ブルーアーカイブを、もう一度。   作:トクサン

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誤字脱字報告、毎度ありがとうございます。


銀行強盗はじめました

 

「前が見えねぇ……」

「ふん、自業自得よ!」

 

 ボコボコにされた先生は、腫れた両頬を押さえながら崩れ落ち、セリカはそんな先生の前に仁王立ちで佇んでいた。流石に銃撃されては死んでしまうと、せめて打擲で勘弁してくださいと懇願した成果である。成果、と云えるのだろうか。先生は痙攣する肉体でそんな事を思った。百が九十九になった程度な気がしないでもない。

 

「あ、あはは……何というか、賑やかな部活ですね」

「いやぁ、これがおじさんたちの味なもんで」

「多分違うと思います……」

 

 苦笑いを浮かべるヒフミに、のほほんと答えるホシノ。ぼそりと呟いたアヤネの言葉は虚空に消え、彼女達に届く事はない。

 ともあれ、休息を終えたアビドスの面々は再び情報探しを開始し、ブラックマーケットの西へ東へ走り回った――しかし、残念ながらその悉くが空振りに終わり、有用な情報が手に入る事はない。気付けば時刻は昼を回り、纏めた情報を端末で閲覧しながら、ヒフミは呟きを漏らす。

 

「んー、此処まで情報がないなんてありえません……妙ですね」

「やはり、ヒフミさんもそう思いますか」

 

 端末を覗き込むアヤネがそう問いかければ、ヒフミは頷きを返す。

 

「はい、お探しの戦車パーツの情報、絶対どこかにある筈なのに、探しても探しても出てきません、販売していた店舗も直近で閉店したみたいですし……販売ルート、保管記録、全て何者かが意図的に隠している様な、そんな気がします」

「実際、そんな事が可能なの?」

「隠すこと自体は可能ですけれど、幾らブラックマーケットを牛耳っている企業でも、ここまで徹底して情報統制をする事は不可能なはずです、此処には情報を生業にしている情報屋、なんて商売もある訳ですから、幾ら蓋をしても必ずどこかから露呈します」

 

 シロコの疑問に答えながら、ヒフミは端末の画面をスクロールする。そこに記載される文字列はどれも情報の不足を示しており、明らかな『隠ぺいの匂い』を醸し出していた。

 

「となると、この状況は異常という訳ですか」

「異常というより……普通、此処までやりますか? という感じですかね」

 

 端末を指でコツコツと叩いたヒフミは、そう云ってアビドスの皆に顔を向ける。

 

「ブラックマーケットに集まっている企業は、ある意味開き直って悪さ、というより商売をしていますから、逆に変に隠したりしないんです、だってそんな企業周りを見れば幾らでもありますから、寧ろ隠している方が不自然……みたいな」

「あぁ成程、表側だと犯罪でも、こっちでは半ば合法みたいなものだもんね」

「はい、例えばなんですけれど――あそこのビル」

 

 そう云ってヒフミが指差したのは、一見何てことないビルの一つ。強いていうのであれば、ブラックマーケットの中では比較的清掃が行き届いており、外装に落書きや汚れが無い事だろうか。入り口の両脇には銃を抱えたガードらしき人影もあり――尤も、守衛程度はブラックマーケットでは珍しくはない――どこか物々しい雰囲気を感じる。

 

「あれがブラックマーケットでも有名な闇銀行です」

「えっと、闇銀行?」

「はい、ブラックマーケットでも大規模な銀行の一つなんです、聞いた話だとキヴォトスで行われる犯罪の十五パーセントの盗品があそこに流されているとか、横領、強盗、誘拐、あらゆる犯罪行為で獲得した財貨が、違法な武器や兵器に変えられて、また別の犯罪に使用される、循環犯罪の基点です」

「……それって、銀行が犯罪を煽っている様なものじゃないですか」

「その通りです、此処では銀行も犯罪組織のひとつなんですよ」

「酷い話ですね……」

 

 ノノミがそう呟けば、脇で聞いていたセリカが憤慨し足を踏み鳴らす。

 

「酷いどころの話じゃないでしょう! 連邦生徒会は一体なにやってんの!?」

「理由は色々あると思うよぉ、どこもそれなりの事情を抱えているだろうからさ」

「現実は、想った以上に汚れているんだね、私達はアビドスにばかり気を取られ過ぎて、外の事を余り知らな過ぎたかも……」

 

 自分達の知らない区画、その中に潜む闇にアビドスの皆は自身の無知を痛感する。そんな皆を痛ましそうな顔で見ていたヒフミは、ふと何かに気付いた様に顔を上げた。彼女の視線の先には武装した何人もの戦闘ロボット、顔をフルフェイスヘルメットで覆った護衛らしき人物たちが列を成している。

 ヒフミは咄嗟に身を隠し、叫んだ。

 

「っ! あれは、マーケットガード!? 皆さん、此方へ!」

「えっ、わわッ?」

 

 近場に居たホシノの腕を掴み、ヒフミは傍の路地裏へと駆け込む。その焦燥した姿を見たアビドスの皆は、何事かと慌てて彼女の後を追った。

 

「良く分からないけれど、先生! ほら、立って!」

「急ごう」

「わっ、ま、待って下さい!」

 

 セリカとシロコがボロボロの先生を引き摺って隠れ、アヤネが遅れて駆け込んでくる。皆が団子の様に連なって外側を覗き込めば、はっきりと姿を現した護衛の姿が見えた。護衛の人物は皆、黒い制服に黄色いリボン、フルフェイスのヘルメットには悪魔とも骸骨とも取れるマークがプリントされている。ロボットの方は、良く目にする量産型の戦闘機体だった。

 覗き込んでいたシロコが、その列を指差し問いかける。

 

「ヒフミ、あれは?」

「先程お話した、ブラックマーケットの治安機関です、それも最上位組織の隊列ですね……」

「つまり、ブラックマーケットの警察って事?」

「警察位公平なら、まだ良かったのですけれど」

「成程、あれが」

 

 呟き、皆でその隊列を見守る。確かに表側の自警団やヴァルキューレ警察学校の装備と比較すると、何とも武装が物々しい。気配といえば良いのか、放たれるそれも寒々しく、どこか張りつめた空気を感じた。

 

「……パトロール、でしょうか?」

「ん、でも配置が少し変」

「あの並び、もしかして何かの護衛?」

 

 そう口にしたアビドスの前に、ゆっくりと走る厳つい車両が見えて来る。ワイドな車体に後ろの膨らんだ四角い車両。一見トラックの様にも見えるが、その外装甲はライフルなどでは貫通しない装甲車と同じ材質。特に運転席回りと、後部の一部は複合装甲(コンポジット・アーマー)が用いられている様で、僅かに外装が厚い。周囲を警戒しながら走行する(さま)は、襲撃を警戒している様に見えた。

 

「――現金輸送車みたいだねぇ」

「成程、護送だったんだ」

「あれ……あの車両」

 

 ふと、アヤネが眼鏡を押し上げながら呟く。じっと正面に見える輸送車を注視する彼女に、シロコは問い掛けた。

 

「アヤネ?」

「……あのナンバー、見覚えがあります」

「ナンバー?」

 

 セリカが首を傾げ、輸送車のナンバープレートに目を向けるも――特にこれと云って覚えがない。そうこうしている内に輸送車は先程ヒフミが指差した闇銀行の前で一度止まり、それから地下へと続くスロープに差し掛かった。

 

「闇銀行に入って行った」

「………もう少し、近付いてみましょう」

「えっ、危険ですよ!?」

「大丈夫です、ほら、あの物陰なら」

 

 そう云って指差した先には、丁度銀行から影になるようにして設置された自販機が並んでいた。シロコは小さく頷き、素早い身のこなしで自販機の傍へと身を寄せる。そして特に気付かれていない事を確認し、皆に手を振った。セリカが飛び出し、ホシノもその後に続く。アヤネは先生の手を引いて駆け出し、ヒフミも右往左往しながら最終的にはどうにでもなれと飛び出した。

 

「――今月の集金です」

「ご苦労様、早かったな、では此方の集金確認書類にサインを頼む」

「えぇ、勿論」

「……良し、確認した」

 

 スロープを下った先ではシャッターが下りており、その左右には守衛らしき人影。そして輸送車の窓から顔を出している人物が、守衛の差し出した電子紙面に何かを書き記している所であった。先程の位置からは声までは拾えなかったが、此処からなら声も聞こえる。

 

「――開けてくれ、今月分の現金だ」

 

 守衛がシャッターを軽く叩くと、駆動音を掻き鳴らしシャッターが上昇していく。輸送車の窓から身を乗り出してそれを見つめるロボットの姿に、アヤネが口を開いた。

 

「……あの人、やっぱり」

「あれ、確か……あいつ、毎月ウチに来て利息を受け取っている銀行員だよね!?」

「ん、おじさんにもそう見えたよ」

 

 セリカも、今度は気付いた。あの輸送車の助手席に乗っている人物は、今朝方アビドスに集金へとやって来たロボットと同一人物であったのだ。ホシノも同意し、シロコが顔を顰めながら呟く。

 

「……どういう事? どうしてカイザーローンがブラックマーケットに――」

「か、カイザーローンですか!?」

 

 カイザーローンの名前を出した途端、ヒフミが目を見開いて驚愕を露にする。その様子に、どうやら何か知っているようだと思ったホシノは静かな口調で問いかけた。

 

「ヒフミちゃん、知っているの?」

「カイザーローンと云えば、カイザーコーポレーションの運営する高利金融業者です……」

「もしかしてマズイ所?」

「あ、いえ、カイザーグループ自体は犯罪を起こしていません、ただ……合法と違法の間のグレーゾーンで上手く振る舞っている多角化企業というか、何というか……カイザーは私達トリニティ区域にもかなり進出していて、『ティーパーティー』でも目を光らせているという噂なんです」

「ティーパーティー――トリニティの生徒会が、ね」

 

 ホシノの呟きが耳に残る。トリニティ総合学園はその名の通り、複数の学園が統合されて生まれたマンモス校である。当然、それだけの規模を誇る学園の生徒会ともなれば、相応の権力と影響力を有する。その生徒会が目を付けているとなると、無視は出来ない。

 

「もしかして、アビドスはカイザーローンから融資を……?」

「話すと長くなるんだよねぇー……アヤネちゃん、さっき入って行った現金輸送車の走行ルート、調べられる?」

「今、調べています!」

 

 ホシノに指示されるまでもなく、アヤネはタブレットから先程の現金輸送車のナンバーを検索、走行ルートの逆算に走る。しかし、表側、裏側共に該当なし、その結果にアヤネの表情が陰る。

 

「……駄目です、全てのデータをオフラインで管理しているみたいです、全然ヒットしません、ナンバーも車両追跡に該当なし」

「やっぱりそうかぁ」

 

 元から予想はしていたのだろう、ホシノの声色は気楽であった。

 

「……そういえば、いつも返済は現金だけでしたよね、それってやっぱり」

「んー、まぁ色々予想は付くよね」

「私達が支払っていた現金が、ブラックマーケットの闇銀行に流れていた?」

「じゃあ何、私達はブラックマーケットに犯罪資金を提供していたって事!?」

「………」

 

 シロコの言葉に、セリカは憤懣やるかたないとばかりに声を上げる。アビドスから集金し、この闇銀行に搬入する。状況証拠だけを見れば、そう捉えてもおかしくはない。ヒフミが気まずそうに「まだ、はっきりとした証拠がある訳では――」、と慎重な意見を口にすれば、不意に先生が口を開いた。

 

「さっきサインしていた集金確認の書類――」

 

 先生の発言に、アビドスの皆が視線を向けた。その瞳には、どこか期待がある。

 先生ならば何とかしてくれるのではないか――という期待が。

 

「内容を確認すれば、場合によっては証拠になるね」

 

 先生はそう云って薄らと笑う。

 先程、車両に乗車していた銀行員が何かにサインをしていた所を全員が目撃している。確か、集金確認の書類と云っていた。恐らくそこには最低限集金先の名称、所在地、金額、そして担当者の名前まで記載されている筈だった。紙面にアビドスの名前があれば一発だ、アビドスから集金した金銭がこの闇銀行に流れている動かぬ証拠となる。

 その事に気付いたホシノが手を叩き、ふっと笑みを浮かべた。

 

「成程、ナイスアイディア、先生」

「おおー、確かに」

 

 納得の表情を浮かべるアビドスに反し、ヒフミは慌てて首を振る。

 

「で、でも、そんなの無理ですよ、もう書類は中に入ってしまいましたし、忍び込もうにもブラックマーケットでも最も強固なセキュリティを誇る場所です、マーケットガードもあんなに……」

 

 そう云って銀行を見れば、入り口だけでも二名、そして内部にも少なくないマーケットガード、セキュリティが詰めているのが見えた。万が一通報されてしまえば、これを超える大量の兵力が投入されるのは明らか。流石に、ブラックマーケット最大規模の銀行である。

 

「……それ以外で証拠を手に入れる方法は、えーと、うぅん……」

「ん、他に方法はないよ」

「えっ?」

 

 ヒフミがどうにかこうにか、見つからずに件の証拠を手に入れる方法を考えこめば、その肩に手を置いたシロコが――恐らく、ヒフミの気のせいだろうが――とても良い笑顔で微笑んでいるのが見えた。

 彼女は振り返ってホシノに目を向けると、力強く頷いて見せる。

 

「ホシノ先輩、ここは例の方法しかないよ」

「――あー、あれかー、あれなのかぁー……」

「えっ??」

 

 シロコの言葉にホシノは天を仰いで、「マジかー」と云わんばかりに目を閉じる。

 

「あ……! そうですね、あの方法なら!」

「何、どういう事? ……もしかして、私が思っているあの方法じゃないよね?」

「ないとは思いますけれど、もしかしてアレですか……?」

「えっ???」

 

 ノノミとセリカ、そしてアヤネも気付いたのだろう。シロコの提案する手段に当たりをつけ、ノノミは笑顔を、セリカとアヤネは、「まさか」という表情で問いかけていた。

 

「ん、セリカ、アヤネ、これしかない」

「う、嘘!? 本気でッ!?」

「うわぁ……」

 

 力強い頷き。それを見た両名は驚愕と諦めを表情に張り付ける。シロコの云う手段に皆目見当が無いヒフミは皆の反応に目を白黒させ、恐る恐る問いかけた。

 

「あ、あのう、話が全然見えないのですけれど……あの方法って、何ですか?」

 

 ヒフミの問いかけに、アビドスの皆が彼女を見る。どちらにせよ、こうして共に居る以上巻き込むことは確定している。最終確認の意味合いを込めて、シロコが先生を見た。

 

「先生」

「……まぁ、云い出したのは私だし、先生としての立場なら本来止めるべきなのだろうけれど、今回ばかりはね――良いよ、手伝うとも」

 

 そう云って頷いて見せれば、シロコは満足げにヒフミへと向き直った。

 

「残された方法は、たった一つ」

 

 そう、重々しく告げ――彼女はバッグから取り出した『ソレ』を被った。

 

「――銀行を襲うの」

 

 それは、余りにも清々しい宣言であった。

 宛ら、『散歩に行って来るね』と云う気軽さで宣言された内容は、目の前のブラックマーケット最大規模の闇銀行を襲撃するというもの。無論、そんなプランを最初から立てていた筈もなく、突発的な計画である事は明らかである。しかし、彼女の被った青い目出し帽が冗談でも何でもなく、本気で襲う気なのだと伝えるには十分な出来で――数秒、硬直したヒフミはそれから二度、三度瞬きを繰り返し、それから思わず叫んだ。

 

「はいッ!?」

「だよねー、そういう展開になるよねぇ」

「わぁ☆ そしたら悪い銀行をやっつけるとしましょう!」

「マジで? マジなんだよね? はぁー……それなら――とことんまでやってやろうじゃない!」

「……了解です、こうなったら止めても聞く耳持たないでしょうし、どうにかなる……はず」

 

 慌てて周囲を見回せば、ヒフミの周りに立っていたアビドスの生徒全員が既にマスクを着用済み。それぞれ額に番号が振られた目出し帽は、如何にも『これから強盗をします』という雰囲気を醸し出していた。

 こと、この場に於いて銀行を襲わない意思を持っているのは自分だけだとヒフミは気付き、声を荒げた。

 

「はぃィイ!? ちょちょちょ!? ほ、本気ですか皆さんッ!? というか、何でそんなマスクを持っているんですか!? も、もしかして最初から強盗するつもりだったんですか……!?」

「ん、ごめんヒフミ、あなたの分の覆面は準備が無い」

「うへー、って事はバレたら全部トリニティのせいだって云うしかないねぇ」

「えぇッ!? そ、そんな、ふ、覆面……何で、えっと、だから、あ、あぅ……!?」

 

 良く分からない理論で罪を押し付けられそうになったヒフミは、混乱をそのままに何か被れるものはとバッグの中身をひっくり返す勢いで探り始める。駄目だ、流石に駄目だ、そんな罪を押し付けられてしまったら学校に居られなくなるどころではない。涙目で右往左往するヒフミを見ていたノノミは、そんな姿は見ていられないと声を上げる。

 

「そんな! それは可哀そうですよ! 仲間外れは駄目です! ほらヒフミちゃん、取り敢えずこれをどうぞ☆」

「えっ、あ、え?」

「タイ焼きの紙袋! おぉ~、それなら大丈夫そうだねぇ」

「ちょ、え? ちょっと待って下さい皆さん、あ、あ、あ……」

 

 ノノミの厚意――厚意なのだろうか、ヒフミは疑問に思った――によって差し出されたのはタイ焼きの入っていた紙袋。目元の部分だけ穴を空けたそれを、彼女はヒフミに被せる。抵抗する間もなく視界が闇に覆われ、それから丸い穴から覗く狭い世界が目の前に広がった。

 タイ焼きの甘い匂いが、ヒフミを包み込む。今はそれがどうしようもなく憎かった。

 目の前に佇むアビドスの皆が、ヒフミの姿に頷いて見せる。

 

「ん、完璧」

「ちゃんと番号も書いておきました、ヒフミちゃんは五番です!」

「見た目はラスボス級じゃない? 悪の根源だねぇ、親分だねぇ」

「えっ、あ、わ、私も御一緒するんですか!? 銀行の襲撃に、本気で……!?」

 

 ヒフミが涙目でそう問いかければ、にやりと笑ったホシノが告げる。

 

「さっき約束したじゃーん、ヒフミちゃん? 今日は私達と一緒に行動するって」

「う、うああぁ……し、しましたけどぉ……うぅ、こ、こんな事学校に知られてしまったら、何て言い訳をすれば……!?」

「問題ないよ! 私らは悪くないし! 悪いのはあっち! だから襲うの!」

「ん、それじゃあ先生、例の台詞を――」

 

 アビドスの皆が見つめる先には――X(エックス)番のマスクを被った先生が立っている。シャーレの腕章とネクタイを外し、白い外套を腰に結び付け、制服を着崩した先生は――嬉々としてタブレットを片手に宣言した。

 

「アビドス&ヒフミ、出撃!」

「おーッ!」

「あぅ、あわわ……お、ぉー……」

 


 

 アビドス編が終わらないまま三十万字行きそうなのですが何で? 私の予想だと、「まぁアビドスは二十万字あれば終わるでしょう」みたいなノリで始めたのに全然終わらんのですが、エデン条約編マジ誇張なしで二百万字とか必要になる奴では??

 大体この小説を書き始めて一ヶ月経過しましたが、この時点で私のWordに書いた文字数は『277837文字』になります。まぁ、私の中の基準だと一日8300字前後、大体一ヶ月で二十五万字程度書くとして、この時点でアビドス編の中編~後編差し掛かり程度の場所です。つまりアビドス編が完結するのは早くとも11月上旬から中旬あたりなるという事ですね。実質二ヶ月ですから約五十万字。

 それで、仮に最速でエデン条約編に入ったとしても、このエデン条約編はアビドスの三倍、四倍、下手すればそれ以上のボリュームがある訳で、二百万字どころか三百、四百いってもおかしくないと。

 二十五万字書くのに一ヶ月掛ると考えて、百万字で四ヶ月――つまり、下手をしなくとも一年以上書き続ける可能性があるんですね???

 

 死ぬぞ、私が。

 

 まぁ、そんなどうでも良い事は兎も角、ノアの絆を読んで来たのだけれど、何だこのあざとい子は……。周囲の状況を常に観察し、記録しないといけない強迫観念があるって、それはつまり先生と一緒に居る時は常に先生を観察し、記録しているって事だよね。何か靴の汚れで新品かどうかにも気付いていたし、かなり重めの女の子では? 私は訝しんだ。

 更に今だけは私に集中して下さい、とな? 絶対独占欲強いよこの子! なんかそんな雰囲気放っているもの! 記憶力も相まって先生の周辺で起きた事は全部忘れない様な気がする。

 

 以上の事柄からノアは独占欲強め笑顔束縛マシマシ親友ユウカマウントウーマンであると判断致しました。先生と一緒に居る時は一挙手一投足に注視し、先生が忘れていたような事も簡単に答えてくれるような完璧秘書を演じてくれるんだ。多分その内、シャーレ内の事柄に先生より詳しくなると思う。先生がアレどこやったと云えば、「昨日の〇時〇分にデスクの中に」とか答えてくれて、更にスケジュールの管理までお手の物。仕事でシャーレの外に出る事があると、日直でもないのにノアが待機していて、「あら、奇遇ですね先生?」って笑って欲しい。勿論偶然などではなく、ノアが先生の行き先に先回りして出待ちしていただけである。スケジュールを押さえたノアは強いぞ! 

 

 多分これ、ユウカが当番の時もやると思う。それで「何で此処に居るの、ノア!?」ってユウカが憤慨し、「その方が面白――いえ、私も丁度手透きだったものですから」って悪気なく笑ってくれる気がする。ユウカが怒ったり泣いたり笑ったりしている横で、ノアにはいつまでもニコニコしていて欲しいね。ユウカが占いマシーンに多額の金をつぎ込んだ時もニコニコ見守っていたし、絶対こっち側の人物だゾ!

 

 ノアは人のあらゆる事を記憶するのは慣れているけれど、記憶されている事には慣れていない説を推したい。ある日、いつも通りシャーレで業務を行っているノアに、そっとラッピングされたプレゼントを渡すんだ。目を瞬かせ、「先生、これは?」と問いかけるノアに、「いつも頑張ってくれているから、プレゼント」と笑う先生。

 実はノア、ゲーム内で最も好感度が上がる贈り物は『ストリートオブ・ヤンキー』という漫画である。二番目は古典の詩集で、残りは基本書物。ゲームマガジンや百貨辞典、小説なども僅かに上がる。多分彼女は自分がこういう、如何にも少年漫画と云える様な代物を好んでいる事を隠しているような気がするんだ。

 

 ユウカ程、カンペキ~には拘っていないけれど、セミナーの書記としての立場や、どこかミステリアスでクールな雰囲気から、そういうものに興味があっても手が伸ばしづらくて、書店で見かけても一瞬棚の前で立ち止まり、気になるタイトルと表紙を記憶し、それからそっと立ち去る様な事をしている気がする。

 それを目敏く観察していた先生にプレゼントされて、封を開けて中身を見たノアは嬉しいやら恥ずかしいやらで、多分白い肌を真っ赤にすると思う。

「し、知っていたんですか、先生」と震え声で問いかけるノアに、とっても良い笑顔で、「ノアに集中していたからね!」って先生に云わせたい。いつも観察している側のノアに、観察される側の喜びと羞恥を教えてあげたい。きっと彼女は恥ずかしがりながらも、先生が本当に自分を気にかけてくれている、見てくれていると知って内心では歓喜に悶えてくれると思うんだ。

 

 後からこの事をメモする時に、ちょっとだけ筆圧強めだったり、事細かに書かれていたらエモエモのエモ。その内このページだけ妙に何度も読み返された痕跡があって、時折メモ帳を読み返しながら微笑むノアの姿が確認されていたとかいないとか。

 

 あと一度見た事は大体記憶しているらしいし、ノアには是非逆ラッキースケベとかして欲しい。夏とかにシャーレの空調が故障して、今日は日直もいないしちょっと脱いじゃおうかな~、みたいなノリで先生がパンツ一丁になった時にノアに来て欲しい。

「失礼します、先生、ミレニアムに提出されていた書類に不備が――」、みたいな感じに入室したノアの目に、パンツ一丁で書類仕事をしている先生の姿が目に入るんだ。最初は、「えっ――」と驚愕に目を見開いて、それから先生の首から下に何度も目線を向けて、先生思ったより引き締まった体しているんだとか、女性とは異なるごつごつした体に目を奪われて欲しい。先生が「の、ノア?」って声を上げて、初めて彼女は自分が先生を凝視している事に気付くんだ。その後は謝罪して、慌てて部屋を後にして、メモ帳を抱いたまま壁に寄りかかって座り込んで欲しい。多分その後、弱弱しい筆圧で先生の体の詳細をメモしてくれると信じている。

 その後一緒に仕事するうちに、無意識に先生の服の下を想像するようになって、頭コハルになってしまうノアちゃんも嫌いじゃないわ! 多分一週間くらいは先生の顔を正面から見れなさそう。

 

 私、ユウカちゃんのこと大好きですよ。

 まぁ、それは知っているけれど……。

 

 かぁーッ! 見やれこれ! サイドストーリーで臆面もなく大好きですよと伝えるノア、それを当然のように知っていると返すユウカ、この関係性は素晴らしいですよ。好意を認識しながら、当たり前のようにそれを受け入れる土壌が既に出来上がっている。まるで熟年夫婦ですね、よぉしこの間に先生挟んじゃうぞ~!

 

 しかし、ノアに「ユウカと付き合う事になった」と云ったら、驚きつつも内心の感情を押し殺して祝ってくれそうな感じある。その逆で、「ノアと付き合う事になった」とユウカに伝えても、似たような感じがする。互いに好意を持っているからこそ、悔しさや哀しさを感じつつも、受け入れてくれるような感覚が強い。ぶっちゃけそれは便利屋とか、アビドスとか、仲良い所は大抵そうだけれど。内心はどうであれ、彼女達はきっと感情を押し殺して祝福してくれる。彼女達は先生と同じ位、その隣に立つ友人を大切に想っていると思うんだ。

 

 だからノアとユウカには、お互いに幸せでいて貰いたい。ノアとユウカと先生みんなで仕事をしつつ、時折ノアに揶揄われながら文句を垂れつつ仕事をするユウカとか、先生が締め切り間近の書類を持って来て、激怒しながらも手伝ってくれるユウカと、それを見てニコニコしているノアとか。必要書類が見つからなくてノアに縋りつき、答えてもらうのを見て小言を漏らすユウカとか。そう云った日常の一コマの中で、幸せを感じつつ、いつか先生がどちらかを選んだら、この関係も終わるのかな――何て僅かな恐怖と期待を胸に秘めつつ、二人には笑っていて欲しい。

 

 ノアに先生の事殺させてぇ~!

 ユウカが先生の事を想っていると理解した上で、ノアに先生を射殺させてぇ~!

 

 ノアだったら絶対にキヴォトス動乱の時、先生の意図に気付く。今までの先生の行動や発言を全て記録し、記憶している彼女なら先生が打ち明けなくとも、何故先生があんな行動を取ったのか理解して、誰よりも早く先生を殺しに来てくれると思う。

 大好きなユウカちゃんが苦しまない様、先生の愛した生徒達が苦しまない様、多分暗殺者の如く、誰も気づかない内に、誰も傷つかない内に、先生が一人の時にシャーレに忍び込んで、そっと先生に銃口を向けると思う。

 

 多分、先生もそれを悟っているんだ。友人想いの彼女の事だから、そういう選択肢もあり得ると。そして、そっと自分の後頭部に銃口を突きつけ、音もなく涙を流しているノアに向かって、一言、「ありがとう」って云うんだ。その一言でノアの胸の中に、躊躇いとか悲哀とか、先生に対する怒りだとか、不条理に対する憎しみだとか、今まで三人で過ごして来た記憶が過って、それでも歯を食いしばって、涙を流しながら彼女は引き金を引くんだ。

 飛び散った赤を見送った後、ノアはじっとその場に佇むと思う。

 倒れ伏した先生の骸と、飛び散った赤の景色、それをじっと、何時間も見つめ続けるんだ。自分の中に刻み込む為に、絶対に忘れない為に。

 

「昨日の〇時〇分、先生を射殺しました」ってユウカに向かって云って欲しい。

 能面の様な表情で、何も感じていないとばかりの顔で、きっとノアはユウカに報告する。それを聞いたユウカは、先生の反乱を聞いて焦燥しきった顔のまま、「は?」って聞き返すんだ。それから「ねぇ、ノア……もう一回、云ってくれる?」と繰り返す。

 ノアは多分、もう一度同じセリフを、同じ抑揚、同じ無機質さで口にする。ユウカは何度聞いてもその報告が信じられなくて、ノアの両肩を痛い位に掴んで、云うんだ。「ノアが冗談なんて、珍しいじゃない、明日は、雪でも降るの……?」って。

 震えて情けない声で、左右に視線を散らしながら云うんだ。

 

 ノアは、それ以上何も云わずに、ただじっとユウカを見つめ続ける。そうしている内に、ユウカはそれが真実である事に気付くんだ。二人の育んできた時間が、友情が、絆が、それが嘘ではない事を残酷にも伝えて来るんだ。

 ユウカは何かを云おうとして、けれど口を開いた途端、涙がぽろぽろとあふれ出して、何も云えず、ただ涙を流しながら吐息だけを漏らし続ける。そしてノアに縋りつく様にして、多分座り込んでしまうと思う。嗚咽を零しながら。

 ユウカは理解するんだ、ノアがどうして先生を射殺したのか。それが生徒の為でもあり、自分の為でもあると理解してしまうからこそ、声が出ないんだ。友人のその、不器用な優しさが、悲しくあり、憎くもあり、ただ強く、強くノアの腕を握り締めるんだ。

 ノアはそれをただじっと、見つめ続けるんだ。

 

 きっと二人の関係性は、この日を境に変わる。そしてノアの立場もきっと、悪くなる。

 先生が声明を出したその日の内に、一切の説明も求めず、事情も聴かず、先生を射殺した生徒として知れ渡る。だからきっと、彼女は以降辛い日常を送る事になる。いじめがあるかもしれない、心無い言葉を吐かれるかもしれない、或いは暴力に訴える生徒が出るかも知れない。

 そんな中でもきっと、彼女は擦り切れたメモ帳を片手に耐え続ける。何度も何度も読み返し、指先で文字を追い、言葉を繰り返す。先生との幸せな記憶が詰まったメモを読むときだけは、彼女の顔にそっと微笑みが浮かぶんだ。

 

 そんな幸せなメモ帳を目の前で燃やしてあげたい。

 ノアがメモ帳を眺めながら微笑んでいるのを見たゲヘナの生徒辺りが、先生を殺したお前が笑うのが気に食わないと、ノアに強襲を仕掛けて手帳を取り上げるんだ。咄嗟に取り戻そうとしたノアだけれど、数の力には叶わなくて、地面に押し倒されたまま手帳を奪われるんだ。その瞬間、ずっと能面を張り付けていたノアの表情が崩れて、「やめてッ! それだけは奪わないでッ!」と叫ぶに違いない。それは、彼女にとって先生を感じられる唯一の品なんだ。先生との幸せの記録、ある意味ノアを支え続けている支柱とも云える。

 

 それが目の前で燃やされた時、彼女はきっと、「いやっ! 先生、先生ッ!」と彼の名前を叫びながら必死に手を伸ばすと思う。泣きながら、喚きながら、自分の体など知った事ではないと、届かないと理解しながら何度も、何度も手を伸ばすんだ。その手帳が燃えてしまったら、本当に先生が死んでしまう気がして、自分の中にある記憶が、記録が、消えてしまう様な気がして。地面で肌を擦りながら、血を流しながら叫ぶんだ。

 

 灰になった手帳を必死に掻き集めて、ゲヘナの生徒が消え、一人蹲ったまま涙を流すノアの姿を、ユウカはどんな表情で見つめるのだろうか。泣きそうな顔? それとも無感動? 先生への愛が勝れば後者だし、友情が勝れば前者でしょう。頭が良いというのも考えものだねノア。でも凄いよ、ノアは限りなく先生の望んだ未来に近い世界を勝ち取ったんだ! この世界では先生以外死んでいないし、キヴォトスは炎に包まれていない! 平穏なキヴォトスを勝ち取ったノアは誇って良いと思うよ! 先生もきっとあの世で満足しているさ! こういう時はホラ、あれだよねユウカ!

 かんぺき~。

 

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