今回約一万三千字ですの~!
「居たか?」
「いや、完全に見失った様だ……」
外郭地区――シャーレ周辺、大通り脇。
未だ銃声や爆発音の鳴り止まぬシャーレ正面より、十分程駆けた場所にある大通り。その公道脇で合流する二名のオートマタ、彼等は腕に提げた銃器を揺らしながら互いに音声を交わす。
未だ発見報告が無い為、分かり切っていた事ではあるが、これは失態であった。二人の纏う空気は陰鬱で、表情こそないものの重苦しい沈黙が一瞬流れる。
「ジェネラルから、追加の指示は?」
「それが、まだ目を覚ましていないらしい」
「……クソ、例の襲撃か」
シャーレ内部に敵性勢力が入り込み、先生を奪取し逃走した。
その足取りを追っていた両名だが、現状は手詰まりである。どうするべきか自分達の指揮官であるジェネラルに指示を仰ごうにも、当の本人はその侵入者に打ちのめされ、現在も再起動を果たしていない。
恐らく現在進行形で、フレームの修復作業が行われている事だろう。或いは今の素体を放棄し、乗り換えるのかは定かではないが、兎角自分達を指揮する責任者が不在の状況である事に変わりはない。
現在は代理指揮権を持つオートマタが臨時で指揮を執っているが、上手く行っているとは云い難い。
「ジェネラルを殴り倒したとかいう、前理事は捕まったのか?」
「いや、ジェネラルを好き放題殴った後、表の騒ぎに乗じて離脱したらしいぞ」
「表の騒ぎって、確かヴァルキューレと一般市民の……」
「あぁ、まだ散発的な交戦は続いているらしい、外周部隊が到着次第、制圧されるだろうがな」
声には僅かな安堵の色が含まれていた。そもそも戦力からして圧倒的な差が存在するのだ。流石にシャーレ制圧部隊だけでは抑えられないかもしれないが、外周に展開していた部隊の数は膨大。今回の作戦には一部を除いたカイザーコーポレーションの全戦力が投入されている。その規模は千や二千ではない、文字通り万を超える軍勢である。
それがD.U.区域を包囲し、あらゆる自治区からの介入をシャットアウトしていた。その一部が、鎮圧の為に駆け付ける訳である。装備の質も、数も、此方が上だった。鎮圧は時間の問題と云う見方は、何もおかしな話ではないと、オートマタはそう確信している。
「それにもう少しすれば、プレジデントの本隊がご到着なさる」
「まさか、プレジデントが直々に……?」
「そうだ、兎に角絶対にシャーレの先生を探し出せ、そうでなければどんな処罰を受ける事か」
今回の一件もそうだが、普段は本社のオフィスで指示を出すだけであったプレジデントが直々に動く。それは彼の私兵として動いていた特務としても、またその系列企業のカイザーPMCの兵士としても、大きな意味を持っていた。
この計画にどれ程の本腰を入れているのか、薄々感じ取れると云うもの。肉体的な反応に乏しいオートマタ達がぶるりと身を震わせ、互いに顔を突き合わせた。
「――捜索範囲を広げよう、ウェストパーク方角はまだ見ていない筈だよな?」
「ウェストパーク? だが、あっちの方面は新第三空港が近い、そっちに逃げたのなら空港を抑えている部隊に見つかる筈だろう?」
「見逃しがあるかもしれない、今は手広く探すべきだ」
「……こうして話しているよりはマシか、分かった」
短い言葉を交わし、オートマタ達は小走りで西の方角へと駆けていく。金属の擦れる音が響き、徐々に遠くなっていく。
シャーレ周辺は耳を覆いたくなる程の喧騒に満ちているというのに、少しばかり離れたこの場所は恐ろしい程の静寂に包まれていた。
そんな中、小走りで駆けていくオートマタの背中をじっと見つめる瞳が一対。
暫くして近場のリサイクルボックスがガタリと音を鳴らし、ゴミの投入口から赤い瞳が恐る恐る外界を伺った。
小柄な体格を生かし、
そのまま縦に差し込んでいた愛銃を回収すると、周囲に誰の目も無い事を確かめそそくさと立ち去った。
尤も、普段から存在感の無さで認識される事も少ないので、態々確認する必要もないのだろうが――本人からすると、今はその存在感の無さが、これ以上ない程に有難かった。
ミユが向かった先は公道から横に伸び、立ち並ぶビル群の狭間にある路地。
室外機や飛び出したパイプを避け、狭い道を半身になりながら進んでいくと、古びた段ボールやスチール製の保管箱が積み上がっている開けた場所に出た。
恐らくこのビルの裏口、倉庫代わりとなっている空白地帯。周囲は背の高いビルの壁に囲まれ、頭上から微かに陽光と雪が差し込むばかり。物陰も多く影に覆われたその場所は、隠れ潜むにはうってつけの場所であった。
ミユは足元の雑草や空き缶を器用に避けながら、保管箱が密集する奥まった空間に顔を覗かせる。小さく、「戻ったよ」と声を上げると、瞬間安全装置を弾く音が耳に届いた。此方を覗き込んだ瞳は声の主がミユである事を確認し、その背後を入念に確認。それから銃口を下げ、ほっと安堵の息を吐いた。
見張りを行っていた人影――ミヤコは、そのままミユに結果を問う。
「追撃部隊は、別の場所に?」
「う、うん、もう大丈夫、追跡していた人達は西側の方に行ったみたい……暫く周辺を探ったけれど、こっちに来ている部隊は確認出来なかったよ」
「なら、撒けたって事か」
「一応は、ですが」
警戒は怠らずに、そう口にしながら、ミヤコはそっと胸を撫でおろす。兎に角先生を連れシャーレを脱出する事には成功したらしい。あの絶望的な状況から、一時でも逃れる事が出来たのは僥倖であった。
「……先生」
小さくその名を呟き、ミヤコは先生の傍に屈み込む。血の滲む、乱れた前髪を指先で払うと、ゆらり、ゆらりと降り注ぐ雪が先生の頬に付着し、軈て水となって表面を濡らした。
つい先程まで自分に担がれ、失神と覚醒を繰り返していた先生は、拙いながらもミヤコの腕の中で懸命に言葉を紡ぎ、断続的な指揮を執っていた。
追撃部隊を上手く躱せたのは、先生による指揮、その影響が大きい。先生が端的に行き先を告げると、そのルートには何故か敵の姿が無く、また逃走側に有利な地形や障害物が設置されているのだ。
最終的には姿を晦ませ、こうして路地の裏手に身を潜める事にも成功した。
先生はRABBIT小隊がこの路地に逃げ込んだのを確認すると、そのまま目を閉じ再び意識を落としてしまった。それ以降、一度小休憩を挟む為にサキは先生の治療を、ミユは外で状況の確認を、ミヤコは見張りとして立ち、今に至る。
先生の右足は幾重にもガーゼと包帯が巻き付けられ、その上にミヤコが愛用していたアームガードが括りつけられていた。足からの出血を止め、同時に血痕による追跡を回避する為の苦肉の策だったが、これが存外上手く行った。
欠損した指先にはRABBIT小隊各員が胸元に着用していたリボンを巻き付け、辛うじて体裁を整えている。包帯代わりとしては少々心許ないが、仕方ない。
「サキちゃん、それで、先生は……?」
サキに抱きかかえられた先生を見下ろすミユは、不安げな面持ちで問いかける。
現在先生は壁に寄り掛り、その直ぐ隣には、先生の身体を抱き締める様にして守るサキが居た。先生は外套や上着を羽織っておらず、この真冬にシャツ一枚と破れたスラックス一枚という有様である。
自然、体温の低下は避けられない、誰かの衣服を差し出そうにもサイズが合わず、代わりにサキが人肌で何とか温めようと試みている所であった。
命の掛かった現場で、羞恥心もクソもない。サキは先生を抱きかかえたまま双眸を微かに細めると、鉄帽のつばを撫でつけ答えた。
「かなり酷い傷だったが、手持ちで何とか最低限の処置は出来た、幸いバイタルラインに被弾していたり、破片が刺さっているって事もない、此処だと体の中までは分からないが……今はこれが精一杯だ」
持ち込んだ救急キット、及び手持ちの衣類で最善は尽くした、それがサキの結論だ。しかし、現状はあくまで止血と最低限傷口を塞いだに過ぎない。消毒も縫合も、全て二の次だ、また何かあれば傷口が開き、状態が悪化する可能性がある。
「……こんな状態だと知っていれば、もっと本格的な、
「サキ、悔やんでも仕方ありません、現状の手持ちで最善を尽くしたのなら、尚の事」
顔を歪め、自身の準備不足を責めサキを前にして、ミヤコは窘める様に声を掛ける。部隊内の雰囲気は良好とは云い難い。特に先生が意識を失ってから、制御できない不安が彼女達の胸中に蠢いていた。
この不安は、軈て内部から全てを喰い尽くすだろう――そんな予感がある。
「RABBIT3、応答を」
『―――………』
ミヤコはヘッドセットに指先を添え、モエとの交信を試みた。
しかし応答は無く、砂嵐の様なノイズが響くばかり。彼女はその後も暫く呼びかけ続けるが、結果が変わる事は無かった。
「繋がらないか」
「……はい」
肩を落とし、首を横に振るミヤコ。サキやミユが同じようにヘッドセットに手を当て、試すも同様の結果が繰り返されるばかり。サキは響くノイズに耳を澄ませながら、小さく舌打ちを零す。
「このノイズ、多分
「撃墜された訳ではない筈です、通信途絶前に一時退避する旨の報告を受けましたから」
「……どちらにせよ随分と用意周到な事だ、対空装備に、ジャミングまで」
辟易とした様子で吐き捨てるサキは、それから降り注ぐ雪、曇天を仰ぎながら胸中の疑念を漏らす。直ぐに準備出来る様な規模ではない、何週間、何ヶ月――下手をすれば年単位で準備された規模だと思った。
「――連中、戦争でも起こすつもりか?」
呟きには、戦慄が伴っていた。
シャーレを爆破し、先生に危害を加え、あまつさえサンクトゥムタワーの機能を停止させたというのであれば――最早それは連邦生徒会、延いては現体制への転覆行為に他ならない。
戦争と、そう表現しても何ら違和感は無かった。
しかし、隣り合うミヤコは緩く首を振る。
「……戦争なら、既に起こっていますよ」
今、この瞬間にも。
これが、そうなのだと。
ミヤコはそう断じていた。
「………」
どちらにせよ、カイザーコーポレーションが投げつけた石は大きな波紋となり広がっていくだろう。周囲の自治区を巻き込み、膨れ上がっていくそれは最早誰の制御下にも存在しない。
問題は、何の勝算があってこの様な行為に及んだのかという点だが――それは此処で考えるべき事ではなかった。
現在RABBIT小隊の目の前には、それよりも重大な問題が横たわっているのだから。
「こ、これからどうしよう……?」
ミユが小さく、蚊の鳴く様な声で呟いた。
それは誰かに問い掛けたというより、自分自身の中にある不安や恐怖から漠然と口をついた言葉の様に聞こえた。壁に肩を預け、屈み込んだまま俯いたミユを一瞥したミヤコは、ゆっくりと含む様に答える。
「サンクトゥムタワーが機能を停止している以上、シャーレ周辺、D.U.郊外は包囲されたと見るべきです」
「包囲って事は――区画境界線に、カイザーコーポレーションの部隊が展開していると?」
「えぇ、恐らくは」
サキの言葉に頷きながら、ミヤコは思考を回す。この様な大規模作戦を実施しているのならば、当然D.U.内部より情報の流出、或いは目標が逃走する事を防ごうとする筈だ。加えて云えば、万が一異変を察知され他自治区からの介入が見られた場合、それを阻止する戦力が必要となる。
つまり、カイザーコーポレーションにとってはこの包囲網兼防衛線こそ部隊の主力と考えられた。
複数の自治区、それも各校の風紀委員会相当の部隊と交戦するのであれば、それこそ凄まじい戦力を用意しなければならないだろう。
もしD.U.を抜け出す選択をするのであれば、先生を守りながらこのカイザーPMCの包囲網、防衛線を突破する事になる。
外部からの攻勢に備え防御を固める幾多ものオートマタ、その目を掻い潜って区画を脱出するのは至難の業の様に思えた。
あらゆる事の起こりを見逃さない為に、ドローンによる空撮や各種センサートラップが仕掛けられていても驚きはしない。周辺を巡回する警邏の数も尋常ではないだろう。
単独ならば兎も角、三名で先生をつれたまま潜入し突破というのは、現実的ではない。装備も、情報も不足している、愛銃のグリップを握り込んだまま眉間に皺を寄せるミヤコは、その想定した未来を前に苦々しい声を発する。
「包囲網を突破するのであれば、戦闘はまず、避けられません」
「……だろうな、だが先生を担いだまま戦闘を行うのはリスクが高すぎる」
「えぇ、そうなると誰か一人、必ず後衛で待機する必要が出て来ます」
ミヤコは指を三本立て、それからその内の一本をゆっくりと折り畳み、そう云った。
現在RABBIT小隊はモエとの連絡が途絶し、三名での任務遂行を強いられている。その内の一名が護衛として戦闘に参加しないのであれば――実質、戦闘員二名での包囲網突破となるだろう。
それは実際問題、可能なのか?
ミヤコは迂遠ながら、その様に問うていた。サキとミユは口を固く結び、明確な答えを返す事は無かった。全員、それがどれだけ無謀な事であるかを理解していたのだ。
ミユはそろりと手を挙げ、提案をひとつ口にする。
「……せ、先生を何処か安全な場所に隠して、私達が先に包囲網を突破するっていうのは、どうかな?」
「そんな安全な場所が、都合良く見つかるとも思えないが……」
「包囲網を突破する際、戦闘が発生した時点で敵部隊は周囲を入念に探るでしょう、先生を独りにさせるのはリスクが高すぎます、単独では抵抗も出来ない訳ですし――」
「ぅ……そ、そうだよね」
先生を独りにするという選択肢は、平時ならば兎も角、今回は躊躇われた。単純なリスクの面からもそうだが――この先生から目を離す事が、彼女達の根源的な恐怖に繋がって、離れ難く感じられたのだ。目を離したり、少し離れた瞬間、ふとした事で消えてしまうのではないかと云う、そんな妄念に捕らわれてしまったのだ。
指先で唇を擦り、暫くの間顔を顰めていたミヤコは、重苦しい気配を纏ったまま告げた。
「心苦しいですが……先生に、自力で歩行して頂くと云うのはどうでしょう」
このような発言をするのは本当に気が進まないと、そんな彼女の内心がありありと浮かぶような表情と声色だった。しかし、現実問題としてただですら少ない人員を他に割くなど自殺行為だ。
故に苦肉の策としてその様な事を口走った訳だが、サキは一瞬先生に視線を向け、それから首を横に振った。
「――無理だ、この足じゃ歩く事も出来ない」
サキは即座に断言する。
心情的な面云々ではなく、物理的に不可能なのだと。
先生の右足は骨や動脈、静脈こそ穿たれていないが、筋肉は何処もボロボロで、常人であれば動かした瞬間に痛みで悲鳴を上げるだろう。
怪我をしたその瞬間は良いかもしれない、身体が危機的な状況に直面すると、生理的反応としてアドレナリンが交感神経を活性化させる。その分泌に伴い、脳や延髄でエンドルフィンやエンケファリンといった内因性の鎮静物質が分泌され、痛みを感じにくくなる。生存を第一とした肉体は痛みなどの二次的な感覚を、一時的に脳内でシャットアウトするのだ。
しかし、それはいつまでも続く訳ではない。これはあくまで、興奮状態が続いている間の話に過ぎないのだから。
加えて痛み云々の前に、先生の身体は既に逃走に耐え得る余力を残していなかった。
「……先生の右足、ずっと曲がったままだろう?」
サキはそう云って、自分に寄り掛り微動だにしない先生の右足を指差した。
ミヤコとミユの視線が、指先を追う。
その負傷と痛々しさにばかり目を奪われていたが、云われてみればこの場所に辿り着く前から先生の右足は折り畳まれ、反して左足は投げ出されるように伸びていた。不自然な恰好ではない、しかしサキはその姿勢に言及する。
「う、うん」
「……サキ、もしかして」
「あぁ、多分だが――大腿四頭筋が機能していないんだ」
乾いた唇を結び、一瞬苦悶の色を見せたサキは努めて冷静に言葉を続けた。
「此処をやられると膝が伸ばせなくなる、後は裏側の大腿二頭筋、半腱様筋、半膜様筋辺りも、弾丸が貫通していれば、どこかやられているだろう」
座学で優秀な成績を修めていたサキは、当然そう云った人体構造にもある程度精通している。実際の治療は兎も角、知識として蓄えたそれらは確かな見識を彼女に齎していた。
座学で得た知識ではないが、確か足の筋力の三割が失われた場合、歩行には補助が必要になると聞いた事がある。ましてやその割合が七割、八割と増えれば、歩行どころか自力で立ち上がる事さえ難しくなるだろう。サキは淡々と、しかし苦々しい内面を隠さずに吐露する。
確認した限り先生の右足は削りに削られている。寧ろ自分達が発見した場所まで、良く移動出来たものだと驚く程だった。
恐らく、途中までは片足で歩行し、力尽きてからは這って動き続けたのだろう。血の痕跡を見れば、それ位の想像はついた。
「先生は今、自分で歩くどころか立ち上がる事さえ困難だ、誰か一人が先生を担いで移動するしかない、そして万が一被弾でもすれば、私達は兎も角先生にとっては致命傷になる……担いだ隊員が前線に立つのは、難しい」
結局、辿り着く結論は同じだ。
先生は一人では移動が出来ず、誰かが傍に付くしかない。そして先生を担いで移動するのであれば、一発の被弾も許されない。
であれば戦闘に参加する事は出来ず――サキは先生の身体を一際強く抱き締め、ミユと、そして傍に立つミヤコを見上げた。
「どうする、ミヤコ?」
沈黙。
RABBIT小隊の隊長である彼女は曇天を見上げたまま、言葉を返さない。何かを思案しているのか、数秒程静寂に身を委ねた彼女達であったが、不意にサキが声を上げた。
「――私としては、このまま先生を連れてD.U.を抜け出した方が良いと思う」
「えっ?」
聞こえて来た提案に、ミユは思わず声を上げた。
「で、でもサキちゃん……皆が揃っているなら兎も角、モエちゃんの支援も無い状態だと――」
「ミユ、その不安は理解できるが、このまま何もしないで潜伏するのは悪手だ」
包囲網の突破がどれだけ困難なのかは、簡単に予測出来る。恐らく嘗てない程の苦戦を強いられる事になるだろう。或いは、誰かが欠ける可能性だってある。サキは肩に提げたポーチの中に詰まった弾倉を指先でなぞり、数えながら発言を続けた。
「連中がどれだけの戦力を搔き集めているかは不明だが、こんな事を仕出かす位なんだ、総力を挙げて先生を探すに決まっている」
「それは、そうかもしれないけれど……」
「数の有利は絶対だ、逃げ場の限られたD.U.内部に留まり続ければ必ず発見される、二人も気付いていると思うが――このD.U.全域が私達を閉じ込める檻の様なモノなんだ」
消耗戦になれば物資と人員に乏しい自分達が不利になる、精神的な面に於いても同様だ。それが続けば軈て包囲網を突破する気力、体力すら尽きるだろう。
ならば、そうなる前に敵の一角を突破しD.U.を脱出するのは何も悪い作戦ではないと、サキはそう語って聞かせた。
「モエと連絡が取れないのは不安だが、包囲網を抜けて他の自治区に救援を要請し、先生を安全な場所に移すのが最善だろう、四人居れば班を分ける事も出来たかもしれないが、現状だとこれが精一杯――」
「いいえ」
サキが懇々と語る中、不意にミヤコがその声を遮った。
二人の視線が静かに佇むミヤコへと向けられ、彼女の曇天を見上げていた視線が落ちる。
「態々カイザーPMCの包囲網を突破せずとも、先生を匿える場所はあります」
「何だと?」
そんな場所が存在するのか。
サキは疑問符を浮かべながら、ミヤコに顔を向け真剣な声色で問いを重ねる。
「どういう事だ、ミヤコ」
「………」
「まさか、ヴァルキューレにでも助けを求めようとでも考えているのか?」
D.U.内部で先生を匿える、或いは戦力として期待出来る場所。その数は非常に限られており、サキが思いつく限り一般市民の避難所は点在しても、防衛出来る戦力を備えた場所など、ヴァルキューレ位しか思いつかなかった。
しかし、それは余りにも無謀である。
「お前がカンナ局長に話した予想が正しいのなら、既にサンクトゥムタワーは制圧されたんだぞ? そうなれば当然、事務局も全部機能していない、公安局は現在進行形で戦闘中、他の部署はどうなっているかも不明――いや、連邦生徒会が機能不全を起こしたんだ、ヴァルキューレ全体も必然的にそうなる」
上からの命令、承認が無ければ大々的に動く事は出来ない。加えて局所的な人員が自分達に加勢したとしても、その数は焼け石に水程度だろう。自治区の様な、大規模かつ十全な体勢を整えた場所ではない――更に、そもそも逃げ込んだ所で受け入れられる保証もないという点が致命的だった。
もしミヤコの読みが外れて、防衛室がこの一件に噛んでいるのならばどうだろう?そうなればヴァルキューレも既に、カイザーコーポレーションの手に堕ちているかもしれない。あの公安局でさえ、その片棒を担がされていたのだ。
その様なリスクは犯せない。
「現在のD.U.内部でカイザーコーポレーションに対抗出来る組織は皆無だ、それなら他の自治区に助けを求めるしかない、包囲網を突破して、直接伝えるしか手段は――」
「モエの支援が受けられない現状、先生を連れた包囲網突破は現実的ではありません、私達には敵に関する情報も、火力支援も無いんです」
「それは認める、認めるが、さっきも云った通り、このまま潜伏し続けても状況は好転しないだろう……! 手遅れになる前に、まだ余力がある状態で戦闘を仕掛けた方が――」
あくまで消極的な意見を口にするミヤコに、サキは僅かな苛立ちと共に強い口調で訴える。そんな二人を交互に見ていたミユであったが、ふとその瞳に煌めきが奔り、ミヤコを見つめた。
「み、ミヤコちゃん」
「?」
「その……もしかして、だけれど」
おずおずと、指先を絡めながら声を発するミユ。その遠慮がちな態度にサキは目を瞬かせ、ややあって小さな唇が衝撃的な言葉を紡いだ。
「――
「……ッ!?」
子ウサギ公園――つまり、自分達の
同じD.U.郊外に存在し、一応の防衛陣地も備えた場所。装備も、弾薬も、多少は蓄えられている為、籠城しての戦闘自体は可能だろう。しかし、そこを候補地としては考えていなかった。サキは咄嗟にミヤコに視線を向け、否定を望んだ。
しかし、当の本人は唇を固く結んだまま。
小さく、けれど確かに頷いて見せた。
「バカなッ! 正気か、ミヤコ!?」
「………」
ぐっと、悲痛な表情を浮かべたサキが叫んだ。
何故その様な考えに至ったのか理解出来ないと、そう心底訴える様な声色だった。先生を掴む腕に力が籠り、サキの寒さで赤らんだ頬が雪を解かす。
「どう考えても無茶だ! 確かにキャンプには防衛陣地を構築しているが、カイザーPMCと真っ向からやり合える様な防備は揃っていない! ましてや多方面をカバーしているタレットやドローンの類は、モエの担当だったんだぞ!? あいつを欠いた状態で、一体どうやって――ッ!?」
「それでも」
必死に言葉を重ねるサキを前に、ミヤコは静かに、しかし確かな意思を伴って告げた。
「たった三人で先生を守りながら、対自治区戦闘を想定して敷き詰められた包囲網を突破するよりは、成功確率が高いと判断しました」
「……っ!」
痛い程の静寂が周囲を支配する。
ミヤコのサキは互いに視線を絡ませ、どちらも真剣な表情で瞳を逸らす事をしない。互いが互いの最善を信じ、主張し合っていた。双方に顔を向けたミユが体を縮こまらせ、二人の名を呼ぶ。
「さ、サキちゃん、ミヤコちゃん……」
「――この選択で」
ぽつりと、声が漏れる。
先生を強く抱き締め、ミヤコを真っ直ぐ正面から見据えるサキが、重々しく問うた。その指先が、確かな温もりを先生に分け当たる。けれど唇から漏れる呼吸は余りにも弱々しく、儚い。
「お前の選択で、私達だけじゃない――先生の生死さえ、決まるんだぞ」
「………」
ミヤコの視線がサキに抱き締められ、瞼を閉じる先生の姿を捉える。
力なく項垂れた顔からは、最早生気は感じられない。吐き出す吐息は白く濁る事すらせず、唇は僅かに紫がかっていた。
たった一度、一度の過ちでこの命は失われる――その取り返しがつかないという事実が、ずしりとミヤコの両肩に圧し掛かる様だった。目に見えない重圧、圧力、自身を圧し潰さんと去来するそれらを噛み締めながら、ミヤコは大きく息を吸い込む。それは彼女がこの現実に抗う為の所作だった。
「勝算は、あるんだな?」
「――はい」
当然だと。
ミヤコは即座に返答して見せた。
「……如何にD.U.の通信網が遮断されようと、大きな自治区は大抵D.U.区域内に支部を設けています、情報部の拠点となる場所です、恐らく専用の通信手段も確保しているでしょう、そこから必ずシャーレの危機が伝わる筈です」
或いは、その通信網さえ途絶しようと、独自に包囲網を抜け自身の自治区に情報を持ち帰る筈だ。他者の尽力に委ねる形となるが、シャーレが爆破されたという事実に黙っていない自治区が多い事は、周知の事実でもある。
そこに関してミヤコは深い信頼を置いていた、時間は自分達の味方の筈。
先生を守り抜ければ――必ず、救援は来る。
「外部からシャーレに対して救援が駆け付けるまで、粘るつもりか」
「そうです、D.U.と他自治区の境界線、外周部に展開した部隊は先生を逃がさない為でもあるのでしょうが、何よりその異常に気付いた自治区からの救援を阻止する事を主眼に置いているかと」
それに、モエ――RABBIT3がキャンプに帰還している可能性だってあります、一度体勢を整える意味でも、拠点に撤退するのは合理的です。
ミヤコはそう言葉を続けながら、幾つかのルートを脳裏に思い浮かべる。サキの云う通り、防衛網を独力で突破する線も考えた。しかし、どう考えても不確定要素が多すぎる。
ならば消耗戦となる事を覚悟し、包囲網突破による速攻ではなく、時間稼ぎに終始した徹底的な遅滞戦術を行うべきだと。此方も救援到着までの時刻が不明という不確定要素があるが、『動かないという事は絶対に無い』という確信がある分、思考は通り易かった。
彼女達の構築したキャンプの防衛陣地は、公園入口から順に複数の陣地に分かれている。
トラップなどが敷き詰められ、爆破ドローンも稼働し敵の初撃を受け止める最前線。タレットや銃架などが設置されており、側面には森林や雑木林が生え揃い、その中にミユが潜む主陣地。トラップとタレット、そしてドローンによる最終防衛ラインとして構築された予備線、そしてその背後に皆の拠点となるキャンプ。
もしキャンプでカイザーPMCを迎撃するというのであれば、この三層の防衛陣地が、RABBIT小隊の生命線となるだろう。
「だが、既に相手が私達の拠点に入り込んで、待ち伏せしている可能性もある」
「RABBIT小隊がキャンプを出立してから然程時間は経過していません、加えて私達の交戦痕跡は限定的です、内部での戦闘では敵性戦闘員の全員を行動不能にしましたし、追撃中も此方を視認した兵士は同じく、先生を奪還した部隊が私達であるという情報を掘り返すまで、まだ猶予があります」
RABBIT小隊の介入はまだ、カイザーPMCには露呈していない筈だ。或いは、その事実を突き止めるまでには時間が必要となる。無論、戦闘の痕跡自体は存在し、シャーレ内部の防犯カメラ等、姿を全く見られていない訳ではないので特定される事自体は避けられないだろうが――それでも今この瞬間、キャンプが危険に晒されているという可能性は低いと、ミヤコはそう考えていた。
「……キャンプに帰還すれば、多少時間を稼げる、か」
「えぇ――勿論、先生をこれ以上、危険な目に遭わせたくないという理由もありますが」
未だ目を覚まさない先生を横目に、ミヤコは小さく呟きを漏らす。その瞳は憂いを帯びていた。キャンプの最奥に先生を匿えば、少なくとも暫くの間は安全だ。流れ弾が飛んで来る事も無い、野営地には対空防御の火砲やドローン、
何より、今の先生は低体温症の症状がみられる。脈拍や呼吸の低下、チアノーゼの兆候だ。一刻でも早く、その身体を温かい場所に移す必要があった。
ただD.U.内部を愚直に逃げ惑うだけならば確かに消耗も早いだろうが、防衛陣地で迎え撃つ場合であれば――カイザーPMCに所属するオートマタ、その全てを戦闘不能には出来ずとも、かなりの時間を稼ぐ事は出来る筈だ。
先生の治療だって、ある程度は可能になる。
問題はカイザーPMC側が先生の足取りを掴み、自分達RABBIT小隊の関与を確信、その拠点を発見、部隊を差し向け戦闘に至るまで、どれ程の猶予があるか。
「しゃ、シャーレの情報が伝わって、自治区の代表が動き出して部隊を派遣するまで、仮に全部上手く行ったとして、一体どれくらいの間耐えれば良いのかな……?」
「全てがスムーズに進行したと仮定しても、救援を出した自治区の距離にもよりますが、凡そ半日でしょうか」
「――十二時間か」
長い、と。
三名は口に出さずとも同じ想いを抱いた。
しかし、それも仕方のない事。中央区のサンクトゥムタワーから外郭地区のシャーレまで、凡そ三十キロの距離がある。同じD.U.内でもこれだけの距離があるというのに、自治区を跨げば自然その距離も大きなものとなる。
「或いは、シャーレ爆発の情報をいち早く掴み、既に動き出していれば――もっと早く救援が到着するかもしれません、そうでなくともD.U.区域の異常は各自治区に知れ渡る筈です」
「それでも、どれだけ急行した所で数時間は掛かる……カイザーPMCがこっちの動きを嗅ぎつけるまでの時間にもよるが、厳しい戦いになるぞ」
「――使えるものを全て使って、最大限抗いましょう」
少しでも、時間を稼ぐ為に。
ミヤコの声が路地に響く、視線を交わした三名はじっと沈黙を貫き、ややあって先生を抱き締めていたサキは小さく頷きを零すと、云った。
「分かった」
微かに掠れた声は、しかし確かに耳に届く。鉄帽の下から覗く水色の瞳が、真っ直ぐミヤコを捉えていた。「お前の判断を信じるぞ、ミヤコ」、そう云ってサキは破顔する。
それは虚勢だったのかもしれない、けれど彼女の想いは、信頼は、声を介して確かに伝わっていた。
「わ、私も……!」
ミユが愛銃を抱えたまま、大きく声を張る。緊張し、強張り、しかしその不安や恐怖に負けないと、必死に抗うミユの矮躯は精一杯叫んでいた。自身の方針に賛同し、頷いた二人を見つめるミヤコは、一度胸元に手を当て、それから深く頷いて見せる。
「――直ぐに出発しましょう、少しでも早くキャンプに帰還し、先生の安全を確保します」
ミヤコのその声に、二人は頷きを返す。
どんな結末を辿るにしろ、自分達は選択した。後は全力で事に当たり、抗うのみ。
その先が何処に繋がっているのかは――。
まだ、誰にも分からない。