「……ふん」
ヴァルキューレ警察学校――取調室。
その部屋は四隅が薄暗く、中央に鮮烈な光を放つ電球が一つ、ぶら下がっているだけであった。無機質なデスクにはスタンドライトが一つ、入り口から見て奥側に腰掛けるRABBIT小隊のひとり、サキは不機嫌そうに鼻を鳴らした。その視線の先には仏頂面で手元の端末を操作するヴァルキューレの狂犬と、ドーム型のカメラが複数。天井に設置されたそれは、現在進行形で自分達を撮影している事だろう。
サキは両腕を組んだまま口を一文字に結び、眉間に皺を寄せる。
不意に、正面に座るカンナが云った。
「名前は?」
「………」
彼女の問い掛けに、サキは答えない。数秒間が空き、それからカンナは鋭い視線と共に声を張り上げた。
「名前を云え!」
ぐわんと、室内に彼女の威圧的な声が響く。サキは一瞬面倒そうに顔を顰め、それから渋々口を開いた。
「……疾うの昔に知っているだろう、態々聞く必要があるのか?」
「質問は許可していない」
「はっ、教本通りだな」
「もう一度聞く、名前は」
嫌味な言葉には一切反応を返さず、カンナは端末をデスクに放りながら三度尋ねる。正面に座るサキは視線を横に逸らしたまま、不承不承といった様子で答えた。
「……空井サキだ」
「所属は」
「SRT特殊学園、RABBIT小隊所属――だった」
お前達が勝手に閉鎖するまではな。
そう吐き捨て、背もたれに身を預けた彼女は敵意を全く隠さない。この部屋に入った時からそうだ、カンナはそんな態度を貫くサキに対し、これ見よがしに溜息を零した。
「随分と反抗的な態度だ、自分の状況を理解しているのか?」
「………」
「私が狂犬と呼ばれている理由、知らない訳ではないだろう」
「――何だそれは、脅しのつもりか?」
カンナの言葉に対し、嘲笑を零すサキ。狂犬だか何だか知らないが、そんなものが脅し文句になると思っているのなら、SRTを舐め過ぎだ。そんな風に声を漏らす彼女は、指先をカンナに向けながら告げる。
「SRTでの訓練項目には捕虜になった際のカリキュラムも存在する、機密の取り扱いについては万全だ、たとえお前が何をしようと、私から何かを聞き出せると思ったのなら大間違いだぞ」
「さて、どうだろうな」
あくまで強気な態度を崩さないサキに対し、カンナの対応は努めてフラットであった。ヴァルキューレによる取調べでこの様な態度を取る生徒は少なくない、連中は根本的にヴァルキューレ警察学校を下に見ているのだ。故に対応も手慣れたもので、特に怒りの感情すら湧いてこない。
SRTの生徒に対し、生半可な尋問が通用するとはそもそも思っていない。其処らの不良生徒とは文字通り鍛え方が違う――下手な尋問は逆効果だろう、そうでなくともカンナの脳裏に、先生の顔がちらついた。
ぼんやりとした彼の笑顔を思い浮かべると、どうにも追及の手が鈍る。それを振り払う様に額を指先で叩くと、カンナは端末の画面にサキの情報を表示させた。其処には詳細なプロフィールから、SRTでの成績に至るまでの全てが網羅されている。それらを指先でスクロールしながら、カンナは語る。
「空井サキ、連邦生徒会から送られて来たSRT内部資料によれば、学内でも相当優秀な成績だった様じゃないか、筆記試験に於いては殆ど満点、演習に於ける実技も問題なし、学園内の校則違反ひとつ無く――間違いなく優等生そのものだ」
「………」
「だからこそ分からんな、そんな優秀な貴様が何故ヴァルキューレへの編入を拒み、あんな事件を起こしたのか」
資料を読み解く限り、この空井サキという生徒はあらゆる面で模範的とさえ云える。学業も実技も優秀、校則違反は無く、学内での評価も上々。何か問題を起こす事も無く、率先して規律を正し、校則を遵守し交友関係も問題なし。優等生という言葉がこれ程までに似合う生徒もいないだろう。それもSRT特殊学園という上澄みも上澄み、狭き門を潜り抜けた優秀な生徒の中で、一等優秀となれば正にエリートだ。
カンナが心底不思議そうに問いかければ、サキは何処か気難しそうに黙り込み、それからややあって、静かに語り始めた。
「……ヴァルキューレ警察学校と、SRT特殊学園は違う」
「抽象的だな、具体的に何がどう違う?」
「SRTでは放課後であろうと厳格な規則に従い、規則正しく生活しなければならない」
それは、SRTという特殊な環境だからこそ嵌められる枷だ。しかし同時に、それだけ自分達が特殊であると云う自覚を齎すものでもあった。サキは腕を組んだまま、学園生活を振り返る。
「定時に起床し寝具を整理、その後一日の訓練と座学を行う、放課後だろうが寮内で気を緩める事は許されない、常に緊張感をもって訓練や整備に取り組むことが求められる、食事中だろうが、休憩中だろうが、睡眠中だろうが、いつ如何なる状況で危機に直面しようと、私達は対応出来なければならない――その常在戦場の心構えが、SRTがSRTたる所以だった」
傍から見れば異常だろう、しかしサキにとってはそれが日常で、憧れそのものだった。自らを厳しく律し、困難に自ら立ち向かう勇姿。それは、SRTの中でしか見出せない。
故に、彼女はカンナへと真っ直ぐ視線を向け、告げる。
「――お前達ヴァルキューレとは、違う」
「………」
「最も規律に厳しいとされる公安局でさえ、休日や放課後であれば私服で自由な行動を許されるのだろう? 市民に緊張感を与えないと云う理由があったとしても、一時は常在戦場の心得から離れる瞬間がある」
僅かな休息、気の緩み、その枷が外れる瞬間こそをサキは嫌った。そんなものは自身の求めた環境ではない、憧れた強さではない。衣服に皺が刻まれる程自身の腕を強く握り締め、彼女は断じる。
「私は、そんな生き方はしない――のうのうと自由を与えられた
それが、私がデモに参加した理由だ。
それだけを告げ、サキは再び黙り込む。カンナは手元の端末に彼女の発言を記録しながら、静かに吐息を零した。胸中には様々な感情が湧き上がったが、それを表に出す事はしない。恐らく嘘ではないのだろう、彼女の言葉には何か熱の様なものが籠っている様に思う。だからと云って今回の件を肯定する気は更々ないが――納得出来るだけの理由は揃っていた様に思えた。
「成程、話は分かった」
「ふん」
「ならもう一つ聞こう」
「……何だ、まだあるのか」
繰り返される質問に、サキは辟易とした表情を覗かせる。自分達が拘束されて、既に何時間経過しているだろうか。少なくとも一、二時間ではないだろう。尋問、拷問に耐える訓練は行っているが、それはそれとして煩わしい事に変わりはない。
面倒そうに肩を揺らすサキに対し、カンナは脇に置いていたクリップボードを手に取った。其処には先程行われた作戦、その詳細が記載されている。何枚か頁を捲ったカンナは、指先で紙面をなぞりながら問うた。
「交戦中、風倉がクロノスの中継用ドローンを破壊したな? あの時意味もなく大量の弾丸を浪費した筈だ」
思い返すのは先生が現場に到着し、その直後に起こったドローンへの攻撃。あの爆撃、最早公園の区画一つを吹き飛ばすのではないかと思う程の攻撃だった。当たり前だが、ドローン一機を対象として行う攻撃としては過剰である。到底SRTで教えられるような、合理的な判断だとは思えない。故にカンナは紙面を指先で叩きながら、訝し気にサキを見る。
「何故止めなかった? 貴様ほど優秀な生徒であれば、あの手の防衛戦に於いて弾薬がどれ程貴重なものか、知らない筈がない」
「それは……」
「それとも何か、アレは戦術的に意味のある行動だったのか?」
たとえば火力の高さを見せつける事で、此方を威圧する目的があったとか。或いはあの場所を火砲で耕す事によって、彼女達にとって何か大きなメリットが生まれるだとか。射線を確保する事で保有する火器の最大火力を発揮出来る可能性はあるが、あの場所は彼女達の防衛陣地から見て然程重要なルートとも思えない。貴重な弾薬を使用してまで障害物を排除する必要はないというのが、カンナの所感だ。故に純粋な疑問をぶつけた訳だが、サキは不意に苦々しい表情を浮かべ、黙り込んでしまう。
「………」
「何だ、そんなに口ごもって」
口元をまごつかせ、唇を擦り合わせるサキの姿は先程と打って変わって、力ない。肩を竦めデスクの下で指先を擦り合わせるサキは、ぽつぽつと言葉を漏らし始めた。
「いや、その……SRTの演習や訓練で、弾薬の無駄撃ち何て絶対に許されなかったから」
「それは、学園運営の観点からすれば当然の事だろう」
「……だから」
「……だから?」
疑問符を浮かべ、続きを促すカンナに対し。
サキは頬を紅潮させ、どこか恥ずかしそうに視線を逸らしながら答えた。
「――一回くらい、やってみたくて」
「………」
■
「えぇっと、では風倉モエさん……ですね」
「んー?」
椅子の背凭れに身を預け、軽く軋ませながら背を逸らすモエは気のない返事を返した。目の前に気真面目そうな顔をしたヴァルキューレの生徒――キリノが手元の端末から資料を確認している。モエは咥えていた飴を指先で摘まむと、億劫そうに問いかけた。
「あのさ、早い内に聞いておきたいんだけれど」
「あっ、はい、何でしょう?」
「これって何時間くらいやる訳?」
「えっ」
声は辟易としいて、それを隠そうともしていない。彼女は小さくなった飴を眺めながら、残りの飴の数を脳裏に浮かべ続ける。
「さっきも何か色々聞かれたし、早めに終わらせてくんないかなぁ、予備の飴も少なくなってきちゃったから」
「なっ、そ、そうはいきません! こんな状況で飴の心配なんて……そんな態度でしたら、その残った飴も没収してしまいますよ!?」
「うえぇ、面倒くさいなぁ……」
くるくると指先を擦り合わせ棒を回転させると、飴を再び口に咥えるモエ。取調室に入る前も執拗な程同じ質問を繰り返されたし、彼女からすれば面倒な事この上ない。さっさと終わってくれないかなぁと天井を仰ぐモエに、キリノは咳払いを一つ挟むと真剣な面持ちで問いかけた。
「んんっ、では風倉さん、単刀直入にお聞きします――どうしてあの時、子ウサギ公園を占拠して、あのようなデモを行ったのですか? ヴァルキューレの呼びかけに応じる機会は、何度もあった筈です」
タブレットをデスクにそっと置き、彼女は問う。最初から武器を捨てて素直に投降していれば、此処まで事態は大きくならなかった。或いはもっと別の方法で平和的に訴えかけていれば、その言葉に耳を傾ける人々はもっと多く現れたかもしれないと。
キリノの言葉に顔を背けたモエは、しかめっ面を浮かべると素っ気なく呟いた。
「……SRTから、出て行きたくなかったから」
「むっ」
その、何処となく覇気のない声色に思わずキリノは憐憫の情を抱いた。先程までの態度はもしかしたら、単なる強がりだったのではないかと思ってしまう程に、彼女の表情には陰がみえたのだ。
「な、なるほど……確かに本官も突然、『ヴァルキューレ警察学校から出ていけ』と云われたら悲しいですし、素直に応じるのは難しいかもしれません」
良く考えれば、彼女達はある日突然学園が閉鎖となり、何が何だか分からない内にヴァルキューレ警察学校へと編入を決められたのだろう。その境遇を考えれば、多少なりとも混乱し、抵抗したくなる気持ちは理解出来る。キリノは腕を組んだまま何度も頷き、モエの抱いているであろう感情に同情の念を示した。
「苦楽を共にした仲間との思い出、血と汗の滲む努力の結晶、多くの時間を過ごした母校、それを簡単に捨てる事は出来ないと……承知しました、その想いについては本官も同意見です、恐らくきちんと説明すれば情状酌量の余地が――」
「いや別に、そういうのはどーでも良いんだけれど」
「えっ」
キリノが気の毒そうに声を絞り出し、彼女の想いに寄り添った結果――返って来たのは実に無機質で、思いもよらない言葉だった。モエは飴を舐めながらくぐもった声で続ける。
「寧ろ今の小隊とはさっさとお別れしたいかも、サキは毎日小言ばっかりだし、ミユは直ぐ泣くしさ」
「で、では、どうしてSRTを離れたくないと?」
「そりゃあ勿論、あの大量の武器の為でしょ!」
「ぶ、武器……?」
目を輝かせ、溌剌とした笑みさえ浮かべながら高らかに叫ぶモエ。その勢いに気圧されながら、キリノは目を白黒させる。武器が何故、SRTを離れがたい理由になるのか。キリノは本気で分からないと云った様子で、しどろもどろに問いかける。
「武器の類でしたら、ヴァルキューレ警察学校にも色々と配備されていますが……?」
「いやいや、ヴァルキューレに配備されている武器なんかとはレベルが違うんだって! 区画丸ごと一つ焼き尽くせるようなミサイルとか、戦車の装甲をものともしない弾薬とか……! あんな強力な火力を好きなだけ振り回せるのは、SRT特殊学園だけでしょ!?」
モエ曰く、SRTに配備される兵器はモノが違うらしい。その性質上、本来であれば生産が難しい代物や、一般には流通しない様な火器がより取り見取り。無論火器だけではなく、任務を補助する為の装備や環境も同じ。そんな自身の抱く欲求を晴らせる唯一無二の場所から追い出されるなど、ちょっと我慢ならない。そんな風に語って聞かせる彼女に対し、キリノは何とも云えない、困惑と不安を滲ませ云った。
「え、えぇ? いや、流石にSRTであっても好きなだけ振り回すのは、ちょっと……」
「お堅いなぁ、最終的に犯人が無力化出来るなら別に問題なくない?」
「なっ、駄目ですよ!? そもそもヴァルキューレもSRTも、本来は市民の安全を守るための組織じゃないですか!」
犯人を捕らえる事は確かに重要だが、だからと云って周囲の被害を軽視して良い訳じゃない。そんな風に憤慨し、デスクから身を乗り出したキリノはモエに指先を突きつけ、叫んだ。
「風倉さんはまさか、犯人確保の為ならば市民の安全はどうでも良いと仰るのですか!?」
「――うん」
痛い程の沈黙が部屋を支配する。
まるで当たり前では? とでも云いたげに、モエは淡々と頷いて見せた。凡そヴァルキューレやSRTなど、治安を守る教えを受けた生徒の発言とは思えなかった。呆気に取られたキリノは硬直し、愕然とした表情でモエを凝視する。
「………」
「………」
暫くの間、その取調室の中には何とも云えない空気が流れ続けていた。
■
「えぇっと、それで名前は――」
「か、霞沢ミユ、です」
彼女の担当となったフブキが椅子に腰かけ、タブレットの画面を点灯させると同時、対面に座るミユは身を縮こまらせながら口走った。頭上より降り注ぐ光に照らされた彼女はしかし、どこか希薄な存在感と小柄な体格も相まって尚更弱々しく見えた。
「SRT特殊学園の一年生で、RABBIT小隊では、その、狙撃手を担当しています……年齢は十五歳、誕生日は七月十二日、しゅ、趣味は小石探し、です」
「え、いや、別にそこまでの情報は必要ないけれど……」
此方から問いかける前に、必要のない情報まで全て吐露するミユに対し困惑が先行する。しかし勝手に喋ってくれるのなら楽で良いと、フブキは手元の情報と間違いが無いか確認すると小さく頷きを返した。
「まぁ良いや、こっちの資料と齟齬は無し、と」
「わ、私、これからどうなるんでしょうか?」
「えっ、どうなるって聞かれてもなぁ……」
「も、もしかして、恐ろしい拷問に掛けられたりとか……!?」
指先で額を掻き、面倒そうに対応するフブキに対して、ミユは頭を抱えながら椅子の上で身を丸めた。目を力一杯閉じ、ガタガタと震える姿はとても演技には見えない。蒼褪めた表情で戦慄く彼女に対し、フブキも思わず顔を引き攣らせる。
「一日中同じ曲を聴かされるとか、一晩中くすぐられるとか、そ、それ以上の事も……! お、お願いです許して下さい! し、知っている事は全部話しますので……!」
「ちょ、落ち着きなよ、別にそんな事しないし」
これでは取調べどころではないと、フブキは努めて攻撃的な色を見せないように穏やかな口調で語りかける。両手を軽く挙げて宥める様に語りかける様は、まるで怯えた小動物に対応するかのような恰好だった。
「素直に話してくれるのなら、面倒は避けるでしょ普通? だから話してくれる限りそんな対応取らないって」
「そ、そうなん、ですか……?」
「そうそう、まぁ手早く済むならそれに越したことはないけれど――それでどうしてヴァルキューレへの編入を拒否して、あんなデモ起こした訳? もしかして誰かに脅されでもした?」
「あ、その、違います、脅されたとかじゃ、なくて……」
こんなオドオドして、気の弱い性格ならそう云った背景があっても驚きはしない。そんな風に問いかけるフブキに対し、ミユはぎこちなく首を振った。両腕を足の間に挟み、猫背になって視線を暫し彷徨わせた彼女は徐に口を開く。
「ヴァルキューレへの編入が、怖くって……」
「怖い?」
「は、はい」
「怖いって、別にうちの学校、不良とか殆ど居ないと思うけれど」
「いえ、そういった意味の怖いではなく……」
「――?」
ならば一体どういう意味なのか。学園に入るのが怖いと云うと、大抵その学園の生徒層だとか、所属する組織の特色だとか、そういうものが対象となるだろう。ヴァルキューレは腐っても法執行機関、不真面目な生徒はそもそも志さないだろうし、この学園の門を潜る生徒は大抵気真面目な性格ばかりだ。
まぁ勿論、自分を含め例外は存在するが――フブキはデスクに頬杖を突きながら、そんな事を考える。
「私、その……」
「うん」
「――誰かと仲良くなるのが、怖いんです」
冷汗を滲ませ、恐る恐る零れ落ちた言葉に、フブキは小首を傾げる。
それは余りにも一般的な感性からは離れた代物で、どうにも噛み砕く事が出来なかったからだ。しかしどうにも誤魔化しだとか、嘘だとか、そういう感じでは無いとも思った。目の前の彼女が抱く焦燥だとか、不安は本物の様に見える。
「仲良くなるのが、怖い」
「……は、はい」
「それなら今の、確か……RABBIT小隊だっけ? あの子達はどうなのさ」
「えっと、正直今のRABBIT小隊でも、そんなに仲が良い訳ではないので――」
そこまで口にして、はっと顔を上げたミユは慌てて両手を振る。
「あっ、も、勿論悪い訳でもないんです! 小隊行動に支障が出ない程度には、い、一緒に訓練したり、苦しい事も乗り越えて来ていますし……!」
俯き、指先を突き合わせるミユは言葉を続ける。SRT特殊学園に入学して、同じ小隊に配属されてから良くも悪くも苦楽を共にした仲だ。ある程度仲間の事は理解しているし、信頼もしている。
しかし、『仲が良いか?』と問われると何とも云えない感覚に襲われた。仲間ではあっても、友人ではない――というのが適切なのだろうか。勿論、ミユはそんな風には思っていない、しかし彼女達の会話や関係性を見ているとそう思ってしまう事もあった。
「小隊内でもミヤコちゃんとか特に、頻繁に面倒を見てくれたりして……サキちゃんは私が沈んでいる時とか、た、多分元気付けようとしてくれて、モエちゃんは、飴とか時々分けてくれるし」
小隊長であるミヤコは自分を気にかけてくれる、良く気分が落ち込んでネガティブな事ばかり考えるようになると、「そうならないようにするのが私の務めです」と慰めてくれるのだ。
サキは、少々根性論や精神論に依るところが大きいが、それでも声を大にして発破を掛けてくれる。多分だけれど、元気付けてくれているのだとミユは勝手に思っている。偶に突き放される事もあるけれど。
モエは自身が泣いていると面倒そうに此方を見ながら、他に誰も居ない時に飴を分けてくれる事があった。彼女の持つ飴はカロリーが非常に高く、通常は作戦行動中に疲労回復、栄養を補給する為に用意されたもの。甘味の強いそれは、長時間単独で動く事の多いミユにとっては非常に有用なものだった。
不器用な所も多いと思う、隊員同士の仲が良好とは口が裂けても云えない、それが現在のRABBIT小隊だ。
けれど、ミユはそんな彼女達が嫌いじゃないし、本当に勝手ではあるが――友人だと思っている。だって彼女達は自分を忘れたりしない、ちゃんとRABBIT小隊の一員として扱ってくれる。
だから――。
からからに乾いた口で、ミユは必死に言葉を紡ぐ。
「……わ、私としても、小隊を離れるのは、ちょっと」
「ふぅん」
一応、それなりに愛着はあるらしいと、フブキは返事を漏らしながら端末に入力していく。SRTの特務とは云っても、その性質はやはり同年代の生徒と大きく異なる訳ではないのだろう。フブキは画面の文字を追いながら、そんな事を思う。
「それに、新しい所に編入する事になったら、ぜ、全部初めからになって、こんな影の薄い私に何て誰も話しかけてくれないでしょうし、そんな事になるくらいならいっそ、公園で野宿生活の方が――」
「何と云うか、難儀だねぇ、人と会う事自体が怖いって訳?」
「あ、会う事が怖いというか、えっと……人に忘れられてしまうのが、怖いんです」
それを言葉にするのは難しい、恐らく理解して貰う事も。しかしミユは自分の中に存在する恐怖や不安の輪郭に触れながら、何とか言葉を捻り出そうと舌を回した。
「誰にも認識されなくなって、自分なんか存在しないように扱われて、まるで透明になったみたいに……そう考えると、もう」
「うーん」
「この性格を直したくてSRTに入ったのに、学校が閉鎖になる何て……私、どうすれば良いのでしょうか?」
「あー……そうだなぁ」
フブキとしては、この取調べがさっさと終わるのならばそれに越した事はない。しかし普段は面倒だ何だとサボる事に積極的な彼女ではあるが、こうも苦悩している人物を放置出来る程薄情でもなかった。腕を組み、らしくも無く思案に耽った彼女は、ぽんと手を叩き提案を口にする。
「――それなら、ウチの生活安全局にでも来れば良いんじゃない? 編入試験も難しくないし、場所によっては生徒数もそんなに多くないよ」
「せ、生活安全局、ですか」
唐突な提案に、ミユは先の作戦行動中にサキに云われた内容を思い出す。生活安全局にでも編入して、交通整理でもしていれば良いという発言だ。フブキの言葉をそれを改めて意識させるものであったが、当の本人は悪くない案だと頷いていた。
「うん、多分忘れられるとかはないだろうし、面倒事も少ない、配属によっては人に会う事がそもそもそんなにない所もあるからさ」
「そうなんですか……!?」
思わず、と云った風に目を見開くミユ。人に会う事が少ない、それは大変魅力的な場所に思えた。両手をデスクに添え、身を乗り出した彼女は瞳を輝かせ重ねて問う。
「そ、それは殆ど誰とも会わずに、静かな学校生活が送れたり――?」
「あ、いや、流石に誰とも会わないのは無理かな、情報通信局とかでも最低限顔を合わせる事はあるし、何なら同じ部屋の中で缶詰とかザラだし」
「うっ、そ、そう、ですよね……」
「それと場所とか配属先にもよるけれど、結構大きい自治区とか都市部中心の支部に行くことになったら大変かも」
「えっ」
唐突に掛けられた言葉に、思わず固まるミユ。
あー、いや、辺鄙な場所とか、郊外の支部なら全然人と会わないし、生徒の数も少ないんだけれど。そう云って頬を掻くフブキは、若干草臥れた瞳で天井を見上げながらポツポツと言葉を漏らした。
「ほら、生活安全局って色んな市民から苦情とか入って来るじゃん? そういう市民を宥めたり、上手く躱したりするのも業務の一環って事で、偶に窓口対応とか、パトロールついでに声掛けとかさせられるんだよ、人の多い自治区とか都市だと、それが入れ代わり立ち代わり来て、すっごく大変」
「………」
「だからまぁ、静かな場所の配属になったらラッキーって程度で」
何でもない事の様にカラカラと語って聞かせるフブキ。つまり、生活安全局に編入したとしても辺鄙な支部に配属される事に賭けなければならない。万が一都市部の配属になどなった日には、人から人へ、一日中対応する羽目になるだろう。
暫し硬直し、身を乗り出したままだったミユは、ゆっくりと椅子へと腰掛け――死んだ魚の様な目で呟いた。
「あ、じゃあ無理です……」
「そっかぁ」
■
「………」
重苦しい空気の満ちる取調室の中で、ミヤコは唯一人待機していた。椅子に腰かけ、只管に沈黙を守る彼女は担当者の到着を待っている。本来であれば既に取調べが始まっているだろう時間、しかし到着が遅れているのか、それなりに長い間彼女はこの部屋の中で待機させられていた。
それとなく視線を天井に向ければ、ドーム型のカメラが赤いランプを点灯させている。こうして待機している間であっても、監視は続けられているのだろう。逃げ出す意思も、装備もない以上、ミヤコは現状を粛々と受け入れる他なかった。
「……!」
不意に、取調室の扉が開く。其処から顔を覗かせた人物がひとり――ライトに照らされるミヤコを見て、温厚な笑みを浮かべる。強い光越しに見える純白の制服が、ゆらりと動きに合わせて揺れていた。
「遅くなりました、何分他に色々とやらなければならない事も多くて」
そう口にした人物は緩慢な足取りでデスクまで歩み寄り、椅子へと腰掛ける。手に持ったタブレットをデスクの上に放ると、彼女は肘を突きながら掌を組み、ミヤコに対して口を開いた。
「初めまして月雪ミヤコさん、既にご存知かもしれませんが、私が今回の取り調べを担当します」
「………」
「――連邦生徒会防衛室、室長の不知火カヤです」
深い青色に星の流れるタイ、純白の制服に刻まれた連邦生徒会の文字。肩から伸びる飾緒が身動ぎと共に弾む。
ミヤコは目の前に現れた人物を凝視しながら、内心で気を引き締めた。連邦生徒会、行政委員会十一の部署、その一つである防衛室、室長。その肩書に見合うだけの、何とも云えぬ圧を彼女からは感じた。
表情はにこやかで、温和である様にも見えると云うのに――その細められた瞳の奥から、冷ややかな視線、或いは此方を値踏みする様な悍ましさを感じ取った。或いは自身の勘違いか、どちらにせよミヤコは口を一文字に結び、背筋を正す。
「……まさか取り調べ担当者が、防衛室のトップだなんて」
「ふふっ、驚きましたか?」
彼女は細めた瞳をそのままに、悪戯っぽく笑みを零す。しかしミヤコはその笑みを前に、寧ろ挑む様な視線を投げかけた。
「いいえ、誰であろうと構いません、相手が何者であろうとも、私の答えは変わりませんから」
「あら、そうですか」
その勇ましい返答に対し、カヤは意外そうにする訳でもなく、寧ろ笑みを深くする。彼女の白いハーフグローブに包まれた指先がタブレットに触れ、青白い光が画面に灯った。彼女の表情が青に照らされ、薄らと覗く翡翠色がミヤコを射貫く。
「――さて、では取り調べを始めましょう」
二人だけの取調室に、どこか喜色を滲ませるカヤの声が響いた。