今回約一万五千字ですの!
「先生、直ぐにこっち来るってさ」
「ん、じゃあ出迎えに――」
「いや、悪い大人が来るかもしれないから、この辺りを警戒して欲しいって」
端末を片手に、今しがた通話を終えたホシノは何て事のない様子でそう告げる。
場所は件の船が存在する巨大な地下空間。あれから入り口周辺、船のある空間の調査などが粗方終わり、危険らしい危険も無いと判断され、船の近場には幾つもの照明が設置され光源が確保されている。念の為先生が来るまで船そのものには触れない様に厳命し、今回の探査に雇われた生徒達は地表で物資の運搬を行っていた。
今この地下空間に居るのは、ホシノ、シロコ、ノノミ、アヤネ、セリカ――アビドスの面々だけだ。
先生がアビドス砂漠に来るという事で、迎えに行こうとしたシロコであったが、続く言葉に足を止める。
「悪い大人……?」
「ホシノ先輩、それってもしかして――」
シロコの表情が微かに険しさを帯び、ノノミが何かを口にしかける。思い出すのはカイザーCEO関する出来事。アビドスの借金に纏わる様々な苦難、その記憶。ホシノは数秒目を瞑り天井を仰ぐと、それから皆へと向き直り、敢えて脱力した笑みを見せた。
「ま、見るからに普通じゃないっぽいし、こういうのを欲しがりそうな相手には覚えがあるからねぇ、気を抜かない方が良いのは同感かな」
「そ、そうよね、確かに、お宝を発掘しても奪われたら元も子もないし……」
セリカは呟き、昨日発見されたばかりの船を見上げる。ライティングされたそれは暗闇の中ではっきりと浮かび上がり、その異質さが浮き彫りとなっていた。と云うより、セリカからすればコレを船と称するには聊か抵抗がある――いや、外観は確かに船なのだ。それは膨らみ黒く塗り固められた船体であるとか、微かに覗く細長いブリッジであるとか、遠目から見れば如何にもミレニアム辺りが開発していそうな船舶に見えない事も無い。
問題なのは、それが陸に存在する事だった。何で態々海からこんな場所に運んだのか検討も付かない、或いは左右から車輪か何かでも出て来るのか。
兎も角、セリカはこの船らしきお宝が誰かに奪われる事を危惧し、気合を入れ直す。どんなものかは知らないが、貴重なモノである事には変わりない。加えて先生が長い間探し求めていた代物でもある。俄然、気合も入るというもの。
セリカは肩から提げていた学生鞄を背負い直し、ノノミへと視線を向ける。
「ノノミ先輩、頼んでいた弾薬って持って来てくれた?」
「勿論です! 何があるか分かりませんし、沢山積んで来ましたよ~!」
この船が発見された後から合流したノノミは、万が一に備えて様々な資材を搭載した大型輸送車と共に此処へとやって来た。搭載された貨物の中には無論、弾薬の類も用意されている。ただでさえ弾薬消費の多いノノミである、その辺りの準備は抜かりなく、今回雇った生徒達の分も確保済みだった。
「では、私の方でドローンを用意しておきます、先生がそう仰るのであれば本当に何かあるかもしれませんし……」
そう云って眼鏡を押し上げたアヤネは、端末を取り出し幾つかのドローンを起動する。彼女の雨雲号には普段使い用のドローンが搭載されており、簡単な物資の運搬から偵察まで、何でもこなす事が出来る。本来であれば砂漠で万が一遭難した場合、周辺をスキャンする用、或いは救助者を発見する為に持ち込んだモノであったが、頭上から索敵すれば広範囲をカバーする事も叶うだろう。
「それなら私も、地上をパトロールしてくるわ!」
「ん、なら私もセリカと一緒に行く」
「では私は、此処の入り口を見張っておきます、何かあった時は連絡して下さいね? 直ぐに駆け付けますから」
シロコとセリカは二人で地上の入り口、その周辺をパトロールする事に決める。ノノミは地上入り口を見張り、アヤネはドローンで警戒――それぞれが役割を決める中、ホシノは折り畳まれ、背負っていた防弾盾を揺らしながら下ろしていた長髪を括り、纏める。
普段の緩い雰囲気から一転、ホシノの瞳が鋭い光を放ち、ホシノの双眸がノノミへと向けられた。
「ノノミちゃん、頼んでいた装備って持って来てくれた?」
「あっ、はい、一応リストにあったものは此方で用意しましたが――」
「うん、ありがとう」
彼女はそのまま袖を捲り上げると、愛銃のショットガン――Eye of Horusを握り締める。
彼女がノノミに頼んでいたのは、幾つかの手榴弾やスモークグレネード、
生憎と、今から本校舎に戻って保管していた諸々を取って来る時間は無い。故に代用品が殆どとなるが、問題は無かった。
一番使い古した盾も、銃も、此処にはある。
「……その髪型、何だか懐かしいですね」
「――ん」
ノノミとシロコが、どこか昔を思い出す様に目を細め、ホシノの纏められた長髪を見ていた。アヤネとセリカは、そんな先輩達の姿に首を傾げる。
ホシノが髪を一つに結んでいた時期、その頃はまだ
思えば一年、たった一年で随分と色々な事が変わった様な気もする。
けれどそれは、今も同じだ。
最初は二人で試行錯誤をして、そこから一人ぼっちになって、ノノミとシロコがアビドスの門を潜り、三人になって。そこからまた一年、セリカとアヤネが新入生として入学し、
一年、たった一年で色々な事があった。
そしてそれは、きっとこれからもそうなのだろう。
いや。
そう在れるように、守らなければならない。
「この船、先生にとっては凄く大事なものみたいだし、さ」
背後に鎮座する船を見上げたホシノは常よりも幾分か凛々しい表情で呟き、それから皆に顔を向けた。
小鳥遊ホシノには守らなければならないものが沢山ある。
それは形あるもの、形ないもの。
託されたもの、これから託すもの。
本当に沢山。
だから――。
「久々に、ちゃんと本気出さなきゃって、そう思ってね」
■
「――現在の連邦生徒会、その求心力低下は代行の失態によるものではないのですか?」
会議室の全体に、糾弾の声が響いていた。
サンクトゥムタワー、第一会議室。その場に集うのは統括室の行政官、及び行政委員会各室長と副室長、及び秘書官である。会議室中央には巨大な馬蹄型テーブルが存在し、行政委員会の各室長は用意されたネームプレートに沿って腰を下ろしている。その背後には副室長と秘書官が座し、室内には何とも云えない重苦しい空気が流れていた。
今しがた発言を行っているのは、この会議の開催を要望した人材資源室、その第二席に座る副室長である。彼女は席に座って泰然とした姿勢を保つ面々――特に総括室の首席行政官、リンに向かって熱弁をふるう。
「連邦生徒会長が主導していたエデン条約、あれに関しても、我々連邦生徒会は全く関与しておりません、その結果トリニティ、ゲヘナ両自治区に対する連邦生徒会の影響力は低下する一方、無論両校に対してだけではなく、昨今のキヴォトスに於ける各自治区の連邦生徒会軽視は到底看過出来る事ではありません……市民の不安の声も日増しに大きくなっています、代行も御存じの筈でしょう?」
「現在の連邦生徒会に、各自治区の大きな問題に対し介入する体力はありません、時間と人手が限られている以上、不用意かつ無責任な介入は避けるべきです」
一向に止まない糾弾の声に、リンは眼鏡に指先を添え、あくまで淡々とした口調で断じた。「それに――」と一呼吸挟み、言葉を続ける。
「エデン条約の介入、その有無に関しては事前に皆さんに採決を行った上で公表した筈です、当時の議事録では――」
「エデン条約に限った話ではありません!」
懇々と当時を振り返り、説明するリンの発言を遮り、人材資源室の副室長はより大きく声を張り上げる。
「本来我々が対処すべき、或いは仲裁すべき事件、事故、問題、それら全てに介入し、解決しているのは連邦生徒会ではなく、独立連邦捜査部シャーレではありませんか! この現状自体がおかしいのだと、私はそう云っているのです!」
「………」
「そもそも、独立連邦捜査部という存在自体、あまりにも異常過ぎる! シャーレに付与された超法規的な権限、アレが連邦生徒会長が残した手紙による指示だとしても、私達にはそれが本物かどうか確かめる術すらないというのに、あまりにも規則を、踏んで然るべき手順を逸脱し過ぎてはいませんか、首席行政官!?」
「私はあくまで、ルールや正規の手順に則って事に当たっています、必要があれば、件の手紙を提出しましょう、筆跡鑑定でもフォレンジック分析でも、お好きな様に確かめて頂いて構いません」
「コレはそういう話では……!」
「――少し、宜しいでしょうか?」
徐々にヒートアップする人材資源室の役員に対し、不意に横合いから声が差し込まれる。見れば調停室の副室長が手を挙げていた。リンが目線で発言を促せば、彼女は起立し会議室の全員を見渡しながら発言する。
「シャーレの権限に関しては、当初こそ不安を抱いている生徒も散見されましたが、先生の人柄は実直で誠実ですし、現在では広く受け入れられています、そもそも現状辛うじて連邦生徒会がその体裁を保てているのも、シャーレの活躍によるものです、それを鑑みると頭ごなしに否定するのは、聊か――ですよね、室長?」
「えっ? そっ、そうですね……」
唐突に水を向けられたのは、彼女の前列に座る調整室長のアユム。シャーレの連邦生徒会を通じた業務や、各自治区との仲介等も行う彼女は先生と連絡を取り合う事も多く、シャーレの活躍に関しては熟知していた。
向けられたそれに内心焦りながらも、しかし背筋を正しながらアユムは唾を呑み込むと、議場の空気を変える為にも自身の意見を述べる。
「先生がお忙しい中、真摯に生徒達と向き合っているのは事実です、実際問題シャーレが関与した事件、事故に関しては例外なく解決に導いていますし、先生が居らっしゃらなかった場合、もっと大きな事件に発展していた可能性がある件も多くて、なので私としては……」
「しかし、それは結果論ではありませんか?」
アユムが言葉を続けようとすると、直ぐ横の防衛室、副室長が挙手し、アユムの発言を遮った。その援護に人材資源室の副室長は勢いを取り戻し、腕を振り上げながら叫ぶ。
「そうです、上手く行ったのだから手続きを無視して良い訳ではありません! それは政策決定過程の軽視に繋がりますし、不確実性の影響を無視しています!」
「ですが、だからと云ってシャーレの積み上げた信頼や実績を否定すべきでは――」
「否定しているのではありません、私はあくまで――……!」
「待って下さい、私としては……」
軈て総括室、人材資源室、防衛室、調停室、財務室、それぞれ立場が異なる役員が発言を開始し、議論は熱を帯びる。それらを横目に、あくまでマイペースな姿勢を崩さない交通室、体育室の面々――体育室長のハイネは先程から頻りに腹を摩っており、交通室のモモカに至ってはポテトチップスを片手に静観の体勢。それどころか彼女の背後には他役員の姿も無く、完全に単独で会議に出席していた。
因みに文化室、保健室の二つは今回の会議を欠席している。前日の夜に連絡が回っていたという事もあり、どうしても外せない業務があったとの事だった。
「ふわぁ~……めんど」
「うーん、ねぇねぇモモカ、そろそろお昼だよね?」
「ん~、そうなんじゃない?」
「そっかぁ……お腹空いたなぁ」
「………」
「ポテトチップス、ちょっと分けてくれたり……」
「やだ」
バリボリとポテトチップスを貪り食べるモモカに食料の提供を頼むハイネであったが、あっさりと断られてしまう。「そんなぁ」と肩を落とす彼女に対し、モモカは面倒そうな表情を隠そうともしなかった。
「――ふむ」
会議の流れを静観していたカヤであったが、徐々に熱を帯びていく会議は実りのある議論というより、半ば口論の様相を呈し始めている。暫し沈黙を守った彼女は徐に挙手し、リンへと呼びかけた。
「首席行政官」
その瞬間、他の面々にあらゆる言葉を投げつけていた人材資源室の副室長が口を閉じ、釣られて他の役員も口論を止める。全員の視線が防衛室長であるカヤへと集中し、彼女は努めて穏やかな調子で口火を切った。
「此処は一時会議を中断して、昼休憩を取ってから再開するというのは如何でしょう? 皆さん少し熱が入り過ぎてしまっている様子ですし、一度食事でも摂って、冷静になった方がスムーズに進行出来るかと」
「あっ、賛成! すっごく賛成!」
「……そうですね」
カヤの言葉に空腹に呻いていたハイネは椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がると、両手を挙げて賛成の意を示し、リンは小さく吐息を零しながら頷く。彼女が顔を上げて皆を見渡せば、特に反対意見らしいものは出なかった。
決まりだ、席を立ったリンは軽く眼鏡を押し上げ、一時中断を宣言する。
「一度休憩を挟みましょう、続きはまた午後に――宜しいですね?」
■
「ふぅ……」
会議室から少し離れた場所にある廊下、階段踊り場の脇にある小さな休憩スペースでリンは長椅子に腰を下ろし、重々しい溜息を洩らした。
纏う気配は疲労と倦怠感、後は自己嫌悪だろうか。
その手には今しがた横のカップ式自販機で購入した珈琲が握られている。湯気を立てるソレを目視しながら、彼女は頭の中で先程の会議内容を反芻した。
「想像以上に不満が蓄積していた、という事なのでしょうか」
今回の会議では、随分と連邦生徒会の姿勢や不手際を糾弾する声が多かったように思う。
それは連邦生徒会長代行の自分に対してであり、機能不全に陥っている現連邦生徒会に対してであり、同時に何の動きも見せていない現状に対してであり――そう云った役員達の不満が、目に見える形で吹き出そうとしていた。
尤も、専ら不満を捲し立てていたのは人材資源室の役員であったが、しかし同時に現状に対し積極的な肯定意見を口にする生徒は皆無である。
シャーレは兎も角、全員が現状の連邦生徒会が機能不全に陥っていると、内心では理解しているのだ。
たった一人――たった一人欠けただけで、この結果。
しかし、それもまた仕方ない事なのだと皆が分かっている。連邦生徒会長、このキヴォトスに於いて絶対的な信頼と才覚、カリスマを持って皆を導いていた彼女の代わりは居ないのだと。
和を尊びながらも、必要とあらば即断即決を己の責任の元敢行し、大抵それは良い方へと転んでいく。故にどんな急な指示であっても、「連邦生徒会長が決めた事ならば――」と皆が納得し、付いて行く。優しさの中に確かな芯の強さを持ち、何もかもを包み込む様な暖かさと、自ら道を切り開いていく実直さを併せ持っていた。
そう、あの人は――。
「少しだけ、先生に似ていましたね」
呟いて、リンは一瞬目を見開いた後に、思わず笑った。
それは失笑だった。
リンちゃんだなんて、そんな風に自分を呼ぶのは――
今更そんな事に気付いた自分に対し、呆れたのだ。
「お疲れ様です、首席行政官」
「……!」
不意に声が聞こえた。
慌てて表情を引き締め顔を上げれば、此方に歩いて来る人影が一つ。小柄な影の正体は、防衛室長の不知火カヤだ。彼女はタブレットを胸に抱いたまま此方に歩み寄ると、いつも通りの笑みを浮かべながら小さく手を振った。
「防衛室長」
「先程の会議、大変でしたね」
「いえ、その様な事は」
少しばかりの同情心が滲んだ言葉に、椅子に掛けたままリンは緩く首を振った。「隣、失礼しても?」とカヤは問い、リンは頷いて見せる。小柄な体がリンより少し間を空けて長椅子に腰掛ける、握り締めたカップの珈琲、その水面が揺れた。
「役員の皆さんには、本当に困ったものです、特に人材資源室の方では公平性の観点からシャーレの特権に対して少々過激な発想になる事も多く……まぁ、レッドウィンター出身の生徒が多いですし、その辺りは文化の違いなのかもしれませんけれど」
どちらにせよ、全員の意見を考慮しなければならない首席行政官の苦悩、心中お察しします。
カヤの何の外連味も無い言葉に、リンは目を瞑って応えた。
「仕方ありません、少しずつであっても、時間を掛けて皆さんの理解を得る他ないでしょう」
「………」
「それに、こういった主張は今に始まった事でもありませんから」
連邦生徒会長が失踪して、彼女の残した指示により連邦生徒会長代理の席に座ったリンではあるが、この一年あらゆる意見を耳にした。大抵はリンがその席に相応しくないだとか、連邦生徒会長が失踪してから連邦生徒会は役立たずになっただとか、そういう評判だ。こういった内外問わない不満、評価は既に聞き慣れた事だ。
そしてリンにとって、これに反駁するつもりはない。実際問題、彼女と自分を比べた時、そこには烏滸がましい程の差が存在したから。
故に彼女は粛々と、あくまで課せられた自分の務めを果たしている。
皆の意見を聞き、慎重に慎重を重ね、理解を得た上で
カヤは両手でカップを握り締め、そんな事を考え俯くリンを見下ろしながら、唐突に思いもよらぬ言葉を吐いた。
「――態々、役員の同意を求める必要はあるのでしょうか?」
「……は?」
それは、議論の否定である。
先程まで言葉を交わし、理解を得ようと努めた役員達を真っ向から否定する言葉。リンは思わず目を丸くし、隣に座りカヤを見る。
「リン行政官、貴女は総括室の首席行政官ですが、連邦生徒会長の代行でもあります、何も態々同意を求めずとも連邦生徒会長代行の権限で以て役員に命令してしまえば良いではありませんか」
「………」
「その権限が、貴女の肩書には存在するのですから」
カヤは自身の頬に指先を添えながら、何でもない事の様に、軽い口調でそう宣う。連邦生徒会長代行、その権限は本来のソレに比べれば幾らか縮小するが、それでも一室長、首席行政官の範疇を遥かに超える。その気になれば役員全員に代行権限で無理矢理命令し、思い通りに動かす事だって可能な筈だ。
一々ひとり、ひとりの言葉に右往左往し、悩まされる事もない。それが正しい行いだと思うのならば、一思いに命令してしまえば良い。結果さえ出せば誰もが否定など出来ない、信頼は後からついて来る――いつかの
カヤはそう、何の迷いもなく云い切って見せた。
「そうすればこんな風に手間取る事無く、ずっと簡単に仕事をこなせるでしょう……権威とは使ってこそ意味を持つ、違いますか?」
「――権威、ですか」
カヤは微かに瞳を覗かせ、リンへと問いを投げかけた。
確かに最初は良い顔をされないかもしれない、だが一度、二度、三度と命令を重ね、その全てが良い方向へと転び結果を出したのなら――「あぁ、またか、けれどこの人のやる事ならきっと大丈夫」と。そんな風にいつの間にか、人々はその人物に従い、信頼し、追従する様になる。
一度目は大変かもしれない。
しかし、それを経れば二度目は容易い。
三度目はもっとだ。
四度目となれば、疑念は信頼へと変わるだろう。
そんな風に語るカヤに、しかしリンは答えた。
「それは毒の入った聖杯のようなものですよ、防衛室長」
彼女はカップの中身を見下ろしながら、ぽつりと力なく声を零す。それからふっと、その口元を歪めるのが分かった。ぴくりと、カヤの眉間が震えた。
「毒?」
「えぇ」
上体を起こしたリンは、天井を見上げながら言葉を続ける。その瞳には、確かな信念の煌めきが見えた。
「確かに便利な切り札かもしれません、しかし使えば使う程、自身の身を滅ぼします、強大な力というものは、そういうものです」
「………」
「ましてや自分の意見と異なるからと、そんな理由で権威を掲げ他人を抑圧する事など、私は同意できません」
自身の役目は他者を導き、その才覚やカリスマで以て、キヴォトスをより良い方向へと導く事――ではない。
それは本来の連邦生徒会長の役目であり、リンにとってはあまりにも重い荷物だ。その荷を背負える人物は限られている、資格を持つ者に自分は含まれていないとリンは自分を評価していた。
だからこそ己の役目は、彼女が帰って来るその瞬間までその席を守り、全力でキヴォトスという世界を維持する事。無論それは手を抜くとか、不用意に干渉し過ぎないだとか、そういう意味ではない。
自分の全力を尽くして尚、それが限界だと知っているのだ。
故にリンは自身の手の届く範囲を必死に探り、守り、そう在る様に努めている。
「それに私自身、あの人と比較して代行業務が十全に行えているという自信もありません、だからこそ私の役目はあくまで連邦生徒会長の留守を預かる事――それ以上でも、以下でもないのです」
「……そう、ですか」
リンはリンなりに。
連邦生徒会長から渡されたバトンの意味を解釈し、精一杯務めているつもりだった。カヤは齎された回答を耳にしながら、素っ気なく頷く。
リンの導き出した答えは、不知火カヤにとって。
あまりにも、退屈で――平凡で。
「はぁ」
知らず知らずのうちに溜息が漏れた。
それは失望だった。
七神リンという人物に向けていた一抹の期待、あの人が少なからず見込んだと云う微かな縁に縋った結果、齎らされた凡人の在り方に、カヤはつまらなそうに視線を逸らしてしまう。
リンがそれに気付いた様子はない。
「――やはり貴女に、連邦生徒会長代行の資格はありませんね」
ぽつりと呟かれたそれに、隣に座したリンの顔が上がった。
「? 防衛室長、今何か仰いましたか?」
「……いいえ、何でもありませんよ」
疑問符を浮かべる代行に、カヤは素知らぬ顔で答える。薄らと笑みすら浮かべた彼女の表情は、常に貼り付けられた偽りの仮面だった。その仮面の奥で、カヤはリンを悪意の滲む瞳で睨みつける。
――七神リン、貴女の事は以前から目障りだと思っていたのです。
内心で、そう吐き捨てた。
能力も、上に立つ覚悟さえ持たない癖に、連邦生徒会長の信頼を独占して。
ましてや手元に転がって来た連邦生徒会長代行の肩書を背負った後でさえ、周囲の顔色を窺って物事を進めようとするだなんて。
凡人も凡人――そんな衆愚政治染みたやり方では、何一つ解決など出来ないでしょうに。
そう、
カヤはそう確信している。その在り方をこの目で見て来たのだ、あの人の背中を、在り方を目にした上で、何故そうも凡庸で在ろうとするのか? ましてや七神リンは、連邦生徒会長に信頼さえ向けられていたというのに。
不知火カヤには理解出来ない。
正しき権威は、正しき超人が用いてこそ機能する。有象無象の意見など取るに足らない、そして残念ながら現在の代行にその資格は無い――たった今、そう確信した。
故に、
そしてそれは、もう直ぐ実現する。
あと数週間か、或いはひと月か。
その未来を想い、カヤはより一層笑みを深くした。
「……?」
不意に、リンが顔を上げた。そして何か、疑る様な視線で周囲を伺う。
唐突なそれにカヤは内心をおくびにも出さず、余裕のある表情で問いかけた。
「どうしました、首席行政官?」
「あぁ、いえ、今何か……」
「――?」
どうにも歯切れが悪い。
此方の態度に違和感を抱いた訳でもなく、彼女はカップを握り締めたまま頻りに周囲を見渡し続けた。踊り場脇のスペースからは、廊下の両端が辛うじて視認出来る。リンは左右に伸びた廊下の先、その奥を伺いながら目を瞬かせ、それから眉間に手を当てると、揉み解しながら首を振った。
「すみません、誰かの視線を感じた様な気がしたのですが――気のせいですね、少し気を張り過ぎていた様です」
「ふふっ、あの様な会議の後ですから仕方ありませんよ……では、私は昼食を摂って来ます、また午後の会議で」
そう云って話を切り上げ、立ち上がったカヤは顔を上げる。午後の会議でも、人材資源室と連携して代行の失態を掘り返してやろうと、政治的パフォーマンスの場と化した議場を想い――ふと、視界の隅で黒が過った。
「……はっ?」
それは、余りにも唐突だった。
唐突過ぎて、何ら反応らしい反応が出来なかった。
視界に過った黒は銃口だ、今しがた立ち上がり、数歩廊下に踏み出したカヤに対し、横合いの階段から複数の銃口が突き出されていたのだ。
武装したオートマタの集団が、カヤに狙いをつけ――発砲する。
音は、空気の抜ける様な軽いものだった。装着されたサプレッサーが音を大きく殺していた。微かなマズルフラッシュが視界に瞬き、同時にカヤの全身を強烈な衝撃と痛みが襲う。肩、腕、腹、足、何かを考える様も早く次々と弾丸は彼女の身体に着弾し、白い連邦生徒会の制服が黒ずみ、裂け、解れる。反射的に顔を覆う様に腕を突き出し、身を竦ませたが、大した効果は無かった。
「痛ッ、あぅ、が!?」
リノリウムの床に、空薬莢が落ちる音が響いていた。次々と鳴り響く甲高い音、カヤの身体が出来の悪いダンスを踊る様に右へ、左へ揺れ動き、そのまま背後の壁へと押し込まれる。幾つかの弾丸が壁に着弾し、弾痕を刻んでいた。そのまま壁に寄り掛る様にして倒れ込んだカヤは、肺の空気を全て吐き出し、項垂れる。その手から、穴の開いたタブレットが零れ落ちた。
「ッ、防衛室長!?」
一部始終を目撃していたリンの手の中から、カップが零れ落ちた。軽い音を立てて床に跳ねたカップは、中身の珈琲を撒き散らしリンの爪先を汚す。
「ターゲット確認」
「っ!」
カヤを無力化したオートマタの集団は、即座に階段から廊下へと展開し、リンへと狙いを付けた。咄嗟にリンの指先が腰にぶら下げたホルスターへと伸びる。銃器を意識したのは本当に久しぶりだった、シューティングレンジで定期訓練とメンテナンス以外、銃に触れる事すら稀だったのだから。
しかし、予想に反してリンの動きは機敏であった。緊急時の対応として何度も行った訓練は、着実に繰り返した動作を即座に実行する。
リンは上着を払い、腰に装着したホルスターを露にするや否や体を捻り、一息に愛銃を引き抜くと安全装置を弾きながら射撃姿勢へと移行する。一秒足らずの臨戦態勢、椅子でリラックスしていた状態から持ち直したと考えれば、驚異的とすら云える。
しかし、あまりにも状況が悪かった。
相手は既に射撃姿勢を取っており、狙いも既につけ、引き金に指も掛かっている。リンが銃をホルスターから抜き放ち、構え、発砲するだけの猶予は存在しなかった。
「ぐッ!?」
リンが引き金に指を掛けようとした瞬間、再び空気の抜ける様な音と共に銃弾が飛来する。それらは風切り音共にリンの手首、そして握り締めた拳銃のスライドに着弾し、甲高い音を鳴らした。
手元に走る強い衝撃、それに大きく腕を弾かれ、指先から愛銃が消える。彼女の愛銃は自販機にぶつかり、そのまま地面に音を立てて転がった。
「抵抗は無意味だ、その場で両膝を突け、首席行政官」
彼女が被弾した右手を抑え、半身になった瞬間、再び複数の銃口がリンへと突きつけられた。人影は廊下を音もなく移動し、リンを囲う様に動く。
人数は六名――前列、後列に分かれた人影の正体は、完全武装のオートマタ集団だ。連中は整然とした動きでリンの周りを囲うと、無機質な声色で投降を促した。
リンはオートマタの集団を視線でなぞりながら冷汗を流す。こんな武装集団が入り込んでいるというのに、サンクトゥムタワー内部は嫌に静かだった。警報の一つすら鳴っていない、唐突に、まるで影の如く彼らは現れたのだ。
「貴方達は、一体……」
「救援は期待するな、既に通信網と警報装置は全て処理済みだ、此処に誰かが到着することは無い――もう一度云う、その場で膝を突け」
「………」
端末で助けを呼ぶ事も無意味であると警告し、リンは懐に差し込もうとしていた手を止める。連中の口ぶりから、これが確かな計画の元実行されたモノだと理解した。
この場で打てる手は無い。逡巡したリンであったが、少しずつ絞られて行く目の前の引き金を見て、口元を歪めると、ゆっくりと両手を挙げながらその場に膝を突く。
敢えて緩慢な動作で動きながら、リンはオートマタの身に着けた装備に目をやった。目の前のオートマタのフォルムは独特で、運動性を確保する為か、内部骨格の見え隠れする外装を用いている。珍しいフレームだと思った、色は紺に黒、関節部分に緑色の発光リングを用いているがコレは識別の為か。胴体部分にはタクティカルベストを装着しており、前面には装備したライフルの弾倉、サブアームの拳銃用弾倉が幾つか目視出来る。
そのタクティカルベスト上部に、微かに印字された文字をリンは目で追った。
――カイザーPMC……?
リンは瞠目し、驚愕を押し殺す。よく見れば、彼等が扱っている銃火器にもロゴは刻印されている。無論、装備だけでは状況証拠にしかならない――だが、今この瞬間に至っては確信を持つ事が出来た。サンクトゥムタワーに部隊を送り込む企業、傭兵、組織など早々存在しない。だがカイザーコーポレーションには黒い噂が幾つも存在しており、リンもその事については報告を受けている。
そうこうしている間にオートマタの一人がフェイスモニタに点灯するランプを点滅させ、通信を開始した。
「こちら第二班、首席行政官、七神リンの身柄を確保した」
『了解、第六班は第一会議室制圧完了、役員を数名確保』
『第七班、財務室長を確保完了』
『第八班、調停室の役員確保』
「――極めて順調だな」
呟き、オートマタは指先でリンを示す。すると一番近くでリンに銃口を突きつけていた隊員が背後へと回り、その両腕をフレックスカフスで拘束した。かなりきつく、乱暴な所作にリンの口から苦痛の声が漏れる。彼女は前傾姿勢になりながらも、壁に沿う様に倒れ込んだカヤに目を向けた。
弾丸の雨を浴びた彼女は苦し気に表情を歪めたまま、微動だにしない。しかし、微かに口元が動いているのが分かった。息はある、その事にリンは内心で安堵する。
「移送しろ、丁重にな――別室にて監視下に置く」
「了解」
リンの腕を掴んで立たせると、そのまま強引に背中を押し、連行する。抵抗しようにも銃口が常に突きつけられ、無謀である事は明らかであった。リンを引き連れ一名の隊員が先行し、その背後から二名のオートマタが続く。もう三名は周辺を改めて見渡し、それからカヤの方へと近付いた。
「ぅ――ぁ……」
床に横たわり、彼方此方に血を滲ませる彼女は苦痛に喘ぎながら、息も絶え絶えに辛うじて目を開く。歪んだ視界の中に、自身を見下ろすオートマタの集団が見えた。その装備は何度も目にした、プレジデント子飼いの部隊のもの。特務が用いる外装、フレームだ、見間違う事は無かった。
「どう、し――……て」
「……ふむ」
隊員はただ、何の感情も見えないフェイスモニタでカヤを見下ろし、そのグリーンランプを点灯させる。
――どうして、こんな事を?
彼女が問い掛けようとしている内容は、簡単に分かった。不知火カヤはカイザーコーポレーションの協力者であり、本来であれば敵対する存在ではない。であるのならば、これは立派な裏切り行為に他ならない。
オートマタは一瞬考える素振りを見せ、それからリンを連れた隊員が廊下の向こう側に辿り着いている事を確認すると、徐にカヤの前で膝を突いた。
「防衛室長――貴女には
「ッ……!」
ジェネラル、その単語にカヤの身体が微かに震えるのが分かった。声はリンに聞こえない、カヤの瞳には一歩一歩遠ざかっていく
オートマタは記憶領域から保存されていた音声データを引っ張り出すと、それをフェイスモニタで再生する。先程までグリーンランプの灯っていたフェイスモニタに、分かり易い波形が浮かんだ。ウェーブフォームだ。
『防衛室長、これを聞いているという事は既に計画は順調に進行している事だろう――君は良い取引相手であったよ、しかし残念ながら手を組む必要が無くなった、故に利益を最大限得るべく、この計画を以て手を切らせて貰う、それがプレジデントの決定だ』
「な……ッ!?」
耳に届いたのは、確かにジェネラルの電子音声であった。微かなノイズの入った、聞き慣れた声。視界に映るウェーブフォームが揺れ動き、宿った感情を確かに表現する。ジェネラルの無機質な、しかし確かな嘲りの色を滲ませた声が廊下に響いた。
『All-Defect戦略――裏切りは常に最善手という訳だ』
その声は、より深い絶望と共に去来した。
カヤは地面に這い蹲ったまま、愕然とした表情でオートマタを見上げる。床を掴んでいた両手がゆっくりと握り締められ、その顔からは血の気が引いていた。唇から滲む血が、顎先に伝う。
「……そ、んな」
呟きは力なく、嘗ての彼女からは想像も出来ない程弱々しい。今この場に、彼女を守る代物は何もなかった。肩書も、権力も、伝手も、護衛も、何もかも。ただ唇を戦慄かせ、怯え、焦燥し、呆然とする子どもが一人、居るだけだ。
「
音声を再生していたオートマタが再びフェイスモニタにグリーンランプを点灯させ、何の感情も覗かせずに吐き捨てる。カヤの両腕を掴んだ隊員二名がその身体を無理矢理起こし、カヤは全身から発せられる痛みに呻きながらも、しかし必死に声を張り上げた。
「ま、待って……待って、下さい! は、話を、少しだけで、構いません……! プレジデント、いえ、ジ、ジェネラルと、もう一度、話を――!」
痛みに悲鳴を上げる体に鞭打ち、血の絡んだ舌で必死にそう訴えるカヤ。何か誤解がある筈だ、自分はまだ、こんな所で終わる存在ではない。
しかし、プレジデントの子飼いであるオートマタが応じる気配はない。ただ乱雑に両腕を掴まれ、半ば引き摺られるようにして連行されるカヤは左右の隊員に、そして此方を見つめる正面のオートマタに、肺を軋ませながら何度も、何度も懇願する。
空虚な声が廊下に響いていた。
「わ、私は……!」
「………」
「私は、超人に――あの人の隣に並ぶ、超人に……ッ!」
カヤの歪んだ視界の中に、突然影が落ちた。
力なく項垂れ、痛みを発する首を動かし見上げれば――目の前に銃床を振り上げたオートマタの姿が映る。
「――……ぁ」
そして彼女がこれ以上何かを言葉にするより早く。
振り上げられた銃床がカヤの顔面を横合いから強かに殴りつけ、衝撃が頭蓋を軋ませた。
鼻から血が噴き出し、カヤの身体は脱力する。同時に辛うじて保たれていた意識の糸が千切れ、彼女の視界は暗転した。
そのまま何も云わず、
「行くぞ」
「……了解」
先行した三名の姿は既になく、オートマタ達は他部隊の動向をデータリンクで確認した後。
カヤを担いだまま、静かにその場を後にした。
今回のサブタイトル、ルビを「連邦生徒会長」と「FOX小隊」両方の意味を持つものにしたかったのですが、思い浮かばなかったのでそのままですの。
RABBIT小隊はFOX小隊に憧れ、カヤは連邦生徒会長に憧れた……その果てに辿り着いた目的地へのアプローチの仕方がこんなにも異なるのは、一体何故なのか。憧れは止められねぇんですわよ。
因みに前話シャーレ爆発は本編のFOXイーツと地下生活者の先手必勝攻撃の合わせ技ですの。まぁ先生ならヘーキヘーキ、寧ろ十二時間もあったら余裕になっちゃうから半分の六時間くらいに圧縮した方がより輝きを増しますわ! うぅ、先生もっと輝いて……。
次回がRABBIT小隊と公安局の動向で、そこから怒涛の先生ボコボコパートですのよ~!
もうそこを書きたくて仕方ないんですわよ。先生が頑張っている姿を書くの凄く楽しい、見ているのも楽しい、ほんと好き、格好良い、素敵……。