ブルーアーカイブを、もう一度。   作:トクサン

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誤字脱字報告感謝ですわ!
今回は約一万四千五百字ですの!


立ち向かう一筋の光

 

「これが今取れる最善の、最も合理的な(犠牲の少ない)選択よ――!」

 

 リオの声が管制室の中に響く。鳴り止まない警告音、その中でも彼女の声は確かに耳に届いた。佇む先生とリオの視線が交わる、焦燥と悲痛な覚悟、赤の瞳がじっと自身を捉え続ける。彼女は本気だ、赤の中に潜む光を見れば分かる。本気で自分一人が残り、この事態を収拾しようと考えていた。

 

「いいや」

 

 だからこそ、その選択は許容出来ないと先生は徐に首を振って見せる。リオの表情が歪み、その口元が一文字に結ばれた。

 

「まだだよ、リオ」

「先生……!?」

「まだ、やれる事は残っている」

『リソース確保――六十八パーセント』

 

 二人が一つ、二つ、言葉を交わす間にも要塞都市エリドゥは箱舟を顕現させる為のリソースと化し、徐々に崩壊が始まる。モニタに表示される終焉のカウントダウン、それらを見上げながら先生は断固たる口調で告げた。

 

「云っただろう、私はアリスだけじゃない、リオも、トキだって助けに来たんだ、私の生徒をそんな風に、犠牲になどさせない」

「っ、先生の優しさや信念は理解しているわ、けれど今はッ!」

「――それに」

 

 リオの言葉を遮り、先生は彼女と向き合った。けれどその視線はリオではなく、彼女の背後に向けられていた。薄暗い室内、開け放たれたままの扉の向こう、そこに先生は意識を向けながら言葉を続ける。

 

「私は……私達は、一人で此処に立っている訳じゃない」

「……?」

「そうだよね」

 

 そうだ、自分一人で為し得る事など高々知れている。先生は己の無力を誰よりも理解している。

 だからこそ――。

 

「ヒマリ」

「――えぇ、全く以てその通りです」

 

 声は、暗がりの中から聞こえた。

 背後から聞こえる微かな駆動音、それと共に現れるのは車椅子に身を預けた白の少女。人影を目にした瞬間、リオとゲーム開発部の面々は目を見開き、彼女の名を呼んだ。

 

「ヒマリ……!?」

「ヒマリ先輩!? な、何でこんな所に!?」

「ふふっ、それは超天才清楚系美少女のなせる業、とでも云っておきましょうか」

 

 各々の見せたリアクションに対し、ヒマリは指先をひとつ立てると唇の前に翳し片目を瞑る。こんな状況でありながら茶目っ気を見せるヒマリ、しかしその超然とした態度が寧ろ頼もしく、ゲーム開発部の幾分か心を慰めたのも事実であった。彼女はコンソールを手元に投影させると、複数のウィンドウを操作し虚空に向かって口を開いた。

 

「システムは既に掌握済みです、パスはそちらに――チーちゃん」

『了解、ユウカ』

『確認したわッ! ノア、全部落としてッ!』

『はい――システムシャットダウン、実行します』

 

 車椅子に搭載されたスピーカーより響く音声、同時に鳴り響いていたアラートが停止し、紫がかっていたモニタが一斉に青へと切り替わる。

 

『ッ、これ、は――?』

「あっ、アリス……!?」

「お姉ちゃん、危ないよっ!」

 

 同時に身を起こしていたアリス――Keyの身体に幾つかの変化が訪れた。びくりと跳ねた身体は瞳にノイズを走らせ、ケーブルに繋がれたまま寝台へと逆戻りする。再び横たわった彼女を見て咄嗟にモモイが手を伸ばしかけるが、直前にミドリがその手を掴んだ。身体はアリスのままだが、人格は余りにも異なる――不用意に触れる事を彼女は恐れていた。

 

「エリドゥのシステム全体が……!」

「これで時間稼ぎは出来るでしょう、少なくともプロトコルを実行するには再度権限を奪取し、システムを立ち上げる必要があります――ふふっ、次の手を打つ猶予が出来た訳ですね」

 

 煩わしい程に響いていた警告音が消え、エリドゥのシステムは一時的に此方側の手に戻る。それを成し遂げたヒマリは得意げに胸を張りながら、何処までも涼し気に微笑んでいた。

 

「ヒマリ、どうして貴女が――」

『リオ会長!』

「っ、ユウカ……?」

 

 リオが疑念と驚愕を滲ませたままヒマリへと水を向ければ、それを遮る様に表示される巨大なホログラムモニタ。その向こう側には画面一杯に顔を近付けたユウカの姿があった。向こうからも此方の映像が見えているのか、リオを睨み付ける彼女は大きく息を吸い込み、リオに向かって怒声を放った。

 

『漸く見つけましたよ、会長ッ! 勝手に居なくなったと思ったらこんな大問題を起こして、重要項目は全て片付けたつもりかもしれませんけれど、細々とした業務だって沢山残っているのに! それとミレニアムタワーのセキュリティ周り、勝手に弄りましたよね!? ガードロボットが稼働して、一体何だと思ったら停止命令も聞かずに全力で戦闘を始めちゃたんですけれどッ! まだ部室棟の修繕だって全部終わってないのに!』

「それは――」

『何より問題なのは、セミナーの予算を横領してこんな幾ら掛かるかも考えたくない大規模都市を勝手に建設した事と、アリスちゃんを無理矢理誘拐した事と、先の件と今回の先生に対する仕打ちとっ……! あぁもう、本ッ当に云いたい事は、沢山ありますけれど……ッ!』

 

 止まらない彼女の怒りにリオは数歩後退り、視線を逸らしながら言葉を呑む。それ程までにユウカの勢いは凄まじく、内に秘めた怒りがどれ程大きなものか、ひしひしと感じる事が出来た。

 しかし、ユウカは一度言葉を切ると、ぐっと唇を噛み締め声を呑み込む。本当はぶつけたい言葉や感情が大量にある、けれどそれは今行うべき事ではない。その事を理解しているからこそ喉元まで出かかった声を腹に落とし、吹っ切れた様に叫んだ。

 

『今は兎に角、状況の打開が先です! ただし、帰ってきたら覚悟して下さいッ! お説教だけじゃ済みませんからねッ!』

『……いつもの倍、どころじゃないね、これは』

 

 横合いから別のウィンドウが開いた。見れば少し髪の乱れたチヒロが横目でユウカを見つめながら苦笑を零している。音声は両方のウィンドウから響いており、彼女達が同じ空間に居る事が分かった。先生は彼女を見上げながら口を開く。

 

「チヒロ」

『ごめん先生、途中で通信が出来なくなって、復旧自体は何とか出来たのだけれど――部長(ヒマリ)の方から緊急の連絡が届いてね、何はともあれギリギリでシステムの掌握が間に合った、今はヴェリタスとセミナー、全員が協力して事に当たっているよ』

『差押品保管所周辺のセキュリティは全て此方で解除したから! もうこの際よ、やれる所までやってやろうじゃない!』

『……特にユウカが、凄いやる気でね』

 

 スミレ部長達も、律儀に部室前で待機してくれているよ。チヒロはそう云って肩を竦めてみせる。チヒロの背後から聞こえるユウカの声、どうやら救出部隊がトキのアビ・エシュフと戦闘をしている間、向こうでも色々と変化があったらしい。

 不意にチヒロの横合いから、此方を覗き込む瞳があった。ノアだ、彼女はチヒロの肩口に顔を寄せると先生に向かって問いかける。

 

『先生、御無事ですか?』

「何とかね……助かったよ、ノア」

『いいえ、それは構いませんが――到底、無事な姿には見えませんね』

 

 虚勢を張る先生であったが、今の彼の姿はノアの云う通り、到底無事には見えない。シャーレの外套はネルに預けた為、現在の先生はシャツ姿だ。シャツ自体はまだ比較的綺麗なものだが、前部分には血が滲み所々露出した痣だらけの身体は非常に痛々しい。特に腫れ上がった顔がそれに拍車を掛け、ノアの視線が先生の身体をなぞる度、刻一刻と仄暗い色合いを強めて行くのが分かった。

 

『無茶をしないと、そう約束したのに、記録だって残っているんですよ?』

「――善処はしたんだ、うん」

『……はぁ』

 

 先生は縺れる舌を必死に回し、視線を逸らしながら呟く。モニタの向こう側から、ノアの重々しい溜息が聞こえた。先生の戦々恐々とした様子で肩を跳ねさせる。

 

『ミレニアムの病棟に一ヶ月、監禁――もとい強制療養ですかね、ユウカちゃん?』

『ノア、それは……』

 

 ノアは直ぐ後ろに居るユウカへと水を向ける。余りにも過激な内容に一瞬面食らった様な声を上げたユウカだったが――彼女は親指を立てると、非常にやる気に満ち溢れた笑みを浮かべ肯定を叫んだ。

 

『とっても良い案じゃない、賛成するわ!』

「………」

 

 一ヶ月も病棟に幽閉された場合、シャーレの業務が大変な事になってしまう――先生はそう声を上げようとして、やめた。彼女達の表情が余りにも本気(マジ)であると感じたからだ。今何を叫んだとしても、封殺されるのは目に見えていた。

 

「さて――時間稼ぎを行うのは結構ですが、中央タワー(此処)を占領されてしまえば意味がありません、暫く此処を防衛する必要があるでしょう」

 

 咳払いを挟んだヒマリは指先を立て、懇々と言葉を並べる。窮地を脱したのは事実ではあるが、問題の根本的な解決にはなっていないのだ。彼女の言葉に先生は意識を切り替えると、自分の背後に立つ二人の名前を呼ぶ。

 

「アスナ、カリン」

「っ!」

 

 唐突な展開の連続に浮足立っていた二人は、先生に呼びかけられハッと目を瞬かせた。

 

「二人はネル達の所に行ってあげて、守護者が現れた以上彼女達も危険だ――此処は私達で何とかするから」

「っ、分かった……!」

 

 カリンは一瞬逡巡する素振りを見せたが、今この場に留まるよりも前線に立つアカネ達と合流する事が先決だと判断する。何より現在、ネルは戦闘不能な状態に在る。エンジニア部が一緒だとは云え、アカネ一人の負担はかなり大きなものとなるのは明らかであった。

 先生の言葉に頷き、踵を返して駆け出すカリン、彼女の背中に続こうとしたアスナだが、一歩踏み出して足を止めた彼女は振り向き、先生に視線を向ける。何か、彼女にしか分からない直感を受け取ったのか――その表情は恐怖が滲んでいた。

 

「ご主人様――」

「アスナ、皆を守ってあげて」

 

 しかし、先生は尚も言葉を重ねアスナの背中を押す。数秒程先生を凝視し、沈黙を守っていた彼女であるが――現在のネルの状況を思い出し、小さく一つ頷きを返すと、そのままカリンの背中を追って暗闇の中へと駆け出す。

 自身の脇を駆け抜けていく二人を見送りながら、ヒマリは改めてリオに視線を向けた。

 

『――リオ様』

「っ、トキ!?」

 

 同時に響く、聞き覚えのある声。振り向けば、モニタの中にトキの姿が映っていた。ノイズ混じりの映像と音声、額に滲んだ血をそのままにカメラを覗き込むトキは、いつも通りの能面の様な表情を浮かべている。

 リオはコンソールデスクに駆け寄ると、モニタを見上げながら必死に声を絞り出した。

 

「無事なのね、トキ!?」

『はい、リオ様――報告が遅れて申し訳ありません、これよりエンジニア部、及びアカネ先輩と協力し、アビ・エシュフを用いて敵勢力と交戦を開始します』

「交戦ですって?」

 

 トキの口から放たれた言葉、それにリオは驚きと共に目を見開く。トキ自身の負傷もそうだが、アビ・エシュフを用いて戦闘など。

 リオは困惑を隠さずにトキへと言葉を返した。

 

「けれど、アビ・エシュフは既に機能を停止して――」

『おや、私達の存在を忘れていないかい?』

 

 ■

 

『エンジニア部――?』

 

 画面の向こう側から声を掛けて来るリオ会長、彼女と繋がった端末を覗き込みながらエンジニア部の三人は手にした工具を掲げた。彼女達の足元には幾つものツールと機械パーツ、残骸が転がっており、中には破壊された外殻を剥かれた守護者の姿さえあった。トキから受け取った端末を覗き込む三名は口元に笑みを浮かべ、何処か誇る様に胸を張ってみせる。

 

「生憎どんな状況であれ、私達が工具を手放す事はあり得ないからね」

「パーツは有り合わせのものになっちゃうけれど……」

「こっそり、アバンギャルド君の部品(パーツ)を拝借していた甲斐がありました!」

「……まぁ、本当は分析・研究用のものだったけれど、この際出し惜しみは無しだ」

 

 先生の協力と支援を得て撃破したアバンギャルド君、見た目は兎も角その性能はエンジニア部から見ても破格と云うべきもので、アビ・エシュフに並び興味をそそられる対象である事は誰の目から見ても明らかだった。故にその外装の一部や内部パーツを、ほんの少しだけ回収、持ち帰って分析するつもりでいた。その回収していた内部パーツと外装、持ち合わせた部品、破壊された守護者の外殻を用いて彼女達は即興で新たな作品を生み出したのだ。

 ウタハは直ぐ目前に迫る守護者を見つめながら端末へと問い掛ける。

 

「リオ会長、確かあの機械群は、廃墟から生まれた怪物なのだろう?」

『……えぇ、そうよ』

「なら実に興味深い話だ、地中からの侵略者とはね……けれど相手が地下より掘り起こされた脅威ならば、此方は宇宙(ソラ)を目指す技術者だ!」

 

 星々の瞬く夜空を指差し、ウタハは告げる。彼女達の目指す場所は遥か遠く、高く、まだまだ自身の理想とする形は仕上がっていない。しかし、だからこそ常に切磋琢磨し、新たな研究と開発に余念がない彼女達は成長を続ける。

 そう、今この瞬間にも――彼女達は直面した困難に打ち勝つため。

 

 きらりと光るエンジニア部の瞳が、夜の中で輝く。

 

「さぁ、行きたまえ――アビ・エシュフ君、MK2だッ!」

「私達の、力作……!」

「現地での修理は、お手の物です!」

 

 三名が声高に叫び、守護者を指差すと同時――ゆっくりとエンジニア部の背後から立ち上がる巨大な影があった。影は瓦礫を踏み潰し、緩慢な動作で武装を握り締める。

 

「――君は、余計です」

 

 告げ、トキ――彼女はアビ・エシュフの主腕を突き出す。

 其処に装備されたのはネルとの交戦で破壊を免れたトライポッド、そして破壊されたアビ・エシュフの外装、アバンギャルド君の装甲をベースに即席で作り上げた簡易シールド。

 表面の核には破壊されたアバンギャルド君のシールド、周辺は破壊された守護者の外殻を用いて制作されており、即席の盾としてはまずまずの強度を誇る。加えて破壊されていたアビ・エシュフの脚部、関節部位も手持ちの部品で修理済み、流石に演算を用いた機動と比較すれば劣ってしまうが、損傷率八割を超える状態から僅か十分足らずで稼働可能状態まで持ち込んだ彼女達の手腕は凄まじいものがあった。

 突き出したトライポッドが空転を開始し、エンジニア部の三名は耳を塞ぎながら頭を下げる。

 

「対象捕捉、ファイアッ!」

 

 トキの裸眼が守護者を視認し、トライポッドが火を噴く。放たれた弾丸は前進する守護者の外装を貫通、その機体を後方へと弾き飛ばし、後続ごと蜂の巣にする。凄まじい重低音と共に守護者の群れを薙ぎ払う銃身、空薬莢が次々と地面に落ち甲高い音を鳴らしていた。前線に立っていたアカネは自身の脇を抜け、地面と守護者を粉砕する弾幕に冷汗を流しながら笑みを浮かべる。

 

「ッ、複雑な心境ですが、流石に味方となると心強いですね……!」

「アカネ先輩、後退を――最前線(盾役)はアビ・エシュフが務めます」

 

 銃声を轟かせながら即席の盾を構え、前進を開始するアビ・エシュフ。構えたシールドに幾つもの光線が着弾するものの、その悉くは弾かれ、空中へと霧散する。同じ守護者の外殻を用いている為か、光線による盾の破損は認められなかった。

 その結果を見届け、エンジニア部は無言で親指を立てる。同士討ち防止の為、こういった量産機体の装甲は味方の攻撃に対して一定以上の防弾コーティングを施すのは鉄板である。特に光線系統(レーザー)ともなれば顕著、その予測が見事的中した事にウタハ達は満足気であった。

 

「リオ様、此方は問題ありません、中央タワーへと続く街道は、私が封鎖します」

『トキ……!』

「私の口にした言葉に、偽りはありません」

 

 そう、自身の想いに変わりはない――どんな命令だろうとも、彼女は自身の持ち得る全てを使って任務を遂行するだけだ。

 

「それに、アビ・エシュフも私もボロボロですが……ネル先輩と、先生に教わりました」

 

 ちらりと、トキの視線が自身の後方へと向けられる。彼女自身の恰好も大概酷いものだが、瓦礫の影で横たわるネルの姿は更に深刻である。目覚め、彼女を見下ろした時、こんな負傷した状態で自身の前に立っていたのかと再び愕然とした程だ。

 

 アビ・エシュフも万全とは程遠い。即席の修理で回復した機能は最低限の機動性と武装、演算機能は元より露出した内部機構に被弾を許せば数分と立たずにアビ・エシュフは沈黙するだろう。

 けれど、彼女達(エンジニア部)は諦めない。恐らくアビ・エシュフが沈黙すれば、危険を冒してでも飛びつき、再度修理するのだろう。後方から火力支援に努めるエンジニア部を一瞥しながら、トキは想う。アカネ先輩もそうだ、こんな劣勢でありながら諦観の念など欠片も抱いていない。

 ネル先輩の言葉は正しかった。

 抗う為の身体()も――意思もある。

 それならば。

 

 アビ・エシュフの両足が力強く地面を踏み締め、トライポッドから放たれる閃光が彼女を照らす。トキは両腕に繋がれた操縦桿を握り締め、傷だらけの恰好で吼えた。

 

「――立ち向かう意志(根性)がある限り、私は決して倒れませんッ!」

 

 ■

 

 モニタを凝視するリオ、その向こう側で守護者と交戦を続けるトキ。何事かを云い掛けるリオだったが、ややあって唇を噛み、ぐっと言葉を呑み下す。そこには彼女にしか分からない葛藤があった。ヒマリはそんなリオの背中を見つめながら、努めて冷静な口調で告げる。

 

「これで少なくとも、中央タワーへと続く正面街道は彼女達が健在である限り封鎖されました」

「……えぇ、そうね」

 

 ヒマリの言葉にリオは緩慢な動作で頷く。アビ・エシュフがエンジニア部の手によって復活した以上、戦力としては申し分ない――本来のスペックを発揮する事は出来ないだろうが、今直ぐに瓦解すると云う事はないという確信があった。送り出したアスナとカリンが到着すれば、暫くの間持ち堪える事は出来る筈だ。

 リオは大きく息を吸い込み、思考を切り替える様努める。

 

「現在、中央タワー一階入り口はエイミ達、別動隊が封鎖してくれています、内部に入り込んだ敵勢力に関しては、これで暫く足止め出来るでしょう」

「別動隊――電力中枢を叩いた部隊ね」

「えぇ、その通りです」

 

 ヒマリは肯定を返しながら中央タワー周辺のマップをホログラムで表示させる。一階部分と中央タワーへ真っ直ぐ伸びる街道、その中心点に現れる緑色の点滅――恐らくこれが味方部隊なのだろう。街道を迂回、或いは近辺に出現した守護者に於いては別動隊が相手をする。この体制が崩れない限り、中央管制室にまで乗り込まれる事はない。

 その現状を踏まえた上で、ウィンドウの向こう側に佇むチヒロは指先でコンソールを叩きながら告げた。

 

『兎に角、こっちは相手にエリドゥ全体システムを奪取されないよう防衛中、ヴェリタスとセミナーが協力しても正直時間稼ぎが精一杯だね、現在進行形で凄い回数の攻撃を受けている……悪いけれど、こっち(ミレニアム)からの戦闘支援はアテにしないで』

「構いません、物理的に中央タワーを占拠されても、電子面でシステムを再度乗っ取られても私達の敗北なのですから――チーちゃんにはこのまま電子面での防衛をお願いします」

『分かった、こっちは任せて』

「現状、セミナーとヴェリタスでどの程度耐えられますか?」

『……最低一時間は、何としても耐えて見せるよ』

 

 返答は僅かに低く、強張った声色だった。ヒマリはチヒロの返答に頷きながら、視線をリオに送る。

 

「リオ、理解していると思いますが――既に無名の司祭は動き始めています」

「……!」

無名の司祭(あの存在)が到着する前に、この状況を打破しなければなりません」

 

 無名の司祭、その単語を耳にした先生、リオ両名の気配は変化する。リオは緊張を孕んだ気配を、先生は剣呑な気配を。

 先生はモニタの中でトキ達と交戦する守護者を見つめながら、忌々しいとばかりに顔を歪め呟いた。

 

「けれど――状況は決して良くない」

「はい、その通りです」

 

 先生の言葉にヒマリは頷きを返す。無名の司祭はアリス(Key)を通じ、電子世界と現実世界の両方から攻勢を仕掛けている。エリドゥの全体システムを再び奪取されてしまえば、今度こそ要塞都市は箱舟顕現のリソースとして利用されるだろう。

 そして万が一防衛網を突破され、中央タワーを占拠されてしまえば、これもまた同じ末路を辿る。

 現状どちらも劣勢であり、押し切られるのは時間の問題であると云えた。

 

「リオ、中央タワー周辺の監視映像を」

「……分かったわ」

 

 先生がリオに告げれば、彼女はモニタに向き直り、コンソールを操作して周辺ディスプレイに幾つものウィンドウを表示させる。取り戻したエリドゥの監視映像、其処に映る守護者の群れ。それらは路地や街道を這い、中央タワーへと向かって来ていた。

 先生は画面の守護者を睨み付ける様に見据えながら呟きを零す。

 

「現在都市内部に転送されてきた守護者は尖兵に過ぎない、テレポート技術、これがどういったものか掴み切れていないけれど、恐らく転送出来る数や位置には限りがある筈だ」

「同感ですね、何せ可能ならばこの中央管制室に直接テレポートさせてしまえば良いのですから」

 

 それが出来ない時点で何らかの制限や、制約がある。先生とヒマリ、そしてリオの見解は一致していた。恐らく送り込める数、或いは質量には限界がある。加えて複雑な座標には転送出来ないのかもしれない、こうして高層ビルの一室に守護者が出現しない時点で予測可能な事だった。

 

「そうなると必然、彼等の本命(本隊)と呼べる部隊が存在するでしょう」

「本命――来るとすれば廃墟の存在する方向から、直接雪崩れ込む……とかかな」

「……なら、コレね」

 

 先生が告げると、リオはエリドゥ外周の映像へと切り替え、モニタに一帯を映し出した。エリドゥ上空に待機するUAV(無人航空機)より送られて来た上空からの映像、其処に映るのは正に地表を埋め尽くさんと迫り来る守護者の群れであった。

 

「うわっ、なにこれ!?」

「す、凄い数……」

 

 それを見たゲーム開発部が呆然とした声を上げる。

 それはそうだろう、何せ画面に映る守護者の数は数百どころの話ではない――数千、いや万に届き得る程の夥しい守護者の大群。一体どこに、これだけの機体が埋まっていたのか、想像もできない程だった。モニタを見つめる面々の表情は険しい、それは先生も、ヒマリも同じであった。

 

「ヒマリ、本隊の詳細位置は分かる?」

「既にエリドゥ近郊まで迫っています、恐らくKey(別人格)が起動前に招集命令を出していたのでしょう――このまま外周部に取りつき、ゲート接敵まで凡そ十五分という所でしょうか」

「……これ程の大群、接近するまで察知出来なかったなんて」

「戦闘状態のエリドゥの監視網を掻い潜るのは不可能ではありません、或いは文字通り『潜って来た』という可能性もあります」

 

 リオの苦々しい声に、ヒマリは思案顔で応える。元よりこの機械群は地下から発見されたもの。地面の下を潜って移動していたとしても、ヒマリは決して驚かない。流石のエリドゥであっても地中深くから進行して来る敵を事前に察知するには厳しいものがあった。ましてや直前まで戦闘を行っていたのなら、尚更。

 

「仮に衝突したとして、防衛出来る確率は」

「先生、残念だけれど現状の戦力での防衛は困難よ、エリドゥの機能は全てシステムシャットダウンにより停止中、防衛設備の稼働は見込めない、現在この都市は文字通りの街に過ぎないの」

「なら、万が一内部に侵入を許せば、中央街道を真っ直ぐ抜けてタワー(此処)まで一直線か……」

「そうなりますね」

 

 先生の問い掛けに険しい表情で答えるリオ。ヒマリは淡々とした様子で迫り来る守護者を見据える。全員の見解は一致していた、現状この大群を受け止めるだけの戦力がエリドゥには存在しない、その一点に於いて。

 

「この群れが此処に来たら、お、終わりって事!?」

「そ、そんな……」

「どっ、どうすれば!?」

 

 迫り来る大群がエリドゥへと到着すれば、最早取れる手段はない。そう取れる発言を耳にした三人の悲鳴染みた声が響く。

 

「――一つだけ、策があります」

 

 不意に、ヒマリが口を開いた。

 その言葉にリオは訝し気な表情を浮かべる。

 

「策?」

「えぇ――突然ですがリオ、ダイブを行う為の設備は此処にありますか?」

「ダイブって……えぇ、それはあるけれど」

「ならば問題ありません、現状私達が取れる選択肢は一つだけです」

 

 リオの返答を聞き届けたヒマリは、その視線をアリスへとスライドさせる。寝台に横たわった彼女の矮躯、それを見つめながらヒマリは断言した。

 

彼女(Key)の起動によってデータベース深部に隔離されてしまった『アリス』、彼女の人格をダイブを用いて起こすのです、そうすればKeyが実行中のプロトコルは中断され、襲来中の追跡者は沈黙するでしょう――あの子(アリス)が、この様な破壊を望む筈がありませんから」

「なッ……!?」

 

 ヒマリの口にした策に対し、息を呑むリオ。それはモモイ、ミドリ、ユズの三名も同じであった。全員の表情に滲むのは困惑と驚愕、リオは平然とその様な事を口にしたヒマリに対し思わず声を荒げた。

 

「ヒマリ、それは余りに危険すぎる賭けよ!」

 

 口を突いたのは否定の言葉、それはヒマリの提案したソレが余りにも勝算の無い賭けに思えたからだ。接続者への精神的な潜行(ダイブ)――それは本来、じっくりと精神分析や安全調整、事前準備を整えた上で行われるものだ。当然だが他者と精神を通わせるという行為は、相応のリスクを伴う。その準備すら行われていないと云うのに、彼女はこの場でアリスに潜行(ダイブ)を敢行すると告げているのだ。

 

「仮にダイブ装置を用いてアリスの内部に侵入出来たとしても、下手をすれば二度と戻ってくれなくなる、ましてや碌な分析と調整も行っていないのに……! 成功する確率は極めて低いのよ!?」

「ですが迫り来る守護者と今尚行われているエリドゥへの電子攻撃、この双方を同時に解決する手段はコレだけです」

「だとしても、そんな危険極まりない行為、一体誰が――」

「やるッ!」

 

 リオの焦燥に塗れた声、それを遮ったのはモモイの声であった。勢い良く手を挙げた彼女は二人の間に体を差し込み、ヒマリの正面に立つ。その姿にリオは思わず口を噤み、怯んだように一歩退いた。

 

「それで、アリスが取り戻せるなら!」

「……うんッ!」

「――わ、私も!」

 

 ミドリとユズもモモイに続き、勢い良く手を挙げて見せる。ダイブというものが具体的にどんなものかは知らないが、それでアリスを取り戻せるというのならば喜んで飛び込む。彼女達はそんな思いで以てヒマリを見つめていた。その視線を受けたヒマリは薄らとした笑みを浮かべながら頷きを返した。

 

「なら、決まりですね」

「ヒマリ……!」

 

 何処か切羽詰まった様子でヒマリの名を呼ぶリオ。其処にはヒマリを非難する様な感情があった。そんなリオに対し、ヒマリは呆れた様な視線を寄越す。

 

「リオ、それも貴女の悪い癖ですよ」

「何を――」

「確率が全てではないと、貴女は既に実感した筈でしょう」

「っ……!」

 

 ヒマリの言に、リオは一瞬言葉に詰まる。そうだ、先生や彼女達がこうしてこの場に立っている事――それ自体が本来は一パーセントに満たない確率だったのに。その確率の壁を彼女達は突破して、彼女達はアリスの元へと辿り着いた。

 不可能であると決めつけて、全てを否定する事はナンセンスだ。或いはその可能性こそを、ヒマリは信じているのかもしれない。

 反駁の余地はある、奇跡が二度も起こる筈がない、同じ一パーセントを掴める可能性はどれ程か。けれど、他に打開策が見つからないのもまた事実。リオは苦り切った表情の中で、ひとり口を閉ざした。

 

「それでは、私は今からアリスの精神を分析し侵入する隙間を作ります、皆さんは準備を――彼女を説得し、現実世界(この場所)に連れ戻して下さい」

「うん、分かったよ!」

「が、頑張ります……!」

 

 そう云ってヒマリは手元に複数のコンソール、モニタを投影させるとアリスの傍にある幾つかの機器に接続を開始する。先生は一瞬リオに何事かを口にしようとするが、しかし拳を握り締めた彼女の姿に言葉を呑み込んだ。

 それは拒絶を恐れての事ではない、ただ彼女の変化を見守る、その第一歩であると感じたからだ。

 先生はヒマリの手元を覗き込むと、モニタを流れる数値を視線で追いながら問いかける。

 

「……ヒマリ、調整に掛かる時間は?」

「――十分」

 

 先生の問い掛けに、ヒマリはハッキリとした口調で以て答えた。膨大な数値が必要となるダイブ調整を十分で済ませるというのは、正に神業と云って良い。しかし、今この状況を鑑みれば決して十分な速度とは云えないのも事実であった。加えてヒマリは一瞬手を止めると、やや苦し気な表情で言葉を付け足す。

 

「……いえ、彼女達がアリスを説得する時間を含めて考えれば十五分以上、という所でしょうか、正直に云えばもう少し時間的な余裕が欲しいですね」

「そうなると、本隊の到着が先か、アリスが戻ってくるのが先か」

 

 ――正に時間との勝負。

 

 本隊到着前にアリスが復帰してくれたのなら万々歳、しかし万が一手古摺ったり、何らかの要因で時間を掛け過ぎた場合は本隊がエリドゥ内部に雪崩れ込むだろう。トキやC&C、エンジニア部だけで相手取れる数ではない。仮にエイミやスクワッドが加勢した所で同じ事。

 思考し、先生は天を仰ぎながら息を吐き出す。其処には何か、彼女達には感じ取れない色が含まれている様に思えた。その吐息をどの様なものに捉えたのか、ヒマリは調整の手を速めながら口を開く。

 

「出来得る限り急ぎましょう、エリドゥ(此処)のゲートであれば、上手くいけば一分程度の時間は稼げる筈です――」

「いいや」

 

 その言葉を、先生は遮った。

 エリドゥのゲート、その堅牢さを先生は知らない。しかし、あの大群を一分留める程の強度があるとは思えなかった。或いはあれだけの数だ、純粋に外壁に取り付いて無理矢理外壁を超えて来る可能性だってあった。想起するのはゾンビ映画等で稀に見る光景、人体梯子だ。エリドゥ外周部の外壁は相応の高さを誇るがあれだけの数だ、守護者同士が踏み台となり、少なくない数が外壁の上から内部に侵入する事は可能だろう。

 

 ならば――より確実な方法を選ぶ必要がある。

 

「――私が出る」

 

 声は、彼女達の耳に確かに届いた。

 先程まで凄まじい速度でコンソールを叩いていたヒマリの指先が止まる。ホログラムモニタを見つめていた視線がゆっくりと先生を見上げ、困惑を滲ませる。それはヒマリのみならず、リオも、モモイも、ミドリも、ユズも同じであった。

 

「せ、先生?」

「……出る、とは」

「リオ、此処には脱出艇があると云っていたね?」

「え……えぇ」

 

 彼女達に背を向けながら、先生は屋上へと通じる階段に視線を向ける。リオは先生の言葉に、ぎこちなく頷きを返した。確かに脱出艇は存在する、今この場で即座に利用出来る唯一の移動手段だ。

 

「それを使って私をエリドゥ正面ゲートまで輸送して欲しい、そこで私が敵の本隊を迎え撃とう」

「なっ!?」

 

 つまり、単独での遊撃――たった一人であれだけの守護者と対峙すると、彼はそう告げていた。

 余りにも荒唐無稽な言葉に生徒全員が絶句し、二の句を継げずに居る。先生はシッテムの箱を胸元に抱えたまま、躊躇のない足取りで屋上へと続く扉に向かった。

 

「エンジニア部とC&Cの皆には、このまま中央タワー侵入を防ぐ事に専念して貰うよう連絡をお願い、勿論別動隊の皆にもね」

「せ、先生……!?」

「だ、駄目です先生!」

「ま、待ってよ! 先生が一人で行くって、そんな!? だって戦う手段もないのに――!」

 

 モモイやミドリ、ユズの悲鳴染みた声。慌てて駆け出した彼女達は、歩き出した先生に飛びつき、咄嗟に衣服を掴んだ。ぎゅっと、力一杯握り締められたそれは先生をその場に縫い付ける。

 

「大丈夫」

 

 けれど先生は、飛びついた彼女達に穏やかな声を返す。その塞がり掛けている瞼、その奥より瞳が覗いていた。駆け寄り、自身の衣服を掴んだモモイの手、それに自身の右手を重ねた先生はゲーム開発部の三人を見下ろし、微笑みを見せる。

 

「私が絶対に皆を守る――守護者(Divi:sion)本隊は一体たりとも、皆の元へは行かせはしない」

 

 戦う手段はある、と。 

 先生は暗にそう告げていた。

 

「だから皆は――アリスを頼むよ」

「……で、でも」

 

 先生の言葉を聞き、それでも尚躊躇いを見せるモモイ。先生はそんな彼女達を右腕一本で抱き締めると、揃った三人と視線を合わせる様に屈み込んだ。

 

「皆は、私を信じられない?」

「そ、そんな事ないよッ!」

「それは、先生の事は……!」

「信じて、います、けど――!」

 

 反応は劇的で、声は力強かった。必死に言葉を紡ぐモモイ、ミドリ、ユズの三名。そうだ、先生を信じられない筈がない、ゲーム開発部の皆は何時だって先生を信頼している。

 そしてそれは先生も同じであった。

 彼女達と同質の、或いはそれ以上の信頼を寄せているとも。

 

「私も同じだよ、ゲーム開発部の皆がアリスをきっと連れ戻してくれると、私はそう信じている」

「っ……!」

「だから約束しよう」

 

 先生の右手が小指を立て、皆の前に差し出される。先端の黒ずんだ指先、戦闘の余波で煤が付着したのか――ゲーム開発部の面々はそれを見つめ、唇を一文字に結んだ。

 

「――また全員で、冒険(ゲーム)をしよう」

 

 モモイとミドリ、ユズとアリス、そして先生――C&Cやエンジニア部、トレーニング部やセミナーとも一緒に。こうなる前に沢山紡いだ思い出、その記憶、あの日常(アリスの居る毎日)をもう一度取り戻す為に、自分達は此処に来た。

 先生の穏やかな声が皆の鼓膜を震わせた。俯いた表情、その中で三人が顔を見合わせる。モモイは唇を噛み締め、勢い良く顔を上げると――一番に、先生の小指に自身のソレを絡めた。

 

「分かったよ、先生……!」

「お、お姉ちゃん」

 

 ミドリが不安に塗れた声を漏らし、モモイを呼ぶ。だが彼女は言葉を返す事はしなかった、ただ真っ直ぐ先生を見据えたまま口を閉ざしていた。

 

「……っ」

 

 ややあってミドリもまた、葛藤を抱えたまま先生の指先に、自身の細く小さな指先を絡める。ユズは二人の姿を見て、しかし暫しの間顔を上げる事が出来なかった。

 だが、先生に信じていると伝えられた――その言葉がユズの背中を押し、ゆっくりと、けれど少しずつ指先が持ち上がる。

 そして三人の小指が先生と絡み、小さく上下に揺すられた。

 

「――約束だ」

 

 破顔し、約束を結んだ末に先生は立ち上がる。絡まれた指先が解け、全員の手が先生の元より離れた。振り向いた背中に何事かを口にしようとするミドリ、ユズ。しかし、そんな二人の袖をモモイが引っ張り、止めた。

 その表情は何かを堪える様に歪であったが、同質量の信頼が宿っていた。先生ならきっと、絶対に、大丈夫。モモイは小さく、噛み締める様に呟く。

 

「先生……!」

 

 管制室を後にしようとする先生、その背中にリオが声を上げる。自身がその様な事を云える立場ではないと、彼女は理解していた。しかし、その厚顔無恥を自覚して尚リオは先生に向かって声を荒げた。

 

「こんな事を云える立場じゃないという事は十分に理解しているわ! けれど、そんな体では無茶よ……! 死にに行くようなものだわッ!」

「生憎と、無茶な事には慣れていてね」

 

 リオの声に対し、先生はあくまで軽い口調で答えた。肩を竦め、苦笑を浮かべた先生は階段に足を掛ける。半分、薄暗い暗闇に覆われた先生の身体は朧気だった。半ば塞がった左目、外装の拉げた左腕が僅かな輪郭を残すばかり。

 

「ヒマリ、彼女達(みんな)をお願い」

 

 最後に先生はヒマリにそう告げた。ヒマリは中途半端に止まった文字列を横目に、唇を微かに震わせる。両手の手を握り締め、彼女は両目を閉じた。返答はない、代わりに帰って来たのは小さな頷き。先生はそれを見届け、安心した様に息を零した。

 そして今度こそ皆に背中を向けると、一歩一歩階段を登っていく。

 

「――行って来ます」

 

 声は、暗闇の中に溶けて消えた。

 


 

 次回「ひとりぼっち(孤独な■者)最終決戦(ラストバトル)

 

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