ブルーアーカイブを、もう一度。   作:トクサン

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今回約一万五千字ですわ!
日付超えてしまいましたが、五分程度は誤差ですわ誤差!


交わる正義(正しさ)への道

 

 取り調べを終えた深夜、連邦生徒会防衛室――執務室。

 その日もまた、部屋の主たるカヤは深夜まで作業を続けていた。連邦生徒会は多忙である、ただですらトップが失踪した今、統制の揺るいだ連邦生徒会は腰が重く、あらゆる業務が滞りがちになっていた。これでも会長が失踪したばかりの頃と比べればかなり改善されたが、それでも各々の負担は馬鹿にならない。

 現在連邦生徒会長代行が死に物狂いで熟している業務量を、涼しい顔で熟していたあの人は――やはり凄まじい。

 そんな事を考えていると、不意に電子音が鳴り響いた。手元だけを照らしていたスタンドライト、その端に避けられていた端末が振動する。画面に名前の表示はなく、空白が表示されるのみ。カヤは億劫そうに端末へと手を伸ばすと、応答ボタンをタップする。

 

「……はい」

『――手駒の確保に随分と手古摺っている様子だな、防衛室長』

 

 耳元から聞こえて来た声に、カヤはその表情を変化させた。ぐるりと椅子を回転させ、硝子越しに夜空と対峙する。厚い雲が月明かりを遮り、カヤの顔を照らしていた月光は掻き消える。

 

「誰かと思えば、貴方でしたか」

『状況は情報部より聞き及んでいる、SRTの狐と兎、そのどちらにも首輪を付けられなかったとの事だが……』

 

 声には確かな落胆が滲んでいるように思えた。一応は手を組んでいる相手だ、一体何処から情報を拾ってくるのかと呆れ半分、驚き半分といった様子でカヤは足を組み替える。恐らく自身の把握していない部署か、或いは外部協力組織に内部情報を引っ張って来れるだけの伝手があるのだろう。

 

『策略は失敗したのかね?』

「そう決めつけるのは早計でしょう、彼女達と接触して数日と経過していない上、結果はまだ出ていないのですから」

 

 問い掛ける声に対し、カヤはあくまで余裕を持って対応した。彼女は自身の策略が失敗したなど、微塵も思っていない。故にこそ口元には微笑みすら浮かべ、断言して見せる。

 

「物事を急くのは余裕のない顕れですよ――ジェネラル」

『……ほう?』

 

 その、どこまでも崩れない姿勢に対し通話相手――ジェネラルは意外そうな声を漏らす。そこにはカヤに対する強い期待と、興味があった。

 

「私の協力者であるカイザーコーポレーションは目先の利益だけを求める凡人の集まりでは無いでしょう? 種を撒いたばかりの土を穿り返す馬鹿が何処に居ると云うのですか」

『ならば今は、芽吹きを待っていると?』

「――えぇ」

 

 どのような植物であったとしても、撒いて一日そこらで芽を出す筈がない。ましてやこれから大業を為し、大樹の如く壮大な未来を創ると云うのならば尚更。カヤは笑みを湛えたまま確信を持って告げる。

 

「彼女達は必ず私の元へと集います、(FOX)(RABBIT)、この二つを手中に収めれば既にSRTそのものを指揮下に置いたも同然……これは私があの椅子に座る為に必要な事です、慎重を期するのは当然の事でしょう?」

 

 SRTの最高戦力であるFOX小隊、他の生徒達と同様ヴァルキューレ警察学校に編入させる予定であったRABBIT小隊。この二つを手中に収める事で、カヤはSRT特殊学園に所属する全ての戦力を手中に収めた事となる。そうすれば不知火カヤの想い描く未来はぐっと近くなり、件の『計画』も大幅に短縮されるだろう。

 

「そうすれば今以上に私達は、そう、強固な協力関係を結べると思うのですが――如何でしょう?」

『……ふむ』

 

 彼女から投げかけられた言葉に、ジェネラルは一旦口を噤む。

 連邦生徒会長が率いる筈であったSRT特殊学園、そこに所属する生徒達は皆優秀な者ばかりだ、その戦力はカイザーコーポレーションとしても魅力的に映る。何より彼女が連邦生徒会長の椅子に腰掛ければ、今以上に権限は強化され、カイザーコーポレーションへと齎される利益は莫大なものとなるだろう。元よりその様な試算のもとカイザーコーポレーションは動いているのだから。

 一度や二度の失敗で手を切るのは簡単だ、得られる利益と損失が釣り合わないのであれば撤退も当然の事、しかし――彼女の肩書と、万が一成功した場合のメリットを考え、ジェネラルは暫し思案を挟んだ後、電話越しに頷きを返した。

 

『良いだろう、ならばそれまでは防衛室長、君に投資を続けさせてもらおう――プレジデントには私からお伝えしておく』

「えぇ、よろしくお願いします、勿論協力に見合う対価はお支払いしますよ? 防衛室(こちら)としても、カイザーコーポレーションとは良い関係を維持したいと思っていますから」

『無論だとも、私としても同意見だ、防衛室長、君との協力関係は是非とも維持しておきたい、連邦生徒会の室長に登り詰めるだけの能力を持った優秀な人物とは特にな――件の特務が手駒になるまでは、これまで通りカイザーの部隊(カイザーPMC)を派遣しよう、上手く使うと良い』

「感謝しますよジェネラル、プレジデントにはくれぐれも」

『あぁ、分かっているとも――それでは朗報を期待している』

 

 それだけ告げ、途切れる通話。カヤは電子音を鳴らす端末を見下ろしながら、画面の電源を落とした。

 

「個人の好悪で付き合う相手を選んでいては、大業は成し遂げられない――でしたか」

 

 口から漏れた呟き、それはいつか通話相手のジェネラルが発した言葉だ。カイザーPMCの一員としてプレジデントに付き従う彼は、良くも悪くも兵士としての側面が強い。

 その言葉から思い起こされるのは、連邦生徒会長(あの人)に気に入られただけで代行の席に居据わる七神リン。

 或いは囚われの身でありながら、空虚な正義について語って聞かせたRABBIT小隊(月雪ミヤコ)

 此方の策略に嵌りながらも瞳から希望()を消さないFOX小隊(七度ユキノ)

 そして、気付けば常に目の前に立ち塞がる――シャーレの先生(あの人が選んだ大人)

 

 それらを思い出し、カヤは嘲笑を零す。薄暗い雲に覆われていた月が顔を覗かせ、月光が差し込む。微かに明るさを取り戻した硝子越しに、カヤは反射する自身の仄暗い笑みを眺めていた。

 

「えぇ、全く以てその通りですよ……ジェネラル」

 

 ■

 

 ――子ウサギ公園、RABBIT小隊野営地までの道中。

 

「ふぅ、ふーッ……」

『先生、大丈夫ですか? そろそろ、一度休憩を入れても――』

「いや、大丈夫だよ……!」

 

 懐に入れたタブレットから聞こえて来るアロナの声に、先生は緩く首を振る。息は弾み、背中から流れる汗は非常に不快だ。軽く額を指先で拭うと、僅かに付着する湿り気。汗を搔きにくくなったのは良いのか悪いのか、先生は苦笑を零し、震える膝を軽く叩きながら声を上げる。

 

「全く、この程度の坂道で、こうも息が乱れるとは、衰えを実感するよ――!」

 

 ミレニアムでも感じていた事だが、ひと月経る毎に最大値が半減していくような感覚に陥る。少しずつ低下する身体機能は、何も筋力などに限った話ではなかった。肺や心臓、肝臓に腎臓と、全身のあらゆる部位が本当に少しずつ、一日経過する毎に死んでいく。胃は食事を受け付けなくなり、睡眠は長く、深く、不意に視界がぼやける様になり、僅かな運動で息切れを起こす。こうなると薬品で無理矢理肉体を動かす選択肢も視野に入って来るが――あの手のものは、常用するには余りにも効果が強い。下手をするとただですら短い『残り時間』を更に削ってしまう結末になりかねなかった。

 

「まぁ、今回に限っては……コレのせいっていうのも、あるけれどね」

 

 呟き、先生は自身の肩に食い込んだバックパックを背負い直す。

 登山にも使用されるというそれはずんぐりとしたシルエットを持ち、かなり多くのものを詰め込める設計をしていた。加えて先生はバックパックの左右にサイドポーチを取りつけ、最早上半身を覆い隠すまでにカスタマイズを施している。

 中にはRABBIT小隊へと届けるための物資が、これでもかと詰め込まれていた。計量した訳ではないが、総重量で云えば十五キロ以上は確実だろう。先生はそんな代物を背負ったまま、一歩一歩子ウサギ公園の道を歩いて行く。

 クラフトチェンバーを使えば、こんな苦労をせずとも良い事は明らかだ。しかし自身で賄える部分は自身で賄う、その取り決めた信条は時を経た今でも自身の中に根付いている。

 

『先生、気を付けて下さい! そこから十五歩先に地雷(トラップ)があります!』

「……了解、助かるよアロナ」

 

 先生が顔を上げれば、微かに凹凸が生まれた地面の先に、赤く強調表示された地雷が視界に見えた。先生は慎重に進みながら地雷の合間を抜け、RABBIT小隊が生活する野営地を目指す。彼女達のキャンプは以前のデモを行った時のまま、公園中央付近に設置され、入り口からは相応に距離があった。

 彼女達からすれば大した事がない距離であっても、先生からすれば碌に整備もされていない道を歩くのは、中々どうして大変なものがある。無論、アビドスで迷った時と比べれば――全く以て広さのベクトルが異なるのだが。

 

「ん? 誰だッ!」

 

 先生が漸く野営地の近くまで辿り着くと、歩哨を行っていたのだろうか、サキが目敏く人影を捉え銃口を向けた。先生は生い茂った枝葉を腕で払い除けながら、ゆっくりと顔を覗かせる。

 

「――って、何だ先生か、野良犬か何かかと思ったぞ」

「……野良犬は酷いな」

 

 自身を伺う先生の顔に気付いたサキは、突きつけていた銃口を逸らし呆れたように云った。しかし、実際問題として野良犬や何らかの野生動物が野営地に迷い込む事があるのだろう。こうした雑木林と隣接した場所は特に。

 先生は茂みから体を抜き出すと、そのまま彼女の目の前でバックパックを下ろし、膝に手を突きながら大きく息を吐き出した。肩や腕に付着した枯葉を叩き落とす姿からは、強い疲労が感じ取れる。

 

「随分と疲れているな、それにその大荷物、一体何だ?」

「ちょっとね――それより此処に来る道中、トラップだらけだったけれど……」

「トラップ? それは当然だろう、自衛手段は重要だし」

「――サキ、何かあった~?」

 

 ふん、と鼻を鳴らすサキは特におかしな事をしているという意識はないらしい。常在戦場を胸に刻む彼女からすれば、いつ如何なる時であっても襲撃に備えるのは当たり前なのだろうが――そんな事を思っていると、積まれた背嚢の向こう側から声が上がる。見れば地上用のドローンを抱えたモエが、背嚢の上からひょっこりと顔を覗かせた。

 

「ってあれー、先生じゃん! 爆発とか無かったよね? って事は地雷に引っ掛からずに来れたんだ?」

「やぁ、モエ……因みになんだけれど、地雷をどの辺に、どれ位仕掛けたのか教えて貰っても良いかな」

「え、位置と設置数? あー、うーんと……爆発したらそこにあるよ!」

「えぇ……」

 

 どうやら仕掛けるだけ仕掛けて、具体的な位置情報や数等は忘れてしまったらしい。それは、部隊としてはかなり致命的なのではないだろうか。能天気にそう宣う彼女に対し、先生は肩を落としながら呟きを漏らす。

 

「まぁ流石に大体設置した場所は憶えているから、後で大丈夫そうな道は教えてあげるよ、流石に全部は無理だけれどね、先生がまたいつ敵対してくるか分からないし」

「私としては、公園に来る道中にこの手のトラップはやめて欲しいなぁ……」

「は? 何を云っているんだ先生、私達に無防備を晒せと云うのか?」

「そうだよ、この程度じゃ全然足りないし! 出来れば公園の外周部分に、対戦車地雷とか、クレイモアとか、跳躍対人地雷とか、仕掛けたいものは沢山あるのに我慢しているんだからさぁ!」

「警戒に於いてやり過ぎなんて事はない、万が一に備え、常に万全の準備をするのは当然だろう」

「それに少し油断したら、また前のワンコ(ヴァルキューレ)みたいな連中がやって来るかもしれないし?」

「……そっかぁ」

 

 彼女達にとっては、切実な問題なのだろう。早々簡単にトラップを撤去する事はなさそうだ。そうなるとこれからも地雷やトラップに注意して此処まで来る必要があるのだが――中々どうして、神経をすり減らす訪問になりそうだと先生は内心で零した。 

 

「――サキ、モエ、何か問題でもありましたか?」

 

 そんな風に二人と言葉を交わしていると、テントが設営された方面より二つの影が歩み寄って来る。人影はサキとモエに視線を向け、それから彼女達の影になった所で佇む先生に気付き、声を上げた。

 

「……あ」

「ひっ」

 

 片方は疑念を、もう片方は恐怖を、表情に浮かべるのが分かった。

 

「せ、先生……!」

「……おはようございます」

「おはよう、二人共」

 

 先生は現れたミヤコとミユにゆらゆらと手を振る。ミユは慌ててミヤコの背に隠れ、当のミヤコは先生と背後に降ろした大きなバックパックを見つめながら、訝し気に問い掛けた。

 

「こんな早朝から、何の用ですか?」

「えっと、そうだね……何か困っている事とか無いかなって」

 

 先生は素直にそう問いかける。こうして大荷物を背負って此処まで歩いて来たのも、全ては彼女達が困っていないか、何か助けになれないかと考えたからに他ならない。ミヤコは数秒沈黙を守った後、そっと溜息を零しながら周囲を掌で指し示す。

 

「見ての通り、何の問題もありません、SRT特殊学園はキャンプ生活に慣れていますから、必要なものは全て揃っています」

「あぁ、SRTにとってこの程度は朝飯前、当然の素養だ」

「此処は水が好きなだけ使える分、寧ろ快適な位だね~、周辺環境も整っているし、飲まず食わずで行軍させられていた時と比べれば余裕でしょ」

「ひ、日陰も多くて、隠れやすいです……」

 

 各々現在のキャンプ生活に対する感想は、概ね好評と云った所だろう。元々ある程度の期間デモを行う事を見越して、弾薬や武器は勿論の事、生活の要となるテントやシェルター、寝袋やスリーピングマットを始め、ポータブルストーブに水筒、衛生用品に防寒具、カモフラージュネットに偽装材など一通りのものは揃えてある。足りないものも、持ち込んだ資材をどうにか遣り繰りすれば確保出来ない事もない。

 それらを一つ一つ、先生に対して明かす事で自分達が如何に問題なく過ごせているかをアピールする。

 

「えぇ、ですから――何の問題もありません」

「そういう事だ、分かったらさっさと帰れ!」

「そっか……なら、もう一つの目的はこれ」

 

 あくまで問題がない事を強調するミヤコ、サキもそれに便乗し先生を追い返す様に手を払って見せる。先生は彼女達の言葉に頷きながら、降ろしたまま地面に転がるバックパック、その膨らんだ表面を叩いて見せた。

 

「これをRABBIT小隊の皆に届けに来たんだ」

「……これ、とは?」

 

 先程から気になっていた、大きな背嚢。彼女達が訝し気に此方を眺める中、先生はバックパックのベルトを緩め、ファスナーに手を掛ける。

 

「食料品と飲料だよ、沢山買い込んで来たんだ、今日食べる分と、暫く保管出来る様な保存食も」

「食料――?」

 

 それを聞いたRABBIT小隊の皆が、ぴたりと動きを止める。先生は強烈な視線を背中に感じながらバックパックの中に手を突っ込むと、一番上に重ねていたビニール袋を取り出した。

 ビニール袋に包まれたそれは、上層に配置したからこそ潰れる事も無く、きちんと原型を留めている。先生が結ばれていたビニール袋の持ち手を解くと、中から幾つも重ねられた容器が顔を覗かせた。そこから見える内容物に、彼女たちは目を見開く。

 

「こ、これは」

「焼肉、弁当……」

 

 中身は何の変哲もない、コンビニで売られている様な焼き肉弁当。そこまで高価でもないが、一食を賄う分には十分な量が詰まっている。何となく深呼吸すれば、仄かに香ばしい肉の匂いが漂ってくる様な気がした。

 ふと、『ぐぅ』と音が鳴る、それは直ぐ傍から。先生が顔を上げると、顔を真っ赤にしたサキが両腕で腹部を抑えていた。

 

「……今のは」

「ち、違うぞ、先生! 今のは、そう、雷が近くてだな――っ!」

「いや、雨でもないのに、それは無理があるでしょ……」

 

 呆れ顔でサキを見ていたモエが、思わずそんな風に突っ込みを入れる。空を見上げれば、何処までも澄んだ冬空が広がっていた。どう考えても今のは、サキが腹を鳴らした音だった。空腹の証だ、サキは顔を真っ赤にしたまま悔し気に唇を噛んだ。

 

「もー、どうして我慢できなかったのさ、サキ」

「しっ、仕方ないだろう!? 生理現象なんだから!」

「……うぅ」

「んんッ……! 改めて、私達の現状は何も問題ありませんので――」

 

 咳払いし、何とかこの場を誤魔化そうとするミヤコ。しかし続いて彼女の腹の虫も声を上げ始めた。「ぐぅ」と鳴り響くそれにミヤコは素早く腕で腹を抑え込むが、どうしようもない。「くっ」と呻き、羞恥で赤面したミヤコに他の隊員から視線が突き刺さる。

 

「――ミヤコ、我慢は良くないなぁ」

「っ、せ、先生……」

 

 頬を赤くし、悔し気に顔を歪める彼女に対し、先生はとても晴れやかな笑みと共に告げた。先生はバックパックの上にビニール袋を置き、中身を全て晒す。四つ重なった弁当箱はそれぞれ別々の商品で、彼女達の視線は正しく釘付けだった。

 

「皆も、本当はお腹空いているよね?」

「ぅ……」

「でしょう、サキ?」

「くッ……!」

 

 どこか確信を持った問い掛けに、苦悶の声を上げる。如何にSRTで訓練されているとは云え、彼女達にも限界は存在するのだ。サキへと水を向ければ、彼女は酷く悔し気な様子で喉を鳴らし、それから吹っ切れた様に叫んだ。

 

「あ、あぁそうだよ! 昨日からずっと、何も食べてないんだ! 悪かったなっ!」

「じ、実は今、ご飯、何も無くて……」

「……まー、水はあるって云ったけれど、逆に云えば水しかないからね」

 

 サキの暴露を皮切りに、次々と明らかになる野営地の実情。皆は空腹を認め、張り詰めていた空気が一気に抜ける様な感覚があった。

 ある程度口に出来る植物が認められる子ウサギ公園とは云え、戦術的な地形ならば兎も角、植生まで把握している訳ではない。そうなれば自給自足が困難になるのは当然であり、海や川が近くにない以上魚や海藻を取る事も出来ず、小動物を捕獲しようにも――運が悪いのか、或いは彼女達の鬼気迫る気配を感じ取ってか、前日の狩猟は失敗続きであった。

 

「くそっ、こんな事になるならSRTから食料の備蓄をもっと持ってくるんだった……! 趣向品の菓子だって、例のボックスに結構沢山あったのに!」

「で、でも、御菓子とかは結構人気だから、直ぐ無くなっちゃったような……」

「というか対空ミサイルを持ち込むなら、普通に考えて食糧の方が大事だっただろう!? 何で持って来なかったんだ、モエ!」

「はぁ!? 何を云ってんの、ミサイルだって大事じゃん! 何より綺麗だしッ! それを云うなら、その地味に重い教範の方が問題でしょ! それを捨てて食べ物を入れておけば良かったじゃん!?」

「馬鹿! 学生が教範を捨てる訳にはいかないだろう!?」

「……二人共、落ち着いて下さい」

 

 武器、弾薬の類には意識が届いていた。しかし食事の重要性を理解していながら、どうしても優先度が一つ下がったのだ。食事を理由に仲違いを始める二人を前に、ミヤコは努めて冷静な声色で仲裁に入る。そんな三人を他所に、ミユはそろそろと先生の傍まで近寄ると、涙ぐみながらぽつぽつと胸の内を明かした。

 

「お、お店で何か買おうにも、学校の口座が停止されてしまっているので、どうしようもなくて……このまま私達は、飢え死にするとばかり思っていました」

「そんな事にはならないよ、さぁ皆で一緒に食べよう、沢山買い込んで来たからね、一つで足りなかったらお代わりも良いよ」

 

 先生は笑ってそう云うと、バックパックから更に幾つかのビニール袋を取り出した。食料はまだまだある、何せ中身の殆どはそれで埋まっているのだから。持ち込んだ飲料は粉末飲料で、栄養補助飲料やスポーツドリンク、珈琲や紅茶など、嵩張らずに持ち込めるものをサイドポーチにこれでもかと入れて来た。当分、困る事はない筈だ。

 

「これ、ミユの分ね、結構大きめのお弁当選んだから、遠慮しないで」

「わぁ……!」

 

 そう云って手渡されるお弁当、中央には肉厚なハンバーグが乗せられており、思わず目を輝かせるミユ。どうやら彼女も相当限界が近かったらしいと、その瞳の輝きから感じ取れた。

 

「――待って下さい」

「えっ」

 

 しかし、そんなミユの手を掴む影が一つ。見ればミヤコが険しい表情でミユの腕を掴み、先生が差し出した食料の受け取りを拒否しようとしていた。

 

「簡単に受け取ってはいけません、追い詰められた環境に於いて重要な物資を提供する素振りを見せ、その見返りとして更に大事なものを要求する――交渉に於いて良くある手口です、真意も分からない段階で、安易に受け取る訳にはいきません」

「ぇ、ぁ……」

「……真意、と云われてもな」

 

 ミヤコの言葉に思わず委縮し、身を縮こまらせるミユ。彼女の脳裏には未だ防衛室長との会話が焼き付いている。例の件を鑑みると、これを素直に受け取る事がどれだけ悪手に繋がるか。そんな想いを込めて先生を睨み付ければ、当の本人は困ったように笑って云った。

 

「私はただ、皆を応援したいと思っただけなのだけれど」

「……はっ、そんな言葉、すんなり信じるとでも思ったか」

 

 先生の言葉に反駁したのはサキであった。サキは先生の善意を端から信じるつもりなどなく、相変わらず棘のある口調で続ける。

 

「元々作戦時は持参したもの以外、胃に入れないなんて普通の事だしな、そもそも安全性も保障されていない食べ物を易々と口にする訳ないだろう、何が入っているかも分からないのに」

「……まー、タダより高いものは無いっていうのは、確かにね」

「え、ぁ、ぅ……」

 

 どうやらミヤコの発言を皮切り、彼女達の中で不信感が再燃したらしい。唯一ミユだけは困惑した表情で仲間達を見渡し、先生の差し出したお弁当を名残惜しそうに一瞥したが、反対意見を口に出来る程の勇気が出ないらしい。結局周囲の重圧に耐えかね、制服を握り締めながら俯いてしまう。

 ミヤコ達の言葉に先生は残念そうな表情を浮かべると、メッシュポケットに折り畳んで収納していた小さなシートを取り出し、地面の上に広げる。そして徐に買い込んで来た食事を並べ始めた。

 

「今回結構奮発して、良いお弁当ばかり買って来たんだけれど」

「……ぅ」

 

 並べられたそれらは、視覚効果としては絶大だった。シートの上に並べられた食料の数々を眺めるRABBIT小隊。先生が買い込んで来たお弁当は大抵大容量で、肉類が多めだった。勿論、バリエーションに幅を持たせる為、他のものも用意してある。

 

「ハンバーグ弁当に、から揚げ、焼肉、牛丼、スパゲッティにオムライス――一人三つ食べても大丈夫な位買い込んだし、勿体ないなぁ」

「か、から揚げ……」

「ぎゅ、牛丼……」

「……っ、無駄です、そんな形で私達の意思を折ろうとしても、決して挫ける事はありません、一度引っ掛かってしまえば、先生の策略に巻き込まれ続ける事になります、それは目先の食糧よりも大きなリスクでしょう」

「そ、そうだ、高々弁当程度で、SRTの鋼に勝る精神が――訓練で教えられた筈だ、自分と味方が持ち込んだモノ以外は、水すら飲むなと……!」

「ま、まぁ、もっと高価な食事なら兎も角、お弁当程度じゃ、ねぇ?」

「……あぅ」

「そっか、とても残念だよ――それなら勿体ないし、私だけ頂こうかな」

 

 彼女達の強固な態度に対しそう口にするや否や、先生はバックパックの奥側から何かを引っ張り出した。今度は一体何だと皆が目を向ければ、それは持ち運び可能な位に小型で、弁当箱程度ならば何とか入るだけの大きさがある箱型の何か。唐突に引っ張り出されたそれに目を見開いたミヤコは、恐る恐る問いかける。

 

「せ、先生、それは……?」

「ポータブル電子レンジ、キャンプだと色々不便だろうし、皆に渡そうと思って持って来たんだ、小さいけれどバッテリーも付いているよ――お弁当は温めてこそ、美味しいからね」

「あ、温め……」

 

 冷たい食事でも、今の彼女達にとっては素晴らしい代物だろう。しかし、温めればもっと美味しくなる――至極当然の話だが、今目の前でそれを行うのがどれ程残酷な行為か、目の前の大人は理解出来ないのかとミヤコは喉を鳴らした。

 そうこうしている内に先生はミユに渡そうとしていたハンバーグ弁当を手に取ると、ポータブル電子レンジへと入れる。

 幾つかボタンを操作しタッチパネルに触れると、ピッという短い電子音と共に駆動音が鳴った。

 

「――そろそろ出来たかな」

 

 二十秒間か、三十秒か。暫し待つと電子音が鳴り、ふわりと香ばしい匂いが鼻腔を擽った。電子レンジを開くとその変化は顕著であり、先生がお弁当の蓋を外せば内側に籠っていた香りが周囲に飛び出し、漂って来るそれにまるで強烈な打撃を受けたが如く、RABBIT小隊の皆が仰け反った。

 

「ぅ、ぐッ……!?」

「お、お肉の、確かな香りが……!」

「ぐぅ、きょ、強烈じゃん……!」

「ぁ、ぅ、わっ……!」

「でも、これだけじゃないよ、こういうお弁当にはトッピングがあってこそだよね?」

「ッ、ま、まさか!?」

 

 今のままでも十分美味しい筈だ、しかしこれよりも更に上を目指すと云うのか。サキが蒼褪めると同時、先生はそれとなくお弁当と一緒に温めていたソースを取り出す。加えてもう一つ、薄くスライスされたチーズをバッグの中から抜き出した。先生の口元が弧を描き、その指先がパックの端を摘まんだ。

 

「ハンバーグ弁当に、先程一緒に温めたソースとチーズを、こうする」

「なッ!?」

 

 それをハンバーグに乗せ、その上から熱したソースを掛けると――ソースの熱によってチーズが溶け始め、ハンバーグを包む様に蕩けた。たったひと手間、ひと手間ではあるが食欲を刺激するというパフォーマンスと考えれば凄まじい効果がある。熱したハンバーグに彩られるチーズは黄金の如く、専用のソースを絡めたそれを口に放り込めば、どれ程の旨味が広がるだろうか。モエは呆然とハンバーグ弁当を見下ろしながら、思わず呟く。

 

「ぜ、絶対美味しい奴だ……」

「唐揚げには勿論マヨネーズもある、レモンでも良い、牛丼は山盛り、卵も完備、スパゲッティは増量ソースも付いている、どれもご飯は大容量、サラダだって――」

「ぅ、うぅ……ッ!」

「そして今なら何と、デザートに」

 

 これで最後だ、先生はもう一つ小分けにして持ち込んでいたビニール袋をバックパックから取り出した。まさか、まだあるのかと戦々恐々とするRABBIT小隊の皆を前に――先生はその中身を曝け出しながら告げた。

 

「プリンを二つも付けちゃいます」

「ふ、二つも!?」

 

 レッドウィンターに於いて非常に貴重なデザート(おやつ)であり、時にはこれを巡って革命が起こる程の代物――プリン。

 甘味というものは良くも悪くも人を惑わす。そしてそれはRABBIT小隊であっても例外ではなかった。先生は取り出したプリンの小山をそっと差し出しながら、満面の笑みを浮かべながら問いかけた。

 

「……食べるかい?」

「――食べるッ!」

 

 丸一日食事を抜き、翌日の朝からこれ程のパフォーマンスを見せられ、デザートも付いて来ると云う。この状況で耐えられる人物がいるだろうか、いや居ない筈だ。

 先生は手早くシートの上に並べたお弁当を温め、トッピングも併せて彼女達に差し出す。公園の水道からボトルに水を汲み、中に各々好みの粉末飲料を投入すれば豪華な朝ごはんの完成だ。

 

 折り畳みのフィールドテーブル、武骨な銃器や弾薬が並んでいたその場所には、今や夢にまで見た素晴らしい食事が湯気を立てて並んでいる。目を輝かせ、今か今かと笑みを浮かべるRABBIT小隊に対し、先生は穏やかに告げた。

 

「どうぞ、召し上がれ」

 

 合図と共に、一斉に目の前の食事に手を付けるRABBIT小隊。先生は対面に腰掛けると、皆が食べる姿を慈しむ様な笑みと共に見守った。

 

「はぐっ、むッ、う、美味い、ただの弁当が、こんなに美味いなんて……!?」

「わ、私達、SRTを出てから、缶詰とか、レーションとかしか口にしていなかったから……」

「むぐっ、は、背徳的な味……っ! 最高ぉ~!」

「ん、もぐっ……学食だって、経費削減を理由に、保存期限の近い缶詰ばかりでしたから、余計に……!」

 

 SRTでも、体が資本という事で食事などには注意が払われている。しかし連邦生徒会長が失踪してからというもの、徐々に徐々にあらゆる面で予算が削られ、ランクが下がり始めていた事には薄々気付いていた。

 最初はそれほど気になるものでは無かったが、食堂に於ける食事もその一つだ。最後の辺りなど、殆ど学内に備蓄していた食糧を簡単に調理したものばかり出ていた筈だった。SRTでは塩漬けにされた豚肉の缶詰が良く食べられていたが、ギトギトのそれは如何に調理しても風味が残り、妙な脂っこさが口の中から消えない。それを考えれば、こんな普通のお弁当が大層美味く感じた。

 

「ほら、そんなに急がなくても食事は逃げないよ、沢山あるからね」

「あ、ありがとうございまふ……!」

 

 ぽろぽろと涙を零しながらハンバーグを頬張るミユに対し、先生は苦笑を漏らしながら告げる。元々SRTの生徒として訓練を積んで来た彼女達だ、必要な食事量も多い筈だった。そうでなくとも子どもが空腹で居るのを知って見過ごせるほど、薄情ではない。先生は幸福に浸りながら食事を摂る彼女達を暫し眺めた後、テーブルの端に付箋を貼り付け静かに席を立つ。

 

「……アロナ、帰り道のナビゲートを頼むよ」

『あっ、はい!』

 

 目の前の食事に集中する彼女達は、先生の退席に気付かない。食事は美味しく食べれてこそ、残念ながら今の自分に彼女達の輪に入る資格はない。自身の口元に手を当てながら、先生はそんな事を考える。

 持って来たバックパックをフィールドテーブルに置いたまま、先生は木々の陰に紛れ、音も無く帰路についた。

 

 ■

 

「ふーっ、食った食った!」

「久々に、お腹いっぱい……」

「やっぱりお肉は良いよねぇ」

「はい、やはり食事が出来るだけで、気力と体力が充実――……ぁ」

 

 数十分後――思い思いに食事を済ませ、幸せいっぱいといった様子で空を仰ぐRABBIT小隊。そして空になったお弁当箱を前に数秒程沈黙を守り、漸く自分達が何をしたのかを理解した。

 

「んんッ!」

 

 我に返ったサキは胃の一番に顔を真っ赤にして立ち上がり、フィールドテーブルに両手を突きながら声を張り上げた。それは自身の羞恥心や失態を誤魔化す為の虚勢だった。

 

「か、勘違いするなよ先生! 私達は決して折れた訳じゃないからな、これは、そう、つまり緊急避難の様なものだ! 今回切り、一度きりの……!」

「でも食べちゃったものは戻せないし、吐く訳にもいかないでしょ」

「ぇ、あぅ……」

「モエの云う通り、事実は消えません、悔しいですが……それで先生は、私達に一体何を――」

 

 過程はどうあれ先生の望む通りの展開になってしまった。こうなってしまった以上、向こうが対価を求めれば従う他ない。不承不承と云った様子でミヤコが唇を噛み締め、そう問いかければ――自分達の対面に座っていた筈の先生、その影はどこにもなかった。

 

「あ、あれ……」

「先生が、居ない?」

「一体、何処に」

 

 慌てて全員で周囲を見渡すが、先生の姿は見当たらず、席には中身が少なくなって凹んだバックパックが鎮座するばかり。ふとテーブルを見渡すと、端の方に付箋が貼り付けられている事にミヤコは気付く。

 

「――これは」

 

 貼り付けられていたそれを手に取ると、先生のものであろう文字が視界に映った。他の隊員も付箋に気付いたのか、全員がミヤコの手元を覗き込んだ。

 

『必要そうなものを一通り詰めてあるから、好きに使って欲しい、保存食も沢山買って来たから、また無くなる頃に渡しに来るね――今夜も冷え込むみたいだから、風邪に気を付けて』

「………」

 

 どうやら持って来たバックパックを置いてシャーレに戻ったらしいと、彼女達は理解する。暫しの間沈黙を守った彼女達は、何とも云えない苦り切った表情を浮かべていた。思い返すのは、ただ皆を応援したいと宣い、微笑む先生の姿。

 本当に、ただ助けに来てくれただけなのか――そんな風に考える皆の背を押す様に、ミユが口を開いた。

 

「あ、あの……」

「……何だ、ミユ」

「シャーレの先生、その、考えていたより悪い人じゃないのかもって、そう思って……」

「………」

 

 サキの素っ気ない返答に、ミユは恐る恐ると云った風に告げる。それに反駁しようとして、サキは口を噤んだ。

 確かに、悪人と呼べる人間ではない様な気がした。モエも判断を迷っているのか、いつもの軽口は無く、難し気な表情で黙り込んでいる。

 

「――ですが、完全な味方でもない筈です」

 

 ぴしゃりと、ミヤコが空気を裂く様な鋭い声で断言した。

 皆が顔を上げれば、付箋を折り畳んだミヤコが毅然とした態度で小隊の仲間を見返す。確かにヴァルキューレ警察学校では温情を与えられた、今もこうして食事を渡され、物資の譲渡まで受けている。

 しかし――。

 

「ヴァルキューレ警察学校を指揮し、私達を破ったのは先生です、悪人ではないとしても、味方でもない……なら気を許すのは危険でしょう」

「――そう、だな」

 

 ミヤコの言葉に、サキは鉄帽のつばを掴んで深く被り直した。モエは深く息を吐き出し、ミユは俯き口を閉ざす。デモを行うと決めた際、信じられるのはごく限られた存在であると理解していた。誰にも手を差し伸べられず、孤独に戦う事になる――その覚悟はあった筈だ。

 ミヤコは踵を返すと、仲間達に向かって告げる。

 

「体力がある内に食糧の確保を、今が良くても、明日に備えなければなりません」

「……了解」

 

 ■

 

 シャーレ本棟へと戻って来た先生は、微かに強張った感覚のある肩を回しながら外套を脱いだ。手にしたそれをソファの背凭れに放りながら、疲労の滲んだ吐息を零す。まだ時刻は昼にも差し掛かっていない、今日と云う日は始まったばかりだ。

 

「ふぅ、さて……また数日後、様子を見に行かないとね」

 

 子ウサギ公園は幸いにして、他の自治区と比較すればそれ程遠くはない。同じD.U.という事もあり、暇を見つけて様子を見に行くには悪くない立地だ。彼女達の環境は万全とは程遠く、色々な面で目を付けられやすいとも云い換えられる。元SRTという肩書は良くも悪くも特殊であるが故に。

 本来であればエンジェル24の廃棄弁当を回す選択もあったが、生憎とあのルートはアリウス自治区へ届くよう裏から手を回してしまっていた。そうなると当面、自分が彼女達の助けになる必要があった。

 問題は、素直に受け取って貰う難易度が非常に高い点だが――さて、次はどうやって受け取って貰おうかと、先生はデスクに腰掛けながら頭を悩ませた。

 

「ま、その為にも、今日の業務をさっさと片付けてしまわないと――」

 

 それはそれとして、先生としての仕事は全うしなければならない。

 そこまで口にして、不意にシッテムの箱、その画面が点灯した事に先生は気付いた。何かあったのかと目を瞬かせると同時、彼にしか届かない声が響く。

 

「……!」

 

 数秒、間があった。

 

 先生は小さく息を吸い込み、ゆっくりと腰を浮かせる。先程腰掛けたばかりだというのに、まるで身構える様に。つい数秒前までの草臥れた気配は一変し、張り詰めた空気が辺りに満ちる。先生は四方に視線を向け、云った。

 

「……誰かは分からないけれど、私に何か用事かい?」

 

 ――侵入者の痕跡がある。

 

 アロナから齎されたその報告に、先生はあくまで冷静であった。加えて何かを荒らされた様子もなく、今日は誰かを当番として呼んでいた記録もない。そうなると侵入した相手の目的は絞られる。

 左手を開き、胸元に重ねながら右手でシッテムの箱を掴む。万が一の場合は、誰かに助けを求めなければならない――そんな風に考え、先生がアロナに対し全方位をスキャンを要請するより早く、ゆったりとした足取りで現れる人影が視界の端に引っ掛かった。

 先生が現れた人影へと目を向けると、予想外の人物に瞠目する。

 

「――君達は」

 

 それは馴染みのある装備だった、つい先程似たような武装を子ウサギ公園で目にしているが故に。しかしRABBIT小隊のそれと比較すると随分と軽装で、妙にこなれた感覚があった。

 人影は四つ、内先頭に立った彼女はゆっくりと足を進め、その顔を差し込む陽光の前に晒す。白い制服、耳に宛がったタクティカルヘッドセット、背負ったスクールバッグが動きに合わせて揺れ、彼女は赤色の瞳を此方に向ける。

 

「……貴方が、シャーレの先生か」

 

 現れたのは、連邦生徒会襲撃の罪状で指名手配されている筈のSRT特殊学園の生徒四名。

 

 FOX小隊の生徒達が、其処には立っていた。

 

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