ブルーアーカイブを、もう一度。   作:トクサン

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誤字脱字報告に感謝ですの!
今回は約一万三千字ですわ~!


白と黒の狭間(どっちつかずの正義)

 

「………」

 

 暫くの間先生は唇を固く結び、ミヤコと正面から見つめ合っていた。沈黙が肌に沁みる様な感覚があり、吹き付ける冷たい風が枝葉を揺らし音を鳴らす。少し息を吸うと、肺に微かな痛みが走った。先生はミヤコから目を逸らす事無く、徐に口を開く。

 

「……そうだね、可能なら、私も君達の意見を尊重したいと思っているよ」

「それは、SRT復活にお力添え頂けるという事でしょうか?」

「うん、私に出来る範囲なら」

「っ、それなら――」

 

 ぱっと、一歩を踏み出し何事かを口にしようとしたミヤコに対し、先生は掌を翳す。其処には苦く、悔恨の情が垣間見えた。

 

「けれど、ごめん……シャーレの権限でもSRTを復活させる事は出来ない、現在のSRT閉鎖は連邦生徒会の総括室、行政委員会合意の元に決定された、私の一存で云々出来る範疇に無いんだ」

 

 或いは、自身がもう少し早く異常に気付けていたら、とも思う。しかし全ては決定が下され、執り行われた後の事。それを覆す事は困難であり、シャーレが単独で動いてどうにかなる問題でもなかった。SRTを復活させるのであれば、然るべき手順を踏み、再び総括室と行政委員会の合意を得る必要があるだろう。

 もしくは、失踪中の連邦生徒会長が復帰するかだが――先生は考え、首を横に振る。

 

「私の方から、連邦生徒会の皆に頼み込む事は出来ると思う、時間は掛かるかもしれないけれど、何とか出来ないか聞いてみるよ」

「………」

「だからどうか、デモを中止して貰えないかな?」

 

 出来る範囲で手助けをする、そう約束するのが現状先生の口に出来る精一杯。だがそこにはSRTを必ず復活させるという確信も、証拠もない。目の前の大人を信頼出来るか否か、ただその一点にのみ比重が置かれる。

 ミヤコは険しい表情のまま、暫しの間先生を見据える――その瞳の奥にある感情は何だろうか。それを窺い知ることは出来ない。

 

「――残念ですが」

 

 重々しく、ミヤコが口火を切った。

 

「先程もお伝えした通り、私達はこの要求が受け入れられるまで、この公園で抵抗を続けます」

「………」

「――どうかお引き取りを、シャーレの先生」

 

 それだけを口にして、ミヤコは静かに後退を始めた。木陰に紛れ、先生から目を離す事無く森林の中へと戻っていくミヤコ。先生は彼女が樹々の影に遮られるその瞬間まで、ただじっと見守り続ける。そうして影も形も見えなくなった時、先生はひとり張り詰めていた空気を吐き出す様に、天を仰いだ。

 

『……先生』

「……戻ろう、アロナ」

 

 ナビゲートを頼むよ。

 力なく呟かされたその言葉に、アロナは小さく声を返し、頷いた。

 

 ■

 

「御無事ですか先生!?」

「大丈夫、何もされていないよ」

「よ、良かったぁ~……」

 

 両手をひらひらと揺らし、帰還した先生に声を掛ける生徒達。全員が何とも落ち着かない様子で屯していたが、先生が戻った途端一斉に安堵の念を表情に宿した。カンナは軽く先生の肩や腰に触れ、問題がない事を確かめると胸を撫でおろす。その背後から、フブキやキリノも此方を覗き込んでいた。

 

「余り心臓に悪い事をなさらないで下さい、万が一にでも先生の身に何かあっては――」

「ごめんね、心配を掛けてしまって……でも、あの子達はそんな暴挙に出ないって知っているから」

 

 カンナの安堵交じりの言葉に対し、先生は優し気な声色で、あくまでもRABBIT小隊を擁護する様な事を口にする。カンナは先生の言葉に、一瞬声を詰まらせた。

 

 ――こんな事を仕出かした生徒を、何故そうも信頼するのですか。

 

 あまりにも嫌味な言葉だと思った。思ったからこそ何とか言葉を呑み込み、ぐっと唇を閉じる。恐らくこれは立場の違いから来るものだろう、自分達はただ罪を犯した者を捕らえる事が仕事だ。けれど先生は、そうではない。

 

「さて、残念だけれど説得は出来なかった、一先ず騒ぎを収拾する為にもあの子達を止めないと」

「は、しかし、止めると仰いましても――」

 

 気を取り直し、咳払いを一つ挟んだカンナ。彼女は目を細めながら、負傷した生徒達の転がる仮設テントを一瞥した。仮設医療拠点(フィールドホスピタル)とまでは云えないが、相応に整えられた其処には相変わらず、負傷し呻き声を漏らす部下たちがずらりと並んでいる。遠くから聞こえて来るサイレンの音は、近隣の病院から送られてくる救急車のものだろう。搬送用の大型車両を要請しているが、まだ到着はしていない様子だった。

 兎角、主力となる公安局、警備局の生徒はこの有様だ。カンナはこんな状況を作り出した自身への責任を感じながら、渋い表情を浮かべ云った。

 

「現在の我々には、その、碌な戦力が……」

「生活安全局の生徒達が応援に駆けつけてくれただろう? なら、十分勝てるよ」

「生活安全局――……」

 

 しかし先生は、何の憂いもなくそんな事を口走る。カンナは一瞬、彼が何と云ったのか理解出来なかった。数秒して、周囲の生徒達も理解したのか徐々に目を見開く。カンナの視線が直ぐ横、生活安全局の生徒達へと向けられた。

 

「はいっ! ……はい?」

「えっ、は?」

 

 恐らく一番驚いたのは、指名された生活安全局の生徒達だろう。キリノは反射的に溌剌とした声で返事を行い、それから一拍遅れて疑問符を浮かべた。フブキに至っては先生が何事もなく帰還し、ホッとしたのも束の間、一転し唖然とした様子で自分を指差す。

 

「えっと、生活安全局というのは、もしかして……」

「……わ、私達の事ぉ!?」

「勿論」

 

 頷き、はっきりと肯定を示す先生。そこには確かな自信が宿っていた。

 ざわりと、生徒達の間で動揺が走る。それは応援とした駆け付けた生活安全局の生徒達も同様だった。

 

「な、なっ……!」

 

 フブキは震える足で先生に近寄り、今にも倒れ込みそうな蒼褪めた表情で問いかける。そこには焦燥が多分に含まれていた。

 

「じょじょ、冗談でしょッ!? 嘘だよね先生ぇ!?」

「先生、お言葉ですが、流石にこれは」

 

 カンナが強張った表情で先生の前へと身を乗り出し、首を横に振る。

 

「彼女達は基本的に戦闘要員ではなく、平時の市民対応や地域警邏を担当する者達です、警備局や公安局で制圧出来なかったSRTを相手に、生活安全局を主軸とした戦力で勝てるとは、とても――」

「そっ、そうだよ! 無理、無理無理、絶対無理だって!」

 

 淡々と、しかし確かな知見を以て説くカンナに対し、ここぞとばかりにフブキは同意を示す。誰が好き好んであんな連中の元に突撃したいものかと、冷汗を頬に流しながら何度も首を縦に振るフブキ。しかし彼女達の意思に反し、先生は生活安全局の生徒も立派な戦力であるというスタンスを崩さない。

 

「大丈夫、絶対に出来るよ――今この場に居る生活安全局の生徒は、確か十名だったよね」

「……先生」

 

 あくまで、生活安全局の生徒達を戦力として数えるのか。カンナは頭痛を堪える様に額を指先で撫でつけ、溜息を零す。自分ならば絶対に選ばない選択肢だ、しかし現在指揮権は目の前の彼に預けてしまっている。故にカンナが出来るのは、その指示に従う事のみ。

 

「はぁ、分かりました、この現場の指揮権は先生に委ねていますので、その判断に従う他ありませんね」

「出来れば、カンナにも手伝って欲しいのだけれど」

「は? 私、ですか」

「うん、一緒に戦ってくれると心強い、頼めるかな?」

「――……分かりました、先生がお望みならば」

 

 淡々と頷き、カンナは姿勢を正した。自分自身が力を貸す事に否やは無い、寧ろ生活安全局を下がらせ、残った公安局と警備局を搔き集めて指揮を執るものとばかり考えていたのだから。

 そうなると残った公安局、警備局に加え、無傷の生活安全局の生徒達でチームを組む事になる。練度には大きなムラが生じるだろう、残念ながらカンナにそれを御せる自信がない、故にこそ生活安全局の生徒を用いる事に反対していたのだが――。

 ちらりと横を見れば、この世の全てに絶望したと云わんばかりのフブキが立ち尽くしていた。

 

「こ、公安局長との共同戦線……? ま、マジで、マジで云っているの……? 先生、正気!?」

「フブキなら出来る、自分を信じて――私が付いているから」

「それ絶対私に向かって云うべき台詞じゃないってぇッ!」

 

 腰を屈め、微笑みながらその様な台詞を真正面から投げかける先生に対し、フブキは思わず頭を抱えながら叫んだ。それはもっとこう、熱血とか、やる気に満ち溢れていて、日々を全力で謳歌する様な生徒に向けられるべき言葉だろう。それこそ、この隣で爛々と目を輝かせるキリノ(友人)とか――そんな想いと共に項垂れれば、ふと肩に手が掛かった。半泣きになりながら振り向くと、そこには満面の笑みを浮かべたキリノが居た。

 

「フブキ、きっと大丈夫です! 先生の指揮があれば、何とかなります!」

 

 そう叫ぶ彼女の表情は、余りにも良い笑顔であった。彼女の顔色は自身のそれと比較し血色が良く、物理的に輝いてすら見える。何でこんなに嬉しそうに出来るのだ、フブキは腹の底から不思議だった。

 

「それに市民の安全を守る為――この状況を放っておく訳にはいきません!」

「う、ぐぅ、計算が狂った、こんな事なら、仮病でも何でも使って出動拒否しておけば……!」

「仮病だと?」

「ぇ、ぁー、いや、何でも……っ!」

 

 思わず口から出た言葉に、カンナが素早く反応し耳を跳ねさせる。慌てて誤魔化すも、フブキの表情は苦悶に満ちていた。反対にキリノはやる気満々と云った様子で、拳を突き上げながら明るい展望を語って聞かせる。

 

「それに上手くいけば特別休暇も貰えるかもしれませんし、警備局への転科チャンスを頂ける可能性だって!」

「いや、警備局への転科とか絶対に勘弁だし――あぁ、でも確かに特別休暇は欲しいかも……」

「……まぁ色々云いたい事はあるが、事前に公安局と警備局が撃退されているんだ、此処で制圧出来れば相応の評価はされるだろう」

 

 腕を組んだまま鼻を鳴らし、カンナはキリノの言葉に同意を示した。少なくとも生活安全局が応援に来た事で事件を解決に導けたのなら、それは評価されて然るべきだと。

 

「ぬ、ぅ、ぐっ……!」

 

 フブキは悩む、大いに悩む。たった今彼女の脳内では、この事件を解決する事で得られる休暇と、この一時に凝縮されたあらゆる苦労の狭間で天秤が揺れ動いていた。下手をしなくても公安局以上の特務とやり合うなんて柄じゃない、けれどこっちには先生が付いているしカンナ局長も居る。上手くサボれたら休暇も貰えて疲れずに済む可能性も、いやでも相手はその局長と公安局の生徒、警備局を相手取って勝っている訳で――そんな事をぐるぐると考え、眉間の皺はどんどん深くなっていく。

 そして唸りながら頭を抱えた彼女はふと、自分を見下ろす影に気付いた。

 

「……フブキ」

「――っ」

 

 先生だ、先生が自分を見ていた。真剣な表情だった、きっと出来ると確信した信頼の宿った瞳だった。それを見上げてしまったフブキは口元を歪め、それはもう嫌そうに、極限にまで苦々しい表情を浮かべた。

 面倒な事はしたくないし、戦闘とか得意じゃない、どんな状況でも余裕を失わないのが自分のモットーだ――けれどそんな風に見つめられては、応えるしかなくなってしまうではないか、と。

 

「はぁ~……ッ! 分かった、分かったよ先生! 今回だけ、本当に今回だけだからね、特別に協力してあげるのはっ!」

 

 深く、深く息を吐き出して彼女はヤケクソ気味に叫ぶ。フブキは両手を挙げ、勢い良く立ち上がると、肩にぶら下げていた愛銃の第十四号ヴァルキューレ制式ライフルを手に取った。

 スコープの具合を確かめ、弾倉を抜いて中身を検める。この銃を使ったのはいつ振りだろうか、というか正直メンテナンスを行ったのがいつなのかも定かではない。いや、確か今朝定期メンテナンスという事で分解清掃を行った様な気がする――待て、それは昨日だっただろうか? しかし機能チェックで問題は無かった筈、きっと大丈夫だ、暴発等はしない。フブキは必死にそう自分に云い聞かせた。

 

「ありがとうフブキ、助かるよ」

「……代わりに勝っても負けても、ドーナツ奢ってね!」

 

 弾倉を嵌め直しながら、フブキは上目遣いで先生を睨み付ける。これで何も得られず、ただ疲れただけなんて結果になるのは許容し難い。そんな想いと共にフブキが先生に好物を強請れば、彼は満面の笑みを浮かべながら親指を立てた。

 

「マスタードーナツのグレーズド・ドーナツ、箱で奢るよ」

「そうこなくっちゃ!」

 

 その返答を聞き届け、フブキは幾分か調子を取り戻す。あそこのドーナツはいつ食べても勿論美味しいものだけれど、こんな面倒事が片付いた上に先生の奢りとなれば――これはもう、相当美味しいだろう。

 それを考えると、多少の困難でも何とかなる様な気がしてきた。現金なものだが、士気と云うものは無視し難い。

 

「ふぅ、現場に出るのは久し振りだ、最近は使う機会もめっきり減ったが――」

 

 カンナはショルダーホルスターから愛銃を抜き放つと、グリップの具合を確かめながら瞳を懐かしそうに絞る。公安局の局長と云う肩書を背負ってから、現場に出る事よりも書類仕事が多くなった。最初の頃は銃の扱いに苦労した記憶もある、漸く慣れて扱えるようになった頃には、殆ど使う機会がなくなって――何とも皮肉な事だと、彼女は内心で笑った。

 

「まだ戦闘可能な者達に告ぐ、これよりシャーレの先生が指揮を執る! 救護担当の者を除き、負傷の浅いものは集合、先生の指示に従え!」

 

 カンナは大きく息を吸い込み、通信機に向かって声を張る。暫くすると先生達の元へと装備を整えた複数の生徒が駆け寄って来た。彼女達はカンナと先生の前に整列し、背筋を正し叫ぶ。

 

「警備局、救護班を除き六名、現在戦闘可能です!」

「公安局、現状戦闘可能な生徒は四名……!」

「生活安全局は本官を含め十名、全員準備は整っています!」

 

 これが現在、この公園で戦闘可能な生徒である。カンナはそれぞれの生徒を一人一人見渡しながら、真剣な面持ちで発言した。

 

「合計で二十名、私を入れても二十一名――SRTの部隊と真っ正面からやり合うと考えれば、かなり心許ない数字ですが」

「問題ないよ、きっと勝てるさ」

 

 しかし、集った生徒達を前にして先生は余裕を崩さない。この場合はその余裕が何とも頼もしく感じられた。カンナは若干不安そうな気配を漂わせているが、集った生徒達にはこの戦力でもRABBIT小隊を打ち負かす策があるのだと、そう信じさせるだけの実績と気配が先生にはあった。

 彼は大きく息を吸い込み、空に向かって吐き出す。白の薄い吐息が、虚空へと掻き消えた。軽く頬を張った先生は気持ちを切り替え、懐からタブレットを取り出し告げる。

 

「それじゃあ、部隊を四つに分けよう、突入部隊はカンナ、フブキ、キリノを中心に振り分けるよ、もう一つの部隊は――」

 

 ■

 

「――動き出した」

 

 僅かに湿り気を帯びた枯葉、冷たい地面に転がったまま枝葉の揺れる音だけを耳にしていたミユは、スコープ越しに幾つかの人影が公園内部に侵入して来た事に気付いた。隊列を維持し整備された歩道、その左右に生い茂る森林へと身を隠す集団が一つ。数は五名――だろうか? ミユはスコープを覗き込んだままマイクに口元を寄せ、小さく呟く。

 

「み、皆、先生が動き出したみたい……!」

『――了解しました、射程圏内に捉えたら撃って下さい、先生が来た以上指揮権が変更されている筈です、油断しないように』

「う、うん」

『ふん、そうは云っても同じヴァルキューレだ、私達の敵じゃない』

 

 素早く帰って来たミヤコとサキの声に、ミユは改めて引き金に指を掛ける。子ウサギ公園の森林は郊外にあり、近く撤去予定という理由もあって手入れが殆ど行き届いていない。最低限人通りのある個所は整備されているものの、鬱蒼と生え揃う枝葉や樹木は視界を遮り、人の姿を簡単に覆い隠してしまう。一度見失ってしまえば、再度補足するのは困難だろう――ミユは時折揺れる枝葉や影を追い、ゆっくりと肺に空気を流した。

 

「……こっちの位置はまだ、割れていない筈」

 

 第一射を行うまで、アドバンテージは潜伏中の此方にある。何ならミユはその特性から、数回射撃を行っても位置が露呈しない事がままあった。その存在感の無さは狙撃手として、時に異常なまでの強みとなる。

 

「……?」

 

 不意に、視界の中で蠢いていた影が動きを止めた。完全に人影を捉えていた訳ではないが、確かにあった気配が停止したのだ。ミユが訝し気に目を細め、詰めていた空気が肺から零れ、白い吐息が風に揺れた時――草木に紛れた視界の先で、確かに閃光が瞬いた。

 

「――ひぐッ!?」

 

 チュン、と凄まじい速さで何かが脇を掠めた。

 同時に後方にあった樹木表面が粉砕され、木片が周囲に飛び散る。ミユは咄嗟に頭を地面に押し付けながら、困惑の声を漏らした。

 

「ちょ、跳弾?」

 

 誰かが発砲して、偶然此処に弾丸が飛んで来たのか。そんな風に思って、再度恐る恐るスコープを覗き込む。見れば揺れ動く枝葉の向こう側から、幾つかの閃光が瞬いていた。咄嗟に伏せれば、周辺に突き刺さる弾丸の雨。空に轟く銃声、周辺に幾つもの弾丸が着弾し、ミユの頭上に枯葉が降り積もる。

 

 ――出鱈目な射撃だ、もしかして私を炙り出そうとしているの?

 

 地面に伏せたまま、ミユは愛銃を引っ張り、地面の隆起に身を隠す。こんな広い森林の中で矢鱈滅多らと弾丸をばら撒く等、無駄の極みの筈だ。この無造作な射撃は、逆に彼女達が自分の位置に気付いていない証左であった。

 広い範囲に弾丸を撃ち、潜伏した相手の軽挙を誘う方法だ。これで自分の位置が露呈したのだと思い込み、慌てて移動するか、反撃するのを待っている。故にミユは数発弾丸が近場の樹木に撃ち込まれようとも動じず、身を竦ませながら愛銃を抱き締め耐えようとした。

 

「っ……!?」

 

 直ぐ近くの地面が爆ぜ、弾丸が耳元を掠める。ふと気付けば、自分の傍にあった枝葉や茂みが、粗方弾丸によって耕され、地肌が露出し始めていた。地面に伏せたままのミユは、思わず息を呑む。

 

 ――何だか、位置を探る為の射撃にしては、あまりにも正確過ぎる様な。

 

 まるでこの近辺に自分が居ると分かっている様な撃ち方だと思った。地面に伏せたまま視線だけで左右を見渡せば、ほんの十数メートル先の草木や茂みは残っており、この数メートル近辺だけが異様に集中砲火を受けているのが分かった。今度はほんの数十センチ横に弾丸が跳ね、ミユは思わず悲鳴を上げる。

 

「な、なんで……ッ?」

 

 ――まさか、本当に位置が露呈しているの?

 

 あり得ないと、先程断じた疑念が首を擡げる。暫くの間不安や恐怖を呑み込み堪えていたミユであったが、止まない射撃に心を折られ、たまらず愛銃を抱えたまま通信機に向かって悲鳴染みた報告を入れた。

 

「サキちゃん、モエちゃん、私の居場所、向こうにバレちゃっているよ……!」

『はぁ!? 何だ、どういう事だ!?』

「わっ、分からない、ただ私の周辺に、正確に制圧射撃が……うぅ!」

『何でミユの場所が――まさか、ドローンか何かで……!?』

『いや、あり得ないって!』

 

 驚愕の声を上げるサキ、思い当たる可能性の一つを挙げるが、即座にモエから否定の言葉が飛ぶ。

 

『ドローンが偵察に来ているなら、通知が飛んで来る筈だし! こっちの探知に引っ掛からないステルスドローンなんて、ヴァルキューレが所持している訳――』

『兎に角、そのまま留まるのは危険だ、別動隊が距離を詰めているかも分からない! ミユ、場所を移動しろ!』

「う、うんッ……!」

 

 サキがそう叫べば、堪らずミユは這ったまま近くの草陰へと移動し、そのまま中腰で逃走を開始する。愛銃を抱き締めながら森林を駆け抜ける彼女の背後から、弾丸は絶え間なく放たれていた。

 

「ひッ……!?」

 

 直ぐ横、伸びていた枝葉が爆ぜ、弾丸が着弾したのだと分かった。至近弾だ、逃げているのに、どうしてこんな正確に弾丸が飛んで来るのか。恐らく何らかの手段で自分の位置が完全に露呈している。見えない何かに追跡されている気分だった。

 

「い、一度持ち場を離れて、皆と合流しないと……ッ!」

 

 遊撃を行う狙撃手として単独行動を行っていたミユは、発見さえされなければ非常に強力な戦力となるが、単純な正面からの撃ち合いでは力を発揮できない。背後から迫っているであろう部隊を退ける為にも、自陣に帰還し味方と合流するのが最善であると判断する。

 

「はぁっ、はぁッ……!」

 

 白く濁った吐息が尾を引き、ミユは必死に駆ける。逃走経路は頭に入っている、狙撃地点が攻撃を受けた場合、敵に発見された場合、万が一に備えて自陣への最短撤退ルートは確保していた。ミユは息を弾ませながら枝葉や茂みの間を縫い、道なき道を往く。そして僅かに隆起していた坂道を滑り落ち、枯葉に塗れながら茂みを突き抜けた先で――。

 

「――うわ、ホントに来たよ」

「えっ……?」

 

 茂みを突き抜けた先、幾つかの枯葉に纏わりつかれながら開けた視界に、銃口を此方に向けるヴァルキューレの生徒達が映った。

 自分達が一度撃退した公安局や警備局と比較すると、明らかに軽装な恰好。人数は五人、全員が強引に森林を突き抜けて来たのか体の彼方此方に葉や細木が絡まっていたが、大した疲労は見えない。

 先頭に立つ、何とも気怠そうな雰囲気を纏った生徒が驚きと、同時に何とも云えない気の毒そうな表情でミユを見つめていた。

 

「想定外の事態に弱い、唐突な攻撃に晒された場合は、味方と合流する為自陣に向かって最短距離を突っ切ろうとする、何から何まで先生の読み通りじゃん」

「な、なんで――……」

 

 まるで、待ち伏せされたみたいに、完璧なタイミング。たった今坂を滑り落ち、落ち葉と小枝の刺さった髪をそのままに愕然とするミユ。そんな彼女を見下ろし、フブキは肩を竦め云った。

 

「まぁ楽なのは良いけれどさ、こんな視界の悪い森の中でも相手の位置とか移動先全部丸見えって、ヤバ過ぎでしょ」

 

 彼女としては、ただ先生の指示に従っただけだ。内容は火力支援を担当する部隊が発砲を開始したら、この指定された地点に移動する――それだけ。

 後は対象が転がり込んで来るのを待つだけだったが、フブキ達の目には樹々の間を潜り抜けて自分達の方角へと必死に駆けて来るミユの姿が、幾つもの木々や枝葉越しにハッキリと見えていた。

 故に、この結末は分かり切っていた事だ。フブキはゆっくりと腕を振り上げると、間延びした声で告げた。

 

「はいはい、皆、適当に撃っちゃって~!」

「撃てーッ!」

 

 ■

 

「ミユ、おいどうした、ミユッ!?」

「………」

 

 唐突に切れた通信、マイクに向かって幾ら叫ぼうともミユが応答する事は無く、それが意味する事は一つしかない。サキは耳元から手を離し、呆然とした様子で呟く。その表情は正に、信じられないといった顔色だった。

 

「まさか、ミユがやられたのか……?」

「嘘でしょ、あの子を見つけ出して倒したって云うの? 今まで鴨撃ちみたいなやられ方していた、あのヴァルキューレが?」

「―――」

 

 そうだ、自分達相手に手も足も出せず、壊滅的な被害を被っていたヴァルキューレが、こんな唐突に。

 何かがおかしい。それはサキも、モエでさえ感じていた。そもそもミユの特性を知悉していた彼女達は、見つけ出す事自体非常に困難である事を実体験として理解している。加えて腐ってもSRTの生徒として厳しい訓練を受けた狙撃手である、そこらのヴァルキューレの生徒相手に負ける事など考えられず、フィールドは目視し辛い森林の内部。そんなミユの独壇場とも云える環境で、一体どうやって彼女を倒したと云うのか。

 考えれば考える程、信じられない心地となる。

 

「モエ、周辺にドローンが検知されていないのは確かなんだな?」

「……持ち込んだ機材が故障でもしていなければ、ね」

 

 サキの問い掛けに、モエは手元のコンソールを叩きながら頷いて見せた。表示されるモニタにドローン検知の報告はない。ミユが攻撃を受けた時から、何度と確認した画面だった。

 

「メンテナンスもサボってないし、学園で馴染みのある装備ばっか持ち込んだし、調整も万全、EMPでも喰らったらもっと分かり易いし、そもそも此処に展開して数日と経っていないのに、狂い様がないって」

 

 クロノスのドローンだって、きっちり検知した訳だし。

 そう呟くモエの言葉に、サキは唇を噛み締める。検知漏れではない、少なくとも仲間の出した結論はそうだ。

 

「……なら、どうやってミユを」

 

 呟き、サキは頭を振って思考を切り替える。

 

「いや、今は考えている場合じゃないな――私が出る、まだミユの救出は可能な筈だ、モエは援護を」

「え、あ、いや、援護って……ちょっと、待ってよサキ」

 

 テント内部のデスク、その上に用意されていた予備の弾倉を手に取り、ドアフラップを潜りながら外へと歩き出すサキ。そんな彼女の背中に向けて、モエは戸惑った声を上げた。慌てて椅子から立ち上がり後に続くモエの様子に思わず足を止め、テント内部から顔を覗かせる彼女に尖った視線を向ける。

 

「何だよ、火力支援がないと、私ひとりじゃ流石に……」

「その、援護の為の弾がさ、殆ど残っていないんだけれど」

「――は?」

 

 どこかへらりとした表情で宣うモエに、サキは文字通り一瞬で凍り付いた。弾が残っていない? それはつまり、火力支援用の弾薬が無いという事か? 投げかけられた言葉は何ら難しい事は無く、簡潔でさえあったが、それを噛み砕くのに数秒を要した。

 数秒、二人の間に沈黙が流れる。嫌な沈黙だった、事実を直視し難いが為に生まれた空白だ。額に掌を押し当て、サキは背中に冷汗が滲み出すのを自覚する。

 

「……待て、待て待て、おかしいだろう、まだヴァルキューレと戦闘を開始して一日も経過していないのに、そんな急激に無くなる筈がない、私達が学園からどれだけ弾薬を引っ張って来たと思って――」

「いやだって、さっき云ったじゃん、ド派手に全部使うって」

「……はぁッ!?」

 

 何の悪気も無く、あっけらかんと答えるモエに対し、サキは目を剝いた。まさかと、サキの脳裏につい先程の出来事が浮かび上がる。クロノスのドローンを撃墜する際にしたやり取りだ。確か期限の近い弾薬を使ってしまおうと、そんな話を――。

 

「おまっ、嘘だろ!? まさかあのドローンを撃墜する為に、本当に火力支援用の弾薬全部使ったのか!? アレは比喩表現であって、本気の台詞じゃ――」

「後の事なんて考えなしに、全部一回につぎ込む、その火花はそりゃあ美しいよね、興奮する……ッ!」

「文字通り全部使う奴がいるかバカ! 少なくとも今は後の事を考えろよッ!」

 

 頬を両手で挟み、紅潮した肌を隠さず宣うモエ。そこに怒声を浴びせるが、まるで堪えた様子はない。これは彼女の悪癖であった、破滅願望というか、何と云うか、兎に角『駄目』と思うとやりたくなる性があり、それが自身の負える責任の範疇に留まらなければ尚よろしいという、サキからすれば到底理解出来ない趣向だ。それがたった今、全力で悪い方向に作用していた。

 兎に角、手元に火力支援に使用可能な弾薬は無いという事実に、サキは思わず鉄帽を揺らしながら頭を抱える。

 

「この状況で弾薬が無いとか、どう考えても……!」

「――まさか」

 

 テント前で項垂れ、蒼褪めた表情で屈むサキ。そんな彼女の視界の先に、伸びる影があった。

 ハッと、顔を上げれば――構えた防衛陣地の手前、ほんの数十メートル先に複数の影があった。現れた複数の人影は油断なく銃器を構えながら、此方を鋭い視線で射貫いている。

 

「こうもアッサリ本陣に近付けるとはな」

「ッ!?」

 

 咄嗟に愛銃を構え、射撃姿勢を取るサキ。しかし、それよりも早く乾いた銃声が複数鳴り響き、サキの頭部を強かに叩いた。鈍い音が鳴り響き、サキはもんどりうって倒れる。しかし命中はしたが、効果があったとは云い難い――放たれた弾丸はサキの鉄帽に命中し、弾かれていた。

 

「クソッ、公安局の狂犬か――ッ!」

「悪いが今は公安局もシャーレ指揮下に在る、無駄口は無しだ」

 

 地面に倒れたサキは僅かにズレた鉄帽を押し上げ、視界の先に佇む生徒――カンナに向かって叫ぶ。衝撃で揺れる視界の中、愛銃を抱えながらその場で転がり、近場の土嚢の裏に身を隠すサキ。その間にも射撃が加えられるが、流石SRTと云うべきか、立ち直りは早く、土嚢の裏より即座に反撃の弾丸が飛来した。

 

「固めろッ!」

 

 カンナは咄嗟に叫び、その一言だけで後方に続いていた公安局の生徒四名は彼女の前へとスムーズに飛び出した。前列の生徒が防弾盾を構え、後列の生徒が肩口から銃口を覗かせる。即席のチームではあるが、公安局の生徒であれば問題なく回す事が出来る。飛来した弾丸は構えた防弾盾に着弾し、甲高い音を鳴らす。カンナは握り締めた愛銃、第十七号ヴァルキューレ制式拳銃の引き金に指を掛け、部隊の影に身を潜めた。

 

 ジリジリと距離を詰めて来るカンナ達に対し、サキは舌打ちを零しながら直ぐ隣でテントに引っ込んだモエへと問いを投げかける。

 

「モエ、トラップは!?」

「……おっかしいなぁ、警報も地雷も全部反応なし、もしかして全部無力化された?」

「この短時間で出来る筈がないだろう!?」

 

 愛銃を構えながら声を荒げるサキに対し、モエは緊張感の欠ける声で額を掻いていた。防衛陣地周辺、特に抜け道や基本的な通り道にはトラップ、地雷の類がこれでもかと敷き詰められていた筈だ。それをこんな短時間で突破してくるなど、到底考えられる事ではない。

 だが、現実問題としてヴァルキューレの部隊はトラップを突破し、この場に立っている。

 カンナは前方に立つ生徒達の肩に触れながら小さく、しかし強い口調で云った。

 

「先生の指示通りに動け、死角からの狙撃は無い、いつも通り落ち着いて対応しろ、相手に視線を合わせれば次の行動は『表示される』――従えば弾を喰らう事は、まずない」

 

 そう口走るカンナの視界にも、現在進行系で表示されるあらゆる情報。位置情報は勿論、遮蔽に隠れた相手の輪郭、相手の使用している武器、残弾、その体勢から発砲した場合の射撃予測線、一秒後の行動予測、被弾確率から此方の命中率まで――成程、これは凄まじいとカンナも内心で感嘆の息を零す程。

 

 そうこうしている内に、視界の中心に先生からの指示が表示される。地面に沿って青の矢印がラインを描き、今現在モエと口論を繰り広げるサキの数メートル手前で別れた。其処から更に細分化された動きは、まるで数秒先の未来を読んでいるかのような精度を以て分岐していく。

 ジジ、とカンナを含む五名の生徒、そのヘイローにノイズが走った。

 

「――手早く制圧するぞ、ヴァルキューレの意地を見せろ」

「はッ!」

 


 

 あなたが湖に落としたのは「絶対に命中させなければならない状況で、あんなに毎日頑張って練習したのに、必ず成功させなければいけなかったのに、それでも失敗してしまった現実を前に呆然と座り込んで、普段の明るさからは信じられない程昏い瞳で力なく先生の名を呼ぶキリノ」ですか?

 

 それとも「怠慢や手抜き、疎かにした代償と云うのは、絶対に来て欲しくない場面でこそ自分の身に降りかかるという事を身をもって体験し、そのツケを払わされた結果、ボロボロと涙を零しながら声を枯らして先生だったものに縋りつき謝罪し、もっと頑張れば良かった、もっと必死になるべきだったと何度も後悔するフブキ」ですか?

 

 違う? 徹夜仕事が続く中、ちょっとした休憩時間に先生と同じソファで探偵ウサギシリーズを読み、「こんな時間が訪れるのなら、徹夜仕事もまぁ、悪くないかもしれませんね」と、先生の捲るページに指先を添えながら、気恥ずかしそう微笑んでくれるカンナ?

 

 あなたは正直ですね、そんな正直者なあなたにはキリノとフブキの両方を差し上げましょう。

 その正直で美しい心を、どうかこれからも大事にして下さいまし。

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