「お待たせしました、変動金利等諸々適用し、利息は七百八十八万三千二百五十円となります」
「えっと、ではこれで――」
「……はい、確認しました、全て現金でお支払い頂きましたので、今月は以上となります、カイザーローンとお取引頂き、毎度ありがとうございます、来月も宜しくお願いいたします」
スーツを着たロボットは笑顔のアイコンを浮かべ、深々と頭を下げた。そのまま堅牢な現金輸送車に乗り込み、音を立てて出発する。その後ろ姿を、アビドスの生徒達は苦々しい表情で見送っていた。
その日はアビドスが金銭を借用している相手、カイザーローンの集金日であった。この日の為にせっせと金を稼いでいたアビドスは、集めたそれをカイザーローンに手渡し、何とか今月を乗り切ったのである。
輸送車が角を曲がって見えなくなった後、皆は一様に溜息を吐いて肩を落とした。
「………」
「はぁ、今月も何とか乗り切ったね~」
「完済まで後、どれくらい?」
「三百九年返済なので、今までの分を入れると――」
「あー、云わないで! 正確な数字で云われると更にストレス溜まりそうだから!」
「あはは……」
月の終わりの恒例行事。カイザーローンに金を支払った後は、皆で大抵愚痴大会となる。特にセリカは不満を隠さず、不貞腐れながら口を開く。
「どうせ死ぬまで完済出来ないんだし、計算しても無駄でしょ!」
「まー、まー、落ち着きなよセリカちゃん」
「それにしても、カイザーローンは何故現金でしか受け付けないのでしょうね? 態々専用の現金輸送車まで手配して……」
ノノミがそう疑問を零すと、隣に立っていたシロコがハッとした表情を浮かべた。それに気付いたセリカが、ジト目でシロコを見つめる。
「現金輸送車――……!」
「シロコ先輩、あの車は襲っちゃだめだよ」
「うん、分かっている」
「計画もしちゃ駄目!」
「……うん」
「何で残念そうなのよ!?」
バレなければ犯罪ではないというのがシロコのスタンス。もしセリカが止めていなければ、シロコは嬉々として現金輸送車を襲っていただろう。心なしかしょんぼりとしているシロコを横目に、ホシノはカラカラと笑って云った。
「ま、取り敢えず先に解決するべきは目の前の問題の方でしょ、兎に角一度、教室に戻ろ~」
「そうですね、そうしましょうか」
■
「さて、全員揃ったようなので始めます、まずは、二つの事案についてお話したいと思います」
アビドス対策委員会、部室。
朝早くの集金を終えた生徒達は、いつもの定位置に座ってアヤネの言葉に耳を傾ける。これは定例会議という程のものではなく、朝の情報共有会の様なものだった。
「最初に、昨晩の襲撃の件です」
「あの便利屋の子達だよね?」
「はい、もう襲撃はしないと伝えられてはいますが、一応情報があるに越したことはないと思いまして」
そう云ってアヤネは、タブレットの画面を皆に見せた。ホログラムとして拡大されたそれは、生徒全員の目に入る様に展開され、正面から撮影された便利屋の顔をひとりひとり浮かび上がらせている。
「私達を襲ったのは便利屋68と呼ばれる部活です、ゲヘナではかなり危険で素行の悪い生徒達として知られています、便利屋とは頼まれた事は何でもこなすサービス業者で、部活のリーダーの名前はアルさん、自らを社長と称している様です」
「あー、そう云えば事あるごとに何か云っていたねー」
「本人にとっては大事な事なのではないでしょうか? 私には良く分かりませんが……彼女の下には三人の部員が居て、それぞれカヨコさん、ムツキさん、ハルカさんと云うそうです」
ホログラムに表示される四名の部員。本人たちは会社を名乗っているが、実態は兎も角、見目だけならばそれらしくも見える。ホシノはパイプ椅子に凭れ掛かりながら口を開いた。
「いやぁ、本格的だ~」
「ゲヘナ学園では起業が許可されているの?」
「いえ、それはないと思います……恐らく、勝手に起業したのかと」
「あら、校則違反って事ですね、悪い子達には見えませんでしたが……」
「それが今までかなり非行を積み重ねてきたようでして、ゲヘナでも問題児扱いされています、依頼の方も破壊工作だとか戦闘行為だとかが中心だそうで、かなりの武闘派です」
まぁ、アビドス襲撃なんて依頼を引き受けるのだから、そうなのだろう。なまじカタカタヘルメット団の様な所属無しの連中ではなく、きちんとしたゲヘナ校在籍というのが中々に面倒だった。場合によってはゲヘナとアビドスの衝突に発展しかねない。
しかし、その辺りの問題は既に解決済みである。先生との仲裁で再び武力衝突する可能性は低いとホシノは判断した。そこは先生を全面的に信頼している。あの人はきっと、生徒同士の争いを好まない。
「まぁ、先生も居るし、そこまで警戒する必要はないんじゃないかな、勿論注意はしておくけれどね?」
「そうですね――では、続きましてセリカちゃんを襲ったヘルメット団の黒幕について」
「っ、分かったの!?」
アヤネの言葉に、セリカが椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がった。
「はい、パーツの型番から流通元を探った所、ブラックマーケットの店舗がヒットしました」
「ブラックマーケット……とっても危険な場所じゃないですか」
「そうですね、あそこでは中退、休学、退学……様々な理由で学校を辞めた生徒達が集団を形成しており、連邦生徒会の許可を得ていない非認可の部活もたくさん活動していると聞きました」
アヤネは顔を顰めながらそう言葉を続ける。
ブラックマーケット――このキヴォトスの中でもかなりの規模を誇る、非正規市場の一つ。表側では認可出来ない様な危険な重火器、装備品、はたまた戦闘車両や武装ヘリ、戦車、何なら学籍情報や偽装学生証まで売られている、なんて噂を調べる内にアヤネは耳にしていた。
どう考えても碌な場所ではない。
「因みに便利屋68は、そのブラックマーケットで何度か騒ぎを起こしているそうです、依頼内容も大抵、このブラックマーケットやその周辺に集中しているとか」
「とんでもない悪党じゃない……」
そんな危険な場所で活動していると聞いたセリカが、げんなりとした様子で呟いた。
「でも、という事はブラックマーケットに何かある可能性が?」
「はい、パーツの出所と、便利屋の活動範囲、二つの出来事の関連性を探すのも、ひとつの方法かもしれません」
「なるほどね、良し、じゃあ決まりだ、ブラックマーケットを調べてみよう、意外な手掛かりがあるかもしれないしねぇ~」
ホシノの一言で方針が決まった。一先ず、そのブラックマーケットに向かって探りを入れる。戦車のパーツを販売していた場所、そして便利屋が主に活動する場所――この二つの出来事が重なった此処にアビドスを狙う『誰か』が居るのかもしれない。まだ確証はないし、取っ掛かりの一つに過ぎないが、何もわからない状態から脱する事が出来たと云うのは大きい。
ホシノの言葉に皆は強い意志を込め、頷いて見せた。
「では、先生に連絡を入れておきます、集合場所は――」
「ブラックマーケットの入り口にしよっか」
「了解しました、では、その様にメールを……」
「お願いします☆」
「――よぉし、それじゃあ、アビドス、しゅっぱーつ!」
「おー!」
■
「此処が、ブラックマーケット……」
「わぁ☆ すっごい賑わっていますね?」
「ん、先生、一応あまり離れないで」
ブラックマーケット入口。
雑多な建物に囲まれた昏い雰囲気のこの場所は、人の喧騒に満ちている。単純な露天商との商談、客人同士の会話、飲んだくれ、喧嘩の騒音、通話音声、出所は様々。アビドスの生徒達は初めて訪れたアングラな雰囲気に、周囲を忙しなく見渡した。アビドスにはない活気、そして漂う怪しげな空気、雑多で煩雑な音の波、そのどれもこれもが生徒の肌を刺激する。
皆は自然と、先生を中心に身を寄せ合っていた。
「本当に、小さな市場を想像していたけれど、街一つくらいの規模だなんて――連邦生徒会の手が及ばないエリアが、ここまで巨大化しているとは思わなかった」
「うへー、普段私達はアビドスばっかりいるからね、学区外は結構変な場所が多いんだよー」
「ホシノ先輩、此処に来たことがあるの?」
「いんや、私も初めてだねー、でも他の学区にはへんちくりんなものが沢山あるんだってさー」
そう答えたホシノは、口元に指を添えながら何かを考える様に天を仰ぐ。
「ちょーデカい水族館もあるんだって、アクアリウムって云うの! 今度行ってみたいなー、うへ、お魚……お刺身……」
「よくわかんないけど、アクアリウムってそういうのじゃない様な……」
「なら今度皆で行ってみようか? 少し遠いから、もしかしたら泊まり掛けになるかもだけれど」
「良いの!?」
「えっ、あ、うん、別段入場料は高くないし」
「やったー!」
「……ホシノ先輩、そんなに行きたかったんだね」
先生が軽い気持ちで誘いを口にすれば、ホシノは飛び上がって歓喜の感情を見せる。アビドスから多少遠いものの、一泊すれば行けない距離ではない。偶には息抜きも必要だろう、特に最近は様々な事で根を詰めているから。
「皆さん、油断しないで下さい、此処は違法な武器や兵器が取引される場所です、何が起こるか分かりません」
「まぁ、そうは云っても先生が一緒だし……」
「いえ、先生が一緒だからこそ気を引き締めるべきです、先生の場合、銃弾一発でも致命傷なんですから!」
「うっ……それはそう、かも」
セリカはアヤネの言葉に肩を竦め、そっと先生の傍を固める。アヤネの頭の中では、このブラックマーケットはかなり危険なイメージで固まっているらしい。
「でも、先生凄く自然体、もしかして来た事ある?」
「あー、まぁ、仕事でね……連邦生徒会の手が届かない範囲は、シャーレがカバーしないといけないから」
「へぇ、先生も大変なのね」
そんな事を話しながら歩いていると、不意に乾いた炸裂音が空に鳴り響いた。
それはとても聞き覚えのある――銃声だった。
「あ、銃声だ」
シロコがぽつりと呟き、担いでいた愛銃を握り締める。
音は多少遠かったが、備えるに越したことはないと注意を促す為に皆の方を振り向き――。
「皆、一応銃を――委員長?」
ホシノが先生を抱きしめているのを目撃した。
左手で愛銃の
想像していなかった絵面に、目を見開いたシロコは数秒沈黙を守った後、口を開く。
「……何しているの?」
「あ、いや~、たはは……銃声がしたから、咄嗟に」
「ほ、ホシノ、く、首が、くるし……」
ホシノの胸元に頭を寄せられた先生が、彼女の肩をタップする。ホシノは自分がどんな風に先生を抱き寄せているのかを自覚し、慌ててその手を離した。
「ご、ごめん先生、いきなりの事だったからさ、おじさん余裕なくて」
「――いや、守ってくれようとしたんだろう? 感謝する事はあっても、責める事はないさ」
先生はそう云ってホシノに笑みを向ける。
当の彼女は僅かに頬を赤くし、申し訳なさそうに頬を掻いた。
先生だけは理解していた、彼女の胸内に渦巻く感情――恐怖に気付きながらも、見ない振りをした。小さく、唇を噛む。そんな感情を抱かせたのは、自分の不徳だからだ。
「待てッ!」
「コラ! テメェ、トリニティだろう!?」
「う、うわあああ! まずっ、まずいですー! つ、ついて来ないで下さいぃ~!」
ふと、喧騒の中でも一際目立つ声が聞こえてくる。見ると前方から、何やら誰かが追われている様で、声を撒き散らしながら必死に駆けている少女がちらりと見えた。キヴォトスの住人は足が速く、それは宛ら自動車レースの如く。群衆の隙間から、目立つ金髪が見え隠れする。
「あれ……あの制服は――」
アヤネが呟き、眼鏡を押し上げる。
どうやら彼女達の行き先はアビドスの居る方面の様で、群衆を押し退けながら凄まじい速度で接近していた。あれ、もしかしてこれ、こっちに来る? そうセリカが呟いた時には、殆ど顔の見える距離まで近づいており、先生の目が驚愕に見開かれる。ホシノが咄嗟に庇おうと前に出るも、凄まじいステップでホシノを躱した少女は、その後ろに立っていた先生の元へ、吸い込まれるようにして突貫した。
「せんせ、えっ!?」
「わわわっ、そこ退いてください~!」
「え、あ、ちょ、待っ――ごはッ!?」
人の波を宛ら電撃の如く潜り抜けていた少女は、勢いそのままに先生と真正面から衝突した。凄まじい速度で接近していた人影に、反応出来ず先生は少女の下敷きとなり、砂埃を上げながら先生と少女は地面に転がる。
「せ、先生!?」
「い、いたた……あッ! ご、ごめんなさい!」
少女が蒼褪めた表情で謝罪を口にし、アビドスの皆が先生の元へと駆け寄る。先生は片腕でタブレットの入った懐を守り、もう片方の腕で少女を抱きかかえていた。痛みの響く背中を隠し、何とか引き攣った笑みを浮かべた先生は言葉を紡ぐ。
「い、いや、大丈夫だ、それより皆、戦闘準備を――どうやら彼女、追われているらしい……!」
先生がそう口にすると同時、如何にも『私達、スケバンです』と云った風貌の少女二人組が現れる。スケバン二人は地面に転がった先生と少女を一瞥した後、周囲を取り囲むアビドスの生徒達に気付いた。
「あ? 何だお前ら、退け! アタシ達はそこのトリニティの生徒に用があるんだよ!」
「あ、うぅ……わ、私の方が特に用はないのですけれど……」
少女が首を引っ込めながらそう口にすれば、今の今まで思考に没頭していたアヤネがハッと何かに気付き、声を上げた。
「っ、思い出しました! その制服、キヴォトス最大規模のマンモス校、トリニティ総合学園のものです!」
「そう、そしてキヴォトスで一番金を持っているお嬢様学校でもある! だから拉致って、身代金をたんまり頂こうって訳さぁ!」
「拉致って交渉! 中々の財テクだろうぉ? くくくッ!」
アヤネの声に便乗する形で、自分達の計画を明かす不良達。拉致と身代金という辺りでシロコの耳がピクリと震えたが、隣のセリカが肘で脇腹を突く事で阻止に成功する。
「どうだ、お前たちも興味があるなら計画に乗るか? 身代金の分け前は――」
「シロコ、ノノミ」
「ん」
「はい☆」
「……あん?」
先生が少女を抱えたまま二人の名前を呼べば、ゆっくりと頷いたシロコ、ノノミ両名が音もなく不良の背後を取った。そして愛銃を振り上げると、不良の首元目掛けて振り下ろす。ノノミの方は愛銃が愛銃なので、ガコンとも、ドゴンとも取れる鈍い音を搔き鳴らし、不良の頭部が左右に揺れた。
「うごぉッ!?」
「あだァッ!?」
「悪人は懲らしめないとです☆」
「うん」
「あ……えっ?」
倒れ伏した不良を前に、金髪の少女――ヒフミは右往左往するのであった。
■
「あ、ありがとうございました、皆さんが居なかったら学園に迷惑を掛けちゃうところでした……その、こっそり抜け出して来たので問題なんて起こしたら……あぅ、想像しただけでも……」
何度も頭を下げ、早口でそう事情を捲し立てたトリニティの少女、ヒフミ。
ひらひらと手を振りながら、「なんてことはない」と口にする先生は、彼女に怪我が無かった事に胸を撫で下ろした。
「えっと、ヒフミちゃんだっけ~? トリニティのお嬢様が、どうしてこんな危ない場所に来たの?」
「あはは……それはですね、実は探し物がありまして、もう販売されていないので購入出来ない代物なのですが、ブラックマーケットでは密かに取引されていると聞いて――」
どこか困り顔でそう口にするヒフミに、アビドスの面々はぴくりと眉を動かす。ブラックマーケットでの探し物、更には通常販売されていない代物、となれば――。
「もしかして、戦車?」
「もしくは違法な火器?」
「違法薬物とかですか?」
「えっ!? い、いいえ……そんな物騒なものではなくて、えっとですね、ペロロ様の限定グッズなんです」
「ペロロ……?」
「はい、これです!」
大半の生徒が首を傾げる中、ヒフミは背負っていたバッグの中から奇妙な縫い包みを取り出し、皆に差し出した。
「ペロロ様とアイス屋フォーティーワンさんがコラボした、限定の縫い包み! 限定生産で百体しか作られていないレアグッズなんですよ!」
そう云って差し出された縫い包みは――どう見てもアイスを口に詰め込まれて窒息している様にしか見えない、奇妙なペンギンとも、ニワトリとも見える人形であった。今にも飛び出しそうな眼玉や、垂れ落ちた舌が何とも言えない愛嬌――愛嬌? を醸し出している。
「ね、可愛いでしょう?」
「………」
セリカやシロコ、ホシノ、アヤネと云った面々は差し出されたそれを見て、言葉に詰まる。可愛い、可愛いのかこれ? そんな表情を浮かべ、周囲を見渡す。幸いにして自分の感性が死んでいる訳でもなさそうで、自分の他にも似たような反応を返している仲間が居ると、少しだけ安堵の色を見せた。
「わぁ☆ モモフレンズですね! 私も大好きです! ペロロちゃんかわいいですよねぇ、私はミスター・ニコライが好きなんです」
「分かります! ニコライさんも哲学的なところがカッコよくて! あ、最近出たニコライさんの本、『善悪の彼方』も購入しました! 勿論、初版で!」
反し、ノノミはそのペロロ様と呼ばれた人形の愛嬌が理解出来るらしく、ヒフミと手を取り合い意気投合していた。その様子を見ていた他のアビドスの面々は、何とも言えない表情でその背中を見守っている。
「……いやぁ、何の話かおじさんさっぱりだぁ」
「ホシノ先輩、こういうファンシー系に全く興味ないでしょ」
「うむ、最近の若い奴にはついていけん」
「歳の差、ほぼないじゃん……」
自称おじさん、後頭部を掻きながらカラカラと笑う。
そんなやり取りを繰り広げながら、何となく打ち解けたヒフミとアビドスは何故彼女が不良達に追われる事になったのか、その経緯を細かに聞く事と相成った。
「――という訳で、グッズを買いに来たのですが先程の人たちに絡まれて……皆さんがいなかったら、今頃どうなっていた事やら」
「それは何とも、大変だったね」
「あはは、そうですね……えっと、ところでアビドスの皆さんと先生は、何故こちらに?」
「私達も似たようなものだよ、探し物があるんだ~」
「そう、今は生産されていなくて手に入れにくい物なんだけれど、此処にあるって話を聞いて」
「私と一緒ですね、何をお探しに?」
「それは――」
先生が答えようと口を開き、しかしふと――先生は言葉を止めて頭上を仰いだ。それから数秒、固まった先生はじっと虚空を睨みつける。それを不思議に思ったアヤネが先生の袖を引っ張り、問いかけた。
「……あの、先生?」
「――アヤネ、上空にドローンを飛ばして」
「えっ?」
「頼む」
「あ、は、はい!」
急な要請であったが、アヤネは先生の言葉を疑う事無く、背負っていたバッグからドローンを取り出し浮上させる。先生が無駄な指示を出す事はないという信頼と、こういう指示をするからには何か――潜在的な敵勢力が迫っているのかもしれないと、アヤネは考えた。ある程度高度を取ったドローンから映像を受信し、眼鏡のディスプレイに表示した彼女は、タブレットでドローンの向きを変えながら周辺を観察する。
「何が見える?」
「い、いえ、別段、これと云ったものは、周囲の人混みが見える位で――」
そう云いながらタブレット上で指を躍らせていたアヤネは、しかし群衆の中で妙な動きをしている一団が居る事に気付いた。人影に塗れた街は、一見するといつも通りに見える。だがその中で、幾つかの塊が一つの方向に向かって進んでいるのだ。
進んでいる場所は――此処だ。
「あれは――皆さん、四方から武装した集団が多数! 此方に向かって来ています!」
「はぁッ!?」
唐突な敵襲報告に、セリカは素っ頓狂な声を上げる。先生はヒフミの肩を掴むと、タブレットを取り出しながら近場の建物を指差した。
「総員戦闘準備! 大通りで戦うのは得策じゃない、籠城する、あのビルを陣取ろう、ヒフミ、こっちへ!」
「えっ、あ、わ、分かりました!」
ヒフミは先生に手を引かれるまま、外壁にグラフィティの散乱した、三階建ての雑居ビルに避難する。中途半端に開いていたシャッターを押し上げ、近場の廃棄された空の商品棚やら何やらを押し倒し、即興の弾避けとする。
ヒフミに銃を準備するように言い含めながら、先生はタブレットのアプリを起動させた。
「アロナ!」
『はいッ! 状況開始、オペレーティングシステム、戦術指揮モード起動します!』
瞬間、先生を中心に青白い電磁波が広がる。それに触れたアビドスの生徒、そしてヒフミは手足に一瞬の痺れを感じ、そして数秒後には視界一杯に敵の位置や装備が表示される。アビドスの生徒は慣れたものだが、ヒフミは初めての事に驚愕し、視界に映ったサポート情報を手で払おうと、あちこちに腕を振り回していた。
「わ、わぁッ!? な、なんですかコレぇッ!?」
「落ち着いて、これは先生の指揮能力、敵の位置とか残弾とか地形、飛来する弾丸の予測線、被弾率、命中率、諸々全部わかる、とても便利」
「便利で済ませられる能力じゃないと思うけれどねぇ~」
「わわ、あわわッ……」
ヒフミはシロコに肩を叩かれ、何とか平静を取り戻す。その間、セリカは建物の裏口や窓を封鎖し、遠くから接近する赤い輪郭――不良達の数に辟易とした。
「うわ、めっちゃ居るじゃない……!」
「先程撃退したチンピラの仲間の様ですね」
「望むところ」
「うへー……」
全員が戦闘態勢を整え、安全装置に手を添えていると、遂に群れを成した不良集団が雑居ビルを占拠したアビドスを発見し、叫んだ。
「居た、あいつ等だ!」
「よくもやってくれたなァ! 痛い目に遭わせてやるぜッ!」
「いっちょ前に備えやがって、覚悟しろよッ!」
そんな事を口々に言い放ち、空に向かって銃撃を繰り返す。そうしていると周囲に居た群衆が悲鳴を上げて逃げ去り、先生は隣で銃を胸に抱きしめながら目を白黒させているヒフミに語り掛けた。
「ヒフミ、戦えるかい?」
「あぅ……ちょ、ちょっと吃驚しましたけれど……だ、大丈夫です! 私にはペロロ様が付いていますからっ! それに、この先生のサポートがあれば私でも――!」
そう云って息を呑み、ぐっと強く頷くヒフミ。銃を持ち直した彼女は、先生を真っ直ぐ見て不格好にも笑って見せた。それを見た先生も笑みを零し、タブレットを掲げ皆に告げる。
「良し、それじゃあ――アビドス&ヒフミ、戦闘開始だ!」
「おーっ!」
「お、おーっ!」
【サオリ√】
「漸く、見つけた――」
不意に、声が聞こえた。
聞きたくもない――怨敵の声だった。
ゆっくりとユウカは振り向く。その両手で、愛銃を握り締めて。
果たして、崩れ往くミレニアムの中で姿を現したのは――見覚えのある制服を羽織った、一人の生徒だった。
「……アリウススクワッドの、サオリ」
「その名で呼ぶな」
少女、サオリが酷く冷たい声で告げる。彼女は羽織った嘗ては純白であった制服――血が染みつき、赤黒く変色した
ユウカの顔が、目に見えて歪む。その制服は、彼女にとって幸福の象徴だったから。
「私達は、シャーレだ」
「……シャーレはもう、存在しないわ」
「いいや、私達が存在する限り、シャーレはなくならない、なくなる筈がない」
声には力が籠っている。そう確信しているのだ――少なくとも、彼女の中では。
煤に塗れた愛銃を垂らし、サオリは呟く。
「ミレニアムのセミナーも、貴様で最後だ」
「どうして――」
意図せず、声が震える。
漏れ出そうとする感情に蓋をしながら、ユウカは目の前のサオリを睨みつけ、云った。
「どうして、先生の守ったキヴォトスで、こんな真似を」
「どうして?」
ぴくりと、サオリが震える。
ゆっくりと銃口をユウカに向けた彼女は、殺意の籠った視線を向けた。口調は淡々としていた、しかし込められた感情は――激烈であった。
「それは此方のセリフだ、何故先生を殺した、殺す必要があった?」
「……知っているでしょう、そうするしかなかった、それが先生の望みだった、先生はその身を擲ってでも、このキヴォトスを救いたかった――それを、アナタは!」
「私は、先生が死ぬ位ならば、キヴォトスなど、どうでも良かった!」
叫び、一歩踏み出したサオリの表情が炎に照らされた。憎悪と、悲壮と、後悔と、憤怒――極彩色の悪感情に彩られたそれを見たユウカは、痛い程に唇を噛み締める。
「エデン、楽園、この箱庭が何れ辿る天上? そんなものに興味はないッ! 先生の居ない世界になんの価値がある!?」
「それは先生の存在を否定する事よ! 先生の守ったこの世界に価値がないなんて、そんな事は云わせないッ!」
「そう思いたいだけだろうがッ! 先生を殺した上で救われたこの世界は、先生よりも価値があるとッ! そう思わなければ自分を保てない、弱い貴様の理論武装だッ!」
「―――!」
「恩に仇を、救済に殺戮を、親愛に殺意で以て答えた貴様らに、生きる価値などあるのか!? 先生がその命を賭して救う価値などあったのか!?」
熱風が、サオリの制服を弄んだ。
はためくそれを背に、彼女は両手を広げる。
背後には――燃え盛るキヴォトスがあった。
「――見ろ、このキヴォトスを! 先生を喪い、失意に沈む、学園同士で殺し合うッ! この醜い醜い
炎に沈むミレニアム、崩れ落ちたタワー――サオリの背後で煌々と照らされるそれに、ユウカは唇を噛み締める。
何もこれは、ミレニアムのみの話ではない。ゲヘナも、トリニティも、百鬼夜行も、レッドウィンターさえ、今は秩序を喪っている。学園内、外問わず罵り合い、殺し合い、命を奪い合う。連邦生徒会の行政権は喪われ、シャーレは事実上の解体、最早誰がトップで誰が敵で味方なのかもわからない。
これが、先生の望んだ結末なのか。
これが、先生の守った世界なのか。
こんなモノの為に――先生は死んだのか。
サオリは顔を覆い、しかし殺意に満ちた瞳だけはユウカから離さず、叫んだ。
「こんなものが――先生の救いたかった世界の筈がないッ!」
「それでも――ッ!」
ユウカは、叫んだ。
血を吐く思いで、叫んだ。
「あの人は、信じていた! 自分が例え斃れても、自分が消えた世界でも、私達は、
胸元を掴む。強く、掴む。
先生との思い出を脳裏に描くだけで苦しい。息が詰まる、心が渇く。忘れたい、全てを投げ捨てたい、涙を流して悲観に暮れるだけの生き方が出来るなら、どれ程良かった事か。
けれど、それは出来ない。それでも彼女は前に進むと誓ったのだ。最後に自分を見た、あの笑顔を――裏切る事は、絶対に。
「あなたは、その信頼を裏切ったッ!」
「死者の願いを捏造するなァッ!」
振り被ったサオリの拳が、ユウカの頬に突き刺さった。
全力で放たれたそれはユウカを数歩後方へと押しやり、蹈鞴を踏んだユウカの胸元を、サオリが勢い良く掴む。炎が彼女の表情を照らす、間近で見えたそれは悍ましくも美しく、ユウカに対する殺意と憤怒に塗れていた。
「許しが欲しいだけだろうがッ! 託されたと思いたいだけだろうがッ! 先生の死に意味があったと、仕方がない事だと、あれこれ理由を付けて正当化したいだけだろうがッ! お前たちのやっているそれこそが、先生の想いと願いを踏みにじる行為だと何故理解出来ない!?」
「それはっ、アナタでしょうッ!? いつまでも過去を見続け、前に進もうとしないッ! 先生は未来を求めた、私達の未来の為に死んだんだッ! その屍を無意味に、無惨に踏み躙っているのはアナタだッ! 先生の死を、無意味なものにしないッ! ――その為に私は此処に居るッ!」
「死が無意味ではないと思っている時点で、貴様は間違っているんだよッ!」
再び、サオリが拳を振り上げる。ユウカはそれを、辛うじて受け止めた。至近距離で見つめ合い、取っ組み合う。双方の視線が交わり、回った火の手が二人の姿を浮き彫りにする。憎悪と殺意に塗れた視線が、交じり合う。
「虚無だろうがッ! 無意味だろうがッ! 死に意味などあって堪るか、死を然も尊いものであるかのように語るなッ! 死は終わりだ、虚無だ! ――仮に、仮にそれがッ! どれ程価値あるものだとしても、私は生きて、先生に隣に居て欲しかったッ!」
「私だってッ――!」
叫び、ユウカがくしゃりと顔を歪め、思い切り頭を振り被った。全力の頭突き、それはサオリの鼻頭に直撃し、サオリの顔面が仰け反る。そのままサオリの胸元を掴み返し、跳ね戻った顔面に拳を叩きつける。ユウカの拳に、赤が舞った。
「出来るならそうしたい、そうしたかったッ! けれどそうはならなかった――出来なかったのッ! だからこうして前を向いてッ、傷だらけになりながら歩いているんでしょうがッ!?」
ユウカは涙を流し、叫ぶ。
それは慟哭だった、それは懺悔だった。最早届かぬ、許しを請う叫びだった。
「どれだけの苦難が襲い掛かっても、どれだけの時間が掛かっても! 私達は止まらない、止まれない! あの人に、そう願われたのだから、止まる訳にはいかない――! それが、私達に課せられた、使命だからッ!」
「……やはり貴様らは、云っても分からないか!」
「最初から、そうでしょう――錠前サオリッ!」
銃声が轟く。至近距離でサイドアームを抜いたサオリが、ユウカの腹部目掛けて数発、打ち込んだ。鈍痛と衝撃に仰け反ったユウカを蹴飛ばし、サオリは素早く後退。愛銃を構える。
ユウカも撃たれた腹部を庇いながら、愛銃を突きつけた。
燃え盛るミレニアムの中心で――二人は対峙する。
「
「完璧から程遠くても、最善じゃなくてもッ! より良い方向へ向かおうとする意志を、失くしちゃ駄目なの……っ! だから私は……ッ!」
視線が交わる、銃口が揺れる。
一際大きな炎が音を立てた時、二人の指先が引き金を絞った。
最期に見えたサオリの表情は――一粒の涙を流していた。
「――
この後相討ちして、両方とも先生に泣いて謝りながら死んだ。
サオリエンドのその後が見たいから書いてね、すぐでいいよ、とメールが三通位来たので、多分こうなるんじゃないかなぁ~と思いながら書きました。と云うか先生が殺害された世界線はどこもこんな感じで生徒vs生徒の殺し合いになります。この中に放り込まれるダークライ可哀そう……。まぁでも死んだ先生が悪いからしょうがないね。
うぅ、生徒達が戦って傷付く姿みたくない……でも先生モギモギした後はもれなくこの地獄が待っているから……嫌な事でもやるのが大人の条件って誰か云っていた様な気もするし、私頑張って書くよ、うぅ先生、生徒しぬとこみてて……。
心が痛いよォ、何でこんな事するんだよぉ、人の心とかないんか?
可哀そうだから二人共走馬灯で先生とイチャラブしていた頃の記憶見せてあげるね。おうちデートでもお外デートでもハナコッ! でも自由にしてね、どうせ夢だし。
次からはいつも通りの多分書き殴りに戻るよ! その内後書きの内容清書して、ちゃんとストーリーにして出したいね! いつになるかは分からないよ! でも多分、サクラダファミリアが出来るよりは先だよ! 約束する!
はー、ノアがセミナー裏切った後に、ユウカ率いるミレニアム勢にシャーレ襲撃させて、ヘイローを破壊されたノアに、血を流しながら這い蹲って手を伸ばす先生を見せつけてぇ~。
苦しそうに顔を歪めながら手を伸ばす先生に、ノアに対する愛情だとか執着だとか、そういうものを感じ取って、自分は最後に見向きもされないのかって、奈落の様な黒い感情を植え付けてぇ~。このユウカを過去に送ったらノアを親の仇みたいな目で見そう。
ノアとユウカの絡み書きてぇ~。マリーの信仰マシマシ背徳先生執着話も書きてぇ~。絆ストーリー追加されたアスナの無自覚先生殺害話も書きてぇ~。というかC&Cの話全部書きてぇ~。
書きたいのあり過ぎて死にそう。書きたいというか読みたいの、そもそも私が読みたくて書き始めたんだわコレ。誰か私の代わりに書いて、ペロロ様の靴下あげるから。