ブルーアーカイブを、もう一度。   作:トクサン

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いつも誤字報告をして下さる方、本当にありがとうございます。
どうか今後とも、この誤字脱字製造機たる私共々、当小説をよろしくお願いいたします。


あなたは私を信じ、私はあなたを信じた。

 

「……つまり、便利屋68の襲撃を先生が事前に察知して、それを交渉で防いでくれた――って事で良いんだよね?」

 

 尋ねられたホシノの言葉、それに先生は深く頷く事で返答をした。

 対策委員会部室に集合した便利屋とアビドスの生徒達、それなりに広い部室が、今は少しだけ窮屈に感じる。然もありなん、先生を含めたアビドス六人と便利屋四人、計十人が入るとなると精々教室の半分程度の大きさしかない部室では長机、ガンラック、ファイル棚、補給物資諸々で手狭になる。実際パイプ椅子に座るのは便利屋のみで、残りのメンバーは全員立ったまま話を聞いていた。尤も、アビドスの場合は未だ警戒の意味もあるのだが。

 ホシノの言葉を聞いていたカヨコとムツキも、先生に続いて肯定の言葉を返す。

 

「まぁ、有体に云うとそういう事になるかな」

「雇った傭兵費用は先生持ちで、クライアントには『襲撃失敗』って結果だけを伝える、私達は以降アビドス襲撃の依頼を受けないって内容で合意したよ~、あ、今回請求するのは元々雇っていた傭兵のキャンセル料と、さっき連れて来た十人の待機時間プラス戦闘一時間分だけの料金だから、先生が思っているよりは高くないかも」

「それは助かるな」

「……先生、そんな契約をいつの間に――」

「皆でラーメンを食べた帰りに、ちょっとね」

 

 指先で隙間を作りながら、摘まむ動作を見せる先生。

 

「でも、もう少し準備が欲しかったかな、今更だけれどあの傭兵の中にクライアントが仕込んでいた人員が居た場合、実際は襲撃していないという事がバレちゃうし、何ならこうしてアビドスの中に入った所をドローンか何かで観られていれば、内通していると露見しちゃうからね、数発だけ撃って解散させるというのは流石に――いや、その優しさはとても嬉しいし、尊いものだと思うのだけれど……」

「うッ……!?」

「アルちゃんあの時、テンパっていたもんね~、仕方ない仕方ない」

「だからもう少しちゃんと詰めようと云ったのに……というかどうせなら先生に聞いた方が良いって、私ちゃんと云ったよね」

「だ、だだ、大丈夫よ! 全部私の想定内だから! も、勿論考えていたわ、えぇ!」

 

 カヨコの鋭い言葉に、アルは座ったまま胸を反らして何度も頷く。誰がどう見ても考えていなかった反応だった。しかし、其処に突っ込む者はいない。何故ならそれが彼女のスタンダードだから。

 

「まぁ……こうは云ったけれど安心して、少なくともあの傭兵の中に裏と繋がっている生徒はいないから」

「えっ、わ、分かるんですか?」

「うん、顔は一通り見ていたから、表層を浚うだけでも存外経歴は知れるものだよ」

 

 先生がそう口にすると、アルの目が露骨に輝いて見えた。

 

「す、凄い、これがシャーレの、先生の情報力というものね!」

「……一応さっきまで敵同士だったんだから警戒しなよ、社長」

「あははー! でもそっちの方がアルちゃんらしいよ、それに味方なら心強いし!」

「だから社長と呼びなさい! 社長と!」

「あー、えっと盛り上がっている所悪いんだけれど、もうちょっと聞きたい事があってさ~」

「あ、あら、何かしら?」

「……あなた達を雇ったクライアントについて、教えて欲しいな」

 

 ホシノがそう口にした途端、目に見えてアルの雰囲気が変化した。佇まいを正し、彼女はゆっくりと首を横に振る。

 

「――ごめんなさい、それは云えないわ」

 

 一瞬、静寂が訪れた。

 空気が僅かに張りつめる中、アルは申し訳なさそうな表情で続ける。

 

「これは意地悪で云っている訳じゃないの、校門前でも云ったけれど、単純に契約上の問題」

「まぁ、今回は先生の仲裁で手打ちになったけれど、だからと云って私達がアビドスの味方になったかと云えば、そうじゃないし? 私達が今回手を引いたのは、シャーレの顔を立てたからなんだよ」

「……私達便利屋は、シャーレを敵に回したくなかった、だから先生の条件を飲んで一芝居うった訳、私達はアビドスの敵ではないけれど、味方でもない」

 

 それに、例え縁が切れたとしても顧客情報は売れない。それは商売をする上で最低限の信頼。そう口にするカヨコにホシノは肩を竦め、納得したように頷いた。

 

「……まぁ、会社からするとそっか、うん、それなら仕方ないねぇ」

「でも、先生は知っているんですよね? 便利屋の皆さんから聞けなくとも、先生なら――」

 

 そう云ったアヤネの言葉に、アビドスの皆の視線が先生に集まる。先生は皆の視線を受けながら、ゆっくりと頷いて見せた。

 

「――そうだね、便利屋を雇ってアビドスを襲撃させた黒幕については、見当がついているとも」

「! それなら……」

「けれどこの情報を、今伝える事は出来ない」

 

 その一言に、アビドスの皆は息を詰まらせた。

 渦巻くのは疑念、そして――僅かな不信。

 此処に至って先生が情報を出し惜しむ理由が分からない。しかし、そうもあからさまに情報を隠す行為に何か先生に利益があるとも思えない。

 何か、何か理由がある筈だった――先生ならば。

 不信を上回る、先生に対する信頼が、ゆっくりとシロコに口を開かせた。

 

「先生、それは……何故?」

「私も、意地悪をしている訳ではないのだけれど――」

「それは分かります、先生は優しい人ですから、何か理由があるんですよね」

 

 ノノミの言葉に、先生は頬を掻く。その表情は困ったような、申し訳なさそうな、それでも確かな決意が見え隠れするものだった。

 

「理由は、勿論ある」

「それも云えない?」

「………そうだね」

 

 先生は情報を持っている、けれどそれは云えない。

 云えない理由もある、けれどそれも云えない。

 まるで――はぐらかされている様な感覚。

 先生に対する様々な感情が沸き上がる中、不意に先生は口を開いた。

 

「私は、生徒に嘘を吐かないと誓った」

 

 皆が、先生を見上げた。見返す先生の瞳は、どこまでも真摯だった。

 

「けれど、全てを正直に答えられるかと云えば、そうではない――私の知るあらゆる事を無条件に吐露してしまえば、結果的に最悪の事態を招きかねないから」

「………」

「まぁそうは云っても、納得は出来ないよね、そうだな――皆は、運命を信じるかい?」

 

 とても関連性があるとは思えない、唐突な問いかけ。皆が困惑し、互いに顔を見合わせ疑問符を浮かべた。

 

「……えっと、運命?」

「ごめん、少し抽象的過ぎたね、それなら……そうだ、バタフライエフェクトというものを知っているかな?」

「確か遠い国で蝶々が羽搏くと、此方で台風が起きるとか、そういう感じの……」

「そうだセリカ、ニュアンスとしては間違っていない、私が恐れているのはそれだ」

 

 セリカのふわっとした回答に頷く先生。ノノミは眉間に皺を寄せながら考え込み、先生の意図を汲もうと言葉を紡ぐ。

 

「……私達が今此処で、その情報を知る事が何か、良くない事になって返って来ると?」

「正確に云えば、それが分からないから口に出せない、というべきか」

「んー……?」

 

 セリカが頭を抱え、天を仰いだ。考える事は苦手だった、特にこう、哲学的な分野は。

 

「物事には定まったレールがある、その上を滑る様に進行しているのが現在だ、順序と言い換えても良い、例えば今此処で私が情報をアビドス側に伝えたとしよう、現状それが一番手っ取り早いからね――けれどもし、此処で黒幕の情報が手に入らないとしたらアヤネ、君はどうする?」

「え? それは――」

 

 話を振られたアヤネは、一瞬戸惑う。しかし考えれば分かる事だ。此処で便利屋からも、先生からも黒幕の情報が手に入らなかったら。その場合、情報を調達してくるのは自分となる。その手掛かりは以前、手に入れているのだから。

 冷静に思考を纏め、アヤネは淡々とした口調で口を開いた。

 

「……以前に伝えた通り、件のパーツ流通ルートを洗っていたので、そこからカタカタヘルメット団の背後関係まで辿ると思います、便利屋の方々を雇ったのも、カタカタヘルメット団を雇ったのも、恐らく同一組織だと思いますので」

「うん、そうなるよね――けれど此処で情報を得れば、アヤネのその行程は必要なくなってしまう」

「それは、そうですが……」

 

 先生の言葉に、アヤネは言葉に詰まった。

 

「アヤネちゃんの調査する行程が重要って事ですか? でも調べる行為自体は情報を得る為に行う事ですし、先生にこの場で情報を開示して貰う事と、大して差異があるとは……」

「先生がはぐらかそうとしている訳じゃないって事は、何となく分かるけれど、つまり何が云いたいの!? 自分で頑張るのが大切とか、そういう事!?」

「――ちょっと待って」

 

 ノノミとセリカが難しい顔で声を上げる中、不意にホシノが強い口調でそれを咎めた。その表情は何とも、彼女らしからぬ強張ったもので、威圧感すら放つホシノの言葉にアビドスの面々は口を閉じる。

 先生へと一歩踏み出した彼女は、先生を見上げながら疑念の籠った瞳で告げた。

 

「先生、それは変だよ、先生の云い方だと、『それが正しい』と確信している様な云い方だ……此処で先生に情報を聞き出すのがズルみたいな、アヤネちゃんが流通ルートを調べて黒幕を知るのが【正攻法】みたいな、おじさんには先生の言葉が、そんな風に聞こえる」

「………」

「でもそんなの誰にも分からない、だって、それは『結果ありき』の考え方だ、先生のさっきの云い方、あれじゃまるで、先生は未来予知でもしているみたいに、『結果』が分かって――」

 

 ふと、何かに気付いた様に、ホシノは言葉を止めた。

 少しずつ、ホシノは目を見開く。周囲の生徒が訝しむようにホシノを見るが、彼女は全く気付かない。信じられない予想を得てしまったかのように。ホシノは口元を手で覆った。

 

 未来予知――そうだ、未来予知だ。胸内でホシノは、自身の考えに肯定を返す。

 先生の行動は、まるで世界の先を知っているかの様な動きだったのだ。今回も、以前も、その前も。最初から情報を得ていたというのなら納得できる、しかし、実際にそんな事が可能なのか。

 

 ――異様な情報収集能力を持っている先生なら演算である程度未来が予測可能だと云われても、ホシノは驚かない。寧ろ、あんなトンデモ機能を持つ得体の知れない代物を持っているなら、その程度朝飯前に出来たとしても納得出来る。

 しかし同時に、先生はバタフライエフェクトによる誤差が読めないとも先程口にした。大筋の未来を演算で予測する事は出来ても、細かな揺らぎは観測出来ない? その可能性はある。

 先生が持つあの、不思議なタブレットによる未来予知――未来予測である可能性は大変に高い。

 先生は未来を予測出来る、これは良い。

 

 けれど、なら先生のあの――あの表情は何なのだ?

 

 常に自分達に向けられる、優し気で、暖かで、けれど苦悩と悲しみに塗れたあの表情は。

 酷く絶望的で、退廃的で、もう次の瞬間には消えてなくなってしまいそうな深い暗闇を湛えながらも、一歩一歩、傷だらけになってまで歩き続ける――希望と未来を腹の底から信じている。そんな先生の、あの微笑み。

 

 ホシノは先生の時折浮かべるその表情に、非常に強い疑念を持っていた。

 それは彼を信頼し、ある程度頼っても良い大人だと理解した今でも持ち続けている、喉に引っ掛かった小骨の様な代物だった。 

 

 あの表情は、何かを『知っているから』出来る顔ではない。ホシノはそれを、実体験とし理解している。体で、心で、全身で、【感じて来たから】浮かぶ表情なのだ。

 あの優しさも、苦しみも、絶望も、希望も、全て全て、本物――先生そのものだ。情報だけではない、先生の体験そのものなのだ。

 

 なら、そこから導き出される答えは何だ?

 

 先生は未来を予測出来る、だからこそあらゆる物事に先回り出来る、以前のセリカ誘拐事件も、今回の便利屋の件も――否、そもそもこのアビドスに来た【最初】から、先生は用意周到だった。あの大量の物資も、アビドスがどういう状況なのか、そしてこれから何が起こるかを知っていたなら納得出来る。

 けれど、先生の自分達を見る瞳は、『知っているから』では済まされないような深い情愛と信頼に満ちたもの。

 その二つの間にはズレがある、致命的なズレだ。知っているだけで、人はあんな風に笑えない、あんな寂しそうな表情を浮かべない。

 なら、それなら。

 

 ――先生は【体験した上】で『未来を知っている』?

 

 瞬間、ホシノの顔が真っ青に染まった。

 最悪の想像が――ホシノの脳裏に過ったからだった。

 

「――そうだ……そう考えれば、全部、辻褄が……合ってしまう」

「……委員長?」

 

 ホシノの異様な雰囲気と態度に、アヤネが心配げに声を掛ける。

 その声を歯牙にもかけず、ホシノはゆっくりと先生を見上げた。

 先生は未来を知っている、その上で自分達に向けるあの表情、もし自分の考えが正しいのであれば――この人は今尚、地獄の只中に居る。

 ゆっくりと口を開く。目の前に立つ先生の優し気な表情が、今は酷く遠くに思えて仕方なかった。声を、震わせる、舌を動かす。たったそれだけの事が、今は酷く意思の必要な事だった。

 

「先生」

「……何だい、ホシノ」

 

 真っ直ぐ顔を見据える。先生の瞳は、真剣だった。その力強い視線を向けられると、ホシノの胸がぐっと詰まる。呼吸がし辛い、言葉が紡げない。どうか否定して欲しい、違うと云って欲しい。間違いであると、見当違いであると、そう云って欲しい。

 そんな願いを込めて、ホシノは今にも泣き出しそうな、真っ青な表情で言葉を紡いだ。

 

「先生はもしかして……もしかして、だけれど、【私達】(アビドス)を、既に一度――」

「――それ以上喋るな」

 

 酷く冷たい声が響いた。

 彼らしからぬ、硬く、棘のある声色だった。

 

「ホシノ、その先を言葉にするな、絶対に」

「せ、先生……?」

 

 余りにも唐突な豹変に、アビドスだけでなく便利屋の生徒達も面食らう。それは暖かな陽だまりが、一瞬にして夜へと切り替わったかのような。静かさの中に冷たさがある、柔らかで暖かであった分だけ、その変化は劇的で恐怖に満ちていた。

 

「――私も少し馬鹿正直に話し過ぎた、これは、生徒に背負わせてはいけないと、そう自分で口にしていたのに……全く、愚かな事を、よもや悟られるなんて」

 

 深く――深く、息を吐き出す。

 手で顔を覆い、意気消沈とした雰囲気を醸し出す。しかし、その放たれる気配だけは寒々しい。先生の普段とは異なる、冷酷な瞳に晒されたホシノは息を呑み、無意識の内に拳を握り締めていた。

 心臓の鼓動が、やけに大きく感じられる。

 

「ホシノ、君のその予想を私は正しいとも、間違っているとも云わない、けれど、もし私を想ってくれるのならば――どうか胸の中に秘めていてくれ、永遠に、誰にも漏らさずに、それが……背負わせたくないと、そう願った私の最後の希望なんだ」

「……それが、前に云っていた先生の証なの? 背負っている、重荷なの?」

 

 ホシノが問いかける。震える腕を抑え込みながら、先生の背負っているのであろう、その重荷の――余りの重さを想像し、恐怖しながら。

 

「――そうだよ、私が背負うと決めた、その証だ」

 

 ふっと、先生が口元を緩める。それは確かに笑みだった、微笑みだった。けれど、そこに温かみなど欠片もなかった。

 ホシノはその、先生の背負った重すぎる荷物を前に愕然とした。人ひとりに預ける重さではなかった、只人であれば圧し潰され、精神を病み、その場から一歩も動けなくなる様な――そんな代物の筈なのに。

 

 それでも先生は歩いているのだ、傷だらけで、幾多もの痛みを体に、心に負いながら。立っているのも不思議なほどの傷と荷物を、その決して広くはない背中に背負って。

 

「先生、でも……でも、そんなのって――」

「ホシノ」

 

 先生はホシノの言葉を肯定も、否定もしなかった。けれど、殆ど彼女は確信している。自分自身の予測は、きっと正しいと。

 ホシノは不意に泣きそうになった。先生の境遇に同情したとか、悲壮感を抱いたとか、そんな事では決してない。

 ただ、先生がこれまで歩んできたのであろうあらゆる苦難と、これから起きるであろう修羅の道を想い、胸を掻きむしりたくなる様な衝動に襲われたのだ。誰にもその重荷を分けず、一人で抱え、一人で歩き、一人で救い――先生はきっと、ひとりで死ぬ。

 それは誰とも繋がりを持たないという意味ではない、先生はこの世界で、本当の意味でひとりぼっちなのだ。誰にも知られず、悟られず、全てを救って生きるとは『そういう事』なのだとホシノは初めて理解した。理解して、ホシノは叫びたくなった。叫んで、先生に掴み掛りたくなった。それが、先生の重荷を分けて欲しいからなのか、単純に親愛の情から来る発露なのか――もっと別な『何か』なのか、ホシノには分からなかった。

 ただ不条理だと思った、理不尽だと思った。憎悪を向ける対象を選ぶのならば、先生にこの苦難を強いた『何か』だった。

 

 両手を握り締め、俯いたホシノは今にも零れそうなそれを堪える。ふと、先生の顔を見上げれば――彼は、酷く寂しそうに、悲しそうに、いつも輪から外れ、アビドスの皆を眺める様な笑顔を浮かべて、云った。

 

「頼むよ」

「―――」

 

 その顔を見た時、その寂しげな笑みを、自分にだけ向けられた時。

 ホシノは――何も云えなくなった。

 

 息の詰まった唇を、二度、三度震わせ。何かを云おうとして、飲み込んで。それから無理矢理、張り付けたような、下手糞な笑みを浮かべて、ホシノは先生に云った。

 

「……うへ、おじさん、物忘れ結構激しいからさ、多分、そんなに長くは憶えていないよ」

 

 嘘だ。

 ホシノはきっと、最期の瞬間まで忘れないだろう。

 けれど先生は震えるホシノを見下ろし小さく、助かる、とだけ呟いた。

 

「――え、えっと? つまり、どういう事……?」

 

 異様な雰囲気の中、どこか心配そうにホシノと先生を見るセリカが問いかける。二人の雰囲気に呑まれた部室は、酷く昏く静かだった。そんな空気を払拭する為、ホシノは二度、三度、自身の頬を軽く叩き、いつもの調子を取り戻す。

 

「んー……先生に聞くのは悪手、って事かなぁ」

「……分かりました、それなら私の方で黒幕については追ってみます」

「ごめんね、アヤネ」

「いえ、先生とホシノ先輩の様子から……かなり苦渋の決断である事は察せられましたから」

 

 アヤネがどこか気遣う様に、二人に向かって微笑み掛ける。少なくとも今のやり取りで、ホシノが先生にとって不都合な『何か』に気付いたという事だけは分かった。しかし、具体的な内容は分からない。故にこそ、これ以上踏み込むべきではないとアヤネは判断する。

 そんな先生とアビドスを、便利屋は非常に居た堪れない表情で見ていた。

 

「なんか、私達お邪魔みたいね……?」

「唐突な空気感についていけなーい」

「……空気読みなよ社長」

「……あわわ」

「えっ、私のせい……?」

 

 カヨコに脇腹を肘で突かれ、アルは大きく咳払いを一つ。少なくとも、いつまでも此処に居座る訳にはいかない。

 

「と、兎に角、これで私達とアビドスの確執は無くなったわ! 今後ともよろしく、という事で!」

「何を宜しくするのかは知らないけれどね~」

「いや、何かあったらシャーレ経由で依頼を出すかもしれないから、その時は頼むよ、便利屋の皆」

「え、えぇ! 先生の依頼だったら最優先で受けてあげるわ! 何せ私達便利屋68とシャーレは、えぇと……そう! 共同経営者の様なものだからッ! 具体的に云うと、先生のポストは経営顧問ね!」

「初耳だね」

「多分今考えたんだと思うよ?」

「しゃらっぷ!」

「……まぁでも、先生はそこまで悪い大人には見えないし、隠し事はある様だけれど、そんなの生きているなら当たり前、便利屋として仲良くするのには賛成」

「わわ、私は、アル様――社長の決めた事なら、従います!」

「ふーん――えいっ」

 

 ムツキはそんな便利屋面々を見渡した後、何かを考える素振りを見せ――徐に先生の背中に飛びついた。両腕で先生を抱き込み、そのまま頬を先生の頸筋に擦り付ける。唐突な行動に先生は戸惑いを見せ、至近距離で彼女と見つめ合う。

 

「む、ムツキ?」

「あははー! んっ、重い? 苦しい? ちょっとだけ我慢だよー、先生、ん~♪」

 

 そのまま猫の様に先生の首元に顔を埋めるムツキ。そんな姿を便利屋の面々は、「また何か始まった」という顔で。アビドスの皆は驚愕と羞恥の表情で見つめていた。

 

「な、ななッ!?」

「わー☆」

「むッ……」

「ちょ、ちょっと!?」

「―――」

 

 単純に驚くもの、どこか羨望の色を滲ませるもの、羞恥の感情を見せるもの、戸惑い狼狽えるもの――そして。

 

「なるほどね~……」

「な、何しているんですか! 先生から離れて下さい!」

「わっ、引っ張らないでよー、眼鏡っ娘ちゃん」

 

 アヤネに腕を引かれ、無理やり体を引き離されるムツキ。彼女が行ったのは、単純に先生に引っ付く事によって得られる情報の精査。アビドスの面々が先生に対し、どういう感情を抱いているかを知る為だった。

 分かり易く云えば、『地雷』と【モドキ】の分別。

 そして得られた情報に、ムツキは内心で辟易とした。

 全員が全員、少なくとも先生に執着を覚えている様子だった。そして、先程先生と云い合いをしていた矮躯の少女――確か対策委員会の委員長ホシノと云ったか。

 彼女が一番――……。

 

「誰が眼鏡っ娘ですか! アヤネです!」

「あははー、まぁまぁそんなに怒らないでよ、確執は無くなったんだし仲良くしようじゃん?、私としては先生の事気に入っているし、アビドスのメンバーも結構個性的で好きになれそうなんだよねぇ」

 

 そう云って笑いながら、ムツキは先生の腕を抱きしめる。背中に張り付くのはやめたが、離れるとは云っていない。ムツキ個人としても、下心なしに先生の傍は悪くない心地だった。そんな彼女の笑みを誤解したのか、アヤネは顔を赤らめムキになって叫ぶ。

 

「それと先生に引っ付く理由は別でしょう!? と云うか、また引っ付こうとしないで下さい! 離れて、はーなーれーて!」

「あははは、おもしろーい!」

「はぁ……ムツキ、あんまり遊ばないで」

 

 ムツキとアヤネのやり取りを見ていたカヨコが苦言を漏らす。

 

「取り敢えず社長、一度事務所に帰ろう、クライアントにも報告しないといけないし」

「うっ、そ、そうよねぇ……失敗報告を、クライアントに……うぅ」

「気が重いのは分かるけれど、確りしてよ」

「あ、アル様、もしお嫌な様でしたら、私がビルごと爆破して――」

「絶対駄目! 賠償金で大変な事になっちゃう! 良い!? フリじゃないからね!? そ、それじゃあアビドス校の皆さん、またお会いしましょう!」

「……シャーレが間に入るけれど、依頼位は受け付けるから」

「あはは、じゃあね先生♡ 眼鏡っ娘ちゃーん」

「しし、失礼しました!」

 

 そのまま素早く部室を後にする便利屋。その後ろ姿をアビドスの面々は何とも云えない表情で見送り、呟く。

 

「ん……何だか、凄い人達だったね」

「でも、楽しそうな人達です☆」

「まぁ今は、敵同士に成らなくて良かったと思っておこうかー」

「うぅ、アヤネだって何回も云っているのに……」

「……取り敢えず、装備を一回戻さない? いつまでも完全武装のままって云うのも落ち着かないのだけれど?」

「そうだね、セリカの云う通り、一回弾薬とか倉庫に戻そう」

 

 シロコの言葉に皆が頷き、装備を戻す為に部室を後にする。しかし、その最後尾にいたホシノは不意に足を止め、先生に顔を向けることなく呟いた。

 

「――先生」

「……何だい、ホシノ?」

 

 数秒、間が空く。

 廊下から、シロコ達の話声が響いて来る。

 妙な寂寥感を抱えながら、先生はホシノの言葉を待った。

 

「……先生のその重荷、分けて貰いたいと云う生徒が居るかも知れないって、前に云った事憶えている?」

「うん、憶えているよ」

 

「……おじさん――いや、私も」

 

 

『ホシノちゃん見て見てー! アビドス砂祭りの昔のポスター! やっと手に入れたよ~!』

『えへへ、すっごく素敵でしょうー? もし何か奇跡が起きたら、またこの頃みたいに人がたっくさん集まって――』

『っ、そんなもの、あるわけないじゃないですか、それよりも現実を見て下さいよ!』

『は、はぅ……』

『こんな砂漠のど真ん中に、もう大勢の人なんて来るはずないでしょう!? 夢物語もいい加減にして下さいッ!』

『うえぇ、だってホシノちゃーん……ご、ごめん、ごめんね』

『……ッ、そうやってふわふわと、奇跡だの幸せだの何だの……!』

『あなたはアビドスの生徒会長なんですよ!?  もっと確りして下さい! もう少し、その肩に乗った責任を自覚したらどうなんですかッ!?』

 

『あなたの背中にッ、アビドス全員の命運が乗っているんですよッ!?』

 

 あれは――呪いだった。

 

「――ごめん、何でもない」

「……良いよ、気にしないで」

 

 何かを口にしようとして、けれどホシノは――何も言えなかった。ただ強張った肩を落とし、どこか情けなさそうに、悔しそうに、涙を堪えて震えていた。こんな時に何も云えない自分が、酷く情けなく思えて仕方なかった。

 扉を後ろ手にゆっくりと閉めながら、最後に呟く。

 

「先生は――強いね」

 

 涙声のそれは、扉の締まる音に遮られ、掻き消えた。

 そのまま扉の向こうから、ホシノが走り去る音が聞こえてくる。

 先生は近場にあった椅子に座り込み、両手で顔を覆うと、ふっと、口元を歪めた。

 

 滲み出る感情は、自嘲だった。

 

「こんな、何も救えぬ大人が……強いものか」

 

 ■

 

「おや、何処に行っていたのですか、銀狼さん」

「………」

 

 暗い――暗い部屋。

 どこかのオフィスビルの最上階、誰も踏み入る事無く、明かり一つなく、ただ漆黒を人型に固めたような『何か』と、白銀の髪を持つ長身の女性だけが、その部屋には存在していた。申し訳程度に備えられたテーブルと椅子に座り、いつも通り薄笑いを浮かべる黒いスーツ姿の彼は、女性を見つめながら首を傾げる。

 

「ふむ、ご機嫌斜めの御様子ですが、また『先生』の様子を見に行っていたのでは?」

「――私に話しかけるな塵屑」

「これは手厳しい」

 

 女性の言葉に肩を竦めながら、しかし彼は少しも機嫌を損なわない。

 黒いスーツを着た彼と、黒いドレスの様な衣服を纏った彼女は、この部屋の雰囲気も相まって死人の様な雰囲気を纏っている。静かで、昏くて、冷たい。

 女性はソファに腰を落とすと、踵をテーブルの上に乗せ、手元の拳銃を弄びながら吐き捨てた。

 

「……お前は先生を仲間に引き入れたい、私は先生に安寧を齎したい……利害の一致で共に居るだけ、それ以上でも以下でもない、慣れ合うつもりはないと云った」

「それは勿論、そちらのスタンスは理解していますよ――私としても、貴女の存在は非常に貴重で、大切だ、あぁ、それはそれとして例の件、進めてしまっても宜しいので?」

「……現在進行形の計画を前に、宜しいもクソもあるか」

「しかし、嘗ての御学友でしょう」

「【元】だ」

 

 言葉は強く、明朗だった。

 女性の視線が黒い存在へと向かい、冷酷なそれが淡々と告げる。

 

「先生を救えるなら、この世界の友人など――どうでも良い」

「……成程、素晴らしい成長だ、シロコさん」

 

 瞬間、男の直ぐ真横を弾丸が奔った。

 見ればシロコと呼ばれた女性が、彼に銃口を向けている。目にも止まらぬ早撃ちだった。男は喉奥で笑いながら、ゆっくりと両手を挙げる。

 

「――その名前で呼ぶな、次は殺すぞ」

「それはそれは、ご不快に思われたのなら謝罪しましょう」

 

 誠意の欠片もない謝罪に、女は鼻を鳴らす。

 伸びた銀髪を指先で絡めながら、彼女――シロコは呟いた。

 世界で唯一、想い続ける彼に向かって。

 

「……先生、もう少しだ、もう少しで――私達は」

 


 

 今回、本編に大分力を入れました。皆も性癖暴露大会(感想欄)で自分の純愛(こんな泣き顔見たい)を晒して行ってね! 後書きの種になるから! ネタは何個あっても困らない! 皆の元気(泣き顔)、私に分けてくれ! 待っているゾ!

 

 最初に情緒壊して先生狂いにしようと思ったのはおじさん、君なんだ。ごめんね、最初から好感度高いより、疑って疑って、信じたくても信じられなくて、だからこそ気付けた事実に愕然として、目の前で立派に立っている大人が、実は何度も何度も失敗して傷だらけの背中で、そんな部分を必死に隠して朗らかに笑って見せているのを知って情緒壊れた方が、より深い愛を感じられると私は思ったんだ……。立派な先生ガチ勢におなり、ホシノ……。

 

 うぁァアアアアッ! 待っていてねホシノ、もうちょっとで先生の手足捥いで先生の血でホシノの可愛い顔を物理的に真っ赤にしてあげるからねッ! 黒服登場まで待ってね! ごめんね? 待ち遠しいよね? 先生が血塗れになって這い蹲って、それでも希望を失わずに前に進もうとする姿見たいよね? 色々勘付いて先生の時折寂しそうに自分を見る目とか、皆で騒いでいる時に見せる懐かしそうな顔とか、諸々含めて胸が痛くなる思いがあるよね? どうしてそんなになってまで頑張れるのって思っちゃうよね、諦めて、吐き捨てて、それでも最後の一片は投げ捨てられなくて、先輩の模倣をして、自分の手の届く範囲だけでも必死に守ろうとして、それでも何ともし難い現状に諦観の念すら抱いて、そんな現状を打破してくれる先生は眩しく見えるよね。それも、先生がアビドスだけじゃなくて、キヴォトス全部を守ろうとしている事に薄々気付いて、アビドス(手の届く場所)さえ満足に守れないちっぽけな自分と比べて、本当に目を逸らしたくなる位に先生は輝いて見えるよね?

 

 その気持ちわかるよ、自分が嘗て持っていた希望だとか、信頼だとか、未来だとか、そういうものを只真っ直ぐに、真摯に、愚直に求めて邁進する先生はホシノにとって一等星に限りなく近くて、だからこそ手の届かないお星さまなんだ。眩しくて眩しくて仕方ない、直視すれば目が焼けてしまう位に。

 

 だからホシノは、近付きたくても近付けないんだ。踏み込みたくても踏み込めないんだ、こんなにも輝いているものに自分が触れてしまったら汚してしまいそうで、怖くて怖くて仕方ないんだ。先生の背負っている、人ひとりには余りにも重すぎる荷物を分けて欲しいと思いながらも、その役目は自分には相応しくないとか、くだらないことを考えてしまうんだ! だから陰ながら先生を助けようと思っている、心境としては『一周目』の生徒に近い。知ってしまったからこそ、何も知らないくせに……! という感情が、彼女に芽生え始めるんだッ!

 

 その輝くお星さま(先生)を堕としてあげてぇーッ! 信頼と羨望と希望を見出した先生を血塗れにしてホシノの前に投げ捨ててぇーッ! アビドスの為に文字通り『身を削る』先生の雄姿をホシノに見せつけてぇ~ッ! 

 

 星とて落ちれば石屑同然よ! ほら、拾ってホシノ! 今なら星にだって手が届く! 泥と血に塗れて薄汚れてしまっても星は星だよ! これからはアビドスと先生の事だけ考えて生きて行こう! 重荷だって下ろしてしまえば軽くなる! 世界の命運とかどうでも良いよね、先生と仲間達が傍に居れば他に何もいらないもんね! ゲヘナやトリニティが殺し合いを始めようと、ホシノ個人にとってはどうでも良いから! 碌に動けなくなった先生を匿って生きて行こうッ! どうせ先生は『ブルーアーカイブ(青春)を、もう一度』始めるんだからッ! 一回限りのホシノからすれば、たった一回、たった一度の逢瀬だ! 

 良いじゃないか! 限りある命、限りある人生、限りあるブルーアーカイブ(青春)! 何度も先生はやり直すんだろう? 何度も『はじめから』するんだろう? つづきからは無いんだ! それなら一回位、先生の想いを汲まない、ホシノの自儘な世界があったって良いじゃないか! 抱け! 抱けーッ!

 

 ……けれど、残念ながらこれはバッドエンド世界の話――本編では出来ない、出来ないんだよホシノ……! だからこの話は、此処で終わりなんだ。動けない先生に料理を振る舞おうとして四苦八苦したり、アビドスの皆で車いすの先生を押してピクニックをしたり、柴関ラーメンを放課後、皆でシェアしたり、ボードゲームで白熱したり、ドローンレースで先生が優勝したり、歩けるようになった先生とのんびり温泉に行ってマッサージチェア争奪戦をしたり、海に行って焼きそばやスイカ割りをして、花火をしてみんなで思い出を作って夜空に輝く星に手を伸ばしたり――そういう未来は、存在しないんだッ! 君がッ、選ばなかったからッ! どうしてだホシノ!? どうして選ばなかったッ!? あんなに重そうな荷物を背中一杯に背負って、苦しそうに表情を歪めながら歩く先生を見て何とも思わないのか!? 

 

 その姿は眩しいだろうなぁ、尊いだろうなぁ、自分が出来ない事を現在進行形で続けている優しくて暖かな聖人だもんなぁ! でも本人が望んでいたとしても、それでも苦しそうな先生は見たくはないと、その荷物に手を掛ける事が『弱いホシノ』の出来る、醜悪な愛の証明じゃないのか!? 自儘で我儘で醜くて、ただ自分が苦しむ先生を見たくないからという理由で、今まで背負い続けて来た重荷を自分勝手に奪い去る! それが良いんじゃないかッ! それが美しいんじゃないか! それが愛だ! 何故それが出来ない!?

 

 それが本編だからです。

 先生も生徒も苦しんで苦しんで苦しんで、楽になろうとしなかった、楽にしようともしなかった。自分の為ではなく他者の為に、生徒は先生を想い、先生は生徒を想い、その重荷を背負わせ続け、奪わなかった果てに辿り着いた最後の世界線なのです。

 

 だから誰も先生を救おうとしません、楽にしようとはしません、最期まで苦しんで泣き叫んで藻掻いて足掻いて貰います。

 それが先生の願いだからです。

 それが先生を想い続ける生徒の望みだからです。

 

 諦めれば楽になるのに、先生を楽にしてあげたいのに。

 ――シッテムの箱(契約の箱)なんてものがあるから、先生は苦しむのだ。

 そんな風に思う生徒(クロコ)が居るなんて、先生は考えてもいないんでしょうね。(生徒を信じている。)

 信頼と妄信は別物だと、この先生は終ぞ気付かなかったんだ。

 

 ここ(最後の世界)でやられたら生徒会長の努力が無駄になってしまうぞ先生! 先生頑張れ! 超がんばれ! 手足が捥げようと歩き続けるんだ! 奥歯を噛み砕いても進み続けるんだ! 生徒の為に、キヴォトスの為に、生徒達が笑い合う未来の為に! はー、血を流しながらも歩き続ける先生の何と勇ましく美しい事! 素敵だよ先生♡ その姿を生徒達に一杯見せつけていこうね! ほら、生徒達も応援しているぞ! がんばれ♡ がんばれ♡

 その生徒の死体(救えなかった世界)下ろせば、少しは軽くなるよ先生。

 

 

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