「ひえっ!?」
「わっ……!」
視界の暗転は一瞬だった様に思う。調整を終えたヒマリよりダイブ準備完了の報告を受け、あれよあれよと奇妙な装置を頭に被った後、モモイ、ミドリ、ユズの三名は程なくして意識を失い、気付けば見知らぬ空間へと飛ばされていた。
地面へと降り立った彼女達は唐突な浮遊感と着地に戸惑い、モモイは慌てて崩れかけた体勢を立て直し、同時に地面を確かめる様に何度も踏み締める。両手を見下ろし、自身の恰好を確かめたモモイは、それから自身の両脇で目を白黒させる二人に声を掛けた。
「ユズ、ミドリ、大丈夫?」
「う、うん」
「な、何とか」
着地の瞬間に腰を抜かし、地面に尻餅を突いたユズ、座り込んだミドリ。二人を見下ろしながら一先ずダイブは上手くいったようだと胸を撫でおろしたモモイは、小さく息を吐き出しながら周囲に目を向ける。恐る恐る立ち上がったミドリはモモイの制服、その裾を掴みながら呟いた。
「私達、もうアリスちゃんの中に入ったの?」
「多分、だけれど」
「それなら、此処がアリスの――」
「心の中……」
三人がゆっくりと目を見開き、辺りを見渡す。
――静寂。
三人が最初に感じたのは、痛い程の静けさであった。薄暗く、中央に穴の開いた寂れたホール。内壁より垂れ下がる断絶したケーブル、地面は所々罅割れ雑草が見える始末。苔の生した縁はかなりの年月、経過を感じさせた。一歩踏み出した途端、パキリと足元から音が鳴り、慌てて退くモモイ。見れば飛び散ったコンクリート破片の様なものがそこらに散乱し、削れた凹凸が鈍い光を反射していた。
ホール中心には天井が無く、陽光が降り注ぎ外周よりも濃い緑が足元に生え揃っている。その中心に置かれた寝台、雨に晒された為か錆や汚れも散見され、傍には罅割れ、電源の落ちたモニタが設置されている。
この場所に、モモイとミドリの二人は見覚えがあった。
「この場所って、私達が初めてアリスちゃん会った時の……?」
「うん、この感じ、見覚えがある」
モモイとミドリは今でも鮮明に覚えている。この場所はアリスと初めて出会った場所だ。先生と共に、『G.Bible』を求め逃げ込んだ場所、廃工場。その中にこんな一風変わった場所があって――その場所で、アリスを見つけたのだ。
「二人共、あそこに……!」
「あっ!」
「アリス!」
そして、いつかの再現を行うかのように部屋の中心――陽光の降り注ぐ寝台に横たわっている人影。
ユズが指差した先、横たわるアリスの姿を認めた三人は急ぎ駆け寄り、眠る様に瞼を閉じる彼女の顔を覗き込んだ。夢の中でもアリスの姿はそのままで、モモイは彼女の肩を掴むと、無遠慮に身体を揺らしながら叫ぶ。
「アリス! 私達だよっ、分かる!?」
「アリスちゃん、助けに来たよ……!」
「アリスちゃん!」
「――……?」
口々にアリスの名を呼ぶ三人。その声に反応したのか、或いはモモイが彼女の身体を揺らした為か、閉じた瞼が薄らと持ち上がるのが分かった。
滲むアリスの視界に映る、この場所に居ない筈の仲間達、その姿。アリスは徐々に鮮明となる光景に目を見開き、思わず声を詰まらせる。
「モモイに、ミドリ、ユズ――」
空色の瞳が全員を一瞥し、困惑を滲ませていた。アリスが目を覚ました事に皆は安堵し、それから捲し立てる様に告げる。
「どうして、この場所に皆が……?」
「そんなの決まっているじゃん! 家出したアリスを迎えに来たんだよ!」
「アリスちゃんを助ける為に、皆が協力してくれたの」
「帰ろう、アリスちゃん!」
そう云って、アリスに手を伸ばすゲーム開発部。
その言葉がアリスに届く、見開かれた瞳が揺れ動くのが分かった。差し出されたそれに、アリスは躊躇を見せる。
「あ、アリスは……」
――王女よ、貴女の見て来た光景を忘れましたか?
だが、アリスが差し出された手を取るよりも早く響く声がある。
「ッ!?」
「この声――」
アリスの直ぐ傍から現れた人影、それを視界に捉えた全員が一斉に身構えた。緩慢な歩みで薄暗い影から姿を現したのは、アリスと全く同じ姿、恰好をした生徒――けれど決定的に異なるものがある。
身に纏う雰囲気が、余りにも彼女のそれと解離していた。数歩後退ったゲーム開発部の三人は、警戒した様子をそのままに口を開く。
「アリスちゃん……じゃない」
「貴女は――!」
「さっきの、Keyとか云う……!」
全く同じ姿、同じ恰好、しかし良く観察すれば瞳の色やヘイローがアリスのそれとは異なる事が分かるだろう。彼女は無機質な瞳で以てゲーム開発部の三名を眺めると、淡々とした口調で云った。
「王女は見ていました、ずっと、貴女達の行いを」
「わ、私達の行い……?」
唐突な言葉に怪訝な顔を浮かべるモモイ。Keyは徐に手を翳すと、ゲーム開発部の周辺に幾つものホログラムモニタを投影した。ぐるりと囲う様に出現したそれに驚き、目を瞬かせる三人。そこに映っているのはアリスでも、Keyでもない――ゲーム開発部やエンジニア部、C&Cの姿であった。
「こ、これって」
「エリドゥに乗り込んで来た時からの……」
「私達の、映像――?」
そう、映像にはエリドゥの街道を駆ける皆の姿が映っていたのだ。数え切れない程のAMASを破壊するC&Cの姿、アバンギャルド君と交戦するゲーム開発部とエンジニア部。その後トキと繰り広げた銃撃戦を含め、アビ・エシュフの姿まで――要塞都市エリドゥに乗り込み、此処に至るまでの戦闘結果の全てがそこにはあった。
自分達を取り囲む映像に目を向けながら困惑を滲ませるゲーム開発部の面々は、疑問の声を上げる。
「何で、こんなものが……」
「これら全て、貴女達がこの場に足を踏み入れるまでに戦い、足掻き、転び、傷付き、抗って来た光景です」
それは秘密裏に接続されていたAMASのカメラ映像であったり、エリドゥ各地に存在する監視映像であったり、或いは防衛設備に備わっている記録映像であったり。様々な角度から浮かび上がるそれに、アリスは委縮した様に身を縮こまらせる。
「ただの人間――あの大人ですら、こんな必死になって」
「……ぁ」
中央のホログラムに、先生の姿が映し出された。
それは殴り飛ばされ、地面に転がり、襤褸雑巾の様に這い蹲って、それでも立ち上がろうとする大人の姿。砂塵と血に塗れ、青痣だらけになりながらも諦めないソレに、アリスは思わず喉を引き攣らせる。
これを目にしたのは二度目だった、けれど何度目にしたってなれる事はない。血が凍る様な感覚、身体全体が強張って握り締めた指先が震える。その反応を冷徹に観察しながら、Keyはアリスの耳元に唇を寄せ囁いた。
「何故こんな事が起こってしまったのか、どうしてこれ程までに傷付いてしまったのか……その答えを王女は既に、ご存知の筈でしょう」
「っ、ぅ――」
Keyの言葉に、アリスは苦悶の表情で瞼を閉じる。そうだ、どうしてこんな風に大勢の人が傷付いたのか、すれ違ってしまったのか。その原因は明確であると、少なくともアリスはそう感じている。
今だってゲーム開発部の仲間達に目を向ければ、どれ程の戦いを経て此処に辿り着いたのか分かるだろう。
彼女達三人の衣服は所々血が滲み、汚れ、裂け、酷いものじゃないか。恐らく現実の彼女達、その疲労と負傷が反映されているに違いない。
――
アリスは寝台の上で身を起こすと、ゲーム開発部に背を向けながら地面へと降り立つ。その直ぐ傍には、彼女と同じ姿をしたKeyが侍る様に寄り添っていた。其処には見えない壁がある、ゲーム開発部の皆の目には見えない壁が。
寝台に手を掛け、俯くアリスは呟く。
「アリスは、皆の所へ……帰る事は出来ません」
「なっ、アリス!?」
「どうして、アリスちゃん!?」
「だ、だって……!」
そんな彼女達の悲痛な叫びに被せる様にして、アリスは唇を強く噛み締め叫んだ。
「アリスが皆の傍に居たら、皆を傷付けてしまいます! 何度も、きっと沢山、今回の事でアリスは、もう十分理解したんです……!」
「なっ……違うよアリスちゃん、そうじゃない!」
「そうだよ、そんな事――ッ!」
「いいえ、いいえッ!」
しかし、尚も云い募る仲間達の言葉にアリスは首を横に振る。違わない、少なくともアリスにとってはそうだった。自身の掌を見下ろし、表情を歪めるアリスは声を振り絞る。
「これが真実なんです、アリスはずっと見ていました、モモイも、ミドリも、ユズも、ネル先輩も、先生だって――沢山傷付いて、血を流して!」
アリスが、自分が居るだけで、周りの人たちの身体も心も傷付けてしまう。
彼女自身が望まずとも起こってしまったその事実こそが、アリスの心に消えない楔を打ち込み強い猜疑心と自罰的な感情を思い起こさせていた。自分は彼女達の傍に居てはいけない、寄り添ってはいけない。
その資格が、自身には最初から存在しなかったのだ。
「アリスは、勇者ではなく……魔王、なんです」
いつかキヴォトスを滅ぼすかもしれない、魔王。
勇者パーティと共にいる事は許されない存在。
肩を震わせ、俯きながら涙を堪えるアリスは呟く。
「アリスが傍に居る事で、大切な人が傷付いてしまうのなら……アリスは――そんな存在は」
そう、アリスは想う。
どんな物語だってそうだ。最後は魔王が倒され、世界が平和になる様に。
魔王は、其処に在るだけで誰かを傷付けてしまう存在は。
「消える事が、正しいと思うんです……!」
――消える事が、正しい筈だ。
消え入りそうな声で零れ落ちた言葉、それにミドリとユズは絶句する。
深い、余りにも深い絶望を感じさせる声色だった。昏く淀み、彼女の内に秘めた暗闇を感じてしまう程に。何かを云わなくてはいけない、伝えなければならない、そう思うのにアリスの身に纏う拒絶の意思が、絶望が、彼女達の唇を縫い付ける。
「――違うよッ!」
けれど、それを物ともしない仲間がいた。
モモイだ。
彼女は両手を握り締め、肩を怒らせると大きく一歩を踏み出し、全力で否定を轟かせた。それは嘗てない程に、力強い叫びであった様に思う。精一杯叫んだ彼女は顔を上げ真正面からアリスを睨み付ける。
「アリスッ!」
「ッ!」
彼女の名を告げ、ズンズンと大股でアリスへと歩み寄るモモイ。その表情はあまりにも真剣で、強い怒りが滲んでいる様に見えた。それは、アリスが思わず気圧されてしまう程に強く、濃い感情の香り。
「も、モモイ……?」
「アリスは、本気でそう思っているの!?」
直ぐ傍まで迫ったモモイの瞳が、真摯に問いかけて来る。アリスは本当にそう考えているのかと――消える事が正しいって、居なくなることが正しいって、そんな風に。
「自分が消える事が正しいって、それで全部解決するって、皆ともう会えなくなっても良いって、本気でそう思っているの!?」
「ぅ……」
真っ直ぐ、何処までも愚直に此方を射貫く双眸の輝き。その奥に煌めく意志の光、怒りを滲ませた本気の問い掛けに、アリスは真正面から目を見て答える事が出来なかった。思わず視線を泳がせ、顔を反らしてしまう。
本音を語れば――そんな筈はない。
ゲーム開発部の皆と、ミレニアムの仲間達と会えなくなっても良い等と、そんな事は断じて思っていない。まだまだ一緒に過ごしたい、ゲームをしたい、創りたい、冒険をしたい、そんな欲求が胸の内からどんどん湧き上がり叫びたい程。
けれど、アリスは傷付けたくないのだ。
皆に傷付いて欲しくないのだ。
大切だからこそ――大事な人だからこそ、傷付けたくないのだ。
「――テイルズ・サガ・クロニクル2はッ!」
けれど、そんなアリスの感情を他所に、畳みかける様にモモイは声を張り上げた。
びくりと震えたアリスの肩にモモイの小さな手が掛かる。か細く、小さな掌だ、振り払おうと思えば簡単に出来ただろう。
けれどアリスが思っている何倍も、何十倍も強い力で、モモイはアリスを引き留めていた。叫び、俯いていたモモイの顔がアリスを見上げ、強い感情を秘めた瞳が直接語り掛けてくる。
「私達が一緒に作ったゲームは、特別賞を貰ったよ!」
ゲーム開発部皆で、アリスが来て初めて作ったゲームは、ミレニアムプライスにて特別賞を受賞した。
それは本当に凄い事で、過去の自分に聞かせれば信じられない様な事実で。
本当に奇跡みたいな出来事だったのだと今でも想う。
けれど――。
「でも、まだだよ」
まだ、終わりじゃない。
モモイは首を横に振る、それで満足はしていないのだと。これで終わりではない、
私達の、ゲーム開発部の目標は。
ギシリと、アリスを掴む指先に強い力が籠る。
「まだ上を目指せる、もっと良い作品を作ろうって、皆でそう約束したじゃん……! 今度は特別賞じゃない、ちゃんとした一番を皆で取ろうって!」
「それ、は」
そうだ、今度こそ特別賞という枠外の賞ではない。最高の作品を創り上げて、ミレニアムで一番面白いゲームを発表するのだと約束した。それはアリスも勿論記憶している、その約束を忘れた訳ではない。
ずっと、憶えているとも。
「あのゲームは、テイルズ・サガ・クロニクル2は……! アリスと出会って、アリスが仲間になって、それで私達ゲーム開発部は廃部を免れて――漸く作れたゲームだったんだから!」
精一杯叫ぶモモイの声には万感の想いが籠っていた。ミレニアムプライスで特別賞を貰って、沢山の応援を貰って、皆の居場所を守る事が出来た。ただ自堕落に日々を送り、批判に耳を塞ぎ、ゲームを創る事から逃げ続けて、自分達に素晴らしいゲームは創れないのだと苦笑して――そんな毎日を彼女は変えてくれたのだ。
その思い出を、奇跡みたいな事実を、否定させはしない。
「ずっと立ち止まっていた私達が皆に認められるゲームを作れたのも、皆が大切に思っていた部室を守れたのも、沢山の生徒と遊べたのも、怖いと思っていたネル先輩と一緒にゲームする様な仲になれたのも――全部全部、アリスが一緒に居てくれたからでしょ!?」
「も、モモイ……」
「それなのにアリスは私達の前から消えるって云うの!? 魔王だとか、何だとか、キヴォトスの終焉がどうのこうの云って!」
肩に掛かったモモイの掌が、酷く熱く感じた。歯を食い縛り、此方を見る彼女の瞳には涙が滲んでいる。それを見たアリスは、思わず口を閉じる。奥歯を噛み締め、声を押し殺した。今口を開けば、泣き出しそうだった。
「――そんなの絶対、納得できない!」
こんな別れ方は、終わり方は絶対に嫌だ。
ミレニアムプライスで一番を獲る約束もした、でもそれだけで終わりではない。ゲーム開発部の皆とならば、ミレニアムを飛び越えて、キヴォトスで一番面白いゲームだって創れる筈なのだ。
達成したい目標はまだまだある、創りたいゲームは沢山ある、紡ぎたい物語がそれこそ山ほど――
「……アリスちゃん、前に云っていたよね」
「み、ミドリ」
「鏡を手に入れる為に、C&Cと戦った時にさ」
不意にミドリが声を上げた。モモイの直ぐ背後に立っていた彼女は、優しい微笑みを浮かべながらモモイの横に並ぶ。
彼女の言葉に何かを思い出したユズは相槌を打ち、破顔しながらアリスに駆け寄った。
「うん、確かに云っていたよ、私もちゃんと憶えている」
「……ユズ?」
目前に立ち、並ぶ三人。
一体、何の事を――アリスがそう問いかけようとして、「アリスちゃんが最初に云った事だよ」とユズは云った。アリスが最初に云った事、口走った何か。三人が顔を見合わせ、大きく頷いて見せる。
三人の中では、既に分かり切っている事なのだ。
「どんなゲームでも、どんな物語でも」
「主人公達は試練に見舞われ、苦悩し、苦境に立たされて……」
――それでも。
『決して仲間を諦めなかったッ!』
三人の言葉が重なり、
それはアリスが皆のピンチに駆け付けた時、叫んだ言葉だった。その時の事をずっと、彼女達は忘れずに憶えている。
「アリスちゃんは私達の大切な仲間、その仲間を助ける為に私達は此処に来たんだよ!」
「どれだけ傷付いたって、痛くたって、皆と一緒なら絶対に突破出来るから、そう信じているから……!」
「先生だって、そう云って私達を送り出してくれたんだから――ッ!」
「……!」
ミドリ、ユズ、モモイ――彼女達の言葉にアリスはこれ以上ない程心を揺らす。
そうだ、仲間を諦めないと最初に叫んだのは自分だ。ゲーム開発部の皆とならどんな困難にだって立ち向かい、突破出来ると叫んだのも。
だって、あの時の
勇者だったから。
勇者だからこそ、出来ると信じていた。
――なら、今の
「……先生」
呟き、強く目を瞑るアリス。彼女の脳裏に先生の言葉が過った。
自分がなりたいものは、自分で決めて良い。
進みたい道に、目指したいものに。
自分達には――無限の可能性があると、彼はそう云っていた。
それなら。
「あ、アリスは……」
それなら、
「アリスは、勇者に――ッ!」
「王女」
何かを云い掛けたアリスの肩を、無表情のままKeyが掴んだ。しかし、その表情には薄らと不快感の様なものが透けて見える。三人の瞳が彼女を睨み付ける、だが当の本人は気に止める事もなく淡々と言葉を紡ぐ。
「忘れてはなりません、貴女の役割を、貴女の存在理由を」
アリスの背後に立つKeyは、彼女の耳元で何度だって繰り返す。
貴女が為すべき事は他にあると。
その冷徹な声が、想いが、アリスの両足をその場に縫い付け、言葉を腹に押し戻す。それは影の如くぴたりと彼女に寄り添い、常に暗闇へと心を誘導していた。
「王女、貴女は名も無き神々の……」
「アリスはアリスだよッ!」
だが、それを振り払う手があった。
アリスの肩を掴んでいたKeyの手を弾き、挑む様に睨み付けるモモイ。Keyは払われた掌を一瞥しながら、忌々しいとばかりに目線を鋭く変化させ呟く。二人の視線が交わり、互いの感情が露になった。
「……王女の存在理由を否定しますか」
「関係ないね! そう、アリスが魔王だろうと、何とかの神様の女王様だろうとッ!」
何の為に生まれただとか、本当の立場はどうだとか、魔王だとか
「誰に魔王だって云われても、世界を滅ぼす為に生まれたって云われても、そんなの私達にも、アリスにだって関係ないんだよ!」
「王女に、関係ない……?」
「そう!」
怪訝な表情を浮かべるkey。ゲーム開発部ならば兎も角、アリス本人にも関係ないとは一体どういう事か。そんな疑問を見透かしたように得意げな笑みを浮かべたモモイは、自身の胸を叩きながら云った。
「だって、戦士が魔法使いにジョブチェンジする事なんて良くある事じゃん! 魔王だか女王だから知らないけれど、そんなの転職すれば済む話なんだから!」
「そうだね、戦士でも魔法使いでも、僧侶でも騎士でも、何だって……!」
「も、勿論、勇者もあるよ!」
「……理解不能」
魔王なんていうのは、つまる所彼女達からすれば
「生まれた意義、存在する理由を、そう簡単に変更出来る筈が……」
「出来る!」
そんな軽々しいものではないのだと口にするKeyに対し、モモイは何処までも力強く断言してみせた。握り締めた拳を突き上げ彼女は、彼女達は叫ぶ。
「魔王が勇者になる物語はある! 無いなら私達が一から作ったって良い、どんな物語だって私達が作って見せる!」
「うん、色んな挫折や苦難があっても、最後は笑って、皆がハッピーエンドに至る物語!」
「魔王として生まれても、光の剣を手にして、勇者になって世界を救う世界……!」
そうだ、彼女達は信じる。
そんな物語だって、自分達ならば作れると。
この世界に在るのだと。
だって。
「――私達は、ゲーム開発部なんだからッ!」
無いのなら作る、世界にブームだって引き起こして見せる。それが可能だって、彼女達は腹の底から信じる。仲間と一緒なら、どんな困難だって突破出来ると――自分達はあの日、確かにそう叫んだ。
それは、
「ねぇアリス、だから聞かせて」
故にモモイは問いかける。
アリスに対して、真剣に、心から。
「アリスは、どうしたいの?」
一歩、一歩、モモイはアリスへと歩み寄る。
その度にアリスの鼓動は早鐘を打ち、全身を駆け巡る衝動があった。
自分を押し殺す必要なんてない。
諦める必要なんてない。
彼女は暗にそう告げる。
「アリスは、何になりたいの!?」
本当は、何を望んでいるの。
弾丸の様に真っ直ぐ、自身の心に突き刺さる言葉。モモイの叫びに、アリスは声を詰まらせる。震える唇を必死に開き、彼女は喉を震わせる。
そう、アリスは。
「アリスは……っ!」
■
『王女』
夜空を吹き抜ける風、頬を撫でるそれは冷たくも心地が良い。こんな風に全身で世界を感じ、挑むのはいつ振りだろうか。それはもう遠い昔の事の様にも感じられるし、つい昨日の事の様にも想える。
やはりメモリーに焼き付いた記憶を反芻するだけでは得られない、充足感のようなものがあった。何度も何度も、それこそ擦り切れる程に見返した様々な
刻一刻と迫る守護者の大群、それを前に立ちはだかるアリスは自身の内側から直接聞こえて来る声に耳を傾けた。
『制限時間は残り二分と十一秒、悠長に攻撃している余裕はありません、大規模な攻撃による掃討を提案します』
「それなら、最初から取るべきコマンドは一つ――という事ですね、ケイ」
『はい』
元よりこれだけの数、ちまちまと削るつもりはない。アリスは手にした光の剣を一瞥し、大きく頷いて見せる。お誂え向きに周囲は開け、射線は通り易い上に相手は固まっている。正に自身の得意とする地形と状況と云えた。
前方には打ち倒すべき敵、背後に守るべき先生――シチュエーションとしては、完璧だ。
「ケイ、憶えていますか、こんな時に使うコマンドを何と呼ぶか」
『……確かこういう時は、必殺技というのでしたか?』
「その通りです!」
ケイの思案するような口調に、アリスは歓喜を滲ませた肯定を返した。主人公ならば持ち合わせている一撃必殺の奥の手、必殺技――開幕全力ブッパは戦いの華、そう云ったのだネルだったか、ユズだったか、それともモモイか。
光の剣を持ち上げ、大きく振り回す様にして構えるアリス。風切り音が鳴り、その巨体に相応しい鈍い音が耳に届く。
「アリスの持つ全てを、積み重ねて来た全部を、今此処でぶつけますッ!」
その宣言と同時、彼女の周囲に強烈な風が吹き荒れる。
地面が罅割れ、捲り上がり、溢れ出した光がアリスの身体を包み込む。行われるのは彼女本来の力を利用した、分解と再構築。召喚された彼女に内包された神秘の分解、それを再構築し光の剣を補強する行為。彼女の全力攻撃、必殺技は威力や範囲が極大である分、射出する銃器に多大な負担を掛ける――故にまず、その土台を作り上げる必要があった。
凄まじい神秘濃度で発揮されるそれは、彼女の構えた光の剣を正に別次元の代物へと再構築していく。光り輝くスーパーノヴァは夜空の中で一等星の如く煌めき、先生はその光景を眩しそうに、けれど決して目を背けまいと見届ける。
――AL-1Sに接続された利用可能リソース確保、全体検索実行。
『起動プロセス確認、王女、承認を』
「AL-1S、勇者アリスが承認します――此処に、私達の全てを証明するッ!」
構えた光の剣が凄まじい力の奔流を放ち、青白い光と共に一段、二段と嘗ての力強さを取り戻していく。生え揃っていた苔は掻き消え、錆び付いた外装は真っ新な純白を強調する。いつか彼女が初めて手にした時の様な、否、それよりも強い輝き。
横合いに伸びたラインが点滅し、唸る様な稼働音が鼓膜を震わせていた。
コード名は――『勇者の証明』
その姿、純白の光の剣を目にした時、アリスの表情がくしゃりと歪んだ。滲み出るのは懐古の念、同時に湧き上がる様な感謝と歓喜。久しく見ていなかったあの頃の、まだ純粋で、未来を知らず、迷うことなく真っ直ぐ進む事の出来ていた証をまざまざと見せつけられている様な――そんなどうしようもない残酷な現実を目にして、彼女は一粒の涙を流した。
「……随分、待たせてしまいました」
掴んだ光の剣、その指先に力が籠る。あの日から放つ光は変わらず、ずっと自分達を照らし続けている青色。眩いそれに微笑みながら、アリスの指先が静かに外装を撫でつける。
「アリスと一緒に、ずっと、ずっと一緒に冒険していた――
そう、どれだけ時間が過ぎても、あんな結末を辿った後、皆が居なくなってからも、ずっとコレを手放す事は出来なかった。自身の中に残っていた記録を繰り返し再生しながらも、唯一残された彼女達と過ごした思い出に縋りながら
――この
誰かの為に、守る為に、ずっと夢見て来た力の行使。
そう、アリスはずっと待っていた。
いつか先生が見せてくれた奇跡の光、あれに至れる可能性。
光の剣を構え、徐々に強まる光を見つめながらアリスは笑う。膨大な熱量と光量は周囲のあらゆる暗闇を吹き飛ばし、蒼穹を想起させる。煌めく青の中で一人佇む彼女は、震えた声で呟いた。
「準備は万全です、だって、ずっと待っていたのですから」
この瞬間を――
「今度こそ、世界を救うって、アリスは……!」
叫び、顔を上げた彼女は直ぐ傍まで迫る守護者を睨み付ける。地鳴りと砂塵、最早巨大な一つの生命とも云えるそれら。思い起こされる幾つもの困難、避けられなかった悲劇、あらゆる苦痛の記憶。
けれど、それでアリスは膝を折って、諦める事はしなかった。
何度だって立ち上がって、何度だって立ち向かって。
ボロボロになって、涙を流して、沢山叫んで――転んでも、また起き上がって。
それこそが、勇者の証明なのだと云い聞かせて来た。
ほろ苦い記憶だ、悲しみと慟哭の記憶だ。けれどそれを忘れようと思った事はなかった。だって、アリスの中にはいつだって彼女達との思い出があったから。
「アリスがもし、一つだけ、
この世界の自分、恐らく今、漸くスタートラインに立った自分自身にアリスは言葉を漏らす。きっと今、あの中央タワーの中で自身はゲーム開発部の皆と邂逅しているのだろう。
その瞳に滲む感情は複雑だ、叫びたい思いがあった。
モモイ、ミドリ、ユズ、皆に逢いたい。エンジニア部の皆にも、ヴェリタスの皆にも、C&Cの皆にも、セミナーの皆にも、トレーニング部の皆にも――まだ生きて、笑顔で日々を過ごす彼女達に触れあいたい。
どうして自分じゃないのだろう、どうしてアリスの世界はあんな事になって、この世界はこんなにも。
そんな風に消化しきれない感情が滲み出そうになる、それは何年も何年も、たったひとりぼっちで待ち続けた彼女の胸に燻っていた昏い感情。ほんの僅かずつであっても降り積もったそれは、軈て膨大な量の感情となり、彼女のメモリーを焼き切ろうとする。
けれど、アリスはそれを無理矢理にでも呑み下す。
耐え難きを耐え、堪え難きを堪える。
だってそれは、
だから、怨嗟の代わりに祝福を。
絶望の代わりに希望を。
憎悪の代わりに笑顔を。
アリスは、この世界に向ける。
「
収束した光が形を潜め、一瞬の夜が到来する。収斂された力が砲口から顔を覗かせ、微かに夜空を照らしていた。アリスは震える唇を無理矢理にでも広げ、笑みを象る。それは彼女の精一杯の虚勢、けれど確かに内に秘めた優しさと、希望からなる笑顔だった。
けれどせめて。
この世界の
ゲーム開発部の仲間達に。
ずっと寄り添ってくれた先生に。
どうか――。
「――光よッ!」
叫び、トリガーを引き絞る。
瞬間、凄まじい爆音を搔き鳴らし、アリスの足元が弾けた。光の剣、展開した外装が青白いスパークを迸らせ、一拍遅れて衝撃波が周囲に撒き散らされる。臓物が浮き上がる感覚、先生の意識が一瞬暗転しかけ、地面を這い蹲りながら辛うじて堪える。
光の剣より放たれるのは青の極光、それはいつぞや
いや、それは最早もう一つの太陽に等しい。余りの眩さに、周辺一帯が昼の明るさを取り戻す。
地平線を穿ち、遥か向こうの山岳を粉砕し、余波だけであらゆる存在を消滅させる。直撃を許した守護者達は一瞬の内に蒸発し、掠めた機体もまた余りの威力に爆散する。余波であっても宙に打ち上げられ、その衝撃は内部機構をズタズタに狂わせた。
発射の衝撃でアリスの身体が押し戻され、跳ね上がった砲口が夜空に向く。
その青と白の入り混じった光は、キヴォトスの夜空を彩り、突き抜けた。
■
「ッ……!」
唐突に、何か胸を穿つ衝動があった。
アリスの身体を突き抜ける痛み、憶えのない感情の濁流が自身の中で荒れ狂っている様な感覚。それはアリスが今まで味わった事のない様な代物だった。思わず口を結び、身体を折り曲げ声を押し殺す。
「ぅ、っ……!?」
「あ、アリス……!」
「王女?」
アリスの異変に気付いた皆が駆け寄り、声を上げる。しかしアリスはそれを手で制し、蹈鞴を踏みながら距離を取った。
痛い、苦しい、辛い、虚しい――けれど、同じ分だけ自身を鼓舞する何かが伝わって来る。湧き上がる感情は、マイナスのものではなかった。
切なくて、けれど暖かくて。
悔しくて、けれど晴れやかで。
苦痛があって、けれど同じ分だけ希望があって。
凄く遠いのに、けれど凄く近い。
分からない、矛盾する感情、感覚、まるで思考回路がショートしてしまったかのような熱と動悸。
不意に、アリスは自身の背中に熱を感じた。誰も触れていない筈なのに、誰も後ろには立っていない筈なのに。
――誰かが、
『
「―――」
声が聞こえた、自分と瓜二つの、けれど明らかに異なる声が。自身の胸に宿る感情、小さな掌が二つ、アリスの背中をそっと押している。
誰かが内側から叫んでいた、自身と同じ誰か。Keyではない、アリス自身でもない――自分の知らない
――アリスは、
モモイの問い掛けに対し、アリスは想う。
両手を握り締め、強く。
どうしたいかなど、そんなものは決まっている。これからも彼女達と、ゲーム開発部の仲間達と一緒に過ごしたい。ミレニアムの皆とも一緒に居たい。仲間達と沢山ゲームをして、沢山遊んで、沢山冒険をして――それで皆の云う様に、最高のゲームを創りたい。
――アリスは、勇者になりたい。
魔王なんかではない、世界を破壊する存在ではない。世界を救う勇者に、皆と一緒に歩んで行ける勇者になりたい。
勇者とは、他者の言葉によって定義されるものであろうか。アリスは自分自身に問い掛ける。自身の持つ
いいや、違う。
アリスは否定する。
先生も云っていた、勇者の剣だけが証明にはならないと。
例え伝説の剣が無くとも、他者に否定されたとしても、その存在が破滅を齎す為に生み出されたものであったとしても。
それでもアリスは、
きっと、その条件と云うのは。
「っ、それは……!」
Keyが声を上げた、それは驚きと焦燥に満ちた声色だった。
初めて崩れた彼女の表情、その視線がアリスの手元に注がれる。彼女の胸元を握り締める掌に、青白い光が灯っていた。それはアリス自身が自覚していなかった力、AL-1Sとして生まれた彼女に備わった本質と云って良い。
アリスはそれを漸く自覚し、自ら行使しようとしている。
ぶわりと、風が周囲に巻き起こった。それは最初、ほんのそよ風の様な強さだったものが――段々とその勢いを増し、軈て光と重なって大きな力となる。ゲーム開発部の三人が目を見開き、風に煽られ前傾姿勢を取る。隣り合うKeyは強烈な力の波動を感じながら、必死に叫ぶ。
「王女よ! 貴女の持つ、その能力は――ッ!」
アリスが何をしようとしているのか、それが理解出来てしまう。
彼女と共に在る様に、その鍵であるKeyにとっては余りにも容易い予測だ。本来であれば破滅を呼び込むための力、しかし今放たれる光は余りにも眩く、清らかで、力強い。
だからこそ彼女は必死に、手を伸ばしながら訴えた。
「貴女のその力は、全て世界を滅ぼす為に存在すると云うのに!」
「……いいえ、違います!」
アリスは否定する。
その力の根本を、その在り方を。
自らの言葉で、自らの意思で。
アリスの青に輝く掌が、ゆっくりと前に突き出される。
「これは――
アリスは両手に握り締めた光を掲げ、全力でイメージした。彼女が大切に思う勇者の証、ずっと自分と共に在ってくれた愛銃の形を。ゆっくりと収束する光は軈て見慣れた輪郭を形作り、アリスはそれを見上げながら尚も云い募る。
「皆がアリスの為に調整し、用意してくれた、世界でひとつだけの、唯一無二の――ッ!」
これはアリスにとって絶対に譲れない一線だ。
スーパーノヴァ、光の剣――アリスにとっての勇者の証。
けれど。
「でも、それだけではありませんッ!」
「……!」
アリスの想う――勇者の条件。
伝説の剣は勇者の証だ。
それは間違いない。
けれどきっと、それだけではないのだ。
「勇者の剣だけが、証明ではないんです!」
それは誰かの為に戦う心であったり。
何かを慈しむ優しさであったり。
困難に立ち向かう勇気であったり。
諦めない心の強さであったり。
そういう、ほんの小さな積み重ねが、その在り方の貴さが、その立ち向かう者を勇者という存在に昇華させるのだ。
勇者とは。
アリスの想う、勇者とは。
――きっと、
「アリスは『勇者』ですッ!」
「――!」
「【魔王】でも、【王女】でもありません!」
アリスはそう叫ぶ、自らを勇者と名乗る。
なりたいものに、目指したいものになれるのなら。
ならばアリスは胸を張って叫ぼう、精一杯主張しよう。
自分の、アリスの目指したい道は。
「アリスのジョブは『勇者』です、まだ見習いでも! 光属性の、いつか世界を、キヴォトスを救う……!」
自分にはまだまだ足りないものがある。
及ばない部分がある。
皆を遠ざけて、自身の殻にこもって、苦悩して、迷って、沢山傷付けた。
けれど、それでも手を差し伸べてくれる仲間が居た。自分がどんな存在でも、どんな理由で生まれたのかを知っても、それでもまた一緒に歩んで行きたいと云ってくれる仲間が。
彼女達は
ならば、それならば。
その想いに応えなければならない。
アリスが、勇者を名乗るのならば――!
「アリスがそう決めましたッ! アリスのなりたい存在、進みたい道は――世界を救う、勇者の道なんですッ!」
「王女……ッ!」
Keyが叫び、眩さに目を細めながら手を伸ばし続けた。けれど巻き起こる風は彼女を遠ざけ、アリスの掲げる
徐々に明確な形をと質量を帯びる光の剣、両手を広げそれを見上げるアリスは瞳を輝かせ尚も叫ぶ。
「光が無いのなら、アリスが照らします! その行く道を切り開きます、皆の力で、アリスに授けられた、この
世界を壊す力で、世界を救って見せよう。
その言葉に、Keyの表情が明確に歪む。その在り方は矛盾している、真反対と云っても良い。終焉を齎す為に生まれた存在が、終焉を跳ね退ける為にその力を奮うなどと。
「だから――ッ!」
光が弾け、収斂したソレは彼女のイメージした光の剣を生み出す。けれどいつもと同じではない、生み出された光の剣は古く錆び付き、苔の生したスーパーノヴァであった。何かが関与した結果か、自分ではない誰かの想像が介入したのか。けれどアリスはそれで良かった、自身は今漸くスタートラインから一歩を踏み出したのだ。
勇者への道――本当の、勇者見習いに。
ならば最初は、
「――皆、アリスに力を貸して下さいッ!」
「うん!」
「アリスちゃん!」
「私達は、いつだって傍に居るよ!」
光の中、凄まじい風に吹かれ進むゲーム開発部の三人は、しかし這い蹲りながらもアリスの元へと辿り着く。それは彼女の心の中だからだろうか、Keyを拒み、彼女達を受け入れる証明か。モモイが、ミドリが、ユズが、掲げた光の剣に触れる。アリスを支え、寄り添う様に。
その姿にKeyは風に押し出されながらも、しかし懸命に叫び続けた。
その道を辿ってはいけないと、その在り方は貴女に望まれたものではないと。
だってKeyにとって、世界なんてどうでも良くて。
仲間や友人なんて存在は、取るに足らなくて。
ただ、彼女――アリスだけが。
貴女だけが、大切で。
「王女、なりません! その道は――その選択はッ!」
「アリスの進む道は」
けれど、アリスが
ただ真っ直ぐ、何処までも真っ直ぐに空を見上げていた。中央から吹き抜ける青空、その遥か向こうにある世界を見つめる様に。
「アリス自身が決めるんですッ!」
収束する光、煌めく青は光の剣、その砲口に集い風は勢いを増す。両足を広げ、光の剣を空に突き出したアリスは歯を食い縛った。
重い――両手に持った光の剣が、嘗てない程の重さを感じさせる。
それは現実ではない、空想の質量、これはアリスが心の中で感じている勇者の重みだ。ふと気を抜けば圧し潰されてしまいそうなソレ、けれど彼女が倒れる事はない。
その肩を、腕を、背中を、支えてくれる仲間達が居る。直ぐ横を見れば、凄まじい光と風に吹き飛ばされそうになりながら、けれど懸命に、必死に笑顔を浮かべ寄り添う皆の姿。
モモイの指先が、アリスの腕を強く握り締める。
「アリス!」
「……はいッ!」
光に目を細めたモモイが全力で叫び、アリスが笑顔で答えた。収束した光が砲口に消え、一瞬の静寂が訪れる。そして大きく息を吸い込んだアリスの指先がトリガーを引き絞り、その青空に――どこまでも澄んだ青の向こう側に、アリスの声が轟いた。
「――光よッ!」