「――っ、銃声が近い?」
一人、防衛陣地の裏手にて迎撃の準備に着手していたミヤコは、比較的近辺から響いた銃声に思わず顔を上げた。木々の中に紛れていた小鳥が一斉に飛び出し、慌ただしい気配が周囲に蔓延する。
一瞬険しい表情を浮かべた彼女は、手にしていた検知型のクレイモア地雷を手早く地面に設置。ミヤコが愛用するそれは、前方に検知用のセンサーを備え、事前に設定していた人物以外を検知した場合は問答無用で炸裂する代物だ。
クレイモア両サイドの足を確りと広げ地面に固定すると、程なくピッという電子音と共に青白いライトが一瞬前方を照らし、ミヤコに設置完了の合図を送った。問題なく機能している事を確かめたミヤコは、肩に提げていた愛銃を抱え直しながら立ち上がる。
「サキ、モエ、状況を報告して下さい」
『――……』
耳元に手を添え呼びかけるも、返って来るのは無音。二度、三度、続けて応答を求めるも結果は変わらない。ミヤコはゆっくりと手を下ろし、小さく息を呑む。
「応答なし、これは……」
――本陣が奇襲されたか。
本来であればあり得ない状況、しかしミヤコは現状を冷静に見極めながら半ば確信を得ていた。そして、その考え当たっているのならば由々しき事態だ、時間的余裕は殆どない――故に彼女は素早く次の行動に移った。陣地内に残されていた物資を手早く回収し、背嚢に詰め込みながら後退の準備を始めたのだ。
自身が防衛陣地裏手のトラップを整備する間、警報が鳴った形跡も、地雷の爆発音もなかった。恐らくサキ達を奇襲した部隊はトラップ地帯を音もなく抜けて来た可能性が高い。
ミヤコはポーチに詰めた弾倉の数を指先でなぞり数えながら、胸中で呟く。上空に航空機の存在が認められない以上、地上から進行した以外に考えられない。そうなると、ヴァルキューレが他自治区の力を借りた可能性が極めて高かった。そう考えると、実に驚異的だ。
ミユの狙撃を潜り抜け、トラップ地帯を突破し、本陣に電撃的な奇襲を仕掛けられる部隊。
ミヤコが知る限り、ヴァルキューレにそれ程の力量を持つ部隊は存在しない。思い当たる組織と云えば、ゲヘナの風紀委員会、トリニティの正義実現委員会、ミレニアムのC&C、或いは――。
兎も角、それ程の力量を持つ部隊が襲来したと仮定して動くべきだ。
「こうなった以上、救出は難しいですね……仕方ありません、拠点を移して態勢を――」
「止まって下さい!」
纏めた背嚢を担ぎ上げ、本陣より後退を行おうとしていた彼女の背に、鋭い声が届いた。咄嗟に動きを止め、素早く視線を背後に飛ばす。振り向かず、銃に手を掛けなかったのは相手が先に声を発したからだ。彼女の予想通り、視界には複数の銃口が見えた。その矛先は、既に自分へと向けられている。
「先生の予想通り、此処に居ましたか……! 動かない様に、不審な動きを見せた場合即座に発砲します!」
「居ました、RABBIT小隊の隊長です!」
「指示通り、此方で捕縛を……!」
防衛陣地裏手、複数の土嚢で固められ、所々に銃架が散見されるその場所に、息を弾ませた生活安全局の生徒が複数。もう、こんな場所にまで侵入を――それにまさか、ヴァルキューレの生徒だったとは。
ミヤコは内心で驚きながらも、それを表に出す事無くゆっくりと振り返る。刺激しないように、両の掌は腰のあたりまで、緩慢な動作で伸ばした。
「市民の皆さんが使用する公園の不法占拠、違法な武器の所持及び使用、届け出のないデモ――申し訳ありませんが、拘束させて頂きます! 本官の指示に従い、大人しく投降して下さい!」
「………」
その口上を耳にしながら、彼女は目の前の生徒達を冷静に観察する。武装はヴァルキューレに配備されている制式拳銃、後列の生徒も同じで使用弾薬は.38スペシャルか。ミヤコは自身の胸元を覆うプレートキャリアに軽く触れる、彼女達RABBIT小隊が身に着けている防弾プレートはNIJ規格でレベルⅢ――セラミック製の防弾プレートであった。集中砲火を受ければ、あっという間に割れてしまうが、5.56や7.62であったとしても貫通を許さない。
頭部への着弾を許さなければ、相手の火力自体は高くない、勝機はある筈だ。そう考え、ゆっくりと腰を下げる。
「う、動かないで下さい! 本当に撃ちますよ!」
「銃を捨てて、両手を挙げるんだ!」
「うぅ……!」
ミヤコの所作に、嫌な予感を覚えたキリノ達は威嚇する様に声を上げた。優位に立っているのは自分達の筈だが、SRTの小隊長に選抜されたという目の前の生徒、その気配から来る威圧感、空気と云うものが彼女達の精神を圧迫していた。
肩に提げた愛銃へと緩やかに手を伸ばし、ミヤコは大きく息を吸い込む――そして、全力で地面を蹴った。
ぐんっ、とミヤコの身体が地面を滑る様に加速し、蹴り飛ばした地面が爆ぜた。
「――云いなりには、なりません!」
「っ、警告はしました! 発砲します!」
彼女が動いた瞬間、キリノを含む安全局の生徒達は一斉に発砲を開始した。乾いた銃声が連続して鳴り響き、駆け出したミヤコへと飛来する。ミヤコは左腕で愛銃を抱え、右腕で自身の頭部を庇い、極力姿勢を低く保つ。そして左右に大きく体を振りながら、まるで雷の様に高速で迫った。ジクザグに駆ける彼女の機動は読み難く、加えてSRTにて鍛えられた脚力は本物。抉られた地面は彼女が全力で蹴り上げた証左であり、傍から見ると凄まじい速度で肉薄していた。
降り注ぐ弾丸の雨に、数発の弾丸が肩や胸元、足に着弾する。全てを躱し切るのは如何にミヤコと云えど不可能だ――しかし重要なのは、決して動きは止めない事。確かに衝撃も、威力もある、だがライフル弾の類と比べれば比較的耐える余地があった。ミヤコは歯を食い縛り、埒を開ける為に被弾に怯むことなく足を動かす。
「と、止まらないッ!?」
「弱点を上手く庇って、有効射が……!」
「っ、予測線があるのに!」
地面を跳ねる弾丸、彼女達の扱うヴァルキューレ制式拳銃、その第三号は装弾数が五発の筈。全て撃ち尽くせばリロードの必要がある、その瞬間こそが自分の勝機。そんな彼女の鼻先を、一発の弾丸が突き抜ける。
「――ッ!」
咄嗟に身が硬直するも、本能をねじ伏せて尚駆けた。見れば額に汗を滲ませ、此方を挑む様に見据える、自身と同じ白髪の生徒。彼女は両腕で愛銃を握り締めながら、一発一発、狙いを定めて慎重に引き金を絞っていた。
その弾丸は悉く、ミヤコの動く先に置いて来る様な軌道を描く。少しでもズレれば、自身の頭部が首元、脚部に着弾する。自分の今いる場所ではない、予測線の描いた先を見越して――ミヤコは思わず荒い息を吐き、口元を緩める。
良い腕だと、素直に内心で称賛した。
「ですが、此処まで詰めれば――ッ!」
「っ!?」
ミヤコは大袈裟な程にステップを踏みながら、腰だめに構えた愛銃で目の前を薙ぎ払った。生活安全局の生徒達、その視界に映る警告表示。視界が赤いラインで埋め尽くされ、慌てて近場の土嚢やコンテナの裏に飛び込む。
連続した発砲音、彼女の持つ愛銃RABBIT-31式短機関銃はSRT特殊学園より支給された制式サブマシンガンである。ミヤコの両足にも装着されたドラムマガジンは使用弾丸の9mmが七十一発分ぎっしりと詰まっており、継続戦闘能力は非常に高い。それらを惜しまず吐き出す事で、単独であっても一瞬のみ凄まじい火力を生み出す事が出来る。
そしてミヤコの狙い通り、単独制圧射撃とも云える斉射により固まっていたヴァルキューレ生活安全局の生徒達は各々がバラバラに遮蔽へと身を隠した。視界が閃光に覆われ、弾丸の跳ねる甲高い音がそこら中に響く
今ならば反撃は無い、そう確信しミヤコは斉射に怯むことなく、素早く再装填しようと手を動かす生徒――キリノへと肉薄する。
自身に迫る影、警告表示に気付いたキリノは、ハッと顔を上げ息を呑んだ。
「懐に踏み込めば、下手に銃は撃てないでしょう!」
「ぐぅッ!」
膝を突き、弾倉を操作していたキリノの手を全力で蹴り飛ばす。鈍い音が鳴り響き、キリノの愛銃と装填しようとしていた弾丸が宙を舞った。
びりびりと衝撃の走る両手、キリノは顔を歪めながら咄嗟に後方へと跳躍する。しかし、キリノが下がった分、ミヤコもまた素早く距離を詰めた。まるで出来の悪いダンスの如く、二人は付かず離れずの距離で向かい合ったままステップを踏む。
「ちょ、キリノ、早く離れて!」
「これじゃ撃てないよッ!」
「そ、そうは、云いましてもッ!」
周囲の遮蔽から顔を覗かせ銃口をミヤコへと向ける彼女達だが、その行動予測線にキリノが重なり発砲する事が出来なかった。只ですら生活安全局として活動する事が多く、銃器を扱う事が少ない生徒達である。この様な状況で、如何に先生のサポートがあるとはいえ相手だけを器用に撃ち抜く真似が出来る気がしなかった。
それこそが、ミヤコの狙いである。
「稼働、確認――援護をッ!」
「っ!?」
呟き、腕を払うミヤコ。そんな彼女の影から、何か小さな代物が飛び出すのが見えた。
「何か来る、そっちッ!」
「な、なに……!?」
数は三、駆動音を鳴らしたソレは地面を凸凹で弾み、高速で地面を縫う様に隠れた生活安全局の生徒達の元へと走行していた。前方を照らすサーチライトが蒼い軌跡を描き、最後に虚空へと跳ね、生徒達の顔面目掛けて飛来する。
「――ドローン、
「わぁッ!?」
それが一体何なのか、視界に表示された情報から理解した生徒達は咄嗟に顔を背け、口を開けたまま耳を塞いだ。
瞬間、炸裂――脳を揺さぶる様な衝撃と爆音、閃光が網膜を焼く。ぐらりと揺れる体幹は、思わずその場に膝を突かせる。放たれた三つのドローンはそれぞれ指定された場所で炸裂し、全員の目と耳を奪っていた。
「っ、前が……!?」
直截狙われた訳ではない、しかしキリノも余波で視界が真っ白に染まっていた。狙われていたのは周辺に展開した同僚達だ、しかし強烈なSRTの装備というのは余波であっても相応に効果を持つらしい。目を細め、僅かに身体を硬直させたキリノ、その目前でミヤコは愛銃を構え、叫んだ。
「獲った――ッ!」
閃光と衝撃で身を竦ませ、一拍の硬直を招いた。
この至近距離、どう身を捩っても避ける事は出来ない。ミヤコは確信する。
一番厄介な射手を沈めさえすれば、この状況でも勝機はある――故に、此処で決めなくては。
そんな想いと共に、引き金を絞ろうとして。
「な、んのぉ――ッ!」
「ッ!?」
勝利を確信したその一撃を、キリノは強引に振りほどいて見せた。
ミヤコの腰だめに構えた愛銃、その銃口を爪先で思い切り蹴り上げたのだ。
放たれた弾丸は上空を穿ち、予期せぬ反撃にミヤコは蹈鞴を踏む。恐らくまだはっきりと見えていない筈だ。しかし目を細め、眩さと不快感に顔を歪めたキリノは、徒手空拳の構えのまま地面を踏み締め、叫んだ。
「先生の支援、そのお陰です……! 視界が閉ざされても、凡その輪郭と警告だけで、対応は可能ですので――ッ!」
「っ、何て、出鱈目……!?」
「銃が、無くともッ!」
「っ――!」
生徒達のヘイローを介して行われる先生の支援は、例え視界を奪われたとしても機能する。真っ白な視界の中でさえ、攻撃予測線や相手の輪郭、警告表示は健在なのだ。
身構えたキリノは腰にぶら下げた伸縮警棒を抜き放ち、勢い良く振り下ろす事で一息にリーチを伸ばす。そしてそのまま、自分から肉薄するとミヤコの腕目掛けて横凪に打撃を放った。ビュン、と風切り音と共に飛来する警棒、ミヤコは咄嗟に愛銃のストックに手を当て、横凪の一撃を受け止める。ガツンと硬質的な音が響き、両腕に振動と衝撃が走った。次いでお互いの肩をぶつけ合う様に衝突、ミヤコとキリノは至近距離で睨み合い、震える腕で押し合う形を取る。
吐息が掛かる距離、お互いの双眸が交差し、否が応でも剥き出しの感情が肌に伝わって来る。
「ぐぐッ、市民の皆さんの安全は、この中務キリノが守ります……ッ!」
「その、覚悟と想いには、共感し、敬意を払いますが……ッ!」
二三、言葉を交わした二人は何方ともなく弾かれた様に後退する。キリノが体全体で押し退け、転倒を嫌ったミヤコが一度呼吸を挟むために抗わなかった形だった。
「は、離れた、今――ッ!?」
「わっ、危なっ!?」
愛銃を抱えたまま地面を滑ったミヤコは、ここぞとばかりに顔を覗かせる周辺の生徒に銃撃を叩き込みながら、即座に距離を詰めに掛かる。兎にも角にも、今は周辺から蜂の巣にされない事が肝要。生徒の誰かをクロスレンジに捉え続ければ、下手に銃撃は出来ないし、何なら遮蔽代わりにもなる。この状況、多対一で乱戦に持ち込むのなら、活路はこれしかない。
反対にキリノは再度自身に向かって来るミヤコを見据えながらバックステップを踏み、普段とは反対方向のショルダーホルスターに手を伸ばす。
「生憎と、銃はひとつではありません……!」
使用した拳銃は弾き飛ばされてしまった、しかしキリノの身に着けたショルダーホルスターは左右両方に拳銃を収納する事が出来るダブルタイプ。警棒を躊躇いなく投げ捨て、予備の拳銃を素早く抜き放ったキリノは、全力で後方へと身を投げながら、半ば倒れ込む様にして狙いをつけた。
「――この距離ならばッ!」
後方へダイブし、不安定な射撃姿勢。万が一失敗しても、地面に横たわる自分に味方の弾丸は当たらない――云わば、捨て身の起死回生。
一発だけではない、連続した発砲、閃光が網膜を焼く。ミヤコは引き絞られる引き金を注視しながら、大きく身を反らし回避姿勢へと移った。例え至近距離であっても、相手の手元と銃口を注視すれば、急所を避ける事は難しくない。故に、この距離であってもミヤコには余裕があった。
一発、二発、ミヤコの肩と脇腹を掠め、後方へと流れる弾丸。予測線は見えていた、しかし至近距離に於ける射撃の精度はイマイチ。この距離での戦闘は不得手かとミヤコが判断した瞬間、先程まであらぬ方向を向いていたキリノの銃口が――ピタリと、此方の顔面を捉えていた。
「ッ!?」
まるで時間が止まった様な感覚だった、マズルフラッシュが視界を覆い、極限の集中力がミヤコの精神を加速させる。しかし、どれだけ気を研ぎ澄ませようと超高速で動ける訳でもなければ、本当に時間を止められる訳ではない。弾丸は真っ直ぐミヤコの額を捉え、凄まじい衝撃に顔面が跳ね上がった。
「あぐッ!?」
更に、四発、五発目が喉、鳩尾へと突き刺さる。凄まじい圧迫感に苦し気な息が漏れ、ミヤコの身体が押し戻される。後方へと流れた足は、無意識の内に蹈鞴を踏んだ。
銃口の向きは見えていた筈だった、当たらない軌道だった、しかし手首のスナップが急激に銃口の向きを変化させたのだ。まさか先程と同じように、回避される事を前提として? ならば――最初の一、二発目は囮だったのか。
ミヤコは苦悶の表情を浮かべながら、辛うじて転倒を免れる。しかし頭部に一撃を貰った、加えて喉と鳩尾、一呼吸分の猶予が欲しい。ガクガクと震える膝、数秒、彼女は無防備を晒してしまう。
「足が止まったぞ、撃て!」
「は、発砲しますッ!」
そして、それを見逃す生徒達ではない。途端に遮蔽裏へと潜んでいた生活安全局の生徒達が銃口を向け、幾つもの弾丸が飛来する。ミヤコは蒼褪めた表情のまま咄嗟に愛銃を盾にし、辛うじて頭部を守るものの腹部や足、肩、プレートキャリア越しに飛来する衝撃に息を詰まらせた。
「ぐぅ、いッ……!?」
まるで全方位から金属バッドで殴りつけられるような衝撃が続いた。左右に揺れる身体、腹部に装着していたポーチが千切れ飛び、プレートキャリアが割れる嫌な音が聞こえた。肺の空気を全て吐き出し、防御をすり抜けた弾丸が側頭部を強かに弾き、一瞬意識が飛びかける。堪らず崩れ落ち、膝を突いたミヤコは、苦悶に表情を歪め歯を食い縛った。
放たれたのは計ニ十発、その全てが体のどこかしらに着弾していた。
「油断、したのは――私も、でしたか……」
口元から血の混じった唾液を零し、悔し気に呟く。自分ならば切り抜けられると、一瞬、ほんの一瞬だけでも勝利を確信してしまった――それ自体戒めるべき事だと、SRTで学んだ筈だというのに。
「皆、ごめ、んな――さ……」
口元を大きく歪めたミヤコはそのまま、ゆっくりと地面へ体を横たえる。衣服と砂利の擦れる音が響き、彼女の後頭部に浮かんでいたヘイローが消失するのが分かった。
意識を失ったのだ。
「た、倒した……?」
背中から地面に倒れ込み、仰向けに転がったまま銃口をミヤコに向けるキリノはどこか信じられないと云った様子で呟いた。土埃に塗れたキリノが上体を起こすと、駆け寄った仲間達が彼女の身体を抱き起す。
「き、キリノの撃った弾が、丁度額に着弾した様に見えたけれど……」
「わ、私のですか!?」
「うん、確かに、それで動きを止めて……」
「まさか、遂に努力が実って射撃精度が――?」
仲間たちの言葉に、キリノは空のシリンダーを眺める。射撃訓練ではいつも、至近距離の状況で発砲したとしても人質に全弾当たった記憶があった。それでも訓練を欠かした事はないが、改善など夢のまた夢だとばかり――。何なら人質を狙えば犯人に全弾命中し、犯人を狙えば人質に全弾命中する始末。
或いは、先生の支援効果もあり、遂に自分の積み上げて来た訓練の成果が顔を出し始めたのかと、キリノは段々と湧き上がる高揚を表情に滲ませる。
「やはり努力は実を結ぶもの、そして正義もまた、いつだって勝利するもの――という事ですね!」
うん、と自分の中で納得したキリノは手にしていた愛銃をホルスターに突っ込み、そのまま倒れ伏し、気を失ったミヤコの元へと駆け寄る。銃火器や装備の類は回収し、手錠を掛けなければならない。駆け寄って来る仲間達の方を振り返りながら、キリノは無線機を片手に口を開いた。
「取り敢えず先生に報告しましょう!」
「りょ、了解!」
■
「――まさか、本当に成功するとは」
思わず漏れた声には、驚愕と感嘆の念が籠っていた様に思う。状況終了後、負傷した生徒を乗せた車両がエンジン音を鳴らし、公園を後にする。点滅する赤を視界に捉えていたカンナは、ふとその様な言葉を漏らした自身の口に手を当てると、直ぐ隣に立つ先生に向かって慌てて首を振った。
「あ、いえ、申し訳ありません、先生の能力を疑っていた訳ではないのですが、その、あまりにもスムーズに事が運んだので、つい……」
「皆が精一杯頑張ってくれた結果さ、私の力なんて微々たるものだよ」
焦燥した様に口走るそれに、先生はいつも通りの態度を崩さず答える。実際、先生がやっていた事と云えば本陣から火力支援を担当した班を直接指揮し、そこから装甲車に搭乗して少しずつ本陣に近付きながらフブキやカンナ、キリノの部隊に指示を送っていただけだ。自身の力添えなんて大した事ではないと、肝要なのは生徒の頑張りであると先生は譲らない。
しかし、カンナからすればその支援がどれ程有難いもので、稀有なものかを実感している。ふっと苦笑を零した彼女は、頬を掻きながら視線を横に逸らした。
「……相変わらず謙虚ですね、もう少し功績を誇って頂ける方が、此方としても気兼ねないのですが――兎も角ヴァルキューレ警察学校を代表して、感謝いたします、先生」
口元に微笑みを湛えながら先生と向かい合い、深く頭を下げるカンナ。やっと肩の荷が下りたという実感があるのだろう、その声色は先程までと比較すると幾分か柔らかく感じられた。
「先生~!」
「ん?」
そうこうしている内に、公園内部から一仕事を終えたキリノ達が駆けて来る姿が見えた。恐らく公安局や警備局の生徒に後は任せたのだろう、フブキの背後には八名の生活安全局の生徒達、その姿もあった。彼女達は一つの塊となって先生の元へと駆け寄ると、その表情に興奮と歓喜を滲ませ叫ぶ。
「先生、見ていてくれましたか、私の射撃を! まさに警備局の皆さんの様な、鮮やかな一撃でした……!」
「あぁ、画面越しだったけれどちゃんと見ていたよ、キリノの日々の努力が実を結んだ結果だね」
「はいっ! この調子で、いつか百発百中を目指して見せます!」
ぐっと、拳を突き上げるキリノは輝いて見える。どうも今回の一件で、かなり自信が付いたらしい、それはとても素晴らしい事であると先生は思う。キリノの背後では両腕を頭の後ろに回し、上機嫌に此方を見るフブキの姿があった。
「ま、何はともあれ上手くいった様で何よりって感じ? 事件も完璧に解決しちゃったし、これはもう二十日分くらい特別休暇を貰えるんじゃないかな? ふふっ、さいっこぉ~……!」
「――はぁ、フブキ、貴様は全く、良くも悪くもブレないな」
「要領良くやりたいだけですって局長、それで今回、どれ位休暇貰えます?」
へらへらと笑いながら問いかけるフブキの態度に、カンナは先程までの清々しい気分はどこへやら、乱雑に頭を掻く。
「貴様らの殊勲は認めよう、だがそれを決める権限が私の立場にはない、管轄はもっと上層部の方々だ――報酬については大人しく来月の賞罰発表を待て」
「えー、何だ、直ぐ貰える訳じゃないのかぁ」
「ですが、来月なんて直ぐですよフブキ! もしかしたら本当に警備局に転科出来るかも――!」
「いや、私は絶対嫌だからね?」
目を輝かせ未来の展望を語るキリノに、フブキは素っ気ない態度を貫く。フブキからすれば現在の生活安全局の生活が気に入っているし、自分から多忙と分かっている部署に異動するなど絶対に御免だった。
カンナの言葉に、キリノとフブキの背後に並ぶ生活安全局の生徒達も、どこか誇らし気に口元を緩めていた。
「――他の皆も良くやった、殊勲は聞いた通りだ、だが最後まで気を抜かないように」
「はっ!」
カンナの声に、先生の指揮下で戦闘を行った公安、警備局の生徒達が背筋を正す。そうこうしている間に、公園内部から拘束されたRABBIT小隊の四名が移送されている姿を先生は視界に捉えた。
「ほら、キビキビ歩けッ!」
「………」
周囲を警備局の生徒に固められ、一列になって歩く彼女達。傍には後部扉の開いた護送車が待機しており、先生は遠目に彼女達の姿を認めると、その場をカンナに任せ小走りで駆け寄った。
「少し良いかな?」
「えっ? あ、はいッ!」
先頭を歩く警備局の生徒に声を掛ければ、声を掛けられた事に驚きながらも咄嗟に足を止める。RABBIT小隊も釣られて足が止まり、警備局の生徒達が周囲に目を光らせているのが分かった。護送車の後部座席から顔を覗かせる公安局の生徒に、先生は申し訳なさそうに手を挙げる。
「ごめんね、少しだけ彼女達と話したいんだ」
「はっ……少しの間でしたら」
そう云って改めてRABBIT小隊の前に立つ先生。身長の関係から、四名が先生を見上げる形となる。此方を射貫く瞳の中には、隠し切れない敵意が滲んでいる様に見えた。各々が最後まで抵抗したのだろう、全員の衣服に弾痕が残り、土に混じって微かに硝煙の香りがした。
「――お前がミヤコの云っていた、シャーレの先生か」
口火を切ったのはサキだ。彼女は分かり易く口元を曲げながら、苛立ちをぶつける様に吐き捨てる。
「はっ、何、冷やかし? それとも馬鹿にしに来たの? 敗者の顔を態々眺めに来るとか、随分と良い趣味じゃん」
「うぅ、やっぱり私達、このまま……」
モエは分かり易い敵意と侮蔑を、ミユは強い恐怖と不安を自身に抱いている様だった。
そんなつもりではないよ、と。そう口にした所で、彼女達に対し何の意味もない事は明らかだ。先生はただ無言のまま、彼女達に大きな怪我がない事を視線で確かめる。所々血が滲んでいたり、痣は出来てしまっているが、見た限り大きな怪我らしい怪我は見当たらなかった。
「先生……」
皆が無事である事に内心で安堵していると、部隊の最後尾を歩いていたミヤコが一歩前に出た。咄嗟に周囲を警戒していた警備局の生徒が銃口を持ち上げるものの、先生は軽く腕を上げ彼女達を制止する。当のミヤコはそんな周囲の反応など全く気に留める事無く、土と砂利に塗れた格好のまま、挑む様な視線で此方を見上げていた。
滲む感情は、羨望と悔悟、そして敵愾心か。
「ミヤコ」
「私の完敗です、流石の手腕、という所でしょうか」
「………」
「SRTが動けない間、その代わりにキヴォトス中の多くの問題を解決し、様々な自治区、生徒達から信頼され、連邦生徒会長に超法規的捜査権を任される、それに足る大人なのだと、理解しました」
――えぇ、本当に優秀で、如才なく、困難など知らぬとばかりに振る舞う大人。
こうして自分達を見下ろす先生の目に見えるのは、敵意や憎しみ、蔑みなどではない。ただ純粋に此方を思い遣り、慈しむ様な視線だ。それは持つ者ゆえの余裕か、置かれた状況故か、ある種傲慢にさえ映る彼の姿にミヤコは唇を強く噛んだ。
ミヤコは思う。きっとその力があれば、能力があれば、才覚があれば、肩書があれば、この人にとって困難らしい困難など、無かったのだろうと。
こうしているだけでも理解出来る、ヴァルキューレの生徒達は先生に強い信頼を向けていた。そしてそれは、きっとヴァルキューレだけの話ではないのだろう。それに足るだけの実力を先生は自分達に示した。生活安全局等という本来戦闘向けの部署ではない所属の生徒に、特務たる自分達は破られたのだから。何から何まで、完敗と云って良い。
己の目の前に立つ、恙なく、何の障害も無く、余裕を持ってあらゆる物事に対処する超然とした大人の姿。掴もうと思えば、どんな結果であろうと掴めてしまうのだろう、その手の大きさ。
それはある種、生徒の理想ですらあった。きっと多くの生徒は彼のそんな姿に頼もしさを覚え、安心感に包まれ、笑顔で寄り掛る事が出来るのだろう。
しかし、ミヤコにとっては。
その何食わぬ顔が、超然とした姿勢が――。
「先生、私達は貴方のような大人が――」
彼女は僅かに俯いていた顔を上げ、その薄紫がかった瞳を真っ直ぐ先生に向けた。煌めく瞳の奥には、強い怒りの色が滲んでいた。
「――一番嫌いです」
「――地獄に堕ちろ」
「――もう二度と会う事もないだろうね」
「――あぅ」
真っ直ぐ、瞳を向けられながら叩きつけられる言葉。それは辛辣を超えて、悪辣ですらある。思わず、と云った風に周囲を固めていた生徒達が驚きに目を剥く中、不意に笑い声が漏れた。
「……ふふっ」
「――?」
それは他ならぬ、先生自身から漏れ出た声だった。
知らず知らずのうちに漏れてしまった、そう云わんばかりに。その笑みは自然に出たものであり、顔を覗かせる色は朗らかでさえあった。
相手を罵る類の言葉であると理解していた、だというのに返って来たのは明るいとすら云える笑み。RABBIT小隊の四名は呆気に取られ、ややあってサキは表情をくしゃりと歪めると、舌打ち交じりに問いかける。
「おい、何が可笑しい、もしかして私達をバカにしているのか!?」
「あぁいや、ごめん、そんなつもりはないんだ……ただ」
口元に手を添え、嬉しそうに目を伏せる先生は緩慢な動作で四人を眺める。その瞳の向こう側には、彼女達には理解出来ない何か、不可解な光がある様な気がした。けれどそれが何であるかは、まるで見当が付かない。
「少し、嬉しくてね」
「……は?」
こんな言葉を叩きつけられて、嬉しいだと?
凡そ常人の感性では理解出来ないそれに、RABBIT小隊は困惑と侮蔑、そして改めて理解出来ない存在を見る目で先生を睨み付けた。
「なに、もしかして罵られて喜ぶタイプ?」
「度し難い変態だな……」
「う、うぅ……」
「……最低ですね」
「あ、いやいや、違うよ、誤解しないで」
慌てて否定を口にする先生、そう云った意図は微塵もないと弁明を試みるがどうやら理解は得られないらしい。そんなやり取りを横目に見ていた警備局の生徒は何とも云えない表情を浮かべると、先生の傍へ駆け寄り耳打ちする。
「んんッ! 申し訳ありません、先生――そろそろ」
「っと、あぁ、そうだね……ありがとう、時間をくれて」
「いえ……連れていけ」
「ハッ!」
その一言でRABBIT小隊は背中を小突かれ、蹈鞴を踏む。警備局の生徒を睨み付けるサキだが、抵抗する事も出来ずそのまま護送車の中へと詰め込まれて行く。彼女達の背中が扉で遮られるまで見送り、先生は申し訳なさそうに頬を掻いた。
「先生」
そんな彼の肩に手が掛かる、振り返ればカンナが心配そうな表情で此方を見ていた。どうやら今のやり取りを見られていたらしい、先生は苦笑を浮かべ口を開く。
「……恥ずかしい所を見られてしまったかな」
「いえ、先生が気にする必要はありません、単なる負け惜しみ、八つ当たりの類でしょう」
兎に角、先生を攻撃する糸口が欲しかったのだろう。只の難癖だ、気にする必要などないと彼女は口にする。
「兎も角、このまま彼女達の身柄は此方で連行します、十分に警戒して事に当たりますので、ご安心を」
「……彼女達の処遇は連邦生徒会が?」
「えぇ、そうなります、本来であればヴァルキューレの方で処罰を決める所ですが、今回は連邦生徒会が絡んでおりますし、彼女達の所属も特殊です、恐らく――そうですね、防衛室長が彼女達の処遇を決めるかと」
「防衛室長――」
カンナの返答に、先生は思わず口を噤む。連邦生徒会、行政委員会の防衛室、その室長である不知火カヤは、今回この騒動の収拾を依頼して来た本人だった。先生は暫し考える素振りを見せた後、改めてカンナに水を向ける。
「カンナ、この後ってRABBIT小隊の皆に取り調べとか、あるよね?」
「はい、それは勿論――」
「彼女達の取り調べに関してなのだけれど、後から様子を見に行っても良いかな?」
「……は? 先生が、ですか」
「うん、出来ればで構わないから」
思わぬ提案に、カンナは目を瞬かせながら困惑を滲ませる。こんな事を云い出すなど、恐らく夢にも思わなかったのだろう。暫し云い淀む彼女であったが、シャーレは今回の一件で大きな役割を果たしていた。作戦指揮を執っている上、犯人の捕縛にも大きく寄与している。少なくとも規則上、シャーレの先生が取り調べに参加する事は問題ない筈だとカンナは思案する。
「先生のご希望であれば、可能ですが……」
「良かった、悪いけれど頼むよ」
小さく頷き、カンナは小首を傾げる。そんな彼女を他所に、先生はタブレットを二、三操作すると「それじゃあカンナ、取り調べが終わる前には必ず合流するから」と口走り、そのまま公園の出入り口へと駆けて行った。カンナは慌てて去り行く背中に向かって問いかける。
「先生、一体何方に!?」
「あぁ、ちょっとね」
振り返った先生は、僅かに息を弾ませながら云った。
「――連邦生徒会に、顔を出して来るよ」