ブルーアーカイブを、もう一度。   作:トクサン

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今回約一万七千字ありますの!


差し伸べられた穢れ無き()

 

 互いの間に流れる空気は質量を持っている様な気がした。まるで泥の様に重く、体に纏わりつく感覚。それが錯覚の類であると理解していながら、ミヤコは表現できない居心地の悪さを覚えてしまう。無論、取調室の居心地が良い筈がないのだが――ミヤコが身動ぎするのと、カヤがタブレットの表面に触れるのは同時だった。

 

「まずは規則通りに事を運ぶとしましょう――お名前は?」

「……月雪ミヤコです」

 

 形式通りの問い掛けだ、ミヤコの口は僅かな思考を挟んだ後滞りなく動いた。既に分かっている事、これは再確認以外の何でもない。

 

「所属は」

「SRT特殊学園、RABBIT小隊所属」

「資料に間違いはなし――それでは何故、あのような事を?」

「………」

 

 ミヤコは口を噤んだ。数秒、二人の間に沈黙が降りる。カヤは肩を竦めると、デスクに両手を乗せながら穏やかな口調で問うた。

 

「型通りの取り調べは好みませんか? 奇遇ですね、私もこういった形式通りの事は煩わしく感じてしまうんです」

「……それは、防衛室長を任せられた者の発言とは思えませんね」

「あら、失礼しました、では今の発言は忘れて下さい」

「………」

 

 ミヤコの棘を孕んだ声に、彼女はあっけらかんと笑って見せた。ミヤコの視線が四隅のドーム型カメラに向けられ、僅かに視線が鋭く変化する。撮影されているというのに、随分と呑気な事だ。無論、声だって残るだろうに――或いは、此方の様子を伺う意図があるのか。緊張を解く為でも何でも、云い訳の余地は立ちそうな口ぶりだと思った。

 ミヤコの強硬な態度に対し、カヤは微笑みを崩さずタブレットを操作する。それらを見下ろし、彼女は上機嫌に頷いていた。

 

「SRTから取り寄せた資料も問題ありませんね、小隊長を任される程度には優秀な成績、素養も十分、筆記も実技も、周囲の交友関係、友人や先輩方からの評価も上々――」

「………」

「これだけ優秀ならば大人しくヴァルキューレに編入していれば、相応の立場を任せられた筈ですよ?」

「興味がありません」

 

 真正面から投げかけられた彼女の称賛を、ミヤコはばっさりと切り捨てる。その口調は断固としたもので、本気なのだと分かった。凛然とした姿勢を崩さぬミヤコは、カヤの瞳を真正面から見返し告げる。

 

「どんな提案をされたとしても、どんな評価をされても、何を対価にされたとしても、私達のSRTに対する気持ちは変わりませんから」

「……ふぅん」

 

 ぎしりと、身を預けた椅子が音を鳴らした。見ればカヤは背凭れに身を預け、タブレットから放たれる光を掌で覆いながら此方をじっと見つめていた。それはまるで、ミヤコの対応を観察するが如く。

 

「ヴァルキューレは嫌いですか、ミヤコさん?」

「……それは、勘違いです」

 

 それだけ頑なにヴァルキューレ警察学校への編入を拒むのならば、相応に思う所でもあるのだろう。そんな風に探りを入れたカヤに対し、しかし首を横に振ったミヤコは、淡々と否定を示した。

 

「特段ヴァルキューレが嫌いだったから転校を拒否したのではありません、私達が嫌なのはSRTを去る事です」

「一体何の違いがあると云うのですか、ヴァルキューレとSRTに」

「掲げる正義です」

 

 言葉に淀みはなく、照らされた双眸は迷いのない色を伴ってカヤを射貫く。対面に座るカヤが眉を顰めるのが分かった。

 

「――正義?」

「はい、SRTにはそこにしかない、確かな正義があります」

「………」

「ヴァルキューレにもまた、生徒達自らが信じる正義があると思います、それを私は否定しません……ですが、それが本当の正義と呼べるかと問われれば、否です」

「では、ミヤコさんの考える――正義とは?」

 

 SRTにのみ存在するという、本当の正義。

 カヤはミヤコの語るそれを問う。小さく息を吸い込んだミヤコは一度目を閉じ、自身の中に存在する正義の輪郭に改めて触れた。

 あの日抱いた想いと信念、湧き上がる憧れは――モニタ越しに彼女達を見たあの頃から、何一つ変わってなど居ない。故に彼女は胸を張って答える事が出来る。

 

「正義とは――理にかなった正しい道理の事」

 

 ぐっと握り締め、両膝の上に置いた拳に力が籠る。

 

「その道理は真理に基づくものです、であるならば相手や状況によって変わるものではありません」

「……真理、ですか」

「はい、キヴォトスに於ける各所の治安組織は、様々な利害関係の中で『正義』というものを自分達独自に湾曲し、都合の良い様に解釈しています、相手や状況で罪の軽重を変え、時には見て見ぬふりをする、その秤は決して一定ではない」

 

 互いの立場、肩書、損得勘定、互恵関係、単純な好悪の念――自分達に利益を齎す相手だから、様々な便宜を図ってくれるから、自分達より優れた肩書を持っているから、所属する団体の上位組織だから。

 そんな風に、相手や状況によって揺れ動く秤に『真の正義』は存在するのか。

 ミヤコはその問い掛けに、真正面から否を突きつける。

 自身の信じる正義は、憧れた正しさは――そんなあやふやで、曖昧なものではないと。

 

「……では、SRTは違うと?」

 

 カヤは佇まいを正し、両腕を組んだまま尚も問いを重ねた。疑る様な言葉に、ミヤコは頷く事無く視線だけを返す。その視線が、纏う気配が、彼女の解答を何よりも雄弁に語っていた。

 

「SRTは――あの学園だけは学園間の関係や利害の問題に左右されず、自らが信じる正義を実行していました、時と場所を選ばず、相手が誰であっても同じ基準で、掲げられた一つの、絶対的な正義を信じ」

 

 それが自身に利益を齎す存在であろうと、どんな素晴らしい肩書の相手であろうと。一定の基準で、唯一にして絶対的な正義を掲げ、任務を遂行する。

 

「そんなSRT特殊学園に、私は憧れたのです」

 

 ――その屈強な正義(色褪せない正義)に。

 

「……成程、そうですか」

 

 カヤの返答は、どこか寒々しいものであった様に思う。自身の熱意とは裏腹に、その中に含まれた様々な想いや願いを軽視するような響きがあった。或いは、それはミヤコが彼女に心を開いていないが故のものかもしれない。カヤは小さく息を吐き出すと、掌でタブレットを覆ったまま言葉を続ける。

 

「ですが現在SRT学園は実質的な閉鎖に追い込まれました、他ならぬ貴女達の先輩の手によって、これについてはどうお考えで?」

「……っ!」

 

 その一言に、ミヤコの視線が険しさを帯びる。光に照らされて尚、仄暗く感じてしまう翡翠色の瞳が、此方を伺っていた。

 

「……そもそも、それ自体何かの間違いです、先輩たちがあの様な事件を起こす筈がありません」

「何が間違いだと云うのですか、十分な証拠は既に揃っているというのに」

 

 呆れたように、或いはそう見せかけているだけか。一定のリズムでデスクを指先で叩きながら、カヤは頬杖を突く。

 

「貴女達RABBIT小隊が何をどう訴えようと、今回の一件はSRT特殊学園にとって大きなマイナスイメージとなるでしょう、只ですら現在のSRTの立ち位置は厳しいというのに、良くもまぁこんな騒ぎを起こしてくれたというのが私個人の意見です」

「………」

「この行動によってヴァルキューレに編入するSRTの同胞が白い目で見られるとは思わなかったのですか? 貴女からすればSRTを見限った薄情な生徒達かもしれませんが、彼女達自身に瑕疵はありません、それを自ら首を絞めるような……」

「――ですが、訴えなければ全ては消えてしまう」

 

 辛うじて、反駁が口をついた。粛々と、ただ全てを受け入れるだけでは。自分の信じた正義が消えるのを指をくわえて見ているだけなど、ミヤコには出来なかった。眉間に皺を寄せ、痛みに耐える様な表情。乾いた唇が、絞り出した言葉を紡ぐ。

 

「諦めない限り、SRTの名前は無くなりません……それまで、私は戦い続けます」

「無謀ですね」

 

 しかし、その覚悟さえもカヤは冷徹に切り捨てた。

 

「それを豪語するだけの力も、肩書も、仲間も、装備も、後ろ盾も、確かな計画も無いというのに」

「……何を」

「貴女は今こうして、ヴァルキューレの取調室に押し込まれている、それが現実です」

 

 カヤからすれば、彼女達の行動は合理性を欠いた単なる癇癪でしかないと、そう遠回しに告げていた。要求を通すのであれば相応の準備を行い、味方を見つけ、成功までの具体的な道筋を描かなければならない。

 その辺りはSRT出身とは云え、やはりまだ一年生という事か――しかし逆に云えばつけ入る隙は幾らでもあるという事。唇を湿らせ、彼女は無機質な瞳をミヤコへと向ける。有望な原石であるのならば、尚更逃し難い。

 彼女の瞳に、悪辣な光が宿る。

 

「――ヴァルキューレへの編入を拒むのであれば、仕方ありません、貴女達RABBIT小隊の学籍データは抹消されるでしょう、行政官もこの決定には異論がない筈です、何せこの一件の沙汰は全て私に任されていますから」

「っ……」

 

 カヤの吐き捨てた言葉に、ミヤコの両肩が分かり易く跳ねた。ペナルティは覚悟していた筈だろう、しかしこうして実際に面と向かって放たれてしまえば、幾ら身構えていても動揺してしまうものだ。カヤは良く理解している、人の恐怖、その機微というものに。

 

「学籍データが消えればどこの学園にも所属出来ません、行き着く先はスラムか、ブラックマーケットか、或いは……何方にせよその末路は、そういった手合いを相手取って来た貴女達の方が詳しい筈ですよね? 見て来たのではありませんか、先輩方の相手取って来た不良生徒、その結末を」

 

 ゆっくりと、まるで毒を沁みこませる様に彼女は語る。口を一文字に結び、顔を伏せたまま微動だにしないミヤコを注視しながら。交渉と云うのは、大抵テーブルにつく前には終わっているものだ――互いの持つ条件、状況、環境、背後関係、友好の有無、保有する武力、複雑に絡みあったそれらが優劣を生み、より優れた者が利益を得る。

 そしてこの場に於いて、持たざる者がRABBIT小隊であり、持つ者が(カヤ)である。

 彼女は絶対の自信と余裕を持って、敢えてミヤコに責任を思い起こさせる言葉を投げかけた。

 

「月雪ミヤコさん、貴女はRABBIT小隊の隊長です、貴女の発言には大きな責任が伴う事を自覚して下さい――これは貴女ひとりの問題ではありません、RABBIT小隊全員、その返答次第では四名全員が路頭に迷う未来もあり得る、そう理解した上で、言葉を選んで答えて欲しいと、私はそう思っています」

「………」

「良いですか? では、これが最後の温情です」

 

 カタリ、と音が鳴った。

 音に釣られてミヤコが顔を上げると、ほんの直ぐ傍にカヤの双眸が迫っていた。身を乗り出した彼女が、至近距離でミヤコを凝視していたのだ。

 その唐突な行動にミヤコは身を仰け反らせ、息を呑む。半月を描くカヤの口元が、囁くように言葉を紡いだ。

 

防衛室(私の)直轄であるヴァルキューレへ編入しなさい、月雪ミヤコ小隊長」

「――ッ!」

「そうすれば今回の件、私の方で学籍データが抹消されない様、急ぎ各位を説得して差し上げます」

 

 それだけを告げ、彼女はゆっくりと元の位置へと戻っていく。まるで最初から何事も無かったかのように、見開かれた瞳は瞼に覆われ、見えなくなる。ふっと一度息を吐き出したカヤは、そのまま両手を組みなおしながら問いかけた。

 

「さて、この提案を聞いても貴女は、ヴァルキューレへの編入を拒みますか?(儚い正義を追い続けますか?)

 

 数秒、沈黙が流れる。

 本気、なのだろうか。

 ミヤコは自身の背中にじっとりとした汗が滲むのを自覚した。それは目の前の人物から放たれる重圧と困惑、そして不安から来るものだった。滲み出た唾を飲み込み、ミヤコはゆっくりと声を発する。

 

「……何故、そうまでして私達を」

「何故も何も、そう難しい話ではありませんよ」

 

 まるでナンセンスな問いかけだと、カヤはミヤコへ掌を伸ばした。

 

「SRT特殊学園の過酷な入学試験、その内容は勿論知っています、貴女達は連邦生徒会長(あの人)が率いるに値すると判断した紛れもないエリート、そんな能力が無為に捨てられてしまうのはキヴォトスにとっても、そして他ならぬSRTにとっても大きな損失でしょう?」

「………」

 

 ――あの人(連邦生徒会長)が率いるべき存在を、他ならぬ(カヤ)が率いる。 

 

 それは秘めた自身の自尊心を大いに満足させ、正しくその椅子の特権を感じられる素晴らしいものとなるだろう。カヤはそんな未来を思い描き、益々笑みを深くする。

 

「元々貴女達がこんな騒ぎを起こす前から、貴女方の先輩、FOX小隊についても私の方で手を回そうと思っていたのです」

「先輩方を……?」

「えぇ、あのような事件を起こしたとしても、彼女達の能力は確かです、それに何か、やむにやまれぬ事情があったのかもしれない、何か誤解があったのかもしれない、或いは何者かに脅されて、考えられる可能性は幾つもあります――勿論、私の立場上表立って動く事は出来ませんが」

 

 朗々と謳う様に回る舌は、ミヤコに考える隙を与えない。カヤはRABBIT小隊だけではない、FOX小隊にも手を差し伸べ、先輩と共に活動出来る未来を目の前に開示する。立場上表立って活動出来ない事は重々承知の上だろう、この様な事を仕出かしたRABBIT小隊も、表向き連邦生徒会襲撃の主犯となっているFOX小隊も――だからこそ、裏側に浸る任務にも違和感はない筈だ。

 此方の仕組んだ事だと露呈しようと、関係ない。一度裏側へと浸ってしまえば、抜け出す事は困難となる。手を組んでしまった後に幾ら喚こうとも、為した事実が消える事はないのだから。

 或いは捏造であっても構わない――FOX小隊が、そうなった様に。

 最終的に、自分に縋る様に誘導する。それさえ果たせれば、過程はどうでも良かった。

 

「私の元に来れば必ずSRT特殊学園を復活させましょう、約束します」

「……SRTを、復活」

「えぇ、それに近く先輩達との再会も叶うでしょう、私の掲げる正義は貴女の想うそれと異なるかもしれない――ですがその理念はSRTを復活させた後に掲げれば良い」

 

 ――大事の前の小事、ほんの僅かな間身を寄せれば叶う夢、何を躊躇う必要がありますか?

 

 カヤは表面上、穏やかな笑みを浮かべたまま問う。連邦生徒会防衛室の室長、肩書としては十分の筈だ。ヴァルキューレ警察学校を管轄下に置いている関係上、連邦生徒会内部でSRTを擁する可能性が高いという点もある。確かに今直ぐというのは不可能かもしれない、しかし一年尽力すればどうか? ミヤコは両の拳を握り締めたまま、沈黙を守る。

 先程カヤが口にした通り、自身の判断がRABBIT小隊全員に影響する――安易な返答は、許されないと思った。

 

「ですが一体どうやって学園を復活させるというのですか、具体的な道筋が、貴女には見えていると……?」

「簡単な話です、SRTが宙に浮いてしまったのは、その責任の所在が無かったから――武器の担い手が不在だったからです、なら後は想像がつくでしょう?」

「………」

「確かに閉鎖は連邦生徒会全体として既に決定された事、しかし然るべき人物がその椅子に座れば、SRTを復活させる名目は十分に立つ」

 

 それは、つまり。

 ミヤコが何かを口にしようとして、しかしカヤは自身の唇に指を一本立てた。それ以上は口にする必要がないと云う事だろう、ミヤコは強張った表情のまま俯いた。

 現在の連邦生徒会長代行は、総括室の首席行政官――七神リン。

 彼女のSRTに対するスタンスは可もなく不可も無く。良くも悪くも周囲の意見に耳を傾け慎重を期する彼女のやり方は、積極的にSRTを復活させる行動とは結び付かない。悪いとは云わない、しかし月雪ミヤコという個人から見た場合のリンの動きは好意的に捉える事が出来ないのは確かだった。彼女が連邦生徒会長代行という席に就いている間、学園の復活は望めない。

 しかし――不知火カヤは違うと云う。

 或いは連邦生徒会長がこのまま戻らず、正式に次期連邦生徒会長を選出する事になったのなら、彼女の持つ権限は正しくSRTにとっての福音となるだろう。カヤの言葉は、その未来を示唆している。

 

「大丈夫、私を信じて下さい」

 

 耳に届く優し気な口調――照らされた光の中で、ゆっくりと白い掌が差し出された。連邦生徒会の白手袋、穢れを知らぬそれがミヤコの前に伸びる。しなやかで細い指先が、ミヤコの視界に映った。

 翡翠色の瞳が、僅かに此方を伺う。

 

「さぁ、この手を取って」

「………」

「私と共に――SRTを復活させましょう」

 

 RABBIT小隊はSRT復活の為に、不知火カヤへと助力する。

 これは――その意思確認だ。

 

「………」

 

 持ちかけられた提案は存外、現実的なものの様に思えた。少なくとも延々と公園で抗議を続けるよりは余程マシなもので、幸運ですらあると思う。ミヤコは差し出された掌を凝視したまま、ゆっくりと膝の上に置いた掌を持ち上げた。

 手を取る事は簡単だった、少なくともミヤコにとってはこれ以上ない提案であるとすら云える。学籍の抹消を回避し、その上SRTを復活させる約束まで。自分達の助力を求める以上、最低限活動可能な環境等も保障されるのだろう。行き場のない自分達にとって、それはとても有難い事だ。

 

 だが、ミヤコの掌はカヤのそれに重なる寸前。

 ぴたりと動きを止めた。

 

「―――」

 

 ぴくりと、カヤが眉を震わせる。

 

「どうしました?」

 

 ミヤコは動かない。ただじっと自身とカヤの掌を凝視しながら、頑なに口を噤んでいた。

 

「……何を躊躇う必要があるのですか? 学籍の抹消も回避出来る、先輩方との再会も叶う、SRT復活の目途も立つ――これ以上の提案がありますか?」

 

 カヤは尚も言葉を重ねた。そうだ、彼女の云う通りだ。ミヤコはカヤの言葉に内心で同意する。何故、自身は彼女の手を取らずに躊躇っているのか。それはミヤコの中にある、何か言語化出来ない、抵抗感から来るものであった。

 不知火カヤは連邦生徒会の所属である、それは彼女達からすれば抗議すべき組織の一員。しかし同時に内部からの協力がどれだけ有難い事か、分からないミヤコではない。状況から考えても、この手を取らない事は愚かとさえ思える。

 

 けれど同じ位、この白い手を取ってはいけない様な気がした。この差し出された手を取れば何か――自分にとって何か、とても大切なモノが失われてしまうような。

 そんな言葉に云い表す事の出来ない、漠然とした不安が消えない。

 

「……私は」

 

 ミヤコは強張った表情で呟く。

 防衛室長の提案は魅力的だ、これ以上ない程に。けれど同時に、強い疑念も抱いてしまう。彼女が善意でこの話を行っていると云う確信がない。何か別の狙いがあるのではないかと、疑ってしまう。

 カヤが連邦生徒会長になる為に力を貸す、その地位に登り詰めた彼女は約束としてSRTを復活させる。分かり易いギブアンドテイクだ、お互いの目的の為に協力する、何ら不思議な話ではない。

 

 ――だが、それは果たして正義(正しい行い)か?

 

 この人(不知火カヤ)は何故、連邦生徒会長の座を欲するのか。それを知らず、ただ己の目的のみの為に連邦生徒会長の座へ彼女を押し上げる事に、ミヤコは強い抵抗を覚えた。

 連邦生徒会長という席に座るべき人物を、その様な形で決めて良い筈がない。

 だが、この話を呑まなければ、RABBIT小隊は直ぐにでも破滅の道を歩むだろう。学籍情報を抹消され、あらゆる装備を取り上げられ、等身大となった自分達に何が出来る? 何が残る? 全てを失って尚、諦めずに正義を叫ぶか。ミヤコ個人はそれでも構わない、その覚悟と共に彼女は銃を取った。

 けれど――RABBIT小隊の仲間達は。

 

「――……私はっ」

 

 小隊長としての責任、カヤの投げかけたソレがずっしりと肩に圧し掛かる。物理的な重圧さえ感じさせるそれに、ミヤコの口は重く、軋みを上げていた。

 

「――防衛室長、取り調べ中失礼します」

 

 しかし、ミヤコが何事かを口にするよりも早く、取調室の扉がノックされた。間髪入れず顔を覗かせる金色の髪、見ればRABBIT小隊と対峙した公安局の局長――カンナが扉の隙間から顔を覗かせている。

 此方の応答を待たず入室した彼女に対し、カヤは露骨に顔を歪めていた。

 

「……カンナさん、此処は私一人で良いと云った筈ですが」

「それが――」

 

 カヤの苦言に頷きながらカンナは彼女の元へと速足で近付くと、耳元に口を寄せる。囁かれた内容は分からなかったが、カヤの表情が少しずつ変化していったのは分かった。

 

「……まさか」

 

 ■

 

「――……あ」

 

 取調室を後にしたミヤコが見たのは、廊下に並ぶ仲間達の姿であった。サキは相変わらず仏頂面で、モエはどこか不満顔。ミユは身を縮こまらせながら周囲を忙しなく伺っている。カンナに連れられ、彼女達の傍まで足を進めたミヤコを見た三名は、その表情を分かり易く変化させた。

 

「皆、無事でしたか――良かった」

「何だ、ミヤコもこっち(本棟)で取り調べを受けていたのか?」

「み、ミヤコちゃん……」

「はー、これでやっと終わったって感じ? もう終わりだよね、取り調べ?」

 

 四人揃った彼女達は、壁際に並べられながら言葉を交わす。遅れてやってきたカヤは取調室より退出させられたRABBIT小隊を見て、その口元を歪めた。彼女達を部屋の外に出す指示など自分は出していない。RABBIT小隊を挟む様にして立つ二名の公安局生徒を一瞥し、カヤは真横に立つカンナへと水を向ける。

 

「これは、どういう事でしょうか?」

「………」

 

 低く、唸るような問い掛けに対し、カンナは沈黙を返す。ただ目を伏せ、何も返さない彼女に対し、カヤは小さく舌打ちを零した。

 

「私達の処分について、云い渡されるって聞いたが」

「まぁどうせ、最低でも退学とかじゃないの? とは云ってもSRTも閉鎖した今、退学処分になった所で何も変わらないだろうけれどね」

「で、でも、それが最低って事は……」

「もっとヤバイ目に遭うかもしれない可能性はあるね、地下の怪しい施設に連れていかれて色々されるとか、人体実験の被験者になっちゃうとか?」

「ひぅッ!? そ、そんな、もう終わりだぁ……」

「………」

 

 モエの恐怖心を煽る様な言葉を聞いたミユが鵜呑みにし、小さな体を更に縮こまらせながら涙を滲ませる。そんな仲間達を横目にミヤコは唇を噛み締めると、酷く申し訳なさそうな声で呟いた。

 

「すみません皆さん、私がもっと、上手く出来ていたら」

「は?」

 

 最初に反応したのはサキだった。そんな言葉を漏らすとは思っていなかったと、その目を見開きながら訝し気な視線をミヤコへ向けた。

 

「そうすれば、こんな目に遭わずに済んだのに……」

「……おい、何でお前が謝る」

「なに、責任とか感じているの?」

「み、ミヤコちゃん……」

 

 ミヤコはこの一件を、自身の責任であると感じていた。自分がもっと上手く指揮出来ていれば、或いは十全に備える事が出来ていれば。RABBIT小隊がSRT特殊学園を離れたとしても、小隊長としての責務を放棄した覚えはない。たとえそれが独りよがりな思考であっても、彼女はそれを捨てられずにいた。先のカヤの言葉が耳に残っている今は、尚更。

 

「ふんっ!」

「痛っ……!」

 

 そんな風に苦悶の色を見せるミヤコに対し、サキは唐突に手をあげる。彼女の側頭部に、それなりに強く。

 パン、と子気味良い音が響き、ミヤコの頭が僅かに傾いた。身を竦め、叩かれた頭を抑えながら目を白黒させるミヤコは、サキに視線を向けながら戸惑いを露にする。

 

「さ、サキ、何を――」

「ミヤコ、勘違いするなよ」

 

 しかし、サキはミヤコの問い掛けを無視し、指先を突きつけたまま、真剣な面持ちで続けた。

 

「学園が閉鎖されたあの瞬間から、お前は小隊長でも何でもないんだ、私達は自分の意思でデモに加わった、なのに責任だとか何だとか、勝手に感じられても困る、別に今はそんな事期待していないし」

「で、ですが――」

「諄いぞ」

 

 尚も云い募ろうとするミヤコに、サキはそっぽを向いたまま吐き捨てる。

 

「これはお前だけの責任じゃない、私達全員、自分で選んだ道だ」

 

 私達の決断を、勝手に自分のものにするんじゃない。

 声は素っ気なかったが、そこには確かに不器用な優しさがあったように思える。そう云われてしまっては、ミヤコも何も返せなくなってしまう。頭を抑えたまま俯き、足元に視線を落としたミヤコは黙り込んだ。

 そう、たとえどんな処罰を受けようとも、それはこの道を選んだ自分達の責任なのだから。

 

「――悲観するのは、まだ早いよ」

 

 廊下に、声が響く。

 反響する靴音、同時にRABBIT小隊を挟んで立っていた公安局生徒二名が背筋を正し、同じようにカンナも心持ち呼吸を整える。音のする方へと視線を向ければ、此方に歩み寄る人影があった。

 純白の外套を揺らしながら歩み寄る影、その腕には青の腕章。カヤはその人影を目にした瞬間、凡その事態を理解し、微かに気配を尖らせた。

 

「……先生?」

「やぁ皆」

 

 現れたのは、シャーレの先生その人。

 ミヤコが驚いた表情で呟けば、RABBIT小隊の面々は辟易とした様子で先生を出迎える。

 

「なんだ、また来たのか」

「こんな所まで足を運ぶ何で、シャーレって結構暇なの?」

「うぅ……」

 

 どうにもRABBIT小隊からの反応は芳しくない。此方に向かって放たれる辛辣な言葉に苦笑を漏らしながら、先生は脇に抱えていた一枚の封筒を掲げる。白いソレは表面にシャーレのロゴが刻まれており、通常のそれとは見た目からして異なっていた。

 

「ミヤコ、はいコレ」

「えっ、あ」

 

 先生は軽い足取りでRABBIT小隊へと歩み寄ると、封筒を無造作にミヤコへと差し出す。反射的に受け取ってしまうミヤコ、彼女は手元に視線を落としたまま問い掛ける。

 

「……先生、これは?」

「――今回の処分について」

 

 処分、その言葉が耳に届いた瞬間――ズシリと肩に、目に見えない重さが圧し掛かる。

 RABBIT小隊の面々も同じように、緊張した様子でミヤコの手元へと視線を集中させる。

 しかし、それに待ったを掛けた人物がいた。

 

「先生、これはどういう事でしょう?」

 

 不知火カヤその人だ。

 彼女は大きく一歩を踏み出し、敢えて靴音を響かせると、唐突に現れRABBIT小隊に処分を下すという先生の前に立つ。先生はゆっくりと振り返り、カヤと真正面から対峙した。

 

 向かい合う白と白、しかし内に秘める色は余りにも異なる。柔からな表情を装いながら、しかしカヤは強い口調で先生に問いを投げかけた。

 

「今回の件は他ならぬ防衛室(わたし)の管轄です、シャーレのご活躍は理解しておりますし、軽視するつもりはありませんが、流石にこれは――」

「ごめんカヤ、本当なら最初に相談したかったのだけれど、入れ違いになってしまったみたいでね」

「入れ違い……?」

「うん、作戦が終わった後に連邦生徒会へと足を運んだのだけれど、カヤはヴァルキューレ警察学校に向かったって聞いたから、結果的に事後承諾になってしまった」

「それは――」

 

 まさか、とカヤは内心で言葉を漏らす。カヤと向き合った先生は、その表情に微笑みを浮かべたまま穏やかに告げた。

 

「総括室と、行政委員会の各室長に掛け合って承認を貰った、人材資源室長と防衛室長のカヤだけが不在で話せなかったのだけれど、過半数の賛成は得られたよ、生徒会長代行のリンにも話は通してある、今回の処分については正式に私――シャーレの権限で執り行う事になった」

「………」

 

 やられた――そう素直に吐露する筈もないが、カヤは貼り付けた笑顔の下で臍を噛んだ。

 連邦生徒会に於ける行政委員会の過半数の賛同を得た上で、総括室の首席行政官兼、連邦生徒会長代行である七神リンが同意した。この時点でこの件はカヤの手から離れ、RABBIT小隊を処分から逃すという対価で抱き込む事は不可能になったと云える。

 どうせこの大人(先生)の事だ、彼女達の処分は恐らく――。

 カヤは小さく溜息を吐き、苛立ちを腹の中に呑み込む。

 

 驚いたのはRABBIT小隊も同じであった。今回の件は防衛室より処分が下されると思っていた彼女達は、互いの顔を見合わせながら戸惑った様に言葉を交わす。

 

「つまり、どういう事だ?」

「え、えっと……私達の処分は、先生の心次第って事でしょうか?」

「ふぅん、それもそれで何か不安だけれどね」

「………」

 

 仲間達からの所感を他所に、ミヤコは手にした封筒からゆっくりと中身を抜き出す。中に入っていたのは処分通知書が一枚、薄い紙一枚ではあるが、自分達の今後を左右する重要なものである事に変わりはない。

 そして、視界に飛び込んで来た結果は――。

 

「――RABBIT小隊は現時点を以て、全員釈放ね」

「……は?」

 

 無罪放免、御咎めなしの証明であった。

 まさかの結果にミヤコは無言で目を見開き、紙面を凝視する。それは他の面々も同じようで、ミヤコの手元を覗き込んだまま硬直する。学園の退学処分どころか、学籍抹消さえ言及されたミヤコからすれば、正に破格どころかあり得ない決定とさえ云える。

 微動だにせず、信じられない心地で処分通知書を眺める彼女達を横目に、先生はカヤへと視線を投げた。

 

「今回のヴァルキューレが被った損害については、財務室長のアオイと後日場を設けるつもりだから、その時に話そう、カヤ」

「……それは、また」

 

 何とも、用意が良い事で。

 零れそうになった言葉を辛うじて飲み込み、カヤは苦笑を浮かべる。この手際の良さ、まるで此方の行動を読んでいるのかと思ってしまう程。

 お人好しの、御しやすい大人――しかしそれは先生の一側面でしかないのかもしれないと、カヤは思い直した。

 

 確かな人望と信念、そしてコレは能力に裏打ちされた経験から来る予測か。周囲の意見を尊重しながらも、時には己の意見を押し通し望外の結果を残す。

 それはある種の理不尽にも見え、傍から見れば理解不能な行動であっても最善を呼び込むのだから堪らない。事政治という分野に於いては、七神リンよりも余程、【あの人】に近しいとすら云えた。

 

「――………」

 

 そこまで考えて、カヤは思わず息を呑んだ。

 

 ――自分は今、何を思った? 

 

「……?」

 

 此方をぼんやりと眺める、温厚そうな見た目の大人。以前と比べるとやや髪が伸び、隠された右目は此方を伺わなくなって久しい。

 

 ――重ねたのか、【あの人】と先生を。連邦生徒会長というキヴォトスを統治するに足る超人の器と、この大人を。

 

 それはカヤにとって、屈辱であった。

 超人とは唯一無二でなければならない。既にその席は空き、七神リンはその資格を持たない、キヴォトスに於ける連邦生徒会長(超人)の座は空白なのだ。

 ならば、その席に座すのは――自分でなければならない。

 たとえ相手が、あの人に認められた大人であろうとも。

 常に頂点(その席)はひとつなのだから。

 

「えぇ、そうでなければならない……」

「……防衛室長?」

 

 漏れ出た呟きに、カンナは耳ざとく彼女の肩書を呼ぶ。しかしカヤが答える事は無く、ただ小さく掌を向けるだけに留めた。

 

「って事は、処罰はなし……?」

「自由の身って、事か」

「まさか、そんな事が――」

 

 手元に転がり込んで来た思わぬ決定に、RABBIT小隊は呆然と呟く。そこには何度確認しても、シャーレの正式な書面にてRABBIT小隊に何の咎も課さない旨が記載されている。ミヤコは二度、三度と文面を確認しながらも、徐に先生へと視線を向ける。

 

「……理解出来ません、何故先生はこんな事を?」

「何故、というのは?」

 

 惚けた様に、或いは本当に分からないのか。眉を下げながら聞き返す先生に対し、ミヤコは思わず食って掛かった。

 

「単純に、私達を庇う理由分かりません、行政委員会や統括室に掛け合ってまで……先生は私達に何をさせたいのですか?」

 

 そうだ、何か理由がある筈だと思った。自分達に恩赦を与える、処罰を回避させる理由が。きっと、先程の防衛室長と同じように、自分達RABBIT小隊に役割や利点を見出しているのだろう。

 故に下された処分に対して安堵する事無く、寧ろ険しい表情で彼女は問い掛ける。

 

「――私達を、シャーレの尖兵として飼い慣らしますか」

「まさか」

 

 重々しい口調と共に、投げつけられる問い掛け。そんな疑る様な声に返って来たのは、笑みを交えた否定であった。先生は緩く首を振って、言葉を続ける。

 

「別に対価を欲している訳じゃないよ、何かをさせたい訳でもない、寧ろ皆に聞きたいのだけれど――RABBIT小隊の皆は、何がしたい?」

「……この状況で、どうしてこっちに聞き返すんだ」

 

 どう考えても、そっちが何かさせる状況だろうと、サキは頭部を掻く。その手元は押収された鉄帽の感覚が無く、どこか寂し気にも見えた。

 

「わ、私は、SRTに帰れないのなら、別にどこに行ったところで……」

「取り敢えず私はどこかで休みたい、もうクタクタだし~……」

「それなら、シャーレの設備を貸し出すけれど――」

 

 草臥れ、疲労感を滲ませる彼女達に対し先生は提案を口にする。シャーレには宿泊施設は勿論、シャワーや食堂など一通り必要な設備が整っている。何か事情があったり、助けを必要とする生徒を暫く泊める程度は問題ない。

 しかし、そんな先生の提案に対し返って来たのは冷たい視線と、不信の混じった言葉と視線であった。

 

「は?」

「え、えっと、それは……」

「自分の所に女子生徒を集めて、何する気? いや、まぁ大体想像つくけれどさ、散々ハレンチな事をさせられるんだろうなぁ」

「……そう云えば、シャーレのオフィスにはやたらと盗聴器が設置されているという噂を、どこかで聞いた覚えがある」

「わ、私達の生活を盗聴して、い、一体なにを……?」

「そりゃもう、人前では云えない事じゃない?」

 

 サキ、モエに関しては本人を前にして云いたい放題であり、ミユもまた彼女達の言葉を鵜呑みにして怖がるばかり。先生は何とも云えない表情で頬を掻いているが、内心はどうか。ミヤコは一つ咳払いを挟むと、改めて先生と向かい合った。

 

「――折角のご厚意ですが、その提案は受け入れられません」

 

 何か裏があるのでは、何かを対価に奪われるのでは――そんな不安や不信とは別に、ミヤコにはこの提案を受け入れられない理由があった。それは自分達が公園でデモを行った理由に直結するもの。これを曲げる訳にはいかない。

 

「私達がシャーレで快適な生活なんて送っていては、本来の目的である連邦生徒会への抗議が成り立ちませんから」

「正直、シャーレに行ったところでちゃんとした規律や訓練がある訳じゃないんだろう? 一日二日なら兎も角、そんな場所にずっといるのは耐えられない」

「それに、どうせ危険物の取扱は禁止されているだろうしなぁ、好き放題に武器を弄れないなら、ちょっとね」

「きゅ、急に信じるのは、えっと……」

 

 RABBIT小隊の各々が難色を示し、理由を開示する。ミヤコは当初に掲げた理由を貫く為に、サキは自分の中にある規範とSRTに相応しい規律を守る為。モエは単純に自身の趣味趣向を封じられるからで、ミユは不安と不信が信頼に勝るからであった。

 先生は彼女達の理由に納得を示し、代替案としてもう一つの道をそれとなく口にする。

 

「そっか、ならあの公園で野営を続けるのかな?」

「野営――」

 

 ぴくりと、ミヤコの眉が跳ねた。どちらにせよヴァルキューレ警察学校に編入を良しとしない彼女達に帰るべき場所は無い。そうなると自分達で生活する拠点を確保しなければならないが――防衛陣地として設営したあの場所は、一応最低限の活動を行う場所としては悪くない様に思えた。RABBIT小隊の面々も子ウサギ公園の様子を思い返し、肯定的な声を返す。

 

「子ウサギ公園か、環境的にはSRTの野戦訓練場みたいなものだしな、悪くないと思うが」

「というか装備とか弾薬全部、向こうに置いて来ちゃったしさ、取りに戻らないとじゃん」

「ひ、比較的静かな所なので、私は気に入っている、かな……」

「……ある意味ではデモの続きになりますし、私達はそれで構わないのですが」

 

 そう、RABBIT小隊からすれば全く問題ない話だ。しかしソレを取り締まる側からすれば、先生の発言は穏やかに聞いていられないだろう。自分達を挟む公安局の生徒達は微動だにせず、口を挟む事はない。その事に一種の不気味さを覚えながら、ミヤコは先生に問い掛けた。

 

「先生は、それで良いのですか」

「問題ないよ――寧ろ、何か困った事があったら頼って欲しいかな」

 

 だが先生は何て事のない様に、それどころか此方の心配まで口にする始末。ミヤコはその、どこまでも利他的である様子に怯みながら、しかし緩く首を振い辛うじて声を発した。

 

「……いえ、私達はただ無力な子どもではありませんから」

 

 それは彼女なりの、精一杯の抵抗であったのかもしれない。

 

「それに、改めてになりますが私達は先生を信頼していません……それは幾ら温情をかけて貰った所で、変わる事もありませんから」

「構わないよ」

 

 変な期待を抱かないように、そんな風に釘を刺すミヤコと対照的に、先生は笑って云った。

 

「皆が辛くないのなら、それに越したことはないから」

「………」

 

 笑顔、そう笑顔だ。

 防衛室長も、シャーレの先生も、自分達と対峙する時は極力笑顔を浮かべているように思う。それは此方の警戒を解く為だろうか? しかし、その性質は余りにも異なっているように思えて仕方なかった。

 

「――変な人」

 

 自身の腕を摩り、思わず漏れ出た呟き。それはミヤコが先生に抱いたあらゆる印象を、端的に云い表すものであった。

 視線を切り、ゆっくりと歩き出すミヤコ。彼女に続くように、無言でRABBIT小隊も先生の脇を抜けて行く。

 

「月雪ミヤコさん」

 

 不意に、カヤがミヤコの名を呼んだ。彼女の後ろに続いていたRABBIT小隊の三名が足を止め、振り返った。しかしミヤコだけは足を止めながらも振り返る事無く、ただ前だけを見据えている。

 その様子を伺いながら、カヤは感情を押し殺した平坦な声色で続けた。

 

「先程のお話、良く考えておいて下さいね」

「………」

「貴女達の本懐に寄り添えるのは、私だけなのですから」

 

 他の三名には分からないやり取り、取調室で交わした言葉の数々がミヤコの胸中に湧き上がる。カヤは最後まで、その姿勢を崩す事無く彼女の心に釘を打ち付けようとした。どちらにせよ、SRT特殊学園の復活という道には幾つもの障害がある。それを実現するならば、然るべき人物からの助力が無ければならない。彼女は先程否定したが――現在のRABBIT小隊が無力である事は、確かな事実であるのだから。

 その地位に一番近いのは、己であると云う自負がカヤにはあった。

 

「――失礼します」

 

 それだけを口にして、ミヤコは徐に歩みを再開する。その背後にRABBIT小隊の三名が疑問符を浮かべながらも続いた。公安局の生徒二名は先生に小さく頭を下げ、そのまま見送りに付く。先生は去っていく彼女達の背中を眺めながら、カヤへと水を向けた。

 

「改めてごめんねカヤ、私の判断で処分を決めてしまって」

「……いいえ、RABBIT小隊は有望な生徒達ですから、彼女達をこの様な形で救えるのならば私も賛成です」

「そっか、そう云って貰えると助かるよ」

「事後承諾になってしまいますが、防衛室からも今回の件については賛成していたという事にしておきましょう、人材室の方にも私から伝えておきます、室長の彼女とは何かと顔を合わせる事が多いですから」

「良いのかい?」

「えぇ、勿論です」

 

 カヤは先生を見上げながら、笑みを深くする。浮かべる表情に怒りや敵意と云ったものは微塵も感じられず、少なくとも先生には本心からそう思っている様に見えた。そうこうしているとカヤの持つ端末が電子音を鳴らし、彼女は点灯する画面を一瞥すると、小さく肩を竦める。

 

「では先生、私達も失礼します、行きますよカンナ」

「はっ! 先生、それでは……また」

「うん、お疲れ様」

 

 カンナの腕を叩き、そのまま踵を返すカヤ。溌剌とした声を上げ、彼女の背に続くカンナ。カンナは一瞬足を緩め、先生の方を振り向くと――何か云いた気に唇を震わせたが、結局言葉を紡ぐ事は無く、小さく頭を下げてカヤの後を小走りで追った。両名はRABBIT小隊とは別方向へと歩き出し、先生は無言で二人の背を見送る。

 その背中が角を曲がり見えなくなると、先生は胸元のシッテムの箱に触れながら呟いた。

 

「――少し、急ぐ必要があるかな」

 


 

 生徒達はヘイローがある事を認識しているが、形や色までは認識していないという情報がグローバル版の生放送で出たらしいですわ。つまり私がエデン条約編で用いたヘイロー欺瞞装置は生徒相手では全く意味がなく、対先生特化型の装置であったという事ですわね。

 あれ、じゃあ工作で温泉開発部に潜り込んだアリウスの一般生徒が持っていた理由は……? 多分先生の目がどこまで届いているか分からないから使っていたんですわよ、そういう事にしましょう、えぇ。

 

 マリー(アイドル)! ミネ(アイドル)! サクラコ(アイドル)! 遂にトリニティのわっぴ~! が世界(キヴォトス)のわっぴ~! になるのですね。胸が熱くなりますわ。お清楚のマリー、救護のミネ、わっぴ~のサクラコ、何と云う隙の無い布陣……これにはセイアちゃんもニッコリですわね。

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