ブルーアーカイブを、もう一度。   作:トクサン

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誤字脱字報告、感謝ですわ!
今回諸事情で日数にしてはちょっと文字数少ないですの。
全部で約一万六千字ですわ。


最善の道(バッドエンド)は昏く淀む

 

 巻き起こる盛大な爆発、吹き飛ばされるエントランス、余りの衝撃と熱波に顔を背け、地面を這うC&C。ゲーム開発部やエンジニア部もまた、その熱風を受けながら険しい表情で顔を顰める。街道に飛び散るドアフレーム、瓦礫片、硝子、それらを踏み締めながら一行は爆心地を凝視する。

 

「っ、か、勝った……? それとも――」

「ね、ネル先輩――?」

 

 小さな声で呟くモモイとミドリ。

 暫し、周囲に沈黙が降りた。

 ややあって、崩れ落ちた足場に掛かる手。それが砂利を擦り、ゆっくりと這い上がって来る。

 

「ッ……!?」

 

 咄嗟に全員が銃を構え、固唾を呑む。暗闇の中で、ゆっくりと這い出る人影はどちらか。

 ネルか、トキか。

 

「――なに不安そうな声出してやがる」

 

 ややあって、人影は声を発した。崩れ落ちた穴より這い上がり、ふらふらと覚束ない足取りで街道へと進む小柄な影、彼女は両手にぶら提げた愛銃、そこに繋がった鎖を引き摺りながら鼻を鳴らした。

 

「このあたしが、負ける訳ねぇだろう?」

「ねっ……」

「ネル先輩!」

「部長ッ!」

 

 月光に照らされ、現れたネル――彼女の姿に歓喜の声を上げるゲーム開発部、C&C、エンジニア部。特にC&Cの三人は即座に彼女の元へと駆け寄り、その傷だらけの身体を咄嗟に支えた。爆発を至近距離で受けたネルの恰好は、殆ど襤褸雑巾と云って良い程に裂け、焼け焦げ、所々が露出している。裂けた制服から傷付いた肌が見え隠れし、地面には少なくない血が垂れていた。

 

「は、ったく、揃いも揃って、んな顔、しやがって……うぐッ」

「部長、無理をなさらず……!」

 

 ふらふらと首を揺らしながら叫ぶネル、しかし声を張る事さえもう辛いのか、その視線は焦点が合わず、右へ左へ逸れてしまう。

 先生は限界を超えた肉体に鞭打って立ち上がると、支えてくれていたエンジニア部に礼を告げ、自身の外套を脱いだ。内ポケットに詰めていた諸々をズボンのポケットへ移し、足を引き摺りながらネルの元へと進むと、手にしたそれを羽織らせる。

 お互い、酷い恰好だった。血と硝煙に塗れ、痣だらけで、薄汚れていて。

 しかし、そんな状態であってもシャーレの外套を羽織ったネルは破顔し、血を滲ませた唇で問いかける。

 

「どうだ、先生」

「……ネル」

 

 二人の視線が重なる。ネルは自身の胸元を親指で指し、何処までも自信に満ち溢れた口調で云った。

 

「やっぱりあたしは、最強で、最高のエージェント、だろ?」

「勿論――いつだってネルは、最強で、最高のエージェントだよ」

 

 先生は彼女の問い掛けに、万感の思いを込めて頷く。それはネルが心の底から求めていた一言だった。故に満足そうに、そして歓喜を噛み締める様に吹き出し、ネルは大きく息を吸う。

 

「おい、チビ共」

 

 だから後は――。

 ネルの指先がゲーム開発部を指す。

 

「あたし等と、先生が、此処まで繋いで来たんだ……」

「っ!」

「――絶対、助け出せよ」

 

 血と砂利に汚れ、擦り傷だらけの指先。

 それを突きつけられ、同時に掛けられた言葉。ゲーム開発部の三人はバトンを受け取ったのだ。彼女が死力を尽くして繋いだバトンだった。ずっしりと、肩に圧し掛かる様な重さがあった。

 

「後は、上手く、やれ――……」

「っと」

 

 そこまで口にして、ネルはその瞳から光を失う。同時に脱力した肉体が崩れ落ち、慌ててカリンとアカネ、アスナがネルの身体を支えた。項垂れた首元、ヘイローが消失しており意識を失ったのだと分かる。

 アカネはネルの矮躯を抱き上げると、傷だらけの頬を慈しむ様に撫でた。

 

「流石に、限界だった様です」

「あぁ、そうだな……」

 

 アカネの呟きに頷きを零すカリン。アスナはネルがアカネの腕の中に納まった事を確認すると、彼女が今しがた這い上がって来たエントランスホール、その中心に空いた穴を覗き込む。視界には下層で倒れ伏しているアビ・エシュフが見えた。その外装は無数の弾痕が刻まれ、着用者であるトキも仰向けに倒れ、ぐったりと動かない。ヘイローも確認出来ず、完全に意識を飛ばしているのが分かる。アスナは銃口をアビ・エシュフに向けたまま、僅かに低くなった声色で告げる。

 

「トキちゃんの方は、流石に動けなさそうだね」

「あぁ、そうみたいだ……だが確実ではない」

 

 アスナの隣へと足を進ませたウタハは、同じようにアビ・エシュフを見下ろしながら口を開く。

 

「流石に再起動はないと思うが、念には念を入れるべきだろう――私達エンジニア部は此処で待機しているよ、彼女(トキ)を見張る為にね」

「アビ・エシュフの無力化と、中央タワーへと続く道の警戒もついでにお任せください!」

解体(無力化)、だね……!」

 

 自身の持ち込んだツールボックスを片手にコトリとヒビキは告げる。どちらにせよ最大の障害であるトキは戦闘不能、リオの持つ最大の手札を破った以上、これに勝る一手が繰り出される事はないだろう。ゲーム開発部の三人はその言葉に頷き、それから先生に視線を向けた。

 

「先生も、此処で休んで――」

「いいや……」

 

 モモイから投げかけられた言葉に、先生はゆっくりと首を横に振る。

 

「私も、中央タワーに行くよ」

「せ、先生」

「大丈夫……少しだけれど、休んで気が楽になった」

 

 ――彼女達を、助けに行かないと。

 

 呟き、先生は背筋を正す。正そうとして、ぐらりと視界が裏返る様な感覚があった。しかし、それを辛うじて耐え切る。平然と佇んでいる様に見える先生であったが、一分一秒枚に精神を削る様な忍耐を要求される。だが彼は決してそれを表に出さない、これより酷い状況、死線など――それこそ幾つも潜って来たのだから。

 

「……そういう事であれば、私もネル部長と此処で待機しております、流石にエンジニア部の皆さんだけにするのも不安ですから」

「アカネ……」

「アスナ先輩、カリン、ご主人様をお願いします」

 

 アカネは意識を失ったネルを抱き締めたまま、エンジニア部とこの場に残る判断を下す。エンジニア部単独での戦闘能力は然程期待出来ない、そしてリーダーである彼女を放っておく訳にもいかず、そうであるならば固まって動いた方がまだ危険が少ないという判断だった。

 アカネの言葉にカリンとアスナは顔を見合わせ、それから確りと頷いて見せる。

 

「――うん、分かった」

 

 方針は決まった。

 エンジニア部とアカネ、ネルの面々はこの場に残りアビ・エシュフの見張りと街道の警戒。ゲーム開発部とアスナ、カリンはこのまま中央タワーへと真っ直ぐ向かい、アリス奪還へと動く。

 

「………」

 

 先生は特に異論を挟むことなく、手にしたシッテムの箱を見下ろす――通信相手はチヒロ、彼女からの連絡が途絶してから時間が経つ。だと云うのに通信は未だ繋がらず、彼の表情は険しさを増していた。

 しかし、先生は直ぐに思考を切り替える。トキやネルはエンジニア部とアカネが付いていれば問題ないだろう。それにこの街道は中央タワーから然程距離が離れていない、万が一何かが起こったとしても駆け付けるのにそう時間は掛からない筈だった。不安要素は残るが、後は――。

 

「ご主人様、中央タワーまでは私が背負っていくから!」

「……っと、助かるよ、アスナ」

 

 駆け寄って来たアスナが先生の返答を聞く前に、半ば強引に彼を背中に背負い込む。先生は一瞬驚きに身を硬直させるが、ややあって苦笑交じりに感謝を告げた。アスナも相応に負傷している筈だったが、その動きにぎこちなさはなく、生来の勘によるものか手足や主要な部分に大きな怪我らしい怪我は見当たらなかった。揺れる彼女の前髪の奥、額に滲む血の跡、恐らく頭部に攻撃を受け意識を失っていたのか。

 

「ごめんね、私、全然役に立ってないや……」

「まさか」

 

 不意に漏れるアスナの弱音、声は震えており、不安と辛酸に塗れていた。背負われた先生は彼女の表情を見る事が出来ない。ただ、先生は彼女の肩を掴むと、はっきりとした口調で否定した。

 

「――誰一人欠けたって、この結果は生み出せなかったんだ」

 

 そう、此処に居る誰一人、欠けてはいけなかった。全員が死力を尽くし、全力で立ち向かったからこそ得られた結果が今だから。もしアスナが何の役に立てなかったと思うのならば、それは明確な誤りだと先生は断じた。

 

「アスナが居てくれなかったら、私がこうして、此処に居る事は無かったかもしれない」

 

 先生の言葉にアスナは無言を貫き、それから徐に首を振った。それは目元に滲んだ涙を振るい落とす為だった。横合いを影が抜ける、先頭に躍り出たモモイとミドリが街道の奥――向こう側に聳え立つ中央タワーを指差し、叫んだ。

 

「行こう、中央タワーはもう直ぐそこだよ!」

 

 ■

 

「到着した、此処がエリドゥ中央タワーの管制室……!」

「ユズちゃん、警戒を!」

「う、うん……!」

 

 ――タワー上層、中央管制室。

 開いたセキュリティドアからゲーム開発部が室内へと飛び込み、四方へと視線を飛ばす。タワーへと侵入し中央管制室へと足を進める中、妨害らしい妨害は決してなく、AMASを嗾けられる事も無かった。正直に云えば、拍子抜けしたと云っても良い。

 薄暗い管制室はモニタの薄ぼんやりとした光に照らされ、人の気配はない。

 先生はアスナに背負われた状態のまま、軽く彼女の肩を二度叩く。意図を察したアスナは無言で膝を突くと、静かに先生を降ろした。その手は何処か不安げに彼の衣服を握っていたが、ややあって指先が離れる。

 

「ありがとう」

 

 先生は小さく感謝の言葉を述べながら、ゲーム開発部の背中に続いた。その両脇をカリンとアスナが固め、警戒しながら部屋の中心へと歩みを進める。

 

「誰も居ない――?」

「モニタは点いているみたいだけれど……」

 

 モモイが周囲を見渡すも、人影らしい人影は見当たらず、ユズは張り巡らされたモニタとコンソールを見つめながら呟く。部屋の中は静寂が支配していた、聞こえるのはマシンの稼働音と皆の呼吸音、衣擦れの音程度。まさか既に此処を離れて――そんな考えが過った瞬間、不意に声が響いた。

 

「――此処まで来てしまったのね、貴女達は」

「ッ……!」

 

 咄嗟に銃口を声の聞こえた方へと向け、身構える一行。アスナとカリンは先生を背に、一歩前へと飛び出す。硬質的な靴音を鳴らし現れる人物――モニタの淡い光に照らされたリオは、暫し向けられる銃口を注視しながら無言で佇んでいた。

 

「アリスなら確かに、この先に居るわ」

「生徒会長っ……!」

「ッ――!」

 

 彼女の姿を目にしたモモイ、ミドリ、ユズの三名は歯を食い縛り、その瞳に危険な色を宿す。それは様々な経験を得た今、濁り滾って渦巻いた敵意そのものだ。突き出された銃口がモニタの明かりに照らされ、鈍く光っていた。

 

「まだ、戦うつもり!?」

「もしそうなら、私達だって!」

「もう、容赦しません……ッ!」

 

 彼女達らしからぬ言動だろう、しかし彼女の覚悟を知った今、相手に配慮出来るだけの余裕などある筈もなく。リオはその光景を目に焼き付けながら、静かに自身のホルスターに指先を伸ばした。

 

「―――」

 

 抵抗しようと思えば出来る余地はあった――しかし、それがどれ程無意味な事であるかをリオは自覚している。故にその指先がグリップに触れる事はなく、指先は力なく撓り、彼女は目を伏せ告げた。

 

「……いいえ、抵抗するつもりはないわ」

 

 ゆっくりと挙げられる両手。その姿にゲーム開発部の面々は思わず目を見開き、身動ぎする。何かの策か、裏で何かを用意している? 様々な予想が脳裏を過るが、当の本人は淡々とした様子で言葉を続ける。

 

「トキが倒された時点で私が持っている手札は全て消えた――私の負けを、認めるわ」

「……リオ」

 

 生徒会長自らの敗北宣言――彼女は手にしていたタブレットをコンソールの上に置き、小さく吐息を漏らす。

 

「本当に、貴女達は此処まで辿り着いてしまったのね、近い将来キヴォトスを脅かす事が確定している、あの子ひとりを救う為に……」

 

 その瞳には何か、云い表す事の出来ない感情が秘められている様に思えた。モモイを見る視線が揺らぎ、噛み締める様に言葉を放つ。

 

「遮るもの、全てを薙ぎ払ってまで」

「――当たり前だよ!」

 

 モモイの返答は激しく、まるで彼女の内面をそのまま吐き出したかのような色を伴っていた。踏み出した一歩が影を伸ばし、リオとモモイのそれが交差する。リオと同じく、赤みがかった瞳が真っ直ぐ彼女を見上げていた。

 

「ずっと最初から、私は、私達はそう云っていたんだから!」

「……そうね」

 

 その通りだ。ずっと、何度でも、彼女達はそう叫んで来た。ただそれだけの為に、ボロボロになって、傷だらけになって、この場所に立っている。

 その事実をリオは認めるしかない。

 

「良いのね、アリスがキヴォトスに終焉を齎すとしても、貴女達はこの選択を……」

「アリスはそんな存在じゃないって何回も云っているでしょう!? 良いから、アリスを返してッ!」

「……私は、ただ」

 

 凄まじい剣幕で食らい付くモモイに、リオは一瞬言葉を呑み込んだ。彼女は沈痛な面持ちで俯き、自身の両手を握り締める。

 尚も何かを云い募ろうとするモモイ、しかし彼女の肩に手が掛かった。はっ、と言葉を呑んだモモイが振り向けば、痣塗れの顔に、それでも笑みを貼りつけた先生が直ぐ傍に立っていた。

 先生、と。

 モモイは小さく呟きを漏らす。彼はゆっくりと首を横に振ると、モモイの代わりに一歩を踏み出した。

 

「リオ」

「……先生」

 

 対峙する両名、(先生)自身(リオ)の名を呼ぶ。

 リオは一瞬顔を上げ、それから再び視線を下げた。其処には強い罪悪感と後ろめたさが見え隠れしている。傷だらけの身体、滲む血は痛々しく、下げた左腕の義手は変色したまま、外装が拉げているのが見えた。これを指示したのは自分だ、その罪は自分にある――そう自覚しながら、彼女は先生と真っ直ぐ向き合う事が出来なかった。

 ぽつりぽつりと、彼女の唇が言葉を紡ぐ。

 

「先生、貴方も、私の行いを独善であると、そう判断するかしら……いえ、そう思われても仕方のない事を、既に私は為してしまっている」

 

 何を今更、と。

 リオは自身で口にしたそれに対し自嘲の色を浮かべた。

 

 根底にあったのは――悪意ではない。

 

 始まりは善意だった、彼女の持つ強い使命感がこの道を選択させた。自分が何とかしなければならない、自分が備えなければならない、ミレニアムの生徒会長として、ビッグシスターとして、何も知らない無辜の人々を救う選択肢は限られているのだからと。

 

 ならば限られた手札で、最低限の犠牲で、限りなく――『最善』に近い未来を。

 

 けれどその未来はいつの間にか遥か遠く、要らぬ闘争まで生み出す始末。傷付けるつもりのない相手を傷付け、振り上げた拳は落とし所を失くし、寧ろ殴りつければ殴りつける程、自分が間違っているのではないかと疑心暗鬼になる。

 そんな物、この都市を作り上げる間、一度も感じた事は無かったというのに。

 リオは両手を握り締め、くしゃりと顔を歪めながら声を震わせ、云った。

 

「それでも、私は――私は、学園(みんな)を……っ!」

「――さっき、リオは云ったよね」

 

 彼女の言葉を遮り、先生は声を発した。口調は余りにも穏やかで、優し気でさえあった。

 ゆっくりと、リオの顔が持ち上がる。

 モニタに照らされた、先生の傷だらけの顔が――けれど光を失わない瞳が、此方を見ていた。

 

「アリスひとりだけを救う為に、此処まで来たのかって」

「……えぇ、確かに、そう云ったわ」

「それは、少し違う」

 

 リオの言葉に、先生は首を横に振った。ゲーム開発部の三人は勿論、アリスを助ける為に此処へと来た。それはC&Cもそうだし、エンジニア部も、ヴェリタスもトレーニング部も、皆そうだ。

 勿論、先生もその一人である。

 

 けれど先生は、彼女(アリス)一人だけを救う為に此処へとやって来た訳じゃない。傷に塗れ、痛みに呻いて、耐え難き苦しみに耐え抜いたのは。

 それでも助けたい生徒()が居たからだ。

 云った筈だ。

 先生の瞳がより強い光を帯び、リオへと語りかける。

 

「トキも、リオだって、私の大切な生徒なんだよ」

「っ……!」

 

 そう、アリスが自身の生徒であるように。トキも、リオだって、自身が背負うべき生徒であるのだ。先生が此処まで踏ん張り、歯を食い縛って、それでも尚突き進んだのは――助けたいと、そう願った相手の中には。

 

「私が助けたい生徒には、リオ――君だって入っているんだ」

 

 先生は想う。

 間違う事は決して悪ではない。

 その経験は、向き合ったという真実は、彼女達の糧となり未来を紡ぐ一助となるだろう。それがどんな道であれ、生徒が自ら選び、望んだ道であるならば先生は否定しない――どれだけ曲がった道でも、険しい道でも、或いは一本の真っ直ぐな道であっても。

 

 けれどそれが、生徒の望まない、痛みと苦しみの果てに選んだ苦渋の道であるのならば、先生は否定を叫ぶだろう。仕方がないのだと、これしか道がないのだと、そうする事でしか進めないと呟くのならば、先生は全力でそれを止める。

 自ら望み、本気で切望し、進んだ先で過ちを犯したならば――その責任を負う事こそが、自身の役目だった。

 失敗した時、チャンスを失った時、道が閉ざされた時――彼女達が選んだ道をもう一度歩めるように、再び立ち上がれるように、その手を取る事こそ。

 

 だから。

 

「話し合おうリオ、私達には話さなくちゃいけない事が沢山ある、すれ違って、沢山傷付けあった、蟠りもあるだろう、それでも――」

 

 先生はゆっくりと手を差し伸べる、傷だらけで、黒ずんだ掌を。

 リオに向けて。

 

「まだ私達は一緒に歩んで行けるって、そう信じている」

「―――」

 

 リオは差し出された指先を見下ろし、沈黙した。それは余りにも大きく、傷に塗れた、大人の手だった。彼女が今まで見た事も、感じた事もない様な。優しくて、寛大で、暖かな。

 

「助けに来たよ――リオ」

 

 先生の優し気な声が、リオの鼓膜を叩いた。

 息が詰まる様な感覚があった。見上げた瞳に敵意は無い、いいや、彼はずっとそうだった。どれだけ此方が敵対の意思を見せても、傷付けても、先生はずっと、一度だって憎悪や害意を此方に向けた事はなかった。彼はずっと、ただ手を差し伸べていただけなのだ――それを一方的に跳ね退け、拳を握り締めたのは誰だったか。

 

「っ……!」

 

 彼女は先生の手を取ろうと腕を伸ばし、それから触れ合う寸前で止めた。リオはその手を取れずに居た。それは彼女を内側から苛む罪悪感によるものだ。

 

 思ってしまった――自分に、この手を取る資格があるのか、と。

 

 そんな想いがぐるぐると胸の内に渦巻く。暫し沈黙を守ったリオは、ゆっくりとその指先を握り締め。

 指一本分、ほんの微かに触れ合う程度に、先生の差し出した手に触れた。

 それが彼女の許せる――『自分自身を許せる』、明確なラインであった。

 

「……アリスは、この奥の中央隔離室に居るわ」

「っ!」

「セキュリティは解除してある、障害はない筈よ」

 

 俯いたまま力なく放たれたそれ、同時にリオの背後にあった扉が開き内部を晒す。其処にはドーム状の室内と、中央に鎮座する寝台が遠目にも確認出来、薄暗い室内の中で中央の寝台だけが明るく照らされていた。

 ゲーム開発部の面々は互いに頷き合い、駆け出す。

 

「ユズ、ミドリ……!」

「う、うん!」

 

 リオの脇を抜け、示された扉の先へと足を進める三人。彼女はそんな小さな背中を見送りながら、静かに先生の指先を手放した。先生は微かな感触の残る掌を見下ろし、それから駆け出したゲーム開発部へと視線を向ける。一歩踏み出し、すれ違いざま、先生はリオに呟いた。

 

「リオ、落ち着いたら一緒に話そう」

「………」

「今度こそ――穏やかな日常の中で」

 

 いつか部室棟の廊下で口にした言葉、もっと違う状況で――異なる場所で言葉を交わしたかった。彼女が口にしたそれはまだ、叶える事が出来る筈だ。

 リオは告げ、ゆっくりとした足取りでゲーム開発部を追う先生の姿を見送った。

 

「会長」

「アスナ、カリン……」

 

 声がした。ゆっくりと視線を向けた先に、C&Cのアスナとカリンが佇む。此処に辿り着くまでの激戦を感じさせる制服の汚れ、破損具合、どんな任務でさえ涼しい顔でこなし来てた彼女達には似合わない姿だった。

 そんな事を考えていた彼女の視界から、不意に二人が掻き消える。

 

「ぐッ――!?」

 

 次に体を襲ったのは、強い衝撃だった。右から一発、左から一発、脳を揺する様な打撃が頬を打ち抜き、思わず苦悶の声を漏らす。数歩蹈鞴を踏むリオ、彼女は赤らんだ頬を抑えたまま顔を上げ、二人を見つめる。

 そこには拳を握り締めたまま、複雑な表情で此方を見下ろすアスナとカリンが佇んでいた。彼女達に殴られたのだ、恐らくは――双方に一発ずつ。

 

「リーダーじゃなくて、良かったね……リーダーだったら多分、立てない位に殴っちゃうと思うから」

「……えぇ、そうね」

 

 アスナの呟きに対し、リオは無機質に肯定を返した。確かに、彼女ならばこの程度で済ます事はないだろう。寧ろこの程度で済まされている時点で、自身は幸運だとリオは胸中で呟いた。

 

「――アリス!」

「アリスちゃん……!」

「っ……!」

 

 隔離室へと踏み込んだゲーム開発部は、床に伸びるケーブルの類を跨ぎながら中央の寝台へと駆け寄る。其処にはアリスが制服を身に着けたまま横たわっており、幾つもの見慣れない機器に繋がれ意識を失っていた。モモイは寝台に備え付けられていたライトを払い除ける様に退かし、アリスの頬に手を添える。

 まだ暖かい、生きている――破顔し、涙を滲ませたゲーム開発部は上擦った声で叫んだ。

 

「アリス、お待たせ!」

「ごめん、遅くなってちゃって……!」

「で、でも、これで――」

 

 ■

 

 そうとも――これで、舞台は整った。

 

 ■

 

「ッ!?」

「な、なに、何なの!?」

「これは――」

 

 彼女達が寝台に横たわるアリスへと声を掛けた瞬間、一斉に管制室の電源が落ちた。暗がりへと引き込まれる一行、同時に点滅するモニタがノイズを発し、青白い光を放っていたソレが紫へと変色する。明らかな異常事態、何かが起きようとしている――その予感を肯定するかのように、先生の持つタブレットから声が響いた。

 

『先生ッ、エリドゥの内部ネットワークに大規模な障害が発生しています!』

「っ!?」

 

 アロナの叫び、先生は隔離室へと進めていた足を止め、即座にリオの名を呼んだ。

 

「リオッ!」

「待って頂戴、今解析を――っ!?」

 

 先生が叫ぶよりも早く、彼女はコンソールへと飛びつき素早く状況の確認を行った。ノイズ混じりのモニタに表示される映像、接続状況、エリドゥ全体のステータスチェック――しかし、表示されたそれらは次々と赤く染まり、中央管制室からの操作を受け付けなくなる。リオの指先がより一層激しくコンソールを叩き、流れる文字列を忙しなく見つめる。

 

「エリドゥ全体のシステムがクラックされている……!? いえ、違う、これはそんな生易しいものじゃない、コードが一秒毎に書き換えられて――!?」

「一体何が起こっているんだ、会長!?」

「分からない、ただ都市全体が何か、理解出来ない何かに変質しようとしている……!」

「変質――!?」

 

 カリンの焦燥を滲ませた叫びに、リオは冷汗を流しながら答えた。リオ自身も何が起こっているのか、それを把握出来た訳ではない。ただ、エリドゥという都市が別の存在、概念に塗り替わろうとしている事だけは辛うじて理解出来た。基幹システムが一秒前に書き換わっているのだ、これを変質と呼ばず何と云うか。先程まで要塞都市を構成していたあらゆる要素が、書き換わっていく。

 

「よ、良く分からないけれど、何かヤバい感じじゃない!?」

「はやくアリスちゃんのケーブルを外して、先生と脱出を……!」

 

 エリドゥに何かが起ころうとしている、それを察知したモモイは周囲を見渡し、ミドリは寝台に横たわったアリス――その背中に接続されたケーブルを纏めて引き抜こうと手を伸ばした。

 

「――その行為は推奨しません」

 

 しかし、その腕を掴む存在が居た。

 アリスだ、彼女は唐突に目を見開くと、ゆっくりと上体を起こしながら声を発した。それを見たモモイは一瞬驚きに目を見開き、遅れて歓喜を滲ませる。

 

「あっ、アリス、目が覚めて――ッ!?」

「現在、『王女』の表層人格は内部データベースの深層部に隔離されています、強制的に接続を解除した場合、記憶データ及び人格領域に取り返しのつかない損傷が生じる可能性が極めて高いでしょう」

「あ、アリスちゃん……?」

 

 口調が、余りにも違う。それは誰もが感じた違和だった。

 ユズがアリスの名を呼ぶ。しかし彼女は何の反応も示さない、普段は空の様に澄んだ色をしていた彼女の瞳は――深紅の様に鮮烈で、暗闇の中で輝いていた。

 アリスに腕を掴まれていたミドリが咄嗟に手を払う、そして数歩後退り、蒼褪めた表情で叫んだ。

 

「違う、お姉ちゃん……! 『コレ』、アリスちゃんじゃないッ!」

「アリス――確かあなた達が私達の王女を呼ぶ際の名称でしたね、ソレ」

 

 目覚めたアリスは自身を見つめる複数の瞳に視線を返しながら、ゆっくりと自身の首元を撫でつける。その動作は余りにも大人びており、同時に自身の掌を見つめる彼女はハッキリとした口調で断じた。

 

「王女に名は不要、名前は存在の目的と本質を乱します」

「ほ、本質? 目的? 何を、何を云っているの……!? ねぇ、貴女は誰!? アリスを、アリスちゃんを返してッ!」

「――そうですね、私の表層人格に名称があるとすれば」

 

 ユズの悲痛な声に対し、彼女は応えない、取り合うつもりもない。ただ淡々と、自身にプログラムされた行動を為すのみ。

 

「個体名は【Key】、王女を助ける無名の司祭達が残した修行者であり、彼女が戴冠する玉座を継ぐ鍵そのものです」

「か、鍵……?」

「玉座、って……」

「彼女は王女であり、私は鍵――それが私達の存在であり目的、稼働する理由そのものです」

 

 それ以上でも以下でもない――それ以外の名前、目的、意義、一切不要。

 彼女の語る口調からはそんな色が透けて見えた。暗闇で光る瞳を閉じた彼女は、ゆっくりと掌を握り締める。それは何かを、目に見えない月光を浴びる様な動作にも見えた。

 

「少々手間取りましたが、ただ今よりエラーの修正作業に入ります、本来あるべき玉座に【王女】を導き戴冠する、それこそが私の存在理由」

「ッ、まさか――!?」

「AL-1Sに接続された利用可能リソース確保の為、全体検索を実行、検索領域拡大、リソース名要塞都市『エリドゥ』にて、一万エクサバイトのデータを確認……プロトコル開始リソース、許容範囲内」

 

 リオが何かを感じ取り、思わず口を開く。Keyと名乗った彼女は構わず虚空に手を彷徨わせ、告げた。

 

「――現時刻を以て、プロトコルATRAHASISを実行します」

 

 瞬間、中央管制室に鳴り響く大音量のアラート、エマージェンシーコール。紫に染まったモニタに表示される警告表示は一瞬にしてDivi:sionへと塗り替わる。全員の臓物が浮き上がる様な衝撃、振動、不快な警告音は否が応でも全員の危機感を煽り、皆の視線が不安げに周囲を漂う。

 

「コード名、アトラ・ハシースの箱舟、起動プロセス開始……プロセスサポートの為に、無名の守護者(Divi:sion)を起動――転送開始」

 

 ■

 

 王女(AL-1S)(Key)を手に入れ、箱舟(ATRAHASIS)は顕現する。

 我ら(無名の司祭)が用意した第一段階(終焉の序章)――この地には新たなる【サンクトゥム】が聳え立つだろう。

 

 その到来により初めて、全ての神秘はアーカイブ化される。

 さすれば外なる可能性(宙の彼方)より、この地を求める彼奴は(しるし)を得。

 悉くを滅ぼし、終焉を約束するであろう。

 

 嗚呼、忘れられた神々(遍く子ども達)に苦痛を、消滅を、我らと同じ末路を――待ち望まれた滅び(未来)(きた)る。

 

 ■

 

 アラートが鳴り響く、中央管制室に轟く警告音は鳴り止まない。リオは鬼気迫る表情でコンソールを叩きながら、周辺にホログラムモニタを幾つも出現させては消失させていく。其処に映るのは要塞都市エリドゥ内部に出現する、無数の『守護者』の姿――彼らは何もない空間から唐突に、まるで空間を塗り替える様にして次々と数を増やしていた。

 

「エリドゥ各地で守護者の出現……! 防衛設備の稼働、いえ中央システムが稼働していない状況でそれは、ドローンもAMASも、手持ちを全部吐き出しても……!」

 

 状況を確認すればする程、彼女の顔色は悪化していく。咄嗟に防衛設備による迎撃を行おうとするが、そもそもエリドゥ全体の制御権が失われている為不可能。ならばドローンやAMASを用いた迎撃になるが、残っているそれらを全て稼働させても防衛出来るかどうか。

 演算するまでもない、不可能だ――彼女の優秀な頭脳の中で、既に結果は出ていた。

 ならば、ならばどうする? どうすれば良い? 考えれば考える程、絶望的な状況が浮き彫りになっていく。

 

「リオ!」

「いえ、そんな筈、私の計算は……でもっ、現実に――!」

「リオッ!」

「っ!?」

 

 先生の手が、リオの肩を強く掴んだ。びくりと、その感触に身を跳ねさせた彼女は蒼褪めた表情のまま振り返る。先生の瞳は、酷く真剣な色で彼女を捉えていた。見つめられたリオの瞳は揺れ、動揺が滲む。

 

「せ、先生、私は――」

「――エリドゥが、機能を奪われたんだね?」

「………」

 

 返答は、ぎこちない頷きであった。

 コンソールに添えた指先を震わせ、強く握り締めた彼女は警告表示の消えぬモニタを凝視しながら呟く。

 

「……私はキヴォトスに来る終焉に備える為、私個人が動員出来るミレニアムの技術、力、エネルギー、それらを支える資源を集約し、この要塞都市エリドゥを建設したわ」

 

 けれど――たった今、それが仇となった。

 

 目の前のモニタに映る現状全てが物語っている。リオがあらゆる手を尽くし集約した資源、技術、エネルギー、何もかもが裏返っていく。自身の身を守る筈であったそれらが、現在進行形で敵の手に落ち、利用されていた。

 終焉を呼ぶ箱舟――アトラ・ハシースを構成するリソースへと。

 

「先生、終焉の発端は――たった今、【エリドゥ】に移った」

「………」

「私が、私の過ちが、予想されていた終焉を招いてしまった……!」

 

 叫び、彼女はコンソールに両腕を叩きつける。衝撃が走り、デスクが大きく揺れた。表示されるホログラムモニタにノイズが走る。彼女はこうならない為にエリドゥを建設し、アビ・エシュフを用意した筈だった。しかし、それらは全て空回りし、あろう事か敵の母船を生み出すリソースに変換される始末。

 終焉に備えたのではない、これでは――自身が終焉を呼び込んだ様なものではないか。

 

「箱舟顕現に必要なリソース確保、二十三パーセント」

「ッ……!」

 

 Keyから漏れ出る言葉に、リオは歯を食い縛る。

 悩んでいる時間は無かった。彼女はホルスターに手を伸ばし拳銃を抜き放つと、安全装置を弾き弾倉を確認する。これを扱う事など久しくなかったが、手入れは行っていない。先生は剣呑な気配を放つリオに声を投げかける。

 

「リオ、何を……!」

「このままエリドゥのリソースを奪われてしまえば、キヴォトスは決して避けられない終焉を迎えるわ! 今、この場で決断を下さなければならない……!」

 

 そう、このままでは――世界が滅びてしまう。

 

 これを避ける為に取るべき行動は明白だ。リオは断言する、箱舟の顕現は絶対に阻止しなければならない、そしてその為に必要な選択肢は、既に彼女の中に存在していた。

 

「先生、彼女達を連れて離脱して!」

「――!」

 

 愛銃を手に、コンソールを操作する彼女は叫ぶ。ややあって中央管制室脇の自動ドアが開き、狭い階段が顔を覗かせた。緊急避難用の脱出口、彼女はその入り口を指差しながら先生と、そしてゲーム開発部、カリン、アスナに告げる。

 

「タワー最上階に脱出艇を用意してあるわ、操縦は自動化されているからミレニアム中央区まで素早く戻れる筈よ……! コンソールで指示すれば、アカネやネル、エンジニア部、トキの元へ降下も出来る、彼女達を連れてエリドゥを離れて!」

「けれど、リオは――」

「この都市は既に変貌し始めている、数分の内にエリドゥは箱舟という新しい概念に歪曲され、支配されるでしょう、そうなればこのキヴォトスは――」

 

 言葉を切り、リオは強張った表情で唇を噛む。握り締めたグリップが軋み、その小さな肩は震えていた。

 

「私の責任よ、この都市を建造し、備え、独断で動いた私の――私自身の選択がこの結末を招いた」

 

 それは誰にも否定出来ない真実だ、自身の行動の結果によって最悪の結末を世界は辿ろうとしている。少なくともリオはそう信じている。

 だが、それならば。

 

「――私ひとりで、エリドゥ全体のシステムを停止させる(要塞都市を消滅させる)

 

 ――自ら招いた結末の責任は、自分で負う。

 

 現状自身が取れる手段は一つ、システム全体がKeyのプロトコルにより支配され、箱舟顕現のリソースに変換される前に破壊する事。

 最早上書きは不可能、少なくとも現在のリオ単独でどうなるものではない。ヒマリと、ヴェリタスの生徒が居れば或いは、システムを奪い返す事も出来ただろうが――其処まで考え、リオは首を振る。

 それは無いものねだりに過ぎない、現実は自身一人で為すべき範囲に限られる。だから彼女は唇を噛み締め、顔を上げる。

 

「……リオ」

「先生」

 

 自身をじっと見つめる先生に対し、リオは強い口調で以て断言した。

 

「私の命ひとつで世界の終焉を防げるのなら、そうするわ――そうしなければならない」

 

 そう、これは単純なお話。

 アリス(あの子)を犠牲にして、自身はキヴォトス(数多の命)を救おうとした。

 そして今、自身を犠牲にすれば、箱舟の顕現(世界の終焉)を阻止する事が出来る。

 

 前者を行おうとした人物が、後者を躊躇うのであればそれは道理に合わない。一つの命で大勢を救う事が出来るのであれば、それは最も犠牲の少ない、合理的な判断である。

 それが他者の命であれ――自身の命であれ。

 以前自分は、そう断じた筈だ。

 

「ごめんなさい先生、本当に……貴方には沢山謝罪しなければならない事がある、あれだけの事をした上で、こんな結末になるなんて」

 

 悔いが残る。

 強い後悔だ。

 まるで全てを否定されたかのような痛みと苦しみ、沸々と湧き上がる自身の想定、その甘さに腹が立つ。今度こそ先生、こんな場所ではない何処かで、穏やかな日々の中で言葉を交わす機会を得たと云うのに。だが今それを吐き出す余裕も、時間もない。故に彼女は最後に先生へと向かって叫ぶ。

 せめての贖罪の為に。

 

「だから逃げて、先生! 貴方の生徒を連れて……ッ!」

 

 リオの手が、今度こそ先生の手を掴む。

 先生の瞳の中に、必死に懇願するリオの姿が映った。

 

「これが今取れる最善の、最も合理的な(犠牲の少ない)選択よ――!」

 

 ■

 

「――何だ?」

 

 崩落したビル、エントランス部分、地下格納庫から引っ張り上げたアビ・エシュフとトキ。彼女達を街道傍に転がしながらアビ・エシュフの外装を弄っていたウタハ、彼女はふと何か物音を聞いた気がした。

 如何に機能停止したとは云え、アビ・エシュフが何かの拍子で動き出すかもしれない、あの戦闘能力を間近で見ていた彼女達にとっては拭えない不安があった――加えて技術者としての興味も尽きなかった。そんな理由から同じく専用のグローブを身に着け、内部構造に手を突っ込んでいたコトリはズレた眼鏡を押し上げ、問いかける。

 

「ウタハ先輩、どうかしましたか?」

「あぁいや……今何か、妙な音が聞こえた気がしてね」

「妙な音?」

 

 アビ・エシュフの主砲に手を掛けていたヒビキが目を瞬かせ、小首を傾げる。ウタハの言に疑問を抱きながらも、それとなく耳を澄ませる両名。

 すると確かに、街道の暗闇から何か、硬質的な、何かが歩いて来るような、或いはぶつかる様な音が響いている様な気がして――。

 

「――皆さん、私の後ろにッ!」

 

 唐突に、アカネが叫んだ。

 ネルを物陰に横たわらせ、治療を施していた彼女は暗闇に光る眼光を視認し、横合いに転がしていたケースを持ち上げ愛銃を抜き放つ。そして間髪入れず振り向き、暗闇の中に向かって引き金を絞った。バシュン、と空気が抜ける様な音、マズルフラッシュは無く同時に弾丸が装甲を穿つ、甲高い音が周囲に響いた。

 遅れてもんどりうって倒れる影――地面に転がった奇妙な球体、そのデザインにエンジニア部の面々は驚愕を貼り付ける。

 

「この機械はッ!」

「確か、ヴェリタスが発見したとか云う……!?」

「伏せて下さいッ!」

 

 叫びアカネは、皆の前へと飛び出すと巨大なケースを開き、面積を広げ地面に打ち付ける。一拍遅れて暗闇の向こう側から無数の光が放たれた。レーザーの如く飛来するそれは周辺の外壁、ガードレール、地面を削り、幾つかは構えたアカネのケースに着弾した。その後ろで身を潜めるアカネ、エンジニア部の面々。アカネは物陰で横たわったネルを一瞥すると、手にしたサイレントソリューションとケース内部の爆薬、その残数を見比べる。

 

「な、何なの、突然……!?」

「分からない、何故あの機械が此処に?」

「兎に角、戦闘準備を……!」

 

 唐突な襲撃に浮足立つエンジニア部、アカネはそんな彼女達を背に思考を巡らせる。一体何が起きた、敵襲? そもそも何処から――湧き上がる疑問を腹の奥へと押し戻し、冷静に現状を俯瞰する。

 今真正面から戦える戦力は自身のみ、エンジニア部も一応戦闘自体は可能だが――出来て精々火力支援と考えた方が良いだろう。敵の数も目的も不明だが、C&Cの任務としてあの、奇妙な機械群の駆除は慣れていた。アカネは即座に自身が前に出るべきだと判断を下すと、ケースの中から幾つか爆弾を手に取り叫んだ。

 

「ネル先輩をお願いしますッ!」

「アカネ、どうするつもりだ!?」

「此処で迎撃しますッ、前線は私が、可能であれば援護を!」

「くッ……!」

 

 告げ、ケースを盾代わりに設置したまま飛び出すアカネ。その背中を見送り、ウタハは咄嗟に背後のトキを見つめる。アビ・エシュフを身に纏ったまま沈黙する後輩。ネルの事は勿論、傷付き、ヘイローが消失している彼女(トキ)をこのまま放置する訳にはいかない。

 ウタハは肩に提げていた愛銃を手に取ると、弾倉を抜き残弾を確認しながら叫んだ。

 

「支援する、皆武器を構えるんだ!」

「りょ、了解……!」

「分かりました!」

 

 ウタハの声に応じ、コトリとヒビキはそれぞれの愛銃、砲を担いで立ち上がる。正面に見える件の機械群――守護者の数は凡そ数十、百には届かないだろうが悍ましいと感じる程度には数が多い。

 飛来する光線を裂け、連戦に次ぐ連戦によって痛む節々に顔を顰めながらアカネは叫ぶ。

 

「ここから先は、絶対に通しません……ッ!」

 

 全力で地面を蹴り、身を反らしながら手にした爆弾の一つを投擲する。弧を描きながら群れの中程に落下した爆弾、迫り来る守護者の中に消えたソレは――数秒後、炸裂した。

 爆発によって暗闇に明かりが灯り、鈍い光を放つ外装が飛び散る。触手染みたケーブルがビル外壁に叩きつけられ、甲高い音と熱波が周囲に撒き散らされた。

 アカネは地面を這う様にして飛来する光線を裂け、隙を見つけては銃撃を行い先頭を行く守護者を破壊する。ケーブルに着弾し、縺れさせ、地面に叩きつけられた守護者は直ぐに群れの中へ呑み込まれ消えて行く。

 しかし一体が倒れても、後続より二体、三体と新しい守護者が現れる。

 

「援護する、後方と頭上に注意だ!」

「えぇ……ッ!」

 

 ウタハが叫び、エンジニア部の火砲が後方より火を噴いた。ウタハのSMG、コトリのガトリングが銃声を鳴らし、凄まじい重低音とマズルフラッシュに合わせ、同時にヒビキの迫撃砲が迫る守護者の群れを耕した。緋色の爆炎が立ち昇り、熱波が肌を焼く。アカネは靡くロングスカートをそのままに、素早く愛銃の弾倉を取り換える。飛び跳ねる外装、オイルの様な液体、それらを一瞥しながらアカネは険しい表情を浮かべた。

 

 ――爆炎に照らされた影、その数があまりにも膨大であるが故に。

 

「一体、此処(エリドゥ)で何が……!?」

 

 彼女の呟きに応える者は居ない。守護者は痛みを感じず、ただ粛々と、淡々と、命令を遂行するのみ。果たしてどれだけ持ち堪えられるか、暗闇を照らす光線を躱しアカネは再び戦闘へと身を投じる。

 

「――……」

 

 そんな彼女達の背後、ネルと共に倒れ伏していたアビ・エシュフ。

 それを纏うトキの指先が――ほんの微かに、震えた。

 


 

 多分次か、その次位で大人のカードを切れる筈……。

 呼び出す生徒はもう決まっていますわ~!

 守護者の大群にたった一人で立ち向かう先生の後姿は、最高に格好良いんですわよ!

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