ブルーアーカイブを、もう一度。   作:トクサン

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イベント読んでいたら遅くなりましたわ!
今回約一万四千字ですの!


切実で、けれど身近な優しさ

 

「良し、銃の整備はこんなものか」

 

 その日、RABBIT小隊がヴァルキューレ警察学校と交戦し、この野営地で生活する様になってから――四日目の朝。

 サキは朝日に照らされながら、日課の銃火器の清掃、メンテナンスを行っていた。つい数分前まで野外のフィールドテーブル、その上に広げられた布に配置されていた部品は、全て綺麗に再組立てされ、見慣れた愛銃の姿へと戻っている。オイルやクリーニングロッド、ボアブラシ、パッチなどを横に並べ、組み立ての終わった愛銃を軽く構えながら具合を確かめる。ガタつきはなし、見た限り摩耗具合も問題なかった。

 

「補給が望めない分、せめて手元にある装備は丁寧に扱ってやらないとな」

 

 SRTに入学したばかりの頃、正式に武器が手渡されてから何度も何度も繰り返し手に覚えさせた動作。最初は高負荷で稼働するパーツの摩耗を恐れ、潤滑剤の塗布量を多くし過ぎて先輩達に注意されていた――しかし今では目を瞑っても出来る、それ程の自信が付いていた。

 その事を思い出すと、じんわりと広がる様な寂寥感を覚えてしまう。愛銃をテーブルに乗せ、ふっと空を見上げる。空はSRTに居た頃と同じ、憎たらしい程に青く、澄んだ冬の空気が目に見える様だった。

 

「先輩達は、無事だろうか……――ん?」

 

 そんな事を思い、呟く彼女の視界に、ポツンと野営地外れに放置されたコンテナが映った。外観はRABBIT小隊が扱っているコンテナと大差なく、容量は二百リットル程度だろうか。場所は野営地の外れ、丁度雑木林と外周部分の境界線とも云える場所に、コンテナは放置されていた。彼女は頭上に疑問符を浮かべると、直ぐ近くのテーブルに周辺地図を広げ、何か思案している様子のミヤコの名を呼んだ。

 

「おい、ミヤコ」

「……はい?」

「アレ、あそこにあるコンテナ、誰か外に運んだのか?」

 

 そう云って指差す方向、ミヤコは振り返りながらサキの指し示したオリーブドラブのコンテナを視界に収め、小首を傾げた。

 

「いえ、生憎と私は動かした覚えがありませんが……モエに聞いてみましょう」

「まぁ、基本的な物資はモエの管轄だしな」

 

 少なくとも此処に居る二人の動かしたものでは無いらしいと、ならば物資の管理を行っているモエだろうと話は転がっていく。ミヤコとサキは立ち上がると近くの野営テント、その出入口に垂れたフラップを払い、中で端末と向き合うモエへと声を掛けた。

 

「モエ」

「ん、どうしたのミヤコ? ってサキも居るじゃん、二人揃って何さ」

「キャンプの外周部分にコンテナが放置されているのですが、移動させた覚えはありますか?」

「えっ、コンテナ?」

 

 ミヤコが野営地の外周部分にコンテナが放置されている旨を話せば、彼女は怪訝な顔のまま端末をデスクに放り、首を横に振った。

 

「いーや、私は弄ってないよ? ずっとテントの中に居たし、というか野晒しに出来るコンテナって事は、野外用備品じゃないの? 私が知らないって事はどうせサキとか、ミヤコの管轄でしょ」

「いや待て、私はあんなコンテナ外に出していないぞ、そもそも私が出したなら最低限タープかカモフラージュネットを掛ける」

「えー、じゃあミユとか?」

 

 なら、この場に居ない一人――ミユが出したのか。

 そんな風に皆が思った途端、そろりと直ぐ脇から手が上がった。

 

「わ、私も、違うけれど……」

「うわっ!? ミユ、いつの間に……!」

 

 唐突に上がった声に、全員が思わず驚愕を露にした。ミユが声を出すまで全員がその存在に気付いていなかったというのだから、彼女の存在感の希薄さは凄まじいものがある。ミユは驚かれたという事実に陰鬱な色を目元に浮かべながら、卑屈な態度で何かを差し出す。

 

「て、テントに入る時、一応声は掛けたよ? あ、あとこれ、茸見つけたから……」

「茸――?」

 

 そう云ってミユは抱える様にして持っていたそれを近くにあったデスクの上に放る。ゴロゴロと転がる様々な茸。色味の薄いものから、発色の良いものまで。サキとモエは転がったそれらを覗き込みながら、それぞれ僅かに喜色を滲ませる。こんな生活に於いて、真面に食べられそうなものというのは貴重だった。

 

「おー、中々の艶じゃん、見た目は悪くない感じ?」

「こ、これ、焼いたりすれば食べられるかなって」

「一応食用かどうか調べて、後は無事な事を祈るか、他に食えそうなものも無いし……調味料のパケットはまだあったよな?」

「あー、一応残っていたと思う、食糧を探していた時に開けた奴が――」

「………」

 

 既に話題はミユの持ち込んで来た食料へと移っていた。しかしどうにも、納得できない色を見せる人物が一人此処に居る。ミヤコは和気藹々と調理法を模索する彼女達を眺めながら、真剣な面持ちで口を開いた。

 

「皆さん、念の為確認に行きましょう」

「確認って、コンテナをか?」

「はい――全員が知らない以上、RABBIT小隊以外の第三者が故意に設置した物である可能性があります、何か危険があってからでは遅いでしょう、今直ぐ対処を」

「こんな場所にぃ?」

 

 モエは腰掛けた折り畳みチェアに背を預けながら、遠回しに否定的な意見を口にした。こんな寂れた郊外の、手入れも行き届いていない公園で野宿をする生徒四人に、一体どんな理由でコンテナを設置するのか。

 一番あり得るのはトラップ、つまり仕掛け爆弾とか、時限爆弾の類である。物資コンテナだと思って近付いた相手が、中身を検めようと思って蓋を開けた瞬間に爆破。或いはコンテナを相手の陣地に紛れ込ませて、相手の集積所の特定、破壊を狙うもの。狙いや手法は幾らでも思いつくが、しかしそれを現在の自分達に仕掛けて来るのか? という疑念があった。

 攻撃するつもりならもっと手っ取り早い方法があるし、今この野営地に爆破する程の物資は存在しない。こういう手法は普通もっと大規模な組織や、軍勢相手に行われるものだろう。

 

「まーでも確かに、得体のしれないモノを置いておく方が良くないのは、そうかもね……面倒だけれどさっさと処理しちゃうかぁ」

 

 しかし、何時までも放置できないと云うのは事実だ。モエは背凭れから身を起こすと、ゆっくりと立ち上がりながら呟く。

 

「なら、爆発物処理器キットはどうする? というか、ディスラプターかEMPでも投げ込んだ方が早くないか? この手のものは原則として接近しない方が安全だし」

「で、でも補給が無いから、装備品も数が限られているし、構造確認とか先にした方が……」

「えぇ、まずは外観を確かめましょう」

 

 まだあのコンテナの中身が爆発物の類と決まった訳ではない。それに補給も望めない以上、なるべくならば備品の消耗無く終わらせたい。話を纏め、SRT小隊は全員が最低限の装備を整えテントを後にする。

 まずはコンテナの観察だ、凡そのアタリが付いたら対処法を決める。モエは遠目に見える件のコンテナを前に目を細めると、掌で目元に影を作りながら唸る。距離は凡そ六十から七十メートルという所だろう。野営地から少し外れた場所にポツンと放置されたコンテナは、何となく不気味に思えた。

 

「んー、見た感じは普通のコンテナかなぁ、モジュール化はされていないみたいだけれど、折り畳み式の奴だね、アレに爆弾詰めるとか普通はやらないと思うなぁ」

「ですが常に最悪は想定しておくべきです、ミユ、外観に異常は?」

「えっと、こっち側から見た限り、特には……」

「……そうですか」

 

 この中で最も視力の優れるミユは、いつも首からぶら下げていた双眼鏡でコンテナをつぶさに観察する。ねじ穴一つ、外装から小さな異変一つ見落とさない様、隅から隅までチェックするが――それらしいものは見当たらない。

 この手のものには近付いただけで爆破するプロクシミティ・フューズが用いられている事がある。その場合、どこかしらにセンサーが取り付けられている筈だが、ミユが観察した限り該当するものを見つけられなかった。

 

「と、取り敢えず迂回して、色んな方向からもうちょっと見てみるね」

「えぇ、お願いします」

「確か教範にあったな、確かこういう時は――」

「はぁ、どうせ誰かが外に出したのを忘れていたってオチじゃないの――……ん?」

 

 近くにあった土嚢に腰掛け、退屈そうに大きく伸びをするモエ。しかし、そんな彼女の視界にふと見覚えのあるマークが映った気がした。

 土嚢に腰掛けたままぐっと体を逸らすと、丁度コンテナの側面がちらついたのだ。遠目で良く見えないが、訝し気な表情を浮かべたモエは立ち上がると土嚢を跨ぎ、そのままコンテナの方へと小走りで向かう。

 もう少し近くで見れば、判別できるような気がした。

 急に駆け出したモエに気付き、サキは慌てて声を掛ける。

 

「あっ、おいモエ、何をしているんだ」

「ん~……あれ、やっぱり見覚えあるなぁ」

「は?」

 

 頭を掻き、小首を傾げるモエはコンテナの側面を指差しながらサキに問い掛けた。

 

「ねぇサキ、あの間抜けなマークさ、何か見覚えない?」

「間抜けなマーク? そんなもの、何処にも……」

 

 モエの問い掛けに顔を歪めるサキ、そんなもの何処にもないだろうと口にしかける。しかし彼女と同じ視点に立つと確かに、コンテナ側面の隅に奇妙なマークがある事に気付いた。それはミユ達の方向からは目視出来ず、ぐるっと回り込まなければ気付かない代物。丁度反対側に回り込もうとしているミユとミヤコが気付いた様子はない。

 サキは目を細めてじっと観察し、それから数秒程目を細め――パッと表情を変化させた。

 

「あれは……」

「お、何か分かった?」

「――やっぱり、そうだ! おい皆、こっちに来て見てみろ!」

 

 そう云うや否や、サキは喜色を浮かべコンテナの方へと駆け出す。声に気付いたミヤコとミユは、急に駆け出したサキに驚きを見せた。

 

「さ、サキちゃん?」

「一体何を――」

 

 現在進行形で危険が無いか調べているというのに、サキはそんな事は知らんとばかりにコンテナへと接近する。そのまま直ぐ傍まで駆け寄ると、側面に手を当てながら屈み込んだ。その後に慌てて続くミヤコ達。

 

「サキ、危険です、万が一の事があったら――」

「そんな筈はない、ほら、このマークを見てみろ……!」

 

 笑みを浮かべ、放置されたコンテナの側面を軽く叩くサキ。皆が恐る恐る覗き込んでみれば、コンテナの側面に奇妙なマークが刻印されている事に気付いた。

 白い背景に赤っぽい線で描かれた、下手糞なにっこりマークだ。まるで幼子の落書きとも取れる代物だが、サキはこれに見覚えがあった。

 

「SRTに毎月届いていた物資と同じだ、皆も見覚えがあるだろう? 特にほら、コイツ、この変な笑顔の口元、落書きみたいだが確かにこんな感じだった!」

「毎月届いていた物資――」

「あっ、あの中に菓子とか色々入っていた奴だよね」

「た、確かに、見覚えが……」

 

 皆が脳裏に浮かべるのは、SRTの予算が大幅に削られ始めた頃、様々な設備が縮小、或いは閉鎖し、何となく学園内に暗澹たる空気が流れ始めた頃――SRTに連邦生徒会経由で定期的に送られて来た物資があった。

 連邦生徒会が都合したものではなく、善意の第三者からという話だったが、結局彼女達が学園を離れる最後の瞬間まで物資を送り届けていた組織、人物が誰であるかは分からなかった。

 しかし、学食の食事までも予算の都合で悪化する彼女達の学園生活に於いて、この物資が齎した変化というのは些細でありながらも、しかし大変有難いものだったのは確かだ。ミヤコはサキの隣に屈みこみながら、困惑した様子で呟きを漏らす。

 

「何故、こんな所に?」

「大方、学園が閉鎖になると聞いて、そこから私達が起こしたデモを知ったんじゃないか? これはつまり、陰ながら支援してくれるって事だろう」

「っていうか、いつの間にこんなの置いて行ったんだろうね? 一応夜も見張り立てているのにさ」

「じ、実は結構、凄い人なのかも……?」

「ですがサキ、支援物資を装った危険物の可能性も捨てきれません」

 

 あくまで警戒を怠らないミヤコの姿勢に、サキは首を緩く振って見せる。

 

「SRT内部の奴しか知らない様なコレを、態々装ってか? 仮にそうだとしたら、手が込み過ぎだ、何でそんな遠回しな方法を使う必要がある? それにそうなると、これを仕掛けた奴はSRTの内部事情に余程詳しい奴か、元味方って事になるぞ?」

「それは、そうですが」

「ほら、いつまでもこうしてはいられないだろう、さっさと開けるぞ」

「あっ、サキ……!」

 

 サキはそう云ってコンテナの留め具を弾くと、そのまま蓋をゆっくりと開けた。万が一ワイヤートラップなどが用いられていた場合、ギリギリで反応出来る速度だった。ミヤコは万が一に備え身構えるも――予想した様な爆発はなく、何かが起こる様子もない。

 サキは最後まで蓋を開け切ると、「ほらな?」と云わんばかりに肩を竦め、早速とばかりに中を覗き込んだ。ミユやモエも爆発が無い事に胸を撫でおろしながら、サキに続いてコンテナの中を覗き込む。

 

「わ、わぁ……!」

 

 いの一番にミユが歓声を上げ、積まれていたパッケージを取り出した。中には小分けにされた携帯食糧とキャンディーやクラッカーと云った菓子類、加えてインスタントラーメンや粉末飲料、サプリメントの類が詰め込まれている。彼女はそれを掲げながら、笑顔を浮かべ嬉しそうに声を絞り出す。

 

「食料が一杯、御菓子とかも、こんなに……!」

「生活用品に、医療品、少ないが弾薬まであるぞ!? 学園に居た時は、大抵趣向品ばかりだったのに!」

「ひゅ~! 今の私達に必要なもの分かっているじゃん! 電子部品まであるよ!」

「―――……」

 

 人ひとりがすっぽり入れそうなコンテナの中には、彼女達が欲していたものの大半が所せましと詰め込まれていた。流石に嵩張る為か、弾薬の類は少な目であったが、それでも補給出来た事実に変わりはない。此方の使用弾薬を理解している辺り、やはりSRTに物資を送っていた人物と同一であるに違いないと、サキは内心で思った。

 

「ん、どうしたミヤコ? そんなしかめっ面して」

「……いえ」

 

 しかし、ミヤコだけは彼女達の中で喜びを露にする事無く、寧ろ更に警戒した様子で黙り込んでいた。彼女は仲間達と同じようにコンテナの中を覗き込みながらも、しかし手に取る事は無く呟きを漏らす。

 

「やはり、あまりにも都合が良すぎます――私達はSRTを支援してくれていた、この人物の名前どころか、所属する組織も知らないのに」

「私達のデモ活動をクロノスの報道か何かで見たんだろう、そこから態々こうやって物資を届けてくれたんだって」

「私達……というか、先輩達の活躍を見ていてくれた、市民からの贈り物なんじゃない? SRTに居た頃はそういうの厳しかったけれど、今は学園も無いんだしさ、こんな状況なら有難い限りじゃん」

「わ、私達は、全然出動とか出来なかったもんね……」

「そう、なのでしょうか」

 

 彼女達の言葉に、ミヤコは口を噤む。そもそもの話、SRTに物資を提供出来ている時点で異常なのだ。本来この手のものは受け取り出来ない筈で、SRTはその性質上外部との関わりが非常に制限されている。それは物品や、所謂心づけで生徒を懐柔させない為のものでもあり、同時に生徒の安全面、健康面に配慮してのものだ。

 中立性を保つという事は、あらゆる組織と距離を置くと云う事でもある、それは公平性の維持には欠かせない要素の一つ。無論、ミヤコ達RABBIT小隊は既にその楔から解き放たれている訳だが、ミヤコの表情は優れない。

 それはSRTの在り方を続けて行くと決めたが故の苦慮か、それとも。

 

「なら何故、こんな隠す様な形で――」

「おぉッ、これは……!」

 

 ミヤコが何事かを口にしようとして、しかしサキの歓声に掻き消された。見れば彼女の手には、ここ最近見る事が無かった生鮮食品の入ったパッケージが掴まれている。

 

「肉に野菜、果物まで!? 保存食だけじゃなくて、こんなものも入れてくれたのか……サンドイッチとかも入っているぞ!」

「早めに食べなきゃいけないものは、全部上の方に保冷パッケージで詰めてあるね、しかも調味料も確り入っているし、気が利くじゃん!」

「わっ、これなら今日と明日くらいは、ちゃんとしたご飯食べれるかな……?」

 

 保存食だけでなく、この手のものも完備してくれたらしい。コンテナから両手を抜き出したサキは、何処か吹っ切れた様な笑顔をミヤコに見せ、云った。

 

「ミヤコ、あんまりグチグチ云うならお前だけ食事抜きでも良いぞ? 私は二人分食べれるからな!」

「はぁ!? ちょっと、何でサキが二人分食べる事になっているのさ! ミヤコが食べないなら私が貰うから!」

「あ、あぅ、喧嘩は……」

「――誰も食べないとは云っていないじゃないですか」

 

 澄ました顔でミヤコは云った。

 そうだとも、それはそれ、これはこれ。色々考え込んでいたミヤコであるが、腹が減っては何とやら――サキの掲げた新鮮な食材を前に、一度疑問を脇に置いておく事に決めた。

 しかし、先生相手には「自分で持ち込んだモノ以外、口にしないのは当たり前」と豪語しておいて、この様な物資に入った食事を口にするのは問題ないのだろうか。何とも云えない後ろめたさと背徳感を覚えていると、不意に背後から声が響いた。

 

「やぁ、皆」

「げっ……!」

「せ、先生……」

 

 枝葉を払い、獣道から現れたのはシャーレの先生、その人だった。以前モエに教えられた、地雷の無いコースを辿って来たらしい。髪や肩に数枚の枯葉が張り付いているものの、その表情は以前来た時と比べ幾分か余裕が見えた。

 小さなバックパックを背負って息を弾ませる彼は、RABBIT小隊の皆を視界に収めながら朗らかに挨拶を口にする。

 そしてサキが持ったパッケージに視線を移すと、どこか申し訳なさそうに云った。

 

「ごめん、食事時だったかな?」

「あ、あぁ――……いや、それよりも、見ろ先生」

 

 一瞬何とも云えない表情を浮かべたサキだったが、自身の持っていたそれに視線を移すと、途端に勝気な表情を浮かべ自身の背後にあったコンテナを指し示す。其処には久しく無かった自尊心が満たされた様な、晴れやかさがあった。

 

「さっき見つけたんだ、どうやら私達の志を理解してくれる善良な市民からの贈り物らしい、食料品やら何やら、兎に角沢山詰まっている! やっぱりSRTを今でも必要としている人々はいる、これはその証拠だ!」

「そっか、それなら安心だね――一応私も色々持って来たのだけれど、杞憂だったかな?」

「……なんだ、その妙にニヤけた顔は」

 

 そう云って先生は背負っていたバックパックを降ろすが、その表情はにこやかで、喜色満面といった様子。

 何で先生の方が嬉しそうなんだと問い掛けようとしたサキだが、それよりも早くミヤコが手を翳し、先生へと声を投げかけた。

 

「……それで今日は何の御用ですか、先生?」

「前と同じ、皆の様子が気になってね」

 

 首元に浮かんだ僅かな汗を拭った先生は、前回と同じ様な回答を返す。態々仕事の合間を縫って、自分達の様子を見に来たらしい。顔を見合わせたRABBIT小隊は各々口を開く。

 

「ふん、それなら全く問題ない」

「まー、そうだね、今のところは平気って感じ」

「は、はい、特には……」

 

 腕を組み、そっぽを向きながら素っ気なく対応するサキ。ミユやモエも同様に、何ともない様子で答える。しかし、その口調にはどこかぎこちなさがある様に感じた。

 先生は目敏く生徒達の変化に気付く。それとなく、本当にそれとなくだが、全員が自身から距離を取っていたのだ。

 

 自身が警戒されている事は理解している、しかし彼女達の場合、万が一襲い掛かられても撃退出来る出来るだけの自負が下地として存在していた。故に先生に対して身構える事はあっても、距離を取る事はあまりない――加えてそっぽを向くサキの頬は、僅かに紅潮していた。

 陽の当たり方によるものだろうか? それにしては、少々赤みが強い気がした。先生は顔つきを変えると、バックパックを足元に落としサキへと歩み寄る。

 

「サキ、あまり顔色が良くないように見える、もしかして体調を崩したんじゃ――」

「ま……ッ!」

 

 先生が一歩、二歩と足を進めた途端、サキは凄まじい勢いで身を反らし、背後のコンテナへと衝突した。ガコンと音を鳴らし、外装と寄り掛るサキ。そのまま先生へと手を突き出した彼女は、紅潮した顔を晒したまま叫んだ。

 

「待て、先生! それ以上近寄るなッ!」

「……サキ?」

「それ以上一歩でも踏み出して見ろ、本気で殴るぞ!?」

 

 片方の手で拳を握り締め、必死にそう云い募るサキ。彼女は必死だった、誰から見ても必死で先生を近寄らせまいとしていた。先生は単純な不信感から来る拒絶かと疑ったが、揺れる視線や真っ赤に染まった顔、額に滲む冷汗を見て否定する。

 拳を振り上げたサキを前にして、しかし先生はより一層真剣な面持ちで一歩を踏み出した。

 

「サキ、落ち着いて、具合が悪い事を隠す必要はない、健康面に於いて強がりは悪手だ、これは大人からの手助け云々だとは思わないで欲しい、私はサキがただ心配で――」

「ち、違うッ! そうじゃない!」

「……まぁ、そうなりますよね」

 

 余りにも真剣な様子でにじり寄る先生に対し、震え声で否定を叫ぶサキ。その表情は羞恥心と焦燥に染まっていた。ミヤコはそんな仲間の様子に納得半分、同情半分といった様子で呟く。

 

「そうだ、ミヤコからも何か云って――」

「……!」

 

 あくまで体調不良を認めないサキの様子に、先生はミヤコへと水を向ける。小隊長としても仲間の健康管理は重要な筈だ、そうでなくとも友人として不安に思う所もあるだろう。そんな意図を込め、共に説得をしようとミヤコに一歩を踏み出し――銃声が一発、鳴り響いた。

 背後から小鳥たちが慌てて飛び立つ音が聞こえる。

 

「それ以上近付かないで下さい、次は当てますよ?」

「………」

 

 見ればミヤコは肩に提げていた愛銃をいつの間にか腰だめに構え、先生の足元に向けて発砲していた。土が抉れ、弾丸がのめり込んでいる。全く反応出来なかった、凄まじい反応速度と技量だ。彼女は身構えながら先生と距離を取り、サキの隣に並んで此方を見据えていた。

 本気だと思った、あの目は近付けば本気で撃つつもりだと。先生は背中にじっとりとした冷汗が流れるのを自覚した。

 しかし、そんな敵意に満ちる視線の中で――先生はミヤコの異変を感じ取る。

 

「……いや、良く見たら、ミヤコも顔が赤い」

「っ!」

 

 びくりと、肩が跳ねるのが分かった。彼女は毛を逆立て、更に数歩後退しようとして、コンテナにぶつかる。彼女が後退した分だけ、先生は無言で距離を詰めた。並んだミヤコとサキの表情に、強い焦りが滲む。つっと、頬に汗が流れていた。

 

「もしかしてミヤコも具合が悪いんじゃないか? もしそうなら――」

「……既に警告はしましたよ、先生」

「構わない」

 

 ぐっと、腰を落としたミヤコはその銃口を先生の足元に向けたまま告げる。若干頬を赤くしながらも、しかし鋭い視線で此方を射貫くミヤコからは相応の覚悟を感じた。

 しかし、この場は――先生の覚悟が勝る。

 

「目の前で苦しんでいる生徒を見過ごす位なら、何百発撃たれようと構わない」

 

 両手を握り締め、腹を据えた先生の瞳からは――恐ろしい程に強固な意思と気迫を感じた。

 思わず口を噤み、気圧される両名。それから挑む様な視線を此方に向け、大きく一歩を踏み出す先生。ズン、と地面が揺れたと錯覚する様な一歩。そこからどんどん距離を詰めて来る先生に対し、ミヤコは咄嗟に銃口を逸らすと、たじろぎながら制止を呼び掛けた。

 その表情は、最早誤魔化し切れない程に羞恥で赤く染まっている。

 

「ちょ、待っ、待って下さい――っ!」

「違うッ、違うんだって先生っ! 体調は悪くない! 本当だッ! 嘘じゃない!」

「……なら、一体どうして?」

 

 先生が訝し気に問い掛ければ、赤くなった表情を隠す様に鉄帽を深く被り直したサキが、ぼそりと呟いた。

 

「だ、だから、その、に、匂いが……」

「――匂い?」

 

 一体何の事だと疑問符を浮かべた先生だが数秒して、「はッ……!」と声を上げた。数歩蹈鞴を踏んだ先生は自身の二の腕を口元に宛がい、それとなく確認する。しかし、残念ながら自身の匂いを感じ取る事は出来なかった。若干蒼褪めた先生は、過酷な表情を浮かべ告げる。

 

「ごめん、きちんとシャワーを浴びて来たつもりなんだけれど、最近少し匂いに疎くなっていて……そうか、確かに浴槽に浸かったのは、結構前だったから」

「だぁあッ! そうじゃなくてッ! 問題なのは私達の方だよっ!」

「あーあ、云っちゃったよ……」

 

 先生がしょんぼり落ち込んでいる姿に、勘違いだと吼えるサキ。顔を赤らめ、憤慨するサキの隣で、ミヤコは恥ずかしそうに俯き沈黙していた。

 因みに一連の流れを遠巻きに眺めていたモエとミユは、それとなくコンテナを盾に先生から距離を取っている。

 自分達だけ安全圏に逃れたモエに対し、サキは火を噴く勢いで捲し立てる。

 

「し、仕方ないだろう!? もう四日もシャワーを浴びていないんだぞ!?」

「えっと、洗顔とか、洗濯位だったら、公園の水道で何とかなるんですけれど……」

「作戦行動中汗をかいても気にしませんが、長期戦となると衛生面的に、その、良くありませんし」

 

 ぼそぼそと呟かれるミヤコの言葉に、先生は自分の匂いではなかったのかと内心で安堵しながら、ふと思案顔で答える。

 

「前に持って来たバックパックに温水を作れるウォーマー(過熱袋)を入れていた筈だけれど、もしかして……」

「……先生のバックパックには、あの日以降触れていません」

 

 先生の問い掛けに対し、ミヤコは顔を合わせないまま答えた。

 

「あれに縋るのは、違うと思ったので」

「……そっか、分かった」

 

 彼女達がそう決めたのならば、自身から何かを口にする事はしない。態々苦労して持ち込んだと云うのに、怒りもしなければ落胆もしない。自分達の行動に対しただ穏やかに笑っている先生。ミヤコはそんな大人の姿に、何とも表現できない不思議な感情を抱き、口を一文字に結んだ。

 

「でも確かに、そうなると死活問題だね」

 

 呟き、先生は顎先を撫でつけながらふと体の向きを変える。その視線の先には、サキ達の後方で身を竦ませるミユの姿があった。先生はゆっくりと、一歩ずつミユへと迫っていく。ササッ、とモエは脇に逸れ、それとなく自身の安全を確保していた。

 ミユはゆっくりと近付いて来る先生の影に怯え、慌てて問いかける。

 

「せ、先生? 今の話を聞いて、何で近付いて来るんですか……?」

「――ミユ、ちょっと良いかな?」

 

 声は穏やかだったが、裏に仄暗い何かを感じた。ミユは半分涙目になり、顔を紅潮させながら首を振る。流石のミユも数歩距離を取り、視線を横に逸らした。

 

「あ、あの、流石に、そのぅ……」

「……そうか、残念だ」

 

 何が、とは云わなかった。先生は肩を落として大人しく距離を取る。当たり前だが、やはり匂いは感じられなかった。その事を先生は心の奥底で悔やむ。

 ヒナを吸ったり、イオリの足を舐められなくなった時から覚悟はしていた。しかし、いざこうして現実を突きつけられると、胸の中に滲み出る寂しさや口惜しさ、物悲しさがあった。

 自身はただ、ライブ感のあるRABBIT小隊の香りを楽しみたかっただけなのに。

 何と残酷な事だろうと、これ以上の悲しみが果たしてあるだろうか? 先生は内心で大いに嘆き、苦しみ、悲観に暮れた。これが奇跡の代償だった、何と重く苦しい代償かと先生は思った。

 

「え、えっと……?」

 

 急に黙り込み、とても澄んだ瞳で、悲しそうに俯く先生を見たミユは困惑した様子でおどおどと視線を左右に揺らす。先生は軽く首を振ると気持ちを切り替え、努めて冷静な様子で皆に声を掛けた。

 

「ごめんね、私の配慮が足りなかった、前も云ったけれどシャーレの設備を使って貰って構わない、あそこにはシャワー室もあるから、必要な時だけ利用するとか――それも駄目かな?」

「……まさか、それが狙いですか?」

 

 代替案、元々シャーレの設備は生徒相手にある程度開放されているので、無料の公共施設を利用する感覚で来て貰って構わないと先生は告げる。しかし彼女達にとっては、違う意味に聞こえたらしい。

 さっと一斉に身を捩ったRABBIT小隊は、責める様な視線を先生に送った。

 

「……度し難いな、先生」

「も、もしかして、私達が武装を解除した瞬間に……?」

「あ、実物より残滓の方が好み? ひゅーっ! 随分拗らせているじゃん!」

「えっと……?」

 

 まさかそんな風に受け取られるとは思わず、苦々しい表情を浮かべる先生。少なくともその様な事をするつもりはない。

 生徒を吸う時も、足を舐める時も、踏んでもらう時も、ワンワンプレイをする時だって、自身は常に生徒の同意の下に行って来た。性癖には素直に生きると決めたが自分だが、生徒が本心から嫌がる事は決して行わないと誓っていた。

 

「私って、RABBIT小隊の皆からどういう風に見られているのかな……?」

「悪い人間ではないのでしょう、ですが信頼できない大人です」

「親切過ぎて、逆に不審者、いや変質者か」

「うーん、家電ゴミ……いや、リサイクル品?」

「わ、私は、別に、その……」

 

 褒められているのか、貶されているのか、微妙なラインだ。先生は内心で呟き、肩を落とした。しかし、それとなく温情も感じる。ミヤコはそんな先生を眺めながら、咳払いを挟む。

 

「んんッ、兎に角、それはそれで解決策を考えますので、暫く先生は公園に近寄らないで下さい」

「様子を見に来るだけでも、駄目かな?」

「駄目です」

 

 食い下がる先生に対し、きっぱりと、ミヤコは拒絶を口にした。同じ仲間であるRABBIT小隊は兎も角、それ以外の人物となると流石に羞恥心が勝ると云うもの。それが大人で、加えて異性であるのなら尚更。

 

「とは云えミヤコ、解決策って具体的に何をどうするんだ、夏場ならまだしも、こんな季節に外で水を被ったら、それこそ風邪を引くぞ?」

「物は試しで貯水槽にミサイルでも撃ち込んでみるっていうのはどう? 爆破の熱で良い感じに温水が噴き出すかもしれないし、それを浴びて綺麗さっぱり、後は派手に吹き飛んでくれたら云う事なし……!」

「さ、流石にそれは、駄目だと思うけれど……」

 

 先生の提案を断ったRABBIT小隊であるが、何か考えがある訳ではない。湯を準備するのは何とか出来ても、シャワー形式では設備上の問題で寒さが勝る。適当な物資箱を空けて中に湯でも張るか、しかしその場合どれだけ湯の温度が保つか、そもそも人が入れる位大きくて隙間の無い防水性の箱などあったか、一度限りではなく継続的に使用できる形式が望ましい――意見を出し合い、議論を重ねるRABBIT小隊、しかし問題解決の糸口は見つからず。

 恐らく簡易ユニットを手配しても、受け取って貰えないだろう。先生は小さく息を吐き出すと、以前の記憶に在るそれを口に出した。

 

「そうなると、やっぱりドラム缶のお風呂かな」

「……ドラム缶?」

 

 ぴくりと、ミヤコの耳が揺れた。全員の視線が先生に向けられ、当の本人は皆を見返しながら身振りでぶりで大雑把な概要を語って聞かせる。

 

「こう、ドラム缶の底を焚火で熱してお湯を沸かすんだ、立ったまま入るお風呂みたいな感じでね、底は熱してしまうから中にスノコとか、木製の台座を作って――」

 

 口頭で伝えたそれに対し、RABBIT小隊の皆は脳裏に凡そのイメージを浮かべる。馴染はなかったが、それはそれとして理解は出来た。

 

「……そう云えば以前、百鬼夜行連合学院で似たようなものを見た気がします」

「五右衛門風呂って云うんだけれど、結構悪くないよ? 高さや幅もあるし、入り辛いのが難点かな」

「なんだ、先生は入った経験があるのか?」

「――うん、何回かね」

 

 そう答えた先生は一瞬、その表情を優し気に緩める。当時の事を思い出し、浸っているのだろうか。しかしそれにしては感情の矛先が自分達に向いたままな気がした。勘違いだろうか、サキは小首を傾げながら浮かんだ疑問を振り解く。

 

「しかし改めて考えると、何と云うかこう、センスが古いな」

「それは同感、でも先生だし?」

「私は、結構好きかも……」

「……どちらにせよ、選り好み出来る状況ではありません」

 

 ミヤコは先生の提案に、不承不承と云った形でも同意を示した。RABBIT小隊の面々も口では色々と云いつつ、悪くはないと思っているらしい。その口元は完成図を思い描き、若干緩んでいるようにも見える。

 

「こ、こんな所じゃ、きちんとした設備は準備出来ないもんね……」

「まぁ形はどうあれ、お湯を沸かして身を清められるってだけで大きいよねぇ」

「背に腹は代えられない、か」

「――モエ、資源管理システムに接続して、ドラム缶を使用している現場を探してくれませんか?」

 

 ミヤコが愛銃を担ぎ直し、モエへと水を向ける。声を掛けられたモエは提げていたポーチに手を突っ込むと中から端末を取り出し、にへらっと締まりのない表情を浮かべた。

 

「オッケー、それ位ならお安い御用、十分くらいで終わるよ」

「分かりました、発見次第直ぐに出動しましょう」

「ミヤコ、それって……」

「はい」

 

 サキの問い掛けに、ミヤコは力強く頷きを返す。

 

「衛生面は部隊の存続に直結する重要な問題です、病気は勿論、士気にも影響があります、どんな手を使ってでも、可能な限り早期に解決しなければなりません」

 

 告げ、仲間達を見渡した彼女はぐっと拳を握り締め、真剣な面持ちのまま宣言した。

 

「これから浴槽の確保――ニンジン作戦を開始します」

 


 

 新イベめちゃ良かったですわ……。

 色んな生徒の、色んな関係性、新しい一面、素晴らしい恰好を見れました。

 記憶に残ったのはやはり「ミカァ!」と「しわしわっぴ~」でしょうか。

 でも思ったより(胸部装甲)薄かったヨシミとか、ぼえ~ウタハとか、お清楚マリーとか、ドーナッツと化したフブキとか、アイドル★アビドスとか、ツルギはお姫様だよとか、ラブちゃんと愉快な仲間達とか、ハルナ達の美食とか……なんかもう全部良かったですわ。

 全体的に、青春って感じが溢れておりましたの。謝肉祭(カーニバル)、素晴らしい行事です――基本的に二~三月に行われるそうですが、この小説だと先生が辿り着く事はないのでしょうね。

 

 途切れた世界があれば、幸福に笑い合える世界もある。積み重なった無数の骸は一心不乱にその未来を目指した訳ではないのかもしれません、或いは特定の誰か、分岐した幾つもの生徒に肩入れした未来もあるのでしょう。

 ですがやはり、生徒達が屈託なく笑い合える光景と云うのは、とても良いものです。心が温かくなりますね。

 そこに辿り着く為に身を削った先生の貴く、美しく、素晴らしき愛を想えば尚更。

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