ブルーアーカイブを、もう一度。   作:トクサン

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誤字脱字報告ありがとうございますわ!
因みに今回も約二万一千字ですの。
一万字以下で二日、一万字以上で三日、二万字以上で四日ですわ!


――光よ!

 

「トキ……ッ!」

 

 モニタの向こう側で繰り広げられる攻防戦。リオはコンソールから身を乗り出して彼女の名を呼ぶ。アビ・エシュフのスペックは依然絶対的であり、対峙するネルは最早戦闘可能な状態にない。しかし、画面の向こう側で銃口を向け合う二人、その戦況はトキがやや劣勢である様に見えた。

 性能以上の何か――精神的な側面に於いて、彼女は此方を凌駕している。

 何度倒しても、何度倒れても立ち上がる、その理解不能なタフネスは一体何処から来るのか? 最早彼女の戦闘データなどアテにならない、ましてやあんな負傷を抱えた上でアビ・エシュフに食い下がる等と。

 

「っ、アラート?」

 

 両手を握り締め、固唾を呑んで戦闘を見守っていたリオは――不意に点滅する警告表示に気付いた。区画間のアラートではない、中央タワーの一部に異常が発生している。コンソールを叩き、別のモニタに詳細を表示させると原因が明確となった。

 

「電力供給ラインに異常、まさか……!」

 

 アラートの発生地点は中央タワー地下、即座に監視カメラ映像、及び防衛設備の稼働有無を確認する。監視カメラ映像を切り替えるが、明確な異常は見当たらない――その事自体が既に異常であると云える。反対に防衛設備に関しては起動記録が残っていた。つまり何者かが既に中央タワーへと侵入し、地下設備に襲撃を仕掛けている。

 

「防衛設備が既に、どうして今まで気付かなかったの? こんな深部まで侵入を許す何て……!」

 

 アラートの発生記録は最深部の位置から、恐らく監視カメラ映像はループしている、侵入時の早期発見を防ぐ為のものだろう。目的地に到着した時点で計画を切り替え、強引に最深部制圧を試みたのか――中央タワー地下には電力中枢が存在する、相手方の狙いは明らかだ、そしてこんな芸当が出来るのは。

 想い、リオは歯を食い縛る。

 

「――ヒマリ、貴女ね」

 

 ■

 

「ッ……!?」

「あ?」

 

 激しさを増す二人の戦闘、血を振り撒きながら駆けるネルはしかし、その視界の中で唐突に動きを止めたトキに気付いた。アビ・エシュフの駆動音が鳴りを潜め、表面を彩っていた青白いラインが光を失う。そして月明かりの中で微かに、薄らと輪郭を浮かび上がらせていた電磁防壁が消失するのが視認出来た。

 

「これは、武装の出力が大幅に――」

 

 アビ・エシュフを扱うトキは視界に表示されるアラート、出力低下の警告に思わず目を見開く。一体何が起こっているのか、困惑と戸惑いに襲われた彼女はインカムに向かって叫ぶ。

 

「リオ様、これは一体……!?」

『やられたわ、まさか地下中枢に攻め入るだけの戦力があったなんて』

 

 耳元から発せられるリオの声、それは苦々しく、同時に強張った色をしていた。

 

「何だ、急に動きを止めやがった……?」

 

 ネルは両手の弾倉を切り離し、リロードを行いながら訝し気にトキを見つめる。唐突に動きを止めたアビ・エシュフ、どうにも様子がおかしい。まさか此方の攻撃を誘っているのかと警戒し身構えれば。

 

『――聞こえるか?』

「!」

 

 耳元から響く覚えのない声。ぴくりと彼女は眉を跳ねさせ、耳元に指を添えながら低く威嚇する様な声で問う。

 

「……誰だ、てめぇ」

『悪いが、正体は明かせない』

 

 このインカムから声が聞こえるという事は、通信がまた乗っ取られたのか、或いは――しかしネルが問い詰めるよりも早く、声の主は努めて冷静な口調で言葉を紡いだ。

 

『だが一つだけ云える事がある、私達は先生の味方だ――それだけはどうか、信じて欲しい』

「………」

 

 先生の味方――その言葉を鵜吞みに出来る程、ネルはお人好しでもなければ無知でもない。しかし、タイミングが良すぎるのもまた事実であった、今目の前で動きを止めたトキ、それと同時に届いた通信。これが何らかの形で繋がっている気配は確かにある。

 

『手早く済まそう、此方でエリドゥの電力供給を一時的に断った、現在都市全体の演算機能、その他全てを近隣に存在する非常用電源で賄っている状態だ』

「何だと?」

『供給量は本来の三割程度に抑え込んでいる、件の切り札とやらも大幅にスペックダウンしているだろう』

「なら、目の前のこれはテメェ等の仕業か……!」

『正確に云えば、先生の計画によるものだ』

 

 唐突なアビ・エシュフの停止、その原因を作ったのが声の主だという。同時にネルの脳裏に過る先生の言葉があった。先生を担ぎ、トキの追撃から逃れていた時の記憶だ。

 

 ――五分、いや十分、何とか時間を稼いで欲しい……!

 

 その時の言葉を思い返し、成程とネルは膝を打った。どうやら、先生はコレを狙っていたらしい。そうなると声の主である彼女の言葉も、ある程度は信用出来ると判断する。先生の指示で動き続けていた別動隊、何故自分達に話さなかったのかは分からないが――。

 

『五分だ、五分でケリを付けろ』

「……五分?」

『あぁ、私達が中枢で持ち堪えられる、それが限界点(リミット)だ』

 

 限界点、その言葉を聞いた瞬間ネルは薄らと笑みを浮かべる。

 

「……成程な、つまり」

『そうだ、限界点を過ぎれば都市全体の機能は回復する』

 

 そうなればアビ・エシュフもまた十全なバックアップを受け、機能を回復するだろう。今を逃せば勝機は失われてしまう――此処からの五分間で全てが決すると云っても過言ではない。

 故に声の主は力強く、彼女の名を呼ぶ。

 

『頼んだぞ、美甘ネル(ミレニアム最強)

「云ってくれるじゃねぇか――だが、悪くねぇ」

 

 千切れ、足元に垂れた鎖を蹴り上げる。勢い良く振り切ったそれを腕に巻きつけ、ネルは未だ沈黙するアビ・エシュフを見据えた。

 

「要望通り、五分でケリを付けてやるよ」

 

 弱体化したアビ・エシュフ、声の主が云う通り今を於いて攻め込むチャンスはない。ネルの啖呵を聞き届けた相手は、そのまま無言で通信を終了する。恐らく向こうも余裕のある状況ではなかったのだろう、微かに通信の奥から銃声が響いていた。現在進行形で戦闘を続けているのか――どちらにせよ、やるべき事はハッキリしている。

 

「さて、時間もねぇんだ、四の五の云っている場合じゃねぇ」

 

 弱体化したと云うアビ・エシュフ、それを身に纏いながらしかし未だ威圧感を振り撒く件の武装は決して侮れない。身構えるトキと対峙しながら、ネルは不意に声を上げた。

 

「おい、てめぇ等、いつまで寝てやがる?」

「―――」

 

 それは自身の背後に向けられた言葉だった。決して視線は向けず、しかし感情の籠った声が倒れ伏したC&Cに向けられる。

 

「先生があれだけ根性見せたんだ、それならC&C(あたし等)が先に這い蹲ってどうする」

「っ、ぅ……」

 

 地面に横たわるC&C、彼女達の指先が微かに反応する。併せて光を取り戻すヘイロー、アカネとアスナのソレが回転し、指先が地面を確りと掴んだ。カリンは血の滲んだ掌で愛銃を掴み、ストックを杖代わりに地面へと叩きつけると、強引に体を起こす。その表情は、鬼気迫っている様に見えた。

 

「後輩にいつまでもデカイ面させてんじゃねぇぞ――先生の信頼に応えろ、それがあたし達に課せられた、絶対に譲れねぇ一線だ」

「……えぇ、そう、ですね」

 

 呟き、アカネは罅割れた眼鏡を指先で押し上げる。普段の彼女とは思えぬ、乱れた髪、薄汚れた衣服、血と硝煙に塗れた姿は模範となるメイドとは程遠く。しかし、瞳に秘めた意志だけは僅かも変わらず。

 彼女は手にしたサイレントソリューションを強く握り締め、膝を突く。

 

「全く、そう、云われては……!」

「こんな、所で……」

「あぁ――!」

 

 アカネが、アスナが、カリンが奮起し、血に濡れながら立ち上がる。決して浅い傷ではない、しかし胸に秘めた感情は誰もが同じものだった。

 

「寝ている訳には――いきません……ッ!」

 

 その啖呵に、全員の足が前へと押し出された。ひとり対峙していたネルの隣へと並ぶC&C、左右に佇む彼女達を一瞥しながらネルは薄らと口元に笑みを浮かべる。

 

「ハッ、遅いお目覚めじゃねぇか」

「えぇ、残念ながら、私達はリーダー程頑丈ではないので」

「でも、まだまだ、戦える……よ」

 

 息も絶え絶えに、しかし瞳だけはギラギラと輝かせながら応える両名。アカネとアスナはトキを見据えながら深く息を吐き出す。握り締めた銃器が軋み、闘志は肌を包む様に漂っている。

 

「すまない、リーダー、私は、みすみす先生を……」

「云うな」

 

 後悔と悲壮を滲ませたカリンの言葉を遮り、ネルは断言する。

 

「今、こうして立ち上がった、それが全てだ――借りは返す、そうだろう?」

「……あぁ」

 

 ネルの言葉に対し、カリンは一瞬言葉を呑み、それから重々しく頷きを返す。その通りだ、やられたらやり返す――泥を被って終わりじゃない。それだけは、確かだ。

 

「皆にばかり、良い恰好は、させ、られないな……ッ!」

「――!」

「エンジニア部……」

 

 響いた声に振り向けば、C&Cに続いてエンジニア部もまた、意識を取り戻していた。所々裂けた外套をそのままに、緩慢な動作で起き上がる彼女達は頬に付着した血と粉塵を拭う。その表情は苦し気であったが、瞳は決して死んでいなかった。

 

「インドア派には、キツイ戦いだね、全く……!」

「そう、ですね……ですがッ!」

「私達、だって――やる時は、やるッ!」

 

 ウタハ、コトリ、ヒビキ、彼女達は啖呵を切りながら両の足で確りと地面を踏み締めた。ミレニアムに於ける戦闘は、どれだけ優秀な技術者と一緒に居るかで決まる。誰かの為に何かを作る、それがマイスターの幸せというものだ。

 ならば、そのマイスターの誇りに賭けて。

 

「此処は、立ち上がらなくてはいけない……!」

 

 何せ、まだリオ会長に、一発仕返しが出来ていないからね。

 ウタハは胸中で言葉を零し、苦痛の中で引き攣った笑みを浮かべて見せる。明らかな強がりだ、しかしそれで良かった。ウタハ達の視線が後方に向けられる、その視界に映るのは項垂れ、ガードレールに凭れ掛かった先生の姿。

 

「――それに、抗議する理由が一つ増えたんだ」

 

 血と汗に張り付いた前髪を払い、ウタハは告げる。声には隠し切れない怒りが込められていた。

 

「ぅ、いった……!」

「も、モモイ! ミドリッ!」

「っ、く……」

 

 ユズは倒れ伏したモモイやミドリに手を伸ばし、彼女達の身体を揺する。振動で目を覚ました二人は朧げな視界の中で、自身の名を必死に呼ぶユズの存在に気付く。ミドリは額から流れる血を拭い、愛銃を掻き抱きながらぎこちない動作で身を起こす。

 

「ゆ、ユズちゃん、お姉ちゃん、無事?」

「う、うん、何とか……! で、でも、でもね、せ、先生が……!」

「せ、先生……?」

 

 涙目で衣服を掴み、後方を指差すユズ。何やら必死な彼女に釣られ視線を動かすモモイとミドリ、二人の視界に入るのはほんの少し先で項垂れる先生の姿。一瞬、気を失っているのかと思ったがそうではない。その瞼は腫れ上がり、閉じられている様に見えただけだった。ひゅ、と息を呑んだミドリ、モモイもまた現状を理解し、慌てて先生の元へと四つん這いのまま近寄る。

 

「せ、先生、どうしたの!? そっ、そんなボロボロになって……!?」

「あ、青痣が、一杯……!」

「……モモイ、ミドリ?」

 

 先生を覗き込む二人、その表情は先生からすると良く見えない。塞がった視界は薄暗く、只ですら暗闇に支配されている今、先生は声や気配から辛うじて判断するしか無かった。拉げ、半ば折れ曲がったガードレールに背中を預ける先生は、くつくつと血の混じった笑みを零す。

 

「ふ、ふふ、ちょっと……ね」

 

 少し舌を動かすだけで、口内に激痛が走った。恐らく痛覚が薄れていなければ、碌に喋る事も出来なかったかもしれない。先生は心配を掛けまいと緩く右手を持ち上げると、ひらひらと振って見せる。

 

「でも、この位……かすり傷、だよ、見た目程、酷くはないんだ」

「いや、それは無理があるでしょ!?」

「ぜ、全身ボロボロなんですよ、先生!?」

 

 先生の言葉に対し、二人は思わず声を荒げる。シャーレの外套は最早血と砂利に塗れ、覗く肌には漏れなく内出血の痕が散見されていた。まるで複数人に暴行された様な状態、只ですら先生は負傷していると云うのに――ミドリは言葉を呑み、掌を握り締める。

 

「おう、起きたか、チビ共」

「ね、ネル先輩……!?」

 

 振り返れば、自分達を見つめる赤い瞳と視線が交わった。彼女はトキと対峙したまま、顔を向ける事無く淡々と言葉を紡ぐ。

 

「あたしらがぶっ倒れている間、先生が身体張って時間を稼いだんだよ」

「せ、先生が――?」

「あぁ、そんなボコボコにぶん殴られてまでな」

 

 自分達が気を失っていた間に何があったのか、それは分からない。しかし凡そ予想する事は出来る、そしてネルの言葉が本当ならば、自分達が意識を失っていた間に先生は時間を稼ぎ続けたのだと云う。それは何故? 何の為に時間を――それは、考えずとも分かった。

 

「今、アイツのアビ・エシュフ(切り札)はパワーダウンしている、勝機は今しかねぇ」

「ッ……!」

「全部先生が手繰り寄せた好機だ――それで、どうするチビ? 先生は、あたし達が立ちあがると信じていたぞ」

 

 それを聞いた瞬間、モモイは一も二もなく立ち上がった。先程まで痛くて、不快だった気怠さ――しかし今は気にならない、それよりも内側から突き上げる感情が勝ったのだ。ゆっくりと振り返ったネルが真剣な面持ちで、ゲーム開発部に問いかける。

 

「まだ、戦えるか?」

「――当たり前だよ!」

 

 声は明瞭で、良く響いた。

 立ち上がったモモイは頬を拭い、挑む様な視線で前を見据える。その背中に続く、二人の仲間、その影。

 

「ユズ! ミドリッ!」

「分かってる!」

「う、うん……!」

 

 左右に立った仲間、ミドリとユズを一瞥しながら愛銃を掲げる。その瞳には絶対不変の意思が宿っていた。

 

「ゲーム開発部は、何度だってコンティニューするんだから……ッ!」

「――その意気だ」

 

 薄らとネルが笑みを零し、全員がトキの目の前に立ち塞がる。C&C、エンジニア部、ゲーム開発部――一度は打倒した生徒が皆、続々と復帰し再度目の前に立つ。一列に並んだ彼女達を見つめるトキは、その表情をくしゃりと歪める。

 

「ネル先輩だけではなく、他の皆さんまで……」

「不思議か? こんだけ叩きのめされて、全員どうして諦めねぇのかって」

 

 色を失いつつあるアビ・エシュフ、それを身に纏いながらトキは再び立ち上がった彼女達に苦り切った表情を向ける。ネルや先生だけではない、倒れても尚立ち上がる気概を持った者は。

 

「勝率だの、可能性だの、そんな細々とした事は正直どうでも良いんだよ、んなモンは出来る奴に任せりゃ良い……細かい数字は、()()に必要ねぇ」

 

 告げ、ネルは自身の胸元を拳で叩く。血に塗れ、所々裂けた制服とスカジャン、しかし彼女の背中に輝くドラゴンは決して色褪せず、常に彼女を彩っている。

 

「――重要なのは意志だ、戦うかどうか、立ち向かうかどうか」

 

 獰猛に笑うネルは断じる。

 勝つか、負けるか。

 勝敗は確かに重要だ、何かを成し遂げる為であれば算段も必要となるだろう。

 しかしそれは、実際に挑んだ後の話に過ぎない。

 戦うか否か――挑むか、否か。

 それは戦う前の話だ。そこに算段は必要ない、勝ち負けを云々するだけの余地はない。挑むか、挑まないか、その選択に介在するのは本人の意志、それ一つ。

 戦い、挑む事自体は誰だって出来るのだ――その意思が、勇気があれば。

 そして。

 

「今此処に揃った面子で、ソイツ(挑む意志)がねぇ奴はひとりも居ねぇんだよッ!」

「ッ――!」

 

 ネルは確信している。

 この場に揃った全員、誰一人として諦める者など居ない。

 こうして立ち上がった姿を見れば一目瞭然だろう。だからこそ、何度だって立ち向かう。例えどれ程に傷を負うと、どれだけ絶望的な状況に陥ろうと。

 その意思が、勇気が潰えぬ限り。

 

「ですが、例え抗う意思を持とうとも……ッ!」

 

 トキは叫び、しかし自身のそれは虚勢に過ぎないと自覚していた。

 彼女達はこの程度で折れない、絶望しない――諦めない。

 それが分かる、理解出来てしまう。先生から始まった小さな波紋は、全員が共鳴する事によってより大きな波紋と変貌している。彼女達の意思を、精神を挫くには生半可な手段では足りないのだ。

 

『―――』

 

 リオは画面の向こう側で想う。それならば、見せるしかないと。

 圧倒的で絶対的な、力の差というものを。

 

『トキ、主砲の使用を許可するわ』

「っ!」

 

 耳元から響くリオの言葉にトキは顔を跳ね上げた。それは驚きから来るものだ。視界の端にウィンドウが開き、そこからアビ・エシュフの全体図が浮かび上がる。その背後に装着された二本の砲身、それが赤く点滅する。

 

『現状でもアビ・エシュフ内部に一度の使用には耐えうる電力が確保されている筈よ、この際都市内部の破壊は目を瞑るわ――区画の一部を消滅させても構わない、確実に、彼女達を戦闘不能へと追い込んで』

「……リオ様」

 

 主砲の使用許可、その事実にトキは一瞬怯む様に言葉を呑んだ。まさか、という想いがあった。これは本当に、同じキヴォトスの生徒相手に放つものでは――しかし、ややあって彼女は唇を一文字に結びながら頷きを返す。

 

「イエス・マム」

 

 トキの返答と共に、武装制限解除の文字が視界に躍る。中央管制室からリオの手によりアビ・エシュフの武装制限が解除されたのだ。

 アビ・エシュフに搭載されている主砲、その威力は要塞都市エリドゥに於いて最大の火力を誇り、使用には管理権限を持つリオの許可が必要となる。装着者であるトキの一存でも使用できない武装――それが今、正に解禁された。

 トキはその場から大きく後退し着地、足を踏み鳴らすとアビ・エシュフの腰を落とし告げる。

 

「これで、全てを終わらせます……!」

 

 背部に二本の翼の様に収納されていた主砲、それらが音を立て展開し、前方へとせり出す。同時にアビ・エシュフの両足から姿勢固定用アイゼンが地面に打ち込まれ、各関節がロックされた。外装の隙間より青白いラインが走り、充填音を鳴らし始める。

 

「主砲展開、砲撃姿勢固定、照準合わせ――充填開始ッ!」

『ッ、大きなエネルギー反応があります! 先生ッ!』

 

 タブレットの中からアロナが叫び、先生の意識を刺激する。何とか持ち上げた視界の先に、アビ・エシュフを捉える。僅かずつ広がる青白い光、突き出された二本の砲身、それを凝視しながら先生は震える指先をタブレットに伸ばす。

 

「ア、ロナ――ッ」

『ッ……!』

 

 画面を叩き、血痕を残しながら叫ぶ。同時に意図を汲み取ったアロナが代替操作を行い、生徒達と先生が再度リンクした。全員のヘイローが輝き、微かな頭痛と手足の痺れを覚える。先生は軋む様な痛みに歯を食い縛り、鼻から垂れる赤をそのままに項垂れる。

 

「先生!?」

「敵の、大きな攻撃が、来る……! 皆、備えて……!」

 

 告げ、正面を指差す。トキのアビ・エシュフが何か大きな攻撃を放とうとしている、先生は霞む視界の中で現在時刻を確認した。そして表示されるメッセージ、別動隊は今も尚仕事を果たしている事を理解している。制限時間は五分――その間に、何としてもトキを止めなければならない。

 

「っ、ごめんね……私は、こんな事でしか、力になれない」

 

 既に四肢は云う事を聞かず、走る事どころか、歩く事さえ困難だろう。戦術指揮を執る事も出来ず、文字通り置物にしかならない。唯一貢献できる事と云えば、アロナの力を借りた戦闘情報支援程度――だがその言葉を聞いたエンジニア部は、不敵に笑って見せた。

 

「何、心配する事はないよ、先生」

「えぇ、そうですね……!」

「うん、何故なら」

 

 表情には確かな自信が覗いていた。彼女達はトキの身に纏うアビ・エシュフ、その主砲に集中する青白い光を見つめる。素人でも分かる、驚異的なエネルギーがあの機体に集中している。一体どれ程のエネルギー量になるのか、ウタハの目算では街道一帯どころか区画一つ削り取るだけの規模を予感させた。

 

 ――強大な攻撃とは何か、何時か先生がゲーム開発部に問い掛けたそれ。

 

 圧倒的な火力を持ち、避けられない広範囲で、防御する事も出来ず、一帯を薙ぎ払う兵装。ではそんな攻撃に対し、一体どうやって対抗すれば良いのか? 避ける事も、受ける事も許されない攻撃。更に喰らえば一撃必殺――正にゲーム開発部風に云うのであれば、クソゲーと云うに相応しい。

 ならばどうする、諦めるのか。 

 いいや違う。

 

 エンジニア部(彼女達)が辿り着いた答えは、こうだ。

 

「こんな、事も……ッ」

「――あろうかとッ!」

 

 叫び、彼女達は身を翻し外套の裏に仕込んでいたソレを開帳する。

 

 ――火力には、火力で対抗すれば良い。(同質量の砲撃で迎撃すれば良い)

 

 彼女達が持ち込んだケース、バッグ、背嚢、ツールボックス、果ては袖の裏から外套の裏地まで、彼方此方から次々と引っ張り出さられる何かの部品(パーツ)。一つ一つはそれほど大きなものでは無いが、エンジニア部の手によって見る見るうちに接続し展開され、形を変える。最初は小脇に抱えられる程度の大きさだった火砲が大柄な生徒一人分程度の大きさに変貌、最終的に細い筒の様な形を取った。スーパーノヴァと比較するとやや流線型のスタイルで、一回りどころか二回りほど小さい。

 それを目視したモモイは思わず困惑の声を上げた。

 

「う、ウタハ先輩、これは……ッ!?」

「説明しましょ――いえ、したい所ですが、今は状況が状況なので簡潔にッ!」

 

 ゲーム開発部の問い掛けに対し、いち早く反応したコトリであったが今は一刻を争う状況の為、詳細は省き必要な部分だけを早口でまくし立てる。

 

「私達が製作したレールガン、スーパーノヴァ(光の剣)ですが性能は兎も角、製作費用が余りにも嵩む上、メンテナンス面から量産には全く向きません!」

「そこで何とか比較的安価な材料、簡易な構造でスーパーノヴァに近い性能のレールガンを量産し、いつか開発する宇宙戦艦に搭載出来ないかという目論見の元、設計、試作された『量産型試作スーパーノヴァ』――それがこの、【プロミネンス】!」

「目標は凡そ達したの、分解・清掃(オーバーホール)が簡単な構造、一般生徒でも分解すれば持ち運び可能な程の軽量化、良好なメンテナンス性、比較的安価な製造コスト、スーパーノヴァに匹敵する火力……!」

「ですが反面、スーパーノヴァの様にデブリにぶつかっても問題ない程頑丈でもなく、エネルギー充填もスタンドアロン状態だと一発限り、更には強度不足から反動は凄まじく、最大の欠点として発射すれば自壊するという構造上の欠陥があります!」

「えぇッ!?」

 

 コトリ、ウタハ、ヒビキの口から紡がれる説明に思わず声を漏らすモモイ。メリットを聞けば、これまた凄まじいものを開発したものだと感心したが、デメリットが余りにも大きすぎた。冷汗を流しプロミネンスを見つめるモモイ、そんな彼女に対しウタハは自信満々に告げる。

 

「つまり、一発しか使えない上に反動もスーパーノヴァよりとんでもなく重い! しかし比較的軽くてスーパーノヴァより安価に作れる……! まぁ、それでも十分高いけれど――そんな感じのロマン砲(情熱砲)なのさ!」

「な、何それ」

「だ、大丈夫、なのかな……?」

 

 ミドリとユズもまた不安げに呟く。しかしテキパキとプロミネンスの設定を行う彼女達の表情が物語る――でも、それが良いのだと。

 一発限りの超絶威力の砲撃、使用後は自壊し破壊される。

 つまり何をせずとも自爆し、更に火力はスーパーノヴァに匹敵する。何と云う浪漫か、素晴らしい、パーフェクトだ、いつか使えるのではないかと部品単位で数キロ前後あるソレを抱えて走った甲斐があった。彼女達は本気でそう思っていた。

 

「自壊って、これ撃ったら爆発とかしないよね!?」

「で、でも仮に爆発するとしても、他に手段はないよ、お姉ちゃん」

「そ、それはそうかもしれないけれど……ッ!」

 

 困惑するモモイをミドリが説得する。他に抵抗する手段はない、手持ちの愛銃でアレに対抗出来る筈もなく――逡巡するモモイであったが、頭を振ると半ば自棄になりながら反駁を呑み込んだ。

 

「スゲェ何かをぶっ放そうとしている、って事は確かだな、ありゃ」

「下手をすると、区画丸ごと吹き飛んでしまいそうな規模に見えますが……」

「あぁ、だからこのプロミネンスでアビ・エシュフの攻撃を相殺する! 砲撃後の隙を突いて、C&Cは彼女の懐に潜り込んでくれ……!」

 

 ウタハはプロミネンスをエンジニア部全員で抱き起しながら叫ぶ。やる事は簡単だ、あの攻撃を迎撃し、砲撃後の硬直をC&Cが強襲する。あれだけの規模の砲撃だ、必ず隙は生まれるという確信があった。

 

「――任せたよC&C」

「おう」

 

 ウタハの言葉に力づく返答するネル。如何に傷に塗れようとも、彼女の自信は僅かも損なわれはしない。

 

「私達も背後から支える、ゲーム開発部の皆で狙いを付けてくれ!」

「えっ、私達が!?」

「六人全員で抑えれば、反動だって何とか抑え込める筈です! す、少なくとも理論上は……!」

「わ、私達も精一杯、フォローするから……!」

 

 エンジニア部から次々と投げかけられる言葉。まさか自分達が狙いを付ける事になるとは、困惑するゲーム開発部。しかし一人、即座に立ち直ったモモイは隣で呆然とするミドリの肩を掴み叫んだ。

 

「ミドリッ!」

「えっ、な、何、お姉ちゃん」

「狙撃はミドリが一番得意じゃん! だから引き金はミドリが担当してっ!」

「なっ、え、ちょッ!?」

「み、ミドリ……!」

 

 何でそんな大役を私に――そう口にしようとして、しかし同時にユズが声を上げる。自身を見つめる二人の瞳、不安と、縋る様な想いと、信頼。確かに垣間見えるそれを前にしてミドリは思わず呻き、俯いた。

 悩んでいる時間もない、それを理解している。だから彼女はぎこちなく、微かな怯えを含みながら頷いた。

 

「っ、わ、分かった……!」

 

 その信頼に、応えなければならない。

 彼女が抱いた色はそれだけだ。

 

「既に充填は開始している、グリップを確り握ってくれッ!」

 

 エンジニア部が抱き起した火砲――プロミネンスをC&Cを除く全員で支える。エンジニア部が後方を、ゲーム開発部が持ち手周辺を担当した。

 ミドリは肩に担ぐ様にしてグリップを握り締め、大きく息を吸う。重量自体はエンジニア部の面々が云っていた通り、それ程重くはない。精々が五~六十キロと云う所だろう。それを六人が持ち上げるので、然程苦痛には感じなかった。これを幾つかに分解し持ち運んでいたとの事だが、彼女達が頻繁に息切れしていたのはコレのせいではないだろうかと、ミドリは内心で疑った。

 

「すーッ、ふーッ……!」

 

 吐息が白く濁っていた。心臓が跳ねる、鼓動が五月蠅い。視界に映るアビ・エシュフ、その前方に収束する青白い光は徐々にその勢いを増している。一体どれ程の規模の攻撃を放つつもりなのか、ミドリには全く分からない。本当にこの火砲で相殺できるのか、反動で吹き飛んだりしないか、狙いが逸れたりしないか――不安は幾らでも湧き上がって来る。

 しかし、彼女はそれら全てを呑み下した。

 

 脳裏に描くのはいつも横で見ていた、大好きな仲間の勇姿。

 彼女の放つ、勇者の証。

 

「アリスちゃん――私に、私達に勇者の力(光の剣)を貸してッ!」

 

 叫び、前を見据える。

 途端、プロミネンスは一際甲高い音を搔き鳴らし始めた。展開した外装が震え、内部のタービンが急速に回転を開始する。青いスパークが周囲に発生し、唸る様であった稼働音は軈て轟音に切り替わった。

 

「ユズちゃん、お姉ちゃん!」

「ちゃ、ちゃんと持っているよ……!」

「ミドリ、私は後ろにいるから!」

 

 声さえも掻き消されそうになる中、ミドリは必死に二人の名を呼ぶ。ユズはミドリと反対側に、モモイはミドリを支える様に背後に立っている。ミドリの背中に、誰かの腕が押し当てられた。姉であるモモイは、自身の背中に居る。その実感を噛み締めながら、彼女は引き金に指を掛ける。

 

「発射準備、そろそろ完了しますッ!」

「ウタハ先輩……ッ!」

「外装展開、排熱機構を露出させるよ!」

 

 コトリとヒビキが叫び、ウタハは最後尾に設置されたパネルを操作する。抱えたプロミネンスの外装が大きく展開し、排熱板が外気に晒された。蒸気を噴き出し、益々重苦しい音を立てる砲身。全員の身体に振動が響き、熱風が頬を撫でる。

 

「充填、五十、六十、七十――!」

「急速充填中、発射準備完了まで凡そ十秒ッ!」

 

 プロミネンスの外装に光が走り、砲口に青白い光が滲み出す。そうこうしている間にもアビ・エシュフの主砲はより一層輝きを増し、最早一つの星の如き光を周囲に撒き散らしていた。びりびりと肌を撫でる威圧感、矢面に立つゲーム開発部は固唾を呑んで今にも引き込まれそうな光を見守る。

 

「八十五、九十、九十五――アビ・エシュフ、安全装置(セイフティ)解除!」

「早く、早くッ……!」

「う、ウタハ先輩、まだですかッ!?」

「もう少しだ……!」

 

 一秒経過する毎に肌を刺す威圧感、脅威は増している。心が焦る、汗が滲む。後方よりプロミネンスを担ぎながらパネルを操作するウタハがメーターを凝視する。急速に上昇するパーセンテージ、しかしそれが酷く遅く感じる。汗と血の滲んだ指先がパネルを汚し、ウタハは焦燥に顔を歪めた。

 

「――主砲、フルチャージ!」

「――プロミネンス、撃てるよッ!」

 

 後方よりウタハの必死な声が響いた。同時にトキの視界に映る充填完了の文字――彼女は僅かも躊躇う事なくトリガーを引き絞る。

 

「最大出力、ファイアッ!」

 

 瞬間、アビ・エシュフの主砲より放たれる二本の極光(ツインキャノン)

 それは凄まじい反動と風圧を生み、アビ・エシュフの両足が街道にめり込んだ。同時に道を抉りながら一帯を白く染め上げ、ゲーム開発部やエンジニア部、C&Cを呑み込まんと直進する極光。

 余波は左右に並んだビル群の窓硝子を次々と粉砕し、その外装を赤熱、溶解させる程。迫り来る光、目を覆いたくなる純白と熱波を前にミドリは目を細める。

 

「ミドリッ!」

「うん……ッ!」

 

 モモイとユズが叫んだ。ミドリは歯を食い縛り、トリガーに掛けた指へと力を籠める。

 

 ――決め台詞を借りるよ、アリスちゃん。

 

 思い描くのはいつも、どんな時だって窮地を薙ぎ払う光。ミドリは引き攣りそうになる口元を思い切り吊り上げ、不格好な笑みを浮かべながら声高に叫んだ。

 

「――光よーッ!」

 

 声を響かせ、トリガーを握り込む。

 瞬間、凄まじい反動が彼女達の身体を突き抜け、街道に重々しい衝撃音を打ち鳴らす。皆の構えた砲口から青白い光が射出され、同時に凄まじい熱波が髪を後方へと靡かせた。放たれた砲撃は迫り来る極光と衝突し、飛び散った光の余波が周辺のビル群、街道を溶かし、穿ち、切り裂く。その瞬間を目撃したトキは、バイザー越しに目を見開き叫んだ。

 

「なッ!? アビ・エシュフの主砲と同クラスの威力を――ッ!?」

「ぐ、ぎッ、ぎぎッ!?」

「ぐぅ、うッ……!?」

 

 グリップを握り締めるミドリ、その反対側で火砲を支えるユズ、背後を支えるモモイ。矢面に立つ姉妹は全身を砲撃で照らされ、同時に焼かれてしまいそうな熱波に顔を顰める。ずり、ずりと、砲身を支える小柄な身体が僅かずつ地面に沈み、後退していく。

 

「こ、これ、反動、ほんとに、お、重――ッ!?」

「ほ、本体重量が軽量化、されている分、砲手の方に、負担が、来ています……っ!」

「熱っ、熱ッ!? 砲撃の熱が、こっちにまでッ!?」

「み、皆、頑張って……!」

「もう、少し――だッ!」

 

 矢面に立つ三人だけではない、全員で砲身を支えている現状、その熱や振動、衝撃は皆の肉体を突き抜けている。エンジニア部の三人は放熱板に近い後方を担当している為、外装を伝って両手に火傷を負いそうな熱を感じていた。どうやら急速充填を行った影響で、排熱が追いついていないらしい。しかし、その両手を離す事はない、目の前に自分より小さな肉体で必死に食らい付いているゲーム開発部の皆が居る。

 ならば、この両手が焼き切れるまで――絶対に手放す事はしない。

 

「ぅ、ぐ、ぐッ……!」

 

 ミドリは歯を食い縛り、前方を睨み付ける。アビ・エシュフの放った砲撃とプロミネンスの放った砲撃は、何方も同じレベルの破壊力を秘めていたらしい。だが強化外骨格を土台として発射している向こうと異なり、此方は完全に即興の砲撃体勢。

 ふとした瞬間、力を抜けば諸共後方に吹き飛んでしまいそうな不安定さがあった。グリップを握り締める腕には青筋が浮かび、その姿勢は半ば仰け反る様に後ろへと引かれている。砲口が少しでも上下に暴れてしまえば、逸れた砲撃はアビ・エシュフの勢いに負け自分達を呑み込むだろう。

 だからミドリは必死にグリップを引き寄せ、堪え続ける。

 

 ――アリスちゃんはいつも、こんな威力の砲撃を何度も行っていたんだ。

 

 グリップを握り締めるミドリは、表情とは裏腹に内心で感嘆の声を漏らした。体験してみなければ分からない事がある。反動を抑え込む両腕は今にも千切れそうで、外装は肩にのめり込み、全身を今にも圧し潰してしまいそうな重圧がある。反動という一点に関してはスーパーノヴァよりも酷いという話だが、これよりも軽いとは云え彼女は一人でこの重さを、威力を抑え込んでいた。

 

 ――やっぱり、凄いよ、アリスちゃんは。

 

 極光に照らされる中、ミドリは全身に汗を滲ませ、しかし薄らと笑みを浮かべる。

 そうだ、アリスちゃんは凄いんだ。自分達、ゲーム開発部の仲間は皆凄い。

 お姉ちゃんも、ユズちゃんも、アリスちゃんも――先生も。

 だから。

 

「負ける、もんかァ――ッ!」

 

 叫び、限界を超えた死力を振り絞る。彼女はこんな所で消えて良い存在じゃない、アリスちゃんは魔王なんかじゃない、機械なんかじゃない。あの子は私達の仲間で、大切な友達で、同じミレニアムの生徒で――軈て世界を救う、勇者になる子だ。

 

 叫びは自身を鼓舞する為のものであり、視界を覆う白に抗う為のものだった。絶望を塗り替える勇気、それを振り絞る為に叫ぶ。声は砲音と破砕音に掻き消され、誰に届く事もない。

 

 いいや――それは違う。

 

「まだ、もっと、もっと沢山ッ! 皆でゲームを作るんだ……ッ!」

 

 反対側で砲身を支えるユズが、その顔を真っ赤に染めながら声を荒げた。ボロボロになったお気に入りの上着、よく見ればユズの愛用していた(サンダル)は片方が脱げており、右足は素足の状態だった。指先に血が滲み、それでも固い地面を踏み締め彼女は耐える。

 

「今度こそ、ミレニアム・プライスで優勝するって――ッ!」

「っ……!」

 

 背後から圧し潰されそうなミドリの背中を支える影。視線を向ければ白に照らされ、傷に塗れ、それでも怯まず前を見据える(モモイ)の姿があった。

 

 彼女の声は、確かに仲間達へと届いていた。

 

 ミドリの背中を、ぐんと押す小さな掌。触り慣れた、感じ慣れた体温。

 小さくて、細くて、けれどいつだって自分を引っ張って、支えてくれた――大きな(てのひら)

 

「皆で、約束したんだからッ!」

 

 ――そうだよね、ミドリ?

 

 必死に歯を食い縛る姉、そんな彼女の言葉にならない声。ミドリはそれを正確に、確りと受け止めた。

 震える両腕が、ぴたりと定まる。押し戻されそうだった上体を死ぬ気で戻し、両足を更に深く、深く踏み締める。

 一秒ごとに限界を超える地獄の様な時間、ほんの微かな時間が酷く長く感じる。

 それでも。

 

 ――軈て極光は霧散し、終わりを向ける。

 

「ネル先輩ッ!」

「――任せろォッ!」

 

 モモイが叫び、砲撃の余波で地面を這い蹲っていたC&Cが一斉に動き出す。ネルがいの一番に飛び出し、その背後にアスナとアカネが続く。カリンは片腕に抱えていた愛銃を振り回し、先生を抱き寄せながら銃口を白の向こう側へと向けた。

 

 一拍遅れて衝突し合っていた砲撃同士が巨大な爆発を巻き起こし、街道に爆炎と爆風が撒き散らされる。ビルが抉れ、地面が溶け落ち、火花が夜空に打ちあがる。その衝撃を堪える事は出来ず、ゲーム開発部とエンジニア部は抱えていたプロミネンスごと吹き飛ばされ、そのまま地面を転がった。

 

「しゅ、主砲のエネルギー完全消失ッ!」

「っ、排熱機構、熱処理、間に合わない……!」

「まずい、プロミネンスが自壊するぞッ! 離れるんだっ!」

「わ、わぁッ!?」

「先生ぇーッ!」

 

 コトリが砲撃の消滅を確認し、ヒビキが焦燥に塗れた声を上げる。ウタハは転がったままのプロミネンス、その外装が徐々に赤熱していくのを目撃し叫んだ。

 途端、全員が一斉に駆け出し、蜘蛛の子を散らす様に離脱。軈て臨界を迎えたプロミネンスは内部より崩壊し――小さくない爆発を巻き起こした。

 飛び交う外装の破片、熱波、エンジニア部とゲーム開発部は揃って先生の元へと飛び込み、その身を守る様に全員が先生を囲い、抱き締める。

 

「っ、主砲冷却、姿勢変更、体勢を――ッ!」

 

 相殺された砲撃、周囲に立ち昇る蒸気、砲撃姿勢から立ち直り、砲身を背部へと収納、両足に展開していたアイゼンを解除するトキ。よもや主砲を防がれるとは思っていなかった、あの規模の攻撃は連射出来ない、少なくともパワーダウンしたアビ・エシュフでは――そう考え迎撃準備を行うトキの視界に、蒸気を振り払い迫る影があった。

 

「よぉ」

「っ……!」

 

 ぞわりと、トキの背中に氷柱を突き込まれた様な悪寒が走る。下から抉る様に突き出される銃口、微かに聞こえる鎖の金属音。

 月明かりに照らされ、漂う白の中で光る赤い瞳がトキを捉える。

 

「潜り込んだぞ――てめぇの懐にッ!」

 

 砲撃終了後の隙、それを逃さぬよう飛び込んだネルは約束通り強襲を敢行した。そして見事、トキの意表を突く事に成功する。

 連続した銃声が鳴り響き、至近距離から蒸気を穿ち飛来する弾丸、咄嗟に両手を構え弾丸を主腕で受ける判断を下したトキ。甲高い音が鳴り響き、アビ・エシュフの腕部装甲に弾丸が降り注ぐ。だが、それだけではない、視界に表示される警告、鼓膜を叩くアラート、冷汗を滲ませながら左右に目を向ければネルとは別に迫る二つの影。

 

「もう、逃がさないよ、トキちゃん……!」

「さて、自身の失態は成果で洗い流さなければなりません、償いはして頂きますよ」

「アスナ先輩、アカネ先輩……!」

 

 ネルの左右から飛び出す形で現れるアスナ、アカネの両名。そして当然、皆の後方には先生を背中に庇いながら狙撃位置についたカリンの姿もある。その瞳は、スコープ越しに此方を狙っている。

 

 ――演算機能と行動補正を失ったアビ・エシュフの懐に入られた。

 

 それはトキとしては絶対に避けたい状態であった。しかし現実問題、彼女達は主砲の間隙を縫って肉薄し、得意のクロスレンジに持ち込んだ。万全とは云い難い状態のC&C、しかし暗闇の中で尚も光を失わない瞳はトキに根源的な恐怖を思い出させる。

 

「全員でリベンジマッチだ、今度こそ分断なんて姑息な手は使わせねぇ……! いや、今は都市の変動機能も止まってんのか? まぁ、そんな事はどうでも良いか!」

「くッ!」

 

 飛来したネルを中心にアスナ、アカネがトキを包囲する様に陣形を組む。トライポッドを突き出し、忙しなく視線を動かすトキ。彼女の視界を逃れる様に駆けまわる三名、アラートが鳴り止まない、しかし演算機能を失った今、彼女達の動きや弾丸の軌道、攻撃の予兆は読めない。そしてそれは、アビ・エシュフの機動力にも影響が出ている。恐らくネルと行ったビル落下時の三次元機動すら、現状では困難な筈だった。

 

「どんな手を使われようと関係ねぇッ! チートには、それを上回る実力(知恵と技術)で叩き潰す!」

 

 両腕に巻き付けた鎖を解き放ち、地面を打つネル。垂れ下がった鎖が残影の如く軌跡を残し、地面に擦れて火花を撒き散らす。接近の刹那まで音を殺していた彼女は、両腕に握り締めたツイン・ドラゴンを振り上げ、最高の笑みで以て叫んだ。

 

「――なぁ、そうだろう、おでこ(ユズ)ッ!?」

 

 ネルが叫び、突貫する。

 それが合図であった。

 C&C全員が一斉にトキへと飛び掛かり、それを辛うじて視認したトキは即座にその場から撤退を選択する。しかし、演算機能と行動補正を失った彼女の動きは目に見えて精彩を欠いており、正面から迫り来るC&Cの攻撃は悉くアビ・エシュフの外装を叩いた。放たれた弾丸がアビ・エシュフの装甲を凹ませ、金属音が鳴り響く。横合いから振り回された鎖、それを屈んで回避し、アビ・エシュフは大きく跳躍。

 視界に表示される数多のウィンドウ、被弾警告に対しトキは唇を噛む。

 

「遅ぇ、遅ぇ、遅ぇッ!」

「被弾増大、損害状況確認――っ!」

「部長!」

 

 ネルの背後から声が響いた。ぴくりと彼女の眉が震え、即座に彼女は身を反らす。

 

「おうッ!」

 

 叫び、ネルが声を発すると同時に響く銃声。ネルの影になっていた場所からアスナが引き金を絞り、弾丸は跳躍したトキの本体に着弾した。苦悶の声を漏らし、弾痕が刻まれるスーツ。街道を割り着地を敢行するトキ、ネルはそんな彼女に対し頭上から弾丸を浴びせる。閃光が網膜を焼き、降り注ぐ鉛を前にトキはステップを踏む様に後退した。

 

「アカネ、やれッ!」

「お任せください」

「――!?」

 

 だが読んでいた、彼女の後退先は既に。

 いつの間にか設置されていた爆弾、後退する最中足元の違和に気付いたトキはしかし、微かな電子音を聞いた瞬間には爆発に呑み込まれる。背後、足元から巻き起こるそれ、両足の装甲が弾け、アビ・エシュフの体勢が崩れる。全身を撫でる熱波に声を漏らし、膝を突くトキ。

 

「ぐぅッ……!」

 

 耳元で響く警告音。姿勢制御の負荷限界、バックアップの無い状態で攻撃を受け続けた結果機体の演算処理が一瞬、ほんの一瞬停止する。それは瞬きの間に過ぎない隙――だが、それを見逃さない生徒が此処には居る。

 

「狙え、カリンッ!」

『――既に捉えている』

 

 インカムから響く彼女の声は、余りにも冷徹で、平坦であった。

 重低音の銃声を轟かせ、同時にトキの顔面に直撃する弾丸。

 カリンのホークアイ、その大口径はトキの装着していたバイザーを粉砕し、拉げさせた。トキは顔面を跳ね上げ、アビ・エシュフが大きく蹈鞴を踏む。

 自身の顔面を覆ったトキは額より流れる血を自覚する。バイザーを失った彼女は機体の詳細情報、戦闘支援を視覚的に受ける事が出来なくなった。より深さを増した暗闇の中で、自身の頭部を正確に打ち抜いたカリンを一瞥する。暗視補正がない視界は、酷く昏く感じられた。

 

 ――まさか、此処まで追い込まれるなんて。

 

 C&Cの連携、その凄まじさを理解していた筈だった。

 しかしここまで厄介だとは、演算機能と行動補正を失った状態では勝ち目がないのか? そんな弱気な感情が胸の内から湧き上がる。

 だが、トキはその感情を呑み込み、吼える。

 

「いいえ、まだです――ッ!」

 

 そうだ、まだ終わってはいない。

 トキはトライポッドを覆う外装を盾代わりとし、全身を細かく畳む様にして防御を固める。確かにアビ・エシュフは機動性を確保する為、装甲はそこまで厚くない。展開された電磁防壁と機動力、演算による予測で全ての攻撃を回避する前提の設計である為に。

 しかし、だからと云って柔い訳ではないのだ。金銭と技術を惜しまず注がれたアビ・エシュフの装甲は、例えライフルの集中砲火を受けたとしても耐え得る頑強さを誇る。両肩に装着された装甲に関しては、一発だけならば戦車の主砲にも耐えるだろう。

 あらゆる状況を想定されたアビ・エシュフ、その性能は決して侮れない。

 

「アビ・エシュフの装甲、この程度で抜けはしませんッ!」

「あぁ、確かに生半可な攻撃じゃ、ぶち抜けそうにねぇな」

 

 トキの啖呵にネルは素直に肯定を返す。

 そう、トキの現在優先すべきは攻撃を捌き切る事。パワーダウンしたアビ・エシュフはしかし、一時的なものに過ぎない。現在起こっている障害が復旧すれば、アビ・エシュフの演算機能もまた復活する。具体的な時間は不明だが、リオ会長が対処しない筈がないと云う確信があった。故に彼女はただ耐え、逃げ切るだけで良い――アビ・エシュフが息を吹き返す、その瞬間まで。

 

 反対にC&Cには五分と云うタイムリミットが存在する。具体的な数字こそ向こうに知られてはいないが、そう時間を掛けていられないのは確かであった。故に求めるのは速攻、決定的な一撃を叩き込む事。

 防御を固めたアビ・エシュフを突き崩すのは中々骨が折れるだろう。

 

 しかし――その堅牢な防御を突破する策が、ネルにはあった。

 

「だが、どんな堅てぇ奴でも問答無用で一発ぶち込む技ってのがあってよ、後輩、てめぇは知っているか? あたしのやっているゲームだと、良く『ぶっぱ』って云われているんだが」

「っ、ゲーム?」

 

 一体、何の話を――トキが表情に困惑を滲ませると同時、ネルは握っていた愛銃を片手に束ねると、傍に立つアカネへと無造作に空いた手を突き出す。

 

「アカネ」

「……本気ですか、ネル先輩」

「あぁ?」

 

 アカネは即座に彼女の意図を理解した。伊達に同じC&Cとして長い間共に過ごして来た訳ではない。しかし、理解して尚渋る理由がある。その色を言葉に乗せて問い掛ければ、ネルはあからさまに不機嫌そうに口を曲げた。

 

「あたしが本気じゃねぇ時が、今まであったか?」

「――いえ、そうでしたね」

 

 そう、彼女はいつだって本気だった。有言実行、やると云ったらやる――表裏が無いからこそ分かり易く、同時に嘘が無い。アカネは小さく吐息を零し、担いでいたケースを地面に降ろすと、中から一つの爆弾を取り出した。残り少なくなった彼女の爆薬、その中でも一番奥に、ポツンと佇んでいた内の一つ。

 それをネルへと手渡し、薄らと笑みを浮かべながらアカネは告げる。

 

「御無事で、リーダー」

「はっ、誰に云ってやがる」

 

 分かり切った事を云うなと、ネルは言外にそう告げ笑った。

 そしてその場で身を屈めると、全力で地面を蹴飛ばし加速するネル。姿勢を低くし、防御を固めたトキに迫る小柄な影。どんな攻撃であっても受け切る、或いは回避する用意がトキにはあった。だが迫るネルは銃口を此方に向ける事もなく、ましてや爆弾を投擲する素振りも見せない。

 

「ッ、銃も構えず――!?」

「どんな奴だろうと、問答無用で一発ぶち込める技ってのはよぉ……ッ!」

 

 駆けるネルは掴んだ爆弾を器用に点火し、制限時間を定める。設定は十秒、パネルに表示された赤い数字を見下ろしながら、ネルは獰猛に笑った口元を晒す。

 

「――自爆だッ!」

 

 その一言に、一瞬トキは思わず硬直した。彼女が何を云い放ったのか、理解出来なかったからだ。

 そしてネルはアビ・エシュフの足元へと肉薄すると、その両手を広げながら肩から突っ込む様にしてタックルを敢行した。

 

チビッ(アリス)、テメェの発想、少し借りるぞ――ッ!」

「なっ!?」

「オラァアアッ!」

 

 衝撃、どこにそんな力が残っていたのだと叫びたくなる程、強烈なタックルがアビ・エシュフを、トキを襲う。

 地面を滑るアビ・エシュフの両足が火花を散らし、街道の表面を削っていく。ネルの骨が軋み、両足から血が噴き出すのが見えた。しかし彼女は止まらず、そのまま後方のビルへとアビ・エシュフを押し込んでいく。

 硝子扉が割れ、中へと諸共転がり込み、そのまま内壁に叩きつけられるトキ。爆弾を握り締めた腕をトキの首元に押し付け、血を吐き出しながら吼えるネルの瞳孔は開き切っている。

 電子音が鳴る、タイマーが進む。トキは視界の中でそれを収めながら、必死に口を開く。

 

「はッ、アカネ(アイツ)の持っている中で一等強力な爆弾だ、室内でのコイツは骨まで響くぞッ!」

「ッ、正気ですかネル先輩!? この距離では先輩諸共ッ!?」

「ったりめぇだ!」

 

 トキの必死の声に彼女は顔を逸らすと、思い切り自身の額をトキの額に打ち付けた。ガツン、と凄まじい衝撃が頭蓋を襲い、思わず口から苦悶の声が漏れる。血に濡れた肌、互いの色が異なる瞳が相手を捉え、その網膜に自身の姿が反射する。

 

「後輩も、先生も、全員が根性見せてんだッ! 高々この程度の傷でイモ引いてられるかよッ!」

「ぐ、ぅッ――!?」

 

 至近距離で見つめ合う双方、同時に鳴り響く甲高い電子音――設定したタイマーがゼロを表記する。

 時間だ、トキは衝撃に備え、ネルは最後の瞬間まで爆弾を手放さなかった。

 

 一拍後、ビル一階を丸ごと吹き飛ばす爆発が巻き起こる。

 臓物を震わせる衝撃、全身を打ち据える爆炎と爆音。至近距離でそれを受けたトキは衝撃で一瞬意識を飛ばし、同時に視界も、聴覚も、一切が暗闇に落ちる。

 爆発で吹き飛ばされたアビ・エシュフは自重と爆発の衝撃によって崩れた床の崩落に巻き込まれ、そのまま地下の格納庫らしき場所へと落下、地面に叩きつけられた。降り注ぐ瓦礫片、砂塵、それらを身に被りながら横たわるアビ・エシュフ。外装を瓦礫が叩く音が地下に木霊する。

 ややあって彼女は息を吹き返し、その瞼を薄らと空ける。生きている? 最初に思ったのはそれだ、何とか呼吸をしようとして、粉塵を吸い込み咳き込む。

 

「くぅ、が、ぁ……ごほッ、ごほっ!」

 

 ズタズタに引き裂かれた衣服、肌に残る火傷痕、流れ出る血と黒ずんだ髪。必死に呼吸を繰り返す彼女は破損した外装を横目に、揺れる意識を必死に繋ぎ止める。

 凄まじい爆発だった、決して至近距離で受けてはならない類の。見れば装着されていた筈のアビ・エシュフ、その左腕トライポッドが消失し、持ち手だけが残っていた。トキは残ったグリップ部分を投げ捨て、地面に手を付けながらアームギアのパネルを操作する。

 

「機体、損傷……率、八十七――」

 

 バイザーを失った彼女はアームギアの液晶を見つめながら顔を顰める。ぽたぽたと、頬を伝った血が滴り落ちアームギアを汚してた。機体の状態は酷いものだ、殆どの機能が死んでいると云って良い。見ればアビ・エシュフの脚部装甲も剥がれ落ち、内部機構を露出している。

 

「移動困難、姿勢制御は、沈黙、ですが射撃管制装置(FCS)は無事、まだ戦闘継続は可能な筈……」

 

 パネルを操作し、アビ・エシュフの姿勢制御補正をマニュアルへと切り替える。途端、ずしりと全身が重くなったような感覚を覚えるも、動けないよりはマシであると判断。そのまま覚束ない足取りで立ち上がり、頭上に空いた穴を仰ぐ。

 この状態でネル先輩以外の生徒と戦闘を行えるか、ただ歩く事さえ困難だというのに――いや、是を非としても成し遂げなければならない。

 そう彼女は意識を切り替え。

 

「――くくッ」

 

 声がした。

 聞こえる筈のない声が。

 トキの背筋が伸び、びくりと肩が跳ねる。ゆっくりと視線を下に向ければ、薄暗く点滅する非常灯に照らされた暗闇の中、靴音を鳴らし近付いて来る誰かが居た。

 

 いいや、誰か等と濁す必要はなかった。

 薄らと浮かび上がる小柄な影、同時に響く鎖音。

 その特徴を持つ人物は、ただひとり。

 

「今のは、中々、キツイ一発だったな」

「ネル、先輩……」

 

 彼女の前に再び現れたのは、ネルその人。

 全身余すところなく傷を負い、片目を瞑り、両腕を垂れ下げながらゆっくりと歩み寄る彼女。足元には夥しい量の赤が流れ落ち、最早生きているのが不思議な程であった。しかし、彼女は薄汚れ、破損し、苦痛に歪んだトキの姿を一瞥するや否や鼻を鳴らす。

 

「随分、良い恰好になったじゃねぇか、後輩」

「………」

「その様子だと、流石にもう動けねぇか? あれだけやったんだ、どっかしらぶっ壊れてねぇと、割にあわねぇな」

「先輩は、不死身ですか――?」

「あ? 根性に決まってんだろう」

 

 震えるトキの問い掛けに対し、ネルは飄々と答えて見せた。どれだけ傷付こうとも、ボロボロになろうとも、その不敵な笑みは決して消えない。骨は何本折れている、靱帯はどれだけイカレた、そもそも四肢が繋がっている事自体が奇跡。そんなレベルの負傷でも、しかし彼女は全身を止めない。

 

「さて、あたしは耐えた、先生も耐えた、それなら――」

 

 トキの直ぐ目の前にまで迫った彼女は足を止め、ゆっくりと両手を持ち上げる。その手に握られているのは――彼女の愛銃、ツイン・ドラゴン。

 粉塵を被り、血に塗れ、しかしその輝きは失われていない。千切れた鎖が金属音を鳴らし、ネルの血に染まった瞳がトキを真正面から射貫いた。

 

「――次はてめぇが耐える番だ、後輩」

 

 突きつけられた銃口、殆どの機能を停止したアビ・エシュフ、朦朧とする意識の中トキは歯を食い縛り、引き攣った笑みを浮かべる。震える腕を辛うじて動かし、トライポッドを持ち上げる。

 それは彼女の持つ、最後の意地だった。

 

「……上等、です」

 

 トキがそう告げた瞬間、ネルは一瞬意外そうな表情を零し。

 それから獰猛な笑みを見せ――地下にツイン・ドラゴンの銃声が轟いた。

 


 

 愛と勇気とロマンの話だから、これ位派手にやっても良いかなぁって……。

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