ブルーアーカイブを、もう一度。   作:トクサン

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カルバノグの兎編
掲げられた無垢な夢(正義)


 

 D.U.郊外、カイザーインダストリー第二工場前――大通り。

 幾つかの巨大な工場が並び、夜の帳が落ちた街。薄らと周囲を照らす街灯の光を浴びながらマイクを握る生徒は、カメラを構えた生徒の指先を注視し、二度三度、喉の調子を確かめた。

 掲げられた指先が三から二へ、二から一へ変化する。そして無言で点灯する赤のランプを前にして、カメラ――画面に映る彼女は満面の笑みを浮かべ、口火を切った。

 

「皆さんこんにちは! キヴォトスいち正確なニュースを最速でお届けするクロノス報道部です! 本日はここ、カイザーインダストリー第二工場前から生中継でお伝えします!」

 

 大袈裟な程声を張り上げ、体全体を使って周辺の景色をアピールする。夜の街に彼女とクルーの足音だけが響き、すっかり明かりの落ちた工場に向かって彼女は指先を突きつけた。周辺に人影はない、この『タレコミ』を受けたのはクロノスのみである様だった。そしてそれは、彼女達にとって非常に都合が良い。

 

「この第二工場はカイザーインダストリーの弾薬生産の約三割を占める大規模工場ですが――近年、この工場で連邦生徒会条例に反する大量破壊兵器が開発されているのではないかという疑惑が広まっております」

 

 それは最近まことしやかに囁かれる、黒い噂という奴だ。大企業であるカイザーコーポレーションの一つ、カイザーインダストリー。特に第一、第二、第三工場は規模が大きく、目の前のコレはその内の一つに当たる。周囲を取り囲むカメラマン、その背後に立つクルーの一人が薄らと笑みを浮かべながら親指を立てた、どうやらネット上の反応は上々らしい。自然、声にも熱が籠る。

 

「カイザーインダストリー側はこの事実を強く否定しておりますが、反証の証拠もなく市民の不安は晴れません! 早期解決が求められておりますが、ヴァルキューレ警察学校の捜査は難航しており、また連邦生徒会が特別捜査チームを派遣したという情報がつい先程匿名で届き、私達クロノス報道は早速現地に――」

 

 これはまだ他の報道機関が入手していない情報であり、タレコミだ。情報の独占は非常に注目度が高くなる。特にこの、連邦生徒会が派遣したという特別捜査チームについて僅かでも手掛かりが得られたのなら、きっと凄まじいニュースになるだろう。

 そんな想いと共に勢い良く舌を回す彼女は――しかし唐突に背後から鳴り響いた爆音に、思わず身を硬直させ悲鳴を上げた。

 

「うわぁっ!?」

「なっ、何!?」

「ちょ、あぶなっ!?」

 

 肌を撫でる熱風と、耳を劈く爆音、夜空を覆う火の粉。慌てて振り向けば爆破した際に飛び出した金属片やら硝子やらが地面に飛び散り、クルー達が頭を庇いながら工場へとカメラを向けていた。アナウンサーである彼女もまた、夜の中で煌々と火の粉を撒き散らす工場の一角へと目を向け、その場に蹲る。

 

「ば、爆発!? 一体何が――もしかして、噂の大量破壊兵器が本当に……!?」

 

 思わず、マイクに声が乗る事も忘れて呟きを漏らしてしまう。しかしどうやら爆破されたのは工場の片隅、一角に過ぎない様で、丁度閉じられていた扉が吹き飛び、屋根の一部と周辺の窓硝子が軒並み全損していた。

 濛々と立ち上る噴煙の中、薄らと見える黒い人影。第二工場の勝手口から現れた複数の人影は、飛び散った硝子片を踏み締めながら煙を掌で払い、黒く煤けた頬を晒す。

 

「けほっ! けほっ!」

「オトギ、ちょっとコレどういう事!? 出口にブービートラップがあるとか聞いていないんだけれど!?」

「えっとね、それを今云おうとしたんだけれど……」

「もっと早く云ってッ!」

「はぁ……クルミちゃん、突っ走り過ぎだよ」

「全員、怪我は――問題ないか、作戦終了後で良かったな」

 

 夜の街、第二工場より姿を現したのは四名――見た事のない装備と制服を身に纏った生徒達であった。ひと目で分かる異質な気配、所々爆破の影響で薄汚れているものの怪我らしい怪我もなく、その立ち姿は気安さの中にどこか超然とした姿勢が見えた。ふと、先頭を歩く黒髪の生徒が驚きの中で立ち竦むクロノス報道部に気付く。

 

「ん、あれは――クロノスか?」

「うわ、なんでこんな所に……」

「どこからか情報が漏れたの?」

「うーん、偶然じゃないかなぁ……」

 

 工場より現れた四名の生徒達は、第二工場前の大通りで屯していたクロノスのクルー達を一瞥し、戸惑いや警戒の色を見せていた。地面に蹲って爆発をやり過ごしていたアナウンサーは、ハッと自身の立場を思い出し、握り締めたマイクを口元に寄せた。

 

「た、たった今弾薬工場から武装した生徒が現れました! まさか彼女達が情報にあった例の特別捜査チームなのでしょうか!? さ、さっそくインタビューを……すみません、何か一言!」

 

 足に力が入らないのか、殆ど這う這うの体という形ではあったが、何とかインタビューを敢行しようとしているのは記者魂というものか。彼女の言葉を皮切りに周辺のカメラやマイクを持った生徒達が我に返り、一斉に四人を取り囲む。あっという間に一面クロノスのクルーだらけとなり、小隊は身動きが取れなくなった。

 突き出されたマイクやカメラ、それらを見つめながら四名はそれぞれ別々の感情を覗かせる。

 

「あはは、囲まれちゃったみたいだね?」

「……仕方ない、これを機にSRTの存在を広めるのも悪くないだろう」

 

 直ぐ隣で苦笑を浮かべる小隊の仲間、ニコの呟きに彼女――ユキノは平然と答える。その呟きの中に、聞き捨てならない単語があった事をアナウンサーは即座に拾い上げた。

 

「SRT、ですか……? 確かその名称は、連邦生徒会長が発足したという特殊部隊の――」

「えぇ、その通りです」

 

 アナウンサーの問い掛けに対し、ユキノは肯定を返した。爆発の衝撃で僅かに乱れた髪を払い、彼女はカメラに向かって口を開く。捕まってしまったものは仕方ない、相手が犯罪者集団であれば蹴散らして進む事も出来るが、クロノス相手にそんな手段を取る訳にもいかない。

 此処は穏便に、多少の協力を許容するのが最善であると小隊長である彼女は判断した。

 

「――キヴォトスの皆さま、初めまして、SRT特殊学園FOX小隊、小隊長の七度ユキノと申します」

 

 パシャリと、幾つものフラッシュが周囲に瞬いた。目を細め、それらを真っ向から見返すユキノ、隣にで困ったように笑うニコ、満更でもない様子で口元にV字を描くオトギ、不満げに鼻を鳴らすクルミ。

 SRTはその性質上、取材対応の為の厳格なガイドラインが設けられている。無論、対応訓練も行われていた。ストレスフルな状況下でも冷静な対応が求められる為、この程度のアクシデントで動じる事は無い。全員が胸を張り、堂々と取材陣を見返し、落ち着いた口調で対峙していた。

 

「SRT特殊学園とは、一体どのような――?」

「SRT特殊学園は連邦生徒会長認可の下、ヴァルキューレ警察学校や各自治地区の風紀委員では対応が難しいD.U.地区の犯罪に対応すべく設立されました」

「D.U.の犯罪に対応するという事は、これからはSRT特殊学園がヴァルキューレ警察学校の代わりになるという事でしょうか!?」

「いいえ、私達はあくまでヴァルキューレ警察学校の手が届かない場所で起きる犯罪、また今回の様に機先を制する必要がある事件に対応するチームに過ぎません」

「なるほど、ご説明ありがとうございます! では、この第二工場では一体何を!? この場所では法に反する大量破壊兵器が開発されているという噂が流れていますが!?」

「それは……」

 

 次々と投げかけられる質問、その内の一つ、機密に抵触しかねない問いに対しユキノは一瞬眉を顰め、ニコは思わず言葉を詰まらせた。視線を横に向ければ、盾の表面に付着した煤を指先で払っていたクルミがぶっきらぼうに答える。

 

「まぁ、今回の件については口止めされていないし、大丈夫なんじゃない?」

「えぇと、実は数日前に匿名の情報提供があって、SRTはカイザーインダストリー第二工場にて条例違反の強力な爆弾の保管を示す有力な証拠を入手したんですよ!」

「……第二工場にて保管されていたのは弾道ミサイル用サーモバリック弾、昨年カイザーインダストリーより発表された《A.N.T.I.O.C.H.》、それの試作品です」

「旧型サーモバリック手榴弾の改良事業の際、この弾頭を秘密裏に開発、製作していた様で――」

「ま、私達が無力化させてきたから、もう大丈夫だけどね!」

 

 ニコとユキノが交互に今回の作戦について語れば、最後に「ふふん」とオトギが鼻を鳴らしながら満足げに締める。しかし物騒な名称が隊員の口から出た事により、取材陣の一部が色めき立ったのが分かった。

 

「弾道ミサイル用サーモバリック弾ですか? えっと、それは具体的に、どれ程の威力を?」

「試作品ですから、正確な数字は不明ですが、そうですね――弾頭の大きさと既存の研究データから推測するに、恐らく爆発の影響範囲は半径数キロメートルに達するかと」

「それは……」

 

 万が一起爆すれば、被害は第二工場が吹き飛ぶだけでは済まない。それを理解出来るからこそ、アナウンサーや周囲のクルー達の瞳には戸惑いが見えた。そんな代物を、たった四人で処理させたのか――と。

 

「それ程の爆弾を小隊規模で処理するのは、流石に危険なのでは……? それこそ爆発物処理班を投入して、慎重に対処するべき案件で――」

「いいえ」

 

 爆発の被害を考えれば事は慎重に運ぶべき、そう主張する彼女に対し、ユキノは正面から否を突きつけた。其処には確固たる自負があった、自分だけではない、SRTや自分達チームそのものに対する信頼だ。

 

「この規模の爆弾を相手が所有している場合、寧ろ時間は敵になり得ます、兵の多さはそのまま行動の遅れに繋がりますので」

「そ・こ・で! 私達SRTの出番、って訳なんですよ!」

 

 ここぞとばかりにオトギが顔を突き出し、ユキノの横に並びながら声を張り上げる。彼女はユキノの肩を掴みながら締まりのない顔を浮かべ、饒舌に語る。幾つかのカメラがフラッシュを焚き、照らされた笑顔が記録された。

 

「SRTの小隊は少数精鋭のチームで構成されていますから、今回の様に迅速に動き、相手に気付かれる前にターゲットを確保したり、制圧出来るんです!」

「そうですね、彼女の云う通りです、実際今回の作戦でも三分足らずで弾頭の確保を完了しましたから」

「――正確には、二分四十五秒でしょう」

 

 隊長へと引っ付くオトギに若干困惑した視線を向けながらニコが答えれば、即座にクルミから訂正の声が飛んだ。盾を地面に打ち付け、吐息を零す彼女の表情には隠し切れない不満の色が見えた。

 

「途中の交戦がなかったら、もう十五秒は短縮出来た筈よ」

「あ~、クルミが警備兵に煙幕弾を閃光弾と間違って投げちゃったからねぇ」

「なっ、別に間違ってないわよ! あいつ、閃光対策のアンチフラッシュゴーグルを着用していたの!」

 

 呑気に、間延びした声でそう宣うオトギに対してクルミは食って掛かった。自身の判断は間違っていないと、その強い口調から高い自尊心が伺える。

 

「それにダブルタップしていなかったら、逆にこっちがやられていたじゃない! そもそも、オトギが先に警備の連中を倒してくれていたら済んだ話でしょうが!?」

「アレは、ほら……弾薬を数え忘れちゃってつい、敵の数が予測できない状況でやらかしちゃうキュートな狙撃手あるある、っていうかぁ」

「それでこっちが割を食うんだから、真面目にやりなさいよ!」

「あ、あはは、オトギちゃん、クルミちゃん、カメラの前で喧嘩するのはちょっと……」

「んんッ!」

 

 向けられたカメラそっちのけで云い争う二人に対し、ニコはそれとなく仲裁に入ろうとするものの、二人の様子から効果は薄く。慌ててユキノは咳払いを挟み、隊員達の醜態を庇う様に一歩前へと踏み出した。

 

「兎に角、今回の作戦は少数の人員で進められたからこそ、犯人確保と真相の把握を迅速に行う事が出来たのです――今回の作戦中に入手した機密文書、そこには複数のメンバーが金品を受け取り、弾薬工場の安全報告書を捏造していた事が記されていました……その中にはカイザーグループのみならず、連邦生徒会防衛室、その関係者の名前も確認されています」

「れ、連邦生徒会ですか?」

「えぇ」

 

 その一言は背後の隊員達からユキノに注目を集めるには十分な情報であった。一気にカメラがユキノを注視し、マイクが一つ、二つと向けられる。その事に内心で胸を撫でおろしながらも、しかしそれを僅かも表に出す事無く表情を引き締める。

 

「こう云っては何ですが、連邦生徒会長の指示で動くSRTがこのような情報を開示してしまって、問題は――」

「ありません」

 

 きっぱりと、いっそ清々しい程の断言。彼女は毅然とした態度のまま真っ直ぐ報道陣を見据え、告げる。

 

「正義とは、理にかなった正しい道理の事」

 

 それはSRTの理念であり、FOX小隊の信念であり、七度ユキノの誇りだ。

 それを胸に薄らと笑みを浮かべた彼女は、僅かな疲労も、躊躇いも見せず、何処までも屈強な正義を掲げ続ける。

 幾つものフラッシュが瞬き、闇夜に覆われた世界の中で無数の光が――FOX小隊(自分達)を照らしていた。

 

私達(SRT)の正義は、如何なる状況でも揺るぎはしません」

 

 ■

 

「―――」

 

 薄らと揺蕩う意識の中、覚醒した朧げな視界に映ったのは黒ずんだ黴に蝕まれる天井であった。

 

 ――記憶の最後に残ったカメラのフラッシュは、もう何処にも見えない。

 

 直ぐ視線を横に向ければ、罅割れ埃の積もった窓硝子が即席シートで覆われ、隙間から微かに月明かりが漏れている。手足を蝕む寒さに小さく肩を震わせれば、口元から白い吐息が零れた。

 外套と背嚢、廃棄された布などを搔き集めて作り上げた即席の寝床。寝袋なんて上等なものが手に入る筈もなく、冷たい地面から体温が奪われないだけマシな環境。ゆっくりと腕を動かすと、肩の辺りに鈍痛が走った。地面に手を突けば砂の感触が指先に伝わる――この辺りは、室内までも砂が入り込んで来る。

 

「あ、ユキノちゃん、おはよう」

「……あぁ」

 

 横たわっていた地面より身を起こすと、壁に背を預けながら銃器の整備を行っていたFOX小隊の同胞――ニコの姿が見えた。彼女は手元を微かに照らしていたペンライト、その光を完全に落とすと自身の顔を覗き込んで来る。ユキノは部屋の中を見渡し、問いかける。

 

「時刻は」

「キヴォトス標準時で0315だね、まだ陽が登るまで時間があるよ、もう少し眠っていたら?」

「いいや、陽が登る前に動きたい――不寝番は、今はオトギか」

「うん」

 

 陽が登るまではまだ余裕がある、しかし時間そのものに余裕があるかどうかは別だ。

 故に掛けられた休息の誘惑を跳ね退け、彼女――ユキノは立ち上がる。枕元に常備していたサイドアームを手に取ると、そのまま横合いに立て掛けられた愛銃にも手を伸ばした。

 起床したばかりだが、頭に靄は存在せず、視界はハッキリしていた。起き抜けの奇襲など、訓練時代に何度仕掛けられた事か、最早骨の髄まで兵士である事を求められた彼女達にとって起床と同時に短期間で覚醒する事は呼吸に等しい。

 手早く装備を検め、整えて行くユキノに対し、ニコは穏やかな口調で続ける。

 

「追手の気配はないよ、大丈夫――定期報告でも異常は無かったし」

「そうか」

「もしかして、良い夢でも見れた?」

 

 不意に、ニコがその様な事を口走った。ぴたりと、ユキノの動きが止まる。嵌めようとしていたグローブを見下ろしながら、彼女は静かに問い返す。

 

「……何故、そう思う」

「だって、寝ている時のユキノちゃん、幸せそうだったから」

 

 ――幸せそう?

 

 その言葉に思わず面食らい、ニコの方へと視線を向けたのは失敗だったか。何処か揶揄う様な色と、嬉しそうな笑みを浮かべた彼女はゆらゆらとその大きな耳を揺らし、「あ、その反応……やっぱり、良い夢だった?」等と続けた。

 ユキノは唇を一文字に結び、思わず視線を逸らす。それは微かに湧き上がる、羞恥心から来るものだった。

 中途半端に装着したグローブを確りと指の奥まで通し、呟く。

 

「別に、そういう訳じゃない……ただ」

「……ただ?」

「――昔の夢を、見ただけだ」

 

 淡くて優しい。

 ただ穢れ無き正義を想い、真っ直ぐ歩く事が許された。

 そんな昔の夢を。

 

 ■

 

「……集まったな」

 

 装備を整え、ニコを引き連れエントランスへと踏み込んだユキノは、その場に集った面々を見つめながら口を開く。

 元々気象観測所として用いられていたこの施設は、既に使用されなくなって久しく、跡地として微かな名残を感じさせるに留まっていた。

 アビドス自治区との境界線間際に建てられたこの場所に、FOX小隊である彼女達は現在身を寄せている。建物自体の老朽化は砂漠化の影響もあり中々酷いが、観測所なだけあって頑丈である。殆ど知名度もなく、観測タワーや展望デッキがあり周辺の索敵がし易い。加えて破損してはいるものの通信設備から電子部品の確保も可能で、管理室には黴臭くとも少量の物資が残されていた。

 その僅かな利点が、今の彼女達にとって黄金に勝る価値を持っていた。

 

 部屋には砂に塗れ、剥がれ落ちた天井やコードを避け、埃っぽい長椅子に腰掛ける人影が一つ。そして傍の壁に身を寄せ、愛用の防弾盾を地面に立て腕組みする人影が一つ。

 金色の髪を靡かせ、風が唸る度に耳を弾ませる彼女――クルミは長椅子に腰かけ身の丈もある愛銃(対物ライフル)を抱えた同胞、オトギに視線を向けながら口を開いた。尚視線を向けられた当人は、気だるげに欠伸を漏らしている。

 

「……見張り番(オトギ)まで下げて、余程大事な話って訳、ユキノ?」

「そうだ」

 

 彼女のぶっきらぼうな問いかけに対し、ユキノは真剣な面持ちを崩さずに答える。全員の纏う雰囲気は重苦しく、どこか緊迫している。それは各々が自分達の置かれた境遇を理解し、同時に行き詰まりを感じているからこそだった。

 故にそれを打破する為、ユキノは背後のニコに水を向ける。

 

「ニコ、部隊の物資状況は?」

「……正直、そろそろ限界かな」

 

 告げ、ニコは胸元のポケットから小さな手帳を取り出す。其処には現在FOX小隊が保有している様々な物資の内約が記されており、端末の電力を確保する為彼女はこの生活が始まってずっとアナログな方法で記録を続けていた。薄暗い暗闇の中で、微かに見える文字を追いながらニコは口を開く。

 

「食糧の類は自給自足で何とか出来るかもしれないけれど、弾薬とか部品、装備の類はそうもいかないから……次、何か壊れたら欠落したまま戦う事になるかもしれない」

「ま、投擲物も残り少ないしね、スモークも、フラッシュも、コンカッションも」

「後は単純に通信手段でしょ、充電も怪しいし、そろそろ通信機も使えなくなるよ~?」

 

 医療品もカツカツだし、とオトギは呟きながら髪を搔く。肩に巻かれるようにして垂れた彼女の長髪が、月明かりに照らされ砂に塗れているのが見えた。砂に覆われたこの場所では、碌に身を清める事も出来ない。

 部隊の物資状況など皆が凡そ予測出来ている、自分達には何もかもが不足していた、当然の事だった――何せ自分達の装備以外、殆ど何も持ち出せずにこうして逃亡を続けているのだから。

 

「態々全員集めてそんな話をするって事は――まぁ、そう云う事よね」

「……あぁ」

 

 クルミには、ユキノが切り出そうとしている凡そ話の予想がついている様だった。ずっと考えていた、眠りの中で過去の夢を見たのはこの決断によるものかもしれない。そしてクルミと同じように、ユキノが今何を考えているのか、長年付き合い続けていた部隊の面々は全員薄々勘付いていた。

 

「………」

 

 数秒、沈黙を守ったユキノは――ニコ、オトギ、クルミ、三名の視線を感じながらゆっくりと口を開く。

 ぐっと、彼女の拳に力が籠った。

 

「――防衛室長、不知火カヤからの呼び出し、これを受ける」

 

 声はエントランスの中で良く通り、全員の耳に届いた。風が吹き、罅割れ、崩れ落ちた扉の向こう側から砂が入り込んで来る。足元に月光が伸び、全員がユキノ(隊長)を見つめていた。

 

「……十中八九、罠だと思うけれど?」

「だが、このまま逃亡を続けても先に力尽きるのは私達の方だ」

「なら、相手の懐に飛び込むしかない……って訳ね」

 

 他に選択肢はない、少なくとも現状を打破する為には――自分達を追い詰めんと蠢く闇と対峙する必要があった。

 通常なら闇に呑み込まれて終わる、罠を食い破るだけの戦力がないのだ。大多数の生徒はそうだろう、碌な補給も無くキヴォトス中を彷徨い、追跡から逃れ続けたのだから。

 しかし――。

 

「小隊長がそう決めたなら、多分大丈夫でしょ」

「うん、皆と一緒ならきっと何とかなるよ」

「それで、出立はいつにするの――FOX1(ユキノ)?」

「……!」

 

 しかし、こんな状況であってもFOX小隊の面々に絶望の色は見えない。ユキノを見つめる皆の瞳には、確かな信頼と希望があった。彼女達は知っている、友人であり親友であるユキノの能力の高さを、そして内に秘める強い正義の心を。

 SRTで育んだ彼女達の結束は、決して伊達ではない。

 全員の返答を聞き届けたユキノは一瞬口元を緩め、それを悟られないように表情を影に隠しながら、いつも通り、鋭い口調で告げた。

 

「出立は直ぐにでも、だ――早ければ明日の夜にも接触するだろう、各員準備を怠るな」

「了解!」

 

 FOX小隊の声が響く。各々が自身の装備を回収し、出立の準備に取り掛かる。夜が明ける前に出立し、一度大休止を取り、防衛室長と接触する。態々裏側から手を回し、間接的にコンタクトを取って来たのだ――恐らく向こうも大々的に動く事が出来ない筈だとユキノは踏んでいた。

 

「そうだ……諦める訳には、いかない」

 

 出立の支度を進める仲間の背中を見つめながら、ユキノは一人呟く。

 声には強い想いが籠っていた。

 

 そうだとも、諦める訳にはいかない。

 SRTの存在を、その掲げられた在り方を。

 自分達の信じた――正しさ(夢見た正義)を。

 

 砂漠に浮かぶ月は全てを照らし、淡く煌めく。

 その中でひっそりと、しかし確実に――狐達(FOX小隊)は動き出そうとしていた。

 


 

 投稿頻度はいつも通り三日で一万字以上、二日で一万字以下のペースで行きますわ!

 このカルバノグの兎編は最終編への導入、そしてそれぞれの正義をテーマにしております。ゲーム本編の方では前編がRABBIT小隊、後編がRABBIT小隊とFOX小隊とフォーカスされていきますが、当作品は最終編がゴールである為、今回は各々の立場や出来事に多少変化を加えストーリーラインは極力崩さず、異なる展開になる様プロットを組んでおりますの!

 まぁぶっちゃけFOX小隊とRABBIT小隊の協力する姿が見たいってのが六割ですわ!

 と云うかFOX小隊は描写が少なくてキャラの掘り下げがめちゃくちゃし難いんですわよ! 実装される前ならある事ない事書いても、実際にそうかもしれない可能性が微粒子レベルで存在するからセーフ理論で押し通る。

 次で漸く先生が出せますわ~! 

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