ブルーアーカイブを、もう一度。   作:トクサン

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誤字脱字報告、ありがとうございますわ!
今回約一万三千字ですの!


ニンジン(ドラム缶回収)作戦

 

「こちらRABBIT1、現在時刻は2100――ポイントD(デルタ)に到着しました」

 

 夜中――湾岸部、コンテナターミナル。

 この時期になると日が暮れるのが早くなる。午後五時頃には既に陽が沈み、六時を回った頃には完全な夜空が頭上を覆う。碌な光源も無く、ガントリークレーンが海側に沿って配置されている埠頭。積み重なった無数のコンテナ、その間を抜ける人影が四つ。

 先頭を駆けるサキが愛銃を抱えたまま左右に並び立つコンテナの端に立ち、左右を覗き込む。等間隔で並ぶ外灯は足元と周辺を微かに照らすのみで、視界の確保には心許ない。しかしそれはRABBIT小隊のみならず、此処を警備する面々にも同じ事が云える筈。何より暗闇を克服する術を彼女達は手にしていた。

 サキは目元を覆っていたナイトビジョンを押し上げ、背後を振り返る。

 

「周辺状況確認、問題なし」

「分かりました、では予定通り『ニンジン』のあるポイントE(エコー)まで移動します」

『こちらキャンプRABBIT了解、各位のGPS信号確認、誤差無し、予定通りのルートで良さそうかな』

 

 貨物埠頭へと辿り着いたRABBIT小隊はターゲットとする、『ニンジン』――ドラム缶を確保する為に作戦行動へと移っていた。全員が武装を整え、闇夜に乗じて進む様は非常に静かであり、スムーズだ。

 

『警備会社の勤務シフトも確認したけれど、特に大きな変更点もないし、まぁ問題ないでしょ、このまま見つからない様目標の位置まで移動して、一応監視カメラの位置は注意ね』

「分かりました、それでは――」

 

 ミヤコはキャンプRABBITことモエの通信に頷きを返し、ふと隣に視線を向ける。其処には彼女達に追従し、同じように身を隠す、いつもとは異なる外套を羽織った先生が居た。

 先生が身に纏う分厚い素材で出来たそれは冬用に支給されたSRTの備品であり、シャーレの備品ではない。その為やや窮屈そうに見えるが――シャーレの制服は、良くも悪くも目立つのである。

 同行を願い出た先生に対し、不承不承と云った様子で承諾したRABBIT小隊であったが、「そんな真っ白な恰好で潜入作戦とか何を考えているんだ!?」と一喝され、この装備を支給されるに至ったのである。 

 ミヤコは黙々と自分達に追従する先生を、何とも不安な面持ちで見つめながら問いかける。

 

「先生、宜しいですか」

「うん、勿論」

「……では、これより行動を開始します」

 

 胸元を抑えたまま先生が親指を立てれば、ミヤコは作戦開始を宣言する。サキとミユは一層気を引き締める様に前を見据えるが、先陣を切っていたサキは先生を横目に呆れの色を隠さない。

 

「というか、本当に何で付いて来たんだ先生、訓練も受けていない素人なんて、どう考えても足手纏いにしかならないだろうが」

「皆が心配だったんだ、邪魔はしないと約束するよ」

「ふん、どうだか……付いて来ても良いが、私の半径二メートル以内に近付くなよ」

 

 そう云ってサキは手を払い、直ぐ傍の壁に寄り掛る。どうやら本格的に入浴を済ませるまでは接近禁止らしい。先生は、「分かった」と頷きながら苦笑を零した。流石に緊急時は守れる自信がないが、彼女の為にも可能な限り善処するとしよう。

 

「それで、此処に目的のニンジン……ドラム缶が?」

「えぇ、そうです」

 

 先生の問い掛けにミヤコは頷きを返しながら手元の端末、その画面を点灯させる。光量を最低まで落とした画面はほんの僅かな光を放ち、周辺のマップ情報を表示した。今まで辿って来たルート、そしてこれから進行する予定のルート、ミヤコはそれを目で追いながら続ける。

 

「此処に集積されたドラム缶は全て廃棄予定である事が分かっています、つまり持ち帰った所で誰にも金銭的な損害は生じません、寧ろ企業にとっては処理費用の節約が出来るでしょう」

「それなら、真正面からお願いした方が良い気もするけれど――」

「そこから先はプライドの問題だ」

 

 ミヤコが答えるより早く、サキが口を挟んだ。ふん、と鼻を鳴らした彼女は不機嫌そうに前を見つめながら吐き捨てる。

 

「SRTの生徒が他人の同情を当てに動くなんて、みっともないだろう」

「うーん、そうか……」

「因みに、善意と同情は別だからな! 後先生から貰った食事は、そう……あの時限りだ! 私達は自身のプライドに賭けて、絶対に――」

RABBIT2(サキ)、落ち着いて下さい」

 

 振り向き、感情的に声を荒げる彼女に対してミヤコは掌を翳す。そして指を一本立てると、淡々とした口調で云った。

 

「今は作戦行動中です――突入前に、偵察をお願いします」

「……何でお前が普通に指揮をしているんだ、ミヤコ」

「RABBIT2、作戦中はコードネームの使用を」

 

 無機質で、不愛想で、冷静――くしゃりと顔を歪めたサキは舌打ちを零すと、改めて体の向きを変えミヤコと対峙する。何となく不穏な空気を感じ取ったミユが、身を縮こまらせるのが分かった。一歩踏み出したサキがミヤコと視線を交差させ、瞳を険しく変化させる。

 

「それは正論だが……今のお前に、私達の指揮権は無い筈だ」

「ですが、私はRABBIT小隊の隊長です、作戦指揮を執る事が役割の筈」

「それはSRT内部での話だろう、SRT特殊学園を出た今、私達の学園を閉鎖させた連邦生徒会からの指示、それに従う必要はもうない――前にも云った筈だ」

 

 彼女に小隊長と云う肩書は存在する、しかし命令に従うかどうかは別だ。それはヴァルキューレ警察学校と戦闘を行った際、口にしていた事でもある。

 

「こういう作戦中は特にな、小隊がこんな状況なら誰が指揮を執っても良いだろう? 私は座学でも、実技でも、成績でお前に負けたつもりはない」

「それは――」

 

 ミヤコは反駁を口にしようとして、咄嗟に呑み込んだ。彼女の云う通り、サキとミヤコのSRT内部に於いての成績は大きく離れていない。強いて云うなら座学に於いてはサキが勝り、実技に於いてはミヤコが勝る、という所だろうか。

 しかし、どちらにも大きな差は存在しない。総合すれば双方優秀――優等生と云う括りにあった。

 適性や素養からミヤコが小隊長として任命されたが、数字の上で判断するならば自分にもその資格はあると云いたいのだろう。ミヤコが口を噤んでいると、先生が背後から務めて穏やかな口調で問いかけた。

 

「サキは、作戦指揮を執りたいのかな」

「今はRABBIT2と呼べ、先生――別にそういう訳じゃない、ただその資格は全員にあると云いたかっただけだ」

 

 鉄帽を指先で摘み、軽く押し上げた彼女は素っ気ない態度で答える。口ではそう云っているが、彼女の内心を凡そ察する事は出来た。サキは自身の能力に自信を持っており、同時にそれを証明する手段を欲している。或いは、先生という存在が彼女にそんな態度を取らせているのか。

 

「元々指揮を執っていた人物が続投した方が安定感はある、それは合理的だし認める、だが私達の役割はSRT特殊学園が各素養と適正を判断した上で配置したものだ、学園内部であればそれに従おう、しかし今はそうじゃない、なら私だって小隊指揮は出来る筈だ、能力に於いて私は、ミヤコに劣っていない自信がある」

「……分かりました、そういう事であれば皆の判断に委ねます、各々の意見を聞かせて下さい、RABBIT3、RABBIT4」

『えぇー?』

「えっと……」

 

 唐突に水を向けられたミユとモエは、片方は面倒そうな声を、もう片方は困惑に塗れた声を漏らす。無線機から微かに聞こえてくるのは溜息、モエは滲み出る倦怠感を隠そうともせず、投げやりな口調で云った。

 

『私は別に、どーでも良いんだけれど? どっちでも変わらないっていうか、早く終わるならそれに越したことはないって感じ』

「わ、私は、えっと……」

 

 ミユは愛銃を抱き締めたまま視線を彷徨わせ、舌を縺れさせる。その視線はサキとミヤコ双方に向けられていたが、結局結論を出す事無く俯いてしまった。どちらに肩入れしても角が立つと思ったのだろう、何より自己主張が苦手なミユである、言葉を詰まらせる事は予測出来た事だった。二人の反応を見ていたミヤコは暫し思案する様に目を瞑り、それからサキへと向き直ると、云った。

 

「そういう事であればRABBIT2、指揮を任せます」

「……ふん」

 

 部隊内の不和は解消しなければならない、実際彼女の成績が優秀である事は理解している。問題は、少々融通が利かない点だが――ミヤコは湧き上がった一抹の不安を呑み込み、サキことRABBIT2に小隊指揮権を移譲した。

 サキはその言葉を聞き届けると、肩にかけたタクティカルバッグを掛け直す。

 

「まぁ所詮、相手は普通の警備員だし、この程度は朝飯前だろう、こういうシチュエーションも訓練で散々やってきた、それこそ目を瞑っても遂行出来る程度には」

 

 此処の警備を担当している人員は、各自治区の風紀委員会相当の組織でもなければ、そもそもPMCや正規の訓練を受けた軍人ですらない。民間警備会社の警備員相手に、SRTの隊員が敗北する筈がない――練度の差を考えれば、正に鎧袖一触だろう。

 そう余裕すら滲ませるサキに対し、背後から恐る恐る声が掛かった。見れば一先ず結論は出たと見たミユが、控えめに手を挙げながら声を発する。

 

「それで、えっと、サキちゃ――じゃなくて、RABBIT2」

「うん? 何だ、RABBIT4」

「私は、どこで待機すれば良いかな……?」

「は?」

 

 唐突に掛けられたその問い掛けに、一瞬サキは声を詰まらせた。ミユは周囲を伺いながら身を竦ませると、続けて言葉を紡いだ。

 

「そ、狙撃のポジション、こういう時はRABBIT1が指示をくれていたから……」

「あ、あぁ、そうだな――えっと」

 

 そうだ、狙撃手であるミユは部隊の支援、及び遊撃手として最も有効な位置に配置しなければならない。この手の指示はミヤコが作戦開始と同時に行っていた事を思い出す。サキは頭上を見上げ、それからコンテナの影から顔を出し辺りを見渡す。

 夜間作戦となると狙撃の難度は上昇する、暗闇ではターゲットの識別や距離感の把握が難しく、ナイトビジョンやサーマルスコープを用いても昼間ほど鮮明には見えない。加えて巨大なコンテナがそこら中に積み重なっている地形は経路が制限される上、死角が多く細心の注意を払わなければならない分、精神的な負荷も高まるだろう。

 それらを加味してポジションを考えるのならば――慌ててポケットから肌身離さず携帯している教範を取り出したサキは、次いでポーチからメモ帳を取り出し、勢い良く捲り出す。

 

「ちょっと待て、遮蔽物が多く、こういう地形の場合、市街地戦のケースに当て嵌まった筈だ、狙撃手の適切な位置は確かメモに――」

「……!」

 

 今から適切なポジションを指示するからと、懸命に頁を捲るサキを他所に、先生は懐に仕舞い込んだシッテムの箱から警告を受け取った。遅れて、微かに耳へと届く靴音。先生は壁に身を寄せながら、真剣な面持ちで周囲に危険を知らせる。

 

「皆、誰かがこっちに来るよ」

「っ、まさか警備が?」

「はぁ!?」

 

 その事に驚いたのはサキだ、彼女は手にした教範とメモ帳をポーチに突っ込みながら、焦燥を滲ませ壁に立て掛けていた愛銃を手に取る。このルートに警備が来る事はない筈だ、少なくとも事前情報ではそう聞き及んでいた。影に身を潜ませながらも、サキはインカムに向かってひそかに声を荒げる。

 

「おいモエ、どうなっている、このルートに警備は来ない筈だろう……!?」

『あちゃー、これは想定外、何でかなー? うーん、分からない!』

「わ、分からないって、おまっ、ふざけ――」

「さ、サキちゃん、どうしよう……!? わ、私はどこに移動すれば!?」

「そ、それは、えっと――ッ!」

 

 直ぐ傍で混乱した様に問いかけて来るミユ、サキは視線を彷徨わせながら言葉に詰まった。

 警備が来る、予定にないルートを通って、そうなると想定していた進行ルートは使えない可能性が出て来る。その前にミユを、けれどこんな状況で一体何処に、これなら自分達と同行した方が、しかしそれでは狙撃手としての利点が潰れて――そんな事が一瞬で脳裏を過り、サキは冷汗を滲ませながら必死に方々へ視線を投げる。

 するとその視界に、大型のガントリークレーンが映った。高さは十分、少なくともこの周辺では一番高い建造物だ。足場は悪いが致命的という程ではない、そう判断したサキは、咄嗟にそのクレーンを指差しながら告げる。

 

「取り敢えず高い所! 高い所に行って! 教範によれば狙撃の基本は視野の確保、高所を確保すれば恐らく、殆どの状況で有利に――」

「なっ……!」

 

 しかし、その指示に驚愕し、反対意見を持った人物がいた。他ならぬミヤコだ、彼女はサキの肩を掴むとその指示が如何に危険を語る。

 

「待って下さいRABBIT2、あのクレーンは狙撃に向いているとしても、逃走経路が限られており包囲された場合撤退が困難な場所です、万が一ミユが発見され孤立してしまったら――」

「なっ、そ、それ位は分かっている!」

「え、えっと――……」

 

 ミヤコの言葉に食って掛かるサキ、指示が決まらず右往左往するミユ。そうこうしている内に足音はどんどん近くなり、同時にささやかであっても聞こえて来る声に気付いたらしい。足元を照らしていたライトの光が直ぐ横のコンテナに向けられ、RABBIT小隊の足元を光が過った。

 

「おい、誰かそこに居るのか?」

「やばッ!?」

「ひぅ……!」

 

 警備員が訝し気な声を上げ、ミユがパニックになり後方へと駆け出した。恐らくガントリークレーンへと向かおうと考えたのだろう。彼女の顔は青ざめ、頭は殆ど働いていないように見えた。

 

「ミユ、ストップ」

「あぅ!」

 

 先生は自分の脇を駆け抜けようとしたミユを咄嗟に腕で絡み取り、そのまま抱き寄せるとコンテナの角を曲がり、裏側へと身を滑り込ませる。殆ど同時にコンテナ同士に挟まれた路地に光が差し込み、警備員とミヤコ、サキの両名が顔を合わせる事となった。

 

「……あっ」

「……え?」

 

 数秒、間があった。

 ミヤコとサキ、鉢合わせになった警備員がお互いを直視し、沈黙を守る。先に再起動を果たしたのは警備員であった。腰に装着していた無線機に手を掛けながら、ライトを突きつけ叫ぶ。

 

「し、侵入者!? 貨物を盗みに来やがったのか、このコソ泥め!」

「だ、誰がコソ泥だ!? くそ、交戦開始! 最大火力を投下して各自ポイントE(エコー)まで直行ッ!」

「仕方ありません……! 強行突破します!」

 

 激昂したサキが先陣を切り、警備員を蹴り飛ばす。身構えていた警備員だったがサキの強襲に呆気なく吹き飛ばされ、悲鳴を上げながらコンテナに叩きつけられてしまう。同時に無線機から仲間と思わしき声が響いた。

 暗闇の中を疾走し、路地を飛び出すサキとミヤコ――少しすると遠くから幾つかの乾いた銃声が響き、にわかに埠頭全体が騒がしくなり始めるのが分かった。夜空を彩る様に、複数のライト、その光が頭上を交差する。

 

「せ、先生?」

「しーっ……」

 

 ミユを抱き締め、息を殺す先生は腕の中で自身を見上げる彼女に指を一本立てる。周囲からは慌ただしい足音、怒号、銃声が飛び交っている。先生はそれらの音が一旦収まるまで待機すると、胸元で俯くミユに向かって呟いた。

 

「大丈夫、ポイントまで迂回して進もう――ミヤコとサキが注意を引いている今なら、見つからないように動けると思うから」

「は、はい……」

 

 その言葉にコクリと頷いたミユは、戸惑いながらも先生に手を引かれるまま駆け出す。二人を囮にするようで申し訳ないが、見つからないのならばそれに越したことはない。先生は懐からシッテムの箱を取り出し、警備員を避けながらポイントE(エコー)まで移動を開始した。

 

「――……?」

 

 ふと、ミユは自身の掌に伝わる感触が妙に硬い事に気付いた。自身の手を引く先生の左手は、黒い手袋に覆われている。握り返すとゴツゴツした、強い抵抗が返って来るような気がした。

 先生の手は、大きくて、妙に硬かった。大人の手と云うのは、皆こういうものなのだろうか――ミユは内心でそんな事を考え、それから緩く首を振ると、先生の後を追って駆ける事に注力した。

 

 ■

 

「くそ、何処に行った!? 探し出せ、そう遠くはない筈だ!」

「出てこい、コソ泥!」

「湾港外周に人を回せ、絶対に逃がすな!」

 

 幾つもの足音が夜の湾港に響き、ライトが彼方此方を照らし夜空の中で煌めく。そんな中警備員たちを撒き、潜伏を図ったミヤコとサキの両名は近場の遮蔽に身を隠し、周囲の様子を慎重に伺っていた。

 

「くそっ、云いたい放題じゃないか……!」

「RABBIT2、声を抑えて下さい、気付かれます」

 

 好き放題に叫ぶ警備員達を遮蔽越しに覗き込みながら、忌々しそうに歯を軋ませるサキ。ミヤコはそんな彼女を宥めながら、愛銃の弾倉を予備のものと切り替える。弾薬は節約したつもりだが、実際に切り離して確かめると常よりも随分軽く感じられた。小さく溜息を吐き、半分以下になった弾倉を足の留め具に固定する。

 

「キャンプRABBITへ、こちらRABBIT1、敵中を突破しポイントEに到着しました、目標の『ニンジン』も無事に確保、ですが――」

 

 インカムに指を添えながら呟き、ミヤコは直ぐ傍に視線を向ける。其処には大量に並べられたドラム缶があり、設置された街灯に照らされ鎮座していた。しかし同時に視線を戻せば、交差するライトに彼方此方から響く声、自分達を探している警備員達のものだと分かる。

 再び遮蔽に身を寄せながら、ミヤコは困ったように告げた。

 

「此方の存在が露呈、敵の増援と巡回ルートの変更を確認、この様子だと当初の計画にあった退路は使えませんね」

『あー、まぁサキが指揮を執るって時点で薄々こうなると思ったけれど』

「はぁ!? どういう意味だ、モエ!」

『いやだって、完璧なのは理論だけで実際にやると失敗ばっかりだし、小隊指揮演習とか大体ミヤコに負け越しじゃなかった?』

「う、うるさい! お前だって実技の演習はダメダメだっただろうが!?」

『そうは云われても、私が銃を握る状況になったら、殆ど負けみたいなモノじゃん』

「ポジションを不得手の云い訳にするなバカ!」

 

 いっそ無気力に言葉を返すモエに対し、サキは鉄帽を僅かに浮かし手を突っ込むと、乱雑に髪を搔いた。そこからは強い羞恥心と、自身に対する失望が漂っている。

 

「くそっ、何が問題だったんだ……?」

「それより、先生とミユ――RABBIT4は」

 

 ミヤコとサキの両名は正面突破により警備員達の網を食い破り、ニンジン(ドラム缶)のあるポイントまで急行する事が出来た。しかし、後続の先生とミユの姿が何処にも無かった。それに気付いたのは、このポイントに到着してからだ。

 それとなく近辺に目を向けるが、積み上げられたコンテナの影にそれらしい姿は無く、まさか逸れたのかと顔を顰める。

 

「はぁ、はぁ……ふーっ」

 

 しかし、そんな彼女達の耳に誰かの息遣いが聞こえた。咄嗟にミヤコとサキが愛銃を手に身構えれば、直ぐ傍の暗闇からゆらゆらと歩いて来る人影が一つ。見慣れた白でこそないが、月明かりに浮かび上がる輪郭には覚えがあった。

 

「あぁ、良かった、上手く合流出来たみたいだね……!」

「……先生」

 

 皆の前へと顔を出したのはシャーレの先生、彼は若干蒼褪めた様にも見える顔色でへらりと笑って見せる。首筋には汗を流した痕跡があり、ミヤコはよたよたと覚束ない足取りで歩いて来る先生に向けていた銃口を下げた。

 

「随分と、息が上がっていますが」

「あぁ、まぁ、うん……大丈夫」

 

 草臥れた様子で、しかしゆらゆらと首を振って答える先生。大丈夫とは口にしているが、とてもそうは見えない。サキは先生の姿を確認しながら、恥じる様にそっぽを向いた。

 

「くそ、折角SRTの実力を見せつけるチャンスだったのに、シャーレにこんな失態を晒すなんて」

「そんな、落ち込む事はないよサキ、皆が凄い事は、十分知っているから」

「……こんな失態を晒した後でそんな言葉、信じられるか」

 

 息も絶え絶えに告げられるその言葉、しかしサキはそれを単なる慰めであると断じた。彼女からすれば、勇んで指揮権を掻っ攫った挙句、この様な失態など耐え難い屈辱なのだろう。

 ミヤコはサキと先生を一瞥すると、ただ一人姿の見えない味方について言及した。

 

「所で先生、RABBIT4(ミユ)は何処に――」

『え、一緒に居るんじゃないの? GPS上では反応が重なっているけれど』

「あぁ、ミユなら……」

 

 そう云うや否や、先生は顔を横に傾け、自身の背中を見せた。其処には先生におぶさり、身を縮こまらせるミユの姿があった。

 

「ちゃんと私の背中に居るよ」

「あぅ」

 

 顔を赤くし、先生の肩に顔を埋めるミユ。良く見れば彼女の首に掛けていた双眼鏡は先生の首に掛かっており、ミヤコとサキは呆然とした様子でミユを凝視した。

 

「えっ、と……」

「……何でお前、先生に背負われているんだ」

「け、警備の人に見つかった時、クレーンに登ろうと駆け出したら、先生に捕まって……」

「あの状況だと、下手に離れると大変だと思ってね――はい、ミユ、もう大丈夫だよ」

「あっ、ありがとうございます、先生」

 

 ミユを下ろし、首に掛けていた双眼鏡も返却する先生。ミユはそれを受け取ると、そそくさとミヤコ達の傍へと小走りで戻った。

 恐らく彼女自身の云う通り、敵に見つかりそうになりパニックに陥って別行動を取ろうとしたのだろう。それを先生に押し留められたか――どちらにせよ、結果論ではあるが全員ポイントに到着する事は出来た事は大きい。

 ミヤコが無言で思考を巡らせる中、先生は周囲のドラム缶を眺めながら穏やかな口調で問いかける。

 

「さて、一先ず目標物は確保できたみたいだけれど、これからどうしようか? 最初に予定していた退路は増援で塞がれちゃったし、かなり厳しい状況だね」

「……おい、何で先生が仕切るんだ」

『でも、今のところは先生の云う通りじゃない?』

「えぇ、その通りです、本来であれば『ニンジン』を確保した上で安全に撤退出来るルートがありましたが、この状況では――」

「……っ、警備の人、来る」

 

 ミユが呟き、全員が素早く反応、ドラム缶の影に身を潜めた。その頭上をライトが通り過ぎ、遮蔽に体を押し付けたサキは愛銃を抱えながら思わず苦々しい呟きを漏らす。

 

「……思ったより数が多いぞ」

「ず、頭上にもドローンが、地上をライトで照らしているみたい……」

『見つかったら、ちょっと厳しいかなぁ、こっちから手助けできる事も限られちゃっているし』

「かなり厳重な警戒になってしまいました、或いは『ニンジン』を諦め、身軽になった状態で脱出を図るという手もありますが……」

「いや」

 

 事この状況に陥っては、目標を確保せずに脱出を第一に考えた方が良い。そんな風に考えるミヤコとは裏腹に、先生は余裕を滲ませながら否定を口にした。ミヤコが訝しむ様に、先生へと視線を向ける。

 

「先生?」

「予定していたルートで脱出しよう、きっと何とかなる」

「は? 何を云っているんだ先生、さっき自分で塞がれたって――」

「コレを被っていこう」

 

 告げ、先生の指先が直ぐ傍の影を指し示した。全員の視線が先生の指先、その方向へと向けられ――思わず驚愕に目を見開く。

 

「おい、まさか……」

「こ、これって」

『わーお……』

「――『ニンジン』(ドラム缶)を、ですか」

「うん、これを被って進めば、相手に見つからず脱出出来ると思うよ」

 

 先生が示したのは、周辺に並べられた大量のドラム缶(目標物)。これ被って脱出しようと提案する先生に対し、ミヤコは信じられないといった様子で首を振った。

 

「とても正気とは思えません、論外です、こんなもので敵の目を欺くなど……」

「いや待て――RABBIT1」

 

 普通に考えて、成功する筈がない。そんな風に云い募るミヤコに対して、しかし思わぬ方向から援護が入った。サキだ、彼女は難しい顔で唇を擦りながら、ドラム缶の表面を視線でなぞった。

 

「確か、昔に本で読んだ事がある、段ボールやドラム缶を使って幾多もの潜入任務を成功させた、伝説的な工作員が居たという話だ」

「だ、段ボールに、ドラム缶で?」

『それ、創作か何かじゃないの?』

「いいや、フィクションみたいな娯楽図書じゃなかった、戦場での心得とか、銃器に関しての記載もかなり丁寧だったし、当の工作員は装備を基本的に現地調達、どんなものでも使いこなして影すら踏ませずに任務を達成する存在だったらしい――それが本当なら、もしかしたら」

 

 真剣な様子で呟くサキ、ミヤコは彼女の言葉を半信半疑で聞いていたが、どうやら現実の出来事らしい。そんな事、出来る筈がないとミヤコは口に出し掛けた。しかし此方を見るサキの瞳は本気で、到底嘘を云っている様には見えなかった。

 ドラム缶に身を寄せながら、サキは隣り合うミヤコへと訴えかける。

 

「私だって先生に従いたくなどない、けれど他に選択肢はないだろう?」

「いえ、待って下さいRABBIT2! 幾ら何でもそれで怪しまれない訳が――ッ!」

 

 ■

 

「……ん?」

「何だ、どうした」

「今、あそこのドラム缶が動かなかったか?」

「は?」

 

 ふと、警備を担当するオートマタがその様な事を口走った。銃を持ち、周囲を見渡すモノアイがキュイと音を立てる。しかし二人の視界の先には、闇夜に覆われたドラム缶が四つ程鎮座しているだけ。コンテナ傍に放置されたそれは微動だにもしなければ、そもそもドラム缶など湾港に文字通り掃いて捨てる程存在する。バディを組んでいたもう一人のオートマタは、突然訳の分からない事を云い出した相方の肩を小突き、呆れたように首を振った。

 

「お前、少しは真面目にやれよ、一応コソ泥が入り込んだっていうのに……」

「あ、いや、でも今確かに――」

 

 動いたような気がしたんだ、その様な事を口走ろうとして――もう一度目の前のドラム缶を凝視する。しかし何の変哲もないそれは、当然動きもしなければ喋りもしない。二人は暫しの間沈黙を守り、それから云い出した片方は肩を落とすと、俯きながら顔面を撫でつけた。

 

「……すまない、視覚ノイズだったのかも」

「帰ったら、視覚レンズの調整をして貰ってこい、あり得ないとは思うが基幹システムに問題があったら事だし、素体全部新調するなんて事になったら幾ら必要になるかも分からんぞ」

「うーん、それもそうだな、一度診て貰った方が良いかもしれない……視覚系は殆ど昔のままだからなぁ」

「そうしろ、大事になる前にな」

 

 そんな言葉を交わし、暗闇の中へと消えていく二人。前方を照らすライトがコンテナの影に消え、辺りには再び静寂が満ちる。周囲の気配が無くなった事を確認したドラム缶達は――ゆっくりとその下部から足を生やし、移動を再開した。

 一列に並んだドラム缶が湾港の影に紛れ、歩いて行く。その光景は大変シュールであるが、中に入ったRABBIT小隊一行は大真面目であった。ドラム缶上部にぐるっと一周、等間隔で開けた小さな穴から周辺を伺い、ドラム缶を持ち上げながら隠密移動、景観に紛れる作戦。これが存外に刺さった、まさかドラム缶の中に人が隠れているなど思いもしなかったのだろう。

 先頭を行くミヤコは自身の後に続くドラム缶三本を尻目に、思わず呟く。

 

「――まさか、本当に気付かれないなんて」

「正直私も半信半疑だったけれど、この港にはそこら中にドラム缶があるからな、確かに効果は覿面らしい……まさか中に人が入って、動いているなんて夢にも思わないだろうし」

「し、視界は悪いけれど、結構落ち着く……かも」

 

 ドラム缶を被って歩くRABBIT小隊からの評判は上々。快適とは云い難いが敵の目を欺く偽装効果、体全体を覆われているが故の安心感、重量はあるものの雨風も凌げるドラム缶の中は、存外どうして悪くなかった。サキは穿った穴から外の様子を伺いつつ、全く気付かれない現状に余裕すら滲ませる。

 

「そこら辺の偽装とか、遮蔽物よりも優秀なんじゃないか? 何なら外装に防弾のものを使えば、ある程度なら弾避けになるかもしれないし、そうなると可能ならもっと持ち帰りたいが……流石にひとり一つが限界か」

「サーマルカメラの温度分布にも引っ掛かりませんし、IR(赤外線)カメラでも中に人が入っているかどうかの判別は困難でしょう、予想以上に優秀です、サキの読んだ書籍は正しかったのですね――SRTに戻った際には、購入を検討してみましょう」

「あぁ、賛成だ」

 

 思ってもいなかったものが武器になる、SRTが復活した後でもこの偽装方法は活用していくべきだ。そんな風に語り合うミヤコとサキ、何の苦も無く進んで行く二人を他所に、ミユはどこか不安そうな様子で後方を見た。

 そこには僅かに遅れて続く、先生の被ったドラム缶がある。真っ直ぐ、僅かも上下せず歩いている二人に反し、先生の担いだドラム缶は時折右へ左へ揺れていた。ミユはほんの少し歩く速度を緩め、先生の傍まで近付きながら問いかける。

 

「せ、先生、大丈夫ですか……?」

「な、何とか、ね」

 

 先生はドラム缶の中で気丈に振る舞ってみせるものの、その声は明確に震えていた。先生はドラム缶を押し上げる自身の両腕を一瞥しながら、辛うじて声を絞り出す。生徒達には見えないが、汗を掻き難い筈の自身の身体が、凄まじい勢いで発汗していた。ドラム缶という狭い空間というのもあるし、借りた外套が想像以上に生地が厚かったというのもある。後は単純に、不自然な恰好でドラム缶を持ち上げながら移動するというのが大変な重労働であった。

 

「生徒一人と比べれば軽いけれど、こう絶妙な狭さと、常に押し上げる為に腕を上に突き出さなくちゃいけないから、変な所に力が入って、ね……!」

「先生が持ち帰らなくちゃ、モエの分が無くなる、ひとり一つで丁度四人分だ、途中でヘバるなよ」

「ま、任せて……!」

「あ、あの、あんまり無理は……」

 

 振り返ったサキが、少し遅れて続く先生とミユに気付き発破を掛ける。先生は彼女の声に応えながら、震える腕を叱咤し進んだ。ミヤコはサキの声に振り返りながら、思案する素振りを見せる。

 

「とは云え先生は私達とは違います、二十キロ近い『ニンジン』を抱えたまま長距離移動(キロ単位の移動を)するのは、流石に……」

 

 キヴォトスの生徒ならば兎も角、先生は人間である。加えて彼が当初の印象とは異なり、きちんとした訓練を受けた訳でもない事をミヤコは理解していた。

 そんな彼にとって、ドラム缶を支えたままキロ単位を移動する事がどれ程大変な事かは想像に難くない。RABBIT小隊の野営地に来るたび、汗を流して息を弾ませる先生の姿を思い返し、ミヤコはモエへと声を投げかけた。

 

「キャンプRABBIT、こちらRABBIT1、現在予定ルート通りに移動中、湾港敷地内脱出まで残りどの程度ですか?」

『こちらキャンプRABBIT、皆の居る場所からだと――まぁ残り二キロで安全圏内って所かな、そこまで来ればドラム缶を被るのを止めても問題ないでしょ』

「了解しました」

 

 通信を終え、ミヤコは改めて先生の傍へと近付く。そして互いの外装が触れあいそうな距離に近付きながら、ドラム缶越しに声を掛けた。

 

「先生、残り二キロです、それまでどうにか頑張って下さい」

「……うん、大丈夫だよ、ありがとう」

「――いえ」

 

 四つのドラム缶が闇夜に紛れて歩いて行く。幸いにして気付かれた様子はない、百メートル進むのも慎重にならざるを得ないが、時間が経つにつれ警備員達の喧騒は小さくなっていく。犯人は既に逃げたのではないか、では何が盗まれたのか、狙いは何だったのか。そこから貨物の確認が始まったのである。

 そちらに人員を割かれた結果、RABBIT小隊を追う警備員の数は少なくなり――夜半、RABBIT小隊は無事湾岸部脱出を果たした。

 

 RABBIT小隊、学園を出て初めての作戦は――こうして幕を閉じたのである。

 


 

 次回、RABBIT小隊のお風呂会ですの。

 うぅ、先生の襤褸雑巾みたいな体見せつけられるRABBIT小隊の子可哀そう……。

 でもその傷は誉れ高く誇りが滲んでおりますわ。

 まぁ本当に滲んでいるのは血ですけれど。

 本当に素敵ですわ先生……。 もっと傷付けェーッ!!

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