ様に立ち塞がるネルを一瞥すると、素早くその場に停止し両腕のガトリング砲を構えた。バイザーを走る青白い光は周辺を探る様に行き来し、トキの口元が緩む。

 

「成程――この室内であれば、このアビ・エシュフに勝てると踏みましたか」

「………」

「しかし、それは誤りです、この武装はどんな状況で在ろうとも――」

「御託は良い」

 

 ネルは手元のツイン・ドラゴンを揺らし、鎖を打ち鳴らした。階段の踊り場から通じる廊下、ビル上層は所々硝子張りの光壁が並んでいる。廊下を歩きながら夜景を一望出来るのは中々どうして風情があるが、残念ながらそれを楽しむ余裕が彼女達には無かった。

 しかし、利用出来る環境ではある。

 ネルは大きく息を吸い込み、身を小さく屈めた。背後に先生、トキが自分を狙って銃撃する可能性は低いと判断。縦幅も横幅も大きなアビ・エシュフは廊下に於いて殆ど身動きは取れない、しかし馬鹿正直に弾丸を叩き込んだ所で逸らされるのがオチだろう。

 それならば――。

 

「てめぇの玩具(武装)がどれだけ高性能な代物かは知らねぇが、それは……」

 

 回避不能の閉所、前後にのみ移動可能な廊下、背後の光壁(硝子壁)――試す価値は十分にある筈だ。

 

「てめぇの両足が地面に着いている前提の話だろうがッ!」

「――ッ!?」

 

 ネルが吼え、全力で床を蹴り飛ばした。

 衝撃と同時に彼女の肉体は加速、そのままトキの懐へと肉薄する。左右に避けるだけのスペースは無く、ネルの肉体は一本の矢の様にトキ本体へと突き刺さり、そのまま凄まじい勢いで彼女の身体をアビ・エシュフごと硝子壁に叩きつけた。

 

「オラァッ!」

「ぐぅッ!?」

 

 破砕音、飛び散る硝子片が月光と月明かりを反射し、二人の身体は硝子壁を突き破ってビルの外界へと放り出される。

 全身を撫でつける冷風、衣服が靡き髪が一斉に舞い上がる。駆け上った階数分、彼女達はこれから落下する事になるだろう。三十か、四十か、正確な階数は憶えていないが相当登った筈だ。

 つまり、このまま地面に叩きつけられた場合――到底無事では済まない。

 

「ははッ、一緒に空の旅と洒落込もうじゃねぇかッ!」

「ッ、本気ですか……っ!?」

「ったりめぇだろうがッ!」

 

 トキと共に夜空へと浮かんだネルは、全身を襲う浮遊感の中で破顔する。こんな博打染みた行為を平然と行いながらも、何ら恐怖を感じぬと叫ぶネルに対しトキは息を呑んだ。自由落下を開始するトキのアビ・エシュフ、対しネルは両手両足を広げ減速を敢行、そのまま硝子壁の外側に足を着け、滑る様に体勢を整える。

 

「そのスーツなら空も飛べるか!? 出来るってンならやってみろ! 落下中でもあたしの攻撃を回避できるかどうか、見てやるよ――ッ!」

「くッ……!」

「この距離なら、防壁は張れねぇだろうッ!?」

 

 叫び、両腕のツイン・ドラゴンを至近距離で乱射するネル。弾丸は落下の勢いに合わせ硝子壁、アビ・エシュフの外装、トキの身体を強かに叩いた。弾痕が刻まれ、トキの視界に被弾警告が表示される。ネルの狙い通り、今のアビ・エシュフは回避行動が取れずに居る、更に至近距離であれば展開される電磁防壁の内部から攻撃が可能だった。

 今この瞬間に限り――ネルの攻撃はアビ・エシュフを捉える。

 

「っ、ぅ――ッ!」

 

 トキは体の内部から響く鈍痛と衝撃に口を閉ざしながら、冷静にコンソールを叩き状況の打開に尽力する。落下の中であっても彼女は冷静であり、混乱はない。

 

姿勢制御システム(ACS)一時停止、ゼロモーメントポイント(ZMP)再設定、重力加速、周辺状況の分析、演算開始、姿勢制御システム更新、疑似空中姿勢制御実行――演算補正、誤差修正ッ!」

 

 短期間の間に完了させる姿勢制御システム(ACS)の更新、演算補正を開始すれば誤差修正はリアルタイムで行われ、コンマ一秒毎にアビ・エシュフの機動は改善される。ただ自由落下に身を任せるだけであったアビ・エシュフはぐるりとその巨躯を翻すと、硝子壁に腕を突き入れ大胆に減速を開始した。

 外壁を駆けながら弾倉を切り替えていたネルは、その動きに驚愕の表情を見せる。

 

「誤差修正完了、姿勢制御システム(ACS)再起動――対応、再開!」

「ッ!?」

 

 咄嗟に再度銃撃を敢行するネル、しかし放たれた弾丸はアビエシュフが外壁を蹴り飛ばし、距離を空けた事で回避された。躱された弾丸が硝子壁に突き刺さり、内部の廊下に弾痕を刻む。更にアビ・エシュフは空中で手足を伸ばし、外装を広く展開、減速を開始する。トキの身に着けたバイザーと各所に入ったラインが青白く光り、ネルを照らしていた。

 

「エリドゥの演算バックアップがある限り、例え空中であっても運用に支障はありません……!」

「マジかよ――ッ!? そんなでかい図体で、空中でも動けんのか!」

 

 よもや空中戦闘であっても機動性を維持するなど、誰が想像出来よう。ネルは銃口を向けアビ・エシュフ目掛けて引き金を絞るものの、弾丸は悉く回避され、お返しとばかりに右腕のバルカン砲が火を噴く。重々しい銃声と共に放たれる弾丸、視界を染める閃光、ネルは咄嗟に外壁を蹴飛ばし減速するものの、内数発が肩や脇腹に被弾し、身体が外壁へと叩きつけられ、罅を刻んだ。漏れ出る苦悶の声、当たり前の話だが、ネルとて空中戦闘に慣れている訳ではない――相手がこの状況に適応したのならば、寧ろ此方の不利とすら云える。

 

「痛ぇッ!? クソ、マジでチートじゃねぇかッ! てめぇ、ふざけんな!?」

「アビ・エシュフに、弱点はありません――これで終わりです、ネル先輩」

 

 片足で外壁を穿ち、減速するアビ・エシュフが両腕を突き出す。構えられた二門のトライポッド、その銃身が空転を開始しネルへと狙いを定めていた。その銃口は落下する状況であっても揺れる事無く、ぴたりと照準をネルへと合わせる。

 

「今の貴女に、これを全て避ける事は出来ません!」

「ッ……!」

 

 視界に過る無数の攻撃予測線、赤いラインが周辺を埋め尽くす。ネルは咄嗟に愛銃を構え相殺を試みるが――手数が圧倒的に足りず、回避もまた不可能である事を悟った。それを打開するだけの手札も無く、トキの両腕がトリガーを握り込むのが見える。

 現状のネルに――この攻撃を逃れる術はない。

 

「一斉掃射フルバースト――ファイアッ!」

「クソがァ――ッ!」

 

 夜空に轟く重低音、その中に混じるネルの怒声。降り注ぐ弾丸の雨をネルのツイン・ドラゴンが弾き、弾倉が払底するまで弾丸同士を衝突させ、跳弾させる。其処から更に鎖を振り回し、直撃弾を逸らし続ける。視界に火花が瞬き、それは一種の芸術的軌跡を描く。

 しかし、それも長く続く事はない――唸る重低音の中で幾つもの弾丸がネルの肉体を穿ち、叩き、軈て二人の影は地上の影へと堕ちて行った。

 

 ■

 

「ネル――ッ!」

 

 トキに突貫し、硝子壁を突き破りながら夜空の向こう側へと落ちて行ったネル。彼女が暗闇の中へと消えて行く背中を見つめ、先生は焦燥に駆られるがまま突き破られた硝子壁へと駆け寄る。

 吹きすさぶ突風に顔を顰めながら階下を覗き込めば、ビルの外壁を駆けるネルの姿と、落下するアビ・エシュフの姿が見えた。鳴り響く銃声は徐々に遠くなり、閃光が瞬く。しかしそれは一瞬の事で、暗闇の中に二人の姿は消えて行った。

 

「……っ!」

 

 先生は数秒、落ちて行く閃光を見つめると素早く踵を返し、先程駆け抜けた踊場へと戻った。そのまま階段に足を掛け、一階までの道のりを逆走し始める。

 

「はぁッ、ハッ、はっ……!」

 

 五階、十階、十五階、全力で駆ける先生は自身の肺が圧迫されるのを感じた。ネルは自身を抱えたまま容易くこの階段を走破したが、先生にとっては余りにも長く辛い道程である。たった数階下るだけで汗が滲み、心臓が早鐘を打ち始める。肉体的な強度が下がり始めているのを、嫌でも実感した。

 

「ッ、ぅ……!?」

 

 ガクリと、膝が折れた。見れば両足が無様に震え、駆ける事を拒もうとしている。地下のステーションからエンジニア部とゲーム開発部合流まで、そこから中央タワーと、先生は休むことなく駆け続けた。その両足は限界が近付いている。

 しかし、先生にとってそんな事はどうでも良い。震える自身の両足を睨み付けると、二度、三度、強く太腿を叩く。そしてそれでも尚震えが止まらないと見るや否や、懐に手を差し込み強心剤(注射器)を取り出した。

 それを躊躇う事無く自身の首筋に打ち込み、ひんやりとした冷風が肌を撫でる。肉体へと投薬されたソレは先生の心臓に熱を送り込み、全身がカッと焼ける様な錯覚を覚えた。たまらずその場に崩れ落ち、手から零れた空の容器が階下へと転がっていく。

 

 だが、息切れは止まった――まだ、動ける筈だ。

 

「っ、動け……ッ!」

 

 階段の手摺に捕まりながら、先生は再び階下へと覚束ない足取りで駆け出す。発熱する肌、それに反し蒼褪めて行く表情。それでも尚前へ前へと駆ける先生は漸く地上へと到達し、砕けた硝子片を踏み締めながら街道へと踏み出した。

 そこで先生は星々の明かりを浴び、足を止める。

 

「――皆」

 

 声は、愕然としていた。

 

「ぅ、う……」

「せ、先生――……」

「ぐ、ぁ……」

 

 陥没し、戦闘痕が散りばめられた街道。砕けた破片が散らばり、折れた電光掲示板が地面に叩きつけられている。湾曲したガードレールと街灯、そこに凭れ掛かる様にして倒れる――生徒達。

 駆け付けた街道、そこにはゲーム開発部を始めとする生徒達が倒れ伏していた。

 

 地面に倒れ伏したモモイ、姉に覆い被さるミドリ、二人の傍で仰向けに転がるユズ。

 ガードレールに凭れ掛かるウタハ、愛銃を抱えたまま蹲るコトリ、外壁に叩きつけられたまま項垂れるヒビキ。

 電光掲示板の下敷きとなったアカネ、硝子片に包まれたまま横向きに転がるアスナ、街頭モニタに半ば埋もれる様にして沈黙するカリン。

 全員が目に見えて負傷し、血を流し、地面に沈んでいる。

 恐らく彼女達は追撃を振り切ったトキを追いかけ、此処までやって来たのだろう。そうして落下して来たトキとネル、彼女達の戦闘に巻き込まれた。或いは、自ら飛び込んだのかもしれない。

 しかし、結果は――。

 

「……っ、ネル!?」

「ッぅ――……」

 

 先生は陥没した街道の端、其処で血に塗れ倒れるネルを発見した。凹み、破片の飛び散った街道に大の字になって転がる彼女は、苦しそうに喘ぎながら胸元を上下させている。その負傷度合いは一等激しく、彼女の着崩していたメイド服が襤褸雑巾の様に裂けている程。

 先生は倒れ伏す生徒達を見つめ歯を食い縛ると、なりふり構わず彼女達の元へと駆け出そうとした。

 

「――先生」

「ッ!?」

 

 しかし、巨大な影に進路を遮られる。見上げれば、青白い光を放つバイザー越しに此方を見下ろすトキ、アビ・エシュフと視線がかち合った。

 ネルと共に地上へと落下した彼女は、しかし損傷らしい損傷も見られない。

 彼女は先生と生徒達の間に立ち塞がると、これ見よがしに周囲の生徒達を一瞥した。

 

「――かなりの弾数を撃ち込みました、彼女達が起き上がる事は暫くないでしょう」

「……トキ」

 

 先生はシッテムの箱を握り締めながら、小刻みに息を弾ませる。汗が頬を伝っていた、骨折した箇所が熱を帯び、変色しているのが分かる。呼吸一つするだけで不快感が込み上げ、吐き出しそうな気分だった。

 だがそれを無理矢理押し戻し、先生は唇を強く結ぶ。

 その視界には、トキの背に転がる生徒達だけが映っていた。

 

「ゲーム開発部、エンジニア部、C&C……」

 

 ひとりひとり、生徒を視線でなぞりながらトキは呟く。現在この場に集っている戦力、先生の指揮可能な生徒達、倒れ伏した全ての生徒。

 それを認め、トキは先生を見下ろしながら強い口調で断言する。

 

「これで、現在確認されている先生が指揮できる生徒は全て戦闘不能となりました」

 

 この場に居る生徒は皆、アビ・エシュフを前にして敗れた。呻き、苦悶の声を漏らす彼女達を背に、トキはゆっくりと先生にトライポッド――その銃口を向ける。

 無論、撃つ意図など毛頭ない、これは唯のポーズに過ぎない。

 こうして彼女が先生に銃口を突きつけたとしても、最早守る者は誰も居ないのだと、それを言外に告げているのだ。

 

 そう、つまり――。

 

「先生――あなたの負けです」 

 

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