ブルーアーカイブを、もう一度。   作:トクサン

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更新されたストーリーを読む為、一日お休みを頂きましたわ!
今回約一万七千字ですの!


白黒(セピア色)の世界、けれど今は鮮明に。

 

「――雨、漸く止みましたね」

 

 掌を上に向けたミヤコは、星々が覗く空を見上げて呟いた。

 先程までパラパラと降っていた小雨も漸く終わり、差し出した掌に雨粒が当たることは無い。

 正午から降り続けた大雨は漸く終わりを見せ、静寂が周辺を支配していた。陽も沈み切り、薄暮も過ぎた。テント傍に設置したポータブルランタンが薄らと周囲を淡く照らし、公園の公道に設置された外灯がぽつぽつと明かりを放っているのが遠めに見える。

 生乾きの制服を纏い、ずっと働き続けていたRABBIT小隊の面々はそれぞれ近くの保管箱やテーブルに寄り掛り、安堵と疲労の息を吐き出す。SRTで鍛え抜かれた彼女達ではあるが、流石に今回の一件はかなり心身ともに消耗した様子だった。

 

「はぁー、やっと終わったかぁ……もう一体どんだけ降るのさ、この様子だと今日だけで数ヶ月分は一気に降ったんじゃない?」

「だが何とか最低限、生活するエリアの確保は出来たな、私達の個人装備は幸い無事だったし、後は回収した物資の点検も済ませないとか」

「う、うん、回収した装備は別のテントに移したから、すぐにでも確認は出来ると思うよ」

「……今は少し、休みましょう、私達が倒れては元も子もないですから」

 

 ミヤコも仲間達に倣い、近場にあったフィールドテーブルへと腰を下ろす。泥に塗れ、未だ水分を含む髪先を摘まみながら、小さく息を吐き出した。寒さと疲労感は彼女の骨の髄まで沁み込み、緩い倦怠感が全身を包んでいる。

 彼女達の周辺、特に寝食を行う生活拠点となるテント周りは比較的綺麗に整頓されいる。外周分となると未だ杜撰な部分もあるが、それでも大雨が到来したばかりの時と比較すれば随分マシになったものだ。近辺から搔き集めていた廃材や、先生が持って来たビニール、補修材などを使用し、少なくとも雨風と寒さを凌げる程度には建て直した。

 夜中、寒さに震えずに眠れるだけでも大きな事だ。グローブを脱ぎ、指先の水気を払うミヤコはそう思う。

 

「――皆、お疲れ様」

「……先生」

 

 そんな風に束の間の休息に浸っていた彼女達の視界に、遠くから駆けて来る先生の姿が見えた。

 彼は両手にビニール袋や紙袋をぶら提げ、RABBIT小隊の元へと小走りで向かっていた。身に纏ったシャーレの制服は所々泥に塗れていて、RABBIT小隊の面々と負けず劣らず中々酷い恰好に見える。しかし此方へと駆けて来る先生の表情は笑みに溢れていて、RABBIT小隊の視線は先生に集中する。

 

「ミヤコ、テーブル借りるよ、ちょっとごめんね」

「あっ、はい」

「よいしょ、っと」

「……先生、何だそれ?」

 

 テーブルで休憩していたミヤコに一言入れ、両腕にぶら下げていた紙袋やビニール袋をフィールドテーブルの上に乗せる。大量の袋に怪訝な表情を浮かべ、問いかけたサキに対し、先生は中身を取り出しながら云った。

 

「これはね、皆の夕飯だよ」

「……夕飯」

「うん、近くの商店街で沢山買って来たから、皆で食べよう、商店街の方は今回の大雨で特に被害も無かったみたいだし、色々おまけして貰ったんだ」

「………」

 

 そんな事を口にしながら、嬉しそうに笑って見せる先生。

 おまけして貰えたのは、先生がそんな恰好で回ったからではないのか。そんな零れそうになった言葉をサキは呑み込む。

 彼が両腕一杯に担いで来たのは、様々な食料、飲料、菓子類であった。肉に野菜に果物に魚、甘味は洋菓子から和菓子まで。商店街と云う場所柄、コンビニ弁当等は見受けられなかったが、それでも新鮮な食事の数々は彼女達にとって非常に魅力的に映った。袋の中を覗き込んだRABBIT小隊の面々は一瞬それらに目を輝かせるが、ややあってサキは咳払いを挟んだ。

 じろりと、鉄帽を被った彼女の視線が先生を捉える。

 

「なぁ、先生」

「うん?」

「どうしてこんな風に、何度も私達を助けようとするんだ」

 

 サキの唐突な問い掛けに、先生は袋から食事を取り出す手を止め、顔を上げた。

 

「前も云った筈だ、手を差し伸べられても変わらないと、何を与えられても、どんな感情を向けられても――私達は先生に、シャーレに何も齎さない」

 

 それは、以前も伝えた事実。いつか先生に温情を掛けられ、無罪放免と相成った時も、似たような事を口走った。真剣な表情で此方を見つめるサキに対し、先生もまた真摯に向き合う。

 

「うん、憶えているよ」

「なら、先生は一体、私達に何を望んでいる? 見れば分かると思うが、私達に差し出せるものなんて、何も無いんだぞ? 私達をシャーレの戦力として抱き込みたい訳でもないのなら、一体――」

「ミヤコには、もう伝えたのだけれど」

 

 彼女の言葉に被せる様にして、先生は首を横に振った。

 

「私は先生だから」

 

 何度繰り返し問われても、畢竟それに尽きるのだ。

 先生には、生徒を助ける責務がある。生徒自身の望む道を歩めるように、やりたい事が出来るように、躓けば立ち上がれるまで寄り添う、チャンスが無ければ作る。生徒達(子ども達)が望むなら、それこそ何度だって。

 

「それが私の使命であり、責任であり――何よりも、私自身が望んでいる事なんだ」

 

 先生はそう云って、笑った。慈しむ様な、暖かな笑みだった。

 だから、何かを返そうなんて思わなくて良い。

 皆が叶えたい未来に向かって進む事、自身にとってはそれが、何よりも一番嬉しい事なのだ。そう伝えられ、それでも尚口を固く結んだサキは、何処か納得できない様子で唇を尖らせる。

 

「……そんなの、先生には何の得にもならないだろう」

「そんな事はないよ」

 

 仏頂面で呟かれたそれに、先生は否定を返す。

 そう、何の得にならないなんて、そんな事はない。これは先生にとって、何よりも重要で、大切で、大きな見返りのある行為なのだから。

 先生は袋の中の食材やら飲料を、一つ一つ取り出しながら丁寧に言葉を選んだ。

 

「皆が頑張って、進みたい道に進めた時、掴みたい未来を掴んだ時、嬉しさでも、達成感でも、感動でも、何でも構わない――その時きっと、皆は笑ってその道を進めるよね?」

「まぁ、そりゃあ……望みどおりになったんだし、そうなるんじゃない?」

「う、うん……」

「なら、それだけで良い」

 

 モエはあやふやに言葉を返し、ミユもおずおずと頷きを返した。

 その返答に、先生は大きく頷いて見せる。

 それで良いと、それだけで良いのだと。

 コトリと、先生の置いたボトルが音を鳴らした。

 

「――私はただ、生徒達(子ども達)に笑っていて欲しいんだ」

 

 するりと口から出た呟きは、妙な実感を伴っていた。

 

 表情に、RABBIT小隊には気付かれない陰を落としながら、先生は思う。

 生徒達が笑い合える未来、自身が望むのはただそれだけ。

 ただそれだけと宣いながら、その未来がどれだけ大きな困難を乗り越えた先にあるのかを、自身は良く知っている。

 大きな壁に阻まれて、困難に拒まれて、悩んで、悔やんで、泣いて、今が苦しくて、歩みを止めて、立ち止まって――それでも、その果てに笑っていられる未来があると。

 先生は、今でも信じ続けている。

 

「私が貰う対価があるとすれば、そうやって皆が笑って過ごせる未来を自分自身の手で掴む事、それが私にとっての何よりの報酬だよ……もしそんな未来で、私が皆の背中を見送れたのなら、云う事なしさ」

 

 道を往く生徒達の背中を見届ける、そんな未来があるとすれば――それ以上幸の幸福など、きっと望めない。

 噛み締める様に、先生はそう云った。

 

「……ふん、何だそれ」

 

 全てを聞き届けたサキはしかめっ面で、足元に視線を落とす。

 

「そうやって相手を信じて、躓く度に手を差し伸べるのか」

「出来るならそうしたい、そうでなくても寄り添う事は――一緒に悩んだり、考えたりする事は、私にも出来る筈だから」

 

 返答は迷いなく、サキの眉間に大きな皺が寄った。それは先生の言葉にネガティブな感情を抱いたからではない。余りにも一般的な感性、或いは自身の知る大人のそれと、先生が解離している様に感じられたからだ。

 それは善性の発露である、ある種理不尽にすら思える程の。故に彼女にとっては吞み込み難く、一瞬怯んだようにサキは口を噤んだ。

 

「……なぁ先生、囚人のジレンマって知っているか?」

 

 唐突に、サキはその様な事を口走った。

 先生と言葉を交わす内に、ふとその事を思い出したのだ。

 それに対し、直ぐ傍に立つミユがとモエが反応を示す。

 

「サキちゃん、確かそれって――」

「もしかして、クルミ先輩が講習会で云っていた奴?」

「あぁ、そうだ」

 

 二人の言葉に頷きながら、サキは記憶を反芻する。彼女達にとって先輩――FOX小隊は憧れであり、目標だ。それはRABBIT小隊に限らず、SRTに所属していた生徒ならば例外なくそうであろう。

 故に彼女達から受けた教えは些細な事であっても未だ忘れられず、脳裏に刻まれていた。

 

「私達の先輩、FOX小隊のポイントマンを務めるクルミ先輩がいつか云っていた、お互いが相手を信じれば、お互いが得をする、けれど相手が自分を裏切れば損をする状況で、どんな選択が一番、『合理的な判断』なのか――」

 

 囚人のジレンマは単純ながらも、その非ゼロ和ゲームの構造が人の本性や合理性といったものを、これ以上ない程明確に浮かび上がらせる。

 SRTとして活動する中で、FOX小隊の先輩方は様々な犯罪者を目にしてきたのだろう。彼女達の忠言や教訓には、これ以上ない説得力があったように思う。

 そして、この囚人のジレンマを合理性のみを追求し、答えるならば――選択肢は一つ。

 

「答えは常に、『相手を裏切る』だ」

「………」

「相手がどんな選択をしようとも、裏切った方が得になる」

「――All-Defect戦略」

 

 ミユがぽつりと、声を漏らした。サキが視線を向ければ、彼女は俯いたままボソボソと言葉を続ける。

 

「お、オトギ先輩が云っていたから、常に相手を裏切って恐怖を抱かせる事……それが野生の社会だと、最も有効なんだって」

「まぁ確かに、それが一番でしょ、Tit-for-Tatなんて結局、相手の善意に期待するやり方だし――この手の状況に、『二回目』なんて早々ないんだから」

 

 モエはサキや先輩の意見に同調し、両肩を竦めながら大袈裟に声を張った。

 モエとてジレンマの解決に道徳や社会的規範が重要な事は理解している。合理性で語るのならば、それこそ進化的ゲーム理論やTit-for-Tat戦略もまた、長期的な利益に繋がる事が期待出来るのだから。それを以て、合理性と定義する事も可能だろう。

 複雑に絡み合った変数、金銭や刑罰に限らず、倫理や道徳、人間関係や感情的な部分。そういったものはAll-Defect戦略に於いて考慮されない。

 しかし、自身が口にした通り、この手状況で二度目が存在するのは稀だった。

 たった一度――一度の選択で、自身の利益を最大化させるのならば。

 やはり、裏切る事こそが最適解であるという結論に落ち着く。

 

「でも――」

 

 それを考えた上で、サキは苦々しい表情を浮かべる。

 目の前の先生が行っていたのは――その真反対だったからだ。

 

「先生がやっている事は、これとまるきり逆だ、何度裏切られても、手酷くあしらわれても、しつこく隣に居座って来る」

「……普通に考えるとあり得ないよねぇ、絶対損するって、分かっているのに」

「そうだ、つまり」

 

 ゆっくりと、サキは対面に立つ先生を指差す。

 ふっと、その強張っていた表情が緩むのが分かった。

 淡く照らされた光源の向こう側に、サキの屈託のない笑みが見えた。

 

「――筋金入りのバカだって事だな、先生は」

 

 揶揄う様に、彼女はそう云って笑った。

 言葉は悪かったが、口調には親しみがあった。先生は面食らい、困ったように後頭部を掻く。隣り合うモエは眼鏡を指先で押し上げながら、同意する様に忍び笑いを漏らしていた。

 

「ま、バカなのは最初から知っていたじゃん? くひひっ」

「ふ、二人共、折角駆け付けてくれたのに……」

「あぁ、勘違いするなミユ、別に罵倒している訳じゃないからな」

 

 慌ててフォローに回るミユに対し、サキは首を振った。それは遠回しであったが、先の言葉は彼女なりの褒め言葉だったのだ。

 言葉にするのは何となく気恥ずかしい、けれど今ならすんなりと口に出来る気がした。

 サキがミユの肩を軽く叩きながら抱き込む、唐突なそれに、「え、ぁ……?」と戸惑う彼女だったが、至近距離で向けられたサキの笑顔に、遅まきながら意図を察する事が出来た。モエもまた、ミユの背中に手を回しながら隣へと足を進める。

 

「えぇ、ミユの云う通りです、今回も先生に助けて貰いましたから」

「ミヤコちゃん……」

 

 背後を振り向けば、同じように薄らとした微笑みを浮かべたミヤコが直ぐ傍に佇んでいた。

 抱く想いは、皆同じだった。

 

「そうだね、大体私達はさ、先生がサキの云う、『筋金入りのバカ』だから助かったんだよ」

 

 四対の瞳が先生を捉える。

 いつか向けられた、敵愾心に満ちたそれではない。向けられるのは確かな感謝と、信頼、そこから齎される心地良い色を孕んだ視線。

 皆の瞳に映るのは泥だらけで、疲労困憊で、それでも生徒の為に必死になる大人の姿。外套も、シャツも、ズボンも、土と泥に塗れて、薄らと見える顔色だって酷いけれど。それはこうなるまで必死になってくれた証明でもある。

 顔を見合わせた彼女達は、柔らかな雰囲気を纏ったまま言葉を紡ぐ。

 

「何回裏切られても信じ続ける、損得なんて何処かに放り投げた、お人好し」

「裏切るのが一番得で、合理的なのに、愚直に手を伸ばし続ける、変な大人」

「で、でも、だから私達も今こうやって、離れ離れにならずに済んでいて……」

「はい、私達はその善意に助けられ、救われました――だから」

 

 胸を張り、背筋を正したRABBIT小隊と先生が対峙する。

 月明かりの見守る中、淡い光に包まれた彼女達の姿に、先生は目を細めた。

 

「―――」

 

 一瞬、たった一瞬、目が眩む。

 周囲を照らすランタンの光が眩しかった訳ではない。

 ただ、先生は懐かしんだのだ。

 彼女達の姿が――いつか見たセピア色の記憶に重なって。一列に並び、自分に信頼の視線を向ける、その姿が。

 あまりにも切なくて。

 

「――ありがとうございます、先生」

 

 RABBIT小隊の笑顔と、その言葉が先生の鼓膜を打った。途端、脳裏に過る幾つもの光景、笑顔。先生は込み上げる何かを自覚しながら、それを懸命に飲み下し、平静を装った。

 見えないように握り締めた拳が、胸中と共に少しだけ軋む。

 取り戻せない輝き、取りこぼした可能性の残影。

 それを今、突きつけられている心地だった。

 

「前の事も、今回の事も、全部含めて――RABBIT小隊総員、貴方に深い感謝を」

 

 ミヤコが一歩踏み出し、微笑みを浮かべたまま告げる。先生は彼女達を真っ直ぐ見返しながら、一度大きく息を吸い込み、零れそうになる感情にそっと蓋をした。

 それから肩の力を抜き、薄らと口角を押し上げ、答える。

 

「――どういたしまして」

 

 絞り出した一言には、万感の想いが込められていた。

 

「……あっ」

 

 くぅ、と。

 不意に音が鳴った、それはミヤコの腹部から。彼女はみるみる顔を赤くさせると、恥ずかしそうに俯きながら自身の腹を抑えた。それを見た隊員たちが顔を見合わせ破顔し、先生は目前に広げた袋を鳴らした。

 

「そろそろ、ご飯にしようか」

 

 ■

 

「よし、良い焼き具合だ――ほら、出来たぞ!」

「わぁ……!」

「ひゅー、中々良い出来じゃん!」

 

 サキが紙皿に焼き上がったばかりの肉やら野菜やらを次々と乗せ、フィールドテーブルの上へと並べていく。置き場所が無かったので、フィールドテーブルの他にも保管箱や椅子やら、兎に角あるものを搔き集めて立食形式で食事を摂る事と相成った。

 彼方此方に小さな明かりを灯し、大盤振る舞いの食事を好きな様につつくのは、SRTでも体験出来なかった事だ。周囲に充満する香ばしい匂いに、より取り見取りの食事風景、普段の生活も相まって気分も高揚するというもの。

 

 サキが使用しているのは、先生が持ち込んだ小型のバーベキューコンロ。電力を使わず、火で直接炙るタイプのそれは、発電機やバッテリーが無くとも使用できる。ついでに商店街の店主達からの厚意もあり、炭を幾つか分けて貰う事が出来た。今後の生活でも、この手のものがあれば多少は調理もやり易くなるだろう。

 ミヤコは並ぶ食事の数々を見下ろしながら、サキの使用するコンロに目を向け、おずおずと問いかけた。

 

「先生、本当に良いんですか、あんな物まで頂いて……」

「うん、浸水で壊れちゃった物も多いと思うから、私の所に置いていても使う事はないだろうし、ある物は活用しないと――モエも以前に同じ事、云っていたよね?」

「くひひっ、話が分かるじゃん、先生」

 

 ドラム缶風呂の時、サーモグラフィを温度管理に使用した様に。或いはちょっとした事に代用品を立ててみたり、この生活で存外、間に合わせでも何とかなると知った。どんなものでも、使えるなら使っておかないと損だ。モエは笑みを浮かべながら、そんな事を考える。

 

「今日は皆疲れただろうし、せめて美味しいものを沢山食べて、お腹いっぱいで眠って欲しい――ほらミヤコも、遠慮しないで」

「……ありがとうございます」

 

 先生はそう云ってミヤコに紙皿を手渡す。ミヤコは遠慮がちに頷きながら、おずおずと受け取った。皿にはソーセージや串焼きにされた海鮮、海老なども盛られていた。数秒それらを見つめていたミヤコは、串を手に取って小さく一口齧る。途端、ぐっと濃縮された旨味が、口の中で広がった。温かい食事に文句のつけようがない味、素朴だがこれはこれで悪くない。これだけで何か、疲労が体中から抜け落ちていく気がした。

 

「それを云うなら、先生もだろう」

「ん?」

「私達にばっかり渡して、全然食べてないじゃないか、ほら」

 

 そう云ってサキは、半ば押し付ける様にして紙皿を手渡して来る。先生が慌てて受け取ると、凄まじく盛られた肉と野菜があった。先生は僅かに焦げ目を残し、湯気を立てるそれらを見下ろしながら、思わず硬直する。冬空に漂う熱気は香ばしい匂いを周囲に届けるが、生憎と先生は大して感じ取る事が出来ない。

 

「えっと、随分大盛だね?」

「大人なんだから、それ位食べるだろう?」

「あー……」

「何だ、もしかして足りなかったか?」

「いや、十分だよ、本当に……!」

 

 半ば冷汗を掻きながら、先生は慌ててプラスチックのフォークを手に取った。しかし量が量なだけに、果たして食べきる事が出来るかどうか、実に怪しい――いや、生徒からの厚意を無碍には出来ない。それに商店街の皆さんからの厚意でもある、是が非でも完食しなければならない。

 そんな想いと共に先生はフィールドテーブルの隅っこに紙皿を置くと、気合を入れ肉を口に放り込み始めた。こうした重い食事を摂るのは、久々な気がした。味覚や嗅覚が衰え始めてからというもの、これ幸いと食事に頓着しなくなった弊害か。幾人もの生徒と差し出された弁当を、先生は思い返す。

 

「サキ~、次はこれ焼こう! でっかいお肉! 沢山タレを塗ってカリカリに焼いたら……くひひっ! 破滅的~っ!」

「モエ、お前はもっと野菜を食え! お前の取り皿、全然野菜が減ってないじゃないかッ!」

「こ、これ、モエちゃん、焼きトウモロコシとかは、どうかな……?」

 

 RABBIT小隊の面々は食欲旺盛で、皆でコンロを囲いながら次はアレを焼こう、ならコレも、と云った風に盛り上がっている。袋に詰められていた食材は、どんどん皆の口の中に消えていった。無事だった調味料の類も搔き集めて、特製のタレなども作れないかと、遠くから聞く分には和気藹々と楽しんでいる様子が分かる。

 

「むぐっ、もっ――」

 

 ふと顔を上げると、先生と同じようにテーブルの隅で野菜を頬張るミヤコの姿が見えた。彼女はバランスよく食事を摂っており、朝食、昼食と食べていなかった為か、紙皿にあった食事の半分以上が既に消えていた。先生はそんな彼女を慈しむ様な笑みと共に見守りながら、ふと声を掛ける。

 

「ねぇ、ミヤコ」

「む……ふぁい?」

 

 先生が声を掛けると、彼女は頬を膨らませながら顔を上げた。何となく、口に物を詰める姿はリスか兎の様にも見え、少しおかしかった。手元の野菜を突きながら、先生は穏やかな口調で問いかけた。

 

「ミヤコはSRTを復活させたいんだよね」

「んっ……はい、それが私達、RABBIT小隊の最終目標です、その為にデモを起こした訳ですし」

「それは何故か、聞いても良いかな?」

 

 改めて、彼女の胸中を聞いておきたい。そんな風に言葉を投げかける先生に対し、口の中のモノを呑み込み、頷きを返すミヤコ。

 彼女は両手で紙皿を持ったまま姿勢を正すと、毅然とした態度で告げた。

 

「私が、あの学園にしかない――SRTの『正義』があると、そう信じているからです」

 

 それはいつか、防衛室長に語って聞かせた内容と同じである。まだ先生に聞かせたことは無い――けれど既に彼の記憶の中にある、ミヤコの信念。

 

「多くの自治区や組織がある中、皆が自身の行動を正義と信じている事は承知しています、けれど正義とは、理にかなった正しい道理の事、私の想う道理とは、真理に基づくものです――そうであるのならば相手や状況によって変わるものではありません」

 

 利害関係や損得、都合の良い正義などではない、湾曲などされていない、時と場所を選ばず、相手が誰であっても同じ基準で、ひとつの正義を追求する――屈強な正義。

 ミヤコの視線が先生を注視し、薄ぼんやりとした明かりの中で、彼女は断言する。

 

「それが、私の憧れた正義です」

「……そっか」

「絵空事と、先生は笑いますか」

 

 強張った表情で、ミヤコは不安と共に呟いた。その視線には、否定されたくないと云う思いが滲んでいた様に思う。彼女の双眸を見返しながら、「まさか」と先生は肩を竦めた。

 

「そんな事はしないって、今なら信じて貰えるかな」

「……はい」

 

 先生の言葉に、ふっとミヤコは頬を緩める。分かっていた事ではあるが、少し安心した。生徒本人が心の底から実現したいと願い、そう信じるのなら。先生はただ応援し、手助けをしてくれる。その評判に、偽りはない。

 

「逆に、聞きたいのですが」

「うん?」

 

 手元の紙皿にフォークを突き立て、野菜を小さく齧る先生に対し、今度は逆にミヤコが問いを投げかけた。

 

「先生にとっての正義とは、何ですか」

「私の、正義?」

「はい」

 

 ミヤコの中には、確固たる正義が存在する。しかし同時に、彼女は先生の持つ正義について興味があった。

 正義とは云うが、それは信念と云い換えても良い。この不思議な大人が、多くの生徒に慕われるシャーレの先生が、どのような視点を持っているのか。一人の大人として、皆に慕われるシャーレの先生として、自分達に手を差し伸べてくれた恩人として。

 先生は夜空を見上げ、「んー……」と唸りを上げる。それは困っていると云うより、どう言葉にすべきか迷っている様だった。

 

「そうだね、私は――ミヤコが思うような正義とは、少し違うかもしれないけれど」

 

 ややあって、先生は自身の視線を手元に落とす。

 そして徐に、持っていた紙皿を差し出した。

 

「これだよ」

「……これ?」

 

 ミヤコの視線が、差し出された紙皿に落ちる。

 作られたばかりの食事、あまり減っている様子はないが、美味である事は確かだ。ミヤコは疑問符を浮かべながらも、しかし続きを促す様に顔を上げた。

 

「食事、ですか」

「うん、正確に云えば食事だけじゃなくて、こうやって困っている人に手を差し伸べて、寄り添う事かな」

 

 正義という言葉には、何か大きな力がある様に思う。それは良い意味でも、悪い意味でも。

 正義を公言する事は、自身の経験からも、立場からしても難しい。もう片方が正義を称するのならば、もう片方は完全な悪かと云えば、そうではない。曖昧なものが全くない、純粋な正義、純粋な悪というのは、論じることが困難である様に思えた。

 けれどもし、自分の中に正義と呼べるものが存在するのなら――。

 

「私がもし胸を張って、絶対的に正しい行いだと断言出来る事があるとすれば、こうやって困っている子どもに寄り添って、一緒にご飯を食べて、悩んでいるのなら一緒に悩み、悲しんでいるのなら一緒に悲しみ、笑っているのなら一緒に笑う――」

 

 そう、生徒達と同じ時間を過ごし、同じ感情を共有して。

 共に歩いて、共に迷って、聳え立った壁を見上げ、よじ登り、その成長を見守り、信じる事。

 想い、先生は薄らと微笑む。

 

「これだけは、きっと正しい事だと思えるんだ」

 

 ■

 

『――ご飯、一緒に食べない?』

『………?』

 

 ■

 

「例えその相手とどんな関係で、赤の他人でも、或いは傷付けられた相手であっても、ね?」

「………」

 

 先生はそう云って、満面の笑みを浮かべた。淡い光に照らされた先生の笑顔には、何の躊躇いも、疑いも無い様に思う。ただ一点の曇りもない信念(正義)だけが其処にはあった。

 ミヤコは暫し沈黙を守り、それから先生の言葉を自分なりに解釈する。それはとても簡単な事の様に思えるし、同時にとても難しい事にも思える。手元の紙皿を見下ろしたまま、彼女は小さく呟いた。

 

「こうする事が、先生の信じる――正義だと」

「うん……でもこれは『私の正義』だ、私にとって絶対不変であっても、決して真理ではない、万人にとっての正義ではなく、あくまで私にとっての正義」

 

 先生は云う、これは万人にとっての正しさでもなければ、真理でもないと。

 シャーレと云う組織を前提に、長期的な影響や公平さの観点から見れば、限られた資源の中で一部の生徒だけに支援を注ぐ事は不公平に繋がる。無論、寄り添うと云う事は何も物質的な話だけではなく、精神的に相手の心に寄り添う事も大切だろう。

 しかし先生の身体は一つしかない、助けを必要とする全員に、同じ時間、同じ質と量で手を差し伸べる事は出来ない。それを見た他の人物(生徒)が、不公平だと思う事があるかもしれない。

 先生の信じる正しさは、今この瞬間の正しさを示すものに過ぎない。同時にそれは、持続的かつ公平性を保つという正しさとは、対立してしまう事を証明している。

 誰かに手を伸ばすと云う事は、同時に誰かに手を伸ばせなくなるという事であり、どれだけそう在ろうとしても、残念ながら全ての生徒に平等に、満遍なく手を伸ばす力を先生は持たない。

 

 ――自身は決して、万能でもなければ、全能でもない。

 

 審判者ではなく、救済者でもなく、絶対者ですらない。

 そう自身を称する先生にとって、もし色褪せない正義(正しき行い)が存在するならば――真理でなくとも、これこそが。

 顔を上げた先生が、ふっと恰好を崩し、云った。

 

「ミヤコが云う様に、多くの人々が持ち、信じる様々な正義、その一つって事」

「………」

 

 自分の信じる、正義。

 絶対不変の、唯一の秤。

 ミヤコは自身の手元を見つめたまま無言を貫く。それは己の中に存在する、様々な感情や思考、信じるものを見つめ直している様にも見えた。

 ミヤコはSRTを、その掲げられた正義を信じている。その想いはきっと、どれだけ時間が経過しようと変わらないだろうし、自身の根幹を為す代物である以上早々揺らぐ事も無い。

 けれど、先生の語って聞かせた同質の正義もまた、己の秘めたそれに匹敵する程に輝いている様に思えた。

 彼の口にした真理ならざる正義は、その生き方そのものを体現している様にも見えたのだ。

 そんな事を考え、何かを口にしようとしたミヤコは――ふと視界に映る赤に気付いた。

 

「……先生、鼻血が」

「え?」

 

 此方を見つめる先生の鼻から、赤色が垂れていた。

 自分でも気付いていなかったのか、先生は一瞬惚けた様に目を瞬かせ、それから指先で口元を擦る。食事時ですら脱ぐ事のない黒いグローブの指先に、ぬらりと光る血が付着していた。

 

「っと、気付かなかったな……」

「まさか、作業中に怪我を?」

「あぁ、いや……多分疲労だと思う、今日は一日中、動き回ってばかりだったから」

 

 基本、私はデスクワークが中心だからね。

 先生はそう云って苦笑を浮かべると、口元を何度も擦る。紙皿をテーブルの上に戻し、鼻を抑えながら慌ててポケットを探り始めた。しかし残念ながら急ぎシャーレを出立した為、ハンカチやティッシュといったものは何処にも入っていなかった。

 しまったと云いたげに顔を顰める先生に対し、ミヤコは後方で会話に興じるサキ達に声を掛けた。

 

「サキ、ハンカチかタオルを――」

「ん? 何だミヤコ、もしかして何か零したのか」

「いえ、先生が鼻血を出してしまって……」

 

 そう云うと、コンロを囲んでいた三名が先生の方へと視線を向ける。そこには口元を手で覆ったまま、あたふたと落ち着きのない先生の姿があった。モエはそんな大人の姿に、目を細めながらニヤリと揶揄う様な色を宿す。

 

「なに先生、もしかして私達をまた変な目で見ていたんじゃないの~?」

「これだけ疲れる作業をして、まだそんな元気があったら、ある意味感心するぞ……」

「さ、流石にそんな事はないと思うけれど……」

 

 さり気なくフォローするミユに、「半分は冗談だ」と云ってサキは近くにあったタオルを掴む。大雨の事もあり、全員水浸しであった為タオルの類は保管箱より引っ張り出し準備していた。彼女はそれを先生に手渡しながら、ぶっきらぼうに告げる。

 

「ほら先生、タオルだ、その程度なら少し安静にしていれば止まるだろう」

「……ありがとうサキ、助かるよ」

 

 感謝を伝え、手渡されたタオルで口元を覆いながら軽く空を仰ぐ先生。彼女の云う通り、少し休めばすぐに止まる筈だ。少しずつ赤く染まるタオルを見下ろしながら、先生は申し訳なさそうに口を開いた。

 

「ごめんね、洗って返すよ、このタオル」

「別に良い、訓練で怪我なんて良くある事だし、というか先生も少しは体を鍛えろ、銃を握って戦わなくても、あの程度でへばる体じゃこの先が不安――」

 

 そう云ってサキは握り拳を作り、先生の肩を小突こうと振り上げた。彼女からすれば、少し発破を掛ける程度の意図しか無かったのだろう。

 しかし、その拳が先生の肩を叩くよりも早く、直ぐ横から予想外の声が発せられた。

 

「――サキッ!」

「っ!?」

 

 鬼気迫る声に、びくりと肩が跳ねた。

 野営地全体に響き渡る、紛れもない怒号。サキは体を硬直させ、目を白黒させる。それからぎこちなく振り返れば、恐ろしく強張った表情のミヤコが此方を凝視しているのが分かった。

 その声に驚いたのはサキだけではない、コンロを囲んでいたミユやモエも呆然とした様子で目を瞬かせ、それから困惑した様子で彼女の名を呼ぶ。

 

「み、ミヤコちゃん……?」

「ちょ、ちょっとミヤコ、どうしたのさ、突然?」

「ぁ――」

 

 そう二人に問い掛けられ、ミヤコは我に返る。彼女は周囲を見渡すと、咄嗟に自分の口元を手で覆った。その動作からは強い動揺が見受けられた、何故自分が声を荒げたのか、自分自身でも分からないと云った様子だった。

 

「な、なんだよミヤコ、急に……?」

「い、いえ、何でもありません、ただ、その――」

 

 サキが困惑を滲ませながら問いかければ、ばつが悪そうに俯いたミヤコは、視線を彷徨わせながら早口で告げる。

 

「先生は、私達とは違います、あまり肉体的な刺激は、好ましくないと思いまして、ただですら今は安静にしていないといけませんし、だから、えっと……」

「肉体的な刺激って、別に肩を軽く叩こうとしただけだぞ?」

「……それでも、です」

「大丈夫だよ、ミヤコ」

 

 不審がるサキに対し、何となく挙動不審のまま言葉を重ねるミヤコ。そんな彼女に対し、先生はタオルで口元を抑えたまま軽く手を挙げた。目元は柔らかく細められ、その口調は安心させる様に淀みなかった。

 

「私だって、そこまで軟じゃないさ」

「先生……」

「――?」

 

 気遣う様に、ミヤコは先生の名を呟く。二人にだけ通じる、何かがある。訝し気に二人を見つめるサキであったが、その内情を窺い知る事は出来なかった。数秒程思案する素振りを見せたサキであったが、結局分からない事は分からないと見切りをつけ、空気を変えるために提案を口にする。

 

「まぁ、良く分からないが……大分夜も更けて来たし、体調が良くないなら今日は此処に泊まったらどうだ?」

「此処って、キャンプに?」

「あぁ」

 

 彼女からの提案は、一夜をこの野営地で過ごすというものであった。シャーレから走って辿り着ける場所にあるとはいえ、子ウサギ公園はD.U.郊外にある。体調不良なら少し此処で休んで、それからシャーレに帰還してはどうかという話だ。

 そろそろ夜も更ける、そうなれば公共交通機関も無くなるし、徒歩で帰る事も出来るとは云え一時間以上歩き続けるのは今の疲労困憊な肉体には酷である。

 以前のRABBIT小隊であれば、「野営地で一泊? 許すわけないだろう、さっさと帰れ」と追い返しただろうが、流石に今の先生の状態を見てその様な対応は出来ない。サキは近くの保管箱に視線を向けながら、言葉を続ける。

 

「予備の寝具はあるし、幸いその辺りの物資は大体無事だったからな、生活エリアは何とか整備出来ているし、先生ひとり分宿泊するスペースはある、少し休んで早朝に帰るっていうのもアリだろう」

「ドラム缶風呂、また入っていったら? いつまでもそんな泥だらけじゃ、本当に風邪ひいちゃうかもしれないしさ」

「ま、薪はちょっと湿っているので、少し時間を頂くかもしれませんが、着替えとかは予備のものがサイズ別であるので……本当は布にして、何かに使えないかと持ち込んだ備品だったんですけれど」

「いや、私は――」

 

 どうやら他の面々も反対意見はないらしい。予想以上に受け入れられている現状に、しかし先生はやんわりと断りを口にしようとする。

 だが先生がはっきりと言葉にするより早く、ぐっと自身の袖を引っ張る何かがあった。見下ろせば、背後に回ったミヤコがそれとなく先生の袖を掴み、俯いていた。表情は見えないが、何を訴えているのかは分かる。

 先生は困ったようにミヤコを見下ろし、それから無言で目を瞑り、頷いた。

 

「……分かった、なら今夜だけ、お世話になるよ」

 

 ■

 

「――特に問題は無い、かな」

 

 茂みに隠れ、遠目にRABBIT小隊の面々を観察していたニコは、どこか安堵するように呟いた。

 野営地外周に生え揃った雑木林、その草陰に潜みながら時折耳を跳ねさせるニコ、その傍にはクルミ、オトギ、ユキノとFOX小隊全員が揃っている。

 彼女達はスコープや双眼鏡を片手に数時間もの間、ずっと此処に待機し続けていた。RABBIT小隊がキャンプを建て直す為に奔走する姿も、和気藹々と食事をする姿も、全て把握している。

 

「キャンプが大変な事になった時はどうなるかと思ったけれど、何とかなりそうだね? ちょっと安心したよ」

「当然よ、あの程度の困難でSRTの隊員が折れる事は許されないわ」

 

 オトギがふっと全身から力を抜いてそう呟けば、クルミは腕を組んだまま不愛想な声でそう告げる。その双眸は暗闇の中で、淡く照らされたRABBIT小隊を真っ直ぐ射貫いていた。

 

「そもそも、こういう悪天候を予想して設営しろって教えられた筈でしょ、なのに楽観視して装備まで失って、設営場所の選定、設営時の手順、物資保管場所も全部教範通りにすれば安全って訳でもないのに――」

「まぁまぁクルミちゃん、RABBIT小隊の皆も一生懸命頑張っているんだから、これから少しずつ覚えていけば良いんだよ、まだ一年生なんだし」

 

 淡々とRABBIT小隊の瑕疵を指摘するクルミに対し、ニコは慌てて擁護の姿勢を見せる。確かに結果だけを見れば彼女達にも注意すべき点は幾つかあったが、それでも今回の大雨は予報も無かった訳で、それに彼女達はまだ一年生だ。経験も、練度も、自分達の理想とする水準に及ばないのは当然と云える。

 

 遠くから、小さく、けれど確かに後輩たちの声が聞こえて来る。星々の明かりは弱々しいが、暗闇の中で薄ぼんやりと浮かび上がる彼女達の姿は、どこか眩く見えた。ニコは目を細めながら、穏やかな声で胸中を吐露した。

 

「でも、何だか歯痒いね――後輩たちが直ぐ傍で困っているのに、手を貸せないなんて」

「……仕方ないでしょ、今の私達は世間からすれば指名手配犯、どんな形であれ表立って接触するのは危険だし、誰が見ているかも分からない、今は隠れて動くしかないわ」

「ま、そうだよね……」

 

 せめて、事の真相を暴くまでは――誰にも姿を見せず、暗闇に身を潜めるしかない。

 ニコ、オトギ、クルミの三名がどうしようもない感傷に浸っている間、ふと直ぐ横から葉の擦れる音が響いた。視線を向ければ、背を向けたユキノが野営地とは反対方向へと歩き出しているのが分かる。

 

「ユキノちゃん?」

「――私達が介入する余地は無くなった、帰還するぞ」

 

 枝葉を手で掻き分け、暗がりへと消えていくユキノは淡白にそう告げる。オトギはそんな彼女の背に向けて、すぐ脇のコンテナを軽く叩きながら問いかけた。コンテナ表面には擬装用の葉が被せられ、覆われている。

 

「この物資はどうする~? 先生が色々買い込んで来たみたいだし、持って帰る?」

「いや、先生から追加の指示は無い、このまま置いて行く」

「そっか、了解」

 

 その言葉にFOX小隊は動き出し、持ち込んだ物資をその場に放置し野営地とは反対方向へと歩き始めた。なるべく音を立てない様、しかし足取りは淀みなく、迅速に。

 物資は恐らく、早ければ明日の朝にも発見される事だろう。自陣は常に安全に、警戒についての心得は胸に刻まれている筈だ。彼女達の背中を、コンテナ側面に刻まれたニッコリマークが見守っていた。

 ふと、ニコはユキノの背に続きながら、前を行く彼女の纏う気配の変化に気付く。

 

「ユキノちゃん、何だか嬉しそうだね」

「――………」

 

 その一言に、ピクリとユキノの肩が震えるのが分かった。

 図星だ、彼女と長い付き合いのニコには分かった。無論、それはニコに限らず、オトギやクルミでも見抜けただろう。

 自分達はFOX小隊の仲間だが――それ以前に親友でもあるのだから。

 

「……今はFOX1と呼べ」

「別に、今は作戦行動中じゃないよ、これは先生からの『お願い』なんだから」

 

 それが苦し紛れの照れ隠しである事は、誰の目から見ても明らかであった。口元に指先を添え、くすくすと忍び笑いを漏らすニコに対し、ユキノはどこかばつが悪そうに口をへの字に曲げる。

 そんなやり取りを見ていた後続のオトギとクルミも、自分達の隊長の抱く感情には同意なのだろう。薄らと笑みを浮かべながら、喜色を滲ませ言葉を紡いだ。

 

「まぁ、隊長の気持は分かるよ? 私達の志を引き継いでくれている後輩がいるって事実は十分嬉しい事でしょ」

「そうね、ヴァルキューレ警察学校への編入を蹴って、自分達の将来を賭けてまで……あんな風に必死になってくれる後輩が居るって事が、分かったんだもの」

「うん、そうだね」

 

 SRT特殊学園という環境で学び、育ち、FOX小隊として活動を続けて来た彼女達にとって――たとえ一年生であっても、その志を、想いを、正義の在り方を守ろうとしてくれる存在が居る事は、彼女達の精神を大いに慰め、鼓舞した。

 ユキノは背後から聞こえて来る仲間達の声に小さく、けれど確かに頷きを返した。

 

「あぁ――だからこそ、私達に失敗は許されない」

 

 濡れ衣とは云え、自分達の行いによってSRTは閉鎖を余儀なくされた。それが真実として世間では広まっている。それは、決して許してはおけない事だ。故に取り戻さなければならない、変わらぬ価値を、唯一絶対の正しさを。

 自分達の信じるSRT特殊学園の為に、色褪せない正義の為に――その志を継ぐ、後輩たちの為に。

 

「……必ず取り戻すぞ、私達の母校(SRT)を」

「――うん」

 


 

 ストーリー更新分読んだのですが、「名もなき神って仰々しい名前だけれど、ただの人工遺物じゃん」の発言に魂消ましたわ。たまげません? え、なに、名もなき神ってデウスエクスマキナとか、超古代文明機械兵器的な何かだったりします? だから預言者の連中って皆メカメカしているの? 別にそういう訳じゃない? 名も無き神を崇拝する無名の司祭ってアイツ等仮面剝ぎ取って服脱がせたら、その下機械仕掛けだったりしません? ギチギチ、って発条巻かれていません事? 

 

 あと「物質の再構成は、名も無き神の力で最も代表的なもの」発言。最終編に於けるアリスとケイの活躍とか、ケイ覚醒時のエリドゥ乗っ取りを思い返し、「へ~、そうだったんですのねぇ」と思うと同時、「それってクラフトチェンバーじゃありませんこと?」って思いましたわ。

 もしかしてクラフトチェンバーとか、シッテムの箱とか、名も無き神の技術を流用するか何かして作られた可能性あります? でもウトナピシュティムとかは連中に対抗する為に創られたという話ですし……いや、対抗する為に相手の技術を流用するのは何も変な事ではないのですけれど。現状何も分からん、マジで何も分かりませんの。

 でも分かったら分かったで、今度は次章の最終編に影響が出そうで怖い。もうプロット捏ね繰り回すのやだ、お願い、もうプロットちゃんの事ぶたないで……。

 

 個人的には「やれること全部やって、最後まで足掻いて、それでもダメだったら――」の後の台詞が気になり過ぎますの~。

 先生、貴方は何と云おうとしたんですの? それでも駄目だったら、貴方はどうするんですの? 「生徒達を、よろしくお願いします」の言葉も過るし、不穏が過ぎる。

 あぁ、次の更新が待ち遠しい……先生の恰好良いところ、見れちゃうのかなぁ。

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