ブルーアーカイブを、もう一度。   作:トクサン

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誤字脱字報告、感謝ですわ~!
昨夜は早々に眠ってしまったので、朝に投稿ですの。
今回は約一万八千字ですの~!


全面戦争(アレフ収束)、前夜

 

「よーし、砂をそっちに上げるぞ~!」

「オッケー!」

 

 周囲に掛けられた声、シャベルを持った生徒が一心不乱に地面を掘り進め、同時に掘削中の穴周辺に集った生徒は水を振り撒き、固まった砂をシートの外側へと運び出す。

 掘削作業開始から既に数時間、本格的な装備到着までの簡単な人力作業の筈であったが、キヴォトスの生徒である彼女達の体力や筋力は小型のショベルカーにも負けず劣らず。気付けばそれなりの規模で砂が退けられ、深さ数メートルは掘り進めていた。

 

 穴の外周には膨らんだ青いシートとメッシュネットが張り巡らされており、等間隔で六本の太い杭の様なパイルが手前に差し込んである。輸送車に搭載していた伸縮性パイルを砂固化剤を散布した場所に打ち込んだもので、シートとメッシュネットは砂の流動を抑える為のものだった。これは簡易的な仮設壁代わりとして機能しており、砂が崩れて穴の内部に雪崩れ込むのを阻止している。

 だが、輸送車に搭載されていたこれ等はあくまで短期的な代用品に過ぎない。この後、対策委員会から本格的な仮設壁の設営資材が届くまでの間に合わせだった。しかし、そんな状況に関わらず彼女達の手が止まることは無い。十人全員が入れば満員になってしまいそうな小さな穴の中で、必死にスコップを動かし続ける。

 

「アヤネちゃん!」

「……あっ」

 

 彼女達に混じって、掘り出した砂の運搬を行っていたアヤネは、遠くから聞こえて来る駆動音、そして自身の名を呼ぶ聞き覚えのある声に顔を上げた。眼鏡の代わりに装着していた防塵ゴーグルを押し上げ、目を瞬かせる。

 見ればトラックに乗ったシロコとセリカが砂塵を撒き上げながら此方に走行しており、助手席からセリカが大きく手を振っているのが見えた。

 

「シロコ先輩、セリカちゃん!」

 

 アヤネは土埃の付着した頬を拭いながら、笑顔で手を振り返す。ややあって輸送車の傍に停車したトラックはエンジンを切り、乗車していた二人が扉を開けアヤネの元へと駆け寄った。アヤネはその間に胸ポケットに差し込んでいた眼鏡を掛け直す。

 

「ん、アヤネ、手伝いに来たよ」

「何か進展あったんですって?」

「うん、まだ確実って訳じゃないんだけれど……」

 

 そう云って現在進行形で掘り進められている穴に視線を向けるアヤネ。少し離れた場所には山になった砂が積もっており、それなりに作業が進んでいる事が分かった。セリカは乗って来たトラックの荷台に指先を向けながら告げる。

 

「取り敢えず、頼まれた奴は色々持って来たけれど――もう掘削を始めているの?」

「ありがとう、セリカちゃん……一応、手持ちの道具でやれる所までやってみようって話になって、流石に深い所とか、硬い岩盤とかに当たったら駄目だけれど、地層が浅い所までならスコップがあれば何とかなるって、先に始めちゃった」

「へぇ、中々根性あるじゃない!」

 

 私も負けていられないわね、と腕まくりをするセリカ。どうやらバイト戦士である彼女の負けん気が刺激されたらしい。

 今更だが空調服を着込んでいる雇われた生徒達に反し、アビドスの三名は普段通りの制服姿である。元よりアビドスに居を構える彼女達は、砂漠の暑さや夜の極寒すら慣れたもの。無論、万が一の備えは持ち込んでいるが、日中の砂漠程度であれば然程気にならない様子であった。

 

「その前に、ホシノ先輩とノノミ先輩は?」

「あー、確かホシノ先輩は別のグループの補給に向かっている最中で、終わり次第こっちに合流するって云っていた」

「ノノミはアヤネが頼んだ諸々の準備中、話が纏まったらトレーラーで来る筈」

「そうでしたか……」

 

 勇んでトラックの荷台に向かう二人を呼び止めれば、まだこの場に到着していない二人の所在を問う。どうやら先輩二人の合流は少し遅れるらしい、頷きを返すアヤネは自身の腕時計に視線を落とす。

 

「――んッ?」

 

 ガリッ、と。

 掘削作業を進めていた生徒、その地面に着き刺したスコップが異音を発した。同時に腕に伝わる、奇妙な手応え。先端が何か、硬いモノに当たった様な。

 

「音が変わった! それに感触も、何か違うぞ!」

「なに? 一度手を止めろ! ストップだ!」

 

 下に砂ではない何かがあるなら、注意しなければならない。払った砂を近くのシートに積み、足元を爪先で軽くなぞる。

 

「もしかして、岩盤か? そうなると掘削機が到着しないと――」

「いや、そういう感じでは無い様な……」

「取り敢えず此処を中心に広げよう、あんまり勢い良く突き刺すなよ」

「あいよ!」

 

 周囲の砂をスコップで慎重に掻き分け、徐々に掘り進めていく。五人程が砂に塗れながら作業を続けていると、地面の下から鈍く光る金属らしきものが顔を覗かせた。出土したそれは所々錆が見え、生徒達はスコップの先端で軽くそれを叩きながら疑問符を浮かべる。

 

「何だこれ、鉄?」

「何か人工物っぽいぞ」

「おいおい、まさかインフラに当たったんじゃ……」

「いやいや、こんな場所にそんな生きている配管とかある訳ないじゃん! どうせ当たったとしても、疾うの昔に止まっているよ」

「というか、その手の反応は事前調査で無かったって話だろ? 此処に在るのは……」

 

 こんな砂漠の下に、人工物。埋まっていた街の残骸か、それとも別のものか。兎にも角にも皆は訝し気に足元を凝視する。

 そうこうしていると、ふと隅に立っていた一人が、砂の一部が奇妙な四角形を模っている事に気付いた。眉を顰め、表面を覆っていた砂を乱雑に足先で払って、よくよく観察してみると――隙間に詰まった砂に模られたそれは、扉だった。

 直ぐ横に居た生徒の肩を叩き、声を掛ける。

 

「……ねぇ、ちょっと」

「あん、何だよ?」

「此処に何か、扉みたいなもの、あるんだけれど」

「えっ」

 

 その言葉に、全員が視線を集中させた。

 確かに、ぱっと見では分からなかったが、良く見れば砂の詰まった凹んだ取っ手がある。まごう事なき扉だ、或いはハッチと云うべきか。

 足元のそれを見下ろした生徒達は、軽く踵で鈍色の地面を蹴飛ばしながら云った。

 

「じゃあコレ、建物とかの入り口って事?」

「……もしかして、個人用シェルターとか?」

「いや、私達が考えても分かる訳ねぇだろう、取り敢えずアヤネちゃん達を呼ぼう」

「賛成」

 

 外見だけでは何も分からない、それにこの砂漠に詳しい訳でもない。早々に思案する事を諦めた彼女達は、外周に設置された即席の梯子を辿り、穴の中から顔を覗かせた。

 

「おーい、アヤネちゃーん!」

 

 梯子をよじ登り、アヤネ達に手を振る生徒。その姿を認めたアヤネ達は、顔を見合わせ頷いた。

 

「二人共、行ってみましょう」

「分かった!」

「ん」

 

 トラックをそのままに、十人全員が佇む穴へと駆け出す三名。彼女達が穴を覗き込むと、穴の中で地面を見下ろしていた生徒も、外周から覗き込んでいた生徒も、全員が顔を上げた。

 

「皆さん、どうされましたか?」

「いや、何か良く分からないものが出て来てさぁ」

「シェルターか何かの入り口っぽいんだけれど……ちょっと見てみて欲しくて」

「シェルター、ですか?」

 

 その言葉にアヤネは疑問符を浮かべる。果たしてそんなものが本当にこんな砂の下にあるのだろうかと、そんな疑問を抱いているのは明らかだった。

 梯子を伝って降りるアヤネを他所に、シロコとセリカは一息に穴の中へと飛び降り、雇われた生徒達の指差す方向へと視線を向ける。丁度地面と一体化する様に縁取られたハッチ――シロコはその場に屈み込むと、指先を顎に添える。

 

「これは……」

「なんか、凄くのっぺりしているわね?」

「武骨、という表現が正しいのかは分かりませんが、確かに必要最低限の蓋をした、って感じの――」

「取り敢えず、開けられるか試してみよう」

 

 そう云ってシロコが扉の取っ手に詰まっていた砂を指先で取り除き、手を掛ける。背後からセリカの戦々恐々とした声が響いた。

 

「き、気を付けてよ、先輩?」

「ん、任せて」

 

 不安の滲む声に親指を立て、シロコは少しずつ慎重に、しかし徐々に力を入れて引っ張る。表面に散っていた砂がシロコの力みと共に揺れ動き、暫く力を込めていたシロコであったが――ややあって脱力すると、残念そうに眉を下げた。

 

「……開かない」

「あっ、開かないんだ」

「この手の扉って、良く知らねぇけど鍵とか、暗証番号とか必要なんじゃねぇの?」

「確かに、セキュリティがあってもおかしくない雰囲気だけれど」

「……それらしいモノ、何処にもなくない?」

 

 そう呟き、セリカの指差したハッチには鍵穴だとか、認証用のパネルだとか、そんなものは何処にも見当たらない。ただ武骨で、人ひとりが入れるかどうかという小さな扉が備え付けられているだけだ。

 シロコはそのまま押したり引いたり、時には軽くノックしたりして様子を伺うが、徐に大きく足を振り上げると、そのまま思い切りハッチに向かって蹴撃を叩き込んだ。

 

「――ふんッ!」

「ちょ、シロコ先輩ッ!?」

 

 ガコンッ、と大きな音が響く。シロコの靴がハッチを強かに叩き、その表面を微かに傷付けた。しかし、歪んだり凹んだりする様子は全くない。シロコは小さく息を吐き出すと、緩く首を振った。

 

「ん、かなり硬い、蹴破るのは無理そう」

「当たり前でしょ!? っていうか、突然蹴って爆発したらどうするの!?」

「ば、爆発はしないと思うけれど……シロコ先輩、一応出土したばかりで価値が分からないものですし、あまり手荒に扱うのは」

「でも此処を開けないと、中に何があるのかも分からないから」

「それは、そうだけれど……!」

 

 平然とした様子でハッチを指差すシロコに対し、セリカは両手を動かしながら訴える。もうちょっとこう、慎重にというか、万が一大きなお金になる様なものだったら大事だし……! との事。そんなセリカを他所にシロコはハッチをじっと覗き込んだまま、表面をグローブ越しに撫でつけ提案した。

 

「無理矢理、開けてみる?」

「えっ、無理矢理開けるって、どうやって――」

コレ()で滅多打ち」

 

 投げかけられた疑問に対し、シロコは肩に提げていた愛銃を軽く叩き、云った。

 

「いや無理でしょ!?」

「……半分冗談、ノノミのリトルマシンガンとかなら開けられると思うけれど」

 

 セリカの思わずと云った風に漏れ出た言葉に、シロコは軽くハッチを小突きながら笑みを零す。ハッチは思ったより頑強そうだが、7.62mmを浴びせ続ければいつかは散り散りになって吹き飛ぶだろう。勿論、使用する弾薬などを考慮すれば余り賢い選択とは云えないが。

 なので、ある程度現実的な方法でシロコはハッチの破壊を提案する。

 

「見た限り接合部分が錆びているから、大きな力を加えれば十分開けられる筈、爆薬で吹き飛ばせば多分――一発かな」

「……爆薬」

 

 彼女の提案に、生徒達は互いに顔を見合わせる。

 確かに、シロコの云う通り目の前のハッチは随分古びている様に見えた。長い間放置されていた為か、全体的に錆も目立つ、本来の色は恐らく失われているのだろう。ハッチの接合場所は三ヶ所、此処を中心に、爆薬で吹き飛ばす。そんな彼女の提案に言葉を呑んだアヤネは、背後の雇われた生徒達に視線を向けた。

 

「でも、爆発物は――」

「あー、確か発破用のANFOと、障害物を吹き飛ばす為のプラスチック爆薬が少しだけ、輸送車にあった筈だけれど……」

「じゃあそれ、持って来て」

 

 ビッ、と生徒を指差し真剣に告げるシロコ。たじろぐ彼女達であったが、どうやら本気らしいと悟ると、ぎこちなく頷いて見せた。

 

「わ、分かった、ちょっと待っていてくれ」

 

 そう云って生徒の一人が梯子を上り、停車していた輸送車の方へと駆けていく。その間シロコの傍へと駆け寄ったセリカとアヤネは、疑念を滲ませながら問いかけた。

 

「ほ、本当に大丈夫なの、シロコ先輩?」

「せめて爆破前に、ホシノ先輩とか、先生に連絡を入れておいた方が良いのではないでしょうか……?」

「ん……」

 

 その一言に、シロコはピクリと耳を震わせると、考え込む様に空を仰ぐ。確かに、何か起こってからでは遅いし、先に連絡を入れておくのは正しい事の様に思えた。

 しかし、背後で様子を伺っていた生徒達は否定的な意見を述べる。

 

「って云っても、まだ先生が探しているものかも分からないし、何なら随分昔に埋もれた建物の一部で、中に何もない可能性もある訳じゃん?」

「何か凄そうなもの見つけました! って云った後に、実はガラクタでしたって報告が一番堪えるんだよね……」

「確かに、前も似たような事もあったし」

「う、うーん」

 

 確かに自分達はそれらしいものを発見したが――地面のハッチを眺める雇われた生徒達の視線は、あまり熱を帯びていなかった。

 彼女達がこの仕事を始めて二ヶ月近く、こう云っては何だが似たような事例は幾つもあった。それらしい空洞、砂の下に埋まった街の一部、不法投棄された我楽多の山――最初探査機の反応を見て掘り進めている間は嬉々として、「お宝か!?」と目を輝かせていたが、結局掘り出されたものは期待と異なるもので。

 そんな体験を繰り返すうちに段々と期待値は低くなり、「まぁ今回も同じでしょ」というスタンスに落ち着いてしまっていた。

 今回はアヤネが補給に来ている時に偶然反応を見つけたので対策委員会に連絡したが、先生に連絡する程かと云われると――正直懐疑的にならざるを得ない。

 彼女達からすれば、成果に期待を寄せる先生を一瞬とは云え、ぬか喜びさせる事は避けたかった。

 

「まぁ慎重なのは結構だけれど、これの中身を見てからでも遅くは無いんじゃねぇの?」

「そう、でしょうか……?」

 

 雇われた生徒達の言葉に、アヤネは納得半分、不安半分という様子で声を漏らす。そんな彼女達の元に、輸送車から爆薬の入ったボックスを抱えた生徒が戻り、声を掛けた。

 

「取り敢えず扉を開けない事には始まらねぇしな、誰か手を貸してくれ、ボックスを穴に降ろす!」

「分かった、じゃあロープに括って降ろそう」

「ところで、爆薬の設置は誰が――」

「はいはいはいッ! 私やる! 発破やりたいッ!」

 

 そうしてハッチを爆薬で吹き飛ばす準備を始めようとした所、先程まで精力的に穴を掘っていた生徒の一人が思い切り手を挙げ、叫んだ。

 彼女は白い安全帽を身に着け、首には冷水に浸した濡れタオルを巻きつけている。中途半端に開いた空調服は、意図してか、意図せずか、中に着込んだタンクトップも相まって胸元が強調されて見えた。

 掘削開始から随分と時間が経過しているが、砂に塗れて尚彼女の体力は有り余っているらしい。彼女の表情と纏う気配は、疲労を全く感じさせない。

 

「お、おう、分かったよ、爆破はお前に頼むわ」

「やったーッ!」

 

 その勢いと気迫にたじろぎながらも、周囲の生徒達は彼女にハッチの爆破を一任する事となる。ロープに括られたボックスは穴の下へと降ろされ、中から爆薬が取り出された。両手に爆薬を握り締めた生徒は、両目を輝かせ口元に深い笑みを浮かべる。

 そこからは早かった。妙に手慣れた様子でシートを広げ砂塵を防ぐと、扉へと爆薬をセットし、ヒンジ部分にもプラスチック爆薬を貼り付け始める。

 

「……それじゃあ、私達は爆発で砂が崩れない様、補強準備だな」

「了解」

 

 せっせと動く彼女の背中を見つめながら、他の生徒達はスコップやらロープやらを片付け、穴の上へと撤収を始めた。念の為爆発の衝撃で砂が雪崩れ込まない様、シロコとセリカが持ち込んだトラックの荷台から仮設壁用の補強板を運搬し、壁に垂直に突き立て補強しようと考えたのだ。

 

 二人が持ち込んだ補強板はミレニアム製の仮設壁であり、新素材開発部が考案し一般販売も行われている、『お手軽シートパイル』であった。本来のシートパイル(鋼矢板)程強固ではないが、通常のトラックでも持ち運びが可能なサイズで、設置した場所から左右に重なった板が展開し、等間隔で地面に杭を打ち込む優れモノだ。

 トラックの荷台に積まれた補強板は、三人の生徒で協力して運搬し、穴の外周に沿う様にして下ろして、上から叩いて突き刺す。それから外部のパネルを操作すると、駆動音と共に展開し、重なった何層もの板が左右に広がり、地面に打ち込まれた。

 その様子を見ていた生徒達は、何ともハイテクな機構に関心の声を漏らす。

 

「おー……便利だな、コレ」

「何か、広がっていく感じが扇子みたいだね」

「扇子……? 何だ、扇子って」

「え? えぇっと、確か百鬼夜行とか、山海経の方にある団扇みたいなモノでさ――」

 

 徐々に展開される補強板を眺めながら雑談に興じる生徒達。

 パイルとシート、メッシュネットと砂固化剤、そして補強板。これだけ用意すれば、そうそう砂が崩れて雪崩れ込んで来る事はないだろうと、設置を終えたシロコ達は一息吐く。

 

「終わった? それじゃあ、爆破するよ~!」

「おっ、いよいよか」

 

 仮設壁の設置が終わると同時、それを待っていた安全帽を被った生徒が叫ぶ。皆が穴の上へと這い出し、梯子も回収。起爆スイッチを握り締めた生徒が、どこか期待を孕んだ視線でハッチを見下ろしていた。全員が退避している事を確認し、穴の外周から少し離れる。

 

「皆、準備はオッケー?」

「問題なーし!」

「こっちは良いよ」

「全員穴から離れたな?」

「えぇっと、確かに全員……」

「じゃあ行くよ、三、二、一――」

 

 待ち切れないとばかりに叫ぶ生徒。輸送車の影に隠れた生徒達を数えるアヤネを他所に、彼女は握り締めたスイッチを掲げると、とても眩い笑顔と共にボタンを押し込んだ。

 

「発破ッ!」

 

 ズンッ! という臓物を震わせる衝撃が奔った。

 同時に穴の中から爆炎が一瞬ちらりと顔を覗かせ、周辺の砂が一斉に飛び跳ねる。爆音は生徒達の身体を本能的に強張らせ、遅れて何か金属同士の擦れるような、甲高い音が周囲に響いた。

 恐る恐る輸送車の影から顔を覗かせれば、風に煽られ消えていく白煙と砂塵が見える。設置した爆薬は一キロ程度の筈だったが、それにしては随分と威力が高く感じた。

 

「け、結構、派手にやったな?」

「くぅ~……ッ! この感覚をまた味わえるとは、でも正直、全然威力が物足りない!」

「えぇ……?」

 

 爆破を敢行した件の生徒はスイッチを握り締めたまま、臓物を震わせるような爆発の余韻に浸って、恍惚とした表情を浮かべていた。しかしその中に、僅かな不満を覗かせる。それは単純な威力と規模の不足だ、使える爆薬を使ってなるべく派手に吹き飛ばしたが、それでも彼女が嘗て経験した爆発(ソレ)と比較すれば数段劣る。

 もっと大地を震わせるような、大気そのものが悲鳴を上げる爆発が欲しい。内なる欲望が、そう叫んでいる。

 

「いや、今ので十分だろ? 下手に爆発が大きすぎると砂が崩れて、穴が塞がっちまうよ」

「温泉を掘るにはもっと威力が無いと駄目でしょ!?」

「は、温泉……?」

「……何で今、温泉?」

 

 スイッチを握り締めたまま憤慨する安全帽を被った生徒に、他の面々は困惑を滲ませる。何で此処で温泉の話が出て来るのか、まるで意味が分からなかった。

 

「えっと、それで肝心の扉は――」

「あ、吹き飛んでいるわね」

 

 喚く彼女を他所にアヤネ達が穴の中を覗き込めば、例のハッチは見事に吹き飛んでおり、半ばから裂ける様にして穴の隅に転がっていた。幸い補強した仮設壁にも傷は無く、押し留めていた砂が崩れる様子もない。退避させていた梯子を再び穴の中へと下ろし、様子を伺う。

 

「それで中身は何?」

「やっぱりお宝? それとも財宝? 秘宝?」

「せ、セリカちゃん、それ全部同じ意味――……えっと」

 

 期待を隠さないシロコとセリカを背中に、アヤネはハッチの在った場所を覗き込む。背中越しに期待の視線を感じた、しかし彼女達が望む様な金銀財宝は其処に無く。

 代わりにあったのは。

 

「――階段、ですね」

 

 細長い、階段だ。

 覗き込んだ扉の先には、狭く薄暗い暗闇がずっと広がっていた。

 その奥は見通せず、それなりの深さがある様だった。足先を跳ねた小石が階段の中へと転がり落ち、音を立てて暗闇の中へと消えていく。

 

「階段、しかも地下に繋がる感じの……」

「えっ、じゃあ横転した建物とか、砂に埋もれた元ビルとか、そう云うモノじゃないって事?」

「地下に繋がっているなら、そういう事だな、やっぱり避難用のシェルターとかなんじゃないか、コレ?」

「ん、それを探る為にも、取り敢えず降りてみよう――ライトは準備済み」

 

 梯子を下り、ハッチの向こう側を覗き込むや否や口々に意見を出し合う生徒達を背に、シロコは肩から下げていた鞄を漁り、携帯用ライトを取り出す。スイッチを入れて階段を照らすと、かなり奥の方まで光が差し込み、視界を確保出来た。

 その準備の良さに、思わずセリカは胡乱な目で彼女を見る。

 

「準備が良いわね、シロコ先輩……」

「ん、お宝をゲットする為に必要だと思った」

「あぁ、そういう……妙にテンション高いと思ったら、自分の分確保する気満々じゃない」

「先生にお願いすれば、ちょっとくらい分けて貰えるかも……!」

 

 ふんふんと鼻息荒く告げるシロコ、まるで銀行強盗を計画している時と同じテンションだ。アビドス側も先生がどの様なものを探しているのかは知らない、しかし漠然と価値あるもの、何か凄い代物である事は予感していた。その辺り情報の有無は、雇われた生徒達とあまり変わらない。唯一事情を知っていそうなのはホシノ位なものだが――生憎と彼女はこの場に居合わせていなかった。

 

「でも、ライトで照らしても奥は見えないね」

「そうですね、どんな危険があるか分かりませんし――皆さん、念の為武装を」

「あぁ……おい、皆!」

 

 アヤネが問いかければ、スケバンの生徒が声を張る。雇われた生徒達は自身の肩に提げていたり、ホルスターに収めていた愛銃を手に取った。アビドスの砂漠に持ち込むという事で防塵処置を済ませたそれは、此処最近全く使う事のなかったものだ。それぞれ持ち込んだ鞄から弾倉を探し出すと、弾が詰まっている事を確認する。

 

「此処一ヶ月、殆ど銃撃戦とかやって来なかったし、まさかこんなトレジャーハンター的な場面に遭遇するなんて」

「やっぱり先生は正しかったんだ」

「いや、まだお宝があるって決まった訳じゃないでしょ」

「それで、全員で中に入るの?」

 

 此処にいる生徒は合計で十三名、全員で動くとなると中々に大所帯だ。その問い掛けに、アヤネは緩く首を振って答えた。

 

「いえ、流石に何かあった時に備えて何人か地上に残しておいた方が良いと思います、砂嵐が来て突然入り口が埋まったりしたら大変ですし、そうでなくとも内部に何があるか、どんな状況かも不明ですから、バックアップチームは必要です」

「あー、それもそっか」

 

 どの程度老朽化しているのか、そもそも構造すら不明なのだ。アヤネは肩に掛けていた鞄を漁ると、複合ガス検知器を取り出した。地下の酸素濃度、一酸化炭素、メタン、硫黄化水素などを同時に検出可能なそれは、万が一地下にそれらが充満していた場合、甲高い電子音と共に知らせてくれる筈。

 それを見たシロコは、「別の意味で、アヤネも準備万端」と呟く。尤も彼女の場合、ヘリコプターを用いて補給に赴く際、何があるかも分からないので、常にあらゆる状況に備えているという事情があった。

 

「念の為、発砲はギリギリまで控えて下さい、弾丸が当たって崩落を招いたり、或いは地下に何らかのガスが蔓延していて、それに引火して誘爆する危険性があるので――実際、炭鉱などではちょっとした火花で大規模な爆発が起こった事例があると聞きます」

「何それ、怖っ……!」

 

 アヤネの言葉に、後方に立っていた生徒が身を震わせる。未知の場所へと踏み込むとは、そういう事だ。こんな地下空間で爆発なんて、ちょっと想像したくない。勿論、ちょっとやそっとで自分達が倒れる事はないが、それはそれとして恐怖感はある。

 尤も、そういう状況になる前に、ガスを検知した場合は引き返す腹積もりだが。

 そんな事を考えていると、不意に複数の生徒が声を上げた。

 

「なら、私はこっちに残るよ、あんまり身体能力には自信ないし、荒事は不得手だから」

「良くそれで傭兵をやっていたな……んじゃ私もパス、ひとりは戦える奴居ないと駄目だろ?」

「暗い所は苦手だからなぁ、私も待機組で」

 

 背後から上がる三つの手、白衣を内側に着込んだ生徒、バツ印のマスクをした生徒、帽子を目深く被った生徒が待機を願い出る。それぞれ理由はバラバラであったが、兎角バックアップチームが欲しいのは事実なので、アヤネは頷きを返す。

 そして自身の鞄を再度漁ると、今度は掌サイズの端末を取り出し、バツ印のマスクを着用した生徒に差し出した。

 

「では、これを渡しておきます」

「……なにこれ、トランシーバー?」

「はい、一応所々に中継器を設置していく予定ですが、それでも通信状態が不安定になる可能性は高いので、状態は常に気にかけて置いて下さい」

「あー……うん、分かった」

 

 手渡されたのはトランシーバー、それを見つめながら生徒は何とも云えぬ表情を浮かべた。想像以上に本格的な装備を持ち込んでいたからだ、雇われた彼女からすれば銃器を片手に突入して、宝を探して終わり――という感覚であったが、どうにもアヤネは安全措置に余念が無いらしい。

 何とも、以前自分達で行っていた探査が随分ズボラなものに思えてしまう。

 

「後はGPSロガーを起動して此処を基準点に記録します、地下では信号を受信出来ないので、単純な追跡装置とルート記録の意味しかありませんが、信号受信可能なポイントがあったら知らせてくれる筈なので、そこから私達の移動経路を追って下さい、万が一の時はお願いします」

「そういう事なら私が担当するよ、任せて」

 

 白衣の生徒が軽く手を挙げれば、アヤネは重々しく頷きを返す。何かに備えるという事が彼女の性分でもあり、役割である以上、そこに余念は無い。シロコは端末を片手に時刻を確認すると、声を張り上げた。

 

「私が先陣を切る、アヤネは私の後ろに、セリカは最後尾をお願い、そこからなら何かあっても直ぐに対応出来る筈」

「オッケー、任せて」

「ん」

 

 シロコが愛銃を掲げれば、セリカもそれに応える。先頭にアビドス組のシロコとアヤネ、その間に雇った生徒達を七名、最後尾にセリカという隊列。

 

「それじゃあ、中に入る」

「行きましょう……!」

 

 そうしてシロコは階段の一歩目に足を掛け、ゆっくりと暗闇の中へと身を浸した。

 アヤネもぐっと腹に力を籠め、先輩の背中に続く。続々と階段を降りていく生徒達、「気を付けてね!」という背後から投げかけられたの声に、最後尾のセリカは軽く手を振って応えた。

 

「……階段は、ちょっと狭いな」

「結構、急勾配な階段じゃん」

「かなり深いぞ、これ」

「こんな所で誰かコケたら、全員巻き込んで一気に下まで転げ落ちるんじゃねぇの?」

「えぇ、砂が入り込んでいるので、滑らないように気を付けて下さい、皆さん」

 

 アヤネの言葉に皆が頷きながら、慎重に一歩、一歩と階段を降りていく一行。

 空間は狭く、縦は二メートルと少し、横は恐らく一メートルあるかどうか。両手を広げれば簡単に端から端まで触れられるし、暗さも相まって閉塞感が非常に強い。先頭を行くシロコのライトだけが頼りであり、暫くの間彼女達は黙々と足を動かし続けた。

 

 兎に角、かなりの時間を費やして慎重に移動を続ける。

 そうするとシロコが声を上げ、視界の先に開けた空間が見えたと後列に伝えた。「階段が終わる」と彼女は呟き、軈て全員が平らな地面に足を踏み出す。硬質的な音が響き、同時にシロコのライトではない、薄らとした明かりが周囲に瞬いた。

 

「えっ?」

「……これは」

「うわっ、何だコレ」

 

 全員が階段を降り終えると、目の前に飛び込んで来た光景に思わず驚愕を示す。

 階段の先には先程までの錆び付いた階段からは一転、ミレニアムのラボか何かと見紛いそうになる程の機械的な機構を備えた廊下が広がっていた。

 

 剥き出しのパイプに、繋がれた何かのボンベ、壁に伝うボックスは配電盤か何かだろうか? 頭上からは薄らとした光が降り注ぎ、辛うじて足元を照らしている。

 しかし、それを加味して尚薄暗い、それは光量が少ないというのもあるが、周辺の配色が黒を基調としているからだと思った。廊下全体を見渡しながら自然と集まった生徒達は、怯えた様子で言葉を交わす。

 

「おかしいだろ、砂漠の下にこんな人工物、一体どうなってんだ……?」

「な、何か、全体的に不気味じゃない?」

「う、うん……」

 

 建物全体の雰囲気、とでも云うのだろうか。どこかおどろおどろしい、不安を煽る様な気配を感じる。

 アヤネは周囲を見渡しながらも、鞄から中継器を取り出し階段の傍へと設置する。緑色のランプが点灯し、稼働を確認。ふと頭上を見上げると、自分達が降りて来た階段が見える。しかし、その頂上はまるで遠く、微かな明かりが辛うじて視認出来る程度。一体どれだけの距離があるのか、アヤネはトランシーバーの電源を入れ、声を上げた。

 

「此方アヤネです、聞こえますか?」

『――……あー、聞こえるよ、中に入れた?』

「はい、これから内部の調査を開始します」

『分かった、こっちも砂嵐とかが来そうだったら、連絡するよ』

「お願いします、それでは」

 

 短いやり取りを終え、小さく息を吐き出す。幸いぶら提げた検知器が電子音を鳴らす様子はなく、有害ガスが沈殿していたり、噴出されている可能性はなさそうだった。立ち上がったアヤネは、トランシーバーを片手に皆へと呼びかける。

 

「皆さん、固まって動きましょう、此処は明らかに普通ではありません、どんな危険があるかも不明ですし、慎重に……!」

「た、確かに、アヤネちゃんの云う通りだ」

「えっと、安全装置、安全装置――ッ!」

 

 皆が忙しなく準備を整え、『どうやら本格的に凄いモノが見つかったぞ』と心構えをする間、セリカとシロコの二人は油断なく周囲を睨みつけていた。常のアビドスからすれば、十人という人数は心強い――しかし、数が多ければ良いというものではない。

 それは、アビドスと云う少数精鋭に身を置いていたからこそ、良く理解している。

 

「シロコ先輩、あれ」

「……ん」

 

 セリカが不意に腕を突き出し、前方を指差した。其処には中途半端に開いた大型のゲートがあった。隙間から微かな風が漏れ、頬を撫でる。シロコはその隙間を注視しながら、ゆっくりと銃口を向けた。

 

「皆、警戒を――前方に開いたゲートがある」

 

 その一言に、ぴたりと全員の会話が止まった。

 同時にシロコとセリカは息の合った動きで前進し、左右に分かれ開いたゲートの両脇を陣取る。慌てて続いた生徒達が同じようにゲートに張り付き、ふと頭上から降り注ぐ明かりに目を細めた。

 

「これ、非常灯だよね、なら電気は通っているって事……?」

「これだけの規模、発電施設があっても驚きはしないけれど――」

「しッ、静かに、アヤネ、セリカ、バックアップを」

「うん」

「は、はい」

 

 シロコは鋭い目つきでゲートの奥を一瞥し、それから素早く内部へと踏み込む。半ばスライディングするように、低い姿勢を保って中へと侵入した彼女は、しかし攻撃らしい攻撃を受ける事もなく、静寂が続く。

 発砲に備え、自身の位置を誤認させる様にライトを敢えて高く構え、素早く四方を照らす。視界に映るのは剥き出しの岩肌、中途半端に舗装された道、廃棄され錆び付いた重機――地下の冷えた空気が頬を撫で、先程まで居た地上とは一転、気温の低下を痛い程に感じた。

 

「シロコ先輩?」

「ん、どうやら先客が居た訳じゃないらしい」

「そ、そうでしたか……」

 

 その言葉にほっと安堵の息を吐き、シロコに続き、ゲートの向こう側へと踏み込んだアヤネとセリカ、そして雇われた生徒達。彼女達はシロコの傍に再集合しながら、彼女の照らす先を凝視する。

 

「うぉ、此処、かなり広いぞ……!?」

「地下に、こんな巨大な空間が――」

「す、凄っ……!」

 

 ゲートの先、彼女達が踏み込んだ空間は広大な採掘場――とでも云えば良いのか。

 凸凹に掘られた壁面に、彼方此方補強された痕跡が垣間見え、そこら中に打ち捨てられた重機が転がっている。まるで何処かの自治区が、大規模な採掘でも行っていたかのような、そんな名残が散見された。

 壁面に設置されている小さな照明が辛うじて周辺を照らし、完全な暗闇とは云えないが、それでも数十メートル先は見えない。しかし空間全体が、『此処には何かがある』と叫んでいる様な感覚があり、ぶるりと生徒達は体を震わせた。

 

「も、もしかして、本当にお宝とか、ある感じ?」

「あ、あるかも……」

 

 さしもの生徒達も、漂う雰囲気に気圧され秘宝の気配を感じ始める。階段を降り切った時からそうだが、この空間は異質過ぎた。

 セリカは制服のポケットから端末を取り出し、画面を点灯させる。地下空間なので圏外となっているが、ライト機能はある。

 画面をタップし、即席の光源を確保したセリカを見た他の生徒達も、慌てて自身の端末を取り出しライト機能を立ち上げた。複数のライトが周囲を照らし、端末から伸びた光の線がまるで風に靡く柳の如く暗闇を揺れ動く。

 アヤネもまた、シロコ程強力な光源ではないが、胸ポケットに入れていたペンライトを取り出し、点灯させる。

 一歩、二歩、暗闇の中を歩くセリカは顔を顰めながら呟いた。

 

「それにしても、暗いわね……端末のライトじゃ、遠くまでは良く見えないし」

「うん、凄く大きな空間だって事は分かるけれど――ッ!?」

 

 同じように、周辺をペンライトで照らしながら伺っていたアヤネ。彼女はセリカの数歩隣を歩いていたが、不意に息を呑み、傍から見ても分かり易く体を硬直させた。その事に気付いたシロコは、怪訝な表情を浮かべ、彼女の名を呼ぶ。

 

「アヤネ?」

「し、シロコ先輩、う、上……」

「上?」

 

 愕然とした顔で告げるアヤネに、シロコはライトの光を上部へと突き出す。

 すると一際強い光源に晒された外装が光を反射し、一瞬シロコは瞳を細めた。

 しかし、何かがある事は分かった。シロコは腕で目元を覆いながら、ライトを動かし全貌を確認する――ライトが輪郭を浮かび上がらせ、あまりにも巨大なソレを全員の視界に映した。

 

「あれは……」

 

 自分達はこの空間で見つかる何かを、分かり易い金銀財宝だとか、宝の山だとか、そういう物だと考えていた。

 しかし、発見したソレはそんな分かり易い代物ではなく。

 

 この広大な空間の中心に鎮座するソレを見上げた生徒達は一様に呆然と口を開け、絶句していた。正しく、言葉が無かったのだ。

 ぱっと見では分からなかった、しかし全員の光源が集中し、輪郭を全て捉えた今、シロコは愕然とした表情のまま呟く。

 

「――船?」

 

 巨大な空間に於いて尚、絶大な存在感と大きさを誇る――船。

 アビドスの砂漠で、先生が探し続けていた、『大事なモノ』。

 それが漸く、彼女達の目の前に現れた瞬間だった。

 

 ■

 

「プレジデント」

 

 カイザーコーポレーション本社。

 夜に染まった街を見下ろしながら、グラスを片手にひとり佇むプレジデントの元に、ノックと共に返事を待たず入室する影があった。

 彼は薄暗い部屋の中で顔面のディスプレイに表示されたランプを点灯させ、被った帽子を脱ぎ、胸元に押し付ける。

 もし彼がオートマタではなく人であったのなら、息を切らし肩を弾ませていたかもしれない。部屋へと踏み入った影――ジェネラルは一度間を置き、それから背筋を正すと強張った声色で告げた。

 

「アビドスに展開していた情報班より、緊急の連絡が」

「……ふむ」

 

 窓際に立ち、街を見下ろしていたプレジデントは小さく反応を示す。

 その言葉を聞いて尚、暫くグラスを揺らしていた彼だが、緩慢な動作で振り返ると、暗闇の中でも煌々と輝くコンパウンドアイをジェネラルへと向けた。

 

「緊急、か」

「はい」

 

 懸念通りになったか。

 呟き、思わず苛立ちと共に踵を鳴らした。プレジデントは短いジェネラルの言葉から凡その事態を把握したのだ。

 アビドス、情報班、緊急、これだけで彼の中では既に結論が出る――プレジデントの纏う気配は一変し、強い失望と倦怠感が漂った。

 ジェネラルは戦々恐々とした内心を悟られない様、努めて冷静に振る舞う。プレジデントの持っていたグラスが傍にあった執務机に置かれ、軽い音を鳴らした。

 

「もうひと月かふた月、時間が掛かるものだと考えていたが、この様子だと子ウサギタウンの再開発は無駄に終わるな」

「………」

「それで、情報班からの連絡、その内容は?」

「はっ、どうやらシャーレに現地の調査を依頼されていた対策委員会ですが――……」

 

 そこまで口にして、ジェネラルは一度言葉を切る。

 今から言葉にするそれが、どれ程大きな意味を持っているか理解しているからこそだった。ディスプレイに表示されたランプは何度も点灯し、後ろ手に回した掌が軋む。

 知らず知らずのうちに、負荷が掛かっていた。

 

「――箱舟を、発見したとの事です」

 

 箱舟の発見。

 それが示す真実は一つ。

 プレジデントは沈黙を守り、一歩、二歩、執務机の周りを歩く。コツコツと、靴音が部屋の中に響いていた。

 

「……よもや、本当に先を越されるとはな」

 

 情報班がどのようにして、この情報を得たのかは重要ではない。アビドスの通信を傍受しようが、ドローンを用いようが、或いはスパイを潜り込ませようが、どうだって良い。問題はコレが真実であった場合、カイザーコーポレーションの取れる手段は非常に限られるという事だ。

 自身の顎先を撫でつけながら、プレジデントは忌々し気に呟く。

 

「やはり位置情報か何かを事前に掴んでいたのか、先生?」

 

 単純な資金力、捜索範囲や機材の規模で云えば、シャーレとカイザーコーポレーションでは勝負にもならない筈だった、だというのに先を越された。これを単に、『運が味方した』と一言で済ませるプレジデントではない。

 恐らくシャーレの先生は、予め凡その位置情報か、何かしらのヒントを得ていたのだろう。自身の予感は正しかった訳だ――やはり彼は侮れないと、プレジデントは内心で零す。

 一歩踏み出し、身を乗り出したジェネラルが問う。

 

「プレジデント、如何なさいますか?」

「……シャーレとの交渉は既に決裂しているのだ、選択肢はない」

 

 ジェネラルの問い掛けに、プレジデントは背を向け答えた。

 再び交渉の席に先生がつく事はないだろう、部下の不始末とは云え、元より彼はカイザーコーポレーションそのものを不審がっている節があった。

 俗人であれば、幾らでも懐柔の手はある。金でも、地位でも、権力でも、与えて満足するならばプレジデントはそうするだろう。

 しかし残念ながら、今自身の最も欲する代物に手を伸ばす存在は――そう云った俗事に一切の関心を示さない人間である。

 懐柔は不可能、交渉の余地すらなく、今カイザーコーポレーションが取れる手段は一つ。

 ジェネラルも薄々察しているのか、その身がぶるりと震えた。

 

「プレジデント、であれば……」

「あぁ、部隊を招集しろ、ジェネラル」

 

 プレジデントの指先が、ジェネラルを指し示した。

 ゆっくりと振り向く黄金の瞳、それが暗闇で一際煌めく。

 

「――【ウトナピシュティムの箱舟】、我等はこれを、力で以て奪取する」

 

 あれは、我々カイザーが用いるべき存在だ。

 プレジデントの言葉は、暗闇の中ではっきりと響いていた。アビドスへと攻め入り、箱舟を奪う。プレジデントの指示はジェネラルの予想した通りであり、同時にそれはカイザーコーポレーションにとって分水嶺となる事を予期させる。

 アビドスに攻め入る、それはつまり対策委員会と敵対する事を意味し、延いてはシャーレを敵に回す事になるだろう。

 そしてシャーレを敵に回せば――数多くの自治区が此方に銃口を向けて来るに違いない。

 知らず知らずの内に拳を作っていたジェネラルは、一度思考回路をリセットし、ノイズが混じりそうになる声を取り繕いながら、言葉を続ける。

 

「……探査の間隙を突くのであれば、アビドス砂漠に調査隊の護衛部隊が居ます、アレ等なら直ぐにでも動かせますが」

「シャーレと事を構えるとなると、万全を期す必要がある、アビドスに展開している部隊では到底足りんよ、他所から招集し編成が整い次第仕掛けるべきだろう」

「では、招集規模はどの程度に――」

「どの程度だと? 何とも、分かり切った事を聞く」

「はっ――?」

 

 その、何処か呆れを含む様な云い草に、ジェネラルは思わず呆気に取られた。

 プレジデントは執務机脇に立て掛けていたステッキを手に取ると、その表面を撫でつける。彼の瞳と同じ黄金色、美麗な細工が施されたソレを握り締め、地面を強かに突いた。

 

「――総力戦だ、カイザーグループ全体に連絡を回せ」

「ッ!」

 

 プレジデントが虚空に手を翳すと、反応したホログラムモニタによって表示されるカイザーコーポレーションのグループ企業。

 

 カイザー・インダストリー

 カイザー・ローン

 カイザー・コンストラクション

 カイザー・コンビニエンス

 カイザー・PMC

 

「文字通り、我が社の持つ全戦力で以て箱舟を奪取する」

 

 次々と切り替わる企業ロゴ、グループ本体であるカイザーコーポレーションは勿論、グループ企業からも兵力を招集するとなれば、それは凄まじい規模に膨れ上がるだろう。

 文字通り、カイザーコーポレーションの全力。

 現在彼の持つ全ての手札を以て戦闘に臨むと云う意思の顕れに他ならない。

 言葉を失い、身を強張らせるジェネラルに対し、しかしプレジデントはごく自然体で告げた。

 

「箱舟を手に入れてしまえば、キヴォトス全土を手中に収めるも同然、どれだけの自治区と対峙しようと、或いは企業と事を構えようと問題ない……今更、何を出し惜しむ必要がある?」

 

 最悪、カイザーコーポレーションそのものが倒れたとしても問題は無いのだ。

 プレジデントが求めるのは箱舟と、それに付随する制御権である。あの船さえ動かせれば、この世界の覇権を握ったに等しいのだから。

 新たに勢力を発足させる事など、児戯に等しい。

 

「しかし、仕掛ければシャーレ、延いては連邦生徒会と全面戦争に入るは必然……」

 

 先生の事だ、箱舟を発見した以上、守りを固めるだろう。そして部隊を差し向けた時点で、カイザーコーポレーションは全方位に睨まれる事となる。ならば手早く、同時に事を起こすのが望ましい。

 

「であれば、サンクトゥムタワーの制圧と、行政制御権の確保も平行して行うべきだな、向こうが攻撃を認識する前に終わらせるのがベストだ」

「はっ、サンクトゥムタワーも……ですか」

「あぁ、これは確かな情報ではないが、アレ(箱舟)を制御出来る手段は限られている、本命はサンクトゥムタワー、その制御と権限を奪えば問題ない、そうでなくとも連邦生徒会は厄介だ、新しい統治者の前に、旧き者は不要だろう?」

 

 プレジデントがシャーレの先生に協力を打診した理由。今となってはどうする事も出来ないが、サンクトゥムタワーを抑えれば同等の権限は見込める筈だ。故にプレジデントはサンクトゥムタワーを本命と称した。

 そして次善は、このサンクトゥムタワーへとアクセスする権限を持つシッテムの箱、そしてその所有者である――先生。

 

「宜しい、事此処に至ってゲマトリアとの連携も、防衛室との協力も不要――しかし、利用出来るのならば、最後まで利用するまでだ」

 

 折角結んだ縁、使い倒さねば損というもの。幸いにして協力関係を気付いている彼女との関係は良好、しかしながら箱舟さえ手に入ってしまえば既に用済み、手を切るのに何ら躊躇いはない。

 

「ジェネラル」

「はっ!」

「防衛室長に連絡を」

 

 防衛室、その響きにジェネラルは慎重に問い掛けた。

 

「内容は、どのように?」

「総括室、行政委員会、主要役員の揃った全体会議の開催要請だ」

 

 ――意図は理解出来るな?

 

 暗闇越しに此方を射貫く眼光、プレジデントの底冷えした声に、ジェネラルは重々しく頷く事で答えた。それを満足げに眺めていたプレジデントは、二度、三度ステッキで床を叩き、告げる。

 

「指揮は任せる――この作戦を以て、我々カイザーコーポレーションはキヴォトスの頂点に君臨するだろう」

「はッ!」

 

 勇んで敬礼し、機敏な動きで部屋を後にするジェネラル。その背中を見送り、プレジデントは先程と同じようにカーテンウォールと向き合った。

 硝子越しに見える、街の煌めき、それは世界に存在する一人一人の輝きであり、同時に自身が手中に収める代物だと信じてやまない光そのものだ。

 

「……さて、我々カイザーコーポレーションが世界を統べる時が漸く来た」

 

 ステッキに両手を重ね、彼は薄らと笑みを浮かべる。ただ趣向品を味わう為だけに設けた口元が、宛ら人と同じように、歪む。

 

「始めよう――我々の企業戦争を」

 

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