ブルーアーカイブを、もう一度。   作:トクサン

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誤字脱字報告に感謝ですわ~!


泥濘の境目

 

「………」

 

 薄暗い部屋の中で、ひとり長椅子に腰掛け天井を仰ぐ影があった。

 場所はD.U.郊外にある寂れた貸事務所。小さいとは云え建物を丸々借り付け、根城としている人影は気怠そうにソファへと身を預け、微動だにしない。

 壁に並んだ窓全てのブラインドは閉め切られ、表向きは相談事務所と銘打っているものの、実際に客が訪れることは無い。

 此処は秘密裏に活動する上で必要となる人員、武器、弾薬の類を保管する集積所としての側面が大きく、故に部屋の中には様々な保管箱、コンテナ、ガンラックが並び、無造作に積み上げられていた。

 

「ぼ、ボスッ!」

 

 そんな部屋の扉を勢い良く開け、踏み込んで来る影が一つ。薄暗い部屋に飛び込んで来た人影――オートマタはフェイスモニタを点滅させ、どこか焦燥を滲ませた音声を部屋に響かせる。

 廊下を駆ける音で、薄々接近には気付いていた。ボスと呼ばれた人影はゆっくりと身を起こすと、面倒そうに視線を今しがた入室したオートマタへと寄越す。

 

「……何だ、騒々しい」

「一大事です、先程監視員より報告が――ッ!」

 

 告げ、オートマタは手元に握り締めていた端末を差し出す。ソファに身を預けていた影は億劫そうに画面を覗き込み、暫く沈黙を守った。

 

「――これは」

 

 画面を凝視し、その赤いアイラインを煌めかせた影は長椅子を軋ませ、部下の持っていた端末を強引にもぎ取る様に受け取った。そのまま食い入るように見つめていた影だったが、ややあって顔を上げると、唸る様な声で問いかける。

 

「誤報の類ではないんだな?」

「は、はい、確かに目視したと」

「………」

 

 この報告に、間違いは許されない。

 頷きを返す部下を見上げながら沈黙する影は、その指先で何度も顎先を撫でつけ、唸る。微かに金属同士の擦れる音が聞こえ、熟考する素振りを見せた。

 

「分かった、現地の監視には待機命令を、下手に動かず、動向を知らせるだけで良い、だが何かあれば私に直接連絡を寄越せ」

「了解しました……!」

 

 その言葉に力強く頷きを返したオートマタは、返却された端末を手に一も二も無く部屋を飛び出して行く。入れ違いで、先程のオートマタより幾分か分厚い外装を身に纏った、スーツ姿のオートマタが部屋へと踏み込んだ。

 

「――?」

 

 自身の横を駆けていく同胞の背中を見送りながら、オートマタは疑問符を浮かべる。

 

「ボス、一体何が?」

 

 スーツを着込んだオートマタは、長椅子に腰掛ける自分達のボスに軽い調子で問い掛けた。しかしボスと呼ばれた当の本人は黙り込んだまま答えない。

 ただ、いつか好んで身に纏っていた黒い外套に赤いネクタイを締めると、駆動音を鳴らしながら緩慢な動作で立ち上がった。通常のオートマタと比較しても巨大な素体が影を落とし、赤いアイラインが部下を見下ろす。

 

「今直ぐ動ける者を招集しろ、D.U.区域で動ける者全員だ」

「はっ?」

「聞こえなかったか? 戦力を集めろと云った」

「あ、いえ……しかし一体、何故――?」

 

 唐突なそれに、スーツ姿のオートマタは困惑を滲ませる。急な命令は珍しくない、だが動ける部下全員となると少々規模が大きい。その手の大規模な行動は前もって通達される事が常だった。

 せめて理由をと呟く部下に対し、目の前に立つボスと呼ばれた存在は一拍間を置き、ノイズ混じりの電子音声を発した。

 

「シャーレで爆発があったらしい、オフィスが丸々吹き飛んだとの事だ」

「―――」

 

 それは正に、想像していた以上の事態であった。

 先程部下が齎した報告は、シャーレに張り付かせていた監視員から送られて来たもの。普段通りシャーレ本棟を監視していた所、何の前触れも無く先生の常駐しているオフィスが爆発したらしい。

 唐突なそれに唖然としていた所、間髪入れず彼方此方からカイザーPMCの兵士が現れ、シャーレを包囲し公道の封鎖まで始めたと。野次馬は強引に追い払われ、場合によっては発砲さえ散見された旨が端末に記載されていた。

 

「今回の一件、十中八九カイザーコーポレーション側から仕掛けた事だろう、余りにも手際が良すぎる」

 

 驚愕で文字通りフリーズし、二の句を継げずに居る部下を他所に、ボスは淡々とした口調で言葉を続ける。シャーレを包囲したPMCの存在、今まで収集した情報、そしてこの様な手口を使用する相手は非常に限られる。

 大規模な自治区でさえ独立連邦捜査部を敵に回す事は避けるのだろうに、躊躇い一つ見せないのだ。

 

「そ、それはつまり……」

「あぁ」

 

 部下の深刻な声色と共に呟かれた言葉に対し、深く頷きを返す。

 

「プレジデントが本格的に動き出した、と云う事だろうな」

 

 この規模の攻勢に出る等、各系列企業のトップでは不可能。現カイザーPMCのトップである将軍(ジェネラル)も、自身の知る限りこの様な『胆力』を持つ人物ではなかった。そうなれば自然、その背後に立つ人物が薄らと見えて来る。

 カイザーコーポレーションの頂点に立ち、キヴォトスを手中に収めんと暗躍する狡猾で老練なオートマタ(機械人形)

 彼を思い、ボスと呼ばれた存在は両手を静かに握り締めた。

 

「では、我々も加勢に?」

「……ふん、所詮は古巣だ、加勢もクソもない」

 

 それは暗に、今此処で助力を行えば返り咲ける可能性があるのではないか? という進言であった。しかし目の前の彼は首を横に振る、暗闇に薄らと浮かび上がる赤い眼光は部下の言葉を雄弁に否定していた。

 

「プレジデントは自信家だ、自身の計画と戦力に絶対の自信を持ってこの作戦に挑んでいる事だろう――でなければそもそも、カイザーコーポレーションが動く事も無い」

 

 カイザーグループの総力を結集すれば、シャーレに勝てると踏んだのだ。故に自分達が加勢した上で事が成ろうと、自分達が返り咲ける可能性は万に一つあるかどうか。

 いや、寧ろ嘲笑を浴びせられる未来の方が遥かに想像し易い。勝ち馬に乗っただけだと、そう吐き捨てられる光景が透けて見える様だった。

 

 彼奴の本質は戦略家でもなければ、戦争屋でもない。

 プレジデントはあくまで事業家であり、経営者だ。利益が生まれなければ動こうとしない、カイザーコーポレーションを動かし、シャーレと敵対して尚も生まれる利益が存在するからこそ、事は起こったのだ。

 そして兵を集める理由は、決してカイザーコーポレーションに助力する為ではない。

 これは自身の信念や根底、矜持(プライド)に関わる問題だ。

 ボスは暫しの間沈黙を守り思案すると、そのまま指示を出す。

 

「兎に角、一刻でも早く兵を率いてシャーレに向かう必要がある、準備を急がせろ」

「わ、分かりました、ボス」

「――あぁ、それと」

 

 その指示に対し、先程のオートマタと同じように急いで部屋を後にしようとする部下を一瞥し、彼はふと記憶領域の片隅に存在した組織の名前を口にした。

 

「ジャブジャブヘルメット団に連絡しろ、確か今はD.U.に留まっている筈だ」

 

 嘗て手を組み、リゾート地一帯と有力なブランドを手中に収めようと試みた際、金で雇った傭兵達だ。何だかんだと結局計画は破綻してしまったが、戦力としてそれなりに優秀である事は皆が認める所である。連れて行けば役に立つだろう、万年金欠の連中だ、断る事は無いと云う確信があった。

 

 彼の指示に頷いたオートマタは、動ける者を集める為に行動を開始する。部屋を後にする部下の背中を見つめながら、彼等を束ねるボスは虚空を睨みつける様に赤いアイラインを煌めかせ、呟いた。

 

「シャーレの先生には借りがある、土の味を教えて貰った、特大の借りが……な」

 

 その借りは、必ず返さなければならない。

 

 ■

 

『先――……せんっ――先――!』

 

 頭に直接響く、か細い声が聞こえた気がした。

 分厚い壁を隔てた先で、辛うじて届く様な声だ。

 心臓の鼓動が聞こえる、まるで揺蕩う様に揺れ動く意識。感覚など失って久しいというのに、その時ばかりは奇妙な心地良さと倦怠感に、自身の身体は包まれていた。

 頭の天辺からつま先まで、甘い痺れが全身に巡り、瞼を開ける事が億劫になる。

 

 このまま波に揺られるように眠っていられるのなら、どれ程幸福だろうか。

 ただ意識を失う様に目を瞑り、心地良さ等とは無縁の眠りを続ける彼にとって、その一瞬は何とも表現できない、強烈な誘惑を孕んでいた。

 精神的な意味でも、肉体的な意味でも、本能は休息を望んでいる。

 

 しかし穏やかな泥濘に沈む事を、世界は決して許さない。

 

『先生ッ!』

「――っ!」

 

 くぐもって聞こえた声は唐突に鮮明なものとなり、安寧の泥に沈んでいた先生は一気に覚醒した。

 目を見開き、同時にひゅっと息を吸い込む。周囲に漂う埃を肺に詰まらせ、先生はその場で体を転がすと何度も咳き込んだ。

 

「げほッ、ごほ……っ!」

『大丈夫ですか!? しっ、しっかり……!』

 

 咳き込むと、口から唾液と少量の血が吐き出された。

 しかし胃や肺から出たものでは無い、衝撃で地面を転がり、口の中を切ったのだと分かった。

 生憎と痛覚など消え去った体ではあるが、乾燥し罅割れた唇を拭うと鮮やかな赤が手の甲に付着する。傷と呼ぶ事すら躊躇われる、些細な赤色だ。

 

 先生は転がったまま両手両足を動かし、顔から喉、胸、腹と掌で体の線をなぞると、欠けている部分が無い事を確かめる。

 自身の身体を視界に捉えると、盛大に粉塵を被ったシャーレの制服が見えた。幸い、何かの破片が刺さったり、臓物が破裂した様子もない。少なくとも外見上、身体は無事だ。その事に内心で安堵する。

 

「ふぅ、ふーッ……!」

 

 だが体を横たえると吐き気がした、まるで脳幹をぐるぐると揺すられる様な気分の悪さ。

 目を瞑り、一秒、二秒と数えて、それから思い切り歯を食いしばる。

 吐き気を堪えながら身体を揺すると、覆い被さっていた硝子片や爆散した壁の破片が床へと落ちた。両腕で体を支え、うつ伏せになりながら先生は充血した瞳で周囲を伺った。

 それから未だ朧げな視界でシッテムの箱を見つけると、自身の胸元へと引き寄せる。罅割れた液晶の向こうには、必死に此方を見つけるアロナの姿が見えた。

 

『先生……!』

「私は、大丈夫……助かったよ、アロナ」

 

 自身の身体を掌で軽く叩きながら、先生は礼を告げる。

 爆発の瞬間、ギリギリでアロナの防壁が間に合った様だった。即席の遮蔽代わりとしたデスクは爆風で吹き飛ばされたのか、傍にそれらしい影は無く、目を凝らせば粉砕され、風を送り込む窓硝子だった枠に引っ掛かるデスクの足だったモノが見えた。

 

 それだけではない、来客用のテーブルも、仕事用のパソコンも、ホワイトボードも、スチール棚も、印刷機も、何もかもが吹き飛び、焦げ目を残しながら粉砕されていた。地面に散らばる残骸、壁の破片、硝子片、様々な書類を見下ろしながら先生は呟く。

 

「オフィスが――」

 

 破壊の爪痕が残るオフィスを、先生は悲愴感の漂う表情で凝視する。此処には生徒達から貰った大切なものが沢山あった。

 一緒に出掛けた際に購入したもの、日頃の感謝として贈られたもの、デスク周りや棚に収納されていた大小様々な品々は、爆発によって散り散りになっている。

 それらがほんの、たった一瞬の内に起こった事だという現実に、表現できない虚しさと悲しさが湧き上がった。

 だがオフィスの惨状に呆然とする暇や、喪失感に浸っている時間は無い。先生が数秒、吹き飛んだ窓枠から吹き付ける風を背にしている間、アロナは画面の中でシャーレ内部の異変を察知していた。

 

『っ、先生! シャーレ内部に侵入者の反応です!』

 

 青の教室でホログラムモニタを展開した彼女は、一階から順に駆けて来る敵性存在に勘付いた。学籍情報を確認するゲートを強引に突破し、このオフィス目掛けて迫る影は彼女の良く知る反応とは異なる。

 

『――この反応は、生徒さんではありません!』

「……あぁ、だろうね」

 

 応じた声は凍える様に冷たく、無感動であった。

 予想は出来ていた、前後関係から後詰の部隊を出すならカイザーPMCだろう。先の宅配を装った爆弾もそうだ、こんな事を仕掛ける相手は限られている。

 肺を使い、息を吐き出した先生は思考を巡らせながら、軋む体に鞭打ちながら立ち上がろうとして――しかし、自身の両足が無様にも震えている事に気付いた。

 

「――……っ」

 

 足に力が入らない、その事実に顔を歪める先生。だが、このまま何もせずに待つ訳にはいかない。後続まで用意しているとは、どうやら連中は本気らしい。本気で箱舟を手にして、この世界に君臨しようとしているのだ。

 それを許す訳にはいかない。

 

「アロナ、各階の隔壁を――」

『は、はいっ! シャーレの各区画に隔壁を展開します!』

 

 彼女がそう告げると同時、けたたましい警告音と共に館内放送が流れ始めた。それは万が一危機的状況に陥った際、アロナの権限で展開出来る唯一の防衛措置である。

 先生が佇むオフィスも同様であり、吹き飛んでいた窓硝子も上部よりシャッターが降り、あっという間に外界と遮断される。

 背中に吹きすさぶ風は軈て止み、フロアを繋ぐ廊下に次々と隔壁が展開――陽光を遮断し、薄暗いシャーレ内部の照明が切り替わる。建物全体が薄らと赤を含んだ非常灯に照らされ、先生は赤と黒に包まれたオフィスの中で、小さく息を吐き出した。

 

『全フロアの隔離実行完了です、これで暫く時間が稼げる筈……!』

 

 生憎とシャーレに他者を攻撃する様な防衛装置は存在しない、しかしこの隔壁は先生を守り、生徒が駆け付けるだけの時間を稼いでくれる筈だ。一階からこのオフィスまで登って来るとしても、それなりの時間は必要である。

 

「後は、救援の連絡を……」

『分かりました、直ぐに助けを呼んで――ッ!?』

 

 先生の指示に従い、アロナは即座に連絡先をホログラムモニタに並べる。

 フロア隔離を実行した時点で、連邦生徒会には異常が伝わっている筈だが、それでも助けが多いに越したことは無い。今現在最も近くにいる生徒は――同じD.U.郊外に居を構えるRABBIT小隊の面々だろう。

 アロナは最近交換したばかりのRABBIT小隊の連絡先、その名前をタップし通話を試みる。

 しかし、肝心の電子音は鳴らず、それどころかエラー表記が返って来る始末であった。

 

『あれ……通信が繋がらない? な、何で』

 

 慌てて通信状況を確認すれば、通話どころか通信そのものが切断された状態に陥っている事に気付く。隔壁閉鎖などのコントロール権が生きていた為、気付くのに幾分か時間を要した。

 シャーレ内部、近距離での通信ならば兎も角、遠方の相手に対してはコンタクトを取る事が出来ない状況だ。アロナは周辺状況をホログラムモニタに映し出し、現状の把握に努める。

 

『もしかして、シャーレ周辺にのみ強力な電波妨害が発生しているとか……?』

 

 外界へのアクセスが悉く失敗する結果を見て、アロナはホログラムコンソールを叩きながら呟きを漏らした。しかしジャミングの出所を探ってみるも、それらしいモノは発見出来ず。

 まるでD.U.全域の通信網がシャットダウンされたかのような惨状だと思った。

 ネットワークにアクセスできないアロナは外界の状況を把握出来ていないが――或いは、本当にサンクトゥムタワーが占拠されたのではと、そんな予想が脳裏を過る程。

 

『で、ですがこの程度、スーパーアロナちゃんに掛かれば……ッ!』

 

 シッテムの箱は伊達ではない、この程度の妨害、跳ね退けてこそオーパーツ足り得るというもの。そう意気込み、アロナは手元にホログラムコンソールを複数展開すると、大きく指を広げて通信の再接続を試みようとする。

 

 だが、彼女の指先がコンソールを叩くより早く、大きな揺れと爆発音が先生を襲った。

 

「っ、爆発……!?」

『まさか……っ! 先生、階下の隔壁が破られましたッ!?』

 

 展開していたホログラムモニタ、その内の一つに警告が表示される。

 見ればシャーレのオフィス区画の中層階、廊下を封鎖していた隔壁が爆発によって破られたという表示だった。

 マップ上の赤いマークは爆破した隔壁を突破し、列を為して進行し直ぐ下にまで迫っている。

 爆発は一度のみならず、二度、三度と続き、その音は比較的近い位置からも耳に届いた。アロナがコンソールを操作してマップ情報を更新すると、敵反応はこの先生が居るオフィス区画にも入り込もうとしている。

 どうやら上空から外壁に取りつき、最短距離を一気に詰めて来たらしい。このオフィスに直接乗り込んでこなかったのは、単純に建物の設計上の幸運か。だがそれも、些細な幸運でしかない。

 アロナの表情に焦燥の色が滲み、ホログラムコンソールに触れる指先が微かに震える。

 

『て、敵性反応、外壁から直接オフィスエリアに侵入して来ます!』

「………」

 

 先生はアロナの悲鳴染みた報告に黙り込み、シッテムの箱を抱き締めた。

 

 ――恐らく救援は間に合わない。

 

 仮に此方の窮地を伝える事が出来たとしても、五分か十分か、ひとりで凌ぐ必要があった。

 隔壁だけでカイザーPMCの足を止められるか? 先生は自分に問い掛ける。答えは否だ、敵方が爆薬を潤沢に持ち込んだ工兵を連れている事は明らかであった。

 或いは特務か、どちらにせよ五分と経たずにこの部屋へと踏み込まれるのは明らかである。

 

 座して待てば、破滅の未来は確定する。

 先生は無言で懐に手を差し込むと、内ポケットを探りだす――強心剤の入った注射器を取り出そうとしたのだ。

 しかし、先生の指先は何時まで経っても目当ての代物に辿り着くことは無く、疑問に思った先生が咄嗟に上着の前を開き胸元を視認すると、其処には何も入っていない内ポケットが中身を晒していた。

 

 爆発の衝撃で、何処かに吹き飛んだか。

 内ポケットに入れていた筈の薬品は何処にも見当たらず、空っぽのポケットを目視した先生は眉間に皺を寄せ、険しい表情を浮かべた。

 

「―――」

 

 だが、このまま何もせず破滅を待つという選択肢は無い。先生は大きく息を吸い込むと、自身の震える足を二度、三度と殴りつける。鈍い音が続き、小刻みに震えていた足はぴたりと、その震えを止めた。

 

「アロナ、避難経路の表示を頼む」

『せ、先生!?』

「……このまま此処に籠っても、助けが来る前に破られる、それなら一か八か単独でシャーレを脱出して身を隠すしかない」

 

 震えの止まった足で床を踏み締め、辛うじて立ち上がった先生は、しかし超然とした態度を崩さない。大きく深呼吸を繰り返すと、非常灯の点滅に合わせて先生の影が浮かび上がる。シッテムの箱から放たれる青白い光が、薄らとその顔を照らしていた。

 数秒、画面越しに見つめ合う先生とアロナ。ややあってアロナは両手を握り締め、不安を押し殺し、緊張に張り詰めた表情のまま頷いた。

 

『――分かりました、視界に敵性反応と接触しないルートを表示します!』

 

 ■

 

「隔壁爆破確認――タレット、トラップ反応なし」

 

 シャーレ本棟、中層階。

 廊下を封鎖していた隔壁を爆破し、抉れた隙間を縫って進むオートマタ達は、四方に視線を向けながら注意深く隔壁の穴を潜る。周囲をつぶさに伺い、フロア中央へと躍り出た集団は直ぐ傍のエレベーターが停止している事を確かめた。

 オフィスフロアから下へと降りる手段は階段かエレベーターの二つのみ、少なくとも事前調査で得られた経路ではその筈だった。全員の記憶領域には、既にシャーレ内部の地図が記録されている。

 

 頭上では警報が鳴り響き、廊下に木霊する。非常灯に照らされた内部は薄暗く、不気味でさえあった。生徒達の為に設けられた休憩室や教室と云ったものが、今はその役割を失い、非日常の中に呑み込まれようとしている。

 地面に散らばった硝子片を踏み躙り、先頭を歩くオートマタはフェイスモニタを点滅させ、側頭部に指先で触れた。

 

「こちら第五班、指定ポイントに到着」

『こちら第六班――シャーレ外壁にシャッターが下りた、恐らく内部隔壁と連動している、銃撃程度ではビクともしない、突入には爆薬を使用する、注意しろ』

 

 その通信より数秒後、上層より爆発音が鳴り響き、衝撃が微かにオートマタ達の身体を揺らした。何かが建物の外壁に擦れる音、甲高い金属音と警報、第六班がオフィスエリアの外壁を爆破した音だと分かった。

 

『こちら第六班、爆破完了、これよりオフィスフロアに突入を開始する』

「了解」

 

 その報告に合わせ、第五班のオートマタ達は上層へと続く階段に足を掛ける。

 突入のタイミングを合わせ、先生の逃走経路を潰す算段である。無論、最初の爆発で倒れている事が理想ではあるが――プレジデントから決して油断するなと厳命されている為、気を緩めることは無い。

 遠くからヘリの空気を叩く様な音が響いていた。頭上を仰いだオートマタの一人が、抱えた銃を揺らしながら隣の仲間へと問いかける。

 

「もしかして、航空支援があるのか?」

「いや、ヴァイオレット(攻撃ヘリ)は上空で待機中の筈だ、シャーレ全体を爆破する訳にはいかないからな、地下が埋まってはクラフトチェンバーの確保が出来なくなる」

「あぁ、そうか、地下は一班の仕事だったな――特務の連中か」

「後、航空支援があるとしれば、上空から外壁のシャッターを剥がす位か」

「……過剰火力だとは思うがな」

 

 階段を駆け上がりながら言葉を交わすオートマタ達、口調は軽薄であったがセンサーは常に最大限稼働し、あらゆる防衛措置を警戒している。

 トラップ、タレット、EMP――出来得る限りの対抗策は講じてあるが、件の先生は電子機器に対して驚異的なクラック技術を保有しているとの情報がある。

 駆けるオートマタ達の首元には、円形の奇妙なデバイスが括りつけられていた。

 それは基幹システムへの侵入を一度のみ妨害し防ぐ、身代わり用デバイスである。カイザーPMC御用達のICE(攻勢防壁)すら容易く突破する先生に対し、以前のCEOが用意させたものだ。

 

 今回の作戦では、以前行われた先生との交戦を参考にし、装備の厳選が行われている。正に万全の備え、兵士に油断は無く、対策は十全。

 そんなオートマタ達のネットワークに通知が届いた。先頭を行くオートマタが足を止め、後続に指先で先行を指示する。

 頷き、駆けていく同胞の背中を見送りながら、フェイスモニタのグリーンランプを点灯させた。

 

『――首尾は』

「ジェネラル」

 

 素体内部に響く作戦指揮官(ジェネラル)の声、壁際に寄ったオートマタは油断なく階段の踊り場から廊下へと進んでいく仲間を一瞥し、答える。

 

「問題なく進行中です、第五班と第六班はオフィスエリアに侵入、既に先生の捜索に当たっています」

『そうか――シャーレの警備は想定より随分と温い様だな』

 

 ジェネラルの声には若干の落胆が籠っていた。

 宅配を装った爆破工作もそうだが、内部に侵入した後も殆ど抵抗らしい抵抗は無かった。精々が途中隔壁が降りて来た程度で、それ以外はタレット一つ存在しない。数多の自治区から信頼を寄せられ、現在では連邦生徒会を凌ぐ名声を持つ独立連邦捜査部とは思えぬ温さだ。

 しかし、簡単に済ませられるのならばそれに越したことは無い。銃器を抱え直したオートマタは、努めて無機質に問う。

 

「シャーレの先生が生存していた場合、対処は?」

『可能ならば生け捕りにしろ、ただし逃走する様であれば――射殺しても構わない』

「了解」

『確かな成果を期待する、通信終了』

 

 何の抑揚も、感動もない電子音声にオートマタは小さく頷きを返し、通信は閉じられる。二度、三度フェイスモニタを指先で小突いたオートマタは、それから銃器を担ぎ直し仲間の背を追って階段を一息に駆け上がった。

 念の為警戒しながら廊下へと身を乗り出せば、踊り場と廊下を繋ぐ場所に降りた隔壁が目に見えた。

 降りた隔壁は多層構造になっており、率直に云って頑強さだけならばそれなり以上の強度を誇っている。先程爆破した際に内部を軽く検めたが、衝撃吸収層となる外層には高硬度鋼、中間層にはケブラーを被せたセラミック複合材、内層は高密度ポリエチレン。降りると同時にアンカーで強固に固定された隔壁は、厚さ十五センチ程で完全貫通かつ人が通れる最低限の穴を生み出すには、プラスチック爆薬で凡そ二キロの量が必要であった。

 先行していた仲間達は既に隔壁を爆破すべく準備を進めており、オートマタの一人が隔壁に取りつき、手早くプラスチック爆薬を取り付けている様子が見える。

 

「爆薬セット完了」

 

 一分足らずで設置を終えたオートマタが背負っていた背嚢を担ぎ直し、SMGのスリングを掴んで後退する。他の仲間達は既に角を曲がって遮蔽の裏に身を隠し、起爆の瞬間を待っていた。

 小走りで踊り場へと戻って来たオートマタは起爆装置を手に取り、皆に見える形で腕を掲げる。全員が階段に身を伏せる様にして這い蹲り、起爆装置が握り締められた。

 

「起爆!」

 

 カチン、と鳴り響く音。

 同時に爆音と衝撃が奔り、爆風が周囲を駆け巡る。角を曲がり、階段の影に身を伏せたオートマタは達の外装が微かに揺れ、一拍遅れて金属が方々に飛び散る様な甲高い音を聞いた。

 先頭に伏せていたオートマタが立ち上がり、周囲に漂う粉塵を手で払いながら前進、踊り場から廊下方面を覗き込めば、貫通し穴の開いた隔壁が視界に映った。注意深く穴を覗き込み向こう側を確認し、それから後方を振り返ったオートマタは、仲間達に指示を送る。

 

「――前進、このままオフィスを襲撃する」

 


 

 因みにソラちゃんはシフト時間では無かった為、エンジェル24では一般オートマタ店長が頭を抱えて蹲っている事でしょう。

 と云うか生放送ご覧になりました? パジャマですって、パジャマ。以前のスチルで出てはいましたが、まさかこんな衣装が来るとは思ってもいませんでしたわ~! イベントも含めて大変待ち遠しいですわね~! 個人的に最近追加された温泉開発部のグループストーリーがとても良かったので、生徒達の新しい側面が楽しみで仕方ありませんの!

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