ブルーアーカイブを、もう一度。   作:トクサン

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誤字脱字報告、感謝致しますわ!


小さな兎の抱いた、大きな夢

 

「のわッ、痛っ、いたたッ!?」

「な、何でこっちの位置が分かるんだ!?」

「こっ、後退! 後退~!」

 

 周囲に生い茂る青々とした樹々、茂み、それらを切り裂いて飛来する弾丸。円型の防弾盾を構えながら進行していたヴァルキューレ警察学校の突入部隊は、想定していた方向とは全く異なる場所からの攻撃に浮足立ち、困惑していた。

 幾つもの弾丸が肩や腕、腹部を叩き、悲鳴を上げながらその場に蹲る。地面を跳ねる弾丸が樹木に突き刺さり、乾いた音を立てていた。

 その様子を茂みの奥、数十メートル後方から眺める人影があった。今しがたヴァルキューレ相手に銃弾の雨を浴びせた人影は、素早く移動しながら顔を顰める。

 

「――サーマルカメラも知らないのか、ヴァルキューレの連中は」

 

 声には多分に呆れが含まれていた。当たり所が悪かったのか、蹲って動かない仲間を引き摺り、何とか後退しようと試みるヴァルキューレの生徒達。ぐったりとした生徒の襟元を掴み、周囲を忙しなく見渡すその姿は多分に焦りが見える。

 心情的には理解できるが、あれでは唯の的だ――内心で吐き捨て、手にしていた愛銃を小脇に抱えると、端末で位置情報を確認。それからインナーイヤー型のヘッドセット、そのマイクに向かって口を開く。

 

「モエ、連中の足が止まった、手早くやってくれ、座標はVK4-0-4-5」

『くひひっ、りょーかいっ! 待ちくたびれたよ!』

 

 通信機越しに聞こえる仲間の歓声。それから後方より奇妙な羽音が鳴り響き、幾つかの影が頭上を通過していった。影は掌より僅かに大きい程度で、数は三機。

 

「こ、この音、まさか……」

 

 ヴァルキューレの生徒達もまた、その音に気付き身を硬直させる。そして振り向けば、木々の合間を縫って飛翔する影が複数。それらは赤いランプを点灯させ、薄暗い森林の中より迫っていた。

 サッと顔色を変えた彼女達は愛銃を抱き締め、蒼穹に悲鳴を轟かせた。

 

「じっ、自爆ドローンだぁッ!」

「た、退避~ッ!」

 

 ■

 

「うわっ、また爆発……!?」

「こっちに流れ弾、飛んでこないよね……?」

 

 遠くから、爆発音が響いていた。同時に樹々の一部が吹き飛び、破片が周辺に撒き散らされる。もう何度目かも分からないそれに対し、思わず弱々しい声を漏らしてしまうヴァルキューレの生徒達。

 

「局長! 突入部隊からの通信、途絶しました!」

「ちッ……!」

 

 子ウサギ公園前、405号線を横目に展開したヴァルキューレ警察学校は重苦しい空気に支配されていた。遠くから聞こえて来る爆発、銃声、それらが耳に届く度、通信機からは時折悲鳴染みた声が漏れる。

 作戦開始から既にどれだけの時間が経過しているのか、最初に突入を行った公安局は既に壊滅に近く、後から合流した警備局もまた同じ。たった一部隊にこのザマかと思う一方、相手の素性を考えれば何とも云い難い感情が湧き上がった。

 横付けされた装甲車両、ベアキャットに備え付けられた無線機を手放した彼女――カンナは座席脇に放っていた上着を掴むと、そのまま外へと飛び降りた。扉は開けっ放しであったが、車内と比較すると僅かに肌寒い。冬らしい寒風が頬を撫で、吐き出した吐息は直ぐ白く濁った。

 

「負傷者の回収はどうなっている」

「救護班が既に、加えて警備局の一部が援護に回っています」

「……負傷者の回収に手が足りなければ、封鎖用の装甲車を使え」

「はっ、了解しました!」

 

 カンナがそう指示を出せば、入り口付近で通路を封鎖していた装甲車がエンジン音を鳴らしながら走行を開始、公園内部へと走り去っていく。監視システムがあれば搭乗したまま索敵が可能で、スナイパーポートから外部に射撃も行える。収納スペースには医療機材の類も揃っているし、負傷者救助に関しては問題ないだろう。

 寧ろ問題は、いつまで経っても事態を収拾出来ない現状にあった。

 

 走り去る装甲車を横目に、カンナは周囲を見渡す。公園入口となる広場には、既にボロボロとなったヴァルキューレの生徒達が公安局、警備局問わず運び込まれていた。即席で設置したテントの下には幾人もの負傷者が寝転がり、時折痛みに呻いている。此処は宛ら野戦病院か何かか、思わずそう内心で呟いてしまう程。

 順次近隣の病院へと搬送を開始しているが明らかに手が足りない、辛うじて動ける生徒は皆治療や運搬、防衛線の構築に手一杯で、どう見ても作戦継続は困難な状況であった。

 

「救護班とは別に動かせる人員は、後どれくらい残っている?」

「えぇと、公安局から出動した部隊は先程の戦闘で殆ど……警備局からの応援で駆け付けた部隊も、その、つい一つ前の突入で」

「……そうか」

 

 言葉を濁し、視線を横に流す生徒。その報告を聞いたカンナは溜息を押し殺そうとして、失敗した。自然と眉間に皺が寄り、指先で額を揉み解す。

 

「これ以上騒ぎが大きくなる前に、事態を収拾する必要がある、そろそろクロノスの連中が嗅ぎ付けて来てもおかしくない」

「はっ……!」

「だが、こうも戦力が無くては……」

 

 苦々しく呟かれた声には、強い葛藤が混じっている。負傷した公安局や警備局の生徒は後ろに下がらせるとして、そうなると現状戦闘可能な生徒は一体何名残るのか。百名近い生徒を動員してこの結果なのだ、高々十名足らずの戦力でどうにかなるとも思えなかった。

 

 ――かと云って生活安全局のバカ共を動員するのも。

 

 そんな言葉をカンナは辛うじて飲み込む。

 ヴァルキューレ警察学校で動かせる部隊で無傷なのは、現在生活安全局位なものである。まさか、交通局や情報通信局に話を持って行く訳にもいかない。勿論、それを云うのならば生活安全局もそうなのだが――彼女達の場合、戦力的な意味合いが強かった。

 そもそもの話、生活安全局に応援を要請してどうなるというのか。対テロ業務特化の公安、武力鎮圧に慣れている警備局ならば兎も角、市民対応が主な彼女達に戦力となる事を期待する方が酷である。

 そうなると、現状の戦力で対応する他ない訳だが――つまり、堂々巡りだ。

 

「えっと、どうしましょう、局長……?」

「待て……今、考えている」

 

 恐る恐る問いかけて来る部下の声に、頭を抱えたままカンナは頭上を仰いだ。いよいよとなれば他所の自治区に応援を要請する他ないだろう。各学園の風紀委員会相当の部活動に出動を願えば、鎮圧の目途も立つ。

 しかし、それはヴァルキューレ警察学校として避けたい事態でもあった。ヴァルキューレとしてもそうだが、防衛室の面子も潰す事になる。そうなった場合防衛室長(カヤ室長)にどの様な言葉を掛けられるか、想像するだけで気が重かった。

 しかし、こうしている間にも部下は傷付き、阿鼻叫喚の地獄が生み出されて行く。騒動をこれ以上大きくしない為にも、決断は早い方が良い。

 カンナは苦り切った表情を隠さず、防衛室に他自治区への応援要請を願い出ようと、ポケットに突っ込んでいた端末に手を伸ばした。

 

「――中々大変そうな状況だね」

 

 しかし彼女が端末の画面を点けるよりも早く、カンナの背後からこの場に相応しくない温厚な声が聞こえて来た。

 振り向けば、先程装甲車が封鎖していた公園入口、そこからゆったりとした足取りで歩み寄る人影が一つ。木陰に覆われ表情は伺えないが、白い外套が風に揺られて靡いている。明らかにヴァルキューレ警察学校の関係者ではない、しかし周囲を固めていた生徒達が止める様子はなく、人影は悠々と此方に足を進めていた。

 ひと目でわかる、部外者だ。一体何だと云うのか、こんな忙しい時に――カンナは視線を鋭く変化させ、苛立った口調で声を上げる。

 

「おい貴様、此処は関係者以外立ち入り禁止だ、戦闘中なのが見て分からないのか――」

「きょ、局長!」

 

 人影に向けて手を翳し、威圧的に対応するカンナに向けて、直ぐ傍にに立っていたヴァルキューレの生徒が慌てて声を上げた。一体何だと疲れ果てた視線を向ければ、ブンブンと勢い良く首を横に振る生徒。疑念が湧き上がり、改めて近付いて来る影に視線を向ければ――見覚えのある顔と腕章が目に入り、思わず声が上ずった。

 

「せっ、先生ッ!?」

「やぁカンナ、久しぶり」

「――整列ッ!」

 

 微笑みながら片腕を挙げる先生に対し、ヴァルキューレ警察学校の生徒達が一斉に整列し先生を出迎えた。シャーレの性質上、ヴァルキューレ警察学校とは何かと顔を合わせる事も多く、一般の生徒達にもすっかり顔を覚えられていた。先生は怪我をした生徒まで背筋を正し、胸を張って整列する姿に思わず心配げな色を覗かせ、窘める様にして首を振る。

 

「楽にして大丈夫だよ、忙しい時にごめん、無理はしないで」

「その、大変失礼しました、しかし……どうしてこの様な場所に、先生が?」

「連邦生徒会の方から頼まれてね、防衛室の代わりにシャーレが動く事になったんだ」

 

 そう云うと先生は小脇に抱えていた封筒をカンナへと差し出す。白いそれには、見慣れた連邦生徒会のマークと名が記されていた。

 

「これが連邦生徒会からの指揮権移譲文書(CTD)、確認をお願い」

「防衛室の代わりに、先生が、ですか」

 

 受け取ったカンナは恐縮した様子で封筒を受け取り、手早く中を検める。取り出した書面の内容は先生の口にしたものと一致していた。下部にはきちんと現防衛室長のサインもある、先生が嘘を吐く等思ってもいないが、何処から見ても連邦生徒会からの正式な書類だ。カンナは封筒へと書類を戻し、深く頷きを返した。

 

「確認しました、そう云う事であれば、この場の指揮権は先生に」

「うん、確かに預かったよ――早速で悪いけれど、状況は?」

「見ての通りと云いますか、此方の動員できる生徒は殆ど残っておらず、士気も最低です、当初は数的有利で制圧するつもりでしたが、向こうの保有する火力が出鱈目で……」

「SRTの装備は色々な意味で特別だからね、正面戦闘は分が悪いかもしれない」

 

 首筋を撫でながら弱り切った表情を浮かべるカンナは、装甲車の助手席に放られていた端末を手に取り画面を点灯させる。其処には現在ヴァルキューレが収集した情報が記載されており、現在に至るまでの作戦内容、被害状況、分かっている範囲での相手の武装や位置情報。そして今回の騒動を起こした生徒達のプロフィールが綴られていた。

 

「公園に立て籠もっている生徒に関して、分かっている事は?」

「SRT特殊学園所属、一年生チームのRABBIT小隊です、構成は四名、部隊練度も高く非常に厄介と云わざるを得ません」

 

 告げ、カンナは端末の画面に四名の生徒――その顔写真と詳細を表示させる。学生証の写真をそのまま利用しているのだろう、正面から彼女達を捉えた写真はハッキリしており、細かな情報まで記載されていた。カンナは表示されたそれを先生の視界に映る様に差し出す。

 

 月雪ミヤコ。

 空井サキ。

 風倉モエ。

 霞沢ミユ。

 

 SRT特殊学園、RABBIT小隊は以上の一年生四名で構成されている。先生は画面に並ぶ顔ぶれに一瞬目を細め、どこか懐かしそうに笑みを零した。それは感傷に過ぎない、しかし表情の奥にはどうにも堪え切れない、もどかしさがあった様に思う。カンナは先生の内心の変化に気付く事無く、一名一名のプロフィールを拡大しながら言葉を続けた。

 

「本来であればSRTの閉鎖に合わせ、彼女達もヴァルキューレ警察学校に転校する予定だったのですが――何を思ったのか、突如この公園を占拠し、デモを開始しました」

「そっか……彼女達の為にも、此処まで事が大きくなる前に、穏便に済ませられたら良かったのだけれど」

「仕方ありません、余りにも突然の事でしたので、誰にも予想など出来ないでしょう」

 

 カンナの言葉に無言を貫き、先生はふと頭上を見上げた。奇妙な駆動音が聞こえたのだ。目を凝らせば、青い空を飛び回る小さな影が目に入った。カンナもまたその存在に気付き、目元に掌で影を作りながら口を開く。

 

「あれは、ドローンかな」

「えぇ、恐らくクロノスの中継用ドローンでしょう……どうやら、連中に嗅ぎ付けられた様です」

 

 直ぐ取材班が駆け付けて来るでしょう、全く以て頭の痛い事です。連中は許可などお構いなしに撮影を強行しますから。

 カンナはそう云って溜息を零した。実体験から来る、重い息だった。まさかと思い動画配信サービスに接続し、クロノスの名で検索を行えば――直ぐに該当の配信が目に付く。それを見たカンナは口元を引き攣らせ、掌で顔を覆った。

 

「あぁ、もうネット上に公開されている……!」

 

 忌々しいとばかりに呟くカンナの手元を覗き込めば、そこには丁度子ウサギ公園上空から撮影する、ドローンの映像が配信されていた。

 

 ■

 

「ありゃ、網に一機引っ掛かったね」

「網? もしかして検出システムか?」

「そうそう、このモデルは――ヴァルキューレじゃなくて、クロノスのドローンかな」

 

 RABBIT小隊が自陣の上空からドローンにて撮影されている事に気付いたのは、ドローン検出システムによるものだった。ECCM(電子防護)は万全であり、特にアンチドローンに関しては複数の対策を用いている。設置した野営テント内部でモニタを監視していたモエはいち早くドローンの存在に気付き、上機嫌に告げた。

 低高度レーダーにより大まかな位置を検知し、赤外線カメラにより熱源を検知、同時にAI画像認識を行い複数の飛翔体からドローンの判別を可能とする複合型検知システム。多段階検出プロセスを経た結果画面に表示されるドローンに対し、モエは飴を口に含みながら締まりのない笑みを向ける。

 サキはモエの監視するモニタを覗き込むと、そのままマップデータを記憶し、野営テントを後にする。入口のドアフラップを払い空を見上げると、雲を背にした黒い小さな影が見えた。

 

「あの位置、方角なら……あの影がそうか」

「だね、って云うか隠れる気ゼロじゃん、めっちゃ堂々と飛んでいるし」

 

 カメラを回しながら自分達を見下ろすドローン、撮影や録音の為だろう、RABBIT小隊が用いるドローンと比べると比較的大型に見える。尤も、この距離では殆ど黒い影にしか見えないが。

 野営テントから外へと出たモエとサキは無遠慮に自陣を撮影するドローンを見上げ、目を細める。サキは不機嫌そうに、モエは反対に面白そうな様子であった。

 

「クロノスのドローンなら、この距離からでも音は拾えるか」

「そうじゃない? ドローンって事はノイズキャンセリングとかウィンドジャマーを積んだ小型のショットガンマイク、もしくはパラボラマイクだろうし、単純な音質とかの話ならSRT(こっち)と良い勝負かも」

「……ふん、気に食わないな」

 

 鼻を鳴らし、小脇に抱えた愛銃を揺らしながらサキは吐き捨てた。クロノスはその性質上、取材の為に金銭は惜しまないだろう。あのドローンも一機幾らの値が付くか。それは兎も角、こうもジロジロと観察されては不快感が勝る。サキはドローンに向けて指を突きつけると、声を張り上げ云った。

 

「おい、いつまで見ている! MANPADS(携帯式防空ミサイル)でも喰らいたいのか!?」

「くひひ……まぁまぁ、そこまで神経質になるなってサキ、どうせもう戦況は覆らないでしょ、今更撮影されたって何の問題もないし、ジャミングを警戒してか敷地内までは入って来ないみたいだし?」

 

 当然、ドローンが自陣に侵入した場合の対策も存在する。妨害電波、DRFMジャミング、物理的な方法としてネットガン(網発射装置)の用意もあった。無論、何時までも撮影を許す程、RABBIT小隊は甘くない。しかし、それらの手段でドローンを無力化したとしても、派手さもないし、面白くないなぁ――なんて風にモエは内心で言葉を漏らす。

 しばしドローンを無言で見上げていたモエは、ふと思いついた様に手を打った。

 

「そうだ、どうせなら連邦生徒会の愚かさについて宣伝でもしてあげたら良いじゃん、丁度良いよ、手間が省けてさ」

「は? あ、おい、モエ!」

「いぇーい、連邦生徒会の連中見てる~? お前らの考えが間違いだったって、そろそろ分かったんじゃない?」

 

 サキが何かを口にするより早く、モエは咥えていた棒付きの飴を上下させ、ドローンに向けて挑発的な笑みを浮かべながらピースサインを掲げた。暫し仲間の行動を呆れた顔で見守っていたサキだが、鉄帽を指先で押し上げながらドローンを再度視界に捉え、肩を竦める。

 

「……まぁ折角だし、此処まで事を大きくしたなら、私も便乗して意思表明の一つくらいしておくべきか」

 

 どうせ今から何をしようと、ヴァルキューレと揉めた以上無罪放免とはならない。ならば精々、自分達の主張を広く知って貰う方が有意義だろうと、そんな風にサキは思考を切り替える。こほん、と咳払いを一つ。二度、三度、声の調子を確かめた彼女は、そのままモエの隣に足を進めると滞空するドローンに向けて叫んだ。

 

「おい、連邦生徒会! 良く聞けッ! 私達が此処にいる限り、SRT特殊学園は終わらない! 先輩達に冤罪まで着せて、絶対に許さないからな! 覚悟しておけッ!」

「おっ、良いじゃんサキ、どんどん啖呵切っちゃえ~! くひひっ!」

 

 やいのやいのと、此方を見下ろすドローンに向けて盛り上がる二名。SRTとしては相応しくない姿かもしれないが、やっている本人達からすると存外心地良かった。

 メディア対応なぞ知った事かと、SRTで学んだ要綱を投げ捨てて堂々と非難を口にする事は、今まで腹に沈めていた泥の様な感情を全て吐き出せるような感覚もあり、爽快な気分になれる。

 

「――サキ、モエ、余計な挑発は慎んで下さい」

 

 しかし、そんな高揚感に身を任せる二人を背後から窘める声が響いた。

 振り向けばRABBIT小隊の小隊長――月雪ミヤコが、何処か咎める様な色を滲ませ佇んでいる。先程までのヒートアップした様子はどこへやら、サキは露骨に表情を変え彼女の名を口ずさむ。

 

「……ミヤコ」

「私達に今必要なのは戦闘を通じて交渉に有利な立場を手に入れる事、それ以外の行動――ましてや相手を煽る様な言動は危険です、顰蹙を買うような真似は控えて下さい」

「えー、何それ、つまんないなぁ、ミヤコはいっつも真面目なんだからさぁ、こんな時くらい緩く行こうよ」

 

 端末を片手に冷然と告げるミヤコに対し、唇を尖らせるモエ。しかし彼女がモエの軽口に取り合う事は無く、ただ淡々と首を横に振るだけであった。

 サキはその気取ったようにも見える姿勢が、何となく気に食わなかった。無論、本人にそのつもりが無い事は理解している。それ故に、込み上げる苛立ちを喉奥に呑み込み、サキは地面を爪先で蹴飛ばし告げた。

 

「……ふん、だがアレをいつまでも放っておくのは問題だろう? 此方の作戦行動が筒抜けになる前に、消し飛ばした方が良い」

 

 意志表明は既に済んだ。ならばドローンを消し飛ばす事に何の躊躇いも無い。そして、肝心なその方法だが――そこまで考え、サキは自身の背後でモエが瞳を輝かせている事に気付いた。心なしか、その瞳の奥には期待が滲んでいるようにも見える。

 サキは一瞬考えを巡らせると、ぽんと手を打つ。

 

「そう云えば、学園から引っ張り出して来た弾薬は結構余っていたよな?」

「弾薬ですか?」

「あぁ、SRTから大量に持ち出した奴、期限が近い奴もあっただろう」

 

 この子ウサギ公園でデモを行うと決めた際、RABBIT小隊はSRT内部に保管されていた弾薬を持てるだけ持ち込んでいた。どうせ学園が閉鎖されてしまったら、廃棄されるかヴァルキューレに譲渡されるか、或いは民間か何処かに放出されるだけなのだ。ならば自分達が使える分だけ使ってしまおう、という魂胆であった。

 学園内の訓練でも、此処まで潤沢な火器、弾薬はまず扱えない。そう思うと、サキの中にある好奇心や興味がむくりと首を擡げる。

 

「テストも兼ねて、ドローンに何発か撃ってみても良いんじゃないか?」

「えー、何々、サキってば面白そうな事考えているじゃん!」

「普段なら絶対出来ない事だしな、火器の調子も確かめたいし、弾薬もどうせ駄目になるなら腐らせるよりは消費してしまった方が良いだろう」

「良いね、最高! やっちゃう? ド派手にやっちゃう? 折角ならあるだけ全部使っちゃえば、打ち上げ花火みたいで綺麗じゃない?」

「まぁ、それでも別に構いはしないが……」

 

 流石にあるだけ全部と云うのは少々行き過ぎだが、消費期限が近いものを全部使ってしまうというのなら問題ない気もした。それに、それだけ大量の弾薬を消費した攻撃は――きっと想像もできないような、凄まじい威力を誇るのだろう。

 SRTの訓練でも見られないような光景だ、そう思うと少しだけ胸が躍った。サキは鉄帽を被り直しながらドローンの真下辺りを指差す。

 

「なら、ドローンを含めてあの辺り一帯を火砲で吹き飛ばすか」

「おっけー、直ぐ準備する!」

「……そう云えば、何か忘れている様な?」

『あ、あのぅ、もしかしてそれ、私の事……?』

 

 サキがドローンを見上げながら首を傾げると、不意に通信機より声が聞こえた。弱々しく、下手をすると聞き逃してしまいそうな程か細い声だった。

 

『ば、爆撃するなら、私の居る所は巻き込まないでね……?』

「……あ」

 

 思わず、と云った風に声が漏れる。今の今まで失念していた――RABBIT小隊の四人目。丁度ドローンの真下辺りに、最後の一人である彼女が潜んでいた事をサキは思い出した。どっと冷汗が滲み、サキは慌てて捲し立てる。

 

「あ、あぁ、分かっている! 忘れていた訳じゃないから、心配するな!」

『そ、そっか、うん……ところで私、もう帰って良いかな? 相手も居なくなったし、それに――』

 

 言葉を濁し、ごそごそと身動ぎする音が向こう側から聞こえて来る。それから微かに葉が擦れる音、小鳥のさえずりが耳に届いた。

 

『この辺り何だか、その、湿っぽくて、虫も多いし、さっきから小鳥が私の頭を突いて来たりして……ひとりだと、何だか怖いし』

「はぁ……おいミユ、SRTのエリートが、高々虫程度で泣き言を漏らすな」

 

 何だそれはと、サキは思わず呆れた様子で声を返した。

 

「いつまでもそんな軟弱な事を云うなら、今からでもヴァルキューレに行けば良いだろう? あそこなら不快な事もない、不安も無い、そんな毎日を過ごしながら安穏と交通整理でもしていれば良い」

『そ、それは、その――……』

 

 サキのやや棘を孕んだ言葉に、生来の内向的な性格が災いして黙り込んでしまうミユ。彼女は狙撃手としての役割柄単独行動が多く、長時間小隊と離れ潜伏する事が殆どだが、それ自体を本人が恐れている様に見えた。しかし、それが彼女の役割なのだから仕方ないと、サキは強い口調で断じる。

 

「まぁまぁサキ、別に良いじゃん、ヴァルキューレ程度なら私達でも簡単に撃退出来るって分かったし、ミユを呼び戻したって問題ないって、それよりドローンを撃墜するんでしょ? ミユ、そっちから目視出来る?」

『あ、うん……了解』

 

 モエがドローンの目視、その可否を問うと、彼女は小さく肯定の言葉を返し僅かな衣擦れの音と共に移動を開始した。恐らく頭上を葉に覆われた場所で潜伏していたのだろう。ミユから報告が上がる間、モエは上機嫌な様子で端末を操作し、火砲の用意を進める。

 しかし、それに待ったを掛ける生徒が一人。

 

「――サキ、モエ、待って下さい」

「ん?」

「……何だ、ミヤコ」

 

 二人に制止の声を上げたのは、RABBIT小隊の隊長であるミヤコ。彼女は今まさにドローンに向けて過剰な攻撃を敢行しようとしている二人に対し、険しい表情を浮かべながら一人反対意見を述べた。

 

「ドローンに向けて火砲を使うなど明らかな過剰火力です、不要な射撃は推奨しません、只ですら今は補給も期待できない状況だというのに、こんな時に無駄な消耗など――」

「だぁッ、うるさい! 何故、お前が私に命令する!?」

「……ま、元々全員同じ一年生だしねぇ」

 

 懇々と攻撃の無駄を説くミヤコに対し、唐突に声を荒げて遮るサキ。そこには隠し切れない煩わしさが滲み出ていた。モエも腰掛けた折り畳み式チェアを軋ませながら、どこか退屈そうに同意を示す。

 RABBIT小隊は全員が一年生で構成されている、彼女達がSRT特殊学園に入校してから半年以上経過するが――逆に云えば、半年しか経過していないとも云える。

 モエは咥えていた棒付きの飴を指先に挟むと、視線を横に逸らしながら呟きを漏らした。

 

「連邦生徒会長も消えちゃったし、学園っていう(しがらみ)もなくなった以上、もうミヤコの命令を聞く必要も無いかなぁ」

「で、ですが作戦行動に於いての小隊指揮権は――」

「それは連邦生徒会から与えられたものだろう? お前を隊長に選抜したのは連邦生徒会長じゃない、SRT特殊学園を閉鎖させた連邦生徒会だ」

 

 そんなものが、こんな状況でどれ程の意味を持つのか。

 サキの無言の抗議に、ミヤコは思わず黙り込んだ。それは彼女の言葉に正当性を感じたからではない。彼女達の持つ連邦生徒会への潜在的な不信や不満と云ったものを、強く肌身に感じたからだった。SRTが従うべきは連邦生徒会ではない、あくまで自分達に命じる権限を持つのは、連邦生徒会長ただ一人。

 その自負や自尊心が、連邦生徒会という組織を通して下された小隊長の肩書を軽視する結果に繋がっていた。

 ミヤコはただ口を一文字に閉じ、何かを思案する様に沈黙を守る。

 

『……ドローンの座標、確認したよ、高度四百、距離千九百、方位0-3-0――』

「良し、モエ、やるぞ」

「くひひっ! りょーかい」

 

 そういうしている内に通信機よりミユの声が響き、サキとモエの両名はドローンに対する攻撃態勢に入った。そんな彼女達の背中を見守りながら、ミヤコは一人自身の持ち場へと踵を返す。今更何を云っても、彼女達が止まる事はないだろうという確信があった。

 しかし、たとえ理解を得られなかったとしても、自身の責務は果たさなければならない。この行動(デモ)の始まり、その切っ掛けは自分にあるのだから。

 

「………」

 

 現状ヴァルキューレを撃退し、優位を保っているRABBIT小隊ではあるが、いつまでもこの状況が続く筈がないとミヤコは理解していた。連邦生徒会から譲歩を引き出し、SRT特殊学園を復活させるまで、自分達は負ける訳にはいかない。故に防衛陣地を固め、どのような部隊が攻め込んで来たとしても撃退出来る状況を整えておく必要がある。

 その為にも、今は弾丸の一発すら無駄に出来ない。

 

「――絶対に諦めません」

 

 呟き、ミヤコは拳を握り締める。その瞳に強い光を湛えて。

 輝きはSRTに入学して以来、一度たりとも失われた事が無い。それは学園が閉鎖に追い込まれたと聞かされた時でさえも。

 彼女は決意する、絶対にSRT特殊学園を取り戻すのだと。

 そして、たとえどんな困難が立ちはだかったとしても。

 

 ――自身の憧れた、屈強な正義(色褪せない正義)を貫くのだと。

 

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