ブルーアーカイブを、もう一度。   作:トクサン

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今回約一万九千字ですわ~!


帝王の矜持(カイザーのプライド)

 

「中央フロア、今の所異常なし」

 

 シャーレ本棟一階、その中央フロアに佇むオートマタの二人組。その片割れがアサルトライフルをぶら提げたまま、フェイスモニタを点滅させ呟く。

 電撃的にシャーレへと侵攻し、内部を制圧したカイザーコーポレーションはそのまま各階層に人員を割き、防衛に当たっていた。この二人は一階部分の防衛を担当しており、直ぐ傍には地下空間へと繋がる階段が存在する。時折その暗がりに目を向けながら時を過ごしていると、ふと身動ぎの音が聞こえた。

 

「……隊長」

「ん?」

 

 警報も停止し、常の光景を取り戻したシャーレ内部は平穏そのものだった。碌な抵抗らしい抵抗も受けず通り過ぎた第一階層は綺麗なもので、上層と違い隔壁も降りていない。それでも万が一への備えは重要である、壁を背に周囲を伺うオートマタの一人が、隣のオートマタへと声を掛ける。

 地下へと降りたジェネラルに代わり、一時的に現場指揮を任されたオートマタ、隊長と呼ばれた彼は冷徹な視線で以て周囲を睥睨しながら呼びかけに反応した。

 

「その、本来の計画では既にサンクトゥムタワーの制御権を入手している筈でしたよね? 制御権さえ入手出来れば、あらゆる自治区を敵に回しても問題ないとの事でしたが……本当に、大丈夫なのでしょうか?」

「さぁな、作戦に関する全てはプレジデントの決定だ、仔細は私達にも伝えられていない」

「本社所属の特務にも、ですか?」

「そうだ、Need-to-knowの原則は特務だろうと同じだからな、計画の全容を把握しているのはプレジデントご本人と、その右腕であるジェネラル位なものだろう」

 

 声色には、僅かな強張りがあった。今回の作戦に於いては、カイザーコーポレーションに所属するあらゆる部隊が搔き集められ、その中から選抜した兵士をサンクトゥムタワー、シャーレ制圧部隊として派遣している。ジェネラルの代理として一時的に指揮権を預かる彼は、カイザーコーポレーションの中でもプレジデント直轄の部隊として活動していた一員であった。

 しかしそんな存在であっても全てを知っている訳ではない。必要な事を、必要な時に、必要な分だけ知っていれば良い。任務遂行に必要のない情報は、徹底して省かれている。その原則は特務と云えど同様に。

 

「それにシャーレ及びサンクトゥムタワー襲撃からまだ一時間と経過していない、焦る必要はないさ」

「それは、そうかもしれませんが」

「プレジデントを信じろ、我々カイザーコーポレーションに敵は無い」

 

 不安を滲ませる部下に対し、あくまで隊長として振る舞うオートマタは気丈に告げる。確かに思う所が無い訳ではないが、それでも自身の所属するカイザーコーポレーション、そしてトップに立つプレジデントへの信頼が勝る。彼が為せると云ったのならば、それを信じて任務に従事するのが己の役目だと云い聞かせた。

 

『――此方第二班、異常発生、シャーレ正面入り口前に応援を頼む』

「……!」

 

 二人が言葉を交わした間もなく、突然通信が入った。電脳で受け取ったそれに反応し、耳元に指先を添えた隊長は声を上げる。

 

「此方第一班、第二班、一体どうした? 状況の報告を」

『シャーレ近辺に居合わせた住民やら生徒やらが、爆発と銃声を聞いて集まって来た、流石に数が多過ぎる上に、散発的に発砲まで受けている――人数差から第二班だけでは不安が残る、シャーレ本棟の内部班に応援を要請したい』

「待て、外周警備には後詰が待機していた筈だ、予備隊に連絡と応援要請は?」

『既に要請済みだ、到着までの短時間で構わない、念の為シャーレ内部の部隊を回してくれ』

「――そういう事であれば分かった、少し待て」

『了解』

 

 通信を切ると、微かにだが、外からざわめきが聞こえて来る気がした。まばらではあるが、乾いた発砲音も。しかし内部に居るオートマタからは、注意しなければ気にならない程に散発的だ。隣に立っていた部下がシャッターの降りた窓硝子に手を翳しながら呟く。

 

「周囲の市民から反発が?」

「どうもそうらしい、一般市民であれば然程脅威ではないが、騒動が大きくなっては事だ、念の為ジェネラルに報告するべきか――」

「しかし、緊急性の高い報告以外は必要ないと、先程仰っていましたが……」

 

 一般市民の反発程度で態々手を煩わせるのもどうかと、どうやら今は気が立っているみたいですし。

 最後に会話を交わした時のジェネラル、その状態を鑑みてぶるりと部下のオートマタはフレームを揺らした。現在進行形で地下で行われている事を考えると、余り水は差したくないというのは、隊長も同意見であった。最悪、叱咤が形を伴って飛んでくる可能性も否定できない。

 部下の進言に耳を傾けていた隊長は、その言葉に一理あると頷く。通信の様子からして、それ程切羽詰まった気配も無い。多少人手を送れば容易に持ち堪えられるだろうと、楽観的に判断した。

 

「……分かった、一先ず上層の人員を回そう、ジェネラルの居る地下と一階の防備は重要だが、それ以外は多少人手を減らしても短時間であれば影響は少ない、念の為、現場を見て来てくれ、あまりにも酷い様子であれば追加で応援を出す」

「分かりました、現地で一度通信を繋ぎます」

「頼む」

 

 バディの部下を現地に送り、駆けていくその背中を見送る。市民の反発はある程度予想していた、しかしこうも早く表面化するとは少々想定外である。サンクトゥムタワーの制圧もあり、市民の殆どは此方に注力するだけの余裕も無いと踏んでいたが――どうやら普段からシャーレは様々な人員に注目され、注意を払われていたらしい。

 兎も角、応援が必要だと云うのならば上層の班を幾つか分けよう。そう考え、他の部隊に通信を繋ごうとして。

 

「おい」

「――ん?」

 

 不意に、背後から声を掛けられた。

 他の区画を回っていた班かと振り向けば、そこに立っていたのは自身よりも頭一つ分は大きな素体を誇るオートマタであった。

 軽量化に重きを置き、機動性を高めた特務のフレームとは真逆の思想。その重厚さと威圧感に一瞬呆気に取られた隊長であったが、頭上から此方を睥睨する赤いアイラインは不機嫌そうな点滅を繰り返し、電子音声を周囲に響かせる。

 

「一つ聞きたい、シャーレの先生は既に確保したのか?」

「シャーレの先生って……それよりお前、持ち場はどうした? 此処にお前の様な奴が配置されるという報告は、一切受けた記録が無い――」

「そんな事はどうでも良い、私の質問にだけ答えろ」

 

 徐に突き出された指先が隊長の胸元を叩き、その力に押されて一歩蹈鞴を踏む。パワー重視だとひと目で分かる素体は隊長の軽量素体を指先一本で簡単に押し出し、その出力の違いに思わず慄いた。銃火器を抱いたまま仰け反った隊長は、ぎこちなく頷きを返す。

 

「あ、あぁ、今はジェネラルが情報を引き出す為に尋問中だが……」

「ふん、そうか」

「……それよりも、凄い素体だな、そんなフレーム、特注品でしか見た事が無いぞ」

 

 思わずと云った風に、まじまじと目の前のオートマタを注視してしまう。今回の作戦は各地の部隊を搔き集めて選抜したとの事だが、一体何処の部隊に所属していたのか。この様な巨大かつ重厚な外装とフレームなど、未だ嘗て見た事が無い。それこそ、これを巨大化し強化外骨格という形で運用しているのがゴリアテなのだ。少なくとも、余程特殊な作戦でもなければ利点が見出せないというのが率直な感想であった。

 巨大な素体はパワーや拡張性も高いが、視認し易く隠密性に欠く。特務の様な部隊では、まず見られないコンセプトであり、物珍しさもあった。

 

「貴様、新入りか?」

「は?」

 

 そんな隊長の零した言葉に、件のオートマタは微かな嘲りを含ませながら吐き捨てた。見上げれば、赤いアイラインは此方を糾弾するように光を放ち、煌々とフェイスモニタを照らしている。太い指先が襟元を正し、身体には不機嫌な色が漂い始めた。

 

「カイザーPMCに入ったのは、最近かと聞いているのだ」

 

 まるで、「自分を知らないのか?」と咎める様な口調だと思った。或いは、自分の事を知っていて当然といった空気を醸し出し、その無知に呆れる様な。

 良く見れば巨躯のオートマタは黒いスーツを身に纏っており、特徴的な赤いネクタイも相まって外観は兵士というよりも、一流の事業家か、重役のそれである。肩に掛けた赤いストールはひと目で分かる高級品であり、銃器らしい銃器も携帯していない。内蔵型の可能性もあるが、一見してそれらしい兵装は確認出来なかった。

 

「えっ、あ、えっと……」

 

 事この状況に陥って、漸く隊長の中に焦りと気まずさが生まれる。

 目の前のオートマタは自分の知らない、カイザーPMC所属の重役である可能性が浮上して来たのだ。この様な人物が此処に来る事は知られていないが、先も口にした原則が脳裏を過る。彼の登場が、自身の知る必要な範囲に含まれていない可能性は否定できない。

 目の前のオートマタが纏う空気は本物に感じる。それに気圧され、ぎこちなく頷きを返した隊長は、それとなく目の前のオートマタ、その佇まいを伺いながら答えた。

 

「そう、ですが――」

「ふん、やはりか、この私を知らぬ者なら、そうだろうと思ったわ」

「も、申し訳ありません! 云い訳になりますが、所属がプレジデントの直轄部隊(私兵)でしたので、カイザーPMCの内部事情については、あまり把握しておらず……」

 

 すっかり口調を整え、背筋を正した隊長は目の前のオートマタがカイザーPMCの重役であると確信していた。纏う空気も、その素体そのものも、態度さえ、そう思わせるにたるものがあった。

 少なくとも今回の一件、後詰としてジェネラルに準ずる高級将校が駆り出されていてもおかしくはない状況である。何か情報伝達にミスがあったのか、現在尋問に勤しむジェネラルと細かな通信は行っていない。あり得そうな話ではある。

 

「まぁ良い、ならば此処で覚えておけ」

「はっ!」

 

 隊長の態度に一切の疑問を挟むことなく、ある種横柄とも取れる姿勢を貫くオートマタ。その姿勢こそが重鎮の貫禄であり、思わず声を張り上げ、姿勢を正す。尊大に胸を張り、腰の脇でゆっくりと握り拳を作った巨躯のオートマタは――それから地に響く様な、それでいて自信と自負に満ちた電子音声を発した。

 

「――私が本来のカイザーPMC、その主であると」

「……は?」

 

 一瞬、思考回路が停止した。

 意味が分からなかった。

 カイザーPMCの主、つまりトップ。

 しかしそれは、現状ジェネラルである筈で。

 

「―――」

 

 気付いた時、目の前で拳が唸りを上げていた。

 まるで叫ぶように、胸元から奔る音が腕を伝わり、オートマタはその剛腕を振り上げていたのだ。

 反応する事は出来なかった、そもそもが上官に対応する様な姿勢で固まっていた、殆ど不意打ち染みた攻撃であり、一瞬の意識、その空白もあり繰り出された拳は隊長のフェイスモニタ、その中央を強かに打ち抜いた。

 

「がッ!?」

 

 視界がブラックアウトし、拳が着撃した瞬間、防弾仕様のフェイスモニタが罅割れ、粉砕される。そのまま首元の関節部位が軋みを上げながら拉げ、スパークを起こし、頭部に引っ張られる形で体が吹き飛んだ。

 隊長の素体は背後のシャッターに叩きつけられ、けたたましい金属音を打ち鳴らす。背部装甲の一部が拉げ、手からライフルが転がり落ちるのが分かった。

 頭部に凄まじい一撃を叩き込まれた隊長の素体は、罅割れたフェイスモニタにエラー表示を出しながら、静かに沈黙する。まさに一瞬の出来事だった、露出したフレームの一部が拉げ、裂け目から断線したケーブルが顔を覗かせる。

 

「おい、どうしたッ!?」

「何だ、敵襲か!?」

 

 廊下中に響いた轟音に反応し、周囲に展開していた他の隊員達が駆け付けて来る。幾つもの足音が周囲に木霊し、隊長を殴り倒したオートマタは辟易とした様子で呟いた。

 

「……相変わらず、この手の対応は変わっていないか」

 

 少々拍子抜けだな。

 呟き、オートマタはゆっくりと前傾姿勢になっていた巨躯を引き起こす。僅かに乱れた襟元を正し、緩慢な動作で振り向けば――丁度廊下を曲がり、到着した兵士達は視覚情報として齎された威容に気圧され、思わず一歩、二歩と退いた。

 

「なっ、オートマタ……?」

「誰だ!?」

 

 誰何し、銃口を突きつけ、廊下に声を響かせた兵士二名であったが――ややあって、その纏う気配をを一変させる。それは何も、目の前に立つ巨躯のオートマタ、その気配に呑まれた訳ではない。

 その素体、身に纏うスーツ姿、赤い四本のアイライン、フェイスタイプに見覚えがあったのだ。振り返ったそれを目視した両名は、言葉を詰まらせる。

 

「お、おい、まさか」

「あ……貴方は――ッ!」

 

 カタリと、突き出した銃口が震えた。

 元々カイザーPMCに所属していた者ならば、一度は目にした事がある存在。

 彼は両手を軽く開閉し、巧緻性を確かめる。素体の状態は悪くない、メンテナンスを怠った事はなく、たとえ環境が変わったとしてもパーツの吟味は完璧、指先に内蔵されたタクタイルセンサーも十全だ。

 彼は満足げに指先を小指から順に折り曲げ、軋ませる。

 対峙したオートマタ達に対し威圧的な態度で踏み出した彼は、静かに、しかし力強く告げた。

 

「道を開けろ」

「っ……!」

 

 ズン、と。

 踏み出した大きな一歩が床を震わせる。

 風を切る肩は堂々としており、靡くストールが赤の眼光に混じり、身に纏う黒を浮かび上がらせた。

 

「――主の帰還だ」

 

 ■

 

「ジェ、ジェネラル!」

 

 クラフトチェンバーの存在する地下へと、オートマタが一体転がり込む。

 焦燥を滲ませた声に、周囲で警護に当たっていた面々が微かな警戒と共に視線を向けた。

 先生の前に立ち、空の弾倉を地面に放ったジェネラルは扉を潜り、此方を凝視している伝令らしきオートマタを一瞥すると、舌打ち染みたノイズを発する。

 指先を折り曲げ、傍に立っていたオートマタに無言で突き出すと、手に付着した血を差し出されたタオルが拭った。

 拭き取られて行く赤を横目に、ジェネラルは足元の椅子を軽く蹴飛ばし、問いかける。

 

「おい、まだ意識はあるな?」

「………」

 

 返答は、無い。

 ジェネラルの目前で拘束される先生は項垂れたまま、微かな呼吸を繰り返すのみ。

 僅かに白髪の交じった黒髪はすっかり血を吸い、何度も殴打された顔面は腫れ上がって、左目は青痣と共に塞がりかかっていた。

 義手であった左腕は取り外され、代わりに胴体と右腕を椅子の背に巻き付けられている。

 特に酷いのは右足だ、裾を上まで捲り上げられ、露出した太腿には幾つもの弾創が刻まれている。悪辣なのは外周から皮膚と肉を少しずつ削る様に撃ち込まれている点で、兎に角苦痛を与えてやろうというジェネラルの魂胆が透けて見えるようだった。

 

 爪先は一枚一枚爪を剥がれた後、丁寧に爪先を潰す様に一本ずつ弾丸で穿たれており、剥がれた爪と千切れた肉片が床に張り付いている。

 中途半端に抉れ、捲れ上がった肉に砕けた骨が露出しており、最早先生の足の指は、中程までしか残っていない。そして完全に右足を蹂躙されて尚、彼は無意識の内に否定の言葉を胸中で呟き続けている。

 

「……ふん、全く以て強情な事だ」

 

 その驚異的な精神力に感嘆し、次は左足に取り掛かろうとした所で――件の伝令が部屋の中へと走り込んで来た所だった。

 ジェネラルは拳銃をホルスターに戻すと、血に塗れたタオルを払い、告げる。

 

「先生から目を離すな、どんな状態になっても諦めを知らぬ男だ」

「はっ!」

「……それで、それ程急いで、一体なんの報告だ」

 

 身に纏った上着、その襟元を軽く払いながらこの部屋へと急ぎ踏み込んだオートマタと向き直ったジェネラルは、辟易とした感情を隠す事無く首を傾げる。自身は尋問に専念する為、現場指揮は一時的に第一班の隊長に預けている。それでも報告が齎されたという事は、何かしら急を要する事態が発生したか、代理指揮権を持った隊長の手に負えない何かが起こったか。

 

「て、敵襲です、既に本棟内部で戦闘が――!」

「敵襲だと?」

 

 その報告に、小さくジェネラルの肩が跳ねた。フェイスモニタに灯るグリーンランプが揺らめき、纏う気配が険しさを帯びる。

 

「もう動き出した自治区があるのか、想定よりも随分と対応が早いな……侵入して来た部隊の所属は何処だ?」

「そ、それが……」

 

 D.U.に隣接する自治区であれば、確かに先遣隊が到着していてもおかしくはない。尤も爆発の報告を聞き、タイムラグなしで即座に部隊を派遣すれば――という具合ではあるが。

 最大の懸念であるトリニティとゲヘナ自治区からはどんなに急いでもまだ増援は到着しない筈だ。もし間に合うとすればミレニアムの摩訶不思議な技術力を用いた航空機等になるだろうが――それでも果たして、これだけ早く纏まった戦力を送り込めるのか。

 そんな事を考え、伝令のオートマタに問い掛ければ。

 唐突に、その背後にあった扉が吹き飛ぶ。

 

「なっ!?」

 

 それは余りに突然の事であった。爆薬を用いた訳でもない、爆発音や熱風は無かった。何か途轍もない力で強引に突き破った様な、そんな凹み方と吹き飛び方だ。

 扉が地面に転がり、丁度目前に立っていたオートマタが巻き込まれ、顔面から床に倒れ込み甲高い音を掻き鳴らす。弾けたヒンジが地面を跳ね、ジェネラルは素早く後退した。

 

「もう突破されたのか!?」

「総員、ジェネラルを守れッ!」

 

 即座に警護に付いていたオートマタ達がジェネラルの前に立ち塞がり、打ち破られた扉に銃口を向ける。ジェネラルは部下たちの背に隠れながら、先程収納したばかりのホルスターに手を掛けた。そのファイスモニタには微かなノイズが奔り、動揺が伝わって来る。

 

「馬鹿な、こんな短時間で防衛網を突破するなど、一体何処の自治区が――」

「随分と己の仕事に自信があるようだが、想定よりも杜撰な警備体制だったぞ、将軍(ジェネラル)

「ッ……!?」

 

 打ち破られ、転がった扉。その下敷きになった伝令が藻掻き、脱出を試みるが、その腕が扉を跳ね退けるより早く、巨大な影が扉ごと伝令の素体を踏み潰した。「がぎッ!?」という奇妙な悲鳴を上げ、フレームが軋み、拉げる音が響く。

 薄らと影になった部分より突き出る巨大な腕、扉の枠を掴み、ゆっくりと身を乗り出す巨躯は通常のオートマタ、その大きさよりも一回りも二回りも勝る。

 何より素体の、その厚みが段違いだと思った。

 暗がりに光る四つの赤い、アイライン。

 

「その、声は――」

 

 ジェネラルには、響く電子音声に聞き覚えがあった。忘れる筈もない、件のアビドス事件で責任を擦り付けられ、連邦生徒会からの追及を逃れる為トカゲの尻尾切りの如く左遷させられた筈であった。聞くところによればカイザーグループの子会社の一つに飛ばされ、そのまま窓際部署の適当な席を与えられたとの事だったが――その後の事など全く気に留めた事もなかった。

 危機は過去からやって来る。あの日の亡霊が暗闇より這い出し、いつかの様に堂々たる足取りでジェネラル達の前に立ち塞がった。

 

「……理事」

「ふん、懐かしい呼び名だな」

 

 カイザーPMC理事――失脚し、オクトパスバンクに異動、その後姿を消した筈の存在が、あの日と変わらぬ姿でカイザーPMCの前へと現れた。

 理事と呼ばれたオートマタは、その呼び名に一抹の寂しさと、懐古の念を抱く。

 これには周囲のオートマタ達も動揺を隠せない。元とは云えカイザーPMCのトップ、加えて本来であればプレジデントの部下という立場であり、咄嗟に銃口を下げる者も居た。困惑を滲ませ、互いに顔を見合わせる彼等には逡巡が見て取れる。そしてそれは、ジェネラルも同様であった。

 

「何故、この様な所に……?」

「私が失脚してから随分と勘が鈍ったか? 一応は私の後釜なのだ、行動予測は立てられると踏んでいたが――存外、過大評価だったのかもしれんな」

「ッ……!」

 

 煽る様な口調であった。或いは馬鹿にしようとする意図を、ひけらかす様な。元上司という立場上、ジェネラルも困惑が勝ったが、その様な口ぶりで対応されたとあっては癪に障る。元より相手は既にカイザーコーポレーションより追放された身、現状の身分差がジェネラルの背中を押し、彼は横柄な態度で声を張り上げた。

 

「っく、今更カイザーコーポレーションに何の用か! 既に何者でもない、肩書を失った元トップが!」

「ほう、随分と偉い口を叩くようになったではないか――私の代わりにPMCの指揮権を得て、プレジデントの腰ぎんちゃくとして大成したか?」

「ほざけッ!」

 

 あくまで余裕を漂わせる理事に対し、ジェネラルは怒りを漂わせ号令をかける。過去の亡霊に侮辱されるなど、彼のプライドが許さなかった。既に相手は何者でもない、寧ろたった今目の前で行った蛮行を考慮すれば、敵対的であるのは明らかだ。

 

「防衛網を突破し、制圧したシャーレに侵入したという事実、既に貴様はカイザーコーポレーションにとって敵性存在だ! 総員、彼奴に攻撃を開始、無力化しろッ!」

「で、ですがジェネラル……!」

「構わん、撃てッ!」

 

 さしものジェネラルから放たれた指示とは云え、部隊員の中にはカイザーPMCとして長年勤めて来た者も存在する。カイザーPMC理事としてトップに立っていた彼を知る者からすれば、容易に銃口を向けられるものではなかった。

 しかし、命令を下されたのなら従わなければならない。それが兵士の性であり、役目であり、職務である。

 一瞬互いのフェイスモニタを見合うオートマタ達であったが、ややあって銃口を持ち上げ、あらゆる感情を飲み下し、引き金を絞る。

 逡巡は、ほんの数秒足らずであった。 

 

 部屋中に銃声が鳴り響き、薄暗い室内に幾つものマズルフラッシュが瞬く。部屋の中に詰めていた護衛は十名、その全員からの集中砲火により理事の姿は弾幕に隠れ、甲高い着弾音が響き渡った。

 射撃はジェネラルの停止命令が出るまで止まらず、結局全員が弾倉丸々一つを撃ち終えるまで声は上がる事無く。周囲の壁に逸れた弾丸が着弾し、周囲に粉塵が立ち込めた。

 視界を遮り、硝煙を立ち昇らせる銃口を下げるオートマタ達は、一抹の不安と共に理事の影を見つめる。

 

「これだけ撃ち込めば、あの外装とは云え……」

 

 立ち込めるそれらを挟んだジェネラルが、小さく安堵の吐息を声を漏らした。

 しかし。

 

「――あの外装とは云え、何だ?」

「ッ!?」

 

 幾つもの弾丸が地面に転がる音が鳴り響き、粉塵を裂く重厚な指先。

 無数の弾丸、その雨を一身に受けた理事の外装は――健在。

 両腕を顔面の前に構え、まるでボクサーの如く防御を固めた彼のフレームは無傷であった。身に纏っていた防弾性の黒いスーツは流石に弾痕に塗れ、裂けてしまっているが、そこから覗く白い外装は表面に微かな凹みや黒ずみを残すばかり。

 十名のオートマタ達から弾倉一つ分、計三百発以上の集中砲火を受けたとは思えない程の頑強さであった。

 弾頭が潰れ、地面に散乱したそれを踏み潰しながら一歩前進した理事は、胸部より勢い良く排熱を行い、白煙を噴き出しながら軽く自身の外装甲を指先で叩く。

 

「神秘も籠らないその程度の攻撃で、この装甲を抜けると思ったか? 私の外装強度は知っているだろう、コレを正面から貫通させるつもりならば、12.7mm(重機関銃)でも持って来るが良い!」

「っ、く……!」

 

 あまりの堅牢さ、そして超然とした態度にジェネラルは歯噛みする。

 理事の持つ素体、そのフレームを覆う外装甲は張りぼてでも何でもない。嘗てあったその立場からも、相応以上の防弾、対爆性能は追及されており、惜しみなく金銭を注ぎ開発された特注の装甲は運動性能を損ねない程度の重量でありながら、7.62mm等のライフル弾、その一切の貫通を許さない。防弾性能を突き詰めたスーツと合わせれば、先の集中砲火でさえ凌ぐ事が可能であった。

 

 特務の誇る、カイザー特製の素体でさえ、あれ程の集中砲火を防ぐ事は不可能である。そもそも極限まで軽量化し、運動性能を追い求めた彼等の素体は対爆、対弾性能共に通常の素体と大差がない。何なら外装の代わりに通常のバリスティックベスト等を装備し、補う程である。理事の素体と周囲を取り囲むオートマタ達の素体では、その出力、外装強度に天と地ほどの差が存在した。

 そんな巨躯に気圧され、一歩、二歩と無意識の内に退くジェネラル達。彼らを退け、歩みを進める理事はアイラインを煌めかせ、真正面を見据える。

 

「まぁ良い、貴様らの相手は後だ、今はそれよりも――重要な事がある」

 

 その赤いラインが、じろりとジェネラルの背後を睨みつける。

 電子音声には、強い執念が籠っていた。

 一歩、二歩と歩みを進める理事。彼の進む道に立ち塞がっていたオートマタ達は、迫る巨躯に圧倒され左右に分かれて道を空ける。

 

 軈てジェネラルさえ脇に逸れ、理事が辿り着いたのは――足元に血溜まりを作り、項垂れる先生の目前であった。

 等間隔で赤を垂らし、微動だにしない嘗ての宿敵を見下ろし、彼は外装を軋ませる。もし理事に表情を象る機能が存在したのなら、酷く歪んだ面を晒していた事だろう。

 その武骨な指先が、先生の額に触れた。

 

「おい」

「………?」

 

 投げかけられた声、そして額に走った微かな衝撃に、先生の肩がピクリと震える。

 そのまま地面に向け、垂れていた首が緩慢な動作で持ち上がった。

 腫れあがった瞼が開き、血の滲む瞳が理事を捉える。

 僅かに、その瞳が見開かれるのが分かった。

 

「何を項垂れている、先生」

「――……」

 

 見上げる理事を捉える、血の混じった空色の瞳。その唇が震え、何事かを口にしようとして、しかし擦れた吐息が漏れるのみ。

 

「……けふっ」

 

 ややあって、大きく身を震わせた先生は喉奥にへばりついていた血の混じった痰を吐き出す。

 それから何度かか細い呼吸を繰り返した後、理事を改めて視界に捉えた。

 薄暗い部屋の中で、赤いアイラインが網膜に反射する。

 

「……貴方、は」

「立て、先生」

 

 擦り切れ、傷痕の残る舌を震わせ、先生は辛うじて声を発していた。

 嘗て自身の前に立ち塞がり、大口を叩いた人間の末路とは思えぬ。

 その姿は見るも堪えないと、理事は徐に先生の背に手を伸ばす。

 そして肉体を拘束していたロープを一思いに引きちぎると、そのまま勢いに負け前のめりに倒れる彼の肩を、乱雑に抑えつけた。

 微かに顔を顰め、自身を見上げる宿敵に告げる。

 

「こんな薄暗く、惨めな場所で、くたばる貴様ではあるまい」

 

 握り締めたロープの残骸を放り、理事は顔を合わせる事を避ける様に先生の肩を押さえ、そのまま椅子に押し戻し、踵を返す。

 人間を背に庇い、ジェネラル達と対峙するその両腕が駆動音を鳴らし、いつか砂浜で向かい合った時の様に、理事は拳を打ち鳴らした。

 

「良いか、私以外の何者にも、敗北する事は許さんぞ」

 

 そう、これは決して善意や同情などではない。

 断じて違う。

 理事の内側に湧き上がる感情はただ一つ。

 自身に土の味を教えた大人に、シャーレの先生に借りを返す事だ。

 

 カイザーPMCのトップという地位に上り詰め、あらゆる競争に勝利して来た自分に対し、初めて敗北を突きつけた存在。引き摺り降ろされ、何処とも知れぬ中小企業(オクトパスバンク)に左遷され、嘲笑され、泥水を啜る様な日々であった。

 この者に勝利するまでは、死んでも死にきれない。

 たとえ泥を被り、惨めな地位に身を窶し、嘲笑われようと構いはしないと思った。

 最終的に勝利を掴めるのであれば、どんな屈辱であろうと甘んじて受けようと、そう誓ったのだ。

 

 ――しかし己に勝った先生が、誰かに跪く事は許容できない。

 

 彼は、己に勝ったのだ。

 この私に、他ならぬ己に。

 ならば、彼の敗北は認められない。

 こんな所で膝を突くなど、許されない。

 先生の対峙した相手がどれだけ強大であろうと。

 或いは、企業そのものであろうと。

 そう、敗北は許されない。

 

「たとえそれが、プレジデントであってもだ――ッ!」

 

 甲鉄の拳が再度打ち鳴らされ、全身の外装甲を共鳴させながら理事は叫んだ。

 爆音の電子音声は地下空間に響き渡り、びりびりと先生の肌を打った。

 ゆっくりと、その瞳が見開かれ、光が満ちていく。

 叫ばれた迫力に、示された矜持に、周囲のオートマタ達は呑まれかける。

 

 ――シャーレの先生を打ち破るのは、己である。

 

 その一念、その一念のみで彼はこの場に立っていた。

 執念と矜持、敵愾心と確かな敬意。

 自身に勝ったと云う、壁より高いプライドを持つが故の、絶対的な執念と敬意(敵愾心)

 それは最早、理屈云々ではない。

 この世に生まれ、稼働した瞬間から積み重ねた己の全て。内に秘めた、燎原の火の如き熱情の発露であった。

 

「な、何をしている、早くッ、内部の兵を招集しろ……!」

 

 十名の護衛に囲まれて尚、超然と佇む理事を前に、ジェネラルは戦力の集中を命令する。しかし、何も無策で飛び込んだ筈も無く、理事は耳元に指先を宛がうと内部通信でシャーレ本棟周辺の協力者に呼びかけた。

 

「――ラブ、出番だ」

『その言葉、待っていたわッ!』

 

 それが合図だった。

 途端、地下空間にすら伝わる様な爆発と振動が周囲を襲う。全員の身体が一瞬浮き上がり、構成部品が持ち上がる様な、そんな振動だった。

 唐突なそれにジェネラルを含むオートマタ達は浮足立ち、周囲を伺う。頭上から降り注ぐ明かりが点滅し、壁に沿って配置されていた棚から書籍やファイルが零れ落ちた。

 

「な、なんだ、爆発!?」

「これは、建物の外から――!」

『こ、此方第二班、突然何者からの攻勢が……うわッ!?』

「お、おいっ、どうした!?」

 

 無差別な通信、内部から響き渡ったそれに意識を割かれている間、理事の打ち破った扉の奥から複数の足音が木霊する。見れば特務と酷似した外装と装備を身に纏ったオートマタ達が一気に部屋の中へと雪崩れ込み、ジェネラル一行に銃口を向けた。

 一瞬、応援が駆け付けたのかと安堵しかけたジェネラルであったが、銃口を突きつけられた瞬間、それが誤りであったと理解した。

 

「ボス、御無事でッ!?」

「ふん、この程度で私の装甲に傷をつけようなど、百年早いわ」

「く、クソッ、どうなっている、何故こんな戦力を内部に通した!?」

「馬鹿め、カイザーPMCのやり口は良く知っている、その教範も、計画も、癖も、何もかもな――少数の戦力を偽装し潜入させる事など、容易い事だ」

 

 元カイザーPMC理事という立場上、内部情報については知悉している。多少情報を集める時間さえあれば、少数の戦力をカイザーPMCの部隊と誤認させ内部に潜入させる事は難しくない。

 加えて今回は協力者も居る、今頃シャーレを包囲している部隊は手を焼かされている事だろう。

 無論、このシャーレを奪還出来るだけの戦力かと問われれば、難しい所だ。しかし、一時的に包囲網に穴を空ける事は出来る。

 理事は部下たちの前に立ち、緩く腕を上げ、宣言する。

 

「さぁ、私の立ち上げた新たな組織、その誕生祝いだ――盛大に制圧しろ!」

「了解ッ!」

「ジェネラル、退避をッ!」

「遮蔽確保ッ!」

 

 理事の応援として現れたオートマタ達は十五名前後、彼等は出入り口を塞ぐ様に布陣すると、ジェネラル達に向かって一斉に射撃を開始した。

 乾いた銃声が連続し、弾丸はジェネラル達の元へと次々に飛来する。

 ジェネラルの護衛の面々は銃口を向けられた瞬間、足元に用意していたバックを蹴飛ばし、中から覗く取っ手を全力で引っ張り上げた。

 瞬間、折り畳み式の防弾シールドが展開され、横に伸びた奇妙な六角形の遮蔽が出来上がる。防弾素材のケブラーを十二層重ねたもので、表面には薄い膜の様なフィルムが存在する。電源を入れると表面のフィルムが変質し、一気に硬質化した。

 放たれた弾丸は正面に立ち、展開された三つの防弾シールドに着弾し、火花を散らす。ライフル弾の直撃を辛うじて防ぐ遮蔽は衝撃に揺れ動くが、背後から支えれば決して倒れる事は無い。

 

「……こいつを入り口に連れていけ、階段まで引き摺れば後は放って構わない、足が使い物にならなくとも、這ってでも生き延びるだろう」

「はっ!」

 

 理事は未だ椅子に身を預けたまま、ただ浅い呼吸を繰り返す先生を指差し、部下にそう命ずる。

 オートマタは先生に肩を貸すと、そのまま味方の射撃を加えている間に先生を退避させる為、移動を開始した。理事はその背中を見送り、僅かに解れたネクタイを緩めた。

 

「さぁ、戦いだ」

 

 喜色を滲ませ、踏み出した理事は床を踏み鳴らす。閃光と銃声が轟く中、弾倉の中身が少なくなっている事に気付いた理事の部下が、声高に叫んだ。

 

「突撃、白兵に縺れ込めッ!」

「おぉッ!」

 

 その声を合図に射撃を加えたまま駆け出す理事の部下達、ライフルを腰だめに構えた、敵の懐に飛び込む様は正しく狂気じみている。

 しかし、これも彼らなりの合理的な判断が故に。理事が秘密裏に搔き集め、組織した軍隊は全員が全員素晴らしい技量の持ち主という訳ではない。何よりカイザーコーポレーションのバックアップを受け、全員が最新鋭の素体と装備で固めている連中に、単純な射撃戦を挑むのはナンセンスだ。

 今回理事が指揮するのは失脚した後も付いて来た僅かな部下、或いは理事自らが在野より搔き集めた原石ばかり。素体は古い者も多く、今回潜入するにあたって最低限見た目の外装を整えた程度に過ぎない。その内部機構は既存の量産パーツであり、お世辞にも高性能とは云い難い。

 しかし何より皆、渇きを覚え、上にのし上がってやるという気概を持っている。

 何かに対する飢え、渇望は何よりも強い原動力となる。

 理事自身が、それを信じ、活かしているのだから。

 故に、数を生かした圧殺と、頑丈で純粋なパワーを誇るオールドタイプの素体を生かした戦い方を、部下たちは選択していた。

 

 展開された即席の防弾シールドを蹴り倒し、殴りかかって来るオートマタの軍勢に、ジェネラルの護衛は意表を突かれる。突き出し、咄嗟に引き金を絞った銃口は、掌で押し上げられ明後日の方向を向いた。

 咄嗟の判断で銃器を手放し、サイドアームに切り替える。そのまま即座に速射、弾丸は目前のオートマタ、そのフェイスモニタに着弾するも――小口径では貫通する事も出来ず、表面に罅を入れるばかり。

 弾丸が弾け、跳弾する音が彼方此方から響く。

 

「しょ、正気か、こいつらッ!?」

「近接格闘プログラムなら、こっちだって負けてねぇッ!」

「くそっ、性能差ならば此方が上だ、押し返せッ!」

「ジェネラルの安全を確保しろ!」

 

 倒れ、踏み躙られた防弾盾の上で、幾つものオートマタ達が縺れ合う。部屋中で銃撃戦や白兵戦が繰り広げられ、ジェネラルは盾となった護衛達の隙間を潜り抜け、そのまま床に転がり、這い蹲った。

 

「クソッ、くそ、一体どうなっている……!? 何故こんな、私の計画は――ッ!」

将軍(ジェネラル)

 

 唐突に始まった乱戦に、指揮官であるジェネラルは頭を抱え、混乱していた。そんな彼の傍まで歩みを進めた理事は影を伸ばし、蹲った彼を見下す。

 

「来い、文字通り指揮官同士の一対一だ」

「っ!?」

「そのチンケな豆鉄砲で挑んで来るが良い」

 

 重厚な指先が、ジェネラルの持つ拳銃を指差し、そう宣った。

 所詮は9mm、理事の装甲を貫通出来ないのは明らかである。それは挑発であった、或いは余裕の表れか。

 故にジェネラルはその物云いに憤慨しながら握り締めた拳銃、そのグリップを軋ませる。

 フェイスモニタのグリーンランプが、怒りに点滅していた。

 

「このッ、ただ図体がデカイだけの、フレーム如きで……ッ!」

「図体だけのフレームだと? 馬鹿が、貴様は今まで何を見て来たのだ?」

「何だと!?」

 

 ジェネラルの物云いに、理事は呆れを示した。

 確かに戦闘は部下に任せる事が多い。そもそもカイザーPMC自体が軍事力を商売道具とする企業である。その在り方は決して不自然ではないし、当然の事でもあった。

 しかし、ならばカイザーPMCのトップは無力なのだろうか? 部下にばかり戦闘を押し付け、本人は戦う事が出来ないのか。

 

 否、断じて否である。

 

 必要があればトップ自ら前線に立ち、戦う事もある。元より理事は、そうやって理事の座に就いた。金勘定ばかりが得意な者にカイザーPMCのトップは務まらないのだから。

 

「私は、カイザーPMCのトップとは、命令だけして踏ん反り返る臆病者ではない」

 

 ミシリと、握り締めた甲鉄の拳が軋みを上げた。

 確かに昔ほど戦場に出る事も、直接銃を取る事も無くなった。

 しかし蓄積された戦闘経験が白紙になることは無く、この素体は彼なりの合理的判断に基づいて設計されたものだ。

 カイザーPMCの理事として勤めていた頃、多くの護衛に囲まれた自身が万が一戦闘に巻き込まれた場合、求められるのは火力でも、速度でもないと。

 優秀な護衛を突破する猛者だ、そも逃げられる可能性は低く、自身よりも格上である事は想像に難くない。車以上の速力を得るためには、どれだけ装甲を薄くする必要があるのか。

 

 ならば重要なのは防御力だ、どのような攻撃であろうと味方が駆け付けるまでの間、僅かな時間でも構わない、攻撃を防ぎ破壊されない堅牢な装甲こそが合理。

 そして耐え忍ぶ事に主眼を置く場合、武装の搭載は機動力の低下と、弱点部位の増加に繋がる。ならば武装は最低限、寧ろ装甲を増設する事により単純な重量と頑強さを増し、近接戦闘に於ける優位性を高める。

 

 素体は肥大化するが、そも一撃で屠られない事を考えるのであれば問題ない。顔面だろうが胴体だろうが、関節部位だろうが、対物ライフルで撃ち抜かれようと一撃耐えられるのなら、それで良い。後は亀の様に防御を固め、只管攻撃を耐え抜く姿勢を取るだけ。

 もし増加した外装を身に纏った状態で動く為に、極限まで高めた出力(馬力)で殴り倒せるのならば、儲けもの。

 

 つまり、この素体は――。

 

「私が莫大な金銭を費やし、己の戦闘データを基に開発した、最も合理的な戦闘用フレームだッ!」

「ぎッ!?」

 

 床を踏み砕き、繰り出される巨腕の一撃。

 風切り音を鳴り響かせ、振り抜かれた拳はジェネラルのフェイスモニタに向かって飛来する。

 咄嗟に反応し、自身の腕を拳とフェイスモニタの間に挟み込んだジェネラルであったが、圧倒的な質量と出力に抗う事は出来ず、防御した左腕は圧し折れ、身体は抗う事も出来ず後方と吹き飛ばされた。

 

「ジェ、ジェネラルッ!?」

 

 周囲で白兵戦に応じていた護衛の一人が、悲鳴染みた電子音声を上げた。

 クラフトチェンバーへと接続していた端末、そのデスクを巻き込みながら床を跳ねるジェネラルの素体。それを見ていた周囲の部下達は即座に駆け付けようとするも、理事の部下たちが我武者羅に掴みかかり、対応するだけの余裕がない。それどころか数発援護射撃をした所で、理事の素体に効果が無い事は先の一幕で理解していた。

 一拍遅れてジェネラルの被っていた帽子が床へと転がり、破損した外装の破片が散らばる。ジェネラルはデスクと共に仰向けに転がりながら、拉げ、フレームの露出した左腕を掲げ、愕然とした声を漏らした。

 

「ば、馬鹿な、私の……外装甲が、一発で」

「どうした、立て、ジェネラル」

 

 飛び散った破片を踏み躙り、ジェネラルを見下ろす理事は高圧的に告げる。

 

「外装は兎も角、この程度の攻撃でフレームが損壊する様な安物ではないだろう、カイザーPMCの素体は?」

「っ、く……クソ……ッ!」

 

 此方を見下ろす赤い四本のアイライン、それを見たジェネラルは、半ば反射的に拳銃を突きつけると、発砲した。周囲から鳴り響く銃声と比較すれば聊か迫力に欠ける発砲音が鳴り、弾丸が理事の外装に着弾する。

 しかし、9mmでは余りにも威力が不足していた。人間を屠るのであれば十分だろうが、理事の分厚い装甲を抜くには口径が小さ過ぎる。

 弾丸は直ぐに撃ち尽くされ、ジェネラルは弾倉が空になったまま数度引き金を絞り、弾切れである事に気付くと、怒りに任せて拳銃を床に投げ捨てた。

 軽い音を立てて転がっていく拳銃、それを見送った理事は小さく肩を竦める。

 

「……貴様も、一端の兵士であるのなら」

 

 伸ばされた剛腕が、強引にジェネラルの胸元を掴むと、有無を言わせず素体を引き寄せる。抗う事も出来ず互いの頭部が接触する程に接近され、ジェネラルはその圧力に呻き声を上げた。

 

「ぅ――ッ!」

「素手であっても挑む気概を見せろッ!」

 

 叫び、無造作に投げ捨てられるジェネラル。その素体は傍にあった書籍棚へと衝突し、轟音と共に外装が拉げ、書籍が雪崩の様に落ちて来た。それを身に受け、地面に膝を突くジェネラル。フェイスモニタにノイズが奔り、身に着けていた腕章がずり落ちる。

 

「そこで、血に塗れていた男は」

 

 ジェネラルの這い蹲る床、その直ぐ傍にある椅子に残った、大量の血痕。

 血溜まりを指差した理事は、唸る様な声と共に告げる。

 

「シャーレの先生は、あの脆弱な肉体で私の前に立ち、真正面から挑んで来たぞ」

 

 思い返すのはアビドス砂漠での一件。

 脆弱な人間が、自身よりも遥かに強い子どもを背に、この巨躯に怯むことなく向かって来た記憶。

 其処に確固たる勝利の道筋があるとは云え、ただの人間が――この己に。

 その時の衝撃は如何程か、理事は今でも鮮明に覚えている。忘れる事など決して出来ない。当時の記憶は、記録として残され、常に彼の思考、その片隅に存在していた。

 

「っ……!」

 

 放たれた一言は、ジェネラルのプライドに大きな衝撃を齎した。

 項垂れ、床に這い蹲ったジェネラルは自身の身に降り注いだ書籍、ファイルの類を振り払い、ゆっくりと立ち上がる。その軍靴が音を立て、粉砕された腕を垂らしながら彼は顔を上げる。

 

「舐めるなよ、理事……!」

「ほう?」

「任務は、必ず、達成する――ッ!」

 

 無事な右腕を背に回し、腰のポーチに収納していた装備――グレネードを握り締め、ピンを弾く。そのまま大きく肩を怒ららせると、ジェネラルはその電子音声にノイズを走らせ、床を蹴飛ばし理事に向かって一息に突撃した。

 

「それがカイザーコーポレーションの兵士たる、我々の意地だッ!」

 

 粉砕された左腕を伸ばし、理事のスーツ、その胸元を掴む。

 突然の凶行に呆気に取られた理事の目の前で、ジェネラルはグレネードを彼の胸元に押し付けた。

 

 間髪入れず、炸裂。

 

 室内での爆発は通常のそれよりも遥かに強烈で、二人の素体は爆炎と衝撃、粉塵に包まれる。二人の影は壁と床に濃い色を残し、間髪入れず爆炎に照らされ、掻き消えた。

 

「ジェ、ジェネラルッ!?」

「ボスッ!?」

 

 一瞬にして静まり返った室内で、双方の部下が互いのトップ、その名を呼ぶ。爆発は周囲のオートマタ、その数人を衝撃によって床に転がし、僅かな間戦闘が停止する。

 

 ややあって粉塵が晴れた時、果たして倒れていたのは――爆発により、コートと制服を消失し、黒ずんだ胸部とフェイスモニタを晒したジェネラルであった。押し付けた右手の指先は全てが欠損し、内部のフレームが破損しているのが分かる。

 彼は理事に縋りつく様な姿で機能を停止しており、そのフェイスモニタに光は宿っていない。

 

「――ふん」

 

 鼻を鳴らし、ジェネラルの側頭部を軽く押し退けた理事は、裂け、衣服としての役割を失った上着と外套を破り捨てる。其処から覗く胸部装甲は凹み、黒ずんだ痕跡が刻まれていたが、彼は何の痛痒も感じはしないとばかりに装甲に手を掛けると、そのまま強引に引き剝がし始めた。ボルトが弾け、外装甲が歪む金切り音が響く。

 

「無駄な意地だ、外装甲一枚分……それが貴様の限界だったぞ、ジェネラル」

 

 ガコン、と。

 理事の手の中から装甲板が一枚、剥がれ落ちる。胸部に増設した外装甲一枚、それがジェネラルの戦果だった。

 増設装甲の下にはフレームがあり、其方は完全に無傷である。

 それを見た護衛達は呆然とし、戦闘の最中であるにも関わらず膝を突く者まで現れる。

 

「そ、そんな、将軍(ジェネラル)が……」

「これでは、任務は失敗……」

「っ、確りしろ、任務は終わっていない――ッ!」

「せめて、応援が駆け付けるまでは……!」

 

 指揮官の行動不能、それは強い動揺と混乱を齎すが、しかし部隊の機能停止にまで陥ることは無い。即座に建て直した隊員が殆どであり、近場のオートマタを殴り倒し、ジェネラルの回収を試みる護衛班。

 

「―――」

 

 理事はそんな彼らの足掻きを横目に、部屋の出入り口まで運搬された先生を一瞥する。

 先生は階段の一段目に足を掛けながら、暗闇の中、此方を見ていた。

 理事はその瞳を見返し、それからジェネラルの足元に転がっていた罅割れたタブレット――シッテムの箱に気付くと、それを無造作に拾い上げ、先生に向かって放り投げた。

 

 左腕の無い先生は、飛来したタブレットを体で受け止める様に抱き留め、搔き抱く。先程まで何の光も灯していなかった画面が先生の手に収まった途端に再起動し、暗闇を淡い光が照らした。

 

「行け、先生」

「――………」

「お前を倒すのは、ジェネラルでも、ましてやプレジデントでもない」

 

 未だ抵抗を続けるジェネラルの部隊を前に、理事は先生に背を向け、告げる。

 声に感情は籠らずとも、その背中が、何よりも雄弁に語っていた。

 

「他ならぬ――この私だ」

「……は」

 

 思わず、声が漏れた。

 シッテムの箱を見下ろし、血の滲む唇で微笑みを浮かべた先生は、掠れた声で答える。画面の淡い光に照らされた体が、ゆっくりと階段を踏み締めた。

 

「まさか、貴方に助けられる日が、来る、なんて……想像も、していなかった、よ」

「勘違いするな」

 

 壁に寄り掛り、血の滴る足で階段を登る先生。その動作は余りにも緩慢で、一歩、また一歩と、時間を掛けて階段を登っていく。

 その口から漏れた言葉を、理事は目を合わせる事無く否定した。

 互いに、もう向き合ってはいなかった。

 

「助けたつもりなど毛頭ない、貴様は私に勝ったのだ、その貴様が無様を晒せば、私の格が落ちる――それが許せんだけだ」

「……それでも」

 

 血痕を残し、血を滴らせながら冷たい階段を踏み締める先生は、不意に足を止める。微かに弾んた吐息、苦痛の中で笑みを浮かべる先生は、もう閉じかけの左目を肩越しに向け、彼に言葉を送った。

 

「……ありがとう、理事」

「――『カイザー』と呼べ」

 

 返答は、力強かった。

 

「今日、この瞬間から私は、カイザーPMC元理事(CEO)でも、オクトパスバンク営業職員でもない――ただ一人、唯一無二のカイザー」

 

 塞がりかかった先生の視界に、拳を突きあげた理事――カイザーの姿が映る。

 凹み、黒ずみ、裂けた衣服のまま拳を突きあげる彼の後姿は大きく、勇壮で、力強く見えた。

 引き連れた部下、ジェネラルの部隊を前に、しかし彼は胸元から大きな駆動音を掻き鳴らす。

 いつか彼の前で、先生が己の存在を叫んだように。

 

 彼もまた、世界の中で――今、己の存在を高らかに叫んだ。

 

「いずれカイザーコーポレーションの頂点に立つ――カイザー(帝王)だッ!」

 


 

 あけましておめでとうございますわ~!

 取り敢えず年末年始は忙しく、投稿が遅れ気味となっておりますが、来週の半ば程度には落ち着くと思いますの。三日に一話が四日に一話になっていますわ……申し訳ねぇですの!

 また一日遅れていたら、「現実の方で忙しいんですのね~」と思って頂ければ幸いですわ!

 

 兎にも角にも、今年もどうぞよろしくお願いいたしますの~!

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