今回は約一万三千字ですわ~!
「んー……」
「どうしたの、サキ?」
子ウサギ公園、RABBIT小隊野営地にて。
日課の銃火器、そのメンテナンスを行っていたサキは何とも小難しい表情で唸りを上げていた。
モエが各所から購入した装備の数々は決して質の悪い物ではなかったが、幾つかは数を揃える為にランクを落としている。その為、入念な整備と検査は必要不可欠だった。必要最低限の防備は既に済ませているが、まだまだ防衛陣地の構築は完璧とは云い難い。
モエもまた、揃えたばかりの新しい電子機器、ドローンやタレットの調整を手元で行いながら唸るサキに問い掛ける。
「いや、今朝の先生の事なんだが、どことなく忙しそうに見えて、少しな」
「何云ってんのさ、先生はいっつも忙しそうじゃん?」
「それは、そうなんだが……」
唇を尖らせ、いまいち釈然としない返答を行うサキ、何やら彼女には思う所があるらしい。しかし、モエから見れば大した違いは見受けられなかった様に思う。
暇を見つけて何度も公園に通ってくれる先生ではあるが、大抵彼の目元には深い隈があるし、顔色だって悪い。彼女からすれば、歩く不健康――とでも表現すれば良いのか。兎に角先生が忙殺され、憔悴しているのはいつもの事だ。こう考えると少し冷たくも感じるが、現在RABBIT小隊に出来る事など限られているのだから仕方ない。
「大体、殆ど機能していない連邦生徒会の代わりにシャーレが動き回っているんだから、そりゃ忙しくもなるでしょ、あれだけのお人好しだし、今日もまた自分から面倒事に首突っ込んでいるんじゃない?」
「……私達みたいな生徒も、助けてくれる位だもんね」
二人の傍で保管箱の集積作業を行っていたミユが、へらりと笑いながら云った。中には小分けにされた弾薬や、燃料の類が詰まっている。RABBIT小隊の保有するヘリコプター、それを稼働させる為の燃料である。
そうでなくとも、この手のものは暖を取る事にも使用している。数が大いに越したことは無い。天幕の傍でそれぞれの作業に従事する彼女達は、手を止めずに言葉を交わす。
「そう考えると、私達も先生に対する対応が随分変わったんじゃない? 前は自分で持ち込んだもの以外、水も飲まない~とか何とか云っていたのに、今じゃ普通に先生から貰った差し入れとか食べちゃっている訳だしさ?」
「そりゃあ、あれだけ必死になって助けられたらな……たとえ胡散臭い大人でも、信じるしかないだろう、あの馬鹿さ加減は」
仏頂面で分解したパーツを磨くサキは、当時の事を思い返しながら恥ずかしそうに云った。確かに、最初は散々反発したし、碌な相手ではないと決めて掛かっていた。
自分達に近付くのには何か理由がある筈だと、綺麗ごとではない、RABBIT小隊という存在に価値を見出しているからそうしているのだと信じていた。
「打算とか、下心とか、自分に得になるからって理由で人は動く、当たり前の事かもしれないし、それを責めるつもりはないが、SRTはそうじゃない――先生も
利益の為ではない、ただ自身の信念に従って、損得に関係なく動く手合い。
そういう存在と顔を合わせるのは稀だった、だから最初はシャーレがRABBIT小隊を取り込む為に動いていたのだと信じていた。
結局その考えは、見当違いも良い所だった訳だが。
「まぁ何だ、確かに色々と変化はあったが、私達の中で一番変わったのは――」
呟きながら、サキはちらりと横を見た。
「………」
彼女の視線を向けた先、そこには愛銃を担いだままキャンプの外周を歩くミヤコの姿がある。今は彼女が見張りを担当する時間帯、その筈だった。
しかし当のミヤコの視線は何処か虚ろで、時折足を止めてはぼうっと曇天を見上げている。頭上から細々と降り注ぐ雪を浴びながら、彼女は何事かを思案している様だった。
とてもじゃないが、周囲を警戒している風には見えない。有体に云って、気が抜けていた。
堪らず、サキは声を張り上げる。
「おい、ミヤコ!」
「っ……!」
声に反応したミヤコの肩が跳ねるのが、遠目からでも分かった。彼女は咄嗟にサキへと視線を向けると、それから愛銃を抱えたまま、三人の居る場所へと駆け寄って来る。靴音が少しずつ大きくなっていき、白い吐息を漏らしながらミヤコはサキの前に立った。
「サキ、どうしました? 何か問題でも――」
「何か問題でも? じゃないだろう……またぼうっとして、あれじゃ見張りの意味がない」
最近何か変だぞ、一体どうしたんだ――サキは険しい視線をミヤコに向け、責める様な口調で云った。ミヤコはその強い語気に一瞬言葉を詰まらせると、微かに視線を横に逸らしながら答える。
「……別に、どうもありません、私は普段通りです」
「いや、どこがだよ」
分かり易い虚勢、或いは嘘であった。
誰の目から見ても、彼女が普段と異なる様子なのは明らかだ。サキが呆れた様に肩を竦め、それとなくミユとモエに視線を向ければ、二人もゆっくりと頷きを返す。
「確かに、最近上の空になる事が多いよね、ミヤコ」
「えっと、な、悩み事とかあったり……?」
「まぁ、こんな生活なら、悩み事なんて腐る程あると思うけれどな」
「………」
口々に告げられるミヤコの異変。自身を客観視出来ていなかった事実を突きつけられたミヤコは唇を強く結び、愛銃を抱えたまま申し訳なさそうに俯いた。
こういった気の緩みが部隊全体を危険に晒す事もある、それは理解していたがどうにも切り出す事が出来ず、ズルズルと引き摺ってしまった。意気消沈し、眉を下げたミヤコは目を瞑ると、素直に謝罪を切り出す。
「……すみません、考え事をしていたのは、確かです」
「やっと素直になったか、それで、その考え事の内容っていうのは?」
「部隊の食糧事情とか、装備に関する悩み事とか?」
「いえ、その、そういう訳ではないのですが……」
「――?」
ミヤコはたどたどしく言葉を紡ぎ、軈て沈黙してしまう。
しかし、それはまだ自身の内側に問題を隠そうとしているのでは無い。ましてや言葉を選んでいるとか、口に出す事を躊躇しているとか、そういう事でも無く。
彼女自身、それを言葉で云い現わす方法を模索している様な――そんな気配があった。
もしや、自分達が想像しているよりも深刻な話だったりするのだろうかと皆が顔を見合わせていると、不意にフィールドテーブルの上に置いていたモエの端末が電子音を鳴らした。モエが気付き、端末を手に取る。
「――うわ」
「……モエ?」
端末の画面を一瞥し、最初に発した声は面倒そうな声だった。素早く画面を操作し、詳細を目で追ったモエは、億劫そうな気配を隠す事無く口を開く。
「誰かが公園の入り口に来たみたい、設置したセンサーに反応があった」
「何だと?」
「多層防御には反応なし、入り口に一番近いセンサーだけ反応している感じかな……突っ込んで来る様子はないね」
端末をタップしながら、念の為反応あった場所から近いルートのタレットを順次起動する。
この子ウサギ公園には、RABBIT小隊の設置したトラップ、防衛装置の類が存在する。先の大雨でその大半は使い物にならなくなったが、モエの都合した新しいトラップ、センサーは購入したその日の内に設置済みだった。
その辺の不良生徒ならば、トラップやタレットだけでも撃退は可能だろう。
「それなら、普通に散歩しに来た人とかじゃ……?」
ミユが小首を傾げ、発言した。一人、二人の反応であれば、何も知らずに公園を散歩しに来た市民かもしれない。或いは先生が何か用事を携え戻って来たという可能性もある。
しかし、画面を見つめるモエは端末を見下ろしながら首を横に振った。
「いんや、この反応は違うね、随分数が多いし、少なくとも十人以上は居るよ――この規模で散歩とか冬空の下ピクニックは、ちょっと想像出来ないなぁ」
「もしかして、またあの浮浪者集団か?」
浮浪者集団、サキの口にした言葉に思いつく対象は一つである。あの襤褸布を纏った武装集団、一度良く分からない事を叫びながら襲撃して来た連中だ。「面倒だな」と溜息を漏らすサキは、舌打ちを零しながら脇に立て掛けていた愛銃を手に取った。
「えっと、確か所確幸だよね?」
「名前はどうでも良いが、ドローンはまだ整備中だし、映像が無い、実際に自分達の目で確認するしかないだろう――おい、ミヤコ」
何をしに来たのかは知らないが、黙って此処で待機するという選択肢はない。何より補修作業が漸く終わったキャンプを戦闘で荒らされたくはなかった。
サキがミヤコに視線を飛ばしながら声を掛ければ、RABBIT小隊の隊長である彼女は大きく息を吸い込み、意識を切り替える。
それから力強く頷くと、告げた。
「戦闘準備を、此方から打って出ましょう」
■
モエが探知した集団は、公園の出入り口付近で足を止めたまま整然と待機していた。何かを呼び掛ける訳でもなく、銃火器を構える訳でもなく、まるで此処でこうして待っていればRABBIT小隊が急行して来ると知っているかのように。
「――来たか」
事実、ミヤコ達RABBIT小隊が現場に到着した時、先頭に立っていた人影はゆっくりと振り向くや否や、その到着を待っていたかのような口ぶりで呟きを漏らした。
「……あれは」
遠目からでも、制服と装備は判別出来る。
その姿には見覚えがあった。
公園の入り口で整列している生徒達の所属は、ヴァルキューレ警察学校だ。
彼女達を率いるのは公安局のトップ、カンナ。その顔を視認したRABBIT小隊の面々はより警戒を強くする。
「何だ、連中銃を向けて来ないぞ」
『妙だね、何か狙いがある感じ?』
「ど、どうしよう、ミヤ……RABBIT1?」
「RABBIT3、念の為公園外周の警戒と各ルートのタレット稼働準備を、彼女達は陽動で、別動隊が居るのかもしれません――RABBIT2、RABBIT4は後方に、万が一の時は援護を」
『りょーかい』
「このまま正面から出ていくのか?」
「……何の目的で来たのか、聞き出さなければなりません」
サキとミユ、両名を連れたミヤコはキャンプで支援を行うモエに警戒を促し、「私が前に出ます」と足を進ませる。
整列したヴァルキューレ警察学校を視認した時点で、何かしらの狙いがある事は理解していた。
しかし、突入準備を行っている様子もなければ、乗って来たのであろう装甲車は公園外の脇に停車してある。最初は先手必勝とばかりに砲撃でも叩き込むかとモエが息巻いていたが――ミヤコは敢えて、馬鹿正直に真正面から姿を現した。
「ふん、ヴァルキューレ警察学校の狂犬か」
「カンナだ、せめて公安局長と呼べ」
余程耳が良いのか、後方で警戒するサキが吐き捨てる様にそう告げると、カンナは不機嫌そうに応じた。
こうして顔を合わせるのは取調室以来か、どちらにせよ良い記憶ではないだろう。RABBIT小隊にとっても、一度手酷く打ちのめされた
「嫌いなあだ名ではないが、そもそも私達はその様に軽々しく呼び合う仲ではないだろうに」
「では、公安局長――子ウサギ公園には何の御用で?」
「自分達の行いを理解した上で、その質問をしているのか?」
分かり切った事を聞くなと、言外にそう告げている様に思えた。ミヤコは微かに顔を歪め、身構える。雪が舞う公園の入り口、その広場で双方は向き合う。互いの視線が警戒を帯び、冬の冷たさに反して掌は熱を有していた。
カンナがゆっくりと息を吐き出し、白を纏いながら続ける。
「市民たちが使う為の公園を不法占拠し、地域社会に不安を齎している存在がいる、そう聞いて取り締まりに来ただけだ」
「まさか、公安局が直接か?」
「え、えっと、治安関連でしたら警備局の管轄なのでは……?」
「基本的には、な」
ミユが恐る恐る発言した様に、本来こういった治安維持は警備局が担当している。公安局は基本対テロ業務に特化しており、凶悪犯罪や一定以上の規模を持つ武装集団、犯罪組織の検挙など、武力鎮圧が必要とされる事件での出動が殆どだ。如何にRABBIT小隊が相手とは云え、彼女達が出張って来る事に違和感があった。
無論、以前の戦闘結果を踏まえた上で、警備局では対応しきれないと判断され派遣されたという可能性は存在するが――ミヤコは油断なく公安局の面々を見渡しながら、それとなくグリップを握る手に力を籠める。
兎も角、その口ぶりから彼女達が何をしに来たのかは理解した。自然、ミヤコ達の纏う気配は剣呑なものとなり、少しずつ双方の間にひりついた空気が流れ始める。
「というか、此処を使って良いって云ったのは防衛室だろう? シャーレを挟んでの決定だったとは云え、
「勘違いしている様だが、防衛室長自ら、『この公園に滞在して良い』と仰った事実はない、そもそもからして公園の管理は防衛室の管轄外だ、此処に滞在する許可を与える権限すら持っていない」
「……ふん、私達に帰る場所なんて無いと知っている癖に、良く云う」
つまり私達を此処から、無理矢理追い出しに来た――って事だろう?
サキの言葉に、その場に居る全員が身を強張らせた。サキ、ミユ、ミヤコの三名は既に臨戦態勢に入っており、端末越しに会話を聞いているモエも必要とあれば遠慮なく火力支援を開始する準備がある。
彼我の距離は十メートルも存在しない、心なしかカンナの背後に並ぶ公安局の生徒達も、緊張している様に見えた。手にした防弾盾、そして銃器のトリガーへと伸びる指先を視認する。
カンナは身構えるRABBIT小隊を一瞥しながら、ふっと口元を緩めた。
「……いいや」
聞こえたのは否定。
それはRABBIT小隊を無理矢理この公園から追い出す為に此処へ来たのか、その問い掛けに対する答えだ。カンナは徐に上着のポケットへと手を突っ込み、寒さから逃れる様に首を竦める。
上着の襟に口元を埋め、くぐもった声で彼女は云った。
「少し、お前達と話がしたい」
「は……?」
その言葉に面食らったのはRABBIT小隊。
思わずと云った風に声を上げ、目を瞬かせると、カンナを凝視する。
「話って、な、何で?」
「私達と公安局が、か……?」
「突然、何を――」
その戸惑いは、当然のものである様に思う。
こんな手勢を率いて、態々自分達の居る公園までやって来て――話をしたい等と。
これで彼女の所属が他所の自治区なら理解出来た、或いは先生の様な立場であるのならば。
しかし、彼女はヴァルキューレ警察学校の所属で、それも公安局のトップに立つ存在。一度は敵対し、互いに反目し合っていた筈だ。
一体こんな状況、立場で何を話す事があるのかと、好奇心や興味よりも、強い疑念が先行していた。
「―――」
カンナは何も答えない。
ただじっと、此方を見ていた。
向けられた彼女の瞳はあまりにも真剣で、透明で。その双眸がミヤコを真っ直ぐ射貫き、奇妙な熱を感じた。瞳の奥に宿る強い光、それは意志だ。正面から捉えられたミヤコの瞳が揺れ動き、ややあって驚いた様に、少しずつ目が見開かれる。
本気だと、そう気付いた。
この公安局長は、本気で自分達と話し合う為だけに来たのだと。ミヤコは直感的にそう悟ったのだ。
それは何ら理論的なものではない、あくまで感覚的な代物だったが、疑る様な事はしたくないと思った。何故? ミヤコは自分自身の理性に問い掛ける。それはSRTとして訓練された彼女の、殆ど反射的な思考である。
返答は簡潔で、納得できるものだった。
こんな瞳をミヤコは以前、別の大人の中に見出していた。
「………」
数秒、沈黙を守る。
それから二度、三度、小刻みに吐息を漏らすと、ミヤコは緩慢な動作で頷いて見せた。
「……分かりました」
「えっ?」
「お、おいミヤコ!?」
『ちょっと、本気?』
ミヤコの返答に、RABBIT小隊全員から驚きの声が上がった。ミユも、サキも、モエでさえ、ミヤコがこの提案を呑むとは思っていなかったのだ。
しかし仲間達からの声を耳にしながらも、彼女は毅然とした態度を貫きながら一歩、また一歩とカンナとの距離を詰める。
最低限の警戒心は持ちながら、しかし銃口を向ける事も無く、RABBIT小隊の隊長と公安局長は、ほんの二、三メートルの距離で向かい合う。
カンナの背後から、一歩踏み出し声を掛ける生徒が居た。
「局長――」
「警備局に無理を云って此処に来たのは、RABBIT小隊の面々と直接会って言葉を交わす為だ、断じて銃弾を交わす為じゃない……事が終わるまで待機していろ、これは公安局局長としての命令だ」
不安げに口を開いた部下を一瞥し、カンナはあくまで対話の姿勢を崩さない。僅かな揺らぎと、困惑――いや、不安だろうか。
部下から漂うその色に気付いたカンナは振り向き、それから強張った表情で、けれど確かな自負と共に告げた。
「全ての責任は、私に在る」
これは公安局の局長、尾刃カンナとしての判断だ。
その一言は周囲に響き、公安局の生徒達が顔を合わせるのが分かった。
ややあって、彼女達は再び背筋を正し、カンナの背後に控える。
「――了解しました」
芯の通った、力強い返答であった。
それを聞き届け、視線を前へと戻したカンナは彼女達に背を向けたまま、ぽつりと胸中を明かす。
「……悪いな」
「いえ、構いません」
小さな声で漏れた謝罪、冬の曇天に溶けて消えそうなそれに、部下の一人が即座に答えた。
「私達はどんな判断であれ、局長に付いて行くと決めていますから」
「―――……」
息が止まり、カンナは言葉に詰まった。
微かに跳ねた肩が、彼女の動揺を表している。「副局長もきっと、笑ってそう仰います」、そう云ってカンナの背後に並ぶ部下達は笑っていた。
声色は明るく、朗らかでさえあった。憂いの無い声だ、信頼と勇気を秘めた、あまりにも暖かな言葉だった。
良い部下達だと思う。
自身には勿体ない程に。
だからこそ彼女達の純真で、真っ直ぐな道を守りたいと、巻き込みたくないと思っていた。
その鎖が両足に巻き付き、ずっと決断出来ず、足踏みばかりしていた。こんな真似をすれば、自分だけの問題ではなくなる。全員に迷惑が掛かると知っていたからこそ、躊躇っていたのだ。
ただ真っ当に、何も知らず、自身の、ヴァルキューレの正義を信じて日々を送る生徒達に対して。
しかし――過ちを積み上げ続けた所で、正しさに転じることは無い。
本当の正義を口にするのならば。
真に正しき道を望むのならば。
積み上げたそれは、崩さねばならないと知った。
「それで公安局長、話とは」
「……あぁ」
ミヤコの慎重な口火の切り方に、カンナは数秒沈黙を守った後、気負わずに答えた。
肩に提げていた鞄から大きな封筒を取り出すと、その表面を指先で軽く撫でつける。一見何の変哲もない封筒だった、厚みはそれなりにあり、中に何が入っているかまでは分からない。
「これを受け取れ」
それをミヤコに向けて、軽く投げ渡す。
咄嗟に受け取った彼女ではあるが、その体勢は微かに爆発物を警戒していた。人は咄嗟に何かを投げられると、受け取ろうとしたり、逃避しようとする習性がある。それを利用した奇襲の類こそ、彼女は危惧していた。
「これは?」
「なんだ、まさか危険物じゃないだろうな? 不用意に開けるなよ、ミヤコ」
「不意打ちを狙っている訳でも、ましてや爆発物でもない、中に入っているのは単なる紙の束だ」
「………」
カンナの言葉を耳にしながら、ミヤコは入念に封筒の上から中身を探り、ワイヤーなどが仕込まれていない事を確かめる。今しがた投げた所を見ると、振動で炸裂するタイプでもないだろう。慎重に中を覗き込めば、確かにカンナの云う通り紙束が詰まっていた。
ミヤコは訝し気な表情を浮かべたまま、その一枚を抜き取る。
視界を彩る雪が、取り出した紙面の上に踊っていた。
「内容はヴァルキューレ警察学校とカイザーグループとの癒着、そして防衛室経由で行われた意図的な背任命令、贈賄、脅迫、公文書偽造、虚偽申告、職権濫用、つまり――」
つらつらと口から滑り落ちる様々な罪状、RABBIT小隊はそれらをまるで現実感の無い事の様に聞いていた。ミヤコは目を通した一枚目の紙面を、上から順になぞっていく。それは内部文書の一部だった、内容は――断片的なものではあるが、書類の偽装、虚偽報告の指示だ。
カンナの両目が、この場に集うRABBIT小隊を見つめていた。
「私達の、不正の証拠に他ならない」
「……っ!」
ヴァルキューレ警察学校、防衛室の不正、そしてカイザーコーポレーションと結託し事を行った、その証拠。
今投げ渡された封筒には、カンナが知る限りのあらゆる罪が事細かに記録されていた。SRT閉鎖に向けて行われた議事録、内部へPMCを招き入れる為に不正発行された許可証、実態にそぐわない虚偽の報告、不正指示を行う内部メモ、カイザーコーポレーションと行われた取引明細。
これは中途半端な立ち位置で、日々心を擦り減らしながらも足掻き続けた彼女の良心、その欠片が僅かずつ募った結晶に他ならない。
「――一体、どういう事ですか」
ミヤコは封筒を握り締めながら云った。驚きよりもまず、困惑が勝った。
これは本当の事なのか、仮に本当だとすれば何故こんな真似をするのか。彼女達にはまるで理解出来ない。
だが、手に取った内部資料らしき紙面に嘘はないと、ミヤコは薄々感じていた。
「え、えっと……?」
「待て、待て待て、待ってくれ! 何でこんなモノを私達に渡す!? どう考えてもおかしいだろうが!?」
サキが焦燥を滲ませながら、声を荒げた。
その目には強い猜疑心が浮かんでいる。自分達は少なくとも良好な関係等ではなく、RABBIT小隊も、公安局も、互いに互いを快く思っていなかった筈だ。何故こんな、自分達の不祥事、罪の証拠を手渡す様な真似をするのか。
不意に、ミヤコの持つ端末からモエの声が響いた。
『何、もしかしてだけれどさ、公安局長は破滅願望でもある訳?』
「……お前と一緒にするな、風倉」
遠隔操作でスピーカーモードへと転じた声は、確かにカンナの耳へと届いた。何の遠慮もない言葉に、彼女は肩を竦めながら否定を返す。
「一つ聞くが、お前達の先輩に当たるFOX小隊、彼女達は何の前兆もなく、唐突に連邦生徒会を襲撃するような危険人物か?」
「……!」
果たして、SRTにその様な人物が入学を許されるのか。
分かり切った問いだった。その意図も、答えすらも。
RABBIT小隊全員の口が閉ざされ、ミヤコは強く結んだ唇を解き、それから強い口調で否定した。
「……いいえ、先輩方は決して、その様な蛮行に及ぶ方々ではありません」
「そうだろうな」
あっさりと、カンナは返答に同調した。
「薄々気付いていただろう、あの襲撃はSRT特殊学園を閉鎖に追い込む為に企てられた、防衛室とカイザーコーポレーション、そしてヴァルキューレ警察学校共同の、自作自演だ」
「なっ……!?」
「その封筒の中には、連邦生徒会襲撃の濡れ衣をFOX小隊に着せる為に行われた隠ぺい工作、及び連邦生徒会に対する派閥の切り崩し、証拠の捏造、隠滅、その具体的な内容も記されている」
SRTに濡れ衣を着せ、行政委員会内部で暗躍し、閉鎖賛成票を得るために有形無形の策を講じた。またそれによって浮いたSRT運営予算の確保、転入先斡旋にヴァルキューレ警察学校を推薦させる為にも、それなりに後ろ暗い手を使った記憶がある。
虚偽申告、不正取引、横領、秘密漏洩、共謀、犯人蔵匿、証拠隠滅、贈賄、背任、公文書偽造、偽造文書行使、電磁的記録不正作出――一体幾つの罪に問われる事になるのか、考える事さえ馬鹿馬鹿しくなる量だ。
それを想い、カンナは思わずと云った風に自嘲の笑みを零した。
「――ヴァルキューレ警察学校は既に、正常に機能しているとは云い難い」
尤もこれはもっと前からの話ではある。ヴァルキューレ警察学校という組織の上に、防衛室と云う存在がある以上、彼女達の決定に自分達は逆らえない。
たとえ目の前で明確な犯罪が発生しようと、「見逃せ」と一言命令されてしまえば、両目を閉じて背任するしかないのだ。
それがどれだけ歯痒く、自分達の正義感に泥を掛け、理不尽であった事か。
「防衛室の現室長である不知火カヤ、そこから副室長、秘書官、役員がどれだけ手を染めているのかは分からない、しかし大方防衛室に所属する生徒の大半は何らかの悪事、その片棒を担いでいるだろう」
意識してか、無意識の内か、それは分からない。
全員が全員、そうである訳ではないだろう。ヴァルキューレ警察学校に於いても同じ事が云える。ただ純粋に自身の職務を全うしようと努める生徒は、決して少なくない。
「その傘下にあるヴァルキューレ警察学校も当然な……私の知る限り、人材資源室の室長も、この一件に加担していた」
「行政委員会の防衛室と、人材資源室が……」
「じょ、冗談だろう? 行政委員会の二部門がそんな状態で、どうして今まで、こんな……」
「それだけ用意周到だったという事だ、そしてカイザーコーポレーションという大きな傘の存在もあっただろう――連邦生徒会長が失踪してから、連邦生徒会そのものは大きく弱体化したと云って良い、連中にとっては動きやすい事この上ない状況だった筈だ」
じっくりと時間を掛けて、連中は力を蓄えていたのだ。何ヶ月も影に潜み、方々に手を回し、そしてその薄暗く、悪意に塗れた努力は結実しようとしている。
それを、止めなければならない。
本来の責務を果たす為に。
自身が誤って積み上げた罪悪、その贖罪の為にも。
「試みに問う、
カンナの瞳が、より強い煌めきを放った。
微かな重圧すら発せられる、その気配にミヤコは息を呑む。カンナの鋭い眼光が、此方の胸中、その奥底まで見通している様に思えて仕方なかった。公安局を背負い、そのトップに立った相応の貫禄が、カンナからは発せられていた。
それは常の彼女からは感じられなかった、進むと決めた者の発する決意の色だ。
「防衛室は自身の利益の為に連邦生徒会内部の情報を一企業に流出させ、証拠を捏造、偽装し、特設された連邦生徒会長直轄のSRTを閉鎖させた、これが私的な理由から来るものなのは明らかだ」
「………」
「私もそれに加担した、云い訳のしようもない程に同罪だ、しかし残念ながら連邦生徒会の役員には不逮捕特権が存在する上、私達ヴァルキューレは防衛室の傘下に在る」
動こうとしても、まず上から潰される事になるだろう。
それどころか、仮に告発を成功させてもトカゲのしっぽ切りに遭う可能性の方が高い。
今回こうして監視の目を潜り彼女達と接触出来たのは、RABBIT小隊を子ウサギ公園から退去させるという建前があったからに他ならない。公安局内部でさえ、カンナの目が全て届いている訳ではないのだ――それを思えば、動く前に叩き潰されたとしても全く不思議は無かった。
法執行機関たるヴァルキューレ警察学校は既に機能しておらず、悪はのさばったまま。これをどうにか出来る
「この様な状況に陥った場合、ヴァルキューレ警察学校、及び連邦生徒会を調査し処断する上位機関は、ただの一つだけだ」
カンナの声が、力強くミヤコの鼓膜を震わせた。
はっと、ミヤコは何かに気付いた様に息を呑む。
交わる双方の視線。
カンナの握り締められた両手が、軋みを上げた。
「――それが何処か、分かるか?」
重ねて、目の前のカンナは問い掛ける。
理解している筈だと、自負している筈だと、彼女は確信と共に投げかけていた。
ミヤコだけではない、背後に立つサキも、ミユも、端末越しに会話を聞いているモエでさえ、カンナの云わんとする事を察していた。
たとえヴァルキューレ警察学校が対応出来ない、踏み込めない領域であっても。
連邦生徒会長より付与された権限で以て、どのような相手であっても介入が可能なキヴォトスに於ける法執行機関。
その最高学府の名は。
「SRT特殊学園」
ぽつりと、ミヤコは言葉を紡いだ。
同時に、握り締められた拳がプレートキャリアの上から胸元を強かに打つ。
覗く瞳に、煌めく意志が宿っていた。
どの様な状況であろうと、相手であろうと、一定の基準に則り判断し、屈強な正義を貫く組織。
つまりは。
「――私達です」
声は勇ましく、堂々たる姿は一切の揺らぎを感じさせない。
極寒の空に晒されて尚、決して折れず、曲がらず、熱を秘めた瞳。学園が無くなろうと、どんな苦境に晒されようと、その信念がある限り彼女達は決して在り方を見失わない。
カンナはどこか喜色と共に、その宣言を聞き届けていた。
「その通りだ」
だから私は此処に来た、と。
カンナはそう断言する。
正しき行いを、正しき者に託すために。
答えた彼女は、苦笑を漏らしながら自身の掌を見下ろした。
「本当は、もっと早くに告発すべきだった、だがどうにも踏ん切りが付かなくてな――ある人に背中を押されて、漸く決心がついた」
「……ならば何故、私達に? それこそ、これを託すべき相手は――」
「これは私なりのケジメだ」
カンナの言及した人物に、ミヤコは素早く勘付いた。
しかし、カンナは首を横に振る。彼女の云いたい事は理解出来る。それが最も合理的である事も確かだった。しかしカンナは僅かな寂寥感と後悔、憂いを帯びながらRABBIT小隊の面々に目を向け笑った。
「お前達の背後に誰が居るかは理解している、こうしてお前達に不正の証拠を託したとしても、最終的に頼るべき相手は同じだ……けれど最初に、お前達と話すべきだと思った」
「………」
「RABBIT小隊――
それが、カンナの考えるケジメ。
その想いを、感情を彼女達は断片的であっても感じ取る。ミユとサキが、ミヤコに視線を向けていた。彼女はその視線を背に、RABBIT小隊の仲間達を一瞥する。モエは無言を貫いていたが、抱く想いは同じ筈だった。
くしゃりと、抱き締めた封筒が音を立てた。
「分かりました」
頷きは深く、力が込められている。
彼女の見せた誠意に、正義に、応えなければならない。
それがSRTで在り続けると叫び、何もかもを失って尚、諦める事をしなかった――自分達の役目だから、と。
「皆、準備を」
多くのヴァルキューレ警察学校、その生徒達が見守る中でRABBIT小隊は行動を開始する。この託された証拠を、届けなければならない。
そう告げれば、ミユとサキが頷き、モエが短く返答を寄越した。
その決定に、異存はない。
「これよりRABBIT小隊は、シャーレに――」
「きょ、局長ッ! カンナ局長ぉッ!?」
だがRABBIT小隊が動き出すよりも早く、焦燥と悲愴に塗れた声が公園に響いた。
全員が声の上がった方向に目を向ければ、公園入口脇に停車していた装甲車の中から、ひとりの生徒が転がる勢いで降車している所だった。
彼女は端末を片手に、半ば転びそうになりながらカンナの元へと駆け寄ると、ズレた帽子もそのままに、半泣きになりながら唇を戦慄かせる。
尋常ではない様子に、さしものカンナも面食らい、それから駆け寄って来た生徒の肩に手を置きながら努めて冷静な口調で問いかけた。
「何だ、一体どうした?」
「そ、それが、それが……っ!」
震える掌の中に軋む端末、蒼褪めた彼女はカンナの上着を縋る様に握り締めると、そのまま端末の画面を突き出し、たどたどしく言葉を紡いだ。
「さ、先程、しゃ、シャーレで……」
息を呑み、全身を震わせる彼女のそれは、決して寒さから来るものではない。
カンナの視線が生徒の突き出した端末の画面を捉え、その中で見知った建物――独立連邦捜査部シャーレの本棟が火を噴き、オフィス区画が吹き飛んでいる写真を認めた。
「シャーレで、大規模な爆発が起きたって、通報が――ッ!」
次回漸く先生のお時間ですの! うぅ、此処まで凄く長かったですわ……!
一杯血反吐撒き散らして、沢山足掻こうね先生。まだもうちょっと頑張らないといけないですもんね、こんな所で斃れてなんていられないですよね。どんなに傷付いても、何度だって立ち上がって進もうとするから、先生は素敵なんですわ、輝いているんですわ。
やはり人間は素晴らしいのですわ~ッ! 人間賛歌です事よ~ッ!