ブルーアーカイブを、もう一度。   作:トクサン

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誤字脱字報告、大変感謝致しますの!


ずっと待たせてしまった生徒(あの子)

 

「貴方が、シャーレの先生か」

 

 声が、静謐な空間に響いた。

 その日、FOX小隊はシャーレオフィスにて、件の先生と邂逅した。

 主が不在である時を狙ってシャーレへと潜入したFOX小隊は、彼が一人になる瞬間を見計らって接触を図ったのだ。シャーレは彼女達が想定していた以上にセキュリティが甘く、何なら生徒であれば殆どフリーな公共施設と同じレベルであったと云える。聊か拍子抜けしたが、それでも気を緩める彼女達ではない。

 FOX小隊の現状を考えれば、不安要素はなるべく排除した状態での接触が望ましい。他の生徒の存在しない、完全に自分達だけの状況はこうして作り上げられた。

 

 先生は唐突に現れたFOX小隊を前に目を見開き、驚きの表情を見せた。

 

「君達は――」

「………」

 

 一瞬、彼は言葉に詰まった様に見える。しかし、FOX小隊の服装や装備を一瞥し、ぐっと唇を一文字に結ぶ。数秒、その眉間に皺が寄ったのが分かった。それは様子を伺うというよりも、何かを思案している様にも思える。

 ややあって、先生は口火を切った。

 

「……そうだね、取り敢えず、なんだけれど」

 

 声は強張っている訳でもなく、あくまでも自然体。FOX小隊はそんな先生に対し探る様な視線を向けた。開口一番どんな言葉を発するのか興味があったのだ。自分達が頼ろうとした大人がどんな人物なのか――FOX小隊の四名は、先生の言葉に耳を傾ける。

 

「皆、シャワーでも浴びる?」

「……は?」

 

 しかし、先生の口から出た一言はFOX小隊の誰も予想していないものだった。思わず、と云った様子で硬直する四名を視界に収めつつ、へらりと笑った先生は言葉を続ける。

 

「いや、四人共凄く疲れているように見えるから、少し休んで貰った方が良いかなって……宿直室なら直ぐ横になれる環境もあるし、汚れを落としてひと眠りしてからでも、話は出来るから」

「………」

 

 頬を掻き、締まりのない笑みと共にその様な提案を口にする先生をFOX小隊の四名は凝視する。一体誰が、アポイントも何も取っていない、唐突に現れた武装集団に対しシャワーと仮眠の提案をすると予測出来るものか。

 ややあって、ユキノの直ぐ横に立つクルミが、酷く怪訝な表情を浮かべながら呟いた。

 

「……もしかして、私達が武装解除した瞬間に何かするつもり?」

「うっわ、それならあの情報とかって本当だったのかな? ほら生徒の足を舐めたとか、卒業アルバム買い集めたとか、首輪をつけて散歩だとか、夜な夜な生徒をシャーレに招いて云々だとか――」

「ちょ、ちょっと、二人共……」

「んんッ!」

 

 クルミとオトギの躊躇いの無い発言に、思わずニコは窘め、ユキノは咳払いを挟む。シャーレの先生を調べる過程で、様々な噂話を耳にした。大抵は好意的な評判ばかりであったが、中には「人格破綻者か?」と疑うような二面性を感じさせるものもあった。無論、全てを鵜呑みにするほど迂闊ではないが、先の先生の発言はその噂話を思い出させるものであったのだ。

 

「――隊員が失礼しました、先生」

 

 兎も角、話を本筋に戻そう。ユキノは改めて佇まいを正すと、先生に向けて首を振った。

 

「ですがお構いなく、この程度の疲労で倒れる程、軟な訓練は受けていません」

「そっか、分かった――でも医療品や、食料だけでも補給していって欲しいな、最低限傷の手当位は、構わないだろう?」

「………」

 

 ユキノの強い口調に対し、先生は心配の色を滲ませそう云った。彼女達の顔色が、相応に悪く思えたからだ。恐らく碌に休息も取れていないのだろう、身に着けた装備も所々擦り切れ、血色も良くない、見るからに小隊は疲弊していた。衣服に付着する砂埃や血の跡が、それを物語っている。固辞するならばそれで構わない、しかし傷の手当位は強引にでも受けて貰う。

 そんな先生の言に、一瞬迷う様な素振りを見せたユキノではあったが――ややあって、否定を口にした。

 

「その様な施しを受ける訳にはいきません、それよりも先に、私達の所属を明かさなければならないでしょう」

 

 彼のそれは、自分達の所属を知らないが故のものだろうとユキノは判断した。だからこそ彼女は小さく息を吸い込み、先生と改めて向き合う。それは彼女なりの、心構えであった。

 

「改めて、お初にお目にかかります、私達はSRT特殊学園所属――」

「FOX小隊の皆だよね、知っているよ」

「……!」

 

 しかし、出鼻を挫かれた。

 彼はユキノが自身の所属を口にするよりも早く、彼女達の正体を口にしてみせた。紡ぐべき言葉を先に取られ、面食らうユキノ。FOX小隊の彼女達は一瞬顔を見合わせ、それから何とも苦々しい表情を浮かべた。それは罰の悪さと、後ろめたさから来る表情であった。

 

「……ご存知でしたか」

「うん、色々と事情は聞いていたから」

「それは、連邦生徒会(防衛室)からでしょうか」

「一応、そうなるかな」

 

 ユキノ達の表情に、懸念の色が宿る。先生に情報を提供した人物が誰かは、直ぐに分かる事だ。ユキノはそれとなく視線を険しく変化させ、後ろ手で幾つかの合図を送った。背後に立つニコが、そのサインを見てそれとなく提げていたバッグに手を入れる。

 もし、先生が自分達を捕縛しようとしたり、或いは何らかの形で敵対した場合は、閃光弾を用いて逃走する手筈となっていた。あらゆる状況を想定し、彼女達は動いている。それは、シャーレの協力を得られなかった場合も例外ではない。

 先生はFOX小隊を見つめながら、手にしていたタブレットをデスクの上にそっと置いた。

 

「まず何よりも、私は君達に云わなくてはならない事がある」

「――云わなくてはならない事、ですか?」

「あぁ」

 

 真剣な瞳で、先生はその様な言葉を口走った。会ったばかりの自分達に、一体何を伝えなけれならないというのか。困惑を滲ませるFOX小隊を前にして、先生は背筋を正し、勢い良く頭を下げた。

 

「本当に、申し訳なかった」

「っ……?」

 

 唐突な謝罪、それも直角に曲がる程に深いそれ。突然の行動に一瞬身構えかかった彼女達であったが、敵対行動どころか此方に隙を見せる始末。

 一瞬時を止めたFOX小隊の面々、いち早く再起動を果たしたユキノは若干の焦燥感を滲ませながら先生に一歩近付き、云った。

 

「突然、何を――」

「私は、皆が大切に思う学園を守る事が出来なかった」

 

 それは告白であった。

 先生が彼女達に謝罪するのは、SRT特殊学園を閉鎖に追い込まれてしまった事自体に対するものだ。閉鎖の決定を下したのは先生ではない、どのような過程を経たにせよ連邦生徒会の総意によるものだ。しかし少なくとも、『それを覆せる立場に在った』という事実は消えないと考えていた。

 可能性はあった筈なのだ。彼女達がこんな風に学園を追われ、彷徨わない可能性は――それを自覚している以上、先生は自身の責任であると口にする。

 

「もっと出来る事があったかもしれない、或いは私が入院なんてせずに、初動が遅れていなければ――対処出来た事だったかもしれないから」

「……頭を上げて下さい、先生」

 

 その先生の謝罪に対し、ユキノは何とも表現する事が出来ない、困った様な色を浮かべた。それは感傷だった、少なくとも彼女自身、シャーレの先生に対し思う所は無い。ましてや、情報を得た今ならば尚更。

 

「貴方が方々を駆け回って、何とかしようと手を尽くしてくれた事は知っています」

 

 そう云って、ユキノは先生の肩に触れた。指先の感触は固く、思ったよりも冷たかった。そうだ、シャーレの評判を探ると同時、彼女達は彼がどれだけSRT存続の為に駆けずり回っていたのかを知った。

 有形無形、文字通りあらゆる手を尽くし連邦生徒会がSRT閉鎖に動かない様立ち回っていたのだ。だからこそ、感謝する事はあっても先生に謝罪される謂れは無かった。

 

「私達は、何も知らず此処に来た訳ではありません、シャーレの先生に関する情報は相応に調べさせて頂きました」

「まぁ、色んな意味で有名な分、情報は簡単に手に入ったけれどね」

「SRTに関する諸々は、ちょっと大変でしたけれど……」

「けれど、正確な情報の筈でしょ? 中には酷いものもあったけれど」

 

 ユキノ、オトギ、ニコ、クルミの順に、それぞれが表情を変え、その様な事を口走る。足で探った情報もあれば、電子面で探った情報もある。端末の充電さえ覚束ない環境では随分と苦労したが、それでも得られたものに価値はあったのだ。

 

「私達の学園に、毎月物資を届けてくれていたでしょう」

 

 微笑み、ユキノは端末を取り出すと、その画面を見せた。そこには彼女達にとって見慣れた物資箱の写真がある。幼児が描いたような、ヘンテコなニッコリマークが描かれたものだ。

 

「SRTに届いていたあの物資、先生が手配していたものだったんですね、学園に居る間はずっと誰が送ってくれていたのか、分からなかったので」

「正直、色々理由を付けて学園の設備とか、予算を削られていた時期だから、その……助かったわ」

「食料関係とかは特にねぇ、訓練後に塩辛い上に脂まみれの豚肉ばっかり食べるのは、正直精神的にもキツかったよ」

「それに、連邦生徒会に掛け合ってSRTの擁護に走って頂いた事も――物資の件はSRTの性質上、よく考えれば出所は限られますし、もっと早くに気付くべきでした」

 

 連邦生徒会長が失踪し、宙に浮いたSRT特殊学園。閉鎖の噂が立ち込め、中途半端な立場ながら、それでも存続が許されていたのは裏で先生が行政委員会や総括室に掛け合っていたからだ。実務を熟し、連邦捜査部として実績を積む傍ら、少しずつ時間を掛けて信頼を勝ち取っていった。

 連邦生徒会として動けない事も多い分、世間的に評判の良いシャーレの発言権は相当なものだっただろう。勿論、それは肩書や権限に付随するものではなく、先生個人に対する信頼や実績から来るものだ。

 そして、それはFOX小隊も同じである。

 

「――それを知ったからこそ、私達は此処に居ます」

 

 生徒(子ども)の為に必死になって助けてくれる大人の居る場所。ユキノは自身のバッグに仕舞い込んだ、一枚の地図を思い返す。誰かは分からないが、自分達は善意の第三者の手によって此処へと足を運んだ。

 もう後の無い自分達が、その評判に縋って。

 ユキノは提げた愛銃のスリングを握りながら、呟く。

 

「先生」

「……何だい?」

 

 ゆっくりと顔を上げた先生が、ユキノを見ていた。

 口調は優しく穏やかであった様に思う。

 反対にユキノは意図せず、体が強張るのが分かった。

 

「現在私達は、ヴァルキューレに追われる指名手配犯の身です」

 

 無論、既にこの事を先生は知っているだろう。今FOX小隊はヴァルキューレ警察学校に指名手配されている犯罪者であり、本来であれば先生とこうして面と向かって話せるような立場にない。自分達が追う事はあっても、追われる事になる何て思っても居なかった。

 それを押して尚、彼女は先生へと言葉を投げかける。

 

「それでも、お話を聞いて頂けますか?」

「勿論」

 

 だが、先生の返答は余りにも簡素で、躊躇いがなかった。

 まるで何て事のない質問をされたかのように、彼は軽々と頷いて見せる。

 その事に、ユキノは一瞬怯んだ。もっと重々しく、或いは僅かであっても迷いが見られるだろうと考えていたからだ。

 

「どうしたの?」

「あ、いえ……」

 

 きょとんと、そんな風に尋ねられて、ユキノは咄嗟に視線を逸らす。彼女の背後に立つFOX小隊も、気持ちは同じであった。

 

「ただ、こうもあっさり返されるとは、思っておらず――少々、戸惑いました」

「そ、そうよ、もっとこう、迷ったりとか、葛藤とか無いの?」

「私達、一応留置施設の一部を破壊して逃げ出した、凶悪犯って事になっているんだけれどね」

「もっと大変な事をしている……そう云うと少し語弊があるけれど、本当に色々な生徒が来る場所だからね、此処(シャーレ)は」

 

 彼女達の言葉に、先生は苦笑交じりにそう答えた。確かに彼女達が起こしたとされる行為は決して褒められた事ではないが、それでもただ誰かから聞いた事だけを絶対の基準として、頭ごなしに責める様な事はしたくない。

 先生は四人を一人一人見つめると、その瞳を柔らかく細めながら問う。

 

「聞かせて欲しい、FOX小隊(君達)の事を」

「………」

 

 数秒、間があった。

 FOX小隊の誰もが互いを伺う様に視線を通わせ、最終的にユキノへと瞳を向ける。その意図は明確だった、この人になら――話しても良いのではないかと、そう訴えているのだ。

 ユキノは仲間達の視線を受け、口を開こうとした。

 

「私は……私達は」

 

 しかし、思ったよりも言葉はすんなりと出てこなかった。僅かに縺れた舌が、震える。それは目の前の人物に一定の信頼と信用を置いて尚、根源的な恐怖を思い起こしてしまったからだ。

 この人に拒否されてしまえば、自分達に行き場など無くなるという現実が、彼女の毅然とした態度の裏にあった不安を駆り立てていた。もう後がないのだ、度重なる逃避行と積み重なった疲労、そして濡れ衣とは云え自分達の行動によってSRT特殊学園が閉鎖されたという事実が、完璧と称されていた彼女の根底に罅を入れていた。

 震える指先が、微かに影を揺らす。

 

「ユキノちゃん」

 

 不意に、触れる掌があった。

 振り向けば、ニコが慈しむ様な笑顔を浮かべ、自分の背中を支えていた。見ればオトギも、クルミも、視界の中に皆の顔があった。そのどれもが、自分に微笑みを向けている。

 オトギはいつも通り、能天気で、楽観的で、快活とした笑みを。クルミは仏頂面で、仕方なさそうに、けれど頼もしい笑みを。

 言葉を掛けられた訳ではなかった。しかし同じ時間を長い間過ごし、チームとして確固たる絆を育んだ彼女達には、視線だけで伝わる想いがあった。

 どんな困難だって自分達ならば、きっと。

 

「――あぁ」

 

 大きく息を吸い込み、吐く。恐怖や不安を肺に詰めて、外に吐き出す様に。それで幾分か気持ちが落ち着いた。背中から伝わるニコの温度が、彼女の精神を強固に支えていた。

 改めて先生と向き直ったユキノは、ゆっくりと、しかしハッキリとした口調で云った。

 

「私達は、連邦生徒会の襲撃など、行っていません」

 

 世間に認知されている罪の一つを、彼女は真正面から否定する。

 ユキノの赤い瞳が、先生の青と交わった。

 

「気付いた時には既に、その様に仕立て上げられ、それが理由で私達の母校、SRTすらも閉鎖に追い込まれました」

「………」

「何度も、何度も違うと、私達が襲撃を起こした事実は無いと訴えました、尋問の度に、繰り返し……しかしヴァルキューレ側にそれが認められることは無く、私達は苦渋の決断として留置施設より逃走を図りました、あの場に留まれば、いずれ必ず着せられた濡れ衣が真実になってしまうと、そう考えて」

 

 あの場で信じられるのは己と、FOX小隊の仲間だけだった。そしてそれは、今も変わっていない。状況は依然最悪で、自分達の後ろに奈落が迫っている。谷底に転げ落ちるのは、時間の問題だろう。

 そして恐らく、その奈落は一度堕ちてしまえば――二度と這い上がる事は出来ない程に、深く昏い。

 

「私達は身の潔白を証明する伝手も、物的証拠も、記録映像も、何もかもを、持ち合わせておりません、口では何とでも云えると、そう切り捨てられても仕方ない状況に身を置いているのだと理解しています」

 

 ユキノは唇を噛み締め、云った。

 世間から見て、自分達は犯罪者だ。確固たる証拠があり、ヴァルキューレの留置施設を破壊し逃げ出した、連邦生徒会はSRT閉鎖の判断に至り、間接的にだが自分達の行動が後輩達の未来をも潰した形となる。

 糾弾されるべき存在だ、自分達で身の潔白を証明しようとして、結局その糸口すら掴めていない今、ユキノは強い自責の念を抱いている。ボロボロの身体を引き摺って、最後に藁をも掴む思いで此処に辿り着いた。

 

 自分達の無実(真実)を証明する事は出来ない。

 ただ出来るのは、自分達の身の潔白を訴える(信じて欲しいと叫ぶ)事だけ。

 

「私は、この証言の一切が虚偽ではないと、そう証明する術を持ちません」

 

 これが虚言であると、嘘であると、そう断じられても仕方がない状況。

 寧ろそうである事が、正常であるとさえ云えた。

 自分達を信じた所で何も得られない、何の利益もない。

 自分達は、シャーレの先生に何の利益を齎さない。

 何の対価も差し出せない。

 寧ろ、シャーレにとって不利益を生み出す事になるだろう。

 それでも――。

 

「……それでも、先生」

 

 ユキノの強い光を秘めた瞳が。

 それに続く、FOX小隊全員の()が、先生を見上げていた。

 

「――私達(FOX小隊)を、信じて頂けますか?」

 

 力強い、問い掛け。

 彼女達が今この場で投げかけられるのは、言葉のみ。

 身の潔白を証明する事は出来ない、自分の言葉が嘘ではないと証明する術もない。

 ただ言葉のみを以て、自分を信じることが出来るかと。

 信じてくれますか、と。

 残響する彼女(生徒)の問い掛けが、先生の耳には確かに届いていた。

 

 固唾を呑んでユキノは、FOX小隊は先生の返答を待つ。先生は真剣な面持ちで彼女達を見つめながら、ゆっくりと、しかしユキノのそれに負けない程力強く――頷いて見せた。

 

「信じるよ」

 

 ■

 

 たとえ、万人が今日を約束出来ずとも――私は、明日の可能性を信じる。

 

 ■

 

「――全く、余り不安にさせないで頂きたいのですが、先生?」

「ごめんね、でも助かったよ」

 

 押し込まれたカイザーコーポレーションのビル、そこから数分程歩いた場所で先生はFOX小隊と合流を果たしていた。申し訳なさそうに頭を掻く先生の周囲を取り囲んだユキノ、クルミ、ニコの三名はそれとなく周辺に視線を向けながら、インカムに言葉を投げかけた。入り組んだ薄暗い路地は視界が悪いが、人目に付き難い。加えて警戒する箇所が少ない以上、少数で護衛するには適した移動経路であった。

 

「此方FOX1、護衛対象と合流した、FOX4は警戒を終了し移動を開始しろ」

『了解、思ったよりすんなり終わったね? まぁ、私の腕に掛かればこんなものかな~』

「……直前で慌ててこっちに通信飛ばして来たくせに、良く云うわよ」

『ちょ、今それ云う、クルッ――FOX3!?』

「まぁまぁ、ちゃんと準備自体はしていたんだし……」

「雑談はそこまでにしろ、移動を開始するぞ」

 

 俄かに騒がしくなる仲間達を他所に、ユキノは冷静な声色で移動を促す。あまりカイザー保有のビル近辺に留まってはいられない、この場はまだ危険であると判断すべきだった。

 口では軽口を叩きながらも、しかしFOX小隊の統制は見事なものだった。動きに淀みは無く、クルミを先生の前方に宛がったまま、一糸乱れぬ動きで移動を開始する。

 それはシャーレで補給を受けられたという面も大きい。疲労も抜け落ち、インカムや端末、アタッチメントの充電も終え、弾薬の類も十全。万全の体調と装備を整えた彼女達はSRTの名に恥じぬチームワークと練度を見せていた。

 ユキノは先生の脇を固めたまま、視線は周囲に向け告げる。

 

「先生、シャーレまでは私達が護衛に就きます、追跡されている可能性もありますので、警戒を続けながら迅速に移動を」

「うん、分かった」

 

 ユキノの言葉に対し、小さく頷きを返す。FOX小隊に全幅の信頼を置いている先生は、三名に周囲を固められながらシャーレへと移動を開始した。

 

「それにしても先生、あんな場所で一体何をしていた訳? しかも、アイツ等ってカイザーPMCの連中よね? 正直、あんまり良い印象無いんだけれど」

FOX4(オトギちゃん)の方からは、何か見えなかった?」

『うーん、スコープ越しに覗いた感じは、まんまカイザーPMCだったかな? ちょっと装備が違っていたけれど、防衛室長と話した時、同席していた兵士と同じタイプの外装だったと思う』

「……ちょっとした、宝探しの協力を打診されてね」

「はっ、宝探し?」

 

 先生の言葉に、思わず間抜けな声を漏らすクルミ。防衛室長との一件でカイザーグループとの癒着を知った今、FOX小隊はカイザー全体に対し強い不信感を抱いている。そんな連中と半ば強引に会談を持たされた挙句、「宝探し」など口にされたら呆気に取られるのも仕方ない事だった。

 

「えっと先生、それはどういう……もしかして、何かの暗喩だったりしますか?」

「うーん、何て云えば良いんだろう、近い表現で云うと発掘調査とか、そういう感じかな」

「発掘調査って、遺跡とか、そういう? 一体どういう事よ、それ」

『へぇー、カイザーグループってそんな事までやっているんだ』

 

 カイザーグループは兎に角手広い、PMCは勿論、銀行の経営やリゾート開発、兵器の製造販売、研究開発、建設業にコンビニまで営んでいるというのだから、今更発掘調査に乗り出したと云われても驚きはしない。

 前方を行くクルミは、ふんと鼻を鳴らしながら口を開いた。

 

「……まぁ、何だって良いわよ、兎に角今は私達の冤罪を晴らして、防衛室とカイザーコーポレーションの企みを暴ければ、それで」

『そして最後にSRTを復活させてハッピーエンド、だね』

「その辺りは任せて、ちゃんと計画を練るから」

 

 クルミとオトギの言葉に、先生は親指を立てながら自信ありげに笑って見せる。彼女と邂逅したあの日から、少しずつではあるものの先生も動き始めている。冤罪とは云え指名手配犯であり、追われる身である彼女達を表立って活動させる訳にはいかないが、僅かずつであっても前進している実感があった。

 黙々と足を動かすユキノは、そんな先生の言葉を耳にしながら、しかし不意に表情に陰を落とした。

 

「しかし、仮にSRT特殊学園が復活したとしても――連邦生徒会長(彼女)が戻ってこない限り、SRTが本格的に活動を再開する事は叶いません」

 

 声は小さく、微かな憂いを孕んでいた。それは、SRTが宙に浮く原因となった出来事であり、同時に学園が復活した後でも付き纏う事になる問題。連邦生徒会長直轄という立ち位置が、良くも悪くもたった一人の空席によって身動きが取れなくなってしまう。SRTの復活という大きな目的を秘める彼女達であるが、それで問題が全て解決する訳ではなかった。

 

「仮に代行権限でSRTの出動を指示出来るようになったとしても、それは果たして――」

「帰って来るよ」

 

 ユキノの言葉に被せる様にして、先生はそう云った。

 はっと、顔を上げたユキノの視界に、先生が映る。見上げた彼の視線はユキノを捉えておらず、青に染まった空を見ていた。路地に差し込む陽光が、僅かに先生の表情を照らす。

 

「あの子は――連邦生徒会長は必ずキヴォトス(此処)へと帰って来る」

 

 呟きながら、先生の右手は自身の胸元に触れていた。其処には仕舞い込まれた、シッテムの箱がある。視線を落とした先生の瞳が、真正面からユキノを見返した。

 

「私が、保証するよ」

 

 ■

 

「ぷ、プレジデント……!」

「ふーッ」

 

 張り詰めた空気だけが残っていた。

 部屋の中には飛び散った外装破片と、弾痕。プレジデントは零れ、こびり付いた珈琲の残骸を見下ろしながら重い溜息を零す。そこには感情らしい感情は、全く見られなかった。ソファに身を預け、直ぐ横に立つジェネラルを一瞥すると、彼は億劫そうに自身の首元を撫でる。

 

「シャーレの先生は、既に此処を去ったのかね?」

「――はッ! ご指示通り特に追跡などは行わず、そのまま見送りましたが……」

「そうだ、今はそれで良い」

 

 これ以上顰蹙を買う事は避けたい、そうでなくとも何らかの形で追跡が露呈した場合、どのような不利益に繋がるか。プレジデントはローテーブルの上に散らばったカップの破片を一つ手に取ると、指先の中で弄びながら口を開いた。

 

「先程の一件、失態だな、ジェネラル」

「も、申し訳――ッ!」

「謝罪は良い、元々あの三名は今回の会談用に原隊から選抜した者達だったからな、棟全体の防衛指揮に当たっていたジェネラル、君が指示を出した訳ではないと理解しているとも」

 

 部屋を辞した時点で、ジェネラルは部屋の近辺から既に離れていた事だろう。尤も、だからと云って何の瑕疵が無いという訳でもない。プレジデントはそう判断する。

 

「忠誠心が高い事は結構だが、肝心な時に暴走するようでは話にならんな、無能な味方が一番厄介だという教訓を思い出すが、さて……」

 

 破片を陽光に翳し、次いで硝子に刻まれた二発分の弾痕を眺める。円型に穿たれた穴、そこから走る蜘蛛の巣状の罅。素晴らしい腕だと、プレジデントは改めて先生の指揮下に在るだろう狙撃手に感嘆の念を抱く。

 武器は担い手に従い、粛々と機能を果たすからこそ意味がある。自分勝手に動き、挙句の果てに暴発する武器に存在意義など無い。その点、先生の護衛に就いていた生徒は満点だ。あの場で自分(プレジデント)諸共他の兵士を撃ち抜く事も出来ただろうに、一方的な優位に在りながら先生の意向を最大限汲んでいた。そんな内心を知ってか知らずか、ジェネラルは戦々恐々といった様子で問いかける。

 

「……あの三名についてですが、直ぐにでも処分致しますか?」

「いや、矯正施設に収容しろ、向こうでカイザーの正しい理念を思い出して貰おうではないか、武器(兵士)武器(兵士)らしく在れと、な」

 

 プレジデントが求める兵士の水準というものは、一定だ。必要以上ではなく、以下でもない。必要な時に、必要な分、働ければそれで良い。何も難しい事ではない、しかし存外これが出来ない者が多いのだ。だからこそ自身の力量を弁えた存在こそ、彼は好む。

 自分の領分を超えた行動は厳に慎むべきだと、その事を一度メモリに刻み込んで来ると良い。プレジデントは徐に指先で挟んだ破片を潰し、粉々にした。更に小さくなった破片はプレジデントの足元に零れ、落ちていく。

 

「直ぐに取り掛かれ、私をこれ以上失望させるな、ジェネラル」

「はッ!」

 

 その言葉に、ジェネラルは直立不動で返答した。

 大きく声を張り上げ、踵を返して部屋を後にするジェネラル。扉の締まる音が響き、彼の去った部屋の中で、プレジデントは一人物思いに耽る。思い返すのは、たった一人の大人について。

 

「アレがキヴォトス全土を支配する権利を有して尚、それを捨てた存在……か」

 

 連邦捜査部シャーレ、その主である先生。多くの生徒から慕われ、各自治区に対して強い影響力を持ち、数多の困難を跳ね退け、そしてあの黒服をして、『敵対すべきではない』と云わしめる存在。

 情報としては知っていた、しかし顔を直接合わせたのは今回が初めてだった。そしてプレジデントが抱いた所感は――。

 

「――くだらんな」

 

 手を払い、彼は吐き捨てるように云った。

 

「他者の存在など顧みず、唯一絶対の存在として君臨すれば良いものを……有象無象の可能性など、所詮は可能性に過ぎない、今そこにある確かな道を往かぬ事の、何と罪深い事か」

 

 ソファから立ち上がったプレジデントは言葉を続けながら、カーテンウォールに手を翳した。既に狙撃手の気配は消えている、そうでなくとも周辺には既に部隊の展開が済んでいた。無論、先生を捕縛する為のものではない、あくまでこのビルの防衛を行う為だ。

 

 彼の持つ独特の気配、生徒(子ども)を絶対の庇護対象とし、寄り添い、導く事に全てを費やす大人の存在。それはプレジデントの考える大人の在り方、力を持つ者の在り方と著しく反発する。

 云ってしまえば宝の持ち腐れだ、その立場、力、伝手、何もかもを自身の為に費やせば良いものを。彼はそれを、実るかどうかも分からない生徒(可能性)の為に惜しみなく注ぐ。

 可能性は、所詮は可能性だ。

 花開くかどうかも分からない存在に、何故その貴重な力を割く?

 その全てを費やせば、彼は世界全てを手中に収める事さえ叶うだろうに。

 プレジデントには、その理由が理解出来ない。

 

「だが彼の持つ権限、力、信念は本物だ、防衛室はシャーレの解体を希望していたが――防衛室程度でシャーレをどうこうは出来まい」

 

 先生を『くだらない』と評しながら、しかしプレジデントに油断はない。過大評価も、過小評価もしない、彼の持つ戦力や肩書、そして各自治区から勝ち取った信頼は本物だった。安易に敵対する事は即ち破滅を意味する、故にこそ十全に策を練り、時期を待ち、勝機を伺う必要がある。幸いにして此方にはキヴォトスの中枢を担う連邦生徒会、その一部門に対して協力関係にあるのだから。

 元々は単なる利害関係の一致から手を組む事となっていたが――まさかこの様に転がるとは。

 プレジデントは妖しい光を放つコンパウンドアイを細め、ひとり呟いた。

 

「――せめて、あの箱だけでも確保しなければな」

 

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