画面一杯に広がった爆炎、そして同時に暗転し、けたたましい破砕音が響く。それらの事からドローンが撃墜されたのだと分かった。横合いのコメント欄には幾つものメッセージが流れ、消えて行く。画面を眺めていたカンナは口元を引き攣らせ、思わず呟いた。
「中継ドローン、ロストした様です……ヴァルキューレの物じゃないと分かっているだろうに、それでも撃墜するのか――何であんな連中がSRTに入学できたのか、まるで理解出来ません」
「何だかんだ、皆元気そうで良かったよ」
ドローンの撮影した映像越しとは云え、久方振りに目にした彼女達の姿に先生はしみじみと頷く。それを見たカンナは画面に映るSRTの姿を思い返し、失笑を零した。
「元気? 御冗談を、『バカ』の間違いでしょう」
あんな醜態をメディアに晒す様な生徒がSRTなど、にわかに信じられないレベルだ。加えてドローン一機にあの攻撃規模、とてもマトモとは思えない。カンナは端末のモニタを消灯すると、そのまま横合いの装甲車、その座席に放る。浮かぶ表情には呆れもあったが、現状に対する歯がゆさも感じられた。
「しかし単なるバカならまだしも、やたらと力と装備を持ったバカです、下手に放置も出来ない以上、厄介な事この上ありません」
「そう云えば、彼女達と交戦する前に話は聞いたのかな?」
「えぇ、それは勿論――一応公園を占拠された時点で交渉担当者は送りましたが、報告によると殆ど取り付く島もなく、お前達では話にならないと銃で追い返されたとの事です」
「……そっか」
カンナの返答に先生は暫し考え込むと、それから二度、三度小さく頷いて見せた。彼女達の要求は理解している、そしてヴァルキューレでは交渉の相手として不適切であると彼女達は判断しているのかもしれない。つまり彼女達と真正面から言葉を交わすには、相応の権限を持った責任者、彼女達が交渉に足ると考える人物でなければならないと。
もし、そうならば――考え、先生は顎先を指で擦る。
「それで先生、これから私達はどう――」
「カンナ公安局長~ッ!」
「……ん?」
これからの方針を先生に尋ねようとして、不意に背後から場違いに明るい声が聞こえて来た。振り向けば、十名程度の生徒が小走りで此方に駆けて来る姿が見える。警備局や公安局と比較すると比較的軽装で、心なしか纏う気配は柔らかい生徒ばかりであった。彼女達はカンナを前にして整列すると、ズレた帽子を被り直し、背筋を正して敬礼を見せる。
「生活安全局のキリノです、ただ今合流しました!」
「生活安全局一同、準備は完了しています……!」
「そもそも私達が来たからって、どうなる訳でもないと思うけれど、上からの指示で渋々出動~…って」
瞳を輝かせ、元気一杯と云った様子で声を上げるキリノと、それに続く生活安全局の生徒達。その表情は周辺の負傷者に塗れた惨状を見てか、強張っている様に思う。そんな彼女達の端っこで、明らかにやる気のないフブキはぐだっとした姿勢でカンナに崩れた敬礼を行っていた。そして、カンナの背後に佇む先生の姿に気付くと、パッと表情を変える。
「ってあれ、先生じゃーん!」
「えっ、あ、本当だ……!?」
「どうしてシャーレの先生が……?」
フブキの声で生活安全局の生徒達もまた先生の存在に気付き、仄かに浮足立つ。生活安全局もその業務上シャーレと顔を合わせる事が多い為、基本的に顔見知りが多い。先生が笑みを浮かべながら手を振って見せると、キリノは微かに跳ねたくせっ毛を揺らし、目を輝かせた。
「先生、奇遇ですね! もしかしてヴァルキューレの支援に来て下さったのですか?」
「こんな現場にまで駆り出されるなんて、先生ってホント大変だねぇ」
「久し振りだね、ちょっと連邦生徒会の方から応援を頼まれて……この一件は、今から私が指揮を担当する事になったんだ」
「先生が指揮を!?」
その一言にキリノのみならず、安全局の生徒達もワッと沸き立った。今回の一件、警備局や公安局が出払い、何やら手古摺っているという事で上から声が掛かったが――特殊な装備を身に着けた、特務の生徒達が暴れ回っているという話だ。自分達が出た所で、鎮圧など可能なのか? という不安と疑念が入り混じった感情があった。
しかし、先生の助力があるのならきっと上手くいく。そんなシャーレに対する実体験を伴う信頼が生徒達の表情には滲んでいた。
「先生が指揮を執るとなれば、既に勝ったも同然ですね! 先生のご助力さえあれば怖いものはありません!」
「ま、そうなると私達の出番はないっしょ、まだ警備局の方で動かせる生徒が何人か居るっぽいし、先生もセットなら私達は後ろから眺めているだけで――」
「――ちょっとごめんね、少しだけ待機していて貰って良いかな」
「うぇっ?」
先生が動くならば、自分達の様な弱小チームの力は必要ないだろう。そんな意図を込めて伸びをするフブキだったが――ふと目を開けると、先生が皆に一声かけ、公園の内部に足を運ぼうとしているのが見えた。何の躊躇いもなく、軽い足取りで公園内部に向かおうとする先生、その進行方向を一瞥しフブキは慌てて手を伸ばした。
「ちょちょ、先生どこ行くのさ? そっちは前線の方――……」
「うん、RABBIT小隊の子達と話して来ようと思って」
「はぁッ!?」
振り返り、何気ない様子で返された返答に対し、フブキは素っ頓狂な声を上げた。そして、それはフブキだけではない。カンナやキリノ、周辺に集っていた他の生徒達も皆同じ様に驚愕の色を貼り付け、絶句する。
「っ、正気ですか先生!?」
いち早く再起動を果たしたカンナは首を左右に振り、それから慌てて口走る。只ですら危険な相手だ、弾丸一発で落命する可能性のある先生が気軽に接触して良い存在ではない。しかしそんな事は知らぬとばかりに、先生はあくまで柔和な笑みを浮かべたまま云った。
「あぁ、護衛は要らないよ、私一人で十分だから、余り大人数で押しかけてもね」
「さ、流石におひとりでそんな事……っ!」
「か、考え直しなって、先生ッ!」
詰め寄るカンナに対し、キリノはあわあわとその場で右往左往する。どうすれば良いのか、判断が付いていない様だった。反してフブキは常のまったりとした動きとは異なり、先生の進行方向に素早く回り込むと、その腕を掴みながら必死に引き留めようと体重を掛けた。その表情にはらしくない、焦燥の色が滲んでいる。
「あいつら警備局と公安局の生徒、何十人単位って平気でボコったんだよ!? 回りを見れば分かるじゃん! マジで危ない連中だよ、やめときなって……ッ!」
「ぐっ……!」
フブキの余りにも率直な言葉に、カンナは一瞬苦しげに呻く。恐らく彼女達を指揮し、負傷させたという負い目があるのだろう。フブキ自身にカンナを責める意図は全く無かったのだろうが、当の本人は眉間に皺を寄せ苦々しい表情を隠せなかった。
先生はフブキの掴む手をそっと包み足を止めると、困った様子で続ける。
「でも、話してみないと分からない事もあるよ、少なくとも此方側から歩み寄らないと――彼女達は、必死に声を上げているのだから」
「それは、先生はそうかもしれないけれど……ッ!」
眉を下げながら、フブキは言葉を詰まらせる。先生は、先生だ、困っている生徒を放っておく事など出来ないだろう、それは理解出来る。しかし相手のやり方が不味い、公共の施設を占拠してヴァルキューレ公安局と警備局の生徒を大勢返り討ちにして、その上クロノスのドローンに爆撃まで加えて、とても真っ当な手合いとは思えなかった。
「不良生徒とか相手なら別に良いけれど、今回は本当に拙いって……!」
そこらの不良生徒相手ならば、まぁ、別に構いはしない。面倒そうに欠伸を噛み殺しながら、自分は背後から見守る事も良しと出来るだろう――それは最悪の場合に陥っても、自身が救助可能な状況にあるからだ。
これでもヴァルキューレの一員、そこらの不良生徒程度ならば遅れを取るつもりはない。本当は面倒だし、大変不本意だが、先生が危険な目に遭ったならば全力で助ける事位はするとも。
しかし、この連中は駄目だ。ちょっと勝てる気がしない。加えて先生が前に出るとなると、指揮がある訳でもないので、単純な地力と技術、そして装備のぶつかり合いになる。
そんな危険な場所に先生が足を運ぶ事に、フブキは強い抵抗感を覚えていた。
「ただ声を上げるだけならまだしも、武力行使までしているじゃん! ねぇ、やめとこうよ……!?」
「それも含めて話を聞いてみないとね、声を上げ続ければ、きっと誰かに届くって、そう伝えてあげたいんだ」
「う、嘘でしょ……?」
「あっ、フブキ、確りして下さい!」
幾ら言葉を重ねても、先生の足を止めるだけの理由に足る何かが出てこない。フブキは愕然とした様子で腕を離し、思わず蹈鞴を踏む。それを背後からキリノが慌てて支えた。「本気で会いに行くの、こんな事した連中に? えぇ……」と半ば譫言の様に呟くフブキは、呆れと驚愕を混ぜ合わせた様な半笑いを浮かべていた。
「心配してくれてありがとう、でも大丈夫、RABBIT小隊の皆も、きっと悪い子達じゃないと思うから」
「―――……」
あの言動を見た上で、そんな事を口走る事が出来るのか。
カンナは辛うじて、溢れそうになった言葉を呑み込んだ。おろおろと、先生と自身を見比べる公安局の生徒。彼女は真っ直ぐ公園の中へと歩いて行く先生を一瞥し、声を抑えてカンナに問い掛けた。
「きょ、局長、私達は一体どうすれば……?」
「――先生を単独で向かわせるなど論外だ、離れた所から警護を行え、万が一の場合は体を張ってでも先生を逃がすんだ……!」
「りょ、了解!」
まだ動ける公安局、警備局の生徒達が声を掛け合い、狙撃銃を担いだ数名の生徒が先生の後から公園内部へと駆けて行く。先生の待機命令を破る事になるが、万が一の事を考えればこの指示は譲れない。本当ならば自分も付いて行きたい所だが、先生が居ない以上この場を離れる事は避けた方が良いとカンナは判断した。
彼女は先程先生が口にした言葉を反芻すると、そっと唇を噛む。
「――声を上げた所で、どうにもならない事だってあるでしょうに」
声を上げず、呑み込んだ幾つもの現実。それを思い返し、じわりと口の中に広がる苦みを自覚する。カンナは静かに目を伏せ、顔を顰めるしかなかった。
■
「暗い、怖い、じめじめする、それに地面は冷たいし、寒いし、うぅ……」
RABBIT小隊の狙撃手――ミユは草木の生い茂る森林の中、地面に伏せたまま弱音を吐き出した。体を覆う様に生え揃った枝葉は彼女の身体を覆い隠し、極限まで存在感を消した彼女は最早景色と同化している。現在の彼女を目視で探し出すのは、非常に困難だろう。故に今の今まで、ヴァルキューレの生徒に目撃される事なく、神出鬼没の狙撃手として幾人もの突入部隊を返り討ちにしているのだが……。
しかし、そんな彼女の内心は怯懦と不安に塗れていた。
「もう、学校に帰りたい……」
涙目で呟いた言葉に、返答はない。
帰って、宿舎のベッドに体を放り投げて、布団に丸まる。ミユにとって唯一安心出来る場所であり、心の拠り所であった学園。こんな自分にも居場所はあるのだと、SRTは教えてくれた。訓練は厳しいし、相変わらず友人と呼べる存在などRABBIT小隊の面々位だが、それでも彼女にとっては十二分に手放し難い環境であった。
しかし、口ずさんだ言葉にはっと顔を上げ、ミユは悲し気に顔を伏せる。
「あぁ、学校はもう、閉鎖されたんだった……それじゃあ、私が帰れる場所は、どこにも」
地面に匍匐したまま、彼女は愛銃のストックに頬を寄せ目を瞑る。愛銃に巻き付けられたカモフラージュ用のシュラウドは薄汚れ、枯葉が纏わりついている。まるで今の自分の様だと思った。
SRTが閉鎖され行き場を失った自分は、もう帰る場所を持っていない。否、自ら捨てたのだ――ヴァルキューレへの転校を蹴って、こんな大事を為している自分を客観視し、ミユの胸中に抱く不安は更に加速した。元々単独で潜伏していると、ネガティブな思考に陥り易い性格ではあったが、今回の一件によりそれは更に深く彼女の心情に根付いてしまっていた。
「こんな事をして、今更ヴァルキューレに何て行けないし……このまま私は、何処にも居場所を作れず、寂しく忘れられて、消えて行くんだ」
悲観的なそれは存外、的外れな未来でもない様に思えた。元SRTだから何だと云うのか、こんな事件を起こして、自分達がどんな目で見られるのか。きっと自分達を受け入れてくれる所なんて、もう何処にもない。掲げるSRTの復活さえも、どれだけ困難な事なのかミユは薄々勘付いている。このデモが成功し、SRTが復活する可能性は一体どれ程か? その意思を押し通す為に、どれだけの時間と労力が掛かる? それらをぐるぐると考えていると、碌な未来が浮かばなかった。気付けば目尻には涙が浮かび、唇を噛みながら不安を辛うじて押し殺す。
「……私達、いつまでこんな事」
このデモはどれ位続けられるのだろうか。三日か、四日か、それとも一週間? 或いは――ずっとこんな風に戦い続ける事なんて出来ない、だからいつかきっと終わりが来る。その時、自分達はどうなっているのだろうか。
そんな風に物事を悪い方へ、悪い方へと考えていたミユの視界に、ふと黒い影が過った。ハッと顔を上げた彼女は、自身の任務を思い返し慌てて愛銃のスコープを覗き込む。
「――あ、あれは」
スコープ越しに接近する人影を捉えたミユは、耳元に手を宛がいながら口を開く。
「サキちゃん、モエちゃん、応答して」
『うん? どうしたミユ』
「……誰か、こっちに近付いてきているみたい」
そっと指先を引き金に伸ばしながら、ミユは戦々恐々とした様子で告げた。まだ距離が遠く、はっきりと誰であると断言する事は出来なかった。しかし、少しずつ歩み寄る影は両手を挙げていて、少なくとも戦いに来た――という感じでは無い。
警戒を怠る事無く迫り来る相手を凝視するミユは、仲間からの応答を静かに待った。
『誰かって、誰だ? 警備局の連中か? もう殆ど戦闘不能になったと思っていたが――』
「う、ううん、制服が全然違うから警備局の生徒じゃない、と思う――それに手を挙げていて、見た限り銃も持っていない、かな」
『ふぅん、なに、もしかして降参って事? 思ったよりすんなり行きそうじゃん』
「ど、どうだろう……?」
サキとモエの言葉に、ミユは言葉を濁す。陽光の差し込む公園の道を歩くその姿は、まるで散歩に来ているかのように身軽だ。身に纏った外套は白く、腕には青い色の腕章が巻き付けられていた。顔は――此処からでは良く見えないが、背はそれなりに高く、色合いは連邦生徒会の制服を想起させる。仲間達の云う通り降伏しに来たのだろうか? ミユは内心で首を捻る。どうにも纏う雰囲気が、そうではない様な気がした。
「あの白い制服、連邦生徒会……? でも、あんな格好の生徒、見た事も――」
『どうでも良いけれど、降参じゃないなら撃っちゃって良いんじゃない? どーせやるなら徹底的にってね、くひひっ!』
『――モエ、冗談にしても笑えませんよ』
交渉人の可能性もある、考えなしに発砲する事など許されない。ミヤコの鋭い制止の声、そこにサキは疑問を挟んだ。
『だが、確か連中の指揮官は公安局の狂犬だろう? アイツが折れて連邦生徒会の誰かを呼んで来たのか? あの負けん気を見ていると、考え難い気もするが……』
『だとしてもです、ミユ、対象の確認を、此方からは目視出来ません、何か目印になる様なものはありませんか?』
「目印……」
目印と云うのは、相手の所属を確認出来る何かを指しているのだろう。ミユはスコープ越しに相手を良く観察し、その腕章に向けてピントを合わせ、倍率を調整した。この距離なら目を凝らせば、判別出来なくもない。
「腕章をしているから、そこから所属が分かるかも……ちょっと待ってね、えっと」
巻き付いた青い腕章、そこに描かれたエンブレム。連邦生徒会であれば制服に盾型にサンクトゥムタワーを模したエンブレムが描かれている。しかし、歩み寄る人物の身に連邦生徒会のエンブレムは確認出来なかった。同じ白と青を基調としているのに、これは不思議な事に思えた。
代わりに目に入ったのは十字に重なる円型、その頭上にヘイローの様な円環が一つ。見覚えのないエンブレムだ、そう思いながら僅かに視線を落とすと、エンブレムの下部に文字が綴られている事に気付いた。
「S.C.H.A.L.E……?」
その文字を一つ一つ、彼女は読み上げる。
「――シャーレ、で良いのかな?」
『ッ!』
ミユの口ずさんだ名称に、通信機の向こう側で息を呑む音がした。僅かなノイズ音の後、耳元から先程よりも大きな声が響く。
『ミユ、絶対に対象を撃たないで下さい!』
「えっ、あ、う、うん……」
ミヤコからの強い口調で放たれる命令、ミユは慌てて引き金に添えていた指先を離し、身を縮こまらせる。唐突に声を荒げたミヤコに対し、モエは困惑した様子で声を掛けた。
『何か聞き覚えはあるけれど……ミヤコ、誰だか知っているの?』
『……話に聞いた事がある程度ですが』
SRTはその性質上、連邦生徒会長が失踪して以降は殆ど外部との関わりが絶たれており、情報を得る手段は限られていた。しかし、そんな自分の耳にも自然と入って来るような――凄まじい功績を誇る、創設されたばかりの組織があった。
クロノスの報道に名前が出た事もある、一般的なニュース記事でも偶に目にする。ミヤコは連邦生徒会長が失踪した後も、自分達の出動する事を夢見て情報収集を怠っていなかった。
故に気付けた、その名前に。
『独立連邦捜査部シャーレ――失踪した連邦生徒会長が最後に立ち上げた、超法規的機関です』
SRTは連邦生徒会長直轄というある種特殊な立場に在るが、シャーレもまた連邦生徒会直轄とは云え同種の組織だろう。厳密には異なるが、その与えられた権限や活躍の幅を考えればSRTをも凌駕する。そして事実、彼の組織はこの一年近い期間で凄まじい功績を叩き出していた。それこそ、キヴォトスに於ける特異点と呼べる程に。
そのシャーレに所属する、先生と呼ばれる大人が此処に訪れた。
自然、ミヤコの声には強張った様な色が混じる。それ程までに大事と判断されたのか、或いは――。
『……シャーレには私が対応します、ミユはその場で待機を、モエとサキも各々持ち場に、何かあれば追って連絡しますので』
『あっ、おい、ミヤコ!』
一方的に通信を切り、動き出したらしいミヤコ。サキが何事かを口にしているが、ミユは耳元に手を添えながら再度スコープを覗き込む。レンズ越しに見える大人の姿、それをじっと観察しながら白い吐息を零した。
「あれが、シャーレの先生なんだ……」
■
「この辺りに地雷とか、トラップは無いよね、アロナ?」
『はい、この周辺に反応はありません、もう少し奥に行くとまばらに反応があるのですが――』
「なら、もう暫くは大丈夫か」
懐に仕舞ったシッテムの箱、その中から顔を覗かせるアロナと言葉を交わしながら先生は一歩一歩、地面を踏み締める様に足を進める。その足取りは緩やかで、余裕がある様に見えるかもしれないが、本人からすればトラップを最大限警戒しているが故の慎重な足取りだった。
幸い地雷の類はアロナが居れば探知出来る、視覚情報として共有されれば縫って歩く事も可能だろう。尤も、やりたいかどうかと云えば、別の話になるだろうが。
『先生、後方の生徒さん達は……』
「元々、RABBIT小隊と話したいというのは私の我儘だから、言及はしないよ……カンナやフブキ、キリノ達には悪い事をしてしまったね」
『……分かりました、そういう事なら』
アロナの言葉に、先生は申し訳なさそうに呟きを漏らす。自身のずっと後方に続く生徒の影には気付いていた。アロナのサポートがあれば、一キロ離れた生徒であろうと探知可能だ。しかし、それに関して先生が何かを口にする事はない。彼女達の不安も理解出来る、ただRABBIT小隊の皆の言葉が交わしたいというのが自身の我儘である事も、故に先生は草木の影に潜み、じっと自身を追跡する生徒達に何か反応を示す事をしなかった。
『――っ! 先生』
「……来たか」
暫くそうやって公園の道を進み続けていると、不意にアロナが声を上げた。先生は声に素早く反応し、足を緩める。
「――そこで止まって下さい」
呼応する様に、暗がりから声が響いた。良く見ると木々の陰影に紛れ、突き出される銃口が一つ。その枝葉の暗がりから顔を覗かせたのは、RABBIT小隊の隊長――ミヤコだった。
此処まで急ぎ駆けて来たのか、彼女の額には僅かに汗が滲んでおり、息も弾んでいる。白い吐息が、虚空に消えて行くのが見えた。先生は突きつけられた銃口を確認しながら、ゆっくりと彼女の方へと向き直る。両の手は挙げたまま、慎重に言葉を選んだ。
「敵意はないよ、銃も持っていない」
「……えぇ、その様ですね」
ミヤコは注意深く先生を観察しながら、頷きを返す。ホルスターの類は身に着けておらず、ナイフや手榴弾の類も見当たらない。あるとすれば腰裏か胸元に銃器を隠している可能性だが――この状況ならば彼が銃器を抜くよりも早く、自身の銃口が火を噴くだろう。故にミヤコは冷静さを保ったまま、じっと先生を睨み付けた。
「君達と、話をしに来たんだ」
先生はその場で足を止めたまま、努めて冷静に云った。ぴくりと、ミヤコの眉が跳ねるのが分かった。
「話、ですか」
「うん」
「……このような形で言葉を交わすとは、思っていませんでしたが」
「私としても不本意かな」
互いに互いの立場を知っている、しかしこうして顔を合わせたのは初めてであった。少なくとも――ミヤコにとっては、そうだ。
数秒、思い悩む様な素振りを見せた後、ゆっくりと銃口を下げるミヤコ。少なくとも彼の云う事が嘘ではないと云う予感があった。足元の枯葉が音を立て、くしゃりと歪む。兎の様に白い髪が跳ね、その目元に影を落ちた。
「SRT特殊学園――RABBIT小隊の隊長を務めます、月雪ミヤコです」
「独立連邦捜査部シャーレ、先生だよ」
交わされる自己紹介、小さく、しかしハッキリと口に出されたそれは周囲に良く通った。風のそよぐ音と葉の擦れる音、銃声や爆発音の途絶えた公園は実に長閑で、その静寂が何となく、居心地悪くもある。尤も、それは自身のみの話だろうとミヤコは思う。改めて目の前に立つ大人を観察しながら、彼女は目を細めた。
シャーレ、失踪した連邦生徒会長が立ち上げた機関。
多くの生徒を助け、信頼され、尊敬される――大人。
「貴方が、シャーレの先生」
「うん」
ミヤコのやや棘のある声色に、しかし彼は微笑みすら浮かべて頷きを返した。
――実に奇妙な感覚であった。
奇妙などと、凡そ人を評する際に用いる言葉ではないと理解していたが、そう表現する他ない様な、ミヤコの前に立つ大人は独特な気配を纏う人物だった。その気配は軽くもあり、重くもあり、透明と表現したくなる様な希薄さを持ち合わせながら、確固たる何かを感じさせるような存在感もある。その捉え所のない特徴をミヤコは奇妙と称した。
凡そ今までミヤコが接して来た大人とは、良くも悪くも大きく性質を異にするように思う。微かに垂れた髪が右目を覆い隠し、露になっている左目だけが此方を捉えている。良く見れば頬や首元に大小の傷痕があり、陽光の反射具合によっては薄ら浮かび上がって見えた。
傷の具合から、相応に訓練を積んでいる兵士なのだろうか、内心で勘繰る。情報によれば先生はキヴォトスの生徒とは異なる外部の人間で、非常に脆弱な肉体であるとの事だったが――しかし、連邦生徒会長が選出する様な大人だ、目の前の彼が自分達をも凌ぐ実力を持っていても、きっと自分は驚かないだろう。ミヤコは改めて背筋を正し目の前の大人に注意を払う。
そうこうしていると先生は一瞬悩む様な素振りを見せ、それからゆっくりと口を開いた。
「――初めまして、になるのかな」
「今まで顔を合わせた事も無いのですから、そうなるのが自然でしょう」
「……そうだね」
「……?」
何を当たり前の事をと、ミヤコは思わず訝し気な表情を浮かべる。しかしそんな想いに反して先生が見せたのはどこか寂しそうな、それでいて懐かしそうな表情だった。
そんな感情を覗かせる先生にミヤコは困惑を深める。そんな感情を向けられる覚えが全くないが故に。
「それで話と仰いますが、シャーレの先生が一体何を? ヴァルキューレの代わりに、交渉役として赴きましたか」
「……ヴァルキューレに頼まれたからとか、そういう訳ではないよ、私自身がRABBIT小隊の皆と話をしたいと思ったんだ」
「………」
やはり、奇妙だ。
ヴァルキューレから頼まれた訳でも、交渉役として選出された訳でもなく、ただ話をしたいだけなど。口を噤みながらミヤコは内心で言葉を漏らす。
しかし、それが自身を油断させる策略である可能性は否定できない。
一度大きく息を吸った彼女は、胸を張り、毅然とした態度で応じた。
「――私達から話す事があるとすれば、それはたった一つだけです」
それは、このデモを起こした理由そのもの。ミヤコの双眸が先生を真正面から射貫き、強い口調で彼女は続けた。
「私達の要求はSRT特殊学園の復活、それ以上でも以下でもありません」
「……SRTの復活、か」
「はい」
連邦生徒会の下したSRTの閉鎖、その決定に納得していないからこそ彼女達RABBIT小隊はヴァルキューレ編入を拒み、こうしてデモを決行するに至った。それだけの価値があの学園にあるのだと、ミヤコは確信している。
自分の憧れた唯一無二、絶対的な正義を掲げられる場所は――SRTだけだ。
その輝きは、どれだけの時間が経過しても色褪せない。
「その為に私達はこの様なデモを行いました、私達の学園を取り戻す為に」
「………」
「それ以外は何もありません、この要求が飲まれるまで、RABBIT小隊はこの公園で抵抗を続けます」
愛銃のグリップを握り締め、ミヤコは真正面から宣言する。
説得も、交渉も無意味だと。自分達の求める事はただ一つ、たった一つ。それ以外は何も求めず、折れず、妥協もしない。
そんな強い意志を秘めた瞳が、木漏れ日の中で爛々と輝き、先生を見つめていた。
「――それが、私達の全てです」
わたくし普段怠けたり、昼行燈で面倒くさがりなキャラが、大事な人を傷付けられたり、本気の本気で拙い状況になった時、血相を変えながら必死に助けようとしてくれる場面大好きサムライと申しますの。
義によっていつかフブキとかイロハの前で先生を血塗れにさせますわ。