「お待たせいたしました、お客様」
スーツを着たロボット――銀行審査官がタブレットを片手に歩いて来る。その正面には椅子に座ったまま目を閉じる赤髪の少女、便利屋アルの姿があった。
場所は銀行内、闇銀行と呼ばれるブラックマーケットの内の一店舗。彼女は腕を組んだ姿勢のまま、不意に震えだすと、勢いよく立ち上がって叫んだ。
「――何が、お待たせしましたよ! 本当に待ったわよ! 六時間もッ、此処でッ!」
だん、だんと足を何度も踏み鳴らし、それから自分の背後を指差す。そこには待合の為に設置された柔らかなソファの上で寝入る、便利屋の面々の姿があった。
「融資の審査に何で半日掛るの!? 別にウチより先に人もいなさそうだったのに! 私の連れは飽きてソファーで寝ちゃっているし!」
「私共の内々の事情でして、ご了承ください」
アルの怒りを真正面から受けながら、件の銀行審査官は涼しい顔で流す。タブレットを指先でタップしながら、ソファで寝入る便利屋のメンバーをまるで塵を見る様な視線でなぞった。
「当行の助けが必要なら、辛抱強くお待ち頂く事も大事かと……あぁ、それとお連れの方ですが、そちらでお休みになられては困ります――セキュリティ、あの浮浪者……いえ、お客様を起こして差し上げなさい」
そう云って手を打ち鳴らせば、壁際で待機していたフルフェイスマスクのセキュリティガードが、寝入っていた便利屋の三人を叩き起こす。
「ほら、起きた起きた!」
「むにゃ……うは!? 何々!?」
「………ん!」
「んぐ……あ、す、すみませんっ、居眠りしてすみませんッ!」
ムツキ、カヨコ、ハルカの三人は唐突に肩を掴まれ強く揺すられる。六時間の待機時間でぐっすり熟睡していた三名は、目を白黒させながら周囲を見渡した。そんな仲間たちの姿を、アルは苦々しい表情で見つめている。銀行審査官は咳払いを一つ零すと、手元のタブレットに視線を向けながら口を開いた。
「――さて、では今一度ご確認を、御名前は『陸八魔アル』様、ゲヘナ学園の二年生ですね、現在便利屋68の社長との事ですが、しかしこの便利屋はペーパーカンパニーではありませんか? 書類上、財政破綻との記載があるのですが……」
「なっ!? 失礼ね、ちゃ、ちゃんと稼いでいるわよ! まだ依頼料を回収できていないだけで……!」
「はぁ、左様で――それで、えぇと、従業員は社長を含めて四名のみ、室長に課長、そして平社員……これは、肩書の無駄遣いでは? 会社ごっこをしておられるので?」
「ぬ、ぐッ、で、でもちゃんとした肩書は必要だし……」
「後ですね、事務所の賃貸料が高過ぎます、財政状況にあった物件を見つけて頂かないと」
「ちゃ、ちゃんとしたオフィスの方が依頼も来るし……」
「………」
アルが何か一つ言葉を発する毎に、銀行審査官の目は厳しくなる。そのLEDライトめいた瞳が細められ、彼は手元のタブレットを指先で叩いた後、静かに画面を閉じた。
「――アル様、率直に申し上げて、これでは融資は難しいです」
「な、ななん、なんですってーッ!?」
白目を剥いて絶叫するアル。寧ろ何故これで融資が受けられると思ったのか、銀行審査官は溜息を零しつつ彼女に憐れみの目を向けた。そこには、寧ろこんな事で時間を取らせるなという倦怠感すら感じ取れる。タブレットの画面をアルの調査資料から別の――ブラックマーケットで請け負っている日雇いのそれに切り替え、淡々とした口調で彼は話す。
「まずは堅実な職に就いてみては如何でしょう、日雇いなど手っ取り早く始められるものをご紹介出来ますが、興味はおありで?」
「なッ――」
その言動に、アルはぴくりと額に青筋を立てる。この銀行員の慇懃無礼な態度もそうだが、何処までも人を舐め腐る様な態度――む、ムカつく、もう大暴れして銀行のお金持ち出してやろうかしら……? そんな事を考えながら、アルは担いでいた銃のスリングを握った。
しかし、既でそれを堪える。
――いや、それは駄目ね。此処からお金を持ち出せたとしてもブラックマーケットから抜け出すのは至難の業、それにマーケットガードの数が多すぎる。
アルは素早く周囲に目線を配りながら、そう思考する。銀行内に配置されているマーケットガードは、目につく位置だけでも六名。入り口に二名、カウンターの傍に一名、奥側に二名、そして今しがた自分の傍に一名――勿論、それだけだとは考えていない。マーケットガードの詰め所は内部にもあるだろうし、犯行が外に漏れてしまえば増援もやって来る。
――でも案外、実力はそんなでもなかったりするのだろうか? 装備だけを見れば、確かに違法品で固められている分厳つく見えるが、アルはマーケットガードの実力を傍で見た事が無い。そもそも、マーケットガードと対峙しないように立ち回っていたというのが大きいが、少なくともゲヘナ風紀委員会やアビドスと同格という事はないだろう。私達四人なら、或いは――。
そこまで思考し、アルは首を横に振る。
いやいや、やっぱ無理よ、ブラックマーケットを敵に回す何て、そんな勇気無い、と。
仮に此処で上手く行ったとしても、組織というのはそれだけで恐怖だ。必ず報復に動く、そうなったらもうこの付近で商売は出来ない。ブラックマーケットの影響力は無視できるものではない、学園一つを敵に回すと同じ事なのだから。アルは俯き、唇を噛む。
――何よこれ、情けない……キヴォトスで一番のアウトローになるって心に決めたのに、私は。
アルは不意に泣きそうになった。今の自分は、夢見ていた真のアウトローには程遠い。融資だの何だの、ツマラナイ事に頭を悩ませて。私が望んでいるのはこれじゃない、何事も恐れず、何事にも縛られない、ハードボイルドなアウトロー……。
そうなりたかったのに。
そんな風にアルが自身に失望を抱いた途端――周囲が一瞬にして暗闇に覆われた。
「な、何事ですか!? て、停電!?」
「えっ!?」
皆が周囲を見渡し、声を荒げる。フロア一帯の電源が落ちた様で、数メートル先も目視出来ない中、アルはその場で立ち尽くした。
「一体誰が、パソコンの電源も落ちたぞ!?」
誰かがそう叫んだ途端、直ぐ傍から銃声が鳴り響いた。咄嗟に、アルはその場に屈み込む。便利屋を営む中で育まれた、彼女の危機管理能力であった。
「じゅ、銃声!?」
「うわぅ!?」
「何が、っぐァアア!?」
断続的に鳴り響く銃声、悲鳴、そして誰かが斃れる音。暗闇が続いた時間はそれほど長くはなかった、ほんの十秒か、二十秒か、その程度。
数秒程静寂が続いた後、不意に電気が灯り光が満ちる。戻った視界に映ったロビー中央には――覆面を着けた七名が堂々と立っていた。
「全員その場に伏せて両手は頭の上、持っている武器は床に捨てて!」
「云う事聞かないと、痛い目にあいますよ☆」
「あ、あはは……皆さん怪我したくないですよね? だ、だから伏せていて下さいね……」
銃器を片手にそう宣言した色取り取りの覆面を着用した彼女達の傍には、先程まで立っていたマーケットガードが転がっていた。どれも頭部か腹部に弾痕が刻まれている。
――あの、十秒そこらの時間でマーケットガードを全員無力化したというの!?
アルは地面に屈んだまま、驚愕の表情で彼女達を見る。
「ぎ、銀行強盗!?」
「非常事態発生! 非常事態発生!」
「うへー、無駄無駄、外部通報警備システムは遮断済だよぉ」
先程までアルの対応をしていた銀行審査官は、叫びながらタブレットを凄まじい勢いで叩く。恐らく外部へ通報しようと試みたのだろう。しかし、既にそのシステムをダウンさせていた強盗の一味――ホシノは気楽な態度でそう口にし、鋭い視線を銀行審査官に向けた。
「な、ななッ……!」
「今通報しようとした~? したよねぇ? もしかして撃たれたいのかな?」
「ひはーッ!? ごごご、ごめんなさいィ!」
「ほらそこ! 伏せてってば! 下手に動くとあの世往きだよ!」
「皆さん、お、お願いだからじっとしていて下さい……あぅう……」
残っていた銀行員を片っ端から地面に伏せさせ、そのままロビー一帯を流れるように制圧。客や銀行員を一か所に纏め、ノノミが朗らかな態度で愛銃――
「うへー、此処までは計画通り! 次のステップに進もうー! リーダーのファウスト、指示を願う!」
「……えッ!? もしかしてファウストって、わ、私ですか!? リーダーッ!? 私がァ!?」
「えぇ、ファウストがボスです! 因みに私は覆面水着団のクリスティーナだお♧」
「うわ何それ、いつから覆面水着団なんて名前になったの!? ダサ過ぎだし!」
「えー……結構お気に入りなのに~……」
「うへ、ファウストさんは怒ると怖いんだよー? いう事聞かないと怒られるぞー?」
「あぅ、私がリーダー……銀行強盗の? これじゃティーパーティーの名前に泥を塗る羽目にぃ……」
作戦中に突如押し付けられたリーダーの役目に、紙袋を被った五番目の少女――ヒフミは涙目になる。しかし今は落ち込んでいる時間などない、X番のマスクを被った先生が彼女の肩を叩き、いつも通り指示を飛ばした。
「ほら皆、迷っている時間はないよ、各員割り当てた仕事をこなす! 戦闘と同じだ! 動いて動いて!」
「ぁ、は、はい、すみません、先せ……い、いえ、ラビ!」
先生の名を呼びそうになり、慌ててコールサインを口にする。隣で人質の監視に勤しんでいたアヤネが、そっと小さな声で問いかけた。
「……そう云えば、何でラビなんですか?」
「とある場所の言葉で、『先生』って意味なのさ」
「へぇ~」
先生の雑学にアヤネは感心した様な声を出す。そんな生徒達の様子を見ていた人物が三名――ムツキとカヨコは、ついでにハルカはソファの裏に隠れたまま、彼女達の行動を眺めていた。
「あれ、あいつら、もしかして……」
「あ、アビドス……?」
「だよね、アビドスの子たちじゃん、知らない顔も居るけれど」
「何で、よりによって此処で銀行強盗なんか……?」
ムツキとカヨコ、そしてハルカはソファの裏から顔を覗かせながら、「何やっているんだアイツら」とばかりに顔を顰める。いや、ムツキはどこか楽しそうにしているが、カヨコからすれば本当に理解不能な行動である。まさか借金返済の為に強盗を? というか良く見れば先生だって居るじゃないか。制服を着崩して、所属の分かる腕章やネクタイを外してはいるものの、元々少ない男性の大人というのは隠しきれない。一度先生と会った事のある者なら直ぐ分かるだろう。呆れ顔のカヨコは、今しがた銀行員の一人を立たせ、先導させているシロコに視線を移す。
「銀行内部の構造把握、監視カメラのジャック、外部通報装置の遮断、警備員の無力化、全て完了している、無駄な抵抗はしない事、ほら、さっさと歩いて」
「う、うぅ……」
「物品はこのバッグに入れて、私達が欲しいのは少し前に到着した輸送車の――」
「わ、分かりました! 差し上げます、現金でも債券でも金塊でも! 幾らでも持って行ってください!」
「え、あ、そ、そうじゃなくて、集金記録――」
「も、もっとですか!? ど、どうぞ、これでもかと詰めました! どうか命だけはッ!」
「あ……う、うーん」
シロコに銃を突きつけられていた銀行員は、バッグの中にこれでもかと付近にあった現金を詰め込む。それを見ていたシロコは、「そういう訳ではないのだけれど」という顔をしながら、しかし一応集金記録や端末など、兎に角目につく金目のものを入れている事に、まぁ良いかという一つ頷いた。
「………」
そんな銀行強盗の一部始終を見ていたアルはというと――。
――や、ヤバーイ! この人達何なの!? ブラックマーケット最大規模の銀行を襲うなんてッ! あ、頭の螺子が数本飛んでいるなんてレベルじゃないわっ!
とても輝いた瞳でアビドス達を見ていた。それはもう、ヒーローを見る様な満面の笑みで。
今しがた自分が想像していた事柄を、こうもスマートに実行している存在。電源を落とし暗闇の中でマーケットガードを排除、通報システム、監視カメラ諸々を遮断し外部への通報手段を奪う。後は内部に詳しい銀行員を一人先導させ、金銭を奪う。
全てが全て、スマートだった。自分が想像していた数倍スムーズに事は進行していた。
――どう逃げるつもりなのかしら? いや、それ以前に、こんな大胆な計画を立てちゃうアウトローが未だに存在するなんて……ッ! 滅茶苦茶手際良いし、超プロフェッショナル! まるでこのためだけに生まれて来たみたい、ものの五分で現金入手までやってのけたわ!
アルはそんな事を考えながら、シロコからロビーの中央に立つ二人組に目を向ける。
――一人ひとりが役割に忠実だけれど、特にあの、『X』のマスクを被った人! 周囲に的確な指示を出して、無駄な動きが一切ない! 更にあの紙袋の『5番』! 一見オドオドしている様に見えるけれど、他のメンバーが逐一報告しているわ! きっと彼女がリーダーなのねッ! Xが司令塔で、5番がボス、理想的なツートップ体制……!
――かっ、カッコイイ……! 痺れるっ! これぞ正に真のアウトローッ! うわぁ……涙が出そうっ!
「全然気づいていないみたいだけれど、というか泣き笑いしているのだけれど……」
「うわぁ、めっちゃ嬉しそう、目なんか輝かせちゃって」
「はぁ……」
「わ、私達は此処で待機でしょうか?」
「……社長があんな状態だし、取り敢えず隠れて様子を見よう」
「わ、分かりました」
泣き笑いしながら物理的に輝いた瞳をアビドスに向ける社長に、便利屋の三名は行動を断念。音頭を取る人物が居ない以上、下手に動く事は悪手とカヨコは判断した。取り敢えず、此処に隠れていれば余計な損害を被る事はないだろう。そう考えカヨコはソファ裏に凭れ掛かった。
「あの、シロ……じゃない、ブルー先輩! ブツは手に入った!?」
「あ、うん、確保した」
セリカが銀行員に銃を向けながらそう問いかければ、裏から戻って来たシロコことブルーは頷き、膨らんだバッグを掲げる。それを見たホシノは手を挙げ、そのまま出口を指差した。
「よっしゃ、それじゃあ逃げるよー! 全員撤収!」
「アディオ~ス☆」
「お、大きな怪我人は居ないみたいですし……すみませんでした、さようならッ!」
「逃走経路は設定しています、急ぎましょう!」
ホシノの一言に、アビドスの皆は出入口へと撤収していく。その様子を見た銀行員の一人が立ち上がり、怒り心頭と云った様子で叫んだ。
「や、奴らを捕まえろ! 道路を封鎖、マーケットガードに通報――」
しかし、声を荒げる彼の足元にコツン、と何かが当たる。見下ろせば、それは白い球体であった。
「えっ?」
ゆっくりと銀行員が転がって来た軌道をなぞれば、銀行の出入口で『X』のマスクを被った人物が、タブレット片手に立っている。彼はふっと口元を緩めるとタブレットを二度タップした。
「――悪いね」
瞬間、炸裂するEMPドローン。戦車用に調整された局所的な強力集中型ではなく、広範囲に広がるタイプの電磁パルスを撒き散らす。範囲が広いため威力はそれ程ではないが、数分足を止める程度であれば十二分な効果を持つ代物であった。
「あばばあばばばッ――」
「いぎぎぎぎ――」
唐突に放たれた電磁パルスに、店内のロボット銀行員は強烈な痺れに機能停止、通報システムも破損。銀行員や客の持っていた端末も損傷した。これで通報を行う手段はなくなった。巻き込まれた客は気の毒だが、これからの事を考えると必要経費だし、運が悪かったと諦めて貰う他ない。先生はその結果を見届け満足そうに頷く。
「これで時間が稼げるかな?」
「せん――ラビ何しているの!? 急いでッ!」
「あぁ、ごめん、すぐ行くよ!」
セリカの叫びに、ラビこと先生は踵を返す。その去って行く背中を、「去り際までスマート……」と見送っていたアルは、唐突に意識を取り戻し勢い良く立ち上がった。このままあの銀行強盗を見送る訳にはいかない――アルの何か、夢に向かう熱烈な意思とも云えるソレが彼女の両足を動かした。
「……お、追うわよ皆!」
云うや否や、機能停止し痙攣している銀行員を突き飛ばし、アルは外へと駆け出す。
「えっ、は!?」
「あ、アル様!?」
「あはは~! やっぱりこうなった!」
そんな我らが社長の後姿を見ていた便利屋の面々は、驚きや笑い声を上げながらアルの後を追いかけ、外へと駆け出した。後に残ったのは何が起きたのか分からないと目を白黒させる一般市民と、EMPによりポンコツになった銀行員の数名だけであった。
イロハのモコモコの髪の毛に顔を突っ込んで、思いっきり深呼吸した後に咳き込みたい。
多分彼女は真っ赤になりながら、「も、もしかして、くさかったですか……?」と不安げに聞いて来るだろうから、「全然そんな事ないよッ!!」って満面の笑みで答えた後に、もう一回髪の中で深呼吸して「エッホッゴ!」って咳き込みたい。多分、お日様の様な香りがするんだ。
アリウスのミサキって可愛いよね。私の推しはミサキとカヨコなのですが、それを口にすると、「何かストロングゼロをストローで飲んでいそう、路上で」とか云われるので胸に秘めたまま生きて行きます。地雷系じゃないし、違うし、ぱっと見それっぽく見えたとしてもこれは爆発しても良い地雷だから問題ないし、溢れる愛で何なら爆発ごと愛すし、全然首絞められても余裕ですけれど???
レポートでレベルアップさせると、「所詮捨て駒でしょう?」と吐き捨てながらも、絆ストーリーでは、「そんな事ないんだって、馬鹿みたいに信じられたら……」とも口にしている。この信じたいけれど信じられない、仄かな希望を胸の中に抱いていながらも、それを表に出す事を恐れている。そんな二面性を持つ彼女が素晴らしく思えて仕方がない、何なら普段無気力で振る舞っている癖に、花粉症で閉所恐怖所で、根本的なところで寂しがり屋。多分普段はその寂しさを、アリウススクワッドの皆で埋めているのだろうなと予想出来る。
このミサキをデロデロに甘やかしてやりてぇ~。もうね、何だろう、この無気力なミサキを兎に角構い倒したくなる。絶対鬱陶しいとばかりに手で払われ、迷惑そうな目で見られるだろうけれど、そんなの関係ねぇとばかりに構い倒したい。野生のミサキを見つけたら保護する事は既に法律で決まっているから。見つけたら、「あ、ミサキだ! 野生のミサキだ! 初めて見た!」と云いながら彼女の後をずっと追いかけるんだ。先生が。
最初の内は無関心で、先生が追って来るのも「何?」って迷惑そうな顔で見ているだけなんだけれど、何時間もそうやってつけているといい加減面倒になって、「いつまでついてくるの? 暇なの? 大人の癖に」って絶対吐き捨てる。その内多分、ミサキのお腹が減って来るだろうから、「シャーレでご飯食べよう、ミサキ」って誘うんだ。ミサキは、「いい」って断ると思うので、その後も延々と尾行を続ける。そして自分が頷かない限り、この追跡は続くのだと理解したミサキは、とても深い溜息と共に、「……それが命令なら」と渋々シャーレに来てくれるに違いない。
ご飯はね、もう先生の給料を吐き出す勢いで一杯作って欲しい。そもそもミサキはちゃんと食事を摂っているかも怪しいし――絆ストーリーではご飯食べられなくて、風邪ひいて倒れたし――何なら暖かいご飯なんて、それこそ随分口にしていないと思う。
シャーレに到着して、テーブルに並べられたそれを見てミサキはらしくもなく驚くんだ。先生に「さぁさぁ、好きなだけ食べて!」と席に案内されて、たじろぎながら、「……こんなに食べられない」と口にするミサキを、ニコニコ顔で見つめたい。
ミサキは恐る恐る食事に手を伸ばしながら、じんわりと暖かい料理にどこか、今まで失っていた人間らしい感覚を取り戻すんだろうな。守られる場所も、暖かな寝床もなかったミサキにとって、温かみというのはとても大切なものだと思うから。
食事の後は食休みは大事だとか何だとか理由をつけて、一緒に映画を見るなりゲームをするなりして欲しい。最初は乗り気じゃなかったミサキだけれど、先生には沢山御馳走して貰ったし、これくらいは付き合ってあげても良いと存外すんなり頷いてくれる気がする。
多分どんな映画を見ても笑いもしなければ泣きもしない、淡々とした表情でそれを眺めるだろうから、その隣で先生には盛大に号泣して欲しい。そんな先生を見ながらミサキは、「えぇ……」みたいな表情をするに違いない。
「先生、これそんな泣く要素あった……?」、と問いかけるミサキに、「全部に感動したぁ!」と強く訴えかけて欲しい。それで次はコメディ映画を見て欲しい。涙の後には笑みが無ければならないのだ。
一緒に映画を鑑賞し、隣で爆笑する先生を見つめながら、ミサキに不意に、笑って欲しい。多分、凄く小さな笑みで、口の端がほんの少しだけ上がる様な。殆ど誤差の様な笑みで良いんだ、ただ全力で喜怒哀楽を表現する先生に、呆れたような、羨ましがる様な、そんな感情を滲ませながら少しだけ笑って欲しい。
先生との映画鑑賞で時間が経過した後は、なし崩し的に夕飯も食べて欲しい。そろそろ夕飯だし一緒に食べようと誘った先生に、渋い顔を向けながらも、どうせ一人も二人も変わらないよと説得され一緒に食卓を囲むんだ。二食もちゃんとしたものを食べるのは久しぶりで、暖かな湯気を立ち上らせるそれを見つめながら、何となく寂寥感というか、これが普通の幸せというものなんだろうかと考えて欲しい。そして、自分の在り方に強烈なコンプレックスを感じて、けれど対面に座って微笑む先生を見つめた途端、そういう劣等感だとかコンプレックスが溶けて消えて。
それを表に出さない様に、手元の食事を口に運んで欲しい。
夕飯の後はお風呂に入って、歯磨きもして、気付けば先生に寝床まで準備されていて、それじゃあこの部屋は自由に使ってね、お休み! と息を吐く間もなく宿舎に連行され、それなりに広い個室――閉所恐怖症のミサキの為に、先生が二部屋ぶち抜いて作った――に放置されて欲しい。怒涛の展開に目を白黒させながらも、ミサキは多分この部屋が自分の為に造られたものだと気付くと思う。何となくこのまま帰るのも申し訳なく思えて、まぁ一泊くらいなら――とそのままシャーレに宿泊するんだ。
勿論、一度保護したミサキを先生が野に放つ訳もなし。
翌日、先生は朝八時頃に未だ夢の中に居るミサキの様子を見に来るんだ。ミサキはきっと朝弱いと思う、弱いという事にしてください、グズるミサキが見たいの、私は。枕を抱きしめて熟睡するミサキの部屋に、先生はきっと食事を持って来てくれる。そして何となく起こすのも忍びなくて、そのまま幾らでもミサキの寝顔を観察していて貰いたい。でも流石に先生も仕事があるから、五分くらい眺めた後にミサキの寝顔を端末で撮影して壁紙にし、そっと部屋を後にするんだ。良識的な大人、人間の鑑。
ミサキはそれから十分そこらで、朝食の匂いに釣られて起きると思う。寝ぼけた状態のまま、部屋のテーブルに置かれた食事を見て、ミサキは目を瞬かせる。誰が置いたのかとか、もしかして先生が来ていたとか、寝顔見られたとか色々思うところはあると思うけれど、起床したばかりのミサキはそういうのを全てぶん投げて、多分テーブルの上の食事をもそもそと食べ始めるんだ。可愛いね。
その後、いつもの服装に着替えたミサキがシャーレを後にしようとして、せめて先生に御礼位云っておこうとオフィスに向かい、そこで先生に縋りつかれるんだ。「これ以上借りを作る気はない」と云うミサキに、先生は大人の力を発揮する。
ヤダ~~! いかないで~~! 帰っちゃやだ~~! 悲しいよぉ~~! ミサキと一緒にいたいよ~~! シャーレで暮らしてよ~~! ご飯つくってあげるから~~! ふかふかのベッドもあるよ~~! そんなに見たいなら見せてやる、良い大人が全力で駄々を捏ねる姿を――ッ!
多分ミサキは折れてくれる、ミサキは信頼したいと思える人物の押しには弱い女なんだ、私は詳しいんだ。先生が地面に転がって全力で手足をジタバタさせながら泣き叫べば折れない生徒はいない(威風堂々)。
何て云ったって、「云われたらなんだってする、何でも云って」、「必要とされるなら、何だって構わない」とまで口にするくらいだからね! 先生はシャーレに居ついたミサキに、「ミサキは私にとって必要だよ」、「唯一無二の生徒だよ」、「ずっと此処に居てくれて良いんだよ」と、「ずっと一緒だからね!」と三食おやつ昼寝付きで毎日甘やかすんだ。最初の内は有難迷惑というか、助かるのは助かるけれど、それはそれとして何でこんなにしてくれるのと、感謝よりも疑念と困惑が勝って来ると思う。
必要とされるなら何だって構わない、云われた事は必ず実行する、それに嘘はないけれど、こうやっていざ本当に必要にされ始め、自分に有形無形の好意を向けて来る相手には、どう接すれば良いのかミサキは分からないんだ。アリウススクワッドの皆は仲間だった、幼い頃から信頼出来る唯一の同胞だった、けれど先生は大人だ。アリウススクワッドの嫌う大人なのだ。そんな大人に向けられる善意や好意に、きっと彼女は戸惑うと思うんだ。
何でそんなに私に構うの、って唐突に彼女は問い掛ける。先生と一緒に過ごす事が当たり前になり始めて、血色も良くなった頃、
先生は少しだけ驚いた様な顔をした後に、「私はね、ただ寄り添いたいだけなんだ」って云って欲しい。困っている生徒は放っておけない、自分の出来る範囲で手助けしてあげたい、そういった先生の善意を、以前のミサキは疑っただろう。信頼もしなかっただろう。けれど一緒に過ごして、先生の根っこを知ってしまった彼女は、先生が腹の底からそういう風に考えているのだと理解するんだ。
だから多分、いつも通り窓枠辺りで膝を抱えながら、「そう」とだけ呟くんだ。その少しだけ緩んだ口元を、膝に埋めながら。
その日から、何となくミサキと先生の距離が近くなって欲しい。先生が仕事をしている最中、いつもは部屋の片隅で膝を抱えていたのが、先生の隣の椅子に座ってぼうっとしていたり。時折無言で珈琲なんかを淹れてくれたりして。食事も、自分は作れないから無言でお皿を用意してくれたりするんだ。可愛いね。
そんなミサキに先生の死体を見せてあげてぇ~!
少しずつ生まれ出した幸せな居場所をぶち壊してあげてぇ~!
もしサオリよりミサキの方が早く先生に出会っていたら? 敵だと知りつつも絆を深めてしまったら? そんな状態でエデン条約を迎えてしまったら? そしてそこで、リーダーであるサオリが先生を射殺したらどうなるのか、とかも考えたけれど、ミサキは先生が死んだその場に居るのではなく、何も知らない間に事が起きて、何も知らないまま先生の死体を見るのが一番似合うと思うんだ。
キヴォトス動乱の戦火で死ぬとか、誰かに謀殺されるとか、そういうので炊くご飯もとても美味しいのだけれど、誰がやったのかもわからない、唐突な別れというのも中々に美味しい。味付けごはん。
多分ミサキは先生とシャーレで過ごす中で、名目上は護衛とか日直で傍に侍るけれど、具体的に命令を出さなければ置物に徹するような気がする。だから先生が「買い物に行って来るね」と云っても、護衛を頼まなければ同行はしないし、ただちらりと先生の方を一瞥して終わりだと思う。
けれど先生が買い物に向かってから何時間も経過して、挙句の果てには雨まで降って来て、何となく帰りが遅いなとか、先生は傘持っていなかったよなとか、そんな事を考えて、窓の外をずっと眺めていたミサキは傘を片手にシャーレを出るんだ。
いつもならこんな事はしないし、心配なんて以ての他。けれど存外、先生と一緒に過ごすシャーレの居心地が良くて、自分でも悪くないと思い始めた事を自覚して。これは、いつもの御礼だからと自分に言い訳して、雨の中を小走りで進むんだ。
そして、シャーレ傍の裏路地で倒れ伏した先生の姿を見て欲しい。背中に数発、撃ち込まれた銃痕と、破壊されたタブレット。赤と泥にまみれた純白の制服を見てミサキは足を止めるんだ。
彼女は路地裏に差し掛かった時、誰かが斃れている事に気付く。最初は飲んだくれか何かだと思って、けれど近付く毎にその姿が見知った人の恰好と一致して、その死体に見当がついたとき、ミサキは「――は?」と呟く。最初は歩きだったのが、段々と速足になって、気付けば彼女は傘を放り捨てて先生の傍に駆け寄るんだ。
彼女は暫くの間、自分の足元に転がる存在が、先生だと認識できない。けれど腕章や制服、そして見慣れた風貌に、それが先生であると徐々に理解するんだ。手に持っていた紙袋からは購入した食材や、ミサキにプレゼントする為だろう、リボンのついた小さな熊の縫い包みが零れ出ていて、ミサキはそれを見つめながら崩れ落ちる。
雨の中泥の付着したそれを手に取って、それから先生の頬に指先を伸ばすんだ。けれど触れるか触れないか、その境界線で何度も手を引っ込め、それから小さく震えだす。それは寒さからではなく、先生に触れた途端、それが現実である事を認めなくてはいけないその恐怖心からだ。
ゆっくりと指先が先生の頬に触れて、その冷たさがミサキの指に伝わる。雨に長時間晒された先生の体に、暖かさは微塵も残っていない。それがどういう事を意味するのかは、ミサキは良く知っていた。唇を震わせて、手を握り締めて、首を振る。
ミサキは泣き叫んだりしない、喚きもしない。ただ涙を流すんだ。ミサキの頬を涙か雨かもわからない冷たさが伝って――あぁ、自分はこの人が好きだったんだと、そこで漸くその感情を自覚して欲しい。
哀しさや嬉しさを、彼女は表に出したりしない。いつも能面の様な表情を張り付けている。けれど自分の目元から流れるそれに、胸を痛い程に締め付ける感情に、早鐘を打つ心臓に、ミサキは漸く答えを見つけるんだ。
何もかもが虚しい、どうせ捨てられるのに、所詮この世界は――そんな風に口にして、斜に構えて、真剣に、真正面から向かおうとしなかった。先生はいつだって、真っ直ぐ自分と向き合おうとしてくれていたのに。自分を見つめてくれていたのに。「好き」の一言も云えなかった。
そんな風に考えて、ミサキは両手で先生の顔をそっと包むんだ。そして小さく、「一緒に居るって、云った癖に」と呟く。「やっぱり大人は嘘つきだ」と。
そのまま先生の顔を抱き寄せて、暫くその場で佇むと思う。そして何分もそうして先生を抱きしめ続け、先生の傍に落ちていた――アリウスのワッペンを握り締め、先生の事を抱き起すんだ、「帰ろう、シャーレに」って云いながら。
先生の亡骸を引き摺って、ミサキはシャーレへと帰る。その両目に彼女らしからぬ確かな殺意を抱きながら。
生きている間に云えたらハッピーエンドにも成り得たのにね。ミサキには静謐が良く似合うよ。
ミサキはね、アリウスの中で一番無気力で、斜に構えていて、「肉体なんて」、「世界何て」と宣いながら、寂しがりやなメンヘラちゃんだけれどね、万が一先生が死んでしまったらサオリと同じ位復讐に走ると思うんだ。彼女の場合、自分の体を微塵も大事にしないし、死んだら死んだでこの苦しみから解放されると思っているから平気で自爆とかしてくる。ミサキは精神的に強くもあるし、弱くもあると思うんだ。
このミサキは散らばったアリウス残党を草の根掻き分けても探し出して、絶対殺すウーマンになるのかな。先生が最後に買ってくれた人形をボロボロになるまで肌身離さず持ち歩いていそう。頑張ってアリウススクワッドの皆でキヴォトスを綺麗にしようね。まぁ、スクワッドの誰かが先生を殺した可能性もあるけれど。