ブルーアーカイブを、もう一度。   作:トクサン

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今回約一万五千字ですわ~!
めっちゃ難産でしたの……色々本編と異なる点がありますので、御注意下さいまし。


籠の中より見上げた白は。

 

「やぁ、リンちゃん」

「――先生、お待ちしておりました」

 

 連邦生徒会、レセプションルーム。

 連邦生徒会から呼び出された先生を迎えたのは、首席行政官であるリンその人であった。彼女はタブレット端末と幾つかの書類をデスクに広げており、相変わらず多忙である事が伺える。先生の姿を認めたリンはソファより立ち上がり、直ぐ傍まで足を進めた。

 

「こうして直接顔を突き合わせるのも、久々な気がするなぁ」

「久々と云っても、数週間と経っていないでしょう」

「それでも、私にとっては十分長いさ」

「先生の方は、その間――」

 

 一瞬、言葉に詰まる。

 リンの瞳が眼鏡越しに先生を一瞥し、その出で立ちをじっと観察している様だった。無遠慮に注がれる視線に対し、どこか居心地悪そうに苦笑を浮かべる先生。そろそろ冬本番に差し掛かる為か、きっちりと外套を着込み、黒い手袋も嵌めた彼の姿は特に違和らしい違和もない。

 しかし、微かに露出した首元や頬に散見される傷跡は隠し切れず、加えてミレニアムで起きた騒動についても報告を受けていたのだろう。リンは様々な感情を孕んだ溜息を零し、口を開いた。

 

「随分と、無茶をしたご様子で」

「……必要な事だったからね」

 

 申し訳なさそうな表情と共に零れ落ちる言葉。似たような言葉を、何度か耳にした覚えがあった。恐らくどんな大事件が起きたとしても、彼は同じような言葉を口にして介入するのだろう。これまでの付き合いから、リンは既に彼の性質について理解していた。先生は頬を掻きながら、どこか恐る恐ると云った風に問いかける。

 

「今日呼ばれたのは、もしかしてだけれど……その、お説教だったり?」

「何か説教される様な事をした自覚が?」

「――そんな事はないさ!」

 

 即答出来たのは我ながら良い判断だった。浮かべた笑みの中に微かな焦燥が混じっている事にリンは気付く、しかしそれを追求する程暇でもなければ野暮でもない。彼女は数秒程目の前に立つ先生に視線を注ぎ、不自然な程綺麗な笑みを浮かべる先生に、無言の圧力を伝え続けた。

 

「はぁ、二、三報告書について小言がありますが、それは後で構いません」

「報告書に関する指摘以外となると……」

「――SRT特殊学園についてです」

 

 SRT特殊学園。

 その単語を耳にした瞬間、スッと先生の視線が鋭さを帯びる。一瞬周囲に目線を飛ばし、他に人影がない事を確認した先生は僅かに声を落とし問うた。

 

「……何か、あったんだね」

「えぇ、以前事が起こった際は直ぐに知らせると約束していましたから」

「電話じゃなくて直接って事は、それなりに大事なのかな」

 

 先生の呟きに、リンは小さく頷きを返す。

 

「以前外部にSRTに関する会議内容がリークされた事がありましたが……どうやら、現実のものになりそうです」

「――それは、本格的に閉鎖が決定したと?」

 

 声は低く、反応には数秒、間があった。

 彼女は肯定も、否定も口にしない。ただ目を閉じ口を一文字に結んでいた。この場合、無言が何よりも雄弁な回答となる事もある。

 先生は険しい表情を崩さず、SRTの為に連邦生徒会中を走り回った事を思い返した。根回しは、相応に済ませている筈だ。業務の合間を縫って各行政官の協力を取り付けようとしていたのは記憶に新しい。アビドス事件の後、エデン条約の前後、行政委員会を回り交流を深め、時には出身校に赴き頭を下げた事もある。当初こそ大小様々な反発があったが、根気強く交渉し続け、キヴォトスに於けるシャーレの活躍、その間に積み上げた信頼もあり、SRTに対する閉鎖の声は比較的抑え込めたと思っていたのだが――。

 

「……予算も以前と比較すれば縮小したとは云え、学園を運営する上で必要な分は確保していた筈だよ、アオイとも既に話はついている」

「はい、その件に関しては確かに財務室より聞き及んでいます、外部への出動こそありませんでしたが、学園自体の運営は直近まで許されていました――尤も一部授業等は費用削減の為、ヴァルキューレ警察学校と合同になっていましたが」

「連邦生徒会長が帰還しないと決まった訳じゃない――それなら、一体何故?」

「SRTを閉鎖するべきか否か、その会議を行っていた時にも似たような騒動がありましたが――先生が入院中、連邦生徒会にて襲撃が発生しました、それも比較的規模の大きな」

「……襲撃だと?」

 

 初耳だ、そんな事が起きれば自身の耳に入ってもおかしくないというのに。

 そんな疑念と共に顔を顰めるも、先生は軽く頭を振って意識を切り替える。今は過ぎた事を云々している場合ではない、故に幾つかの予測を立てつつリンに続けて問い掛ける。

 

「主犯は」

「――SRT特殊学園所属、FOX小隊」

 

 答えは、残念ながら予測通りのものだった。当たって欲しくはない予測だ。故に先生は湧き上がる苦々しい感情を噛み殺す、極力それが表に出ない様に。

 

「……少なくとも前回の全体会議では、その様な形となりました」

 

 リンの口ぶりは、どこか疑念の残るものだ。しかし彼女が実際に言葉として口にしたからには、間違いは無いのだろう。

 

「……被害の方は」

「SRTの閉鎖に積極的な意見を述べていた役員が総括室、行政委員会問わず数名負傷、その場に居合わせた生徒を合わせれば三十名近く、幸い重傷を負った者は居ませんでしたが施設一部が焼失、崩落――復旧には一ヶ月以上要する見通しです」

 

 閉鎖に積極的な意見を述べていた役員の襲撃、それが目的である事は明らかだった。しかしSRTの生徒がそんな軽挙を行うのかという疑問がある。学園に対する情の暴走、と捉えれば納得出来なくもないが――それにしても、彼女達がまさか、という思いが消えない。そしてそれは、リンも同様である様だった。

 

「前回はタワーの一区画で済みましたが、今回は施設の一部が完全に崩落した上、重傷者こそ出なかったものの、入院が必要な者も」

「……FOX小隊は、何処に?」

「防衛室からの報告によると事件発生後、SRT特殊学園内部で一度拘束に成功した様ですが――拘束期間中、留置施設の一部を破壊し、脱走したとの事です」

 

 その後の行方は分かっていません、リンはそう云って顔を横に向けた。視線の先にはソファがある、「立ち話もなんですから」と云って彼女は移動を促した。先生は小さく頷くと、静かにソファへと腰掛ける。リンも対面に座り、点灯したままであった端末の画面を消灯した。

 彼女の手元には飲み掛けの珈琲がある、それに視線を向ければ「淹れますか?」とリンが問うた。先生は首を横に振り、喉元を摩る。今は、何かを胃に入れる気にならなかった。

 

「……その一件、本当にFOX小隊の仕業なのかな」

「少なくともヴァルキューレの鑑識によると、彼女達の仕業で間違いないと……SRTと云う特殊な組織の不祥事ですから、大々的にこそ動いておりませんが既に調査は開始されています」

「………」

「どちらにせよ、今回の一件でSRTはより厳しい立場に置かれる事となりました、元よりその存続については連邦生徒会内部に於いても意見が分かれていましたから……この流れは仕方のない事かもしれません」

 

 彼女の口調は重く、暗澹としていた。一度手放してしまった流れを手繰り寄せる事は困難だ。ましてや既に連邦生徒会は決定を下してしまっている、それを覆すのは如何にシャーレであっても骨が折れるだろう。

 この場合、先生自身がSRTの助力に動いていた事も裏目になっていた。シャーレ側の意図を汲み、先生の嘆願に折れて閉鎖に反対していた生徒側からすれば、FOX小隊の行いは正に裏切りに他ならない。擁護の声は一転し、批判を口ずさむ事になるのは目に見えている。それを理解しているからだろう、リンは一度眼鏡を外すと、眉間を揉み解しながら苦々しい声を漏らした。

 

「そもそもSRTは総括室、行政委員会、何方にも属しない、連邦生徒会長直轄の学園組織です、その指揮権は連邦生徒会長ただ一人に集約されていました」

「……だからこそ、彼女が席を空けている今、その存在そのものが宙に浮いてしまっている――そうだよね?」

「えぇ、その認識で間違いありません……特権故の事情というものです、頭の痛い事ですが」

 

 連邦生徒会長直轄の特務、現在の立ち位置で云えばリンが最もその席に近しいが――しかし生徒会長代行は、あくまで代行に過ぎない。代行業務を滞りなく行う為、基本的な権限を有しているものの、SRT特殊学園に対する命令・指揮権はその限りではない。

 

「一時期、SRTの管轄を連邦生徒会長直属から行政委員会(防衛室)か、連邦捜査部――シャーレに移すのはどうかという提案もありました」

「それは……かなり難しい話だと思うけれど」

「えぇ、確かに、ですが状況が状況ですので、特例ではありますが行政委員会の各室長と総括室の同意があれば連邦生徒会長がその席に復帰するまでの間、一時的に権限を付与する事は可能な筈でした、元々連邦生徒会長が何らかの形で長期不在となった場合、代理権限の所在を明示しておかなかった事が……いえ、これは単なる愚痴ですね、失礼しました」

 

 何かを言葉にしかけ、呑み込んだリンは緩く首を振る。そもそも、連邦生徒会長が失踪する状況など誰が予想出来ると云うのか。連邦生徒会長代理という肩書さえも、酷くあやふやなものだと云うのに。それに所詮、それらは閉鎖が決定する前の議題に過ぎない、今では最早語る事さえ虚しさを覚える程だ。リンの瞳には強い疲労の色が見えた。

 

「兎に角、SRTは今回の一件により閉鎖措置となりました、現在SRTの生徒達はヴァルキューレ警察学校への転校を余儀なくされています」

「……そうか」

 

 呟き、先生は沈黙を守った。その胸中でどのような感情が渦巻いているのか、リンには分からない。ただ指先を組み、強張った面持ちで俯く先生は何かを思案しているようにも見えた。

 

「――?」

 

 ふと、扉のノックする音が耳に届いた。一拍置いて、「どうぞ」とリンが声を上げれば、音を立てて開かれる扉。その向こう側から見知った顔が此方を覗き込み、ぱっと表情を変化させる。

 

「――あぁ、先生、此方にいらっしゃったのですね」

「……不知火室長?」

 

 扉の向こう側から顔を覗かせていたのは、行政委員会の防衛室室長――不知火カヤ。

 彼女はソファに座った先生に笑顔を向け、それから対面に座るリンを一瞥し、驚いた様に目を見開いた。

 

「あら、リン行政官も此方に?」

「はい、少々先生と相談事が……不知火室長も、先生に何か用件が?」

「えぇ、少し面倒な事になってしまいまして、先生の――シャーレのお力を借りられたらと」

 

 後ろ手に扉を閉め、笑顔を絶やさずに協力を要請するカヤ。頭頂部より跳ねた毛が彼女の動きに合わせて左右に揺れ動き、感情を表現しているように見えた。カヤに視線を投げかけられ、先生は一も二もなく即答する。

 

「――勿論、私に出来る事なら」

 

 先生はそう云って立ち上がり、カヤへと向き直った。その返答を期待していたのか、彼女はふっと肩から力を抜くと安堵した様子を見せる。

 

「ふふっ、相変わらずですね先生、内容を聞く前からその様な」

「何でも出来る訳ではないけれどね……それでカヤ、力を貸して欲しい事って云うのは?」

「――実は、子ウサギ公園の方で無認可のデモが発生しまして」

「……デモ?」

 

 リンの呟きに、「えぇ」と頷きを返しながらカヤは眉を下げ、困った素振りを隠さず言葉を続けた。

 

「SRT特殊学園の生徒が学園の閉鎖を撤回するよう武力を用いたデモを行っていると報告があったんです、そこでヴァルキューレに指示を出し鎮圧に向かわせたのですが、どうにも手古摺っている様で、このままですと問題が大きくなり色々と不都合が……」

「――……」

 

 その言葉にリンは背を丸め、頭痛を堪える様に額に手を当てた。まさか、という思いがあるのだろう。たった今その、SRTについて話し合っていたと云うのに――先生はそんなリンの様子を横目に、タブレットを取り出すと出入口へと足を進める。

 

「分かった、私が出るよ」

「それはそれは、とても助かります!」

 

 両手を合わせ、ぱっと笑顔を咲かせるカヤ。彼女に促されるままレセプションルームを後にしようとする先生、その背中に向けて顔を上げたリンが声を投げ掛けた。

 

「あぁ、先生――最後にひとつだけ」

「……?」

 

 扉を潜ろうとしていた先生は、足を止めて振り返る。リンは手元に広がっていた書類の一枚を手元に引き寄せると、その正面を指先でなぞりながら告げた。

 

「件の支援物資についてですが、今月分が閉鎖に伴い返送されましたので、シャーレにてご確認を」

「あぁ、そうか……ごめん、面倒を掛けたね」

「いえ、しかし――」

 

 一瞬、云い淀んだリンは言葉を選ぶように視線を彷徨わせ、それから困惑を滲ませながら言葉を続けた。

 

「物資コンテナに描かれた、あの落書きの様な――失礼しました、味のあるイラストは何だったのですか?」

「あれは……」

 

 先生が毎月送り届けていたコンテナ、その外装部分に描かれたイラストを思い返し、苦笑を零す。彼女(会長)なりのエールだったのか、或いは罪悪感の顕れだったのか、それは定かではない。しかし、それが彼女達(SRT)に向けての感情である事は、確かだった。

 故に先生は、困ったように笑って云った。

 

「――とある生徒が、私の似顔絵を書いてくれたんだよ」

 

 

【前夜】

 

「ふふっ――時間通りですか」

 

 その声は小さく、しかし静謐な空間では良く通った。

 薄らと浮かび上がる人影は、闇夜の中で辛うじて輪郭を捉えられる程度。中途半端に隙間の空いたブラインドからは月光が差し込み、この部屋に於いては唯一の光源であった。

 

 場所はD.U.区画、連邦生徒会事務局付近ではあるものの、建物自体は連邦生徒会所有のものではない。立ち並ぶビル群の一角であり、入り口には確かカイザーグループの名前が刻まれていた様に思う。

 部屋は広く、来客室の様にも見えるが本質的には異なる。ずらりと壁に並んだ兵士(PMC)が暗闇の中赤いランプを灯らせ、此方を見ていた。数は十六名、しかしそれ以上の敵性存在が潜んでいても驚きはしない。

 ゆっくりと周囲を警戒しながら足を進める四人は、愛銃をいつでも構えられる様グリップを強く握り締めたまま、真っ直ぐ前を見据える。

 そんな気配を尖らせる四名を見つめながら、影は吐息を零す。

 

「殊勝と云えば良いのか、或いは単純に環境によるものでしょうか? 厳しい訓練というものは人を厳格にするものですから、如何に逃亡中の身であるとは云えその辺りは徹底している様子で――しかし流石にSRT出身とは云え、長期間の逃亡生活は堪えるでしょう?」

 

 カタリ、と。

 座っていたデスクより立ち上がった彼女は靴音を鳴らし、わざとらしく腕を広げて見せた。月光に照らされた影が伸び、四人の足元を覆う。

 

「ねぇ、FOX小隊の皆さん?」

「………」

 

 招かれた四名は、現在追われる身であるFOX小隊。

 そして招いたのは、連邦生徒会防衛室の主――不知火カヤ。

 主要な面々が微かに差し込む月光に晒され、その目を細める。

 先頭に立ったユキノは強張った表情のまま、ゆっくりと口を開いた。

 

「それで……話とは何だ、不知火室長」

「あらあら、随分と率直ではありませんか、もう少し段階を踏んでは如何です? 此処を人払いする為にも、相応に手間暇を掛けたのですから、少しは労って頂かないと」

「頼んでもいない事に対して、どう感謝しろと」

「……貴女達の置かれた現在の状況、理解していますよね?」

 

 そう云って彼女――不知火カヤは億劫そうに肩を竦めた。

 彼女からは緊張や焦燥と云った感情が一切感じられない、どこまでも自然体で飄々としている。その余裕はFOX小隊が実際にこうして、自身の呼び出しに応じたという事実から来るものだった。

 この場所に来たという事は、殆ど返答が決まっている様なものだ。自身が追われる側という慣れない環境での逃亡生活、碌な補給や物資も無く、頼れる味方も皆無――これ程条件が揃った上で失敗する事などあり得ない。

 故にこそカヤは薄らと笑みを湛えたまま、嘆かわしいと云わんばかりに首を振る。

 

「正義を為すSRTの小隊が連邦生徒会を襲撃した上に、複数の生徒に負傷者を出すなんて、あの学園が始まって以来の大事件ですよ? ましてや現在襲撃のあった設備は復旧作業にかなりの予算と時間が必要となります、連邦生徒会は只ですら業務が滞りがちであったというのに、加えて逃走まで――随分と面倒な事をしてくれましたね?」

「……事実無根だ、私達は連邦生徒会の襲撃など行っていない」

 

 カヤの言葉に対し、ユキノは小隊を代表し断固として否定を口にする。砂に塗れたローファーの爪先が、小さく床に当たって音を鳴らした。

 

「連邦生徒会長が失踪して以降、FOX小隊を始めとした全小隊、生徒は学園内部での待機命令を遵守している、出撃命令はおろか、独断での出撃、戦闘行動など以ての外だ」

「ですが以前もお伝えした通り、実際問題ヴァルキューレの方では証拠が挙がっているのですよ? 貴方達が連邦生徒会管理下の施設に潜入し、複数の生徒を襲撃する映像、目撃証言、幾つもの証拠が」

 

 ユキノの反駁に対し返って来た声は余りにも淡々としていて、用意されていたものだと分かった。デスクに放られていた端末の液晶を指先で撫でつけ、細められた瞳が暗闇越しにFOX小隊を射貫く。

 

「銃弾に刻まれた線条痕、未燃焼の火薬と残留物、射撃残渣の分析、襲撃時の記録映像……えぇ、貴女方FOX小隊の仕業と断定するには十分な数です」

「……何回も聞いたわよ、その話は」

 

 防弾盾をぶら提げたクルミが小さく、吐き捨てる様に云った。既にその内容は拘留中、何度も聞かされていたのだ。幾ら否定しても、アリバイを主張しても、しかし自分達の言葉が決して届く事はなく――自白の強要どころではない、あれは閉じられた空間の中で行われる一種の拷問であった。

 だがそんな事は知らぬとばかりに、カヤは酷薄な笑み湛える。

 

「ふふっ、云い逃れ出来ない証拠があったからこそ、貴女方は留置施設より逃げ出した――そうでしょう?」

「そんな訳ないじゃない! 映像に射撃残渣なんてあり得ない、ただあの場に留まれば確実に『犯人』に仕立て上げられると思ったから仕切り直した――それだけよ!」

「正直ホントにわっかんないんだよなぁ、私達の装備を手放した記憶はないし、そんな証拠が出て来る筈はないんだけれど」

「……FOX小隊は事件の発生時、学園の敷地内に留まっていました、それに間違いはありません」

「――ですがそれを証明する手段は無い、襲撃と同時刻に行われたいたという訓練場での演習はFOX小隊単独で行われていたのですから、誤魔化す手段は幾らでもあります、それこそ口裏を合わせたり、デバイスで誤魔化したり、第三者の協力を受けていたとか、ね?」

「ッ……!」

 

 詭弁だ、ユキノはその言葉をぐっと飲み込む。それはユキノだけではなく、FOX小隊全員の総意であった。一歩、前へと踏み出したユキノは一層語調を強める。

 

「私達は潔白だ、何度でも云う、その様な襲撃を行った事実はない」

「貴女方がどんな言葉を並べ立てようと、世間はそう思わない、既に連邦生徒会襲撃はFOX小隊の手によって為された――そう認識されている、それが現実なのです」

「……連邦生徒会は、それを黙認するのか?」

「例え偽りであったとしても、多くが信じればそれは真実――人は自身の信じたいものを信じるのです、凡人であれば尚更、盲目的に」

 

 月光に照らされたカヤの口元が、緩く三日月を描くのが分かった。それはある種美しく、同時に残酷な笑みでもあった。悪意のある笑い方だ、少なくともユキノにはそう思えた。

 

「――善くも、悪くも、ね?」

「ッ……!」

 

 沈黙が降りる、誰もがこの結末を予測しておきながらも、しかし一抹の望みを手放せずに居た。

 こうして彼女(防衛室長)と対峙する道を選んだのは、他に選択肢がなかったからだ。

 自身の首を絞める事になると理解しておきながら逃走を決意したFOX小隊、その背景には強引な尋問と、何処までも自分達の主張に取り合わない留置施設の存在があった。

 突きつけられた事件現場の証拠に覚えなど無く、学内訓練場の記録や移動時の防犯映像を確認して欲しいと主張しても、それらの証拠は一切確認出来なかったの一点張り。そんな筈はないと反駁した所で、返って来るのは自白の強要。

 その積み重ねが徐々に心身を蝕み、粛々と沙汰を待てば確実に濡れ衣を着せられるという確信に繋がった。それはFOX小隊全員の共通認識であり、今でも間違いではなかったと思っている。

 

 何を主張しても跳ね退けられ、誰かに助力を乞う事も出来ない以上、更なる疑いを掛けられようと自分達の手で身の潔白を証明しなければならない。そんな想いと焦燥に駆られ、小隊全員で留置施設からの脱走を決行し事件の調査を開始すれば、ヴァルキューレによる執拗な追跡によって妨害される始末。調査どころか自分達の身を守る事で精一杯になり、気が付けば限界間際まで追い詰められていた。

 特務とは云え、その性質は十全な装備やバックアップ、補給の類があってこそ発揮されるもの。逃亡生活が長引けば長引く程、焦燥と疲労は大きくなる。それは、彼女達の纏う気配が表していた。所々砂に塗れた装備、負傷を治療する十分な環境も道具も無く、肌には所々傷が残っている。担いだバッグの中に残った弾薬も、残りはどれ程か? 少なくとも、全力戦闘に耐え得る弾数は存在しなかった。

 

 此処で突破口を見つけられなければ、FOX小隊(私達)は――。

 

「――………」

 

 カチャリと、音が鳴った。

 クルミが握り締めた愛銃を揺らした音だった。

 見ればオトギも、その表情に隠し切れない怒りを滲ませている。「FOX1」と、直ぐ傍に立っていたニコが呟いた、その呼びかけの意図に気付きながらも、ユキノは小さく手を掲げるに留めた。

 

「……早まるな」

 

 その声に、FOX小隊全員が辛うじて踏み止まる。壁に並んだオートマタ(PMC)の提げた銃、その引き金に指が添えられている事に、ユキノは暗闇の中でも気付いていた。

 カヤは沈黙するFOX小隊、そして立ち並ぶPMCを眺めながら満足そうに鼻を鳴らす。

 

「――先の襲撃でSRTの閉鎖が決定しました」

「……!」

「聞き及んではいるかどうかは分かりませんが、SRTに所属していた生徒達は順にヴァルキューレ警察学校へと編入しています」

「……よりによって、ヴァルキューレ?」

「えぇ、例え先輩達が起こした行動によるものだとしても、在校生に罪はありませんからね、ヴァルキューレ警察学校は彼女達を寛大に迎え入れる事でしょう」

 

 何の躊躇いも、感情も見せず、カヤはその現実をFOX小隊へと突きつける。それは然もすれば当てつけの様に聞こえるだろう。つまり、これからは自分達の後輩が敵として立ち塞がる可能性があるのだ。当然、部隊内に動揺が走った。

 ユキノが息を呑む。

 だがそれは、後輩が敵になる可能性に思い当たったからではない。

 カヤの一言に、漸く事の真相――その一端を掴んだ気がしたからだ。

 

「……成程、そういう筋書きか」

「……隊長?」

 

 漏れ出た呟きに、オトギが訝し気な声を上げる。しかし、声がユキノに届く事は無かった。

 そもそも、不自然な点が余りにも多かった。何の弁解も許さず拘束を行ったヴァルキューレ、拘留中に受けた不自然な扱いと尋問。全く身に覚えのない証拠の数々と、先程カヤが口にした言葉。

 それらを一つ一つ繋げ、ユキノは仮説を立てる。

 何故、もっと早く気付けなかったのか。ユキノは自身の額を軽く指先で小突き、奥歯を噛み締めた。

 

「――ヴァルキューレ警察学校は、防衛室の管轄だったな、不知火防衛室長」

 

 それは何て事のない、誰もが知っている様な事実だ。だが今回の一件に於いては、非常に重要な意味を持つ。

 低く、唸る様なユキノの言葉に、カヤはデスクに軽く寄り掛りながら相も変わらず薄らとした笑みを貼りつけ、頷きを返した。

 

「えぇ、そうですが……それが何か?」

「その権限を使えば、証拠の捏造は容易い、という訳か」

「――っ!?」

 

 思わず、その場に居た全員が息を呑んだ。ニコは信じられないという様子でユキノを見つめ、オトギやクルミは、まさかと云った驚愕の表情でカヤを凝視する。だが、「あり得ない」と口走る隊員は誰一人存在しなかった。それ程までに、この一件に対するあらゆる不自然さは際立っていたが故に。

 カヤは数秒沈黙を守り、それからふっと息を漏らす。

 

「……突然、何を云うかと思えば」

 

 カヤは呆れた様子で、大袈裟に肩を竦めて見せた。

 

「荒唐無稽な話ですね、全く以て馬鹿馬鹿しい」

「このような大掛かりな策略まで練って、一体何が狙いだ? SRTを閉鎖させる事が、何の利益を生む? SRTの生徒を取り込む為か、或いは――どこぞの企業に金でも受け取ったのか」

 

 しかし、ユキノは追及の手を緩めない。その口調は殆ど彼女の関与を確信しているようなものだった。

 

「以前あったカイザーインダストリー、第二工場の事件」

「………」

「憶えているか、不知火室長」

 

 その一言に、カヤは静かに口を噤む。思い返すのは自分達がSRTに所属したばかりの頃――SRT特殊学園という存在そのものが、世間に殆ど知られていなかった時代。瞼を閉じれば嫌でも蘇る、数多の閃光、カメラのフラッシュ。

 あの時は、不知火室長では無かった。

 しかし――そうだ、あの時も。

 

「――あの件にも確か、防衛室が絡んでいたな」

 

 鋭く、切り込む様なユキノの声。

 秘密裏に製造、保管されていた条例違反の誘導弾頭。あの作戦中に入手した機密文書、そこには複数のメンバーが金品を受け取り、弾薬工場の安全報告書を捏造していた旨が記載されていた。

 その中にはカイザーグループと、連邦生徒会防衛室の名があった筈だ。

 そしてユキノは暗闇の中、左右に並ぶPMCへと視線を向ける。この建物もカイザーグループの所有物、そして立ち並ぶこのPMC(オートマタ)の所属は。

 

 ――カイザーPMCだ。

 

「うーん」

 

 その指摘に対し、カヤは慌てる訳でも、怒りを見せる訳でもなく。寧ろどこか困ったように指先で顎を撫でつけると、不気味な程落ち着いた声色で答えた。

 

「そうですね、色々云いたい事はありますが、私は寛大です、今の発言は聞かなかった事にしましょう」

「――何?」

「ですがまぁ、確かに、余り回りくどい云い回しも面倒ですからねぇ」

 

 コツコツ、と。

 靴音を鳴らしデスクをぐるりと一周したカヤは先程まで掛けていた椅子を引き、乱暴に腰を下ろす。軋む音が響き、彼女は指先を組むと真っ直ぐFOX小隊へと視線を投げかけた。細く、絞られていた瞳が開き、その眼光が四人を捉える。

 

「――取引をしませんか、FOX小隊の皆さん?」

 

 それは余りにも唐突な提案だった。面食らったFOX小隊を前にしてカヤは立ち並ぶPMCを一瞥し、静かに唇を舐める。

 

「私は今、武器が欲しいと思っています」

「……武器だと?」

「えぇ、命令には諾々と従い、完璧に任務を遂行する優秀な武器(手駒)です――今後私が連邦生徒会長という椅子に座る為に、それは必要不可欠なものとなるでしょう」

 

 ――連邦生徒会長。

 

 その言葉が耳に入った瞬間、FOX小隊の四名は彼女を信じられないといった瞳で見つめる。カヤの目的が明らかになった瞬間だった。しかし、その内容は余りにも衝撃的で、想定外で、思わず言葉に詰まる。背中にじっとりと染み出した冷汗を感じながら、ユキノは慎重に問いかけた。

 

「……本気か、防衛室長」

「この様な事、伊達や酔狂で口にする訳がない――理解している筈ですよ、貴女方なら」

 

 淡々と、何ても無い事の様に紡がれる言葉。その通りだ、こんな内容を冗談でも口にする筈がない。ましてや防衛室長などという役職に就いている人物が。

 その言葉の重みを、理解しているが故に。

 

「可笑しな話だと笑いますか? ですがそもそも現状が可笑しな話なのです、『あの』連邦生徒会長が行方を晦ませ、代行として統括室の首席行政官――七神リンが連邦生徒会長代行の椅子に座っている事自体が」

「………」

「しかし、これは同時に好機(チャンス)でもあります、決して届かなかった連邦生徒会長という頂点の座、超人のみ座す事が許されたその場所に、私が至る為の……」

 

 声は徐々に軽薄さを失い、代わりに何か、云い表す事の出来ない昏さの様なものを含み始める。粘ついた感情、嫉妬や羨望と云った、今現在その椅子に腰掛ける人物に対する悪感情が、仄かに滲み出しているのだ。

 

「えぇ、そうです……私だって至れる筈」

 

 不知火カヤは想う――あの女が座せるのならば、自分とてその資格はある筈だと。

 煌々と輝いていた頂点の座、そこに嘗て腰掛けていた人物の能力の高さ、人望、才覚を知っているからこそ手を伸ばそうとは思わなかった。比較するのも烏滸がましいと感じてしまう程の差が、【彼女】(連邦生徒会長)には存在していたからだ。

 

 しかし――七神リンは、違う。

 

「――引き摺り降ろすつもりか、現代行(七神リン)を」

 

 ユキノは戦慄と共に呟いた。

 それに対し、カヤは綺麗に微笑む。

 彼女は明確な答えを返さなかった。

 しかし、浮かべたその笑みが全てであった。

 

「現状に不満を抱いていたのは、貴女達も同じ筈ではありませんか、FOX小隊の皆さん?」

「……不満?」

「えぇ、連邦生徒会長が失踪した今、SRTは宙に浮いたまま、このまま彼女が帰還しなければ特殊学園とは云えただの金食い虫に過ぎない、その性質上あの学園は運営に多額の予算を必要としますから、そんなものの維持をいつまでも許す連邦生徒会ではありません、いずれ必ずあの学園は閉鎖に追い込まれていました」

 

 武器とは、担い手(責任を負う者)が居て初めて役割を果たすのです。

 カヤは力強く断言した。担い手の存在しない武器、矢鱈めったらと暴発する武器に価値は無い。必要な時に、必要な相手に、必要な分の役割を全うする。SRTとはその為に存在している学園だろうと。

 武器には担い手が必要だ――そしてカヤは今、優秀な武器()を欲している。

 

「このまま飼い殺しにされて卒業、何て最後は余りにも虚しいでしょう? ですから、そう、正しく貴女方の価値を理解し、SRTを運用できる者がトップに立つ方が、貴方達にとっても、そして貴女達の後輩にとっても都合が良いではありませんか」

「………」

「約束しましょう、私が連邦生徒会長の椅子に座った暁にはSRT特殊学園を正式に復活させ、これまで通り――いえ、それ以上の環境と活躍する未来を用意すると」

 

 貴女達も、そして後輩達も、その為に過酷な訓練を経て、狭き門を潜り抜けたのでしょう?

 

 両手を広げ、彼女は朗々と謳う。

 それは甘い毒だった、まるで童話に出て来るような魔女の如き。それが明らかに自身の持つ正しさと解離した行動であると理解していても、用意周到に張り巡らせた蜘蛛の糸は、彼女達の手足を知らぬ間に雁字搦めにする。

 口内が渇いていた、それは彼女達が滅多に感じる事のない身体の強張りであった。

 

「これはその為の、謂わば必要な犠牲、大事の前の小事です」

 

 揺らぎなく、彼女は云い切る。

 暗闇で薄らと輪郭を保つ瞳に後ろめたさは無く、語り掛ける口調は自信に満ちている。彼女は信じているのだ、自分自身を。自分ならば成し遂げられると、腹の底から確信しているのだ。

 

「より大きな正義を為す為に、小さな(雑事)を見逃す、何も難しい事ではないでしょう? このまま何もしなければ、貴女達FOX小隊は単なる指名手配犯なのですから――私ならば貴女方の汚名を晴らせます、えぇ、防衛室とヴァルキューレの総力を挙げて」

「っ、よくもそんな、都合の良い事ばかり云えたものね――ッ!?」

「やめろ、クルミ」

 

 カヤは遠回しに、自身の関与を認めている。自分達をこんな状況に追い込んだのは彼女自身だ、これは確信だった。マッチポンプ以外の何物でもない。

 そんな正当な怒りと共にクルミが声を荒げれば、その矛先がカヤに向けられる直前でユキノが制止を口にした。

 踏み出したクルミの前にユキノの腕が突き出される。「何故」、と言葉にしようとして――クルミは自身の胸元を抑えるユキノの掌が震えている事に気付いた。

 それは堪え切れない怒りから齎されるものか。暗闇の中で煌めく赤い瞳が、カヤを真正面から射貫く。

 

「貴女達の可愛い後輩も、輝かしいSRTでの未来を望んでいるのではありませんか?」

「………」

「私と手を組めば、現在ヴァルキューレに転入した後輩達も再びSRTへと復学が叶うでしょう」

 

 ギシリと、カヤは背凭れに体重を掛ける。デスクの上に放られていた一枚の紙切れ、それをカヤは静かにユキノの前へと滑らせた。

 

「それを踏まえた上で、賢明な判断を」

 

 同時に手前へと放られ、転がる一本のペン――突き出された書類、その内容は近付かなければ確認出来ない。

 しかし、凡その予測は可能だった。

 カヤは指先同士を絡め、ゆっくりとデスクに肘を突き此方を見上げる。

 特徴的で、悍ましいとすら表現出来る翡翠色の瞳が、ユキノを捉えていた。

 

「――ユキノ小隊長」

「………」

 

 双方の間に沈黙が降りる。

 差し込んだ月光が雲に遮られ、暗闇が落ちた。

 誰もが口を噤み、ユキノを注視していた。

 目の前に存在するコレは、契約だ。自分達が物云わぬ武器となり、不知火カヤの武器(防衛室の尖兵)となる事で――SRT特殊学園を復活させるという。

 一歩、ユキノは前へと踏み出した。デスク越しにカヤを見下ろし、双方の視線が交差する。

 

「最初から」

 

 声は、微かに震えていた。

 

「最初から、こうするつもりだったのか」

「――さて、何の事でしょう?」

 

 惚ける様に、カヤは微笑みと共に答えた。何をどう問いかけても、最早真面目に向き合うつもりはないのだと分かった。

 差し出された書類――契約書に視線を落とし、ユキノは口を噤む。

 

「貴女方FOX小隊の行動がもう少し遅く、ヴァルキューレによる(私達の)拘留を受け入れていれば――もっと早くにこの話が出来たかもしれませんけれどね?」

「………」

 

 それは嫌味か、或いは単なる感想に過ぎないのか。ユキノは転がされたペンを手に取り、握り締める。背後から息を呑む気配があった。FOX小隊の皆が、自身の背中を見つめている、それが分かった。

 十秒、二十秒――ユキノはペンを手にしたまま、動かない。

 それからややあって、手にしていたペンをデスクに転がし、彼女は重く閉ざしていた口を開いた。

 

「……少し、考える時間が欲しい」

「あら」

 

 驚いた様に、カヤは目を見開く。

 

「それは自分達の立場を理解した上での発言でしょうか?」

「……現状は理解している、だが直ぐこの場で返事が出来る程、軽い選択ではない」

 

 感情を押し殺し、放たれる言葉。そこに嘘は無い。目を伏せたままユキノは力なく続けた。

 

「私達にも、SRTにて育んだ信念がある――それを曲げる決断をするには、余りにも時間が短い」

「……ふぅ」

 

 カヤは僅かに逡巡し、それから少しだけ失望した様子でユキノを眺めていた。組んだ指先同士がデスクを叩き、彼女の内に秘めた僅かな苛立ちが垣間見えた。

 

「その決断力もまた特務には必要な素養でしょうに、ですがまぁ、構いません、確かにこれは貴女達と、その後輩達の今後を左右する大きな選択ですからね――良いでしょう、暫し猶予を差し上げます」

 

 それだけ云って、カヤは無造作に胸元のポケットから一枚のメモ用紙を取り出す。それを先程と同じように滑らせると、ユキノの前へと差し出した。

 

「……これは?」

「座標です、此処に私との連絡役を常駐させておきます、覚悟が固まったら足を運んで下さい、歓迎しますよ? あぁ、念の為云っておきますがその連絡役は、何も知らない単なる雇われです、捕縛や通報には一切の意味がない事を予め伝えておきます」

 

 差し出されたソレを摘まみ上げれば、確かに座標らしき文字と数字の羅列が並んでいた。念の為軽く折り曲げたり、裏表を注視するも、発信機の類は見当たらない。しかし警戒は怠らず、後でアルミシートの類で包む事を決め胸ポケットに差し込む。

 

「二、三日――では少々短いでしょうか? それならば一週間程、貴女達を追跡しているヴァルキューレの捜査の手を緩めましょう、一ヶ月近くも逃げ回ったのですから、この程度の時間は誤差です、御存じの通りヴァルキューレ(あそこ)(防衛室)の承認が無ければ動けませんので、どうかご安心を」

「………」

「あぁ、ですがなるべく早い決断をお願いしますね? 時間は貴女達の敵でもあるのですから」

 

 ニコニコと、屈託なく笑いながらそう告げるカヤの姿は質が悪い。悪辣とは正に、この様な姿勢を指すのだろう。一週間と云う大きな猶予は、どうせ自分達からは逃れられないという余裕の表れか。その予想は然程、間違っていない様に思える。何せ今のFOX小隊には頼れる仲間も、帰るべき場所さえ無いのだから。この悪事を世間にばら撒いたとして、指名手配犯として追われる自分達の声など――誰が耳を傾けると云うのか。

 ユキノは無言を貫き、そのまま軽く右手で合図を出す。退却の仕草だ、それだけでFOX小隊は一言も話さずカヤを睨み付ける様に一瞥した後、部屋の出入り口へと足を向けた。

 

「ふふっ、本来であれば私の権限で強引にでも取り締まる事は出来るのですよ? 命令ではなく敢えて貴女達の意思を尊重し、一週間の猶予を与えているのは私の寛大さであり、器の大きさである事をお忘れなく」

「―――」

 

 去り行くFOX小隊の背中に向けて、カヤはその様な事を口走った。

 途端、ユキノの足が止まり、彼女の赤い瞳が肩越しにカヤを捉える。

 その視線には、多分に侮蔑の色が混じっていた。

 

「命令とは……笑えない冗談だな、防衛室長」

「冗談?」

「あぁ」

 

 そうだとも、酷い冗談だ。

 ニコやクルミ、オトギが扉を潜り部屋を後にする。そして最後にユキノがその縁に立ち、カヤを真っ直ぐ見据えたまま。

 彼女は力強く断言した。

 

「――私達に命令できるのは、連邦生徒会長(あの人)だけだ」

 

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