「急げ、あっちだ! 此処を抜ければ直ぐシャーレが見えて来る!」
バンバンと、装甲車――ベアキャットの運転席、その扉を叩きながらサキは進行方向を指差し、叫んでいた。
ヴァルキューレ公安局の装甲車、その側面に取りついたサキは、車両上部の取っ手とせり出したフットステップに身を預け、愛銃のRABBIT-二十六式機関銃を抱き締めながら前を見据える。冬空の下、体に当たる風は冷たく顔を顰めたくなる程だが、今はそれを気にする余裕も無かった。
反対側には同じようにミヤコが装甲車側面に取り付いており、後部車両にはミユが続いている。
唯一モエだけは後方支援としてキャンプに残っており、現在シャーレへと急行している面々はRABBIT小隊三名と、公園に来ていた公安局三十名――合計三十三名、装甲車三両となる。
公道を凄まじい速度で駆ける装甲車は、時折走行する一般車両を追い抜きながら直進し、サキの指差した曲がり角へと差し掛かった。
「っ! この人だかりは――」
「停車だッ! 止めろ!」
大通りをブレーキ音を響かせながら曲がり切れば、シャーレ本棟が視界に映る。そのままシャーレ正面まで乗り付けるつもりであったが、目前に飛び込んで来た光景に思わず停車を叫んだ。
シャーレの手前には公道まで広がる大勢の人々が集まっており、異様な気配が漂っていた。
近辺には人々の喧騒、時折銃声や怒声、悲鳴、困惑の声などが響いており、誰もヴァルキューレの到着に気付いた様子が無い。
公道には中途半端に停車している車両もあり、人混み手前で停止した装甲車は大きく揺れ、ミヤコ達は装甲車にしがみつき、悲鳴を呑み込む。
「おい、一体どうなっているんだ!? さっきの爆発は何だよ、先生は無事なのか!?」
「どう考えても普通じゃないだろう! それにカイザーコーポレーションが一体何でこんな集まって……!」
「下がれッ! 指示に従わない場合は発砲も許可されている!」
「ええいッ、それ以上前に出るな! 下がれ! 下がれと云っている!」
前方ではその様なやり取りが、何度も行われている様だった。
良く見れば人だかりの進行方向には幾つもの車両が横付けされ、そこに隊列を組んだオートマタ達の姿が視認出来る。彼らは抱えた銃口を近付いて来る市民や生徒に突き付け、この場を離れる様に警告していた。
後方ではその様子を端末で撮影したり、この異様さに戸惑っている者も散見される。両腕を頭上に掲げ、前方をカメラで観察していた者は、その映像を手元で再生し不安げな表情を浮かべた。
「ちょっと、何かヤバくない? 早くヴァルキューレに通報した方が良いんじゃ……」
「それが、端末の通信が繋がらなくて、カメラ機能とかは使えるんだけれど」
「え、本当に? ……あっ、私もだ」
兎角、シャーレ本棟周辺は物々しい空気を醸し出し、それを見たミヤコ達は装甲車より下車し、周囲を見渡した。乗車していた公安局の生徒達も次々と公道に降り立つと、同じように戸惑いを見せる。
「これは、一体……?」
「シャーレで爆発が起きたと聞いて、野次馬が集まって来たのか?」
「そ、それにしては、ちょっと物騒な気も――」
サキの予想に、ミユは消極的な否定を口にする。
或いは、救急隊の類が既に駆け付けていたのかと思えば、どうもシャーレ周囲を固めるオートマタ達の姿は、そういった組織の装備には見えない。
銃火器を抱え、胸部には防弾ベスト、外装は通常のオートマタとは異なりスマートなフォルムをしている。しかし要所要所は確実に保護されており、明らかに戦闘を意識した素体だと思った。
群衆の先に佇むオートマタ達を凝視していたミヤコは、ふと彼らの傍に並ぶ装甲車側面に刻印されたロゴに気付いた。
彼女はそれを指差し、記憶の中に存在するソレを口にする。
「……あのマークは、カイザーPMCではありませんか?」
「カイザーPMCだと?」
隣に足を進めたカンナが眉を顰め、それからミユが目元に掌で影を作りミヤコの指差した方向を視認する。凄まじい視力を誇る彼女はそれなりに離れた位置に見える装甲車のロゴを数秒見つめ、それからおずおずと頷きを返した。
「う、うん、確かに……
「本当か? 何でこんな所に」
「騒動を収める為……という感じではないな、アレは」
サキが顔を顰めながら呟けば、カンナは腕を組みながら所感を述べる。
そもそもからして、こんな事件・事故にいちPMCが出しゃばる理由は無い。善意の活動と云われても、まず信用できないだろう。
アレはどちらかと云えば、シャーレを囲んで何かを隠すか、或いは内部からの逃走を阻んでいる様に見えた。
カンナの所感を耳にしたミヤコは少し考える素振りを見せ、それから耳元のインナーイヤー型のヘッドセットに指を添え、問いかける。
「此方RABBIT1、キャンプRABBIT、そちらからD.U.区画の全体的な状況を探れますか?」
『りょーかい、ちょっと待って、今調べているから』
通信相手であるキャンプRABBIT――モエは軽い調子で答えながら、手元のコンソールを叩き始める。先の大雨で少なくない機材を駄目にした彼女達であるが、それでも最低限情報支援可能な設備は整える事が出来ている。少しの間モエの返答を待っていたミヤコだが、最初に耳に届いたのはモエの辟易とした声だった。
『うっわ、何これ……』
「キャンプRABBIT?」
「何だ、どうした」
まるで嫌なものを見たと云わんばかりの反応に、ミヤコとサキ、そして声を上げないもののミユが不安げに顔を上げる。
『多分だけれど、D.U.各区画の通信網が全部落ちている感じ、連邦生徒会を含めた回線は壊滅、と云うかサンクトゥムタワーそのものが機能していないんじゃない、コレ?』
「え、えっと、それは、どういう……?」
『どうもこうも、D.U.の通信中枢はサンクトゥムタワーが担っているんだから、あそこが落ちたらD.U.は郊外も含めた全区域が機能しなくなるでしょ、その中には勿論通信網も含まれているから、現状サンクトゥムタワーを介して機能しているモノ全部シャットダウンされているって訳、勿論自分達で回線を引いている所は大丈夫だろうけれど……』
「ちょっと待て、サンクトゥムタワーが機能していないだと?」
『うん、そのせいでどこも混乱状態、こっちから見た限りヴァルキューレも動いてないみたい、というかこの状況だと、情報収集すら限定的なモノになるんだけれど……ノードを繋ぐ為にドローンを飛ばそうにも、そっちには妨害電波入っているみたいだし』
「妨害電波、アンチドローンですか……」
呟き、ミヤコは眉間に皺を寄せる。その一言で、目の前のカイザーPMCに対する疑念が確信に変わった。
試しに端末をポケットから取り出し操作してみるものの、悉く不通となる。RABBIT小隊の装備である無線通信による交信は可能だが、逆に云えばそれ以外は全て沈黙していた。
「お前達、今サンクトゥムタワーが機能していなと云ったか?」
RABBIT小隊のやり取りを眺めていたカンナは、先の発言に聞き捨てならないといった様子で詰め寄った。
「あ、あぁ、キャンプRABBIT――モエからの情報では、そうらしい」
「馬鹿な、そんな大事が発生しているのなら公安局に何かしらの連絡が入る筈だ、通信網が沈黙しているとは云え、こっちにも無線はある、事務所と防衛室からは何も……」
「――連邦生徒会も、シャーレ爆破と同時に襲撃されたと見做すべきでしょう」
ミヤコは険しい表情を浮かべる公安局の面々を前に、そう云い切った。
面食らったのはカンナだけではない、その背後に並ぶ公安局の生徒達も同様だ。RABBIT小隊もミヤコの発言に少なくない衝撃を受けた様子で、サキは近くに居たミユと顔を見合わせる。
当のミヤコはそんな彼女達の反応を尻目に、淡々とした口調で続けた。
「現在サンクトゥムタワーが機能を失っているのなら、外部から攻撃を受けた、その可能性が一番高い、違いますか?」
「連邦生徒会に襲撃……?」
『そんなバカげた事、一体誰が――』
そんな事をして、一体何のメリットがあると云うのか。仮にメリットがあるとして、その様な蛮行に及ぶ相手は誰なのか。
通信越しに問い掛けて来るモエ。ミヤコはその疑問に答える事無く、ただ群衆の先に居るカイザーPMCを見つめ続ける。
その視線こそが、答えだった。
「――まさか、カイザーコーポレーションか?」
カンナが、その耳を逆立てながら呟いた。
呟きは思ったよりも大きく、喧騒の中でも周囲の生徒、全員の耳に届く。ミヤコは小さく頷き、シャーレ前に陣取ったカイザーPMCを指差す。
「シャーレを包囲しているのはカイザーPMC、モエが捉えたと云う妨害電波、シャーレが爆破されたという通報以降、ヴァルキューレにその手の連絡は無く――状況証拠としては、これ以上ない程でしょう」
「待て、待て待て!
しかし、その発言に待ったを掛けた者がいる。
サキだ、彼女はミヤコの発言に慌てて首を振りながら詰め寄ると、厳しい口調で反駁した。
「防衛室はカイザーコーポレーションと手を組んでいた筈だ! 連邦生徒会を襲撃したのがカイザーコーポレーションならば、防衛室がその襲撃を事前に知っていて、内部から手引きでもしたって云うのか? もしそうなら、公安局や警備局が何も知らなかったのはおかしいだろう!?」
「えぇ、その通りです、
「……は?」
サキの反駁に、しかしミヤコはあっさりと同意を示した。彼女の視線は目前のカイザーPMCを捉えながら、淡々とした様子で頷きを返す。
「何のアクションも無い――これ自体が、おかしいのです」
シャーレの爆破、サンクトゥムタワーの機能停止、シャーレ本棟を包囲するカイザーPMC――もしこれらが全て繋がっているのなら。
ミヤコの視線が絞られ、機能しなくなった端末を握り締める。
「カンナ局長」
「何だ」
正面を見据えていたミヤコの視線が、横合いに立つカンナへと向けられる。
「仮定の話をします、貴女が防衛室の役員、或いは室長という立場だった場合」
「………」
「カイザーコーポレーションと内通し、サンクトゥムタワーを制圧する計画を立てたのなら――ヴァルキューレ警察学校には、どのような指示を送りますか?」
これはあくまで仮定であると、そう前置きした上での問い掛け。それを耳にし、カンナは一瞬眉間に皺を寄せ、それから唇を指先で擦る。
数秒思考を回したカンナではあったが、彼女の頭脳は一瞬でミヤコの意図するところを察し、「そういう事か」と言葉を漏らした。
「もし防衛室がカイザーコーポレーションと共謀しサンクトゥムタワー、シャーレを襲撃したのならば、ヴァルキューレに対し何かと理由を付けて出動を遅らせる、或いは予め連絡を回し、そもそも出動許可を出さないだろう――多少怪しまれようとも、もっともらしい云い訳は幾らでも捏造出来る」
「はい、D.U.の治安維持、事件対応はヴァルキューレの管轄、そのヴァルキューレを自由にさせる理由はありません」
「……だと云うのに今回の一件、そのもっともらしい連絡や命令が一切回って来ていなかった」
それ自体が、おかしい。
ミヤコが訴えているのは、その違和感だ。
カンナはその主張に一定の理解と共感を示した。確かに不知火室長がこの一件を知っていたのならば、事前に呼び出しを行い此方に圧力を掛けていただろう。もしくは、もっと直接的な言葉で命令を下されていたかもしれない。
しかし、今回の一件には全くと云って良い程、それらが無かった。
この様な動きをする事さえ、正に寝耳に水だったのだ。
その事から推察可能な事実は――。
「カイザーコーポレーションは、手を組んでいた防衛室を裏切ったのか」
カンナの底冷えした声が、全員の鼓膜を震わせた。
そう考えれば事前に何の情報が無かった事も、現状向こう側から何のアクションも無い事も、納得がいく。
「彼らの為した事、評判を考えれば、そうおかしな話でもありません」
「………」
「その事は私達よりも、カンナ局長の方が良くご存知なのではありませんか?」
ミヤコの言葉に、カンナは口を閉ざし黙り込む。嫌々ながらも件の企業と連携し、様々な汚職から目を逸らして来た彼女は、その事実を噛み締める様に唇を結ぶ。
この場合、その沈黙こそが、なによりも雄弁な肯定でもあった。
「あ、あのっ……!」
嫌な沈黙を裂くように、背後から声が上がる。見れば愛銃を掻き抱いたミユが、不安げな顔を覗かせながら精一杯言葉を紡いでいた。
「状況の把握も重要だと思うけれど、それより先に、は、早く先生を助けないと……!」
集まった群衆に意識を取られ足を止めてしまったが、今は一刻を争う事態である。状況の把握は決して無駄にならないだろうが、今は兎角動くべきだと彼女は訴えた。その、常の彼女より幾分か強い口調の言葉に、サキはぎこちなく頷いて見せる。
「あ、あぁ、そうだな、
「……そうですね、カイザーコーポレーションの狙いは不透明ですが、今は先生の救出を第一に動きましょう」
彼女の提案に否はない。
ミヤコは視線をシャーレ本棟に向けると、その外壁をなぞる様に動かす。しかし集った人混み、停車し壁となった渋滞が邪魔で本棟までは距離があった。目を凝らすが、視界はぼやけ確りと視認する事が出来ない。
「……RABBIT4、此処からオフィスの様子は視認出来ますか?」
「あっ、う、うん、何とか」
「私の方でも確認したい、双眼鏡を貸してくれ」
ミヤコの言葉に頷いたミユはシャーレに目を向け、それから暫く裸眼で周囲を伺うと、手にしていた愛銃のスコープを使い詳細を確認し始める。
それを見たサキはミユが常に首からぶら下げている双眼鏡を要求し、彼女は慌てて頷くと先に双眼鏡を手渡した。
ポイントマンとして先陣を切る事となる彼女にとって、その目で見る情報というのは重要だ。双眼鏡を受け取ったサキはミユと並んでシャーレのオフィス区画を視認し、思わず息を呑む。
「――何て惨状だ」
双眼鏡の奥には、シャーレ本棟の側面、先生の滞在するオフィス部分が綺麗に吹き飛んでいる光景が見えた。
内部からシャッターが降りており内側を窺い知る事は出来ないが、外壁の一部は完全に破損し、室内から強い圧力を受けたのかカーテンウォールのフレームが外側に向かってねじ曲がり、飛び出していた。
オフィス周辺の窓硝子は軒並み罅割れ、粉々に吹き飛んでおり、かなり強力な爆発だった事が伺える。少なくとも、たった一人の人間にぶつけるものではない。
この攻撃をもし、先生が真面に受けているとしたら――そんな想像が脳裏を過り、サキは背筋を凍らせる。
「……オフィスは多分、防犯装置か何かでシャッターが降りているみたい、外部から中の様子は分からない、かな」
「爆発の規模は?」
「く、詳しくはちょっと、でもオフィスは全部吹き飛んでいて、爆発跡も視認出来るから、それなりに大きいと思う」
多分、プラスチック爆薬なら五キロ以上、十キロ未満の量。ミユの呟いた言葉に、ミヤコ達の表情は一層険しさを帯びる。
部屋一つを丸々吹き飛ばす量としては完全とは云い難い、しかし至近距離で人間をひとり吹き飛ばすならば――十分すぎる威力を持つ。
同じく双眼鏡でオフィスを観察していたサキは、手にしていた双眼鏡を下ろし、蒼褪めた表情で呟いた。
「先生は私達とは違う、人間だぞ……? 痕跡を見れば分かる、あの規模の爆発を受けたら私達だって意識を失うのに、人間の先生では、普通に考えて――」
「生きています」
サキの弱々しい声色に被せる様にして、ミヤコはそう云い切った。
ゆっくりと顔を持ち上げ、未だ不安の色濃く残る表情でミヤコを見るサキ。
「ミヤコ……」
「先生は、絶対に生きています」
真っ直ぐサキを見返し、彼女は言葉を続けた。
数秒、二人の間に沈黙が流れる。
それは信頼か、それとも単なる願望か。
強張った表情のまま俯くサキの肩に、誰かの手が掛かった。
はっとした表情で背後を振り向けば、背後に立つカンナの姿。彼女は真剣な表情を浮かべ、告げる。
「此処で何もせず、傍観する訳にはいかない、一パーセントでも可能性があるのならば動くべきだ――違うか?」
「……っ」
その言葉に、サキは息を詰まらせる。
正論だと思った。
彼女の言葉は、正しい。
SRTでも同様の教訓を受けた、絶対に悪い想像をしてはいけないと。
例えば敵地の中で何時間も潜伏しないといけない場合、戦闘になって追い詰められた場合、負傷した場合、仲間が戦闘不能になった場合――絶対に悪い想像をしてはいけない、そう先輩達に教えられた。
危険に備えたり、予測する事は良い、けれど過度に怯えたり消極的になる事は違うと。
可能性があるのなら、それを最大限にすべく行動しなくてはならない。
その言葉を、今になって思い出した。
「――あぁ」
頷き、サキは息を吸った。もう一度頷くと、サキは徐に自分の頬を張った。
グローブ越しに叩いたソレは、生憎と子気味良い音は鳴らなかったが、それでも幾分か気分を切り替える効果があった。
吸い込んだ息を、今度は深く吐き出す――再び目を開いた時、其処に怯懦の色は無かった。
「それで、肝心の作戦は?」
自身の中に在る臆病な感情を飲み下し、SRTとしての心構えを新たにしたサキは問いかける。どう動くにしろ、作戦が無ければ話にならない、行動の指針は必要だ。
「――正面は
先に口を開いたのはカンナだった。
彼女は背後の部下達に視線を送ると、そのまま指先をシャーレに向け言葉を続ける。
「此方が正面から戦闘を仕掛け、カイザーPMCの注意を惹く、その間にRABBIT小隊はシャーレ内部に侵入し、先生を探し出して保護してくれ」
「宜しいのですか、カンナ局長?」
「あぁ」
その作戦では、殆ど公安局を囮に使う形になるだろう。シャーレ本棟の正面に並ぶカイザーPMCの数は相応に多く、公道を封鎖し立ち並ぶ装甲車は十台を超える、最低でも百名以上のオートマタが詰めていると考えるべきだった。
対して公安局の戦力は三十名、甘く見積もっても敵方の凡そ三割程度――公安局がヴァルキューレ内部で精鋭とは云っても、かなり分の悪い戦闘になる事は目に見えている。
しかしカンナはそれを理解して尚、RABBIT小隊を内部に送り込むべきだと判断した。
「SRTは元より少数精鋭、こういった状況での人質救出訓練も積んでいる筈だ、違うか?」
「あぁ、確かに、その手の訓練は何度も受けたし、定石は頭に叩き込んでいるが――」
無論、公安局も相応に訓練は積んでいる、しかしSRTの基準とする練度に達しているかどうかはまた別の話。特務として鍛えられ、そう在るべしと定められた彼女達の練度の高さ、そこにカンナは期待していた。
彼女の言葉を耳にしたRABBIT小隊の面々は互いの顔を見合わせ、その表情を強張らせる。ミユなどは愛銃を抱き締め、すっかり怯え切った様子だった。
サキは強張った表情のまま、恥じる様に鉄帽を下げ目元を隠す。
『確かにこの手の突入、救出想定の訓練は何度もやらされたけれどさぁ』
「じ、実戦は、一度も……」
ミユの今にも掻き消そうなか細い声が、辛うじてカンナの耳に届く。
そう、確かに訓練自体は何度も行った、しかしRABBIT小隊には肝心の実戦経験が無い。
特に人質救出任務など、難度で云えば一体どれ程のものか。今の今まで一度もそう云った現場に居合わせなかった彼女達にとって、それは未知の領域だった。
訓練であればいつも通り動く事が出来るだろう、教範も読み込んでおり為すべき事は理解している、頭でも、体でもだ。
しかし、それでも尚不安は拭えず、彼女達の表情に自信は存在しなかった。
訓練と実戦がどれ程解離したものかを彼女達は理解しているが故に、何よりその精神的重圧が段違いだった。
訓練での失敗はやり直しがきく、本番で絶対に失敗しないように繰り返し、繰り返し体に覚えさせ、馴染ませた。けれどいざその時が来ると、全身の血が凍った様な感覚を覚え、肉体も、精神もあやふやに揺れる。
たった一度、たった一度の失敗――それで未来が左右されるという重圧。
その目に見えない圧力にミヤコが口を閉ざしていると、不意に背中に衝撃が奔った。一歩前につんのめり、慌てて横を見れば、ミヤコの背中を強かに叩いたカンナの姿があった。
彼女はミヤコを一瞥し、それからシャーレに向き直ると、何て事のない様子で告げる。
「なら、今がその一度目だ」
いつか必ず、やらねばならない時が来る。
時間は待ってくれない、そして今がその瞬間なのだと。
カンナはそう断じた。
「今は時間が惜しい、やれるな、月雪ミヤコ小隊長」
「―――……」
投げかけられた言葉に、ミヤコは一瞬逡巡を見せる。
しかし、ややあってぐっと腹に力を込めると、歯を食い縛った。少し力を緩めると、緊張で動けなくなってしまいそうだった。だから全身に力を入れて、それからゆっくりと愛銃のグリップを握り締める。
再び目を見開いた時、その唇は力強く言葉を紡いだ。
「やるしか、ありません」
「その意気だ」
ニッと、カンナは此処に来て初めて恰好を崩した。
快活な、それでいて頼もしさを感じる微笑みだった。
「お前達が先生を保護するまでの時間は、何としても私達が稼いでやる」
「先生の保護に成功した場合、その後は?」
「正面から当たって公安局が優勢ならば、そのままRABBIT小隊の退路を確保し撤退を支援しよう、後方の車両に搭乗出来れば後は此処から離脱するだけだ、全員での撤退が困難な場合は、公安局の主力を殿にお前達と先生だけは必ず逃がす」
「……では、公安局が劣勢の場合は」
「RABBIT小隊の奮戦に期待し、独力で包囲網を突破、離脱して貰う他ない」
前者は楽観的な視点から、後者は現実的な視点から。現状のヴァルキューレ警察学校の戦力を鑑みれば、正面から敵を抑え続けるのは困難に思える。そうなると自然、後者の展開になる可能性が高いと思った。
サキとミユは目を細め、未だ蠢く人垣の向こう側へと視線を投げる。整列するオートマタ、その数は一人一人数えたくなどない程だ。
「先生を連れた状態で、あの数を相手にか」
「だ、大丈夫かな……?」
『……こっちから正確な数は把握できないけれど、こんな事件を起こした連中だし、生半可な防備じゃないと思った方が良いね』
「どんなに最悪の状況でも、正面入り口の部隊は公安局が食い止めてやるさ」
人質想定となる先生を連れて、独力であの包囲網を突破するのは流石に骨が折れる。大多数の人員が割かれているであろう正面入り口を公安局が抑えるとは云っても、他に警備が居ない訳ではないだろう。想定人数は如何程か、少なくとも十や二十、という事はない筈だった。
ミヤコは数秒沈黙を守り、それから小さく頷きを零す。
「なら、別途離脱の手段が必要ですね――キャンプRABBIT」
『はいはい、情報支援しながらそっちに向かえば良いのね、こんな事になるだろうってヘリの準備は万全だし、直ぐにでも飛べるよ――
「シャーレ格納庫……は難しいでしょうね」
シャーレ本棟を一瞥したミヤコは、険しい声色で告げる。内部は既に制圧されていると見るべきだろう、そうなるとシャーレそのものに着陸するのは難しい。付近のポイントで着陸可能な地点を探し、其処に先生を連れて移動するしかない。
「郊外区画で着陸可能なポイントを幾つかピックアップしておいて下さい、この辺りだとダブルスクエア、商店街北通り、後はセントラルパークの方でしょうか? 敵の動きや追っ手の有無、状況によって向かう地点を変えましょう」
『了解、上空から偵察しつつルートを構築するから、いつでも動けるようにしておいて』
「えぇ」
端末が使用出来ない以上、情報のやり取りは無線を通じてのものになるだろう。聊か不便ではあるが、仕方がない。ミヤコは抱えていた愛銃、RABBIT-三十一式短機関銃の弾倉を軽く指先で小突き、それから胸元の防弾プレートを拳で叩く。
準備は、出来ている。
「カンナ局長」
「あぁ」
ミヤコの呼びかけに、カンナは短く応えて見せる。
あまり時間が残されていない事は、共通の認識だった。
彼女は踵を返すと、背後に整列し真っ直ぐな視線を寄越す公安局の部下達を見渡す。前面には鎮圧用のライオットシールドではない、
彼女達は肩にスナイパーライフルを担いでおり、各自近隣の建物や路地に潜み、隙を見て狙撃を行うように指示を出していた。
兎に角あらゆる手を尽くし注意を惹き、RABBIT小隊の入り込む隙間を作り出す必要がある。
「総員、突入準備は良いな」
「はッ!」
カンナの問い掛けに、彼女達は力強く答えた。公安局の生徒達、その瞳には絶対の信頼と意志が宿っている。此処に来て、尻込みするような生徒は一人として存在しない。普段副局長に理不尽とも云えるしごきを受けているという点もあるが――その先頭に立つ、揺ぎ無いカンナの背中が、彼女達に勇気を与えてくれていた。
仔細は、彼女達とて把握している訳ではない。防衛室と公安局の云々も、正直に云えば初耳の生徒だって存在した。
しかし普段から自分達の局長が何かに思い悩み、辛酸を舐めながらも職務に従事している事は知っていた。不可解な不逮捕も、いつの間にか触れられなくなった事件記録も、その話に言及しようとすると顔を顰め、辛そうに眼を閉じながらただ小さく、「すまない」とだけ零す彼女の姿を。近くで共に走り回っていた彼女の部下達は、良く知っている。
だからついて行くと決めていた。
この行動の結果に、どのような結末が待っていても、きっと後悔は無いと。
そう確信出来る程度には。
「さて、行くぞ――」
呟き、カンナは懐から愛銃の第十七号ヴァルキューレ制式拳銃を取り出す。どのタイミング突入するか、出来る事なら何か気を逸らす様なアクシデントでも起こってくれたのなら云う事なしではあるが――しかし、それが贅沢な思考なのかを理解している。
故に今は時間を重視し、一息に正面から当たる為、一歩踏み出そうとして。
「――合図が来たわ、一気に突っ込むわよッ!」
「了解!」
人混みの中から、一斉に動き出す影があった。
視界の隅に映ったそれに一瞬、カンナが瞳を向けると同時、方々から銃声が響いた。
それは先程まで聞こえていた散発的なものではなく、纏まった大きさの発砲音は少なくとも何十人という人物が一斉に発砲したものだと直ぐに分かった。
「局長、群衆の中から、ヘルメットを被った生徒達が……!」
「――っ!」
不意に公安局の生徒、その一人が群衆の中央付近を指差し、カンナ達の視線がそちらを向く。目を凝らすと人混みに紛れ、その隙間から銃撃し、カイザーPMCへと突っ込んでいく生徒達の姿が見えた。
彼女達はヘルメットを被り、何事かを叫びながら構築された防衛網へと突貫していく。
「うぉおおッ! いつもお世話になっている先生の為にぃッ!」
「隊長に続け~ッ!」
「おらーッ! 退け退け~っ!」
その足取りには迷いが無い、誰が誰だか分からない、隙間から放たれる不可視の弾丸にカイザーPMCの何体かが被弾し、後方へと倒れ込む。
浮足立ち、一気に警戒態勢となった彼らに、後方から幾つもの影が投擲された。それはカイザーPMCの装甲車脇、その裏側へと落下し、足元に転がる影を視認したオートマタの一体が、「グレネード!」と叫んだ。
しかし退避する間もなく、炸裂する。
爆発と金属音、破片が周囲に飛び散り装甲車の外装を叩く。ノイズ混じりの悲鳴が轟き、周囲は一気に銃声と爆発、悲鳴と怒声が交差する混沌としたものとなった。
「此処で退いたらワカモの姉御にどやされるっ! 突っ込め!」
「今日はヘルメットが割れた位じゃ、退いてやらないんだからッ!」
「手榴弾、どんどん投げろっ!」
「グレネードを喰らえっ!」
「わぁーッ!」
「て、敵襲! 本格的な攻勢だぞッ!?」
「装甲車を盾にしろッ!
「壁を作れ、決して内部に入れるな!」
「誰が首謀者だ!? 敵はっ!?」
「誰でも良い、全員を行動不能にしろッ! 侵入を阻止するのが最優先だ!」
一部の生徒達の攻勢を切っ掛けに、戦火は広がっていく。カイザーPMCからすれば、この群衆の誰が攻撃を仕掛けて来たのか、判別する事は不可能だった。
自然と疑心暗鬼となった兵士達は無造作に銃口を突きつけ、引き金を絞る。その銃口からバラ撒かれた弾丸は当然の如く無関係な第三者に被弾し、彼方此方から悲鳴と怒声が上がった。集った生徒達は応射を開始したカイザーPMCに対し敵愾心を抱き、携えていた銃口を向け始める。
「あっ、痛っ、ちょ、ちょっと私達は関係な……っ!?」
「クソ、何だよ、あのオートマタ撃って来やがったぞッ!」
「舐めやがって、喧嘩を売って来たのはそっちの方だからなッ! スケバンの根性を見せてやるッ!」
「先生が無事かも分からないんだ、連中をぶっ倒して探し出すぞ!」
「やってやるーッ!」
初めはヘルメットを被った生徒達だけだったのが、気付けばスケバンや屯していた他の不良生徒、他所の自治区に所属している様な普通の生徒達でさえ、カイザーPMCに対し発砲を開始し、爆発や発砲音がそこら中に木霊する。
一部戦闘を嫌う生徒や一般市民が頭を抱えて逃げ惑い、脇を抜けていく彼等、彼女等を横目に、カンナは白い息を吐き出した。
その瞳に煌めきが宿る、彼女の勝利を嗅ぎ分ける嗅覚が叫んでいた。
「どうやら、同じ志の生徒がいる様ですね、局長」
「――あぁ」
市民を巻き込む様な形となった事は心苦しいが、千載一遇のチャンスである事は疑いようもない。幸いキヴォトスの住民は頑丈である、流れ弾が数発当たった程度ではかすり傷程度だ。
これなら正面から当たっても、何とか道は作れそうだと呟き、カンナは直ぐ横に立つRABBIT小隊に目を向ける。
準備は良いか? その視線が問いかけていた。
小隊の先頭に立つミヤコはその視線を受け力強く頷きを返し、カンナは握り締めた愛銃の安全装置を弾いた。
「この機を逃すな、公安局総員――」
振り上げた指先が降り注ぐ雪を払い、その前方を指し示す。
そして犬歯を剥き出しにしたカンナは、曇天を裂く様な力強さで以て叫んだ。
「突撃開始ッ!」
「おぉ――ッ!」
次回ズタボロ先生との遭遇と逃避行ですわ~! わたくし絶望的な撤退戦大好きなんですの。
取り敢えず年末年始は多忙で四日に一話のペースでしたが、今週からいつもの投稿ペースに戻れるよう頑張りますわ~!