ブルーアーカイブを、もう一度。   作:トクサン

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諸事情で一日遅れましたわ~!
年末年始はやる事沢山で忙しいですわね…。


苦痛の中に在る(斃れない限り)確かな安らぎ(続く痛みの中で)

 

「おい」

 

 軽く、頬に衝撃が奔った。

 微かに揺れた頭部が暗がりに落ちていた意識を覚醒させ、薄らと視界が開かれる。項垂れ、床に向けられていた胡乱な瞳が瞬き、湾曲した世界を映し出した。

 起きて、初めて自身が意識を失っていたのだと気付く。どれだけの時間、そうしていたのだろうか。体は疲弊していたが、それ程強張った感覚は無かった。

 

「ぅ――……」

 

 口から、小さな苦悶が漏れる。吐き出した吐息は白く、直ぐに溶けて消えた。辛うじて視界に映る光景、見下ろした自身の右足には包帯が巻き付けられており、中にガーゼが挟まれているのか、微かに膨らんだソレには赤が滲んでいた。

 

「……?」

 

 どうやら自分は何かに腰掛けているらしいと、まるで他人事の様に思う。

 薄暗い室内では身に纏ったシャーレの制服もくすんで見えるが、それは何も光の加減だけの問題ではないだろう。実際彼方此方が裂け、薄汚れ、解れた制服は先生が行った必死の逃走、その証明だ。

 力なく項垂れ、曲がっていた首を持ち上げれば、微かな明かりが視界に差し込んだ。先生は目を細めながら、唇を震わせる。

 

「此処、は……」

 

 点滅する明かり、部屋中央に設置された蛍光灯の光と、その真下に浮遊する奇妙な石板――クラフトチェンバーより放たれる煌めき。それは青白く、ぼんやりとした淡い光で、周囲を照らしていた。

 

「気が付いたか、シャーレの先生」

「……将軍(ジェネラル)

 

 クラフトチェンバーの前に立ち、その表面を見上げていたジェネラルは、先生の呼びかけに対し緩慢な動作で振り向いた。

 相変わらず皺ひとつ存在せず、きっちりと着込まれた軍服に、何ら感情を見せない無機質な気配。両腕を後ろに回した彼はフェイスモニタにグリーンランプを二つ点灯させ、先生に視線を寄越す。

 

「っ……」

 

 先生は咄嗟に立ち上がろうとして、自身の身体が全く動かない事に気付いた。それは力が入らないとか、そういう事ではない。物理的に制止され、四肢が微動だにしなかったのだ。

 見れば両腕は椅子の後ろへと固定され、両足も然り。白いロープの様なもので椅子の脚へと巻き付けられ、身動ぎをした所で微かに縄を軋ませる程度の効果しかなかった。

 僅かに身を揺らし、自身の状況を理解した先生を眺めていたジェネラルは、その指先を伸ばし帽子のつばを撫でつける。

 

「奇襲だったとは云えこうも簡単に制圧出来るとは、聊か危険に対する防衛意識がなっていないのではないかな? よもや内部にタレットの一つも用意していないとは、突入後に知って驚愕したぞ、先生」

「………」

「尤も此方としては、楽に作戦を終えられるのならば、それに越したことは無いがね」

 

 今はその無警戒さ、或いは教職者としてのスタンスに感謝しよう。

 微塵も敬意や感謝を感じられない口調だった。ジェネラルの傍には幾人ものオートマタ達が待機しており、クラフトチェンバー前に設置されていたデスクと端末には、カイザー側が持ち込んだと思われるPCや携帯端末が所狭しと設置されている。クラフトチェンバーの下部に存在する固定装置には幾つかのケーブルが伸びており、既に解析が始まっている事は明らかであった。

 先生は周囲を伺いながら、それとなく拘束からの脱出を試みるが、そもそも縛られた感触も、感覚も無いのだ。触覚を失った状態で感覚を頼りに拘束を脱するのは、非常に困難に思えた。

 

「あぁ、それとタブレットは押収させて貰った、確か……『シッテムの箱』と呼ばれていたか? プレジデントが何度か口になさった単語だったな、これもまたオーパーツとの事だが」

 

 この様な罅割れ、古びたタブレットがその様な代物とはな。

 ジェネラルはそう云って、懐から取り出したシッテムの箱、その液晶を軽く指先で小突く。エデン条約の折破損し、罅割れた液晶はずっとそのままだ。以降も何かと騒動に巻き込まれ、その度に所々小さな傷が刻まれたタブレットは、お世辞にも美品とは云い難い。オーパーツと云えば確かにそれらしいかもしれないが、ジェネラルからすれば型落ちの薄汚れたタブレットにしか見えなかった。

 それを揶揄う様に彼は音声を発するが、しかし、これをプレジデントが所望している事に違いは無い。

 

「そしてコレが例の、『クラフトチェンバー』――サンクトゥムタワーに接続可能な外部装置、連邦生徒会長が失踪し行政制御権を失った際は、これで取り戻したのだろう?」

「………」

「この二つが揃えば最早、計画は達成されたに等しい、サンクトゥムタワーは我々カイザーコーポレーションの手に落ち、それを奪還可能なクラフトチェンバー、そしてアクセス権足るシッテムの箱もまた同じ」

「全ては……」

 

 ジェネラルの口上に差し込む形で、先生は声を上げた。クラフトチェンバーを眺めていたジェネラルの頭部が、微かな駆動音と共に先生へと向けられる。額に張り付いた、乾いた血が罅割れ、膝へと散っていくのが見えた。

 

「ウトナピシュティムの本船を、稼働させる為か」

「――無論だ」

 

 元より、その為の軍事行動。カイザーコーポレーションの総力を挙げてシャーレと、そして連邦生徒会と敵対したのは箱舟を手にし、キヴォトスを手中に収める為だ。

 一企業から世界を統べる組織として、カイザーは文字通り帝王へと転じる。

 

「アビドスで発掘されたという箱舟、アレは元々我々カイザーコーポレーションが多額の資金を投じて探していたものだ、プレジデントとの会談で既に聞き及んでいるだろうが――あぁ、先生の場合はそれよりも早く、前CEOと対峙した時既に耳にしていたかな?」

「……生憎と、そんな言葉を交わす仲でも無かったよ」

「ふむ、そうかね? まぁ何でも構わないが、兎に角アレさえあればプレジデントの大願は成就される、私はただ下される命令に諾々と従うのみ、そこに感情や私情を挟む余地はない」

 

 ――兵士(武器)とは本来、そういうモノだ。

 

 ジェネラルは背筋を正し、力強くそう断言する。

 物云わず、感情を持たず、必要な時に必要な働きをして、担い手の命令に粛々と従う。ジェネラルはそれこそが兵士の、武器の本質であると信じている。

 故に彼の薫陶を受けた部隊は皆、個ではなく群として動く。己は戦場に於ける最小単位、指揮に淡々と従い、通常通りの力を発揮出来ればそれで良いと。通常以上でも、以下でもない。必要な分を、必要な時に――そして一人一人が自身を代替可能なパーツの一つだと教育されている。犠牲で任務が達成出来るのならば喜んで身を捧げ、全体の勝利に貢献する信念があった。

 そう、信念だ。

 彼らにとっては、それこそが信念なのだ。

 彼の率いるオートマタは皆、カイザーコーポレーションにとって正しく兵士であり、文字通り武器であるが故に。

 

「――さて、そろそろ時間だな」

 

 ちらりと、自身の腕時計を一瞥し時刻を確認したジェネラルは呟く。シャーレとサンクトゥムタワーの同時制圧、それを為した今自身の往く道を阻むものは何もない。意気揚々と踵を返したジェネラルは、部屋に詰めていた部下の一人に問い掛ける。

 

「サンクトゥムタワー中央に待機中の部隊と連絡は?」

「繋がっています、指示があれば直ぐにでも動けるかと」

「宜しい――では、これよりサンクトゥムタワーの制御権を奪取する」

 

 背を向け、そう高らかに告げたジェネラルは片腕を挙げ部屋中に声を響かせた。周囲に木霊する声には、ただ誇らしさと達成感だけが含まれているように思う。記念すべき日だ、キヴォトスが新たに生まれ変わる、その第一歩――その事実を噛み締め、ジェネラルは喜色と共に先生を一瞥する。

 

「そこで見ているが良い先生、我々カイザーコーポレーションがキヴォトスの全てを手に入れる、その瞬間を」

「………」

 

 先生は縛り付けられた椅子で首を垂らしたまま、静かにジェネラルを見上げるばかり。抵抗らしい抵抗も、葛藤も、悲観すら滲ませない。それをジェネラルは諦観の顕れたと受け取った。フェイスモニタの中に、確かな勝者としての余裕が生まれる。

 

「くくッ、これでプレジデントは名実ともにキヴォトスの頂点に君臨される、その右腕たる私もまた、素晴らしき地位、そして名声を得るだろう……!」

 

 キヴォトスの頂点、何と甘美な響きか。

 この世界は学園都市ではなく――企業都市として生まれ変わり、大人の為の、カイザーの為の世界が誕生する。

 ジェネラルの合図と共に周囲を取り囲んでいた部下の一人が端末を操作し、サンクトゥムタワーにて待機中の状態に制御権奪取の指示を送る。クラフトチェンバーが淡く発光し、部屋の中に充満していた緊張が期待に転じていくのが分かった。

 ここまで全てはカイザーコーポレーションの望んだ通り、このまま進めばサンクトゥムタワーの制御権は彼らの手に落ち、キヴォトスはその統制を失うだろう。文字通り学園都市は、一つの企業によって塗り替えられる。

 

 

 ――しかし、その大願は決して成就しない。

 

 

 項垂れ、沈黙を守っていた先生の瞳がジェネラルの背中を捉える。

 その瞳に、青白い光が宿っていた。

 

『警告、不正な操作信号を感知しました』

「ッ!?」

 

 サンクトゥムタワーの制御権を手に入れるべく、アクセスを開始したカイザーコーポレーション。

 しかし、数秒と経たぬ内に異変が発生する。

 周囲を淡く照らしていた照明が赤く切り替わり、クラフトチェンバーが発していた光が徐々に失われて行くのだ。青白い光を帯び、表面を発光させていた石板は、僅かに傾きその高度を下げ、少しずつ色褪せていく。

 

『緊急プロトコル起動、アクセスを強制遮断、フェイルセイーフ機能によりサンクトゥムタワー及び、クラフトチェンバーの全機能は一時的にロックされます――強制シャットダウンまで十、九、八……』

 

 周囲に木霊する警告音声。唐突なアラートに浮足立ち、隠し切れない焦燥を滲ませたジェネラルは現状を把握しようと視線を彷徨わせ、声を荒げる。

 

「何だ、何が起こっているッ!?」

「わっ、分かりません、ただサンクトゥムタワーに展開した部隊より、一切の操作を受け付けなくなったと報告が、たった今……!」

 

 端末を操作する隊員が悲鳴染みた声を漏らす。端末画面内に表示される幾つものエラー表記、その指先がコンソールを叩くよりも早くサンクトゥムタワーへのアクセスは遮断され、全機能を停止させる。期待を孕んでいた室内は一転、騒然とし、先程までの静寂が嘘の様に警報が鳴り響く。

 想定外の事態だ、ジェネラルは普段の冷静な装いを忘れ、周囲で右往左往する部下達に怒鳴った。

 

「馬鹿な、連邦生徒会役員の生体認証とアクセス権限は既に入手している筈だ! この様なセキュリティが存在するなど、情報部からは何も……クラフトチェンバーを経由してアクセスしろ! その為の予備プランだろうが!?」

「だ、駄目です、此方からも一切反応がありませんッ!」

 

 クラフトチェンバーへと繋いだ端末を操作する部下もまた同じく、必死にコンソールを操作するが画面に進捗は無く、あらゆるアクセスが無効化される。何処から接触を試みても同じだ、一切の操作は受け付けられず、権限云々も関係ない。全てが等しく拒絶され、経過するカウントを眺める事しか出来ない。

 

「な、なんだ、一体何故……!?」

 

 ジェネラルはその返答に一歩後退ると、両肩を震わせる。

 軈てカウントダウンは進み、権限があればアクセス可能だった機能は全てシャットダウンされ、完全に沈黙した。事この段階において、サンクトゥムタワーへの介入はどの様な手段を以ても不可能となる。

 これによりキヴォトスには不可避の混乱が訪れるだろう。云ってしまえば、連邦生徒会長が失踪した直後と同じ状況。

 しかし、カイザーコーポレーションに制御権を奪われる事態は回避される。ウトナピシュティムの本船を起動する事は叶わず、行政制御も不可能。サンクトゥムタワーより発令可能なあらゆる命令は彼らの手を離れ、独力での解決を強いられる。

 

 ジェネラルは愕然とした表情でクラフトチェンバーを見上げ、周囲の部下達も、あまりに唐突すぎる展開に言葉を失う。警告音が鳴り止み、部屋の中で微かに残響する。赤く染まっていた部屋の内部は通常の色を取り戻し、ややあって嵐の様に全てが過ぎ去った後、ただ痛い程の静寂だけが流れていた。

 

「……ふっ、はは」

「っ……!」

 

 笑みが漏れた。

 それは純粋な安堵から漏れた声だった。

 静寂に包まれた部屋の中でその声は良く響き、全員の視線が声の主へと向けられる。

 

「まさか本当に、これが必要になるとは……思わなかったよ」

 

 椅子に縛り付けられ、首を擡げた先生は囁く様な、それでいて強い安堵の滲む声で呟く。

 

「――備えていて、本当に良かった」

 

 ■

 

『先生が承認さえしてくだされば、サンクトゥムタワーの制御権を連邦生徒会に移管できますが――どうしますか?』

『……ん、大丈夫だよ、連邦生徒会に制御権を渡して――でも、その前に一つ、アロナにやって貰いたい事がある』

『はい?』

 

 ■

 

 先生がこのキヴォトスに降り立ち、アロナと再会したあの日。

 A.R.O.N.Aから、アロナへと転じたあの日に――決まっていた事だった。

 最初は単なる保険のつもりだった、必要になる事が無いのならば、それで構わないと。彼女と先生がこの世界に足を踏み入れ、一番に行った変革する未来への備え。

 必要が無いのならそれで良い。けれど、万が一必要となる事態が起きたのなら。

 

 きっとその毒は、これ以上ない形で未来を変化させるだろう。

 

「よもや、先生――貴様ッ!」

「……気付いた時には、もう回っている」

 

 その口ぶりと態度から、何か仕掛けられたのだとジェネラルは勘付き、声を荒げた。しかし既に事は済んでおり、件の防衛プログラムは先生の制御下に存在しない。全ては自動的に行われ、処理される。薄らとした笑みを貼り付けたままジェネラルを見上げた先生はその血の滲んだ口元のままに、低い声色で勝ち誇る様に云った。

 

「実に、巧妙な毒だった――そうだろう、将軍(ジェネラル)?」

「ッ!」

 

 ミシリと、ジェネラルの手元が軋みを上げた。それが激情を堪え、あらゆる言葉を呑み込んだ音だと直ぐに分かった。何か仕掛けているだろうと、身構える事は出来る筈だ。それを怠り、見過ごしたのは己の落ち度だと。

 焼き切れそうになる回路を冷却し、フェイスモニタを掌で覆い隠すジェネラル。部屋に集う全てのオートマタ、その視線がジェネラルと先生に集中していた。

 暫し間を置いて、ジェネラルは普段より大きなノイズの混じった電子音声を発する。

 

「……制御権の取得は、どうなった?」

「さ、サンクトゥムタワー、クラフトチェンバー双方、完全に沈黙しています……」

「此方からの信号は全て弾かれてしまい、どうにも出来ず、もはや我々だけでは――」

 

 ガツンと、鈍い音が響いた。直ぐ傍にあった小さなテーブルを、ジェネラルが全力で蹴飛ばした音だった。

 卓上に並べられていた書籍や資料が床に散らばり、テーブルは破損し破片が飛び交う。常に冷静で在ろうとする彼らしくない、感情的な所作だった。唐突なソレに驚き、委縮したオートマタ達が身を仰け反らせる。

 そんな部下たちの反応を他所に、大股で拘束された先生の元へと近付いたジェネラルは、先生の胸元を無造作に掴むと、強引に椅子ごと引き寄せ、顔を突き合わせるや否や唸る様に云った。

 

「一体何をした、シャーレの先生」

「………」

「答えろッ!」

 

 額を押し当て、甲高い電子音声で以て叫ぶジェネラル。被っていた帽子が足元に音も無く転がる。先生は微笑みを消し、能面の様な表情を貼り付けたまま沈黙を貫いた。

 暫くの間、ジェネラルの体内から感情の振れ幅に似た駆動音だけが響き、ややあって先生は乾き、罅割れた唇を震わせると――ゆっくりと含む様に声を発する。

 

「特別な事は、何も」

 

 声色は落ち着いていて、僅かな揺らぎも存在しなかった様に思う。

 

「先程、貴方も云っていただろう、連邦生徒会は一度サンクトゥムタワーの制御権を失った事があると」

「………」

「その際に私が、クラフトチェンバーを経由して権限の再取得を行った」

 

 貴方がキヴォトスに訪れ、シャーレに着任した日の事か。

 ジェネラルの呟きに対し、先生は素っ気なく「そうだ」と肯定の声を返した。

 連邦生徒会長が失踪し、サンクトゥムタワーの制御権を失った連邦生徒会は行政管理すらままならず、その日の内に制御権の再取得をシャーレに依頼した。そして先生は依頼を受諾し、シッテムの箱を用いてクラフトチェンバー経由で制御権を取得し、連邦生徒会へと移管した過去がある。

 つまり一時的にではあるが、サンクトゥムタワーの制御権は一度シャーレ、先生個人の手に渡っている。

 その瞬間だけはキヴォトスの中心たるサンクトゥムタワー、その全ては先生の管理下に存在した。

 

「その時に、安全装置(セーフティ)を仕込ませて貰った」

 

 それは誰にも口にしていない、あのリンにさえも明かす事はしなかった秘密。

 もしサンクトゥムタワーの制御権に手を伸ばせる程の、恐ろしく狡猾な相手が居るとすれば。その者はあらゆる方面から情報を取得し、備えるだろうと踏んでいたから。だからこそ一等親しい者にさえ、決して明かす事無く今日に至る。

 これを知っていたのは先生本人と、シッテムの箱に宿るメインOSたるアロナのみ。

 

 善き人が、善き行いを為せるよう。

 悪しき人が、悪しき行いを為せぬよう。

 その制御権に、一度きりの毒を忍ばせた。

 そして狡猾な者は果たして、その杯を呷ったのだ。

 

「……解除方法は?」

「云うと思うかい?」

 

 投げかけられた問いに、先生は毅然とした態度で答えた。素っ気なく、取り合うつもりも無いのだと瞬時に理解出来る態度だった。見上げる瞳は輝きを秘め、断固とした口調で先生は告げる。

 

「――君達に、生徒達(子ども達)の未来を奪わせはしない」

「―――」

 

 真っ直ぐと、光を宿す瞳が此方を見上げていた。

 ジェネラルは腰にぶら下げていたホルスターより拳銃を抜き放つと、無造作に先生へと向け、発砲した。

 あまりにも躊躇いの無い、なめらかな動作だった。

 乾いた銃声が部屋の中に響き渡り、椅子に縛り付けられた先生の身体が僅かに振動し、揺れる。照明に照らされた先生の表情が歪み、苦悶の声が漏れた。

 

「ぐ……ッ」

「あぁ、確か上着は防弾仕様だったか」

 

 弾丸は、先生の左肩に命中していた。白い制服の裏地に張り付いた弾頭、潰れたそれを一瞥し、「報告があったな」と銃口を逸らす。

 放たれたのは9mm、ライフル弾であれば貫通を許しただろう。小口径では苦痛を齎すばかりで、防弾繊維の上から撃った所で効果は薄いとジェネラルは思考する。

 拳銃を片手に握り締めたまま、懐からタブレットを取り出し、画面を点灯させるジェネラル。

 

「指紋認証か」

 

 画面を点灯させ、視界に飛び込んで来たのは指紋認証画面。ジェネラルは先生を一瞥すると、周囲の部下二名に合図を出し呼び寄せる。

 サンクトゥムタワーの機能を停止させたコレが先生の仕組んだ事であるのならば、同時に解除方法もある筈だと考えたのだ。そしてこのタブレット(シッテムの箱)は、その解除の有力な鍵となり得ると彼は踏んだ。

 

「タブレットを先生の指先に当て、認証させろ」

「はっ!」

 

 タブレットを手渡されたオートマタは、先生の後ろ手に縛られた掌に近付き、右手のグローブを脱がし始める。捲られたその下から黒ずんだ指先が顔を覗かせ、オートマタはタブレットの指紋認証センサーを押し付けた。

 拘束された先生は身動ぎする事も出来ず、ただされるがままに沈黙を貫く。

 

 それはシッテムの箱――そのメインOS足る彼女に対する信頼だった。

 

「どうだ?」

「……駄目です、指紋認証、ロックされたままです」

 

 しかし、改めて端末を確認したオートマタは首を横に振る。先生の指先を押し当てたタブレットはしかし、ロックを解除する事は無かったのだ。

 その返答に、ジェネラルは纏う気配をより一層剣呑なものへと変える。傍目にも、彼の機嫌が悪化するのが分かった。

 

「無駄だよ、将軍(ジェネラル)

 

 弾丸を撃ち込まれ、僅かに顔を歪めていた先生は小さく息を吸って、吐き出す。取り乱す事無く、あくまで淡々とした口調で言葉を続ける先生は、自身の傍に立つオートマタを一瞥しながら吐き捨てた。

 

「そのタブレットのOS()は優秀なんだ、私の指紋であっても、そこに意志が伴わなければ解除はされない」

「………」

「そして当然、私は貴方達に協力するつもりなど無い」

 

 つまりシッテムの箱、その認証をこの場で突破する事は不可能という事だ。

 或いは今からカイザーコーポレーションの情報解析班にクラックを依頼し、強引にセキュリティを突破する事は可能かもしれない。しかし、それでもどれだけ時間が掛かる事か――計画に於いては数時間単位、下手をすると半日以上の遅延だ、プレジデントから直接命令を受けている以上、ジェネラルにとってはとても看過出来る問題ではなかった。

 無論、シッテムの箱にその様な事を仕掛けた所で無意味な事を先生は知っている。たとえどれ程高性能な機器を並べ、突破を試みようとも――シッテムの箱が誇る(アロナが守る)セキュリティを突破する事は叶わないだろう。山よりも高い信頼が、先生の中には存在する。だからこその余裕、それがジェネラルにとっては心底気に食わない。

 先生の顔に陰を落とし、見下ろしたままジェネラルは声を絞り出す。

 

「シャーレの先生、自分が何をしたのか、理解しているか?」

「……さて」

 

 上から降り注ぐ、その高圧的な物云いに対し、ゆっくりと首を振る。

 

「私は、私の信念()に従っているだけだよ」

「ならば、覚悟はあるのだろうな?」

 

 ぐっと、ジェネラルの空いた掌が拳を模った。

 覚悟と、彼はそう口にした。

 それはどういった意図があるのか、先生は視線で先を促す。

 見下すグリーンランプの中に、加虐の色が混じった事に先生は気付いていた。

 

「幾ら強固な信念とやらを抱いていたとしても、肉体には限界がある、その瞬間絶対であった決意すらも、苦痛を伴えば容易く翻るのだ、私は良く知っているとも、命ある者は決して肉体の呪縛より逃れられん――脆弱な人間であれば特に、なッ!」

「ぐッ!?」

 

 そう口にしたジェネラルは、唐突に拳を振り上げ、先生の顔面を強かに殴打した。

 肉を打つ鈍い音が木霊し、少量の血が床に飛び散る。拘束されたまま先生の顔が真横に弾け飛び、体勢を崩した身体は椅子ごと床に叩きつけられた。

 けたたましい音が鳴り響き、鼻から血が流れ出す。背後に立っていたオートマタは横転した椅子を掴み、そのまま強引に引き起こした。

 先生の身体は椅子に引っ張られ、そのまま再びジェネラルの前へと揺れ戻る。

 ぽたぽたと、垂れた鼻血がシャーレの制服、その白を汚し、先生の顔面は呼吸に合わせ振り子の様に揺れていた。

 

「タブレットのロックを解除しろ、先生」

「………」

「これはお願いではない――命令だ」

 

 項垂れ、赤らんだ鼻先から垂れる血を眺める先生は、投げかけられた言葉に対し唇を一文字に結ぶ。それから小さく息を吸い込むと、先程と変わらない――寧ろより強固になった光を携え、答えた。

 

「断る」

 

 双方の視線が交わる。頬に青痣を作り、顔を血で汚し、暴力を身に受けようとも、そこに宿る意思は微塵も揺るがず、弱まらない。

 先生の声と瞳には絶対的な力があった、彼がそう口にするのであれば、恐らくどんな事をしても覆ることは無いのだろうという、そう感じてしまう程の力だ。

 力の背景にあるのは意志だ、脆弱な人間の身体とは真反対の、鋼や甲鉄の如き意志が先生の肉体を包み込み、その形を象っていた。

 オートマタ達が緊張した様子で経過を見守る中、ジェネラルは徐に屈み込むと、床に落ちていた帽子を拾い上げ、軽く表面を叩く。

 

「その目を抉り、指を一本ずつ切り落とすと云っても?」

「……あぁ」

「先生、これは決して脅しではないぞ」

 

 帽子を被り直したジェネラルは、そのつばで目元を覆い隠しながら――引き金に指を掛け、先生の額に銃口を押し付けた。

 

 ――既に、射殺の許可は出ている。

 

「もう一度問う、返答は、良く考えた方が良い」

 

 見上げる先生の瞳は、変わらずジェネラルだけを見据えている。銃口越しに覗くそれには、怯えも、恐怖も、動揺も見えない。忌々しくも光に満ちた空色で、真っ直ぐ此方を射貫き続けている。

 

「ロックを解除しろ、先生」

「断る」

 

 返答は簡素で、端的であった。

 故に伝わる感情は決定的で、ジェネラルの行動は素早かった。

 

「そうか」

 

 吐き捨てる様に告げ、ジェネラルは構えていた銃口を一気に下げる。

 そして躊躇いなく引き金を絞ると、乾いた銃声が木霊した。

 閃光が網膜を焼き、空薬莢が空中を舞う。弾丸は先生の右足を貫き、肉を抉った。丁度先程ライフル弾により負傷し、治療の為に裂いていた制服、スラックスの裂け目を狙い発砲したのだ。

 巻き付けられた包帯やガーゼ、皮膚のみで弾丸を防げる筈も無く、空薬莢が甲高い音と共に床を跳ねると同時、ジワリと赤が滲み、反射的に先生の足が跳ね、椅子が音を鳴らした。衝撃は骨を伝い、先生の口元から苦悶の息が漏れる。

 

「止血の準備を」

「はっ……!」

 

 投げかけられた一言に、先生の右足へと視線を向けるオートマタ達、その手にはターニケット(止血帯)が握られていた。

 弾丸は芯から外れている、少なくとも動脈を傷付ける様な撃ち方はしていなかった。

 しかし、それはこの一発に限った話だ。

 次がどうなるかは分からない。

 ジェネラルは白煙を立ち昇らせる拳銃を軽く揺らしながら、目を瞑って歯を食いしばる先生へと語りかける。

 銃撃を受けた先生の額には、隠し切れない脂汗が滲み始めていた。

 

「安心しろ先生、輸血の準備も万全だ、そう簡単には殺さんとも、その口から屈服の言葉が絞り出されるまで、何度でも撃ち込んでやろう」

「………」

「それで、気持ちは変わったかね?」

「断る」

 

 再度、先生は俯いたまま答えた。

 声色は素っ気なく、淡白だ。

 ジェネラルはそれを聞き届けた瞬間、引き金に指を掛け、再度発砲する。銃声が響き、マズルフラッシュは二人の影を壁に浮かび上がらせた。

 衝撃に右足が跳ね、身体が意志とは関係なく強張る。穴の空いた包帯、滲んだ赤が溢れ先生の足を伝い、床へと零れ落ちる。ゆっくりと、しかし着実に、出血は大きくなっていく。

 衝撃が、体の中心を揺さぶる様だった。痛覚は既にない――無い筈なのに、先生はその瞬間痛みを覚えた。それは記憶の中に存在する痛みか、それともまだ先生の肉体は痛みを覚えるだけの機能が奥底に眠っていたのか。

 

 強張り、食い縛っていた口元を緩ませると、大きく白い息が漏れる。隈の刻まれた先生の目元が、自身の右足を一瞥した。右足は小刻みに痙攣し、巻き付けられた包帯は既に赤く染まり切っていた。

 蹲る様に体を前傾に倒し、苦痛を和らげるように深く呼吸を繰り返す先生を見下ろしながら、ジェネラルは再三問う。

 

「返答は」

「……断る」

 

 三度、先生は否定を口にする。

 最早分かっていたとばかりに、ジェネラルは引き金を絞った。閃光が瞬き、同時に飛来する衝撃。また右足が跳ね、椅子がガタリと音を鳴らした。苦悶の声は漏らさなかった、代わりに唇を噛み締め、あらゆる声を腹の奥へと押し込んだ。

 吸い切れなかった血液が包帯より跳ね、上着に飛び散る。右足全体が赤に犯され、椅子の脚に伝ったそれが床に小さな血溜まりを作ろうとしていた。

 空薬莢が弾み、血の中へと転がっていく。傍に立っていたオートマタの視線が、転がるそれを追っていた。

 

「強情だな、その足が蜂の巣になる前に頷いた方が良い」

 

 生きていれば、どんな姿になろうと構いはしない。

 ジェネラルは必要とあれば、先程口にした行いを実行するのに何ら躊躇いはなかった。指を一本ずつ潰し、四肢を奪い、目も、鼻も、耳も削ぎ落す。それでも尚反抗するというのなら、臓物さえ引き摺り出して苦痛を与え続けよう。

 手にした拳銃、その弾倉を一度取り出し、弾数を視界でなぞるジェネラルは嘲りと呆れを孕ませ云った。

 

「――このままではその右足、使い物にならなくなるぞ、先生?」

「……痛みは、嫌いじゃない」

 

 肩を弾ませ、縛られた手首を鬱血させながら項垂れる先生は、掠れた声でそう云った。

 ぴくりと、ジェネラルの指先が震え、その視線が俯いた先生の後頭部に向けられた。噛み締め、擦り切れた先生の唇から血が滴った。鼻血と合わせ、顎を伝い、膝元に落ちる赤を細めた視線で追いながら、先生は薄らと微笑みさえ浮かべる。

 憔悴し、苦痛に苛まれ、肌は白を通り越して青に差し掛かる。だと云うのに滲む感情には安堵の色があった。

 

 それは生きる事への感謝であった。

 痛みを感じる事が無かった肉体に、再び火が灯った様な。少しずつ壊れ、潰え、消えていく生の残滓に寂しさを覚えていた先生にとって、久しく忘れていた痛みとの再会は、自身の生存をこれ以上ない程に実感させる。

 故に血を滴らせ、青白い顔を擡げた先生は、掠れ弱り切った声色で、けれど微笑みと共に告げた。

 

これ(苦痛)を、感じられる間は、自分が生きているのだと、そう実感する事が出来る」

「………」

「――これを失った瞬間こそを、私は嫌うよ」

 

 歪み、焦点すら定かではない視線。右足から滴る赤が少しずつ、少しずつ広がっていく。

 無音が、部屋の中を支配していた。傍に控えるオートマタでさえ、先生の常軌を逸した態度に絶句していたのだ。

 

 暫しジェネラルは此方を見上げる先生を、唖然とした心地で眺めていた。それは理解出来ない何かを眺める様な感覚だった。

 腹立たしい目だと思った。

 どれだけ痛めつけようとも、どれだけ苦しみを与えようとも、どれだけ血を流そうとも、朧げな視界となって尚、瞳から光が消える事は無い。意志は折れず、曲がらず、朽ちず、ただ何かを成し遂げようと、空色は此方を真っ直ぐ見つめて来る。

 真っ直ぐで、美しく、儚く、強く――けれど退廃的で、汚泥に塗れ、愚かしく、脆弱な瞳だ。

 ジェネラルは手にぶら下げた拳銃、そのグリップを一際強く握り締めた。軋みを上げる掌、知らず知らずの内に全身が駆動音を鳴らしていた。

 

「狂人め」

 

 呟きは、確かな質感を伴う。

 弾丸を弾く鋼も、何百という重しを持ち上げる馬力も持ち合わせていない、ただの人間が。弱く、鈍く、脆弱で軟弱な肉の身体、電脳さえ持たない肉の器に、しかし宿る精神は屈強であり、目の前に覗く瞳は煌々とした輝きを失わず。

 

 忌々しい、実に忌々しい。

 しかし、此処まで貫徹した意志には、抱いていた呆れすら驚嘆と敬意に転じる。理解出来ず、共感も出来ぬ相手だ。それでも極まった存在は一抹の感情をジェネラルに植え付け、彼は勢い良く弾倉を拳銃へと再装填した。

 カチャリと、弾倉の嵌る音が響く。光を失った薄暗い部屋の中で、二つのグリーンランプが先生を睥睨していた。

 

「良いだろう――どこまで耐えられるか、見せて貰おうではないか」

 

 あらゆるモノを失った後で、貴方はその現実に耐えられるか。

 

 ジェネラルは下げていた銃口を持ち上げ、ゆっくりと先生に突き付ける。狙いは再度、右足。後何発撃ち込まれたら、この足は使い物にならなくなるのか。それとも既に、使い物にならなくなっているのか。

 右足が潰れたのなら、次は左足か、それとも腕か。

 それらは全て、拳銃を構えるジェネラルの心持次第。

 

「―――……」

 

 先生は向けられた銃口を前に、鼻と唇から滴る赤を襟元で拭う。

 揺れる視界を彩る照明が、拳銃の黒々とした銃口を照らしていた。

 それでも尚、薄らと口元に刻まれた微笑みは消えず――部屋の中に再び銃声が轟き、赤色が跳ねた。

 


 

 先生とアロナの仕込んだ安全策は2022年の9月に投稿した第四話、『青春のマエストロ』にありますわ~! 二年と三ヶ月前の話ですわね。

 二年と三ヶ月前ですってよ、もうコレ書き始めて三年目突入ですの? ヤバいですわね、白目剥きそうですわ~!

 因みにRABBIT小隊の皆とご飯食べた時に先生が口にしていた正義云々、その途中で出て来た台詞は、第五話でサオリに投げかけた台詞ですの。あの時も先生はご飯を一緒に食べていましたわねぇ、とても平和でしたわ(過去形)

 

 さて、そろそろ今年も終わりですわね。次の更新はきっと年明けになります事よ。先生が拷問された状態で年を跨ぐなんて、何だかドラマチックで素敵ですね。

 また来年、先生の素敵がお姿が見れる事を願っておりますわ~!

 それでは皆様、良いお年を~!

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